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2018-04-26

自分が変に感情的だったので、自己分析をした。

家庭環境が主な原因だった!!

そりゃそうだ。当たり前。

大学生活で書いてきたもの抜粋した。

書きなぐった物そのままなので、非常に読み辛いけれど、

こんな人間も居るということを、ここに垂れ流しておく。

言いたいことはこの後に書いてあるので、

面倒くさくなったら飛ばしてください。


まれから今まで、直ぐに感情的になる癇癪の権化みたいな姉を持つと、

こういう人間が家庭にいなければ、もっと余裕のある生活を送れたのになあと思ってしまう。

女ばかりの家で、説得しようにも長い話ができず、本当に辛い思いをしたので、上のような性格人間は苦手すぎる。

というか、自分に伝染して変に感情的になってしまった。

本当に家庭は選べねえなあと思った。

仕事漬で鬱になり家にいる父、姉妹の長女で人の話を聞かない割に偉そうにする母、

人間関係がうまく行かなくてストレスが常に溜まり、母とよく衝突する姉。

せめてまともな男がいればなあと思ったが、そういう人間は足早に出ていくもんだろう。

普段は同じ空間にいるだけで、たまに母側の親戚が来る。

高卒姉妹が固まり田舎田舎による超閉鎖的な噂話をする。

何が楽しいのか分からないし、行きたくなかったが、

その場に行かないと飯が出なかったので仕方なく行ってた。

周りのように旅行に連れていけという姉が言う。

金は無いが時間があるので、結局車で大型ショッピングモールに行く。

姉は一時的に満足するが、しばらく経つと金がない、旅行に行きたいと同じように繰り返す。

自分のせいではないものを指摘することで、自分の弱さを隠している。

女の口喧嘩というものは絶えない。

毎日同じようなこと、くだらないようなことを言い合う。

翌日には忘れ、繰り返す。

家に”離れ”というものもなく、この拷問休日もなく毎日浴びせられる。

女の女による感情的な場からは、逃れられなかった。

感情的で閉鎖的な家庭で育ったことが、いか自分精神に影響し、

自分の進路に影響して、今の今まで悩ませていると思うともう嫌になる。

小学校3年までは小説子供向け科学雑誌学校でよく読んでた。

将来の夢は科学者だった。物質が小さい粒のようなものでできていることに感動した。

そんなことを親や先生に言っても取り合ってもらえず、科学者なんて無理と言われた。

から肯定されないし、好きになっても、役立たないものだと思えてきた。

小説も読まなくなった。誰も読まないし、話題にならないからだ。

そして何より現実味がない。あっても雑学程度にしかならないと思えてきた。

感動するものもあったが、自分環境見直しとき絶望感が怖くなった。

誰も何も誰しも自分気持ちなんてわからない。他人理解しようとしない。

そうなった子供はどうするかというと、周りに頑張って迎合しようとする。

文脈が薄い一時的な笑いと理解しつつ、こうしなければ普通になれないと自己暗示をかける。

この頃から訳もわからず泣くようになり、泣き虫扱いされる。

中学まで続けると割と周りが自我が芽生えてきていることに気づく。

自分はどうなったかというと、自己暗示を解けきれなくて、自我が地中に埋まってしまって、

ぼーっとすることが多くなった。何をやっても楽しくない。

小説を読んでいたせいか地頭は少しは良かった。

自分本位の行動なんて肯定された経験がない。夢なんてない。

全てがくだらない。

成人式とき自分宛てに送る手紙は、

絶望的な気持ち査読する先生に気づかれないように書いたのをよく覚えている。

地元工業高校に進むことになった。

何か面白いものを求めていた。

現実から離れられ、実用的な技術を身につけようとした。

でも、周りと馴染めなかった。

勉強も何が面白いのかよくわからなくなった。

資格勉強のような授業。適当に過ごす。

高1の冬、高校を辞めて勉強して大学と親に泣きついても、

何いってんの、うちには金が無い。高校卒業したら働くって行ったでしょ?

人間の考えが変わらないと思いこんでいる親に対しめちゃくちゃ腹を立てる。

勉強をしても大学なんて行けない。大学に行く人間なんて、

自分より頭が良くていい環境で育って塾とか行っている人間なんだろうな。

うちに生まれた時点でそんなものできないことは決まっていたんだ。

満足できない思いを反芻しながら、納得行かない家庭から与えられたことを無理やり正当化しようとする。

そんなことをしながら、何のために勉強しているかからなくなったまま勉強を続け、高3までそれなりの成績をおさめる。

その後突然大学に行きたくなる。少しは希望を持ったらしい。

勉学というよりは社会に出る前に、自由な身と力を手に入れられると思った。

難しい話は通用しないことはわかっていたので、

から出て、高校の延長線上の分野で、大学しかできない勉強をしたいというが、反対される。

金がないから、心配から不景気からあんたのために言ってるから

は?結局オメーの都合だろうよ。俺の何を見てきた?

大学卒業してから年収を見ろと返す。

大卒就職率が低いってニュースでやってたし、高校卒業して安定した職を付けたほうが良いんじゃないと言われる。

お前、45年間、何を見て生きてきた?本当にいってんの?

ニュースで得た情報自分身の回りを見て、適当に集めた情報から意見を言っているだけじゃん!と返す。

めちゃくちゃ怒って、お前は社会の何もわかっていないと返される。

お前じゃい!

その後担任との三者面談をしたり、大学説明会に足を運んだりして、

なんとか格安の寮がある国公立受験することにした。

勉強は続けたが、やはり高1のとき高校をやめればよかったと言う思いが引っかかる。

何より自分大学進学を許した親に対して、姉が私も家を出て学校生活送りたかったと毎日激昂し、

感情的空気ヒートアップしていた。

何をやってんだかわかんなかった。家にいるのは人間じゃないとわかってていても、

ストレスを感じてしまう。

そんな生活を送っている中、父がなんの前触れもなく自殺する。

家に自分と2人で居たときに突然自殺。その第一発見者となる。

もうなんだかよくわからなかった。救急車警察も呼ぶ気になれなかった。

30分ぐらいしてから、ようやく呼ぶ気になる。

パニックと言うか、この状況に対して自分は何を考えているのか、全くわからなくなった。

恨み積もった家庭にどう抵抗してやろうかと思っていた矢先の理解できない死。

もう何がなんだかわかんなかった。

自殺した父に対して、苛立ちが積もりに積もって吐く。血も吐く。

悪気がなく、自然法則のように動く肉親に腹が立って仕方がない。

だんだん気分が落ち込み、抑うつ状態になる。

自分が違うのか?田舎に生まれ自分田舎に埋もれなければいけないのか?

精神科に行ったが本当に自分が何を言っているのかさえわからなかった。

自殺したのはもちろん原因だったが、そればかりを話すだけで、

自分の育ってきた環境問題があることを分析できなかった。

正直父が死ぬ前に、無理やり不登校になって、心療内科に行くべきだった。

もちろん今まで書いてある期間は絶え間ない感情を浴びせられている。

どれもくだらないものだ。居場所もない。捌け口もない。

周りの人間が信頼できないこともあり、相談できないことがどれだけ苦しいか身を持って感じた。

子離れできない親から親離れできない。

何をしたらこ気持ちが収まるかがわからない。

なんとか大学合格し、家から出た。

試験会場でも途中退室したくて仕方なかったことを思い出す。

大学生活は最初から精神を病んでいた。

毎日感情的な刺激を受けてきたせいで、隣の部屋の騒音などの刺激に反応してしまう。

頭の血管が触ってわかるほど浮き出て、ズキズキして、眠れなくなる。

さら自殺した父の死体をよく思い出して、生理的に気分が落ち込む。

実家を出て数年経った今でも、文を書きながらこの症状が出ている。

講義課題をこなすのが精一杯である文字も読めない。

あーもう何もしたくない。考えたくない。

人の気持ちを考えるってことはこんなにもよくわからないものなのか。

こうも時間無駄なのか。

悩まない人間にとって悩んでいる人間気持ちなんかわからない。

逆もまた然りだ。一生分かり合えない。

本来人間はお互い抽象的なもの部分的しか理解できない。

自分は具体化しすぎなのだ人間とか今見える環境とかを具体化しても、精神が辛くなる。

記憶を消し去りたい。

せめてこの性格学問に向けられたらと何度も思う。

他人理解できない。他人なんているのか?

