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2017-06-27

棒銀って強いんだっけ

https://anond.hatelabo.jp/20170626192037

こんばんは、id:sugimurasaburo さんからIDコールいただきました。ありがとうございます船橋海神id:cj3029412)です。本職はねこちゃんの保護趣味ブログで嘆くこと、在野で中世古文特に助詞助動詞研究を行っておりますキャッチフレーズは「(´;ω;`)」「でかいです」。将棋も大の好物です。

以下は私の私淑する大野晋先生およびその決定的名著/集大成であらせられますところの(敬語誤用)「岩波古語辞典増補版」(2016/1/12補訂版第23刷)に依ります

よろしくお願いします。

けりの基本性質=回想の助動詞

加藤一二三という男、ありけり」を訳してみましょう

(A)~(D)は上の引用解説を便宜的に分類した符号。【訳】は私のもの(一部、戯れ)です。

失礼かどうか

元増田氏の理解(「加藤一二三という男がいたそうだ」)(「伝聞の過去」になるんじゃないだろうか?)とは少うし違いますけれど、私も第一感、失礼…というか、そんなに遠い昔の話だっけ、という印象です。端的にいえばアホバカクズ受信料払わねえぞと申し上げています

現代語に残る「けり」

ちょっと一休しましょう)ちなみに、この日記に私が付けたタイトル「強いんだっけ」の「け」がそうです。「けり」の「り」が落ちました。

もし強引にありえるとしたら

米長邦雄永世棋聖くらいでしょう。米長先生が戯れに「加藤一二三という男、ありけり」とおっしゃる、これはありえます。「君たちは知らないだろうが、私もいま思い出したのだが、加藤一二三という男がいましてね」あるいは「あら、こんなところに加藤さん、(ずっと)い(らっしゃっ)たんですね(気づきませんでした)」。しかしこれも(ジョーク以外では)無理がありますね。ありえるとしたらかなり特殊な状況ということです。

(参考) https://www.youtube.com/watch?v=pr6-Bv3RVTw

場合によりけり」の「けり」

https://anond.hatelabo.jp/20170626193212

トラバ増田氏、慧眼です。古文研究をやっていてよかったなあと思う瞬間です。筋違いながら御礼を。

ネットスラングの【場合によるんだ(よ)なあ】で訳すのが一番しっくりくると思います。(過去)回想/気づきの原義は退き、(自分も気づいた)から同意/強意/念押しのニュアンスが全面に出てくる、その変化点が味わい深いですね。ちなみに、この線でお題の「加藤一二三という男、ありけり」の出るような状況を無理やり設定するとしたら、棒銀のことを話題にしているのにスレのだれも加藤先生のことを話題に出さない。そんなときに【加藤一二三という漢がいたんだよなあ】と、誰かがきっと書き込むでしょう。例えば、そんな感じです。これも、やっぱり例外的ですね。

まとめに代えて

「けり」は、幅の広い、陰影に富む助動詞です。それを、おそらく伊勢物語から(あるいは、伊勢であることすら忘れて何となく)「昔、男ありけり。」をただ引っ張ってきてNHKは使ったのではないか想像します。ここから物語論範疇ですが「昔、~けり」とやると、一気に作品世界が遠い昔/架空物語に飛ぶ。その効果を古人はよほど気に入ったのでしょう。いろんな作品が「昔、~けり」を使っていますNHKはさすがに「昔、」とやるのはおかしいということまでは感じた。ならば、もう一歩、脚を止めて考えるべきだったと思います

  • 降る雪や明治は遠くなりにけり(草田男、昭6)

お粗末さまでございました。

追記:翻って元増田氏へ

「けり」の思い出し(回想)効果は、いちど忘れていたことが前提になります。いま、加藤一二三先生のことを忘れてしまっている人はいませんね。ですから失礼というのは正しい直観だと僕は思います

「けり」を使うくらいですから、7/1のNHKは「神武以来の」と形容されたデビュー当時の、みんなが直接体験過去としては忘れてしまっていたところにフォーカスするのでしょうか。あるいは第19期名人戦大山康晴先生こてんぱんにやられたことを加藤先生述懐していただき秘話を発掘するといった「気づき」があるのでしょうか。よもや、升田幸三米長邦雄冥土鷺宮から召喚するのか。期待しないで待ちたいと思います

いずれにせよ、今回、元増田氏が感じたような、現代人の古語の扱い方に対する「もやもや」は、古語研究もっとも大切な礎の1つです。ぜひ今後とも大切になさってください。楽しかった\(^o^)/

氷河期世代

測量会社入って仕事ばりばりやって家建てたみたいなツイート回ってきたけどさ、

知り合いが前その界隈にいたけど、そんな景気のいい話聞いたことないし、風通しの悪い話しか聞かんかったよ。

どこの測量会社よそれ、かなり大手で優良でしょ。

2017-06-26

オタクっぽい男性と付き合って別れた

さっきオタク街コンの記事を見かけて、ちょっと書く気になった。

オタク同士だと思ったから、楽しく付き合えるかなーって思ったんだが、結局自分からピリオドを打ってしまった。

何故そんなことになったか?簡潔に言うと

相手と話が合わなかった」

相手価値観も合わなかった」

この二点である

次に思い当たる細かな要因を、あくま自分目線で書いていく。

あくま自分目線から変なバイアスかかってるとは思うし、自分にも原因があることは重々承知している

相手布教するのに、こっちの話は聞き流すだけ

ぶっちゃけ1番不満だったのはコレかもしれない。

相手オタクということで、keyゲーやらひだまりラブライブやらをお勧めされた。自分特に抵抗なかったので相手から貸されたゲームクリアしたし、アニメも幾つか見たりした。それを2人で話すのは楽しかった。

また、その男性は鉄道野球も好きだったので、その話にも興味を持って聞いていた。

だが相手あんまりこっちの趣味に興味を持ってくれなかった。CDを貸しても特に感想もなく返され(多分あんまり聞いてないんだと思う)、一緒にスマホオススメアニメ(けもフレ)を見せても興味なさそうに話を変える。オススメアニメのあらすじを語っても「主人公名前が知り合いと一緒」とか今まで何聞いてたんだって返しをして話を終わらせる。

自分が勧めたのはどれも女性向けではなく

少年漫画系、或いは男性向に類するものである

なんだか何を話しても暖簾に腕押しの様な気がし、同時にこちらが話を合わせようとしているのにと不公平に感じてしまった。こっちは数十時間かかるゲームもいくつかクリアしたというのに…と(勿論楽しくはあったのだが、やはり片隅で不公平感を感じざるを得ない)

