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はてなキーワード: 殺人とは

2018-09-23

なぜ、無差別殺人犯人は弱い人に向けるんでしょうね?

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q142992644 

痴漢とか性犯罪とか通り魔被害者は選ばれている】

https://togetter.com/li/1111218

殺人願望魔はナゼ弱い人を狙う -いつも狙われて被害に遭っているのは弱- そ ...

なぜ通り魔弱者ばかりを狙うのか?

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/3894519.html

警部補巡査長殿柔道は間違いなく経験者だろけど実戦では全く通用しなかったね

犯罪者は弱いと言いたげでひたすら侮辱しまくった結果だな

犯罪者死ね」と「米軍犯罪者死ね」の違い

家に侵入した米兵に、少女は「殺される」と妹を抱きかかえてはだしで窓から飛び出し、近隣の知人宅に逃げ込んでいた

自宅に突然、米兵侵入 少女「殺される」 沖縄・読谷 不法侵入事件 5カ月の妹抱きかかえて逃げる

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-805568.html


当然ひどい事件加害者死ぬべきだと思うが、あえて地元マスコミ批判しよう。

まずは統計だ。

実のところ、こうした犯罪日本人米軍かを問わず日常的に起きている。

年間では軽犯罪から凶悪犯罪までだいたい8000件だ。

沖縄県警の統計を見てほしい。

http://www.police.pref.okinawa.jp/docs/2018091100187/

俺が疑問なのは

「なぜ8000件のうち米軍関係者犯罪だけ詳細にディティールが報じられ、

 その他数千件はほとんど報じられもしないのか?」という一点だ。

だって、こんな事件のディティールを知れば義憤に駆られるだろう。当たり前だ。

だが、それはその他8000だって同じだ。

どれも被害者がいて、悲惨でない事件なんてないだろう。

ディティールを知れば今回以上に悲惨事件だってあるだろう。

なのに、地元民の犯罪基本的に2段組程度の記事おしまい

強盗でも初報プラスアルファおしまいだ。

上の統計じゃ去年は殺人強盗放火強制性交等が71件もあったらしいが、

俺が新聞で見た限りじゃ10件もなかったぞ。

取材しようってんなら全部日本語で完結する8000件の方がよっぽど楽だろうに、なんで報道しないんだ?


そうこうして、俺たち一般市民身の回りで起きている米軍と無縁な8000件の事件がどれも悲惨だってことを知らないピュア状態で、

いきなり今回の読谷みたいなヘビーなディティールを知るわけだ。

そして怒るわけだ。米軍けしからんって。


さあ、普段ロジカル物事を見ようとしてる諸賢よ、どう思う?

8000件の中身を知ってる状態と知らない状態で、怒りの質も量も向きも同じだったと自信をもって言える?

認知バイアスにハマってなかったと断言できる?

2018-09-22

anond:20180922125532

その内容に依存するな。

故意殺人放火など、相手生命財産を致命的に奪う意思があったのならば、親兄弟と言えども縁切りだな

事故だったり、同情の余地もあるようなケースであれば縁は切らない

2018-09-21

anond:20180921140648

入ってない。その理由は、一般には性的志向」と性的「嗜好」を分ける考え方があるからだ。だが、その説明が十分かというと、私は必ずしもそうは思わない。

志向と嗜好を分ける方は、その二つを絶対区別できると思っている。確かに概念として切り分けることは可能だ。だが、実際に自分性的衝動の根源が、対象の「性」にあるのか、あるいはそれ以外の「属性」にあるのか、私たちはハッキリと区別できているのだろうか?

たとえば年下の女性しか相手にしない男性性的衝動の根源は、対象の性にあるのか属性にあるのか本人に区別がついているのだろうか? 女性好きだ、特に物憂げな顔が…という男性は、単に女性好きなのかそれとも「物憂げな顔」フェティッシュなのか。「性的志向としては異性愛者で性的嗜好は年下好みだと言えます」「性的志向としては異性愛者で性的嗜好は物憂げな顔フェチです」という分析は確かに可能だろう。だが、それらの男性衝動はもともと一つである。そのとき、その切り分けに何か意味があるのだろうか?

