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2024-03-01

手塚治虫でも大人向けアニメがこんなことになるのは読めなかった

手塚治虫大人向けの実験アニメ映画を数多く作っているが、子供向けアニメとは線引きをした大人向けのキャラデザ演出歴史社会問題思想など主張強めの大人向けのストーリーセクシー大人恋愛等々、大人普通にアニメを見るようになった現代とはだいぶんと違う内容で、まさか手塚治虫も多くの大人子供向けに毛が生えたようなアニメを見る時代がくるとは思わなかったんだろうなぁ感。

海外で有名な日本都市ってどこなん?

やっぱKYOTOか?

日本たことないか海外都市って「パリ!おしゃれな街!」「シンガポールカジノ!」「ローマ歴史!」「九龍ジブリ!」みたいなミーハー知識しかないんだけど、そういう感じの日本

芸能ネットは本当は相性がよくない

そもそも芸能人必要とされて存在しているのではない。アウトサイダーです。

ここでいう芸能日本語の「芸能界」よりももっと広い古典的芸能も含めたものです。

アウトサイダー生活のために市井の人から利益をうるための方法芸能

もともとまともな職業につける(普通の人)なら芸能はしないというのが本来のありかた。

から市井の人が求めている「娯楽」に合わせているのが本来芸能。そうしないと受け入れられないから。

でも受け入れられないからといって芸能アウトサイダーただちになくなるわけではない。

歴史があればあるほど一般市場からずれたところに存在理由がある場合が多いので(まあヤクザな話が多い)。

一方ネット潜在的に万人の共有物なのであり「娯楽」には本質的に適している。

しかもそのコンテンツのものについてお金を取らないという方式で始まっている。

芸能にとってネットはその娯楽適性と無償傾向のゆえに潜在的には競合他者である

一方ネットにとって芸能は「娯楽を提供するひとつ勢力」でしかくそアウトサイダー性は受け入れられない。

アウトサイダー性が露わになると拒絶反応が出てくる(最近の動向)

ネット勢力から本質的芸能であるもの攻撃さらされていることが多いので

芸能インターネットとは相性が悪いという事実芸能者は認識した方がよいと思った。

anond:20240229223449

個人的には美術館博物館ギャラリー豊富にあるので行って損はないと思う。

美術に興味が無ければ、ミシュランガイド買って美味いものを食べに行くのも良いのでは。

観光地とか有名スポットを押さえるなら、ことりっぷとかの東京観光ブックを見るのが効率的

その他にも住んでいるだけでは気付かないものが多々あるので、たとえば東京ガイドブックシリーズの「TOKYO ARTRIP」なんかを見て、興味ありそうなところに行くと良いかも。日本茶和菓子建築、和骨董日本酒喫茶店神社仏閣などテーマごとに蘊蓄含めて書いてある。

観光地だけでなく、土地歴史を感じられたり、自分だけの好きな場所が見つかるといね

2024-02-29

昨今の大規模商業施設の閉店祭りメモ

今日2023年2月29日、に埼玉県新所沢駅前にある「パルコ」が閉店するとのことで行ってきた。2023年1月31日渋谷の「東急本店」の閉店、2023年2月28日千葉県津田沼駅前にある「パルコ」の閉店以来。来月の2024年3月31日には東京都八王子駅前の「K8」の閉店、2024年9月津田沼駅前「イトヨーカドー」の閉店にも行く予定だが、何となく有名な大規模商業施設の閉店が多い気もするので、一旦感じたことのメモ:

・ひとまず新所沢津田沼も「道路死ぬほど狭い」。本当に車に轢かれそうなぐらい狭い。土地価格が安いのになぜ?? 踏切も多い!

・戸建て住宅地基本的に雑な区画で、何と言うか新しく住みたい感じは生まれない。ババ抜きのババ感が少しある。

新所沢に行くまでのガラ空きの西武線優先席に座っていたら、眼の前の優先席に座っていた高齢男性結構睨んできた。気のせいかもしれないが、市立小中学校エアコン問題みたいのが未だにある気はした。所沢から新宿方面に向かう電車と何か雰囲気が違った。

新所沢駅周辺は思っていたよりも子供ママチャリが多い。

郊外系の「パルコ」が都心の消費文化を輸入する設定は当時は面白かったのかもしれない。「映画館」「文化施設」等も組み合わせるのも良いが、今となってはその辺のイオンの水準にも達していない。テナント東京のその辺の駅前にある第三セクタービルの方が良い。

