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はてなキーワード: 空港とは

2017-11-17

鉄道おじの2年後のSS

街の若者戦争徴兵によって消えていく。

2020年東京五輪への努力が水の泡となり、御年34歳なるの彼の目にはそんな光景が写っている。

「カタカタカタカタ……」

一日早くきれいになったアパートに押し込められた彼はこれが最後レスとなるのも知らずに黙々と書き込んでいる。相も変わらず犬も食わない内容だ。

レス投稿した頃私は家を後にした。

30代のお迎えの兵士には年齢以上の苦労が見て取れる。

彼は指で指示して、2人で部屋を出る。

あれだけ雑然としてた小物や衣類などは綺麗サッパリなくなって直人の背後にはもう何もなかった。外に出ると両親と姉が家族仕事とばかりにお見送りに来た。

出張先は?どんな仕事?...」

直人の声が聞こえているのか否か、兵士無視してひたすら2人一組で歩いて行く。家族空気を察して黙している。

横浜の自宅前を出発した車で高速道路を駆け抜け、羽田空港には北京行きの飛行機が到着し、2人が乗り込もうとする。

「確かあんたの召集先はピョンヤンあたりだろ?」

「そうそう。家族がお見送りしてくれるといいけど……」

残りの家族はどうやら会社に残るようだ。直人はここで初めてだいたいの現実を知った。

そんな彼女たちを尻目に直人がさりげなく飛行機に乗り込もうとすると父親

「おい」

一言だけ息子に声をかける。

「何……」

「ほれ」

彼が振り返ったところで父親がグダポンに茶封筒を渡す。中を見るとギッシリと引換券が入っていた。

「電子通貨で200万ある。それが最後の金だから好きに使え」

そう言うと直人の返す言葉も待たずに、北京に向けて空港ターミナルを後にした。

家族はただ呆然と立ち尽くすほかなかった。

戦後、直人の行方を知る者は誰もいなかった…

終わり

真面目な質問

今年で鉄道おじが社会人復帰したんだよな

本人は恐らく残業仕事で精一杯だし、囲いはネットにしがみついてる負け組だし、誰が本人のネットでの尻拭いをしていくんだろうか

2017-11-09

空港が好き」を書いたのですが

ブックマークコメントでみなさんの人生の思い出を見せてもらったようでとても楽しかったです。ありがとう。気が向いたらまた旅行に行ってみようかな。

姉とわたし

姉に会いたい、と今朝コーヒー一口含んだ時、不意にそんなことを考えた。わたしを甘やかしてくれる姉のことが、わたしは大好きだった。捉えどころのないあの人は、言ってみればこの漂うコーヒーの煙のような人であった。

わたしは誰がどう見たって可愛くない子どもだったし、自分でもそれを分かっていたけど、姉はいつも「あんたはこの子に似ているね」と外国の儚げな美しい女の子を指差した。姉は海外雑誌を読む姿が様になる、姉が指差したような少女とはまた違った、けれどとても美しい人だった。父にも、母にも、勿論わたしにも似ていない人だったが、母方の祖母には、少し似ていた。わたし祖父母も大好きだったが、やはり一番姉が好きだった。

姉は美しい人であったが、決してお淑やかな性格ではなく、奔放なところがあった。頑固者で、一方では生真面目でコツコツ努力する人間であった。さらさら流れる水のように美しくて、掴み所のない女性だった。

姉とわたしとは四つ離れた姉妹で、似ても似つかぬ容貌性格であったと思う。しかし背丈は似たり寄ったりであったし、服の趣味も似ていたので、髪型を姉に似せていたときには、双子かと尋ねられたこともあった。思わず姉と顔を見合わせて笑ったら、仕草までぴったりですね、なんて言われて、益々大きな声で笑ったこともある。懐かしい思い出だ。

姉に会いたい、というのは、姉が今はもうここに居ないためである。亡くなったわけではないが、年に一度便りが届くだけなのだ

姉が大学卒業した年、わたし高校卒業した。姉は家を出て、少し離れたところで一人暮らしを始めた。そうしてわたしがまだ大学に通っている学生だった頃、ひょいと家に戻った姉が布団にもぐったわたしにこっそりと、「日本を出るんだ」と告げた。まるで子どもの頃一緒に悪戯したときのような口調で、ニコニコ笑いながら、そんなことを。

姉には年の離れた恋人がいた。出会いは知らないが、大学生の頃に知り合ったのだ。彼を追いかけて、姉は就職先を彼の住む街に決めたことをわたしは知っていた。それで、その人が海外に行くというので、仕事を辞めてついて行くのだと姉は言った。前に言ったように姉は頑固者だったので、引き止めることは何の意味も持たなかった。だからわたしは代わりに「そっか、元気でね」と言った。姉は頭の良い人だったし、特に姉の英語はとても美しい響きを持っていたから、向こうでもきっと上手くやるだろうと思った。そしてまた、姉は恋人と別れても、きっとここには帰ってこないだろうなとも。この家も、あの街も、姉には窮屈すぎたし、姉はもっと広い世界に行くべきだと思っていた。だから当然だと、これで良いと自分に言い聞かせた。本当は、姉を奪っていくあの男が許せなかった。顔も知らない姉の恋人を、心の底から恨んだ。それでもわたしはもう一度、「元気でね」と言って笑った。少し声が震えた涙声になったのが恥ずかしかった。姉はわたしの頭をいつもと同じように撫でて「ごめんねぇ」とあまりすまないと思っていない風に言った。

あんたはとびきり可愛いからね、これから先も、誰からも愛されるよ。私が言うんだから、間違いないよ」

わたしは布団にもぐったまま、声を殺して思わず泣いてしまった。わたしは可愛くないし、誰からも愛されるなんてわけはないのに、飛び立つ姉は無責任にそんなことを言ってわたしの頭をただただ撫でていた。酷い女だ。同時に、この人が世界で一番幸せになったらいいなと思ったし、できたらこの人が世界で一番幸せになるのを、隣で見ていたかったなとも思った。勿論、もう過ぎた願いだ。

姉は駆け落ちをしたわけではなく、きちんと両親には話をつけていて、わたしに報告をした翌日、家を出た。そして確かその三ヶ月後くらいに、日本を出て行った。最後空港で見た姉の恋人は思っていたよりもずっと普通の、しっかりしたお兄さんという感じの人で、わたしは少し安心した。姉が飛行機に乗る前、二人で抱き合ってわんわん泣いた。ようやく泣き止んだところで姉は「あんたにあげる」と言って、大好きだった外国モデル女の子の切り抜きを沢山くれた。「この子あんたに似てるから好きだったんだ」と姉は言ったけど、何回眺めても、やっぱりわたしには似ていなかった。それでもその言葉は嬉しくて、大切で、わたしはその切り抜きの入ったファイルを有り難く受け取った。

