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2019-03-24

情報処理試験試験監督バイトについて

以前、試験終了後に試験監督の人に聞いてみたことがあったが、紹介で知りました、ぐらいのことしか教えてくれなかった。

全国で試験やると結構な人数必要だと思うけどあれ全部コネなの?

公立学校講師不足らしいが月収60万貰えても二度と働かない

中学校理科教師講師)をしていた。子どもは好きだし教える事も嫌いじゃない。教師は意義のある仕事だし頑張ってる先生も多い。

だけど、何が一番嫌だったかと言うと『公権力への忖度』なんだよな。おれの勤めてた学校では『社会科』『国語科』『音楽家』の先生が優秀だった。

あるとき1人の社会科先生業務効率化の提案をしたのだけど、管理職のせいで全く受け入れられなかった。

教頭校長も『体育科』上がりのワンマンで、頭も悪くてクズ教育委員会人間も似たような感じだった。本当に保守的であれじゃあ何も変わらない。

そんなクズ忖度し続ける人生は嫌なので、教員採用試験受験するのを辞めて、都内外資系IT企業転職した。

転職してから4年、今は教員給料も遥かに超えているし、教員に比べて業務量も少ない。年収で言うと800万円くらい。

とはいえ金に困ってる訳でもないし、教育は意義のある仕事。たとえ給料が安かろうが「働いてもいい」という気持ちになる事もある。もともと教育が好きなのかもしれん。

だけど、それにしても講師給料は安すぎだし(月収30万ちょいで頭打ち)、何より保守的な上に忖度を求められるから気持ち悪くてやってられない。

あれじゃあ教師という仕事に魅力を感じている若者も、講師でさえもしなくなると思うよ。

学校少子化にも関わらず教師不足で、その原因は体力的にも精神的にもキツイからだと思ってる。教員は「全ての業務アナログ過ぎる」ので、業務量も非常に多い。

毎日部活動出血確認、配布物、行事などは効率化できる部分は多くある。

たとえば、部活動外注すればいいし、出血確認オンライン自動で行う。配布物は全デジタルにすれば良いし、行事運動会体育祭)なども手軽にできる簡素ものにする。

精神的な部分はモンスターペアレンツに対しては、モンスターティーチャーになって対応。親に細かい事はギャアギャア言わないようにする。教育委員会教師そ守るバックアップをする。

※但し「いじめ」等の隠蔽体質絶対ダメ

そんな風にして極限まで教師負担を減らせるように環境セットアップ

これなら俺も「また教職に戻ってもいいかな」なんて検討できる。まあ何処の自治体であれ、こんな改革できるところなんてないだろうが。

変なコダワリを捨てて抜本的ば改革をしないと、日本教育は終わってしまうぞ!

浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

2019-03-23

お前の法律論には何の魅力も無い

 昭和30年代

 六法全書学者官僚が書いただけ

 最終的に決めるのは東大法学部卒の裁判官事務次官階級が上の者

 全国の我こそはというもの東大法学部から司法試験国家試験を目指し、試験にも内容があり、若い少年がこういうところに

 殺到した真夏があった

 そのとき支配欲ムンムンだったし商業も俗悪な感じで活気があったし、司法行政界隈は、青くも、ドエロだったし、一億人

心をわしづかみにして大流行した

  その頃の内容あふれる行政司法界隈からすると、今の霞ヶ関行政官庁、裁判所は最悪だな

  内容とかいう話ではない

  カスの果て

公務員になりたい←なれよ

あの程度の試験からない癖に世の中に文句言うのはおかしいだろ

理系だったら倍率めっちゃ低いしさ

2019-03-22

教員採用試験ってどうなってんの?

教員の適性検査ってどうなってんの?不適正な人を見つけられない仕組みなの?

身近にいる教員は、読み手のことを考慮しない、わかりにくい文章を書く。

本人に聞いたら、読み手のことを全く考えていなかった、という。

お知らせの文面がわかりにくい、と保護者からクレームが来ても改めようとしなかった。

従順そうに見えてかなり独善的性格と思った。

‪人の気持ちを考えることができない人が教員やってんのか…と思ってゾッとしている。

他人立場物事を考えることができる人材、を教員採用試験の適性検査面接判断できないのかなあ。

anond:20190322203533

匿名掲示板で部下がいるつもりごっことはご苦労さまだな、

敗北宣言なんてのも2chでならったのかね?

