「教授」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 教授とは

2018-09-24

anond:20180924070356

駅弁大学理系はそんなに悪くないぞ。

ノーベル賞受賞の中村教授徳島大だし、梶田教授学部埼玉大だ。

鹿児島大卒の稲森さんみたいな高名な経営者もいる。

偏差値だけでみると負けてるかもしれんが、学問レベルマーチ理系より上だと思う。

コミュ障うんぬんは、自分の専門スキル他人から認められるレベルに達すると自然に治るから勉強なり仕事なりをがんばれ。

2018-09-23

anond:20180923153540

本番に弱いタイプ?だったら、昔の俺みたいだな

何か4年で卒業しなきゃいけない事情があるなら兎も角、1〜2年の留年なんて気に病むことないよ

最終的に自分のペースで卒業できればそれでいい、切り替えていけ

講師教授質問に行けるんだから、人に頼ることは苦痛じゃない感じか?

大学なら学生支援課があるだろうから、現状を相談しに行ってほしい。

よほどのことがない限り、親身になって一緒に考えてくれるはず。

大学院生の1割は消える

今年の春、僕はM2になった。同期たちも全員、進級した。

そんな中で友人の1人が、昨年度の後期からまり所属研究室ゼミに来ないという話を聞いた。

僕とは違う研究室なので「授業は来ていたのに?」と不思議に思った。

今年度から別の友人の希望で始めた自主ゼミにも来ていたから、さら不思議だった。

しかしどうやらゼミの、自分の発表の順番が来る日、だけ来ないらしい。

なるほど、進捗が無いのだな。そう思った。

お互いの研究の話をしていても、うまくいっていない事しかいたことがなかったからだ。

友人は真面目で、成績も僕などより優秀で、性格も良い。怒らないし、愚痴も言わない。

そして行き詰まったときに誰にも頼らない。

僕はすぐに友人や先生に助けを求めてしまうので、それもあまり褒められたことではないが先生にはたまに「考えよう」と追い返される

まるで質問しないのもよくないと思う。真面目なんだろうけれど。

「これくらい、1人でできなくてはいけない」と思っているのかもしれないし、先生が怖くて質問に行けないのかもしれない。

なんにせよ、想像に過ぎないが。

夏休みに入る少し前。M2修論中間発表があった。

それまでに彼は自分の順番が来る日は全て休んでいるのを聞いていたので、きっと来ないだろうと思った。

案の定、来なかった。

LINEで「元気か?」と送ってみたが既読すらつかない。

教授陣の方でも、大学に来ないことが話題になり始めたようだった。

後期が始まったが、ゼミの初回も来なかったようだ。

未だにLINE既読にならない。誰が何を送っても。

題名の通り、大学院生の1割は消えるらしい。

それは仕方のないことなのだろうか。

九大の放火事件大学教員無責任

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/450029/

九大でなんともいえない陰惨な放火自殺があった。46歳、元院生非常勤雇止め経済的困窮…多くの大学教員が彼に感情移入して色々なことを語る。いわく「他人事とは思えない」、いわく「自分が彼だったかもしれない」など、など、など。だけど、特にテニュアを持った教員たちが彼にばかり感情移入しているのに違和感が募る。

あんたが彼だったかもしれないだってテニュア持っててそりゃないだろ。あんたは彼じゃなかったんだよ!

業績か、人柄か、助けてくれる周りの人か、はたまた運か。なんであれ、彼にはなかったものあんたにはあったんだ。彼か彼のような人間を蹴落としてポストを得たんだろう?思うように書けず、書いても今ひとつうだつが上がらない。そうこうしているうちに同年代は職に就いて輝いてみえる。同情してくれる人もいるが解決自分で探さなければならない。研究会に出ればキラキラと光る年下がいて、その彼・彼女就職していく。そんな中で自分をみてしまう。顔向けできない。バイトも忙しいし、研究室には夜にそっと行こう。そんな彼の心象や悩みと、テニュアを得たあんのものが一致することはもはやない。

自分もそうだ。危うくキャリアが途切れそうになったことはある。しかし、結局、年上の任期助教がいるのに旧帝の教授だ。科研費に落ちることもない。今後は大学ともども酷い目に遭うだろうが、それは九大の彼とは全く違う類いのものだ。どっちが悲惨かはともかく。