 

そして「性的志向」も「性的嗜好」も本人の意志とは無関係に育まれものであるとき、前者は尊重すべきだが後者は異常である、と断言することがフェアなことだろうか? 二つを区別せよという言い方には、「性的嗜好は変態だが、性的志向変態などではない」といういささか差別的物言いが含まれているように感じられる。性的志向だって度が過ぎて社会関係破綻をきたせば異常だし、性的嗜好だって嗜むレベルにとどまるならそれは治療必要もない正常の範囲内ではないのか。だとしたら、嗜好することの権利は確保されてしかるべきではないかと思う。たとえば空想や、社会的に実害の及ばない範囲内で。

課題はある。それは、たとえば「社会的に実害を及ぼさないようにすることが難しい」性的嗜好が存在することだ。たとえば殺人行為のものに強い快感を覚える殺人嗜好などがそれだ。窃視や露出も「実行」の一歩を踏み出せばすぐ違法になる。それ以外については、同嗜好の集団である程度解消できそうではあるが、マイナー性的嗜好は公言しにくいだけに、どうしても反社会的世界とのつながりが強くなってしまうところがあり、危険であるロリペドもそうした嗜好とみなされているし、それを公言しただけで周囲に危険を感じさせるため決して口にすることも許されないだろう。ただ、だからといって自らの嗜好を卑下する必要はないと私は思う。性的志向保護されるべきものであるのと同様に、性的嗜好もそれ自体としては権利として守られるべきと考えるからだ。たとえどのようにマイナー性的嗜好であれ、その人の内心の自由尊重されなくてはならない。

anond:20180921013246

性犯罪の内容次第だが、単なる暴行以上になるのは仕方ないんじゃないの

殺人以上は無茶にしても

>極端なもの性犯罪殺人罪以上、或いは強盗殺人などと同じ程度の刑期を求める

レイプは魂の殺人とか普段主張してるキチフェミブクマカ

鳥越レイプ事件の時だけ被害者セカンドレイプ始めたときはびびったなー

人間って党派性の為にあそこまで下劣になれるもんなんだね

anond:20180921011938

正常なものいえば、強制性交等罪で男女も同様に被害者として扱われること。肛門性交や口腔性交を扱うようになったのも、正当な範囲内と言えるだろう。

疑わしいのは非親告罪化好意的に捉えれば、示談目的痴漢冤罪などは減るだろう。(痴漢冤罪は多くの場合誤認だが)ただ、逆説的に示談という外交カードを損失したということが被害者達にとっていいことはどうかは不明

極端なもの性犯罪殺人罪以上、或いは強盗殺人などと同じ程度の刑期を求めるものである。中には強制わいせつ罪を5年以上または無期と主張する人間もいて驚く。

性犯罪厳罰化死刑廃止

死刑廃止論を唱える人を否定するわけではないが、「冤罪防止のため……」という理由に拠る死刑廃止論提唱しつつ、性犯罪厳罰化特に痴漢での極端な厳罰化を主張している人は率直に言ってどうかしている。

傷害殺人窃盗などと異なって犯罪推定が難しく、特に接触だけでも場合によっては犯罪になってしま性犯罪は、基本的には「推定有罪」に近い形で裁かれる。実際の無罪率は他の犯罪とさして変わらないが、物的証拠が極めてあげづらい性犯罪刑罰を、今後の法治国家於いてどのように規定していくかは重大な問題である

そんな中、冤罪という重大な問題を扱って死刑廃止論を主張しながら、一方で冤罪が起こりやすい特徴を備える性犯罪厳罰化を求めるというのはおかしいことだ。特に、「被害者気持ち」という思想と絡めると訳のわからないことになる。死刑賛同が「被害者の割り切れない感情を死罪という形で救済することの多い死刑は残存するべきだ」という考えを真っ向から否定しながら、よくも言えたものである

近頃女性の権利主張によって性犯罪問題が見直されている。日本性犯罪に関する法律適当だとは思わず時代に併せつど変えていく必要があるのは正しいが、一方で法律には「そうならざるを得ない理由」「そうでなければいけない問題」というものが往々にしてある。それを捨象して一元的価値観から主張をすることのないように努めたい。

