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はてなキーワード: 引退とは

2024-06-24

マンション管理人の過酷

わし大手マンションデベ管理物件に住んでる。

約140世帯

この規模だと管理人がいるんだが、毎日見てて思う。引退した60〜70代のジジイにとっては割と過酷労働

まず鬼門ゴミステーション

うちのマンションはまだ民度的にマシな方だと思うが、皆ゴミ出しルールなんぞ無視生ゴミ漏れたりしてる。150世帯もあると相当な量になる。コレを収集車がくる前に外に出し、ゴミステーション掃除する。

夏は当然大量のGと戦う事になるので、虫耐性も必須

外回りの掃き掃除も夏は過酷

次にウルサ方住民、お喋り住民の話し相手。コレは時間も食うし、蔑ろにするとクビにはならんがギスギスする。

管理口座振替手続きスッポカシ住民電話かけたり、管理組合の会合に出たり、老朽化した共用部の機械関係の修理依頼をしたりと一日中動きっぱなし。朝も早い。

時給なのか、給与制なのかはわからんが、たいしてもらっていないのに大変。体は動かすから運動にはなりそう。

闇の逆選挙はどこで投票するんだろう

そろそろ引退(または往生)して欲しい超高齢政治家投票できるそうですよ

2024-06-23

いい機会だしアムロ(とついでにシャアも)声優交代してもいいのかもしれない

自分ガンダム世代だしアムロシャアといえばお二人の声以外にありえないと思ってる。

それでも、そろそろ交代をしてもいいのではないかと感じている。

老年期に入った役者さんに少年青年の役をやらせるというのは不自然なことだからだ。

実写の場合ならば、ほぼ不可能なことだ。

ハリソン・フォードは今でもインディ・ジョーンズを演じることが出来るがそれはあくまで年齢を重ねたインディ・ジョーンズだ。

あと続編という形を取るので登場人物の配置やストーリーに工夫して老齢を出来るだけ感じさせない工夫もできる。

しかし、アムロシャア永遠の〇〇才であっていつまでも若いときのままの人たちなのである

ある意味、私達の思い出の中のようなものなのである

多少の改変は出来るけれど、不自然台詞回しやストーリーの変更はできない。

これからガンダムというコンテンツ性質からして、お二人が声優引退されてからアムロシャアが登場する映像作品は数多くつくられていくはずだ。

まりいずれは声優の交代は訪れることであり遅いかいか問題だ。

声優さん本人以外にとっては。

また、このあたりのことは周囲が決めることではなく御本人の考えが最優先されるというのが業界の慣習ではある。

そもそも前川喜平って官僚首になったあと何してるの?

ただの早期引退ニートイメージなんだけど、なんで政治家秘書にでもなってなければ議席もない今の段階でそんなに野党陣営で力があるのか、まずそれがわからない。

なぜ?

