はてなキーワード: 家業とは
おれは女性ならではっていうことはアリだと思う
女性は男性より事務的な、あるいは政治的な能力が劣るわけではないけども
センスはやっぱり違うので
そんで、ストレートあるいはノンケな男女にもそれぞれ男性的な部分や女性的な部分がある
女性の政治的な能力が男性と変わらないのなら、政治家や閣僚の女性比率なんか関係ないはずなんだけど
でもやっぱり、女性の政治家はおっさんの姫だったり息子がいない政治家の後継者にすぎなかったりするよね
なんかさ、加藤鮎子とか塩崎彰久とかさ、親がリベラルに見えていた政治家の子供が家業を継いでいたりするのは
だけどさ、親が金を持っているおかげで高等教育を受けられて、しんどいことを引き受けなければ責任を果たせないと
わしらには関係ないので、とっとと家業やめれば?としか思わないけどさ
やんごとなき方々以外はね
2000年ごろ雨後の筍のように生まれた「社会福祉学部」を持つ大学(すでに学部名から社会福祉を消した大学も多い)から脱出した教員たちの証言を集めてみました! 特定されないよう適宜改変しています。
・学園の理念に「優しい」「明るい」「素直」「従順」が入っている。
・福祉専門職に必要なものとして「思いやり」「やさしさ」を謳う。
・学生相談室の設置案に「教員が自分の仕事を押し付けるつもりか」と理事が却下。
・心理学、経営学の授業が大量にある一方、社会学系の授業がほとんどない。
・国家試験受験勉強のため、卒論が選択科目となっているおり、ほとんどの学生が書かない。
・人権、労働、差別、エスニシティ、ジェンダーなどのテーマの授業が皆無。
・専攻に関係なく、宗教家だから宗教学、教職免許を持っているから教育実習、子持ちだからから家族支援論という謎基準で事務が授業担当教員を決める。
・「経済学」と「政治学」、「心理学」と「社会学」、「日本史」と「宗教学」など、異なる分野の科目を一人の教員が教えている。
・雑誌コーナーに『世界』『思想』『現代思想』がなく、『正論』『WILL』『HANADA』がある。
・障害学生はできる限り受け入れないよう画策。
・エレベーターは車椅子1台分のスペースしかなく介助者が入れない。
・2000年代には研究禁止の御達しがなされていたため、開学の際にいた研究志向の教員が他出、残ったのは病人か「けんきゅうってなに?食べられる?」という人ばかり。
・研究してる人には散々辞められているからか、募集停止校からヘッド(?)ハンティングしてくる。
・研究や本に対して敵対心を示す人が多い(例えば、授業公開に行ったら、教員が「著作権料で食ってる人」というのをdisっていたのを聞いた、とか)
・理事が「公募では人物がわからないので絶対しない」と宣言している割に、直接、大学に履歴書を送りつけて採用された人が多数いる。
・入試問題の現代国語を併設高の教員に外注しているらしいのだが、常に昭和の文章。
・卒業式で理事が「ジェンダーフリーが家族を滅ぼす」とか「人間にはそれぞれ分というものがある」とか熱弁。
・式典では日の丸君が代はもちろんのこと、日の丸に敬礼させられる。
・東日本大地震は地震兵器論者、中国脅威論、Qアノン信者など、教員に陰謀論が蔓延。
・北欧は高齢者の安楽死をしているから「寝たきり老人」がいないと講義で解説する教員がいる。
・家業で保育士を雇っていることから保育士の給料が高すぎると言及する教員がいる。
・事務の女性が若く、皆美人(併設短大で卒業時に声をかけ採用している)。
・卒業パーティで男性理事たちが女子学生を膝の上に座らせている。
・有志で実施した教職員対象のハラスメント実態調査が握りつぶされた。
・朝礼がある。
・オプキャンや入試で土曜の時間外手当をつけないために週休1日制。
・部活担当で年間労働時間推定4000時間越えの教員(!)がいる。
・部活顧問柄全国大会へのバスの運転まで全部やらされており椎間板ヘルニアを発症した。
・引っ張ってきた部活顧問(授業担当なしで教授)が体罰を多用し、退学、休学が相次ぐ。
「福祉の時代だ!」と言われて福祉マインドもないのに儲かるからと学部を作って、梯子を外されたんだな。
(追記)ちなみに私(旧帝大卒博士号持ち)の場合、就任当時は真面目で伸び代がある学生に恵まれており、そこには不服はなかったことは付け加えておく。
私は30手前の男で、弟がいる長男です。結婚の報告とともに、妻の姓にすることを伝えたら、散々な話し合いの末、父にはお前は親の気持ちもわからない幼稚な人間だ、”変”な人間だと散々罵られ、母には自分の息子でなくなる気がして悲しいと泣かれました。
皆さんならどうするか、ご意見を聞かせてください。
〈私の考えてきたこと〉
結婚した妻が夫の姓を名乗るのには「嫁入り」といった考え方が根底にあり、実際に妻が過ごした旧家を出て、夫の家に嫁ぐという、女性が実態として夫家に従属することを姓を持って表してきました
これから夫婦になる私たちは、お互いに実家を離れて東京で過ごし、それぞれ仕事をしています。結婚しても仕事上の名前は変えず働くつもりです。嫁入りも婿入りもしない、という考え方です。今はまだ実現していませんが、選択的夫婦別姓が認められていれば検討したかもしれません。
ただし、これから生まれるかもしれない子供のことも考えると、結婚してどちらかを代表者とした戸籍を作り、どちらかが戸籍上の名前を旧姓とする必要があります。
それは、旧家を去るということでもなく、相手の家に属するということでもありません。ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけです。
どちらにするかを決めるにあたっては、様々な要素によって、ベターな選択をすべきと考えます。例えば一方が国家資格などを持っていれば、変更の手間が増えますし、親から土地や会社を継ぐ場合、同じ苗字であるメリットはありそうです。
ですが、私たちにはその要素がほとんどありませんでした。お互いに、本当にどっちでも良いねとなりました。
しかしここで、「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。※追記①