あれからもう随分経って、初めはこまめに届いていた姉からの便りも、今では年に一度、元旦の頃に届くだけになった。今でもあの恋人と一緒のようで、手紙には腹が立つほど仲の良さそうな二人の写真が同封されている。遠くに行ったとはいえ、今の時代、帰って来られない距離とも思わない。帰って来たらいいのに、と思う。とはいえ姉はあの時も思った通り、あの家には戻らないだろうなとも思っている。

わたしは、姉のお告げ通り誰からも愛されたというわけではないが、それなりに人の愛を受けて、人並みに成長した。きちんと独り立ちをして、今は都内会社員だ。大企業ではないが、そこそこの収入と、有給をきちんと消化できる環境を手にしている。姉が会いに来てくれないのなら、わたしが会いに行ったって良いだろう。もうそのくらい、お互い良い歳になった。あの頃はまだスマホが普及していなかった。あと一年ばかし我慢しておけば、ちょうど普及していた頃だった。姉も流石に今は手にしていることだろう。SNSIDなんかをしっかりと聞いて帰ってこよう。必ず、そうしようと考えている。

姉の誕生日は冬と春の境の、曖昧で美しい季節の只中だ。姉のそうした偶然のような美しささえ好きだったなぁと思う。好きだったのだ。なので、ちょうどその頃、きっと姉のもとを訪ねてみようと決めた。すっかり冷めてしまったコーヒー匂いを嗅ぎながら、そんなことを考えた朝だった。

追(11/11) あん時間に書いたのにこんなにたくさんブクマがついててびっくりしました。普段は夜中か夜明けに疲れたとかしか書いてないので姉のこと書いたのは初めてですが、こんなに伸びたのも初めてです。コメント返すのとかは面倒なのでしないですけど、わたしは本当にただのしがないアラサー会社員ですし、匿名である以上そんなの嘘かもしれないですし、創作だと思う方はそう読んでいただければと思います。褒めて下さった方も、色々と評価下さった方も、こんな長くてヤマもオチもない文章を読んで下さってありがとうございますコーヒーの煙は自分でも笑いました。小説家でもないので、許してやって下さい。

2017-11-08

JCB ザ・クラスのインビテーションが来たんだけど

今は、JCB ゴールド ザ・プレミアなんだけど、年会費は1万円(本当は1.5万円だけど、年間100万以上使うとザ・プレミアサービス料分のの5,000円が無料になるので)。

ザ・クラスに変えて、年会費5万円払うだけの価値はあるのかな?

保険の内容とかは、ゴールドとほぼ変わらない。

空港ラウンジプライオリティパスゴールドプレミアならついてくる。

年に一回、2.5万円相当の選べるギフト無料でもらえるらしい。まあ、半額くらいは元が取れるのかも。

ディズニーランドは嫌いじゃないので、秘密の専用ラウンジとかレストランに入る権利があるのは嬉しいかも。

ゴールドと比べて、コンシェルジュ24時間対応になるらしい。使い倒すなら、いいのかも。

クレジットカードを見せびらかす趣味はないけど、まあカードデザインは格好いいかもしれない。

どうしよう。

anond:20171107141129

空港は怖い。

搭乗手続き場所と手順が複雑すぎて、飛行機の出発にまにあわないんじゃないか不安でたまらない。

とくに海外

言葉は片言で、アナウンスを聞き逃したら一発でアウト。




sds-page 怖いとか言って海外まで行ってるのかよ 2017/11/08

仕事で行かされるんですよ。( ノД`)シクシク…

anond:20171107141129

空港マニア漫画ちょっと前連載されてたな

今も連載されてるのかわからんけど

ああぐぐったらわかった「前略 雲の上より」って漫画

んーでもただ空港雰囲気が好きってくらいのライト空港好き漫画ではないから、ちょっと違うかな

2017-11-07

空港が好き

去年の冬初めて海外旅行に行った。

朝一番飛行機に乗る予定だったので、一緒に行く友人と

空港で仮眠しようってことで終電羽田空港に向かった。

今まで何度か飛行機に乗ったことあったけれど、

自分チケット取って空港まで向かうなんていうのは初めてでどきどきしてた。

空港に着くと、すごく静かなのに人がたくさん居て、ざわざわとした嫌じゃない声がたくさん聞こえて、

天井の大きい電気が床に反射して全体が光ってるような気がした。

なんかじわ〜っと興奮してしまった。うまく言えないけど。

24時間やってるお店もあって、そこのテーブルセットでコーヒーを飲みながら周りを見ると、

天井ものすごく高いのと、フロアマットがひいてあるのと、大半が静かに過ごしたり眠ってるから静かなんだと気づいた。

ベンチもたくさんあって、そこで眠っているのは欧米系の人からアジア系の人まで様々だった。中東系の人が

コーヒーを飲んで穏やかにしゃべっていた。コーヒーショップのお兄さんたちはのんびり掃除していた。

みんなそれぞれこれから目的地があって旅立っていって、もう一生会うことはきっとない。

それでも同じここにいる人間なのだなぁ、と寒くてあっという間に冷めたコーヒーを飲んだことが忘れられない。

2017-11-05

旅行の荷造りだけをする

趣味旅行かばんに荷物をつめている。旅行には行かない。

東急ハンズダイソーなどで便利そうな道具を買う。そして旅行かばんに荷造りをする。そして便利なのかを評価する。旅行には行かない。

旅行代理店パンフレットをもらってくる。説明は聞かない。その旅程を見て、かばんを選び、荷造りをする。旅行には行かない。

作り終わった旅行かばんを持って出かける。なにかを買うのではない。旅行かばんを手にしたり、引き歩いたりして、街を行く。これは旅行ではない。

駅で電車を待ってみる。いくつも待ってみる。空港まで行ってみる。かばんを手にして歩く。旅行じゃない。

帰宅して、荷解きをする。空になった旅行かばんをきれいにして片付ける。

まっしろパスポートを見る。やっぱり旅行に行っていない。

いつだって、どこにでもいける。すぐにいける。その練習。あと、まだいかなくていいや、とわかるために。旅行には行かない。

2017-10-29

travel note

9/25-9/29、夏季休暇を取得し、憧れの国ドイツ旅行してきました。

前夜。

トランジットのため成田から北京国際空港へ。海外で初めて口にした食べ物ピザハットピザ政治的事情から各SNSにはアクセスできず、乗り継ぎまで人生の貴重な8時間出国せず空港内で過ごしました。

中国国際航空を利用しました。何故か機内モードでも電子端末は一切電源を消すよう命じられたため、退屈な機内でした。本を読んでは眠くなるため機内ではほぼ寝てました。また機内食はお粗末なもので、一緒に出されるパンフルーツの方がずっと美味しく感じました。