自分理解できる他人なんているのか?

からある不満が積もるとこうも気分が落ち込むのか。

降り積もる不安は階差数列のように増え、それが積もっていく。

この問題解決するのか?本当はどこか解決策がわかっているんじゃないか

わかっているけど、この先の未知の刺激に耐えられるか不安で仕方ないんじゃないか

本能的に楽しめるものをまだ知らないだけじゃないか

なんでこんなこと考えるようになったんだ?


最近になり、かなり昔から、閉鎖的実家からの膨大なストレスが、

自分性格にかなり影響しているということが、かなり明確に示すことができた。

自分にとってこの問題が、

いか無意味不快で人に相談しにくく、

時間精神無駄に消耗し、

自分を納得させるためのものしかないとわかってても、

納得いく解釈を探しつつけてたのは、

親との思想が合わなかった事実をどうにか納得したかっただけである

生来性格と言うのは恐ろしい。

でもこうするしかなかった。

こうしないと、その場に居なくても襲ってくるからだ。

自分気持ちを書いてそれを見直し、また書く、という生活を数年繰り返してわかったのは、

早々に自分気持ちに蓋をして、自分気持ちに嘘をついてきたということだ。

頭の中身をタイプしたり、図に書いたりして、ようやくわかった。

くよくよする性格は、自分本位で動いていないからだ。

気持ちが落ち着いてくると、文字をよみ、抽象的なものも冷静に理解できる様になる。

他人が書いた物語を見て感動する。専門知識が頭に入って感動する。

俺はここまで何も知らなかったのかと落ち込む。

でも、今までよく生きてきたと、無条件な自己肯定感が芽生えてくる。

そんなことが少しづつできるようになることが、大学に入ってからの生きがいである。

自分本位で生きたことがない」人が、心から人に好かれるということは難しい。

皆どこかで「他人に従ってもどこか違う」と思い、自分表現をするのだ。

それが自我形成というやつだ。

それを乗り越えてこなかったことが十分、身にしみてわかる。

素粒子でできている肉体に、生きる意味なんて無いってことは十分わかった。

からこそ本能が指す、好きなことをしていいと思えるようになった。

ほどほどに好き勝手に生きていいと思える。

自分のことを文字にする行為は、できて妙である

結局こうするしかなかった。

よくもまあ何日もこんなに長くて下手な文章を書き連ねられたもんだ。

最近落ち着いてみると、なんで落ち着いていなかったんだろうと思ってしまう。

その場しのぎで余裕がなかった。

焦りからくる選択ほど後悔するものはない。

後ろを見ると後悔した経験しかない。

自分の焦りに気付けることなんてあっただろうか。

いや、なかった。あっても解決策がわからず、もとに戻る。

これに関しては納得行くようになってきた。

自己欺瞞を重ねるほど自分がわからなくなる。

自分本位で行動していない。自分がないのと同じである

不安から行動するが、結局疑問を感じストレスを感じる。

書いてみると1ページで終わるような話を、どうしていままで耳にしなかったんだろう。

これは終わったことだし仕方がない。



見直すと、気が合わない肉親と18年間いたことが原因だったと今見返すとよくわかる。

原因がよくわからない鬱と診断されて、4年経ったが、

はじまり小学生からだよなーと思う。

自分が書いたことは超悲観的だが、これまで経験してきたこと全てではない、

と納得できるのは、自分自身に対する姿勢が変わったからだと思う。

最近ようやく治る兆しをみせている。

何度か兆しを見たが、今度は本当に、今までになく楽になれそうな気がする。

学校も肉親もただランダムに振り分けられた人間が配置されていただけと、やっと、心から解釈できた。

漫画とか映画とか小説かには本当にお世話になった。

本を読むのを辞めてしまったのがいけないなあ。


あれもこれも、過ぎたことだと思えるようになれた。

自分気持ちを書き表さないと立ち止まってしまうことも、よくわかった。

やっと人間らしさを取り戻した気がする。

今までどこか、頭を何かのタイミングリセットできると期待していた。

まあ解決しようにもできないもんな。

からいから。でも、もがかないと、掴めるものがあっても見逃してしまう。

放置するほど、もがく力が弱くなり、流されてしまう。

自分に近しい人にアドバイスするなら、誰もいない、静かなところで正直な気持ちを書きなぐるということかなあ。

自宅が嫌なら喫茶店でとかでいい。

環境が用意できたら、書き始める。媒体は紙でもPCでもなんでも良い。

初めてみると止まらなくなって、気がついたら4時間以上立ってたということも珍しくない。

時間がもったいなかったとは思えない達成感がある。

見直すと何に悩んでいたかよくわかって、どこか整理できていないことが悩みの種だっとことに気づく。

苦しいとは思うが、自分内面で見てこなかったことに対して、対面することだ。

対面して初めて分かるもの自分だけの発見であり、自分で掴んだものから信頼できる。

こうしてどうにもならないことに納得し、物事への姿勢は変えられる。

あと、外部の情報に目を向けるべき。

漫画喫茶で見たことのないジャンル漫画を手にとって、一日過ごすのも悪くない。

まあとにかく、映画館や図書館など、場の空気を感じられるところに行く。

そうすれば外部に注意が向く。

そこで他人創作したものを見て、視界を広げて、

自分一人がこんな思いをしているというわけじゃないということ、

他の人の、物事への解釈理解しようとする。

そうすると、だんだん自分に近しい物がわかってくると、信頼できる著者という対話相手が出てくるので、どこか楽になれる。

結局他のことを考えてもいいということ、その行為自体自分のためになっていると思うこと。

そんなことで、案外心が落ち着いて、人間そんなもんだと思えてくる。

とにかく、今の気分がずっと続くことはなく、

人は変われるということを知るには、自分の頭で行動することだ。

書きなぐるだけでも、十分自分の頭を使っている。考え方も変わる。

そのことを忘れないでおきたい。

(追記)

終わりに

自分体験から言えることは、

カウンセリングや薬だけで完治するものではないということ。

薬は脳内流れる伝達物質の取り込みなどを制御し、

カウンセリング患者気持ちを引き出す手助けをしてくれる。

風邪薬のように特定の菌を殺して治るもんじゃない。

カウンセリング適当にしても治るもんじゃない。

内面気づきを報告するとフィードバックを貰えるのは非常にありがたい)


全体を見ると、自分内面にあるものがわからなくなっているという状態に対し、

気になるもの自分の中で見つけ、解釈し、納得していくかということをひたすら繰り返していた。

ネットや本にあるものは参考にはなるが、それをすっぽり当てはめて自分が治る。というわけじゃない。

他人にとっては経験談で、参考になる手法しかない。

趣味などの気分転換でやっていけるなら、その対処法も良いと思う。


湧き出てくるものは人によって違うし、参考になる意見も人によって違うし、考え方も違う。

これを理解するのは、自分のような人間にとって難しかったし、これが頭になかったから病んだとも言える。

どういう形であれ、このような考え方を獲得することは、生きる上で重要だと思う。

anond:20180426161830

個人ならいじめにならない?

ならば職場でやってもパワハラにならないとか、親が子にやっても児童虐待にならないって事ですか。

文部科学省サイトを見てきましたが、個人ならいじめにならないとは読み取れませんが。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/040/shiryo/06120716/005.htm

資料5-7

いじめへの対応のヒント

2003年10月東京学校臨床心理研究会運営委員作成

□「いじめ理解のヒント

いじめ定義

1 (1)自分より弱いものに対して一方的に(2)身体的、心理的攻撃継続的に加え(3)相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所学校の内外を問わないこととする。(文部省1994年

2 集団内で単独または複数の成員が、人間関係の中で弱い立場にたたされた成員に対して身体暴力危害を加えたり、心理的苦痛圧力を感じさせたりすること(都立教育研究所

3 単独、または複数特定人に対し、身体に対する物理攻撃または言動による脅し、嫌がらせ無視等の心理的圧迫を反復継続して加えることにより苦痛を与えること(警視庁安部少年1994年

anond:20180426185007

オタクから学校に通えない、受験で落とされる、ってなら公的な場から排除と言えるけど

そんな事はないよね?

