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はてなキーワード: 運動とは

2018-01-20

左派価値観

anond:20180120220712

左派(あるいは革新)って思想的使命として守旧政策思想を変更していくわけでしょ。そのとき変更する方向をさだめる価値観として「より公平に、より豊かに、より合理的に、より正しく」っていう羅針盤を持っているわけよ。これはどうしたって必要なんだ。じゃないと「なんで既存方針を変更しなきゃいけないの?」っていう問に答えられなくなっちゃう(=存在価値がなくなる)から。「より良くするために変更しなきゃならない、そのより良さとはこういう未来ですよ!」っていうのが価値提示なわけね。

左派はそういう運動をするわけなんだけど、その思想価値があるってことを証明するためには、その価値観を全方向に向けなければならない。例えば保守政策Aにたいして「それは差別的で公平ではない!」と批判を加えている左派が、自分たち政策Bの差別性とか不公平性にだんまりしてたらダブスタでしょ? そんなことしてたら、左派のいうことは利益誘導しかなくて、正義はないってことになってしまう。これはゆるされない(実際にはそういうことも割とよくあるんだが)。

左派思想的な優越性を喧伝するためには、その思想的な潔癖さを他者と同時に自分にも向けなきゃならないわけだ。

それはつまり彼らの思想には構造的に「自分自身も、あるいは自分自身こそ厳しい批判対象にする」って言う特徴があるってことなのね。左派批判する代表勢力は、左派なわけ。

多くの学生運動共産運動内ゲバ(内部に党派が出来て互いに批判を繰り返す状況)になっていったのは、ゆえないことじゃなくて、左派思想にそういう性質がすでにあるからなんだよ。

もちろんこれって別に悪いことじゃない。反省したり自己改革できるのは、そうでないよりよいことだ。自浄能力ってのはある方が絶対に良い。

ただ、左派思想は、あんまりにも原理主義と相性がいい。

そもそも政治運動価値は「今の社会をより良い方向に一歩でもすすめる」ことにあるわけなんだけど、左派の唱える「より公平に、より豊かに、より合理的に、より正しく」って言う価値観を闇雲に信じる(=原理主義)になると、「唱えた正義を守るあまり社会は窮屈で住みづらくなる」「絶対正義断罪し過ぎで参加者全員血まみれで倒れる」みたいな状況が発生する。山荘での凄惨殺人とか、紅衛兵による自己批判処刑とかもそうだし、言葉狩りとか、行き過ぎたPCなんかもそれで、つまりそれらは目的を見失った原理主義の起こした悲劇なわけだ。

一方これらの行き過ぎた(=原理主義の)左派にたいする批判ってのも当然にある。気の狂った左派批判するのもまた左派役割から。まあ要約すると「加減しろバカ」って話だよね。

てなわけで、左派批判されている現在ってのは、実は全然悪い状況じゃないんだよ。批判を受けない思想なんて生かしておくと害悪のものだ。そもそも批判自由にできる環境」そのもの左派の求める人権的な宝の一端なわけで。「批判をたくさん受けて精錬されていくこと」は左派の望みなんだよ。

もちろん「叩きと私怨炎上の血に酔ってる人」なんてのは左右にかかわらずWebにいるわけだけど、多分そういう人らはこの記事読まないと思うし届かんのであん関係ないよね。

から左派は叩かれすぎ」なんて心配はいらなくて、むしろ「ばっち俺を叩いてくれ! その焰の中からリベラルは復活するんだぜぇ!」くらい言っといたほうが健康的だと思うよ。

