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はてなキーワード: 尊重とは

2020-03-27

[][] 日本大学教授評価したり罰する力が弱すぎる

ついでに医者も。だから特権階級になる

流石に目に余るから大学クレーム入れようと思うけど (一応大学広報ガイドラインに引っかかる)

ただただムカつく結果になりそう


Twitter にはXX大学やXX研究所の○○を絶対に許さないって声が結構あるので

自分名前を入れてエゴサーチをしてみると良いと思う

それで反省して姿勢を正してくれるといいのだけど

『下民が。おい警察、やれ』くらいなもんで微塵も反省はしないんだろうな

あるいはマスコミに『こんなに頑張ってるのに』って泣きつくのかも


彼らは、

まれた時からそういう感覚の持ち主のサイコパスか、

そういう人格を得るに至る上流階級で育った(あるいは過剰に上流に憧れた)ソシオパスなのだろう


同じ階級社会イギリスではメディアからプレッシャー研究者から非難ちゃんと入ったのになぁ

BBC:Sir Patrick Vallance「集団免疫やっぞ」


ちゃんプレッシャー掛けている


この作戦に反対する人ももちろんいる。

しかし、

専門家として一生に一度の大変な決断を迫られているのは、ほかでもないサー・パトリックとウィッティー教授

なのだという認識は、批判勢力の間にもある。それだけに、他の科学者たちは今のところは2人の判断尊重し、異論は表向き口にせず、事態の推移を注視している。少なくとも、今のところは。

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-51887810

 ↓

BBCイギリス独自ウイルス対策、「国民の命を危険に」と多数の科学者反対 https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-51894727


→ 人が無駄にたくさん死ぬので方針転換しまーすwww

https://www.box.com/japanese/features-and-analysis-51996098


※残念ながら当然の結果(日本以外では)

 ↓

方針転向後、Sir Patrick Vallance

2020-03-24

anond:20200324163912

韓国は急激に近代化した分、旧来の男尊女卑文化も残ってるけど女性の権利尊重する新しい文化の盛り上がりも凄い、んだよな

日本はそういうのは80年代ウーマンリブ時代から長くやってるけど

その分そういう運動が長く男性に抑圧され続けていてもう疲弊気味

2020-03-23

30代も後半になって、風当たりが強い板挟みの世代になりました。

50代↑のおばあちゃん(子供産めないからおばあちゃんいいね)からねちねち言われ、20代の子供(自立はしても自律はできてない)から冷やかしを受け、

こういう人たちは、来た道と行く道を考えることができないんだなとため息が出る今日この頃です。

自分を生きることで精一杯なのに、時間が余ってる暇人から石を投げられる。その石をフライパンで熱々にしてバンバン打ち返していきたいですね。

かなしいかな、最近は人嫌いになりこういう連中を害虫扱いして蔑んでいますけど、腹を立てて仕返ししてやろうという気持ちが少しずつ薄らいできました。

蟻の観察です。

この虫はこれこれこういう行動をする。だったらこの道に熱湯を注いだら中の虫はどうなるかな? と、注いでみる。

別の虫はまた奇妙な行動をとる。ならこっちの道に腐った雑巾を詰めて行き止まりにしておく。するとどんな反応が見られるかな、と。

怒りを少しずつ何か別のものに変えていくようになりました。自分から先に手を出しません。暇人に絡んでいる時間はないので。

相手尊重しない者に丁寧に接してやる必要はないし、その悪意はお返しします。存分にギャーギャーわめいてください。それは元々あなたのものだったのだから

anond:20200323122515

でもキモくて金のないおっさんそもそも人ではないか尊重しなくてもよいという理屈尊重しないことを正当化するんですよねわかります

anond:20200323122515

でもキモくて金のないおっさん尊重せず雑に扱ってもいいんですよねわかります

「年上の人を尊重しなければ」という価値観そもそも歪んでいて、

自分他人もそれぞれに尊重する」でいたい。

自分他人も雑に扱わないように」と言い換えてもいいけど。

2020-03-22

anond:20200322093742

リベラルとは「人権尊重するためには政府の介入が必要」という立場のことであって、大きな政府を望むのは当然なんだが。

その上で現在コロナ対策のための権力強化を求めているのは、政府代表であり保守代表である安倍であって、リベラルではない。

どういう認知の歪み方をしたら元増田みたいな主張になるんだ???

anond:20200321081245

死んだから権利解放されて自分のものにしていいということからすると殺すために産むやつがでてくるわけですよね

それが奪えないものだとして譲ることはできるのならば譲るという流れを汲んでそれに目的がついていることで一応奪えないって建前が成り立つんですよね

成長したら売れないので殺していっていいというブリーダーとか千葉心愛ちゃんとか自分の持ち物なので殺していいのかって話になりますよね

いいわけなくないですか?

生きるという意思をもっている個体まがいなりにも産んだり扱ったりするにはその個体の生きようとした意志を形だけでも尊重すべきなんじゃない?


わにくんが「みんなでぼくの生きた証をかって作者と広告業界にゆたかさをあたえて」って言ったのだったら、売ってほしいし買うべきかなと思うんじゃない?

