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2017-12-15

http://b.hatena.ne.jp/entry/jp.automaton.am/articles/newsjp/20171213-59398/

アメリカ人ゴア描写に甘すぎというのはある

エロと同レベル規制をすべき

低いほうにあわせるというのではなく、単純にゴア描写規制は強めるべきという意味

アニメ寒い描写がきつい

女子ツッコミの過剰な暴力寒いギャグやノリ、不自然エロハプニングシリアス展開中の不自然ギャグなどは、見ているこっちが恥ずかしくなる。

ラノベアニメはこういうのが基本あるから見てないけど、今期の「魔法使いの嫁」は背の高い骸骨男のデザインが気に入ったという安直理由見だした。でも、1話も少しきつかったが2話の工場の女の暴力ツッコミ限界が来てその時点で見るのをやめた。キャラデザは気に入っても内容は面白いと思わなかったし。ラノベアニメ寒い描写を入れろという暗黙の制約でもあるのかと思うほどテンプレ展開が多い。

最近一番きつかったのが、けものフレンズ最終回ライオンの緩急のあるセリフライオンセリフまでは熱い展開に感動していたのに、あの一瞬でそんな気分は消えてしまった。ライオン二面性のキャラは分かっている。でも戦闘態勢時にあの過剰な演出は無理にカッコ良く見せようとする不自然さを感じた。あのシーンは普通にはじめからドスの効いた声でよかったと思う。

ひねくれて見ているのではない。考える以前に直感的に居た堪れない気持ちがまずあり、それを説明しているのはただの理由付けでしかない。

共通しているのは「痛々しい」「不自然さ」だろうか。この気持ち感覚をどう言語理論化していいのかわからない。

共感性羞恥ではない。共感性羞恥意味は、恥をかいている人に共感してしま自分も恥ずかしくなるという意味だし。そもそもなぜ羞恥に対しての共感能力だけ名前がついたのかわからない。他に共感なんていくらでもあるのに。

斜に構えているわけでもない。斜に構えてたらそもそもけものフレンズなどのアニメは見ていないし、感動もしていない。

また、人と違うアピールでもない。というか、「自分と違うこと=そう見せたいだけのアピール」って思う人は偏向しすぎな気がする。中学生の時、小説単行本読んでたところを知り合い程度の女子に「分厚い本読んで賢いアピールしてる」と言われて、なんか居た堪れないというか可哀想というか、相手に対して憐れみを感じた。

今思えばこの気持ちアニメ寒い描写に対する気持ちとかなり近い気がする。

別にそういもの否定したり悪いと思っているわけではないし、好む人間をどうこう思っているわけでもない。感性それ自体善悪はない。単に自分に合わないだけだ。実際にそういうアニメを好む人もいればそもそもアニメ自体好まない人もいる。ただなぜこんな気持ちになるのかいまだにわからないでいる。

2017-12-14

好き嫌いは誰でもあるし健全。怖いのは「正しさ」。

自然www

んなこと言ったらレディコミのイケメン描写とかもそうだし、

ってかそもそも現実から乖離する面白さがフィクション醍醐味だろwww

でもまあ増田は偉いよ、ちゃんと「嫌い」ってタイトルに入れて明言してるし。

そりゃ誰だって好き嫌いはある、

萌え絵が嫌いでレディコミ大好きなヤツもいるし、その反対もいる。

いがみ合いが生じるのは多少仕方ないが、

それでもまあ好き嫌い同好の士住み分けしてれば済むこと。

恐ろしいのが好き嫌いが元なのに「正しい・正しくない」とかいい出す連中な。

乳袋政治的に正しくないとかおっ始めると、やれ規制ゾーニングだとか平気で言い出すんだよ。

白雪姫キス強制わいせつとか平気で言い出すやつらもいるのでここは要注意。

好きか嫌いかで大いに語れば良い。

正しさを言い出すやつは疑ってかかるべきだよ。

疑いを許さな正義ほど恐ろしいものはない。

戦前天皇崇拝みたいなものからね。






anond:20171213224507

エロ漫画で竿袋はあるよね

なんかズボンを穿いてる状態勃起したときテントを張るんじゃなくて棒状に突き出すような描写になるやつ。

なぜ乳袋ツッコミを入れてしまうのか

乳袋には目くじら立てるくせに目が大き過ぎるのにはつっこまないのかとか髪がピンクなのは良いのかとかコメントが付くことがある。

なぜ乳袋が嫌なのか考えたのだが、まず1点目は、子供向け含め女性向け漫画ではキャラクターファッションが重視されがちだからその延長線上で考えてしまうのだと思う。絵が可愛いのに加えてキャラ服装がおしゃれだったり、おしゃれじゃなくても性格に合っていることはかなりの加点要素になる。それなのに服装描写がいい加減だと手抜きに思えるのである。ちゃんと考えて描いた?って感じ。もちろん乳袋表現適当に描いているわけではなくエロさの追求からまれ表現方法だと理解しているが、私としてはエロさよりリアリティある服装描写の方が優先順位が高い。リアリティがあってかつエロい方が良い。

2点目は、女性は日々自分の体型と似合うファッションを考えながら服を買ったりコーディネートしたりしているので、自分日常的に触れている分野についての描写がいい加減なことに腹が立つのである。例えば私はある専門職に就いているのだがたまにその分野のエピソードドラマ等に出てくると嬉しくてじっくり見る。すると結構割合であり得ない間違った描写がされている。話の都合上仕方なくとかではなくてただ単純に間違っているのでがっかりしてしまう(医療関係者警察の人はもう諦めているんじゃないかと思うけど)。私はバスケ部だったので少女漫画相手役がバスケ部部活描写が出てくると「シュートフォームおかしいから」とか「ユニフォーム着て練習しないから」とか思う。それと同じことだと思う。

anond:20171213224507

クレヨンしんちゃんオカマ描写に助けられたひとっているのかな

苦しめられてる人はまあ間違い無くいると思うけど、こういう感じで生きていいのか~となった人はいるのかな

2017-12-13

今もなおLGBT差別を続ける「クレヨンしんちゃん

オカマを笑いものにする「クレヨンしんちゃん」を封印して欲しい

https://anond.hatelabo.jp/20171023175035

この記事の続編です。

この記事投稿してから、多数の方から反論を戴きました。

その多くが「クレヨンしんちゃんオカマキャラクターを出してLGBT偏見を促す描写をしていたのは過去の事であり、現在はそのような描写撤廃してLGBT配慮をしっかりしている」というものでした。


本当にそうでしょうか?