学校の中における友達との人間関係であれば、それは私的な場だし。

いじめは良くないけれど、他の生徒が

オタクと表面的な付き合いはするがそれ以上の深い付き合いはしたくない、と言う選択を取る事は当然認められるべきだし。

anond:20180426184103

良く挙げられる学校などは公的な場ですよね、いじめというのはそういう行為ですよね

オタク差別については詳しくないので他に適切な答えがあるかもしれません

ただ、公的な場で「キモい」というような暴言を吐く人が想像以上に多いことは理解して欲しいところです

麻痺の人は歩いていても電車に乗っても日常的にそういう声を聴くわけですよ

言っている人は相手理解できないと思っているのかもしれませんが、身体不自由なだけなので当然わかるのです

それを近づけない為の自衛というのかもしれませんが、私は反対したいですね

IHC(国際変態協議会)公認 変態番付

横綱

全裸ネクタイで深夜徘徊し、出会った女性に『僕の肛門臭いかいでくれませんか?報酬は払います

磐田市内の県立高に侵入女子生徒のスク水着て脱糞

女子高生の上履きを盗み、コンビニコピーしたものを見て楽しむ

・「生まれ変わったら道になりたい」。側溝から女性の下着をのぞき見たとして兵庫県警逮捕された通称側溝男」

大関

・19~71歳女性に一瞬で精液をかける18歳少年「早撃ちマック

・改造した釣竿を使い、足掛け30年で500枚もの女性下着を盗み続けた通称釣りキチ助平」

男子中学生に「マスターベーションだ。お前らも見せろ。100円やる」とオナニーを見せ付けた83歳の「マスターじじい」

関脇

ブルマー持参で小学校侵入、「学校ではくと快感

女子中学生が5名でランニング中、「パワーつけろよ。」と言って、下半身露出して走ってきた男(通称 パワーランナー)

・「おしっこ高価買い取り中」などと書いたチラシを女子高生に配り、その場で採取するため三角フラスコやタッパーなどの容器を持ち歩いていた男

小結

・「大便もらしたので、拭くの手伝って」女子学生を車に連れ込み性器見せる

・自宅ベランダ全裸になって腰掛けのような台に乗りライトアップ

破門

10年以上に渡り女児パンツを履いては近隣の家に投げ込んでた男

ストッキング女児パンツを組み合わせる独特の手法にこだわりを見せ、取り調べに対しても悪びれることな

女性の下着は密着感が気持ちいい。」という名言を吐き一気に番付を駆け登る。

しか過去殺人事件や巨額の横領事件を起こしていたことが発覚。再逮捕され、「変態から外れた外道」と非難され破門

欧米の一部の学校親友を作ることがポリティカルコレクトネスに反するという考え方がされ始めたのも

今言われているような人種属性に依らないキモい差別問題になるということを予見しているからでしょうね

差別ではないけれど皆が気持ち悪いと思い誰も友達になろうとしないというような形でキモい存在社会から排除され

実質的差別が温存されるということが起こるわけです。

そういう文脈で考えると日本の(平仮名だったころの)おたく差別というのはすごく問題を先取りしていたのだと思います

しか上記のようにこの問題キモい人とも平等に付き合えというディシプリンによって解決しようというのは正直LGBTなどの問題の比ではない相当な困難でしょう。

個人的には現金支給による手当、キモい差別の解消は不可能だけど金はやるからそれでほどほどに幸せに生きてください、程度のことしか政治にできることはないんじゃないかと思います

anond:20180426134822

個人範囲で「関わりたくない」なら何ら差別ではない。Twitterでもブロック機能ブロックすればいい。

これは同意できません。

そこまでして関わりを断つには何かの合理的理由相手が悪いなどの)が必要です。

例えば、相手は人の悪口ばかり言っているので信用できない等ですね。

じゃあ学校での無視OKかというと、普通に考えてそれは「いじめ」に該当するでしょう。集団ではなくて個人からOKとは言えないと思います

コモンセンス

前回早朝に書いたときは誰も見てなかったのでもう一度書く。

憲法9条悪魔の条文だ。

平和を脅かし、国民主権を踏みつけにし、主権国民権利をないがしろにしつづけている。

しかもそのうえで国民に私を敬え、守れと強要してくる。

今、安倍政権とりまく種々の問題はすべてこの条文を改正しようとしているがために起きている。

それはクワトロ・バジーナシャア・アズナブルその人であるというくらい公然の秘密だ。

70才を超え、TVばかりみている私の父でも知っている。

なんなら左翼シンパ母親だって知っている。

戦争放棄平和憲法の条文を守ることを政治信条とする人間たちが、話し合いをする場でいつも話し合いをせず、相手をゆるさず、理解せず、ただただ痛烈に非難するだけなのに、国と国との紛争解決の場で、兵士市民の命を懸けて武力を用いそうになっている極限状態で、急に他の人たちには決してまねのできないレベル有意義な話し合いをするという。

なんという傲慢。なんという他人蔑視。なんという問題認識能力の不足。

これはごくごく単純なコモンセンスだろう。

トマスペイン今日本に生きていたら「イエス高須)」と賛同してくれるに違いない。

安倍政権よりも真っ先に糾弾すべきは野党だ。まっとうな政治をするために欠けているのはまっとうな政権よりもまっとうな野党だ。

これは国民コモンセンスだ。

から選挙が怖いんだろう?

 

でもこんな国民コモンセンスが決して共有されないマスメディア

彼らは野党とタッグを組んでいる。これもコモンセンス

メディア安倍政権追求報道を見ていると、「アポロ月面着陸していなかった説」を主張する陰謀論者の話を聞いているようでほとほと理性をすり減らしてしまう。こっちまで馬鹿になりそうだ。

どんなに有効反論をしても黙殺されて、何か自説に都合の好さそうな材料小出後出しで持ってくる。

これはオールドメディア自殺としてのちに歴史教科書に載るべき事件だ。この事件の構図や裏側をスクープすることこそジャーナリズムじゃないのかね。いや本当に。

ところで、私はしがないサラリーマンだ。生活必死だ。後進国の人々に生活水準でどんどん追い越されている立場のものだ。

でも、こういう私を赤化あるいはリベラル化しようとはせず、馬鹿にしているエリート層が日本の赤でリベラルだ。これも公然の秘密だし、コモンセンスだ。

こういう増田を書けば、私もネトウヨ揶揄されているものの一人になるだろう。

でも私は思う。私は荻上チキ文化論ではい友達になれると。もちろんこれはコモンセンスじゃない。

でも彼は私のことを馬鹿にして決して友達とは思ってくれないだろうね。これはコモンセンスかもしれない。

さて私は2度転職して3度パワハラを受けた。今の野党がやっているような内容だ。

できるはずのない仕事量を押し付けミスがあった。仕事の基礎を揺るがすようなミスだと騒がれた。でも本当は些細なミスだ。騒いでいる当の本人が協力すれば防げたし、わずかな時間カバーできる。本当に基礎をゆるがすようなミスならばあなたはなぜそんなに無関係を気取っているのか、本当にあなた責任はないのか、なぜそんなに非協力的なのか全く理解できなかった。

野党悪魔の条文を守るためにやっていることは、国民生活を脅かすパワハラ文化日本根付かせ、正当性を与えるようなものだ。

多くの人は見たことあるだろう。パワハラ現場を。あの野党のやり口はまさにそれではないか

労働者を守る。代表する。と自認する立場国会議員労働者が苦しむパワハラのやり方を公開講座として日々メディアにのせる。

狂気世界だ。

森友問題は、安倍昭恵さんの脇が甘くて詐欺師に懐にもぐりこまれたのが真相なのはコモンセンスだ。奔放な性格昭恵さん証人喚問して、そのうえで挑発して不規則発言誘導旦那の首をとろうという野党とその協力メディアの筋書きもまたコモンセンスだ。こういう本当に罪を犯していなくても有罪として裁いてやろうというやり口が職場ならパワハラだし、学校ならいじめのやり口そのものだというのは、もちろん、コモンセンスだ。

私はたまたま利益を上げることできる才能と運に恵まれていて3度ともパワハラをしのげた。だが、昭恵さん相手が悪い。スターリンのように罪状はなんでもいい。最初から首だけを狙っているからだ。これもまたもちろんコモンセンスだ。

