はてなキーワード: 遊んだとは
これは完全に持論であるが語らせてもらう。
私は処女厨ではないが、あるこだわりがある。
それは「他の男に軽んじられたことのない女性」へのこだわりだ。
経験人数が10人以上の女性でも「相手は全員当時の彼氏」なら全く気にならないし、経験人数が1人の女性でも「相手はかっこよかったサークルの先輩で、飲み会の帰りに部屋に行ってしまってセックスして、彼女になれると思ったらそのまま冷たくされた」とかだとそれまでどんなに好きになってても一気に冷める。
なんなら彼氏じゃなくても「Tinderで写真見てタイプだし暇だったから数回遊んだ」という女性主体のセックスなら気にならない。
「周りがみんな経験していく中で自分だけ処女だったから焦って手頃で手近な男性で初体験をした」という女性の声もよく聞くが、それも全く気にならない。
でも「好きになった男性がいて、付き合いたくて関係を何度も持ったがセフレだった」とか前述のサークルの先輩系のように「やり捨てされた」「都合良く扱われた」系の経験があると一気に冷める。
高知の県立美術館じゃないが、自分が価値を見出して好意を抱いて大切に扱おうとした存在が誰かにとっての100均の使い捨てスリッパののような存在だと知ると、その人を大切にしようという気持ちがなくなる。
それまで好きになった気持ちも馬鹿馬鹿しくなるし、一緒に過ごした時間すら返して欲しいと思う。
これまで好きになった女性や付き合った女性からは「昔の辛かった経験」みたいな話を振って、会話の中で必ず前述のような経験がないかチェックするようにしてるし、そういう経験があると一気に冷めてフェードアウトする。
好きな女性や彼女がヤリマンでもそのセックスが主体的なものならば何も気にならないが、他の男に軽んじられた経験があればもう愛せない。
会社の教育係なので3桁台の若手と接してるんだけど、彼ら強烈に賢い子と強烈にアホな子の落差が大きくて中間層が居ない感じなんだよなあ……
で、大きな違いは「自分自身の意志と目的をもってインターネットで遊んだことがあるかどうか」なんですよね
そういうことして来なかった子は生成AIが正しい要約をしてくれてると思い込んだまますべてをそれで完結しようとしてくるし、TikTokとかでのバズをまるで噛み砕かずみんなが知ってる、親しんでいる情報はすべからくいいものと思い込んでいる
インターネットでなんかしようと意志を持って遊んだことのある子は概ね諸々の仕組みや悪意に触れるから、その辺にピュアじゃないんだろうな
最近なのか若者って大体そうなのかは知らないんだけど、アホの子たちのあの、言ってること偏ってて間違ってる時すら多々あるのに、自分たちは最先端でコスパ良く社会を理解してます的な態度に厨二病感をバシバシ感じている いや大学二年生くらいのイキリ方っていうか
Swtichで遊べると知って買ってみた。いやー 面白かった。
噂に聞いたメスキングが楽しみだったけど、主に真島の兄さんを楽しむゲームだった。
夜の街で遊んでみたくなる。キャバクラってそうやって遊ぶんだぁ!というよろしくない知識を仕入れてしまった。
今度機会があったらアフターで麻雀に誘ってみようと思う。リアルで麻雀やったことないから、雀荘を探すところからだけど。
アクション下手だから、バトルは全部ゴリ押し。ヒートアクションを全然使いこなせない。極って何?って感じでクリアしてしまった。
バトルは序盤の嶋野が一番つらかった気がする。その次はカーチェイス。
あれだけ真島の兄さん絡んでくるのに、終盤のストーリーには絡んでこないのは意外だった。本当に何がしたかったんだあの人。
色々と救済措置があって親切だなぁという印象。賭場で粘れば強力な武器が手に入るし。
あと、ポーカーが全然知らないルールだったな。ドラクエ式の奴しか知らなかったので。
声をあててる人たちが豪華でびっくりした。
風間のおやっさん、渡哲也だったのか。麗奈は少佐だし。全然気づかなかった。
桐生ってTOKIOの長瀬にしか見えなかったけど、モデルは居ない・・・?そんなバカな。世良会長もどうみても渡辺謙でしょ?