以下の画像は、有志の方から情報提供して頂いたものです。

https://i.imgur.com/x0yLJE0.jpg




これが実際に放送電波に乗ったのが2017年11月24日、つい先月の話です。


これのどこが自粛しているのでしょうか?

どこに配慮存在するのでしょうか???


クレヨンしんちゃん」は相も変わらず、男に女性の格好をさせた上「そっちの趣味」などと性的関係揶揄し、

それを幼稚園児に言わせて、「同性愛は笑いものにしてもよい」と言わんばかりに囃し立てる

このような差別的描写を今現在においても行っているのです。



とんねるず」がLGBT気持ちを考えず保毛尾田保毛男を性懲りもなくテレビに映したのと同様に

クレヨンしんちゃん」もまた、何も反省していない事がこれで明らかになったと思います



私達はもう我慢できません。

未だに中世のような差別的感覚番組制作する「クレヨンしんちゃん」に対して抗議活動を本格的に行いたいと思います



日中に「クレヨンしんちゃん性差別被害者の会」を正式に立ち上げます

そして「クレヨンしんちゃん」の全コンテンツホルダーに対してコンテンツ絶版・廃棄・発禁を求めていきます


テレビ朝日には

クレヨンしんちゃん」の即時放送配信の中止、及び関連する全映像素材の廃棄処分

バンダイビジュアルには

クレヨンしんちゃん」全ビデオソフト絶版、及び全小売店中古店、レンタルから回収・廃棄

双葉社には

クレヨンしんちゃん」全書籍絶版・回収・廃棄、そして全原稿の焼却処分


これらの要求を全て飲むまで抗議活動を展開していきます


我々がいつまでも虐げられていると思ったら大間違いです。

今こそ一斉蜂起する時なのです。

クレヨンしんちゃん」という稀代の差別作品世界から失くしましょう。

この記事をできるだけ多くの人に拡散してください。

ご協力をお願い致します。

「にーちの趣味ぶろ」ってなんで嫌われてないの?

人気が出るのはわかる

絵も愛嬌があるし、ガチ絵も上手いし、構成も読みやす

でもネタから性格の悪さが滲み出てないか

他人欠点ばかりをアラ探しし、デフォルメして笑い者にする

そして「自分だけはまとも」アピールも欠かさな

奇人変人の話ならまだしも、自分の気に入らない人間漫画を通してディスる姿勢は、見ててよく「うわぁ…」ってなる

都合の悪い話は「友達がー」と置き換えるし、普段から口を開けば悪口しか言ってなさそうな日常描写

キャバ女だからか?特有上から目線

人間観察ドヤァで自分が観察される側とは思ってもいない

絵が可愛らしいから許されてるし、そこから人気になるのは理解できる

実際自分も好きだったから読んでいた

けど、内容は正直酷いぞアレ

あれだけ「他人おかしい人ばかり、自分だけはまとも」とネタにしてて、よく炎上してないな

アンチが出てもおかしくない程度の知名度だとは思うが、なんで嫌われてないの?

「にーちの趣味ぶろ」ってなんで嫌われてないの?

人気が出るのはわかる

絵も愛嬌があるし、ガチ絵も上手いし、構成も読みやす

でもネタから性格の悪さが滲み出てないか

他人欠点ばかりをアラ探しし、デフォルメして笑い者にする

そして「自分だけはまとも」アピールも欠かさな

奇人変人の話ならともかく、自分の気に入らない人間漫画を通してディスる姿勢は、見ててよく「うわぁ…」ってなる

都合の悪い話は「友達がー」と置き換えるし、普段から口を開けば悪口しか言ってなさそうな日常描写

キャバ女だからか?特有上から目線

人間観察ドヤァで自分が観察される側とは思ってもいない

絵が可愛らしいから許されてるし、そこから人気になるのは理解できる

実際自分も好きだったから読んでいた

けど、内容は正直酷いぞアレ

あれだけ「他人おかしい人ばかり、自分だけはまとも」とネタにしてて、よく炎上してないな

アンチが出てもおかしくない程度の知名度だとは思うが、なんで嫌われてないの?

anond:20171212191609

わかる。BL好きだけど役割固定から抜け出せない表現って多いよー。読者もそれに拘る人が多いもの事実だけど。

例えばリバ(受攻入れ替え)への拒否反応ってかなりあって、漫画でもめったにない。たまにあっても「ここから先はリバの描写があります」ってわざわざ注意書きがあるぐらい。

あと、書き手女性が多いからか、好きな相手を落とすのに結構手料理振る舞うとか、家事全般こなせる、みたいなのがでてきて、それもうんざり

現実の焼き直しかよ、って思ってしまう。

どうせファンタジーなんだからさ、性役割なんか固定しないで、もっと自由セックスを描けばイイのになー。

かと思えばさ、自分たち女には絶対させないようなエグい凌辱、輪姦ものBLには相当あって、このアンバランスさが不思議しょうがない。レイプファンタジーなのか、男への復讐なのか、わからん

50回以上粘着された小説

スタンド能力に目覚めたチノの奇妙な冒険

この小説の41~45話で、敵キャラの技による同士討ちが迫真描写で、相当胸糞悪い展開が出てくる。

最終的には関係が修復されるのだが、その展開がいつまでも気に入らないらしく、「犯罪者人権は無い」とばかりに、感想欄で作者を非難しまくる荒らしが居る。

このサイトでは「攻撃的な言葉中傷人格否定)・脅迫」を含む感想削除対象なので、今は#運対#(運営対策済み)ばかりの焼け野原状態だが、消された感想の一部はarchive.is確認できる。

http://archive.is/https://syosetu.org/?mode=review&nid=101069

作者を攻撃する感想共通して、改行や句点が極端に少ない、慇懃無礼文体の癖が同じ、お客様神様とばかりの上から目線投稿者IDが新しくお気に入り小説登録が無いなど、自演を隠す気ゼロしかもほぼ毎日投稿するなど、最早ストーカーの域。

しかし彼は初期の投稿2017年09月26日(火) 20:03)では「此れから更新を頑張って下さい!」と好意的なので、まさに「可愛さ余って憎さ百倍」の典型例。

そんな彼の最新作(2017年12月12日(火) 19:55)をみてみると、安西先生もびっくりの成長してなさ。

感想失礼します、

読者の心には響きませんし

読者には通じませんよ?