加計問題本質安倍さんの友人であれば人権制限される。ゆがめられてきた獣医教育行政を正す機会と能力に恵まれても実行してはならない。安倍さんの友人が安倍さんと志を同じくして協力してはならないという点にある。安倍首相は常に孤立していなければ不正なのだ。これは野党メディアコモンセンスだ。一方で、セクハラをしたとされる福田財務次官よりもよほど悪質で、直接手まで出している鳥越俊太郎氏が別段問題視されず、その後もTVでご意見番をしているのは悪魔の条文の有力守護であるからというのは国民コモンセンスだ。守護者たちの友人関係は「善」なのだ自分たち連帯が素晴らしいからだ。

台湾出身で、台湾国籍をさかのぼって抜くために台湾政府に借りを作っている野党議員や、他人疑惑の総合商社非難しておいて自分詐欺を働き、さらにそのうえで「ワークシェアリングだった」などと珍妙言い訳をして今また首相詐欺師扱いしている野党議員、そういう人たちがのほほんと議員を続けていられるのも悪魔の条文の守護者に加担しているからだ。これももちろんコモンセンス

外国に借りを作った国家権力者がその後どういう行動をとるか、ドイツ特別列車用立てられたレーニンドイツ講和をして領土をたくさん割譲した例をみても明らかだろう。そして結局即時講和平和を叫んでも実際は列強干渉戦争を呼び込んでしまった。

自分詐欺を十分に反省しない癖に、ほとんど女と甘酸っぱい時間を過ごせていない私のようなすばらしい日本男児をレイプの子孫として世界に紹介し、歴史に記録しようとする。だれもまずは自分がやりすぎなくらい反省しなさいよと教えてあげない。他人にはやりすぎなくらい反省しなさいと強要してくる。20万人の性奴隷強制連行嘘八百というもやはりコモンセンスだし、罪のない無力な市民を無実の罪で吊し上げ迫害するのが左翼政治信条。これもコモンセンス

私たち知る権利野党を正す権利労働者としての権利歴史的無実を叫ぶ権利挙句の果てには総選挙民意を示す権利でさえも憲法9条を守るという大義名分によって踏みにじられようとしている。この条文があるからこんなことが立て続けに起きるのか!?そうなのであれば、必ず!絶対に!すぐさま!憲法9条悪魔の条文は改憲されなければならない。これこそがここで一番言いたかったコモンセンスだ。

私がもし熱烈な護憲論者なら今すぐこの卑劣改憲阻止運動糾弾する。国民すら二派にわけて争わせる平和主義者・武力放棄論者があってたまるか。(武力蜂起論者なら合点がいく。)

そんなやつらには絶対紛争を話し合いで解決できないだろう。今だって解決できないし、する意思もない。拷問の末無実の罪を自白させるようなことをやっている。まぁ、政治信条からしてそういうやり方が好きなんだろうけど。これもやっぱりコモンセンスだね。

anond:20180426115559

一般常識レベルすら知らないのがいるだけだと思う

春厨じゃねーの、学校行けとしか

今回の1件の背後には100件ある?

ジャニーズメンバー強制わいせつの疑いで書類送検されてるのが話題になってるけれど、これ、多分初犯ではないよね。

というか恐らく、ジャニーズに限らず、アイドルとか全体の氷山の一角よね。

要は何かって言うと、この間某女性弁護士TV番組で「私は○○くんにならセクハラされてもOK」などという趣旨発言をしたように、

これまでの相手は同様のことをしてもセクハラとは認識しない・むしろ喜ぶ人達ばかりだったというだけの話で、

まさか自宅への招きに応じた相手から被害届まで出す程に拒絶されるとは夢にも思わなかった…っていう認識の甘さの問題でしょと。

念のために言うけれど、別に被害にあった女子高生を責めるつもりでもなければ、加害者ジャニーズ擁護するつもりもない。

まして、上記あくまで推測でしかいから、ある意味こんな話は論ずるに値しない。

ただ、セクハラストーカーも、された側が嫌でなければ犯罪化しない、行動ではなく主観で線引きされる犯罪の歪さというか、

それこそ極論、世の中には痴漢などという愚劣な行為に走る人間以下にしてゲロ以下の輩がいるように、

逆に免罪をでっちあげたり、当初は同意の上でも自分に都合が悪くなった途端に“セクハラ化させて”陥れようとする輩もいる訳で、

こういうニュースを見てると「もう婚前交渉は一律で禁止電車学校職場も全部男女別々にしちゃおう」と、投げやりになりたくなる。

anond:20180426083254

高校時代なんか、バス停まで走ってた時、知らないオッサンに「急いでんの?乗ってきなよ!」っていわれて、本当に親切な人がいるもんだなぁって思いながら学校まで送ってもらったことあるけど、今考えたら危なかったかも。

anond:20180426094133

小学校高学年の方がおかしくない?

学年ってのは学校じゃなくて小学生適用されるもんやろ?

anond:20180426093308

「異性と二人きりになってはいけません」って校則がある学校があるらしいな。

みなさん いい加減気が付きませんか?歯科医師とか偏差値40台以下どころか願書だけで入学できる大学の方々です

コンビニ以上に乱立し、関係ない歯を削られた、フッ化ナトリウムフッ化水素酸を間違って塗布され児童が2m飛び上がるほどの痛みで死んだ

そりゃそうです、彼らは医師ではない

歯科医師です

口腔外科であれば、もっと口腔内の深い知識を持っています

しかし、彼らは削るだけです

医療というよりも大工みたいなものです

最近は削らないで、保険外の3mixなんたらを塗布される歯科もありますが、有効性は実証されていません

痛くない、削らない、挙げ句の果てにはインプラント1本9万円という客が飛びつく文句を書きたいだけです

また、神経を抜く治療費保険内の治療費では足りません

では、どうしてるのかというと、歯科医は手抜きをしているのです

手抜きで神経を抜かれても、しばらくは気付きませんが、10年後には何らかのトラブル発症するでしょう

保険制度、点数の見直し必要です

そうしないと、良心的な歯科医も赤字になるため手抜きせざるを得ない

また、歯科医師も腕と偏差値はある程度比例するように思えます

ある程度です

例外もあります

ただ、普段から腕を磨くのに熱心な方は、やはり勉強熱心な方です

客も痛みさえ取れればどうでもいい、と考えがちです

歯科医師だけではありません

腹腔鏡手術するにしても、外科医の偏差値は気になりませんか?

偏差値が高いから手術の腕がいいとは直結できませんが、偏差値は少なくとも過去には勉強熱心だった証明にはなるのです

偏差値学校の座学の成績が全てではありません。

医療世界なら尚更そうでしょう。

でも、偏差値40以下の私学と東京医科歯科先生は、やっぱり違います

偏差値40の歯科医に間違った治療をされてるのを一発で見抜きました

いずれにしても、歯科医院が多すぎます

近所では重大な医療事故を過去に起こした歯科医院が、なぜか名前ちょっと変えて運営されています

理由はよく分かりませんが、名前を一文字だけ数回変えながら営業しています

近所では悪い意味で有名な歯科医院です

また、歯科医師美容師と同じシステムです

卒業後は独立の経費を稼ぐため、既存歯科医院でスタッフとして修行しま

美容師と同じように、安い給与勉強させてもらうわけです

そして、コツコツ貯金したら独立です

独立開業起業と同じです

ほとんどが死ぬか、ダークサイドに落ちていきます

歯科医は美容師と同じように、ゴールが独立になっています

総合病院に口腔外科はあるところにはあるので、勤務医になれます

口腔外科医はサラリーマンになれる

しかし、現在総合病院歯科はありません

よって、独立か、親がすでに開業した歯科医院を継ぐしかない

そして、修行先の歯科医院や歯科医師の親に手抜きの方法を教わるのです

大学で学んだ正しい治療法は金がかかるからダメだ、みたいに教わるのです

コモンセンス

憲法9条悪魔の条文だ。

平和を脅かし、国民主権を踏みつけにし、主権国民権利をないがしろにしつづけている。

しかもそのうえで国民に私を敬え、守れと強要してくる。

今、安倍政権とりまく種々の問題はすべてこの条文を改正しようとしているがために起きている。

それはクワトロ・バジーナシャア・アズナブルその人であるというくらい公然の秘密だ。

70才を超え、TVばかりみている私の父でも知っている。

なんなら左翼シンパ母親だって知っている。

悪魔の条文を守ることを政治信条とする人間たちが、話し合いをする場でいつも話し合いをせず、相手をゆるさず、理解せず、ただただ痛烈に非難するだけなのに、国と国との紛争解決の場で、兵士市民の命を懸けて武力を用いそうになっている極限状態で、急に他の人たちには決してまねのできないレベル有意義な話し合いをするという。

なんという傲慢。なんという他人蔑視。なんという問題認識能力の不足。

これはごくごく単純なコモンセンスだろう。

トマスペイン今日本に生きていたら「イエス高須)」と賛同してくれるに違いない。

安倍政権よりも真っ先に糾弾すべきは野党だ。まっとうな政治をするために欠けているのはまっとうな政権よりもまっとうな野党だ。

これは国民コモンセンスだ。

から選挙が怖いんだろう?