また逆に、あえて多数派に反抗して妻の姓を名乗ろう!というようなアンチテーゼを主張したいわけでもありません。ただ、どっちでも良かったんです。
結果、私たちはじゃんけんで勝った方の姓にしようとなり、妻の姓にすることになりました。じゃんけんというと軽慮浅謀に聞こえるかもしれませんが、私たちの中では、ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけだったんです。くじ引きでも、あみだくじでも、なんでもよかったと考えています。
〈妻側の意見〉
彼女は、結婚しても今の姓を名乗り続けたいものの、通例的に夫姓にすることにもさほど抵抗はなく、どちらでも良いと言ってくれています。
彼女のご両親も、当然娘は夫姓になるものと考えていたが、妻姓のままでいてくれるならそれはそれで問題ない。私のご両親がいいならいいとのことでした。
〈私の家族の反応〉
上記の説明を両親にした上で、納得してもらおうと何時間も話し合いましたが、冒頭の結果となりました。
人格を否定するようなことも言われました。親の意見を聞けないのは人としておかしい、妻の姓にするなんて変な人間だ、お前は洗脳されてる、と。
※追記③
そんな罵詈雑言を除いて父の主張をまとめると
①客観的には、今の名前(夫姓)のままでいるべき理由はない。が、心情的に受け入れられない。
②希望としては、夫姓を継いで、これからも名前(夫姓)を子孫代々発展させて欲しい。生まれてくる孫は自分と同じ夫姓であって欲しい。
③妻姓になるということは、ウチを出るという考え方しかできない。
④ これまで一家を背負ってもらいたい気持ちで育ててきたのに、裏切られた気持ちになった。
といったものです。
①について、私が姓を変えるべきでない客観的理由が出てくれば、考え直す必要があると伝えましたが、父もまた実家を出ていて、継ぐべき土地や家業はないため、それは特にないということで合意しました。ただただ、受け入れられないそうです。
②について、私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。※追記②
③④については、家族の繋がりはどちらの姓になろうと変わらないよ。と何度も伝えましたが、理解を示しませんでした。例として挙げた話をすると、私の母は戸籍上父の姓になりましたが、我が家は毎月のように妻姓の集まりに出席していて、姓が変わることで家族の繋がりが失われるわけではないことは身を持ってわかっているはずです。ただそれが男に逆転すると理解できないそうです。
ちなみに他の家族ですが、弟は私と同じ考えを持っていて、姓がどっちだろうが何にも変わらないよね?というスタンスでした。
母は話を納得してくれた上で、夫の姓にこだわらない夫婦がいるのはわかるけど、心の準備ができていないので、貴方には夫姓でいて欲しいとしか思えないという主張でした。3回勝負ってことでもう一回じゃんけんしたら?って言われました。ナイスアイデアですね。
父の話は感情論ばかりで、言っていることはわかるけど俺の想いとは反する、というばかりでした。当然父の想いは尊重したいですが、それが男尊女卑的な思想、実態に合わないイエ制度的な考え方を前提にしている以上、それを次世代に持ち込ませないのが私のやるべきことだとすら思えました。
双方折れずで議論は平行線のまま終わりました。仕事のため東京へ戻る新幹線の車中で、これを書いています。
〈今私が考えていること〉
普通に考えれば、彼女のご両親のご意向に沿っても、私の親が反対している以上、じゃんけんで仮に決めた妻姓ではなく、夫姓とするのが「人間らしい」選択なのかもしれません
ただそれは、全く私の話を聞き入れず、ただ自分の想いを押し付けた親を認めるということになり、その点に関して納得いかない自分がいます。
夫姓にすることは、彼女に改姓させるのが申し訳ない程度の問題で、私の親も希望通りの大団円のように見えますが、姓への考え方は私たち夫婦+弟と両親で全く異なったままだと思います。
これから結婚するかもしれない弟や、できるかもしれない私たちの子が同じことを相談した時、また同じように踏みにじられるんじゃないかと思えてきます。
親の願望として、差別的・前時代的思想だと思いながら素直に聞き入れてあげるか、時間をかけて説明し切ることを考えるべきか、悩んでいます。
もしかしたら、時間が経って親が自分たちで色々と考える中で、私の考えを理解してくれる可能性もあるんじゃないかと期待する自分もいます。
皆さんなら、どうしますか?
私の考えは偏った、ヤバい、変な考えなんでしょうか?
親を悲しませないために差別的思考を受け入れることはやむを得ないと感じますか?
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいた皆様には格別の感謝を贈りたいと思います。ありがとうございました。
追記①
「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。
↑
この書き方は雑でした。女性の友人、知人の中には、結婚で姓の変更を強いられることに苦痛を感じると話している方も多く、男の私が女性に姓を変えさせることを当たり前に思ってはいけないと学生の頃から考えていました。思想が間違っているから、あってはならないと言っているのではなく、特定の性別に生まれたことが原因で苦しむ人が少しでも減るべきと考えているところがこの発言の意図です。
追記②
私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。
↑
あまり本題とは関係ないので、あまり言及しない方がいいかもしれませんが、補足です。
私たちはまだ子供の予定はないと話していて、その上で父が(授かれるかもわからない)孫の姓が自分と同じ姓じゃないのはショックだと話していたのを見て、孫の顔が早く見たいと妻に迫る毒親と同じ不快感を感じました。セクハラというより、マゴハラ?産めハラ?