私は車で10分ほど走らなければコンビニもスーパーもないようなど田舎で生まれ育った。
以前は近所に数軒家もあったが、住んでいたご老人たちも皆亡くなり今はすっかり寂しくなった。
「何もないのがいいところ」と田舎を褒めたりする人もいるが、ずっと暮らしていると普通にしんどい。あれは嘘松。
お店はおろか人も歩いていない。増えるのはソーラーパネルと空き家ばかり。
そんな田舎に嫌気がさして20代後半で上京し、30代前半になった今でも何だかんだ楽しくやっている。
半年に一度くらいは帰省しているのだが、その度に親が小さく見えるのは気のせいだろうか。まるでカントリーマアム。
60代だしまだパートとして働いていて病気もなく元気ではあるが、どこか弱々しく見える時がある。
駅まで迎えにきてくれた親の車に乗りながら、いつか訪れるであろう免許返納のことをいつも見て見ぬふりをしてしまう。
電車もなくバスもとうの昔に廃線になったこの山奥のど田舎で、車が無くなってしまっては生きていけない。買い物にも病院にも行けない。
ワケあってもう1人の兄弟には頼れない。私がどうにかするしかないのだ。
でもこんなど田舎には戻りたくない。
地元の小学校はいつ閉校してもおかしくないくらい子供が減ったらしい。
私が通っていた頃はあんなに賑わっていた運動会も今はきっと規模が縮小されたものになっているに違いない。
子供会もどうなっているんだろう。カルタ大会はまだあるのかな。
楽しい思い出もたくさんあるし家族のことも大好きだ。感謝している。
生まれ育った県がたまにテレビで取り上げられたりネット記事で見かけるとやっぱり嬉しさはある。
幸いなことにパソコンさえあればどこでも出来る仕事だが、それでも「犠牲になりたくない」と思ってしまう自分が嫌だ。
自分でお金を貯めて転職先を見つけて移り住んだ都会での生活に不満はない(家賃は高いけど)
休みの日には近所を散歩したり友達と遊んだり楽しく過ごしている。まだまだいろんなお店を開拓できる。
あのど田舎ではそれができない。山の裾なので基本的に上りだし平らな道も少ない。歩いたら人ではなく熊や猪に会う。
似た状況の人はどうしているのか、将来的にどうする予定なのか知りたい。
こういう時こそ「老老介護」「ミニマリスト」「推し活」みたいなわかりやすい名称が欲しい。何かコミュニティが欲しい。
地元で結婚して近所に家を建てて孫を見せるのがやはり「正解」に近かったのだろうか。
そんなことをここに書く暇があるなら親孝行の一つでもしろよとか思いつつ、
今日も中央線に揺られてはすっかり過疎化してしまった地元から目を背けている。
賑やかな商店街の灯りが愛おしい。人もたくさんいる。
もうめんどくさいし、帰りは近所のほっともっとに寄ろう。
あれは昭和の終わり頃、小学2年生の冬。ドラクエ3が発売された日だ。
朝早く、父ちゃんに「行くぞ」と叩き起こされて、まだ薄暗い中で近所のゲーム屋に向かったんだよ。
昭和の時代ってさ、ゲームは特別な存在だったんだ。ファミコンが家にあるだけでクラスのヒーローみたいな感じだったし、新作のドラクエなんてそれこそお祭りだった。
店に着いたらすでに長蛇の列。小学校2年生の俺には、その行列が果てしなく長く感じたよ。
寒空の下で鼻水を垂らしながら「本当に買えるのかな?」って不安だった。
でも父ちゃんは「大丈夫だ、根性だせ」とか言いながら、俺に温かい缶コーヒーを握らせてくれた。
今思うと、あれはちょっと渋すぎる飲み物だったな。子ども向けじゃないのに、なんか大人の気分を味わえて嬉しかった。
やっとの思いで順番が回ってきて、無事にドラクエ3を手に入れた瞬間のあの感動!箱を握りしめて、家に帰るまでの道中もずっと「早く遊びたい」って気持ちで胸がいっぱいだった。
家に着いてファミコンにカセットを差し込んで電源入れた時のジーって音がたまらなかったよ。ブラウン管テレビ特有の音。分かる?そんでプレイ画面が出た瞬間、もうワクワクが止まらなかった。
でも、ここからが苦い思い出だ。クラスの友達が「貸してよ」って言うから、少し悩んだけど、まあいいかって貸したんだよね。その子も楽しみにしてたし、俺もちょっと大人ぶりたかったんだ。
でも、返ってこないんだよ。何度か「返して」って言っても、「まだクリアしてない」とか言われて、ついにはその子が引っ越しちゃってさ。結局、ドラクエ3は戻ってこなかった。借りパクされたんだよな。小2の俺にはショックがでかすぎて、それ以来、人に物を貸すのがちょっと怖くなったんだよ。
昭和の思い出って、こんなふうに喜びと苦さが混ざってるんだよな。でも、その寒い朝に父ちゃんと並んだ記憶とか、最初にドラクエ3を遊んだあの興奮は、今でも色あせないよ。あの時代ならではの体験だし、あれがあったからこそ、ゲームへの思い入れが強くなったんだと思う。