でもこんな国民コモンセンスが決して共有されないマスメディア

彼らは野党とタッグを組んでいる。これもコモンセンス

メディア安倍政権追求報道を見ていると、「アポロ月面着陸していなかった説」を主張する陰謀論者の話を聞いているようでほとほと理性をすり減らしてしまう。こっちまで馬鹿になりそうだ。

どんなに有効反論をしても黙殺されて、何か自説に都合の好さそうな材料小出後出しで持ってくる。

これはオールドメディア自殺としてのちに歴史教科書に載るべき事件だ。この事件の構図や裏側をスクープすることこそジャーナリズムじゃないのかね。いや本当に。

ところで、私はしがないサラリーマンだ。生活必死だ。後進国の人々に生活水準でどんどん追い越されている立場のものだ。

でも、こういう私を赤化あるいはリベラル化しようとはせず、馬鹿にしているエリート層が日本の赤でリベラルだ。これも公然の秘密だし、コモンセンスだ。

こういう増田を書けば、私もネトウヨ揶揄されているものの一人になるだろう。

でも私は思う。私は荻上チキ文化論ではい友達になれると。もちろんこれはコモンセンスじゃない。

でも彼は私のことを馬鹿にして決して友達とは思ってくれないだろうね。これはコモンセンスかもしれない。

さて私は2度転職して3度パワハラを受けた。今の野党がやっているような内容だ。

できるはずのない仕事量を押し付けミスがあった。仕事の基礎を揺るがすようなミスだと騒がれた。でも本当は些細なミスだ。騒いでいる当の本人が協力すれば防げたし、わずかな時間カバーできる。本当に基礎をゆるがすようなミスならばあなたはなぜそんなに無関係を気取っているのか、本当にあなた責任はないのか、なぜそんなに非協力的なのか全く理解できなかった。

野党悪魔の条文を守るためにやっていることは、国民生活を脅かすパワハラ文化日本根付かせ、正当性を与えるようなものだ。

多くの人は見たことあるだろう。パワハラ現場を。あの野党のやり口はまさにそれではないか

労働者を守る。代表する。と自認する立場国会議員労働者が苦しむパワハラのやり方を公開講座として日々メディアにのせる。

狂気世界だ。

森友問題は、安倍昭恵さんの脇が甘くて詐欺師に懐にもぐりこまれたのが真相なのはコモンセンスだ。奔放な性格昭恵さん証人喚問して、そのうえで挑発して不規則発言誘導旦那の首をとろうという野党とその協力メディアの筋書きもまたコモンセンスだ。こういう本当に罪を犯していなくても有罪として裁いてやろうというやり口が職場ならパワハラだし、学校ならいじめのやり口そのものだというのは、もちろん、コモンセンスだ。

私はたまたま利益を上げることできる才能と運に恵まれていて3度ともパワハラをしのげた。だが、昭恵さん相手が悪い。スターリンのように罪状はなんでもいい。最初から首だけを狙っているからだ。これもまたもちろんコモンセンスだ。

加計問題本質安倍さんの友人であれば人権制限される。ゆがめられてきた獣医教育行政を正す機会と能力に恵まれても実行してはならない。安倍さんの友人が安倍さんと志を同じくして協力してはならないという点にある。安倍首相は常に孤立していなければ不正なのだ。これは野党メディアコモンセンスだ。一方で、セクハラをしたとされる福田財務次官よりもよほど悪質で、直接手まで出している鳥越俊太郎氏が別段問題視されず、その後もTVでご意見番をしているのは悪魔の条文の有力守護であるからというのは国民コモンセンスだ。守護者たちの友人関係は「善」なのだ自分たち連帯が素晴らしいからだ。

台湾出身で、台湾国籍をさかのぼって抜くために台湾政府に借りを作っている野党議員や、他人疑惑の総合商社非難しておいて自分詐欺を働き、さらにそのうえで「ワークシェアリングだった」などと珍妙言い訳をして今また首相詐欺師扱いしている野党議員、そういう人たちがのほほんと議員を続けていられるのも悪魔の条文の守護者に加担しているからだ。これももちろんコモンセンス

外国に借りを作った国家権力者がその後どういう行動をとるか、ドイツ特別列車用立てられたレーニンドイツ講和をして領土をたくさん割譲した例をみても明らかだろう。そして結局即時講和平和を叫んでも実際は列強干渉戦争を呼び込んでしまった。

自分詐欺を十分に反省しない癖に、ほとんど女と甘酸っぱい時間を過ごせていない私のようなすばらしい日本男児をレイプの子孫として世界に紹介し、歴史に記録しようとする。だれもまずは自分がやりすぎなくらい反省しなさいよと教えてあげない。他人にはやりすぎなくらい反省しなさいと強要してくる。20万人の性奴隷強制連行嘘八百というもやはりコモンセンスだし、罪のない無力な市民を無実の罪で吊し上げ迫害するのが左翼政治信条。これもコモンセンス

私たち知る権利野党を正す権利労働者としての権利歴史的無実を叫ぶ権利挙句の果てには総選挙民意を示す権利でさえも憲法9条を守るという大義名分によって踏みにじられようとしている。この条文があるからこんなことが立て続けに起きるのか!?そうなのであれば、必ず!絶対に!すぐさま!憲法9条悪魔の条文は改憲されなければならない。これこそがここで一番言いたかったコモンセンスだ。

私がもし熱烈な護憲論者なら今すぐこの卑劣改憲阻止運動糾弾する。国民すら二派にわけて争わせる平和主義者・武力放棄論者があってたまるか。(武力蜂起論者なら合点がいく。)

そんなやつらには絶対紛争を話し合いで解決できないだろう。今だって解決できないし、する意思もない。拷問の末無実の罪を自白させるようなことをやっている。まぁ、政治信条からしてそういうやり方が好きなんだろうけど。これもやっぱりコモンセンスだね。

オタク差別について見てきたもの

オタク差別の件について色々の論点があって、まずネトウヨ死ねって点には、自分も完全同意だし

CRACには是非頑張って欲しいなというか、自分も周りの差別的言動に染まっちゃったオタクを注意したいなと思うんだけれど

オタク側の事情を知ってほしいよなあ、これ書いてないとこの後オタク周りの状況が随分後退するよなあ、ということを思ったので書きたいです。

文章とかあまりかかないので、正しく書けるかは分からないんですけれども。

オタク定義に関わるから自分認識しかないけど歴史を書きたいわけです。

まず自分は「君は根暗だね」と周囲の人々から言われるようになってから、「オタク」として自覚しなければならなくなった一人。

そういう一人のオタク認識しかないものなんだけど、自分の見てきた物を自分視点で書きたい。

(正しいことが違うなら、正しい歴史情報がほしい。ただし、今でも昔の新聞を調べると「根暗オタクという人たちがいます」は見かける。)

