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2018-02-19

anond:20180219113316

すぐ極論に走る。

キチガイ相手にはそれなりの対応になるけど

いじめ範疇に入るようなことはせんわ。

2018-02-18

https://anond.hatelabo.jp/20180218093439

法的根拠がない女性就業差別とかへの抗議行動も批判的なのかな?

それは、話が違うよね。

社会における女性差別は厳然としてあるし、それは法的根拠とかがなくても不当だと声を上げていくべき(少なくとも声を上げた人を支持するべき)で、仮に法的根拠があったとしたらなおさら問題だ、という話だよね。法的根拠があろうがなかろうが問題であることに変わりはない。

でも、女性専用車両問題は、「社会的女性差別を解消しようと思ったら、法的に男性差別をすることになってしまう」事例。

権力勾配で上位にいる男性が、社会的に、マナーとして、特定車両に乗らないとかの不利益を甘受するのは、私は受け入れる。その程度の行動で被害を恐れる女性安心感を得られるなら安いもんだと思うし。

でも、男性が、法的に、特定車両に乗ってはいけない、とされるなら、これは制度差別なので反対する。もちろん積極的に乗り込んだりはしないけど、乗り込む連中もまあ正当な反差別活動範囲内だよな、という判断になると思う。

抗議している彼らの主張は「女性専用車両法的根拠がない、だから男性も乗って良い、それを咎める駅員や女性客はおかしい」なので、増田さんの考えと相当近いと思うんだが。

抗議している彼らの主張が変わることはないにせよ、それを眺める私の意識は変わるよ。「あんなしょーもない抗議行動する馬鹿がいるのか、でも法的根拠があるなら不愉快だけど正当な抗議行動の範疇だしな」からあんなしょーもない抗議行動する馬鹿がいるのか、ほんとクソ野郎だな」に変わる。だからといって何か状況に変化が生まれるわけではないかもしれないけど。

2018-02-13

推し有安杏果さんがいなくなったももクロライブを終えて

2/11ももクロレイベのライブビューイングに行ってきた。

現地のチケットはもともと行けるかが曖昧で取っていなかったので、

初の4人体制でのライブ映画館で観ることとなった。(2/10仕事で不参加。)


私はZになる少し前からももクロが好きで、ずっと有安杏果さんを推していた。


卒業発表と卒業ライブについての言及割愛


まぁとにかくこれを書いている時点で卒業発表からまだ1ヶ月が経っていなく、

何もかもがすごいスピードで決まり、終わり、過去のことになっていくのに今もついていけずにいる。


4人の新ももクロ映像画像を見ても、

有安さんは何度か喉の不調やインフルエンザステージを欠席することがあったので、

今回のお休みは長いなと思うことで現実から目を背けていた。


でも無理に受け入れる必要はない。時間解決してくれる。

4人のこともずっと大好きだったし、今はまず満員の東京ドームを見せてあげたい。

推しが誰になるかは分からないけど、私はずっとモノノフでいるのだろう。

そう呑気に思っていた。バレイベに行くまでは。


ライブ冒頭メンバー自己紹介が終わった直後私は泣き崩れた。


有安さんの自己紹介が無いことの喪失感は思った以上だった。

1/21の幕張で、これが最後自己紹介だぞと喉を潰す覚悟でありやーす!と叫んだのに、

最後とはどういうことなのか本当には分かっていなかった。

本当にもう二度と有安さんに向かってありやーす!と叫ぶことはできないんだ。

その絶望感がここで初めてリアルになった。


ライブビューイング最後まで観ることができなかった。

時々涙を流しながらも、だてありではあーりんMIXを打ったし、

白いペンライトを振りながらコールもたくさんした。

でも有安さんのフェイクがない怪盗、からの走れで、もうどうにも涙が止まらなく、

初めてももクロライブ最後のZポーズをすることなく会場を後にしてしまった。


私は走れの「待っていても始まんない」からパート(Cメロ?)を5人で順々歌っていくのが好きで

その日有安さんのパートが他のメンバーに替わっていった悲しさがそこで爆発した。


スクリーンを出て、劇場が入っているショッピングモールのベンチで息を整えながら思った。


 ライブ中、することななっちゃったな。と


私は多くのモノノフと同様、推し以外のメンバーへのコールサボることはしていなかった。

の子ソロパートにもその瞬間はその子だけを見てペンライトを振り名前を叫んでいた。

それでも有安さんに対するそれは毎回熱量が違った。

意識してそうしているのではなく自然とそうなる、だから杏果推し自称していた。

(当たり前にみんなそうだと思うけど敢えて文字したことがなかったので特別なことのように書いてしまった)


それがライブ中の自分の中の緩急であったと思う。その「急」の行き場がなくなってしまった。

どこに力をぶつければいいのか分からない。1曲1曲がふわっと終わっていく。

いつからか備わった「この曲の有安さんの良かったところ」をピックアップするオート機能エラーを起こしている。

有安さんの名前を叫ぶ、有安さんの表情や歌い方を噛みしめつつ記憶に残す、

そういったことを息をするようにしていたので、

それができないと曲中何をしていいかからない。

今まで4人のソロパートも楽しかったじゃない?コールしてたじゃない?

もしかしてもう少しで有安さんのソロパートが来るからという期待がそうさせていたのかもしれない。

考えたこともなかったけど。


そして私はいわゆるフリコピ勢で、バラード以外は大抵踊るし、

周りに迷惑にならなさそうな時はサビ以外や間奏も踊っていた。

それはすべて有安さんのフリだった。

有安さんが腕を上げるタイミングで私も腕を上げていた。

いつも有安さんと同じ動きをしていた。


ライブ中、メンバーが動いていないタイミングペンライトを掲げてしまった。

メンバーが順番に動くところで直立不動になってしまった。

どう動けばいいのかまったく分からない。

現場を重ねて慣れていけばいい、と考えるべきなのかもしれないが、

正直、まったく、楽しくなかった。

目で追いたい子がいない。動きを合わせたい子がいない。

ファンクラブサイトトップページのように私は自然箱推しになったのだと思っていた。

それは違った。

何年も命を削って応援してきた子が辞めてじゃあ今日から箱推しですとなれる切り替えの良さは私にはなかった。


4人のことも好きなんじゃなかったの?

何度も自分に訊いた。

れにちゃんは相変わらず聖母のような笑顔だった。レス範疇を超えたレスに感心した。

夏菜子ちゃんは髪型大人っぽいのにつるつるのおでこがあまりに可愛くて笑ってしまった。

しおりちゃんの自然な演技がとっても素敵で大好き。ドロシー、応援してる。

怪盗の「ささき あやか」の時の少し照れくさそうなあーりん笑顔、守りたいって思った。


でも、ライブ中、楽しくないって思ってしまった。

何してたらいいのかなぁって地蔵になってしまった。


強気でありつつも、「4人のももクロも少しずつ慣れてね」と優しく提示してくれたいいイベントだったと思う。

それを受け入れられない私に問題がある。


誰もがすぐ新体制ライブを受け入れられる訳じゃないよ!という意見は当然あると思う。

でも新体制に慣れるまで、箱推しもしくは誰か推しの振る舞いが身につくまで、

何度もこの辛さや虚無感を味わう余裕はない。


月並みな言い方だが日々の辛いことを忘れられるのがももクロという存在であり、

有安杏果さんを応援するということだった。

現場でまで辛い思いをする余裕はもう本当にない。

タイミングが悪く今現在私生活がかなり辛い。有安さんのことを考えるともっと辛い。現場に行っても辛い。

そしたらもう、ももクロを、離れたくなっちゃったんだよ……


じゃあ明日から他界します!と宣言する勇気もないが今は楽しみだった東京ドームに申し込もうという気もなくなってしまった。

有安さんを責めたいというような気持ちはない。

大好きだったオレンジノートのフリが変わってしまたことも強く否定しない。めちゃくちゃ悲しいけど。


しか向いてないももクロを、後ろ向きな気持ちのまま応援するのは失礼なので、ももクロから離れたいと思う。

これはキレイごとバージョンで、雑に言うと自分が辛いのは嫌なので、ももクロから離れます


もし時間解決してくれたら、また、ドームで。


こんなブログなんて書いたことがないので特にまとめずに書き始めた私情たっぷりの「日記」の名にふさわしい独り言だけど

読んで嫌な気分になったモノノフさんがいたらごめんなさい。

2018-02-12

anond:20180206002011

大変でしたね…

お年を召された方には、自分理解範疇を超える行動をするヤツが許せない という人が、一定数いると 私は思っています

あなたに怒鳴りつけた方々は、喫茶店パソコンを開く人間に対してそれまで(勝手理由で)イライラしていて、ある日、礼儀正しそう(コイツなら自分でも文句を言えそう)な あなた出会い、不満をぶつけたのではないでしょうか。