なので会話もあっちが降る話題に私は付いていけるが、こちから降る話題はどんどん限定される。段々、ラインを入れるのもめんどくさくなってしまった。

オタク度合いの違い

オタクに優劣はない。好きな作品は人それぞれだ。だからこれは優劣の話じゃない。

相手自分よりはオタクでなかったように思う。例えば、自分は週に何本かアニメを見る程度のオタクなのだが、相手最近はもう昔の作品再放送、(ハルヒエヴァなど)や昔の作品シリーズぐらいしかもう追っていないようだった。

また、もう1つそれを感じたのがコミケだ。

いつかのコミケ相手に誘われて一緒に行ったのだが、相手特に目的がないという。私は、コミケと言うのは企業しろ薄い本しろ何かしら目的を持って行くものだと思っていた。

聞くところによると相手は昔は企業に並んだりしたが、今は特に目当てがないとのこと。

まあ1回目だし一緒に行きたかったのかなと思い、一応自分目的を作って行ったのだが、その時に「来年も行きたい」と言われたのだ。正直……あてもなしにデートとしてフラつくには混雑もしていて難儀な場所だと思い、返答を濁した。しか相手の家からはそんなに遠くないが、自分の家からは遠いというオマケ付き(相手鉄道オタクなので勿論それも承知していた)

話して感じた所、自分生活の大体がオタク生活基準に動いている感じなのだが、相手あくま生活のオマケという雰囲気だった。どちらが良いと言う話ではない、だが自分は温度差を感じてしまう。これからもっと親しくなり自分の話をしたら相手に引かれるんじゃないか、と思ってしまったのだ。

・「女共」

書いてて思い出した。最近やったNHKアニメランキングに関して。あれはまあ映画アニメシリーズを何で分けなかったんだとか、賛否両論あるランキングではある。

自分達でもそれの話題になったのだが、タイバニランクインしていたことについて、ポロっと「女共が投票云々」と言ったのだ。

口振り的に無意識に言ってしまった雰囲気で、細かく突っかかるのもどうかとは思うが、耳に入れてしまった綺麗でない言葉こちらとしては良い気分ではなかった。

あくまオタク面で思い当たるのはこれくらいである。

女性オタク趣味理解をしてほしい人が多いとよくネットで目にするが、自分はある程度は趣味共通話題として欲しかったみたいだ。(後から気付いた)また、オタク度合いも同じくらいでないと嫌だと感じた。でないと、引かれるのを恐れて自分生活とかを話すことが出来ない……あ、そこで引かないのを「理解している」というのか。只、その人は穏やかに見えて自分が嫌だと思うものはハッキリ拒絶する人だったからきっと理解して貰えなかっただろう。実際、別れを切り出したら穏やかだったラインの文面が打って変わって……。

そんなこんなで、後オタク面以外にも合わないと感じることがあって、自分達は別れる事になった。

相手自分の事を「お互い気が合う仲だよね」と何回か言っていたのだが、「そっちも合わせてくれてるのかもしれないけど、合わせてるんだよな……」と重荷に思ってしまった時もうダメだと思ったのだ。

自分相手オタク度合いが合うかとか、互いに理解してくれるとか、そういうのがないとダメなんだろう。まあ、気疲れしたしもう暫く彼氏はいい。

顔子猫3匹くらいいたわ

さっき目撃

結構生存率高かったんだな良かった良かった

でも餌に釣られてほいほい近寄ってくるのは昨日の一匹だけ

である白子猫と同じ皿に首をつっこむと白子猫が邪魔そうに子猫の頭に足をのっけるのが面白い

本気で追い払わないのは優しさか

あるいはいじめたりすると母猫に締められるからかもしれない

(おそらく)兄にあたるオス子猫は、自分にも餌をくれと近寄ってきたところ物凄い勢いで母猫に追い払われていた

かわいそう

オス子猫は一時期行方不明になっていたこともあってもうほぼ家族扱いされてない

こないだは白子猫にも追われてたし

yukiと私の糞隠し

昨日のことである。朝、家の、詳しくは私の住むアパートの前に立派な一本糞が鎮座していた。その堂々たるや、クゥー、思わず写メを撮ってしまったくらいだ。犬かと思いきや、どうやら犬ではない。ことが判明した。それはクソ(推定30~40cm重量にして500gはある)の表面上に白いうどん(のようなもの)がキレイに配分されていたかである

では、ここであなたに問いたい。一本糞とは何か?と。実は、私も大量便については少々うるさい方だと自負している。だが、今回のような人様のアッパートの門前に糞(大量便)を垂れる行為については遺憾の意を表明したい。

しかし糞については少々うるさい私だ。一回や二回は許してもいい、そういう気構えでいる。自称一本糞アーチストと呼ばれる私クラスになってくると、糞への理解常人の比ではないからだ。

閑話休題、そんな私がソノ一本糞を前にして、その隆々とした照り、カラーグラデーションフィニッシュに至るまでの実に見事な(個人的にはFUJIYAMA型と呼んでいる)ソノ円錐形に近い糞は、上級者のそれだった。思わず身震いすらしたね。

あれは、そう、今と同じ初夏を思わせる梅雨のじめじめした時期だった。忘れもしない。小学6年のころだ。私の家にたまたま友達数人で遊びに来ていた同じクラスyukiちゃんというかわいい女の子がいた。(私の家は少し広かったのでたまに集まってゲームして遊んだりした)私はyukiちゃんが好きだった。その子が家のトイレを借りたいといったので一階にある当時は和式の便所を貸してあげたのだ。しばらくして私も尿意を催した。そして次に私がトイレに行ってからであるyukiちゃんは流し忘れていたのだ。(これっきり家には来なくなった)ああ。なんということでしょう。私はショックを受けてしまい、しばらくその場から動けなくなってしまった。信じられないというのが正解か、はたまた夢でも見ているのかと、太ももを抓ったりもした。だが、そのすべての行為は空しく、獣のような臭い便器からはみ出さんばかりの一本糞にめまいがしたのである。あの可憐可愛いyukiちゃんがこんなにも臭くて太い糞をしたのかと。(実際はそんなに大きくはなかったかもしれないが私にはそのように見えた)

私はできるだけ直視しないよう顔を背けながら、流そうとした。だが、しかし、である。水流は強い。でも水はクソの両脇を流れるだけでまるで牛歩のごとく流れていないのである。私はしょうがなく手近にあった棒(どんなものだったか記憶にない)で押し流した。

