「過呼吸」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 過呼吸とは

2017-06-12

父親DVで母が離婚すると連絡してきた件

から電話が掛かってきた。聞くと、「父と離婚することになった。原因はDV」だと。父が酔っ払っていたこともあるが、母に対する暴力(それも何時間における)で、警察に駆け込んでのことらしい。父は逮捕され、現在拘置中とのこと。そんな話を聞いて、そんなこともあるのか…と何処か別世界のことのように思えた。まさかこんなことが身に降りかかるなんて思ってもいなかったから。先月、両親と私は海外旅行に行ったところで、あの時までは本当に普通家族だった。母は、10日間の拘置期間を使って、現在引越し準備をしているらしい。実家には学生の弟がいるのですが、彼もそれに納得しているとのこと。

父親は、普段は優しいのだけど、自分が気にくわないことがあると、力づくでも自分の考えを曲げない人だった。父親に逆上されないように、ビクビク暮らしていたのが我が家の「普通」であった。過去に、母親が酷く怒鳴られているとき、私が庇おうとすると、暴力を振るわれたこともあった。私は過呼吸の発作に襲われて、それでも、私は謝らなければならなかった。父は、次の日には知らぬ顔して、普通に送り迎えをしてくれたけれど、私はずっと、それを忘れることなんてできなかった。

から、私は心の奥底で、ずっと父に対して恐れを抱いていた。

その経験を忘れられなかったからこそ、私は、母がこれから暴力の恐怖に怯えて暮らすよりも、環境を離れて暮らしたほうが良いと思っている。今まで、モラハラパワハラがあっても、ここまで大きな暴力を父はしてこなかった。でも、いくら反省しても許されないことをしたと思う。

私は、実家から離れて暮らしており、今年成人式を迎えたところだ。名字や籍に関してもいざとなれば分籍できる年齢だから、と納得している。実家に帰りたければ、いつでも帰れるし、両親が「他人」になったとて、私にとってはふたり血縁者であり、「他人」にすることはできない。だから、何かが変わるようで、何も変わらない。

今日祖母が母を思って泣いていた。

「なんで」と言って泣いていた。

祖母が悲しむから、一番つらいのは私でないから、だから、家の中で私は悲しめない。

かといって、いきなりこんなことを話せる友人もいない。

平常心でいるしかない。

平常心を保ちつつも、しかし心の何処かがやっぱり悲しいのは何故だろう。

父親への怒りよりも、裏切られたという、悲しみがジワジワと湧いてくる。

私は、犯罪者の娘なのだと、心の何処かで誰かが私を責め立てる。

被害者の娘なのに、加害者娘。

父親父親でなくなることに、何も思わない私は愛が無いのだろうか。

この20年間育ててもらった人。

いろいろ、あった。

他人だけど、一生父親父親であることには変わらない。

家族とは、何なのだろう。

2017-06-10

積み上げてきたものをぶっ壊したくなる情動

入社して一年、苦しいながらも仕事を続けてきた。

糞みたいな上司の下で怒鳴られながら、この仕事は向いていないんじゃないかという思いを紛らわして、飲み込みながらなんとかこれまでやってきた。

そして先日、仕事終わりに過呼吸で倒れて、それから仕事に行けなくなった。

心療内科で診断を受けたところ、軽度のうつ状態らしい。

一か月のあい仕事休みをもらっている。

休みをもらった当初は、上司ぶっ殺すとか泣き叫んだり、ただボーっとしているだけで涙が流れてきたりしたけど、一週間も寝ているうちに完全に落ち着いた。

この数か月は仕事を頑張ろうという気持ち自分の中にあって、モチベーションが高い状態仕事をしてきたつもりだった。

でも、仕事を休んで気持ちがポッキリ折れてしまった。

結局、芯にはこの仕事が向いていないんじゃないという思いがあって、散々罵倒してきた上司言葉を思い出すと仕事に戻る気力がどうにも湧いてこない。

いっそこのまま仕事やめちゃおうか、なんて考えてしまう。

他人事であれば綺麗なことはいくらでも言える、自分可能性にチャレンジすればいいじゃないか、やりたいと思う方に進めばいいんだよ。

でも現実はそうじゃないし、今の自分には冷静な判断力もない。

いっそのこと積み上げてきた全部をぶっ壊してしまいたくなる。

ふと最近自分は何をしているんだろうと思う。

知り合いに片っ端から連絡して毎日おごりで飲み歩いて、毎日心配して連絡してくれる彼女をよそに元カノに連絡してみたり、三日後に海外に行く航空券をとってみたり。

仕事なんか辞めて、貯金も全部使い果たして彼女のことも全部清算して。

そしたら楽になるんじゃないかなんて。

そんなわけないんだけど。

いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないか、いっそ全部捨ててホームレスになった方が楽なんじゃないか、みたいな極限状態に陥った人が判断力を失った状態ってこんな感じだろうか。

今まで自分が積み上げてきたものを壊してしまうのは明らかな損失だ。

その損失と、元の生活に戻り我慢を続ける損失、どちらが大きいのか。

判断ができない。

いつ決めるのが最善なのかもわからない。

何かを決めてしまうのが怖いし、将来の展望なんてそんな簡単には見えてこない。

本当は複雑な葛藤なんてなくて、ただ逃げたいだけなのだ

一度失った勤勉さはそう簡単にはまた手に入らない。

「一度怠けてスポンジみたいになった脳みそっていうのは、なかなか元には戻らないよ」大学の頃お世話になっていた教授言葉を思い出す。

から今、すごくダラダラ時間を過ごしているのも怖い。

でも今いる状況っていうのはすごく楽で、抜け出したくないとも思ってしまう。

今はあんまり何の感情も無くって、不幸ぶってこんな風に自分語りをするのはダサいなあと思うけど、誰かに伝えたくなってこんなことを書いてしまった。

2017-06-05

鬱でADHDの姉と暮らしてるんだけど私はもう限界かもしれない

なんかめんどいしもうお姉ちゃんにバレても別にどうでもいいか普通に書いて吐き出す。

まとまってないから下手くそ文章読みたくない人は読まないでね。

姉と二人暮らししてる。

姉は大学在学中に鬱発症して、留年して一年前に卒業。私は私で引きこもりつつFラン大学ぼっちでやっと出てからずるずるニートしてたうんこだったんだけど、親に引っ張られてお姉ちゃんと2DKのアパートで二人暮らしすることになった。それからフルタイムバイトしてる。姉も短期バイトかいろいろやりつつ家賃折半でなんとかやってる。

一年くらいたつんだけど、こいつやらんだろうなとはまあ思ってたけどお姉ちゃんまあ何もしない。

姉の部屋はBL同人誌と服で溢れかえってるし、洗濯しないしゴミ捨てないし洗い物もトイレ汚物すら捨てないどころか切れたトイレットペーパーも交換しない。全部私がやってる…いやキツイっす。

今日も2時間前までツイッターで元気にはしゃいでたけど元気出ないってバイト休んでるっぽい。

私も姉も腐女子で、私はオン専だけど姉はいろいろ本出してる。

この一年あいだで、お姉ちゃんに立て替えたお金20万くらい。同人友達旅行とかで家賃出してあげたとかのお金。ちなみに返す気あるんだかないんだか知らんけどお姉ちゃんこないだまで大阪遠征行ってたみたいだよ。イベントは月一レベルで出まくってる。先にお金返してくれ。

私はどうするべきなんだろう。

さすがに文句くらい絶対言っていいと思うし先に金返せ働け部屋片付けてくらい言う権利あるとは思うけど、あの人同人生きがいっぽいしやるなとか言ったら自殺しそう。いや言ってもやめないか。それに鬱病の人にどれくらい強く言っていいのかわかんない。私も最近ずっと接客業で疲れてて喋るとイライラちゃうし、最近お姉ちゃんしかけてもビクビクしてて話し合い成立する気がしない。

私が悪いんかなあ。悪いんだろうなあ…いや悪くないって言われたい…甘え。

いや姉の病気についてもそこまで詳しい病名も病状も聞いてないし病気自体に対する知識も深くないから、勉強してゆっくり寄り添うのが正しいんだろうなあ…めんどくさいよー。正直見捨てたい。

からけっこう仲よくて、私より頭良くて絵も上手かったお姉ちゃんぶっちゃけ本当嫌いになった。なんでこんなのが姉なんだろう?