自分は何の根暗だったかというと、"コンピュータに周りよりも詳しい"ということで根暗と言われた人です。

もともと自分にとっては大体、小学校高学年〜高校生くらいの頃のことなんだけども

当時はコンピュータを触る人とか、上手な漫画風のイラストを描く人とかは根暗というのに、その人が名乗らなくても分類してよいという風潮がありました。

自分の従兄弟の兄もコンピュータが得意で、それもやっぱり根暗と呼ばれていましたから、これは子供だけの世界じゃなかったと記憶しています

からコンピュータお下がりでもらったんですけれど、今では仕事にしてやってます大事な兄でした。

ちなみに従兄弟の兄はその後自殺しました。まだ20代だったと思います

で、根暗と呼ばれるというのが唐突にされて、その後に「根暗という分類を与えられた人は、感じの悪い暗い人です」という

根暗」という言葉の響きについてる意味でもって、自分のことを解釈されるようになるんです。

根暗=悪い人」 かつ「(何かの能力を持ってる)=根暗」かつ「自分=(何かの能力を持ってる)」よって「自分=悪い人」

・・・って形のイコール勝手につながる感じなんですね。

この(何かの能力を持っている)の部分は、はじめからすごく曖昧に広く取られていて、

コンピュータとか、数学とか、絵とか、化学とか、カメラとか、大体そういうところに優れている人は根暗だった。

あと、こういうのとはまたちょっと趣が違うところでは

(何かについてとても詳しい)人たちも根暗と分類されていて、アニメとか、電車とか、そういうのに詳しいことが根暗だった。

実際には自分コンピュータが得意なだけでしたし、それまでは友達とかも居たんですけれど、根暗と分類されてからはそういうのはダメでした。

ちなみにコンピュータは確かに趣味でしたけれど、それを辞めてみせてもこの根暗って評価は消えませんでした。

実際に「暗い感じの雰囲気を持っていたから」なのでしょうか。

しかしそうだとして、カツアゲを受けたり、教師から「君が根暗なのが悪い」と言われる理由としてはおかしいんじゃないのかと思う。

で、これ自体イジメなんだけど、イジメというのは、基本的学校社会イジメという構造があって

そこに"イジメても良い人の分類"を書き加えることができて、

"イジメても良い人の分類という扱いを与えておくと社会的に得をする人たち"というのが居て、

ある日突然そういう人たちから、新しい"イジメても良い人の分類"が立ち上げられることによって、

そういう分類に位置づけられた人たちが全員、お金学習する機会を毟り取られる、という仕組みになっているように自分には思えてなりません。

なんというかあれは、自然発生的なイジメと違って、テレビ根暗と言う言葉が出てきてから

一斉にどこの学校でもその分類が理由イジメられるみたいな状態になってたと思う。それでテレビが嫌いだったりするんですけれども。

あと、兄についていうと「コーダーさんたちは"根暗"なので給料を安くてもいいし、"根暗"ってサボッてるようにみえからもっとコキ使ってもいいよね」という趣旨お話は、面と向かってあったようです。そういう取扱が苦しかったんだと思います別に兄は話したら数学とかわかりやすく教えてくれて聡明な人だったし、職場でのことは知らないけど、悪い人じゃなかったとは思う。

今でもプログラマってそういう扱いがあって、本当に上位1%みたいなハッカーたちとか、

スーパーエンジニアって言われるいかにもイケメン写真写りの良い特別扱いの人として分類されなければ

専門技術提供していても給料安いんですよね。多分、絵描きさんも。ただしこれは何故かWeb系は違うかもだけど。外資が強いから?

といっても今は比較的マシにはなったんじゃないかな。これはそういう形で根暗って言葉が、なんというか、社会的に「活用」されていたことの爪痕なのだと思います

それから何処かのタイミングで、オタクって言葉が出来た。

それまで自分たちは世の中に"根暗"って言葉でまとめられる感じで、

根暗には最初から心魂が暗く悪い人間であるという意味が入っているんだけど、

オタクって言葉はそういう響きだけは、とりあえずない。

から自分オタクと言う言葉自分を呼ぶことに飛びついたわけです。

それからパソコン通信とか、その後のインターネットで見つけた仲間の間では「自分オタクで」って名乗るようになった。

自分が「オタクで」って名乗るのは、「根暗で」っていうようで、少し抵抗もあって、皮肉意味を乗せながら「オタクで」って名乗ってた。

このオタクって自分を呼んで集まれ場所パソコン通信だったと思うんだけど、それで当時凄い自殺考えてたのが救われた。

この辺でハッカーって言葉もよく耳にする用になった覚えがあって、詳しく調べて自分グルーになりたいなとか思ってたのを覚えてる。

ただこれもテレビですぐに「根暗」と同じような報道があって、「オタク社会問題です」って言われだすと状況が凄い悪くなって

自分は人よりも少しだけコンピュータに詳しいだけだったんだけど

ロリコンなんでしょう?」と言う質問を貰ったり「犯される」とかいって逃げられたりするようになった。

こういうとお前もロリコン差別するのかとか言われそうだけど、そういうことじゃなくて、

自分はそういう人じゃないんだけど、そういうものだって勝手に分類されてしまう。

それにこれには「だから君を殴っても良いよね」とか「だから君はパシリに応じるべきだ」とか

「だから君は不採用だ(技術オタクはほしくないんだよねえ)」とかそういうことが、言葉の後ろについてきてるって経験をした。

高校卒業社会人くらいの頃だと思う。

自分というもの意味勝手に定められる感じだったし、経済的にも、その技術に「長けている人ほど」安い給与でも仕方ない、みたいな取扱があった。

理不尽なのは技術を持っていることをアピールするほど就職面談とかで、弾かれることが増えるということで

技術のことは皆目分からないけどコミュニケーション自分は優れていますオタクじゃないです、というアピールをしないと仕事が手に入らないフィルタがかかってたんです。

オタクだと弾かれる。

後これに関連するところで、隠れオタクみたいな人たちがいて、あれって隠れないと何か言われるから隠れているんだけれど、

隠れるって、ただオタクと名乗らないとかじゃなくて、

人々が「君はオタクだね」と呼ぶ能力を隠して見せないようにしてるわけです。

コンピュータ詳しいのは、最近すごく状況が良くなって、隠さなくても良くなったけど

昔はコンピュータ詳しいこととか、コンピュータに関心あること自体さないといけないことで、

見せたら絶対にまずかった。でもそれ自体理不尽じゃないですか。

それでこの辺でオタクコミュニティみたいなのに自分も入るようになってくんだけれど

当時のオタクコミュニティってそうやって根暗って勝手に呼ばれて押し込められた感じの人たちの、いろんな個性が集まってる凄い場所だった。

自分比較メジャーオタク(コンピュータオタク)だったけど、そうじゃない人もたくさんいて。

で、そういうオタクたちが、たまたま持ってる能力理由オタクとして押し込められていたから、インターネットで一箇所に集まることができて

その押し込められる原因になった能力をつかって「作る」ようになってったというのを覚えてる。CGIで作られた掲示板とか、そういうのがたくさんあった頃。

しぃお絵かき掲示板とか、そういうの。自分も設置して絵を描けるようにして絵描きさんとかたくさん集まってもらってワイワイやってたことを覚えてる。

それにインターネットじゃなければ、コミケットみたいな場所とかあって、それでとにかく集まって作るみたいなのがどんどん活発になって。

で、作るならもちろん好きなものについて作るのがよいわけで、魔法陣グルグルファンサイトとか、えここのファンサイトとか、

プログラマならCGI掲示板作る方法でKentWebとか改造するの楽しんだりとか

「何か with 偽春菜」でSSTPBottleみたいな名前サイトとか、名前忘れちゃったけどDelphiコンポネント集まってるサイトとか、

そういうのがすごく混ざって出てきた記憶がある(どういう順番でどういうのがあったのかもう覚えきれてなくて時代曖昧なっちゃうんだけど。)

そこの中には、あめぞうとか、2chとかもあったみたいなんだけど、自分はその空間はいなかったから分からない。語れる人に語って欲しい。

なんというかそうやって、僕らはインターネットに住み始めた。リアルではひたすら抑圧されていた色んな力を発揮できる初めての空間に感動していた。

で、で、この中で出てきたのがネットマナーみたいなローカルルールの考え方だった。

ネットマナーの要旨は2つあって、1つは他の人に自分がされたら嫌なことはしないようにしましょうね。という普通マナーなんだけど

もう1つがオタク向けのサイトで語られる物で「オタクはただでさえ偏見の目で見られやすいから、むしろ人間的にまっすぐありましょうね」と言うもので。

オタクである管理人さんが直接これを言う。例えば「トップページ」があって「このサイトで見たもの理由犯罪を犯す人間はこのサイトを見るな」って必ず書いてあった。

場合によってはそういうの無視して変なこと言い出す人とBBSで戦ったりもしてた。

これはリアルで色んな人に会う時にも必ず口にすることで、オタクかくあるべし、とオタクの中でルールが決まっていったのを覚えているし、

自分もこれを新しく迎え入れたオタクに語った覚えがある。これが自分たちオタク社会への反論だったと思う。

オタク(根暗)=悪い人」の部分のイコールを崩したいというのが根底にあったと思う。そういう戦いだった。

この頃に、ああこれまで受けてきた仕打ちや、兄が死んだのって、これが差別だったんだなあと、じんわり理解するようになった。

基本的にこの戦いは

1.押し込められた能力を発揮して「良いもの」を作る。

2.「悪い」と看做される要素を可能な限り排除する。(オタクならマナーを守る)