2018-02-09

日本家屋はクソ。寒すぎる。

夏涼しく冬暖かいかい木造自由宅に対する過大評価からはじまり日本家屋の断熱性がひどすぎる。

から日本人四季を楽しみだとなんだのとかいうが昔の人だってエアコンやガスファンヒータがあったらそっちつかってるに決まってる。

窓開いてるから寒かったか、なるほど

と思い窓にいくと閉まってる。窓から伝わる冷気がやばい。ドア本体や隙間から入ってくる冷気がやばい風呂に入ったら床が冷たくてやばい

窓もドアも風呂もいらないと思えるぐらい寒い

ヒートショックで毎年19,000人が死んでる。11月~3月までの5ヶ月だとすると150日。一日に126人も死んでることになる。やばすぎ。そりゃそうだわ。

もうガンガンに断熱性の高い家屋にしていくべき。通気性とかガン無視OK木造は木の収縮で湿気をどうのとかいうがエアコンの方が湿気とるし、温度も管理できる。

暖房器具を使い徹底的に家全体の温度コントロールすべき。もう木造のできる範疇を超えてる。木造信奉をやめろ。

この部屋は暖かくてあっちの部屋は寒いとか間抜けすぎる。そりゃヒートショックも起こすわ。

研究所ドイツ人が「なんで日本ビル廊下とかは冷房かけないんだ?」と聞いてきたから「そっちの方が省エネじゃん」と答えたが

理解してもらえなかった。ドイツ人的にはむしろ廊下も冷やしたほうが省エネだということだった。

今になって思えばきっとドイツビルの断熱性の高さから言える話なんだろう。

かにヤツのドイツの家に泊めてもらったが断熱性がすごく、床暖房が効いててものすごく快適だった。

寒い

友達ホームパーティーがつらい

友人Aはホームパーティーが好きだ。Aは調理師免許持ち。簡単につくれる料理レシピブログ掲載している。

たびたびホームパーティーに招いてくれる。Aの奥さんとも仲がいい。

根本的な問題は、Aの料理が大しておいしくないことだ。

まずくはないんだよ。でも家庭料理範疇を出てない。でもそれを指摘できない。

調理師免許を取っている、ということからお察しください。料理に対して真剣で、みんなに披露したい、楽しんでほしいという精神の持ち主だ。


だが たいして おいしくない 。





しか手際が悪い。

18時からパーティ始めるよって言われたら、おなかすかせていくじゃん。

18時でまだ下ごしらえ終わってないなんてこと、ザラ。

19時過ぎにようやく料理が出てきて、Aが料理を作り終えるのは21時とかそんなん。

ダラダラダラダラ料理を作り続けて、Aと楽しくお話もできない。パーティーなのに。

そのうえ作った料理ブログにあげるための撮影の待ち時間もある。

そして、彼はきっちりと材料費光熱費をワリカンで請求するのだ。

??????って感じ。

たいしておいしくもない料理提供しておいて、5000円以上する日もあった。5000円あったらホテルバイキングにいけるよ。

もしかして、Aが高級食材を使って料理をしてブログにあげたい!→だから友達をたくさんよんで負担させよう!っていう考えなのでは?と思いはじめた。

友人を勝手悪者にするのも心苦しい。次回からは参加を断ろうと思う。

anond:20180209124738

身の丈を知った上で自分の使える範疇で楽しく遊んでる人じゃん。

そりゃもてるよいい感じで隙がある(まあ親しみやすいとも言う)し。

2018-02-08

理由あってアイドルマスターsideMからジャンルへの移動

先日から始まったアイドルマスターSideM3rdツアー。数万円詰んだが当たらなかったのでとりあえずLVにいった。アイドルマスターSideMは去年末アニメ放映を終え、なんとなく今はそこそこ勢いがあるジャンルな気がする。

まずアイドルマスターSideMとの思い出を語りたい。話の本筋とはそんなに関係いかもしれない。

私はアイドルマスターシリーズ本家アニマスからハマった。その時既に放送は終了していて、TSUTAYAで借りたDVDを一気に視聴し、ストーリーや設定に引き込まれた。ただの萌え豚アニメではない、れっきとしたアイドルアニメだと感じた。

本家キャラカードが欲しいがためにデレマスを始めて、私は当時不遇だった健気で頑張り屋さんで没個性島村卯月にハマった。デレマスが初ソシャゲだったが、ポイントSRを集めたりとそこそこ頑張って続けていた。しかし、島村卯月が報われて声が付きCDが出てアニメ化が決定し、なんとなくデレマスはもういいかな、という気になっていた。ふと、女性けがあれば友達にも勧められるしハマってくれるかも、私ももっとハマれるかもと思ったりもした。しかし、Jupiter事件のこともあってアイマスシリーズ男性アイドルはもうないだろうな…と思っていた。

だがそのときアイドルマスターSideMが発表された。驚いたがJupiter正規活躍出来る上に、待ちに待った女性向けアイドルマスターシリーズの発表だ。もう発表の時点でこのゲームにハマろう、と決めていた気がする。

ゲームは始まった瞬間終わってしまった。一番周りの気持ちが盛り上がっていて、話題性にも富んでいた時に長期メンテナンスサービス開始の遅延…。サービスを再び開始した時にはすっかりsideM話題性は無くなっていたように思う。それでも腐ってもアイドルマスターシリーズ、突拍子もないアイドル過去女装アイドルBL紛いの関係アイドルだったりとサービス再開直後もそこそこは盛り上がっていた。

突拍子もないキャラ設定には私も当初から不満はあったが、デレマスで慣らされていたためかやめるまでには至らなかった。始まったばかりだからか、女性向けだったからか、初めてソシャゲでとれた上位報酬桜庭さんだったこともあって、無課金でも走ればとれるんだ!と学習して遊ぶに気もなれた。

sideMネタゲームとしては面白かったし、逆にそのネタゲー感が他の女性向けと違って良かったのかもしれない。

けれど、当初は1度で覚えられなかったりあまり好きになれないキャラもいた。その1人がカフェパレード卯月巻緒で、ケーキチという設定からして法子がウケたからってその二番煎じキャラかよ、と思っていた。三つ編みや編み込みのキャラは好きだったため外見はタイプといえばタイプだったが、男キャラだと思うとどうなのか自分でもわからなかった。

それが一変したのはゲーム内の雑誌を開けてからだ。咲ちゃんや巻緒の雑誌を見て、見た目がこんなにかわいいのに少女漫画男役のようなイケメンだということを知り、ギャップで巻緒に落ちた。カフェパレ雑誌をあけ、個性豊かすぎる面々が継ぎ接ぎだらけの家族のように過ごしているその様子におちた。カフェパレというユニットにこめられた、自分らしく幸せになろう、といったメッセージ性を感じ、そこから私はめでたくカフェパレ箱推し巻緒Pとなったのだ。