2018-09-19

警察を狙う通り魔って

多分銃を奪って大量殺人狙ってるんだろうけど

どうせならヤクザを狙ってほしい

富裕層貧困層は別の街で暮らそうぜ

日本格差が広がって富裕層貧困層二極化している。

このままいくと金持ちが街を歩いているだけで、貧乏人が金を奪うために襲い掛かってくるような国になる。

そうなるまえに貧困層を完全に隔離して、富裕層安心して暮らせる国にするべきだ。

そうすれば海外移住する日本人が減るから税収減を抑えることが出来るので結果的貧困層も得をする。

それに加えて、普段生活富裕層の人は気を使わなくていいし、貧困層劣等感嫉妬心を抱かなくてよくなる。

手遅れになる前に動かないと、貧困層暴動強奪無差別殺人詐欺が横行する修羅の国になる。

anond:20180919033352

殺人嫌悪感」と「LGBTラノベ表紙の嫌悪感」は別種でしょうね

繰り返しになりますLGBTラノベ表紙の嫌悪感性的な部分に起因してると思うので

なぜLGBTを絡めるのかと言えば、個人的にはLGBTの人が噛み付いてるからでしょうね

名前はあげませんが

anond:20180919113847

から表現」に対する嫌悪感の表明と、実在する属性に対する嫌悪感の表明は、

嫌悪される対象のもの位相が違う存在から、同列にならべて語るのはおかしいっつってんだろ。

嫌悪感」を感じる主体限定して「嫌悪感」をその並べて語ることが正しいのならば

LGBT」と「殺人」と「表現」もどれも「嫌悪感」覚えるからどれも同じとせねばおかしい。

そんなわけないでしょ。

キモい」は「嫌悪感の表明」ではないという理屈反論されるならわかるけど、

キモい」金のないおじさんと定義されてるので、「キモい」と判断したのであって、

それを「キモい」と判断できない人は、「キモい」という文字が読めなかった人だと思うよ。

anond:20180919032246

地獄への道は善意で舗装されている」という言葉があるように、

別に己の内面を本人がいくら善だと思っていても、その行為の積み重ねが大量殺人引き起こしたりするわけで、

自分が悪だと思って、自分を信じず注意を払って上手く社会にとけ込む人のほうが幾分かマシだと思うよ。わたしは。

anond:20180919031202

これはデータも何もないただの推測なんですが、ストレートの人らがLGBTについてまず思うことはセックスについてだと思うんです。

その性行為のもの特殊なので生理的嫌悪感が出てしまっているのではないかと。

勝手エロ想像して勝手嫌悪感を持つ。同じに感じますね。

それは嫌悪感を感じる主体から観点限定した話で、

嫌悪された対象の話ではないよね。

問題を「嫌悪感」を感じる主体限定するなら

件の社会学者が例に出した「殺人」に対する「嫌悪感」も嫌悪感覚えるから等価になるね。

殺人」に対する嫌悪感はまたひと味違った「嫌悪感」となれば、LGBTに対する「嫌悪感」もラノベ表紙に対する「嫌悪感」も違うものになるね。

別にわたしどっちかと言うなら表現規制反対派マインドの人だし、LGBTとか関係のない話すんなよ、論点それんじゃねーか、としか思ってないので、

何をそんなにLGBTに対して拘ってるのかわからないんだけど。百歩譲ってフェミニストのあり方を論理で殴るなら、わかるんだけど。

anond:20180919023638

日本の話かそれ?

自動車人殺しても殺人がなかなか適用されない上に飲酒じゃ殺意はまず認められん。

その中で懲役20年っておそらく日本自動車事故のどれよりも重い刑罰になるはずなんやが。

2018-09-18

LGBTラノベの表紙を等価に扱うことはヘイトかもしれません

anond:20180918223038

LGBT気持ち悪いと言うことと」

ラノベの表紙が気持ち悪いと言うこと」

を同じ気持ち悪いと言うことは同じ「表現の自由」の話だから等価

という主張があるけれども、

それは大変な勘違いです。

LGBTそもそも存在する人間属性です。

ですので、気持ち悪いということは、その生存権を脅かすヘイトスピーチになります

ラノベの表紙のキャラクター存在しない架空存在です。

ですので、それを気持ち悪いということは、そのキャラクターを描く自由、つまり表現の自由を脅かす行為になります

件の社会学者は、今わたし説明した上記理屈で、

青識亜論氏が、LGBTラノベの表紙、つまり生存権」と「表現の自由」を侵害する気持ち悪いを等価(あそこでは置換可能概念と言っていましたが)に論じることはおかしいと主張するために、

新たに「殺人する自由」「殺人表現する自由」を加えました。

(ここに「殺人表現する自由」を加えることによって主張がぼやけたという件の社会学者の落ち度はもちろんありますので、件の社会学者反省してください)