読者の心もうちませんよ?

読者にも通じるようにしなければいけないのです、

  • 読者(これほど問題にしてるのは自分一人)

その辺が出来ていないからこそ此処まで荒れてしまったのかもしれませんよ?

こんな感想が50件以上投稿されて、作者のメンタルが非常に心配だったが、片っ端から通報されまくって消された上、投稿できるのがログインユーザーのみに限定されたので、最近は落ち着いてきた。(ログインユーザー感想が消されると#運対#すら表示されず、投稿ごと無かったことになるので、波風が立たない)

作者も荒らしには返答せず、別人への返信で(2017年11月08日(水) 00:31

本気で小説ごと消して失踪しようかと考えてしまいました。(今は大丈夫です)

一度考え直したのですが読者様の意向を汲んで書くのではなく、意見は程々にして、これから基本的には自分が書きたい事を書こうと思います。元々自由に書けるのがネット小説の魅力ですからね。

と、良い意味で受け流してることが読み取れたので、安心して粛々と攻撃的な感想通報+bad評価中。

ネットストーカー粘着された時は、この姿勢を見習っていきたい。

2017-12-12

異性愛が嫌い!恋愛至上主義が憎いっていう腐女子

長く腐女子をやってると、タイトルみたいなことをいう腐女子をたまに見かける。異性愛規範が憎いし、恋愛至上主義も憎い、と。でも彼女たちが作ったり愛するBLゴリゴリ異性愛規範だし、ガチガチ恋愛至上主義であることが多い。BLなのに異性愛規範とは?と思う人も多いだろうけど、チンコを入れる方を男役、入れられる方を女役として固定し、男役には逞しさ、経済力などを描写し、女役には小ささ、母性、弱さなどをデフォルメ強調して描写するBLのことである宝塚歌劇団の男版とも言うべきか。異性愛規範が嫌なのに、BL結婚式ではチンコを入れられる方だけが何故かウエディングドレスを着ている。特に女装ドレスが好きという意図はない。チンコを入れられる方は女役だから作者はドレスを着せる、それだけ。強烈な異性愛規範だと思う。憎んでいるとまで言っているが実は誰より愛しているのかもしれないと思う

2017-12-11

熊谷千葉市長の主張する、表現規制についての正当性について

 熊谷千葉市長は千葉市が行った、コンビニにおける成人向けコーナーについて、これの表紙にカバーをかけることを要請するという行政上の行いに対し、民主主義プロセスによって決定されたものであり、この要請は正当なものであると主張している。

 また、その要請を端緒として決定されたイオングループにおける成人誌等に関する流通規制について、これは民間独自に行ったものであり、表現規制という批判は当たらないと主張している。

 以上のことについて反論すべくつらつら書いたのが、書いたら満足してしまった部分があるので、増田にて放流することとした。 

 五千文字以上の乱文を読むことは骨が折れると思うので、主たる主張を始めに書く。

 

 まず、民主的プロセスのみを根拠として表現規制を行うことは肯定することには大きな問題がある。

 表現規制を行うのであれば、表現の自由の重大さから鑑みて、単に民主的プロセス正当性のみではなくそれ相応の慎重さが求められると考えるが、千葉市が成人向けコーナーの雑誌に対しカバーをかけることについて民間要請するにあたり、慎重に取り扱ったという証拠は今のところ提示されていない。

 またイオングループ自主規制は、その前提となった千葉市要請に基づくものであり、これと一体として論じるのが適当である

 このことは、ミニストップ熊谷千葉市長が共同して記者会見たこからも明らかなように、千葉市要請イオングループ規制政治的にもセットで語るべき問題であることは明らかである

 よって、イオングループの決定についての政治的責任を、熊谷千葉市長は一定程度負わなければならない。

---------

・表紙の隠ぺいにしろ流通経路からの締め出しにしろ、それは表現規制である

 ある表現物に対し、役所などの行政規制を設けることは、これはすべて表現規制である。これは表現規制という単語を見れば明らかである

 よって、千葉市によって行われたコンビニに対する表紙の隠ぺいなどの要請表現規制要請である

 また、イオングループによる撤去について、これの端緒となったのは千葉市要請であり、その因果関係があることは熊谷千葉市長も認めるところであり、また共同記者会見を行いイオンの発表として千葉市要請を端緒としていることを明記しているのだから千葉市要請した表現規制の延長として捉えることは自然なことである

 このようなイオンの動きは「自主規制」と呼ぶべきものでもあるが、日本表現規制歴史においては行政による規制自主規制は両輪の関係で不可分であり、特に本件はイオングループによる自主規制行政による規制要請とそれを受けての自主規制であることから、これを一体として論じることが適当である

 一度ここで確認したいことは、あらゆる表現が許容されるわけではないということだ。これは、一部の表現が法などによって規制されていることからも明らかであろう。例えば他者人権侵害するようなもの名誉棄損の罪などによって規制されているし、性器露骨描写についてはわいせつ物として規制が行われている。

 すなわち、あらゆる表現のなかから他者人権などと比較し、規制されなければならないものについてこれを行っているのである

 したがって、今回の千葉市についてもその表現規制妥当であるかどうかが検討されたかどうか、またそれが客観的に見て妥当であるのかどうかを見なければならない。

 しかし、熊谷千葉市長のツイートを読む限り、民主的手続き正当性を主張するのみであり、そのような妥当性の検討を行った形跡は確認できない。

 また、表紙の隠ぺいについては自由競争市場に対する規制であることもここで指摘しておきたい。

熊谷千葉市長の主張の危うさ

 熊谷千葉市長の本件に関わるツイッター上での主張は

民意があり、議会承認しそれを行政が実行したものであるから、この表現規制は正当なものだ」

とまとめることができるだろう。

 しかし、これを以ってして表現規制を行うことの危うさについてここで指摘しなければならない。

 なぜならば、民主主義は必ずしも正しさを担保するわけではないかである

 例えば、以下に例示したもの民意に基づき、民主的手続きに基づき行われたものだが、果たして正当化しうる政策だろうか。

ナチスドイツによるユダヤ人政策

 ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働党NSDAP)は一応は民主的選挙によって議席を獲得し、一応の手続きを経てユダヤ人に対する迫害を行った。