それからというもの私は一本糞に目覚め、今ではアーチスト自称するまでになった。生きがいを教えてくれた。(大げさではあるが)当時のyukiちゃんには感謝すらしている。ありがとう。余談だが、yukiちゃんが好きだった食べ物うどんだった。と、私は記憶している。アパートの前にあった糞が、一瞬、もしや、と思ったが、彼女地元香川で今でも元気に暮らしていると、人づてに聞いたことがあることを思い出した。きっと今は結婚でもして幸せ暮らしていることだろう。あの日のことは誰にも話さないでおこう。心に隠して、そっとフタをして

「ちょうどいい」の罠

ADHDもちで大小様々、なんやかんやと日常的にやらかし続けながら生きている。

診断も出たしなんとか生きて行かなければ、ということで、

傾向と対策を練るために自分の失敗がなぜ発生したのかを細かく振り返るようにしてみたところ、

結構割合ミスの種を蒔くときに「ちょうどいい」と思っていることが分かってきた。

この後すぐ使うけど食事時間になったので家族食事の支度をしている。(←放置して書類作業を続けると家族の機嫌が悪くなることは覚えた)

このまま書類を出していると書類が汚れる可能性がある。(←過去の失敗に学んではいる)

書類が汚れちゃいけないから、一旦避けておく必要がある。(←まあいいか、と流すとロクなことにならないことを学習した結果)

お、ここなら避けれて目立つしちょうどいいやん!

→ 30分後に探し回って部屋中ひっくり返すことに

おっ?ナニコレ?この何に使うのかわからない機械いいな!使わないのに持ってるのって面白いよね!

いつ使うのかわかんないけど、いつ使うのかわかんないのがまたいいな!あー、好きだなーコレ!

税込み1980円か。所持金は……2000円!ちょうどいいやん!よっしゃ買おう!

→ 昼飯代と帰りのバス代が全部消失してしまったことに昼飯を買いに行ってから気付く

ようは思い付きや衝動支配されて、落ち着いて検討ができていない状態

選択肢に飛びついてしまっている心理状態の時に、頭の中で「ちょうどいい!」と思うクセがあるようだ。

結果的にその辺が罠になりやすいという事なんだと思う。

この傾向に気付いたことで、「ちょうどいい!」と思ったときに「待つでござる」と声をかける人が頭の中に生まれた。

まだ瞬時に色々理由を付けてステイ侍の制止を振り切ってしまうこともあるけれど、それでもだいぶ失敗は減ったと思う。

ただ今度は何か行動を起こすときに頻繁にステイ侍が出現し、その後分析班の活動を挟んでから行動するようになったことで、「行動のテンポが遅い」と言われるようになってしまった。

まあ、連続で山ほどミスするよりマシだし「こんなこともあろうかと」的な仕込みをしていることで、

普通の人よりトラブル時の耐性が増したぐらいのセーフティさになっているとはいえ、テンポが悪いのはよろしくない。

しかも結局色々な要素からミスゼロになるわけでもないので、たまに盛大にやらかしてあり得ないミスをする無能扱いはやはり避けられない。

たまになんでただ生きて行くだけでこんなに頑張り続けないといけないんだろうと思うこともある。

もーちょっと気楽に生きたいなあ。

働くということ

私は地方公務員として働いている。

以前は別の仕事をしていたが、精神的に不安定になったため転職した。

地方公務員になって感じたことは、

1 市民の中には公務員というだけで偉そうにしてくる人が多い

2 公務員人間ではなく、公務員公務員という生き物だと思っている人が多い

3 脅迫まがいの物言いをする人がよくいる

4 公務員の顔を覚えていて、その公務員休日の行動に口を出してくる人がいる

というマイナス面が多い。

公務員は病む人が多いと聞いたことがあるが、なるほどと言えなくもない環境だと感じている。

図太い人や他人に何を言われても気にしない人はいいが、自分のように他人に言われることを気にしやすかったりウジウジしてしまう人は向いていない職業だと思う。

こんな小さなことがうじうじ気になってしまって仕事中も小さなミスが頻発してしま自分は弱い人間なんだろうか。

周りの人に相談すると

「気にしすぎだよ」

仕事なんてどこもそんなもんだよ」

公務員なんだからそれくらい許容しなきゃ」

私は甘い人間なんだろうか。

から前の仕事も長く続けられなかったんだろうか。

そもそも人間と話すのが得意ではないのに地方公務員という仕事を選んだ自分が悪いんだろうか。

手取り15万で高い給料だとは思わないけど、他人からの悪意を受けて休日監視されるサンドバッグになっても安定している公務員から我慢しなければいけないんだろうか。

こう考えてしまうのも私が弱い人間で甘い人間なんだろうか。

死にたい死にたいと思ってしまうのも私が働くことに向いていない社会不適合な人間からだろうか。

最近毎日のように悪夢を見て明け方に目が覚める。

首を切られたり腹部を刺されたりしてびっくりして目が覚める。

自分が弱い人間なのが耐えられない。

他の人が何ともないのに私だけこんなにいろいろ考えてしまって、すぐに人生が終わってしまえばいいのにと考えてしまう。

前の職場電車通勤をしていた時、このままホームから数歩歩くだけで仕事をしなくてもいいし、何も辛いことを考えなくて済むと思っていた。

何も辛いことを考えたくないから、動きたくないから、笑えてしまうけど、

私は何も考えなくていい無機物になりたいと思っている。

人間というのは生きているだけで色々お金がかかり、辛いことを考えてしまうから何も考える術がなく、お金もかからないものになりたい。

無機物というより無というべきか。

早く楽になりたい。

かと言って自らを無にする気力も度胸もないのだけれど。

人は見た目が100%

ドラマタイトルであるが、これは「誰もが声を大にして言いたいことだが反発も大きそうのでドラマタイトルといういかにもフィクションというものに便乗して揺るぎない事実を世に向けて発信した」ものだと俺は理解している。

そう、誰がどう考えても世の中「人は見た目が100%」なのである

「人は見た目じゃない、中身が大切だ」という反論があちこちから聞こえてくるようだ。

何もそれを否定したいわけじゃない。

しかし「中身は見た目に表れる」ものだし、「健全な肉体に健全な魂が宿る」だっけ?