サービス再開してしばらくして、イベントバランスだったりハブイベが出てきたりあまりにも渋いガシャだったりと問題も頻発して、その度に一喜一憂した。受験を挟んでいたりなどして離れる時期もあったが、カフェパレイベントで2枚取りをしたり、ドラスタに声がついたニコ生リアル視聴して興奮したりと、いわゆる自分がこのコンテンツを育てているような錯覚気持ちよかった。

sideMの1stライブ当選した私は、初めてアイドルマスターイベントに現地参加をした。この時はこのユニットたちに意味があるなんて全く思わなかったし、2ndではあとのユニットがきっと出るだろうと信じて疑わなかったから、純粋気持ちで参加できた。とりあえずサービス当初からずっと追いかけてきたゲームライブに参加できることが嬉しかった。

1stライブは最高だった。長い時を経て揃ったJupiter新人なのにジャンルを盛り上げようと頑張ってくれているドラスタクオリティの高いダンス披露してくれたW、あまりにもインパクトのあったSEM…、その他諸々…。とにかく涙が出たし、声優ライブ批判的な目で見ていた私だったがとても感動したのだ。声優さんたちってすごく頑張ってくれてるんだなあと思った。カフェパレが出なくても、当然のように2ndがあると信じていたし、そう信じさせてくれるような1stだったから満足だった。

格差意識したのは、ハイジョーカーは箱イベなのにカフェパレは分断イベが多かった時だろうか。総選挙はワクワクしたが、蓋をあけてみればハイジョ一強で、なんとなくこのコンテンツ不安を感じた。

その後カフェパレにも声がついて、あれよあれよというまに2ndが決まった。1stがとれたからと油断していたら抽選は外れたが、詰んでなかったのでダメージは少なかった。しかし、初日LVに参加したものの、楽しくなかったのだ。それもそのはずで、私はSLカフェパレあたりから買ってなかったのだ。オリピなんて当時一枚も買ってない。ちょうどその時が受験で離れていた時と重なっていたのか、プライベートが忙しかったのか…。とにかく初期に比べて生活sideMへの比重は少なくなっていた。

それでも二日目はカフェパレが出る。最初から二日目が私にとってのメインだったので、二日目に期待を寄せていた。

結論から言うと私は二日目LVに参加できなかった。単純に自分チケット手配のミスで。担当アイドルの初披露を見れなかった、このショックは大きく、しかしこんなことでショックをうけるオタク自分にもいい加減嫌気が差してしばらくsideMから離れようとした。しかし、その日のライブアニメ化アプリ化が発表された。アニメ化アプリ化は純粋に嬉しかったし本当に楽しみにしていた。

けれどしばらくして上がったアニメキービジュアルにはカフェパレがいなかった。

エムステが始まって、勝手デレステのようなアプリを期待してたからかやり込み要素のない音ゲー、代わり映えのない立ち絵、今時フルボイスじゃない…、謎のゲームバランスだったりとヘイトがたまってしまった。

けれど3Dでアイドルが踊るのだけは本当に嬉しくて、ご祝儀だったりこれからのアプデへの期待も込めてそこそこ課金はした。

ただSSRを何枚集めてもイベントを走っても、カフェパレストーリーはまだない。カフェパレイベントエムステにはない。私はカフェパレ関係性が好きだったのに…。

アニメ放映が近づいても、キービジュアルカフェパレがいないことがずっと腑に落ちなかった。2クールやって、途中からユニット出るんだよね?とか、2期があるはず、とかキービジュアルには出てないだけだ…とか。

そしてアイドルマスターSideMアニメが始まった。友人との誘いを断ってまでリアルタイム視聴にこだわり、正座待機して見ていた。楽しみでもあるけど、親のような気持ちというのが大きかったと思う。でもあんまり期待していなかった。カフェパレが出るかどうかもわからないし、期待しすぎると痛い目にあうのがsideMだったからだ。

けれど、最初のEpisode Of Jupiterに期待ではなく予想をうらぎられた。

これが、あまりにも良かった。

思い描く限り最高のJupiterアニメだった。

泣いたし興奮もした、こんなにアニメが愛に溢れてるなんて…と驚いた。

からアニメ本編にも期待してしまったのは仕方ないと思う。

アニメの出来自体は良かったと思う。けれど、なにか物足りない。EOJと違って、アイドルをしてる感じがないのだ。ユニット内で完結していることが多すぎる。ファンに伝えたいことは?どうしてアイドルになったの?無難にまとめようとして、魅力が伝わりきらない…そんなように見えた。EOJとどうしても比べてしまい、Jupiterは思入れもあって設定も作り込まれていたか面白かったのかな…と思ってしまった。(あとSEM回は文句なし面白かった)

最終話が近づくにつれ、Twitterも荒れてきた。グッズ展開にも、全てにおいてアニメ組とそれ以外で格差ができてしまった。アニメから入ったアニメユニットのPが楽しんでいて、サービス開始からいたアニメに出てないユニットのPが楽しめないでいる、そんな図が確かにあった。勿論私も典型的後者だ。

アニメの話がつまらなければヘイトが溜まるし、面白ければなんでここに担当がいないのかとヘイトが溜まる。アニメ組のユニットも大好きだったのに素直に応援出来ない。楽曲格差、グッズ格差アニメ展開との解釈違い…。

そして何故かリアルの2ndライブsideMファンやそれ以外にも強く受けていたように思える。アイドルマスターの若手声優登竜門となっているところは好きだったし若手声優のことは応援していた。けれど、どうしても声優キャラを同一視する流れについていけなかった。

そんなに若手声優ファンが持ち上げる…、まあ若手声優は囲ってあげないといけないのかもしれない、そう思っていた。けれど、あるときの某若手声優ニコ生でのイキリ発言。悪気があったのかどうかはわからないが、先輩声優苦笑いしていたように見えた。その人にもストレスがあったのかもしれないけれど、その人がキャラと同一視されやすく、sideMファンから持ち上げられることが多い声優だったからなんだか無性に腹が立った。

自分のことをアイドルかなんかと勘違いしてないか?私が好きなのはキャラであって声優じゃないのに…と落ち込んでいる私をよそに、だいたいのファン声優キャラを同一視して楽しんでいた。声優から作品にハマるのはいい、声優ファンなだけで作品にそんな興味はないのもいい、けれど声優作品をごっちゃにするファンのせいで声優自分アイドル勘違いするのでは…とおもっていた。逃げ場を求めて2chを探すと、声優アンチスレが沢山出てきた。私だけじゃない、と安心したのもつかの間で、アンチスレでは声優蔑称で呼び、人格的なこと、容姿のことについて攻撃的な悪口がたくさん書かれていて、ついていけなかった。人格攻撃したい訳でも容姿攻撃したい訳でもない。ただ、声優さんキャラを、作品を、そのファンを大切にしてほしいだけ。ファン声優キャラを同一視してほしくないだけ。そんなことしたいなら、今流行りの2.5次元ミュージカルにでもいけばいい。

我慢出来なくなったのは、アニメが終わって年明けの担当ユニットラジオだろう。当然楽しみにしていた。でも率直な感想を言わせてもらうと仲悪そうなオッサンたちがぐだくだつまらない話をしてるだけに聞こえた。エムステ配信されてたユニットで演じるラジオみたいなのを期待した訳では無いけど、理想現実の落差。よくこんなのをキャラと同一視する人がいるな…と、アニメに出ずエムステラジオもなく、やっと担当仕事だ!と思ったラジオがこんなのだったショックが大きかった。声優運営との温度差を感じたのだ。

気がつくと3rdが近づいていた。3rdライブについても不満はたくさんあった。EOJで好きなのにライブに行けないファンの悲しみを描いた癖に、それを現実でやるのかと。アニメ化する前とした後のライブをなぜ一緒のとこでやるのかと。声優キャラを同一視する風潮は嫌いでも、sideMリアルイベントファンとしてもどうしても行きたい。なけなしのバイト代で何万かかけてシリアルを詰んではみたが勿論全部落選だった。ガシャで爆死する何倍も辛かった。

そのときに某ソシャゲがそういえばアニメ化して、放映するという情報を掴んのだ。アイドルもの基本的に見るので、アニメを見ることにした。それがきっかけでそのソシャゲも前にアンインストールしたのを再インストールした。

