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はてなキーワード: 時代とは

2018-01-18

世界史おじさん、おばさん教えて

ヨーロッパとかロシアについてウィキペディアを読んでたんだけど、ざっくりこういう流れでいいのかな?(WW1くらいまで)



王政貴族教会時代

暇だから勉強して、頭良い人があれこれ考え始める(哲学って感じ)

産業革命

労働者階級の不満(もりもり)

ブルジョワジー革命

プロレタリアート革命

anond:20180118172624

言葉に対してのセンシティブさって時代が進むにつれて洗練?顕著?になる

昔は「まだ結婚しないの?」「子供作らないの?」が堂々と発言されていた

今はデリカシーない発言になるだろう

なので、「二人目は?」も将来あまり聞かれなくなるように思う

今どき本当に必要なのか?

娯楽が少なかった時代なら 紅白だの大河だと連ドラかに

意味があったかもしれんけど

今はどこの世界でもプロと名乗るからにはそれなりの品性が求められてしまう窮屈な時代なんだよ

力士だって最近はそうだし、歌舞伎の偉い人でもなんかしたら思い切り叩かれる

棋士無茶苦茶やって許されてたのは米長邦雄あたりが最後だろう

監督だろうがプロデューサーだろうが好き勝手やってたらパワハラセクハラ

そこに今更変なキャラ作って持ち上げようとしちゃうセンスがどうしようもなく古臭いと感じちゃう

anond:20180118151637

からよくある勉強ができるやつは人間のクズとか狂ってるとかも漫画イメージで実際はあまり根拠がないと思います

つの時代もそういう無自覚偏見を生み出すフィクションの力って侮れないですね

ニコマス』が消えた。誰か共に悲しんでくれ。語ってくれ

大好きだったニコマス動画が消えた。

少し古い界隈だ。『ニコマス』が何かを知らない人はちょっと無視してくれ。

昔、ニコマスを大好きだったはてなー達、あるいは今でも好きでいてくれた奴、少しばかり付き合ってくれ。

いや、権利的にはグレーどころかブラックだったのは知っている。もう11年も見てんだ。それで何度も辛酸的なものだって舐めてきた。自作が消された事だってある。に、してもだ。今回の大規模消去は、あれだ。腹にグサッときた。うしわかPの『スノハレ』やfriskPの『crazy』が消された時もかなりキタが、今回の質と量は圧倒的だ。蔵人Pの『月下祭』も『リレ』も、えこPの『ロケットガール』も、『エージェント』も、『I want』も『わっほい』も『ここすき』も『乙女大志』も、そして何より桃邪気Pの『隣に…』も。

なんか有名なアンチが関わってるとも、

https://anond.hatelabo.jp/20180107225923

あるいは2chスレが関わってるとも言われるけど、そんな事はいいんだ。ただ、悲しいんだ。只々悲しいんだ。悲しむ事を許してほしい。どうか共に悲しんでほしい。傷を舐め合わせてほしい。そしてできれば、語り合わせてほしい。何しろもう〝ない〝んだ。もう存在しないんだ。これからどんどん忘れていくんだ。忘れてしまう前に語ってしまいたいんだ。残しておきたいんだ。

あの頃、ニコマス黎明期2007年頃、俺たちが抱いていた不安、そしてあの勢いを作り出していたのは、まさに「こうなる事」への恐れだったじゃないか。いつ、この感動が、このムーブメントが無くなってしまうかもしれないという恐れと焦り。それがまた勢いを生み出していたあの時代。あの頃の気持ちを思い出したい。