アメリカにおける日系アメリカ人強制収容

 日本アメリカとの戦争状態に入ったときアメリカ世論の後押しを受けて日系人強制的収容した。またこときその財産事実上簒奪された。これらの名誉回復1980年以降にようやく行われた。

アメリカ特に南部において行われていた人種隔離政策

 「黒人専用」「白人専用」といった人種差別政策が行われていた。これらは民意によって支持されていた。

オーストラリアにおける白豪主義

 オーストラリア政府によって行われていた一連の非白人への差別政策

 また、熊谷千葉市長の主張を言い換え、このようなものも導くことができるだろう。

外国人性的少数者への排斥などは

民意代表たる議員議会質問をもって提案し、関連予算議会承認され、並行して市民意見聴取して改善を求める意見が多数と確認

されたならば外国人性的少数者に対する排斥などを行うことは正当である」と。

 これらは不当に差別的ものであり、人権侵害であることは論を待たないと思うが、熊谷千葉市長はこの理屈表現規制は行えるものとしているとしているのだから、これについても是であるとこれまでのツイートからでは判断せざるを得ない。

 そうではないのであれば、熊谷千葉市長はある特定物事については単に民意議会における手続きだけではなく、より広範な正義に基づいて判断するべきだと考えているのであり、そしてその特定物事には、表現に対する規制は入っていない、ということになるだろう。

 だが、表現の自由とはそういうものであろうか。

 表現の自由も、単に手続き上満たしているからといって、これに制限を加えることを正当化することができるのだろうか。

 私はそうは思わない。表現の自由は大切なものであり、表現規制はこれを慎重にしなければならないと考える。

 そしてそうであるならば、それは単に手続きを満たしているからと言ってそれを実行することを正当化することはできない。

表現の自由とはなにか

 表現の自由基本的人権の一つであり、すべての見解検閲されたり規制されることもなく表明する権利をいう。

 また、ここには報道出版の自由なども含まれる。民主主義において自由な討論は欠くべからものである政府などによって恣意的表現規制することは原則としてあってはならない。

 よって、行政による表現規制は慎重でなければならない。

・これまで日本で行われた表現規制

 戦後日本における表現規制の概略をここに示す。

わいせつ表現規制

 日本における性的表現物に対して規制している法律刑法175条で定義しているわいせつ頒布等の罪である

 サンデー娯楽事件により、わいせつ物を構成する三要件定義された。

 すなわち、

.通常人羞恥心を害すること

.性欲の興奮、刺激を来すこと

.善良な性的道義観念に反すること

わいせつ物の構成要件となる。

 その後チャタレー事件悪徳の栄え事件などで判例を積み重ねている。

 刑法175条の運用として、警察局部が映っているかどうかで取り締まりを行った。このとき陰毛性器の一部として取り締まり対象としていたが、1980年から徐々に変化し始め、陰毛が映っていても直ちにそれをわいせつ物とされなくなっていき、1990年に入ると事実上陰毛については刑法175条の規制対象ではなくなった。「ヘアヌード解禁」とも呼ばれる。

 このように、判例に拠らず行政側の恣意性によってわいせつ物の判断が変動していくのが我が国におけるわいせつ規制の特徴の一つである

悪書追放運動

 1950年チャタレー事件きっかけとして各地の地方自治体青少年健全育成条例が制定されていき、それと同時に民間PTAなどで悪書追放運動が起きる。特にマンガが標的とされ、各地で燃やされるなど過激化した。

 1989年東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件が発生、宮崎勤逮捕され、大量のアダルトビデオを所持していたと報道されたことで、これらのメディア人間に悪影響を及ぼすとしてメディア効果論が起こた。また、それに関連して朝日新聞漫画本が子供に悪影響を与えると社説で論じたことをきっかけとして再びコミック追放運動が起きた。これらを受け、成年向けコミックでも激しい自主規制が行われた。

有害図書指定

 各地で制定されている青少年健全育成条例で定められており、過激暴力や性表現のもの包括的、あるいは個別的指定する。指定された書籍は18歳未満への販売禁止され、区分陳列をしなければならないほか、業界団体自主規制として指定を受けた図書流通制限している。

-成人コミックマーク

 業界団体出版倫理協議会が制定した、性描写過激な成人向けコミックにつけられるマーク

 コンビニで定めている成人誌とは区分が異なる。これらはコンビニには原則として流通しない

コンビニ向け成人誌

 コンビニエンスストア側が成人向けとして区分し、成人向けコーナーなどに陳列する雑誌

春画の展示

 春画江戸時代に版画で刷られた性的表現物で、今日ではその美術性が評価されている。

 しかし、日本国内でこれを自由に展示することはできない。なぜならば、性器修正が施されておらず、わいせつ図画にあたるからである。数年前に実現した春画展も、主催者警察など関係先がなんども折衝を重ねて半ば例外的に開催にこぎつけたと理解している。

 その春画展に合わせて春画掲載した週刊誌のいくつかがわいせつ図画を掲載したとして警察から指導を受けている。

 このように、日本性的表現物については行政側の規制要請民間団体自主規制とが複雑に折り重なっており、民間側の自主規制についても含めて表現規制として論じられる。特に今回は熊谷千葉市長並びにイオングループ千葉市要請きっかけとしていることを認めており、千葉市要請イオングループ自主規制については一体として論じるのが適当である

 政治的にも、ミニストップ熊谷千葉市長が共同して記者会見たことなどから、この自主規制とそれによってもたらされる表現規制に対し、一定政治上責任を負っている判断される。

コンビニに置かれている成人誌の表紙は隠されなければならないほど卑猥なのか

 熊谷千葉市長はコンビニ成人誌に対して自主規制を行っていないかのように批判したが、コンビニ向け成人誌はコンビニ流通できるよう自主規制がすでに行われているし、その内容は青少年健全育成条例などによって規制を受けている。

 表紙についても水着を着用するなどわいせつ性を抑えており、青年誌などと比較して規制しなければならないほど突出して過激であるとは言えない。言えるのであればその根拠規制する側である行政提示しなければならない。

 また、表紙の卑猥さについて基準を設けての規制ではなく、区分陳列されていることによって一律で規制しようとしたことは、表紙の卑猥さとは無関係規制である。これは当初の規制目的ひとつである、成人向けコーナーの雑誌過激さによってもたらされる不快さを低減するための措置としては不適当である