2024-06-22

不倫声優

鈴木達央

歌手である妻がライブツアー中に女を自宅に招いてセックス

妻も女も脚がきれいで華奢で痩せた貧乳

女は収録スタジオ勤務

公開間近だったFree!主題歌情報を女にバラ

文春により報道後、自殺未遂して救急搬送されしばらく活動停止

いくつかの役を降板

妻に許されて子供を授かり、仕事も復帰後は順調

岡本信彦

ヒロアカイベント打ち上げ飲み会の合間のスキマ時間に女とホテルセックス

結婚を隠して独身のふりをしていたが、消えかけの女声優結婚しており不倫であることも同時に文春報道される

妻も不倫相手も小柄でちょっとふくよかな巨乳不倫相手は若干痛いオタっぽい服装

岡本キリスト教徒でありこれまで浮いた話がなく「あいつは枯れている」と同僚に言われるなどしていた

一般人不倫したのではなくプロのお姉さんを買っただけだと容疑を否定している

特に役の降板はなし

櫻井孝宏

独身のふりをしていたが実は元声優女性結婚していることが文春で報道される

以前にラジオで「俺の嫁が~」と口走るなどしてファンは薄々気づいており醜聞とは受け取らなかったが

その報道は前フリにすぎず、続けて不倫報道

ファンにも馴染みがあるラジオ番組の構成作家女性10年以上不倫しており、更には他にも何人もの女性関係があった

「ツルツル確定」「さぁ、脱ぎなさい」「ツルツルにしといて」「ツルツルで生でやって」「中出しかな(笑)」「あそこも丸見えだよ」「お胸もくれるんか」

不倫相手の一人が大量のメールを文春に提供パイパン中出しに執着し、エロ自撮り執拗に送らせていた

構成作家はもうじき結婚することをにおわせており、「俺の嫁~」も自分のことだと思っていた可能

報道後、構成作家自殺未遂救急搬送

病院での検査によって構成作家乳がんであることが発覚、片胸を切除し「お胸もくれるんか」の意味が変わる

事務所を辞めてフリーになり、いくつかの役を降板

遊郭舞台にする映画モノノ怪』は、女性の苦しみを描く作品での採用はふさわしくないと表明した上で主演から降板させた

古谷徹

70代のベテランレジェンド声優だが近年も当たりキャラが多く若い世代からの支持も高い

バツイチ現在の妻も前妻も声優

一人目の妻は売れっ子で互いに忙しすぎてすれ違ったため、二人目には古谷が頼んで引退してもらい家庭に専念してもらっている

以前からファンサービスで抱きしめたり添い寝したり濃すぎることへの賛否があった

37歳年下のファン不倫していたことが文春で報道される

女がファンレターを送ったらSMS古谷の方から連絡を取り口説き、呼び出して中出しセックス

もう子供ができない体になっているか大丈夫だと古谷説明

関係が続いても離婚してくれないことに女が怒り、激昂した古谷女性を殴りつけて流血、警察沙汰

その後も交際は続き、女性妊娠

古谷は「それは本当に俺の子?」「それはまだ命とは言えないよ」と中絶させる

その後も更に関係は続いたが、「結婚してるの知ってて俺と付き合ったんだろ」「中絶同意書にお前もサインしただろ」と言われブチギレた女が全部文春に垂れ込む

若い女に人気が出た要因であるコナンワンピースの人気キャラの役を降板

でも結局、大友克洋一発屋だったよな。

革命は起こしたけど、支配者にはなれなかった。

漫画家としてもアニメ監督としても中途半端で、いつまでもAKIRAの話しかされない。

そりゃあ漫画史上でいちばんデカい一発だったかもしれないけど。





追記

ブラックジャックドラマ話題で思ったんだよ。

しばしば「手塚治虫嫉妬させた」と言われ、漫画に非可逆な変化を引き起こしたと言われる大友克洋だけど、実際のところは手塚作品のほうが現在まで残ってるよなって。

神様と比べたらさすがに分が悪い?

そうかもしれないが。

大友克洋は偉大な才能だったはずだ。

それこそ漫画史において手塚治虫と並び称されるような。

でもいまや全く名前を目にしない。

アニメ監督としてさえも何をやってるのかわからない。

ドラゴンボール完結後の鳥山明くらいに影が薄い。

でもまあ鳥山明ドクタースランプから時代を築いたし、ドラゴンボールコンテンツ自体はずっと続いてたから。

大友克洋は続いてない。もうAKIRAだって若い人は知らないだろう。

一発屋ってさ、「ヒット作が一つしかない」という以上に「継続性がない」ってところが大きいじゃん。

尾田栄一郎は、たとえONE PIECE完結で引退したとしても、それまでの二・三十年の漫画界の支配者として漫画史に名を残すと思うよ。

じゃあ大友克洋は? あれほどの巨大な才能が、80年代革命を起こしたという「点」の業績で終わるのか?

……みたいなことを思って、増田にちょろっと書いてみたってわけ。ごめんね!

anond:20240622134358

大小地方国政問わず選挙の度に毎回、民意さんも正義さんも民主主義さんも死んでるけど、

3日後くらいには復活しているし、都知事選日本が終わってもしれっと3日後には復活するよ。

FPSゲーマー引退宣言みたいなもんだ。

2024-06-21

単純に、選挙立候補するやつ一人もいなかったら民主主義どうなんの?

現職も引退したとして

弱者男性の言う差別って

女にモテなくてかまちょしてるだけだよな

奇跡的に彼女できるとほとんどのミソジニー()おっさんたちは引退していく

彼らに性欲が減退するホルモンを打つことを法で定めてほしいね

会社老害マスク絶対しない

コロナ禍前から手は洗わない

ゲホゲホ咳しまくる

周りがインフル発症仕事が回らなくなる

本人は介護もなんもないから熱が有ろうがゲラゲラ笑いながら職場で大暴れ

ええ加減んにせーよって上司が注意しても全く聞かず

ノーマスクでゲホゴホするわ

「ヤベー!!!喉いてー!!!」とか大声で言ってるわ・・・

さっさと引退するか勝手に自滅してくたばってくれ

2024-06-20

いやまじ繁殖引退里親募集猫が貰われちゃったのが効いてるわ

失恋感ある

はあ~~~~・・・ため息しか出ねえわ

から帰ったら出迎えてくれるルナちゃんとか、はてなしてたら膝に乗ってきて甘えてくるルナちゃんとか満足して机の猫ベッドで丸まってるルナちゃんとかあれこれ妄想してたのよ

