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2017-08-17

https://anond.hatelabo.jp/20170816172121

放出してもかまわないんです。

ニコ生出身ということがポイントです。

ニコ生から面白いやつが次々と排出される、と周囲に認識されることが重要なんです。

子供が感じる、褒める、褒められることの大切さ

私は、高校三年生です。

先日、模試の結果が届きました。

第一志望は惜しくもE判定だったのですが、

確実に成績が上がり、前回D判定だった大学がB判定に上がっていていたのと、初めて偏差値が70を超える教科もあり、少なからず喜びました。

しかし、結果を親に見せたところ、「この成績で第一志望に行けるの?」と言われました。良かった教科には触れられもしませんでした。

とてもショックで言葉も出ません。

褒められることを期待したことが惨めに思えました。

確かにE判定では第一志望に行けない。

でもそんなことはわかっています。とても不安です。でも、すこしくらい褒めてくれてもいいんじゃないかなと思いました。

思えば、あまり褒められた記憶がありません。小学生ときも、中学生ときも、習い事も、部活動も、勉強運動も。

褒められないと、えも言えない気持ちになります

から褒められた記憶があまりないので、人からプラス意味形容詞を使われたとき、どう対処していいのか、わかりません。

褒められたい気持ちだけでいろいろなことを頑張っているわけではないけど、すこしは褒められたい気持ちがあるので、張り合いが無いような気がします。

私がB判定を取った大学に通い、地方公務員になった従兄弟は「すごいすごい」と褒められるのに、なぜ?と思うこともあります

私が褒められるためには、第一志望の大学に行き、将来、商社や省官庁に勤めるしかないんですかね?

もう何が何だかからない。

ひとつだけ言えるなら、もしこれを読んでいらっしゃる方にお子様がいらっしゃったら、ぜひ、褒めてあげてほしいです。(上から目線申し訳ない)

褒めることの重要性は長年説かれてきていて、とても大切なことです。

「生きてるだけで褒めてくれる〜」みたいなの、ツイッター流行ったのを思い出しました。

人はみんな頑張ってるし、社会人の方々も頑張ってる。

当然、子どもも、頑張っています

「よくやった」とか、「すごい」とか。

先生や友だちから言われるのも、きっと嬉しいけど、親から言われれば、もっと嬉しいだろうと思います

散文失礼しました。題通りの文章で無くて申し訳ないです。読んでくれてありがとう

文章を書いたら、すこしスッキリしたような気がします。模試が近いです。また、頑張ろうと思います

2017-08-16

https://anond.hatelabo.jp/20170816211521

お前はどれだけ石鹸の種類を知ってる?

