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2019-03-24

セックスレス増田から妻へ伝える気持ち

妻へ

いつもありがとう

増田自分意見をいうのはできます気持ちを伝えるのは下手なので文章します。

妻は知っているかわかりませんが増田自分に自信がありません。自分のことが嫌いです。ずっとずっと嫌いです。特別な才能もなければ妻のようにコツコツ何かを続けることもできないし、根暗デブでぶさいくでひねくれなので好きになるのは諦める勢いです。でもそんな増田を妻は好きだというのでとても嬉しいです。ダメ自分でも生きていてよいんだと肯定された気持ちになります感謝です。

また、妻と増田はいつも一緒で同じものを同じように楽しむことが多いので、ふとしたとき他人だということを忘れてしまます増田とまったく同じ価値観気持ちで生きていけるのだと勘違いしてしまます増田がよく言っているように、他人にそんな期待をしてはいけません。

突然ですが、増田にとってのセックス愛情表現です。まったくおしゃれじゃないし格好悪いやり方だけど、それでも相手に受け入れてもらえるということが増田のような根暗人間にとっては他にない活力になります。性欲もあるけどそれ以上に妻を自分の好きなように愛でたい、逆に妻にも増田をそういった形で応じてもらえると嬉しいと思ったりします。

価値観が近いと先に書きましたが、セックスについても同じなのかなと昔は思っていました。増田自分のしたいように妻を愛することができるのだと思ってました。けど、違いました。増田独りよがりでした。いらだちから妻に強く当たってしまたことも覚えています迷惑かけてごめんなさい。

妻ほど増田に近い人はいいから、もしかしたら…とこれまで何度も期待してしまいました。妻をセックスに誘うのはとても勇気がいります。断られたら、結局ふたりはぜんぜん違う人間だということが明らかになってしまうからです。精一杯やろうとしていることを拒まれたら、結局自分大事にしたい価値観を共有することはできないと知ってしまます自分を嫌いな増田のまんまです。本当は自分愛情存在を拒絶されたようで死にたくなる思いのところを、これは冗談から…と笑えるように誤魔化してきました。

そうですね、増田はいつも冗談めかして誘います。断られても傷つかないように、もしくは傷ついているとは思われないように、妻の重荷にならないように、です。でもそれは自信のなさの裏返しなのでとても格好悪いことです。

そんな格好悪い真似も、拒まれて傷付くのも、叶わない期待を他人に抱くのも、もう疲れました。

増田は今の自分が、妻といる自分が嫌いになってしまいました。家事や遊びに行くとき段取りなどなど、妻ががんばってくれてるあらゆることに感謝をしながらも素直に心から喜べません。他のことはそこまで頑張れるのになんで…と卑屈な考えが浮かんでしまうからです。一緒に見る映画スポーツなんかも同じです。他人への期待と失望無駄に繰り返すような自分には、何も心から楽しむことができません。

からどうする、という話ではないです。それでも妻には幸せでいて欲しいので、増田に一緒にいてほしいなら一緒にいます。でも先に書いたような増田気持ちもあるので、たまには1人にしてください。妻と増田他人だとちゃん理解できるように生きさせてください。たぶんそれでちょっとはうまくいく…かもしれません。うまくいかいかもしれません。

文章をうまく締められないけど、二人の生き方についてもう一度考えさせてください。よろしくお願いします。

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妻宛に書いたこ文章を送るかどうかでずっと悩んでいる。

送ったら何かが変わってしまうか、それなりの幸せが終わってしまいそうで。

ブラックIT企業を辞めました

新卒で入った会社を辞めました。

自分ブログもあるものの、退職日記はてなに書こうと思っていたので、書いてみます

みんな大好き、ブラック企業レポートです。

地元独立系SIer中小企業という表現が、この会社に最適な表現だと思います

売上のほとんどは、地元本社がある大企業が「地元を使う」という方針により案件をくれることで発生しているものでした。

私には「その大企業システム開発をしたいな」という希望があったため、入社しました。

まぁ、ブラック企業だったんですよね。

残業代が出たら1年目で年収1000万を超える」と表現したら、見事に言い表せていると思います

だいたいは日付が変わっていました。入社日はとても優しかったので、23時という早い時間に帰らせて頂くことができました。

番長い日では6時から4時まで働いており、1時間だけ気絶してから出社するという感じです。もちろん残業代は完全ゼロです。

それだけの時間入社したばかりの新人が一体何をしているのか。

そこまで仕事が多いわけがない、お前の仕事が遅い、無能ではないのかと思う人もいるのではないでしょうか。

それがですね、仕事と言えるものは何もしてないんですよ。

仕事、開発をしているならまだマシだったろうなと思いますね。

現実は、新人研修を受けて学んだことに対する「報告書」を延々と書き続ける、ただそれだけです。新人研修の内容は、外部の研修に放り込んだ方が圧倒的に先進的で実践的なスキルが身に付くであろう、非常に退屈なものでした。

文系出身プログラミングのプの字も知らない人向けに、C言語ハローワールドを書こうとかそんな感じの内容が新人研修ですね。

報告書の報告先は、社長です。

毎朝社長相手に報告会をします。

この社長は少しでも気に食わない内容があるとブチギレるため、研修担当社員新人1人につき担当1人)が怒られないことを目的に、徹底的に書き直させ続け、日付が変わります

社長のこういったお言葉によりこういった気付きがありました、本当に有難うございます」と、意味不明なことを書いたりしていました。

とは言えこ社長、その日の気分で言うことが180度変わるし、知識もイマドキのIT大好き大学生以下です。

報告書の内容に正解など存在せず、どんな内容のものでも理不尽にブチギレます。そのために研修担当社員は、見えない正解を目指し、少しでもマシになるよう、延々と書き直しを命じます

私はこの書き直しにゴールが存在しないことを察し、「ずっとスマホ弄って遊ぶ」という抜け道を見つけました。

残業代が出ないのですから仕事ではない、つまりサボりではありません。担当社員限界を感じたら帰宅OKになります。他の同期入社はずっと頑張って書き直していたように思えます(もしかしたら私同様に抜け道を見つけていたかも知れませんが)。

また社長性格も非常に陰湿で、新人のうち1人にネチネチと粘着し、クッソどうでもいいような内容にひたすら突っ込んできます

良く言えば、気に入った人をより成長させようと頑張っているのかも知れません。でも現実はただのパワハラいじめ状態ですね。

これでも孫が生まれたことで温厚になって来たらしく、「昔は怒声とともに灰皿が飛んでいた」という話を、30代40代社員からはよく聞きました。

私はこれ、孫の存在関係なく、時代が変わったことで流石に手は出せなくなっただけなんじゃないかと思っていますケド。あ、私はターゲットになることはありませんでした。

同期のうち、やたらとやる気あるタイプが2人いたので、社長はそっちに気を取られていました。ちなみに社員による社長あだ名は「キムジョンイル」です。

私の1年あとに入った世代だと、胃に穴を開けて吐いて辞めた人がいました。しかも気の毒なことに女性だったと思います

"思う"というのは、新人はほぼ全員3ヶ月以内に過労で辞めるので、穴が開いたのが誰かあまり覚えていないからです。もしかしたら、同時期に辞めた別の男性が穴を開け、女性普通に過労で辞めただけだったかもしれません。確かなことは、入社3ヶ月以内で1人、穴を開けて辞めた人がいることです。

どちらにせよ、この世代(私より1年あと)は、1年経つ前に、1人を残して皆過労で辞めました。

また毎朝始業前に「会社駐車場ポールを下げる」とか「掃除(中も外も)」とかも新入社員仕事でした。もちろんサービス出社です。

中小企業と言えども、地元大企業地元のよしみで仕事をくれるため、売上はそこそこ安定しているようで、小さいながらも自社ビルを建てることができました。

ビル管理会社を入れる規模ではないため、メンテナンス新入社員仕事になったわけですね。4時にポールを上げて6時にポールを下げるその行為に何か意味があるのか、私には理解できませんケド。

私は同期入社がいて、なぜかみんな1年では辞めなかったので、週交代にすることでかなり負担を軽減できてマシでした。

多くの世代では「自分以外みんな辞めた」という状況になるため、サービス出社の頻度が高くて大変そうです。

1人辞めると連鎖反応でドドッと辞めますよね。全員辞めて絶命する世代がいないのはわりと不思議です。

私は毎日出退社時刻を分単位ノートメモし、特に帰社時には親へ「今から帰る」とメールすることでデジタル証拠も残し、辞める時は全部請求するんだと同期と話をしていました。

同期はこれにより私を「ヤバい奴」と認識したらしいのですが、法的・権利的には、私は正しいことをしていると思います

こんな会社をなぜすぐに辞めなかったのか。結局、時間と金ですね。

大学には奨学金を借りて行ったので、すぐに仕事を辞めてしまうと本当にお金に困ってしまうわけです。買いたいものも多かったですし、せめて1年は耐えて少し貯金を作ってからと思っていました。

あと、これだけの時間サービス残業していると、新しく就職活動する時間がないというのもあります。仮に時間があったとしても「もう就活はやりたくない」というのもありました。

一般的によく言われる「3年は続けろ」は、あまり気にしていませんでした。

「すぐ辞めると、すぐ逃げると思われる。3年頑張ることで、逃げる奴ではないと評価される」と言えば、たしかにその通りかもしれません。

でも「さっさと見切りつけて辞めろよ、貴重な時間を3年も捨てるな」というのも、やっぱりその通りです。人によって考え方が変わります面接官がどう思うかなんて、運ですよ。

さてさて。

1年は耐えようと言いつつ、3年以上も勤めました。具体的に何年かはあえて割愛します。

それだけの期間なぜ続けることができたかというと、会社仕事をくれる大企業に「客先常駐」で出向となったのです。

日本中小IT企業あるあるの、合法的人身売買ですね。そろそろ辞めて転職活動するかなと思っていたところで出向を命じられ、その出向していた期間が丸3年です。

その大企業の人はとても優しく、楽しく働くことができました。

また自分で言うのもなんですが、私は有能な人材だと思います。その大企業内でとても重宝してもらえ、少しではあります経営戦略の手伝いなどもさせて頂き、配属部署には、転職して社員にならないかとの声もかけて貰えました。