そういうのがぜ~~んぶ無くなっちゃった

はあ~~~~~~~~~

動物愛護センターに2匹姉妹猫がいるのよ・・・でも初めて飼うし、ある程度落ち着いた成猫がいいのよ・・・

はあ~~~~~~~~~~

生きる理由がねえええええよおおおお

散歩してペットショップ里親募集繁殖引退猫がどうなったか聞いたらやっぱ引き取り手が決まってたわ

良かった良かった…

次にいい子が見つかるまで何を目的に生きようかな…

マジ死にたいでやんすね

anond:20240620130124

めんどくさいめんどくさいいいながら引退詐欺繰り返すパヤオみたい…

これだからksジジィ共は…

2024-06-19

そういや今日散歩ペットショップ行ったのよ

往復1万歩で散歩めっちゃちょうどいいペットショップ

いつも里親募集繁殖引退猫が居てさ

金網越しに指二本で頭撫でてたらもっと撫でてーって金網に頭こすり付けてきたり

ケツを撫でてたらこっち向いてもっと撫でて~ってアピールしてきたりして

部屋が整ったらこの子貰うぞォォォって気合入れて帰ってたんだけど

一昨日居たはずのその子が居なくなってたのよ

金網の中の爪とぎとかも撤去されてたから本格的にどっか行ったんだろうな

意気消沈して店員さんに聞くのも忘れて帰っちゃったわ

HP譲渡猫一覧からも消えてるし

どっか里親に貰われたんだといいけど

明日また散歩行ったときに聞いてみるか

散歩してペットショップ行ったら繁殖引退里親募集猫が居なくなってたわ

お部屋の改造が終わったら貰おうと思ってたのに寂しいぜ

プラ3はクソゲーオブクソゲー

割とそう言う言い方されるけど、

ここ2~3年で運営が褒められた対人ゲームなんてあったか

ValoもApexもLolもDbDもスト6もGGSTもアブデの度にクソゲ判定がくだされ、

運営はエアプと叩かれ、引退宣言者が出る。

ただ単にゲーマーが急速に高齢化劣化して、

怒りのしきい値が低くなってるだけじゃね?

同じゲームをやっている、いちいち発言上から目線高慢ちきで大嫌いなプロ気取りのクソオンナが、

最近運営のクソムーブであやうく引退するところだったけどギリギリ踏ん張った」ってXで言ってて、

「そのまま引退してろよクソボケクサレマンコ!」ってリビングで声に出してしまって、母ちゃんを怯えさせてしまった。

民度最悪のFPS界隈に長くいると気を抜くとすぐに罵詈雑言が飛び出るようになるね…。

ちゃん心配して「病院行こう?」って言ってくれるけど、大丈夫ゲーム中毒とかじゃないから…。

anond:20240619093717

てか引退するまでにそうなれやって話だし

今は国がまとめて預かってやってあげてんだけどな

2024-06-18

中高生荒らし集団の「荒らし共栄圏」、リーダーの「ワッパステイ」が今年で高校3年生になり、今までも企業サイト潰して警察の世話になったりしたが18歳になったら流石に引退するつもりなので「最後に今年を荒らし元年にしたい」と抱負発表