そのときアイマスに飽きていた訳では無い。むしろモバエム、エムステデレマスミリシタ、その某ソシャゲ…と私の中でソシャゲ全盛期だったと思う。アイマスアプリの体力回復待ちのつもりで始めた某ソシャゲだったが、昔詰んでいたのが不思議なくらいさくさく進められて、いきなり沼に落ちてしまった。そのアプリの一番の特徴として、作り込まれストーリーが印象的だった。アイドルマスターシリーズはなんとなく、あえて設定を作り込まないでファン解釈に任せているところがあるが、そのアプリはその逆だった。

そのアプリにハマっている最中3rdライブがやってきた。知っての通り、つい最近の話だ。3rdライブは楽しかった。情熱が落ち着いたお陰か期待しないで見れたし、いい席だったしLVでも楽しめた。ただ、やっぱり声優のことでなんとなく、場面場面でもやっとしてしまうことがあった。

例をあげれば投げキッス。男性アイドルライブならわかるけど、私はキャラが好きでこのライブにきている。声優が好きな訳では無い。声優が出ているだけ。いや、声優が好きだとしても声しか好きではない。仕事尊敬しているだけでしかない。なのに、オッサンの投げキッスをアップで見せられる。

例えば挨拶キャラが好きなだけなのに、キャラ声でもない地声で、オッサンに俺たちをここまで連れてきてくれてありがとうとか言われる。

例えば歌。アイマス能力値と実際の能力が一致しないのなんてわかってる。ダンスビジュアルなんて声優に一切求めていない。でも、歌だけは声の範疇なんだから頑張らなきゃいけないところなんじゃないの?と思ってしま声優さんが何人かいた。

3rdライブが終わって、キャラの絵で声優の掛け合いを描いたレポが多く出回った。声優の掛け合いについてみんな熱く語っていた。こんなにアイドルマスターsideMって声優ありきのものになってしまったんだなあ、と他人事のように思った。

そうしてストン、と何か諦めがついたのであるあのころsideMは、もうないのだと。

誤解されないように言うが、声優が嫌いなわけでは全くない。歌下手だな…とか演技下手だな…と思う人がいても新人だったら仕方ないと思うし感じ方にも個人差がある。問題は、どれだけ作品キャラとそのファンのために献身的自分を殺せるかどうかだけだと思う。けれど、声優自己主張を良しとして、むしろそれを喜んで受け入れてるファン存在が目立ったのが一番辛かった。でも、声優さんにもファンにも何も罪はない。私がただ、ずれているだけだだから

声優ありきの、ライブありきのジャンルとなってしまうのが辛かった。だって私が一番このジャンルにハマったのは、キャラに声がついていなかったときからキャラに声がつくのはすごく嬉しかった。曲が増えるのはとても嬉しかった。だから自分がこんなことになるとは思わなかった。

ライブでの周りのファンとの温度差

声優についての考え

人気格差、出番格差

アニメストーリーへの不満

アプリへの不満

改めて感じる設定の粗さ

これらに嫌気がさしていた私が、某ソシャゲにハマったのは必然だろうか。

ソシャゲは、ストーリーがフルボイスでしっかりしていた。音ゲー面白かった。曲が、アニソンキャラソンっぽくなく、本物のアイドルソングのようだった。私の好きな作曲家提供している曲もあった。アニメ化が決定してもまだライブを行っていなかったこからライブありきのジャンルではない安心感があった。ストーリーではちゃんとアイドルものに欠かせないファンが出てきた。キャラファンのために頑張っていた。アイドルになりたい理由がはっきりしていた。キャラクター感情表現臨場感のあるシナリオ。空白の補完に疲れていた私は、綿密に練り込まれているキャラ設定だったり伏線多めでリアルストーリーに惹き込まれたのだ。

これでも随分文章を消した。こんなまとまりのない文章でも、言葉にしてみたら少し気持ちの整理がついた。ここまでTwitterで言ってきたこととほぼ同じことを語りました。Twitterでこんな感じのアカウント見かけたらそっとしておいてください。

文章の中でsideM声優さんファンについての文句が垂れたが、結局のところ自分ジャンルの流れについていけなかっただけで悪者なんかどこにもいないことはわかっている。アニメだって2クールやって全員出したところで格差をなくすのは不可能だっただろう。

次にハマれるジャンルが見つかって、sideMプラス気持ち距離をとれることが嬉しい。某ソシャゲがなかったら、モヤモヤした気持ちのまま他にハマれるゲームもなくずるずると続けてはヘイトをためていたかもしれない。だから良かった。これから応援くらいはさせてね。

2018-02-05

[]パイパン

パイパンは、女性男性の陰部に陰毛が全く、あるいはほとんど生えていないこと、またはそのような女性男性のものを指す。

陰毛男性は陰茎の増大(男性器の成長のTannerの分類で第3段階)から約1年後、

女性乳房の成長がTannerの分類で第3または第4段階(初経の1年前から3年後の間)に達した頃から発生する。

この時期を迎えるまでは陰毛が生えていないが、パイパン範疇に含めることは少ない。

語源は「白桃」という説と麻雀牌の「白(白板)」という説とがあり、共に中国語読みである

白桃説はその色や形状から麻雀説は白は他の牌とは異なり、表面に全く模様が彫られていないことから

陰毛の生えていない状態をそう言い表すようになったと言われている。

もともとパイパンという語は、アダルトビデオ性風俗関係で使われることが多かった。

このため近年は、美容関係者ハイジニーナ呼称する場合もある。

なお、ハイジニーナ語源は、「清潔、衛生」などの意味があるhygieneである

これは陰毛の除去が、陰部を清潔に保つという効用があることから命名された。

なお一部海外アダルトサイトでは、立位での無毛の女性器を前から見たイメージから

キャメルトウ(camel toe、駱駝のつま先)と表現する場合もある。

パイパン - Wikipedia

陰毛男性???

2018-02-04

anond:20180204091729

因果律代表例:科学(science)

 

因果性 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A0%E6%9E%9C%E6%80%A7

因果性とは、2 つの出来事が原因と結果という関係で結びついていることや、あるいは結びついているかどうかを問題にした概念である

物理学における因果律

古典物理学での因果律とは、指定された物理系において「現在状態を完全に指定すればそれ以後の状態はすべて一義的に決まる」と主張するものであったり、「現在状態が分かれば過去状態も分かる」と主張するものである[6]。

また相対性理論の枠内においては、情報光速を超えて伝播することはなく、光速×時間の分以上離れた距離にある二つの物理系には、時間をさかのぼって情報が飛ぶ事なしに、上記時間内に情報のやり取りは起こらない。物理学範疇ではこの「光速を超える情報の伝播は存在しない」という原理を同じく因果律という。[6]。

原子分子程度の極めて小さなスケール現象では量子力学的な効果無視できないほど大きく、古典的意味での因果律は完全には成り立たない[7]。量子力学における基本方程式であるシュレディンガー方程式の解たる状態関数は、シュレディンガー方程式が満たす状態確率振幅しか与えず、ある時点における物理的な状態が決定したとしてもその後の状態一義的に決まるわけではないことを示している[8]。

古典的定義から離れ因果律定義を「時間軸上のある一点において状態関数が決まれば以降の状態関数自然に決まる」と解釈すれば「量子論領域でも因果律は保たれる」と言える[9]。また、一見因果律が破れているように見える思考実験であるEPR相関においても、実際光速を超えているのは状態関数の波束の収束速度であり、状態関数のもの演算子によって書き換えられる(つまり情報を受け取る)わけではなく、因果律は保たれていると言える[9]。

2018-02-03

幸せになーれ

同郷の友人が制作会社に入って数年。良いことが少しずつ続いて、これからさらに飛躍するとのニュース。心から嬉しい。

新人の頃から全然伸びなくて、影でどれほど悩んで頑張っていたか知っているから、余計にとても嬉しい。

知人友人含め、華やかに上手く行ってそうに見える人は、そう見えるだけで、血生臭い臭い努力を続けているだけだったりする。でもそれは強いられたものではなく、本人達自分の道を歩んだ結果の話。それを成功パターンのようにして、相手に苦労を強いるのは大きな誤りだ。

似せて作った道は、人生場合コピーにさえならない。つまらない道が出来上がって誰も通らない。

上手く行ってる他人の話。

見ても聞いても苦労に思えない…?そんな現象は、理解範疇を超えている時に起こる。

たった一人の理解範囲なんて小さなもの

からなくていいのだ。

からいから、世界は広くて多様なのだ

そんなわけで

もし目の前に、人生が上手く行って

キラキラして見える人がいても、

羨ましいとかは無い。

そういう時は、視界の外に何かある。しかし、それを漁るのは野暮である

上手く行くのは報われること。

私の周りの頑張っている人達

誰にも見せないで、積み重ねている人達

もっと報われて欲しいし、

幸せでいて欲しい。

いちネトフェミの思うグリッドガール問題

たぶん自分はいわゆるネトフェミで、

フェミニズム的な考え方に共鳴はしているが

いわゆるフェミニズム思想潮流の中に自分位置付けられるほどは勉強してない。

で、グリッドガール問題について思うことを語る。

そもそもフェミニズム問題なのか?