こんなこと考えるの毎日近くで暮らしてるからで、距離とって時間も経てば後悔すんだろうなとか思うけどそれすらもうマジどうでもいい。

お姉ちゃん実家に帰ってもらうのが絶対いいんだろうけど、姉と母親の相性がめちゃくちゃ悪くて厳しいっぽい。姉曰く「生理的に無理」。この言い回しきじゃないね個人的に。母親毒親ってわけじゃないんだけど、田舎の狭い人って感じの話通じない人。悪人ではないし心配してくれるし、私は完璧な親なんかいないんだからまあ当たりだよねっていうかどっちかというとこの状態わたしがハズレの娘だよねいつもごめんって思ってるけど、お姉ちゃん母親が様子見に泊まりに来るってなるといつも過呼吸になって引きこもってる。受け付けないのは病気からしょうがいね

身内だから田舎の頭悪い人の感じうまく説明できないけど感覚分かるんだけど、最近私はあなたのが無理だよお姉ちゃん

疲れたパトラッシュ

もう全部捨てて引っ越し一人暮らししたい。一人が好きなんだ私は。お姉ちゃん最近ほぼ会話なくなっちゃったけどたまの休み調子悪いですって休んで隣の部屋でデレステずーっとやってる人と一緒の空間いたくない…一人になりたい…。二人暮らしはじめちゃったのがそもそも間違いだったな。うーん。

一人にはなりたいんだけど、私に友達とか彼氏かいたらもっと心に余裕もててお姉ちゃんにもなんか柔らかく接することできて全部うまくいくのかなあと思う。私、見栄っ張りだしコミュ障だし自分に自信なさすぎて自分の話したくなさすぎてずっとぼっちお姉ちゃん正直ずるいって思ってるから余計にイライラするんだろうなあ。笑。

こう書き出すとやっぱ鬱の姉と完全ぼっちの妹フリーター二人暮らし厳しいものがあるな。抜け出したいこの泥船。それかこの場で海の泡とかになって溶けて消えたい感がある。

適当に生きてきたツケだよなあ…お母さん天国のお父さんごめんなさい。

余裕持ちたいなあ。機嫌よく毎日暮らしたいよね。

2017-05-30

過呼吸で動けなくなった

飲食業で2年目だが、明日仕事に行ける自信がない。

昨日の営業終了後、過呼吸で動けなくなった。

「それくらいの仕事で頑張ってると思ってるの?」

「休憩中に遊んでる暇があったとらできることがあるんじゃないの?」

「昼間のパートさんが随分○○君にストレスためてるみたいだけど大丈夫?」

作業じゃなくて仕事しに来てるんでしょ、ちゃんとしてくれない?」

他の社員バイト店舗作業をしている横で立たされて店長から小一時間説教を受けた。

睡眠時間を削って日に何時間残業をさせられて、「いいえ、頑張っているなんて思っていません」なんて言わされなきゃならないの。

休憩中は前日寝れてないから十数分寝てたけど、ご飯食べている以外は仕事してたのにこれ以上働けっていうの。

「どのパートさんが何を言ってたんですか」って聞いたら「それはプライバシーから」って僕はどうしたらいいの。

指示されてないことを自分で進んでやることを仕事って言うの。後からあれもこれもやってないって言われても知らないんだけど。

そんなことを考えてるうちに、涙が出てきて過呼吸で動けなくなっているところを店長に見つけられた。

過呼吸の間はほとんど記憶がないんだけど、店長ヘラヘラしながら「○○君が倒れてるよ」って別の社員を呼びに行って、店長自分仕事をしていたと聞いた。

明日仕事行きたくない

2017-05-29

会社に行けない

私は正社員仕事をしていたけれども、仕事場環境の変化に耐えられず、体が会社に行くのを拒んだ。

頭痛嘔吐過呼吸がひどくなり休職することに。

仕事を投げ出しやがって!と思われているんじゃ無いかとか、責任を果たせないまま仕事を止めてしまう後ろめたさがあって休職しても毎日のように苦しくて布団を被って泣いてた。

病院に行ったところ適応障害と診断された。

治療はどうだったかと言うと、心療内科先生に話を聞いてもらったり、抗不安薬(私はデパスではなくエチゾラムをもらってた)や、眠れない時は睡眠薬をもらって飲んでいた。

エチゾラムは飲むと頭の中がポワーっとしてきて、考えられる深さが浅くなる感覚になる。筋肉の緊張がやわらぐ成分が入っているせいか力が抜けるので、本当に腑抜け人間になる。

睡眠薬は飲んで寝れたとしても朝の目覚めは最悪。頭が痛かったり二日酔いみたいな感覚に近いかもしれない。

薬を飲んでいても頭痛嘔吐過呼吸はすぐ良くならないし、眠りの質もとても良いものとは言えない。

こんな状態になるなら薬なんて飲まない方がいいのでは?とも思ったけど飲まないと治らない気がしてお守りのように飲んでた。

治療に関しては、心療内科先生と話して最近の状況の報告を2週間に1回くらいのペースで通院する。

ぶっちゃけ先生問題解決プロでは無い。私の場合会社環境が原因だから先生にはその根本的な問題をどうすることも出来ない。(自分でもどうしようもないのだけど。)

先生提供出来るのは体調を戻すための期間(休職診断書)と症状を和らげる薬。

結局、自分問題自分解決するしかない。気持ちの奥にある嫌なものや気にくわないもの、どうしようも出来ない問題自分でどのように捉え直さないといけないかは、ホント自分次第なのだ。誰も助けてくれない。

実は私が心療内科に行くのはこれが初めてではない。何人もの先生に会ってきたけど違う角度でものを見る方法なんて誰も教えてくれなかった。みんな時間解決してくれるよ〜といった人ばかり。

診察も「最近どうですか?」から始まるけど、体調の話をして何処か悪ければ薬を出す。

仕事復帰の話は自分で切り出さないと進まない事が多い。

特に話す事が無くても通院する期間は、薬を処方して貰えるとはいえ、ただお金を取られるために何で病院に行かなきゃ行けないんだとさえ思うこともあった。薬の処方がない時は特に。一緒に問題解決してくれる場所ではないのに。

しかしたらお坊さんと週2で話した方が考え方や心のあり方のお話が聞けて有意義かも知れない(ちなみにお坊さんとお話しした事がないのであくまイメージ)とさえ思った。

私は仕事に、復帰しないと自分アイデンティティがなくなってしまう気がして正直焦っていた。仕事だってまだやりたい事がある。もっとやれる。

から、半ば心療内科先生産業医先生を騙して「もう大丈夫です」と言って無理やり復帰した。

自分や周りを騙し騙し仕事をするのは正直しんどいけど、こんな思いをして仕事をしている同士はいないものかと興味が出たのでこんな事を書いてみた。

2017-05-20

やっほー痴漢人生ぶっ壊された女だよー

http://b.hatena.ne.jp/entry/mubou.seesaa.net/article/450015727.html

>id:Hiz22J

>偽善者痴漢冤罪人生が狂うのは有り得るが、痴漢被害人生が狂うのは考えにくい。「精神的に害される」被害について痴漢のみ特別扱いする理由が無く、痴漢冤罪という公権による被害と同列に語るのがおかし

痴漢被害人生が狂うのは考えにくい

痴漢被害人生が狂うのは考えにくい

痴漢被害人生が狂うのは考えにくい

痴漢被害人生が狂うのは考えにくい

すごいね。「自分には一切想像力がありません」ってでかい声で触れ回るのって楽しいのかな。

中学の頃に細かい描写をしたくないような痴漢被害

警察に行っても「現行犯でないと捕まえられない」「君にも隙があったのでは?」呼ばわり

・ショックとトラウマで数か月外出出来なくなり、その後もいじめられるようになって不登校気味に

・完全な男性恐怖症になり、男性が数メートル以内に立つだけでも過呼吸パニック障害を起こす(今でも継続)

男性とろくに会話できないので就活でも失敗しまくり、派遣女性ばっかりの職場に配属してもらってなんとか働いている

・当たり前だが結婚彼氏もとっくにあきらめている

くらいじゃ全く「人生狂う」になんか該当しないってことなんだろうね。

記事の人も「痴漢冤罪比較しても意味ない」って言ってるから比較する気はないけど、私なんか全然特殊な例じゃないと思うよ。

2017-05-15

ネグレクト自己中心クソビッチストーカー実母のカス人間っぷりを書く

実母の糞っぷりを書いてみる。

「実母」という書き方をしているのは、これとは別に母親と呼べる人間いるかなのだが、母親については以前書いたので割愛


結婚する前~離婚するまで

旧帝大合格留年卒業

・中卒の子連れと出来ちゃった結婚

何考えてたんだろう

・両親から勘当

まあ、当然だよね。中卒相手にいい加減な興信所雇って、ヤクザかいう結果が出たから(興信所調査おかしい。いまでも謎)と勘当する連中も連中だ。

家事をしない

・家にいない

・殴り合いの夫婦喧嘩日常茶飯

DVだった父に問題があるのは確かだけど、実母は相当人を苛つかせる言動をする。

家にいないのも多く、当時2歳の増田が父にしがみついて「父親応援」をしていたこからも実母のネグレクトぶりが伝わってくる

増田を連れて家を出て逃走する

実母の糞っぷりが如実に表れた一件。「DVには耐えられないから出ていくしかない!子供は私に懐いてないけど、私が生んだ私の分身から連れていく!」という自己中心っぷり。見事にクズである