新所沢駅に関しては目の前にある謎の噴水広場再開発反対の(当時の)老人たちによって残されたらしいが、案外今後重要になるかも。

新所沢駅から2駅の所沢駅に関しては、駅前が思っていたよりも高層マンションが多く商業施設も多く人も多かった。

新所沢から所沢駅を散策すると郊外系の面白そうな文化微妙にあった。所沢市は自然豊富で、トトロのふるさと基金など自然を活かす運動も盛んであり、そうした意味では面白エリアになるかも。ただ、道路をどうにかしたほうが良い。。。

津田沼は、歴史面白いし、自然もあるが、今後の「再開発」でそれが活かされることは無いように感じる。新幕張にあるイオン劣化版みたいな商業施設マンションがくっついたら成功なのだろう。

・どの閉店祭りでも「私の青春はここで消費しました」みたいな寄せ書きがあるが、何となく虚しい。消費でしか自己表現手段を持たない人たち、という感じ。新所沢建物に関しては残しても良い気もする。ここを拠点にするオフィスがあっても面白い。ただ、全体的に周辺が停滞している印象なので、世代交代が無いと思い切った新しいことは出来ないかも。

・消費で街を作っていく手段も良いが、次の世代に受け入れられないと一気に街が暗くなる。新所沢津田沼も次の世代意識した公共財の創出があまりされてこなかったように思える(新所沢体育館はカッコよかった)。

新所沢体育館近くの膨大な米軍施設返還?されたら、どうするのだろう。あの辺の道路所沢にしてはとても良かったがw

じゃあ俺だってめちゃくちゃ面白い本をみんなに薦めたいじゃん

20代のうちにこれ読んどけ」とか「本を読んでない俺が薦める本」とか、そんなの見てたら俺も本紹介したくなったからするわ。

桶川ストーカー殺人事件遺言清水潔

1999年埼玉県で発生した桶川ストーカー殺人事件を追った週刊誌記者ルポルタージュ事件事件だけにこういう言い方は不適切かもしれないが本当にとんでもなく面白い。こんな酷いことができる人間が本当に存在するのか、警察はここまで人間の命を軽んじるのか、マスコミ面白おかし報道できれば事実なんてどうでもいいのか……、とにかく最初から最後までずっと衝撃を受けっぱなし。この世界の見え方がぐわんぐわんと歪み、最終的に気持ち悪くなってくるほどの恐怖や憤りを覚えた。また、文庫あとがきにも言葉を失った。打ちのめされる読書体験がしたい人は読むべき。

LIFE 人間が知らない生き方麻生羽呂

人間って生き方下手すぎるだろ、ちょっと動物見習ってみろよ」みたいな本。半分漫画、半分解説文で猛烈に読みやすいから気軽に何度も読み返すうちに大好きになっていた。゛「生存戦略」がテーマビジネス書”と紹介されているが、バリバリビジネスマンから完全なる無職まで、老若男女誰もが普遍的に楽しめて勇気づけられる内容になっているのがすごい。

『私の嫌いな10の人びと』中島義道

世の中なんてクソくらえ、と思っている人にはこれを読んでほしい。世の中には「世の中なんてクソくらえ」と思っている人が割と大勢いて、その中でも哲学者中島義道はかなりクソくらえパワーが強い人間中島が嫌いなのは「常に感謝気持ちをわすれない人」や「自分仕事に誇りを持っている人」、「けじめを大切にする人」など。普通だったら良いこととされる考え方の中にある欺瞞や建前を丁寧にあぶりだしてすさまじく罵倒する。「わが人生に悔いはないと思っている人」に対して「ああ、そう思いたければそう思いなさい!そう思って、さっさと死んでいくがいい!」とブチギレまくっている。中学生の頃にこの本を読んで価値観根底からひっくり返されるような衝撃をうけた。

ナポレオン狂』阿刀田高

はいきました、直木賞作品小説には゛奇妙な味”という、まあ今ではほとんど死語になりつつあるジャンル?があって、阿刀田高はその名手。なんとも後味の苦いブラックユーモア満載の短編が13話入っているのだけれど、文章オチのキレがすごい。ありふれた日常風景から導入して途中に「おや?」と思い、その違和感がいつの間にかとんでもない事態になっている。やっぱり短編小説は読みやすいよね。作品世界に慣れて没入し始めた時に終わってしまうので物足りないこともあるけれど、これはどの作品も大体最後破局的な結末でスパっと終わるので読後感が爽やか。