肉体、箱、外見がよくなければよい魂、中身も入れられないのだよ。

「中身が~」と言う人たちは、本当に純粋に中身だけを見ているか

中身を見る前に無意識のうちであっても見た目で一次選考足切りをしていないか

その一次選考足切りを通過した相手のみ中身を見ている、なんていうことはないか

よ~く思い返してみて、それでも「中身が~」と言える人だけ本当に中身を大切にしている人なのだろうが、あいにく俺程度の交友範囲ではそのような賢者のような人間は男女ともに見たことも聞いたことも会ったこともない。

もう一度言おう。

人は見た目が100%

見た目に自信がない者は、見た目を磨け!

見た目が磨かれれば、おのずと自信が持て、おのずと中身にも自信が持てるようになる!

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

東北地方以外にもILC(国際リニアコライダー)知られてほしいな

http://aaa-sentan.org/ILC/about-physics/anatomy/a007/

岩手県いたころにはよく新聞にも載ってたILC(国際リニアコライダー)の記事東北以外だと全く見ない

まあ進展がなかなかないからだけど。

CERNの加速器以上のエネルギーヒッグス粒子を徹底的に調べたり未発見の粒子の発見を目指す

ただこの日記書くきっかけの今日新聞では、全長が31km→約20kmに変更になったから一部実験ができなくなるみたいだ…(増設可能とのこと)

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201706/20170625_73005.html

建設費用1兆円(およそ日本は半分負担)の超プロジェクト

完成は2030年頃(予定)

実現したら、2050年頃には隣の宇宙でも見つかっちゃうかも!?

過去自分意識

過去自分が感じていたこ

考えていたことは

今でも朧気に思い出せるけど

純然たる形では思い描けない

それは時の経過により記憶意識が積み重ねられているか

その今の自分意識のもとに構成されてしま

過去自分意識が不完全であれ文なり絵なり形として表現されていたら

それらは今見返すのに貴重な記録だったのかもしれないが

残念なことに自分日記や書き物をする習慣はなかなった

2017-06-25

趣味なんてない

就活でも職場でも、「趣味はなんですか」と聞かれることが多い。

多いけども、毎度毎度答えに困る。

実際無趣味だ。友達もいないし、恋人いたことはない。

平積みの本を見て買って読んだり、入門書実践してみたりするが、趣味読書とするにはあまりライトすぎる。

神保町古書店に通ったりするほどでもないし、月に何十冊も読むほどのビブリオマニアでもない。別にレビュー書いたりもしない。

映画もよく見る。撮ったりはしないが、ああここから第2幕で、ここらがミッドポイントだな、とか思ったりはする。

だけど別に映画.comにレビュー書いたり、試写会に行ったりするほどでもない。人食べカエルとかメタルマンの人ほどの影響力もマニアックさもない。

なんというか、趣味といえば極めろ、部活は3年間続けろ、会社新卒で入ったら定年までとどまれ、みたいな「やり抜け思想」が強いな、と思う。

そもそも趣味なんてたかだか気晴らしだし、ましてや他人趣味に成果を求めていたりするのは高慢というか、何故そこまで強いるのか、その神経質さは何だ、と聞き返したくなる。

就活でもそうだ。

サークルだったらリーダーやるのが当然でしょ、という圧。

スポーツやってたら入賞くらいはしたんだろ、という圧。

それの趣味はうちの業務にどう結びつきますか、という意味不明な問い。(研究内容でも学科の内容でもなく!)

みんな他人趣味に期待しすぎだと思う。

別にたかだか気晴らしなのから、内容や取り組み方を聞いた所で人間性が見えたりはしないし、

「とりあえずやってみた」程度のことでも趣味と言ってもいいように思う。

思うけれど、やっぱり趣味と言うには自分のはライトだなぁ、俺は無趣味だな、と自分でも感じてしまうあたり、俺も変わらないんだなぁ。

相変わらずはてなは酷いな

外来種駆除ができるのは確かなんだろうが,底をぐちゃぐちゃにかきまわして

水を全取替えしても大丈夫なほど在来種はタフなものばかりなのかという疑問もある。

このコメントが一番人気になってしまうのか……。

伊集院カメを持ってる写真にあるように、これって公園の人工池ですよね?

そういう場所に棲む在来生物といえば、ギンヤンマやシオカラトンボをはじめとする数種のヤゴ

ハイイロゲンゴロウにマツモムシ、魚はギンブナ、オイカワ、カワムツウグイ、ヌマチチブなど。

環境次第でアマガエルヒキガエルメダカドジョウ、ヒメガムシ、二枚貝なんかもいるかもね。

でね、上記の生き物たちは、公園の池のような人工的な環境にも適応できる“強健種”なんですよ。

池底をかきまわして水を取り替えて大丈夫なのかって?大丈夫に決まってるやんw

公園の池に棲めるような魚なんか、保護した個体を再放流すればあっという間に元通りに増えるし、

水鳥が魚卵やオタマジャクシを運んで来たりもする。水生昆虫なんか元々池の外からやって来る連中だろ。

 

生き物に何の興味も無い人たちがネットセンチメンタル不安を表明したところで、

環境破壊や希少生物の減少に対して何の影響ももたらさない。

あなたたちの知らない場所で、あなたたちが名前を聞いたことも無いような生き物たちが

すごいスピードで減少し続けているけど、あなたたちには全く関係の無いことだよね。

野生の生き物がどうなろうが知ったこっちゃないもんね。

https://anond.hatelabo.jp/20170625103748

半端に甘やかすなボケ

元増田に書いたことを直接言ってやれ

それで反省するならもう少し付き合ってやれ

改めないなら絶交しろ

うんこ

 「わたし達って、うんこみたいだね」

 

 彼女は泣きながら――いや、涙を流しながらも、笑顔でそう言った。

 

 思えば僕たちは、はじめからうんこみたいだった。

 出会った時から――いや、出会う前からだろうか。

 もしかしたら、生まれた時からうんこだったのかもしれない。

 

 20年と少し前、僕たちは別々の場所で生まれてきた。

 それこそ、うんこみたいに。

 うんこほとんど変わらない方法で生まれ、そして泣いた。

 よほど嫌だったのだろうか。

 それとも嬉しかったのだろうか。

 

 別々の場所で生まれた僕たちは、別々の場所で育ち、別々の場所生活をしていた。

 奇跡でも起こらない限り、そんな僕達が出会うはずはなかったのだ。

 

 しかし、奇跡というのは、まるでうんこみたいにそこら中に転がっていたようで。

 

 ある時僕は、一人暮らしを始めた。

 同じタイミングで君も、一人暮らしを始めた。

 そして僕らは出会った。

 