9/25

フランクフルト国際空港着💢やはりメルケル氏が当選していました。

新秋のドイツは気温10~15度と寒いので、空港から降りてきた薄着の漢民族は凍えていたようです。

ドイツ鉄道が発行している「ジャーマンレイルパス」を事前に購入していたので、ヴァリデーションを済ませフランクフルトからベルリンへ移動。しかしながら自由席指定席もほぼ満席状態で、後から乗った私は車内で立ち往生してしまうことに。ベルリンまでの移動時間はおよそ4時間半。全日一等席に乗れる権利を有していたのに惨めな旅だと思っていたら検札に来ていた乗務員が空いている自由席を見つけてくれ、さらに隣に座っていたウルリッヒミューエ似のおっさんスーツケースを上の棚に入れるのを手伝ってくれました。この時感謝気持ちを述べた言葉ドイツに来て初めて使用したドイツ語でした。

ベルリン

インターシティホテルベルリンにチェック。このホテルは2日間滞在していた。一人で予約しているのに何故か掛け布団が二つあったのが気に障りましたが快適に過ごせました。いかんせん成田搭乗から今まで風呂に入る機会が無かったので、ガラス張りのシャワー室でシャワーを浴びる。

行ったところ。

ブランデンブルク門。言うまでもなく、ベルリンの壁象徴する建造物。これを見るためにドイツに来たと言っても過言ではないくらい見たかったもの。なお、この日から8日後に東西統一27周年を迎えました。東西融合を祝して、記念に橋を架けました。興味深かったのが、門周辺はイギリスフランス等各国の大使館がひしめき合っていて、門の直ぐわきにアメリカ大使館では警備員が厳めしく立っていたました。そして、『舞姫』で豊太郎が闊歩したウンター・デン・リンデン通り沿いを100m程歩くと今度はロシア大使館が見えてくるのですが、アメリカ大使館の2倍の敷地で厳重な警備と邸宅さながらの荘厳さがありました。当時ソ連東ベルリン統治する上で、東側諸国リーダーたる威信を発揮しようとしていたかがうかがえますね。

次。DDR Museumという旧東ドイツ博物館。じっくりねっとり展示品を舐め回すように見ながら1時間半くらい経ったところで閉館のアナウンスが。まだ全部見終わってないんですが。

アレクサンダー広場ベルリンテレビ塔、に行く前に広場周辺でカリーヴルストを夕食。正直ケチャップは苦手なのですが、これはケチャップと合いますねぇ!!!!これだけでお腹一杯になってしまいました。

テレビ塔。夜景を期待してわざわざ22時に入場したのですが、ちょっと想像と違っていましたね。

2日目。朝から特急に乗ってチェコに行こうとしたのですが寝過ごしました。ただ、片道の移動時間がこれまた5時間も掛かるので仮に朝一の列車に乗っても、宿泊の都合上、日帰りで帰るとなるとろくに滞在できず一日を列車で過ごしかねないスケジュールでもあったので、正直フイにして後悔はしませんでした。

テレビを点けたらチャンピオンズリーグバイエルンアンデルレヒト試合が中継されていました。2-0でバイエルンが快勝していて流石FCバイエルンでした。

昼。電車に乗ってシュタージ博物館へ。これも東ドイツ関係。『善き人のためのソナタ』にも出てきた建物写真ネクタイは、よく見ると小さな穴が開いていて、この穴を通してカメラ反体制派の行動を盗撮していたというのですから恐ろしい。

夕方オーバーバウム橋からシュプレー川沿いの「イースト・サイド・ギャラリー」を見学。これも東ドイツ時代遺産写真男性二人(ブレジネフとホーネッカー)が交わしているアツいキスは決して男色を表しているのではなく、共産圏における挨拶の一つだという…。その後はポツダムに移動しサンスーシ宮殿見学するつもりでいましたが、気付いたら閉園時間が近付いていたため断念。片道1時間電車を引き返すことに。

夜。ポツダムプラッツレストランで夕食。ベルリンピルスナーを堪能。ドイツビールは飲めるけど、日本ビールは何であんな苦くて不味いんでしょうか。クネーデルズッペ。ブイヨンベースに牛レバーの肉団子というシンプルスープ料理なのですが、これが非常に美味しかったです。スープ料理で初めて感激しました。最後ベルリン名物アイスバイン塩漬け豚肉を茹でたもので美味しかったのですが、ボリュームに屈し食べきれずギブアップ。すいませんでした。

帰路。連邦議事堂。丁度議会選挙の直後だったのか館内見学の予約が取れず外から見学

ホテル内。ビールを飲みながらテレビドルトムントレアルマドリード試合を観戦。やはりピルスナーは飲みやすい!それでいて1.03ユーロ(約137円)という驚きの安さ。なお試合は3-1でレアルドルトムントボコボコにしてました。

3日目。6時にチェックアウトを済ませ、西方シュトゥットガルトへ。メルセデス・ベンツミュージアム見学しに。ルイス・ハミルトンは好きじゃないですが、メルセデス・ベンツは好きです。前からSLS AMGやAMG GTのロングノーズのボディが気に入らなかったのですが、300SL等歴代の車種を見ていくにつれてこのノーズが力強さが感じられるようになり好きになりました。あと、AMG GTって写真で見るより意外と車体が小さかったです。

博物館を後にし、ケルンへ移動。2時間程移動してケルンホテルマテルヌスハウスチェックイン。受付は愛想が良く好感を持てましたが、部屋がツインダブルベットで虚しさがこみ上げてきました。加えて、もともとコンベンションホールホテルにした作りなのか、浴室の作りが人工的でこれまたムードダウン。

ケルン大聖堂。二つのアーチがそびえるゴシック様式ローマ・カトリック教会ブランデンブルク門と並んで見たかったものその2。駅からライン川を渡った先が撮影ポイントで、道行く外国人スリの恐怖に怯えながら100枚くらい写真を撮っていました。

夕食。『地球の歩き方』にも掲載されている有名店なレストラン。ここではケルシュという地ビールを堪能。フルーティーな味わいで飲みやすいけど、水だと揶揄されてもいいくらい苦味が薄く刺激が弱い。でもボクは好き。

4日目。最終日。朝食はフルーツポンチばかり食べてました。ゆっくりしてからチェックアウトを済まし、フランクフルトへ。

フランクフルト証券取引所。入口前に雄牛と熊の銅像ブルベア。DAXは8月以降ずっとブルってやがる!館内ツアーガイドドイツ語で何を言ってるかさっぱり判らなかったです。取引所を後にし、しばらくフランクフルト金融街を闊歩してからフランクフルト国際空港へ。ドイツ旅行はこれにて終わり。