ほとんど知らないでしょ

そういう商品場合は、いくつかのメーカーシェア争いになってるような市場なんだよ

まりイメージではスーパーに行った時にこれ知ってるで選ばれることがほとんど

石鹸場合効果がさほど変わらないことなんて誰でもわかる。魔法石鹸なんてありえないんだし。重要なのは強いて言えば安全性

牛乳なんて頭につけてる商品安全に決まってるかつ認知を広める

これだけで消費者に購入されると判断されたんだろ

実際どうなるかは置いといて

CMって単なる短編動画でしょ

なんか某石鹸CM全然プロモーションになってないって話がある

けど、CMって必ずしも自社製品販促になるような意図が示される必要ない

特に生活に密着してるような製品場合販促より、認知の方が重要から製品名と自社のロゴさえ伝わればいいってものが多い

実際、買ってねなんてことを言う低俗CMは見られない

からとにかく面白かったり人目につく動画を作ることに力が入れられるわけで、商品との関連性は必ずしも重要じゃない

CMってそういうもんでしょ

単なる短編動画としてのCMがあったってなんらおかしくはない

じゃないと映画スポンサーにつく企業とかありえないでしょ

評価制度重要

自分所属する部の話だが、評価する立場人間でないにも関わらず

いろんな仕事に「責任を負わない範囲」で、勝手に首をつっこんでいるやつがいる。

リスクを負わず仕事守備範囲が広い風を装い上層部アピールするのが狙いだ。

部のトップへもなぜか受けがいい。

評価制度が歪んでいると、こういったおかし現象が多々発生する。

ひろゆきニコ生と(ガジェット通信雑談配信公式生放送可能

凋落の一途をたどるニコ生ですが

何が悪かったのかひろゆきも先日のガジェット通信で言っていましたが

私もかねがね同意です。

ひろゆきのこの主張は今更後づけて言い出したわけではなく、

ひろゆきはこの主張を以前から主張しておりぶれていません。

そして多くの生主同調していました。

しかニコ生運営は一切聞く耳持たず現在路線をひた走った結果こうなています


全てはカワンゴと夏野の先見性の無さと判断の誤りだったと思います

そして二人はその最重要人物であるひろゆきをうざいとばかりに排除しました。

ジョブズアップルを追われたのと同じように。

故に今の現状になるべくしてなったという他ありません。


本来配信サービスにおいてYouTubeのような巨大モンスターに勝てる見込みはなく

そことの勝負は避けて胡散臭い路線をひた走るべきだったのですが、

カワンゴもそこは当時は分かっているような発言をしていましたが

どこかで勘違いしたのか、

あるいは会社が大きくなっていろんなしがらみや大人の事情から逃れられなくなったのか

多くのサービスが陥る罠にニコ生もまんまと嵌っていきました。

最後のあがきで10月に大幅な機能改善をするようですが数年遅すぎました。

もう何をしても復興は無理でしょう。


そんな状態でもひろゆきはたった一人ニコ生可能性にかけて細々と地道な活動を続けています

全くの無償一見するとただのおふざけですが

おそらく今ニコ生活動の中で1番可能性を秘め面白実験的で

ニコ生でやるならこれしかないというポイントを自ら実践し続けています

まだ誰もその意味に気づけていないと思います

ニコ生が残るとしたらこしかありません。


それがガジェット通信と「雑談配信者」公式生放送です。

ガジェット通信は大概夜中に突発的に始まるのとだらだら時間が長いので

ちゃんと見れている人は少ないと思うのですが、

とんでもない情報の宝庫です。

これを無料で垂れ流しているのですからひろゆきサービス精神も大したものです。


ガジェット通信はそれでも見る人がちゃんと見ればその凄さに気づけると思います

もう一つの雑談配信者」公式生放送意味可能性に気づけている人は

まだほんの一握りなのではないでしょうか?


最初このシリーズが始まった時、

レベルでまともにトークもできない底辺のだめ人間である生主を集めて

ひろゆきだけまともでひろゆき一人で七面六臂の気配りと活躍番組をまとめている様子を見て

ひろゆきが頭にきてバカバカしくなって

番組を放り出すのも時間問題だろうとタカをくくっていました。


しかしそれは私が浅はかでした。

ひろゆきの狙いが当時私も見えていなかったのです。

彼がここでやろうとしているのは一言で言うと人材の発掘です。

山のようなゴミの中からダイヤモンドを探そうとしています

そして普通ならこんなゴミの山にダイヤモンドなどあるわけないと思われる場所

ダイヤモンドは転がっているとひろゆき確信しているんだと思います

なんでみんなただで転がってるダイヤモンドを拾おうとしないの?