殺人する自由」に対する嫌悪という極端な例を「LGBT」と「ラノベの表紙」に対する嫌悪と並べることで

LGBT」と「ラノベの表紙」は「生存権」と「表現の自由」の話であり、これらも等価ではないということを示す為ですね。

すると青識亜論氏らは、その意図に気づかず、もしくは意図的に、

LGBT」と「殺人」に対する嫌悪等価とあるかうなんてどうかしていると

本来、件の社会学者が、皮肉表現で指摘しようとした論点とは真逆、つまり皮肉ではなくそのままの表現として受けとられ、

それが人口膾炙しました。

そもそもこの話は「表現の自由」を侵害するラノベ表紙への「キモい」は正当なものかという話で、

LGBT」の生存権の話とはまったく関係ないんですが、

青識亜論氏の「LGBT」を持ち出したエクストリームラノベ表紙擁護により、話がややこしくなっている状態です。

(ちなみに「LGBT」は生存権ではなく、表現の自由によってその存在保障されていると読めてしまう《なぜなら等価のように並列しているから》

青識亜論氏のTweet自体そもそもヘイトスピーチなのではないか、という懸念わたしは持っています

しかしわたしには性別という概念がどのような法体系規定されているのかが、わからんのです。

LGBT」は表現だと言って差別してきた歴史がある、というソースがあれば、ヘイトスピーチだよと言えますが、

そこまで調べきれていませんので、誰か教えてください。)

ラノベ表紙に関しては、あの表紙のキャラクターがあのようなポーズを取ること。

彼女は自らが女性として生きること、現在女性規範の頂点に立つことを誇りにする存在から

そこには文脈がありますし、キャラクター作品作品ライトノベルというジャンル

規定するのは、短絡的すぎやしませんかフェミニストの皆さんという正当な反論をすればよいと思いますよ。

社会正義を叫ぶひとに対する一抹の違和感

一言でまとめると「自分が支持し、主張する立場恣意性(非論理性)に無自覚人間が多すぎる」。

青識亜論まわりでいま丁度燃えているけど、個人的な印象論の範疇で言えば、フェミニストLGBT側の立場人間は、「自分他者を抑圧している可能性」というもの無自覚すぎるんですよ。

自分が、自分自身にとって大事だと思う権利を守るために、それを侵害する他者権利を抑圧する」、これ自体別に珍しくもなんともない。だけど、それを無自覚にやるのは流石に問題がある。丁度、「ラノベの表紙が気持ち悪い」「LGBT気持ち悪い」「殺人」を等価に置いた社会学者がいたよねという話題でもそれは結構散見される。

今更こんなことを言わなきゃいけないくらいに人類の知性は発展してこなかったんだという事実を目の当たりにするのは悲しいけれど、「論理的に等価である」というのは別に珍しくもなんともないんですよ。

LGBT気持ち悪いと思う権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと思う権利」も、誰にだってあるんです。

そこから一歩進んで、「LGBT気持ち悪いと発言する権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと発言する権利」も、誰にだってある。ただし、そこには発言したなりの責任が伴う。「LGBT気持ち悪い」と発言することによって、LGBTである人々を抑圧することはあるでしょう。それと同じことで、「ラノベの表紙が気持ち悪い」と発言することによって、ラノベの表紙を描くことをライフワークにしているイラストレーターさん・ラノベの表紙によって生きる糧を得ている人々(ざっくり言うと女性から切断された「キモくて金のないおっさん」を例に挙げておきますが、もっと単純にそれを単純に「いいイラストだなー」と思いながら受容する人々[男女問わない])を、抑圧することもあるでしょう。

そこは、何をどう解釈したとして、論理的に等価です。

では、その二つの何が違うかって、「何かを気持ち悪いと発言することで、どれだけの存在保護しようとしているのか。そうすることで、どれだけの存在を切り捨てることになるのか」という違いでしょう。

LGBTへのヘイト発言禁止することで救われるLGBT当事者気持ち価値は、LGBTへのヘイト発言禁止された人々の気持ち価値を上回る。LGBTに対するヘイト発言は、LGBT当事者を下手すると死にすら追いつめてしま可能性があるし、そういった想像は容易だからだ。

では、それと論理的に等価であるところの、「ラノベ気持ち悪いと発言する」ことの場合はどうなのか。ラノベ気持ち悪いと言われることで抑圧される対象は、発言を受けたことでLGBT当事者と同程度に守るべきなのか。これは個人的見解だが、同程度の重みを持たせることは、少なくとも想像範疇では難しいのではないかと考えている(これは、あくま個人想像範囲である)。