自分が今後立つこともない地平に立っていた彼に感情移入して、甘美な感傷を味わうのも、その裏からそっと染み出てくる安心感を味わうのもまあよい。

だけど、他にやるべきことがあるんじゃないか。我々が彼に接するとしたら、彼の元指導教員であり、なんとなく薄暗いものを感じつつ関与を避けてきた周辺分野の教員であり、相談を受けて同情と困惑の入り混じった反応を返す先輩同業者であり、あるいは研究室不法占拠する輩を追い出す教員や、焼けた肉片を前に後始末に追い回される教員なのである。いや既に2人目の、あるいはもっとおとなしい彼にそうした立場出会っているかもしれない。その時に、ある種の覚悟をもって彼に別の進路を勧め、占拠している研究室から追い出して彼に引導を渡し、巻き込まれかねない他の学生や周囲の人間を守れるのか。それが彼のような人を蹴落としてポストについた人間責任ではないのか。なぜこっちの立場に立って想像しないのか。

しょせん、安全地帯に立ちつつ抑圧される側の夢を見て、世の中のひどさを嘆きたいだけなのか。心優しい誠実な無責任跋扈する自分業界を見たようであった。

2018-09-21

anond:20180921003112

その一貫性を保つことはフェミニズム系のリベラル派には非常に耐えがたいものらしく、同一人物が性の話になった瞬間、敵対していたはずの厳罰主義、家父長主義、強権的保護主義に転換する事態が度々生じる。

リベラル人間ご都合主義の誘惑に陥ってしまうということだろう。

以下はその一例。

https://twitter.com/isoko_mochizuki/status/934044428959748097?lang=ja

望月衣塑子

@ISOKO_MOCHIZUKI

日本刑法について後藤弘子・千葉大大学院教授刑事司法自体男性中心であるため、女性被害者場合彼女リアリティ無視され『疑わしきは被告人利益に』が適用され、女性にとっての正義は実現しない。刑事司法男性モデルに作られ、強く男性化された性差に基づく偏見の影響下にある」

2018-09-20

anond:20180920104545

 違う違う。

 制度設計上、35歳で常勤職なんてほとんどアリエナイって言ってるの。

 ロス無しでドクターを取得して27歳。そこから二回ぐらい三年任期ポスドクを回して33歳。

 (できれば海外経験もあった方がいいけど、海外にいるとき国内公募に応じるのは難しい)

 それまでに、海外の一流誌にファーストオーサーになっている論文複数通すような研究をして、それなりに知られるようになっていて、それで偶々自分と似たような専門分野の専任教授退職した大学があって、凍結かからずに公募が出たら、35歳までに就職できる。

 そんなの奇跡に近いわ。

 アメリカ中国に行っちゃうことを決められりゃ、その方が楽だけど、妻が日本でのキャリアを望んでたり、病気の親でもいたら、40歳過ぎまでポスドク続けるか、研究やめるか、というのは普通だ。

追記

 「奇跡に近い」は言い過ぎだな。ごめんなさい。周りを見回してもいないことはない。

 ただ、最近専任准教授になってても実は任期があったり、場合によっては「任期なし」扱いでも内規で任期があったり、逆に任期つきが明記されていても実態として無制限更新できたり、という話も聞くので、周りの人間待遇が本当はどうなのか、よくわからん文科省実態はわかってないんじゃないか)。

 ただ、何れにしても実力と運が両方、うまい具合に揃わないと35歳で任期無しになるのは相当に難しい。

2018-09-19

anond:20180919164125

とある事情」に反応してしまうが、解析入門は東大教授理系の1年生向けに書いた教科書からちょっと文系向けではないと思う。

理系教科書で「〇〇入門」「〇〇の基礎」というタイトルのやつは案外難しいことが多い(入門や基礎という言葉の元々の意味を考えれば妥当ではあるが)。


文系必要数学にも解析学高校数学IIIの微積分の延長)と線形代数高校数学Cの行列の延長)があって多分それぞれ別の本を読む必要がある。高校数学IIIとCを勉強したら(場合によっては問題を解く技術や具体的な計算テクニック飛ばしてもよい)、いっそ詳しく書いてある経済学教科書を買ってそこから勉強うする手もあると思う。経済学やる人のための数学みたいな本も出ているはず。

anond:20180919025553

https://anond.hatelabo.jp/20180919121421ベースに....