さすがクズクズ語彙ばっかり豊富だな

就職試験でお祈りされてから気づけよwww

2019-03-21

anond:20190321215010

元増田です。まずは質問ありがとうございます

口腔内による攪拌ならびに唾液混合により、速やかに理想的強度は損なわれると考えております

食事の際には、内部に存在する毛髪は外部表面へと露出されることは想像に難くありません。

その際、表面積の増加による毛髪の吸湿がタネ状態よりも生じやすくなることから強度の喪失観測されると予測されます

こちらに関してはin vitroにて口腔内を再現した撹拌機併用試験を行っておりまして、有意ハンバーグの強度低下、ならびに分解が見られました。

in vivoでの試験被験者が見つからないため未だ実施できておりませんが、同様の結果が得られるものと我々は推測しております

加えて実際の口腔内では舌による毛髪の掘削が期待されるために、より迅速な分解が起こるものと考えております


やはりハンバーグ食事により嚥下消化されるものですから、口腔内での「理想強度」とは速やかに分解できるものだと認識しております

2019-03-20

anond:20190320174937

あと、試験終わるまでネットは見ないように

ネット試験より大事ものじゃない

試験直前期

直前模試を受けたら自分が思ってる以上に出来が悪かった。

そんなわけであれもしなきゃこれもしなきゃとなって、一周まわって勉強に手がつかなくなってしまった。

誰か助けてください。

2019-03-19

anond:20190319174832

ただの最低最悪俗悪クソガキ性欲男がいるだけのこの島で、修練を積み、難関試験突破した時点で凄い。

そして、昭和時代に、そういう幼稚な男を叩き直すことが出来ず、昭和男という一時代形成したのは東京大学文科1類以外の者であり、

当時から、その選考基準は厳格で本物の人間しか合格させなかった。

事実として、人生において、東大文科1類に合格した者は、偉い。

その辺のクズ性欲猿男とは違う。性欲に支配されず、女を犠牲にした上で批判を続けるクソ男とは土壌が違うのだ。

anond:20190318160348

資格要件無しでペーパーでOKの難易度高めの資格とったほうがよくね?

弁護士予備試験とか公認会計士とか。

anond:20190319153621

講談社ノベルスオタク俺様から何冊か


・『パズル崩壊 WHODUNIT SURVIVAL 1992‐95』法月綸太郎

倫理リアリティも何もない、ただミステリーのためだけのミステリー

いかに謎の残る殺し方をさせるか」「それをどう解かせるか」だけに重点を置いた短編


・『19ボックス清涼院流水

「4つの短編を順番を変えて読めば驚きが」という触れ込みの短編集。

ぶっちゃけどの順番で読んでもそこまで変わらないが、4本のうち3本はとても面白い

作者の小説にしては駄洒落は少なめで、初心者向き。


・『クビシメロマンチスト西尾維新

今を時めくラノベ作家西尾維新デビューシリーズ2作目。

京都舞台異能バトル少なめですごく初心者向き。

無駄に凝ったセリフ回し」という作者本来の魅力を堪能できる一冊。

一作目未読でも一切問題なし。

・『邪馬台洞の研究田中啓文

駄洒落民俗学駄洒落

田中啓文という男から駄洒落をとったら何も残らない。

・『試験に出るパズル高田崇史

一切人の死なない日常系ほのぼのミステリ

大体結構しょうもないことを扱ってる。

合間合間に挟まれパズル結構難しい。レポート用紙七枚使えば解ける。


とりあえず、一旦はこんなもんか。

2019-03-17

リコールしなきゃいけないような製品、案外あるなという気づき

既存製品信頼性試験結果の詳細とかを最近見る機会が多いんだけど、試験条件をミスってるとか、そもそもfailしているのにOK判定している報告書とかが割とある

この製品の欠陥で直接人は死なないけど、間接的に殺すのでいつか炎上しそう

日本面接が非効率的なのはまともな面接の機会がほとんどないか

以下の記事が目に入ったので。

https://toyokeizai.net/articles/-/270361

そもそも日本面接でまともに一人の技量を測る面接なんてたいして存在しない。

新卒採用は篩にかけるようなおおざっぱな「就活」で個人技量なんか測る気がさらさらないし

中途についても大半は派遣なのでそもそも面接」も「試験」も違法からできない。

面接をする側に面接技量を積む場が提供されてない。

じゃあ業務としてそういう訓練をやってるかというと、労働力が減っていく昨今そんな暇無いわけで

訓練もままならない。

どこで面接技術を磨くんだろうね?