が、人事部が「取引からの引き抜きはダメ」「どうしてもするなら会社許可を得ること」と言ってしまいました。

一応、ダメ元で社長許可を得ようとしてみましたが、ボーナスが劇的に減らされました。

これにより転職の決心がつき、転職エージェント登録し、転職活動。結果、超大企業転職しました。東証一部上場企業には、その中にも格付けとして、Topix Core30とかLarge70とかの指標があるみたいですが、そのあたりです。相当な規模の会社に入ることができました。

新卒時では、学歴フィルターで落ちていたと思います。そして私の社会人としての経歴は、大企業へ常駐してやっていたことが全てなので、この出向がなければ大企業へ入ることはできなかったでしょう。

そう考えると、出向を命じた前の会社のおかげとも言え、少し感謝もしています

この感謝気持ちがなければ、社名を出していました。

ブラックエピソードに戻りますか。

とは言っても、異常を極めた新人研修を耐えた後は、実業務のプロジェクトに参加し、そこからは極めて普通ブラックIT企業です。

ひたすら設計と開発で、毎日22~23時には帰ることができました(残業代はありません)。

が、頭おかし新人研修を乗り切ってしまったせいで、この時間苦痛と感じなくなっていました。

苦痛と感じなくなったと言っても、これがブラック労働であるという自覚はあったので、労働基準監督署にタレコミを入れました。

その結果、労基の監査が来たのですが、強制力がある監査ではなかったらしく、社長が追い返しました

「労基の監査がありましたが、問題なしという結果になりました」という感じの社内報があり、目玉飛び出るかと思いました。確かに、追い返したか問題ありではないな!

それ以降、残業をつけるなという命令が厳しくなったようです。書類上は定時退社がより徹底された感じでしょうか。

他にも、座っている時間が長すぎて重度の慢性前立腺炎になり、金玉まで炎症が広がり、早退して病院へ行き、早退した分給料引かれたりと、地味なクソエソードはあります

毎日ずっとサービス残業してるのに、所定労働時間に足りない分給料を減らすって、お前脳髄液でもお漏らししてんのかと思いましたね。

またブラック企業あるあるの、週休完全二日制です。

祝日があると週休3日になってしまうので、土曜を出社日とし、そこを会社指定有給とするという制度です。法律上従業員自分指定できる有給を5日残せば、それ以外は会社側が指定して使わせることができます

これによって1年頑張って有給を残しても、次の年の土曜への充当で有給を使わせて、5日以下の場合法律対応で増やす、つまり有給が年5日な上に、残しても溜まらない」という感じでした。

2年目の時、頑張って残した有給蒸発していることに気づいて総務部に乗り込んだら「使い切らなかったお前が悪い」という回答を得ました。

世の中のブラック企業ってこれですからね。ブラック企業実態を知らない政府が「有給年5日以上使用義務化!働き方革命!」とか言ってますが、現実これですからね。

あ、一応、勤続年数1年ごとに有給支給日数が1日増えるので、年間有給支給日数が、年間祝日数より5日以上多くなれば、そのオーバー分が溜まるようになります

辞めるかな~と思っていたら前述の出向で3年も社外にいたので、その間のトンデモブラックエピソードはなかったりします。そのため、一気に直近のエピソードに移りたいと思います

この会社には、全社員出席の忘年会があります

2018年末の忘年会では、直前になって社長が「バンドを聞きたい」と言い始めました。忘年会の2週間くらい前だったらしいです。

慌てて社内でギターやらドラムやらを扱える人を探し、忘年会の会場に許可を取ったりと、幹事は非常に大変な思いをしながら準備したそうです。

社内だけでは足りなかったため、外からバンドメンバーの知人にヘルプに来てもらったりしたのですが、忘年会には席がないため、演奏時以外、隅っこでぼ~っと座っている姿を見かけました。しかも、楽器類も全てを自分たちで持っているわけではないので、レンタルのものがあったらしいのですが、会社お金を出しておらず、自腹のようです。扱いが酷すぎますね。

それでもバンドはなかなかいい感じに盛り上がりました。

私は音楽のことはあまりからないのですが、素直に楽しめるバンドだったと思います

選曲も、社長の年齢を考慮した内容でした。

社長もこれには満足でしょう。

社長「うるさい」

忘年会の後、幹事社長に呼び出され、激しく叱られていました。

社長が求めていたものが何だったのかは不明です。

バンド要求し、そのバンドにうるさいとクレームを入れる人間は、相当なレアモノ、希少種だと思います

また年明け、バンドに参加した社員の一部は会社を辞めていました。

まり理不尽さにキレて辞めたのか、社長が辞めさせたのか、もともと辞める予定だったかは分かりません。流石に、辞める予定だったと信じたいです。

私は年明けに「辞めます」と会社に連絡(客先常駐ですから電話で)。

法律では退職日の2週間以上前で、一般論では1ヶ月以上前マナーでしょうか。

私は2月末の退職を年明け連絡ですから、ほぼ2ヶ月ですね。十分にマナーを弁えた連絡でしょう。が、「就業規則では何日前連絡か知ってるのか?」という言葉が向こうから出てきました。

私は入社からこの日のためにずっと労働基準法を調べまくって来ました。退職絡みの労働基準法は全て覚えました。

そのため「就業規則なんて知らないが、法律は2週間前なので、十分に余裕がある連絡です」と言ったところ、「法律なんて知るか、就業規則は~」でした。

こんな反論になっていないセリフを堂々と、しかも怒鳴って出すことができるその知能レベルには辟易しますね。法律は「知らなかった」では通用しない世界なので、ぜひ覚えておいて頂きたいところです。

まぁ、転職先がもう決まっているため、これは辞めるという確定事項に基づく事務手続きです。辞めようと思っている相談ではありません。

知識がなくても、この状態ならば「辞めます」の一点張り突破は誰でも余裕でしょう。



3月ももう終わりが近づき、4月から新しい人生を歩む人がたくさんいます

私のようなブラックIT企業に入ってしまった人は、「3年耐える」と「すぐ辞める」で悩むことになるでしょう。

どちらも同じくらいのメリットデメリットがありますブラック企業に入ってしまった、人生終わりだと絶望することなく、自社の分析をし、どちらが良いか考えましょう。まだ巻き返せます。いえ、うまくやれば、新卒時には考えられなかったルートへ進むことだってできますソースは私。

私のように耐えるのであれば、その耐えている期間で、転職先に売り込む武器となる経験スキルを身につける必要があります

何もせずただ時間が過ぎるのを待つだけでは、人生の貴重な時間ブラック企業養分として捧げるだけです。

何も身についていないまま歳を食ってしまったら、企業新卒を取ります

この企業で耐えても時間のムダだと思ったならば、すぐに辞めましょう。

即辞めて2年目の新卒として活動すれば、リセット可能です。

少子化により人手不足が叫ばれる世の中、新卒と2年目新卒とでは、差はありません。

ちょっと浪人したり留年したりすれば、年齢なんて同じですから

前職をすぐに辞めた理由をうまく説明できれば、むしろ判断力に優れた人材であると思わせることもできるでしょう。

生き方が下手

私は子供の頃から普通の人なら考えないような些細な事に引っかかってきた。

なぜ学校に行かなくていけないのか

なぜ勉強しなければいけないのか

なぜ結婚して家庭を持つの

なぜ世の中は偽善で溢れているのか

なぜ飲み会でお酌しなければならないのか

なぜ誰かに言われた何気ない一言いつまでも引きずってしまうのか

なぜこんな事をいちいち考えないと生きれないのか

上手な生き方を知りたくて

自己啓発本をいくつも読んだ。

そこに書かれてたのは、「考えすぎ」「気の持ちよう」 「何事もポジティブに捉えよう」

要約すれば「気にすんなよ」的な私からすればクソみたいな内容だった。

就職活動中に上手くいかなくて、担当先生

なぜ就職しなければならないのでしょうか?

と聞いたことがある。

そしたらお前は、お金が無くて生きていけるのかと聞かれて

それは無理ですね、じゃあ面接お金の為ですって答えていいですかと言ったら呆れられた。

一度面接で、貴方はどこにも採用されないよと言われた。

採用されないなら私はいらない人間ですか?

では私はなぜ生きるのですか?

質問したら、出て行って下さいと言われた。

私は生きるのが下手くそらしい、

そんな自分が嫌で自分を偽って生きてみた。

結局生き辛ささから解放されなかった。

最近は半ば諦めてそれが自分なんだと思い

死ぬまでそんな自分の良い意味でも悪い意味でも私らしさと共に生きていこうと思う。

日本政府支配している正副とかい人間

副大臣、正副議長と言う名前を聞いたことがあるだろう。

この人間の顔を見たことがある人はいるか?

この正副って奴は政治の表舞台に姿を見せない。

影で政府を操っている可能性が高い。

anond:20190324154531

うちは(定年前を除いて)減給というか降給は聞いたことねえな。最悪でも据え置きだな。

降格はあるかもしれないけど。

昇給・昇格年1回はおかし

が俺の持論。

俺はヒラなんだけど、ここ半年くらい業務リーダーいたことをやる機会が増えている。

とは言え大したことじゃない。自分含めた数人の業務進捗を管理して、誰がどんな作業をするか指示して、各人の抱える業務量が多すぎたり少なすぎたりしないようにコントロールして、業務に関するクリティカル情報があればそれをメンバー間できちんと共有して、業務に関するマニュアルがなければ整備する。

ここ半年は繁忙期で、とくに今シーズンは「物理的に不可能だろ」と思われたほどの業務量だった。それをなんとかこなせたのは、メンバーみんなの頑張りももちろんあるけど、誰もやりたがらないリーダーに俺がなることで業務が円滑に回るようにマネジメントできたことが大きいと勝手に思っている。

でもこの半年給料は変わらない。ほんとこれは理不尽だと思う。お前はよくやってると褒めてくれる人も社内にたくさんいたけど、褒めてくれたところでお金がもらえるわけじゃない。俺はお金が欲しくて頑張ってるんだ。

仕事ぶりで評価するってんなら、せめて遡及的にでもその期間の給料を上げて差額を支給とかしてくれないと、なんのために頑張ったのか分からない。

ほんとうなら年4回くらいは昇給昇格のタイミングが欲しい。モチベに関わる。

anond:20190324140731

女性がやってる一次創作少女サークル粘着するストーカーオタ男とか単発の被害結構いたことある

一読者の一線を超えちゃってるんだろうね

男がやってる一次創作サークル粘着してくるストーカー女ってあんまりいたことないんだよな…

始まったな

ドルゼナブリング反応という言葉くらいは聞いたことがあるだろう?

浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

anond:20190324063945

それはConclave...と一応突っ込んでおく。

ラテン語で「鍵をかけられる部屋」の意で、英語だと秘密会議家族会議という意味でも使われるらしい。"sit/be in conclave with ..."と使うらしい。

教皇選挙に出席できる枢機卿2009年から日本人がいないと思っていたら、前田万葉氏が2018年から任命されていたことを知った。

好きだった女の子の話

失恋しました。

失恋といえるほどのものでもないのだけど、でもきっとこれは恋だったと思います。私は忘れっぽいたちなので、忘れないよう、書き残しておきます。長いし、重いです。

出会ったのは小学1年生のとき。初めて友だちになってくれたのが彼女でした。誰とでも仲良くなれるような優しい女の子彼女は誰とでも仲良くなれる人だけど、私は違った。人見知りで、自分勝手で、今考えるとどうしようもないような性格だったと思います小学から中学校にかけての様々な件で私の性格はひねくれにひねくれ、自分いちばん醜いとまで思うようになっていきます。それでも小学から中学校までの9年間、ずっと仲良くしてくれました。彼女のことが一番大切だと思いました。

転機は高校ときです。彼女特殊高校に、私は普通高校に進学しました。彼女学校と私の学校そもそもシステムが違うため、長期休みが合うことはほとんどありません。臆病者な私は、彼女に連絡することを恐れるようになりました。彼女のことがとても大切だから勉強部活を私みたいな存在邪魔するのは、私自身が許せない。アルバイトを始めたと聞きました。なおさら、連絡なんてできません。そうなると(もうわかると思いますが)、あとは疎遠になっていくだけです。月日が流れれば流れるだけ、彼女神聖化したまま、私の記憶の中の彼女はやさしくてかわいいの子のまま美化されていき、とうといものへと変わっていきますもっともっと大切になっていきます高校生の間にも、数回遊ぶことがありましたが、私の前では昔と変わらずとてもやさしくて、素敵な彼女のままでした。きっとさらにすきになっていたと思います

はたちになると、成人式があります。いろいろな場所に散らばっていた友人たちも地元に集まります私たち同窓会をすることになりました。久しぶりにみんなに、特に彼女に会えることが嬉しくて、人一倍かわいくなりたくて、一番お気に入りワンピースを着て、時間をかけて髪を巻いて、丁寧にメイクをしていきました。かわいいねって言ってくれて嬉しかった。あなたにそう言ってもらいたくてそうしたのだから。この同窓会ときに、今度遊ぼうね、と約束しました。彼女卒業後は就職のため地元を出て都会に行ってしまうらしいのです。とてもとても楽しみにして、大学でのテストもいつもより少し頑張れました。彼女はまだテストがあったようなので、終わったらまた連絡してねと言って、そのときは終わりました。その連絡が来ないまま、彼女が都会へ既に向かっていたことを数日前に知りました。

「いつ遊べそう?」「春休みわっちゃうね」「遊べなかったね〜」「もう都会のほうにいるって本当?」何を言っても傷つけてしまうような気がして、この文章を書いている今も、どうメッセージを送ればいいのかわかりません。高校友達と遊んでいるのならば邪魔したくはないなあ、引越しの準備が思うよりも大変で忙しいのかもしれないし…と思い込むことでなんとか今日まで生きてきました。「どうして知らせてくれなかったのかな」とも思ったけれど、たまにしか遊ばない友達に出発の日時を教えるわけがありません。この結末はただの自業自得です。大切にしたくて、私がいちばん醜いと考えている自分から遠ざけようとして疎遠になるなんて、自分もびっくりするくらいのブーメラン。なんて救えない。彼女にとって昔よく遊んだ程度のお友達になっていただけなんです。どうしようもない、始まってすらいない私の初恋はここで終わります

こんなこと、誰にも話せないから、ここに書きました。友達がずっと恋愛感情を持っていたなんて知ったら気持ち悪がられるに決まってる。なによりこんなことを書いている私が、私のことを一番気持ち悪いと思っているのだから。そう思われたくない。彼女に嫌われることは何より怖い。好きだと言うことも今後絶対にない。叶うこともない。だって彼女女の子で、私も女。彼女はたぶん異性のことを好きになる人です。それでも話せるだけで嬉しかったし、満たされていたし、じゅうぶん幸せだった。ずっとずっと仲良くしてくれてありがとうあなたは私の救いで、大げさかもしれないけれど、光でした。あなたは強い人だから、きっとお仕事もうまくいきますあなたがこれから幸せであるようにここから願っています

2019-03-23

どの作品かな~

314名無しんぼ@お腹いっぱい2019/03/23(土) 23:49:11.34ID:R+m2X9d60

フェイクありの愚痴

コミカライズやってるんだがキャラデザの人に今月の表紙と特典を描かせていたことを献本で知った

この雑誌でこれまでずっと作品を描いてきたのは俺なのにお前は必要ないと言われたような気分でショックから立ち直れない

コミカライズの扱いってどこもこんなもんなのか

自分はもう次行くけど●●への恨みは忘れないよ

●●の適当仕事ぶりは同業の間でも有名だよ

悪い噂しかいたことないし誰も感謝してないよ

うわべだけだよ

あの人もあの人もあの人も言ってたよ

右から左仕事してるくせに口だけは偉そうだって

悪名高き高輪グリーンマンション事件最高裁判決

 日本刑事司法お祭り騒ぎ状態でまだまだ完璧にやらないといけない時代で、警察官の有形力の行使方法に関する判断基準定型的だが、結論としては、法廷意見が、昭和オヤジ警察官に有利に扱っていて調子に乗っていた時代

任意捜査においては、強制手段、すなわち、「個人意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的捜査目的を実現する行為など、特別根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」(最高裁昭和五〇年(あ)第一四六号同五一年三月一六日第三小法廷決定・刑集三〇巻二号一八七頁参照)を用いることが許されないということはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである。」

 という判断基準は、実に完璧主義で、定型的であり、やる気は感じられるが、趣味は感じられない。

 補足意見で別の裁判官が、任意捜査としてはやりすぎで違法という冷静な意見を述べたが、当時の興奮した最高裁では採用されず、警察官を勝たせる意見法廷意見採用された。このように、一種興奮しすぎた権力実態が横行していた時代であったが、昭和60年に、昭和オヤジの機長が起こした日航機墜落事件が発生した。

 このような興奮しすぎて、判断基準定型化していた当時の権力状況と、何か関係があるのだろうか。

S59.02.29 第二小法廷・決定 昭和57(あ)301 殺人(第38巻3号479頁)(高輪グリーンマンション事件

主    文

     本件上告を棄却する。

     当審における未決勾留日数中六〇〇日を本刑に算入する。

         

理    由

 一 弁護人加藤満生、同猪狩庸祐、同沼尾雅徳(以下「弁護人ら」という。)の上告趣意第一点の一のうち、判例違反をいう点は、所論引用判例は非供述証拠に関するものであつて事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法一条、三三条、三四条、三八条違反をいう点を含め、また、被告人本人の上告趣意第一第一ないし第五の、被告人に対する取調手続違法理由として憲法三条、一八条、三一条、三三条、三四条違反をいう点は、いずれも実質は単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。(職権判断

 1 第一審判決及び原判決認定するところに記録を併せると、被告人に対する本件取調べの経過及び状況は、おおむね次のとおりである

 (1) 昭和五二年五月一八日、東京都港区ab丁目c番d号eマンシヨンf号室の本件被害者A方において、被害者が何者かによつて殺害されているのが被害者の勤め先の者によつて発見され、同人通報により殺人事件として直ちに捜査が開始され、警視庁捜査一課強行犯二係を中心とする捜査本部が所轄の高輪警察署に設置された。犯行現場の状況等から犯人被害者と面識のある者との見通しのもとに被害者生前の交友関係を中心に捜査が進められ、かつて被害者同棲したことのある被告人もその対象となつていたところ、同月二〇日、被告人は自ら高輪警察署に出頭し、本件犯行当時アリハイがある旨の弁明をしたが、裏付捜査の結果右アリバイの主張が虚偽であることが判明し、被告人に対する容疑が強まつたところから、同年六月七日早朝、捜査官四名が東京都大田区gh丁目i番j号所在のB荘(被告人の勤め先の独身寮)の被告人の居室に赴き、本件の有力容疑者として被告人任意同行を求め、被告人がこれに応じたので、右捜査官らは、被告人を同署の自動車に同乗させて同署に同行した。

 (2) 捜査官らは、被告人の承諾のもとに被告人警視庁同道した上、同日午前九時半ころから時間余にわたつてボリグラフ検査を受けさせた後、高輪警察署に連れ戻り、同署四階の三・三平メートルくらいの広さの調べ室において、一名(巡査部長)が主になり、同室入口付近等に一ないし二名捜査官を立ち会わせて被告人を取り調べ、右アリバイの点などを追及したところ、同日午後一〇時ころに至つて被告人は本件犯行を認めるに至つた。

 (3) そこで、捜査官らは、被告人に本件犯行についての自白を内容とする答申書を作成させ、同日午後一一時すぎには一応の取調べを終えたが、被告人からの申出もあつて、高輪警察署長宛の「私は高輪警察署でAさんをころした事について申し上げましたが、明日さらにくわしく説明します。今日は私としても寮に帰るのはいやなのでどこかの旅館に泊めて致だきたいと思います。」と記載した答申書を作成提出させて、同署近くのCの宿泊施設被告人宿泊させ、捜査官四、五名も同宿し、うち一名は被告人の室の隣室に泊り込むなどして被告人挙動監視した。

