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2023-06-01

反日利権クズが逃げるぞ】キボタネ理事を逃がすな

全員業界永久追補

一年に一度死ぬまで謝罪文新聞掲載

全ての学位資格剥奪

当然でしょう。

厳罰必要

慰安婦をさんざん食い物にしてきた。

https://www.kibotane.org/our-mission

希望のたね基金 キボタネ私たちが関わっています

代表理事 梁澄子 (やんちんじゃ)

被害者がいる問題だったんですね」

在日朝鮮人慰安婦サバイバー・宋神道さんの裁判過程をまとめたドキュメンタリー『オレの心は負けてない』を見て、ある学生がつぶやいた言葉です。日本軍慰安婦問題日韓外交課題として浮上した後で「慰安婦問題を知った世代には、この問題日韓の摩擦問題としてしか見えていないのだということを、気付かせてくれた言葉でした。サバイバーたちの四半世紀にわたる闘いが、「慰安婦問題外交課題にまで押し上げたのだという事実が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。宋神道さんをはじめとする日本軍慰安婦サバイバーたちの闘いを目撃してきた者として、被害事実と共に、その闘いと、それが獲得したものについて、伝えていかなければならない責任を感じています

韓国日本軍慰安婦サバイバー・金福童さんは、日韓合意の最大の問題点は「歴史を売ったことだ」と言いました。「慰安婦問題歴史なんだ。歴史お金で売ってはいけないものなんだよ」と。

戦時暴力被害者が名乗り出て、加害国の責任を問うて国際世論に訴えるという、人類史上初の試みをおこなった女性たちは、二度と同じことが繰り返されない平和世界をつくらなければならないと、自らの存在をかけて訴え続けました。その姿が、他の戦時暴力被害者たちに勇気を与えたこと、世界人権専門家たちの心を動かして重大人侵害被害者被害回復に関する国際基準を打ち立てる上で大きく貢献したこと、闘いの過程で自らが変わり周囲の人々を変えていったことも、私たち記憶し、伝えていかなければならない歴史です。その歴史が見落とされ、あるいは歪曲されたまま、「解決」や「和解」を唱えても、「解決」と「和解」を手に入れることはできません。

日本軍慰安婦問題私たちに多くのことを気付かせ、学ばせてくれた問題でした。その気づきや学びを、さらに多くの人々、多くの若者に伝えていくことで、「慰安婦問題は「終わらせる」べき問題ではなく、平和未来を拓く礎となる問題であることを伝えたいと思います

日本軍慰安婦問題解決全国行動共同代表 1990年から日本軍慰安婦問題に関わる。1993年提訴在日朝鮮人慰安婦被害者神道さんの裁判支援をおこない、2007年ドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』製作現在韓国ソウル戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会代表、「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」共同代表通訳翻訳語学講師。 "

顧問 川田文子 (かわだふみこ)

じっくり実らせよう、一粒の種 旧日本兵によれば、司令部大隊本部の側には慰安所を設置した。本部を守る配置の200名規模の各中隊には慰安所の「慰安婦」が巡回した。最前線小隊には慰安所も「慰安婦」の巡回もない。それで、女性拉致し順繰りに犯し、「合意」と見せかけるため金を握らせた。真摯反省も再発防止策も示さず日本政府が締結した「日韓合意」は70年以上前最前線兵士が編み出した犯罪隠蔽のため金を被害者に握らせた手法と同質だ。

日本政府は「日韓合意」の一条件とした平和少女像撤去にこだわる。韓国若者は厳寒のソウル日本大使館前にテントを張り、夜中も少女像を守った。釜山総領事館近くの少女像若者資金を集めて設置した。日本若い世代韓国の同世代交流し確固とした非侵略平和を築く、そんな一粒の種になることを応援したい。

ノンフィクション作家在日慰安婦裁判を支える会、戦争と女性の人権博物館日本委員会所属日本の戦争責任資料センター共同代表沖縄に残された裴奉奇さんの半生を記録した『赤瓦の家――朝鮮から来た従軍慰安婦』(1987年)をはじめ、在日日本インドネシア中国など日本軍慰安婦」・性暴力を受けた当事者人生を記録。

ノンフィクション作家失格

顧問 角田由紀子 (つのゆきこ)