ばっかじゃね?くらいに思っているんだと思います


ゴミに見えるのは使い方が悪いだけで

使い方をちゃんとすればダイヤモンドになる素材もあるんですよ

ひろゆき実証している場です。



ひろゆきがなぜここまでニコ生可能性を感じ

無償奉仕しているのかよく分かりませんが

もともと彼は何もない場所に何もない人を集め

予測不可能人間同士の化学反応を見るのが凄く好きな人なので

そういう部分に可能性と興味を持って遊んでいるのかも知れません。

2ちゃんを作ったときのように。

ひろゆき的には同じ延長線上で今興味が有ることをやっているだけなんだと思います


夏野さんはニコ生規律と平安をもたらしました。

しかいかんせんまっとうすぎるのです。

本人は凄く先鋭的なつもりでいますが古いのです。

夏野さんのおかげでニコ生にすっかり尖りがなくなってしまいました。

一言で言うととてもつまらないのです。

ご尽力は確かに評価します。

しかニコ生が生き残るにはそういう正攻法では無理なのです。


ジョブズ追放マイクロソフト駆逐され崩壊寸前まで行ったアップル

再びジョブズを登用し復活したように

ひろゆきを再び登用しニコ生が復活することを願ってやみません。




PS

https://www.youtube.com/watch?v=tlKlMt58mbk&feature=youtu.be&t=1329

8月14日のガジェット通信ニコニコ動画について語るひろゆき

22分くらいか

https://anond.hatelabo.jp/20170816030530

全文目を通したが、読めたわけではないので一部分だけ指摘させてもらう

しかするとこの部分は元増田議論重要な部分ではないかもしれないけども


羽生イチロー生き様で語るスタートして、清宮や藤井四段などの暴力的な力のスタート対比されているが、これは少し違う。

羽生イチロー(ここには武豊を加えるべきだろう)の全盛期は若者二人など比べ物にならないほど暴力的だったから、

羽生の全盛期は七冠独占時代だろうが、この期間は羽生以外誰もタイトルをもっていなかった。とんでもないことである羽生以外全員無冠。1人を除く全棋士が段位で呼ばれる時代なんてもう来ないだろう。