からどうか頼む。誰か語ってくれ。語らせてくれ。頼む。

余裕のある生き方をしてください(定型句

10万円がガチャで消えたとかなんとかいう話をちょいちょい見かける時代なので、

10万円が仮想通貨暴落で5万円になったとか言われても、まだ5万あるやん、くらいの印象しかない。

anond:20180118124843

そんなん同時代でも出版社とか訳者とかで変わるだろうが。

今の時代会社改革

多様化を認める」っていうのも1つのキーワードなんだろうか

会社に忠誠を尽くす人しか入りません」っていうのが旧来型の企業価値観

そりゃ人手不足倒産もするわって感じ

今は妊婦でも介護しながらでも在宅でも働き方は多様化できればいいし

結果さえ出すならどんなやり方でもOKって感じ

他人が休むことで俺の負担が増える」って向きもあるけど

お互い様だと思わないとだし

そもそも休みやすくなるように仕事の総量もしくは効率化に手を付けなきゃね

anond:20180117163500

ああー。返信含め全文読んでなんとなくわかったような気がするけど、自分の中の「面白い」の定義が狭くて、相手もその定義で使ってると考えていて、だから必要以上にバイアスがかかっちゃうってこと?なの?

例えば増田自身ストーリーに興味があるタイプで、これ面白いよってすすめられたら(大体ひとが面白いと思うストーリーがわかるから)台無しだって思うってこと?

でも、実際は面白いって言葉もっと広い意味で使われてて、逆に増田のようなバイアスがかかるものじゃないと思うけどなあ。

例えばジャニ好きのひとが言う面白い映画って、推しメンがたくさん映ってたとかそういう意味だったりするし、ミリオタとか鉄道オタとかもそうだし、特にオタクじゃない普通の人でも結局は個人の好みなので同じ。

普通自分の好きなものを「面白い」と表現するだけで、別にストーリーがとか描写がとか言わないから、逆に増田的にはノーカンなんじゃないかなあって気がするけど。他人面白いと思うもの増田面白いものなわけじゃないんだし。

ホラー映画ファンなら、ロメゾンビ絶望感とか悪魔のいけにえ狂気とか、人体破壊とか不快感とか暴力描写とか、一般的にはネガティヴしかないものを「面白い」と言うし。具体的な箇所を言うとネタバレになるから、ただ面白いよって勧める場合もある。

で、つまらない作品オススメしろって話になってくると、それはオススメ大前提が崩れるので意味がない気がする。それはもう目隠しして探せば?って感じでは。

オススメって、結局勧めてくれた人との交流が前提とか目的にあるわけで、だから面白いよ(自分が好きだと思ったものを友人と共有したい)」という文句になる。だけど、増田文章を読んでると作品自分との関係を一番に考えてるからオススメ文化のものが向いてないってこともあると思うんだけど。

それでも交流もしたいんなら、面白さとかじゃなくて今月読んだ作品友達に聞くとか。

「「何か面白いやつ教えて」と聞いてくるやつには自分面白いと思うものを教えてやればいい」って書いてるように、逆に面白い不明ものオススメされたいなら、自分からそうやって工夫して聞くしかない。果たしてそれに意味があるのかわからないけど。。

またあえて「面白くない作品」を聞いた方が、面白い面白くないかの期待と不安のドキドキ感は逆に高まる気がする。あんまそういうことしてると友達減りそうだけど。

あとは、当たり外れも欲しいけどなるべく質を高めて外れの確率を小さくしたいなら、機械的に名作を選べばいい気がする。

名作とされる作品って時代遅れだったり難しかったり逆に簡単だったり皆が見て面白いわけじゃないし、名作である理由も技巧とか思想とか時代性とか歴史とか、ちゃんと勉強しないとわからない面倒くさい部分も多いから、当たり外れはよくある。でも読んでる人口とか話題に上る確率は高いから、他人と共有もしやすいと思う。

でも名作だと「以前にどこかで話題になっていたことがすでにバイアス」とまで考えるなら、やっぱりランダムに探すしかない。

そうなってくると「自分名前を知っている作品は全て内容に対して余計なバイアスがかかっている」から未知の作品しか読まない、とかいうことになりそうだけど。

あと、結局作品との関わりを何が何でも大事にするなら、友人とかとそのジャンルについて話すのはやめた方がいいよ。うっかりネタバレとか変な対抗意識が生まれたりとかは絶対あるし。