ちなみに父は、孫が妻姓だった時に夫姓の時と同じように接せるかわからない。内孫と外孫は違う。と話していました。自分がここで親を立てて夫姓に従った場合、将来授かれるかもしれない子にも影響が及ぶんじゃないかと怖くなりました。勝手な被害妄想かもしれませんが。
追記③
説明が足りていませんでしたが、父は私がジェンダー論や男女平等的思想の洗脳を受けていると思ったそうです。私の主張は、人から見聞きしたことのほかに、大学で学んだジェンダー論にも基づいていることを話しました。大学進学を後押ししてくれたのは父なので、父としてもそういう視点がある方が受け入れやすいかなと思っての行動でしたが、無駄でした。
畢竟、人生は予測できないものだ。私の名前は隆司。昔からの夢は、都会の大企業で成功することだった。しかし、須く考えると私の人生は、その夢とはかけ離れたものだった。
大学を卒業すると、私は地元の小さな町に帰ってきた。兎も角、家業の農家を継ぐことになったのだ。多くの友人が都会での生活を謳歌している中、私は田んぼの中で日々を送っていた。いやしくも、都会の生活を憧れていた私は、田舎での静かな生活に馴染めずにいた。
ある日、友人から手紙が届いた。「都会はよしんば魅力的だけど、あなたのいる町には町ならではの魅力がある」と。手紙には、私の町で過ごした思い出や、私たちが子供の頃に遊んだ場所の写真が添付されていた。
その手紙を読んで、私は改めて自分の住む町の魅力を可及的に探ることを決意した。果たせるかなと思ったが、実際に町を歩き、古き良き風景や伝統を見るうちに、私の心は温かくなった。
希くは、私の心の中で都会の生活と田舎の生活が戦っていたが、手紙を読んでからは、その思いはのべつ幕無しに消えていった。私は町の美しさや人々との繋がりを三三五五、徹頭徹尾に感じるようになった。
ある晴れた日、私は町の中心地でフェスティバルを開催することを決意した。そのフェスティバルは、町の伝統や文化を都会の人々にも知ってもらうためのものだった。
フェスティバルの当日、多くの人々が私の町に訪れ、その魅力を体験した。私は、ゆめゆめこの日を忘れることはないだろう。私の夢は都会での成功ではなく、自分の町を愛し、その魅力を伝えることに変わっていたのだ。
※ChatGPTにて作成
とあるフォロワーが鹿児島から久留米まで新幹線通学をしている女子中学生の報道を引用して、「鹿児島のラサールは男子校。女子の教育機会が奪われているのを放置し、鹿児島は性差別的なところだ」という話をしていて、いやいやいやいややってなってしまった。
九州は男尊女卑的であるという偏見の目でこのニュースを見るとそう見えるのだろう。
九州の進学校事情に多少詳しい人からすれば、それはただの偏見による観測なのだ。
そして、九州の進学校の花形は二つの私立進学校の例外を除いて、たいていの地方と同じように各県の公立トップ高たちだ。福岡であれば修猷館、熊本であれば熊高(くまたかと呼ぶ)、鹿児島であれば鶴丸といった県立トップ進学高たちだ。
東日本の学校のように一高が実質男子校、二高が実質女子高のような伝統もなく、主要な公立進学高校はもちろん共学だ。
異常でしょ関東。というか、北関東の公立男子校群なんなん。よっぽどこっちの方が女子の教育機会奪ってるだろ。
九州の公立2は鹿児島にあるらしいが、どちらも共学化が決まっているようだ。
一応、種明かしをすれば、公立は前述の通りだが、九州の私立男子校が急減したのはここ20年の動きだ。
確かに私が20年前に中学受験したころは頭のいい女子は受けるところがほとんどなくて、塾のトップクラスにいた自分も塾の講師が同級生の女子に「女子なんて勉強したって入るところないだろ」とか暴言を吐いていたのも観たことある(今考えると本当にひどい環境だった。暴力もあったし)。そんな環境で、塾の実績作りのためとはいえ、桜陰に合格した子もいたのは今考えると本当にすごいことだ(その子は公立中→県立トップ高→東大と進んだ)。
ところが、少子化の最前線の九州地方、生徒募集に苦労した各校は次々と共学化し始める。その中でもエポックメーキングだったのが、ラ・サールと並ぶ九州の私立進学校の雄・久留米大学附設高等学校の05年の共学化だろう。結果として、周りの学校が共学化し偏差値が上がる中(単純に募集できる対象者が倍増するのだから)、附設より低いレベルの男子校進学校もほとんど共学化することとなった。その数少ない例外の一つがラ・サールだ。とはいえ、ラサールを除き、主要進学校はほとんど共学化している。
その証拠にネットから拾ってきた九州の東大合格者ランキングがこれだ。
熊高(公立・共学)
青雲(私立・共学)
明善(公立・共学)
元々地方なので公立が強い地域だし、附設、青雲、大濠と私立組が共学化したことによりずらりと共学が並ぶ。
渋幕(私立・共学)
改めてみてもひどい。
よくこんな地域に住んでいる人が九州に向かって「女子を教育から排除」しているなんて口が利けたものだなぁ~と思うのだが、そのことを指摘すると東京の人たちは「男子校は悪いことではない」「優秀な女子高もある(1校しか入ってないやんけ!)」、「九州には〇〇という性差別があり~」とか話をそらし始めるのだが、今は中等教育の男女差別の話をしているんですよ。関東が女子の中等教育における後進地区って認めろよ。東大の女子比率下げてるのおめーらじゃねーか、と思うのだが。。。
というわけで、冒頭の鹿児島から久留米に新幹線で通う私立中学生の話に戻る。件の私立中学生は鹿児島から久留米大附設まで新幹線で通っているわけで、それ自体はもちろんひえ~~という話なのだが、そもそも論として附設やラ・サールレベルの私立中学校は九州にこの2校しかないのだ。
普通に考えればわかるとおり、久留米や鹿児島が通学圏内にない九州の人たちだって多い。そのため九州の主要私立進学校はだいたい寮を持っている。ラサールは6割、附設は3割が寮生のようだ。ところが、附設は男子寮しかない。というわけで、件の女子中学生は鹿児島から新幹線で通うことを選択したのだろう。
もちろん、ラ・サールが男子校であることや附設が女子寮を持っていないことが女子教育の排除に繋がっていると言われたら全くその通りなのだが、一私立高校にそこまで負担を求める(特に女子寮の増設)のはいくら何でも厳しいだろう。だいたい関東の国立の男子エリート進学校という何故国税をつぎ込まないといけないのかよくわからない存在に比べれば、ラ・サールや附設だけに罪を被せるのはアンフェアだろう。