宇宙人出会う前に読む本』高水裕一

めっちゃふざけたタイトルだが、中身はめっちゃ理系マジで想像以上に理系文系の私にはさっぱりわかりませんし、もはや何が書いてあったのかすら全然覚えておりません!しかし何というか、宇宙人出会った時に恥をかかないためにはどういう教養を身に着けどんな会話をすればよいのか、その会話の先に何が待ち受けているのか。そんな考えたこともないようなシチュエーション解説してくれる宇宙会話ハウツー本として不思議な魅力がある。講談社ブルーバックスという自然科学科学技術系の新書シリーズの中の一冊。

マノン・レスコー』プレヴォ

光文社古典新訳文庫。その名の通り『カラマーゾフの兄弟』とか『方丈記』とか古今東西古典的名著を、今生きている言葉でとても読みやす出版してる神シリーズがあり、その中から出会った一冊。一言でいえば若い男女が愛の炎に燃え駆け落ちする話、なのだがとにかくエネルギーがすさまじい。ああ、お互いのことが好きで好きで堪らないけどとにかく金がないから親から金借ります、その金使っちゃったので友人騙して金借ります、だめだ金足りないか詐欺します、どうやら彼女浮気してるぞこのビッチめ、ごめんやっぱり愛してるよチュッチュ♡、そうこうしてるうちにまた金なくなったか人殺します……、最初から最後までやりたい放題でものすごい疾走感、最高に面白い。驚くのはこれが300年前の小説だということ。

アタゴオルますむら・ひろし

小学生の頃図書館で読んで不思議気持ちになった漫画。猫と人間が同じことをしゃべる世界で、性格が終わってるデブヒデヨシとその友達テンプラパンツたちの日常の話。最近久しぶりに読み返しているがヤバい、毎回最後コマで泣きそうになる。降る雪の上を歩ける靴を履いて「ほんとうに・・・粉雪は冬の散歩身だね」って……(´;ω;`)別に感動的な話ってわけでは全くないんだけれど美しくて。余韻って言葉はこの漫画のためにあるんじゃないのかってくらい、毎話余韻がすごすぎる。

ものぐさ精神分析岸田秀

無人島に一冊だけ持っていくとしたらこの本を選ぶ。40年近く前の本だが、この本はそれだけ長い間日本全国津々浦々、大都会本屋で、片田舎図書館で、おじいちゃんちの本棚で、様々な人にひっそりとけれど強烈に衝撃を与えてきた名著。「ものぐさ精神分析が本当に面白くて」みたいな話を、全く別々の3人からいたことがある。日本人について、歴史について、性について、すさまじい筆力でぐいぐいと独自理論が展開されていく気持ちよさ。今読み直してもその理論社会ピタッと当てはまってしまうような鋭さ。今後もずっと読み続ける一冊。

anond:20240229165244

トランクスタイムマシン未来からやってきて人造人間をやっつけて歴史を変える当たりからがZかな

こうして並べてみるとターミネーター2が流行ってた時期だからもろパクリしたんだろうね

anond:20240229145251

古文を全学生に学ばせるから、ある程度の学生がみんな昔は日本語文字がなく古文漢文のような表記をしていたと具体的に理解できて

そこから一定古文漢文に興味を持って過去歴史的書物研究する人間やら歴史研究者やらが一定数出てくるんだけどな

そういったサイクルが消滅したら漢字日本発祥文字とか言い出す奴が出てきて相当面倒くさそうだけどな。

役に立たないというか、その分野における最低限のリテラシーを広めることで有害人間を減らしているというか

学校でやらない分野はほとんど陰謀論巣窟になってるし

anond:20240229144008

こういう奴がいるから強烈な嫌悪感表現せざるを得ないんだよな

差別は、その基礎である人権歴史哲学とセットで理解しなければ分かったことにはならない

教養バカ日本人教養がなく基礎がなく何も理解できてない。そしてバカどもが「俺の考えた俺だけに都合のいいサイキョーの差別」を適当にギャースカ言い出して国内醜悪差別放置

汚染水を海に垂れ流してるのも放置でくらげがどうたらなんて寝言よく言えるよな

海を虐殺して壊しておいて、くらげなんてよく軽々しく海の生き物を喩えに出せるよな

本当に日本人は厳しい。カス集団


海外文化代表してる』ってのもwwww

哲学とか倫理とか人権とか差別とかは学問からね。「三角形は3つの角と辺がある」という認識が、海外文化代表にはならないのと同じことなんだが?文化じゃねえんだが?