 以上より、私はコンビニにおいて成人誌と区分される雑誌に対して表紙をカバーするなど表現規制を行うことについては正当性を見出すことはできない。

 また熊谷千葉市長のツイートを読む限り、これら比較検討を行い、それでもなお成人向けと区分される雑誌の表紙を隠さなければならないことの正当性検討した過程が見えず、よって表現規制に対する慎重さを読み取ることはできない。

不快理由排除は正当なのか

 本件は成人誌に対する不快感を一部根拠としている。

 しかし、これを根拠とすることは危険である

 不快に思わされないことは人権の一部と言えるが、その人権擁護するために他者権利侵害する場合、これを比較検討して結論を出さなければ公平ではない。

 例えば、性的少数者に対する不快感はどうであろうか。近年、性的少数者についての認識が変化し、これを受容する方向に世論形成されているが、これまでの歴史において性的少数者迫害されてきた。性的少数者迫害された理由はいろいろ考えられるが、そのうちのひとつは個々人が思う同性愛者に対する不快感によって、同性愛者を迫害することへの肯定的世論構成されていたからだろう。

 多数が不快に思っているのだから性的少数者迫害してもいいのだろうか。

 もちろん、これは否である性的少数者不快に思う気持ち内心の自由ではあるが、内心の不快によって性的少数者人権侵害していいわけではない。

 表現の自由も同様である。単に不快であるというだけではそれを規制することは他者表現の自由に対する侵害である

 また、個々人の趣味嗜好は多様であることから、単に不快さを理由としたとき、その範囲は無制限に拡大していき、実質的にすべてが不快であるから規制する、ということにもなりかねない。

 よって、不快さを根拠として表現規制することは適当ではない。

結論

 以上すべてより、千葉市が当初求めた成人向け雑誌カバーをかける要請について、これ表現規制であり、またこ規制適当ではない。

 イオングループが発表した流通規制千葉市要請した表現規制と一体として論じられるべきものである。また、イオングループが実行した自主規制に対し、熊谷千葉市長は一定政治的責任を負う。

 また、イオングループ千葉市<

https://anond.hatelabo.jp/20171210203034

ゾンビ映画本質から外れるだろ

その条件で挑んだ軍隊が敗れてアホな庶民レベルの思いつきでちょっぴり未来が開けるエンターテイメントなんだよ

パニック映画ホラー映画架空戦争映画はみんなそうなんだよ

完璧にやれば解決するなら軍隊が出てるし描写はみんなダンケルクになってる

庶民の浅知恵が最高レベル研究者や訓練された組織凌駕するってエンターテイメントなんだよ

シンゴジラ組体操ぽく各担当機能マスゲームしてリアルかいわれていたけどゴジラの経口消化器官や消化吸収機能を調べないで薬剤を体内分解可能な箇所から注入するとかアホだろ

インフルエンザワクチンを経口投与して効き目があるのかってレベルだろ

ハリウッドで作ったら高校教師肛門から注入して退治してるはず

そんな様子をポップコーンコーラをむさぼりながらお楽しみいただく種類の映画なんだよ

コブラアニメ旧作を見てるけど、

今見ると

クリスタルボーイ戦闘時以外はなぜか茶色ケープ?を羽織ってるのは

身体をできる限り描写しないよう作画の都合なんだろうなーとか気づいて面白い

2017-12-10

ラノベとかで情景、感情描写ウザいって話になってるけど

作家or読者の解釈する力が低いケースの場合

一方の「あ、こういう風に感じるだろうな」っていうキャラの心情と

もう一方が想定するキャラの心情がかみ合わないケースもあるから

なまじ、この手の描写入れない方がフラット作品を作れると思う

 

例えばハリウッド映画ゼロダークサーティ

ビンラディンを殺した主人公が、最後最後に静かに泣くシーンがある

感動的なBGMも、カメラワーク演出も無く、ただ「泣く」という行為それだけを映している

善悪、白黒つけず、多様な視聴者が、多面的解釈する余地があるからこそ「くる」シーンだ

 

だが、もし表現力のない作者がこれを描写したら・・・

「やった! とマヤ歓喜の涙を流した ついに欧米の敵をこの世から消したのだ」

と、酷い感情描写が挿入されるかもしれん

そうなれば、なんて一義的でつまらない映画なんだ

と誰しも思うだろう

教育ママの学力

さなくてOK

https://anond.hatelabo.jp/20171210114120

いかにも教育ママって感じの奥様を東京引っ越しから度々見る。

で、思うんだけど、お受験お受験言ってる教育ママ学力って高いんだろうか。

お受験が悪い選択肢だとはいわない。幼い頃にろくに勉強しなかったけど流行りに乗っかってるママ結構いるのかな、って気になる。

幼稚園ママ友ドラマとか見てると、「みんなが受けさせるから闘争心が湧いて」みたいな描写があるけど、あれってリアルなのかな。

だとしたら、子どももよくわからないまま勉強してしまうんじゃないだろうか。

自分高校時代進学校にいたけど、雁字搦めに勉強することを強要されてきたタイプよりは自分自由勉強してたら進学校に入れたタイプが多かった気がする。学習塾仕事をしていても、親に勉強時間や成績をを監視されている子よりは、多少大雑把な家庭のほうが伸びてたりもするんだよなあ。自分身の回りだけの話だから一般化はできないけど。

anond:20171209194325

バイオレンス表現的な意味では

人に似せた巨大ロボットだったら

視聴者や読者に引かれたりせずに

頭部や手足の部位破壊描写ができるというメリットがあるんだよな

2017-12-09

ストロングゼロ文学に追いやられるぼくたち

ストロングゼロ文学」というもの現在SNSを中心に流行っている。安くて手軽で強い酒、ストロングゼロ面白おかしくいじるものだ。

ここではストロングゼロを飲む人々を所謂底辺」のように描写している。そこに異論はない。

異論は無いが、正直言って日常ストロングゼロが強く結びついてるぼくのような限界人類にとって、こうやって茶化されるととても辛い。

人々がストロングゼロ大喜利することで、実際にストロングゼロ無しではやってられない人は変に負い目が出来てしまう気がする。

ストロングゼロは、少なくとも良い酒ではない。毎日のように飲んでいたら必ず良くない結果をもたらすだろう。

しかし、それでもぼくは、ぼくたちはストロングゼロを飲む。そうしなくてはこの人生はあまりにも辛いから。そうしなくては壊れてしまうから

どうか笑わないでくれないか

せめてそっとしておいてくれないか

そう思いながら、今日もロング缶を傾ける。

anond:20171204154721

他の映画だと"Gravity(邦題ゼロ・グラビティ)"は宇宙飛行士からは真に迫る描写だと言われていたし、地上管制官とか宇宙機エンジニアとか/r/KerbalSpaceProgramはボロカスに叩いてた。話の筋が意味不明だし。リアリティリアルは違うとか、チャーリーとチョコレート工場ラストに出てくるエレベーターリアルかどうかとか、そういうポイントもあるよね。

2017-12-07

anond:20171205141859

いや、直接的描写なくてもユーリ結構こってりしてない?