増田は家にあまりいない実母に連れられることを嫌がっていたが、「散歩に出る!」と言って力尽くで増田を連れて行った。

このとき父親は兄と姉を叱っていて、「散歩?とっとと行ってこいや!」という感じだった。


増田小学校に入る前後

まり記憶が定かではない時期を飛ばす

・夜は不在

実母は、旧帝大卒業して薬剤師免許を持っていたにも関わらず、医療関係を辞めて水商売で働いていた。男にチヤホヤされたかたからではないかと考えている。

・昼は寝ている

夜に仕事で酒を飲んでいればそうなる。

・夜は1000円札を机の上に置いて仕事に行く

1000円札を与えられた相手小学校1年生である

休日は男を連れ込む

・男と部屋で盛る

狭い1Kアパートで、小学校1年生が寝ている隣でである

増田休日特に何もしない

日曜日、朝起きて台所にあったリンゴを食べて、外に出る。クラスメートが家で家族と過ごしている中、一人でふらふらするのは辛かった。実母が両親との付き合いでもあったら多少はマシだったかもしれないけれど、勘当されているので。

・たまに料理をする

美味くない。ちなみに料理をしたときに、増田が18時くらいに帰るとキレる。「うちは17時半には晩ご飯から」とかなんとか。お前基本は作ってねーだろ。ていうかお前、仕事の時は何時に飯食ってたんだよ。


増田父親に引き取られてから

・何故か男を連れて増田の家に来る

何だったんだあれは。確か、増田父親と二人でいたときに、父親が連絡取りたがったか何かだったと思うけど、それで来るのもどうかしてるし、DVが怖いからとか言って男を連れてくる神経も謎。

しかも、②のときで連れ込んでいた男と違うし。

弁護士を挟んで調停を起こす

裁判調停の違いがまだ分からない中学生にとって、大嫌いな実母が裁判所に訴えたという事実のショック度合いの大きさは分かるだろうか。それも中学三年生の11月、受験勉強最中である

増田大学学費用その他と引き換えに、定期的に会う約束を取り付ける

これも確か父親から提案だったと思う。上記の三年後。その話を進める途中で、父親に連れられて増田バイト先に来るという糞っぷり。バイト先に親が客としてくるってだけでもクソランキングとして上位なのに、それが、長らく会っていなかった実母っていうのが最悪にクソ。

増田掲示板書き込みを探し出し、監視する

気持ち悪い。ちなみに、「分かった、もう見ないから」と言ってからは、別の掲示板の別HNのもの(元々の方で明かしていたので、片方が分かれば探すのは割りと容易)を監視していた。「だってそっちは見ないって言ってないでしょ?」というクズっぷり。

増田夢物語を語り始める

これが最高にクソ。「増田をあのまま育てていたらピアノを習わせるつもりだった」「猫を飼っていたら増田が出て行くって言わなかったのかなあ」等々。まず、子供を育てるのにふさわしい環境を形だけでも整えた気配を見せてから言え。

増田にこれから展望を語り始める

これもクソ。「家を買ったの」「増田大学生になったら一緒に住めるように一人暮らしだと少し広い家だから」等々。ちなみに、普通に男との巣になっていた模様。ていうか、何でてめーの家から通える大学に進学する前提なんだよ。

増田説教

会うことがものすごく不愉快だった増田が、嘘をついて金をせしめまくったことに対して、「人に信用してもらうなら、まず自分が信用してもらえるようにしないといけないでしょ!」小学1年生の子供のいる家に男を連れ込んでいた女が言うセリフではない。

・「こっちは鬱なんじゃ!!」と電話口で怒鳴る

ちなみにセンター試験2ヶ月前である受験邪魔しかしないなこいつ。


増田大学進学してから

・「食料を送るから!」と言って、カップ麺ばかり送ってくる

「お湯を沸かすんだから自炊でしょ?」という言葉は衝撃。

大学保護者欄に自分名前がないことで発狂

「金を払ってるのは私だぞ!!」とキレる。少し詳しく説明

増田東北地方大学に進学して一人暮らし保護者には父親名前記載費用は実母が払うと③の時点で決めていたので、実母の口座から引き落としとしていた。

何かがきっかけで、実母が大学に問い合わせ。保護者として登録されていないので断られる。

「金を払ってるのは私だぞ!父親と並べて私を保護者欄に記載しろ!!記載しないなら、学費は払わない!!」と、大学にキレる。

この出来事を、増田は当時一切知らなかった。なぜなら、実母が大学に「増田には一切知らせるな!不安になるから!!」などと詭弁を弄したから。

何故か大学もそれに従う。これ、実母が増田心配したのではなくて、増田が散々っぱら嫌っている実母にガチギレするのが目に見えていたかである

そして、2月。実情を知るよしもない経理処理の人が「こいつの学費全然振り込まれてないじゃないか、退学扱いになるぞ」と、増田葉書を送ってくる。増田はここで初めて事態を知る。ガチギレ。

実母にもキレたし、大学にもキレた。大学は「増田さんの学籍をきちんと大切にするために、言わなかったんです」とかなんとか訳の分からんことを言うが、「増田の進退に関わる事実当人に黙っているのは神経を疑う」という一言で黙る。

未成年に言い負かされてんじゃねーよ。

とにかく、実母の自己中心っぷりがよく表れた一件であった。

増田mixiを突き止める

増田ブロックする

震災直後、増田mixiアカウントに友人のアカウントからアクセスする

ブロックされているからといって、やることが陰湿である

震災直後、早朝に電話をかけるなどして、増田邪魔する

震災から2週間後、ボランティアに参加

増田の家の近所に行ったよ」などと報告してくる。「でも、わざと行こうとしたんじゃなくて、車の道を一本間違えてね、たまたまそこに行っちゃっただけなの」

増田の家は大通りからかなり離れているので一本の間違えようがない上に、一本間違えただけで偶然辿り着く場所ではない。

ちなみに、実母は車を長らく運転したことがなく、この数年前に軽を父親から譲ってもらっている。被災地まで数百キロ運転が出来る力はないし、数百キロ運転に適した車でもない。では、被災地まで来たのは誰の車だろうか?数百キロ運転をしたのは誰だろうか?はい、男でしょうね。50歳にもなってお盛んなのは引いた。


増田が働いてから

誕生日からとか言って電話をかけてくる

ちなみに、増田は実母から電話がかかってくると、過呼吸状態になって頭がパニックになり、怒鳴るしかできない。

箇条書きにしただけでもこの長さ。糞すぎでは。

http://anond.hatelabo.jp/20170515165935

その辺って認知行動療法とかでズレを治すとかしか無いんじゃね?

そもそもパニック障害発症とかじゃなくて、パニック障害でも無い一過性過呼吸程度で「俺、パニック障害かも」とか思って、自分からパニック障害になっていく奴が多いって話。

本当に発症したら手帳レベルもあるし、プロに治してもらう必要あるだろうけど、そんなの本当に少なくて、大概はパニック障害手前で、案外治るレベルでしょ。

パニック障害ハードルの低さ

明確な基準いから、気温差や緊張から過呼吸程度でパニック障害とか言っちゃう奴多すぎ

もちろん、本当の障害持ちなら大変だろうけど、可哀そうなのは、そうだと思ってビクビクしたり、心配性になったり、自己判断で薬とか飲んじゃう奴(ヘボな精神科医に当たって診断されたも)

パニック障害でも無いのに、自分からパニック障害発症させちゃうのは、今後の人生の為にも勿体無いよね。

成功体験が一番の治療薬なのに、こういうのに限って「今回はたまたま、運が良かっただけ」みたいに謙遜するし

しょうもない事でもオーバーに褒める親族や友人居ると途端に治る。あら探し、マウンティング大好きな奴が居たら悪化一直線。

2017-05-06

ボクっ娘三次元)に4日で振られた話

大学3年目の時の話

顔は結構好みだったが……

・付き合う前

飲み会でもたれかかってくる

別の飲み会肩に頭を乗せてくる

メールのやり取りが多い

恋愛関係相談をしたがっている(少なくとも思わせぶり)

「付き合っている人いるの?」というこちらから質問に対し、「そんなのもういらない」とかいうズレた返答


・付き合う直前~1日め

相談したいけど、相談したくないなど言ってくる

「声だけでも聞きたい」とかい童貞殺しのメール

バイト後に増田の家で会うことになる

「これ話して嫌いになったらそう言ってくれていいから。そのまま消えるから……」とかい意味深セリフ

過去話1 高校の時

付き合っていた人がいたらしい

別れたらしい

毎週日曜日にその元カレに家に呼び出されていたらしい(意味カンネ)