だけど、そこから一歩進んで、「気持ちいか規制すべき」という話になると、話は別だ。

LGBT気持ちいからその権利規制すべき」となったら、まあ、少なくない人間直感的におかしいと思うだろう。「気持ち悪い」という内心の権利を守るために、他者人権制限するというのは、保護法益バランスが全く取れていない。

では、「ラノベの表紙が気持ちいから、ラノベの表紙を制限すべき」という話になると、直感的におかしいと思う人が減る、という印象が、本増田にはある。減る理由はわかる。当事者属性の違いだ。LGBTである人々の存在は、少なから想像がつく。フェミニズムが守ろうとしている「女性」という存在も同様である。それに対して、「ラノベを表紙を制限することによって抑圧される人々」の存在がやや想像しづらいというのは、まあ、わからなくもない。

ラノベの表紙は「娯楽」である。娯楽に対して、LGBTというのは在り方そのものである。在り方そのものと、娯楽とであれば、そこの比重が異なるのはわかる。だが、世の中には、少数であっても、「ラノベの表紙を書くのが生業である人々」「ラノベによって救われている人々」が存在する筈なのだ。そこにあるのは、人類の数%(1億人近く)の権利を守るために、数千人の権利を縛るべきかどうか、という利益衡量の問題である人類の半分である女性権利を守るために、何千万人と存在するミソジニーな人々を抑圧すべきか。あるいは、女性権利を守るために、ラノベ関係する人々の権利を抑圧すべきか。

ここで本増田が言いたいのは、「お前の発言で抑圧される人々がいるから、ラノベの表紙を気持ち悪いと言うな」という話ではない。

現実世界において権利権利がぶつかるのは当然であって、そのような現実において、ある特定立場の人々を「守らない」という選択をするのは、仕方がないことだとは思う。だけど、その「守らない」という選択したことから目を背けるのは、誰がどう取り繕ったとしても、欺瞞しかありえない。

LGBT気持ち悪いと思ってしま人間にとって、それは仕方がないことだ。だが、発言した瞬間に、LGBTの人々を敵に回す覚悟必要だ。

それと同時に、ラノベの表紙を気持ち悪いと思う人間が、それを口に出し、主張する場合、「他人を抑圧する」という現実から目を背けてはならない。

況んや、「規制すべき」という話になると問題はかなりでかくなる。ここに来ると、「規制すべき」という形で、表現の自由問題が関わってくるからだ。

表現の自由」は、誰かが誰かから抑圧されないための権利である(それは主に公権力であることが多かったが、それ以外の私的権力からの抑圧を防ぐためでもあろう)。それは、どんな人間にとっても、本来的に備わっているものである、と法学人権定義をそのように構築してきた。それを制限するためには、それなりの整合性、具体的には「保護法益がどの程度大きなものなのか」を精緻検算しなければならないと、様々な判例の構築によってその線引きを見積もってきた。世の中の人々が考えている以上に、表現の自由ものすごく大きなものなのだ

それに対して、気軽に「ラノベの表紙が気持ちいからそれを制限しよう」と言い出す人たちは、その権利の重さをどの程度理解しているのだろう。「ラノベの表紙が女性扇情的に描くことで、女性蔑視・女性の「モノ化」・男尊女卑的な観念等を強化する」というのは理解できる。そして、それを守ることがそもそも男尊女卑的な、フェミニズム批判し続けてきた構造権力を強化するから全く擁護できない、という話もわかる。

だけど、それを主張することで、逆に自分たちが誰かを抑圧する可能性について無自覚か、目を背けているひとが多すぎやしないだろうか。

最悪、抑圧が発生するのはいいよ。民主主義ってもの絶対に少数派の意見を切り捨てる(厳密に言えば、多数派は少数派の意見を最大限聞かなくちゃいけないのだが、本題から逸れるので一旦措く)ので、仕方がない、避けようがない部分もあろう。でも、「そもそも自分たちは誰も抑圧していない」と言いはじめるのは、何か違うんじゃないか

俺が、青識亜論は少しむかつくけどそれ以上に彼を擁護したくなるのは、それが原因だ。青識亜論は特権性について何度も言及していた。市民社会において、どのプレイヤーも、プレイヤーとしては等価な筈なんですよ。市民市民を抑圧することはできない。市民は抑圧に対して抑圧に反発する権利がある。その権利が、あたか存在しないようにふるまう少数派が多すぎる。