思わないけど

2020-03-21

自殺多様性ファミリーに入れてよ

(性)愛は人間の根幹であり、みな愛し愛され生きるのだ、愛は素晴らしい…って言ってたけどアセクシャルの人なんかも実際いたわけじゃん

人間はみな生きたいと心の底では思っている、生命はすばらしい…っていうのももうやめにしていいんじゃない

人に迷惑をかけない行為だったらだいたい主体性尊重して邪魔はしない感じになってきてるじゃん じゃあ自殺迷惑なやり方じゃないんなら容認していいはずだ

現状は迷惑をかけずに死ぬ方法ほとんど無い でも法的にOKってことにしちゃえば、身辺整理代を払って誰にも迷惑かけずに死ぬってことがそれなりにできるようになるはず 雇用創出にもなる

普段多様性とか自由を説いてる人が自殺者に対しては「もっと視野を広く…」とか「誰かがそばにいれば…」とか「社会犠牲者」とか言ってるのはちょっとブキミな感じがする

自分意思(自由意思存在しない、とかの話はここではおいといて)でいろいろ考えた結果生きたくないと思ったか自殺します、っていう選択尊重する社会にならないもの

自殺補助業できたら俺はその業界行きたいし、自分もその世話になって死にたいけどな

2020-03-20

こじらせててつらいのでカウンセリング行ったら楽になった話

スペック

(いくつかフェイクあり)

この記事を書いた理由

カウンセリングを受けて何かと楽になったので、知見を共有したい。

それに、カウンセリングを終えてからそろそろ1年が経過するので、ちょうど過去を振り返るのにちょうどいいと考えた。

増田でも、多くの人が「カウンセリングに行ってみたら?」と時には本気で、時には冗談で言うのだけれど、そこが実際にはどんな場なのかを知らないせいで、行くのをためらっている人が多い現状を、変えたいというのもある。

増田だけではなく、ネット上の多くの人が、少しでも楽になれるように祈っている。その助けになれば幸いだ。

どのようなことで困っていたか

長くなりそうだし、愚痴っぽくなるのも嫌なので、代表的ものだけを箇条書きで挙げる。

カウンセラーはどんな人?

臨床心理士資格を持っている50代の女性中学生くらいの子供がいるらしい。

髪の毛が長く、少しやせ型。落ち着いた物静かな女性だが、明確な自分の考えを持っている印象がある。初恋の人に似ている気がするがおそらくは気のせいというか、投影しているのは間違いない。

実際のカウンセリングではどんなことをするのか

初回は風景構成法を行った。これはカウンセラーの指示に従って、順番に山や川、家や田んぼ人物などを配置していくもので、専門書に当たれば具体的な解釈方法が書かれているが、自分専門家ではないので省く。当日に描いた作品を今になって振り返ってみると、道のど真ん中に障害物の石が置かれていたり、山が雪に閉ざされていたりと、寒々とした印象を受けた。描かれている人間逆立ちをしていて、何やら不穏である。蛇も不気味にとぐろを巻いていた。

二回目からは主に夢分析を行った。カウンセリングカウンセリングの間の一週間に見てきた夢を記録して、それを材料に話をする。つかみどころがないようだが、意外なことにかなり効果があった。理屈はわからないが、この治療中は同じようなテーマの夢を見るようになる。さらに、肝心なのは夢の内容そのものではなく、夢の話をしているうちに自分が何を思い出したか、あるいは漠然とした印象をどのように語りなおしたかで、それによって、自身の考え方の偏りや傾向が見えてきた。現に、夢の内容を話す時間は案外短く、後半の三十分は、そこから思い出した過去出来事や近況、それについて自分がどう感じたについて話し合うことに費やされた。そうした雑談きっかけに、突破口を開いたこともある。

夢分析が行き詰まった時には、箱庭療法を試みた。これは、砂の敷かれた箱の上に人形模型を配置していくもので、話しながら人形を動かしたり、砂の上に模様を描いたりした。うまく説明できないが、非言語的なものを明確にするのに役立った気がする。例えば「このタヌキ(の置物)は寂しくて困っている。友達がいなくて寂しそう。上下がひっくり返って困っている。悲しくて暴れている」などと比喩的な話をすることで、日常使っている言葉論理で語りたくないことを口にしていた。小さな人形を触っているうちに気分が落ち着いたり、逆にひどく動揺することがあったり、不思議経験だった。箱庭療法最初の一回も、自分心理的混乱が反映されていたのか、人形同士がにらみ合ったりひっくり返ったり無意味に積み上げられたりと、非常に張り詰めた印象のもので、カウンセラーも「ちょっと怖い」という印象を漏らしていた。

これらの技法は、ある種のきっかけというか呼び水だった気がする。どんなことを語っても許されるというか、傾聴してくれる場というのはそれだけで貴重で、話しているうちに自分の思いがけない本音や、ダブルスタンダードに気づいた。また、夢のような一見「どうでもいい」話ができる仲になることで、普通は人に話すこともはばかられるような、野外オナニー願望についても話すことができた。

治療も後半になると、こうした技法ほとんど用いず、通常の雑談に近くなった。自分はこういうことをしてこう言う結果になった。自分気持ちはこうだ。そうしたことが素直に言えない人のために、これらの技法はあるのかもしれない。

カウンセリングの進行、そこで自分はどう変化していったか

始め、自分は藁にも縋るような思いでカウンセリングを申し込んだ。と同時に、どこか疑ってもいた。自分カウンセリング技法についての基礎的な知識はあったし、大体どのようなことをされるのか予想がつくと思い込んでいた。精神分析に関するフロイト著作だって読んだことがあるし、河合隼雄の「ユング心理学入門」も読んでいた。しかし、カウンセリングの概略を知っていることと、実際にカウンセリングを受けることとは、まったく別の経験だった。水泳理論と、実際に水に入って泳ぐこと以上に隔てられている。なんといっても、何年にもわたって定期的に同じ人間と会うのだから必然的相手には強い感情を持ってしまう。結局、人間が強い感情を持つの人間に対してであり、人間が変わるのも対人関係を通してだ。