 (4) 翌六月八日朝、捜査官らは、自動車被告人を迎えに行き、朝から午後一一時ころに至るまで高輪警察署の前記調べ室で被告人を取り調べ、同夜も被告人帰宅を望まないということで、捜査官らが手配して自動車被告人を同署からほど近いホテルDに送り届けて同所に宿泊させ、翌九日以降も同様の取調べをし、同夜及び同月一〇日の夜はEホテル宿泊させ、右各夜ともホテルの周辺に捜査官が張り込み被告人の動静を監視した。なお、右宿泊代金については、同月七日から九日までの分は警察において支払い、同月一〇日の分のみ被告人に支払わせた。

 (5) このようにして、同月一一日まで被告人に対する取調べを続行し、この間、前記二通の答申書のほか、同月八日付で自白を内容とする供述調書及び答申書、同月九日付で心境等を内容とする答申書、同月一〇日付で犯行状況についての自白を内容とする供述調書が作成され、同月一一日には、否認供述調書(参考人調書)が作成された。

 (6) 捜査官らは、被告人から右のような本件犯行についての自白を得たものの、決め手となる証拠が十分でなかつたことなどから被告人逮捕することなく、同月一一日午後三時ころ、山梨市から被告人を迎えに来た被告人の実母らと帰郷させたが、その際、右実母から「右の者御署に於て殺人被疑事件につき御取調中のところ今回私に対して身柄引渡下され正に申しうけました」旨記載した高輪警察署長宛の身柄請書を徴した。

 (7) 捜査本部ではその後も被告人自白裏付けるべき捜査を続け、同年八月二三日に至つて、本件殺人の容疑により前記山梨市の実母方で被告人逮捕した。被告人は、身柄を拘束された後、当初は新たなアリバイの主張をするなどして本件犯行否認していたが、同月二六日に犯行自白して以降捜査段階においては自白を維持し、自白を内容とする司法警察員及び検察官に対する各供述調書が作成され、同年九月十二日、本件につき殺人の罪名で勾留起訴された。

 2 右のような事実関係のもとにおいて、昭和五十二年六月七日に被告人高輪警察署任意同行して以降同月一一日に至る間の被告人に対する取調べは、刑訴法一九八条に基づき、任意捜査としてなされたものと認められるところ、任意捜査においては、強制手段、すなわち、「個人意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的捜査目的を実現する行為など、特別根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」(最高裁昭和五〇年(あ)第一四六号同五一年三月一六日第三小法廷決定・刑集三〇巻二号一八七頁参照)を用いることが許されないということはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである

 3 これを本件についてみるに、まず、被告人に対する当初の任意同行については、捜査の進展状況からみて被告人に対する容疑が強まつており、事案の性質、重大性等にもかんがみると、祖の段階で直接被告人から事情を聴き弁解を徴する必要性があつたことは明らかであり、任意同行手段方法等の点において相当性を欠くところがあつたものとは認め難く、また、右任意動向に引き続くその後の被告人に対する取調べ自体については、その際に暴行脅迫被告人供述任意性に影響を及ぼすべき事跡があつたものとは認め難い。

 4 しかし、被告人を四夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設宿泊させた上、前後五日間にわたつて被疑者としての取調べを続行した点については、原判事のように、右の間被告人が単に「警察庇護ないしは緩やかな監視のもとに置かれていたものと見ることができる」というような状況にあつたにすぎないものといえるか、疑問の余地がある。

 すなわち、被告人を右のように宿泊させたことについては、被告人の住居たるB荘は高輪警察署からさほど遠くはなく、深夜であつても帰宅できない特段の事情も見当たらない上、第一日目の夜は、捜査官が同宿し被告人挙動を直接監視し、第二日目以降も、捜査官らが前記ホテルに同宿こそしなかつたもののその周辺に張り込んで被告人の動静を監視しており、高輪警察署との往復には、警察自動車使用され、捜査官が同乗して送り迎えがなされているほか、最初の三晩については警察において宿泊費用を支払つており、しかもこの間午前中から深夜に至るまでの長時間、連日にわたつて本件についての追及、取調べが続けられたものであつて、これらの諸事情に徴すると、被告人は、捜査官の意向にそうように、右のような宿泊を伴う連日にわたる長時間の取調べに応じざるを得ない状況に置かれていたものとみられる一面もあり、その期間も長く、任意取調べの方法として必ずしも妥当ものであつたとはいい難い。

 しかしながら、他面、被告人は、右初日宿泊については前記のような答申書を差し出しており、また、記録上、右の間に被告人が取調べや宿泊拒否し、調べ室あるいは宿泊施設から退去し帰宅することを申し出たり、そのような行動に出た証跡はなく、捜査官らが、取調べを強行し、被告人の退去、帰宅を拒絶したり制止したというような事実も窺われないのであつて、これらの諸事情総合すると、右取調べにせよ宿泊にせよ、結局、被告人がその意思によりこれを容認し応じていたものと認められるのである

 5 被告人に対する右のような取調べは、宿泊の点など任意捜査方法として必ずしも妥当はいい難いところがあるものの、被告人任意に応じていたものと認められるばかりでなく、事案の性質上、速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があつたものと認められることなどの本件における具体的状況を総合すると、結局、社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法ものであつたとまでは断じ難いというべきである

 6 したがつて、右任意取調べの過程作成された被告人答申書、司法警察員に対する供述調書中の自白については、記録上他に特段の任意性を疑うべき事情も認め難いのであるから、その任意性を肯定し、証拠能力があるものとした第一審判決を是認した原判断は、結論において相当である。二(一)弁護人らの上告趣意第一点の二及び被告人本人の上告趣意第一章第七、第九の一、二の、被告人自白警察官らの強制拷問脅迫誘導等に基づくか、その影響下におけるものであるとして憲法六条、三八条一項、二項違反をいう点は、記録を調べても、所論のように供述任意性に影響を及ぼすような違法な取調べがなされたものとまでは認められないから、所論はいずれも前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 (二)被告人本人の上告趣意第二章第一の、被告人勾留中の自白警察官偽計に基づくものであるとして判例違反をいう点は、記録を調べても、被告人の右自白警察官偽計に基づくものとは認められないから、所論は前提を次ぎ、適法な上告理由にあたらない。

 三 被告人本人の上告趣意第一章第六の、被告人の所有物に対し違法押収がなされたとして憲法五条違反をいう点は、違憲をいう点をも含め、実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

 四 弁護人らの上告趣意第一点の四(上告趣意書に「三」とあるのは誤記と認められる。)のうち、判例違反をいう点は、

 記録を調べても、原審が所論の証人申請却下したのが合理的裁量範囲を逸脱したものとは認められないから、所論は前提を欠き、その余の点及び被告人本人の上告趣意第一章第八の二は、憲法七条違反をいう点をも含め、いずれも実質は証拠の採否に関する単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。

 五 被告人本人の上告趣意第一章第九の三の憲法八条三項違反をいう点は、原判決及びその是認する第一審判決が被告人自白のみを証拠として被告人有罪認定したものでないことは各判文上明らかであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 六 弁護人らの上告趣意第一点の三(上告趣意書に「二」とあるのは誤記と認められる。)及び被告人本人の上告趣意第二章第二の判例違反をいう点並びに被告人本人の上告趣意第一第一、第八の一、第一〇の憲法一条、一三条あるいは三七条一項違反をいう点は、いずれもその実質は審理不尽をいう単なる法令違反事実誤認の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。

 七 弁護人らの上告趣意第一点の三(前記六参照)の(五)及び被告人本人の上告趣意第二章第二の二のいわゆる伝聞証言証拠としたとして違法をいう点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

 (職権判断

 記録によれば、F警部は、第一審において、ポリグラフ検査の際、被告人に本件被害者の着用していたネグリジエの色等、本件の真犯人でなければ知り得ない事項についての言動があつた旨証言し、第一審判決及びこれを是認した原判決は、右証言採用して右言動認定し、これをもつ被告人を本件の真犯人と断定する一つの情況証拠としていることが明らかである。右証言は伝聞ないし再伝聞を内容とするものであるが、右証言の際、被告人及び弁護人らは、その機会がありながら異議の申立てをすることなく、右証人に対する反対尋問をし、証人尋問を終えていることが認められる。

 このように、いわゆる伝聞ないし再伝聞証言について、異議の申立てがされることなく当該証人に対する尋問が終了した場合には、直ちに異議の申立てができないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があつたものとしてその証拠能力を認めるのが相当である最高裁昭和二六年(あ)第四二四八号同二八年五月一二日第三小法廷判決刑集七巻五号一〇二三頁、同二七年(あ)第六五四七号同二九年五月一一日第三小法廷判決刑集八巻五号六六四頁、同三一年(あ)第七四〇号同三三年一〇月二四日第二小法廷判決刑集一二巻一四号三三六八頁等参照。これらの判決は、伝聞証言証拠能力を認めるについて、異議の申立てがなかつたことのほか、証人に対し尋ねることはない旨述べられた場合であること等の要件必要とするかのような判示をしているが

デリヘルではじめてセックスした僕は素人童貞なのか

今、僕は26歳だ。

これまで女性と付き合ったことはなく、セックスしたことはもちろん手を繋いだことだってなかった。

でもそれまでは、まだなんとなくいつかは彼女が出来てセックスする日が来ると思ってた。

でも中高大と男ばかりの世界でもできなかった彼女が、男性が多い職場社会人にできて、その人とするなんてことは起こりようがなかった。

それでも性欲はあるし、いい加減誰かとセックスしてみたかった。

そんなふうに働いて数年、生活に余裕があるのにやることはない日常の中で少しずつ風俗で脱童貞しようという気になっていった。

でもそれまでセックスしたことなかったし、なんだか臆病な性格から、とりあえずデリヘルに行って女性キスしておっぱいを吸ってみることにした。

それまでの経験から見たらそれでもすごく勇気のいる英断だった。

そして僕は色々なサイトを見てお店と女の子を決めて電話した。

はじめてのデリヘルはすごく楽しかった。

来た子はすごく可愛くて、二回もいってしまった。

これで僕はデリヘルが大好きになった。

そしてたまに僕はその子遊んだ

でもその子は突然辞めてしまった。

最初はショックだったけど、そういうことがある遊びだと思って立ち直った。

僕はまた他の子を呼んだ。ハズレもあったけど、楽しいことが多かった。

そんな風にして遊びにも慣れていたころ、僕がはじめてセックスした子と出会った。

の子はとっても可愛くていつも楽しかった。

僕は色々世間話をするうちに童貞であることも話した。

何度か指名して遊んだ後だった。

彼女からセックスに興味はないのか聞かれた。

僕は当然興味あるし、してみたい。でもそれにはまたもう一つハードルがあるし、失敗も怖いと伝えた。

すると彼女から「私としてみない?」と誘いを受けた。

童貞なんてちょろいもので僕はその子のことが好きだったし、その誘いに有頂天になって間髪いれずに同意した。

そして僕は童貞卒業した。

そこで本題に入る。

僕はこのとき童貞卒業した。しかし、それによって僕は非童貞になったのか?それとも素人童貞になったのか?