不倫報道私刑に対してのジレンマ

私刑他者攻撃を減らす効果的な方法が思いつかない。

もう文春砲とか言って持ち上げるのやめよう。不倫報道はなくなるべきだ。

と、こういう意見多数派になっていて少し安心する。

小室哲哉さんの騒動を見ていても、不倫報道辟易している人はますます増えている。

じゃあどうやって不倫報道をなくすのか。現状として、不倫報道は儲かるらしい。需要があって利益が出るからだ。

単純に考えれば、需要ゼロにすればいい。もしくは不倫を扱うことでマスコミマイナスな影響を受ければいい。

そのための戦い方はいくつかあると思う。単純だけど、スポンサーへの抗議とか、不視聴運動とか。

でも、本質はそこじゃないと思っている。不倫報道需要がある理由を考えると。

簡単に言うと、たとえ不倫報道がなくなっても、別の「悪いことをした人」を見つけて、また嬉々として叩き出すんじゃないか?という不安がある。

不倫は悪いことだ→悪いことをした人間には何を言ってもいい、社会的制裁を加えるべきだ という流れこそ、一連の不倫報道を見ていて特に嫌悪感を覚える部分。

この流れは、不倫報道とは別の場面でもよく遭遇する。

テレビ容疑者実名報道してコメンテーター人格否定ネットでは住所が晒され、勘違いにより無関係な人・会社にまで誹謗中傷の声が届く。

必要以上に他者攻撃し、社会的制裁を加えようとする現代に、そして自分もまたそうした世間の一人であることに、本当に嫌気が差す。

前置きが長くなったが、「悪いことをした人を叩く行為」をなくす効果的な方法が思いつかなくて悩んでいる。

ネット私刑はここ数年ずっと問題に挙げられているトピックだ。しかし、それを批判しようとすると、「悪いことをした人を叩く行為を叩く行為」になってしまう。

現状では、不倫報道を倒してもまた次の倒すべき相手が生まれるだけだ。そもそも、何かを倒したいわけじゃない。息苦しさや嫌悪感をなくしたいだけ。

諦めて無視するしかないのかな。とにかくずっと苦しい。何か解決策あったら教えてくださいませんか。

2018-01-19

anond:20180104190336

まさに、我が子。

母が言った。

「頭がいい親からは時々変なのが出てくるのよね」

勉強運動、平均よりできない。

やる気もない。

かに集中して取り組むこともない。

日々イライラするし、

父母から子へ無条件の愛なんてないなぁと思ったよ。

寝ている時、ごくたまに可愛いと思える。

離れている時なら、優しくしようと思える。

しかし、目を覚まし、動き出し、喋り出すともう嫌だ。

このネガティブ姿勢がきっと子にも伝わって、より悪化している自覚もある。

だが、子に対して、常に演技し続けるのもシンドイ。

もう一度人生をやり直すなら、子供は持たない。

自分が我が子をここまで愛せないとは思わなかった。

こんなに、自分が一番な人間だとは気づいていなかった。

anond:20180108075940

もう見てないかな…。コメントどうも有難う。そして、例の学歴自慢の男性と、会ってきた。

結論から言うと、仰る通りの凸凹の症状がみられる男性だった。と言っても、私は医師では無いので、診断はできないけれど、彼の話を聴く限り、所謂そういう方だった。よくよく話を聴くと、職場ではうまく行っていないらしく、上司からは嫌われていて、同僚・バックオフィス女性たちにも、あまり良い顔はされていないらしい。原因は自分自身では「空気を読めない発言」「行動がズレている」と判っているようだけれども、本人は「もう性格として仕方のないこと」と割り切っている様子。「そういう症状の恐れは無いか?」とは伝えることは(勿論)できなかったけれど…プライベートに関して、友人と呼べる人もおらず、友達関係を築くことも出来ない、それが自分が原因であることは、自覚していない様子で、見聴きしているこちらが切なくなってきた。

その後の彼の方向性を色々聴いたけれども…痛々しくて、ここで書き込んでも良いのか判らない程、彼の壮大なキャリアプランを聴いた。彼は、婚活の前にまず、(もし結婚をしたいのであれば)やるべきことがあるのではないのかなと、思う事ばかりだった。まずは友達を作ったり、心身を豊かにする生活を築ける事が出来たら…と切に願った。

因みに…。彼に会う前に他の男性2人ほど、昨年末に会った。

うち、一人は「釣った魚にはエサをやらない」を体現した人だった。メッセージは1週間で80通を超え、クリスマスイブの日に会う約束を受けた。恐らく、クリスマスを独りで過ごさなかった、という事実を作りたかったのだと思う。その後、ラインもしたけれど、「そのキャワワなクビレをいつか生で見れます様に」とか「貴女レオタード姿で運動している姿を動画で撮ってください」とか…因みにコンサル新卒(多留)の26歳だった。気持ちが悪かったけれど、ネット婚活という所があまり良く解らなかったし、下手に怒って仕返しも怖いので、何となく角が立たない返信をしていたら、向こうから返信をストップしだした。

もう一人は、やはり店を私に丸投げしつつ…といった人だったけれど、最終的にはエスコートしてくれた。けど、食後、人気(ひとけ)のない所になぜか散歩したり、少し怖かった。私は警戒心からか、ずっと手をポケットに入れて、腕も両脇を締め付けて、常に気を張っていた。疑似デートをして、「それじゃあ」と解れた時、「解放された…」と安堵でいっぱいだった。帰宅後、気が付いたら、めったに甘い物を食べない自分が、どら焼きを2個も食べていた。

ネット婚活について、前向きなコメントを頂く一方で、私には向いていないのか、それとも根性妥協が足りないのか…解らなくなってきた。

まだ2ヶ月もある…。続ける自信が無いけれど、とりあえず、安心して会える人と会ってみたいな、とは思う。レスが遅くなってごめんね。

2018-01-18

anond:20180118192845

運でしょ。

キレイにし過ぎて免疫が弱い、みたいなタイプのような気もするけど

ちなみに私は予防接種なし、食事キトー酒好き、運動まったくしない、手洗いうがいしない、部屋は寒い暖房ケチってる)し加湿器つけない、マスク全くしない(自分風邪ときはする)、睡眠だけは1日8時間くらいとってる。

15歳のときに1回しかインフルなったことない。風邪は毎年2回くらいひくから強いというわけでもない。体力ない。

15歳の時は実家暮らしでもう少しマシな生活してたな。

運だよ、運。

3年連続インフルエンザにかかったけど何が悪い

1月の同じような時期に3年連続インフルエンザにかかった。

予防接種、受けてる。

食事栄養バランス考えて自炊毎日3食食べてる。

睡眠、毎晩日付が変わる前に寝て最低6時間は寝ている。

適度な運動、している。嫌がる犬を連れ出して散歩している。

手洗いうがい、必ずしている。

部屋は暖かくして、加湿器はほぼ常時つけている。

でも外出時のマスクは徹底していない。付けたり、付けなかったり。付けないことの方が多い。これがいけないの?もうマスク常にするくらいしか取れる予防策ないよね。マスクきじゃないんだけど、そんなこと言ってるようじゃ甘いのだろうな。

それともあれか。運がものすごく悪いのか。

自分たちへの差別撤廃を訴え、撤廃運動積極的な参加をしない者も悪と看破する人たちが、かたや他の者達を差別してても何も問題はない。

引きこもりニートネトウヨにはわからないだろうけど。

やりたいことが飽和しまくってて焦る

テスト勉強第一優先なんだけど

公務員試験情報集め、キリスト教入門書探し、それ以外にも気になる作家さんの本読みたい、運動もしたいしあと春休みぶらり電車の旅したいからそれの情報集め(旅程組むための現地の情報収集、安宿探し)などなど

どっから手をつけよー!!!書き出したらきりがないや

はてなログインしていると画面上部に表示される自分アイコン

表示されて欲しくなくない?