メダロットは復活するんだ

悲しみの弔鐘はもう鳴り止んだ

君は輝ける人生の、その一歩を、再び踏み出す時が来たんだ

 

12/21にメダロット1~5までを一つのソフトに収録したメダロットクラシックスが発売する。3DSで。

小学生の時、コロコロを兄が担当し、ボンボンを俺が担当していたのでメダロットと言えば自分の中の思い出の作品である

メダロットは残念だが、一度終わっている。メダロット5はGBカラーで発売し、正式ナンバリングタイトルとなるメダロットDS事実上の6)はGBA飛ばしDSでの発売となった。

そこからナンバリングが再開始現在は9まで発売された。

しかし、悲しいかな、メダロットは一度終わってしまったため、ファンサイトファン掲示板がもう数えるほどしか無い。

なので、ダイレクトマーケティングしていく。

 

メダロット

初代のこと。ハッキリ言って、とっつきにくい。いまやってみると「確かにこれはポケモンには勝てない」って感じがするぐらいとっつきにくい。

ステータスが多く、バトル時間はひたすらに長く、フィールドエンカウントは逃げるのに専用アイテム必要

だけど今回のに収録されるのには、戦闘スピード2倍とエンカウントを抜けるようになる。しかも、クイックセーブ&クイックロード付き。

多分、戦闘を楽しむのなら3や4や5が良いのと思う。でも、今思えばこういうストーリーだったとか、パーツ厳選を諦めたアイツをQSQLで手軽にGETしたりで1の雰囲気を楽しむためにはいいのでは。

 

メダロット2

多分メダロットと言えばこれ!っていうのがメダロット2。主人公のイッキは2,3,4と主人公を続け、アニメでも主人公だった。

初代よりもGBC対応になりカラフルで、バランスもそこそこ良い。今のメダロットの基礎となっている作品である

特筆すべきはメダフォースやメダチェンジなどが無いためシンプルで分かりやす戦闘が魅力的。ストーリーも1は薄味だったのが2では大幅強化。やはりキャラの顔グラがついたのが大きいか

メダロット2,3,4は続けて遊んでほしい。

メダロット3

筆者は一回クリアした後友人に貸したら借りパクされたので詳しくは語れない(白目)

ストーリーはこれからシリーズでもメインになっていく「宇宙メダロット関係」が主。(まぁ、1からメダル宇宙からのなにかって感じの描写があるけど。)

メダチェンジ実装によってパーツ一式で揃えるメリットにもなった。また、2まではあまり戦闘に立てなかった女性メダロットが「装甲は薄いながらも男性型とは一味違う高性能なパーツ群」となり役割分担ができるように。

また、一部のセリフ声優の声が当てられるなどメダロット2からものすごい進化を遂げた。

個人的戦闘BGMがいつも一緒だったのが選べるようになったのも評価したい。

 

メダロット4

世間では駄作扱いだけど自分は一番遊んだ

登場メダロット数は多く、シナリオボリュームも圧倒的。但し、楽しめるのはメダロットキャラを把握できる人のみになっている。(当時連載していたメダロット漫画の中の登場人物が平気で知り合いという面して出て来る)

パートナーシステムという、一体のメダロットストーリーイベントに参加させるシステム自分は好み。

前述したクイックセーブ&クイックロードでいろいろなメダルイベントに参加させたいなと想っている。個人的に今回のコレクションを買う理由の一つがこれ。

あと、今回は一回クリアしたら全部のメダロットを所持した状態スタートできるようだが、ストーリー関係上それはいいのか?と思う。けど、登場メダロットが一番多い作品なのでそれはそれで魅力。

メダロット5

プレイ。なので、4が大半の理由ではあるものの5をやれることも購入したい理由の一つ。

明らかに毛色が変わったと言われるものの、良作らしい。戦闘システムがよく、ラスボスが1~4までの「高性能の暴力で叩き潰す」系ではなく、「3体のメダロット役割をしっかりこなしたチームワーク」で強いらしいのでとても楽しみ。

戦闘バランスの良さは最高峰らしい。

メダロットクラシック

・クイックロード&クイックセーブ搭載

エンカウントから抜け出す機能搭載

戦闘倍速機能搭載

ワイヤレス通信対応インターネットでの通信対応していてほしい)

・本編をクリアしたら全パーツ取得状態スタート可能

こんなんだしちゃっていいんですか?と心配になるレベル

上の方で大方言ってるけど

・パーツ集めが困難だったのが解消

・逃げることができなかったのが解消

戦闘時間が長いのが解消

至れり尽くせりとはまさにこの事。

 

メダロットは復活するんだ。

悲しみの弔鐘はもう鳴り止んだ

君は輝ける人生の、その一歩を、再び踏み出す時が来たんだ

 

次は、メダロットNAVIメダロット弐Coreを入れたGBAコレクション頼むぞ。

2017-12-06

https://anond.hatelabo.jp/20171206003817

ドッヂボールでもいいじゃないか

ただし

投げるということは

その投げるボールをどこかで拾う必要があるだろ

拾うシーンを書いたら

出来上がるんじゃないのか?