当たり前の話だが、九州の他に同レベルの学校がないのだから、附設やラサールへのアクセス可能性を九州の人に平等に担保すること自体不可能だ(寮に入ると授業料と合わせて月10万程度になり、経済的に負担できる家庭は多くないだろう)。そもそも関東とは違い九州で中学受験する人は親が教育熱心な一部の家庭だけだし、附設やラサールという二つの例外を除けば、たいていの田舎と同じように県立トップ校に行って、いい大学に行くというのが九州の人の普通のエリートコースなのだ。その環境を背景にすれば、この事実を持って九州は最高レベルの教育から女子を排除している!というのはさすがにナンセンスだろう。
もちろん、大学進学の時点で男子は東大目指すけど、女子は九大や地元国立でいいでしょう、という話は今でもあるだろうし、女子は医学部志向が強い(九州全体としても医学部志向は強い)。医学部も悪くはないが、東京で知見を広めることもいいのにな、と思うのだが、就職や家業・本人の志向の問題もありなかなか難しい。
九州は世帯の平均収入が低く、それが大学進学率にも影響をしている。
九州にももちろん教育における男女差別は存在する。それは解決すべき問題だ。
とはいえ、鹿児島の大学進学率は43.6%、東京都69.8%だ。こんなにひどい地域格差は見もしないのに、鹿児島から久留米に通う女子中学生のニュース一つで九州は男尊女卑だと吹き上がる。ここまで述べてきたとおり、九州の中等教育において少なくとも「制度的」には、女子の教育の機会はある程度担保されている。もちろん、制度ではないところに差別はあるだろうが(女子はそんな勉強せんでええ的な)、男子校が進学実績トップにずらっと並び「制度」すら保証できない関東に比べればはるかにマシだろう。特殊な一中学生の例をあげて、九州の男尊女卑的な偏見を用いて煽るのは地域への差別以外の何物でもないろう。
昔、はてなで許される唯一の差別は地域差別です、というブコメを見て本当にその通りだなぁ、となったのだが、地域への差別や格差にも少しは目を向けてもらえませんかね。
題名に書いてある映画を見に行ったんだよ。昼前にちょっと時間が空いてさ、そういや公開だったなって。
で、上映後ボロ泣きしてる奴は俺しかいなかった。
後ろの席の男性はなんかわけわかんなかったな~と苦笑し、最前列にいた子供とその母親はスルっと出口に吸われていった。
俺もその時この映画の何が刺さったのか分かんないまま席を立てなかった。
米津玄師の名前はカラオケボックスでホモがフ●ラしてる動画見てレモンって曲だけ知ってる
俺は「妹が生まれた日のことを思い出した」。そして、「やっぱ家なんて継ぎたくねえよな~」と独り言ちて泣きじゃくった。
この映画は第一子とそれ以外、男と女で味が全然違うよね。俺も妹や女性に生まれ変わって見直してみたいな。
しかも年取ったら違う味がすると思うんだよね。これを見てる小学生もおっさんになったら見直すといいよ。親が死んだときとか自分が離婚した後とか。きっと甘えぞ〜
10年後webに残ったこの文章を見て、もし生きてたらどんな味がするのか知りたいから感じたことをそのまま排泄しておく。
書き込む前に読み返したら支離滅裂。俺の味しかしない。すまんな。俺はおっぱいが好き。
まず眞人は男なんだよ。男にはママがいないとだめなの。でも、ママの愛情が一番味のする自我が生えてきた5-6歳頃からママは入院してんの。
しかも別れの挨拶もなく死んじゃってママのおっぱい吸いきらないまま死んじゃうの。
お父さんは男の本能をよくわかってる。眞人が火に向かって走っていくのを止めない。お前は家にいろって言いはするけど母のもとに行くなと言わない。
だから眞人は父の好きな人も追いかける。行かせてくれた借りがあるから今度も行っていいんだよ。
眞人とお父さんの間には信頼がある。あの時も止められなかったんだから追いかけてもいいんだよ。
俺もママのおっぱい吸いたかったわー。俺母乳で育ってないんだよね。なんでか知らないけど。おっぱいって画面の中でしか見たことないや。
子供が父に認められるのって母を通してなんだよ。さすがパパとママの子供だなって言われたいわけ。
でも眞人にはもうママがいないから認められないんじゃないかって不安。
しかも継母はママと血を分けてて、不気味の谷の底を超えてきた顔してるし、出会ったときには既に妊娠しています宣言してきやがる。
あなたのママじゃないですよって。すでに子宮が陥落済みなんだってよ。
しかも、初対面で俺の顔見ず、まず夫の顔見ただろ。俺のママに立候補するならまず俺を見ろ。
その上、いきなり見ず知らずの他人のお腹の体温と心臓の鼓動を聞かされて俺は吐きそうだったよ。
しかし、夏子は気丈な女よな。さすが武家の女って感じ。人力車のおっさんが片手で持ちきれないトランクを、身重のくせしてしかと受け取るんだぜ。
こんな強い女に甘える余地なんてねえよ。さぞかし嫁の貰い手もいなくて行き遅れたろう。
でも継母は初対面で感じたほど嫌な人じゃないよな。いなくなったら探しに来てくれるし。鏑矢撃って助けてくれるし。
なんで鏑矢なんて持ってるんだよ。それ魔除けじゃん。知ってたんだろ?俺が魔に魅入られてるの。でも止めてはくれないんだな。
いなくなってしまえばいいって思ってたんだろ?お腹の子供と本当の家族三人で暮らせるじゃんか。
でもママに似てるんだよな~あ^~脳が壊れる~おっぱいチュパりたいよ~
で、俺は結局学校になじめなくて初日から同級生と殴り合いしちゃうの。負けるわけねーだろ。最低でも互角だろ。
頭悪い奴はフィジカルも弱いんだよ。タイマンなら上級国民の俺が負けるわけねーだろ。でも全員倒すのは無理だろ。
もう学校行きたくねーけどいかない理由が無いんだわ。行けない理由話せねーんだわ。服もボロボロだし話したら大事になるんだわ。
継母は俺になんて言うだろうか。ママとはこんなことなかったから想像つかねー。想像できないことが一番怖い。
父は学校に怒鳴り込むだろうな。パパ代わりにあいつらやっつけてよ~。
頭いてーけどもう引っ込みつかねえ~。ママ~俺の話聞いて~学校で何があったか聞いて~二人きりで聞いて~
傷を洗ってお医者さんも理にかなってるけどさ~。コレ俺の求めてるおっぱいじゃないんだよね~それパパの役やから~これだから武家の女はさ~
ママはちょっと病弱な故にバブ味あったのになあ・・・・。きっと俺が熱出した時夜通し看病してくれたと思うんだよね~
あの日俺はママの寝室に行きたかったんだよね。変な鳥きて怖いしさ。でもパパといちゃついてるからさ、食い下がったよ。
パパはママとあんなことしてたのか?あれはママじゃねえメスだな。俺はメスを知らないけど。
で、俺のせいで体調崩しちゃってちょっと罪悪感。そういや子供(他人)おったな。無理させて誠にごめんなさい。
お見舞いに行ったけど婆やが邪魔で素直になれないよ~ごめんねママ~
でも俺には俺の都合あるからさ。どうせ血はつながってねえし他人だよ他人。臥せってるようじゃもう俺のこと止められねえなあ!?