ロマサガ2、子供の頃にさんざん遊んだ思い出のゲームだ。自分みたいな層を狙ったリメイクなんだろうけど、あまり関心が湧かない。流れてくる動画をちらっと見てああこんな風なのね、と思うくらい(コッペリアとフリーメイジ女まで美女化したのは媚びすぎではなかろうか)。
現行機で昔のゲームを遊べるのは良いことで文化的意義もあるだろうからリメイクおおいにけっこうなんだけど、なんか自分はピンとこない。昔好きだったものを作り直してまで欲しいと思わない。古いシリーズの続編とかも別にいいよ、となる。
オリジナルを変えることに否定的とか思い出を汚すなとかそういうのは全然ない。ただ単に興味が薄い。古いものは古いもののままでいいと思ってしまう。
ゲームにしろアニメにしろリメイクを望む声というのはすごく多い。ニンダイでもだいたいリメイクリマスターで盛り上がる。気持ちは理解できなくもない。望まないほうが少数なのかも知れない。
でも完全新作のほうがワクワクするなあ。
アメリカの分断が一層鮮明なものとなった大統領選だが、日本でも分断は進んでいて、それについて思ったところを書いてみる。
俺が幼少期を過ごしたのは80~90年代の地方の農村だ。そこは受験といえば高校からで、中学受験やまして小学受験なんて概念はなく、その地域に生まれた子供は誰も彼もが同じ小中学校に通っていた。
そのため中学までは実に様々な子供が同じ教室で授業を受けていた。俺の同級生には、医者になった人や地方議員になった人もいれば、暴走族に入った人、少年院に入った人もいる。
小学校の頃には、同じ校舎内の養護学級に、言葉を喋れないレベルの知的障碍の子が母親と共に来ていて、よく廊下で奇声を上げたりしていた。
スネ夫や花輪くんのような極端な人はいなかったが、そこでは「中の上」から「下の下」ぐらいまでの人々が共に過ごしていたと思う。
そこは子供を育てる場として理想的な環境ではなく、いじめとか、不良に授業が妨害されたりなど、様々な問題もあった。
俺は就職を機に上京して、いまでは昔の同級生と会うこともほとんどなくなったが、しかし自分と異なる世界に進んだ人々と一時でも共に過ごしたことは、俺にとって、彼らのことを最低限理解するための一助に今でもなっている。
一方、俺は大人になってから上京した身で、子育てもしていないので東京の学校事情にはあまり詳しくはない。
現在住んでいる場所の近くには有名大学の附属中があって、育ちの良さそうな子供が通っており、中学から受験なんて都会の子は大変だなぁ、なんて呑気に思ったりするが、
ふと彼ら彼女らは人生の中で、どれだけ「下層の人」と接したことがあるんだろうと思ったのだった。
彼らの親は、子供をそうした人々から遠ざけるために附属中を受験させたのであって、そちらの方が子供を育てる環境としては理想的だ。
俺だって子供がいたならば、荒れた学校には行かせたくないし、不良と関わらせたくないと思うだろう。それはそれで理解はできるし否定できない。
一方彼らの中には、医者、政治家、教師などになる人も多く、そうした職業はどうしても下層の人々と接する必要が出てくるはずだ。
その時に、もし人生で一度も下層の人々と接したことがなかったらどうなるのか。特に福祉などに関わる場合、その福祉や支援には、下層の人々に対する実感がどこまで籠っているのか。
暴走族に入ってしまった俺の同級生も、幼少期はごく普通の子供で、一緒に遊んだこともあったものだ。
知的障碍の子が奇声を上げる姿や、その横で世話をする母親の疲弊した表情は正直見たくないと思える光景だったが、それを見てきたことで子供なりに障碍者の現実を学ぶことができた。
それらの経験は、彼らも同じ人間なんだという実感を俺に与えてくれた。
しかし下層の人々と接したことがない人々にとって、彼らはどこまで同じ人間に思えているのか。架空の存在、想像上の存在に過ぎないのではないか。
そんなことを考えた。
犬、子供の頃に外で飼っていた雑種しか知らない。成人してから犬に触った記憶がない。
猫ならたくさんあるんだけど、野良猫でも触らせてくれる子がいるし、実家でも室内飼いで2匹飼っていた。実家に帰ってきた時は毎日背中と腹毛を撫でていた記憶がある。もう死んでしまったが。
就職して3年目、ずっと一人暮らしで、大袈裟に言えばちょっと病みそうになっている。職場はまあまあ良い環境なのだが、問題は仕事終わりの夜や休日で、やることがない。これといった趣味も無くて、恋人もいない。田舎なので友人も近くにいない。1人で遊びには行きたくない。結局は自分が悪いのだが、みんなどうしているのだろうか。周りを見るとみんな上手くやっているように見える。気のせいだろうか。気のせいではない気がする。
犬、散歩している人をよく見る。田舎だけど雑種の犬はもうほとんど見ない。コーギーとかポメラニアンとかミニチュアシュナウザーとか小型犬が多い。あとは柴犬。大型犬もたまに見かける。グレートデーンを見た時はびっくりした、大きくて。ゴールデンやラブラドールもたまに見る。コリーもいる。これらは中型犬だから、結局は色んな大きさの色んな犬をみんな飼っているということなのだろう。