コレコレは荒らし共栄圏の活動馬鹿したことがあるので粛清対象になっており監視が続いていた

コレコレに暇空が出演したことから暇空の存在が共栄圏キッズたちにバレ、アニメイト脅迫が発生

様々なところへ爆破予告を行いサンリオピューロランドへも予告

飯塚軍」の「きりみちゃん」(腐女子中学生)が同名のサンリオキャラが好きなため、サンリオ攻撃した荒らし共栄圏のDiscordスクリプト荒らし

新学期になってみんな忙しくなりしばらく活動が落ち着き、たまに爆破予告する程度に

5月病不登校になったキッズたちが新規に加わり活動がまた活発に

捕まっていた「恒心教」大学院生判決が出たことで恒心教も活発化し恒心教名義の爆破予告も増える

共栄圏Discordマヨケーが互いに荒らしあう

不登校なのでニコニコ配信者になったらブスだと言われた同志のためニコニコ動画とKADOKAWA粛清される

ワッパステイの小説を削除したことのあるなろうも粛清される

発達障害水泳平成不況リーマンショック、30代

・これは何か

私の半生を占める水泳と、それがその後の人生に及ぼした影響について整理するために書いた記録である

なお、当時は強いストレス下に置かれていたため、詳細を思い出せなくてぼんやりしている部分もある。

・なぜこれを書いているか

私は現在休職状態にあり、ADHDの診断を受けたところである

精神科に通いつつ、投薬とカウンセリング治療をおこなっている。

そしてカウンセリングを受けつつある今、自分がいまこうなっていることの底にはあまりに苦しかった水泳記憶があり、それを直視することは避けては通れない道ではないかと思ったからだ。

(先生に直接「直視しろ」と言われたわけではない。ただ、「あなた言葉あなた感情をひとことも説明しませんでしたね」、と言われ、その原因を自分で考えていたら、勝手にそこに行き着いたという話である)

正直に言えばそこに目を向けるのはめちゃくちゃ嫌で、前回のカウンセリングを受けてから2週間くらいメソメソメソメソメスティーソ泣いていたのだが、友達と遊んで少し息抜きをしたらちょっとした気づきと癒やしがあり、なんとか気力を振り絞れそうなので書いてみた。

水泳のこと

3歳から高校2年まで水泳をやっていた。

早いうちに才能を見出され、小学校1年か2年くらいでヘッドハンティングのような形で選手育成クラスに移った。

当時、肉体にすごく負荷を掛ける練習方法流行っていた時代だったから、シンプルに肉体的につらかった。スパルタが主流で、体罰は当たり前だった。

楽をしようものならコーチにも怒鳴られ叩かれ全員の前で吊し上げられた。そこまでは周りのみんなと条件は変わらないのだが、私の場合母親ほとんど毎日練習を見にきていて(それほどに熱心な親は他にはいなかった)、仮にコーチに怒られなくても、母親の目から見て私のパフォーマンスが悪ければ、そのことを帰りの車の中で詰められる日々だった。

行き帰りは車で母親に送迎してもらっていたが、車の助手席に乗り込むと母親の「今日練習について」の裁判が始まるので、毎日まるで犯罪を犯して法廷に立たされるみたいだった。キツい負荷の練習をこなしてやっと家に帰れるのに、すこしも安らいだ気分になれなかった。

でも、私は無理にでもやらせればやらせただけ、負荷をかければかけただけ、結果が出せてしまタイプ人間だった。

父親も叔母もスポーツ学生時代成功した経験があって、家系としても肉体的に優秀だったのだと思う。

それが母親成功体験になってしまい、尻を叩けば叩いただけ結果が出るという思い込みを強化したふしがおそらくあるんじゃないかと思う。

長期休みに入るたび、朝夕2回の練習では足りないと別のプールに連れて行かれ泳がされた。この習慣は我が家では「こそ練」と呼ばれていた。

ただでさえキツい練習をしてるので嫌だったが、嫌がれば母親から「速くなりたくないの?」と頷くまで詰められる。

こうやって追い込めば追い込むほど結果が出たので、母はどんどんエスカレートしていった。

極め付けはようやく出来始めた友人関係破壊されたことだった。

中学に上がると、小学生選手育成クラスから中学クラスに上がって、ここがジュニア女子選手としては一番上のクラスだった。その上に、高校生の男子さらにその上澄みだけが入る、一番練習ハードクラスがあった。

いま振り返ってみると、私はかなり発達障害的な特性のはっきり出た子どもであり、周りと関わるのがかなり下手だった。だから、キツい練習を何年も毎日一緒にこなしてきたというのにチームメイト連帯感を育めなくて、ずっと浮いていた。浮いているのに才能だけあったから、周りからすると目障りな子どもだっただろうと思う。選手育成クラスというだけあってそこそこ実力主義ではあるので、幸運にもいじめられこそしなかったが(あるいは特性上あまり他人に興味がなく嫌がらせに鈍感だっただけかもしれない)、やっぱり浮いていた。私は人生を通してずっと普通になりたい、と漠然と願ってきたが、その願いはこういう環境のなかで醸成されてきたように思う。

(ちなみに、当時どのくらい浮いていたかというと、なんか男子たちが私に話しかけるのを何かの罰ゲーム一種として扱っているな、と気づいたことがある程度には浮いていた)