え?でも俺より先に消えるなんて聞いてないんだけど!?ちょっとやりすぎたのか心配になってきたじゃん。
探しに行くよ。だって半分ママだし。ママは死んでるって知ってんだよ。新しい母が来ることも兄になることも分かってんだよ。
でもその前に生まれなおしてぇ~
最初に産道を潜り抜けて塔にいこうとした時さ、この産道埋まってて子宮に帰れなかったんだよね。
でも子宮そのものが子宮に帰ったんだからさ、そりゃそいつの通った道を通れば俺も帰れるにきまってるじゃん。だって血を分けてるんだもん。
え?なに?俺が元ママに未練たらたらなのバレバレなわけ?だからやり直しのチャンスをくれるって?神じゃん。もっかい生まれなおすわ。
次は新しいママの子供且つ対等な他人になるよ。今の俺のまま転生して兄貴として無双するわ。
最初は建前で父のため、父の好きな人だからっていうけどね。新しいお母さんです。ちょっと未練あります。なんて他人に言えねえんだわ。
あの墓はやばいね。あいつももうすぐそこに入るって思ってんだろ?傲慢な話さ。
学我者生 象我者死ってあるけどさ~これ前半端折ってるの悪意だろ~
お前自分を超えるやつ出てきてほしくないから死ぬぞとしか書かずに死ぬつもりだろ~
振り返るなだって?振り返ってほしいんだろ~でも振り返ったら引きずり込まれるからな~
そもそもこんな修羅の門くぐらねーわ。俺たちペリカンは門をくぐる資格もねーよ。
いい先輩見つかったし別の道さがそ。やっぱ人間誰でも右側頭部に傷くらいあるよね。俺だけじゃないんだよかった。
え・・何これ船漕いでるのは死人だけじゃん。あっ俺は生きてるから漕がなくてもいいのね。
この先輩はGrumpy...まあいい。でも一番理性的なおっさんだな。上司にしたいランキング7人中1位の小さいおっさん。
仕事が下手でも助けてくれるし。ブスッグサッ俺は初めて生き物を殺した。社会的童卒だな。マサイなら半分大人といってもよい。
あのかわいい奴カワイイからころしちゃだめ~全部助けてあげて~なんで殺すの~嫌なの~こんな社会おかしいよ~
あークソみたいなペリカンも必死で命を食べないとと生きていけないのかー大変だなー。頑張っても結果出なかっけど死んだら平等か。
俺に向けられる鳥人間に純粋な悪意!でもそれは鳥人間にとって純粋な慶事!俺にとって都合の悪いことは誰かにとって喜ばしいことなんだ!
あーこれ助けてくれた人ママじゃん。でももう死んでるしなあ。ママの顔広末じゃん。え?今は燃えてるから言っちゃダメ?てか燃えてるんですけど?
帰れるけど帰らないよ?まだ生まれなおしてないし。ママがまだ生まれなくていいっていうんだもん。子宮に滞在許可証出てます。
胎盤からドアノブから生えたへその緒ガッツリ掴んでるからね?じゃあねパパ。探しに来てくれるのは知ってたから安心したぜ。
世の中って理不尽だよ!あーでも友達いてよかった~。この友達貸し借りはきっちりしてるんだよな。
あの月夜の鳥類憐みの礼を見て俺のこと認めてくれたし。
俺は家業を継ぐ資格を得たらしい。でも知っている。家業を継がせたいのはお前の都合だ。言いなりにはならねーぞ。
だよな~俺を試したんだよな~。だってあんたの庭に行くときって門を通らないと本音で話してくれないじゃん。
俺はついに新しいお母さんに対面した。新しいお母さんは俺のことが大嫌いだってよ。知ってるよ俺も大嫌いだ。
悪いおっぱいだよこの人は。でも俺は俺の中のママを殺して、産屋の外で勝手に仮死ってたけど、新しいお母さんを受け入れるよ。
だから俺のことを赦してお願い赦して。ここまできた俺の覚悟を心に刻んで。
私も母になりたくなかった。こんなの順番おかしいやろ。でも私の子宮まで謝りに来たからその覚悟に免じて産みなおすの。私があなたのお母さん。
俺は真に家業を継ぐ資格を得た。でも俺は継がない。てかさ、女しか生まれてねーのかよこの家系
でも継がなくても赦してくれるなんて最高かよ~逃げ道まで教えてくれてさあ
王様は人間の王様よりよっぽどしっかりしてるよな。「責任を取ればよいものではない」とか言ってる総理大臣とはえらい違いだぜ。
神なき人の世は必ず崩れる。ってか離婚調停の時に慌てて中身すり合わせてオラァ!ってハンコついたらあんな感じになるよな。
石が崩れるシーンはよかった。陣痛が来て破水して生まれなおし産みなおし。作品の外に出てみれば鳥人間もペリカンも同じ陳腐な鳥よ。
起こったことは忘れるけど思い出せなくなるだけなんだよなあ。思い出せるうちは起こったことは終わっていない。
よし父も探しに来てたしな。これで俺たち家族だな第三部完。
俺が消えても父が探しに来るのはわかっていた。
冬の日、幼稚園児の俺は夕食を食べる順番が違うという理由で食事を取り上げられ、家の外に放り出された。
ふと、自分がいなくなるとどうなるのだろうかと思った俺はアパートのドアから離れ、エレベーターに行く途中、マンションの階段の踊り場にあった隙間に身を隠し横たわった。
ここにいればエレベーターに乗る途中で必ず通るから誰かが見つけに来るだろうと思っていた。
どのくらい経ったか知らないが、大股で歩く足音がした。父がエレベーターに向かって歩いて行くのが見え、そして引き返していった。
終にあの女は俺を探しに来なかった。それを確認した俺は家に戻った。玄関の戸は少し空いていた。俺がどこに行っていたのか誰も聞かなかった。
最後に映画を見たのは千と千尋だったか?父と見に行った気がする。あの時はどうだったかな。
帰り道、もう随分長いこと母にお母さんと言ってないことを思い出した。
妹が生まれた日、俺は兄にならざるを得なかった。家に突然来た異物は俺から子供の皮を剥いだ。
父は父でしかなかったが、母は母ではなかった。
妹は蝶よ花よと育てられた。
一方、士業を継げるのは男だけだ。
継ぐことを生まれた時から呪われていた俺は、母ではない女に鞭打たれ育った。
継げるようになったが、継ぐ気はないのが気に食わないらしい。当然だろ。
そもそも家業を継ぐのは親の都合で悪意だ。墓の面倒まで見ろってことだろ。
そういうわけで、今も俺は母に認められていない。俺は母から何も学ばなかった。だから生きている。
あんたなんて嫌いって俺も言われてみたかった。そこまではっきり言われたら、俺もあんたを嫌でも母さんだと認めたよ。
そしたら許してくれたのだろうか。それとも俺は赦したのか。
そんな自分の矮小な人生がスクリーンで再現されているようで、且つ最後に自分の生まれなおしが成功し昇華したんだと思う。
書くことでずいぶん整理できたな。
俺やこれを読んでる奴はペリカンだよ。かってに入って荒らしまくってさ。ホント作者に対する敬意ってものがないわけ?