毎回レイプされていたらしい(じゃあ行くなよ)

汚らわしい自分が嫌で眠れない日が続いたらしい、眠れて1時間だとか

鬱になってどうしようもないらしい

過去話2 大学1年目から今まで

仲のいい友達が出来たらしい

好きな人が出来たらしい

その二人が付き合い始めたらしい

好きな人と二人きりになったとき、迫ってみたらしい

セフレ関係になったらしい

仲のいい友達には言えないらしい

鬱になってどうしようもないらしい

・今の話

彼氏がいるらしい(上のやつとは別)

嫉妬が凄いらしい

どうしようもないらしい

Aという男(増田とも知り合い)が自分に惚れていて、話を聞いてくれようとしているのだけど、自分にとってAはそういう存在ではないので断っているらしい


どうすることも出来ないので、童貞増田はその場で抱きしめて、交際を始めることにした。

その時の彼氏から「ちゃんと振って欲しい」というメールが来たので、彼女電話で「別れてください」と言っていた。

なだめてその日は寝た。他にもいろんな話をしたけれども省略。一切脱がしてはいない。

一人称も相まってこれなんてエロゲ状態ではあるが、エロはない



・2日め

確か金曜日

講義が終わって、せっかくなので会ってみたいと思った増田メールをして、相手の家に行くことに

色々と話をする

酒も飲む

増田は親にボロクソの扱いだった(母子家庭母親男漁りしまくっていたり、父方に引き取られてから再婚相手虐待を受けた)ので、出来ればちゃんと自分を見てほしいと言う

わざとらしく他の男の話を振りまくってくるので、止めて欲しいと伝える

メールしまくっている

突然、「Aが来るって!」と言う(意味カンネ)

Aが来る

増田がベッドに座っていて、Aと彼女が隣り合って床に座っている

意味がわからなくて、親のことを思い出して嫉妬心から酒を浴びる増田

泥酔した


・3日め

翌朝、Aは帰っていた

相手部活だというから増田も帰る


・4日め

会ってくれない


・5日め

確か月曜日

講義に出てこない

昼頃にメールが来る「別れてください」とか「増田嫉妬心は辛かった」とか書いてある

付き合ってから振られるまで約90時間(4日未満)

完全に見捨てられて、親とのことも含めて諸々の思い出がフラッシュバックして、発作的な過呼吸がこれから数年かけて起こる


・その後

SNSモテ自慢を繰り返す女

当時流行っていたバトンで「今気になっている人 ○○(みんなが期待する意味で)」などという投稿をする

発作が酷くてSNS友達関係を切る(振られてから1ヶ月程度)

運悪く同じ専攻だったのでその後も卒業まで地獄

専攻のメーリングリストで「誰か、家で寝ている彼氏を起こして、私の書類事務に届けてくれませんか?」とか訳の分からんことを送ってくる。知るか、テメーが起こせ。

ちなみに2日めのときAには「助けて」とメールを送って呼んだらしい

Aが他の女と仲良くなったとき、その相手に「Aと付き合ってるの?」と凄んだらしい(結局その後Aとその相手は付き合う)お前も嫉妬してんじゃん

同じ専攻の人達に「何かあった?」と聞かれると、「レイプされかけて……」と言っていたらしい(女性の仲いい人から聞いた)

でも、大半の人は「まーたあいつが何か言ってるよ」「男関係でどんだけトラブル起こしてんだ」って感じだったらしい(女性の仲いい人から聞いた)

レイプされただの、友達彼氏セフレ関係にあっただのという割には増田セックス出来なかった(会えた2日で別に迫ってはいない。避妊具持ってなかったし)


何だったんだろう、こいつ

俺も大概だけど、初回でこんなんに引っかかって、しばらく恋愛が怖くてしょうがなかった

俺、前世で何かした?

2017-03-31

部活動制度なんてやめよう

春山安全登山講習会登山部の高校生が亡くなったニュース

とても悲しく感じると同時に、昔ちょっとだけ高校教員をやっていた自分は、現在部活動の仕組みにまた憤りが湧いてきた。

部活動」を「ただの教員」が監督すること。

この安全面における危険性について、一人でも多くの人に知って欲しくて今回記事を書いている。

もちろん今回責任者とされる教員かばうつもりはない。

悪天候の中自然の力に大きく左右される競技を敢行したり、ビーコンや連絡機器管理がなっていなかったりなど、責任者である以上はその辺りは弁解の余地はない。

ただ、常日頃からこの国の部活動制度自体もっときちんと整えられていれば、このような事故が起こる可能性など元からなかったのではないかと思ってしまう。

在職中、部活動制度は本当に酷いものだった。

大前提としてその日の定時内での業務を終えた後に夜7時8時まで、または土日に終日部活動を見なければいけないし、その手当は土日の「日当」が千円ちょいなどだ。

週休0日など普通だ。

もちろん部活以外の業務ーー授業や授業の準備、テスト作成や200人分の採点、生徒指導クラス運営進路指導受験対策広報などの他の校務分掌ももちろん山ほどある。

これほど多くの業務を一人の教員が抱えているなんて日本くらいで、国際的に見ても異常なことである

ただ今回フォーカスしたいのは「部活動安全面」なので、教員多忙さについては今回は割愛しておく。

(だが本音ではこちらも世間に知ってもらいたい。)

さて私はスポーツ経験なんて高校の時に強豪でも何でもない普通卓球部所属していただけで、体育ではなく一般教科担当だったが、赴任して任されたのはサッカー部

サッカー一般的競技ではあるけれども、10代のまだ加減を知らない若い子たちが全力で取り組むのだから試合普段練習も本当に危ない。

だが、ボクシングなど特別資格必要競技でない限りは、毎年誰かが顧問枠に入らねばならない。

たとえベテランノウハウ必要危険の伴う競技であっても、例えばその年に前任者が離任すれば、適任者がいなくても誰かがその顧問枠に入らねばならないのだ。

そして実際、素人の私が見ていて、ゾッとしたことが何度もあった。

生徒が過呼吸を起こして倒れた。

生徒がボールで顔を打ち前歯がぐらついた。

生徒がもみ合って後頭部から床に倒れ、一瞬意識が飛んだ。

こんな緊急時に、スポーツに関して何の資格も持っていない、ただ「教員」をやっているだけの素人が、人命に関わる判断を速やかにしなければならない。

幸い大事には至らなかったが、運が良かっただけだ。

その生徒たちも、私もだ。

今回多数の若い犠牲者を出してしまった雪山での部活動

引率していた教員たちの中に、どれだけ登山に詳しくて顧問をさせられていた先生たちがいただろうか。

また「ベテラン教員が同行していた」とも報道されたが、私としては「どれだけベテランでも所詮教員だ」と思ってしまう。

だってあくま教員なのだ

登山専門家ではない。

授業をしたり、クラス運営をしたりという多種の職務の傍ら、その「片手間」と言わざるを得ない多忙な状況下で顧問をしてきたに過ぎない。

何年登山部に関わっていても、登山を専門にやっているプロではないのだ。

そんな人たちに子どもたちの安全と命を預けていいのか。

預けさせていいのか。

教員にとっても、子どもたちにとっても、本当に不幸なことだ。

もう、教員監督させる部活動制度はやめよう。

甲子園などの部活動文化が定着している日本では、なかなか難しいと思うけど。

でもせめて、登山サッカーなど危険が伴う競技を、その競技に関して無資格人間に、さらに他の業務多忙な状況下で監督責任押し付けるのは、今すぐにでもやめよう。

お金がかかっても、体育の教員を増やしたり、きちんとしたインストラクターを雇うべきだと思う。

部活動に励む生徒と先生」は青春の一部として美化されがちだが、そこに生徒に対して危険があるのならば、変革が必要ではないだろうか。

この話を「教員になったなら当然のこと」「自分で選んだ職業から仕方ない」で片付けないでほしい。

学校子どもの命を預かる現場だし、実際にこのような事故が起こってしまったのだから、この悪しき因襲と環境は一刻も早く改善されるべきだと思う。

一人でも多くの人が、現場から見た部活動の現状を知ってもらい、「おかしい」と感じてくれることを願っている。

2017-03-24

中学3年生、いじめられてたけど卒業

中学3年生です。

暴力などの、いじめを2年生の時からうけました。

学校に行けなくなり、とても辛かった。

いじめだと認めてくれない全ての先生学校の事が嫌いになって憎んだ。特に担任先生と、前担任先生を憎んだ。

そして学校自体を憎んだし、決して文字にしてはいけない事を考えたりした。

辛くて辛くて、生きていきたくなかった。

もう卒業するから波風立とうがどうでもいい、と思った。

いじめだろ、と強く言ったら認めはしないが「一年早く調査をしたりすればよかった」と先生が言い放ちました。

どうして一年早く何かしてくれなかったの?