何気なく人と会話していて、どこかのサイトを見ている時に、見られたくないじゃん。

例えば、もしXebraアイコンを見られたら、

自分承認欲求モンスターで、睡眠瞑想運動野菜実践しても、心の平穏を保てるとは限らないという実証を、

日々世間晒している迷惑者っていうことがバレちゃうわけじゃない?

anond:20180118090002

俺も男だからフラれた当初はむやみに筋トレしたり走ってみたりしたよ。でもなかなか発散されなかった。運動モヤモヤ昇華するなんて嘘かもしれん。

早くサークル引退して大学卒業して、一切の関わりを断って知人が誰もいないところで働きたいとも思うよ。

でも表向きは元カノとも爽やかに別れてて、就職サークルOBのツテで考えるような雑魚から、そこまでの勇気が出せないんだ。

元カノを殴りたい」って気持ち内面に抱えながら表面だけ取り繕うような、卑屈な生き方しかできないような気がしてる。

アドバイスありがとう。もうちょっとバイト増やしてうまいもん食ってみる。

2018-01-17

anond:20180117170952

どうでもいいが

運動できる子って、性欲強いイメージ

力でねじ伏せて、喰ってんじゃない?

2018-01-16

誰かのために脇役にされること

小学生の頃、私は信じられないほど足が遅かった。体はぽっちゃりぎみ、本を読むのが好きで運動からきしだった。鬼ごっこで逃げきれた試しなどない。中休みに外に出るのが辛くて仕方なかった。

私の通っていた小学校児童数が少なくて、一クラス20人ほど。体育の時間は一人一人が全員の前でやることが多く(実際にその時間をとることが容易だったから)、私には酷く苦痛時間だった。

小学校5年生の体育の授業で、リレー選手を選ぶために、80メートル走を二人組でやることになった。私と走ることになったのは少し知的障害ぎみで援護学級にも通っている体の大きな男の子だった。その子もあまり運動が得意ではなかったと思う。

先生の合図で走り始めて、みんなが私に注目する。それだけで嫌で嫌で仕方ないのに、隣の男の子とほぼ同列で走りながら私はびっくりした。

「〇〇(男の子名前)〜!!がんばれ〜!!」

「すごい〇〇!!勝てるかも!!」

クラスの子達が、目を輝かせて、大きな声で相手男の子応援していた。その中にはなんと、担任先生の姿もあった。ただでさえ動きにくい足が、ずんっと重くなったような気がした。

そのままずるずると遅れていって、結局リレーは負けた。クラスメイトその男の子の周りに集まって、「頑張ったね」「すごいね」と褒めている。担任先生も嬉しそうな顔でその輪の中にいた。

その日のヒーローその男の子だった。私はヒーローをつくるために脇役になった。脇役にさせられた。

家に帰ってから初めて涙が出た。正しく美談であるはずなのに、その輪の中に入れない自分が悲しくて仕方なかった。

先生はきっと、クラスの子達に「弱い子を理解し、応援する素晴らしさ」を教えたかったんだと思う。それでも、その犠牲なる子存在を、もっと意識して欲しかったと思う。

6時間仕事

7時過ぎだ!出発時刻

結局ここに着いたのが午後1時!!!!!

ぎゃわー 6時間仕事

東京仙台やったら往復して戻って来れるでぇ!!!!!

時給に換算したらいくらちゃんやろ????????

実働2時間 ∴約??万円でしょ

それを6で割るから、時給換算で ?千円といったところっしょか

バス運休が痛たたたたらがわ

まあ悪路を徒歩で相当運動になったでしょと拝察。

自分を鍛えることができたので よし!! としやう

新たな文章練習法について

 文章サボり過ぎている。頑張ろう。

 文章トレーニングのための新機軸練習方法を思いついた。まだ思いつきの域を出ていないとは思うが、それはどんなものかと言えば思いついた単語を片っ端から書くというものである。あるいは頭文字共通している単語を書きまくるというものである赤ちゃんあんこアンダンテアスキー、とかみたいにね。つまりそうやって適当単語を書きまくっている内に――つまり無秩序単語を書きまくっている内に――秩序のある文章を書きたいという純粋欲求が生まれてくることを狙った文章練習法なのである。訳分からんことを敢えて書きまくっていると勝手に訳の分かることを人間は書きたくなるのではないかと俺は思っているのである。どこかの作家が言っていたが「誰にでもできることから始めることで、より高度な行為可能になる」ということなのだ。思いついた単語を書き並べることは(殆ど)誰にだってできることである。だから、まずは誰にでもできることを行うのが肝要なのだ。俺はそう思う。


 例えば、今ここまで文章を書いたところで俺のモチベーションは随分と下がってきているのだけど、あんことかアンダンテとか有馬記念とかみたいな単語を並べることは当然できる。だからモチベーションアップを図ることができるのだ。多分。知らんけど。


 ここまで書いたところで更にモチベーションが低下してきた。それでもまだ例の文章練習法に頼る必要は無さそうである。このままとりあえず書き続けてみよう。それで、モチベーションが底をついたところで実際に例の文章練習法を試してみるのが良いかもしれない。とは言え一応文章を書き続けることが(今のところ)できているので、そう、今のところその文章練習法に頼る必要は無い。やったぜ。


 そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。独り言のように何とかなりそう何とかなりそうと呟ける内はまだ何とかなるのだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。「そろそろモチベーションが尽きかけてきた」→「何とかなる何とかなる」的な。しかし先程の論法に従って言い換えてみれば次のようになるのかもしれない。「同じことを繰り返し書くことは誰にでもできる。だから、そうやって誰にでもできることをやっている内に、再びモチベーションが生まれてくる」と。そういうことなのかもしれない。書くことに迷ったらあんことかアンダンテとかアルゼンチンとかそういうことを書かずに、今まで書いたことを書写していくのがいいのかもしれない。その方が文章推敲にも役立ちそうな気がする。今にして思えば。


 例えば、今からこの直前の段落を俺は複写しようと思う。「そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。」