犬を飼ったら毎日散歩に行くことになる。もちろん朝夕にご飯もあげることになる。仕事から帰っても暇ということは無くなるだろう。
犬、猫みたいに撫でさせてくれるのだろうか。夜、布団に入ってきて、すぐに飽きて部屋の扉を開けたまま出て行ったりするのだろうか。ボールや猫じゃらしで遊んだら喜ぶのだろうか。家族のような関係になれるのだろうか。
成人してから犬に触ったことがないから分からない。でも、何もない夜も休日も、犬がいたらそれだけで楽しくなるのではないだろうか。どうなのだろう。
原神のストーリーは、正直1年そこらで理解できるほどのもんじゃない。
厳密に何が起きてるのか知ろうとせず雰囲気で感動できる人はいるかもしれないが(それが多数派だろう)、理解しようとするタイプの人がちゃんと感動するにはガッツリ考察勢にならないといけない。
初期から現在にいたるまでゲーム内外あらゆるところに情報が散らばってて、しかも昔の期間限定イベント等にも世界観を理解するための重要な示唆が含まれてるので、コンシューマゲーの感覚でシナリオ評価することは不可能。
初期からリアルタイムで遊んでても、後発の配信者とか見て昔のシナリオを振り返ってる時に、自分が遊んだ当時は何とも思ってなかった部分で気づきがあったりするし、どう考えても求められる教養の幅的に一人じゃ気づくのが不可能な意匠などが織り込まれてるので、公式コミュニティやSNSやnoteなどを漁っていくこともしたくなる。
そうして初めて、完全とは程遠いながらも「こういうことなんだろうな」とぼんやり分かる部分が積み重なって解像度があがっていく。最新のシナリオまで読破してもまだ明らかでない要素が山ほどあるので、常に追いかけながら認識を更新していかないと面白さがわからない。わからない状態で面白いと思える素養が要るというか。その点はほとんど「開発者に対する信頼が築かれてるかどうか」と同義かもしれない。
つまり、運営型ゲームにおける巧みなシナリオの展開というのは、本や映画やコンシューマーゲームの脚本の面白さの作り方とは根底からして異なるということ。
そのへんをよく理解しているネトゲ経験値の高い人でないと、特に高齢で孤独なゲーマーは振り落とされてしまいやすいだろう。
会話スキップ機能を求める人はそもそもこのゲームに向いていなくて、この手合は開発が心を込めて作ってる部分までも「石集めのためのハードル」としか捉えていない節がある。
これはスマホでやるゲームじゃなく、スマホでもできちゃうだけで、虚無作業をこなして当たりを引くソシャゲ・ガチャゲーの文化とは似て非なる次元にあるPCオンラインゲームだと気づく必要がある。
普通のソシャゲの運営の頭なら、もっと復刻をして集金しようだとか、無料10連やガチャフェスを開催して課金煽ろうだとか、キャラの属性をバランスよくバラけさせて実装しようとか思うかもしれないが、まったくそうしない。
おそらく、物語の展開や設定にあわせた形で登場させていくことが最優先になっている。ヌヴィレットや召使が飛び抜けて強いのも納得させるだけのシナリオやムービーがあっただろう。
キャラを戦闘力を充実させるための道具としか見てないソシャゲに過適応したユーザーにとってはこの采配が歯がゆく感じられるのかもしれない。
はっきり言うとこのゲームにおいて、戦闘部分やキャラはおまけ。おまけとしては尋常じゃないほど作り込まれてるけど。
おまけ加減はイベントを見れば分かる。毎回テーマイベント毎に異なるミニゲームをわざわざ開発して3つほど提供する中で、戦闘はそのうちの1つでしかない。
戦闘やキャラ部分はかなりカジュアルゲーマーを意識してボトムを広く取ってると思う。お試しが手厚いのもそうだし。
それがなんのためかというと、できる限り多くの人に世界観に浸って、いろんなことを感じ取って、ファン同士で感動を共有しあってもらう、ファンの輪作りが主だからだと思う。
自分は崩壊3rdも初期からやってきた。これはかなりオタクくさいニッチな嗜好をしているゲームだが、内部的に崩壊4作目として作られた原神の役割を考えたら腑に落ちるところだ。そして見事それを成し遂げてる。
だから楽しむという面においては、無凸無餅でぜんぜん構わないから可能な限り全キャラ確保して箱推しみたいなスタンスで遊ぶのがゲームコンセプトとしては理想的だろう。
ソシャゲみたいに強さに注目しすぎないほうがいい。そのことは天井が引き継がれるガチャシステムからも如実に伝わってくる。
ログインだけでもらえるような配布は少ないが、やり込んで獲得できる石はかなり多いので、月額+2倍石までの微課金でも新規追加キャラの8割くらいは確保できる部分もそうだ。
自分はサービス開始日から毎日遊び、キャラはリオセスリ以外全員とっているアラフォーおじだがかなり正解な楽しみ方をできていると思ってる。
原神をやっていて、致命的なバグに遭遇したことがあるだろうか?