あなた一年前にどうにかしてくれればよかったのに。

担任先生いじめが始まった日に「もう終わった事だから」と言って何もケアしてくれなかった。

そもそもその日に何かしてくれればよかったのに。

いじめる生徒は守って、いじめられる生徒は放置を貫きましたね。

当分はあの人たちを恨むことだと思います

多分、いじめてきた奴を見ても過呼吸になりそうにならなくなった頃かな。

涙が止まらない。本当に止まらない。

卒業出来て良かった。

担任先生ありがとう。前担任先生ありがとう教頭先生ありがとう、学年の先生ありがとう、その他の先生ありがとう

感謝してます

恨み、憎しみ、そんなのよりも感謝が強い。

もっと中学校行きたかったな。

2017-03-18

ナナコよりクレカの方が楽

セブンイレブンnanacoのことね。

いやべつにセブンイレブンにこだわってないからにナナコじゃなくてポンタでも良いんだけど。

いやでもポンタは使わないよ。僕は仕事でロ◯ソンにどえらい目にあったからね。

ロ◯ソン社員には感動すらしたもん、あれには。ホント

いや話がそれた。

クレカって最近コンビニ決済すごく簡単になったよね。

あれの一番いいのは言葉を発しなくて良いところ。


まずはナナコのケースを考えてみよう。

店員「お会計320円になります。」

僕「ぁっナナコで・・・ (ボソ」

店員「えっ!?

僕、何も言わずナナコを読み取る機械にナナコを力いっぱい押し付ける。

店員、僕が何かのカードを押し当ててることは分かる。しか割り箸やPOP広告などで見えない。大げさに身を乗り出してやっと分かる。

店員「あぁー↑↑ナナコですね!」ピッ!

プー

店員「アッあの、えー、25円、ですね、足りないようなんですがどうします?」

僕「ハァーハァ−!!」予想外の出来事によって過呼吸に陥る

と、このような事を毎回やっている。とてもうっとうしい。

「ナナコで」なんて言いたくないし、聞き返されるのも嫌だし、変な機械押し付けてその間片手が拘束されるのも嫌だし、チャージする手間も嫌だし、それを忘れた時のパニックも嫌だ。

これ系のやりとりっておサイフケータイも同じことやってるのかな?

おサイフケータイ使ったこと無いからよく分からない。

「アイディーで」とか「クイックペイで」とか、言ってる?

あっ「おサイフで」とかでも良いの?機械自動判別してくれるの?

まあなんか声出して言わないといけないんだから似たようなものかな。

その分クレカは良い。

あの小銭を入れるお皿にクレカを放り込んだらそれだけでいい。

あとは何も言わ無くて良い。

全部店員さんがやってくれる。

チャージし忘れもない。

最高だ。

ただ、うちの近所のセブンイレブンけがそうなのかもしれない。

他のとこの店員は「クレジットカードですね!?」と目を輝かせて聞いてくるのかもしれない。

「一括でよろしいでしょうか!?」などと殺意を抱くような愚問を突きつけて来るのかもしれない。

その辺は各社コンビニ指導しておいてほしいね

いや、・・・指導しないで!

コンビニ店員さんってやること多くて大変らしいし。

っていうか君たちコンビニアマゾン駆逐されてよ。

Amazon Goね。これよこれ。

https://www.youtube.com/watch?v=NrmMk1Myrxc

これあったらクレカ要らないじゃん。

スマホだけでいいし。

いや超嬉しいよこれ。

早くしてアマゾン

日本コンビニは真似しようとしないで。

特にロ◯ソン。

僕はあそこの上層にいる各種決定権を持つオジサンたちには本当に呆れたし、経営陣を総入れ替えでもしない限り何事についても彼らに良い仕組みは作れないと確信してる。

2017-03-05

適応障害からちょい回復したわたしが出来るようになったこと

大学サークルなんやかんやを起因とする適応障害と診断された。のが年末

たぶんそんな重くは…ないのかな?

お薬はレキソタンワイパックス頓服で服用。

レキソタン脱力感が強く出すぎてしまい変えてもらった)

あとは二週間に一回の診察とカウンセリング

先生に「だんだん元のあなたに戻ったのかな?」と言われて、元のあなたってなんやねん、厳密に元の私には戻らんだろうと思ったりなんだり。



出来るようになったことその1

・本が読めるようになった

2回目の診察でどうもご丁寧にADHD傾向の診断も頂いた。

確かに言われてみればADHDの症状に起因することで困ってるわ!どうしたらいいんですか?と先生に聞いたところ。

まあ専門書でも読め。本屋ごまんと売ってるから。とのお言葉を頂戴したので。

試しに心理学の本等々あわせて5冊ぐらい買ってみた。

そしたら読めた。読書が出来た。どえらい驚いた。革命が起きた…

それまでは教科書とか昔はめちゃくちゃ読んでた専門書とか、はたまたレジュメなんかが全く読めなかった。頭に入ってこない。画像だけ頭を駆け抜ける感じ。コントロール+Fを押して必要なとこだけ画像として認識してた。

まりにびっくりして感動し、Kindleワンクリックで本をポチる野郎と化したのであった。





出来るようになったことその2

・お風呂にきちんと入れるようになった、スキンケアできるようになった

毎回お風呂までは三時間ぐらいかけてなんとか辿りついていた。幸い実家しなの風呂は沸いている。

ただ、湯船に入るばっかりで、シャンプーとか、身体洗うとか、そういうのをごまかしていた日のほうが多かった。ただひたすらにダルイ。出来ない日の方が多い。次の日どーしてもやむを得ず出掛ける予定があってもだ。

はい。ちゃんと出来るようになりました。ドライヤーもかけれるようになりました。お風呂上がりに化粧水つけたりなんだりできます

思えばこれ診断受ける三ヶ月前ぐらいから徐々に酷くなってたような…

ていうかドライヤーで、髪の毛乾かしてから寝ると、風邪引かないんですね。すごい。

あとこたつで寝なくなりました。お布団まで行ける!!!




出来るようになったことその3

・昼間に居眠りしなくなった。

まあ疲れてたのもありますが、どこでも昼寝しなくなった。

ある時は眠すぎて学食意識を失ってた。自分もびっくりした。一回ならまだしも。ほぼ毎日だったし。

過眠?ぽいのは治まってきたなあと。





あとなんか1番悪い時期に過呼吸になり駅で倒れまして。それ以来ある種の記憶を想起させる出来事に遭遇すると、過呼吸になったり過呼吸未遂になったりしてたのですが、それもなくなった。動悸息切れぐらいで済んでる。





あとは…ほんとに頭のモヤがすっきり晴れました。半年ぐらい、1歩先も見えなかった。

人の言葉が聴けるんですね。今まで自分の言う事しか信用できなくて。謎の自分ルールにがんじがらめになってました。







そして何より死にたいって思わなくていい日って、こんなに生きやすいんですね。駅を歩いていて、ホームの端に引き寄せられることがないっていいですね。

半年ぐらい忘れてました。この感覚

周りの人、そりゃ毎日楽しそうにしてる訳ですわ。










ちなみに今後の課題就活でぶりかえさないかどうかです。時期もあったり進路変更なんだかんだで就活めちゃくちゃ出遅れまし…た…

2017-02-28

家に宇宙人がいる

宇宙人とは父親だ。

父は知的障害だ。話が通じない。

幸いにして私にはきっと遺伝していない。びっくりするくらい数学が苦手だけれど、日々の生活には困らないレベルだ。

彼はとにかく気にいらないことがあると、騒ぎ散らす。言語障害を抱えているらしい。幼児レベルの――死ねとか殺すとか、燃やすとか、語彙力の死にきった文句を喚くのだ。うち賃貸マンションなのに。ちなみに苦情が来たことはない。これにも驚きが隠せない。

ちなみに父のスイッチが入るタイミングはわからない。なんてことないことですぐに機嫌を損ね、騒ぎ暴力をふるう。

学校とか、勉強とか、そういうことにトラウマがあるらしい。そりゃあその語彙力じゃまともに授業も理解できなかったことだろう。私が勉強をしているのを、邪魔してくる。私は楽しくて勉強しているけれど、あの人からしたら文字ってだけで恐ろしいものなのだ。だから、私達は分かり合えない。

父は作業所でなんとか働いている。けれど、そこでいらないとか言われたとか言われてないとかで今ずっと家にいる。私の就活に関することにも首を突っ込んできて、ここ一週間こちらもだいぶメンタルに来ている。そんな素振り首にも出さないけれど。

何度も離婚しろと母に詰め寄った。母はストーカーと化す可能性に対して危惧している。大学に行かせてくれていることにはこの上なく感謝しているけれど、今までの積み重ねを思うと、父親に殴り殺されればいいのでは?と思う時もある。そんな度胸は父にはないが。

父がこんなに歪んだのは、父の両親、私からすれば祖父母に多大な問題があるのだ。それをわからせようとしても、私の話す言葉理解出来無いから、ずっと無意味なのだ。多分壁にでも話してるほうが生産性があるレベル。結局父は両親を恨みながらも、認められたいのだ。

私も私で父にとらわれている。

性的被害にあったわけではないけれど、他人に触られるのが怖くてたまらないのだ。場合によっては過呼吸のようになる。普通だった私を返してほしい。そもそも普通だった時期があるか曖昧だけれども。

父は私を20歳を超えた人間だと分かれないのだ。そして、自分が何歳かもわかっていない。いつまでも周りが可愛い可愛いと世話を焼いてくれる弟のつもりなのだアラフィフにして。痛いな。

私が家を出て行ったら、この人たちはどう暮らすのだろう。好きにすればいい。私の人生ではない。けれど思うのだ。どこまで両親は私の影のように、私についてくる?