カウンセリングでは何について話すことも自由だった。幼少期の悲しみ、いじめられた経験、両親から受けた不条理仕打ちなどなど。それだけではない。女性にするべきではないとされている話もした。自分の性生活自慰行為風俗店での出来事など、自分は露悪的なまでに細部を語ったが、しっかりと耳を傾けてくれた。

そして肝心なのが、何度同じ話をしても相手は退屈する様子を見せない点だ。自分は、同じ話を繰り返すことで忘れていた細部を思い出すことがあったし、それに新しく意味付けをすることもできた。

最後に、カウンセリング時間が終わりに近づくと、カウンセラーは僕の話した内容を簡潔に言い直す。そうすると、自分はこういうことを考えていたのか、と毎度のように驚かされる。まとめられた内容を反芻しながら次の一週間を過ごすことで、自分の考えが深まっていった。他にも、自分がすべての不平不満をぶちまけた後で、それに対する解釈を投げ返されることで、その負の感情自分の一部として取り込むことができるようになった。「あなたがそこで腹を立てるのは当然だ」「あなた感覚はそれほどおかしものではない」という趣旨言葉を返してくれるだけで、自分過去を少しずつ受け入れることができるようになっていった。

カウンセリングの中で、カウンセラーを好きになること

ところで、カウンセリングに通ったのが、2014年3月から2019年8月ことなので、4年以上も同じ人と毎週のように会っていたことになる。途中から自分の気分が落ち着いてきたので隔週に切り替えたのだが、それでもかなりの頻度だ。自分は、自分のあらゆる感情や悩みをぶちまけて、それでも受け入れてくれる存在がうれしかった。モテないあまり風俗に浸っている自分軽蔑しない彼女存在が尊く思われた。

珍しくないことだが、自分カウンセラー好意を持つようになった。自分は、職業倫理上その気持ちは受け入れてもらえないことだと知ってはいたけれど、「あなた尊敬しているし、とても強い好意を持っています」と伝えた。カウンセラーからは「私もあなたと会うのが楽しみです」という趣旨の返事をもらった。と同時に、僕は、なぜこのカウンセラーが好きになったのかをじっくり考えだした。すると、自分には好きな人自分の悩みを洗いざらい吐き出したいという願望があったのだ、と気づいた。同時に、自分知的水準の高い女性に強いあこがれを持つことも改めて認識した。年齢などどうでもよかった。比較的若く見えるが、相手は五十代の人妻で、自分が手を出すわけにはいかないのだけれど、叶わない想いだとは知りながら、相手尊敬の念を持ち続けるというのは、思ったよりも悪くなかった。おかげで、自分にとって他人を好きになるとはどういうことかを言語化できたし、他人尊重することを身をもって学んだ。

一人の女性を好きになり、それを軽蔑されたり馬鹿にされたりしないこと安心感を、自分はたくさんの悩みに取り組む支えとしていった。僕は、このカウンセラーのことが好きになれて、本当によかったと今でも思っている。

カウンセリングを通じての自分認識の変化

過去のどのようなつらい経験も、自分はそれぞれ意味があったのだと、迷いなく考えられるようになった。それから、今までは様々な物事を与えられて当然だと感じていたが、やっとのことで与えられた物事感謝することを学べたように思う。

また、自分の恐れの感情トラウマにとらわれずに行動できるようになったことで、自分の外側の世界に対して、うまく働きかけることができるようになった。

もちろん、上に書いたような悩みのなかには、直接解決しなかったものもある。でも、それはそれで仕方がない、と受け入れられるようになった。

何よりも現実検討能力がついた。不安不安のままかかえておけるようになり、不安で頭が真っ白になることがほとんどなくなった。自分の中の膨大な不安エネルギーが、落ち着くべき場所を見つけたかのようだった。

上記の悩みに自分は具体的にはどんな答えを見つけていったか

悩みの解決過程言語化するのは難しい。自分の考えがどんな風に変化していったかを記すにとどめる。人によってたどるべき道のりは異なるし、僕の頭の中の理屈をそのまま文字にしても、納得できないことは十分に考えられるからだ。

過去いじめ、対人関係トラブルはとても悲しいものだった。でも、おかげで自分は人をできるだけ傷つけないようにしようと心掛けられるようになった。それと同時に、絶対に誰のことも傷つけない発言表現というのも無理だとも知った。男性であれ女性であれ、相手を一人の個人として尊敬することが大切であり、それは自分相手は異なっていると認識することだ。だから、できるだけ丁寧に接することは大切だけれども、自分他人は別の存在なので、礼儀正しくしていたとしても、絶対不快な思いをさせないでいることは不可能だ。かつての自分は、自分女性から不快な思いをさせられた経験から絶対女性を傷つけてはいけないというルール自分に課していたのだけれども、それは不可能だと知った。過度に自分を縛る目標は、ある種の呪縛だ。

それに、世間はいろんな女性がいる。優しい人、冷たい人、知的な人、ちゃらんぽらんな人。一人の女性自分暴力を振るったからと言って、そうでない人もたくさんいる。女性一般や平均的女性像みたいなものに、振り回されなくなった。