自分は4年やってるが一度もない。ペェモンみたいなバグを見つけるのが上手い人もいるが、ネット民がバグだと騒ぐのは5chでも話題にならないような些末なものだ。
四半世紀ほどネトゲ俳人をしていたから分かるのだが、バグがひどいゲームというのはコミュニティでそのバグについての話題がしょっちゅう愚痴のように出てくる。
でも原神、というかミホヨゲーではそういうゲームにならないような重大なバグは目につかないか、起きてもかなり迅速に修正される。
またメンテがいつも定刻で終わり、緊急メンテナンスが入ることも滅多にないという点だけでも、ここの技術力が今まで見たこともないほど高いのが分かる。
国産ゲーや韓国ゲーだと終わらないメンテどころかサーバーが開いていてもログインできないようなネットワーク周りの不手際がしょっちゅう起こるのだがここでは見た覚えがない。
それから細かい不満点についてだが、確かに新作のゲームは配慮が行き届いてる部分が多く、一方で原神では不便なままのところが多かった。
最近はそれら新作を並行プレイしているユーザーからせっつかれるせいか、かなり利便性面のアップデートが入っているが、スメールくらいまでは遅々としてシステム改善が進まなかった。
なぜかというと、原神は開発規模が同社のタイトルの中でも依然最大なくらい、コンテンツ量が膨大なのだ。
6週間おき、それから隔verおきのマップを考えると、細かい既存部分の調整よりもそれら新規コンテンツのクオリティに割いた方が、ゲームとしては魅力的なものになるであろうことは明らか。
そして、この4年間、どのバージョンアップでも期待を上回る内容を見せつけてくれた。
これが平凡なネトゲやソシャゲで、お決まりの更新しかしないようなオンラインゲームだったら、細かい部分を修正して遊びやすくしてくれよ、思うだろう。
そういう無料ゲーでは、利用者は「プレイヤー」ではなく「ユーザー」になってしまっているんだと思う。ゲームを射幸性を満たすツールのような心地で使うわけだから。感動よりも快適を求める。
でもあくまでこの会社は、利用者に「プレイヤー」でいてほしい数少ないモバイルゲームメーカーだと思ってる。
もちろんユーザーの声を無視していいと思うわけじゃないし、自分も一部のコアな原神声優さんたちが言うような不満点、というか要望をよく理解できる。
でも、ことさらネット民がいうほどそこをあげつらうべきなのかというと、正直不満をはるかに上回るレベルのものを受け取っているし、こういう水準で運営型ゲームを提供できている競合も存在しないので、贅沢かなとおもってしまう。
まーーーでも個人的には過去シナリオの回想やパイモンボイスの再開機能、それから祈聖オイルが掘れる花芽とその倍加イベは可及的速やかにほしいと思ってるが。
あと、売上を見るのに関して、セルランというのは当てにならない。瞬間風速的なものしかあらわれないからね。
原神をはじめとしたホヨバゲーは月額勢による収益がかなり分厚くて、二次元ゲーム界隈では依然としてトップにいる。
2次元(アニメ系)ジャンルのゲームのグローバルの売上を統計している人がbilibiliにいて、中国語だがこれ見るとわかるように
https://www.bilibili.com/video/BV1LSSHYXETX
9月データではスタレがトップだが、原神もそれに次いで売れてる。111604万人民元~なのでおおよそ月間セールス240億円だ。
時々思い出す、同い年の友人Eちゃんのこと。
あの頃は友達の友達は友達的な感じで芋づる式に友達が増えてたので、彼女ともそんな感じだった。
知り合った後に付き合った人(のちに私の旦那)の友人が、彼女と付き合い始めたので、何度かダブルデート的な感じで遊んだ。
相手との歳の差も同じ位。性格は全然違ったし、お互い他に気の合う友人もいたからそこまで親密にはならなかったけど、色々と共通点があるお友達だった。
私が結婚する少し前に、彼女に病気が見つかった。でも結婚式には来てくれた。その後、彼女も結婚したが、病気が進行してできないことが増えて行った。子どもが望めない彼女と対照的に、私は妊娠。
彼女の命の期間が少なくなってきていることもわかっていたけれど、私は彼女に会えなくなった。
自分の命が消えそうになっている中で新しい命をはぐくむ自分をみて彼女がどう思うか考えたらつらくて。
そう言い訳をしながら、彼女がいなくなるかもしれない現実から逃げてたのかもしれない。
同じ年に生まれて、同じ時期に相手と付き合い始めて、同じくらいの歳の差カップルで、「同じ」が重なったことで仲良くなったのに、これから先は「同じ」じゃなくなることを私が突き付けることに耐えられなかったんだと思う。
彼女はそんなこと気にしなかったかもしれないのに。私に会いたいと思ってくれていたかもしれないのに。
一度だけ、まだ2歳くらいの子を連れてお墓参りに行ったけど、その後は恐らく行っていなかった彼女のお家…
今は旦那さんが別の人と結婚して住んでいるお家に遊びに行った。
駐車場に車を停めたら子が「私ここにきたことある!駐車場覚えてる!!絶対見たことある!」っと叫んでびっくり。