けれど、ここで話の合う友達ができたことで、この一瞬だけ練習に行くのが楽しかった時期があった。

私はもともと才能があったので、中学生のクラスを受け持っていたコーチにも期待されていたし、たくさん話を聞いてもらえて、私自身もコーチのことを頼れる大人だと思っていたし、期待に応えたいと思っていた。信頼関係を築ける大人との出会いがここであった。だから、このクラスちゃんと私の記録は伸びていた。

だけど母はその伸びでは満足できなかった。

母にはいわゆる白雪姫の母コンプレックスみたいなものがあって、私が楽しそうにしていると不安になる性質だった。不安を感じやすく、その解消のために誰をどれだけ振り回しても良いと考える傾向があった。

私が楽しんで練習に行き始めた時、母は不満だった。私が苦しんでいないから、きっと負荷が足りないのだと考え、「娘の才能が無駄に消費されている!」と強く不安を感じたのだろうと思う。これでは速くなれない、と母は考えた。

そして、「上のクラスに上がりたいと言いなさい」と母は私に強要した。

私はかなり嫌がった。もともとジュニア女子が入れる中で一番上のクラスではあったし、せっかく話の合う友達ができたのに、その子たちと話せなくなってしまうことも嫌だった。先生の期待を裏切ってしまうことにもなる。すごく抵抗があったことは覚えている。

母は私に、「あん肥溜めみたいなクラスにいたら、あなたダメになってしまう」と言った。

嫌だった。泣いて抵抗した気がする。あまり覚えていない。でも、最終的には「上がりたい」と言わされた。コーチはショックを受けていたと思う。でも最終的には上のクラスコーチに頼んでくれて、私の(母の)要求は通った。

中学1年の女子高校生の男子クラスに入れられて泳ぐことになった。毎日階段をまともに降りられないくらいの筋肉痛になった。まわりはひと回り年の違う高校生の男子しかいないので、友達と話せる機会は減った。肉体の負荷は上がるのに、心の支えは何もなくなり、ただ苦しかったしつらかった。

私が苦しんだので、母の不安は解消された。

そして、精神とはうらはらに、私の肉体はそれに応えた。

実際に大幅に記録が伸びた。一緒に泳いでいた高校生の男子より私は上のタイムを叩き出し、彼らにもよく頑張ったと認められた。中2のころにはジュニアオリンピックで決勝に残り、関東中学で優勝し、全国でも10本の指には入った。国体にも県代表で選出された。県で私より速い選手はいなくて、私がベストを出せばその度に大会新記録、県の新記録だった。母はこのことについて、自分が尻を叩かなければ結果が出せなかったはずなので、自分の手柄だと考えた。

注意して欲しいのは、これらの成果を私自身もまた喜んでいたこである。才能や能力があると見做されることは、特性持ちの人間にとっては他人から受けるマイナス感情を弾く盾にもなる。母の手柄は、私を絞り上げ、苦しめて作り上げられたものであるが、同時に私を守るものでもあった。

あなたは結果で他人を黙らせなさい」というのが、母の持論だった。母は私のために、心を鬼にして私を苦しめていたはずである。叩けば結果が出ることがわかっていたのだから

この頃から試合合宿遠征先に行くと、夜中にこっそり抜け出して、当て所もなく歩き回るようになった。特に裏道や暗い道を選んで歩いた。いま考えると、間接的な自傷だったと思う。酷い目に遭いたかった。私という価値が一気になくなってしまうくらい、誰かに酷い目に遭わされたかった。母が守る『私』という価値と、それに伴う苦しみが分かちがたく結びついていたために、母の目の届かないところで地味な自傷行為に走っていたのだと思う。

体に傷を残すようなことはできなかった。そんなことをした日に母を襲う衝撃と、その衝撃の余波を受ける自分のことを考えたら、とてもではないが無理だった。

しかし、こういう無理は続かないものである。ほどなくして精神的に破綻して、泳げなくなった。中3の秋ごろだったように思う。喘息悪化させ、負荷のキツい練習から逃げ、最後は何か喚き散らして家に帰り、そこからしばらく練習に行けなくなったように思う。詳細は覚えていない。

だけど、そこで辞めるには水泳は私の人生で大き過ぎた。人生の大半を占める一大事業に等しかった。だからそこから高校2年の夏まで、通うスクールを変えて足掻きブランクを取り戻し、記録は少し伸びたし、インターハイにも出た。

ただ、大学受験に切り替えるならこの辺りがタイムリミットだった。結局、わたしはここで引退して受験に切り替えた。水泳のために自分学力よりかなり下の高校に行ったので、辞めてから予備校漬けになった。