他人本質的に信頼できない。

他人物理的接触ができない。

他人共感することができない。

二十歳を超えたら私の責任でもある。全て親のせいにはできない。愛着問題とか、その他諸々、私が上手いこと向き合って、理解してくれる人とゆっくり関係を構築するしか無い。

私の家には、宇宙人がいる。

永遠に分かり合いようのない、分かり合うための道具がない人がいる。

私が帰りたい家は、どうしたら築けるのだろう。それをずっと、考えている。

2017-02-20

アナル歴15年の俺がセックス時の女の気持ちを教えてやる

 チンポこするしか脳のない猿どもよ、よく読んでいけ。

 俺は男だが、基本的マンコもアナルも同じようなもんだと考えている。マンコもアナル内臓だ。そこで快楽を感じるプロセスにはそれほど大きな差はないと思っている。もちろん想像しかないが、自分経験するアナル快楽と、実際に見聞きする女の感じ方には数多くの共通点がある。

 ちなみに俺はホモではない。ノンケだ。エネマグラを嗜むこともあるが、バイブやディルドーを一人でズコズコするのが好きだ。

セックス中に目をつぶる理由

 アナルを知る前の俺はAVで女が目をつぶるのが不思議だった。(目を開けてるやつはだいたいカメラ目線で演技臭い

 もっと自分を抱いている男のことを見るべきじゃないか。目をつぶり男を無視して自分世界に入ってんじゃねえ。そんなことを思っていた。

 しかし、俺はアナルを知ることで、セックス中に女が目をつぶる意味理解できた。

 快感が繊細なのだ。初期のアナル快感は驚くほど小さい。か細い。それをきっちりと掴んで、意識して快感を増幅していかなくちゃいけない。目を開けていると集中できないのだ。俺は女じゃないしホモでもないからわからないが、目を開けて目の前で男がズコズコと腰を振っているのを見ていたら、たぶん中々集中できない。快感に向き合うために目を閉じざるを得ない。

 だから、男はあまりこっちを見てとか言わないほうがいいようなきがする。集中が途切れる。

 逆にずっと目を開けていても問題なく感じられる女がいるとするのなら、それはものすごい手練ではないかと思う。

あえぎ声は割りとめんどくさい

 あえぎ声をあげる理由はおそらく3つほどある。

1. 男が喜ぶ

2. AVがそんな感じだから

3. 自分の気分を盛り上げる

 他にもあるなら教えてくれ。

 1番目と2番めはどうでもいい。重要なのは3番目だ。

 セックスというのはメンタルでするものだ。気持ちの盛り上がりが快楽に直結する。男だって心が弱っている時などはチンポの勃ちが悪かったり、途中で萎えしまったりするだろう。経験あるだろうフニャチン野郎

 女もアナル快楽を貪るためにはメンタルが最重要なのだ気持ちが乗らない時や、他のことが気になって集中できない時は、なかなか快楽をつかめない。なにをやっても気持ちよくなれない。その気分が乗らない時というのが割りと普通にやってくる。今日ちょっと調子悪いぐらいの感じで。

 俺も今日大丈夫だろうと思ってズコズコし始めるのだが、全然集中できずになにも気持ちよくなれない時とかある。

 そういう時に男がセックスしようとしてきたら、渋々付き合うにしても、なにも感じないし、中をほじくられてただ不快なだけだろう。あえぎ声をあげながら、「さっさとイキやがれ。クソチンポ」と思っているだろう。

 そして、あえぎ声をあげるというのは疲れる。試しにやってみればいい。性的な声じゃなくても「はっはっはっはっ」と強く息を吐いて声をだすのを10分ぐらい続けるとわかる。しんどいAV女優とかよくあんなに声出せると思う。しかし、まあ、気持ちよくて声を出してるならいいんだ。気持ちも盛り上がっていくし、過呼吸効果快感も増す。(息止めオナニーとか窒息オナニーにも通じる)だが、気持ちよくないのに声を出している時は本当にキツイ自分場合オナニーに集中できない時は途中で止めるだけだからいいが、女の場合は男がイクまで付き合わなくちゃいけない。これは本当に苦痛だと思う。

一度スイッチが入るとめちゃくちゃ気持ちよくなる

 このスイッチを入れるのが大変だ。スイッチ入れるためにはこれまで書いてきたような前提が必要だ。

1. セックスオナニーする気分になっている

2. マンコやアナルで小さな快感を捕まえて増幅させていく

 小さな快感を捕まえるのは女が勝手にやるから男は好きにしていいか、と言えばそんなことはない。まあ、はじめは優しくして徐々に感度を上げていくというのは、セックスの基本だから特に説明する必要もないだろう。挿入後も同じだ。いきなり全力ピストンなんてしても中の準備が整っていないから痛いだけだ。中も小さな快感を徐々に大きくしていかなくちゃいけない。スイッチが入っていないうちはピストンすらいらないレベルだ。腰を悪くしたお爺ちゃんになった気持ちで丁寧にやるといいだろう。スイッチが入るまではそのぐらいで十分だ。逆に早すぎるピストンを繰り返すと感覚麻痺してしまって快感が逃げてしまう。

 じゃあどうすればスイッチが入るんだといえば、感度が上がってくると明確に気持ちいいポイントが出現する。スコアを稼ぐと隠しアイテムが出てくるみたいな感じだ。そのポイントを繰り返し何度も重点的に責められると、ものすごい勢いで感度が上がっていってスイッチが入る。もう気持ちいいしか考えられなくなる。バカになる。もう好きにして状態。好きなだけおちんぽついて状態。この状態になって初めて強めのピストンでも気にならなくなるのだ。

 だから自分がイキそうになったからって勝手に高速ピストンを始めるようなやつは糞だ。

 まずは女に気持ちの良いポイントを聞くところから始めたほうがいいんじゃないか。

結論

 自分本意な糞セックスをしてる男はアナル開発しろ

2017-01-20

静岡県韮山高校の体育の授業について まとめ

10年以上前情報も含まれているので、現在とは異なっている可能性もあります

服装

女子は股下10cm丈の黒いショートパンツホットパンツ?)。体育座りをすると下着やナプキンが見えてしまう。

・太っている生徒は露出した腿がこすれて股ずれを起こしてしまい、赤く腫れあがることがあるが、特に配慮されない。クロカンでは身体的にも精神的にも激しい苦痛を伴う(後述)

ジャージの着用は禁止。そもそも学校指定ジャージはない。冬期に寒冷じんましんが出る生徒がいるが、特に配慮されない。

・準備体操まではジャージを着用していても良い。その際のジャージ部活ジャージでも私物でもなんでもいい。

●韮高体操、二人組、ダンス、マット運動

特筆すべき点なし。他校と同じ普通の体育。

以下、補講が科せられる授業について記します。

水泳

・ひたすら泳がされた。

・泳ぎ方は教えてくれなかった。平泳ぎは手足の動かし方が分からなくてできなかった。

・泳ぎ方を教えてほしいと教員に頼むと「他のやつを見て自分で学べ」と言われる。

・授業を欠席・見学すると放課後に補講があり、500m泳がされた。

・補講では足をついていいのはプールの端だけというルールがあった。つまり50mは足をつかずに泳がなくてはならない。

・足をつくと50m無効になった。

・まったく泳げない生徒は10m泳いでは足をつき、プールの端まで戻り、また10m泳いでは足をつき・・・を2時間繰り返し、教員から「もうお前帰っていいよ」といわれるのを待たなければならなかった。