1. 週末や連休はとにかく寝て過ごしてみる(研究室には、ロタにかかったので人にうつさないように自宅療養するという。この程度の嘘はつけるようになっておこう)。1日中寝て、それでも疲れが滲み出てくる、あるいは休めないようであれば、限界に近いので疲れが滲み出てこなくまで自宅安静。3日寝てもだめなら診療内科へ。

#九大の事例はかなり特殊普通おこらない。なんの身分も持たない人間が部屋を使っている事自体異常事態)。事件を起こした人や属していた組織精神的・構造的な問題を抱えていた可能性が高い。一方で、この特殊事件きっかけに心乱れてしまったあたなも、メンタル的にかなりまずい状態にあるとは思う。少し休んでみて、体や頭がどういう反応を示すか、は自分状態を知るのに有効だと思うのでおすすめする。基本的には、「元気が出てくるまで休む」だけど、3日以上かかるようなら、うつ病などになっている可能性が高く、疲れが慢性化してしまっているかもしれない。この場合は、自力回復は難しいと思う。

2. できれば教授自分の思いをうちあける。しばしば、だめだと思っているのは本人だけで、周りはあなたのことをよくできると思っているかもしれない。(が人の心を持っていない教授も数多くいるのでそのあたりの見極めは必要

3. 博士の取得条件は、研究室依存性が大きい(ほぼ教授の一存で決まってしまうので)。分野にもよるが、ときどき「オーバーして苦労して取ることに価値がある」と思っている人がいるので、要注意。とくに、一番最後になって文句を言い出す「ちゃぶ台返し系」は厄介で、関わると精神を病む。これは先輩の動向を見るしかないと思う。

4. 都道府県によっては、理系博士持ちは教員採用試験優遇される場合がある(ほぼ採用されると聞いたことがある)ので、自治体の要項をよく調べておくとよい。脱出口がみえると楽になるかも。

anond:20180919025553

十年ぐらい前だけど、博士課程を単位取得退学して専攻と関係ない企業就職した経験があるので、ちょっとアドバイスな。

いやまあアドバイスっていうのも余計なお世話かなと思うのだけれど、多分研究室には「うまいこと研究人生に見切りをつけた人」とか居ないと思うので書く。

前提条件

自分の専攻は生物系。基本的に、博士取ってもポスドクより先に進むのは厳しいというのが前提(この辺、例えば工学部とかだと大分見通しは明るいはずだし専攻分野によってかなり違う)。あと実家は太くないし、医師免許みたいな人生ゴールドカードを持ってる訳でもない。

本当にこのまま進学していいのか?

良いんじゃね?仮にポスドク10年続けて先が見えないとかならまだしも、博士課程ぐらいだと引き返し可能

研究人生を切り上げる指標を明確にしよう

例えば学振DC2なりに通らなかったらその時点で「損切りモードに移行して就活を始めるとかで良いと思う。

とにかく、このまま走り続けるか「損切りモードに入るかのポイント明確化しておくこと。

指導教官や周囲の人にもあらかじめ話しておこう

これ大事

多分10年前ならいざ知らず、今ならもう上の方の人たちもみんな研究で生きていくことの厳しさは体感しているはずで、怒られが発生したりすることは無いんじゃないかな。

とにかく将来の不安について率直に話したうえで、上で書いた指標について教授にあらかじめ伝えといた方が良いと思う。向うからしても、途中でいきなり辞めると言い出されるより最初から伝えておいた方が有り難いんじゃないかな。もしかしたら就活バックアップしてくれる可能性もあるし。

逆にこういう事を相談して怒られが発生するようであれば、研究室選びは考え直した方が良いんじゃないかとも思う。学生人生よか研究の方を重視するようなところだと、色々使い倒されて海外に放り出されて終わりじゃね感(偏見)。

あと直接指導してくれるPD准教授助教の人にも話しておこう。多分任期付きの人だったらみんな「この先、研究人生やってけるのかな...」的な不安は持ってるはずなので、色々アドバイスをくれるかもしれない。もちろん、アドバイスを聞いたうえで「損切りモード切替ポイントを動かすのも十分アリだと思うけど、その辺は自分人生なので慎重に。

ついでに親や身内にも伝えておいた方が良いと思う。

博士課程の単位取得退学って就職に不利なのでは?