終わりにとりあえず、あえてミステリオススメ

13階段高野和明

ミスターメルセデススティーブン・キング

「折れた竜骨米澤穂信

「死の接吻アイラ・レヴィン

五色沼黄緑館藍紫館多重殺人倉阪鬼一郎

星を継ぐもの」J・P・ホーガン

本陣殺人事件横溝正史

エジプト十字架秘密エラリー・クイーン

「葉桜の季節に君を想うということ」歌野晶午

「その女アレックスピエールルメートル

小説の話かと思ったけど映画の話もしてるっぽいので

最後まで行く」

羅生門

「L.A. コンフィデンシャル」

アフタースクール

情婦

八つ墓村

トールマン

告白

手紙は憶えている

双生児

https://anond.hatelabo.jp/20180118100258

興味のある時代地域によるが、中世近代ヨーロッパをやりたいとなると、まずキリスト教マルクス主義をやるのが遠回りのようで一番の近道。

この2つが分からないと宗教改革ルネサンスが分からない。そうすると産業革命が分からない。そうすると今度はフランス革命が分からない。何が何だかからない。

歴史好きのために何とかキリスト教マルクス主義説明を迂回して書いた本もあるが、結局事実をなぞるだけの表面的な理解(すぐ忘れる、トリビアばかり記憶する)で終わると思う。

最近は2つとも良い入門書があるから是非。

(また同様にアラビア世界理解するにはやっぱりイスラム教理解が要る。が、こっちはあんまり良い本がない)

世界史趣味にしたい

けど、高校時代日本史選択で、しかセンターのための勉強しかしてこなかったから今は何も頭に入っていない。

そうじゃなくて、興味をもって身につく吸収の仕方がしたい!そんでもって世界史

図書館行って入門書探してくるかあ

22歳だけど、もう人生いかなって気がしてきた

高校卒業後、本当に何もしたくなくて1年ほど引きこもった時期があった。死んでいる様な生活だったし、劣等感も凄かった。

結局そのままじゃ人生詰むってわかってたしあんまり親を悲しませるのも嫌だったからその生活は1年で切り上げた。

その後学校に通い始めてバイトも始めてその両方でそれなりに良い人間関係を築けて、自分がまともな人間になれたような気がして少し嬉しかった。最低限のコミュ力くらいは普通にあったから、そこはそんなに苦労しなかった。

でも今になって思うのは、結局のところ引きこもり時代自分本質だったということ。

何もしたくないとか、1人で静かにしていたいというのが自分の1番の望みだったのだ。

自分冗談を言うのも好きだし、外に出れば面白いはいろいろある。

でも、何よりも自分が求めているのは何も考えずに静かな時間を過ごすことだった。

本当に仲の良い友人や親とでさえも一緒の空間にいるだけで疲れる。

誰かと話して面白くて笑っているはずなのに、どこかで虚無感の様なものを感じる様になった。

何のために生きればいいのか。

欲しい物や知りたいこともあんまり無い。

22だし、これからどうにかすればどうにでもなる年齢なのかもしれないけど、自分に対して期待できることがもう無い。

こんな考えに至ってしまっているという事実が何よりも自信を失わせているのかもしれない。

今は生きててもただ疲れて行くだけ。

でもずっと何もせずにいるなんて自分自身も周りも許さない。

怖いし何かもったいない気もするから生きているだけで、死んでいる状態に近い。

一体自分はどこへいけばいいのか。

ときどき販売時代の血がさわぐ

すごくPOPが書きたくなる

おもしろニュースを聞くたび、それに関する商品仕入れるところを想像してしま

直接、ものを売れるのは、販売職のいいところだよなぁ

なんていっても、私は結局正社員になれなくて給与が上がらなくてダメダメ転職してしまったんだけれども

いまは会社員として普通に働いてるけど、ときどきまた戻りたくなる

IKEAサイト見て泣いた

ごめん深夜だから吐き出させて。引越しが面倒くさいって話。高校生時代から8年付き合った同性の恋人がいた。いた、というのは彼女とやっと同棲を始めて1年がすぎたころ、あっさり会社の人(男性)と付き合うと伝えられ、別れたからだ。別れて10ヶ月ほどこの家にいたのは単に未練だった。やっとどうしようもないと気付いて、家を出たいと伝えた。