 部屋を出たときたまたま君と出会ったのだ。

 

 僕は恋に落ちた。

 君を好きになってしまった。

 

 しかし臆病な僕は、いつまでも君にこの気持を伝えることが出来ずにいた。

 

 何年も、何年も。

 

 君への思いはときに高ぶったり、収まったりを繰り返しながら、いつまでたっても出そうで出なかった。

 

 しかしある時、君の方から僕に声をかけてきたのだ。

 それはただの挨拶だった。

 初めての挨拶だった。

 それがきっかけで、僕の君への思いは溢れた。

 溢れて漏れた。

 

 ずっと前から好きだったこと。

 気持ちの波が周期的に襲ってきていたこと。

 それが今漏れ出していること。

 

 すべてを伝えた。

 

 そしたら君は泣きながら、笑いながら言ったのだ。

 

 わたしもおなじだ、と。

 

 

 

 飽きた。

2017-06-24

メイドさん巫女さんは絶滅危惧種

かつてジャンル定番として君臨していたこの二属性しか現在ではその存在を目にする機会はだいぶ減ってしまった。

メイド金持ちキャラの添え物に成り下がり、よくて名前のあるサブキャラとして見かける程度。メイド「服」だけは萌え要素として残っているがコスプレ衣装となってしまった。

巫女に至っては残念ながらほぼ絶滅してしまった。

なぜこの二属性は衰退したのか?長らくジャンル定番の座に居座り続け、変化を拒んだせいだろうか。変化の早いオタク業界。新しい物は次々と現れては消える。

魔法少女アイドルが変化を受け入れ進化していったのに対し、メイド巫女はどうだろうか。巫女に関しては魔法少女に吸収されてしまった。

しかし完全に消えたわけではない。最近ではリゼロのレムは人気があったし「小林さんちのメイドラゴン」「くまみこ」「装神少女まとい」といったメイドさん巫女さんが主役級の作品もあった。

このまま古典と化すか、それとも人気属性として復活せしめるブレイクスルー存在が現れるか。

メイドさん巫女さんの未来はどっちだ。

小林麻央訃報が大きく扱われて驚いてる

みんなもう長くないって気づいてたんじゃないの?

予想していたことが、その予想通り起こっただけなのにこんなにニュースで扱われるのか。

二次会カラオケ

会社の人が見てるかもしれないけど、今聞いてもらえる人が誰もいないから書く。

自分カラオケが嫌いだ。

音痴トラウマ雰囲気

なのに、会社二次会カラオケに参加してしまった。帰れたのに。ズルズルと。

結局、歌うこともせず、楽しそうにもせず、お金だけを置いて、途中で逃げるように帰ってきてしまった。

会社の人から見れば自分のことが恐かっただろう。いや、あの後侮蔑対象になっていただろう。

今後の人間関係査定むちゃくちゃになるだろう。

歌えばいいのに。音痴でも。一曲だけでも。

そんな簡単なこともできない自分にも悲しくなる。

途中でキレたように逃げてきた自分にも嫌になる。吐き気がする。

そもそも自分のことばかり書いているが、むちゃくちゃ言いたいのは上司の方だ。

自分のことをよく気にかけてくださっているのに、面目を丸つぶれにしてしまった。

月曜日上司に謝ろうと思う。

しかし、一次会までの自分に対するこもごもは戻ってこない。

どうしよう。

どうしようもない。

辞めたい。

辞めても次も繰り返す。

辞めたところで次はあるのか?

夜になるとまた、こんなことが延々と、ぐるぐるぐるぐる頭の中を回るのが止まらない。

まさか自分はてなに書くことになるとは思ってなかった。

不幸になる人は、自分から不幸になりにいっていると聞いたことがあるが、その通りかもしれない。

参加したのも自分選択だ。

あのとき地下鉄階段を下がっていたら。

そんなどうしようもないことが頭の中で止まらない。

恋愛友情における時間配分について

いつも遊んでる友人が恋愛し始め、疎遠になってしまうっていう話について頭がこんがらがってしまった。

29歳男性の私は、飲み屋で知り合った22歳の女性Aにアプローチをして友達以上恋人未満関係になっている。

出会ったのは1年半以上前、その飲み屋にはAを含め学校の同じクラス女性4人組で来ていた。学生だったから出来たことだと思う。

それが卒業就職きっかけに4人で集まることが少々難しくなったのか、以前のように毎週末全員が揃うことがまれになった。

それでもAともう一人Bは毎週末ほぼほぼ欠かさずその飲み屋で飲む仲を維持しているようだった。

私もカウンターだけのその飲み屋には少々縁があってよく通っていたので、曜日が合っていたのかその子達とはよく隣になって飲んだ。

4人ともLINEを交換し、みんなで他の飲み屋や誰かの家で鍋パをするような仲になった。

そのうちに私はAを好きになり、Aと2人で会うようになる。

そうなると休日が似通っているAとBと私なので、置いてきぼりのBは寂しさを覚えるようなった。

そんな折、Aに誕生日が近づいていたある日、私はAを飯に誘った。

待ち合わせの繁華街、落ち合ってしばらくするとBと4人組のもう1人がその飲み屋で飲んでいるという連絡がAの元に入った。

共通の知り合いの誕生日だということで集まっているという。

その飲み屋も歩いて数分なのですぐにでも顔を出せたが、この時私はAと2人で居たい、Aに選ばれたいという衝動かられAを引き止めた。

Bを選ぶな、私を選んでほしいと強く思った行動だった。

Aは私との関係性と友人との関係性に揺られ決めあぐねる間も時間は過ぎ行き、とうとう終電を迎え、もう1人の方が帰ってしまったと連絡が入った。

その時わかったことだが、友人たちはAの誕生日サプライズを用意していたようだった。

それでもBは待っていて、Aは私も一緒に行こうと誘ったが、私は行く気にはなれず、Aがその飲み屋に行くなら私は帰ると言った。

とりあえずAと私は店を出て、繁華街を歩きながら、

私はAと一緒に居たいが、その飲み屋に行くなら帰ると言い、

Aは私と一緒にその飲み屋に行ってほしいと、その平行線のまま1時間が過ぎた。

すると飲み屋の方からBが駅に向かって歩いているのを見つけた。

両手にはAへのプレゼントを持っていて、顔をみると泣きじゃくった痕があった。

Bは感情を抱えてしま性格で多くは語らなかったが、目一杯の寂しさを感じていたことは誰が見てもわかった。





今回これを書いてみて改めて明確になったが、どうやら私はお邪魔虫のようだ。

集まっているという最初の連絡の時点でその飲み屋に向かっていればきっと良かったのだと思う。

誕生日サプライズを察するべきだったのか、いや事前にBにAの誕生日はどうするか聞いていればよかったのか。

それとも、Aが優柔不断から悪いのか、誕生日はAなのにもかかわらず。

はたまた、BがAに対しての依存が過ぎることが悪いのか?