コミュ力以外のなにかの障害

ドッヂボール試合中になぜか全員ボールを持ってる前提の描写しかできないようなら

別にそれでも何かできそうな気がするのでいいと思うぞ

2017-12-05

実写・鋼の錬金術師を観た感想

12月2日鋼の錬金術師を観てきたので感想を残します。叩くようなレビューを期待されてる方には悪いですが、かなり好意的な内容です。

実写化という点で、はじめは私も食わず嫌いしてました。劇場に足を運んだのも、正直怖いもの見たさと特典欲しさです。つまらなくても特典がある!面白かったらその分得するから!みたいな気持ちで観に行きました。

面白かったです。超引き込まれました。

先にねたばれの無い範囲簡単に書くと、鑑賞前は原作と同様の流れの内容を想像していて、あの旅をどこまで描くんだろうと思ってたんですけど、原作の山場や重要な場面をすくいあげてそれらを繋ぐストーリーを生み出した感じでした。

そのために原作の改変部分は多かったですが、このストーリーを紡ぐ上で必要ものでしたし、なにより描かれるシーンにはハガレンへの愛を感じる演出があちこちに見られて楽しかったです。

原作をよく知る人ほど、このシーン、この演出…!っていうわくわく感が楽しめると思います(監督原作の大ファンとのことですが、どうやら本当ですね…)。

この作品について良くない意見をかなり目にするんですけど、これもしかして実写という表現を選んだばかりに酷評を受けてるのでは…もし同じ内容でアニメ作品だったらこんなに叩かれてないのでは…と思ってます(アニメ1期のときもそうでしたけど、原作と異なる展開をするお話に対して原作ファンは、反射的に否定的気持ちを持つことが少なくないように感じるので…)。でもハガレンに初めて触れる方にとってきっとアニメより実写の方が近寄りやすいですよね…!難しいところです…。

しかしながら初めての方にはちょっと展開が早いかなと思いました。理解が追いつかないというか、噛み砕けない部分があったのでは?映画の内容はどちらかというと原作を知っている方向けかなと思いました。

他にも人物バックグラウンドとかあの時間内で語りきれていない部分はかなりあるので、映画の前にでも後にでも、原作も読んでもらえると嬉しいな~。

いずれにせよ、原作世界とは異なる「IF」を覗くような気持ちで気楽に楽しんでほしいです。とりあえず観てほしい(そしてできれば肯定的意見を持つ方とわちゃわちゃ感想を言い合いたい)!

ちなみに私は原作読了していて、アニメは1期が大好きです。

これ以降にはねたばれを含む感想を書きますので、映画観賞前の方は観賞後にお読みください。


ストーリーについて】

多少気になる表現もあったんですけど(後述)脚本結構良いと思いました。ハガレン兄弟が体を取り戻す方法を探る物語なので、そのひとつキーアイテムである賢者の石ストーリーの軸に持ってこられたんだと思うんですけど、2時間ちょいであそこまで石関連のあれこれ描いてひとつの話として成立させてるのは、ま~これよく脚本書いたな~って思いました。ほんとこれ素直にすごくないですか。ただほんとに時間(尺)がないので物語は旅というか兄弟のめちゃくちゃ忙しい数日間みたいな印象を受けました。欲を言えばもうちょい兄弟の親しげなシーンとか欲しかったな~前後編にでもしないと本当に時間が厳しいですけどね…。

場面別に感じたことを挙げていくと、なんといってもキメラを完成させたタッカーをエドが追い詰めていく場面、間の取り方が完璧でしたよね!不気味なキメラと、真実を暴く台詞台詞絶妙な間、あの緊迫感はそう簡単に醸し出せるものではないです…感服…。

そして兄弟喧嘩の場面!これはもう…CG技術に関しての思いは後ほどまとめて書きますが、これほんと、エドが生身の左手で殴りましたよね!この演出で私はあっエドだ!そしてエルリック兄弟だ!ってぐいっと引き込まれました…!エドはこの状況なら絶対左手使うよね…!その後のアルの「痛いよ」も含めてあそこは本当に良いオリジナルシーンでした!ほんと監督ありがとうございます…!原作によっぽど愛情がないとこの発想できないですよ…!

あと捕まったエドホークアイが見張りにハッタリをかけ脱出するシーンも、あそこめちゃくちゃハガレンでしたね!本当にエドが考えそうな手段で観ていてニヤッとした…!

それからヒューズの死の直前にロイ電話が通じた演出も嬉しかった。原作ではあの時2人は言葉を交わすことができなかったので、会話の内容に関わらず本当にありがたいというか、ヒューズへの救いになっていると思います

あとウィンリィかばんにデンのマスコットがついてたの気づいた方いますか?あれテンションあがった!

否定的意見としては、シナリオの進行上仕方のないことなんですが、アルが自分記憶疑念を抱く流れで、キメラニーナを挟まないでほしかったな…という気持ちが残っています…かなり個人的気持ちですが、ニーナ最後にはアルの感情に余計なものがない状態(純粋ニーナアレキサンダーを悼む気持ち)であってほしかったので…。

それからかなり細かいところになりますが、ウィンリィに関して、兄弟の旅に同行するにあたって理由付けの台詞一言でもあれば良かったなとは思っています(私の聞き漏らしであればごめんなさい)。シナリオウィンリィ存在兄弟の仲直りでも重要役割を担ってるし、機械鎧は2度壊れたしで全体を通して必要なんですが、ただなにかはっきりとした理由があったらと…。

あと対エンヴィーのシーン、ロイの手元から炎がブオオーッと出てたのはちょっとクスッとしちゃった、火炎放射器みたいで…。

・“気になる表現”について

お母さんの錬成に対して幼少アルがあんまり乗り気じゃなさそうに描写されていたのが気になってたんですけど、あれはエド大佐に声を荒らげてまで(自分の体そっちのけで)アルの体を取り戻すことにこだわる要因として描写したのかなと思ってます自分が巻き込んだ結果アルがああなったから、と。

それからラストの「人として死ねるのね」って発言については、原作ホムンクルスであることに誇りを持っていたラスト発言としてかなり引っかかっていたんですけど、エドがお母さんの墓前で人体錬成を思いついた時、「人体錬成」ではなく「人造人間」って言葉を使っていましたよね、あくま仮定ですが、あの映画の中でのホムンクルスたちはお父様が作った存在ではなく人体錬成の結果生まれ存在なのかなと、それでラストのあの発言に繋がるのかなと思ってます(そういえばアニメ1期のラストも、人間として存在すること・人間として死ぬことを望んでましたね)。それから、石を抜き出されたラスト再生しなかったこからホムンクルスが石を核にして作られたわけではないと推測すると、この映画ではホムンクルスもつ石は生命維持装置のような位置付けなのかなと思っています。(この考えでいくと、将軍が作った人造人間たちは簡易版ホムンクルスということになるのか…?)