フェミニズムとの距離感もうまく取れるようになった。納得できることはうなずき、わからないことについては調べ、おかしいと思うことには反対する。それは、フェミニズムだけではない。自分とは違う考えの相手に対する対応の仕方と全く同じだ。

仕事に関しては、転職をした。自分能力に見合った仕事に切り替えることでやりがいも感じられるようになった。給与は下がったが、例えば600万稼ぐ人間が300万稼ぐ人間の2倍偉いのかといえばそういうわけでもないし、僕にとっての一番大切な価値観は、早寝早起き快食快便が守れる生活が維持できるかどうかだと知った。

男らしくないのではないか、というのも気にしなくなった。世間価値観がどうあれ、自分が好きなことを好きなようにする。自分らしくあることが自分にとって男らしいことと定義しなおした。

その中で、家族との関係改善した。今にして思えば、両親は自分と非常に適切にかかわってきてくれた気がする。圧倒的にすがりたいと思っていた両親も50~60代のただの人間なのだ、と実感することができた。しかし、ただの弱みもある人間からこそ、大事にしたく思えるようになった。距離感が適切になった気がする。

処女厨ロリコンも治った。正確には、そういう願望があることそのものに対して、思い悩まなくなった。一つには、50代の女性に恋をすることで、実際に小学生恋愛したって、物足りなくなるに決まっていると心の底から理解したというのがあるし、人生経験豊かな女性の魅力に気付いたのもある。さらに、処女厨の根源にあった、「セックスとは汚いものだ」という意識も弱まった。「セックス気持ちよいものだし、誰かを愛することは素敵なことだ」という感覚しかなかったら、処女喪失を汚れとは認識しないだろう。それよりも、出会った二人が新しく一緒に思い出を作っていくことの喜びに目が向くようになった。まだ彼女はできていないけれども、一緒にデートしたり、他愛のない話をしたり、うとうとしたりしたいし、それに向けて今でも努力している。

女子小学生の裸を見たいという感じもほとんどなくなった。確かにあの年頃の女の子かわいいけれど、それだけのことだ。どんな感情を抱こうとも人間自由だと思えるようになったことで、かえってそうしたロリコン的な願望から自由になった。

同時に、野外オナニー願望も消えた。なんというか、得体のしれないドロドロした性欲のエネルギーに、適切な形が与えられた感覚がある。よく夢で、性器露出したり全裸になったりするパターンが多かったのだけれど、カウンセラーと話すうちに「おちんちん見せるだけじゃ意味ないよね?」みたいな話になり、そうしたことを話しているうちに、セックスって相手あってのことだよね、みたいな認識に到達した(このあたりの話が非常にわかりにくいのではないかと恐れている。ラポール、とでもいうのだろうか、クライアントカウンセラーの間には、長い間の会話の積み重ねからくる膨大なコンテクストの共有があり、ある種のツーカー関係が出来上がっているので、会話だけも書き起こしても非言語的な部分が多くを占めていて、客観的にはわかりにくくなりがちだ)。

死への恐怖は、とりあえず先送りされた。これは個人的な経験だけれど、死ぬのが怖くてたまらないときというのは、何か大きな変化を恐れているときか、未知のものに飛び込まなければいけないときに強まるような感覚がある。

カウンセリングを終えたきっか

カウンセラーには日々の出来事を何でも話すことができたが、別にカウンセラーに聞いてもらわらなくても、別に大丈夫になってきた。さらに、ここで話をしても、これ以上自分は楽にはならない気がするようになってしまった。

とても感謝はしているけれども、自分自分を励ます考え方ができるようになっていて、あとは毎日出来事淡々カウンセラーに報告するだけみたいになっていた。

というのも、自分の悩みを解決できるのは、最終的には自分だと思うようになったからだ。話を聞いてもらって勇気をもらったり、現実的なアドバイスを受け取ったりすることはあったけれども、実際に行動するは他ならぬ自分なのだ

ならば、これ以上ここにいても、自分は変われないのではないか、という気がした。そして、3月という区切りのいい時期であったので、そこで終えることにした。

最後にもう一度風景構成法を行った。山には緑があふれるようになり、街には人がたくさん姿を見せるようになった。蛇は道や川のうねりへと姿を変えた。困ったときには駆け込めるような病院や、芸術を鑑賞できるような美術館も街に描かれていた。そこでは、たくさんの人々が連れ立って歩いていた。ずっと住み心地のよさそうな風景だった。

そして、僕は無事にカウンセリング卒業した。

続き→ anond:20200320072823

2020-03-19

歴史上はじめて兵庫が一まとめにされた日

かつて豪族支配していた場所朝廷の影響力が及び

摂津西部)・播磨但馬淡路丹波氷上郡多紀郡)の5か国が置かれた。

但馬牛とか、摂津のきり丸とか)