猫背のかりあげゴルゴ氏の話

はじめに

治験の、それも希少疾患の薬剤のアレンジをしています。薬が世に出るまでには、10年15年といった長い年月と、信じられないくらいの巨額の投機投資フェーズ1、2、3、4くらいの段階的試験分析必要です。私はその主にフェーズ3の、グローバル治験全般物流アレンジしています今日は(次があるのかどうかわかりませんが)その「ラスト1マイル」の話。

ドイツスイスアメリカイギリスなどの諸国製薬会社から薬剤が成田に着きます。その薬剤はいったん専門業者倉庫に収められ、盲検が施され、厳格な温度管理がなされて、病院治験者が整った段階で、どんぴしゃりのタイミング病院の薬剤部に運び込まれます

知られざるラスト1マイルのこと

温度逸脱が最大の敵のひとつで、もちろん専用の保冷箱に温度計が同梱されて運ばれるわけですが、薬は極力、物流倉庫で、あるいは薬剤部の倉庫で落ち着いて眠っている時間が長いほうがいい。したがって、物流/配送時間を最小化する課題が生まれてきます。たとえば、3月14日14:00さいたま大学病院配送なら、都内倉庫から逆算して、12:30ぎりぎりまで薬を取り出さず、保冷箱に移し替えるまでの間、外気にふれる時間を極力短くして、デジタル温度計を起動し、あらかじめ用意した書類を同梱、封緘して、その時間に来るように手配したドライバーに保冷箱を手渡し、ドライバーは13:45に病院業者ヤードに駐車、13:50に薬剤部の担当の方に電話をかけ、携帯の電源を切り、13:55に薬剤部のゲート前に到着し、13:58に窓口を軽くノックする。13:59に担当の方が現れ、後述の合言葉を唱え、14:00に「開封させていただきます」の声とともにカッターナイフを取り出し、テープを切り、箱を開け、書類と薬剤を手交。署名を得たら「ありがとうございます回れ右して退出。

この間、ドライバーイコール配送担当者)は、黒子に徹しなくてはならない。無駄発声は一切禁止。どの製薬会社の何の疾患のどの薬剤でということも原則、口にしてはならない。盲検性に触れるおそれが必ずしもゼロではないからです。前に「○○(物流会社名)の△△です。XXさん(製薬会社)のPP(疾患名)のMM(薬剤名)、あ、今回はプラセボ偽薬)ですね。お届けにまいりました」と滑舌よくいい放って数百万円の損害を出して即日クビになった伝説の猛者がいました。

「14:00の○○(手交管理番号)の件です」「はい。どうぞお入り下さい」。あるべき情報交換は、本来これだけ。服装も、リクルートスーツは基本中の基本、声の抑揚は「お通夜の司会のつもりで」なんてことを教育される世界であります

同行させていただきました

今回、同行させていただいたドライバーさんとは、13:45に業者ヤードで待ち合わせをしました。13:35に僕が先に着いた。まだだれもいない。13:40にもいない。13:41、スマホを取り出して(ついうっかり)「黄金サクラ」で検索する。師匠しかサクラ絡みで何か面白いことをつぶやいていたはずだ。黄金頭さんの中毒性のある筆致にすこしネットに夢中になる。13:45イタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! どこから姿を現したのかわからない。左側、3歩ほど離れたところに、薬剤を両手で抱え、植田まさしかりあげクンを地味にしたような30代半ばと思われる地味なメガネ氏、中肉中背のリクルートスーツが場に溶け込んでいる。僕のほうを見ない。顎を引き、猫背気味、心もち遠くを見るようにして、肩の力が抜けている。「(只者ではない…)」歩を寄せ、「13:45お約束の…」「はい。では、行きましょうか。その前に電話を入れます」。(僕だという確認もしない。わかるのだろう。)

かりあげ氏、そこから先は前述の時刻進行通り。なのですが、特筆しようと思ったのは構内を歩く挙措無駄のなさ。トラックヤード上りから、どの角をどこで曲がり、どこに目配せをすればいいか、足が覚えている感じ。とりわけ、通路交差点手前では必ず気持ち歩速を緩め、ひと呼吸立ち止まり、左右確認をして会釈をしてから再び歩みを進める。「万一、薬剤を落としては元も子もありませんから」「会釈をして歩く業者を見て気分を損ねる先生看護師の方はいないと思うんです」。5分前に薬剤部ゲート前に到着してから直立不動(肩の力は抜けている)で、1分ごとに腕時計時間を確かめる。