CG(VFX)について】

想像以上でしたね。まずアルフォンスですよ…!旧缶詰工場兄弟が寄り添うシーン、エドの顔がはっきりと鎧に写りこんでるのあれほんとすごくないですか!?技術ありがたい~!アルの動きに関しては、CGありがちな軽さというか重みのなさを心配してたんですけどいやもう杞憂…あそこまでガシャガシャ動くとは思ってなかったので感動しました…。重そう硬そうで最高だし、原作でアルを前にしたキャラクターが散々思っているであろう「うわでかっ」感をここまで味わえるとは思ってませんでした!

それから回想で登場した錬成に失敗したお母さんの姿はかなり気色悪くてよかった!あんなん夢にも出るわ~!

ていうかキメラニーナですよ…!手を舐めたあの舌はつくりもの?犬かなにかの本物の映像なの?かなり生々しくてあれほんと鳥肌立った…。先にも触れましたがここは緊張感ある俳優たちの演技も本当に素晴らしくて、本当に最高の(最悪の)シーンでしたね!

ただ一点、お母さん錬成中の風ブワワーッのところ、観客を引き込むための見せ場として、迫力はあったけどちょっと大げさすぎたというか、うーんこうなったか…と思って観てました。原作通りだとすこし画が地味だったからああなったのかな…?

キャラクターたちについて】

外見は実写化作品を観るにあたって原作ファンがまずぶつかる壁なんですけど、原作者キャラクター(中身)がしっかりしていれば、と外見は気にしていなかったとのことなので、私もあまり意識しすぎないように観てました。…でもホークアイの前髪もうちょっとなんとかしてほしかったよ~!ヒューズはほんとにヒューズで最高だった…あのにこにこ顔だよね~!エドウィンリィのやりとりを見てる時の忍び笑いもほんとに好き!

舞台挨拶で(キャラクターを演じる際に気をつけたことは?という質問に対して)松雪さんが「人間に見えないよう演じた」と仰っていたのでラストをよく見ていたんですが、圧巻の演技力による人間離れした妖艶さというか、私の語彙が無く的確な表現ができないんですが、あれは確かにラストでした、色欲ホムンクルス存在してました…。

そしてロス少尉も美しい…好き…。登場する時間さえあれば、アームストロングやハボックの姿も見たかったな~!

アル役の水石さんの演技も結構好きです。アニメに馴染みがあるとどうしても大ベテラン釘宮さんが演じるおちゃめで明るい声が浮かぶんですけど、実写ではアルフォンスのまじめさを濃く演出したのかな~と解釈してます。ところでアル、最初全然喋らなかったのはなにか狙いがあったんでしょうか、登場シーンさえ無言でしたが…。

子役はね…特に兄弟、うん…。一部を回想にして演技力のある山田さんが演じるのは良かったです!

それから衣装エドコートがひらっひらっとするの見てて楽しかった!あとホークアイ将軍の人造人間殲滅後に暗い道を走っていく引きのシーンも、軍服の裾が広がってきれいだったな~。

私は趣味コスプレをしてるんですけど、衣装って普通洋服と同じ動きではきれいに見えないんですよ、ただ着るだけじゃなく衣装が映える立ち方動き方というのがあって、(入場特典冊子で監督も触れていましたが)特にエド役の山田さんはそれをよく意識されて動いてるなあと感じました。原画展で一部の衣装が公開されていましたが、そもそもこの衣装たちもめちゃくちゃ作り込まれてるんですよね!魅せる衣装だな~と思って調べてみたら、担当されたのは普段舞台用の衣装を作製されている方だそうで納得しました。いいな~着てみたいな~!

とても長くなってしまいましたが、強く残った感想としてはこんな感じでしょうか。

映画鑑賞前にこの感想をここまで読んでいる方少なからずいると思うんですけど(なので結末は書きませんでした)、実写だから、っていう理由で観ないのは本当にもったいないですよ~!

なにより鋼の錬金術師が、原作連載中の頃のように、アニメ放送中の頃のようにまた世間を賑わせるなら、ひとりのファンとしてとても嬉しいので!ぜひ観てみてください!

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました

ここからは本編とは関係ない話で、中継で舞台挨拶を見ていて思ったことなんですけど、監督俳優の降壇後すぐに席を離れた女性たちが結構な数いて、持ち物から察するに山田さんのファンの方なのかな、映画を観ずに帰ってしまったように見えたんですけど…。山田さんをはじめ出演した映画のお披露目のご挨拶にきた俳優たちに対してその行動はめちゃくちゃ失礼だからね!アイドルが好きなのはいいですよ、でもそこにいるのは俳優としての山田さんと、山田さんと一緒に映画を作り上げた方々なので、そしてあなたたちが座ってた椅子映画を楽しみにする人のために用意されたものなので、まじでわきまえてください…。なにしに来たの…。

あっあと舞台挨拶会場と映画館にいた女性たち、赤コート率高くて萌えました。多いだろうなと思って私は赤い帽子我慢したんですけど、それでもかなりの人と被りましたね。みんなハガレン好きなんだね…。

あとはアル役の水石さんがガッチガチに緊張してたのをかなり覚えてる…好感度高い…。

〈おわり〉

ネタで読者を絶望の淵に陥れたいみたいなやつ

※すべて二次創作の話

ネタというのは、版権キャラクター物語内で死ぬタイプ二次創作である。例えばドラえもんだとかプリキュア悪人に殺されてしまうとか、不治の病にかかって死んでしまうとか、そういうタイプ二次創作である

ネタを含む物語は、伝統的に、事前に「これは死ネタです」とワンクッション置かれることが多かった。読者に心の準備を促すためであるしか最近は、あるいは昔からいたのかもしれないがSNS可視化されたことで、このワンクッションに異を唱える同人作家がちらほら出てきた。「私の創作で読者の心にインパクトを与えたい。キャラクター死ぬという描写をみることで引き起こされる絶望感を味あわせたい。だからネタとワンクッション置きたくない。だって一次創作なら死ネタですなんて書かない。これはクレーマー読者に同人屋が譲歩しすぎた結果だ」

もうね、アホかと。人の心をズタズタに引き裂くことが「インパクト」であり「芸術」とか言ってるの、例のクソみたいな意識の高い現代アート集団と同じじゃん。まだオリジナルでやるならそれもありかもしれんが、人様からキャラクターとか世界観とか全部借りパクして芸術の名をかりたテロ行為とか、は?って感じじゃん。原作テロ行為に使うなよ……って、もうずっとモヤモヤしてんですよ

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