受験勉強は圧倒的に楽だった。体の負荷も消えたし、学業自分特性から見ても結果の出しやすい分野だった。あまりにも結果が出やすくて、母も不安にはならなかった。躓きや苦しみも多少はあったが、水泳で受けたそれとは比べ物にならなかった。この時期、私と家族はかなり明るく過ごした。

大学には簡単合格した。願書を出した大学ほぼ全てに受かった。

とにかく家を出たかったので、その名目が立つ大学を選び進学した。

ここから水泳を辞めた後の話に入る。

友達が作れない、学業に身が入らない問題が出る大学1年目

ひとり暮らしをはじめて、やっと手に入れた自由を楽しんだ。でも1年目、ぜんぜん他人との関わり方がわからず、友達が作れなかった。小中高と水泳にかまけていて、相変わらず発達特性的な部分で学校でも浮いていたし、そもそも自分偏差値より随分下の学校に行った(水泳にはリレーメンバーの都合がある)ため、頭の程度が均されている環境でほかの人間と接して友達になる機会がまったくなかったのだ。県大会で何度も優勝し、実家に腐るほどトロフィーがあっても、友達の作り方がわからなかった。この時点で、私の能力は社交性に比して随分歪だったと言えると思う。

ひたすら学校と家を行き来して、家ではゲームばかりやっていた。

1年の後半の方になってようやく所謂オタクサークルに入って、対人能力に似たような問題を抱えた人たちに出会い、それでやっと少し友達ができた。ここから就職活動が始まるまでは、楽しく過ごせていたと思う。彼氏もできた。

とはいえ、あまり成績は良くなかった。勉強したいと思って進学したはずなのに勉強に向かう気力が湧かなかった。どころか、水泳を辞めたことが傷になっていて、「どうせ最後には全部台無しにする、水泳だってあれほどつらい思いをして人生を捧げてきたのにそうやってダメにした」と囁く声が頭から離れなくて、あまり集中できなかった。

漠然と、卒業したら死のうかな、と思っていた。

就活ができない問題が出る大学3年生

学業もそんな感じだったので、いざ3年になってもぜんぜん就職活動を進められなかった。というか授業もギリギリラインだった。

振り返ると、つらい思いをして思春期を生き延びた先に、ようやく手に入れたご褒美としての『自由』がたった4年で終わることに全然納得が行っていなかったんだという気がする。他の人たちは将来を考える精神の準備ができていたのに、私には何もできていなかった。こんな人生の先に、また何十年も続く苦痛が待っていると思って、絶望感があった。

就職留年

このあたりのことはぼんやりしているが、就職活動が出来なさすぎて就職留年した。ちょうどリーマンショック東日本大震災の影響があった時期で、特に女子就活は周りを見渡しても厳しかった。なので就職留年という言い訳は通った。

でも、留年したのに就活全然ちゃんとできていなくて、とうとう親が乗り込んできた。希望する企業の傾向は決まっていたので、母親マイナビリクナビエントリーする企業を選んでくれて、エントリーシートや履歴書に書く志望動機などの文章としてこちらで考えたら、それを母が手書きで代筆してくれたりして、こんな大学生はおそらく他にいないなと思うほど過剰にサポートしてもらった結果、なんとか書類選考が通るようになり、面接を受けたりと就職活動らしいものを進めることができた。

面接が苦手すぎて苦戦はしたが、なんとか内定をもらった。たた、周りがちゃんとこなせていることも自分にはろくすっぽできないとわかって情けなかった。

卒論が出せなくて2度目の留年

このあたりもぼんやりしている。夏くらいに内定が決まって、そこからしか全然ゼミに行かなかった。いや、たぶん特性的に並行してふたつのことができないので、就活中はゼミにも授業にも行けていなかった気がする。内定が決まった後、バイトしろと言われてしていて、必要な授業の出席とバイトくらいはしていたが、ゼミに出てないので卒論が当たり前に書けなかった。英米文学専攻なので卒論英語で書く必要があった。ぼんやり決めたテーマがあるくらいしかなくて、そのまま冬になった。ちょっと書こうとしたけれど当たり前に書けなくて、でもそれを就活を熱心にサポートしてくれた親には言えなくて、卒論提出の日に失踪した。1〜2週間家に戻らず、銀行口座の金が尽きたら死のうかなくらいの気持ちでいた。漠然と死のうと思っていたし、その時が来たのかと思っていた。