かに彼女風俗嬢だ。しかしそれはデリヘルであり、そのための対価しか支払ってなく、セックス無償なのだ

はじめてセックスをするシチュエーションは様々あるだろう。

彼女とする。年上に導かれてしてしまう。

そして、これをお金でやると素人童貞になる。

僕の場合はどうだろう。

どちらに分類するのがいいのだろうか。

評価は分かれるだろう。

だが少なくとも僕は自分のことを素人童貞だとは思っていない。

人に聞かれたら正々堂々童貞ちゃうわ!と答えてる。

でもシチュエーションを答えたことはない。

けものフレンズ2に対する批判的なネット世論について思うこと

まず本稿はけものフレンズ2(以下「けもフレ2」とする。)を擁護するわけでも批判するわけでもない。アプリから見てきた自分が今のけもフレ2やそれに対して思うことを述べるだけである(割と長いので、最後の方に自分が言いたい事をまとめたので、とりあえずそこだけ読んでくれればいい。)。

今の制作陣の方には申し訳ないが、やはりけもフレ2はけものフレンズ1(以下「けもフレ1」とする。)と比べると、一段劣ると言わざるを得ないだろう。それ程にたつき監督の作るけもフレ1は面白かった。

ただ、けもフレ1期を楽しんだ層のうち、アプリ版に触れたことのある層はそう多くはないだろう。だからアプリ版の人気からすると1期は出来すぎであり、2期くらいの評価妥当な所だと思う(アプリ版は面白かったが大人気になる事は無かった。)。

けもフレ2の最新話で登場した観覧車けもフレ1で登場した観覧車であり、その観覧車朽ち果て海に沈んでいたこからけもフレ1の否定だ」等という意見を見たが恐らくそれは的外れ意見だと思われる。そもそもけもフレと言う物語出会いと別れというテーマが根幹にある。恐らく観覧車が海に沈んでいたのは、けもフレ1とけもフレ2は同じジャパリパークではあるものの、時間が経過しているということを表現たかったに過ぎない。

そもそもアプリからけもフレ1が出るまでの間にジャパリパークは壊滅している。アプリ版ではジャパリパーク運営されていたが、けもフレ1ではヒトが珍しいという状況になっている。けもフレ2に対してけもフレ1の否定だと言う人は、アプリからけもフレ1になるにあたってアプリ版の否定だと言ったのだろうか。

イエイヌの回だって、自ら別れを切り出しイエイヌに対して、一緒に行こう等という事が本当にイエイヌにとって幸せな事だろうか(ただ、制作陣の表現の下手さがあの超低評価を招いた事は否定出来ない…。)。それは恋愛系の作品で敗れたヒロイン主人公に付き纏うような物である

けもフレ1終了後にたつき監督が解任され、けもフレ2は当初からアンチが多数存在する危険コンテンツになった。そんな火中の栗は誰も拾いたくない。そんな中でどういう経緯か分からないが木村氏が監督になる事になった。そんな木村氏のTwitterにはけもフレアンチ粘着している。それって本当に意味がある事なのか?

社会に出れば誰も悪くないが色々な事が重なってプロジェクトダメになる事なんて日常茶飯事だ。けもフレ1のたつき監督の解任に関しても、誰かが全部悪くて誰かが完全なる被害者なんて事は無いだろう。

最終的に自分が言いたいのは

けもフレ1は傑作

けもフレ2はけもフレ1と比べれば劣るが、アプリから続いてきたテーマ踏襲している

監督に凸しても監督メンタルがすり減るだけでなんの意味も無いからやめた方がいい

という事だ。

ここまで読んでくれた人がいたら本当にありがたい。

ゲームとかでLINEスタンプ発売みたいな関連記事をたまに見かけて、何に使うの? 廃棄する公文書かに押すの? とか思ったけど調べたところLINEで使うもの用途は調べたけどよく分からなかった)らしい。友達といえばイマジナリーフレンドしかいたことないぼっちで、LINE登録してもぼっちバレして消されるから登録してないし知らなかった。

ちょっとイマジナリーフレンドにLINEスタンプって知ってる? って自慢してくる。

ヤケクソでプロ「年下のお姉さん」に責められて絶叫絶頂しちゃった件

都内某所のラブホで僕は一人ソファー腰掛けて頭を抱えていた。とても不甲斐ない気持ちだった。たか風俗遊びと自分に言い聞かせても、昨日のデリヘルでのプレイの後悔が拭い去れなかった。お相手いただいたお姉さんは否がない。いつもと違ったプレイがしたかったのに、気づいたら僕の描いていたシナリオと全く違う結末になっていた。そこに些細な仕事での失敗感も重なって、自分に対する情けなさと憤りを感じていた。

悲劇出張で始まった

ことの発端は数日前の地方出張なのです。ビジホの机で仕事をしていたら、コンクリ壁の向こうからゴンゴン音がする。ずいぶん荒っぽい荷物の扱いだなと思っていたら、どうやら甲高い声がする。子猫の鳴き声、赤子のギャン泣き…違ぇ、これは喘ぎ声だと気づく。ああ、こっちはせっかく気持ちよく仕事を終えて寝ようと思ってたのに、デリヘル呼んで大声聞かせやがってふざけんなよ。

いざデリヘル

翌日帰京後、僕はためらうことなデリヘルを呼んでラブホへと向かった。普段は予定が合わないランキング上位嬢の出勤予定と僕の予定が一致していたので、今回はこのお姉さんにしようと決め込んで予約した。これが間違えの始まりだったとあとで気づくことになる。嬢はオタサーの姫っぽい服を着てやってきた。年はずいぶんお若いようにみえた。見た目はこけしっぽいかわいさだけど巨乳むっちりで、アヒル口風のキメ顔が最高にキマってた。僕こういうの、すき。なるほどランキング上位になるわけだなと納得。抱きつくとシャンプーや衣類洗剤の香りじゃなく、人間匂いがした。こけし嬢は中川翔子っぽい喋り方で勢い良く喋ってくれたので、プレイは順調に進むと思っていた。ただ、腹の肉が邪魔してオプションコスプレ衣装ボタンが半分しかまらなかったので、僕の衣装選びセンスの無さに心の中で泣いた。なぜだろう、僕はこけし嬢に遠慮していた。なんだか、言葉に表しにくかったのだが、こけし嬢は急いでいるように感じた。

僕はあの日壁越しに聞いた悶絶デリヘルみたいに、こけし姉さんにも盛大な喘ぎ声を出してほしかった。プロからその程度のリクエストに答えるのは容易いだろうと思っていた。しかし、それは裏切られた。

「どうしてほしい?」

と、こけし嬢は問いかけた。僕は緊張していたので

「お姉さんの喘ぎ声いっぱい聞きたいです。あと、僕を責めてほしいです♡」

って言っちゃったんだ。うん、一行で意味不明な即堕ちしてるね。こけし嬢は「うん、わかったー!」と二つ返事で仕事を始めてくれた。お口でしてくれたり、手でゴシゴシしてくれた。そうしたら、早く射精しなきゃいけないという気がしてきた。だから、すぐに、射精した。お姉さんにアンアン叫んでもらうはずが、僕が叫びながら射精してしまったのだ。そうしたら、時間全然余ってた。適当に話して時間になってさよならした。全然楽しくなかった。60分コースだった気がするけど50分ちょいしか経っていなかった。

反省反省、ただ反省

こけし嬢の去ったラブホで一人、無駄に大画面なテレビワイドショーを見ながら悩んだ。この不満感はなんだ。性欲発散するために来たのに、来るときより帰るときのほうがフラストレーションが溜まってるじゃねえかと。冒頭の記述は何が悪かったのかと悩んでいる無様な様子だ。

こういうときサンクコストを切れるヒトは強い。「次行こ、次」といって立ち直れるヒトはすごい。僕はそうじゃなかったので、そこで出した結論は「次の日ソープへ行き再挑戦する」だった。ソープにしたのは、なんとなくやさしいお姉さんが多そうな気がしたからというだけである

もう一度、チャンスをください

もう、ヤケクソだ。ランキングも当てにならぬ。次は誰にお相手願おうか、もうあれこれと悩むを止めた。条件は、なるべく年齢高めでお姉さん以上オバサン未満で懐の広そうなお姉さんを選びたい。若い、未経験、初々しい、ドM、そういう店長コメントのついたお姉さんはまず論外。美形で敏感とかランカーとかそういうのも、だめだ。バッサバッサと切り捨てた先に残ったお姉さんは、どれもパッとしない。写メ日記を見ながらマメそうなお姉さんを選んだ。

さあ、期待値からソープを始めよう

翌日になった。もう、ドキドキしないでお姉さんにご対面だ。コスプレオプションで頼んだセーラー服がはち切れんばかり…いや、はちキレていた。

「この制服小さくて前が閉まらないんだぁ」

申し訳なさそうに語る顔はケバい小野早稀で、体は乳40%OFFの青木りんであった。お乳は水風船みたいに乳首ちょっと外向きで大変素晴らしい駄肉でございました。年齢は20代で僕より少し若い。ちなみに小野早稀青木りんもすきだけど、混ぜたらあんこパスタみたいになってしまってる。声はちょっとかすれてて、苦労してそうだなあと要らぬ想像をしてしまった。