魔の5日目。トランジット北京行の便がまさかの遅延で予定の日本行の便に乗れず。後にトランジットカウンターに行って出発便を振り替えればよいとわかったのですが、何せ初めての事態でかなりアプセット。何とか便を振り替えてもらいましたが、中国人の話す英語が判らず聞き取るのにかなり苦労しました。

19時頃羽田空港着。成田じゃなくてよかったです。ここでクイズ東京に着いて一番最初に食べたものは?そうですね、ラーメンですね。

初めて一人で行く海外旅行でしたが、正直旅行というより社会科見学に近いものでした。博物館で2時間も3時間も過ごすのでもし人と一緒に来ていたらうんざりするでしょうし、この点は一人でよかったです。完全に自分時間が流れていました。

しかしながら、やはりトラブルがある時はやはり一人で対処しないといけないですし、当然コミュニケーション外国語なので言葉がわからないと辛いものがありますね。幸い身振り手振り肉体言語でも伝わるのでこの点は何とかなることはありますが。意外にも滞在期間中一切日本語を喋らなかったのが精神的に辛かったです。

また行きたいですね。今度はルフトハンザ航空の直行便ファーストクラスで。

コンビニ食べ物ってうまいよな

すごい進化してていつも驚く(特にデザート)

でも色々食べてわかったのは、コンビニ食べ物コンビニの味がするということ

"コンビニ食べ物"の味というか、やっぱりなんかそういうフィルターがかかる

忙しい時コンビニ飯が続くとちょっとゲンナリナリ田空港からお空へビューン

2017-10-23

英語力をつけるために本当に必要なこと

僕は英語ができない人間だった。

高校の成績も常に赤点で、1年生のときに"第1文型"という言葉が出てきた瞬間に、「あ、これは俺にはできない類の科目だ」と思った。

そもそも暗記が苦手だったし、英語自体に興味もなかった。

高校の時、このままじゃやばいなと思った。けど特に何もしなかった。

学校団体受検で受けたTOEICも300点代。何も得るものはなかった。

大学受験は失敗し、僕はニートになった。毎日のようにネトゲ時間を食いつぶし、他の奴らと煽り煽られる日々。親は僕を腫れ物のように扱った。

ニート時代

ネトゲにも飽きた頃、Dota2というゲームを見つけた。当時はまだ日本人プレイヤーはあまり多くなく、それなりにゲームに詳しい人間しかやっていなかった。

RPGストラテジータワーディフェンスゲームを組み合わせたようなゲームで、課金要素が増えたネトゲ界隈に嫌気が差していた僕に一筋の光を与えた。

しか現実(パソコンの画面だけど)は甘くない。待っていたのはnoob(初心者雑魚プレイヤーのこと)を狩る連中、煽る連中ばかりだった。口の悪さは日本人の比ではない。

当時英語がてんでダメな僕はあまり何を言っているかからなかった。が、なんとなく悪口を言っているのだろうと思い、次第にGoogleを使って必死に調べた悪口を言い返すようになった。

煽りに顔を真っ赤にして言い返してる当時の僕は、少しずつ英語悪口の引き出しが増えていった。

英語悪口がわかると、ある程度会話が成立するようになってくる。I have a penくらいの英語はわかっていたので、簡単な会話はできた。

初めて外国人の友だちができた。ネトゲで。嬉しかった。

外人とのコミュニケーション

そのうちSkypeでも通話しながら遊ぶようになるが、ここでまた大きな壁ができた。聞き取れないのだ。

僕は意味がわからないので無視し続け、友達を怒らせてしまった。僕はつたない英語で謝った。彼とは今でも親友だ。

そうして友達と話すようになってからは少しずつ日常会話もできるようになった。日々英語を覚えることに喜びをおぼえた。単純に楽しかった。

この頃、外国人友達からクラン(ギルドとかみたいな感じ)のメンバーで遊ぶから来ないか?と誘われた。

不安はあったが、みんな良いやつらだったのでカナダへ行くことにした。一週間程度の滞在だった。

現地でもコミュニケーションには色々手間取ったが、初めての海外、初めての1人旅行大雪に見舞われ初めての空港泊。お金の工面も含めて全部自分でやりきった。

帰国後の変化

その後、帰国してから受けたTOEICは600点を超えていた。

何もやっていないのに何故?と思ったが、思えば今までやってきたことはある意味学校勉強とは比べ物にならない時間を掛けて英語勉強してきたのだった。

僕は英語ができない人間ではなかったのだ。できないと決めつけているだけのただの弱虫だった。

僕はちゃんと英語勉強しようと思った。

ニートをやめた。社会人になって自分ができることを世の中に広めたいと思った。

今は勉強しないでもTOEICは900点を超えるようになり、人に英語を教えることもできるようになった。

でも学校の授業みたいな教え方はしない。僕がゲームで学んだことを人に伝えている。

何故日本人英語が話せないのか

理由はそんなに難しくない

必要がないか

英語必要な、興味を持てることがないか

・話す機会がないか

時間がないか

大体こんなところだ。色んな理由を思いつく人もいるだろうが、大体はこの4つに帰結する。

必要がないけどやりたいなーと思ってるだけでは人は動かない。明確な目標必要だ。

興味が持てないことに人は動機を持つことはできない。ガリ勉でやってもそのうち目標を見失うだろう。そういう人は話せるようにならない。

話す機会がないのは苦しい言い訳だと思う。世の中Hellotalkとか探せばいろんなものが見つかる。

時間がないは仕方ない部分もあるけど優先度の問題だと思う。自分が大切だと思うことには時間を注げる。それができないってことは、英語あなたには必要ないってことだ。

失敗を恐れるのもだめだ。人は失敗しないと学習できない生き物だから。愚直にやって失敗することが結果的に一番印象強く、人の記憶に強く残る。

まずは理屈よりも、失敗してもいいからやってみることが大事だ。やって後悔するよりやらないで後悔するほうがいい。何が自分にあわなかったかがわかる。

結論

効率がいい方法を探す暇があったら自分のやりたいようにやってみればいい。趣味領域に"効率"だとか"誰でもできる"なんて言葉甘い罠しかない。

何度もやって何度も失敗して、それを繰り返すことで初めて自分にあった方法がわかってくる。

白人の嫁と籍を入れたので今まで日本人で「英語ができるようになりたいけどできないです」と僕に言ってきた人たちに対してこっそり思ってきたことを書きました。

長文失礼しました。

2017-10-19

週末旅行に行く

帰りの飛行機が 台風で 欠航になったら

ニュースで やってるような 空港泊に

ちょっぴり 憧れて いるよ

クラコウジア!

クラコウジア!