結局親に口座の金を引き上げられて、無様にも死ねずに戻った。怒られ、殴られ、彼氏にも心配をかけまくり、色々あったとは思うのだが、この辺りの記憶ぼんやりしている。

ひとり暮らしの家を引き払い、実家カンヅメになって母親監視のもと卒論を書いた。足りない単位のための授業とバイト以外の外出はさせないくらいの感じだったと思う。

ひとり暮らしの家を引き払った時、この時も家がゴミ屋敷になっていたので、ゲーム依存病気だと親に疑われたが、ゲームは単なる逃避行動で、やれない環境であればあっさり辞められた。振り返ってみれば、何らかの支援の網に引っ掛かっておくタイミングがここだったような気がする。ただ、スポーツで結果を出し、世間的には良い大学に行ったような人間が、ゲーム依存なんかで病院に罹るのは外聞が悪い、という意識がなんとなく家族全員にあったのか、結局ここでは必要だったであろう支援とつながることはできなかった。

この環境でなんとか卒論を書いて卒業した。就職は結局バイト先に拾ってもらうかたちになった。

新社会人として

もう一度実家を出てひとり暮らしをはじめた。

働き始めるととにかく眠かった。ひたすら眠かったことを覚えている。仕事でも会議でも寝てしまい、怒られて、怒られたあとは体が一時的闘争反応というか覚醒状態になるので、それで過集中を起こし仕事を進めてなんとか巻き返す、みたいな感じだったと思う。昼に寝てしまうので夜は眠れなかった。その悪循環で昼にまた意識を失った。

本当は病院に行くべきだったと思うが、家に帰るとその気力もなかった。家の電球が切れて、ほとんど暗闇だったのにも関わらずその家を引っ越すまで電球を変えられなかった。1年以上真っ暗闇で生活した。歯が折れて激痛でも病院に行けなかった。ぎっくり腰でも行かなかった。ゴミ屋敷はここでも生産された。

この時期私は相当な困難を抱えていた気がするけれど、同時にどこか安心しているような部分があった。自分価値がこうやって毀損されていくことに対する「ざまーみろ」という気持ちがあった。ちょうどこの頃、母親と完全に連絡を遮断して、実家と絶縁状態になった。直接のきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、自分価値ボロボロと溢れ落ち、人生ダメになっていくことについて、母親への不健全復讐欲求が満たされるように感じていたのは覚えている。

この状態を5年くらい続けて、3つくらいの現場経験した。就職先は人売りのSESだった。

コロナ禍でリモートワークが開始する

これは自分にとって大きな転換点だった。寝ているところを他人に見られないのでストレスが大幅に減り、なんとか自分が起きていられる時間帯に仕事を進め、眠りたい時は寝ていることができた。とても褒められた就業態度とは言えないが、それほど能力的なハードルが高い客先でなかった幸運もあって、なんとか巻き返しが効いた。この時期が一番平穏だったように思う。この現場自分にとって一番長く続いたし、終わり方も案件ごと終了ということで円満だった。

この現場が4年くらいで終わり、本社に戻ることになる。

本社に戻る。眠気の問題ふたたび

リモートワークが終わり片道40分くらいの通勤生活が数年ぶりにスタートする。10年近く戻っていなかった本社に知った顔はほとんどなく、コミュニケーションが得意そうな子たちの若い顔が並ぶ。すでにこの時点でうまくやっていけるか不安ではあった。

自社開発の案件アサインされるも、やはり眠気の問題が復活し、怒られる。仕事客先常駐とは違い、粒度の粗い仕事を上手いことやっておいてというような感じで振られるため、勝手全然からず、先の見通しが立たない。作業をうまくこなせず、進捗が出せない。学歴スポーツの成績だけ見れば能力はあるはずだと思われているので、サボっていると見做される。寝てるよね?なんでコミット全然出ないの?