もちろん

もちろん、何かしら、間違っていると思いますリクルートスーツとかね。そもそも、みんな忙しすぎる(´;ω;`) こんな配送日時指定、調整に血眼になるのは日本治験だけだとよくグローバル親分からは聞かされ、嘆かれる。批判も、しようと思えばできる。でも、しない。当面、しないことにした。代わりに、待遇を上げたい。物流ラスト1マイルはどうしても、C向けでもB向けでも、多層の中間搾取の残りの霞をかつかつで食べさせて、その割に重いプロトコル(お作法)を押し付ける傾向があります特にB向けで専門性の高い、今回記したような薬剤配送世界はその傾向が強いと感じます

ありがとうございました

帰りに「ありがとうございます。お見事でした。どうしてこの業界/仕事に?」と尋ねたら「10年ほど前に弟が珍しい型の白血病にかかりまして。幸い治ったのですが…いえ、余計な話を。申し訳ありません」とかりあげ氏。「すごいプロがいる」と聞いて、今回、普段管理側にいる私も、それだけではだめだ、現場をこの目で見ないことにはと思って、スケジュールをやりくりして同行させていただきました。さわやかな気分で病院を出、途中の川沿いの桜に、すべて実薬で治験の行われる日を願いつつ、帰途についた次第です。ありがとうございました。

2019-03-16

日本国籍を捨ててGAFA国民になって3年が経った

関東圏や沖縄での日本から離脱運動が起こって久しい今日このごろ、私がGAFA国民になってはや3年が経った。日本国籍を離脱してGAFA国民になり、東京州へと越境できるようになったことは望外の幸せである

3年住んだことによって妻や子以外に両親へのvisaの発給が許可され、テロに怯えることな家族そろって平穏無事に生活できるようになった。

昨今、EUアフリカ中東中南米だけでなく、日本も含めた東アジア地域で大きな紛争が起きており、いたるところでナショナリズムの風が吹き荒れている。良資源が多くあるほとんどの地域GAFAが持つ租借地となっており、残った資源他国で分け合うような熾烈な争いが続いている。GAFA国内でも「人道的な援助を」という声があがっているが、ほとんどの国は経済搾取文化侵略だと反発しており、あまり活用できていないことが多い。

GAFA国は、世界中にその領土を持つ、超巨大な、民主政治体制技術主義国家である。昔は企業という形で存在していたが、世界中で起きる反知性主義運動紛争、そして度重なる課税によって独立の動きが出始め、ついにその傘下となる企業パートナー企業をも巻き込んで独立運動が勃発した。エイプリールフール最初活動が始まったために最初はみなおもしろジョークだと笑っていたが、いざ運動が始まるとインターネットGAFA以外で遮断され、電子戦が始まった。ありとあらゆる戦略兵器コントロール不能になり、電波ジャックされ、情報網はズタズタに分断された。そして、さしたる日数もかから戦争終結した。噂によるとGAFAが動員した人数はわずか50人という話だが、さすがにそれは眉唾ものの話だと思っている。

侵略中、一部反乱は起きたが、基本的には滞りなく瞬く間に征服され、主に無人ドローンB-100・非殺傷ターミネーターT-1000と呼ばれる兵器により小さな暴動もそのほとんどが鎮圧された。日本ではかなり早い段階でGAFA降伏をしたためそこまで大きな被害はなかった。そして関東圏のほとんどがGAFA直轄統治地域として指定され、その他の地域日本自治国という扱いを受けている。関東圏や沖縄以外にも有名なところではアメリカカナダグリーンランドイギリスオーストラリアフィリピンブラジルケニアナイジェリアバングラデシュ南アフリカロシアの一部の地域GAFA国へと併合された。ちなみに旧政令指定都市GAFAとの取引を行う衛星都市として日本自治国内でもかなり栄えている。

日本自治国の国民GAFA国へ入国するにはvisa必要となる。まずGAFA提供する初級英語試験合格しなければ入国することすらできない。犯罪歴があるのはもってのほかである。ただし子供は年齢に応じて障壁が下げられており、思想問題がなければまず入国でき、定住することも可能であるしか保護者許可必要で、なおかつ保護者入国できない。これはGAFA国内でもたびたび問題として取り上げられている)