教養すぎない?小卒アホが喋んな。

anond:20240229142137

海外にただ住んでるだけのおっさん別に英語喋れねえ奴も現地のマナールール歴史も知らない奴も大勢いるし日本コミュニティに染まってる奴だらけだし

現地で現地人と一緒に学んで育ってるわけじゃないからな

日本人のままの奴も多い

ここに自尊心感じてる時点で完全にダウト

古典文学勉強不要って意見賛同している人たちの大半は、それでも世界史日本史勉強については残すべきだと思っているんじゃないかという気がする。

古典文学不要だが、歴史勉強必要だと言い切れる、その論拠を示すことができる人はいるんだろうか。両者の必要性を分けるものは何なのか。そもそも古典文学歴史の一部なのではないのか。

2024-02-28

高卒から小論文いたことないけどこんなんでいいの?

Xで見たテーマ

テーマ「この世からスポーツがなくなったら」

◼️

まずスポーツ定義を、「ルールの伴う身体活動」、そしてこの世を「人間社会」として私見を以下に述べます

基本的人間は「競争本能的に求める生き物であり、それを見届けることを求める生き物」だと考えます。それは人類史において狩猟採取時代が長かったこと、そして人間社会的な生物であること、その2点が原因として考えられます

まず、人が集団生活する中では必ず序列が生まれます。有能な個体集団を率いることで、その集団生存が有利になることは現代と変わりません。その有能さを何で測るのか、資格競技会での成績といった指標がない以上それは個々の狩猟の腕、つまり技術身体能力で測ることになります。そして集団の中の腕利き達が己の腕を競い合い集団の中で順位を決定します。

競い合うには一定ルール必要となります。そしてその勝負には名前をつけることが意思統一において便利です。そして名付けられたら勝負を定期的に行い都度トップを決めます。そのサイクルを繰り返すことで個々の技術を磨かれ、より高い技術が生まれます。そして周囲はそれらを見届け自身集団から最も優れた人間を見つけます。私はこれらがスポーツの始まりであり、本質であると考えます

では、スポーツがなくなったらこの世はどうなるか。冒頭に述べたように「人は競うことを本能的に求める生き物で、それを見届けることを求める生き物」であると述べました。いくら法整備でそれを規制しても、ただの身体活動では物足りない個体は必ずいます、そしてそれを見届けたい個体も必ずいます。もちろん現代では身体活動を伴わない勝負はいくらでもありますしかしながら、身体活動他者と競うという歴史は他と比較になりません。人類身体活動を伴う勝負、それを見届ける活動に身を投じている歴史が圧倒的に長いのです。よって、明日スポーツという概念人類から失われても、その本能が失われることはなく、自然発生的にスポーツは必ず生まれます

以上の結論から、この世からスポーツがなくなっても、人類自然発生的にスポーツを始めると結論付けます。人が社会的な生物である限り、本質的にスポーツがなくなることはないでしょう。

anond:20240228174241

それは大いにある。

はてなおっさんおばさんが青春時代を過ごしただろう90~00年代日本人若者歴史上一番恋愛うつつを抜かしてた時期だろうし、そこら中にヤリチンがいてそうでなくても本当にみんなとにかくアイツはヤれそうだのヤれただの話ばっかしてた。