3.「オタク」になりたい(=オタクの生み出す「良いもの」を取得したい)人たちを迎え入れ、自らもオタクと名乗るように促す

という3本柱だったと思う。「オタク=悪い人たち」のイコールが、イコールじゃないことを社会に示すのが目的の戦い方だった。

こういう戦い方をしてるからオタク自分自身の人権を守るのに、表現の自由がとても重要になる。

戦いで根底にある「良いものを作る」が塞がれると何もできなくなっちゃうから

それでこの戦いなんだけれど、なんというか、ある程度は勝ったんだと思う。だから今、当時からすると信じられないくらいに、暮らしやすい。

ただ一方でこれは自分が "プログラミングオタク" だからかもしれないと、思うことがある。まだアニメオタクたちは、暮らしづらいんじゃないか

なんというか、プログラマって、格好いい職業として「オタク」たちから、切り離されたんじゃないか

つのまにかプログラマはいわゆる「名誉白人」になってないかな?って。

で、勝っていく過程で、3本目の柱が理由で、オタクコミュニティに人が集まりだした。

それで方針通り、全ての人を受け入れるのが基本で、オタクの持ってるものの良さを知ってもらい

あなたもまた自分たちと同じものが好きな「オタク」だね。って。マナーだけはなるべく守ってね。と

これはこれでよかったんだけど、じわじわと1と2の柱を守る意味が分からないオタクが増えていくんだよね。

そういう人たちは当時は"ニワカ"って呼ばれてた。ここでディープオタクとそうじゃない人の間に衝突が結構あったよね。拡大に伴う内戦みたいなもので。

なんで衝突したかっていうと、多分彼らはオタクって言葉自分選択した人たちだからだと思う。

この戦いでオタクになった人たちは、社会からギュって押し付けられてオタクになったわけじゃない、純粋趣味なのよね。

から彼らは確かにオタクであることを辞めることができる。自分たちとはそこがちょっと違う。

はいオタクとして、彼らを受け入れたコミュニティの流れを恥じるつもりはないし、

"ニワカ"だって立派に自分たちと同じものが好きな同じオタクだと自分は思うんだけど。

社会には色んな人がいていいし、それは自分たちも含めてそうだし、オタク度の深さで区別される必要はないし、

今で言えば在日の方への差別とか、そういうのはおかしなことだ、というの、そもそもハッキリ当たり前のことなわけです。

でまあ実際そういう議論をたくさんしながらオタクコミュニティって、進んでいったと思うんだよね。

明確な中心はなかったけど、そういう言葉が広がってたのは覚えています

でもそうだなあ。どの辺だったかな。前後するかもしれないんだけど、どっかのタイミングからじわじわとこのコミュニティ侵食されてったのは覚えています

剽窃みたいなことをして、描いたキャラ絵に政治的文句乗っけて勝手に使うみたいなのをいろんな場所で目にしたよね。

コラージュから凄い下手なんだけど。凄い最近だとComiPoとか使ったりしてそういうの描いて出してて。

なんていうか二次創作で盛り上がってるオタクが言うのもどうかと思うけれど、

あれは二次創作じゃなくて、オタク文化の剽窃しか言いようがなくて、独特の下手なデザインで、

キャラについて、特にこだわりを持っていない人がやってるのが分かるというか。これがいわゆるネトウヨ

(なんというか、上手く言えないんだけど、彼らは本当に"オタク"なの?少なくとも社会からオタクと言われてオタクになった側の"オタク"なの?彼らをオタクだと認識したことすらないよ。自分らの描いた画像勝手に持ってった人たちじゃん。)

それでオタクコミュニティでは、そういうの追い出す目的で "政治の話はこのサイトではしないでください。" みたいなネットマナーが増えてった覚えがある。

ただ政治的主張について考えることが好きな一群が段々彼らに説得されて盛り上がりだした。

それが現在状態で、で、いつの間にか自分たちオタクは "彼ら" の政治上の肉の壁みたいになってる。

この状態をなんとかするにはどうするのがいい?

周りの注意くらいから始めるのがいいかと思うんだけど、初期の政治が混ざってくることへの対策もあって

"政治的な話は違うサイトで"がデフォルト認知になってるので話せる場所がまず難しい。

あと自分プログラマコミュニティにいて"もはやオタク認識されていない"というのも厳しい。

なんか思い出すと、かいててすごくつらい。雑文になってしまったと思うのだけど、とにかくこういう経験はしたよってこと。

同じ経験をしたオタクと名乗らざるを得なかった人って、たくさんいると思う。

今ではコンピュータに詳しい人は攻撃されて当然って状態じゃなくなったのは本当に良かった。

けども、同じオタクたちに、道義的責任も感じてしまう。

コンピュータを扱うのはオタク定義からはずそう、というのはなんというか

オタクコンピュータって技術を握ってる状態は不味いって考えで、

オタク定義から外すのを社会側がやってったって感じが強いのが不満。

色々な所でプログラマオタクは違うんですよ、プログラマからといってオタクとは限らないんですよって言葉を聞く。これは逆だよね。

オタクというと、具体的にはプログラマとか、そういう人たち。。。だったのを切り離して自分らだけ違うって言っちゃってるよね。

あとは一般オタク差別主義者だってことになってしまうと、基本的に"オタク"のうち少数派になってしまっているであろう

"社会からオタク認定されていて、オタクであるということを自らの意思で辞められないオタク"だけがダメージを食らうことになる。

まり社会から認定された"オタク"の定義は"ある能力があること"なのであって、"趣味を持っていること"じゃない。

"政治のためのオタク者"が逃げられるのに対して"オタク"は逃げられない。そうしてオタク差別が始まる懸念が強い。

とにかくとりとめがなくなっちゃったけど、ともかくこういうサンドバック状態にあって、

一度押さえ込んだオタク差別が復活するかもしれないなあという懸念と、

そういう状態にしてくれたネトウヨ許すまじって気持ちとがあるんだよなあ。。。

女性男性の家に行くって何かあるとかいうけど

25歳くらいまでマジでそんなこと知らなかった。

だって学校でも教えてくれないし、そんな教育受けたこともない。

そういう創作物だって読んだことがなかった。


大学生くらいのとき普通に友達の家に1人で遊びに行ったりしてたけど、もちろん何もなかった。

お互い興味のある話を延々としていたし、男女ではなく対等な関係だった。


他の大学に行った知り合いがそういう系の話をしてたような気もするが、

(こういう言い方をするのは何だけど)知能指数が低いのかなぁと思っていた。

別の世界の住人って感じだった。

自分には関係ない話だと思った。


周りでもそういう話は聞いたことがなかった。

普通に告白して、付き合う。

そういうプロセスをみんな普通に踏んでいたし、それが当たり前だと思っていた。


今思えば、大学は少し特殊な人が多かった。

大学の外に出ると気持ちが悪いと感じることは正直多かった。

男女が対等でないと感じたり、人間ではなく物のように見られていると感じたり。

そういうのが普通な環境の方が異常だと思う。

外の世界性別が重視されすぎているような。


大学を出てから随分月日が経ったけど、未だに社会とは折り合いがつかないと思うことが多い。

2018-04-25

就活、うまくいかねえええええええ

内定とかほんとにもらえる気しない

転職前提でテキトーなところ行くのも考えたけどうまくいかなさそう

既卒とか第二新卒検索かけたりしたけど、現時点で就活上手くいってないのにできるわけねーだろ...