 やはり同じことの繰り返しとは言え、何かを書いている分には脳の方でも「こいつ何か書いてんな」と反応している感がある。つまり、脳は割と鈍感なのかもしれない。同じことの繰り返しであれ複写であれ何であれ、ともかく何かを書いていれば「こいつ何か書いてんな」と脳は認識し、結果的に「何かを書く練習」になるのかもしれない。つまり文章技術一般を鍛えるための練習になるのかもしれない。人間の脳なんて基本的に騙し騙されなのだ適当文章を何度も何度も複写していれば、まるで新たな文章を五千文字書いているかのように脳は錯覚してくれるのだ。多分。知らんけど。実際知らんけど。そもそも練習になっとるのかどうか知らんけど。結局は脳の判断云々よりも人間が如何に新しいものを書こうとするかに文章価値根本存在しているのだとすれば、今俺が「脳は結構鈍感で勘違いする」とか言ってる傍からオリジナル文章を書きまくっているその意味もはっきりしてくるのかもしれない。しれない。よく分からないけど、多分そうなのかもしれない。

 というか今これだけ色々と文章を書けているのはひょっとしたら昼間に飲んだコーヒーに含まれカフェイン効能なのかもしれない。それだけのことなのかもしれない。しれない。よく分からない。でもそうかもしれない。何か結局同じことを繰り返し繰り返し書いてるだけにはなっていやしませんかね自分

 あいうえおあんこアンダンテ、秋、憧れ、有馬記念阿久津主税八段(将棋棋士)。


 以上の文章文字数は千八百文字程度である。こんなに書いたのに、普段目標としている千文字文章を二つ分弱書き終えた程度の文字数しか稼げていないことに愕然としている。やはり繰り返すしか無いのかもしれない。あるいはあ行の単語やか行の単語を並べていくしかないのかもしれない。


 ところで自分が何故このような文章練習法を思いついたかと言えば、それは安眠法の記事を読んだからなのだ。その安眠法は「連想式安眠法」と言って、先程述べていたような頭文字限定した単語を幾つも幾つも思い浮かぶ限りで頭の中で唱えていくという安眠法なのだが、これが中々人の脳の中にあるざわめきを抑える効果を持っているようで、つまりは実際安眠に役立つのである。で、俺もその安眠法のファンになってしまったのだが、しかし何度も何度も頭文字共通する単語を頭の中で唱え続けていると、今度は秩序だった文章を頭の中で唱えたい欲求が生まれてきたのである。この文章練習法は以上の体験を元に考案されている。どうだろう。結構この文章練習法良くないだろうか。実際相当文字数を稼げていると思うのだけど、でもやっぱりこれも昼間飲んだコーヒー純粋作用しているだけなのかもしれない。だってそんな簡単文章を大量に生産できるわけがないと思うのだ。今まで俺は文章をたくさん生み出すことが中々できないから焦ったり悩んだりしていたわけであって、それがこんな簡単方法によって改善するとしたらおかしいではないか、と心の一方では思っているのである。だから、どちらかと言えば自分自身の考案した練習法が功を奏したのではなく、昼間飲んだカフェイン所為と言ってしまう方が安心するのである。変な話だけど。

 基本的に俺という人間人生において空回りばかりをしており、自分の考案した方法が功を奏したことなど数える程も存在していないのだ。あるいは一つとして存在していないのだ、実数分からんけど俺本人の印象としては一つも存在していないと言いたいくらなのだ。だから、実際物事が功を奏したとはどうしても思いにくい、そう、「自分の手柄とは思いにくい症候群」が現れているのである。難儀なもんですね全く。ところでキーボードを叩き過ぎて段々指先が痛くなってきた。キーボードを叩くという実にヤワ運動が指先の神経を破壊したりするものなのかどうか俺には分からない。もしそんな事実存在するのであれば全国の小説家廃業しなければならなくなってしまう。だって彼らは日常的に三千文字とか四千文字文章を書きまくっているわけだから、つまりもしそんなペンだことかと同じキーボードだこ的な職業病存在するのだとすれば全国の作家及びキーボード日常的に使用する全ての職種の人々は皆等しく指先の神経破損症候群的な持病を抱えることになってしまうのであり、しかし世の中で生きていてもそんな持病の存在について耳にすることは殆ど無いことから、あるいはそんな持病は存在しないんじゃないかと思ったりもする。とは言え、俺のキーボードタイプする力は常人よりもやや強いのかもしれない。若干指先がひりひりし、指の第二関節が少しばかり痛む程度には俺のタイプチカラは強いのかもしれない。そもそも俺は小指を使わずタイピングを行う自己流の要矯正タイピング法に慣れ親しみすぎており、つまり他の人々よりも指の負担がやや多くなっている可能性があるのである。小指が本来受け取るはずであった負担を四本の指に分配してしまっている可能性があるのである。そう考えると俺だけがこの指先神経破損症候群的な症状に罹患してしまうとしても強ち想像力の枠外とは言いにくいのではなかろうか。


 こんなところでようやく文字数が三千文字を超えていった。とは言えまだ三千文字しか書いていないのかという感覚存在している。あるいは俺の考えた文章練習法のお陰ではなくカフェイン所為なのではないかという疑惑も依然として根強く存在し続けている。

 しかし今ふと思ったのだけれど、やはり効果的な練習法の条件の一つには、人間心理的ハードル技術的なハードルを落とすことが含まれるのかもしれない。あるいは技術的なハードル心理的ハードルを下げることを含む必要があるのかもしれない。だって幾ら効果的な練習法が存在したところで、それが技術ハードルおよび心理的ハードルをゴインゴインと引き上げてしまったら元の木阿弥で誰も挑戦しなくなってしまうことになるではないか。俺今正しいことを言ってる感覚がある。そう、「誰にでもできることから始めよう」作戦は実に正しいのである。例えば、カメラに習熟したいならシャッターを押しまくれば良い。シャッターを押すだけなら大概の人間にはできるからだ。バカチョンカメラとも言うではないか。誰でもちょんと押しさえすればカメラは大抵風景を切り取ってくれるものである。多分。もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれないけれど。