博士の途中で「損切り」するとして、論文を出せずに博士号を取得出来ず単位取得退学した場合について。

まあぶっちゃけ不利だよねと思う。というか、人事部の人に「単位取得退学とは何なのか」とかから説明しないといけない。専門性を求めてる企業に対してあんまり強く専門性アピールできないし、そういうのをあんまり求めていない企業だったら修士の人の方が魅力的だよね感。

自分場合は「これこれこういう理由論文を出せない見込みだけれど、修士卒業してるし博士課程で単位も取ってるので実質新卒です!(キリッ」と言って押し通した。多分「一人ぐらい変な奴を採用しとけ」枠に引っかかったと思う。

さいごに

余り思いつめなくてもなるようになるよ。

研究人生で無くてもそれなりにたのしい。

anond:20180919025553


将来どうなりたいかよく考えてみたら。

うまくいっても普通に結婚して、子供を育てるって難しい気がするよ。

旧帝大教授陣は研究どころではないほど会議に忙しいし、

家庭どころではないだろうな。

anond:20180919025553

博士取得者はフェニックスみたいなもんだと思うよ

就職するという道に全く魅力を感じなくなった自分は先輩のすすめもあって博士後期課程に進学したけれど、卒業のめどが立つまで「博士ってどうですか?」と進学を考えている後輩から質問される度に「魔が差した」と答えていた。

その頃、研究の進捗も見えず、先行きも不透明で、いつも追い詰められていたような気がする。

からはいい歳して仕事もしていないニート扱いで、モラトリアムを延長しているだけではないかという疑念の目を常に向けられていた。

博士後期課程進学者で「死んじゃおっかなー」と思っている人は結構多いと思う。

そういう生活をずっと続けていて、論文が通ってめどがついたら、ちょっとは楽になったけれど、心の中には変わらず焦燥感が続いていた。

逆に、その焦燥感Ph.D ディフェンスの想定問答を作るのに役立ったのかもしれない。自分研究否定する質問を考えつく限り列挙し、それら全てに答えを持って臨んだので、教授から質問は楽にこなせた。誰も自分ほど自分研究理解していないので、自分が思うほどの弱点を突ける人が居なかったというただそれだけのこと。

学位を取って、就職たらこれに比べるとずっと楽になった。

研究基本的孤立無援でやっていく感じで、精神的に相当きつい。シーナアイエンガーか誰かが研究職のことを牢獄で誰から応援されずただがむしゃらにペダルをこぎ続ける作業と称していたけれど、うまい表現だなと思ってる。

会社はチームプレーなので仕事について先輩や上司相談することもできるし、ミスっても連帯責任から先輩や上司解決すればいい。

まあ、就職先では博士学位を持っているのがチームで自分しかいなくて、過度な期待と羨望の目を向けられて、潰されていくのだが、それはまた別の話。

修士終わった人にとって、博士学位は何かと気になるものみたいだね。

anond:20180917203123

教育を受けた人が病人そばにいても何も理解できないのが分かる 

医者教授自分老いて病むまで患者気持ち理解できない 

2018-09-18

研究室行きたくない

いわゆるブラック研究室というわけではない。配属説明会とき教授は「研究テーマを私から押し付けることはないし、成果さえ出してくれれば研究室に来なくても構わない。」と言っていたが、実際そのとおりだった。常々、休日参加&泊まり込み上等のブラック研究室の噂は聞いていたので、自由研究室のほうが良いに違いないと思った。さらに、私が興味を持っていた流行りのテーマを私の代から始めようと思っているということだったので、この研究室に入ることを決めた。今思えば、研究室決定の決め手となったこの2つの要素こそ、後に私を苦しめる原因となった。

何が私をこう思わせるようになったのか、学部4年の頃から振り返ってみようと思う。

自由研究室」というのは、裏を返せば特に何のサポートもないということだった。配属直後はモチベーションも高く週に何度かは研究室に行っていたが、行ったところで誰もいないのでほとんど行かなくなった。

研究室配属の時点でいくつか関連する論文を渡され、その内容をゼミで発表するよう言われた。学部では学ばない特殊な前提知識が多すぎて理解時間がかかり、発表が期日よりも遅れてしまった。発表をすると、教授自身が渡した論文にも関わらず「この論文は〇〇がちゃんとできてないので参考になりませんね。」と言われた。何を信用して良いのかわからなくなった。「何でこの論文はこんなやり方してるんですか!(怒)」って言われたって、私にわかるわけがない。