でもそんなペリカンも死に際に本音を話せば拝んでもらえるし弔ってもらえるの。赦しだよね~
赦して~
松尾は批評家として喰っていく都合上、彼が裏で手を回したとしか考えられないジャニーズ関連の言論弾圧は受け入れられない。かといって松尾にとっても正面を切って彼を敵に回すのは部が悪いんだろう。
松尾はこれを理解していて彼と最も近い存在である達郎をリングに引きずり出した。いや、ひょっとすると達郎が加勢して共に小杉理宇造を打倒してくれるかもしれないと期待したんだろう。蓋を開けたらあの通り。彼は小杉理宇造を「ビジネスパートナー」と呼んで庇ってしまった。
ジャニー喜多川への達郎の評価は、それこそティーンの頃から堂本剛のような存在の成長を近くでみていたら掌を返して否定するようなことはできないだろう。自己保身もあるだろうが、達郎が迂闊なメッセージを発すれば彼の存在や人生を否定することに繋がりかねない。これに関しては同情の余地があると思う。
問題は、いくら恩義があるとはいえ、小杉理宇造について無批判でいられるとする態度だ。彼から性加害の事実を知らされなかったからと言い訳するなら、なぜ今それを責めようとしないのか? 旧ジャニーズエンタテインメントの社長をビジネスパートナーとまで呼ぶなら、そのパートナーである達郎はこの言論弾圧にどうして無頓着でいられるのか? 知らぬ存ぜぬに終始することなく、正しい判断ができる立場にあると松尾が踏んだのが達郎だった。が、その願いは敢えなく裏切られてしまった。
この話で何がしんどいかというと、小杉理宇造の息子で現社長のSHUSUIだ。スウェーデン人脈を生かして現地の作家陣とコライトした楽曲をJに提供し成功させることで、それまでの歌謡曲にはなかった制作方法を本格的に導入した実績があり、家柄とは独立に評価されるべき業績と言える。この一連の展開によって、それも単なる親父のコネで仕事が貰えてただけだろうとなりかねない。家業を継がされてしまったばかりに、親父の意見に造反も出来ず、業界の先輩にも頭が上がらない状態でたいへんな板挟みにあっている。社長としての権限があるはずの彼だが、Jと心中する地獄の道の舗装を破壊するルートは、どうも初めから存在していなかったらしい。
あとはもう転がるところまで転がったらよいと思うが、問題にすべきはスマイルカンパニーの小杉理宇造とその院政体制である。
他の部分で盛り上がるのは不毛だと思うよ、という話。
近所の弁当屋が美味しいけどムカつく。
だけど、三世帯大家族で仲良く営業してるのを見るとモヤモヤするし腹が立つ。
私は地方で農業を営む三世帯家族で育った。兄弟も多く兄、姉、弟、妹と全てコンプリートしている。頑固でいつも不機嫌でクチャ食いの祖父、離乳食と粉ミルクを毒物のように扱い子供には意地でも咀嚼した煮物を食べさせようとする祖母(そのせいでピロリ菌もらった)、いつも無口で赤ら顔の父、隣の家に住む父の姉家族にいつも気を使うヒステリックな母、野球をやってる(即ちうるさくてうざくて汚い)兄弟と従兄弟、意地悪な姉妹、わがままな従姉妹。家族が全員大嫌いだった。
地元の高校を卒業した後、首都圏近郊の国立大学に進み家出同然で上京。その後都内で就職。地方出身で実家の兄弟は健在で都内に就職した夫と結婚した。
夫と子供と、お互いの実家に全く干渉されることのない幸せな東京核家族ライフを送っていた。
だから大家族でいつも仲良さそうに楽しそうに営む惣菜屋がムカつく。商品は好きだから買う。だけど見ていて腹が立つ。
高校生の男の子が店主らしきおじいさんと一緒に料理を作り、小中学生にしか見えない子供達がおばあちゃんと一緒に呼び込みしたり袋詰めしてるのを見ると反射的に嫌悪感が湧く。
「こいつらは柔和な笑顔を浮かべて児童労働をさせる極悪人だ。子供たちを自分たちの家業の要員にしか見ていない封建社会の遺物だ。」
そう心の中で思ってしまう。
閉店間際に女の子がおじいちゃんにおんぶを迫り、家族みんなでキャッキャしてる様子を見ると仄かな羨ましさと同時にそれを掻き消す嫌悪感が湧く。
子供は祖父母や親戚ではなく両親の愛だけを貰って過ごすべき。両親以外の家族の影響は子供を不幸にする。親戚や祖父母の影響が排除された都内の核家族こそ幸せのモデルケースなんだ。
何言いたいのかわかんなくなっちゃった。
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「お前が呑気に実家暮らしの女学生の身分で音楽などやっていられるのは誰のお陰だ」
という言葉は、学費と生活費を人質にとった恫喝だとも思った。口喧嘩なんかしたくもないから細心の注意をはらって生きてたのに。
大学を休学し、女子大生というアドバンテージを使って水商売で働けば一人暮らしの生活費と、あと1年分の学費を貯めることなどチョロいだろう、そう思っていたが、その見通しは甘かった。
そもそもコロナ禍で飲食業は店を閉め、風俗業も同様で客足が途絶えていた。そして少ない客を奪い合っていたからか、働き始めたキャバクラでは現実の厳しさを味わっていた。
売上No.1の嬢は女王様として君臨し、それに付き従う子分の女がいて、悪口、陰口、ちょっとした意地悪、接客の妨害といった小さな棘のような攻撃を女王様と子分からチマチマと食らうのに辟易していて、周りの女たちも庇ってくれることはなかった。
常連客の威張り散らして自慢話ばかりの禿げた社長に「寂しいから会いに来て」とLINEするのもアホらしくてやってられず、旅館の娘なのにサービス業がまったく向いていなかった。そもそもそれほど器量が良い方ではないということも改めて思い知らされた。
結局、職場と住処を幾つか変わり、大阪、東大阪のスナックでカウンターレディとして働いていた頃には大学を休学し実家を飛び出してからニ年ほどが過ぎていた。それでも大学に戻るつもりではいたから、何度失ったって取り返してみせるよ、と思っていたし、偉そうな社長が高級腕時計を見せびらかしながら話すねちっこいエロ話より工場労働者の陽気なシモネタの方が笑えて楽しかった。アパートから近鉄電車で二つ向こうの駅には司馬遼太郎記念館もあった。