楽しそうに話してる街中の就活生たちを見るのがつらい、カップルとかなおさら

来週に友達3人ぐらいと遊びに行こうって言ってるけど、一人はもう就職先決まってるし会いたくない

同じ学校就活生に会いたくなくて、今日予約してた学校集団面接キャンセルして家でぐうたらしてしまった、ダメ人間すぎる

死ぬのもめちゃくちゃ考えてるけどここまで育ててくれた親に嫌な思いさせたくないし、痛くて怖い思いして死ぬのやだなって思うから多分鬱ではない

楽に死ねるんだったらすぐ死にたいけど

頑張ってるつもりだけど実質頑張れてないから上手くいかないんだろうなあ

かに甘えたり話を聞いてもらったりしたいけど残念ながらそんなお人好しなんかいないんだよなあ

こんなところでつまづいてるんだからこれから社会に役立たないのなんて明白だし、安楽死して臓器移植してもらってせめて誰にも迷惑かけずに誰かに貢献したい

anond:20180425140022

似たような田舎町に住んでた事があるけど、

その辺に普通に進学塾(全国チェーンだが)があって「増田益男、〇〇大学合格!」とか書いてあるんだよな。

個人情報保護とかないのかよってのはいかに田舎

その大学名もでかでかと掲げられてるのは東京の有名大学ばかり。東大ってのもいた(地元神童扱いなんだろうなこいつ、と思った)。

東京大学より地元の旧帝に行く、って人が大多数の地方中核都市出身者としては、

もっと田舎だとどうせ自宅離れて進学するなら東京の有名大に、ってなるのかもしれないと思った。

まして釧路には医学部10人入れる学校があるようで。それ進学校だよね?勿論その田舎町に進学校など存在しなかったけど、それでも上記の通りなのに。

田舎東京より遥かに遅れている」ってのも一種ポルノであって、

その著者はそれに合わせて本売る為に話盛ってるだけなんだろうね。

田舎かわいそうポルノ

田舎どーのこーので盛り上がってるけどさ~

中学同級生アル中が居た俺に比べればまだマシっしょ

ちな2人の女と酒盛3Pで同級全員穴兄弟

陰キャが毎年2,3人自殺するかしとるすてきな学校

大工カラオケ店員居酒屋

家業持ちヤーさんキャバ公務員水道勝ち組

勉強せなあそこに行くことになるでっつて脅しに使われる学校やぞ

非オタには差別されてこなかった女オタだよ

私(アラサー)中学の時結構オープンオタクで、オタ友とイラスト付き手紙毎日交換したりキャラ愛をクラス中に公言して回ったりスクエニ漫画非オタ布教したりと、今思い返すと赤面するようなことばっかやってたよ

でもオタク差別されなかったよ

クラスで一番強い女子グループに属していたし成績は常にベスト5だったし運動部副部長と付き合ってたか

(カラオケで歌う曲がアニソンかよwって笑われたり、親にオタ趣味取り上げられたり、彼氏に俺の前で乙女ゲーやめて!って言われたことはある)

一方で同じクラスのA君は、「オタクっぽい(括弧付きね)」外見で気が弱くて運動勉強いまいちで、かといって特にアニメ漫画ゲームも好きっぽくなかったよ(少なくとも学校で表に出してはいなかった)

でも不良グループにいじられてからかわれて馬鹿にされてて、後で聞いたらカラオケゲーセンお金とか出させられたりしてたみたい

本当に「オタク差別があったなら、(全く同じ状況下でも)A君は対象外で私だけがピンポイントで被るような迫害が世の中にはゴロゴロあったってことなのかな?免れた私は運が良かっただけ?

オタク差別っていうけどそれって「オタクっぽい≒見下していい」とコミュニティ内で認定された弱者へのいじめ迫害なんじゃないの?

女性差別はあれじゃん、倒れた人取り囲んでオロオロしてる男はスルーで、応急処置をテキパキやった女が「女だから」という理由土俵から降りろって言われる、そんな構造があるわけだよね

でもオタク差別にその構造ある?オタクへの迫害って本当に「オタクかどうか」で決まってたのかな?

もちろん、かつてあった「オタク馬鹿にして良いもの」な風潮は身にしみて知ってるし、私がたまたまそれを気にしないで済むような環境に恵まれていただけなのもわかるよ

ただ、今話題になってる「オタク差別」のいくらかは、当時A君が受けていた扱いのことを指しているんじゃないのかな

それを2018年現在マジョリティと化した現代オタクが、自分の主張の道具として用いてもいいのかな

私はずーっとオタクだけど、昔から今に至るまでずーっと彼を迫害する側の人間だと思うし、差別表現言葉遊びしかない相対化と弱者バッシング、(ここは私怨をこめて言わせて貰うね)女叩きが大好きな現代オタク迫害する側の人間だよ

anond:20180422081017

そりゃそうだろ。

「女だから学校に行かなくていいのと「宝くじが当たったから」学校に行かなくていいのは全然違うパターンじゃん。

底辺校出身田舎者が、東大に入って絶望した理由 を読んで

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353

大学を「高校の次に進む学校」として捉える機会がない

これ、言うだけ損というか、高卒立場から言っても今なら情弱乙といってバカにされるだろうし、

田舎者の僻みだと捉えられるだろうから誰にも言うことはなかったけど、ほんとにその通り。

高校生になっても大学が何なのかよくわからなかったんだ。俺もまわりも。

この記事大人になってから思ってたことをすべて言語化してくれてて驚いてる。

anond:20180425023409

「絵に描いたようなオタク像」をサブカルチャー自体再生産している、という点については同意。だが「だから差別ではない」という主張には同意できない。そもそも社会的差別存在しなければ、ステレオタイプな「オタク像」が笑いやからかい対象として成立しないのだから、それをもって「差別ではない」というのは無理筋だ。被差別者自身が彼ら自身の中に階層を作って「弱い者が更に弱い者を叩く」構造を作り出すのはよくあることだ。その構造を生み出すのが、彼ら自身の弱さなのか社会からプレッシャーなのかは問題ではない。これはよくある差別の一風景に過ぎない。

どうも、何か「差別ダメゼッタイ」的な低レベル学校人権教育からくる悪影響かとも思うのだが、「差別者=悪魔被差別者=哀れな善人」というイメージ典型モデル)を抜け出せない人は意外に多いのだなと思う。実際の「差別」の諸相でそんなことはあり得ない。とき差別者が、自らの差別意識に苦しんだり差別意識のせいで人間関係を壊して悲惨な目に遭うことがあり、彼らは十分可哀想な人であったりもする。逆に被差別者がその立場を笠に着て横暴な行動を繰り返したり被差別者の中で被差別者の王として振る舞うことだってよくあるのだ。差別を考える上で、上記のような典型モデルほど当てにならないものはない。差別者だから不正なのではないし、被差別者であることが主張の正当性担保するわけではない。

たとえば「いじめももちろん「差別事象である。そして、それが差別だということの意味は「偏見に基づいて、特定属性個人が、社会的排除されるといったことも含めて不利益を被るのは不当である」ということであり、それ以上ではない。いじめ解決はいじめ被害者の心に寄り添って周囲がそれを100%実現することではなく、いじめという差別事件引き起こした小さな社会構造自体を変えることである。その意味では、加害者を過剰に罰することは、たとえ被害者がそれを望んだとしても当然避けるべきである差別絶対カードではない。被害者に寄り添っているからといって、それが正義になるわけではない。

被差別者から正しいわけではない」ことを前提とすれば、「オタク」を排除しようとする社会的偏見で「オタク」が不利益を被っていることは事実であり、それは差別に相当する不当な行為である、と言えることになる(そしてそれはおそらく主張として正しい)。ゆえにオタク差別されている。一方で、それは「オタク」を正当な理由に基づいて批判することを妨げるわけではないし、「虐げられしオタク」が全面的擁護されるべきだということも意味しない。差別差別でありオタクに対して偏見をぶつける行為は不当であるが、その場合正当な反応というのは、あくまで「オタク別にいいんじゃない」であって、それ以上の反応(たとえば「オタク大好き」とか「オタクを救え」とか)ではない。そういうことは、倫理的判断されるのではなくあくま政治的判断されるべきことだ。すなわち、社会の中でお互いに正当性を主張し合い、社会的リソースをどう配分するかを合理的に話し合うということである

まり増田の主張は「差別されているとしても、オタク差別社会的リソースを配分する必要はないのでは?」という方が正確なのではないか。それはそれで一つの主張ではある。

学校英語教育は悪いんじゃない

ただ足りないだけ。学んだ知識を使う機会があまりにも少ないだけ。

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