研究方向性が定まらず、教授に「どういう方向性でやっていくといいでしょうか?」と聞いても「私が考えたら、それはもう私の研究じゃないですか。頑張って勉強していろいろやってみるしかないんじゃないですか。」と言われるだけで具体的な指導は何も得られなかった。(教授は「頑張って」「必死になって」と言うことが多い。)私以外の学生に対しても具体的な指導をしているわけではなかったが、私の場合特に流行りの(新しい)テーマ」をやっているため、教授自身もこのテーマに関する具体的な知識経験が無いようだった。誰を頼れば良いかからなくなった。

実は研究室に配属されるのと同じ頃、実家の父が末期癌であると診断された。大学夏休みに入って研究に行き詰まり始めた頃、自営業をしながら闘病生活を送る父の仕事を手伝うため実家に帰ることが多くなった。結果的に父が亡くなる年末までほとんど研究室に行くことはなかった。

年が明けてからはそれまでの空白の時間を取り戻すべく、取ってつけたような知識論文を書き上げた。教授はやはり具体的な指導をしてくれないので、この時私を助けてくれたのは同じ研究室に所属する研究員だった。彼は教授から自分研究も十分にできていないのに、こんなこと(学生指導)してる暇あるんですか?」と叱責されてしまった。以前、教授自身が「なんでもっと学生にいろいろ教えてあげないんですか?(怒)」と言っていたにも関わらずだ。本当に申し訳ない気持ちになった。ちなみに教授から言わせれば、研究員に学生を貸して「指導させてあげている」のだそうだ。

研究員の指導(とほんの少しの教授からダメ出し)のおかげで、なんとか学部卒業することができた。私は大学院生になった。

大学院生になって、新たな研究方向性を決める必要があった。私は自ら考えたアイデアゼミで発表した。教授には「意味がわからない。」と言われた。確かに、昨年度末に突貫作業の中で得た知識を元に考えたアイデアなのだから、何か根本的な間違いがあったのかもしれない。しかし、教授「なんで○○にしないんですか?」→ 私「すみません。その方法は考えていませんでした。」というやり取りを同じ事柄について5回ぐらい繰り返されたのには、精神的に参ってしまった。

実はその前週のゼミで「新しく入った学部生でもわかりやすい内容を話さないと意味ないんじゃないですか?」と言われていたので、この発表では昨年の資料を中心に基本的な内容から説明をした。先のような問答があった末、教授は「こんな大して準備もしてきてない発表をするぐらいなら、もうゼミなんてやらない方がいいんじゃないですか?」と言った。決して教授からゼミをやめる」とは明言せず、「学生のやる気がないなら、やめた方がいいのではないですか?」と言うあたりがズルいと思った。

一応これでも、講義課題の合間を縫って準備をしてきたのだ。小さな努力評価してもらえないことに苛立ちを感じた。

この頃から研究室の近くを通ったり教授の顔を見ると気分が悪くなるようになったので、大学相談室にその旨を相談しに行った。相談員は私の話を一通り聞き、その苦労に共感してくれたようだったが、最終的には概ね「先輩や研究員に相談して解決できませんか?」というようなことを言っただけで根本的な解決にはならなかった。

それ以来、研究室にはゼミ以外で顔を出していない。ここまでの話には出てこなかったが、昨年はこの研究から3名が留年または退学した。今年は私以外に2名が辞めるそうだ。(うち1名は既に手続きを済ませた。)

もも大学院を辞めて就職しようと思う。

ネット政治運動過激化して失敗する

なぜか知らないが、ネット発の政治運動は超高確率過激化する。

行動する保守在特会反原発連合しばき隊まなざし村メガリアヴィーガンなどなど。

ネットで有志を募らなかった、もともと運動していた組織や、組織を取らない相互批判の一匹狼のクラスタは、かろうじて反社会的行動うつってないがそれでもネットの悪影響を受けているように思う。

ネットのせいで先鋭化をかなりしているようにも見える。

面白いのは、左右両方ともにおかしくなる点だ。

当初は過激ではなかったはずの運動も数年で過激化し、反社会的行動に出る。

中には大学教授一流企業役員弁護士などなど、知性や社会的地位の持ってる人間さえ過激な行動に出て、その地位を失っている。

大体ネット政治運動で、問題になった件は、レイプ不倫カンパドロボー脅迫恐喝、名義流用、痴漢リンチ下着泥棒などなど、枚挙にいとまがないが、きちんと組織として賠償したり報告し、再発防止策を提示できた例は一つもない。

おそらくネット政治運動は、何らかの先鋭化して失敗する要素が存在するはずであり、その研究が待たれる。

日本だけではなく、海外政治運動ではテロリズム殺人事件にまで発展しているようで、この混乱は相当続くだろう。

ただ、一つ言えるのは、一般人ネット政治運動には近寄るべきではない。

これだけは間違いない。

2018-09-17

anond:20180917233711

そうか?