2017-10-18

がっこーのせんせーです2

朝の日記に予想外にコメントがついていて驚きました。

個人の雑感に反応していただいてありがとうございます

拝見していていくつか気になった事を。

高校の少人数化について

現在高校進学率は100パーセントに近い状況ですが、

正直なところ、教員からしてみても高校の授業内容は万人に必要ものではありません。

しろ中学レベルのことがしっかりできていれば社会に出ても困らないと思います

しかし、現状では中学レベルのこともままならないまま高校に進学し、

高校の内容などとてもついていけないという状況が、下位校といわず中堅校でもままあります

個人的には中学留年制度を設けて、中卒認定統一試験を設ける方が

学力向上には効果的だと思っており、高校大学の進学率も今の半分でいいと思います

そうすれば、高校大学はおのずと淘汰され、そこに投下される予算

高校の少人数化や高等教育無償化などに回すことができるでしょう。

また、中卒で働くことが一般化すれば、労働力不足の解消にも寄与すると思います

ただ、そうなっていくと、戦前旧制高校のような超エリート養成コース

義務教育修了コースの間で格差が生じるので、その点、給与体系などに一考の余地があります

教員待遇について

冗談だとは思いますが一応(苦笑

修学旅行は言い方が悪いですが最も憂鬱行事の一つです。

もちろん、生徒たちにとっては最大の行事ですが、

それだけに教員の緊張感は並々ならぬものがあります

昨今はホテルの予約合戦も熾烈で、生徒の入学時には動き出さないと間に合いません。

業者見積もりをとり、行程を精査し、事前学習の準備だけでも重い負担です。

また、現地に行くにも教員の集合時間は早いので自腹で駅や空港に前泊することもあります

いざ現地に行けば、生徒の体調不良や負傷、他校や現地の方とのトラブルに神経をすり減らします。

私の学校の生徒は聞きわけが良くて手がかからない方ですが、

現地で他校の先生方を見ると大変苦労されているご様子です。

また、以前は夜の飲酒くらいは認められていたようですが、昨今は深夜の体調不良対応などもあり、

飲酒禁止です。24時間体制での勤務が4日、5日続いて本当に辛いです(苦笑

昔の感覚ですと楽そうな仕事ですが、昨今は一般企業出張よりも厳しいでしょう。

また、給与に関してですが、基本的残業代は発生しません。

休日の出勤には手当が出ることもありますが、1日勤務して2~3000円程度です。

以前、私よりも給与の高い管理職冗談半分で時給換算したら1カ月平均が時給300円ということもありました(苦笑

>授業の動画

これは簡単なことではありません。

最難関校から指導困難校まで同じ教科書を使っていても指導内容はまったく異なります

また、同じ学校の中でも習熟度が必要なくらい授業内容は異なってきます

そうなると、授業動画10段階や20段階の世界では無く相当細分化して制作する必要があります

例えば私は社会科教員ですが、私大志望者と国立志望者では授業内容を大幅に変えています

また、年度によって生徒のレベルにも差があるので、その都度、レベルを調整したり、

映像教材や演習、雑談比率まで変えてカリキュラムを組みます

それから指導要領が大幅に変わることは頻繁では無いですが、

教科書記述は思っている以上にコロコロ変わります

そうなってくると教科書会社統一動画と言うのはかなり非現実的になってきます

蛇足ですが教科書会社というのは大手でも本当に少人数でやっていますし、

執筆している大学教授の方はあくま研究者なので授業がうまいというわけではありません(苦笑

このあたりを踏まえると実現は難しいかもしれません。

また、これは現代日本ではあまり考えられませんが、

時の政権意向で全国の学校の授業内容をすべて統制できるというのは極めて危険です。

右でも左でも偏った考え方の授業が全国で画一的に行われるとしたらそれは民主主義国家の根幹にかかわると思います

長くなりましたがご意見を拝見した上で私見を述べさせていただきました。

もし、ご不明な点や指摘事項がございましたら是非拝見して、今後の仕事に生かしていきたいと思っております

長文失礼いたしました。

2017-10-12

2017 台湾旅行第一部分

台湾に行って来た。

一人での海外旅行は初めてだ。

台湾であった事、感じた事つらつらと書く事にする。

長いし、起こった順に書いていて、特に脈絡もないので、ドラマは期待しないで欲しい。

取り留めない旅行記だ。

もし文書の中で一文でも、行ってない人の興味を唆れたり、行った事のある人に「あ〜、あるある」って思ってもらえたら嬉しい。




出発前


そもそもなぜ台湾に行こうと思ったかというと、少し前にちょっと凹むを事があり、いつまでも気に病んでも仕方ないし、何か面白い自分の興味を引かれる事がないかなぁなんて考えてたところ、「そういえば、台湾料理で気になってるものがあるんだけど、実物を食べた事がないんだよなぁ」と思い出し、休暇の予定も決まってなかった事もあって、「じゃあせっかくだから行ってみよう」となった訳である

初めてなので、ツアーを予約して、飛行機ホテルの世話だけをして貰うつもりだった。


いざ行くと決まれば、何より問題なのは言葉で、元々日本でもコミュ障気味なのに、別の言葉が話されている国で過ごすのは甚だ不安だった。


でも出発当日が来て、フライトをまつ夜の羽田空港国際線ターミナルで、簡単中国語を暗記していてた時にふと気付いた。

そうだ、俺、イラスト描けるじゃん。

普段から言葉より絵の方が伝わる事があるのは分かってる。

言葉の通じない国に行くんだ、使えるスキルは何でも使わないと。



格安ツアーの出発は変な時間だ。

午前4:50、タイガーエアに乗り込んだ。

台湾のLCCとはいえ、機内はほとんど台湾人

ツアーなので、自分の他にも出発する日本人いるかと思ったが、日本人は少数派のようだった。

ちょっと不思議に思ったのは、機内の台湾人男性はほぼメガネ

なんでどいつもこいつも目が悪いんだ。

から更に不思議だったのは、台北の地に着くと男子メガネ率がむしろ低いのだ。

台湾人飛行機に乗る時だけメガネをかける決まりでもあるのか?