 ホラ見ろそんな注釈自分で付け始めることないのに自分からハードル高くしにいってんじゃねーかと思う。「もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれない」とか言い出しちゃうタイプ人間なのだ俺は。つまり自分心理的技術的なハードルをゴインゴインと上げてしまタイプ人間なのだ。俺は。そう考えるとやはり誰にでもできることをやることは、全くもって善なる練習法なのではないだろうか。だって俺がこういう性格しちゃってるもんだから、尚更その「バカチョンカメラ」式練習法が輝かしいものに感じられるのだ。つまり自分が書いた文章最初から書写したりとか、あるいは頭文字が「あ」で始まる単語を書きまくるとか、そういう「誰でもできること」がやっぱり大切なんではなかろうか。そんな気がどんどんとしてきた。ホラ、だって文章が目茶苦茶量産体制に入ってるのは、さっき自分心理的技術ハードルを落としたからではなかろうか? そう考える傍から「いやいやカフェイン所為でしょそれ」的な思念が浮かんできてしまうのだが、これは良くないことなのかもしれない。しれない。分からない。小麦粉か何かだ。古いねこのネタ。正直昔このネタ聞いてもあんまり面白いとは思わなかった。恐らくこのネタ楽しいと思うにはそれまでラーメンズが演じてきた演目に対する知識必要になるのではなかろうか。なかろうか。俺、さっきから「なかろうか」とか「かもしれない」的なことを書きまくってるけど、それは俺の中にある自分が書くものに対する不安の念の現れなのかもしれない。現れなのではなかろうか。しれない。かもしれない。分からない。小麦粉か何かだ。


 ようやく四千五百文字を超えた。というか文章を書き始めてからこの辺りで既に四十分近くの時間が経過している。あっという間だ。今俺はライティングハイ的な状態になっているのだ。それがカフェイン所為なのか、あるいは俺の編み出した練習法により心理的技術的なハードルが下がった所為なのかは分からないが(その真偽は恐らく明日以降カフェイン摂取しない自分が自ずから証明してくれるであろう)、いや分からんね。そもそも自分が何を書こうとしてるのか分からんから必然的に「分からん」とか「知らない」とか「小麦粉か何かだ」的な記述が増えてきてしまうのです。


 ところでアレですよ、最近「なろう小説」というもの流行ってますよね。流行ってるんです。ええ。流行ってますとも。多分。知らんけど。

 この「なろう小説」の特徴としては、大体物語の冒頭で主人公が死んで転生するところから始まる。そして転生後の世界主人公稀有な才能を持った偉人として君臨することになる。そういう筋書きが殆どなのだ。この呼称はどのように生まれたかと言えば(アノニマスダイアリーに生息する御仁達には説明不要かもしれないが)この小説ジャンルは「小説家になろう」という小説系の投稿サイトで幅を利かせたジャンルなので、「なろう系小説」とか「なろう小説」といった呼称をされているのだ。説明すればするほど醜悪まりない作法によって書かれた小説ジャンルだと思うが、中には面白い作品もあって、個人的には「異世界料理道」なるタイトル作品推しておきたい。これはもう既に商業デビューを果たした作品であり、商業デビューするだけのことはあって世界観の組み立てやストーリーテリングが非常に上手い小説なのだ。二百話近くあるエピソードの半分以上を読んでしまったくらいだ。

 で、俺が言いたいのはそういう稀有面白さを持った小説に対する賛辞ではなくて、その「なろう系小説」を書いている人間文章生産能力に対する賛辞なのだ。俺はプロになる為には一日最低三千文字から四千文字文章生産する能力を持たなければならないと思っているが、いわゆる「なろう系」の小説を書く人間の中には一日に一万文字とか二万文字を平気で書き上げる人間ゴロゴロしていると言うのだから驚きである。一日二万文字と言えば、速筆で知られたか西尾維新氏が、それくらいの文章生産能力の持ち主だったかもしれない。しかし俺だってカフェインブースト心理的技術ハードルを下げる効果的な練習法さえあればそれぐらいの量の文章を書くことなんてお茶の子さいさいだぜと言いたくなってくる。実際そろそろ五千文字突破して六千文字に迫るか追い抜くかをしているところだと思うが、あ、そろそろキツくなってきたかもしれない。いやしかし「キツい」キツいと繰り返している内はまだ大丈夫だと先程言ったばかりである。これもまた繰り返している。繰り返し。繰り返し、リピートリピート。繰り返すことが人間心理的ハードル技術的なハードルを下げ、人間効果的な文章トレーニング提供することになるのだ。多分。でも一応今日はこの辺にしておこう。

2018-01-15

#metoo運動警鐘を鳴らしたドヌーブ氏が謝罪したらしい

彼女最初に出した宣言の訳文を読んでみても、性犯罪や意に沿わぬ誘いは否定されるべきである、という前提の上で、男は女に言い寄る権利があると書いてあった。

それがどういう経緯があってか、欧米では性犯罪者擁護している」という論調批判されたらしい。

この時点で、ドヌーブ氏が批判される合理性は無いし、氏を批判している側の方がおかしいことは明らかだ。

ここからは私の持論になるのだが、ドヌーブ氏が今回理不尽批判されたのは、それ以外の理由があるのではないかと思っている。

私はドヌーブ氏の経歴を調べてみたが、17歳で女優デビューし、フランス芸能界における大女優として大成した、まさにフランス代表する美人とも言える。

ヌーブ氏の経歴については、検索するといくらでも調べることができるので、皆さんでも各自で知ってみてほしい。

御歳74になる大女優であり、男女関係に関する様々な経験や目撃を体験されているのだろうし、その人物言葉から非常に重みもある。

しかし、フランス代表する国民的な美人であり大女優であるヌーブ氏が「男性嫌悪をあおる女権運動は認めない」と発言たことについて、琴線に触れた人も多かったのではないか

「それはフランス一の美人であるあなたから言えることなんだ」

美人あなたがそのことを言ったとしても、多くの国民は嫌みだと受け取るだけではないか

「大女優シンデレラストーリーを上ってきたあなたには、怖いものが何もないからそう言えるのだ」

正直言って、私自身もこれを感じた。成功者であるヌーブ氏がそれを言ったとしても、あまり説得力がないなと。

知的障害者演劇出版関係者に次々脅迫をおこない逮捕された話

http://tablo.jp/serialization/hisada/news002719.html

Kの名前検索ネットを見たら「Kから受けた被害者掲示板」というような類のものがあり、Kはしつこく劇団関係者電話し、相手が断ったりすると「暴走族呼ぶぞ」とか「今からヤクザを行かせるぞ」という脅し方をすると書いてありました。