俺が学部時代ゼミ教授キッチリと警告したけどな、飲みの席だけど。

少なくとも文系で院に進むってのは金持ちモラトリアムから抜け出せないバカかと相場が決まっていた。

文系うだつが上がらず詰んだなんて、数こそ少なくても投了図としては想像のつく形だと思うが。

文系なのに大学院に行くバカ

九大の校舎で放火して自殺した奴は、文系のくせに大学教授になろうとして、当然のように失敗したバカの、当然の末路である

大学院を出ても民間就職先のある理系と違い、文系場合大学院を出ても民間ほとんどそれを生かした就職はないといわれている。

それに46にもなって気づかない(というか、気づきたくなかったのかも)のは、タダのバカである

こういうバカを増やさないために、各大学院は自校の博士修士就職先(しか常勤)のポストをあらかじめ用意しておき、

その分だけしか学生を取らないとか、それぐらいしか対策はないように思われる。

文系大学院まで行きたいというやつは、実は親が超大金持ちで、自分が働かなくても生活には困らないとか、そういうのなら別だけど、

学問が好きというよりは、ビジネス世界の荒波にもまれたくないという、現実逃避の一つとして選択しているだけだと思うから

そういうやつは面接なりなんなりでバンバン落としたらいい。あまり甘い夢を見させない方がいい。

ついでに言うと、法学部経済学部はともかく、文学部に行く男もいらない。

医科大学医学部ばりに(逆だけど)、男性受験生の点数を低く抑えて、

文学部卒で食べていけるなんて甘いこと考えるな!」というメッセージを発した方がいい。


ソース自分

はてな議論勝敗が判定できないバカばかり

タイトル釣り


議論根拠のないほうが負け

議論に勝ち負けはない」というがそれは嘘だ。

どちらが負けたか簡単に判定できる。

根拠をあげないほうの負けである

しかし、案外このことが理解されていない。

例えば、質問に答えられるかで議論勝敗を判定する向きがある。

質問に答えらえないことを理由に「論破された」と判断する人がいる。

これは端的に間違っている。

Bの論が証明されないからといって、Aの論が正しいとは証明できないからだ。


なぜ根拠のないほうが負けなのか

例えば、以下のような議論が行われるとしよう。

UFO存在すると主張するAと、UFO存在しないと主張するBがいたとする。

A「UFO存在すると思います

B「それはおかしい。私はUFO存在しないと思う。」

A「なぜUFO存在しないと思うのですか?」

B「例えば、C教授UFO存在しないと言っていた。その意見は正しいと思う」

A「えっ?C教授がいっていたら、その意見を信用するんですか?