F1公式の発表は以下だ。

we feel this custom does not resonate with our brand values and clearly is at odds with modern day societal norms. We don’t believe the practice is appropriate or relevant to Formula 1 and its fans, old and new, across the world.

私たちは、この慣習が世界中の、これまでのそしてこれからファンにとって適切だとは思わない。」

らしい(特に英語に堪能ではないので間違ってたらすまない)。

この台詞を言わせたのは「フェミニズム圧力」「騒ぎ立てた人権屋」なのか?

F1運営組織はそんなに脆弱立場が弱いのか??

どうも私にはそうは思えない。

F1というブランドをどう運営していくかという考えのもとに

主体的に下された決断のように、私には読める。

じゃあフェミ関係ないっていうのかよ

間接的にはあると思う。

まり、「modern day societal norms」の醸成に影響しているという点において。

だがそれは必ずしもフェミニズムイコールではない。

ここを勘違いしているブコメ言及記事が多いように思う。

ここから憶測だが、F1公式の考える「modern day societal norms」にしたがった自分達のあり方が何なのか、というと、

性別と年齢とに関わらず誰もが参加できる「the glamour and spectacle of the Grand Prix」なのだと思う。

そのためには、美しい女性をずらりと取り揃えるという行為

客層を限定するメッセージを発しすぎるという判断なのではないか

それは、フェミニズム関係ない、単純な商業判断だ。

(女性だって美しい女性を見るのが好きだと感じる人は多いだろうが、単純にターゲット問題だ。)


フェミニズムは「女性性的魅力」を認めないのか

こう考えているブコメが多数あったが、私はそうは思わない。

認めないのは

性的魅力を、本人の自由意思に基づかず要請されたり搾取されること」で、

目指す理想の世界

「その人の性的なことを、社会による強制圧力を一切感じずに取り扱える世界

だと思っている。

現にセックスワーク従事する女性の権利擁護フェミニズム範疇だ。

私は、その人が完全に自分自由意思に基づいてするのならば、

たとえば性行為を対価にお金を稼ぐ自由尊重されてしかるべきだと思っている。

もちろん、若さと美しさを披露することで対価を得ることも当然、市場原理保証されてしかるべき自由だ。

フェミニズムが、それらの行為自体を悪と見なしているように見えるのは、

それらが本当に自由意思で行われているか、疑わしいことがあるからだ。

たとえばセックスワークに望んで従事している、と笑顔で言い切る人がいたとして、

その影には本当にたくさんの要因が含まれることがある。

それはわかりやすものを挙げてしまえば貧困であり、教育であり、環境であり、

その人個人の性体験であり、社会的な「性的魅力の取り扱い」に関する要請であり、

そしてそんなカテゴリワード意味をなさないほどに、個人のいりくんだ感情と生育かもしれない。

何が自由意思で何が暗黙の強制なのか、

そこに明確な線引きをすることなどできない。

フェミニズムの名のもとにずかずか入り込むことは許されない。

それでも、その人になにかを強制するものがもし何かあるならば。

もしあるなら、ひとつでもなくなってほしいと願わずはいられない。

それが起きる社会についてかんがえるし、

それをさせている何か、誰かがいないかと考える。

私にとってのフェミニズムはそういう、自由と抑圧について絶えず考え悩む姿勢のことだ。

私は、私個人経験から、性にまつわることの有形無形の「自由意思以外」を感じとってきたので

理想の世界があればいいのにな、と思っている。

仕事を奪われたグリッドガールについて

私は「その女性が、自ら望んでグリッドガールとして働くこと」それ自体には一切の批判はない。

だが、同時に「グリッドガールという役割を作り出す社会のもの」には疑問を投げ掛け続けると思う。

逆にいうならば、グリッドガール自身が、自分達の美しさと若さブランド価値寄与するのだと堂堂と言ってくれるなら、

そしてそこに内面化された抑圧ではなくて彼女たちの自由意思を信じることができるなら、

多いに祝福すると思うし、私が本当に望むのはそうした社会だ。

グリッドガール弱者なのか

小人プロレスにまつわる都市伝説になぞらえ、

「それしかできないかわいそうな女性仕事を奪われた」という構図で話したがる人がいる。

まず第一にこの話が「人権団体」の働きかけによるものだとはどこにも書いてないし、

第二に、グリッドガールは「それしかできないかわいそうな子達がようやく得た仕事」ではない。

しろオーディションを経て勝ち抜いた女性たちだ。

彼女たちが美と若さを売り物にするための市場ひとつ消えてしまったのは事実だ。

グリッドガールを夢見ていた女の子がいたら気の毒だとは思うが、

小人プロレス都市伝説になぞらえて語るものでもまたないのではないか

だが同時に、グリッドガール弱者ではない強者だ!ともいえない。

「美しさを競い続け、選ばれ続けるために努力し続け、そしてその先に待つものがなにか」という問題について踏み込むとき

そこには「誇りをもって美しさから対価を得ていたのに、フェミニスト仕事を奪われたかわいそうなグリッドガール」という弱者像とは別の

「美しさを対価にお金を稼ぐことの苦しさと弱さ」は浮かんでくる。


「殴られる弱者」のパロディで楽しむ人たち

美しいグリッドガール嫉妬に歪んだフェミニストが叩きあうという構図をお望みのかたはたくさんいるようだった。

フェミニストは「男性強者から女性弱者」を守りたいと叫んでいるのに、

ほんとうはグリッドガールを抑圧する「強者なのだ!という転倒の痛快。

そこにあるのは、普段社会女性」の構図でフェミニズムが叫んできた構図のパロディである

そして、その争いは「男性」でも「社会」でもない、

フェミニストという醜いモンスターグリッドガールという美しい虐げられた弱者ならば

自分達に関係なく、そして美しく弱いものを心置きなく応援できて、

普段から気にくわなかったフェミニストたちを存分に叩けるのだ。

きっとさぞ楽しいのだろう。

から特に声明には書かれていないフェミニストは引きずり出され、

さら関係が疑わしい「人権擁護団体」(誰なのかはよくわからない。架空のそういう人たち)を叩き、小人プロレスを引き合いに出している。

そういう人たちがたくさんいる。

グリッドガールがなくなることが正しいとおもうか?

からない。

F1判断は正しいものか?

からない。

スポーツにおける「添え物の女性」には価値がないとおもうか?