年次だけは無駄に高いので直属の上司もおらず、まともな相談先もなく、周りの子たちは若くてこんなことを相談できる相手ではなく、結果誰にもうまく頼れずにひたすら信頼を失い続け、頼みの綱だった週1回のリモートワークも許可を取り消される。

社長から新卒みたいなことを注意させないでくれる?」と言われる。怒られて、闘争反応になった勢いで、なんとかメンタルクリニックの予約を取った。

そうやって通院治療を開始したのが、2023年10月ごろ。

日中の眠気、夜の不眠、集中困難、ゴミ屋敷などの問題が主訴。

これらの問題は通院治療を開始したところでたちどころに解消するようなものでもないので、年末年始休みを挟んだ後、ボツボツ休みが増え、雪崩れ込むように職場に行けなくなって休職開始。

心理検査(WAIS-Ⅳ)の結果、言語理解ワーキングメモリ・処理速度の間で有意差50を超えた。言語理解・知覚推理凸、ワーキングメモリ・処理速度凹のタイプだった。

この結果と、現在社会生活が送れていない実態をもって、5月ごろにADHDと診断された。

現在は、投薬治療カウンセリングを受けている。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援 Permalink | 記事への反応(21) | 22:15

Vの話題でふと思い出した

1年ぶりくらいにみこち見たけど、なんか騒ぎ方がわざとらしいと言うか、取ってつけて無理して奇声を上げているように聞こえて「大丈夫精神すり減りきって人間の心をなくして喜怒哀楽失ってない?」ってちょっと心配になった。大手サポート体制もしっかりしてるからなんだかんだ大丈夫だろうけどさ。

自分の狭い観測範囲内だと登録者1~5万人の女性中小企業Vの少なくとも10人くらいが、体調不良で長期休養か引退Twitch等のサブチャンネルでのメンヘラ化、前向きな理由(本当か?)で個人V化してたりして、あの業界本当難しいんだなぁって思うよ。

またお前ら、自分自身気持ちいい捏造報道に賭けたのかよ

報道ブコメ[B! 教育] 中学部活動「ヒップホップ禁止令」生徒ら泣いて抗議 国会で論議も:朝日新聞デジタル

案の定ブコメ学校批判校長批判が並んでいる。

だが、実際はどうだろうか。学校側の発表を見てみよう。(https://www.fureai-cloud.jp/_view/kojimachi-j/attach/get2/5383/0

子どもたちの希望を実現

3 年生部員から最後までヒップホップダンス練習したいとの希望がありましたの

で、その練習については、適任の指導者を探すとともに、練習継続して実施しています。また、発表の機会を、引退前に集大成として設定することとしています

3 顧問及び指導者の確保

昨年度から着任した顧問の 2 名が、引き続きダンス部を運営しています指導者は、中学校体育連盟公式大会指導経験があり、また、ヒップホップダンス指導経験がある専門性の高いコーチ指導をしていただいております

4 現在活動状況

5月より、専門性の高いコーチが着任し週2日の活動が始まっておりますヒップホップダンスに特化した練習及び多様なダンス対応できる基礎基本の練習実施しております

公立中でここまでするなんてめちゃくちゃ手厚いよね?

なら何が問題だったんだろうか、それが推測できる部分がこれ

文化祭について

文化的行事は、普段学習活動の発表の場であることが学習指導要領で記されています。昨年度にご意見として寄せられた「一部の生徒だけが出演している」「文化祭に関わらない生徒が多い」等のご指摘を課題として受け止めています。今年度から、全校生徒が主役となり、普段学習の発表の場となる行事創造しているところです。

まり、去年の文化祭で一部の生徒ばかりが目立ちまくる発表をして、文化祭趣旨とは違うと批判を浴びた。今年からは一部の生徒が突出しないようにする、としたわけだ。

昨年目立ちまくった生徒(または今年は自身が目立てると思っていた生徒)は今年も同じことができると思っていたら、学校校長からブレーキを踏まれた形だね(そして、確証はないがこれがヒップホップだったんだろう。)。

生徒からすると、やりたいことを駄目だしされて嫌だったんだよね、わかるよ。その感情否定しない。だけどこれを記事にした朝日は別だ。学校はだめな理由書いてんじゃねーか。ざっくりいうと「文化祭は生徒みんなの行事個人の発表会じゃない」ってことだろ。その方針自体批判するならともかく、ヒップホップに絡めて批判とか捏造報道もいいとこだ。

というか、

中学学習指導要領上2012年ダンスが必修化され、この細目は創作ダンスフォークダンスと並んで現代的なダンスヒップホップはここ)も含まれている。必修化されてるものの発表を学校拒否するわけないじゃないか

この程度の想像力なく、公権力や物わかりの悪い中高年が叩けるからって自分の信じたい捏造記事に群がるとかお前ら何も考えてないのか?

追記

誤報に乗ったことを恥じられないブコメが上位とは驚いた。もう一つ学校側の発表を引用しておこうか

 なお、今回の報道内容に関しまして、報道機関から取材は一切受け付けておりません。

これで朝日新聞にオールインするブクマカたちってアホなのか?

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