京都時代は実名で活動していて、雑にピックアップを埋め込んだアコギを掻き鳴らして電子的に変調した爆音ギターにのせてフォークを歌うというスタイルだったが、休学して一人暮らしを始めてからは音楽どころではなかった。
一度、東京のハードコアバンドにVoで誘われたこともあったが、パンクというものは中央にいてはならぬ、周縁にいて少数派として生きねばならぬ、と頑なに思っていたのでそれも断ったのだ。
だが、遂には名前を変え「東大阪半日夢想沿線」という名で電子楽器によって幻想的で悪意のこもった電子雑音を奏でるスタイルで活動を再開した。激しいライブアクションのせいで機材はすぐに壊れてしまうから楽器は日本橋の中古屋で安物ばかりを揃えた。
再開した音楽活動は客こそ少なかったが手応えはあった。しかし名前を名乗るとギョッとする者もおり、また年配の人物に「極左テロリストの名前などを元ネタにして、被害を受けた人や家族が知ったらどう思うのか」と指摘され、己の軽率さを悔い、この名前を名乗ることも音楽活動も中断してしまったのだった。
そんな折に近鉄布施駅の近くで垢じみてうずくまっている女がいるのを見掛け、若いのにホームレスだろうかと目が釘付けになっていると、その女がこちらを見つけて「金を貸して欲しい」と近付いてきた。よく見ると女は女王様に金魚のフンのようにくっついていた子分の女、ジュリだった。
話を聞くと、女王様は客だった起業家と名乗る男に入れあげてしまって、男が何をしでかしたのかフィリピンに逃亡すると女王様も後を追って行ってしまったのだという。女王様がいなくなるとジュリはたちまち他の嬢からいじめられるようになり、店を辞め、あれやこれやがあって住む家もなくなってしまったのだった。
散々意地悪された女だったが、彼女が弱さゆえに強い者に媚び付き従っていたことや、色んなことを我慢している女は強くて奔放な女に憧れてしまうことをアキコは薄々知っていたから哀れに思い、数日なら部屋に居てもよいと伝えた。そういう女は痛みにとっても弱いから。ジュリは泣きながら今まで自分がしてきたことを侘びた。
ジュリは意外と生真面目で、アキコが仕事から帰るときちんと部屋を掃除してくれていて、冷蔵庫にあるもので食事なども用意してくれた。そしてある日、部屋に帰るとジュリは開け放った窓に向かってアキコのギターを爪弾いていて、それはラジオからよく流れてくるOfficail髭男dismの曲だった。
アキコは脳内で火花が散って、ジュリにバンド結成を持ちかけた。バンドをやるならまだ部屋にいてもいいと交換条件もつけた。ジュリは喜んで同意し、よくよく話を聞くと中学時代は軽音楽部であったらしい。そして中学を卒業してから家を出て働き始め、ひょんなことから女王様と知り合い水商売で働くようになったのだという。隠し事だらけ継ぎ接ぎだらけの一人で心細く生きていた女が筋の悪い人物をメンターだと思い込むことはよくあることだ。そして年上だとばかり思っていたが、ひとつ年下だということもようやく知ったのだった。
早速近所のハードオフに行ってエレキギターとベースを見繕って一番安い激安の物を購入した。ジュリがヒゲダンを爪弾いていたことから、今度はポップなものをやってやろうと思い、それらしい曲を捻り出したが、アキコはベース初心者でジュリもギターはブランクがあり、リズムは安物の電子楽器だったので、劣化したビッグ・ブラック、初期の少年ナイフからも百万光年離れているような、やさぐれパンク以下の酷い感じにしかならなかったが、それは初期衝動ゆえであると宣言することで自分たちを納得させた。バンド名もOfficial髭男dismの名前を反転したような、公式に対して無法、髭に対して女の装飾の象徴である爪、そしてダンディズムという一流の男に対して二流や二等、二級品という意味を冠して、Lawless爪Second-Classと名付けた。何事もうまくいっていない自分たちにはお似合いの名前だと二人で笑いあった。
数曲をでっちあげ、今度はPOPなロックをやるのだと意気込んで、アングラ凶悪バンドが演奏しないような阿倍野にあった小洒落たライブハウスのオーディションを受けた。
「まあええんちゃう?」という曖昧な判定だったが、出演はさせてもらえることになった。
阿倍野のライブハウスに出入りするようになると、女二人だと色んな男が声をかけてくる。なぜならカワイイ系のアクションがジュリはとてつもなく上手かったから。でも音楽好きやバンド仲間だと思えば話も弾むが口説かれたりするのは面倒だった。しかしこっちはキャバで修行した身だ。うまくかわしていたし、ジュリはその辺りの身のこなしも上手かった。それでも面倒くさい人物もいた。
そのライブハウスに出入りするベテランのブルースマンで、最初は何かと世話を焼いてくれる風に近付いてきたが、だんだんと遠慮がなくなってきて、あれやこれやと説教をするようになっていった。相手をしているとイライラしてくる。なぜこうなのか。ワガママ放題大人たち。どうして若い女は何も知らないと思っているのか。
ある日、演奏を終えて楽屋に戻ると、当日は出演者でもないのに例のブルースマンが楽屋でくつろいでいて、アキコとジュリの楽器を値踏みし
「もっと良い楽器を使わないとだめだ」みたいなことを言い出す。そしてなぜか自分の黒いギターを持ってきていて、それを引っ張り出し
「50sのフェンダー・ストラトキャスター、クラプトンもこのモデルを使っている」などとウンチクをたれ始めた。