しばらく月日が経ちました。すると、新聞作家荻野アンナ氏のご母堂に脅迫電話をかけた容疑でKが逮捕報道されていました。やっぱりそういう事をする人間だった訳です。僕だけではなく。

http://www.playnote.net/archives/000469.html

演劇ストーカー」と呼ばれ、多くの小劇場関係者の怒りを買っている "K" という人物がいる。深夜だろうがお構いなしに電話をかけまくり、「自分を出演させろ」とか「オーディションを受けてやるからギャラをよこせ」などを強気要求し続け、断られると「お前を業界から追放してやる」と脅迫いたことを言い出す。あちこち劇団がこの被害にあっており、ひっきりなしにかかってくる着信におびえて精神的に追い詰められてしまった制作者もいたという。

この記事目的は、制作者および演劇関係者が同じトラブルに巻き込まれときの参考材料として役に立てばという一心でした。K氏が亡くなった以上、彼が同様のトラブルを引き起こすことはもうありません。また、彼自身難病であるプラダー・ウィリー症候群に幼少期から苦しめられており、同情の念を禁じ得ません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4

・筋緊張低下のための運動発達遅滞、性器の成長不全(特に男児)、知的障害、対人関係面の問題、満腹感を得にくいことによる肥満

意志が弱くて怠惰で頑固な性格になったり、割合すぐ感情的になりパニックや癇癪を起こしながら声を荒らげたりする

一般人に比べてジグソーパズルを組むのが上手い(およそ平均3倍の速さ)という研究報告がある

先天性の障害者でも有害な行動してると普通に逮捕されてるね。

有害さが脅迫のようにはっきりあらわれると逮捕できるけど、曖昧有害さだと本当に対処に困るよね。

anond:20180114104825

anond:20171119124811

睡眠野菜350gを取る。運動瞑想をしない者の末路はいつも悲惨だ、ね。」

朝が寒すぎる

この季節だとまだ日が昇ってないうちに家を出なきゃいけなくて寒い。寒さによるダメージが大きすぎる。今は

1. 着る毛布を着たまま寝て、そのまま寝床を出る

2. ヒーターをつける

3. 服をヒーターの前に持ってきて、温める

4. 湯を沸かす

5. 軽い運動(壁腕立てとか)をする

6. インスタントコーンスープを入れて飲む

7. 服を着替える

8. 貼るカイロを貼る

9. 水筒に茶を入れる

10. 炊飯器のご飯を食べる。時間がなかったらおにぎりにして電車で食べる

11. 自転車で駅まで行く

という手順だが寒い。とにかく寒い。なんか暖まる方法あったら助けてくれ

スノボしたいしたいしたい

全身運動がしたい

筋肉痛になるまでやりまくりたい

10時くらいかナイターまで滑ったのに全然筋肉痛ならなかった

首はちょっと痛くなったけど

とーにかく体を動かしたい!!!

2018-01-14

童貞つらい男やめたい

性的な強さというものがある場合童貞というのは弱い存在だと思う。

はじめての彼女ができてしばらく経った。

彼女のことはほんとに大好きだし、お互いにやや依存傾向がある程度には想い合っている。

しかし、彼女と過ごした半年ちょっとの中で、ぼくには少しばかりトラウマになったことがある。

からすればほんとに些細なことだろうと思うのだが、「〜くんってたまに童貞っぽいこというよね」といわれたこである

このときぼくらは、ちょっとしたエロ話のような雑談をしていたのだ。

そして笑いながらこう言われ、ぼくは突然のことに面食らい、あからさまに落ち込んだ。

男にとって、童貞をいじられることほどみじめなものは無いと思う。

なぜなら童貞は誰に言われるまでもなく恥ずかしいものだと思ってるし、男として性的にみじめな存在だと自覚しているからだ。

ハゲみたいなもんだと思うが、改めていじられるのは本当に辛い。ただでさえ劣等感という自分の刃で傷ついているのに、他人の刃でも刺されるからだ。

それに、童貞というのはほんとにどうしようもない。恋愛のものが難しいものだと思うし、いくつになってもエロ漫画を読むのが楽しかったりするように、どんなに性交渉経験を重ねようが童貞っぽさは無くなりきらないものだと思う。

誰でもかつては妄想を本分とする中学生だったのだ。

しか彼女にいわれるというのがまたこたえるところで、彼女はいわば、童貞卒業に関わるあらゆる決定権を有しているといっていい。なにせ、初めての彼女なのだから

そのときすでに、一緒の布団で寝たり、ちょっとしたイチャコラはする程度にはなっていたので、あとは時間問題とでもいうところだったと思う。

しかしこのとき童貞をいじられたのをほんとに引きずっていて、男性として力がないことをとても恥ずかしく思う。

彼女とナニをしたいとも思うが、不慣れな醜態を、こともあろうにこの世で一番そんな姿を見られたくない相手晒すのかと思うと、しない方がマシな気さえしてしまう。

いっしょにいられれば、そんなことしなくともいい。性的なことに関心を持つと童貞ゆえに必ず醜くなってしまうくらいなら、いっそお互いにかこつけて品を保っててもよいではないか