入国だけですらこのありさまなので、能力に応じてGAFAへの立ち入りが許可されたりされなかったりすることを揶揄してGAFAを「能力差別国家」と呼ぶこともある。 日本では人を能力によって差別することは違法となっている(罰則はない)

GAFAへの定住査証を入手する手段はかなり限られている。というのも、GAFA側は人道支援として教育を受けることができる手段提供しているが、そうした手段がその国家エリートまでに抑えられており、一般的な家庭の人がGAFAに関する情報を手に入れることは難しい。GAFAの直轄統治地域も年々増えているとはいえ、より重要核兵器対策の方に手をとられ、なかなか他国の内政にまで目がいかないのが実情だ。

日本自治国内では最近英語教育熱が天を衝く勢いで燃え上がっているようだ。ただ優秀な人ほどGAFA国へ入国していくため、進捗は芳しくない。IPアドレス管理機構日本自治政府のもとに置かれ、国内イントラネットの一部だけがGAFAとつながっているたため、有益情報遮断されてしまっている。たとえばGAFAでは最近月への移住ブームになっているが、日本では「月とUFO!」のようにオカルトの話としてしか扱われていない。また、こうした情報格差問題だが、労働格差問題であるGAFAでは人が低賃金労働に勤しむことはない。基本的労働ロボットが行うため、人間レクリエーション目的以外で苦しみを味わうこともない。(ただ基本的には働く必要はなくとも、みなよりよい生活を望んで何かしらの生産活動に携わっていることが普通)こうした、搾取となんら変わらないことが労働と銘打って未だに行われていることは、非人道的行為だとGAFA話題となっている。

GAFA国民からといって、すべてが素晴らしいというわけではない。あくま比較的マシというだけのことであるGAFA内部でも、やはり前時代的で時代錯誤の人間が大量に存在しているし、ひどい場合発展途上国へ行って人をバカにするのが趣味というどうしようもない人間もいる。また、技術至上主義だと考えて他人を考える余裕がないものもいるし、テロもないわけでなく、完全に安全とは言いがたい。この前も東京で「公衆トイレに備わっているAI違法デモ」というのが話題になっていた。

いま、私たちは昔と比べて恵まれ時代を生きていると思う。しか私たちの国の外の現実は良いとは言えない。ロケット飛ばし軌道エレベーターを設置し、私たちの子孫が繁栄することを願うばかりでなく、ホモ・サピエンスという種を守っていくことも必要なのではないだろうか。私はそう思う。

2019-03-15

心理試験」を読んで驚いたこ

殺された未亡人について「もう六十に近い老婆」と表されていたこと。

五十代で老婆扱いされてしまうのか。

この百年で年齢の感覚いかに変わったのだろう。

2019-03-13

アメリカで有名女優含むセレブ子供入試不正に関与で逮捕

私立入試試験監を買収して点数上乗せしたとか替え玉受験させたとかなんだが、公金横領でも国公立大学でもないし大学から告訴があったわけでもないのに逮捕されるものなんだなーと。しかフェリシティ・ハフマンデス妻の続編見てるようで面白い

2019-03-12

anond:20190312164514

65歳以上の方が参加できる試験を多数ご用意しています

普通にあるぞ

ありふれた就活雑記

知り合いがこぞって就活日記を書くのに刺激され、某もしてみむとてするなり。目的としては2つあって、こんな感じ。といっても1つ目が主なのだけれど。

・来月から社会人になるので、これ以上頭がおかしくなる前に自分が何故選んだのかを残しておきたかった

キラキラしていないIT就活リアルな一例としての一例

まずパーソナル.自分は2019卒、4年生大学情報学部所属の男。高校時代がクソだったので、大学地元では知名度があるかも、というレベルのところ。プログラミングとかするサークル所属しているが、義務とかがあるわけでもないので所属しているだけに近い。プログラミング楽しいけどゲームしてる方が楽しい

就活

就活を始めたのは2018年1月だった。

どこに就職したいとか、社会に出て何がしたいとか。そんなものは何もなかった。ただ周りが先に行く焦燥感学費を借りた親族への罪悪感に追われて就職を考えていた。サークルの優秀な同期が進路を拓いている中ずっと腐っており、おこぼれで逆求人という就活イベントに参加したのが1月である逆求人というのは、学生企業の人事やエンジニア自身プレゼンするイベント