私たち社会が「希望」という言葉を見失ってどのくらい経つのだろうか。希望喪失度(という言い方があるとすれば)は、安倍内閣になってから急速に進んでいる。私たち絶望感と閉塞感に苛まされてきた。そこへ「希望のたね基金である。私はすっかり忘れていた言葉に再会して、ひそかに心躍らせている。この基金が、若者たちをターゲットにしていることが、とりわけ嬉しい。日本軍慰安婦」とはなんであったのか、なんであるのかを若者たちが理解するときが来ることで、日本韓国関係は大きく変わるだろうし、それは必ずや日本若者たちに生きるに値する未来をもたらすのではないかと、期待が膨らむ。自分の国の歴史を学んでこなかった日本人にとっては、若者だけでなく、新しい時代に生きる手がかりになるはずだ。

弁護士 2017年5月1日現在 1975年弁護士登録。以後、東京弁護士会及び日本弁護士連合会の両性の平等委員会委員を、2001年4月よりはNPO法人女性安全健康のための支援教育センター」の代表理事をそれぞれ務めている。2004年4月より2013年3月まで、明治大学法科大学院教授。第2東京弁護士会所属。主な著書に「性と法律2013年岩波新書など。 "

理事 庵逧由香 (あんざこゆか)

国境を越えて人と人とが直接出会い、直接交流することは、国際関係で最も楽しく、最も核心的な要素だと思います友達が一人でもできれば、自然相手国や相手地域に対する関心が生まれてきます日本韓国大衆文化根付き始めたている現在、関心を持ち始めた若い方々に、一人でも多く朝鮮半島の友達出会う機会が提供できればという願いを込めて、希望のたね基金事業におおいに期待しています

立命館大学文学部教授 / 強制動員真相究明ネットワーク共同代表 専攻は朝鮮近現代史日韓関係史。主要論著に、「朝鮮における総動員体制構造」『岩波講座東アジア現代通史 第6巻』岩波書店、2011年1月(共著)、庵逧由香「植民地朝鮮史像をめぐって-韓国の新しい研究動向-」『歴史研究』No.868、2010年7月、などがある。

大学からクビにするのは当然でしょう

理事 北原みのり(きたはら

91年に金学順さんが声をあげたとき、私は大学生だった。当事者が声をあげた以上、解決しないわけにいかない、すぐにきっと解決できるはず。そう楽観的に信じていた四半世紀前の私に言ってあげたい。「甘すぎるよ」と。「慰安婦問題は、この国のアキレス腱だ。国は力尽くで、この問題を忘れさせようとしてきた。「そうはさせない」と、急所に正面から切り込んでいった当事者支援者の運動は、どれほど過酷だったことだろう。性暴力被害者が声をあげれば叩かれ、なかったことにされるのは、今も同じだ。だからこそ私は、この運動に関わりたいと思う。女性たちの無念を記憶するために。次世代に声と記憶をつないでいきたい。

作家 1996年フェミニズム視点女性向けセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を立ち上げる。フェミニズムジェンダーに関する著書多数。「アンアンセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)「毒婦。」(朝日新聞出版)「奥様は愛国」(朴順梨との共著著、河出書房新社)「性と国家」(佐藤優との対談、河出書房新社)他。

理事 山口智美(やまぐちともみ)

慰安婦問題は昔起きたことだから自分とは無関係」「国家間の問題だし、日韓合意解決済み」。そんな声をよく聞きます日本メディアネットでは「慰安婦問題否定論が溢れ、日本政府が歴史否定忘却を後押しさえしています。でも、「慰安婦問題を真に解決し、二度と戦時暴力被害を起こさないためには、「慰安婦問題事実サバイバーの声、そして支援運動歴史について学び、記憶し、それを継承していくことこそが重要なはずです。「希望のたね基金」の取り組みを通じて日本若者たちが学んだ成果は、私が住むアメリカなど、世界若者にも影響を与えていくことでしょう。皆でこの基金を育てていきましょう。

モンタナ州立大学准教授 文化人類学フェミニズム 日本社会運動特にフェミニズム右派運動調査を進める中で「慰安婦問題にも取り組む。共著に『社会運動の戸惑い—フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(共勁草書房)、『海を渡る「慰安婦問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)ほか。

セクハラにの定義を歪めて水着までセクハラにしたインチキババア

理事 柴洋子(しばようこ)