簡単には結論が出せない。

けれど確信しているのは、上記のようにみにくいプロレスを望む人の声にのせられて、ファイティングポーズをとる必要はないということだ。

私は、できれば自由について話したい。

自由について、美しさや若さや性を売る自由について、その価値市場について、それが売り手にとって苦しみをもたらさないための社会について。

それがいくつもいくつも積み重ねられて、次の「modern day societal norms」の話ができることを真剣に望んでいる。

2018-02-02

ドS免罪符にするな。

あのさ

ドSから~って言えば何でも許されると思わないで欲しい。

ドSのSはサービスのS、相手意志と相まって始めてSは成り立ってるんだ。

相手が望まないのにやったらそれはただの暴言だ。

冗談範疇で抑えられないならただの思いやりのない奴だ。

あと

なんでもズケズケ言っちゃうから~って人。

それさ

免罪符にならないから。

ズケズケ言っちゃうからってズケズケ言って良いとは限らないから。

相手が嫌がってる事ズケズケ言うのは、ただの性格悪い奴だ。

周りの空気まで悪くしたのにしてやったりみたいに思ってるのなら、それはあなた空気を読めてないだけだ。

今すぐやめて。

自称ドS自称ズケズケも厨二病やら優越感の為に名乗ってるに過ぎないのではないか

それは決して免罪符にならない事を覚えて置いて欲しいと思う。

周りを見て欲しい。

それで嫌がってる誰かはいいか

困ってる誰かはいいか

あなた優越の為に巻き込まれて傷付いてる誰かがいないか良くみて欲しい。

気を付けないと、ただの嫌な奴になってるよ。

そんな事を自称した事がある人は一度、己の発言を鑑みて欲しい。

あなたが例えドSだとしてもズケズケ言っちゃうとしてもサバサバ系だとしても、相手が一律にドMな訳ではない。

怒られた事や嫌がられた事が無いのなら、それは周りが大人対応をしてくれているだけだ。

本当に気を付けて。

萌えるからと言ってなんでも書くのは危ない

 小説なり漫画なりで好きなシーンや良いシーンがあったら自分なりの解釈でそのシーンの絵や小説にすることがあると思う。

 先に述べるが、私はそれに大いに賛成である

 私は小説を書くのだが、その中で「ここのシーンたまんない!」とか言われて絵にしてもらえた日には感激で夜も眠れない。

 さらに言えば、私宛に送ってくれれば喜んで家宝にしたか軽率に送って欲しかった。

 だが世の中そんな人ばかりではない。

 これは私が以前に経験し、現在も未解決に近い(理由は後述する)話だ。

 私は当時とある作品のAというキャラにハマっていた。

 今でこそそのAは凄い人気なのだが、当時は登場して間もないこともありpixivなどで検索しても総数で2桁ないくらいだった。

 そんな由々しき事態に、私はそのジャンル出会った仲間たちと共にキャラの良さを広めるべく日々小説を書いていた。

 そんなある日、とあるCPを見かけた。

 それは現在そのジャンル大手CPのS×Aだった。

 これはいいと私も最初は書いたり読んだりしていたが、作品が多くなるにつれて主流が可愛いAという風になっていった。

 それも仕方ないことだ。

 Sに対してはAもツンデレのようなところもあったし、そもそも公式設定からして童顔など可愛い要素多めなのだ

 けれど初登場や要所要所で現れる格好良さ、正体不明の頃から時折見せる恐ろしさなども魅力なキャラだ。

 そして悲しいことに、私は後者の部分でAを愛していた。

 つまり解釈違いだ。

 こうなってはS×Aに触れにくくなる。

 幸いにして当時はAの魅力を全力投球で書いたA攻めの別CP小説が好評で普段のメインはこっちだった。

 だから無理してS×Aに触れる必要はない。

 ないのだけど——

 これまた悲しいことに私はSも好きだったのだ。

 特にAと絡むのが好きだった。

 これは原作エピソードのせいとも言えるのだが、語ると長いのでここでは省く。

 とりあえず、原作がAとSの絡みを推してくるのである

 そうなるとAとSが絡む二次が見たくなる。

 でもそれでは主流解釈可愛いAを見なければいけない。

 雑食とはいえ、解釈違いばかりというのはさすがにキツいものがある。

 ならばと、逆CPに手を出した。

 今から考えればこれがいけなかったのだが、当時は雑食の利点を生かした良い手だと思ったのだ。

 そして私はA×Sを検索するようになった。

 まぁ当時ジャンル自体マイナーな上に、その主流CPとは逆なため作品総数が少なかった。

 それでも活動する人はいた。

 そしてその中に彼女はいた。

 仮名はエヌ子としておこう。

 エヌ子は絵も小説も書けたため当時のpixivにあるASの大半は彼女作品だった。

 少なくとも私が検索した範囲ではエヌ子の作品に溢れていた。

 なので真っ先にエヌ子の作品をみることになったのたが、正直ドストライクだった。

 小説にしても小話を書いた絵にしても私の好みでヤバかった。

 本当に好みすぎてpixivに日参し、Twitterフォローして新作を待ち望むほどのファンになった。

 けれど声をかけることはしなかった。

 理由としては単純だ。

 私が雑食で、逆CPを既にいくつか書いていたかである

 私はそうではないが人によっては逆CP絶対NGなんてこともある。

 そもそもエヌ子はS総受の人だった。

 ならSA以外にもS攻めを書いている私なんか範疇外の可能性がある。

 だからまりかかわるべきではないと思ったのだ。

 だが悲しきかな、雑食書き手の性。

 エヌ子の作品を読む内に私もASを書きたくなった。

 そして同時に、エヌ子さんの作品もっと多くの人に見てもらいたいと思った。

 そのためにはどうすればいいか

 それが、その日からそれが私の命題になったのだ。

 そんなある日、エヌ子の新作が投下された。

 それはいもの妄想シチュエーションの絵だった。

 そして、その中のひとつが、私の心に深く刺さったのだ。

 それは普段Sにひどく当たってしまうAが酔っ払い甘えるというシチュエーションだった。

 簡潔に言えば凄く萌えた。ヤバかった。

 そして、この萌えならばいいのではないかと私は思ったのだ。

 この萌えならばエヌ子さんの作品紹介に打ってつけではないかと。

 そしてTwitterにてリツイートした。

 が、それでは足りないと思った。

 もっと他の作品pixivにあるから見てほしいと。

 そして、私はある作品を書き上げた。

 そう、それが冒頭の説明に繋がるのだ。

 つまり、私はエヌ子さんのその絵のシーンを元に小説を書いたのだ。

 そしてそれを、pixivにアップした。

 そのときはまだpixivにまとめた作品がアップされてなかったのでURLは乗せてなかったが、代わりに「エヌ子さんのAS萌えて」とも「元ネタはエヌ子さんの作品から」なども明記していた。