夢の中でEちゃんが連れてきてくれたのかな。
なかなか会いに行けなくてごめんね。
ずっと忘れてないよ。これからも。
自分も漫画家だけどAIの養分になることに抵抗はあんまないから
もっと性能良くなったらアシ代わりに使いたいなーと思うけど、現状特に不便ないし
これは誰のパクリだとか思しき変な絵が出力されなくていいんじゃない?て感じ
対策を取るべきはローラであって、それは今回の件とは別問題だと思うんだよな
それって本気で阻害したいというよりは、
私たちは作家に寄り添ってますというスタンスを表明してるだけだよな
まあSNSの声でかくなった今、そうしてホットな話題に立ち位置示さないとやってけないもんな。商売だし。
仮にモテても彼女作りたいとか結婚したいとか思わないと思うのよね。
というか、一人の時間が好きで一人で居ることでエネルギーを補充できるタイプで、友達と遊んだりするの楽しいっちゃ楽しいんだけど、どこか疲れを感じるわけ。
マグロが泳いでないと死んでしまうように、誰かといることでエネルギーを貰えるタイプなら俺も恋人が欲しがっていたと思う。
静かに暮らしたい願望が強すぎて、恋人が欲しいと思える土俵にすら立ててないんだけど、この感覚がわからない人には本当にわからないらしい。
俺は愛想だけは良いので、毎回彼女何で作らないのかって友達の彼女とか女友達にも聞かれるけど、説明してもあんまり理解されなかったので、面倒くさくなってモテないからって言うようにしたら、異性紹介されるようになったので、やっぱり一人は気楽だなと思った。
Xで言ったらぶっ叩かれそうなので増田で。タイトル通り、イケメンゲイの友達が欲しい。
自分は女より男と一緒にいる方が楽なタイプで、女友達よりも男友達の方が多い。なんだけど、いい関係を築けていると思った男友達から告白されて、関係が壊れるということがしょっちゅうある。──正直男から性的な目で見られることには懲り懲りしている。でも女性同士の過剰な気の遣い合いとか、心のない褒め合いとか疲れるだけだしやりたくない。それでイケメンのゲイの友達がいたらなぁって思ってしまう。
「イケメンである必要ある?」と思われそうだけど、やっぱりイケメンだと一緒にいてテンション上がるじゃん?
「ゲイはお前の都合の良い道具じゃねえ!」って叩かれそうだけど、別にゲイを都合よく利用しようとしてるわけじゃない。ただゲイで趣味が合う人がいれば友達になりたいなぁと思う、それだけだ。嫌がる相手に無理やり友達になってもらおうなんて思わない。ゲイにだって男より女と一緒にいる方が楽って人もいるでしょ。
ここからはくだらない妄想だが、二人切りで出掛けるときも「ゲイだって男だ、女の子をエスコートするのは当然だろ?」って言って、ご飯を奢ってくれたり車道側を歩いてくれたら最高。
街を歩いてたら周りから「あの二人芸能人!?」「美男美女でお似合いのカップルだわ〜!」って囃し立てられたりして、私が「ごめんね、私なんかとカップルに見られたら迷惑だよね…」って言ったら、相手が「お、俺は別に嫌じゃないけど」ってぼそっと返してほしい。
都内で小学生の塾バイトしてた。結構前の話。全員が全員そうじゃない。一個人の体感で思ったこと。
前提としてはクラスが分かれている塾であり、テスト結果でクラス移動をする。
下の方のクラスの子供たちはいい意味で子供らしい。「新作カップラーメンがうまい」など「休みの日にオンライン対戦しよう」など、勉強の話はほぼしない。授業前にカードゲームしていたりする。恐らく存分に遊んだのか土まみれの子も多い。
基本的に元気な子が多く賑やかであり、先生に可愛らしいいたずらをするくらいの小学生らしさがあった。授業はつまらなそ~にする子は多く、勉強に興味がない。しかし、どこかのタイミングでハマって授業に積極的になって楽しかった。(「たかしって奴、なんで池の周り歩いたり走ったりしてるんすか!まずそこが問題です!」的な話から盛り上がる)
月のクレーターという名を思い出せなかった子に対してクラスで大喜利が始まった時は涙が出るくらい笑った。トンチキ回答も子供らしく面白い。それに、教えると純粋に「へ~」と言ってくれる。鉛筆で遊ぶ子や隣の子と手紙を回す子、寝る子やプリントを折ってる子など自由奔放だが小学生らしかった。
親が迎えにくる子は少ないが、迎えがあると「今日の晩御飯何?」「あれ録画した?」と親に駆け寄っていく子ばかりだった。迎えが無い子は帰りが一緒の子同士で賑やかにやっていたし、みんな帰るのが待ち遠しい様子だった。帰りの準備で競い合っていたりと子供らしさが良かった。親は「いつもご迷惑を…」と腰の低い人が多かった。
テスト中に鉛筆を拾ってあげると「あざっす!」と元気よく言ってくれる。
上の方のクラスの子供たちは本当に小学生かと疑うほど賢い。政治の話はするし、「ニュース見た?」や「先生はどう思いますか?」といい意味で子供らしくない。みんな先生にはですます調であり、でなくとも丁寧な言葉使いだった。