増田はてブ大学生なんて5%もいないと思うけど、大学までにそういうのの要領掴んどくのがいいと思うんだよなぁ。

anond:20240228113605

馬は人間と共にした歴史長いだけあってだいぶ感情分かるで

馬が身近から消えた現代人にはわからんだけで

anond:20240228040444

日本以外の国はちゃん民主主義によって何かを変えた歴史があり、それをみんなが理解していて、その方法を目指すという第一目標コンセンサスがある

日本だけなんだよなそんな国は

民度が違いすぎる

自殺殺人暴力しかなにも変わらないってわかっちゃったからな。

2024-02-27

anond:20240227232737

個人生命別に歴史の存続を目的として生きてねえからどうでもいいっしょ。

少なくとも生命本質なんかじゃないっしょ。

anond:20240227232545

歴史が続けば天才はいなくても緩やかな発展は続くんだよ

天才歴史の歩みを早めることはできるけどね

anond:20240227231433

お前の論理で言えば子を成したところで優れた発明発見もしてないヤツだって人類史にとっては無意味っすよね〜。

ただ生きてるだけで何の継承の役にもたってない人類もたくさんいますよね〜。

子がいなくても知識継承に尽力した人はたくさんいますよね〜。

書物などに残せば別に子がいなくても継承はできますからね〜。

なんか生命本質とかほざいてるけど、そもそも人間人類史を作るために生きてるわけじゃないんで。

もし子孫が途絶えて知識文化継承されなくなったとしても、それはそれで人間という生命本質ですよ。

で、お前は歴史から何を学んだの?

anond:20240227071300

この増田に「選民思想だ」とか「優生思想だ」とか言ってるブコメはまじでわかってない

例えば一人山奥で世紀の大発見とか発明をした人がいたとして

その人の自己満足とか個人の到達点としての偉業さは否定しないけど人類史的にはなんの意味もないし

人類史ってのはどこまでいっても積み重ねや発見発明を受け継いで、残し、さらに発展させることで紡がれてきてるものなんだよ

かに個々人による役割の違いはあっても究極的には子を無していない、子孫を残せない人は人類史に対するフリーライダーだってことは避けられない

だってどれだけ優れた発明発見もそれが後世に残らなければないのと同じなんだから

知性や倫理が発展して多様性が認められそれらは素晴らしいことではあるんだけど

生物本質から離れたどこかで散々耳にした綺麗事しか繰り返せないやつらはもう一回歴史を振り返ってみるべき

歴史がなぜあるのかという避けられない事実と向き合うべき

ウォーターフォールが向いている」ソフトウェアは無い

ソフトウェアハードウェア付属物扱いだった時代の名残でウォーターフォール開発してるだけなのに

最近逆張りで「ウォーターフォールに向いているソフトウェア」とか言ってる奴が多すぎて辟易する

そもそもソフトウェアハードウェアと違って「変更可能もの」という定義なんだから

常に変化するのが当たり前で変化させてないのは単に人間が諦めているからに過ぎない

そして変化するのが当たり前なのに最初仕様で全て解決できると思ってるアホがウォーターフォールにしたがる

工作機械が〜〜〜」「自動車は〜〜〜」「金融は〜〜〜」

とか言ってるから3DプリンタやTeslaやFintech系に良いようにやられてる

こういうこと言うと

ミッションクリティカルが〜〜〜」

とか言う奴も湧いてくるがミッションクリティカルな部分こそ継続的インテグレーションで精度向上させるべきだしそうしてるんだよ

アジャイルだとバグが多いとか勘違いしているアホも多いけど何故?ウォーターフォールだとバグが少ないとか思ってる???

そしてこんな話は30年も前からずっと言われてるのに未だに(主に日本で)理解されてない

ちなみに30年前の時点で20年以上ソフトウェアやってる人達

ウォーターフォールは最悪で完全に失敗」

って感じでソフトウェア開発についての反省をしっかりして

組織構築や開発手法に関する研究をずっとやってるのに

日本は未だにソフトウェア工学に関する研究全然伸びない

まぁこの辺は大学性質の違いだったり企業主導の研究体制だったりが影響してる気がするけれど

日本ソフトウェアは何故ダメなんだ!」

とか言ってる人達はまずもって基本と歴史理解してくれよ

anond:20240227191906

結局わからないのよね。

歴史関係名言迷言がおおい。

愚者経験に学び賢者歴史に学ぶ

とか

歴史にIFはない~とか

anond:20240227191741

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF

賢者歴史から学び愚者経験からしか学ばない」と語ったといわれており[629]、竹下登はその言葉座右の銘にしていた[630]。

ただし、この言葉についてビスマルク自身が残した記録は知られておらず、さらビスマルクが語ったとされる言葉が文献に登場した初期の内容、その後にドイツ語英語で広まった表現現在日本語翻訳されているもの、それらは互いに異なるものである。その時々の訳者引用者の解釈が影響を与えながら社会的に作り上げられてきた可能性がある[631]。

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