 これが多分いけなかった。

 これがどういう経緯でかは未だにわからないが、人伝に私が上げた作品を知ったエヌ子は「嫌だ」とツイートした。

 今はそのツイート自体消されてしまい残っていないのだが、はっきりとした拒絶だった。

 今でもそのショックは覚えている。

 だが考え方の違いもあるだろうし、何か不手際もあったのだろうと心を落ち着かせた。

 そしてすぐに該当作品を消し、リプでエヌ子にその旨を伝えた。

 すると今度はそれを「嫌だ」と言われたのだ。

 そして「きっかけのツイートは消すから戻して」と上記ツイートを消されてしまった。

 そうは言われてもこちももう消しているしと困惑する中、リプでは埒があかないと言われDMに移行することとなるのだが。

 DMもっと混迷する。

 そのときのやりとりは最初に消されてしまったツイート以外すべて画像に残しているのだが、先方がネットに公開しないことを約束しろと言うので上げられない。

 だが内容としては早々にこちから「どうしたいのかわからない」や「そちらの主張が一貫していない」ことを指摘した。

 すると先方からよくわからない問題を出されたり、果ては「消して済むなんて思うな」「こちらの仕事に影響が出て困る」などと送られてくるようになったのだ。

 こうなったのは多少は私の落ち度なのだろうが、それにしてもよく意味がわからなかった。

 その中で1番訳が分からないのは直接やり取りしているのに「仲介役になってくれ」と私と仲のいい相互さんに連絡していたりするところなのだ

 幸いその方にはエヌ子とのDMやり取りに移行するときからずっと相談しており、DM内容も見せていたので中立に徹してくださったのだが。

 その方をしても意味が分からないと言っているほどなのである

 なお、エヌ子がその方に送った文面は私は見ていない。

 その方が見ない方がいいと言ったからだ。

 まぁそれはいい。悪口だろうとなんだろと気にしない。

 それよりも最初の方に述べているが、これは未解決に近いことが問題なのだ

 結果を先に述べると、先方からの返信が来ていないのだ。

 DMでも埒があかないかSkypeにしてくれと言われ、証拠が残らなくなるからと断ったら返信がこなくなった。

 そしてフォローが外されてしまった(当時は相互フォローではないとDMを送れなかった)。

 まぁ返信が途絶えるのは既に何度もあり、その都度こちから折りをみて催促していたからそこはもうどうでもよかった。

 それよりもフォローが外された方が困ったのだ。

 先方都合でDMにしたのに、これではもう絶縁状である

 正確にはブロックはされていないので違うのだが、それでも返信しないという意志の現れである

 こうなると本当に困惑しかない。

 解決したいってのも、責任を取ってくれっていうのも先方の要望なのにそれを達成する前に切られてしまってはどうしようもない。

 このまま活動するにもまた絡まれ訳の分からないことを言われても困るし、そもそもCPを変えようとジャンルは同じなのだからどこかで出会可能性が高い。

 そして考えた結果、私はアカウントごと引退することを決めたのだ。

 そうする以外手段が思い付かなかったし、少なからず仲間たちに迷惑もかけていたのが嫌になっていた。

 そうして私は先方の消すなという言葉尊重し、pixiv作品には閲覧制限をかけ、ことの経緯を書いた文面を公開した。

 もちろんよく分からなかったところや、二転三転していた発言には触れずだ。

 そしてTwitterアカウントも消さず、あらましを書き放置した。

 後日談として、その後も繋がっていた相互さんなどから

解決してよかった!ってあの人すごく喜んでるんだけど」や、ちょっと人としてどうなの?という話を聞くのだが、もう関わりたくなさすぎてスルーしてしまった。

 その節は失礼しましたと、この場を借りて謝罪したい。

 でももうエヌ子には愛想が尽きていたから話も聞きたくなかったということで許して頂きたい。

 あと私の作品を好きだと言ってくださった人たちへの申し訳なさすぎが強かったのもある。

 閲覧制限をかけたあともpixivメッセで「好きでした。残念です」や「どうにか見れるようにしてもらえませんか」など当時はもちろん、数年経った今でも届く。

 それを見るたび、もっとどうにかならなかったかなと思う。

 なので、というわけではないがこれを書こうと思ったのだ。

 脱線なども多かったですが、一応これは注意喚起です。

 こういう人もいるからという。

 そして冒頭のそれになるのです。

 つまりいくら萌えようと安易に人の作品元ネタに書かない方がいいよっていう。

 書いてくれーって言ってる人は大丈夫でしょ?とか思うよね。

 ダメです。私の関わった人も言ってました。

 だから書くなら仲間内にした方がいいです。

 じゃないとこうなったときすごく面倒くさいです。

 神の作品とか書きたいよね。

 でも神ほど気を付けた方がいいです。

 神に失望したくないなら余計に。

 件のエヌ子ですが、最近は浮上していないようですけど未だにそのジャンルに居ますし、どうも商業お仕事しているようですし、別垢を持ってないとも限らないので本当に気を付けて。

 途中からパクリだとか、出るとこ出るとか気の弱い方だと心が折れそうなことまで言ってくるような人なので。

 そして、そんな人間はエヌ子だけではないと思うので私の実体験を元に紹介しました。

 長くなりましたが、どうか皆様は楽しい創作ライフお楽しみください。

 長文乱文をここまでお読み頂きありがとうございました。

2018-01-31

anond:20180131155044

ヴィーガニズムがなにかよく分からんが、件のTwitter主は動物安易擬人化しすぎてるのが問題だ。

まだ「イルカは知能が高いか人間範疇」とか言ってるイルカ保護活動家の方が筋が通ってる。

anond:20180131013502

地道に動ける範疇で変われば奇跡…くらいに思って生きていきます先輩…

2018-01-30

「新しさはいつも否定と拒絶を生む」2.5次元作品について思うこと

2.5次元作品が狂ってしまった、と嘆き憤る方の言葉を読んだ。

そのことについて思うところがある。

誤解のないよう、まず初めに私の立場を表明しておこうと思う。

私は、ペンライトうちわなどを持ち込んで応援のできるスタイル作品が、正直に言って苦手だ。「うちわ」が苦手なのである

作るのが面倒とか、視界に邪魔だとか、そういうことではない。

ピースして、ウィンクして、というような「要求型」の応援が得意ではないからだ。

ただし、くだんの記事で書かれていたように、こういう客席参加型の作品を狂ったとは思わないし、舞台ミュージカルではないとも思わない。

うちわさえなければ普通に、というかハチャメチャに楽しく観劇するだろう。

客席に降りてきたキャストファンサを貰ったら嬉しくて飛び上がるし、この色と決めていたペンライトカラーはすぐに揺らいで、軽率ブロマイドを買ってしまう。

界隈にはよくいるオタクだ。

ただ、気持ちは分かる。痛いほど分かる。

あれほどの感情は持ち合わせていないが、理解共感ができてしまうのである

例の記事にはもう少し冷静に、悪感情だけを振りかざさずに話をしてくれればよかったのにと思ってしまう部分が少なからずあるが、何言ってんだコイツ、と切り捨てられてしまうばかりではあまりに悲しいので、今回筆を執るに至った次第だ。

なんだよ老害が、と思った方も、時間が許すばら話を聞いてもらえると嬉しく思う。


先ほど、この応援スタイル作品は苦手だが、舞台ミュージカルではないと思わない、と申し上げたが、それはおそらく2.5次元より先にそのスタイル出会っていたのが根源にあるのではと思う。

舞台だけれど、歌って踊ってファンを振りまき、客はペンライトを振ったり声援を送ったりする。そのことに対しての違和感あるかないか。そこが私と彼の方との大きな差であろう。

例を挙げるなら、宝塚なんかが有名ではないだろうか。

1部と2部で分けられた構成で、似たようなもの存在している。観たことのある方も多いのではないだろうか。

それから四季マンマ・ミーア!なども、近いものがあるだろう。

カーテンコール熱狂ぶりは、一度体感して欲しい。

2.5次元作品名前をお見かけする俳優さんたちが出演しているものでいうなら、私は数年前に上演された「ボーイ・バンド」が分かりやすい例ではないかと思う。

劇作家であるピーター・キルター作品だが、世界中で初めての公演を日本で行ったものだ。

これは2.5次元作品ではないのだが、ミュージカルではなく、けれど歌があり、客はその歌に合わせてペンライトを振る。

ペンライトを持ってくることについて公式からアナウンスがあった)

少し時間が経ってしまったためよく覚えていないが、演者が客席に降りてのファンサービスもあったように思う。

歌われている曲は大ヒットしたJ-POPだ。(興行主側が曲を決めるらしく、作品として固定の曲はないようである。)一緒に歌ってほしいなどという煽りもあった気がする。

例の定型にはめるのなら、これらは舞台ではないということになるのかもしれない。

こういった作品は、知らないだけで、きっとずっと前から数多く存在しているはずだ。

ただ、昨今の2.5次元作品という界隈で、アイドルコンサートと一体化しているようなものが乱立している。

からとても目立つのだ。

2.5次元作品をかじっていればどうしても目についてしまう。それを苦手だと感じる人がいれば、極度の嫌悪感を抱いてしまうくらいには多いと思う。

おそらくだが、嫌悪までいかずとも、僅かばかりもやもやとしてしまう人にとって、そしてくだんの記事を書いた方にとっても、舞台コンサートイベントなどの種別に関わらず、興行というものは全て「参加するもの」ではなく「観るものなのだ

ただ、作品を観賞したい。それに尽きるのだ。

から舞台上の出来事を受けて起こる笑い声は演出ひとつと受け入れることができても、客席側から舞台上に向かって存在要求を主張するようなうちわや歓声は必要ないと感じてしまう。