責めるのです。そう、前からそして後ろから

まず、深呼吸して僕はこれまでの事情小野お姉さんに10分くらいかけて話した。一度失敗してるから、落ち着いてしっかりと伝えた。小野お姉さんは失敗談を笑ってくれたので、少し救われた。

はい、わかりました、大丈夫だよぉ」

と言ってくれて、プレイを始めてくれた。

それで、小野お姉さんは「ここ触ってぇ」といいながら仰向けになって秘所を触らせてくれた。制服スカートくぱぁしているアソコを見ていたら興奮してきた。

ここで挿れたらうまく行きそうな気がしたので、初めて正常位をやってみた。挿入するときには小野お姉さんが

「もうちょっと上、あっ、そこだよぉ」

って言うやつをやってくれて、それがすごくエロかった。でも挿れてもそんなに気持ちよくない。腰を振っても振っても進んでいる気がしない。ふと脳裏に「糠に釘」という諺が思い浮かんで、これってエロ比喩なのかなんて思い笑いそうになった。ところで正常位ってどんな女の子でも絶対ブスに見えるのはなんでなんだ。現実世界バグ修正してほしい。正常位しながらキスしてみたら、お腹がつっかえてやり辛い事に気づいた。僕はBMI28なので、やせなきゃなあと思うのであった。そして、小野お姉さんは申し訳程度に

「あ〜! 逝っちゃう〜」

というのをやってくれた。なんだろな、これを求めてたはずなのにあんま嬉しくないな。

なんとなく正常位は身体の収まりが悪い気がして、後背位に変えてみた。後ろを向くと大きなお尻と美髪が拝めて興奮が高まった。そうか、バックもありだなあと思った。お尻を掴みながら腰を振る。もうエアーズロックにでも抱きついてる気分だ。小野お姉さんの重量感を感じて、興奮した。そうこうしているうちに、射精感が高まってきて射精できた。その間もお姉さんはアンアンやってくれた。なんだろう、素人声優のボイスドラマを聞いているような気分…こっちが恥ずかしかった。とにかく、ノルマクリアで爽快な気分だった。

幕間: 年下の姉症候群

プレイが一段落すると、雑談があった。他愛のない話が続くなかでなぜか、(エッチで血の繋がっていない年下の)姉を僕は欲しかったんだよねっていう話なった。

「お姉さん、この時間だけ、僕のお姉ちゃんになってよ」

提案すると、小野お姉さん快諾してくれた。だから、2回戦は小野お姉さん改め小野お姉ちゃんが上になって騎乗位で僕を攻めてくれた。

これは僕が求めていたこ

小野お姉ちゃんは責められたい男のツボを心得ていてロールプレイがノリノリでほんとすごかった。挿入する前に、僕に跨ってエッチな表情をしながら

姉弟でこういうことしちゃいけないんだよぉ」

って焦らしてくる。乳首舐めたりキスしたりして、もう僕は我慢できずに

お姉ちゃん、僕もう我慢できない。お願い、エッチしたいよぉ♡」

懇願した。僕の気持ちは極限まで高まった。これこれ、これを求めてたんだ。小野お姉ちゃんはさきっちょだけ挿れて、もうここまでだよって焦らされたりしてくれた。僕の心は隅々まで満たされた気分だった。焦らしに焦らして、挿れてくれた。やっぱり騎乗位でプロに動いてもらったほうがきもちい。小野お姉ちゃん

姉弟からエッチ気持ちよくなっちゃダメだよぉ」

って耳元で囁いてトドメを指した。バックのときより随分早く気持ちよくなれた。

「あ〜イクイクだめだめ、あ〜! おぉああああ!!!

本気で絶叫した、僕が。逝っても許してくれずしばらく腰を振って僕を責めつづけた。まるで犯されている気分だったので、ほんとに心が満たされた。

絞り尽くされて、プレイは終わった。あとに残ったものは、筆舌に表し難い満足感。すごい、求めていた以上のものを与えられた。ソープから帰ってきてあまりに満足感が得られて嬉しくて誰かに伝えたかったのでこれを書いている。

教訓:まとめにかえて

さて、今回の風俗遊びから得られた教訓を忘れないように書いておく



今回のプレイを振り返ってみて気づいた。弟くんがお姉さんを責めようとするもうまく行かず、反転攻勢で弟くんがガッツリ責められちゃうやつじゃないですかー! これ大好きなやつだった。

最後にはエッチアドバイスまでくれて小野お姉さんいい人だった。ありがとう

2019-03-22

人事異動の季節

うちの会社にも人事異動の季節がやってきた。あちこち部署の異動情報がどんどん社内システムデータベースにアップされていく。それにしてもオリンピック関係部署に異動する人の多いこと。いい加減切羽詰まってきて人員の大幅増強をしないといけない時期になったんだろうけど、お気の毒なこった。

「こんな世紀の大イベントに参加できるなんて素敵!」とばかりに希望して来る人もいるんだろうけど、ぐらぐら煮えたぎっている鍋の中に自ら飛び込むようなもんじゃないのかねぇ。希望したわけでもないのにそんな仕事をやらされる人はさらに気の毒だと思う。昔スポーツ関係仕事をやっていた人の出戻りもあるけど、ほとんどはその手のイベントに関して未経験だろう。「船頭多くして船山に登る」みたいにならないのかな。少人数ではあるが、オリンピック関連部署にいた人が定年を迎えた訳でもないのに退職していくのも気になる。何歳ぐらいかからないけど、まだ若いのだとしたらその仕事に疲れてしまたか失望たかのどっちかだと思う。

私はオリンピックに比べれば相当規模の小さいイベントをやる部署いたことがあるけど、多額の経費を注ぎ込んで、人によっては自分休みも削って準備に励んだわりには終わった後に非常にむなしい気分になった覚えがある。うちの会社にとってはイベントものって本来業務じゃないし、その分大型イベントを取り仕切れる人材も少ないわけで、結局某広告代理店イベント運営会社にいいようにぼったくられるだけなんだよね。もう少し人材活用と経費の使い道について改善できないのかな。

部屋の匂い

アマゾンジョジョ1~4部コミックスを購入した。化粧箱に入った新品を買うつもりだったけど中古がなんと1部あたり1500~2000円。しか状態「非常に良い」「良い」ッ!おそらくブックオフのようにべっとりと値札シールが貼られていることもない…だろうとついつい中古で注文してしまった。そうして次の日届いた漫画1・2部、3部、4部はそれぞれ別の古本屋ショップから売りに出されていたものだったのだがなんとアマゾン状態表示に偽りなし、すごくきれいだった。すごいなぁアマゾン。すべて新刊購入後に1~2回読んだあと本棚の奥底で眠っていたのかしら?というくらい。日焼けもしていないし少しよれてたりするけど全然気にならない、帯もついている。

あ、その帯、4部22巻の帯にソフトコンタクトレンズが薄く貼りついていた、剥がしながらすこし興奮した。だって見ず知らずの人の使用済みコンタクトレンズに触る機会なんて人生で一度もなかったしこのコンタクトを嵌めていた人とこの先一生関わることも万に一つもない、のだ。そう思ったらなんとなくドキドキしてしまった。男性かしら?女性かしら?

若いかな?ワンデーかツーウィークかわからないけど寝る前にコンタクトを外して机の上かお布団の横に放っておいた22巻の背表紙側の帯にぺとっと貼ったのだ。ずぼらすぎるでしょ。そういえばコンタクトってプラスチックだっけ?プラスチックごみ分別に入れなくちゃあいけなかったのかな?中学生の時分からワンデーだけどふつうごみ箱に捨ててきてしまった。あとで調べてみよう。なんの話だっけ?

うそう部屋のにおいの話だった。さっきも記述したけど3つの古本屋ショップから買ったのだが読み進めてはたと気が付いたことがある。それぞれちがう香りが染みついているッ!

おもしろい、当たり前といえばまぁそうなのだが、ちなみにコンタクトが貼りついていた4部はタバコくさい。私はタバコを吸わないので銘柄特定等できないけどなんとなく前の持ち主は男性っぽい気がする。けっこうタール?がきつい。承太郎タバコ銘柄を考えるスレとか読んでみたけど元カレアメスピ吸ってたのでアメスピパッケージしかパッと思いつかない。あとわかば喫煙者漫画を読みながらタバコを吸う、なんて器用なことができるんだろうか?でも本を開いたときにブワッと匂うので漫画の置いてある部屋で喫煙してただけかも。

1・2部は化粧箱に入っていてほぼほぼ香りはついていない、化粧箱を嗅ぐのはなんとなく気が引けた。だって確実に側面触ってるし…。購入した時も読書するときも読み終わって本棚に入れる時も売りに出す時も確実に両手で触ってるし…。単行本だって両手で持つけど…。いや、なんていうか彼氏ティーシャツとかパンツ匂いを嗅ぐのはいいんだけど座ってたクッションを嗅ぐのは嫌っていうか…。(?)あ、マンションエントランスみたいな香りがする。うん、マンション暮らしの人だ。

3部、これが非常に謎、嗅いだことのある匂い小中学生ときに通っていたピアノ先生のお宅の居間のにおいがする。二階建て比較的新しいお家でもちろん防音室だった。防音室の匂い?なわけないしなぁ、でもピアノ先生のお家の玄関から居間にかけてのすこし香ばしい香りがする。懐かしいな。あ、インコと犬がいた。動物、ていうか犬っぽい香りってことかな?