1


1日目 午前


LCCの狭いシートで変な姿勢に耐えながら3時間フライトを終え、朝の桃園空港に降り立った。

空港でキョロキョロしてると、いきなり兄ちゃんに現地の言葉で話しかけられた。

バス?とか言ってたので、行き先に迷ったと思われたらしい。

一瞬どう答えていいか迷ったけど、オレンジベストを着てゲートのすぐそばに立っている女性を指差し、「大丈夫」と言うふうに手を振ったら、彼は「なんだ」という顔をした。

あ、言わなきゃ。

「謝謝」


ベスト彼女自分の到着を待って立つツアーガイドだった。


実はツアーガイドはすぐに見つけていたのだけど、他のツアー参加者が集まってから声をかけようと思っていた。

しかし、誰も集まる気配がない。

どうやらこのツアーの申し込み者は自分一人らしい。

機内に日本人が少ない筈だよ。

「すいません」と日本語で言うと、ちょっと訛った日本語で「どこにいたの?すぐに声かけてよ〜」と笑顔で言われた。


ツアーガイドは黄さんと名乗ったが、「エリと呼んでね」。

台湾の人は英語の二つ名を持っている人が多いという。

より覚えやすくする為に、勝手に「エリーさん」と呼ぶ事にした。ちょっと伸ばしただけだから大きく違わないだろう。



ホテルに向かうミニバンエリーさんに「何かみたいものある?」と聞かれたので、「九份に行きたい」というと、「どう行くか調べてますか?」

「ざっくり」と答えると、「ざっくりじゃダメよ!」とひどく呆れられた。

エリーさん曰く、九份は凄く人気、今は祝日台湾人も行くから人でごった返している、行くなら早くいけ、と。

さらにはついでに十分も行くべきで、こんなこんなこんなツアーがあって・・・説明が止まらない。


「実は蚵仔煎と肉圓を食べに来た。あとお茶も買う予定」と言いうと、彼女は「それだけ?」とまたもや呆れ顔で言った。

「それだけじゃ量が少ないよ!」

さらっと書いているが、この会話の中で、エリーさんは料理名前を何度も聞き返している。

曰く、「発音メチャクチャから何言ってるのかわかんないよ!」

日本人とは随分テイストの違う接客なので思わず笑ってしまった。


夜市にも詳しいエリーさんによると、蚵仔煎の様な夜市料理行列の店で食べるべきで、それは味の問題というより、回転の早い店の方が素材が新鮮なので、当たる事が少ないかであるとの事だった。

台湾人がよく行列するのは、そういう理由もあったのか。なるほど。


エリーさんの勢いに呑まれかかってたけど、会話が少し止まって、ふと窓の外から街を見れば、台北市建物が密集しているのに気付く。

その中にセブンイレブン

漢字コンビニも人の背格好も一緒なのに、行き交う人は全然別の言葉を話している。

それは不思議な感じだ、と言おうかと思ったけど、それを言うとエリーさんが凄いエネルギーで何かの説明をしそうなので言わないでおいた。


ホテルに着いたらチェックインの15:00まで、荷物を預けて自由観光

エリーさんは、台湾での見所と注意をまくしたてたあと「わからないことがあったらLineで連絡して!」と事細かに連絡方法を教えてくれた。

「あと折りたたみ傘を持って行って!今の台湾は天気が変わりやすい!」

どうやら手が届く限りは面倒を見ないと気が済まないらしい。

台湾人親日とよく聞くが、接した感じでは、どうもナショナリズム問題ではなく、何か人間が親切というか、お節介焼きであるように感じた。



エリーさんと別れてしばらく歩くと、南国の陽射しの下、台湾国旗がはためいている。

明日がちょうど建国記念日国慶節からだろうか。

そういやエリーさんに「暑いな、さすが南国」と言うと「ここは南国に入らないよ!台南の方が亜熱帯!」って言ってたっけ。

急に冷え込んだ東京から来たら、十分暑いエリーさん。


すぐに暑さに耐えかねて、冷房の効いてそうな店に飛び込んだ。台湾で食べたかったものの一つ、豆花を食べていると、店内ラジオからはB'zが流れて来た。

日本アーティストなのに、なぜかより台湾を感じさせる。

かい注文が出来ないので、かき氷ピーナッツの甘煮だけをトッピングしてもらった豆花はとてもアッサリしていた。



台湾はとにかくスクーター乗りが多い。

大通り信号が青に変わるたび、びっくりするくらいのライダーが駆け抜けて行く。

この台湾光景を収めようと交差点歩道カメラを構えたら、後ろから「前方!」という様な声をかけられた。

振り向くと、自転車にのったおじさん。

「前危ないよ」とでも言われたのだろうか?ひょっとしたらもっと荒っぽい表現なのかもしれない。

台湾人は親切だけど直接的でもある。




1日目 午後


ホテルチェックインの15:00にはまだ間があったが、台北は午後になって更に気温が上がって来た。

エリーさんが言ってた事には、日中は36℃になると言う。

当て所なく歩き回るにはキツい時間だ、せめて目的が欲しい。

本来は2日目の午前にこなす予定だった、台湾茶の買い出しを前倒す事にした。


エリーさん曰く、祝日台湾人は勤勉では無いらしく昼頃にようやく起き出すとの事だったので、一抹の不安を抱えてはいたが、しばらく歩くと、お茶のいい香りが漂って来た。

通りに面した倉庫の様な店。

林華泰茶行。

上質なお茶が卸値で買えるとの事で、予め来ると決めていた店だった。

実際に来て見ると、その倉庫の様な空間に微かに漂う不思議で素敵な香りに心が踊る。


ただ、少し計算が狂ったのは、店が思った以上に小ぢんまりとしているし、本来問屋なので、店員もぶっきら棒。

タンクトップから腹を放り出したオッさんが茶葉のチェックなどしていて、ゆっくり見るのは場違いだった。

そこでは吟味しながら4種類買う予定だったけど、実は到着直後の免税店で、エリーさんの勢いに押されてすでに高山茶を1つ買っていたので、3種類にした。


金萱

東方美人

蜜香紅茶


20代とおぼしきにいちゃんに、それぞれ「1/4斤」とメモして伝えると、「150?1300元」とぶっきら棒に返して来る。


台湾店員さんは人がよく、自分言葉が変でも何とか必死コミニュケーションを取ろうとしてくれていて、それが返って不甲斐なく、少し凹んでもいたのだけど、さすが問屋のにいちゃんにそんな忖度は無い。