少々暴力的言葉を使うなら、邪魔なのだ。余計なものだと感じてしまう。

要は、酢豚パイナップルなのである

あれが許せるか許せないか。あったほうが美味しいか、入っている意味すら分からないのか。

けれど、公式的にそれが認められ、あまつさえもっともっと要求までされているのものから困惑するのだろう。

どうして、と思う。

そして、自分が好きだったジャンルが「どうして」で溢れかえってしまう。

パイナップルの入っていない酢豚が食べたいのに、流行のせいで中華料理店パイナップル入りばかりを提供しているのだ。

こんな酢豚は要らない!私の思う酢豚はこんなものじゃない!と感じるのである

私自身、この手の舞台にっついては冒頭に書いたように苦手な部分があるので、チケット代分をしっかり楽しめる気がしないから近寄らないでおこう、くらいのスタンスでいるつもりだ。

2.5次元作品も好きだけれど、他にもオリジナルなり古典なり、全然関係ないアーティストライブなり、あちこち手を伸ばしているというミーハーな側面があるからだろう。

パイナップル酢豚しか見つからないなら仕方ない。

回鍋肉でも麻婆豆腐でも何かおいしそうなものがあれば、気が向けば食べる。

けれど、私が好きで好きで仕方ない漫画アニメ作品が、うちわを持って応援するスタイル舞台になってしまったら。

楽しいと思うしそういうのがあってもいいと思うよ、私は行かないけど」という立場を貫けるのか。正直わからない。

きっとあの記事を書かれた方は、一足先にその憂き目にあってしまったのだと思う。


とにもかくにも、最近このドルステタイプ作品が多いのは紛れもない事実だ。

少なくとも私が2.5次元作品を観るようになったばかりの頃は、ミュージカルストレートかといった分類だったように思う。

それを証拠に、ある作品舞台化するという情報が出たときは「ミュなの?ステなの?」なんて疑問文をよく見かけた。

最近では、うちわは有りなの?なんて言葉をよく見る。

新たなジャンルが生まれているのだなあ、と感じる一端だ。

この新たなジャンルは、確かに舞台作品範疇ではあるが、独特な応援スタイル存在しており、それを楽しめる人もいればとんでもなく苦手な人もいる。

2.5次元ミュージカルの先駆けのひとつと言われ、多くの動員数を誇るテニスの王子様だって、初めは観客もぽかんとしていたという。

テニミュに触れたことがあれば、知っている人も多いのではないだろうか。あの最初の曲。You Know?

はじめの台詞を言っとき、お客さんが「???」という反応だった、と演者の方が話していた。

そんな始まりだったが、千秋楽の頃には満員御礼

けれど、2.5次元ミュージカルがここまでの台頭を見せていなかった当時、「何で急に歌いだすの」「ミュージカルでやる必要ある?」と感じていたファンは一人もいなかったのだろうか。

決してそうは思わない。思わないが、徐々に受け入れられ、ファンが増え、公演数が増え、途絶えることな3rdシーズン

その折り返しをすぎた今、世の中には同じように漫画原作とするステージが数多生まれ、『2.5次元ミュージカル』という言葉自然発生的に生まれ、すっかり市民権を得ている。

今この時代チケットを握りしめて劇場にいった人の中に「何で急に歌いだすの?」「ミュージカルでやる必要ある?」なんて疑問を感じる人はいないと思う。

そうとわかった上で、私はそういう作品が好きで観にきているのだ、という人が殆どだろう。


先日放送されていた情熱大陸松田さんが仰っていた。

映画などとは違い、舞台初日の幕が上がるまでどんなものなのか分からない。

当たり前だが、その通りだ。

先ほどのテニミュ初めての公演のもそうであるし、刀ミュが初めて上演されたときなんかも記憶に新しい。

実質ドルステ。そういうような単語がいくつも踊っていた。分からないのだ、幕が上がるまで。

私が知らないだけで、もしかしたら公式サイトのQ&Aなどで、内容が予想できるようなものがあったのかもしれない。

公演前の宣伝番組で、内容が示唆されていたのかもしれない。

だが、そこまで下調べをし予想についての情報収集をしていく客の割合は、そう多くはないだろう。

出演者ではなく作品ファンというなら尚更だ。

少なくとも「ミュージカル刀剣乱舞」のタイトルフライヤーだけでドルステだろうなんて、よもや想像がつくまい。

そして、とても現金な話ではあるが、決して安くないチケット代を払い、宿泊先を押さえ、はるばる新幹線に乗って都市部へ足を運んで観る。どうせなら、心から楽しめる演出作品のものを選びたいと思うのが人の心理というものだ。

苦手だなと思う私の立場とは逆に、うちわを作ってペンラを振って推しキャラキャスト応援するスタイルが大好きで仕方ない人だっているはずだ。

知人にも数えきれない程いる。舞台には行ったことがなかったけれど、評判を聞いて2.5次元アイドル応援しにいった女の子。いつの間にかうちわ制作プロになっていて、自分の住んでいる県でも上演があるのに、このスタイル舞台なら!と言って、うちわを持ってあちこち飛び回るようになったお姉さま

舞台を観たことがない人を、いか劇場に来させるか。そんなことを、制作から聞いた。これまた情熱大陸だ。大成功である。そして、すっかり確立された演出方法にもなった。

きっと今、文化の変遷と定着の、まさに過渡期に立っているのである

からそろそろ、この新しいスタイル演劇名前つけませんか。

そうとわかった上で、私はそういう作品が好きで観に行くのだ。

これを当たり前にするために。

オペラから派生し、最初は格下だと思われ、あんもの芸術じゃないなどと言われてきたであろう、そして現代ではすっかり格式市民権を得たミュージカルのように、いつかこスタイル演劇も一つの舞台芸術の形としてウィキペディアに載る日がくるかもしれない。

2.5次元も嗜むしがない舞台ファンからの、ただひとつの願いである。

好物を聞いて

一番好感度が高い食い物って何だと思う?

俺はかつ丼じゃないかと思う

「好きな食べ物なに?」

「かつ丼」

こう答える奴に悪いやつがいパターンがまず想像つかない。

清水亮みたいに「どこそこのかつ丼」とかこだわって言うやつはこの場合らち外だとしよう。(別にそれが悪いというわけじゃない)

かつ丼が好きとか言っちゃうやつは、常識範疇でかつ丼っぽければまあ良しとしちゃうだろう。

三つ葉だノリだグリンピースがなんだとか言わないだろう。

そんなことを言うやつはスパッとかつ丼と答えられまい。

かつ丼。

こんなことを書く俺はもちろんそんな答えはできない。

かつ丼。

2018-01-29

anond:20180129203649

たぶん社内SEだと思います

開発以外にイントラネットサーバ保守とかも仕事範疇なので…。

やってる仕事の内容に被りは多々あると思うんですが、

十年以上前サポートが切れてる化石みたいな製品スクリプト書く仕事がたまにあったり、

こんなん続けてて大丈夫かなって思うことはあります

2018-01-27

anond:20180127044116

ああ後押しのつもりで言ったってことね

なるへそ

早くから連想範疇って訳だ

相変わらず言葉残酷だな

2018-01-26

anond:20180126125727

結果はぶっちゃけどうでもよくて問題過程でしょう?

「きっと彼はこう思ってるに違いないから私は彼が嫌い」

妄想的なんだよ

簡単に言えばね(文書で読み取れる範疇でな)

 

簡単相手から発言としては「仲直りしたい」でしよ?

増田は裏を予想ばかりしてるんだよ

別にそれ自体だけだとまだ臭くないんだけど、文書にすると臭気が強くなる

anond:20180126092919

自分判断勝手相手推し量ってるからだな

例えば相手が明確な行動をしたならともかく、彼の人格すら予想の範疇にして、それに対して行動してるから

似たような経験をしたことのある陰キャとしては痛々しいと思えてしま

思春期女子みたいにも見える

2018-01-24

日常的な事柄範疇なら見た目で中身も判断できるだろうが

それ以上はない

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