私がAともっと深い関係を望むならAと友人たちの時間は奪うことになるが、それは悪いことなのか?

愛情よりも友情の方が尊く永い関係であるから友情が失われる愛情であれば愛情は切り捨てられねばならないのか?

恋愛友情における時間は配分されねばならないのか?

アイディアマウント」を使いすぎるとバカに見えるぞ

よくビジネス書記事なんかで

アイディアを出すには」

アイディアすら出せない」

批判ばかりで対案(アイディア)がない」

 

みたいな「アイディアマウント」を見かける

 

これは「批判する」ことより、「アイディアを出す」ことの方が難度が高いということを、皆何となく理解しているからなんだろうが

殊更にアイディアを強調しマウントを掛けると、それより上の階層の人から値踏みされかねないので注意した方がいい

 

上の階層というのはつまり

批判アイディア という難度の力関係と同様に

批判アイディア計画<実行<成功<… のように難度が続くわけだが、その高難度の作業に当たってる人という意味

 

例えば「実行」が分かりやす

自分が何らかの作業を行っている時に

批判者「君のやり方は間違っている」 という人はもちろんイラッとするのだが

提案者「もっとこうしたらどうだろう?」 という人に対しても、だったら自分でやってみろよ!と思うことがあるのではないだろうか

 

アイディアを出すことより、それを実行・実現することはもっと難しく

それを更に成功に導くにはもっと難しい

例えば既に会社サービス運営成功している人にアイディアをぶつけてみると、ほとんど考慮済みだったりする

彼らはアイディア複数出すことな造作もなく、むしろその良し悪しを吟味し、計画し、実行、成功することが難しいと理解している

からそういう人からアイディアマウント」を行っている人、あるいはそれを見て喜んでいる人は「その程度の人間」というふうに見える

 

それを理解している人は、未実現のことに対して多くを語らない

実現中、あるいは実現後に初めて語り始めることが多いのだ

 

ちなみに、私は以前アイディアがいっぱい出るが、一つも実行できない現場で働いたことがある

アイディア層の住人は居るが、計画・実行層の住人が不在だったのだ

アイディア層の住人はアイディアマウントが好きで、アイディアを出した後は満足して放置してしまう傾向にある

実際に実現しようとすると、驚くほど高コストだと皆薄々気づいているのだ

実現できないする気もないアイディアを出す行為は、批判行為と大差ないとそこで気づいた

講師の話

学校講師を招いて進学セミナーという講習会に参加した。

講師の話が下手だった。

「あのー」「えーっと」が多すぎる。自分が話しているのを録音して聞いたことがないのだろうか?

ダラダラ言っててメリハリも無かった。

話している内容が矛盾していた。

その講師大企業にいたらしいが、グローバル化が進んで外国籍の人が多く入ってきた。

環境が変わって耐えられなくなり転職したと言っていた。

それなのに話しているのは、様々な考え方をする人達と慣れて耐性をつけていこうとか言っている。

それに加えて「えーと、あのー」だ。

耐えた。わたしは耐えた。

すぐに席を立って出て行きたかった。

でもそれをしなかった。

できれば終了後、その講師自分の話し方を勉強した方がいいのでは?と言いたかった。

でもしなかった。

そんな勇気も言える立場でもなかった。

コロ◯ラさんの昔話

https://anond.hatelabo.jp/20170621183644

https://anond.hatelabo.jp/20170621211844

ここまでの爆弾ネタとかではないけれど、大学生ときこの会社からリクルーティングサイト経由でエンジニアとしてスカウトが来たときの話を思い出した。

長々と書かれたスカウト文言学生だったか鵜呑みにしちゃって、地方からわざわざ本社まで出向いた。

受付の巨大なディスプレイ下品だなー、と思ったことを覚えている。(今もあるのかな?)