イギー…。

私は実家暮らし木造平屋の庭付き一戸建て。部屋は9割黄色くなったイグサ香りがこれっぽっちもしない畳。日当たり十分、埃も十分。夏は蚊取り線香を家じゅう焚くし年に数回バルサンも焚く。お布団はかび臭い押し入れにしまうし、その押し入れの奥に行李がある。行李っていまの人知ってるのかな、京極夏彦か?まじで戦後じゃん?って感じの家。お風呂タイルは貼っていないが庭に棕櫚の木が植わっている。なんか家を建てた昭和初期当時流行ったらしく棕櫚の木が植わっている家を見ると親近感が湧く。震度3くらいで倒れそうな木造建築なので。

大通りに面したオートロックマンションに住み管理人のいるようなきらきらしたお金持ちの同級生に「◎ちゃんの家、お化け屋敷?」と訊かれたことがある。なにがいいたいかというと、この家は古い、臭い中古で購入したタバコくさい4部でさえもなにかこう香水というか柔軟剤というかふんわりほのかにいい香りがするのにこの家では本、服、カバン、なにもかもが古い香りが染みついてしまうのだ。あんまりだよなァ~~~~~~。

年頃の女の子なので部屋にお香を焚いたりする。でも一瞬でかび臭さが勝つ。ていうか女の子の部屋に図書館ブックオフの上のほうの棚でずっと手に取られることな本棚の肥やしになっていそうな岩波書店狭衣物語があったり中央公論社世界の名著なんかそろってるから臭い香りが漂ってるような気がしてきた。そうかぁ、私の部屋は古本屋のようなかび臭さと古臭さと古民家の湿気と埃とが混じった匂いなのかぁ。そりゃあ臭いしあか抜けないわ。悲しいなぁ、文字打ちつつ膝も打ってしまった。

持ち物すべていい匂いのする女の子になりたいなぁ…。

anond:20190322163413

私と似たような感じの人いるんですね。知人や界隈でほとんど見かけたことがなかったのでそれがわかっただけでもだいぶ安心しました…!

かに面白い(突拍子もない?)ことは言います彼氏価値観はまともだと思います

困らせてもなあと思っていましたがそれとなく書いたことを小出しにして考えを聞いてみます

アドバイス受け入れるなとありましたが…)ありがとうございます<(_ _)>

これは怒りを溜め込む癖がついています(※解毒しました※)

anond:20190322135744

ストレスを溜める人はストレスを溜める為の行為を繰り返すクセがついています

それはクセなので、意識しないと変えることができません。

1.余計なことを考えて怒る


5歳の娘が公園で遊んでて靴脱いで靴下で走り回ってたんだよ。

それ自体はまあ良いけどって感じだったんだけど、「なんで靴を履かないで遊んでるの?」って聞いたら明らかにニヤニヤしてこっちを舐めきった顔で何も答えないの。


靴を履いて欲しいなら「靴を履かないといけません」と言えばいいのですが、これは既に怒っており、意味のない質問をしてしまっているパターンです。

子供は「お母さんがちょっと変だな」と感じて何も答えないでいる可能性があります

それでちょっとイラッとして、夕方遅くなってきたし、「もう帰ろう」って言ったけど相変わらずニヤニヤ。

あれだよ、友人と一緒に居て気が大きくなって身内に舐めた態度取るやつ、明らかにそれ。


「明らか」と思ったり、気が大きくなっているとか舐めているとか友達が居るから等は自分主観であって、実際にそうであるとは限りません。

誰もがいつでも言われたとおりの行動をとれるわけではありません。それぞれに心や都合があります。心や都合関係なしにただとっているだけの行動もあります


もしも私が、飼っている老犬のためにご飯を作って、呼んでもすぐに来なかったとしましょう。

「私がこんなに苦労してご飯を作ったのに」

「呼ばれてすぐ来ることぐらい出来る筈なのに」

「何の仕事もせず寝てるだけの癖に」

「この犬はお礼を言ったこともない」

と、呼んでも来なかったことについて怒る理由を探せばいくらでも思いつけますので、これでは犬のご飯のたびにストレスがたまってしまうでしょう。

他者がとった些細な行動に対して、理由を考えることはしない方が幸せでいられます



2.怒る為に材料を探してまで怒る


腹立って脱ぎっぱなしの靴持って公園出ていったら娘号泣


怒った態度を相手にぶつけて、相手が泣いたことを材料ますます怒ってしまっています

靴履かせて「その泥だらけの靴下誰が洗うの?」って言ったら「自分で洗う」って。

今まで一度も洗ったこと無いくせに。


靴下が汚れたので洗うのが大変です」と伝えましょう。

で家帰ったら泥だらけ靴下でズカズカ上がり込むものからまたブチギレ。

号泣しながら靴下脱ぐ。


靴下が汚れてるから玄関で脱ぎましょう」と伝えましょう。

で夕飯の準備したり風呂入れたりしてふと洗濯機の中見ると水につけた痕跡さえない靴下

怒りでどうにかなりそうだったけどぐっと我慢してテレビを見ている娘に「何で靴下洗わなかったの?」って聞いた。


既に怒りでどうにかなっていますし、我慢できているとはいえません。

我慢している自分」「我慢させている子供」という次の怒りの燃料を得て、もっと怒りたくなってしまっています

怒って誰かを憎んだり、自分可哀想だと考えることの気持ち良さにとらわれてしまっています


3.怒ることがよいことだと思って怒る


あれだけ叱っても何にもこたえてないのかあと思ったら笑いながら泣いてた。


人が思いつめて感情的になる時には、しばしば「その感情に対して報酬を得られるべき」という気持ちが働いています

人はその報酬のために怒りをあらわにしたり、さらに怒る材料を探してしまます

「私が怒ってるのは私が被害者からで、私が可哀想証拠」「私が怒ってるのは私が周囲に債権を持っている証拠」だから、どんどん怒るのが正当だという思い込みが働いてしまうわけです。

我慢してる」という間にも怒りは溜まり続けているので、これも後に「こんなに我慢したのにあなたは私を怒らせ続けた」とますます怒る理由になってしまます

4.自分破壊するまで怒る

実際には残念ながら、人は誰かが怒っていれば嫌な気持ちが移ってくるので離れようとするだけです。

「とっても可哀想!怒って当然ですね!」と共感する人の中には、自分の持っている怒りをあなたの怒りに同調して膨らませたいだけの人もいるかもしれません。

そうした人達同調して怒りを貯め、怒る理由を常に探しながら怒り続けるのはつらいことです。

娘は「泣いてるの?笑ってるの?www」って笑ってた。


笑っていたのではなく、お母さんの心の動きを察知して、呆れたり怯えたりしていたのかもしれません。


今日も夫は出張で帰りが遅い。


自分が怒る材料の追加をしていますね。これでは怒るための材料を探し続けて心がくたくたになってしまます

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元増田さんや元増田さんに同情する立場の人にも読みやす文章に解毒しました。

元増田さんに読んでいただければ幸いです。

社会不適合限界夢女はオタク彼氏三次)を両立できるのか

はてな投稿

多分私の友人知人の範囲に私の複雑な心境を真剣問題と受け止めてくれる人はいないだろう。(正確に言えばひとりだけいたがそのひとりが今問題人物であるから相談するわけにもいかない)

しかしこの広いネットの海なら共感批判どちらかはさておき真剣問題理解してくれる誰かがいるのではないだろうかと思い投稿してみることにした。

半年ほど前に小学生の頃から10年位1キャラの夢女をし続けてきた大学生(私)(19)に三次(同級生)の彼氏ができた。

優しくて情緒不安定世間から見たら奇妙な言動が多いらしい私に寛容、すぐ疑いがちな私でも不安なく穏やかに過ごせるくらいの愛情をくれて友人も多く優秀で、運動部、異性からアプローチもそこそこ受けてきたらしいどうして私と付き合っているのかよくわからない所謂ハイスペック。私が長年夢女子をしていることもよく知っていて理解を示してくれている。

出会いというか付き合うに至る経緯は彼が私のオタク活動や夢活動に対する愚痴をひたすら聞いてくれていたことだと思う。

私は基本無関心故に温厚にみられがちだが自分の関心のある分野に関しては日に数回単位でキレるタイプの心の狭い面倒くさいオタクだ。

しかし夢女子としてネット上で活動する際には(人によってスタンスは違うだろうが私の場合自分キャラカップリング推してくれる人(所謂固定)を獲得したかたか炎上絶対に避けたかったしスタンスの合わない夢女子にも媚び売りというと大げさかもしれないが♡を送ったりリプを送ったりしていた。(彼は人気が高かったから気を抜くと他担夢女子の彼の固定がわたしでなくなってしまう)

そんな生活をしていると推し推し作品は好きでも正直ネット上での活動は基本楽しくないどころかストレスが溜まる一方だった。しかネット上に吐き出すと万一のことがあった際に面倒であるため私は界隈と無関係かつ文字に残らない状態愚痴が言える場所を求めた。しかしそこでは基本的二次元ガチ恋をすることそのもの理解が得られず愚痴を吐き出しても消化不良になりがちだった。そしてそもそも根が面倒くさい性格をした、推し以外への関心が薄く人間関係を築いてもすぐ壊したくなり、休日は家に引きこもりたい連絡無粋には(一般には理解が得難い)愚痴をひたすら聞いてくれるような友人はいなかった。(

しかし彼はずっと話を聞いてくれるうえにそこに(多分)理解を示してくれていたため界隈で嫌なことがあっても話せば気持ちが落ち着いた。そしてまた何かあると愚痴っていた。(最低)

そのうちほかの話もするようになって気が付いたら彼氏になっていた。

ただ、あれから半年ほど経っても未だにこのまま付き合っていてもいいのだろうかという思いが拭えない。

正直長い間ずっと夢見た二次の彼は今でも誰よりもかっこいいと思う。尊敬できるところもたくさんある。恋愛感情ほとんどなくなった(と信じたい)が元々推し恋人関係であることが苦手?で恋人というより崇める(しか恋愛感情はある)オタクだったため推し、執着、尊敬…etx諸々の感情は以前ほどでないにしろ界隈でオタクとみなされるには十分すぎるほど残っている。一番彼に熱を上げていた頃ほどほかの誰かに愛情を注げるかはまだわからない。しかし今は全力を注ぐことはできていない。

どちらにも全力を注ぎきれない宙ぶらりんのまま付き合っていてもいいのだろうかと思ってしまう。

そもそも私が一番理解できなかった夢女子は「彼氏旦那、(好きな人)がいる夢女」と「複数夢女」だった。(あと「二次元ならありのまま自分を受け入れてくれる♡」とかいう夢女も理解できないが今回の話とは特に関係ないので割愛

愛(狂気?)を注いでも注いでも無反応(ブラインド商法のグッズで推しを引いたりはするけど)で、フィアンセと言いながらも結局自称であるから常に不安が付きまとって、そもそも会えなくて、話したことがないどころか見たこともないといえばない。そんな不安定な中でもほかに目移りしないで浮気しないでアプローチも断って、一途に推しの夢女をしていたらもしかしたらいつか…って思ったりもしていた。