今が出す時だ、と思い、空港で描いたメモを見せた。

一杯の茶のイラスト

「喜歓的香味(とても好きな薫りです)」

「謝謝。」にいちゃんは微笑んで言った。

初めてエリーさん以外の台湾人とちゃんとコミニュケーションが取れたと思った。



昨日から大して寝ずに動き回ってるので、良い加減疲れて来たけど、ホテルチェックインにはそれでもまだ時間がある。

台北101に向かう事にした。


地下鉄にのっていたら、博愛席(日本でいうところの優先席)に座ってたばあさまが、乳幼児を抱いている母親に気付いて、手招きして席を譲っていた。

台湾人はほんとうに人が良い。

うっかり降りる駅を間違えて、次の電車を待っていたら、地下鉄ホームロードバイクを押す人がいた。

台湾輪行ダイナミックだ。


ブルータス台湾特集の表紙が台湾人には不評だったらしい。

曰く、あんな古くさい台湾ではなく、もっと近代的な今の台湾を見てくれ。

でも、実際歩いてみると、やはり台北の街は自分イメージするアジアエネルギーノスタルジーに溢れている。


そうかと思えば、台北101東京で言うところの押上ソラマチの様に、周囲から浮いて急に出現した近代モールだった。

台北という街は混沌の中での変化の真っ最中なのかもしれない。



さて台北101の地下はデパ地下であり、フードコートだ。

このデパ地下も、旅の目的の一つだった。

その地にはその地の食い物が有る。

よくわからない果物料理ディスプレイされてるのは最高だ。

乾麺のコーナーで、刀削麺と同じ棚に讃岐うどんが並んでるのには何だか笑った。

うどん台湾では烏龍麺と書く。


大して腹も減ってなかったけど、疲れを癒す意味で、ここのフードコートガソリン補給をする事にした。

加油、俺。

頼んだのは排骨魯肉飯のセットで排骨には八角の強い風味が有る。

これが中華な味だ。

魯肉飯をかっ込んでふと顔を上げると、半袖シャツを着た対面のにいちゃんの袖から綺麗な花柄が覗いていた。

そういえば林華泰茶行に行きすがら、通りかかった裏路地でも、書き描けの紋紋を背負ったおっちゃんが上半身裸で何かを食っていた。

台北では割とカジュアルに紋紋にでくわす。


デパ地下と紋紋に満足したので、人でごった返した展望台には登らなかった。

良い加減、ホテルチェックインしてシャワーを浴びたい。




1日目 夕方〜夜


やっとホテルチェックインできて、シャワーも浴びてさっぱりできた。

一休みしたら晩飯だ。

どこで何を食うかは決まっている。

寧夏夜市で蚵仔煎を食べるのだ。


実はエリーさんに、この暑くて食品が傷みやすい時期に牡蠣を食べるのは勧めないと止められていた。

私たち台湾人間は胃が大概のものに慣れている。でもあなたたちは違うでしょ」と。

一理あるんだろう。

でもこの旅行重要目的の一つが本物の蚵仔煎を食べて、どういうものか知る事だったのだ。これはマストなのだ

から、せめてエリーさんの忠告を一つ守ることにする。

屋台料理行列の店で食え」

日が落ちて、明かりが灯った台北の街。

地下鉄を乗り継ぎ、寧夏夜市の行列の店を目指した。



道中驚いたのは、街中に野良犬がいた事。

少し遠巻きにしてる人もいたが、同時に野良犬を気にするふうでも無く、すぐ脇で座ってなんか食ってるおっちゃんもいて、日本ではもうない風景日常なんだなぁと驚いたりもした。



やがて、台北B級グルメ天国寧夏夜市が見えて来た。

日本で伝え聞く喧噪はちょっと盛ってるんじゃないかなんて疑っていたが、実際に行くと日本縁日以上の人、人、人。

屋台が軒を連ねる通りは真っ直ぐ歩くのも難しいくらい。

食習慣が全然違うのを肌で感じる。


夜市を一回りすると、一番行列のできてる店がわかった。

ここに決めた。

朝にエリーさんに酷評された付け焼き刃の台湾語は捨てて、筆談だ。

蚵仔煎を描いたメモを見せて注文する。

やがて店内に通されて、目当ての品が運ばれて来た。

おお、これが蚵仔煎か。

まず写真を一枚。

そして口に運ぶ。

プルプルしている!台湾風にいうとQQだ。

牡蠣オムレツと言いながら、片栗粉ような生地の方が主で、それに卵が絡み、その中に青菜と小粒の牡蠣が旨味を添えていた。

かかっているタレは甘酢か。テーブルに置いてある辛味噌を添えると更に風味が増す。

エリーさんの忠告は忘れてないが、ひょっとしたらヤバいものを食べているのかも知れないというスリルもまたスパイスのようなものだった。

「很好吃!」メモを見せると、店員のお姉さんはサムズアップした。



>>2日目



2017-10-11

日記

[1]父親右ハンドルの車を運転してるが、なんか調子が悪く交差点ハンドルを切っても正常に曲がらなかったりしてる。広い駐車場に止めようとしたけれど、坂道サイドブレーキも切っていなかったのでずるずる落ちていき、俺が慌ててサイドブレーキを引く。「なんで引かないんだ!」と言ったら「今引いちゃダメだ、車でまともに運転たことないくせに」「これは教習所で習ったぞ」「じゃあお前が運転すればいいじゃないか」と口論になる。後ろには少なくとも母親が乗ってて、もういいかお菓子を買うことを提案される。

[2]駅か空港みたいなところで、スマホGoogle mapを眺めている。中学校がたくさんhitして、鎌倉逗子の辺りを見てたので、鎌学や逗子開成がある。逗子開成が湖の中で浮いてるように見えたので、ズームインしてみると、湖っぽく見えていたのはプールだったっぽい。その他、寮や食堂ATMまで詳しく出てきたが、寮に誰かがいたずらしてクッキー☆の何かの名前を付けててそれを見つけて笑っていたら、Xさんに呼び出される。どうやら待ち合わせをしていたらしい。Xさんは超早足なので遅れないようについていく。

[3]ヨットみたいな10人乗りぐらいの船に乗ってる。なぜか2台あり、乗ってない方にカバンを置いていたので、あっちに乗ってる人に取ってもらおうと声を掛けると、Yくんがカバンをこっちに投げた上、届かず途中で海に落ちてしまう。パソコンも入ってるのでクソ困り、あわてて縄を投げてカバンに引っ掛けて取り寄せようとするがあまり上手く行かない。なんとか引き上げた後、報復としてヨットから身を乗り出した上でもう一つのヨット海水をかけようとするも、2回目で失敗し自分が半身落ちてしまう。塩水に濡れた体をなおすため、細長い器みたいなのに真水を入れてそこに半身だけ浸かっていたが、ちょうどヨットが港に付いた。何故か階段を登るとすぐに温泉があり、そこに入ることにする。Z(友達)とかがいた。

幾つか風呂場をはしごしてると、KBTITみたいな人から何かの勝負を挑まれ、気づいたら勝っていた。ケツを使った勝負だったらしい。何かを褒め称えられ、風呂場を離れようと思う。港がすぐ前に見えるが、地面がRPGみたいな段差になってて直接行くことができない。マップを眺めながら、やや濡れた砂っぽい地面を歩く。降りると、いつの間にかターミナル駅(東京?)になっており、東海道線やら横須賀線やら色んなのに乗れる。東海道線を目指すも、多すぎて見つけられなかったので横須賀線辺りで止まる。

[4]鎌倉母親と一緒にいる。初手でチーズケーキをもらい、歩きながら食べる。これからまたコージーコーナーに行くらしい。途中でやたらヨーロッパ風のオシャレな家がある通りに出て、高さが異常に低い路地を歩く。その路地で途中に猫が数匹いて、食べていたチーズケーキ要求されそうになるが、逃げる。港に着き、そこが駅のターミナルにもなっていた。何故かその駅からスウェーデンまで鉄道が伸びているらしく、軌道日本のものとは違うらしい。

2017-10-07

もしもの

とりあえず、あなたは男だ。もしも女かもしれないので、そこを考慮しよう。

まりあなたが異性のトイレに入ったとしよう。

わかりやすく言い換えるならば、男性なら女子トイレ女性なら男子トイレ

さらに、誰にも気づかれずトイレの個室に入ったとする。

なぜそうなったかというと、ランチに何を食べようか、一生懸命

考えていたら、うっかり自覚しないで異性のトイレに入ったのである、としよう。

そこでここから本題だが、どうやって出ればよいのだろうか?