童貞でいると、童貞でいてはいけない気持ちでいっぱいになる。

事実童貞ですら童貞バカにする世の中である。味方などいないのだ。

ぼくは選択肢が2つあると考える。1つは、めげずに男を磨くことだ。

セックスに慣れて、なんなら筋肉も多少はつける。髪型服装ももっと男として性を感じるようなものにして、彼女のいう色気とやらを出してみる。

時間はかかるが根本的な解決になる気もする。

しかし、これは過酷な道だ。

いってみれば、ゼロからスタートだ。

ぼくは彼女含め、いろんな女性高橋一生に似てると言われる。

すると、フワッと盛った髪型や、ニットのセーター、黒縁の眼鏡などが似合う。僕自身、そういうやさしげな風貌が好きだ。

でも、彼女いわくそれはだめらしい。

髪型ひとつとっても、もっとおでこを出して色気を出すべきらしい。

白いニットではなく、黒い服装をするべきらしい。

髪を刈り上げてジェルで固めるべきらしい。

ちょっと趣味個性的な部分もある彼女だが、要はもっと男性的な部分をプッシュした方がいいということらしい。

しかし、ぼくはそれが嫌だ。

男っていう性別自体むいてないんじゃなかろうか。

人としての自分には誇れるところもある。しかし、男としては恥ずかしいところしかない。

彼女はもう知ってるが包茎だし、童貞だし、彼女いたことなかったし。

専門学校美術勉強一生懸命やっているのはいいけど、そういう性的ステータスに関してはおろそかにしていたのだ。

でも、ぼくは魅力的な男性になるより、優れたクリエイターになることが遥かに大事だったのだから、仕方がない。

しかし世の中的には、自分の生まれ持った性に見合わないことははずかしいことらしい。

そこで考えるのは、2番目のプラン

男を捨ててしまうことだ。

女になりたいわけじゃない。男でも、女でもない人間になりたい。

男らしくあることを求められると、反動でそう思ってしまうことが増えた。

であることが理由で、劣等感を抱いたり、バカにされたりするくらいなら、いっそ性別に左右されない人間になりたい。これは切実だ。

陰茎も陰嚢もとってしまいたい。

100万くらいあればできるらしい。

でも別に女性ホルモンは打たない。女性という性で勝負したいとも思わないからだ。

ぼくは人として、あるいは職業人として評価されたいとは思うが、性的評価されるのはいやだ。結果がわかっているからだ。

マイナスを取り返すのにどれだけかかるのか。

夢を追いかけて過酷勝負が待っていることがわかっていながら、今になって男も磨くようなこともしなければならないのか。

子どもの頃、体育の授業が大嫌いだったのと似ている。

でも義務教育を終えたいま、評価する人間がいなくなった途端、運動は好きだ。ランニング楽しいし、友達バドミントンをしたときも、楽しかった。

でも、体育でいい成績をとる努力なんて、絶対にしたくなかった。

努力が嫌ならいっそひとりでいろとでもいうのか。

性を捨てるなら愛も捨てろというのか。ぼくはこれはわがままではないと思う。愛し愛される喜びは、一度味わったらけして捨てられない。そしてそれを捨てないがために、ぼくは男を捨てることさえ厭わない覚悟だ。

二人とも子ども絶対にいらないという考えなので、仮に結婚するにしても問題はない。

でも彼女は、「そういう手術は死ぬリスクもあるからやめてほしい」という。

彼女要望にこたえるのにも慣れつつあるが、ぼくは自分容姿生理現象から感じる男性らしさを、今日もちょっぴり憎んでいる。

彼女にはなんでそんなに憎むのか理解できないらしいが、ぼくはやはり憎い。

ぼくは男っぽくなりたいんではなくて、人としても容姿の面でも、美しくなりたい。

でもおっぱいが欲しいわけじゃないし、声を高くしたいわけでもない。

男性に恋をするわけでもない。

男としてどうかというバイアスをかけてみられたくないだけなのだ

自分男性であることが恥ずかしい。彼女ができてなおそうなのである

ぼくにはもっとやるべきことがある。

それは男を磨くことではない。

2018-01-13

なんで検診に行くたびに余計なストレスを感じなきゃいけない

数年前からバセドー病を患っている。

数値はかなり落ち着いてきたのでもう受診したくない。

体重増加について色々言われるのが本当にいや。

肥満になると他の疾患を出す可能性もあるから言われるのだろうとは思うけれど私だって体型が変わったことに焦りはあるから頑張っているのだ。

運動だって続けているし、食事制限だって色々試していて、5キロは落としたもののそこから停滞してしまっている。

専門医なら専門医としてアドバイスでもしてくれればよりのに、こちらの努力をなかったことのように言う医者に心が折れそうになる。

もう病院替えようか治療を止めようか毎回悩む。

欧米では」をつまみ食いした #MeTooマウンティング合戦不毛

ハリウッドに端を発する #MeTooで提起されている問題の中核部分が

「ある人物もつ権力濫用人間尊厳という基本的権利侵害し、女性たち(に限定はされないが)に性的被害をもたらした」

であることは、主張者・賛同者一人一人に聞いても「その通りだ」と言ってもらえると思う。

おそらく自由恋愛派のフランス勢もここは否定していない。

まさか、「権力強制力とは関係なく、いやらしいジョーク不快にさせられた」程度のことではあるまい。もしそうだというなら、本家運動と照らし合わせる限り、それは今回の#MeTooとは別のものだろう。

人権侵害ということであれば、個人間の解決を見ない場合法律に訴えるのが筋である

発端となったアメリカ映画界のケースは、"W"なる人物による被害をこれ以上広げないという意思も含めた「緊急避難」として告発を行ったという意味合いもあろかと思う。

法律の外だけで社会的抹殺を行おうという動きではない。きちんと訴訟も行われている。

[ハリウッドセクハラ騒動:ハーベイ・ワインスタインに関する訴訟はどうなっているのか(猿渡由紀) - 個人 - Yahoo!ニュース](https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20171128-00078657/)