 偉い人がいってたら信じてしまうんですね。では、C教授UFO存在するといったら意見を変えるんですか?」

B「いや、C教授のいっている理屈が正しいと思ったんだよ」

A「では、その理屈を今ここで説明してくださいませんか?」

B「覚えてないので、できないよ」

A「はあ…答えられないんですね」


この議論では、AがBをやりこめている。

最終的にAの質問に答えられていない。

が、Aの主張が正しいとは言えない。

なぜなら、Aは主張を述べているが、その根拠を示していないからだ。

Aの主張を証明するには、根拠を示し、それに対して正当化を行う必要がある。

根拠が無であるならば、主張の正当性も無である

対してBは不完全ではあるが、「C教授意見」を紹介しているから、

主張の正当性は無ではない。

である

無と有を比較したら、有の勝ちである

根拠を示さな人間最初から議論に負けている。


ネットには根拠をあげないで、ひたすら相手の「論破」を目指す論客がいる

ところがインターネットには、

このことが全く分かっていない人が残念ながらいる。

それをいいことにひたすら疑問を繰り出し、相手根拠の論駁のみを行う論客も現れている。

上で示したUFOの論争は単純なので、間違っていることがよくわかるが、

このような論客は実際には様々なテクニックを使うことで、この批判から逃れている。

そのような論客にひっかからないためには、どうしたらよいか

これは地道に論争を整理し、根拠そもそも挙げているか確認する必要があるだろう。

繰り返すが、議論根拠をあげないのは最初から負けである

そもそも議論土俵にも上がっていない不戦敗なのだ

皆さんもツイッター上の「論争」を観戦する場合は、ぜひその点に注意してほしい。

anond:20180912115027

教授意見があるんだったら本人を連れて来いよって話になるし

自分ヒーローになれずひたすら聞き役の番組だったら「池上彰の~」にできないじゃん

2018-09-16

40〜50代女性の味方キャラが少ないのってなんで?

ゲームアニメで40〜50代女性の味方キャラが少ないのってなんでだろう?

いや自分ゲームアニメをたくさん消化してきたわけじゃないんだけど、テイルズオブシリーズグランブルーファンタジーとかやってて、あれ、よくよく考えるとプレイアブルキャラにこの年代キャラ、いなくね?

いわゆる、おばさん、味方にいないんじゃね?

と気づいた。

男だと結構どんな年でもまんべんなく味方キャラとして出てくるけど、女性はこの年代だけすっぽ抜けてるよね?1つ年代上げて、おばあちゃん、になると出番は出てくるけどおばちゃん、が活躍するゲームアニメって少ないのでは?

おばさんキャラってかなりの悪役かモブしかいないイメージ

アニメとかでも。これ、自分偏ってるのかな?

無知自分に2点ご教授ください。

1. やっぱり40〜50代女性味方キャラって少ない?いや、こんなキャラいるよ!って例あります

2.もしも本当に少ないんだとしたら、その理由ってなんでなんだろう?

個人的に、母親連想させるキャラをなんとなく回避してるのかな?とか思ったがそれはうがった見方なんだろか。

純粋に疑問。

anond:20180916232553

続き

4.それに対する反応

5.これらを見たわたしの所感

コミュニケーションが失敗していて、また無駄煽りあっている。

饅頭(光属性バーチャルツイッタラー)氏の解説が、青識亜論氏たちの受けとり方としてわかりやすい。

一方、意見を発した側の牟田和恵氏の意図はそうじゃないとわたしには読める。

牟田和恵氏は、

そもそもラノベ表紙の「表現の自由」を主張とLGBTに対する生存権を置き換え可能概念ではないという想定を持っている。

から殺人を行なう自由をそこに加え、置き換え可能ではない殺人を行なう自由を並べるくらい無意味なことだよ、と皮肉ろうとした。

しかコミュニケーションは失敗する。

その原因のひとつは、

牟田和恵氏が「殺人小説に書く権利」を加えてしまたことだろう。

殺人小説に書く権利」は別に普通だし推理小説書くたび捕まってたらたまらない、と皆、思うからである

主張したい意見がぼやけてしまった。

一方、ラノベ表紙の「表現の自由」を主張とLGBTに対する生存権を置き換え可能概念という想定を持っている青識亜論氏らは、そもそもその想定を疑うことができない。

から牟田和恵氏の「そもそもラノベ表紙の「表現の自由」を主張とLGBTに対する生存権を置き換え可能概念ではない」という主張が伝わらず、

何言ってんだおまえ……的な反応になる。

皮肉って難しいね

ここで脱力したり、伝わらないことに腹をたてたりせず、自分が「殺人小説に書く権利」という不要な例を挙げてしまたことを詫びて、対話を続けるのが最善。

最後に、牟田和恵氏が持つ想定

ラノベ表紙の「表現の自由」を主張とLGBTに対する生存権を置き換え可能概念ではない、は正しい。

それを、白饅頭(光属性バーチャルツイッタラー)氏の先ほど引用したのと同じTweet説明の仕方を示してくれている。とてもわかりやすい。

でもそこになぜ、LGBTを入れてくれなかったんだろ。

饅頭(光属性バーチャルツイッタラー)氏風に言うと、

ラノベ表紙→表現の自由

LGBT生存権

ラノベとLGTBと置き換え可能にするの大丈夫??