あなた男性なら、痴漢と間違われる可能性が大だ。

人生の一大事あなた女性なら、痴女と間違われるだろう。

こんな話をさっき、漫才師ナイツラジオでしていた。

うっすらと聞いていたので、結論は聞いていないが、

空港トイレとか間違えやすいみたいね

(追記)これを読んだ人へ。会社でこんな状況になると会社に勤務できなくなると思うよ。念の為に追記。外出先でも危ない人だよ。

2017-10-04

anond:20171004161258

日本空港ですら、かなり複雑な手続きなのに、

これを英語圏以外の国で一人で手続きさせられることになると不安大爆発。。。

2017-09-30

空飛ぶ空港

エースコンバットシリーズには空中空母的な戦闘機離発着できる巨大な飛行機(もしくは飛行船)が出てくる

あいう感じで表面に滑走路付けたでっかい飛行船を天候の影響を受けにくい高々度を飛ばし世界中巡回させとく事ってできないか

巡回してる空中空港まで飛行機で移動、目的地の近くまでは空中空港に運んで貰い、そこから目的地の空港に降りるって感じ

素人考えだと燃料節約できたりしないかなと思うんだけどやっぱこういうのは無理なのかなぁ

女装したままうっかり外出してしまう夢を見た

しかメイクも髪もそのままで髭も剃ってない。

でも周りの知らない人が全く無反応だった。

ひょっとしたら現実もそんなもんかもしれないなーと起きて思った。

白地に青のチェックのワンピースにグレーのパーカー羽織ってた。服だけはっきりと色がついてた夢だったのでなんか印象に残ってる。

あと空港迷子になってなぜかさいたまスーパーアリーナみたいな巨大なライブ会場に連れていかれて、そいつが会場のプロジェクターPC繋ぎ始めて勝手映像投影しやかった。

2017-09-23

北朝鮮問題見ててネットミリオタのいうこと全く当たってなくて草生える

日本ミサイル撃ってもメリットがないとか、海岸線数百m手前に落ちた時点でアメリカ激怒して北朝鮮をやっつけてくれるだとか、そんなん全然なかったじゃん

ミサイル撃たれまくってんじゃん、アメリカへっぴり腰のままじゃん、株価下がりまくってるじゃん、撃たれるたびに

そんで次は、ミサイル撃たれた後に武装工作員米軍基地原発首都テロを行う危険性が明示されててさ、それに対して「日本SAT銃器対策部隊世界で一番優秀だから抑え込むことができる」だって

あのさ、向こうはAKとかRPGとか手榴弾たんまりもって持ってカチコミかけてくるんだろ?セミオートしかできないサブマシンガン警棒でどう勝つっていうのさw

世界最強って、数年前たかだかヤクザの豆鉄砲で、カエルみたいにひっくり返って即死してたじゃん、つか、そんなんが相手ならどう考えても陸自部隊対処しなきゃ勝てんでしょ、去年あたりに起こったイスラム過激派の銃撃テロなんて、ガンダムみたいなガチガチ恰好したフランス憲兵特殊部隊警察軍隊わからんような恰好アサルトライフル持って銃撃戦してようやく鎮圧できたくらいだったじゃん

というか原爆だのミサイルだの以前にさ、ロシアなんて北方領土空港作ってんじゃん、あそこに片道1時間爆撃機係留させたら、それこそ日本の全領域核爆弾爆撃可能範囲に入るじゃんw

あんまり言いたくないけど、ミリオタってレベル下がったな~って思うよ

なんでなんだろうな

2017-09-19

イケダハヤト北朝鮮移住したほうがいい10の理由

イケダハヤト高知県移住した10の理由

http://www.ikedahayato.com/20140602/7276724.html

これを読んでふと思ったけど、

1. 端から見て面白いじゃないですか。ぼくが高知行ったら。

北朝鮮行ったほうが面白い

2. 人がいい!

ほら北朝鮮の人はみんなとても人がよさそう

http://image.news.livedoor.com/newsimage/4/2/42b33_1524_a004949b4587fa5dd6639dfe5ac9cff7.jpg

3. 食事うまい!安い!

北朝鮮のほうが絶対安そう。そのうち慣れてくるから美味しくなる。

4. 気候がいい!

冬場はちょっとだけ寒そうだけど、夏は過ごしやすそうだよ。

http://www.ryoko.info/Temperature/northkorea/northkorea.html

5. 自然が近すぎる!

これは言わずとも、北朝鮮のほうが自然が近いよ!

6. コンパクトシティで便利!

ティどころかカントリーレベルコンパクトだよ!

7. 意外と空港が近い!

国土が狭いからどこからでも平壌国際空港に近いよ!

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%A3%8C%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%A9%BA%E6%B8%AF

8. 歴史に対するリスペクトがある!

歴史教育に重点が置かれているか高知の比じゃなく洗脳レベル歴史に対するリスペクトがあるよ!

ちょっと反日反米主義が強いけど、気にしなくてもいいよ!

9. 龍馬人材が多い!

坂本龍馬に負けないくらいの偉人、金委員長DNAが全員に受け継がれているよ!

10. 酒文化

北朝鮮だって『アツいビール大同江ビールがあるから負けてないよ!




この結果から東京高知移住するよりも日本北朝鮮移住したほうが断然いい。

というわけで、”まだ日本で消耗してるの?”

2017-09-17

台風が楽しみでしょうがない

暴風雨の中で中継するレポーターとか、

遅延でごった返す駅や空港

通行止めになる道路

土砂崩れ、川の氾濫などなど。

テレビで見てると楽しいよ。

人が死なない程度にしてほしいけど。

不謹慎すみません

2017-09-12

夢日記

Ⅰ 晴海埠頭行きの都バスに乗って、どこかの空港に向かっている。バスが急右折し、身体をしたたか打つ。

  降車直後、キャリーケースを車内に忘れたのに気付き、慌てふためく。

Ⅱ 銭湯の帰りなのか、髪が濡れている。丸ノ内線に乗っているが、地下鉄なのに車窓から景色が見える。ご丁寧に車内でドライヤーまで使える。

  途中、女子高生が乗ってきた。もう夢だとわかっていたので、〇そうとしてスカートをめくったら、脚も尻も透明でパンツけが見えた。

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