メディアを利用した社会的告発に対しては、相手方から名誉棄損などで訴えられる可能性もある。また、復讐心に基づく私刑(リンチ)ではないことを示す必要もあり、訴訟行為は当然と思える。

さらに、現時点の#MeTooは、

https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASL131P4HL13UHBI001.html(「もう終わり」ハリウッド俳優ら、セクハラ訴訟基金設立)

一般社会のケースでの訴訟費用支援話題となっている。#MeTooの結果として相手方から起こされる訴訟も想定しているだろう。

自分の感じ方にすぎないが、本家ハリウッドの人々は自らのアクションに少なから復讐心リンチ性の要素が含まれていることを自覚しており、また「しょせんハリウッドという舞台でのマッチョな人々の内輪喧嘩ではないか、我々の生活とは関係ない」という一般の人々の厳しいまなざしをも感じ取ったうえで、さらなる公益性を目指しているように思う。

本邦の #MeToo

翻って、本邦の#MeTooでは告発者が将来的に払うことになるコスト世間からの好奇の目・加害者から復讐など)の大きさを理由に、これ以上のコストを払う必要はなく、法律の外で加害者社会的抹殺する手法でよいと考えているように見受けられる。

そもそも職場環境内の問題であれば、

日本場合厚生労働省の「お問い合わせ先」がある。

[職場でのハラスメントでお悩みの方へ(セクシュアルハラスメント/妊娠出産育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント) |厚生労働省](http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html)

がある

まずもって、これは雇用された者同士の問題というより、雇用主が解決しなければならない問題である

もし話し合いで済まなかった場合は、まずは訴訟を考えるべきであるメディアを利用した告発とセットでも構わないとは思う。

仮に、話し合いで済んだにも拘わらず、社会的告発をしたいというのであれば、それこそ社会的非難覚悟で行われるべきであろう。

いずれにせよ日本アメリカ同様、法治国家なのだから本来の手順を意識する必要がある。

年末に本邦で見られた #MeTooスタイルは、標的を定めた #HurtYou になる可能性があり、私刑性を否定できない。

日本版#Metooで有名になった方が、

「#metooリンチではありません」と宣言しているが、それは独自解釈であろう。

被害者として名をさらしており、匿名立場から石を投げているわけではないからといって、ただちに私刑としての性質から逃れられるものでもない。

もし、メディアを利用した社会的告発だけで問題が済むというのであれば、少なくともアメリカ発の#MeTooに自らを連ねるのはやめたほうが良いと思う。

もし、法律の外の告発だけでよいとすると、下記のような懸念が考えられる。

  1. 冤罪可能性(そもそも被害を受けたと主張する側が嘘をついていないという保証はあるか)
  2. 時効概念をどうするか(もしこれがないなら、わざと被害を受け、被害を上回る利益が得られるタイミングを選ぶことが可能)。また、過去出来事現在価値観でもう一回評価できてしまうことの是非(現在常識は数年後の非常識になりうる)
  3. 告発された側が受けるべき社会的制裁の程度。また、社会的更生はどのようなものであるべきか。これらについてのコンセンサスがない。
  4. 罪と人の分離問題過去の業績の評価はどうするか。作品仕事個人の分離は可能か)。これについてはハリウッドのほうが深刻かもしれない。
  5. 公益性問題(ある人物社会的告発することに対する社会全体の意義。社会的無名な人を名指しで告発した場合名誉棄損の観点から法的にも危うい)

これらに対して社会的合意形成されない限り、このタイプの#MeToo運動は深刻な問題を起こす。

欧米では」のつまみ食いによる #MeTooマウンティング合戦不毛。これを契機に本邦独自問題として考えたほうが良い。

個人的意見ではあるが、

まず、#MeTooを「アメリカ出羽守」や「フランス出羽守」として我が正義マウンティングに走るより、もっと地べたから考えていくべきであろう。そして、それが#MeTooというハッシュタグのもとに語られる必要は全くない。

セクハラを「力関係濫用」ととらえるか「不愉快行為不愉快言動」まで広げるか(少なくともハリウッドの#MeTooは前者であろう)、本邦ではこの付近こそが争点になっていると見受けられる。それゆえ独自問題系もあるかと思う。

また、#MeTooの周辺問題系としては、過去現在についての個人的救済もさることながら、類似問題を未然に防ぎ、未来に向けてよりよい環境を作ろうというテーマも含まれるように思う。ここについての議論もっと必要なのではないかと感じる。これもまた、本家#MeTooベースで考える必要はない。例えば「就職時のOB訪問のあり方」、「副業解禁による個々人のフリーランス化(新たな上下関係が発生する)」など、具体的な問題をもとに性被害防止に向けたアイデアを出し合うといった、地に足がついた議論があってもよいのではないだろうか。

このことを思うとき、先般の件を受けてD通はどう変わったのであろうか。あくま組織内の問題かもしれないが、社会への還元があってもよいように思う。

動物愛護運動モヤモヤする理由

あいうのを推進してる人達って生活が満たされてると思うんだよね

心に余裕がないと、「動物にも権利を!」なんて思わないでしょ。

しかし、少し想像力を働かせるか、ニュースに関心を持てば、恵まれない人びとが

世界中にいて、貧困に苦しんでいる人がいることが分かるはずだ。

ものごとには順序というものがあると思う。動物権利世界中から貧困をなくした

後でもいいはずだ。

anond:20180113103630

もう女から男にアプローチすることが許される社会になってるよ

モテる人は男女問わず異性からアプローチをいっぱい受けてる

あなたが女はアプローチしないって思ってるのはあなたモテいか

metoo運動っていうのは自分の性欲のために権力乱用してくるやつに対して今まで立場が弱いから黙ってたけどやっぱりおかしいでしょって運動

あなたモテないこととは関係ない

ジムによくいる人

錘を床に落とすので大きな音が立つ

タンクトップで体型を強調

大きな声を出して運動していることをアピール

うっざ

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