やたら声の大きい女性採用担当者景色のいい会議室に連れてこられて、着席するやいなや自分の話を根掘り葉掘り聞かれた。

いきなりかよ!と内心思いつつも、一つ一つの質問一生懸命答えていたら、

つの間には「エンジニア」ではなく「プランナー」として来て欲しい、みたいな話になってた。

当時どうしてもエンジニアになりたかった自分としてはその時点でこの会社はないかなー、と思ったんだけど

採用担当者の人が「いかに君がうちのプランナーに向いているか」みたいなことを

永遠と語り始めて、それはそれで悪い気はしなかったから、「じゃあプランナーで受けてみます(行く気はあんまりないけど)」って感じでその日は終わった。

んで、後日連絡がまた来て、今後の採用の流れみたいなのが書かれていた。

プランナーとして受けるにあたって最初試験ゲーム企画書を提出するってやつだった。

さっきも書いたけど、エンジニアになりたかった自分はもちろん人生ゲーム企画書なんて書いたことなんてなくて、

それでもあの日採用担当者の熱い思いみたいなのがフラッシュバックして、

結局その思いを無碍に出来ずに研究の合間をぬってなんとか企画書を3本書いて提出した。

それから1日が経ち、1周間が経ち、2週間が経ち…いつまでたっても結果の連絡が来なかった。

明らかに「おかしいな」と思って、最初リクルーティングサイト経由で

結果を催促したら翌日に結果が来た。

そしたらものの見事に落とされてた。

「まじかー」

と思ったけど、結局自分が出した企画書ゴミすぎたんでしょwって言われればそれまでだし、

…いや実際その通りなんだろうけどなんか心に引っかかった。

あのとき学生側の希望を変更させてまで自社を受けさせておいて最初試験で落とすって言う。

だったらエンジニアとして受けて落とされたかったなー、という話。

いろいろな会社受けたけど、こういう落とされ方はこの会社だけだった。

いじめを断固として乗り越える方法について考えた。

先日ふと、自分いじめられていたことを思い出した。

小学校では転校してから4年間、クラス中の女子に囲まれどつかれ、

中学校では、男子いじめられた。

そして、それでも自尊心は失わなかったことに気づいた。

対処の仕方とか、もっとこうしておけば良かったかも、

と振り返って思うことがあったので、

誰か一人でも役に立ったらいいなぁと思い、書くことにした。

※これは個人体験に基づいています

いじめを乗り越えるには



広い視野に立って、相手言動をよく見ること

いじめをする人は、心も貧しければ自分に自信もない、かわいそうな人達だ。

相手がどんな気持ちになるか想像し、心に痛みを覚えることすら出来ない。

そして、わざわざ人を見下さなければ心が安定しないのだ。

例えば自分中学時代受験期にクラス男子一同(?)から問題集ボロボロにされた。

お手洗いに行き戻ってきたら、一面に、死ねだのバカだのなんだの、そして署名

3年B組男子金員より、と書かれていた。

うるせー。バカはお前らだ。

3年B組男子全員より、って書くつもりで、

全員の 全 が 金 になっとるやないかーい。


見て、ちょっと笑ってしまった。あれ、ボケだったのかな。。。


さて、

なぜいじめなんていう下らないことをするのか。

彼らは、自分自身の直面する課題・困難に立ち向かうことができず、

不安への対処の仕方を知らない。

大人になれば、多くの人は、人を苦しめずに自分自身を落ち着かせる方法習得する。

自分自身を高めることで解消することもできるし、

自分はそんなもの必要ないと合理化することもできる。


いずれにせよ、彼らはまだ未熟で、受験期の自分たち不安対処できなかったのだろう。

勉強が楽しくて、休み時間も授業中も一心不乱に勉強している

私がターゲットになった。


冴えない不細工メガネガリ勉から狙われた、などと思うことは簡単だが、

そこから更に一歩踏み込んで、

 相手は一体何に苦しんでいるのか、

 なぜわざわざ、自分の好きなことややるべきことに打ち込まず、

 他者を責めるという無駄なことに時間を使ってしまうのか、

その苦しみの根源について思いを巡らせるのだ。そして倍返しだ



彼らは勉強ができない鬱憤を私にぶつけているに過ぎない。

それはすぐに気づくことができたし、

そこでかえって一層勉強している姿を見せつければ、

彼らにとっては意図した通りにならず、不安は解消されず、

一層苦しむことになる。

力で応えるのでもない、

口で応えるのでもない、

思い通りの(相手不安一時的に解消するための)反応を返さず、

しろ彼らにとって一番苦しむポイントを見つけて、

反撃するのだ。


やれやれ。下らない人たちだな。」

そういうジェスチャーをして、勉強を再開した。心で泣いた。

二度と同じことは起こらなかった。

(でも逆にいじめる側に回っちゃだめですね。あくまで、やめてもらうために反撃するということ。)





もし、

殴る蹴る、万引き強要するなど、自分では立ち向かえないようなことがあれば、

それは

出来るだけ早く、

いつ、

どこで、

だれに、

何を

どのようにされたか

英語5W1H とおぼえてください!!!!!!

写真つきで、なんならボイスレコーダーも仕込んで証拠を残し、

証拠を残し、

証拠を残し、

警察に持って行きましょう。


いろいろな相談先の候補を考えること

いじめはただの悪ふざけじゃなくて深刻な犯罪犯罪予備軍だと捉えるべきで、

同じ組織にいる先生になんとかしてもらおうとするよりも、社会の手を借りたほうがより良いこともあると思う。

いじめの原因の1つに、いじめっ子自身家庭内での虐待を受けていることも多々あるらしい。

もし、その相手の子の親も虐待などしていそうな雰囲気があったら、

ひとつの案としては、児童相談所電話して、いじめを報告すると共に、

の子のご家庭で虐待の疑いがあるんじゃないかと状況を通報したらよいのではないだろうか。

ひどければ家庭に調査が入る。

自分はこんなひどいことをされたが、これくらい普通から我慢しろと言っていた、という風に伝える。

これが普通っていう環境はとんでもない、虐待されているのでは?!と。

報復が怖いということもちゃんと相談して、対策を聞く。

同じ組織の中にいる先生以上に相談に乗ってくれる可能性もある。

一番だいじなのは助けは出来るだけいろいろなところに求めたほうがいいということ。

親がダメなら先生先生がだめなら児童相談所いじめ対策団体

地域の人(でも危ない人もいるかもしれないので、誰に会うかは必ず記録に残し、まずは公の団体などに相談し、慎重に。。)・・・など。

1人だけに頼ろうとすると、スルーされて対応されないリスクが高い。

リスク絶対分散回避すべし。

こういうのリスク分散っていいます。ここテストにでまーす。

本当にどうしようもなかったら、

オススメは最寄りの国公立大学に行き、事務に行き、なんとか相談できる大人の人が必要なんです、

と伝えて、探してもらってみてもいいと思うんだ。

公立大学であれば、どの都道府県にもあるし、その都道府県で一番しっかりした大学であることが多い。

別に私立大学dis るわけではないけれど。。。

国公立大学だと、一生懸命頑張っている人沢山いる。

苦労しながら一生懸命勉強して、人生を切り開いてきた人たちが沢山いると思う。

必死バイトをして、苦労して通っている人もいるし、

フラフラ遊んでいる人もそんなにいない。

苦しい状況を切り抜けてきた大人の人たちは親身になってくれると思う。

話を聞いてくれる温かい人に出会えることが、何より救ってくれる。

いろんな人を救うシステムを、事務大人の人たちも、大学学生さんも、知っていたり考えてくれると思う。

特に大学事務の方々は、いろんな社会の仕組みをよくご存知なので、力になってくださるのではないかな。。

事務は人も多いし、職場から、そこの場所でまたいじめられること/ 追い返されることはなかなか起きにくいと思う。)

(いきなり大学内の学生に声を掛けるのは、犯罪に巻き込まれ危険がないとは言えないので、しないほうが良いです。。。

できれば、同時に二人以上いるところでお話をすること。変な人に巻き込まれ危険が減ります。)

自分で自信を持てるもの/ 好きでのめり込めるものを見つけること

自分場合勉強だった。

ひたすら楽しくてのめり込んだし、

大学までいったら、共に深く学ぶ意欲のある友達が沢山できた。

足を引っ張り合うことよりも、自分を高めることが好きな友達に囲まれるようになった。

音楽でもいいし、小説でもいいし、マンガでもいいし、オムライスを作ることでもいい。

とにかく、自分が好きでたまらないものを見つける。

それを見つけるために、何かにとことん打ち込んでみる。

たった1人で何かに向き合えば、

わざわざ周りの空気を読まなくても良くなり、1つのことに徹底的に向き合える。

徹底的に向き合えば、どんどん面白くなってくる。

今はインターネットがあるから、同じように極めている人たち同士で会話が出来る。

そもそも自分に自信が持てるようなものなんて、

必死努力しなければ身につかない。誰だってそうだ。

まれつきのものだけで勝負して得られる自信なんて、ほんのちっぽけな、狭い世界で終わる話だ。

いじめっ子も、もしかしたら自分存在のちっぽけさに直面して、もがいているのかもしれない。

いじめに走る人たちがフラフラとくだらないことをしている間に、

お先に!と言って、一生懸命何か好きなものを極めて、いち早く、自分人生を切り開いていこうよ。


最後

そもそも、まだ中学生なのに、ブスだのデブだのバカだの死ねだの言っていじめている奴ら…!!!!!