授業は基本静かだが、質問から仲良く議論し始めることが多く、授業できる楽しさがあった。昨今の政治について、政治議論と外交評価が始まった時は感心して聞き入ってしまった。こういう子が国を支えたり、トップに立つのかなぁと思っていた。
言うことはちゃんと聞く。返事も大きな声でしてくれる。テスト前もみんなピシッと座っている。授業もみんな怖いくらい先生を見ている。
親は迎えに来ることが多く、子がいないところで「あの子、楽しそうにしていますか?」と様子を聞いてくる。下のクラスと一緒で晩御飯の話や他愛もない日常会話をしながら親子で帰っていく。下のクラスもそうだが、子供の鞄を持ってあげる人が多かった。仕事帰りっぽい父親が迎えに来ることが多かった。
親御さんは子のことをわざわざ教えてくれる。「理科が好きで、家では図鑑をよく読んでいて~…」と家でどうなっているのか教えてくれる。子供との会話に役立つのですごくありがたかった。
テスト中に鉛筆を拾ってあげると「ありがとうございます」と丁寧に言ってくれる。
子供たちは点数でマウントを取り合い、下からクラスが上がってきた子を馬鹿にし、上から落ちてきた子も馬鹿にする。しかもコソコソと笑いものにしている。これが1つや2つではなく、ほとんどの中流クラスで起きていた。先生の誤字に揚げ足を取り、教えたことに対して嵌めようとする質問をしてくる。見事ハマってしまった時は親の仇をとったのか如く笑いものにしてくる。ぶん殴るぞと何度も思った。そしてイライラしているのか物音を立てるやつが多すぎる。貧乏ゆすりをする子が多い。上と下のクラスの子に比べて空気が重い。だいたいクラスの中にボスがいて、そいつが仕切っている。周りは冷めた目でそれを見ているか、お膳立てしていやつか。
親はほぼ迎えに来る。そしてよく聞く第一声が「(テストや授業)どうだった」。そして親がずっと質問をしている。子は適当に返事をしている。他愛のない日常会話をする人はほとんどいない。子供が親の顔を見ない。そして子の前で「先生、うちの子大丈夫ですか?」「授業態度どうですか?」と塾での様子を聞いてくる。「この子は勉強しなくて」と子の前で、子に責任を押し付けるやつばかりだった。子供のいないところで「寄り添った方がいいですよ」と伝えても「寄り添ってるんですけど(なのでこれ以上ありません)」と言われた。
また例えば、うるさかった子の親にその旨を伝えると「普段はうるさくないんですけど(だから何もしない)」とちょっと的外れな返答が多かった。父親の影を見ない、または母親の影を見ない。迎えのない子は一人で帰ることが多い。子の鞄を持ってあげる親は上下のクラスに対して少ない。
テスト中に鉛筆を拾ってあげると「ありがとうございます」と言わない。「うっす…」「どうも…」と暗い。首が少し動くだけで何も言わない子もいた。
別に作者が信念をもって不親切なゲーム設計をしていることが、いい悪いの話をするつもりはないんだが
「とりあえず各種wikiを参考にすれば序盤で躓くことはないよ?そんなこともできない奴が低評価してるんだね^^」
みたいなのが散見されてんだけどさ。
なんだそりゃ。
Elinは自由度を売りにしたゲームで、プレイヤーは自由に何してもいい。だから、懇切丁寧に何かをしなさいみたいなことは説明しませんよ、という思想自体は理解できるんだが、その「プレイヤーは自由に何をしてもいい」の中に、普通は「外部の攻略サイトで調べてくださいね」は入らんだろ。
中には「ベータテスト(クラファン参加者だけがアーリーアクセス前に参加できた)では、熱狂的なelona信者しか参加してないので本来直すべき不便な部分が”elona”らしさということでスルーされ報告されておらず直されていません。初心者の方のフィードバックを望みます」みたいな冷静な意見もあるけど、多くの高評価は「この不便なゲーム性理解できる俺様カッコイイ」という、陶酔に満ちていてゲームとしての完成度を下げる結果になっている。
俺もelonaは300時間は遊んだし、ヴァリアントも結構やったけどElinの完成度はアーリーアクセスだとしても相当低いよ。
二人とも高校時代からの友達で、別々に進学しても就職しても、月一かそれ以上に会うほどずっと仲良しだった。
だが、29歳の今になって二人とも失ってしまった。
いや、今にも失いそうだ。
そんな彼女はある時にバズって、その界隈では有名な人になった。他のクリエイターから声がかかったりもするようになり、本人も喜んでいたし私も一緒に喜んだ。
Aちゃんの創作が素敵なことは私がよく知っていたし、ついに認められたんだと身近で応援していた分本当に嬉しかった。
でも、Bちゃんからするとそうではなかったらしく、対抗するように自撮りをネットに上げ始め、こちらもその界隈ではそれなりにフォロワーの居る人物になった。
もともと綺麗な人だったし、カリスマもあるから当然だなと思った。
だけど、それと反比例するように二人は仲が悪くなっていった。
予定が合わないと理由をつけて三人で遊べなくなり二人で遊んだ時にお互いの悪口を私が聞く、という子供みたいな状況が続いた。
お互いにいい歳して、と思っていたようだ。
でも、いつの間にか1番変わったのは私の扱いだった。