少なくともその過程で心や脳が蝕まれて可笑しくなって、そのうち幻覚かなにかで会えるんじゃないかくらいには思っていたし、だからいっそ自分自分の脳の働きを正常じゃなくそうみたいなこともちょっとしたりしていた。それに彼がいるのに次元違いとはいえ他がいるというのは彼が二次元存在であることを自分自身が認めてしまことなのではないかとも思っていた。二次元浮気し放題とかいう奴らは大嫌いだった。

からそれをしていた上記の夢女達は私には理解不能だった。

しかし今私はまさにその一番理解できない夢女になった。

そして三次の彼に対してもこんな不良品なうえに中途半端な私と付き合っている時間から早く解放していい人を見つけたほうがいいんじゃないかって思う。

上記のように悩むことはあるとはいえ毎日不安定で泣いたりキレたりしつづけていたころに比べると私の精神状態は断然良い。

付き合う前にいろいろいっていたことや私の顔に出やすから想像するに恐らく彼はある程度上記のことも察しているだろうし(おそらくその上で)

私を逃したら私のような子と付き合うどころか知りあいになることさえできないだろうからいつまでも待っている、みたいなことも言ってくれている。

初めて見た種類の人間らしい。彼に限らずよく言われる。

(確かにいかいかはさておき珍種ではあるよね… いや珍しいだけで特にそれ以外に価値はないけどね?しか恋人に珍しさ要る??)

でも別れたいかと言われると個人的には別れたくない。

そもそもこの良すぎる彼氏に対してもこんなに悶々とする程度には彼氏ができるということに抵抗があったタイプ(僻みでも強がりでもなく恋人がほしいという感情理解できなかった)にも関わらず一緒にいたいと思ったから付き合うという申し出を受け入れたわけだから正直に言えば相当好き。

ただ未だに推しを見るとなんだか罪悪感が湧いて複雑な気持ちになったりもするし彼に対しても罪悪感が湧くときはある。

でも長年ずっと大好きだった推しはいつまでも大好き。

から本当は(恋愛感情で)彼氏が好きで、罪悪感なく楽しい気持ち推しに対してオタ活したい。

推しオタクは一生やめたくないしやめられない。ただ見るたびに沸く罪悪感がなくなってほしい。

我儘だとは思うけど、推しを見たときの罪悪感、なくならないかなあ。

推しを見ているのは楽しいけどね、ふとした時に罪悪感が頭をよぎったりするよね。

それに今がしあわせだけど私のキャパは決まっているか推し人生を全振りできないのはすこし淋しいよね。

人生全部賭けて推します!!!みたいな若くて熱のあったオタクだったころが懐かしいくなったりもする。

夢女としてではなく一オタクとしてならまた(以前ほどとはいかなくても)オタクできるんじゃないかなあと思ったりもするし解決したい。

これはキチガイお母さんです

子育ては苦労ですとかストレスが溜まりますと言ってる人はこうなんです。


私が「子育てなんて全然苦労しませんでしたけど」と言うとカンカンになって

あなたは嘘ついてますね」「あなた特別な人なだけ」と反論してきますが、

実際は私が特別なんではなくその逆で、ストレスを溜める人はストレスを溜める為の行為を繰り返してるだけなんです。

それはクセだから意識しないと変わらないんです。

1.余計なことを考えて怒る

5歳の娘が公園で遊んでて靴脱いで靴下で走り回ってたんだよ。

それ自体はまあ良いけどって感じだったんだけど、

「なんで靴を履かないで遊んでるの?」って聞いたら明らかにニヤニヤしてこっちを舐めきった顔で何も答えないの。

靴を履いて欲しいなら「靴を履かないといけません」と言えばいいのであって、

これは既に怒っていて意味のない質問をしてるだけです。

子供もお母さんがちょっと変だなと感じて答えないんです。

それでちょっとイラッとして、夕方遅くなってきたし、「もう帰ろう」って言ったけど相変わらずニヤニヤ。

あれだよ、友人と一緒に居て気が大きくなって身内に舐めた態度取るやつ、明らかにそれ。

そんなの「明らか」でもなんでもありません。

気が大きくなっているとか舐めているとか友達が居るからとかは全てあなたが考えたことです。

だって言われたとおりの行動なんかしません。

犬ですら、老犬なので私が特別健康配慮したご飯を作ってあげるんですが、呼んでもすぐきません。

犬にだって犬の心や都合があるんだからそんなもんなんです。


ここで私があなたみたいにいちいち余計なことを考える人だったら大変です。

「私がこんなに苦労してご飯を作ったのに」

「呼ばれてすぐ来ることぐらい出来る筈なのに」

「何の仕事もせず寝てるだけの癖に」

「この犬はお礼を言ったこともない」

怒る理由は100個でも思いつけますね。

犬のご飯のたびにストレスがたまってたまって、心の病気なっちゃうでしょう。

犬を蹴飛ばすか、家族に当り散らすようになるかもしれません。


私の場合ご飯を作る時にも犬を待ってるときにも何も考えません。

「そんなもん」ということすらここで説明の為に書いてるのであって、意識もしていません。

からいつでも幸せです。


2.怒る為に材料を探してまで怒る

腹立って脱ぎっぱなしの靴持って公園出ていったら娘号泣

怒った態度を相手にぶつけて相手が泣いたことでますます怒っています

靴履かせて「その泥だらけの靴下誰が洗うの?」って言ったら「自分で洗う」って。

今まで一度も洗ったこと無いくせに。

靴下が汚れたので洗うのが大変です」と伝えればいいでしょう。

そもそも私ならどろんこ靴下を洗うぐらい大変だと思いませんが。

なんなら一緒に遊んでたよその子の分でもまとめて難なく洗ってあげます。中が汚れた靴も。


で家帰ったら泥だらけ靴下でズカズカ上がり込むものからまたブチギレ。

号泣しながら靴下脱ぐ。

靴下が汚れてるから玄関で脱ぎましょう」と言えばいいだけです。

そこまで考えられなかったお母さんなのでない限り、

あなたもっと怒るチャンスが欲しくてわざと子供の行動を待っていましたよね。


で夕飯の準備したり風呂入れたりしてふと洗濯機の中見ると水につけた痕跡さえない靴下

怒りでどうにかなりそうだったけどぐっと我慢してテレビを見ている娘に「何で靴下洗わなかったの?」って聞いた。

あなたはとっくにどうにかなっていますし、我慢なんかしていません。

我慢している自分」「我慢させている子供」という次の怒りの燃料を得てもっと怒りたがっているだけです。

怒る人は怒るのが気持ちよくなっていつでも怒る材料を探しているんです。

怒って怒って誰かを憎んだり自分可哀想だと考えたりしてる時に気持ちいいんです。


3.怒ることがよいことだと思って怒る

「んー。。。なんか、疲れちゃったから」

そうかあ、疲れちゃったかあ。私は疲れても朝食用意して仕事して買い物して掃除して夕飯作ってお風呂入れて洗濯干してってやってるけどね。

私は子供2人にあなたより長年それらをやっています

何も感じずにその時々の仕事に集中してきました。

私がもしあなたのように考える性格だったら「子供と夫にものすごく尽くして恩を施してきた!」「返せ!」と

いま恨みや怒りで一杯になって毎日暗い気持ちで過ごしているでしょうし、

そんな人は怖いので家族友達も離れていたでしょう。


あれだけ叱っても何にもこたえてないのかあと思ったら笑いながら泣いてた。

余計なことばっかり考えて感情的になる人は例外なく

その感情に対して報酬を得られるべきだと考えています

から恥ずかしげもなく怒るし、材料を探してまで怒るんです。


怒るのはその人の性格問題であって、勝手に怒ってるだけです。

だらしのない行動でしか有りません。

でもあなたの了見では「私が怒ってるのは私が被害者からで、私が可哀想証拠」「私が怒ってるのは私が周囲に債権を持っている証拠」となっているでしょう?

からどんどん怒るのが正当だと思って怒ってるんです。

あなたのような人が「我慢してる」というのは本当はその間も怒り続けていて、

しばらくして「こんなに我慢したのにあなたは私を怒らせ続けた」とますます怒るための前フリの口実なんです。


4.自分破壊するまで怒る

実際には残念ながら、

人は誰かが怒っていれば嫌な気持ちが移ってくるので離れようとするだけです。

あなたのような人に「とっても可哀想!怒って当然ですね!」と擦り寄ってくる人は

あなたと同じように怒りを快楽に感じる性格を持っていて、お裾分けを受けに来ているだけです。

その人達同調を受けてますます怒りまくっても、自分性格ますます暗くなり、人生破綻するだけです。


娘は「泣いてるの?笑ってるの?www」って笑ってた。

子供だって怒りたがりの人の心の動きは理解していて

呆れたり怯えたりしています

今日も夫は出張で帰りが遅い。

関係ないはずですが、あなた性格が出ています

自分が怒る材料の追加ですね。

怒るための材料を沢山沢山探して心がくたくたになるまで探すんです。


おかしい人におかしいと言う

こういう話に「あなたおかしい」と書き込むと怒られるのは知っています

けれども「あなたの怒りは正しい」と肯定されたらこのお母さんは同じこと繰り返しますよね。

おかしい人に同調する人達って、一見優しくしているようで無責任です。


私はこのお母さんみたいなこと考えたこと一度もありません。

5歳の子靴下を汚した。

からなんですか。

それがよその子であってもまとめて洗ってあげます靴下ぐらい。


言ってたことを疲れたからやらなかった。

そんなの15歳の子でもそんなもんです。

たぶん25歳でも35歳でも。


まして靴下洗ったことがない子なら、まず洗い方を教えてあげないとやれるわけないでしょう。

の子は中1から靴は自分で洗うようになりましたが靴下はいまだに自分で洗ったことがありません。

私が別に洗わせる必要を感じてこなかったからです。

必要になったら自分で洗い方を学ぶか聞きに来てくださいという気持ちでいます

どうでもいいです。


anond:20190320210053

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