イチローおかしい。7年連続首位打者。この間パ・リーグの他の打者は誰も首位打者になっていない。こちらも同じことをデキる人は出てこないであろう。

武豊はあまり詳しくないが、やはりとんでもない成績を残していたと聞く。

このように暴力的時代があってからの今なことを認識してほしい。

ハマれないバンドの話

個人がハマれないバンドの話です。

該当するバンドが好きな方にとっては悪口になると思うのでご了承ください。

僕は音楽を聴き始めてこの方、基本的ロックバンドを好んで聴いていた。

中学生の通過点ともいえるアジカンからまり、やはりバンプ高校で一度離れたり、

洋楽はやっぱりグリーンデイがスタートだったり、ロキノン系聴いてる自分カッケーになったり。

至って典型的な「一歩外れていると思いきや何だかんだ王道系」な人間だった。

基本的に大体のロックバンドは好きで、わざわざお金を払ってウォークマンに入れるほど好きでないバンドもあるけど、

大体は好意的に捉えていた。

僕は今年で23歳だけど、早くも最近バンドに着いていけなくなってしまった。

ここでタイトルに戻る。

僕がハマれないバンドは何個かに分類されるので、書いていきたい。

1.好きな曲以外が微妙バンド

ここには銀杏ナンバーガールが当てはまります

援助交際とか、銀亜鉄道の夜とか、透明少女とか、売れた曲はやっぱり売れるだけの理由があって、

僕も評判通りその辺の曲は好きだけど、そうでもない曲に関してはとことん合わない。

パフォーマンスが荒々しいというのが共通項だろうか。

2.甘い声のバンド

ここ最近はとにかく多い。

セカオワとか、ゲスとか、フォーリミとか。

甘い声というと語弊があるかもしれない。

カナブーンなんかは曲調が好きだから割と聞けるんだけど、

そうでないとわざわざ聞きたいって気持ちにならない。

そもそも、この辺のバンド共通して言えるのは「女性人気が高い」という事。

やっぱり、ハマる周波数というか、その辺がやっぱり違っているんだろうか。

3.明るすぎるバンド

ここ最近で言えばWANIMAだろう。

僕はパンクバンドも好きだ。それこそ、WANIMAの師匠ともいえるハイスタだって好きだし、

ガガガとかブルハまで遡ってもいいくらいだ。

その辺と何が違うのかというと、とにかく明るいのだ。

歌詞を聞いてもらえば分かる。

CMタイアップしてるから余計に、というのもあるかもしれない。

パンクバンドありがちな

「曲調は激しいけど歌詞は案外ウジウジしてる」要素が薄くて

受け入れるまでに時間がかかっているだけかもしれないけど。


4.ヤバTとかキュウソとか

なんでここだけ名指し?となるかもしれないが、

この辺が好きな人には何となく伝わるだろう。

ヤバTあたりはちょこちょこ対象をおちょくったような曲を出す。

でもそれは内輪でのイジリ合いみたいなもんで、

許さん、絶対に許さんからなみたいなリアルガチな代物ではない。

僕が人生がうまくいってなくて、音楽ある意味救いを求めている面があるから

こんな感想になるのかもしれない。

僕としてはそんなすかしっぺみたいな軽いディスじゃなく、

勢いよく出るウンコみたいな痛快なディスを含んだ曲が好きだ。

からウケる~w」みたいなリアクションを人前で取れるような曲は

イマイチ好きになれないのかもしれない。

ここまで読んでもらえれば分かるが、これは単に僕が偏屈なだけだろう。

からダメなんだと思う。

バンドについてだからこの程度だけど、EXILE系についてとかだったら

エライ有様になってると思う。

からダメなんだと思う。

人前では寛容でいることが重要だ。

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815215201

BBCとかもわりと芸能ニュースとかやってる印象

どちらにせよ語学力いから厳しいなあ

ロイターニュースフィードは一応見てるけど、量が多くて個々の重要度がわからスルーやす

自分BSの国際報道ってニュース見てるけど、結構面白い。結局これ日本的にどうなの? って視点もあるし。

北朝鮮VSアメリカ 日本人この先生きのこることが出来るか

北朝鮮戦前日本って似てる気がする。

北朝鮮婦人組織が「包丁で戦う!」ってやっているところをテレビ放送してたけど、戦前日本と似てるな。日本は竹槍だった。

朝鮮半島には日本の悪いところだけが残って冷凍保存されたと、養老孟司氏が何かの本で書いていた気がするが言い得て妙だ。

現在日本人現在朝鮮半島の人々を見ているように、戦前アメリカ戦前日本を見ていたのだろう。

戦前日本北朝鮮が似ている点がもう一つある。こちらのほうが重要かもしれん。

それは、旧日本軍真珠湾攻撃と、北朝鮮グアム付近へのミサイル発射警告の類似性

アメリカ正式国土でなかった準州ハワイ米軍基地攻撃した真珠湾攻撃アメリカ正式国土でない準州グアム付近に向けてミサイル発射の警告。

大きな世界史の流れから見ると、いずれも白人太平洋進出に対して有色人種が抵抗していると捉えられるかもしれない。

日本から小笠原諸島グアムに至るラインは、中国の言う第2列島線だ。

世界史の大きな流れの中でこの先生きのこるには、日本人アメリカ立場を支持すべきか?中国北朝鮮立場を支持すべきか?

https://anond.hatelabo.jp/20170815183232

ミイ好きとしては、原作よりも「楽しいムーミン一家」で重宝されてたイメージ

一歩間違えれば悪役スティンキーと変わらないが、我がままでやんちゃヒロイン役を奪われたやさぐれキャラ、姉のミムラには素直に甘える可愛さがいいと思う。

残念ながら、ミイの家族が登場するまではスナフキンとの兄弟設定は薄いし、自ら姉だと宣言しないことを考えると、そんなに重要設定ではないとかんじる。

ヒロインスノークお嬢さんもといフローレンは夢見がちなところがありすぎて、ちょっと引いてしまった人にミイが受け入れられていると予想。

ムーミンに出てくる女は、ムーミンママミムラ、トゥーティッキみたいに母性に溢れまくった治外法権キャラか、ミイやフローレン、フィヨンカ、モランのように女性の嫌なところを強烈に個性として反映させているかのどちらかだ。

これは原作者トーベヤンソン女性だったことに起因すると思う。

よく考えれば、どこか少年のような男性キャラクターたちと比較して、女性キャラクターの方がより設定が細かい

ぜひそういう目線でも原作アニメを楽しんでほしい。

いい加減、戦争って言葉を使うのやめたらどうなんだ?