戦乱の世をくぐりぬけ(大概の大河舞台兵庫である

神戸港貿易で栄え、武器を収める倉ができ、兵庫という呼び名が広がり、いつの間にか合併されてしまたこの5か国。

兵庫県となった今も、この5か国の分断は続いている。

まず地形を見てほしい。日本海から瀬戸内海があるのが兵庫県だ。山も海もある。

故に場所によって気候も違う。発展してきた商売も違う。

隣県は大阪京都岡山鳥取。どれも微妙に毛色の違う県である

兵庫県民はまず自分の生まれから近い県の属性に分かれていく。

しかし、やはり県境というのは日本人にとって重大なもの。隣県に、いつも仲間に入れてもらえないのだ。

尼崎なんてそこらの大阪より大阪中心部に近い。なのに、大阪ではない扱いだ。市外局番06なのに。ほとんどの市民大阪に通って仕事しているのに、だ。

結果的に、地域性自分がどこの出身かということを強く意識し、そして愛する人が多くなっていった。

自らを「〇〇市民」「阪神沿線」「阪急」「JR」「伊丹空港」「自然学校」などと称する人ばかりになった。

ゆえにケンミンショーという番組が始まるまで、兵庫県民という使い方は一般的ではなかった。

ケンミンの焼きビーフン神戸食べ物であり、別に兵庫県民に特別なじみがあるわけではない。

正直ケンミングルメなんて無い。

兵庫県弁、というのは聞いたことがない。存在しないのだ。

正直兵庫の真ん中、秘境の地(何もないので大河撮影をしている場所)あたりの方言は、もはや関西弁ではない。何を言っているのかわからない。

淡路島という場所兵庫県にある。ここもまた、独自文化で発展した。

「神が生まれた島」ともされている。

それゆえか、いたるところにタコが干されている。タコの印象しかない。

しか淡路島の玉ねぎが無ければ、日本淡路島の玉ねぎが無いということになる。淡路島は大切だ。

姫路の人は神戸人のふりをする。姫路はド田舎だ。神戸三宮以外わりとなんもない。

宝塚なんか松岡修造祖先が作ったような地域だ。阪急支配であるウィルキンソン炭酸水がとれるくらいしか土地的には面白みがない。


思うに、兵庫県と呼ばれる場所は、戦乱をくぐりぬけ、平和こそが大事だと悟り、大切に、尊重しあった結果、

自国摂津播磨但馬淡路丹波)の概念は残り続けたのではないか

かわりに兵庫県民という価値観は消え去った。

が、しか2020年

新型コロナウイルスCOVID-19が日本各地で流行

それに伴い、兵庫県知事は住民票に基づく兵庫県民に対して「外出を控えるように」と宣言した。

海の、山の、六甲おろしを超えた、また海の、兵庫県民たちがざわついた。

決して、交わることのない兵庫県民が、はじめて一くくりにされた。

歴史的な日に立ち会うことができて、光栄である

はばタン、空を飛ぶ。

2020-03-18

anond:20200318132459

いい加減「多様性尊重」なる理念

(ただし男は除く)との但し書きを付けてほしい

一応産まれた頃からジェンダー平等だの多様性尊重だのそういう理念に触れてきただけに現実への落胆が凄い

歩くスピードは合わせない

意味を無理矢理捻じ曲げてて笑った。

はてなーって本当に友達が少ないんだな。

普通に二人で会話して歩いてるんならどうやったって自然と同じ歩調になるわ。

相手怪我してて普段よりゆっくりなら「どうした?」って聞くわ。

障害を持ってるならなおさらだ

当たり前だろ。

わざわざ「スピードを合わせない」って書いてるのは、集団での話だろ。

例として迷惑バカ女どもを挙げるけど、あいつら横一列になりたがるだろ?

仲間うちでの序列を守ろうとして他人にも迷惑をかけるやつ。

(後ろに下がるとヒエラルキーが下だと判断されるらしい。どっちが猿山だって感じだ)

おばちゃんかいくつになっても集団で塊になりたがるし、ああいうの、死ぬほど邪魔だよな。

そういう感覚は大抵の男にはないし、やらねーよって話。

集団でいても、小グループに分かれてそれぞれ好きなペースで歩く。

多少離れようがなにも問題はない。

前を歩いてるから偉いだとか、後ろに避けたか身分が下がるだとかの下らないマウントはない。

だいたい「女同士は褒める」ってのがいいことかのように言われてるけど、実態は仲間内で褒めないとヒエラルキーが下がるから、ってただのマウント合戦だったりするからな。

やっぱり猿山だ。

そんなことしなくてもヒエラルキーは下がらないし、ちゃんと友人として尊重するってのがあのツイートの話。

必要な時は褒める。これも当然。

っていうか、みんな実はこんなことぐらいわかってるのに、触れない方がうまく立ち回れると知っててやってるのがズルイよなー。

上座の話も、当然そんな関係なんだから場所意味はない(個人的な好み)って解釈自然なのに、そこまで無理やり難癖付けなくてもな。

しか普段はそこに気をつかわされててウンザリしてるってことだろ。

何より、はてなー友達がいないだけじゃなくていい歳こいて酸っぱいぶどうまで実演する人たちだってのが、みっともないわ哀れだわで泣けたね。

男友達は雑に扱うみたいな棘が燃えますね……

個人的には、これは女サイド、というよりも、最初発言者批判してるサイドの言い分に筋が通ってないと思うんだよな。

男は、というと主語大きすぎて語弊があるけど、最初発言者の人は、どうも女には男とは違うプロトコルがあり、気を遣うことが大事とされるらしいから、男同士でいるときよりは気を遣おう、というのを前提としてきた……っていうのはさすがに読み取れるよね?