10ヶ月、この家にいられたのは私が図太かったのと、彼女ほとんど顔を合わせてなかったからだと思う。彼氏の家(たぶん)と会社でほぼ過ごしている彼女は昼に我が家に帰り、私が帰る頃に家を出る。たまに会えば付き合ってた頃と同じテンションで会話もする。この間テレビで見たんだけどさあ、とか、この間ここに行ったんだけど、とか言って。ただ、いつもと違うのは触れられないことだけだ。夏でも暑いのも気にせず触れ合っていたのに、私の彼女の間にはいまや15センチくらいの隙間がある。私はいだって触れたいんだけど、向こうが少し体を強ばらせるのだ。いまさら

彼女の話にその彼氏は登場しない。一度私が泣いてから彼女自分彼氏の話はしなくなった。ただ干す下着は派手になった。赤、黒、黒、紐パン想像力で傷つく自分がいる。

10ヶ月もいるとある程度人は慣れる。ただ家を出ると伝えたのはたまにくる「もう許してほしい」という感情の勢いだった。8年一緒にいると、相手自分の一部になってる。日常に、未来に、その相手存在している。彼女は「友達になりたい」と言った。別れてしばらくして分かったのだが、私たちはずっと前からただの親友でしたって顔をしても世間にはなんとも思われないらしい。幾度とデートをしたのに、キスをしたのに、セックスもしたことあるのに。

まあこの友達になりたい発言は、いきなり私を失うことは彼女不安だったのだろうと今なら分かる。

最初から恋愛の好きじゃなかった、私は男が好き、と言われた。だから余計、失いたくないのに、恋人でいられなかったのであろう彼女に同情できないこともないな。なのに私はまだ恋とか愛とかとして好きなんだな、と自覚させられた。

引越しに伴い、捨てようか迷った棚の値段を見ようとネットサーフィンをしていたらIKEAにたどり着いたとき、私はびっくりするほど泣いた。IKEAで、1回デートたことがある。同棲を始める、少し前。どんな家にするかは決めていない、下見ついでのデートだった。

ねえ、このソファ良くない?

2人がけのソファだった。小さなソファだったけど、女子ふたり並んで座れた。もっと狭くても、私たちはいつもいつもくっついていたかもっと小さくても問題ないのに。

あのソファに座れるはずの未来を思い出してしまった。確かにあのときその未来はあった。別に遅かれ早かれ別れたんだろうけど。

でもやっぱりこうやって、たまに思い出の欠片を日常に見つけてしまうのはしんどいね。引っ越して、またたまに思い出して泣くのかな。なんでまだ好きなのかな。

弁当を一緒に作る日が幸せだった。

日曜に散歩がてらご飯食べに行って彼女が咲いてる花の名前を教えてくれるのが幸せだった。

冬は寒いねって言いながら布団でぎゅってなるの、幸せだった。

長いよ、失恋。まだ終わってくれない。なんで引っ越さなきゃいけないんだよ、

愚痴でも言わせてくれ

主体性が無い人間なんだ。俺から言わせると皆どこで主体性を拾ってきたのか問い詰めたいぐらいなんだが。あいつどこに売ってた?割と高くても買うべきだから今買えるやつは買っといた方がいい。

ともかく、俺には主体性がなくて、俺はいまだにもっと別な時代に生まれていればと思ってる。機械みたいに働きたい。右から左からから下まで誰かの指示に従えるなんて楽にも程がある。なんて羨ましい。あと自由が嫌いだ。何よりもあいつが嫌いだ。なにせあいつを背負うと責任まで付いてくる。責任を取るのが嫌いだ。だからSF小説やら映画やらで見かける自由なんてこれっぽっちもない管理世界が羨ましくてたまらない。指示に従いノルマを達成し変動の無い支給品と配給された必要最低限の飯。最高だ。

そんな世界で生きてなんの意味が、とか唱える奴らがそういった世界反旗を翻し自由を勝ち取るんだろうなぁ、主人公さすが。

俺的には自由なんて押し付けられても困る。自分の力で生きないといけないなんて大変な労力だ。普通に。疲れる。

じゃあさっさと死んでしまえば、とか言うかもしれないが、残念な事に生きてるだけで責任がある。というか、死ぬことは酷く他人迷惑をかける。ひとに迷惑をかけてはいけない。だから死ねない。でも正直日本安楽死合法出たら死んでるかも。