●新体力テスト

韮山高校は新体力テストが男女とも県1位なのを誇っており、新体力テストで記録を伸ばすためにさまざまな工夫(と不正)を行っていた。

・まず全種目のテストを行い、2ヶ月間授業と補講でトレーニングを重ねて記録を伸ばしていく方式

最初テスト目標値に達しなかった種目があると補講票が渡された。

・補講票はA7くらいの紙片で、種目名と氏名欄、補講日とその日の記録を書く欄があった。

・各種目、少なくとも週1日は補講日が設定されていた。

シャトルランなど補講対象者が多い種目は週3日などもあった。

・補講は放課後に行われた。反復横跳びなら反復横跳びを行い、記録を補講票に書いて体育課に提出した。

・記録が目標値に達していれば補講票は返却されない。もうその種目の補講に出る必要はないということ。

・記録が目標値に達していないと「再」のハンコが押されて翌日朝にHRで返却された。

目標値に達するまでは、何回でも補講に出席し続ける必要があった。

・体育の授業での記録を補講票に書いても良いことになっていた。

・体育が苦手な生徒は複数種目で目標値未満なことが多いので、毎日補講に出る必要があった。

・補講が長引いたり、毎日のように補講に出ていると部活動への参加が遅くなってしまった。

・補講は部活動に優先したが、補講のせいで部活動に遅れると顧問から叱責された。

シャトルランの補講に週3回出ていると疲労が溜まって記録がどんどん悪くなった。

・補講対象者が減ってくると一日で全種目を行うこともあった。疲れるし、部活に出られなくなった。

・結局、補講を終わらせるために生徒は実際の記録より高い記録を補講票に書くようになった。

・そもそもこの補講システム、生徒が自発的に記録を改ざんするのを狙っていたようだ。

・補講システムが功を奏し、韮高は十年以上連続で新体力テスト県内1位を達成している。チーム韮山の成果である

クロカン

・授業では女子は30分~40分で5km走る。男子は同7km

・授業時間内に走りきれない人は前の授業を途中で抜けて、先に準備してスタートするよう指示があった

・全授業で、絶対指定された距離を走らなければならない。脱落は罪。

・途中で過呼吸を起こすなどしてリタイアした人や授業時間に間に合わなかった人は教員に車で回収されるが、その際必ず罵倒された

 「気持ちが足りない」「気持ちが弱い」「気持ちが表に出ている」など抽象的に罵倒された

男子生徒は背中、肩などを殴られることもあった。

ぜんそくやチアノーゼを起こしている人も罵倒されていたし殴られていた。

・さすがに女子には体罰はなかった。

・太っていたり脚が太い生徒は股ずれが悪化出血することがあった。

・股ずれの出血は、はた目には急に生理が始まったようにも見える。恥ずかしさのあまりか、顔を覆って泣きながら走っている生徒がいた。

・股ずれを理由とした体育の見学許可されなかった。

見学した人は後日の放課後に授業と同じ距離を走るノルマがあった。

・たとえば1週間風邪を引いて授業を3回休むと5km*3=15kmが課せられる。風邪が治り次第毎日走って少しずつ返済しなくてはならない。

クロカン本番の順位指定校推薦と密接な関係があると聞いたことがある。

●「韮高の体育は第二の入試

・「韮高の体育は第二の入試」という言い回しがあった。主にお互いを励ますときに使ったりした。

・「韮高の体育は高校入試並みに辛く厳しい」の意だが、体育に耐えられなくて不登校になったり、中退したりしてしまう生徒がいるのは仕方がない、という意味もある。その生徒は「第二の入試」に不合格になった、ということ。

・実際、不登校になって中退する生徒は多い(後述)。

●影響

自律神経失調症になってしまう生徒がいた。

文化部女子生徒を中心に、市販薬の乱用が流行した。「ロキソニンを5錠飲んでから走るとお腹が痛くならない」などのテクニックが広まっていた。

中退率は2%台後半から3%。一応進学校なのに全国平均を大きく上回っている。

(もちろん海外留学などポジティブ理由中退も含まれる)

●近年の動向

地域中学校進学塾でも「韮高の体育は厳しい」と知られるようになったため、

体育が苦手な受験生三島北・沼津東に流れる傾向がある。

そのため韮高生の平均レベルが上がってしまい、体育な苦手な生徒にとってさら過酷環境になった。

2017-01-18

まいどまいどセックスの度に失神されそうになったり過呼吸気味になったりして思うようにセックスが出来ない。

最近じゃセックスの時はコンドームより紙袋の準備を欠かさないようになってきた。バカらしい限りである

そんなに激しくしているつもりはないし、どちらかと言えばムード大事にしたスローセックスを心がけているつもりなのだけど。

どこかに本気でセックスできるメスはおらんかのう。

2017-01-15

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。

小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。

中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。

高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

2016-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20161130150514

心療内科カウンセラーも親も所詮人間なんで、

相性とかで当たりはずれって絶対にあるんだよ。医者は専門の病状もあるし。

医者探しは苦労するよ。キレたり怒鳴ったりするのだっているんだ。

過呼吸対処を知ってて自分解決させられてるし、その医者よりしっかりしてるんだね。

私は無理して高校に行ったらたくさんの病気が増えちゃってね。

同級生で自立神経失調症の子も無理して会社に出たらこじらせてやめてしまったよ。

君の親も最初にあった医者もたぶん君の指一本も頼りに出来ないと思う。

それでも自分がどうして苦しいのかは探した方がいいと思うんだ。

人は嫌な記憶を奥底にしまうし、忘れたつもりで傷つきっぱなしのことがある。

自分にとって当たり前で大したことないって思ってるつもりで、

小さい頃から叩かれたり怒鳴られたり、我慢している子って多いらしいんだ。

宗教とか入ってない?親だけでなく祖父とか祖母も。

どんなに有名なものでも宗教って時点で偏りは疑うべきなんだ。

君が問題でそうなったっていうのは絶対にない。何かおかし環境があったんじゃないかな?