せめて、「私は少数派の権利を守るために多数派権利を抑圧する立場に立ちます」くらいの大上段はふるってほしいものだ。本増田はその権利を守る。

もう頑張れない

秋バテ」というやつがTV話題になっていたらしいけど、自分はまさに今そんな状態だ。

夏のあの殺人的な暑さをなんとか乗り越えてきたけど疲れはててしまった。最近身体が動かない。寝れば多少回復するけど寝つきは悪いし途中で目は覚めるし3時間程度の睡眠時間一か月くらい続いている。

あの暑さが今年だけなら頑張れるけど来年以降も続いたらどうしようと不安でならない。もしそうだとしたら俺はもう頑張れない。自然淘汰されてゆく動物として生きてゆくか死ぬしかない。

anond:20180917203123

なんで自分で食べられないのに無理やり栄養を取らせるんだ? ほっとけばいいじゃん。それが寿命ってもんだよ。 無理に食べさせるから、やめたら殺人なっちゃうんだよ。

anond:20180918060325

それこそ個人感情で「私は許す」てやってりゃいいんで

殺人社会的には許しちゃダメだろ、何のために警察や法があるんだ

最近じゃエロい表紙の本を置いとく程度で「許せない」「許してはいけない」なんて言うやつすら出てきたけど、許してはいけない行為なんてないやろ。

児童強姦殺人でも無差別大量殺人でも、許してはいけないなんてことないだろ。むしろ世界でだれか一人くらいは許してやんなきゃだめだろ。

許せない、とか言って対話を拒むのもやめろ。何かきっかけや理解がふかまったら許すかもしれないんだから

「私は許さない」なら言っていい。それは自分感情と決意だ。自分感情無責任社会正義に置き換えるのをやめろ。

2018-09-17

[]9月17日

○朝食:朝マクド

○昼食:スパゲッティ冷凍食品

○夕食:卵、納豆、しば漬とオクラのネバネバごはん(もち麦入り)

○間食:アイスチョコオーザック

調子

はややー。

三連休最終日なので、最大限にむっきゅりしてた。

今日は、青崎有吾の図書館殺人を読んでいた。

読者への挑戦状があるタイプ作品には、がっつり挑むタイプなので、謎解きを頑張ってた。

ちなみに、全く当てられなかった。

全然見当違いな方向に謎解きしてしまったぜ。

iOS

グラブル

ヒヒイロカネがほしいので、それの元になるクロム鋼を集めてた。

今日は4個集めた。

メディア効果理論から

 メディア全般の子供への影響(殺人ゲームドラマで悪影響があるのか?など)に関して言えば、主要理論の変遷があった経緯がある。

 当初、メディアの影響力は極めて高く見積もられた。「強力効果説」だ。皮下注射モデルとも言われるが、薬物を注射したとき効果が発揮されるように、確実かつ速やかにメディアの影響は発揮されると思われた。有害情報が即子供に悪影響を及ぼす、という教育界隈の話は、この時代認識に基づいていることが多い。

 しかしこれは否定された。研究によって、人々がメディアの言う通りになんて動いてないことが確認されたかであるメディアの影響力は限定的であるとされ「限定効果説」が唱えられた。この説では、例えば、メディア有害情報子供に流れても、それが悪影響を及ぼすのは家庭環境が悪かった場合である。家庭環境のがメディアより先に立つという訳。

 さらにその後には、やっぱりメディアの影響が大きい場合もある、という話で「新しい効果理論」が唱えられるようになった。ここでは、メディア情報が、まずコミュニティリーダーに影響を与えた場合、その影響が拡散することで影響力があがる、みたいな話をしだした。今はここ。(といっても、もう教科書に載ってるような話だが)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/メディア効果

 個人的には、エロについても、だいたい限定効果説が正しいと思ってるのだが。

 常々変だ変だと思ってるのは、教育界脇はマジでここら辺の話を全スルーして、素朴な強力効果説を採用してることが多い。暴力的メディアを見ると暴力的になり、性的メディアを見ると性的になると思ってるし、そういう論が未だに出回る。だからゲーム脳信じるような人がごろごろいるのよ。

 教育学は、学際的すぎるのか、ハッキリ言って専門分野として怪しい部分が大きいと思う。ソーカル案件ごろごろしてる。この手のエビデンスを探すときは、元の理論の出典にまず気をつける。アメリカ教育学会とかの90年代論文とか、特に気をつけるべし。

 

anond:20180917130856

anond:20180916232627

表現の自由」と「生存権」は守るべき権利。「殺人する権利」はないでしょ。

「守るべき権利」同士を交換するのと、それ以外では意味が異なるのでは?

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