人生死ぬまでの暇つぶしだ、なんてどっかで見たけど全肯定すぎる。全く疲れる。繁殖行動だけを行い弱肉強食で淘汰される野生動物に生まれたかった。というか転生とかあったらマジで勘弁してほしい。次は要らないから今5000兆円口座に振り込んでくれ。

かつて私たちは地下に暮らしていた

特に何を主張するでもない駄文です。1級暇人の方はどうぞお読みください。



昔々ある人間たちが、誰の目にもとまらないような陽の射さない地下で他人との交流を細々と持っていた。顔も見えず声も聞けないそのコミュニティには、陽の当たるところへは出せないような声が星の数ほど集まって、カオス文化が生まれた。

それは大抵の場合根暗で、ウジウジドロドロして、「何だこんなもの」と地上の人々に馬鹿にされていた。が、確かに光るものがあったこともまた事実で、そんな一期一会フラフラした心地よい集まりを求めて多くの人間が暗がりへとやってきた。

おとぎ話ではない。他者との交流ネットワーク一般に拡がり始めた頃の話である

インターネット私たち生活に深く入り込んできてからの年月はまだ浅い。日本へ今の形の原型となるネットワークが入ってきたのもたった30年ほど前。それ以前からあった今は亡きパソコン通信も、全盛期は2、30年前あたりだ。ましてや冒頭のような光景掲示板などで繰り広げられていたのだって、(今の現役ネット世代若者が考えるとけっこう昔に思えるが)20年やそこらではないか

パソコン通信というクローズドネットワークからインターネットというオープンネットワーク時代が移る中、個人サイトやら電子掲示板やらがぽつぽつと栄え始めた。顔も見えない声も聞こえない文章だけのコミュニティは、この時地上の現実からひとつ階層を落とした地下世界を構築したのだろうと思う。決して表には出せない愚痴嘲笑も争いも裏事情も何もかもを内包したカオス空間だ。

まもなくインターネット上にはその場の思いつきや便所の落書きレベルからなぜ本気を出したと言わんばかりの美文やイラスト企画まで、さまざまなもの漂流し始めた。地下世界スラム街のような様相を呈し、いわゆるオタクを中心に物好きな人間たちを取り込んでブクブクと膨れ上がっていったわけである

その頃の地上世界では「ネットなんて」「掲示板なんて」「オタクなんて」みたいな認識が当たり前だった。相手の顔も見えない世界なのに、現実を見もしないで貴重な時間をムダにして、と。基本的に地下世界の住人も生身は地上に置いているから、そんな後ろめたさを背中に抱えて、それでもただのらくらと面白いものを求める。

漂う気配には地上世界で吐き出せない陰があり、カキコによる争いは絶えずどこかで起こって燃え上がり、でもたまにいいものを見つけて嬉しくなるような、全くもってグチャグチャの空気が流れていた。

当時の地下世界において人々の理性や社会性は普段より3~8割減っていたと見ていいだろう。感情の赴くままに場を荒らしてはゲラゲラ笑い、煽られては顔真っ赤にして怒る、老若男女が子どものように感情を表せる場だったと言える。そこに地上世界倫理を持ち込むのはお門違いなのであった。

嘲笑・叩きはお構いなし。グロ画像やら有名人やら見知らぬ一般人写真までもがジャンジャン流れ、肖像権何それ美味しいの状態である淫夢の語録やクソコラなども、そのあたりの流れによって大きくなったものニコ動などに共有されて爆発したようなものだろう。そういうアングラ文化電子掲示板界隈からニコ動mixiTwitterといった拡散力の強いサイトへ流れこみ、2000年代に大きく盛り上がった。

さて、今は2010年代もそろそろ終盤である。この日記タイトルで、かつて私たちは地下に暮らしていた、と書いたのは、今やインターネットは地下世界ではなくなったのだと個人的に思ったからだ。