輝かしい未来が待っている原石たちを前にして何を言ってるんだお前ら!!!!!

お前らどんだけ偉いねん!ただの中学生やぞ!!!!!子供やぞ!!!中学生仮定小学生でも良い。)

何も分かってないくせに人のことアレコレ言えた身か!!!!!!

(でも子供からこそ処罰されにくいのが非常に悔しい。やっていることはかなり残酷ことなのに。)

そうなんです。今、いじめられて、落ち込んでいたとしても、

みんな磨けばどんどん輝く可能性に満ちているんだよ!!!

大きくなったらどんどん変わって、輝いていくんだよ!!!

勉強だけでもないし、スポーツだけでもないし、この世の中には沢山の面白いことがある!!!

いじめている奴らに、

うるせーお前ら!かっこよくなるんだから!素敵になるんだから!今に見てろ!!!

将来ビル・ゲイツやぞ!!!!!!同窓会が楽しみやな!!!!!行く気もないけどな!!!

と思っておけばいいのさ。きっとなる。

なんだか段々とつい熱く書いてしまいました。

でも本当に、今一人で悩んでいる人がいて、ちょっとでも励まされて、ちょっとでも笑ってくれたら嬉しいです。

豊田真由子」さんと私の関わり について

https://www.facebook.com/note.php?note_id=10155518526459066

2017年下半期の怪文書コンテストグランプリを掴み取りそうなこちら。

 

私は正直にいってドン引きした。

 

この文章を書かれた田中さんという方のtwitter,facebookを遡ると、思わず眉間にシワが寄る。

大量にアップロードされている謎のセクシー中国語動画自撮り写真。中には裸エプロンなんてものもある。

あの怪文書を読んでいても感じたが、承認欲求自己顕示欲の闇に飲み込まれしまった人間の成れの果てを

見てしまったような気がする。

彼女現在子供六人を抱えるシングルマザーらしい。

  

話を豊田議員本人へ移す。

の子供が通う小学校の近くに、この一帯では有名なモンスターペアレンツがいる。

豊田議員その人だ。

すこしでも気に食わないことがあると、物凄い剣幕で怒鳴りこんでくるそうだ。

それにより、心が壊れてしまった教師が何人もいる。

子供はというと、他を寄せ付けない圧倒的な学力を有しているものの、同級生ちょっとした衝突を起こすと、

給食味噌汁ぶっかけたり、発狂したりとやりたい放題。

 

子供は親を選べない。

多分きっと、豊田議員のお子さんも日常的に言葉暴力へ晒されていたことと思う。

他人の家の事情でありながら、自分子どももつ一人の親として、本当に胸が痛い。

周りから見て、明らかに異常な環境下に置かれている子どもたちに何か出来ないか悶々と考えている。

 

 

 

BLの読みすぎでBLみたいなセックスしかできない

今年の4月まで処女だった。

初めてできた彼氏半年歳月を経てようやく裸になるところまですすみ、2〜3回かけて挿入までできるようになった。

中学生ときからずーっと男同士のエロ本ばかり読んでて、男女の恋愛ものが苦手だった。

腐女子がみんなそういう人というわけではまったくないけど、自分が女として見られることへの抵抗感もあって、

自分女友達といられればいいし、一生彼氏とかもできないだろうなと思ってた。

でも、好きな人ができて、しか相手自分のことを好きだと思ってくれて、私も「セックスできそう」と思えるようになって、

何度か機会はあったもののそれなりに恥ずかしくて、この4月にようやく最後までできたのだ。

「2次元の男が2人いれば大丈夫」とずっと思っていた私だが、服を脱いで、広い面積で3次元の人肌にふれて、

自分の肌にもふれられて……というのを経験したら、なんかもう脳がふにゃふにゃに溶けてしまって、

最高で、一度成功性交に)して以降のこの2ヶ月は、週1〜2ペースで彼の家でセックスしている。

というわけですでに10回以上はいたしており、最初よりも余裕が出てきて気づいたんだけど、

セックス中どうしても、「BLで読んだムーブ」を繰り出してしまう。

「かたい」「おおきい……」「おいしい」みたいな単語をついつい言いすぎてしまうし、

あんっ……」「やだ……っ」みたいな喘ぎ声も、「BLCDであの声優がやってた感じ」で頑張ってしまう。

別に、おそらく男女モノのAVでも言ってることはそう変わらないんじゃないかとは思うけれど、

BLにしてもAVにしても「過剰に演技してる」モノなわけで、でも自分彼氏との

自然セックス」をやるにあたっても、私の脳にはBLで読んだこと・聴いたことがこびりつきすぎていて、

反射的に「BLで読んだように」セックスしてしまうのだ。4月まで処女だったのに。

べつに自分の好きにセックスすればいいんだけど、困るのは彼氏に対しても、「もう少し攻めっぽくセックスしてくんないかな」

と思ってしまうことだ。もっといろいろなバリエーション言葉で巧みに言葉責めしたりしてくれればいいのに……と思うのですが、

セックス中って、ふつうはそんなにしゃべらないものなんですかね? 責めるどころかほぼ無言。

しかしたら私が攻めムーブをして彼氏に受けムーブをやってもらえばいいのだろうか……?

あと、せっかくなのでBL知識を利用して前立腺開発などをしてみたい気もしているのですが、

「お尻を責めさせて」というと返り討ちにあって私のアナルを責められてしま可能性があり、

それはちょっとさすがに怖いし私には前立腺がないので不安だし、いつも口からアナル」と出かかるのを

必死我慢している状況です。

他の腐女子のみなさんは、自分セックスに、過去に読んだBLが反映されたりしないのでしょうか。

こっそり教えてほしいです。

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