俺もそうだよ。どうも女の付き合いというのは気遣いとかそういうのが大事らしい、と薄々知ってはいるので、男の付き合いとは違ってなるべく気を遣って異文化交流しようとしていた。

で、そこに女の側から「『女扱い』してほしいんじゃない! 普通に対等な人間として扱って! 具体的には同性の友達を扱うように!」って言ってきたわけ。

とすると「え? ほんとうに同性の友達と同じように扱ったらこうなるけど?」って言うほかないじゃん? 本当にそれを望んでいるんですか? って。

そしたら「男同士には他人尊重する文化がないのか! 礼節を重んじる女同士と違ってなんて野蛮なんだ!」とお怒りになっている。

先進国民向けにお客様待遇してあげてたら「こんな侮辱的な扱いは信じられない! ちゃん自国民並に扱って!」と言われた発展途上国の人みたいなすれ違いはあるな。

え? お客様待遇やめてほしいの? ほんとに自国民並でいいのね? って確認しただけなのに怒られる発展途上国の人かわいそう。

そして問題は我々は発展途上国で満足しているのであり、むしろ先進国のようには振る舞えないし振る舞いたくもないか発展途上国サイコー! と思っていたりするということだ。

相手尊重しているし自分大事にしているからこそ、「細やかな気配りなんてするのめんどくさいし、相手もそれは同じだろうから、俺とお前のあいだでは最低限の気配りしかしないってことにしといた方がお互い楽。なんか追加で気配りしてほしいこと(疲れたから歩く速度を緩めてほしいとか、ソファ席に座りたいとか、えらいことしたから褒めてほしいとか、そういう)があったら自分から言えよ、俺も自分で言うから」って態度になるんだよな。

相手不愉快にならないようにお互い細やかに気配りしよう」とは真逆理屈だが、それでもこれは配慮ひとつの形なのだ……ということはさすがに理解してもらいたいわけだが。

それなりに配慮の上に成り立っているプロトコル一方的に野蛮だの他人尊重してないだの言われる筋合いはないだろ。多様性とかどこいったんだよ。

少なくとも日頃多様性だの何だのと言っていた女の論客のかなりの割合一方的に男のプロトコルを野蛮だのと決めつけて「あなたにはもっと友達から尊重される権利がある」とか的外れなこと言ってるのは失望しかなかったよ。

いやだから相手尊重してるから相手に余計な気遣い要求しないし自分を可愛がってるから相手に余計な気遣いをしないってだけです……俺は友達尊重してるし俺は友達から尊重されてます……

相手尊重してるから丁重に扱うし自分を可愛がってるので相手から丁重に扱われることを望む、という論理とはまるっきり逆だというだけ。これはどちらが良い悪いでもない。単に同じ前提(相手尊重したいし自分大事にしたい)から真逆結論が出てくる典型的な事例。相手尊重しなくていいとは誰も思ってない。ただ尊重のありかたが違う。

南の島で裸に腰蓑で気楽に暮らしていたらヨーロッパ人宣教師が現れて「裸に腰蓑なんて! もっと自分大事にしてスーツとかの文明的な装いをしなさい!」って言われてる気分。そりゃあんたらの国は寒いだろうからスーツが快適なんだろうけど、こっちだと蒸して暑いだけだから嫌なんだよ、裸に腰蓑がいちばん快適なんだよ、みたいな。

いやある意味宣教師よりも悪質だな。ヨーロッパ人は整った衣服を重視してると聞くからちゃんと長ズボンを穿いていったのに、「我々を侮辱しているのか? 同胞といるときと同じ装いをしろ!」と言われたので「それって裸に腰蓑で行ってもいいってこと?」と確認を取ったらなぜか怒りだした。マジで理解不能。同胞といるときと同じ服を着ろと言ったのは自分なのに裸に腰蓑姿を見て怒りだすとか何なんだよ。

こちら側に問題があるとすれば異文化理解解像度が足りなかったことか。要するに長いズボンを穿いておればいいのだなと理解していたら首に細い布を巻き上掛けを羽織必要があるとは思ってもみなかった、みたいな。それを知らずにユニクロの長袖シャツジーンズで行ったのはまあ悪かったよ。我々裸族としては、なるべく着衣族の習慣に合わせた衣服のつもりだったのだが……)

でもって、これがホンモノの宣教師なら「まあシューキョーやってる連中は頭固いか土地ごとに違う文化があるってわかんないんだね」って諦めモードにもなれるんだけど、日頃多様性とか言ってる人たちが急速に自文化age他文化sageを始めたのは絶句するほかない。びっくりするほど自文化中心主義!

こっちは少なくともあいつらは違う文化を持ってるんだなぁという程度の知識はあったのに、なんであいつらは我々がぜんぜん異なる文化の持ち主だって気づかず今頃になって驚いてんの?

「南国人にも腰蓑は嫌だからズボン穿きたいって人がいるよね」という話なら、「そうだね。スーツは窮屈だから国人みたいにラフな格好したいヨーロッパ人もいるよね」ってだけの話だから異論はないです。

「南国人と言っても色々いるだろ! 一緒にするな!」そうですね。腰蓑族である我々の村でペニスケース一丁の人を見かけたら流石にギョッとしますし、逆にお隣の村に行ったらアロハシャツを着るのは最低限だろという怒られが発生することもあるので、南国人といっても色々ですね。きっとヨーロッパ人の間でも「スーツ着るのめんどい」とか色々なグラデーションがあるんでしょうね。そこにも異論はない。

私たち文化ではスーツを着ている人が重んじられるんです」そうなんですね、ところ変われば色々な文化がありますね。多様性ですね。別にそこに文句はないですよ。そちらの文化ではそうなっているんですか、勉強になります