Bちゃんはフォロワーが一定を超えたあたりから私のLINEを既読無視するようになった。私から送ったLINEならまだしも、いついつ空いてる?と聞いてきた上で放置するようになった。
そして予定を決めてもごめん飲み過ぎた、と当日ドタキャンするし、ホスト?キャスト?にシャンパンを入れてくれと、堂々と言うようになった。知らない人に何万も払えないよ。
Aちゃんも既読無視こそしないが、予定を押さえておいて、当日になってこの後予定ある、と途中で居なくなったり、インターネットの友達との約束を優先して私に嘘を吐くようになった。そして私にお店の予約を取らせておいて、ごめんフォロワーがどうしても行きたいって行ってて…!と私を置いていくようになった。お金も時間も心も持って行かれて、反論する元気すら出なかったよ。
私はまぁまぁな社畜であり、相当に頑張ってスケジュールを調整している。
お金だって自分と将来の家族のために稼いでいる。ドブに捨てるために稼いでいるわけじゃない。
言ってしまえば、二人にとっては私はどうでも良い人間だったらしい。
私は二人を自分なりに大切にしてきたつもりだった。誕生日はお祝いして、丸投げされたスケジュール調整や旅行の手配もして、
悪いところも個性だと受け止めて、夜中に泣きつかれても何時間でも話をしていた。
でも、もう私の誕生日は忘れているし、今二人に夜中に私がLINEや電話をしてもきっと普通に無視するだろうな。
私が彼氏との予定を蹴って1日悩みを聞いたこともあったけどきっと向こうは自分の予定を蹴ったりはしないだろうな。
絶対に結婚式には来て欲しいと学生の頃から思っていたけど呼ばないかもしれない。
呼んでもドタキャンされるかも、と思ってしまう。参加を快諾されたあとにドタキャンされたら辛過ぎて立ち直れない。
でもきっと二人は自分の結婚式に私を招待するし、喜んでご祝儀を出してくれると思ってると思う。そこに何の疑問も持っていないだろう。
そして多分、1番の親友枠で話をさせる人は最近知り合ったすごい人なんじゃないかと思う。
私は二人の都合のいい生き物であって大切な人ではなかったんだ。
自分が大切にされていないことを突きつけられるのってしんどいな。私には何の才能もなかったから、釣り合わなかったのかも。
連絡もして来ないで、フェードアウトしてくれたらいいのに、そしたら忙しくて疎遠になっちゃった、で終われるのに。
別に見返りを求めていたつもりはなかったけど、私も二人の相手をすることで承認欲求を満たしていただけなのかな。こんなところに書いちゃう時点でそうかも。
私はこんなにしてあげたのに、という気持ちが一度出てきてしまうとそれ以降その気持ちがずっと脳内に残っている。
何でこの歳になってこんな中学生みたいな事で悩まなきゃいけないんだ。
結構疑わしいけど、原文の絵師がどうもTRPG(CoC)エモシ界隈の人間っぽくて全然あり得るなこれ…
あの界隈って立ち絵が実用品だから依頼頻度高いし、一緒に遊んだ人間にお礼や人付き合いの依頼しがちだし、何なら同一キャラの服装差分を同じ人に追加発注し続けるプレイヤーが少なからずいるんだよね。
1枚1万って価格設定も全身立ち絵のことっぽいし、某虹Vやシナリオ作者がTRPG配信やってる辺りの界隈かな…って俺は結構ピンと来た
○ご飯
朝:ジャムパン。コーンスープ。昼:カレーチャーハン。夜:餃子。春雨スープ。間食:柿の種。クッキー。チョコ。
○調子
寝て寝て寝て寝まくった。まだ眠い。
飯も適当だし、何にもやる気が出ない。
寝るか。
バンディシスターズのミニゲームをステージ40まで遊んだ。頭使わなくて良いから楽しい。
1ターン目から途切れなく軽量フォロワーで殴っていくアグロデッキが好きだから、今期のコントロールばっかの環境苦手かもしれん。
デイリー3勝が欲しいだけだし。
俺にはポケカに2つ嫌な思い出がある。
とりあえずたねポケモンを出すのは分かっていたんだが、ベンチに予備のポケモンがいないと負けるということを知らなかった。
それで一匹目がやられて俺はサイドを取りきられるまでもなく負けたのだが、そこで相手は終わった後の俺の手札も見てこう言った。
「なんでベンチに置いてないの?頭おかしいのか?」
でも俺はそこで嫌な気持ちになってポケカを遊ぶのは辞めて集めるだけにした。
2つ目は皆がそこそこポケカに飽きた頃の話だ。
俺の家に来ていた友達が「ポケカやらないならくれよ」と言うから持っていたカードは全部渡した。
しばらくして「そういやお前ポケカやってたんだな」と聞いたら、「やってないよ。単にレアカード売りたかったから貰っただけ」と返ってきた。
その場でなにをどう言えばいいのか分からんかった俺は沈黙してしまった。
あの状況で俺が口にすべき言葉がなんだったのかは未だに分からない。
久しぶりにポケカで遊んだが、やはり嫌な思い出があるとなかなか楽しめるものではないな。
つうかゲームとして底が浅すぎてやりこもうって気にならんわ。
こんなゲームにマジになってる大人が大勢いると思うとゲンナリするし、子供であってもこんなゲームに時間なんて使ってほしくないと思ってしまう。