戦争はイカン」っていう言葉流通してるのはダメだと思うんですよ。

難癖つけられて殴りかかられても、こっちから難癖付けに行っても、どっちも「戦争」なんですが、それを混同してるんですよね。

おかしい人でもマトモな人でも等しく「戦争はイカン」って言葉を使うんですが、それぞれ思い浮かべてる図が違うと思うんですよね。だから侵略防衛言葉を明確に使い分けるべきだと思うのですが、なぜそれをしないのか不思議です。

憲法9条教の人が使う「戦争反対」って、「侵略戦争防衛戦争も反対」なんですよね。防衛戦争の反対ってことは、難癖つけられて殴りかかられたらノーガードで死のう!って意味なんですが、自分が言ってる意味わかってないんじゃないですかね?しまいには殺されるほうがマシとか開き直ってたりします。

侵略戦争の反対」については同意です。

で、防衛のためには米軍必要なわけで、そんで集団的自衛権をやりはじめたわけですが、米国自国利益だけを考えはじめたので、その状態にある米軍に協力することは侵略防衛か?という視点ではすごくグレーなんですよね。だから日本安全保障上の政策の最重要な点は、そこだけだと考えています

国防於いて米軍への依存度を減らして自前を増やしていきたいのは山々ですが、それはあまり進められていないのが現状です。

そんで核保有論が持ち上がってるんだと思うんですよね。

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

FGO

やっていないのだがフォロワープレイヤーが多い

どうやらこのゲームキャラクター真名というのが重要になってくるらしく、

ネタバレに気を使ってか、

TwitterのTLでは「新宿アーチャー」略して「新茶」など

表向き(?)の名前が飛び交い本名が使われることは少ない

リヨ新殺が~ぐだ新殺が~などの単語も見かけるが

人名とかけ離れた字面を並べて萌えている様はなんとも不思議

読み方も何の略かも分からない言葉がたくさんあって、電車内で電話をしている人を見かけた時のような(マナー的な意味じゃなくて一方の言葉しか聞こえないから会話の全容が掴めなくてモヤモヤする的な意味で)居心地の悪さがある