でも「裸に腰蓑なのはおかしい」とか「スーツもまともに着ないなんて人間として尊重されてない」とか言ってきたら「余計なお世話だうるせえよ」って言わざるを得ないってだけ。だってスーツってパリッと着こなせばかっこいいことは認めるけど暑くて窮屈で着るのめんどくさいじゃん。蒸れるし。裸に腰蓑のほうがよっぽど快適だよ。

で、下手な比喩はこれくらいにしておいて、お互いのプロトコルがこうまで真逆だと、異文化交流のやり方がわからない、っていう人が一定数出てくるのは当然だと思うんですよね。

男女共通プロトコルを新しく作りましょう、という話なら、まあ話を聞く用意はありますよ。男女双方がちょっとずつ快適さを捨てれば成り立つプロトコルってことですよね(男は他人配慮しなくともよい快適さを諦め、女は他人から配慮される快適さを諦める)。

でもどっちかのプロトコル統一なんて無理でしょう? 無理なことを要求するのやめよう?

どっちかに統一すべきだって主張するなら俺は女のプロトコルおかしいから男側に統一すべきだって言うよ? 本気で言うよ? だって雑で鈍感な人間でも気楽に生きていける社会の方がいいもの他人配慮できない人間針のむしろになる世界よりも、配慮してほしいことがあるなら口に出して言えよそうじゃねえとわかんねえんだからよ、っていう世界の方が絶対にいいよ。楽だよ。俺にとっては生きやすいよ。雑で適当な鈍感人間自分が生きやすプロトコルはこっちだよ。気遣ってほしいやつもこれで別に困らないだろ。気遣ってほしいことがあるなら言えばいいんだから

自分が客として気持ちよく過ごすために店員スマイル0円強要する社会よりも、自分労働者として快適に過ごすために無愛想な店員我慢する社会の方がどう考えても健全だろ。

今俺はすっごい女側のプロトコルを悪し様に言ってるわけだけど、このくらいは言っていいよね? 男のプロトコルにはあれだけ雑な批判を投げつけてもポリティカリーにコレクトな界隈では許されてるみたいだし、多少雑に女のプロトコルを叩いても問題ないって理解いいわけだよね?

女側が「それでも私たち配慮しあってお互いに快適な環境を維持するプロトコルの方がいい」というなら、別にそれは止めません。色んなプロトコルがあっていいよね。多様性ってやつだよ。

でもそうすると、何度も言うけど、どうしたって異文化交流のやり方がわからんとか、異文化の人たちが理解不能でこわい、みたいな人たちは一定数出てくるわけ。これは双方にね(もちろん、自文化が嫌だ、あっちの文化が羨ましい、みたいな人も双方に出てくる)。

そこは受け入れよう? 「人間扱いすればいいだけ」みたいな思考停止はやめよう? 「同性と同じように扱ってほしいだけ」がトンチキな要求だって自覚しよう?

友達の前でスーツ着てネクタイ締めてナイフフォークフレンチ食うのが「対等で親密な付き合い」の文化圏と、友達と一緒に裸に腰蓑の格好して手掴みで肉食うのが「対等で親密な付き合い」の文化圏があって、お互いに価値基準がぜんぜん違ってるときに、「人間扱い」なんて言われたってわかるわけないじゃないですか

スーツ民と会うためにわざわざジーンズ穿いてきた腰蓑民に「そんな格好で来るなんて我々を侮辱しているのか! 同胞と過ごすときのような格好をしろ!」って言うのがめちゃくちゃトンチンカンなのはわかるよね? むしろ異文化尊重しようとしているのは腰蓑民の方じゃん?(失敗してるけど……)

共通プロトコル統一しよう、我々も手掴みで肉を食うことにする、というならまあ上半身に服を着るのもやぶさかではないけど、自分たちはスーツナイフフレンチも捨てないけどお前らは腰蓑も手掴みも捨ててスーツを着ろ、それが「人間扱い」だ、なんて馬鹿理屈がありますか。異文化蔑視自文化中心主義にもほどがある。相手を対等な人間と見做してないのはお前らの側だろ……

自分たちの快適なプロトコルを維持したいなら「人間扱い」なんてフレーズ他者には通じないことを理解してください。「人間扱い」に共通見解見出したいなら自分たちのプロトコルを(快適さを多少犠牲にしてでも)変える覚悟を持ってください。

異文化交流はどうしたって理解不能で不愉快ものなわけです。私も何年間か外国に住んで、現地人の友達や親しい人はたくさんできたけど、それでもやっぱりあの雰囲気には違和感がある、ていうか現地人の距離感おかしくね、みたいな感覚は残って、そこが残るってのは結局どれだけ言葉やら習慣やらを勉強したって人類共通プロトコルなんて成立させるのはめちゃくちゃ困難だということじゃないですか。

私が行きたくて行き住みたくて住んだ国でも「やっぱりあいつらの文化にはどうも馴染めないところがある……」となるんだからたまたま同じ社会で隣り合って生きてるだけの人たちがお互いの文化をちっとも理解できないのは仕方ないですよ。だって別に住みたくて同じ社会に住んでるんじゃなくてたまたま隣人として生まれついただけだもの

まあその文化に馴染めないってのはお互いに仕方ないとして、異文化がそこにあることを認識しそういうものなのだ尊重する、が結局のところ第一歩なんじゃないかなぁと思いますね。