インターネットで出されたコンテンツが瞬時に世界中へ回る時代。昔だってそうだったが、今では拡散スピードが違う。LINEFacebookInstagram若者たちコミュニティを作る。「微レ存」が女子高生にまで浸透したりして、一般人といわゆるオタクとの境界線も昔に比べると曖昧になりつつある。

もはや掲示板にもTwitterにもニコ動にも、陽の当たらない場所はほぼない。全てが地上世界に引き上げられ、インターネットはれっきとしたひとつ社会として君臨するものになったのだ。

れっきとした社会として認められるということは、当然利用する人々の意識・行動にも倫理や理性、ルールが付きまとう。今もかつての地下のノリは受け継がれ、クソコラ炎上煽りも健在だが、「そういうのはどうかと思う」というような理性的意見によって自主的規制されることも増えた。

からと言ってそれが悪いと言うつもりは全くない。むしろ当然の結果である人間が一つ所に固まれば、そこに独自ルール生まれる。ルール文化となって拡がり、人が大きく増えればひとつ社会になる。そうなれば法や倫理が、社会における不都合を放っておくはずはないというものだ。

ただ少し寂しいとは思うが。

冒頭で言ったように、私はこれに関してどうこう主張したい訳ではない。ある日何となくネット窮屈だな」と感じ、地下世界文化の流れを思い、ちょろっと考えをまとめてみようか、となっただけの戯れ言である批判意見も大いに結構だし、むしろここまで読んでいただけていたらそれだけで驚きだ。よっぽど暇なのか。

これからインターネットひとつ社会として、ちょっとの闇を内包しつつ地上世界に在り続けるだろう。さらに月日が流れて、今の世の中では想像もつかないような新しいネットワークが出てきたら、また物好きな誰かがそれを使って地下に新しい世界開拓するかもしれない。

また新しいカオスが生まれて膨らんでいく過程を、できればこの目で直に見届けてみたいものだ、と考えているところである

2018-01-17

anond:20180117125533

うん、「手軽さ」が最重要になってるというか

 

スマホゲーなんかでもそうだけど、

凄くあっさり始められる、あっさり止められる、あっさり再開できる

という事が今の時代、とても求められてる気がする。

 

ゲームなら、ブラウザゲーム

できれば登録不要で、個別必要データCookieで保持する

なんて簡単ものなら良いのかもね。

そして何日かやって気に入って、ガッツリやりたくなったら

始めて登録して色々な機能が使えるようになるとか。

次の面に進む時や重要イベントの直前になったら登録必要になったり。

 

そんな感じに、まず簡単に、まず手軽に、が必須なのかもね。

anond:20180117230340

修行中だからって劣悪な労働環境で働き続けるのはブラック思考だろ。

技術盗めるとか、そういうやりがい搾取的なものじゃなく、払うべきものは払うべき。

なんかもう、そういう時代じゃないでしょ。

漫画業界仕事のあり方について

私は漫画アシスタントをしている。

先日、三田紀房先生の元アシスタント・カクイシシュンスケ先生

アシスタント時代残業代請求たことが話題になっていた。

私はアシスタント残業代請求することについては、ちゃんちゃら可笑しい話であると思う。

アシスタントという仕事は、何の仕事もできないうちから給料を頂ける上、

なおかつ技術力を存分に盗める。

それ以上に何を求めることがあるだろうか。

しかも、売れてる作家さんの元でアシスタントをしない限り、

11年も同じ職場で働くことは難しい。

普通は2〜3年で連載は終わり、職場解散=失職することも多い。

そのいつ職を失うかという不安もなく、同じ仕事場にい続けられることは、運が良いといっても言い過ぎではない。

また、残業をしたくないのなら、自分作画スピードを上げる努力をするべきだ。

アシスタント技術は、ただ単に上手い絵を描けるだけではなく、スピードも伴わなければならないと私は常々感じている。

漫画業界には残業代を求める以前に、もっと直していかなければならない部分はたくさんある。

例えば、アシスタント仕事を依頼する時だ。

「月火の予定でお願いします」とA先生から言われ、その日はそのA先生の予定で埋める。

少し絵の描けるアシスタント複数先生を掛け持ちしている場合が多いので、

あとから別のB先生に同じ曜日で入って欲しいと言われても、先のA先生の予約を優先し、お断りをする。

だが、もしA先生ネームが間に合わなかった場合、予定の前日深夜に「明日はお休みで」と言われることが度々ある。

そして、ほとんどの仕事場のお給料は日給制で支払われる為、実際作業した火曜日の分しか支払われない。

B先生を優先していれば2日分の日給が手に入ったはずだ。

もちろんアシスタントを雇い慣れている先生によっては、ちゃんと2日分支払ってくれることもあるが、

大抵の場合はその限りではない。

そしてアシスタント側は、A先生文句も言えず、泣き寝入りするしかない。

何か苦言を呈すと、「面倒臭いアシスタント」というレッテルを貼られかねない。

ネームが遅れるのももちろんよく理解できる。

だが、こちらもB先生を断ってまで仕事を受けている以上、予定を入れていただいている分のお給料はなければ困る。

こういったことが起こらないよう何か対策はとれないものなのだろうか。

また、漫画業界には「暗黙のルール」が色々あるが、アシスタント経験のない作家さんのところで仕事をした場合

そういった部分もよく知られず守られない場合も多い。

漫画家アシスタント個人事業主同士でトラブルは話し合い、お互いの妥協点を見つけていくしかないのか。

漫画業界の「明確なルール」を決め、「暗黙のルール」とせず、漫画家アシスタント両方が気持ち良く働けるようにすべきではないか

もしこの日記を読んだ方、漫画業界の方、どうお考えだろうか。

今、雰囲気アニメが熱い

ストーリー不要の話があったが

ここ数年、ストーリー性の薄い雰囲気アニメがすごく良い感じだと思う

 

雰囲気アニメ? 薄味アニメ? 癒やしアニメ? 名前はどれでもいいが

重厚ストーリー、バトル、恋愛ギャグなんかより場の雰囲気を重視した作品

からかにあったと思う

よく引き合いに出されるのはアリアあたりか?ヨコハマ買い出し紀行とかもあがるな

※薄いという表現が正しいのかはよく分からないが

 無言で派手な動きもないシーンが10秒続くのが普通に起こり得るような「静」の作品

 

正直昔はああいう「何も起こらない」作品が大嫌いだった

味の無いガムを噛んでるような感じで、耐え難い苦痛だった

見終わってから「何も起こらなかった」「どこを見ていいかからなかった」「事件はまだか」「いつ殺人が起こるんだ」という感想を抱いた

何か始まりイベントが起こるまでは全部退屈なプロローグだと思っていた

でもそれがいつからか、好きなジャンルになっていたんだ

 

明確に何かがオカシイと気づいたのは、ふらいぐうぃっち(2016)あたりだ

舞台故郷だったので見たが、あまりの薄さにおったまげた

コンビニで高いミネラルウォーターを見たときのような衝撃を受けた

開始10分でこりゃダメじゃねーかと思ったんだが、結局最後まで見てとても面白かった

そのあと5周くらいした

あのアニメは恐ろしい

ラブコメがない、強いギャグも強いストーリーもない、百合もない、テコ入れすらない(風呂水着回がない!)

キャラクターと、背景と、雰囲気と懐かしさと、あと何かよくわからない力で構成されている

 

思い返すと雰囲気アニメの流れは確かにあった、きらら枠だ

あれでだいぶ薄味に慣れてしまったのだと思う

ご注文はうさぎですか?(2014)や、のんのんびより(2013)のように、普通アニメよりは薄味だけど面白いものが増えたんだ

この4コマゆるゆる漫画アニメ系譜を遡れば、ゆゆ式(2013)、けいおん(2009)、ひだまりスケッチ(2007)、個人的にはその手前にあずまんが大王(2002)を置きたいんだが

どうも年々薄くなっていってる気がしてならない

まるでどこまで薄くできるか試してるみたいだ

そして自分でも驚くほど薄いアニメがとても面白い

 