1990年から慰安婦問題過去のページに閉ざされた歴史の一つではなくなりました。さら金学順さんが名乗り出たことを機に多くの被害女性が名乗り出、日本政府に対して謝罪と賠償を求めました。私たち彼女たちの勇気に支えられて、それぞれ各国の裁判支援を始めました。私は縁があって台湾被害女性たちと裁判を通して交流してきました。そして30年近くが過ぎ去った今、台湾被害女性たちは亡くなり、現在お元気な阿媽は2人です。台湾では2016年AMA Museumを開館し、阿媽たちの歩んできた道を記憶し、記録するようになりました。韓国は「慰安婦問題解決運動先駆者です。ハルモニたちの声は国境を越え、現代紛争下で性暴力被害を受けた女性たちにも勇気を与えています日本にいる私たちも各国の被害女性たちの声を記録し、若い世代に伝えていく努力必要です。しかし、どうやって? そういうときに「希望のたね基金」の活動は、まさしく私たち希望となるものだという確信に至りました。私自身は模索しながらの参加になりますが、希望の道へ連なることができることを嬉しく思っています

台湾の元「慰安婦裁判支援する会

慰安婦利権そのもにの

理事 方清子

1990年から始まった日本軍慰安婦問題解決運動が30年目を迎えようとする今なお、被害者が望む解決はなされず、その間に多くの被害者が亡くなられました。日本政府は歴史事実をなかったことにしたいという欲望を隠そうともせず、「日韓合意」で終わった問題公言して憚りません。忘れさせようとする権力に対し、サバイバー生き方に学び、記憶することは抵抗であり、未来への一歩です。誰一人その生を再び踏みにじられることのない、性暴力人権侵害を許さな社会の実現を共にめざします。「希望のたね基金」の取り組みを通じて次世代へとバトンをつなげ、あるべき社会未来像を形にする一助になりたいと願っています

日本軍慰安婦問題関西ネットワーク共同代表

原因は尹美香

理事 大森典子

映画「主戦場」で日本若者がみな「慰安婦問題は知らない,と言っている事に衝撃を受けました。しかし1991年に初めて金学順さんが名乗り出てすでに30年近く経っていることを考えると当時生々しい感動を受けた世代記憶形骸化しています。ましてや直接被害事実を聞いた事のない世代はこの言葉を知っていても被害者苦痛自分の事として想像するのは大変です。「希望のたね」の活動が,こうした問題に正面から取り組んで下さっていることに敬意を表しつつ,これに参加できることを幸せな事と思っています

弁護士

理事 加藤圭木(かとうけいき)

日本軍慰安婦」制度や日本植民地支配・侵略戦争は、数え切れない人びとの人権尊厳を踏みにじった国家犯罪です。これらに対する批判認識確立し、真に人権尊重される社会をつくりだしていくことは今を生きる私たち課題です。マスメディアインターネット上では、日本軍慰安婦問題に対するデマや、朝鮮半島をはじめとしたアジア諸国に対する不正確な情報が溢れています。こうした中で、若い世代なかには「何が本当のことかわからない」と感じる人も多いでしょう。キボタネを通じて、歴史真実を学び、東アジアの人びとと交流を深めていくことは、大きな力となっていくはずです。ともに学ぶ仲間の輪を拡げていきましょう。

一橋大学大学社会研究准教授

監事 太田啓子(おおたけいこ)

私は、戦時暴力は、戦時という特殊な状況下で起きる特殊態様のものだと以前は思っていた。しかし、戦時特有事情もあるにせよ、本質においては、どうもこの社会日常的に起きている性暴力と地続きのものであるということを、日本軍慰安婦」だった女性達の言葉と、それに対して向けられる偏見罵詈雑言に接して、感じるようになった。

逃げられない権力構造下で起きた凄絶な被害がどういうものだったのかを直視することは、この社会から暴力を無くすために何が必要かという本質的な問いのために避けられないだろう。必死な性暴力告発の声を「あなた合意していたのに今更何を言うのか」と押し潰す暴力性の背後にあるものはなんなのか見極め、それと闘いたい。これが、不勉強と微力を承知理事就任の打診をお引き受けした理由である

弁護士 明日自由を守る若手弁護士の会(「あすわか」メンバー)。「怒れる女子会」呼びかけ人。取扱分野は離婚等の家事事件一般民事事件等。性暴力

 
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