ストーリーのあるソシャゲらしいがこれもやはりネタバレにつながるのでみんなあまり「本編のこの台詞がよかった!」という話もしない

ジャンル人口は多いのにどういう内容なのか見えてこない、他ジャンルにはない独特の雰囲気がある

こういうこと言うと「嫌ならブロックすればいい!」と噴き上がる人がいそうだが

別にやめてほしいとかいうわけじゃなくて

モヤモヤする、ただそれだけです

おしまい

彼女の家で漏らした。

まさか自分がやってしまうとは思わなかった。齢26にして漏らしてしまった。今日しか彼女の家で。

こんな内容はもちろん自分ブログに書けないので、脱糞にふさわしいこの場所で書き出したいと思う。不思議とつらい気持ちはなく、清々しい気分である

以下、うんこというのは忍びないので、ブラウニー統一させてもらう。


その日の東京は朝から薄べったい雲が空に延びていた。6時起床。思えばこの時から腸の状態が悪かった。

朝食を食べ、彼女仕事の身支度、僕は休みなのでだらだらしていた。この間もずっと腹痛があって、なんだか危ないなという予感はしていた。

事態が変わったのは、彼女が家を出る9時ごろ。突然、僕の腸が、というか、僕の中のブラウニーが主張し始める。


出たい。ここから出して欲しい。


唐突ブラウニーの訴えに僕は焦った。普通ならば即トイレに駆け込むところだが、僕と彼女はまだ付き合って間もない。

熟年夫婦のような間柄ではないから、ブラウニーしてくる、と言ってトイレに行くわけにはいかないのだ。しかも腹を壊している時のブラウニーだ。

きっと強烈なサウンドを伴うだろう。壁の薄いアパートでは、破裂音が伝わってしまう。

僕は、自分を取り繕うよりかは恥を曝け出すことを選ぶ人間であるため、この時も、今の状態を素直に彼女に伝えた。

恥をしのんで言う、ブラウニーを出したいんだけれど、君がいるから恥ずかしくてトイレに行けないんだ。

そう伝えると、彼女は「わかった!じゃもう家でるね!!」と言って身支度を早々に終わらせてくれた。

彼女が急いでバッグを持ち、玄関へ走る。靴を履こうとしている。

しかしもう限界である

本来なら玄関で見送るところ、この日は本当に限界だった。僕は「あかん!!」となぜか普段使うことのない関西弁叫びながらトイレへ滑り込んだ。

彼女はもう靴を履いて出るはずだ、ズボンを脱いで早くすっきりしよう、と思ったその刹那、「しまった靴下忘れた!」という声と共に、騒がしい足音が近づいてきた。

彼女が部屋に戻ってきたのだ。

ここで僕はパニックになってしまった。僕の計画では、彼女が家の外に出た瞬間にズボンを脱ぎ、ブラウニーを射出する予定だった。

その彼女があろうことか戻ってきたのだ。タイミングがずれた。

だがもう肛門限界である。出さなければ。この時の僕はパニックになっていた。

ズボンを脱ぎ→座って→ブラウニーを出すという、人生で数千数万と行ってきたルーチンワークが脆く崩れ去った。僕はなぜかズボンを脱がずに便器に座ってしまった。そして出した。ズボンの中にブラウニーが溢れ出す。

さっきまで体の一部であった半固体の物質が、行き場を求め、狭いズボンの中でせいいっぱいの伸びをした。



彼女の「行ってくるね!」という声と、走る音。

古いアパートのドアが閉まる、がちゃんという軽い金属音が鳴り響くと、部屋は静寂に包まれた。

僕はその間も、依然として便器に座って動けないでいた。遠くから蝉の声がする。世界がやけに静かだ。後に残るのはただただ悪臭だけである


冷静になった僕は、淡々と処理を行った。ズボンパンツ、そしてブラウニーのついた便座、我が愛しの臀部。

優れたスポーツ選手は"ゾーン"に入ることができるというが、あの時の僕はまさしくそ状態だった。

自分がすべきこと、すべきでないこと、洗うべきもの、捨てるべきものが、まるで一流の軍師のように、頭の中に整然と並べられ、滞りなく処理されていった。


一通り清掃を終えると、僕は最後に、ブラウニー付きのパンツ成城石井ビニール袋に入れ、コンビニゴミ箱に捨てにいくため外へ出た。

成城石井の袋は不透明のダークグレーだから、こういうときに役に立つ。いつ脱糞当事者になるか分からないこの現代では、重要ライフハックだ。

コンビニでは、心の中で何べんも謝罪をしながら、高い商品必要以上に買って、せめてもの罪滅ぼしにさせてもらった。本当にごめんなさい。


帰り道、どっさり買い込んだコンビニ袋の重さを感じながら、ゆったりと歩道を歩く。時刻はまだ9時半。

ふと、漏らしたことで、普通に用を足す時以上に、清々しく、爽やかな気分になっていることに気がついた。

平日の街は普段通りで、人が行き交い、車が走り、鳥が歌っている。

空はまだ曇っているが、気持ちのいい風が吹いていて、思ったよりも暑くない。

街路樹を揺らす風が、僕のおしりを撫でて、そして消えていった。

2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170814224702

別にセックスをどう捉えるかはあくまで個々人の自由でしょ。好き合っていれば素晴らしいものですなんて価値観押し付けはいらんと思うね

しろ快楽追求を目的として愛なんて関係ない性行為がたくさんあるという事実の方が教育的には重要なんじゃないの?

刀鍛冶修行が無給で叩かれてるが

あれと直接関わりがある話じゃないんだが、地元ローカルニュースでやってた離島鍛冶屋さんの話が思い浮かんだ

その人は離島暮らして行く上で地元の役に立つ仕事がしたいという思いから農具や調理器具の修理もできる刃物鍛冶を目指したそうだ

その為に他県の鍛冶職人弟子入りをお願いしたそうなんだが、最初弟子は取らないと断られたそうだ

それでも諦めずに何度も頼み込んで弟子入りを許して貰って数年修行させて貰った

その間は当然の如く無給

でも技術が未熟な内は材料ダメにしてしまう事も多いし儲かる商売でもないからそれは当然とその人はインタビューで語っていた

修行を経て地元の島に戻ったその人は自分鍛冶屋を開いて今日地元の人の為に鉄を打っている

って感じの内容だった

ローカルニュース特集コーナーで尺も10分程度だったからこれだけで全てが分かるはずもない

ただ無給の修行技術を身につけなければ自分鍛冶屋を開くまでには至らなかったというのは確かだと思う

師匠側の職人にしても無償労働の対価として無償教育差し出している

この点でまともな社員教育もしないブラック企業やりがい搾取とは異なっていると思う

無給の修行に数年耐えてでも技術を身につけようとする物好きでないと身につかない技術というものはある

それに価値を見出すか否かが重要で結局は個人問題になるのではないだろうか

だらだらとだべる

これができない。

やる意味がわからない。

職場で、部室で、コンビニの前で、スーパー通路で、保育所駐車場入り口で。

そういうことをする場所、つまりは店でそういうことをしてても閉店が近いなどになるともう落ち着かない。

話すこと自体は嫌ではないけどそれを誰かに迷惑をかけるであろう場所いつまでも続けられる意味がわからない。

モラルなどという問題ではなくてそこでだべることで誰かに舌打ちされていると思ったら(目撃したこともある)もう落ち着かないのだ。

基本誰かを犠牲にしてまで重要なだべりはない。

老若男女いるよね。いつまでもそこで話したがるの。ひどいときはひとりでもその場にい続けることを主張し続ける。

正直、気持ち悪い。

そしてなぜ?

https://anond.hatelabo.jp/20170814154351

医者の誤診で後遺症が残った、とかなら言ったか言わないか重要だが

その状況だと「自分が汚れ物でも見られるような印象」が嫌なのだろう

そして、その先生がそういう目で見たかどうかというより、母娘が普段からそれにコンプレックスを感じており

世の中からそういう目で見られてる印象を受けてることに対する不快感

代表して先生にぶつけている感じ

性差問題の根源にあるもの

差別問題でもそうだけど

グループAグループBの差を正しく判断できる人が少ない

 

例えば、ある地図を正しく読み取れるか、という実験があるとする

男性の40%が正しく読み取れて

女性20%が正しく読み取れたとした時、そこからわかるのは

 

男性の方が女性よりその地図を正しく読み取れる割合が高い

男性の半分以上はその地図を正しく読み取れなかった

もっと言えば、男女問わず地図を正しく読み取れる者、正しく読み取れない者がいる)

 

こんなところだろう

だが、頭の悪い人がこの実験から読み取るのは

 

女性地図を正しく読み取れない

男性は正しく地図を読み取れる

 

こんなだったりする

この結果は、地図を正しく読み取れなかった男性と、地図を正しく読み取れた女性無視している

そもそも5割以上の男性が読み取れなかったなら、男性も「読み取れない」はずなのだが、

こういう比較実験では意味不明結論を導き出しがちだ

 

これは量に対する事実を結果から読み取れなくて

結果的ステレオタイプみたいな結論に至っているわけだ

経験則だけど、こういう人はどの方面にも少なからず居ると思う

一定層居るから、量の話をしようとしても、そういう人には二元論的な話しか理解できないので

平行線になり「差別だ」と言われたり、逆に差別的結論に至ってしま

 

邪魔なのはこういった人たちなのだが、困ったことにそういった人は社会重要ポジションに居ることも多いし、

彼らは自分おかしいことを言ってると自覚していないので

どうしてもこじれる

なので多くの者は面倒くさくなって口を噤んでしまうんだと思う

 

大事なのは政治会社意思決定などの重要な画面でそう言った変な者を排除することだが

それが完全にできているとは言い難いだろう

嫁は専業主婦バリキャリがいい。中途半端共働きは最悪

帰省して大学同窓会旧帝大理系院卒)に参加して現状報告しあってきたが、

30超えてみると嫁は専業主婦バリキャリがいいなって話

専業主婦の嫁は自分が働いていない分、家事を全部任せられるし、

夫の仕事のことが分からいからこそ、いろいろと気を使ってくれる

俺の嫁専業主婦だが、俺が仕事に集中できるように一切合切サポートしてくれる

嫁が営業職とか技術職とかの、古い言い方ならキャリアウーマンなら

お互いに対等な立場として気を使いあえるみたいだ

家事もうまく分担しつつ、片方が忙しければ柔軟に分担を切り替えてるらしい

高級家電とかをバンバン購入して、家事効率化してる

仕事の大変さとかに共感できるからかな

仕事の割り振りの重要性とか、費用対効果の考え方とかを学んでるからかも

定時上がりの事務職みたいな中途半端仕事をしている嫁は最悪だ

忙しくもなければ難しくもない、責任もない仕事をしているくせに

本人は正社員で働いているって自覚だけはある

から夫が残業続きでも家事の分担を強いるし

仕事トラブル起こって急遽休出になっても理解できない

(遊んでるとか、最悪夫が無能だと思ってるらしい)

一番幸福度が低そうなのがこのグループだった

2017-08-13

わぴぴ。。わぴぴ。。

どじっこちゃんへ。

わぴぴ。

それは君の口癖だった。

インターネットの片隅で、君と出会ったのはもう10年も前になる。

出会ったというより、僕が君を知ったというのが正しいかもしれない。

僕のことなんて覚えてないかそもそも認知していたかも怪しいけれど。

君の言葉が、その個性がただひたすら愛しくて、近づきたくて、また君に会いたくて。

ずっと待っていたんだ。

でも気付けばもう、待っていたことすら忘れてしまった。

あの頃18かそこらだった僕らも、もうすぐ30になろうとしている。

頑張り屋さんの応援団である君に応援されるに相応しい人間になれただろうか。

君はきっとどこかで、素敵な女性になっていることだろう。

どうか幸せに。

君を待ち続けてたという思い出は、何の役にも立たないけれど、僕の深層を形成している重要な要素だ。

時々ふと思い出す程度でいいから、忘れずに覚えていたい。

展示会なんてほんとに中小企業にとって重要なんかな

コンサルにそそのかされてよくわからないけど出してみましたみたいな有象無象

取引先の付き合いでとりあえず来ましたっていう俺みたいなのが適当にやってるイメージしかない

業種によるんかな

正直コミケは無くなってもいいと思ってる

まず初めに言うが、私自身は過去コミケにも、その他の同人誌即売会にも行ったことがある。

その上で、最近の会場問題権利問題含めて思うことを書いていきたいと思う。

コミケって何なんだ

単に同人誌不特定多数の人に見てもらいたいのであれば、ネット無料公開するなり、電子版を委託すればいい話だ。

でも、そうでない何かを求めているから人は同人誌即売会に行く。

そうでない何かっていうのは何なんだろう。

コミケ自体はそこまで必要ない

コミケに行く人に、なぜコミケが好きなのかと聞くと、毎回のように決まった答えが返ってくる。

交流の場」「表現の場」「全員が参加者だという場が好き」

それはそうだろう。でも、それって、コミケでなくてはならないの?

例えば、コミケ晴海で開催されていた時期から参加しているような、古参の人ならば何らかの思い入れのある場として重要だろう。

でも、そうでない人にとっては?他の、地方で開催されているような同人誌即売会では充足感を得られない理由はなんだろう。

確かに、コミケは年に2回のお祭りであり、特別な非日常というブランドはある。

では、コミ1(一応書いておくが、コミ1の会場がビッグサイトなのは承知している。あくまでその他の例)やサンクリはいけないのだろうか?

私はそうは思わない。コミケ役割は、他でも十分に代替可能だと思ってる。

ずっと開催できないのならまだしも

東京五輪前後の利用が制限されるということ。

数年くらい、別の即売会で本を出すとかで対応できるのでは?

そもそもコミケのもの

日本知的財産権著作権基準を、国際的ものと照らし合わせたときに、仮にコミケが不適当ものだと判断されたとしても、私は仕方がないと思ってる。

とは言え、コミケ参加者ほとんどは赤字で回しているからこそのグレー。

しかし、コミケは近年目覚ましい変貌を遂げている。企業ブースが極端に注目されたり、芸能人同人ブースを開いたりとだ。

単に、"ファン"アートの場として一括りにするのは難しいと思う。

留意点はある

中小零細の多い印刷業者、展示会として使う製造業者にとっては、会社自体の存続問題に関わることだ。

その点に関して言えば、ビッグサイトの利用について明確な答えを出すべきだと思う。

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