2016-12-21

セブンコードの話で安堵したクズです

自分小学校くらいか自分はいない方がいいって思うようなポンコツだった。

幼稚園時代は親のママ友付き合いのたびに比較されて叱られてたし、

父親は気分で接し方がコロコロ変わるし、すぐ指摘するので表情を見せるのも怖かった。

小学校では団体行動をするたびに足手まといになり他の子と一緒だったらよかったって言われたりしていた。

よく教室を飛び出したり、グループ行動になりそうになるとすぐ保健室に向かっていた。

幼少期からからさまな不適合ぶりだった。

しか二次障害アスペの発覚は中学不登校になってからさらに経った高校卒業頃だった。

みんなが進路に悩んでいる中、私は教師手帳の取得を勧められた。

カウンセラー就労施設に行けばとか行っていたが、

その施設は怒鳴られ無視され、その後はデイケア先の医者にも怒鳴られ、もう場所探しが怖くなった。

親には学生の頃カウンセラーに怒鳴られれば、話を聞いてもらっているのになんてことをと冷たい目で見られ、

発達障害だとわかればいじめられるのは貴方が変だから相手の悪意を全く考えず責められた。

本当に働けそうにもなかった。今も結婚して専業主婦家事しか出来ない。

本当は働いて旦那もっと出掛けたりカルディ調味料を買ったりしたい。

親に言われた人の辛さがわからない奴って言葉をもう言われないようになりたい。

ただパニックになるせいで勉強が出来ない。塾ですら舌打ちされるんじゃってビクビクしてた。

イライラ不安からすぐめまい過呼吸が起きる私には約束事をするのも難関だ。

からセブンコード社長の話を否定することが出来ない。

私のようなクズが1番言われて困るのはやってることに意味があるという言葉なのだ

そんな言葉が通じる世界なんて私は現実でちっとも見たことないのだ。

何をするにも金、その金の責任を問われ、趣味も捨てると脅されることからろくに作れなくなった。

うつ治療はしたいことをすることらしいが、実際問題、裕福なわけはない。

ただそれでも、私に気を使いながら働くことよりも私がいない方が生産率が高いのは確かだ。

そうしてだらだら罪悪感を感じながら家事をするクズに戻るのである

2016-12-20

教習所がとってもつらい

http://anond.hatelabo.jp/20161128141919

当時は1ヶ月もあれば車に乗るのにも慣れるだろうと思ったけど全く慣れていない。すまない自分

相変わらず1時間の教習だけで身体は丸まり過呼吸気味で胃は縮こまり頭は真っ白で不安感に苛まれながら帰ってる。

これでは生活に支障が出るのでどうにかしたい。そういうのを抑えるサプリとか無いだろうか。

2016-12-09

深呼吸のやり方を忘れた

小学校の体育の時にはスーハスーハーしてたんだよ。

大人になっても深呼吸って必要らしくてさ、気分が落ち着くもんらしいんだ。

だけど意識した途端にノドからムネにかけてがギュッと狭苦しくなるんだ。

んでなぜか過呼吸になってんの。

治療やら親の説教深呼吸へのプレッシャーが激しい。

深呼吸という単語に「落ち着け」「良くなれ」「お前は間違ってる」「黙れ」

みたいな要素が付属されちゃってんの。

今となっては深呼吸文字だけでムネが痛くなるんだ。

落ち着くってどうゆうもんなんだろうな。

2016-11-30

不登校になった話

どこかに気持ちをぶつけたかった。

調べたら匿名ダイアリーが出てきたので書きます

規約など一通り読みましたが、暗黙のルール等に違反していたらごめんなさい。

まりいい表現出てきません。




私はどこから間違ってしまったんだろう。

小さい頃から日常的に死にたいと思っていた。

小学2年生あたりからずっと思っていた。

当時の日記にもそればかり書いた。死にたい死にたい、と。

自宅の二階から飛び降りたこともあった。

手足の打撲で済んだのは運が良かったのか悪かったのか。

陰口や無視日常茶飯事だったが、いじめがあったわけではない。

ただ息苦しかった。世知辛かった。

中学校に入って間もなく、私は不登校になった。

理由があったわけでもない。

ただ心から学校行きたくないと思った。

同じ服を着た知らない人がたくさんいる。それが何故か怖いと思った。

意見が合わないと白い目で見られ、無理に合わせても白い目で見られる。

息苦しかった。

もちろん友達はいたが、ごく少数で、その友達とも次第に話さなくなっていった。

最初心配していた両親からも厳しい視線を向けられた。

あなたが生きていることが恥ずかしい」

「産んだとき幸せだと思えたのに」

「私を馬鹿にしている」

毎日言われた。それでも学校には行けなかった。

それじゃあ制服を着るだけなら、と思って着てみた。

手足が震えた。震えているせいでうまくホックがとめられない。

無理にホックを留めたがすぐに頭が痛くなり、過呼吸を起こした。

対処法は知っていたので、咄嗟キッチンまで這って行き、ビニール袋でなんとか息をした。

その1ヶ月後くらいに、両親に心療内科に連れていかれた。

ああ、私は病気だと思われていたのかと、その時初めて知った。

もう少しカウンセリングに近いもの想像していたが、実際はいくつか問診を受け、シートを記入しただけだった。

その時医師に言われた。

学校を面倒に思っているんだね、毎日行かないと後悔するよ」

今でも忘れない。

医師不登校の私をこう思っているのかと絶望した。

一度たりとも学校を面倒に思ったことはなかった。

毎日きちんと行けたらこんなところに連れていかれるはずがない。

知っているような口を聞かないでくれと思った。

二度と心療内科には行かなくなり、学校夕方にたまに行くだけになった。

そのうち2年になった。成績は死んでいた。

3年になった。気づけば受験生だった。

成績も出席日数も明らかに足りない。

この時期は受験生みんなが慌てるが、私は何もしなかった。

1年の教科書問題を解いてみたりしたが、まったくわからなかった。

学校に行かなかったことは後悔していないけれど、提出物とテストを受けなかったのは後悔した。

結局定時制に行くことにした。夜間ならなんとかなるかもしれないと思った。

受験寸前になって必死勉強し、問題集もだいたい解けるようになった。

たびたびニュース不登校話題が上がる。

不登校登校拒否をする子供を持つ親の記事も読んだ。

「私は子供気持ち理解しているけれど、子供は私の気持ちを分かってくれないんです」

「どうしてこんなに心配しているのかを理解してほしい」

まり覚えていないが、そんなようなことが書いてあった。

この親が心配しているのは世間体じゃないのか。

子供気持ちを本当に理解しているのか。

自分のことで精一杯だから不登校になるのに、親の気持ちなんて分かるわけない。

私はまだ子供だから、何も分からない。

けれど子供ながらに悩んで、考えて、出した答えが登校拒否だったら?

親が無理に行かせる理由がどこにあるのか。

無理に学校に通わせられ、疲れ果てて卒業式直後に自殺した先輩を知っている。

死に対する恐怖に、心の疲労が勝ってしまった結果だと、私は思う。

心の疲労はスタンプカードのようなものだと聞いたことがある。

しかにそのとおり、たまっていくだけで消えていかない。

誤魔化すことはできても、消費はなかなかできない。

スタンプカードがいっぱいになったら私もきっと自殺していただろう。

遺書は公開されなかったが、同じ境遇でなくてもとても苦しんでいたのは想像できる。



まとまらなくてごめんなさい。


不登校登校拒否をするみんなが生きやす世界になりますように。



追記 12/1

たくさんの反応ありがとうございます

どうしてもお礼が言いたかったので追記としました。

誰かに聞いてもらいたくて書いたのですが、こんなにたくさんの意見を頂けるとは思いませんでした。

ひとつひとつ言葉が暖かくて、読んでる最中涙が止まりませんでした。

私の周囲に不登校を受け入れ、理解してくれる方が少なかったので、こんなにも受け入れてくれる方がいたんだと感動しました。

はい中学三年生です。

定時制に向けて受験勉強していますが、通信制高校に勧めてくれる意見が多々あり、少し考えてみようと思います

それだけでなく大学に行ったほうがいいとのコメントも頂き、真剣に考えるきっかけになりました。

この文章を読んでくれた方の中にも、同じ年代の方がいるのではないかと思います

理解してくれる方がこんなにいたこと、世界はとても広いこと、それが希望になればと思います

こんな子供の書いた文章真剣に読んでくださり、そして暖かい言葉をかけていただき、本当にありがとうございます

2016-11-11

脅迫されている感覚

僕は時々、頭のなかで何かから脅迫されている感覚にあう。

僕はプログラマーをしているのだが、体調を崩しがちで、月に何度か高熱が出て会社を休んでしまうことがあった。朝も弱くて寝坊だってする。傍から見ればただのクズだ。体調管理が出来ないなんて社会人失格、というのは前の会社で頻りに言われていたことだ。結局大きな病気になってしまい、その会社は辞めることになった。就職して一年も経っていなかった。

仕事を辞めてからは約三ヶ月ほどニートをしていた。

ニート期間というのは、実家ぐらしだからこそ続くのだなと思った。20歳実家を飛び出して一人暮らしを始めた僕は、今更実家に戻ろうなんて考えはなかった。母からご飯をちゃんと食べているか仕事は決まりそうか、なんなら戻ってこないか、などと定期的に連絡は来ていたが、無駄プライドの高い僕は一度巣立った場所からの援助なんて受ける気はない、受けちゃいけないと思っていた。

ニート生活を始めて数日は、気ままに生活が出来て楽しかった。貯金にもある程度余裕はあったし、ゲームも好きなだけ出来る。だが、一週間経つと、急に不安に苛まれるようになった。僕は変なところが真面目だったのだ。自由を謳歌できなくなった。周りが働いているのに働いていない自分への危機感、減っていく貯金、過ぎゆく時間。大好きなゲームも、今はやっている場合じゃないと思い始めた。結局遊べたのは二、三週間であとの二ヶ月は勉強をしたり、プログラムを書いたり、転職に向けての活動をしていた。

仕事を辞めた当初、転職なんて簡単にできると思っていた。就職も周りがバタバタしている時にすんなり決まったし、今回もすぐ決まるだろう、と。現実残酷で、僕はなんて甘い考えをしていたんだと痛感した。今の自分新卒ではないのだ。プログラマ求人は、どこも実務経験を重視していた。まだ若いはいえ、実務経験一年に満たないような、自己都合で退職したニートを雇ってくれるところなどなかった。

ただひたすら焦っていた。自己都合退職なので失業保険も貰えず、時間けが過ぎていく。その頃から、頭の中で追い込まれていく感覚を感じ始めた。いろいろな方向から罵倒されているような、怒鳴られているような、何かから追われていて、逃げなきゃいけないという感覚。息が詰まる。一人きりの部屋で、何も音のしない部屋で、過呼吸で倒れそうになる。

近所のおばさんは、僕が在宅業務をやっていると思っているらしく、昼間でもおかずを持ってきてくれたりするのだが、優しい声で話しかけてきているはずなのに、頭のなかでは何かに脅迫されているような錯覚に陥る。目を覚ますたびに、テレビをつけるたびに、PCをつけるたびに、出かけるたびに、人と話すたびに、それは起きた。気が狂いそうだった。今思えば、あの時実家に帰っていればこうはならなかったのかも知れない。

ニート生活三ヶ月が経とうかと言う時に、僕が入社する会社面接日が決まった。不安でいっぱいだった。面接官が話すたびに頭のなかであの感覚がやってくる。まともに話せていたかどうかも覚えていないが、とにかく何も考えないようにした。

その会社から採用をもらった。採用通知を見た時。憑き物が落ちるのを感じた。ただ、就職してから脅迫されているようなあの感覚に陥ることがある。前と何も変わっていなかった。あの感覚は何だったんだ。そう思っていた。

変わっていたのは心の持ちようだった。あの瞬間に、心が成長したんだと思う。前の仕事を辞める前より体調不良になりにくくなった。寝坊もしなくなった。仕事でも、大きな評価をもらえるようになっていた。

あの感覚も、いつの日か克服出来るのだろうか。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん