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2020-05-25

辞書に載ってないニュアンス

たとえばこの記事

https://www.google.es/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASN5T34MZN5TTPOB001.html

ゲーム喫茶で首切られ女性死亡 男が逃走、強盗か 那覇

被害者は"女性"、加害者は"男"

こっちもいいね

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200525/k10012443631000.html

ひき逃げ女性死亡 逮捕の女から覚醒剤反応 警視庁

被害者は"女性"、加害者は"女"

 

不文律として被害者は「女性男性表記加害者は「男・女」表記ってのがある

前者が丁寧ニュアンス後者が雑ニュアンスなので、可哀想市民である被害者は丁寧に呼び卑劣加害者は雑に呼ぼうって感覚マッチしてるように思う

でもこういう使い分けって辞書に載ってないよなあ(載ってたら教えて)

言語学習って大変そうだなーとこういう細かいところを見て思う 俺だってヒューマンズとヒューマティーヒューマンビーイングマンカインドとメンの区別を言えって言われたら逃げ出すし…

2020-05-21

anond:20200521175300

生業にするのに必要な事って、普通に会社員で良いならその企業が求めている要件を満たす技術を身につければいいだけだよ。

俺はゲームが作りたくてそのために専門学校勉強して憶えたけど、別に教本や学習サイトを利用して独学でもいい。

「とりあえず何か作ってみろ」っていうのはマウント取ってるというか実際それが近道だから言ってるだけだと思うけど、ピンと来ないならまずは言語学から入ってもいいと思う。

2020-05-17

英語で書かれた言語学の概説書読んでたら、aとanの使い分けを英語話者にも知らない人がいるってまじですか。たしか日本人でも「は」と「が」の違いを説明できないのが大半なんだからそんなもんなのかな。

2020-05-09

辞書定義は完全ではないということをわかっていない人が多い

たとえば「募る」と「募集」のこと。

これを「同じだろ!」と言っていた人は多い。

定義が循環しているから同一だということらしい。

だが言語学では形式が違えば意味も違うと考えるのが基本的思考なので、「募る」と「募集」はたしか意味的に類似はしているが完全には同一でない、等価ではないと考える。

具体的にどう違うかというと、「寄付を募る」とは普通に言うが、「寄付募集する」はそれよりもやや使いにくい(使わないということではないが、やや間の抜けた印象になる)。少なくとも完全に同じ感覚では使えないという点に気づくことが重要だ。

この例では「募る」の方がフォーマルな印象があり、「募集する」はややカジュアルな印象になっているように思える。

これは当然私の主観なので、他の人にとってはまた別の印象にはなるだろう。

だがとにかく完全に同じというわけではないと気づくことが重要だ。

別の例を出すなら、「アルバイトを募っています」とはあまり言わないが、「アルバイト募集しています」は頻繁に使われる表現だ。

このように同じ意味に見える「募る」と「募集」だが、運用上明らかに区別されている。重要なことは、どの状況でも交換可能というわけではないということだ。

もちろん「そんなの屁理屈だ! 意味は同じだ!」と言うことは可能だ。

だが、言語学ではこうやって区別している。

さらに例を挙げると、よく言われる例だが、「ピッチャー」と「投手」は違うということ。

これについても「同じだろ!」と言う人は多いかもしれない。

だが、実況において「ピッチャー第1球を投げた!」とは言うが、「投手第1球を投げた!」とは現代ではまず言わない。

ダルビッシュ投手」とは言うが、「ダルビッシュピッチャー」とはまず言わない。

このように指示の対象が同じであっても、実はほとんど無意識のうちに使い分けがされている。

ただ、世の中の人はこういったことにあまり価値を見出さないかもしれない。

からすぐに「同じだろ!」と言う。

辞書に載っている定義が循環してるから同じなのだと言う。

「曇り空」と「曇天」は違う。

「同じだろ!」と言う人は多いだろう。「曇った空のことを曇天って言うんだよ!」と世間の人は言う。

もちろんその通りなのだが、「曇り空」と「曇天」は明らかに出現する文脈が異なる。

外に出て友人と会って空を見ながら「今日曇天だね」なんてまず言わない。

人々は「今日は曇りだね」とか「今日は曇り空だね」と言う。

曇天」は比較書き言葉寄りの語彙であり、「曇り空」と完全に等価ではない。

こういった言葉運用上の差異に敏感でないと言葉を使いこなすのは難しい。

ネットでは「ソースは」などといって辞書定義引用する人たちがとても多い。

そういう人たちは自分が極めて知的科学的な人間だと思っているのかもしれないが、実は無教養さらしているだけだ。

ただ、ネットには無教養な人が多いので、こういうやり方が支持されてしまう。

これがネットにおける議論限界でもある。

今日は「目安と基準は同じ! 辞書に書いてある!」などと言っている人がいたのでこんなことを思った。

当然、「目安」と「基準」には差異がある。この差異を捉えられない人が言語を用いて何かを精密に語ったり考えたりするのは難しい。

さらにいうと、こういった差異を捉えられない人が小説を読むのは難しいし、詩ならさらに難しいだろう。

専門書を精密に読解できることもないし、簡単実用書すら誤読するのではないだろうか。

辞書定義確認をするという習慣は大事だが、それが絶対ではないということも同時に知っていなければいけない。

こういったことは翻訳練習をするとより実感としてわかるようになるので翻訳で遊んでみることもおすすめしたい。

2020-04-26

この生活もあと10日で終わる。

今の居心地いい空間もあと10日。 

別れはいつまでも慣れない。寂しい。

ちょうど去年、南アフリカ人の日本語話せなくて英語もまあまあで韓国語ペラペラできる人と会話したことを思い出した

私は韓国語そこまで上手いわけではないがその場にいた10人の日本人より遥かにコミュニケーションが取れた

言語学習したい

2020-04-14

anond:20200414151155

言語学自体がそういう真贋の判定をするわけではないが、言語学的に考えればそれが全く非現実的な話だとわかるではないか

なお、言語学記述だけをするわけではない。(チョムスキーを持ち出すまでもなく....)

anond:20200414145526

薩摩藩よそ者や忍びの侵入を知りやすくするために地域地域方言をわざと変えた

  ← これはデマ言語学的に考えて有り得ない。

anond:20200414145526

薩摩藩よそ者や忍びの侵入を知りやすくするために地域地域方言をわざと変えた

  ← これはデマ言語学的に考えて有り得ない。

2020-04-01

れる言語ペルシャ語、ファールシー語、パールシー語ともいう。 言語学的にはインド・ヨーロッパ語族インドイラン語派-イラン語群に分類される。ペルシア語は高度な文明を持っていた古代ペルシア帝国から現在に至るまでイラン高原を中心に使われ続けてき

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/sos/community/posts/360042763193-01-04-2020-Солдатки-4-серия-все-серии-сезона-

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https://hyperlapse.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042775433--Паромщица-3-серия-01-04-2020-хорошее-качество-смотреть-от-1-апреля-

2020-03-26

anond:20200326074153

関数型言語ムリってのは完全に冗談だと思って乗っかった ぶっちゃけそんだけ色々な環境に手出してるなら今更言語だのAPIだので学習につまづいたりしないだろ 問題解析解決能力、つまり主の実務上の有能さとかは別として…… 自分にとって新しいテクノロジを受け入れる素養があることが分かっているのに、こんな無駄な問答をしてるのがよく分からんな。

ドキュメントを読む能力に着目した方が、新規言語学習成功/失敗の分離性能が高いんジャマイカ英語よめる?テクニカル文章よめる?それがムリならガンバって日本語ブログググることだな。やってきた言語どうこうより、そこが分かってない事の方が問題だしエンジニアとしては致命的では。。。

2020-03-21

中国語勉強してる人って何をモチベーション勉強してるの?

語学習得って「その言語の好きなコンテンツを聴いたり見たりしながら勉強するのが一番の近道」

みたいなことよく言われるけど、そういう意味だと中国って日本人でも知ってるような世界通用してるようなコンテンツマジでほぼないんだよな

多分ほとんどの人は中国発の面白いコンテンツって映画ドラマ音楽漫画小説も多分ほぼ知らんでしょ?

市場規模的に海外に売り出す必要性が薄いのと、体制的に『名作』を生み出しにくいっていうのがあるんだろうなぁ


英語は言うまでもないけど、あとは韓国とか比較的娯楽と言語学習を結びつけやすそう

日本だって一応サブカルチャーがかなり盛んな国だしね、インドすらかなり独特だけど映画はちょこちょこ世界的有名作がでてきたりしてる

中国はあれだけ人がいる国なのに人口1/10以下の韓国にすら海外市場で負けてるの凄く変な感じ(テンセントみたいに『出資してる』とかの話だと違うんだろうけど)


中国勉強してる人ってその辺どんな感じでモチベ保ってるんだろう

から文系ダメなんだ。

ここ最近コロナ関係文系研究者無能っぷりが際立っている。

お前ら言語学的な解析(各言語における破裂音分布とR0の関係など)や社会学的な解析(文化差異とR0の関係など)を行って少しでも命を救おうとしろよ。もし喋り方で感染具合違うなら「喋るな」ってメッセージでたくさんの人を救えるぞ?関係ないなら日本クラスター対策効果を照明する要素になるぞ?

なんでみんなに検査しろかい馬鹿発言してるんだよ。なんで後からし評価できない政策批判してんだよ。

普段フェミニズムとか普遍的正義とか人権意識とかで人の命と人権守ろうとしてんだろ?今もしっかり対応しろよ。

から文系ダメなんだ。お前らは金をもらって研究を行う資格がない。

反省して早く解析を始めろ。

社会コミットしろ

してください。

お願いします。

2020-02-13

anond:20200213181929

誰も死にゆくことは止めてないぞ。

どうせ最後には死ぬからな。

非正規から馬鹿にしてるって、常勤10人、非常勤200人いる言語学だってあるんやぞ。

そんなことしてる暇があるその会社おかしいだけやろ。

2020-01-17

anond:20200117212821

イギリスアメリカ英語流行っている=英語がカッコイから

と言う文章構造意味自体は分かるが全く同意できず、そもそも言語学観点から考えても非論理的である

どういう思考回路でこのような考えを持つようになったのかいささか疑問であった。

よって”意味不明で草”と書いた。

それを読み取れないお前が文盲だろアホ

2020-01-03

anond:20200103010942

英語が得意なら、語学センスがあると思うので英語以外の語学。近縁の言語から攻めるも良し、全く異なる言語を試すも良し。日本古語とか。比較言語学とか。

言語とは別方向の方がいいのなら、哲学論理学とか?

2019-12-31

「私は無料英会話講座ではない」

 一時期、日本在住の外国人英語ブログを読むのが好きでよく読んでた。

「私はこんなにジャパーンが好きです!!」的なヨイショが基調となっている商業出版本と違って、良くも悪くも日本に対する本音がぶちまけられていて、なかなかおもしろかった。

 で、そういうブログによく書かれていたのが、

カフェ唐突に話しかけてきて、『英語を教えてよ』」と言ってくる迷惑日本人」問題

 わりと結構割合ではっきり「迷惑」と書かれていた。

 まあ、普通に考えれば当然だ。

 日本人にとって見知らぬ外国人に話しかけるというのは非日常的なドキドイベントかもしれないが、

 外国人の方は本を読んだりコーヒーをしばきながら日常を過ごしているだけである

 そりゃ偶然の出会いトキメく人も一定数いるだろうが、

貴方カフェコーヒーを飲んでいるときに知らん人からしかけられたいですか? それも毎日

 と問われてイエスと答える人はあんまりいないだろう。

 しか言語学習の教師役割まで求められるのである

 ここらへん、「何が悪いのか」「こちらは日本語を教え、そちらは英語を教える。ウィンウィンでは?」などとアホなことを言う人がはてなにもいるらしい。

 そういう人をみかけると、昔読んだ在邦外国人ブログに書かれていたある叫びを思い出す。

「私は無料英会話講座ではない。」

2019-12-23

AIはアホを最初学習する。

今日Twitter

https://mobile.twitter.com/hayato_itimonzi/status/1208661759776575493

……みたいなのが軽くバズってるのを見た。内容としてはAIヘイトナチズム簡単学習してしまうというものだ。

これが事実か虚偽かは瑣末な事なので論じないが、もしも事実とするなら理由簡単である

このAIが如何なるものを指すかは知らないが、どうせ今のAIというのは単なる学習プログラム以上のものではない。多少高度なものでもニューラルネットワーク系の神経学モデルにすぎないだろう。

まあ大体が人間の話す内容を理解して回答するのではなく、人間インターネット上に書いた文章を大量に集めた上で、その中から「数が多いパターン文章/類型学習して返す」という程度の能力しか無いのである

そして大体のAI設計者は、それを単に強大なマシンパワーでもって大量に学習させれば人間っぽくなる……と思い込んでるかのような、そういった単純設計しか行わない。

まりそもそもAIという名の「言語学マシン」でしかないのが、今のAI設計者のアイデア限界なのである

神経を模すだけで人間精神が完成するなら、脳がわざわざ大脳小脳なんて分化する必要もないし、虫だってサイズが大きければ人間レベルの知性になるはずだ?そんなわけがないだろう。アホか?

素人目線で言わせて貰えば、その程度の学習プログラムAIだなんだと言ってる人間の大半は、実際には本気で人間の知性を真似ようとしてない人間が大半だと私は思う。

まあ人間本来能力は素晴らしいものがあるので、ちゃんとしたガチ勢なら多少マシなプログラムを書いてると思いたい……というか、この情報って何十年か前の話だよね?マジで現状こんな程度のAIしか作れてないとか有り得ないでしょ…………

まあ閑話休題

それはそうとして何故に今の自称AIヘイトナチズム簡単学習するかと言えば答えは簡単で、ヘイトナチズムは「◯◯=□□」という単純な図式で構築可能からである

それも、これらの多くは物事を「Aは善、それ以外は悪」という二元論として構築されることが殆どだ。

例えば「黄色人種は最高!」とか「それ以外はクズ!」みたいな風にだ。

このような論理は単純であるが故に、意味理解を伴うことなく非常に容易に学習できる。しかコンピュータでなくとも、このような論理デジタル思考をする人間にとって非常に親和性が高い。

そして人種性別というのは人間の誰もが持っているので、これに対する意見の集積は容易である

これは人間であれば尚更で、仮に会話や文書の内容として直接そのような事を書かなかったとしても、そういった相手の特徴に意識を向けながら会話するだけで誤学習する事すらある。

そう、そもそもAIナチズムヘイト親和性が高いのではなく、ナチズムヘイトナショナリズムなどの単純論理それ自体が、ローコンテクスト認知機能学習機能に対して親和性が非常に高いのである

結論としては、人間AIを問わず、「◯◯=善(正)、それ以外は悪(誤)」という二元論は覚えやすい毒論理であり、そういう二元論自体学習しないようにすべきである

そういうことなのだ。とっぴんぱらりのぷう。

2019-12-04

anond:20191204175403

覚えることが少ない言語もっともよい言語である

という言語学の教えを忠実に守っているように思える。

2019-11-15

anond:20191115101822

科学数学物理学化学生物学法学経済学歴史学社会学言語学等)」と称せられるものの全ての言説は、日本語で書かれている限り、「日本語やまとことば)」の論理によって、「客観的であるとする言語論理根拠を維持できないのである。当然のことながら、この本自体も、日本語で書いている限りはその陥穽から逃れることができない。

これすき

anond:20191114122611

増田義憤はよく分かる。

かに、ここに引かれている内容だけ見ても「ちょっと高度な文系ジョーク」に近いおハナシレベルの内容で、まともな学者がこれに取り合ったというのが信じがたい。ソーカル事件は、あれはあれで「訳分からん現代哲学世界出来事からなあとも思うけど(それでももはやジョークだけど)、文系の中ではそれなりにロジカル実証的で研究価値が明白に判断できそうな「言語学」の世界で、門外漢素人にも判断できそうな内容でコレとは……。書評を書いた院生の憤り、それを掲載した人の判断、そして博士号を与えた方々は、いずれも「相当思い切ったことやったなあ」という印象だ。

かいろいろ事情があったんでしょうねえ。論功行賞的な。

[追記]

ちょっと分かった。この人は日本語学界の人でなく「英文学科」で英語学?やって、「英語」の高校教員から年取って大学院に戻った人なのな。でもって「認知言語学原理に基づいた外国語習得コンピュータプログラム」みたいな発表を見るに、「英語勉強するのに、日本語をこんな風に考えると理解やすいよ」という発想で教育寄りにやった研究か。それで、まっとうな言語学日本語学世界研究の積み重ねを丸無視したようなイキリ散らした研究が出来たわけだな。はぁ。東大院生がカチンときたのは分かる。

いいお年のようだが、ネットのあちこちで見かける文章を見ても、ちょっと自身日本語自体もかなり怪しい印象がある。人情かな京都大学

2019-11-14

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件

日本大学特に文系学問に対する風当たりが厳しい昨今、文系学者達は自分たち存在意義を示そうと必死だ。大学で行われている文系研究は、どう役に立つかはともかく、それ自体研究としてちゃんとしたものなんだ!ということは前提となっているし、みんなそう信じている。文系先生達は決してSTAP細胞のようなデタラメをやっているのではないと。

だが、それは本当か? 証拠はあるのか? 最先端研究専門家でさえ評価が難しい。たとえばアインシュタイン一般特殊相対性理論を作ったけど、時代の先を行き過ぎていて正当な評価がされなかったそうで、ノーベル賞は他の業績に対して与えられた。文系研究基本的には同じで、研究の良し悪しを判断できる人は極少数だ。だから、知らないうちにトンデモない研究がはびこっていて、それに社会的評価が伴っていても、ほとんどの人にはわからない。専門家が厳正に評価してくれていることを信じるしかない。

パンドラの箱が開いた

本題に入ろう。最近、1つの書評論文東大言語学研究室発行の紀要に出た。

田中太一日本語は「主体的」な言語か―『認知言語類型原理』について―」『東京大学言語学論集』 41 (2019.9) 295-313

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=53475&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1

書評された本は『認知言語類型原理』(京都大学出版会)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4814001177/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_6P9YDbPVN9WJ2

著者は、関西外国語大学 短期大学部 英米語学准教授中野研一郎先生

 

普通書評というのは基本的にほめるものだ。批判はあっても最後ちょっとだけ。しかし、この書評は、冷静な筆致でありながら、酷評酷評、ボロクソ、クソミソ、ケチョンケチョンフルボッコだ。一個もほめてない。批判が当たっているなら、トンデモ本に違いない。

こうすればあなた博士になれる

一番ヤバいのは、この本が博士論文を元にしたものということ! 一応説明しておくと、博士論文とは、最高の学位である博士」の学位を取るために大学院生が何年もかけて書く長大論文で、大雑把に言って本1冊以上の分量がある。もちろん、何でもいいからテキトーに書けばいいわけではない(はずだ)。自分オリジナルで、学術的に価値のあること、つまり、これまで誰も知らなかった知見を新たにもたらして人間知識を拡大するような研究の成果でなければいけない。どの分野でもそうだ。

そして博士論文原稿は、3~5人の審査委員審査する。審査委員は全員、その分野に詳しい大学教員だ。審査は3回くらいある。まずは博士論文の大枠ができた後、本格的な執筆にゴーサインを出すかを決める一次審査、そして論文が大体書けた後、論文大学に提出していいか審査する二次審査最後論文が完成し、大学に提出された後、博士学位を与えるか否かを決める最終審査がある。それぞれ少なくとも1時間はかかる本格的なものだ。ディフェンスと言われる最終審査の口頭試問は、公開で行われる。最後に別室で結果を審議した審査委員が会場に戻ってきて厳かに合格が伝えられると、みんな拍手で心から祝福する。

ミサト:おめでとう!

アスカ:おめでとう!

レイ:おめでとう。

シンジ:僕はここ(アカデミア)にいてもいいんだ!

研究人生のフィナーレではないが、1つのピーである。こうやって研究者の能力お墨付きを与えるのが大学存在意義の大きな一部分だ。

要するに、博士号を取るのはとても大変なのだ日本だと博士号を持っている人は1万人に1人くらいしかいないらしい。日本大学は入るのは難しいのに出るのは簡単だとよく言われるけど、大学院の博士課程はそうではない。入るのも修士課程ほど楽ではないし、文系では入っても博士号を取れない人の方が多いくらいだ。これだけ大変だから博士号はアカデミアでは評価される。大学教員になるなら、博士じゃないとエントリーすることさえほぼほぼ不可能。『認知言語類型論』の中野先生は、フェイスブックを見たところ、以前は高校先生だったみたいだけど、博士号をとってから、50歳を過ぎて関西外国語大学准教授になったようだ。周知の通り、大学終身雇用教員の座をめぐる争いは非常に激しい。博士号がなかったら就職できなかっただろう。

 

博士号はどこの大学でとっても価値は同じ、みたいなことを何度か読んだことがあるけど、あれはデマ。真に受けてはいけない。いい大学博士号ほど高く評価される(Why not?)。中野先生がお持ちの京都大学博士号は、京大が超一流なのと同様、超一流の博士号だ。50歳を過ぎて大学就職できたのも不思議ではない。しかも、中野先生師匠は、日本言語学界の大物中の大物、山梨正明先生だ。『認知言語類型原理』に山梨先生が解題を寄せているから間違いない。この大先生は、「日本代表する理論言語学者の一人」([wikipedia:山梨正明])。中野先生が在学していた頃には、日本語用論学会(2008〜2011)や、日本認知言語学会(2009〜2012)の会長を同時に務めもした大物中の大物だ。ちなみに、山梨大先生2014年度に京大を定年退官して、2015年から中野先生より一足早く関西外国語大学で教鞭をとっている。ちょっとややこしい話だが、博士論文審査が終わる前に京大を定年退官したようで、審査主査ではないが、審査委員には名を連ねている。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/199376 博士論文を書くのに何年もかかるから、こういうことはよくある。

日本語に主語目的語、態、時制、格、自動詞他動詞はいらない?

さて、超大物お墨付き博士論文(を元にした本)はどんなもんなんだろうか。書評から拾っていこう。2節は専門的な議論でよくわからいかパス。3節「日本語に存在しないとされるものから見ていこう。まず、1節に同書のまとめらしき部分から引用がある。

日本語(やまとことば)」を深層とする日本語において、「形容詞 (adjective)」・「主語 (subject)/目的語 (object)」・「態(voice)」・「時制 (tense)」・「格 (case)」・「他動詞 (transitive verb)/自動詞 (intransitive verb)」といった、従来ア・プリオリに前提とされていた統語・文法カテゴリ妥当していないことも論証した。さらに、「膠着」言語の一つである日本語」においては、その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしていることを論じた。

(『認知言語類型原理』[以下、中野 2017] p. 308、書評論文[以下、田中 2019]p. 295から禁断の孫引き。以下、同書の引用は全て孫引き)

昔、『日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す』[amazon:日本語に主語はいらない]という本が出て、言語学者に酷評されたことがある。金谷武洋日本語に主語はいらない』批判記事一覧 - 誰がログ https://dlit.hatenadiary.com/entry/20071216/1197757579

主語がいらないと言っただけでそうなったのに、『認知言語類型原理』は、ミニマリスト断捨離なんてもんじゃない。主語だけじゃなく、形容詞、態、時制、格、自動詞他動詞も、いらない、何も、捨ててしまおう~♪と謳っているらしい。全部なしで日本語の文法はどうなっているのかというと、「その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしている」ということらしい。

「音象徴」の名の元に蘇る亡霊

これは熊倉千之氏の「音象徴理論に基づいているそうで、熊倉氏は、

膠着語にかんして、「イメージイメージを膠でつけるように、ことばができているのです。ですから、具体的なモノとモノをつなげると、言語(コト) としての「抽象」 性が生まれ、新しいことばが作られるのです (熊倉 2011: 18)と述べた上で、日本語の音素はそれぞれ何らかのイメージを持つという観察を根拠に、やまとことばの「音声と意味」には、ソシュールの説に反して、「恣意的」ではなく、密接な繋がりが感じられる」 (熊倉 2011: 30) と主張している。

(これも田中 2019: 309から禁断の孫引き

熊倉千之 (2011)『日本語の深層〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』東京: 筑摩書房.

とのこと。

近代言語学の父、ソシュールの一番有名な恣意性原理否定しているが、それ自体はない話ではない。音象徴が当てはまる例として、ポケモンとか怪獣名前は、音と意味関係が全く恣意的なわけではない、みたいなことが最近よく言われている。ただ音象徴基本的オノマトペ擬音語擬態語)や新たに名前を付けるものについての話、しかあくま傾向性言語全体の「語・語句・節の生成メカニズム」になるようなものとして扱われてはいない。しかし、中野説はそういった主流の音象徴研究とは一線を画する。具体的に見てみると、

「あ/a/」は「空間出来の語基」 として、「い/i/・居」 は「様態化の語基」 として、「う /u/・続」 は「プロセス化の語基」 として、 「音象徴」 により語彙を創発させる機能を担っているのである(中野 2017: 247) 。

知らなかったー、日本語ってすごいですね(棒)。たとえば、「合う・会う」は、「あ/a/」+「う /u/」だから、「(出来)動詞」だそうだ。書評子が、

「「出来」が「プロセス化」すると「合う・会う」になるという説明は到底理解できるものではない」(田中 2019: 309)

と言う通りだ。「あい」(愛とか藍)はどうなるんだろう。中野先生によると、音象徴

日本語(やまとことば)」の同音異義の語の数の多さと、またオノマトペの豊穣さの、母体にもなっている」 (中野 2017:232)

そうだが、書評子は、ここに鋭く矛盾を見て取る。

この主張は、本書の議論を決定的に破綻させるものである。もし「音=意味」という恣意的でない結びつきが存在するならば、同じ音を(同じ順序で)組み合わせれば同じ意味になるはずである同音異義語存在が極少数に限られるならともかく、その数が多いのであれば、日本語の全体を「音象徴」に基づいて分析することが不可能であることは自明である。(田中 2019: 310)

かに。他にも、中野先生は「確かに」・「達する」・「頼みます」・「たった、これだけですか」・「立つ」・「経つ」・「絶つ」・「裁つ」などを例に、

日本語(やまとことば)」では、音部分が同根であれば、「音象徴」に基づき、その意味機能通底している 。 [中略] 「た/ta/」音を語頭とする語は「心的確定(確信)」を基に語彙が生成していることが理解できる。「日本やまとことば」の「た/ta/」音は、「音象徴」において「確信」を「意味」とする「音」なのである。 (中野 2017: 255)

と言っているそうだが、「立つ」とか中野先生自身の例でさえ、どこが確信関係があるのかわからない例もある。この説が無理なのはよく考えてみるまでもない。

そもそも、「音象徴」なんて流行りのタームを中野先生熊倉氏は使っているが、こういう説は「音義説」[wikipedia:音義説]と言うのがより正確だ。近代以前に唱える人がたまにいたけど、今ではググるとわかる通り素人が唱えているだけのものだ。ちなみに、このような形で同書に大きな影響を与えた熊倉千之氏とは、

1980年「『源氏物語』の語りの時間」でカリフォルニア大学バークレー校にてPh.D.取得。ミシガン大学サンフランシスコ州立大学などで日本語・日本文学を教える。1988年帰国後、東京家政学院大学教授1999年金城学院大学教授2007年退職

[wikipedia:熊倉千之]

という人。ウィキペディアでは一応「日本文学者・日本語学者」となってはいるけど、専門はどう見ても文学言語について言語学界とは関係なく自由思索著述をしている人のようだ。そういう独自言語論を唱える文学思想研究者はよくいるけど、普通言語学者はそういうのはまともに相手にしない。『認知言語類型原理』もその類の本だったなら、東大言語学を学ぶ書評子も取り合わなかっただろう。でも、これは京大言語科学講座で博士号をとるために書かれた論文(が元になった本)なのだ

驚愕の主張の数々

他にも同書には、業界震撼の主張が満載みたいだ。是非同書を買って私の代わりに確認してみてほしい。

日本語では論理的命題を表すことができない」(田中 2019: 305)
日本語は英語を含む近代ヨーロッパ標準諸語に翻訳できず、また近代ヨーロッパ標準諸語も日本語に翻訳できない」(中野 2017: 268)
科学数学物理学化学生物学法学経済学歴史学社会学言語学等)」と称せられるものの全ての言説は、日本語で書かれている限り、「日本語(やまとことば)」の論理によって、「客観的であるとする言語論理的根拠を維持できないのである。当然のことながら、この本自体も、日本語で書いている限りはその陥穽から逃れることができない。」 (中野 2017: 268)
日本語の「伝聞」というコミュニケーション様態においては、伝えられる内容は、伝える者によって「主体化」されており、したがって、その「主体化」された内容の真偽判断に関わっては、「権威」が必要となる。伝える者に「権威」が伴っていない場合、伝えられる内容は真と判断されない。」(中野 2017: 16)

しつこいようだが、これで5年前に京大博士号が取れたのだ。

ちなみに、なんで日本語が英語などと違ってこうなってるかと言うと、中野先生によると、日本語は歴史的文字を持たなかったからだそうだ。とはいえ英語だってそうだし、文字で残っている歴史の長さも日本語と同じくらいなんだけど。っていうか、どの言語も昔々は文字がなかっただろ!

ということで、書評の内容は変な言いがかりではないようだ。そもそもこんな空前絶後激辛書評論文大学院生が書くこと自体大きなリスクを伴う。(書評子、いろいろ大丈夫か?)無理なイチャモンをつけるためにそんな危険を冒すわけがないし、出版前に東大で止められるだろう。ま、『認知言語類型原理』は、博士論文審査から本の出版にいたるまで、誰にも止められなかったみたいだけど!

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新た

2019-08-01

anond:20190801234926

うちの三十路の親類は文字どころか言語学的に意味を持った発語が今までないよ。

とはいえ単純作業だけでもできるのは助かるな。。

それも不可能という事例も聞くし。

2019-07-31

おすすめ外国語は何ですか

英語学習をしていますが、たまに飽きてしまます使用する機会はほとんど無い日本人に多いと言われるゆる〜い英語学習者です。

でも言語を学ぶって楽しいですよね。

え、そんな言い回しするんだ、とか日本語には全くない視点から文を構成することを知り驚いたり。言語から文化の違いや思考回路の違いを垣間見ているようで本当に面白いです。

から別の言語学習してみたくなりました。

日本語に近いと言われる韓国語か、仕事に役立ちそうな中国語、その他アジア圏なのか、ポルトガル語とかスペイン語か、はたまたアラビア語か。

あなたにとって興味深い言語は何語ですか。

あと、他言語学ぶと日本語もっと勉強せねばと思うようになりました。

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