おそらくああ言う作品は引き算なんだと思う(※食戟のソーマパクリ

強い要素、びっくりする要素を引いていった結果、今まで注目してこなかった味を強烈に放つのだろう

そういう意味ではどこまで引いて面白くできるかというチャレンジなのかもしれない

あと、変な話だが重厚なほど見るのが億劫になるというのもあるかも

刺激が強すぎない分、何度も繰り返し見たくなる

(単に年を取ったからと言えばそれまでなんだけど・・・

 

とは言えそういう作品をちゃんと仕上げるのは容易なことではないはず

中の人たちが頑張って、ようやくそういう作品が作れる時代になったのではないかと思う

 

嬉しいことに、そう言った潮流(?)のいい面を取り込みつつ、ちゃんとストーリーやバトルも組み込んでいる作品も増えている

雰囲気"も"素晴らしいアニメに仕上がってるんだ

これはたぶん、原作側が変わったというよりアニメ制作の方が進化したんじゃないかな。15年前じゃ中々実現が難しかった気がする

直近で言えば、宝石の国(2017)、少女終末旅行(2017)、メイドインアビス(2017)などなど

(※ここにけものフレンズを入れたいんだけど、けもフレは更にその上を行く化物フレンズから別枠かもしれない・・・

 

今期も眺めてみると薄いのに面白いのがたくさんある

一番注目してるのはゆるキャン△(2018)だ

あれも薄さがヤバイ

キャンプ場行って、テント立てて、山を眺めて・・・

あの薄さはふらいんぐうぃっちに迫る勢いがあるが、やっぱり何故か面白い、何度も見てしま

 

元増田がなろう系を「日記」と称していたが、まさにそうで

キャラクターと一緒に何かするという共感覚面白いのかもしれない

たぶん実際に一人でキャンプしても楽しくない

最近バーチャルYoutuberなんかも流行りだが、魅力的なキャラクターと一緒に何かするのは楽しいんだ

それがアニメになって面白いのだとしたら、それは新しいストーリー設計スタイルなのではないか最近思う

 

(とは言っても、友人にこういうアニメを見せると「何、どこを見ればいいの?」って言ってくるから、人は選びそうなんだよね)

anond:20180117224059

戦国時代が好きっていうかそれ以外の時代がぱっとしない

隣人、知人(女)を連れ込むの巻

朝4時代帰宅してきて壁うっすいアパートで1時間もぺちゃくちゃしゃべってたのマジ許さねえから

こっちだって男連れ込むことあるけど夜深まるころにはさっさと防音性の高い男の家に移動してるし深夜は静かにしてやってんだぞ気遣い台無しにしやがって

でも女連れ込んで一緒にゲームガチプレイしてんだったら許す

ルパンってそろそろ五世じゃね?

キン肉マンみたいに世代交代しろ

相棒時代に合わせてスーパーハカー筋肉黒人にしたらどうだ?

ヒロイン時代を反映してロリ巨乳女子高生アンドロイドyoutuberにしようか。

盗むのも今風に、NASA火星から持ち帰った石とか、仮想通貨マザーコンピュータかにしよう

anond:20180117165344

こんなのただの愚痴だろ、飲み屋おっさんが全方位にあたってるようなもんだ

話者が徹頭徹尾正しくないと問題提起しちゃいけないって言うネットの風潮は俺は嫌いだ

 

それに良いとこ突いてると思うんだよね

どんな世界だって時代とともに変わっていってる

ストーリー業界が今過渡期だなってのは、俺も一オタクとして感じてた

 

俺はストーリー至上主義からストーリーの無い作品ゴミだとずっと思ってたんだけど

アニメとかゲームとか、最近ストーリー以外でも楽しいものが出てきてるんだよ、いい意味

ビジネス的にはストーリーは実は重荷なんだ

コントロールできないし、ストーリー凝りすぎるとライト層失うし、ストーリーいらねーって時代は着実に来てると思う

 

じゃあストーリー創作者は次にどうするの?死ぬの?戦うの?他のことするの?やり方を変えるの?

みたいなのはもっと語られたほうが面白い

増田叩いて終わりじゃツマラン

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