自分能力容姿も明朗さもなかったが、サークルでみんなやってたような活動を「それっぽく」プレゼンしたらそれなりに良い評価を受けた。後から思うと地元で他の学生レベルが低かったのも大きかったんだろう。名前を聞いたことあるような企業とも会って、一次選考免除とかの話をもらって調子に乗った。

2月はそのイベント後に面談選考もらった企業面談したりして過ごしていた。といっても明確なビジョンが何もないため、空っぽの「それっぽい」ビジョンを喋ってポイント稼ぎしていたというのが正しい。この時の企業の1つはそのまま選考が進んで内々定をもらった。また、業界で名が通っている企業地元に有ったので応募したのもこの頃。就活中で自分からアクションを起こしたのはこれが最初最後だった。

3月。というか2月末くらいか調子に乗って応募した選考のお祈りが届き始める。ここで身の丈を知る。業界でもトップに近いような企業に応募していたが、当然のごとく及ばなかった。脆弱な心はボロボロになったが、それに勝る焦燥感無職になることへの恐怖で就活を続ける。この後2,3回ほど似たようなイベントに参加して、益体のない「それっぽい」アピールを続けていた。似たような流れでそこそこの企業数社から内々定をもらう。失礼極まりない話だが、自分の「それっぽさ」で騙される人は一定以上いたと思う。選考による数重のフィルターの内穴が重なって通過してしまった。

5月ごろ、その中の一社内定承諾を返した。数社から内々定をもらっていて、その中にはかなり名の知れた企業も含まれていた。最終的には、待遇とか業務で触る技術に興味があるとかそういった点で決定した。相手にかけるであろう迷惑なんかは考えられなかった。これで就活が終了した。

まとめ

全体として、偶々今はIT系の学生待遇良いので上手く時流に引っかかって就職もできた。幸運だっただけ。能力ではなく「ぽさ」で騙して就職してしまっているし、来月から先に劣等感能力差が顕出して鬱か何かで壊れるだろう。本当にクソな人間だなと思う。早期に内々定をくれた企業には迷惑をかけたし申し訳ない。それ以上に騙す形で無価値人材採用させた内定承諾先に迷惑をかけているわけだけど。

無理やりオチをつけるなら、今の新卒就活では「それっぽさ」を上手く演出できればそこそこの企業への就職はかなり容易と感じる。400万/年くらいなら軽く狙える。トップ企業でもない限りホワイトボードコーディングみたいな試験はないし、コードテスト大学の貧弱なプログラミング授業レベル問題が過半だった。選考でも特定技術分野について深く聞かれる機会はほとんどない。ただ、何かしらの能力がないとゴミ自分ゴミだった。

anond:20190309162857

少し気になったのでコメントさせて欲しい。

昔、医療系の6年制学部(薬)にいたので、医療系が底辺だという記述が少し気になった。

まあ、当方は結局、諸事情で退学したのであまり参考にはならないかもしれないが...。

まず医療系の仕事奴隷労働ではない。

卒業さえすれば待遇はそこそこ。公務員みたいなイメージで行けばいいと思う。

年齢、体力、精神的に厳しいのは「資格を取るまで」。

それから、年齢差別はない。

40代超えて「学部に入る人」は結構いる。資格取得者もいる。

難しいのは入試、進級試験、そして国家試験。すべて勉強の話。

からスレ主のおじさんが勉強には自信があるのなら向いているとは思う。

対人関係も面倒じゃない。

皆育ちがいいのか、こちらが年上でも友好的に接してくれる。虐めもなかった。

授業の一環でグループ学習があるけど、みんな単位が掛かっているせい(?)なのか、やはり何の問題もなかった。

怖い話を聞くのは病院実習かな...そこまで進級してないか実態は知らなくてコメントできないのが残念。

2019-03-11

不採用理由をその場で言ったら喧嘩になるだろ

anond:20190311234934

だってhagexみたいになりたくない

警備員がその場を見下すように監視する場で試験面接したら普通就活生が委縮する

anond:20190311123830

つか、学校の評判を上げるのに役に立たない。

「3年間eSports部で頑張っていました!」とアピールすることで試験が有利になる大学企業なんかほぼない。

就職者はまずおらず、大学受験も推薦ではなく一般入試を利用する生徒が殆ど進学校なら部活関係ないだろうが、

それはそれでそういう学校に子を入れる親が良い顔をしない。

それにそういう学校だと受験勉強がメインで部活は遊び程度しかやらないから、本当にただゲームで遊んでるだけ、にしかならないだろうし。

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