異性の文化を野蛮だの尊厳がないだのと侮蔑し「人間扱いしろ」なんて思考停止ワードをわめいてる内はそもそもスタートラインにも立ててないというか、ポリティカル・コレクトネスって知ってる? 多様性尊重について考えてみよう! みたいな啓発講座を受講してから議論に参入してほしいとしか言いようがないですけど……

ていうかこれアレだよな、研究テーマにいちいち口出してきて自由テーマ設定はさせないけど親身に進捗状況を尋ねてくれたり執筆を手助けしてくれたりする教授と、自由研究テーマを選ばせてくれるけど基本放置(会いたいと言えば時間作ってはくれるし指導してくれと言えば論文添削はしてくれるんだが自分からはやらない)な教授とどっちがいいかという話だよな……ウッ頭が……

ちゃぶ台返しすると、そら社会に出て社会人として、つまり同僚やら何やらとして知り合った相手にいきなり「仲良しの男同士のコミュニケーション」は適用しないですよ。そういう男のホモソは親しい間柄に限り、仕事上の付き合いしかない男や女には適用せず、一般社会でそれなりに丁寧な無難な扱いをしておく。それは女も同じでしょ? ただの職場の同僚にそんな細やかな察してコミュニケーション満載の女のホモソは適用しないじゃん? だからまあそれなりの相手には男女双方のホモから離れた中立的な取り扱いをしておけばよろしいのでは……それを「人間扱い」と呼ぶのは友達人間だと思っていないことになるのでまったく賛同しないけれども……)

女が考えてる何億倍もおっぱい大事と思ってるし、「ついでに」持ち主も尊重してるってことは覚えておくといいぞ。

から大きさだけじゃないってこともしつこくいってるんだぞ。

2020-03-17

過ごしたかった日々を過ごせなかったらどうすれば。

楽しく、友人が多い学生時代を過ごしたかった。

楽しくバイト部活動に打ち込んで、たくさん恋したかった。

同窓会なんか開いてお互いを尊重し合う、そんな人間関係を構築したかった。

今、都内SEやっている30代。

人間関係でつまづいて昇進が絶望的と思われる状態に陥っている。

人間関係を構築できず、色々な部署たらい回しにされて...

人間関係でつまづいたのは学生時代から

自分が原因である。原因であるが、やはり精神科医に行った方が良かったのであろうか。

2020-03-16

もし世の男たちが友達と同じように女と接したら


これ友達同士なら男女関わらずそれでいいよね。

だって完全友達と思ってる男にこんな事されたら逆に下心あんのかと思って引くわ。

お前が一方的にその子片思いしててその子を落としたいならこれらの事はやってもいいよね。


そうじゃなきゃ

お前に一方的片思いしてる。

恋仲になりたい。

でもお前に合わせたくはない。

上座は俺が座る。

歩くのおせーんだよ。

って事じゃん。頭おかしいじゃん。

というか、ちゃんと中身をお互い理解して尊重しあえるパートナーなら多分初めから鳥貴族なんだよね。



そうじゃなくて見た目とかで一方的片思いするからイタリアンを予約してあげないといけなくなる。


あれやん女をモノとしか見てないやつやん

こういう奴がレディースデー女尊男卑かいうんやろーなー

anond:20200316105330

👆コミュ障にはコミュ強はこう見えてるんだよな 「えっあんな風にペット扱いされるのが『人として尊重されている』ことになるの? どうして?」って感じる

anond:20200316113552

いがみ合ってる奴は自然淘汰されていくさ。

互いに尊重できる相手に会えた奴だけが子孫を残していく。

本能のままに繁殖していくDQN例外だけどな。

他人を気軽に馬鹿にしたり、相手を一人の人間として尊重せず、マウントを取り合うような仕草を取り上げて、それを「男なら当たり前」と言うこと、誰も幸せにしないからやめようぜ、という話。

anond:20200316102852

これなんだよなあ。女性は結局「お姫様扱い」してあげるのが「正解」。なぜならそれが「普通」だと思っているか

2020-03-14

anond:20200314191731

人間的魅力ゼロだけど仕事だけすごくできるみたいなやつが尊敬される時代ってとっくに終わってねえ?

そういうやつが(便利に使われるのではなく)人間的に尊重されるんだったら専門知だの技術だのの価値がここまで暴落してねえと思うが

anond:20200314190557

相互理解」や「個性尊重」のライン女性に寄ってるからね。

男性固有の苦しみなんて認められないよ。

anond:20200313202224

弱者に優しくっていう割に攻撃的な思想の人にはメチャクチャ厳しいのってちょっとどうかと思う そういう人だって一種弱者だと俺は思うけどな

ま〜だそんなこと言ってんの?

ポリコレで謳われてる

多様性」「個性尊重

の輪に男は入れないの

男が女を尊重するのはポリコレに適ってて、女に男を尊重するのを強いるのはミソジニー女性差別なの

いい加減ブコメみて気づきなよ

男児の母になるつらさめっちゃわかる

うちの子かわいい

けど、だからこそこれ、すっごいわかる。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1480675

男の人から嫌な思い散々させられてきてるから、大きくなったときそういう男にならないかって恐怖心はめちゃくちゃある。

かといって去勢されたような男に魅力が無いのも現実で。

どっちにしろ子供自分とは別人、一人の人間として尊重しないといけないって思ってるけど。

そんな中だと残念なことだと思うけど、

https://twitter.com/eitaro009/status/1092540425271799809

が一番正解にちかいんだろーな。

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