もう鬱陶しくて堪らなかった。怒りがふつふつと湧き起こってアキコはそれを抑えきれなくなり、そのストラトを奪い取るとネックを持って大きく振りかぶり思い切り壁に叩きつけてやった。その場にいた他の人間も唖然として誰も声を出せず、壁の石膏ボードには大きな穴があき、ストラトのネックは折れて弦だけがブラブラしている。アキコも放心状態で、これは殴られるなと覚悟した。
しかしジュリが咄嗟にアキコの腕を掴んで強引に引っ張りそのまま駆け出した。そしてそのまま店を出て走って、ずっとずっと走り続けて、ひた走る道路にはもう街灯さえないけれど、新今宮の駅の辺りまで走り続けて、やっともういいだろうと立ち止まって、息が切れて苦しかったけれど二人で顔を見合わせて死ぬほど笑った。嘘じゃない泥だらけの笑顔。ギターもベースも置きっぱなしだったけれど取りに行くつもりもなかったし、大して惜しくもなかった。
その後ブルースマンはアキコを訴えて、結局アキコは和解を受け入れた。調停の場でブルースマンの代理人弁護士に
「無法なんて名乗っているけれど法は法なので、賠償金の支払いはお願いしますよ」
と嫌味を言われたのが忘れられない。アキコは感情のないアイムソーリーだけを告げた。
もう大学に戻ることはないと薄っすら思っていたが、なんだか心の拠り所のようではあったので貯金はしていた。けれど、破壊したビンテージギターのせいで全てが消え失せてしまった。
しかし、やがてその話は噂になって、どうやら凶悪な女パンクのバンドがいるらしい、他人の高価なビンテージギターをぶち壊して平然としているような奴らしい、以前「東大阪半日夢想沿線」という不埒な名前でやっていた話の通じない女らしい、とその他あることないこと尾ひれ背びれもついて伝わっていった。まるで魔法のように簡単に広まってく噂話。お陰で奇特な人やバンドから少しばかり対バンの話も貰えるようになった。
アキコは今も近鉄電車の傍のアパートに住んでいて、ジュリも未だにアキコの部屋に居候している。貯金もなくなり、もう大学に戻ることはないだろうし、カウンターレデイの仕事は先の見通しもなく、何も状況は変わっていなかったが、それでも二級品なりになんとかやっていくしかないとアキコは思っていた。
よく氷河期世代の不遇が世間の話題に上がるので、生き残れた氷河期である俺と会社の同期について語る。
俺が今のポジションに納まったのは、まず運が良かった。人生は運で決まる。
あとは図太かった。どんなに優秀でも、最初の数年で労働量やパワハラに潰される。
子供が成人する頃はもう少しマシな世の中になってることを祈る。
別に家業継ぐとかではないけど俺は本当に商業科目が好きで入った
特にマーケティングが好きで今でもマーケターになりたいと思ってるぐらい
オープンキャンパスで「大学にいけます!」みたいなこと自信満々で言ってたけど実際偏差値47(自分の実力ではもっとあった)で推薦もいうほどよくないのによくそんな自信満々に言えたなと今思う
一応センター試験の科目で情報科目があってそれを数年後くらいにブランクある状態で解いたら初見で75点くらい取れた(数2Bの代わりとかに使える)
現役の時知らんかったけどふつうにすごいと思った
けど偏差値47だし商業科故に他の科目が割を食う形になってしまってた
両立できますよとかほざいてたのになんだこのザマはと
で調べたら商業科は田舎の方だと偏差値が高く都会になるほど偏差値が低いらしい
え、じゃあどうしようもないじゃん
塾いけばいいって話だけど片道40分自転車漕いで公立の商業科通ってたんだけど(私立はもっと頭悪いしもっと遠い)
大学まで待って普通科いけっていうのは分かるけどエキスパート目指すなら早いうちがいいじゃん
そういうシステムのために後手を踏まされるのってスゲェやるせねぇ
超ムカつくわ
家業や借金があるわけではない。家、預金、証券などはある。老後になくなるかもだけど。
子どもには十分な教育への投資をする。継がせる家業は無い。自由に生きてほしい。子どもを持とうが持たまいが幸せならそれで良い。
ここまでは妻と合意できてるんだけど、子どもが成人後(実際には就職後)に自分が死亡した時の遺産分割については意見が合わない。
妻は子ども達で平等に分けてもらう派、私は孫がいる子どもに多く渡したい派
そもそも借金は残さないけど1円も期待するなとは言ってて、可能ならば孫を養育しない子どもには1円も渡したく無いけど遺留分があるからそれはできない。
孫については養子でも良いので生殖能力が無くてもよし。もし同性婚が可能になって養子縁組も組めるなら同姓愛でもどうにかなるかな。
人間の生物的文化的再生産に対してインセンティブをつけたい。再生産しなくても愛してるけど、再生産しないなら遺産は要らんやろと言う気持ち。
自分の人生を豊かにするためのお金は自分で稼いでほしい。私は次世代に種を蒔くのを手伝いたい。私が稼いだお金なので、手伝う前に逝く時にはそれ前提に分割してほしい。
就職してもしばらくは子ども作らないだろうし、子ども達の年齢差を考えると「孫がいる」の判定タイミングはいつ来るんやって気もするけど。
決して貧しい家庭ではなかったと思うのだがそれでも親に気に入ってもらうためにあらゆる手を尽くした
家族との関わりの薄い父親がたまに本屋に行こうと兄弟を誘っても誰もついて行こうとせず寂しげにしているのが見ていられなくてついていき、行った先の本屋でも何も欲しいと言わず立ち読みだけして帰るようなことは何度あったかもうわからない
そのようなことを繰り返して高校生になると兄弟の中で俺だけ家業を継ぐように命じられた
扶養下にある身なので文句は言えないが俺にもやりたいことはあるので当然反抗し数ヶ月毎晩にわたり言い争っているがもう疲れた
塾の恩師にも相談し、こちらは親に電話までして説得しようとしてくれたらしいがこの話を聞いたのは恩師本人からで親からはその旨を一切聞いていない。なかったことにされたようだ
自分の人生の結果が見えてしまっているからなのかなんの気力も湧かない
したいことも食べたいものも思いつかない
もうどうしたらええねん