2018年流行語大賞トップテン予想

2017年の流行語大賞トップテン予想」に引き続き今年も流行語大賞トップテンを予想します。順不同。

平成最後の (受賞者候補:宮内庁長官または与党国会議員)

最有力候補。ただし荷が重いため該当者なしとなる可能性も濃厚。

元号には「安康」(小学生も書ける/安倍の「安」が入る/徳川家康以外には縁起が良い)を推します

パワハラ (受賞者候補:該当者なし)

パワハラ饅頭」を売り出せば受賞者になれるかも。

そだねー (受賞者候補:カーリング女子日本代表一同)

休憩中の食事が「もぐもぐタイム」と呼ばれるなど珍獣扱いが目立っていたため辞退の可能性もあり。

おっぱいさわっていい? (受賞者候補:福田淳一財務省事務次官)

「人前で公言できない流行語」なのでノミネートされるか微妙な所ではあるものの、偉い人の時代錯誤象徴しているので選ばれると予想。

高プロ (受賞者候補:上西充子法政大学キャリアデザイン学部教授)

政治ネタ枠。「ご飯論法」での受賞の可能性もあり。

○○半端ないって (受賞者候補:サッカー日本代表大迫勇也選手)

さすがに今年はスポーツ選手文化人を呼ぶための謎新語は使われないと信じたい。

おはようございますでございます (受賞者候補:世界山根明)

闇のアンガールズとも。森友学園籠池前理事長を髣髴とさせる強烈なキャラクター逸話テレビ視聴者は釘付け。

サマータイム (受賞者候補:森喜朗元首相)

何気ない思い付きがシステムエンジニアたちを恐怖のどん底に陥れた。

Vtuber (受賞者候補:キズナアイ)

バ美肉」の語感は面白いネット流行語まりなので厳しい。ひょっこりはん当落ライン

はたらく細胞 (受賞者候補:清水茜)

ポプテピピック」はクソなのでノミネートできるかはきわどい所。

anond:20180914185146

大学教授の息子で頭の回転が鈍い息子もいるし、悪知恵の働く娘もいる。

そんな悪い人たちと関わりあいにならないようにね。

数学勉強を今も続けている理由は何でしょうか。

 

単純に面白いから、というとそれまでですが、「この世とは何か」という、世界秘密を知りたいという欲求からです。例えば、「時間空間とは何か」という問いに、僕はすごく興味があります。「ひも理論」のような現代理論物理学の話などを専門書で理解するのは無理なので、一般向けの本などで読むわけです。しかし、数学が分からなければ、一般向けの解説本すら内容がよく分からない。かといって、子どもだましの比喩説明では満足できない。そのため、数学勉強して、物理学者が捉えている世界イメージ自分の頭でも理解たかったというのが一番の理由です。そして、数学は難しい。この世にはさまざまな不思議がありますが、僕のように50歳にもなれば大抵のことは分かった気になってしまう。でも数学は、分かった気になることすらも難しい。数学こそが、人生最後に残ったどうしても分からない謎なんですよ。

数学重要性を感じたのはいつですか。

決定的に必要だと感じたのはAI人工知能)の研究です。2014年に「ドワンゴ人工知能研究所」を設立しましたが、AIエンジニアたちとの会話で、数学力不足を痛感しました。

 僕自身プログラミング素養はありますので、これまでエンジニアとの議論についていけないことはほとんどなかった。ところが、ディープラーニング説明されても、数学的なところが分からない。現代数学教養がなければ、ディープラーニングの仕組みや可能性が理解できないなと実感したのです。

 また、エンジニアは最新の技術動向をカバーするために、膨大な知識継続的に覚え続けることが必要ですが、数学は量より質なのです。部下のエンジニアは忙しいので、数学真剣勉強する時間なんてない。だから数学勉強して、現代数学用語を会話にちりばめると、エンジニアに対して精神的に優位に立てる。「マウントを取れる」ということです(笑)

個人的家庭教師をつけているとも聞きました。


 2016年正月数学の「群論」に関する本を読んでいて、「そういえば、10年くらい同じ本を読んでいるな」と気づきました(笑)。これは誰かに教えてもらわないと、一生かかっても数学はたいして理解できないと感じてツイッター家庭教師募集し、3人にお願いしました。

 そのうちの1人は社会人向けの数学塾の講師で、企業相手にもよく教えているそうです。なので、社内から一緒に勉強する希望者を募集して、ゼミ形式線形代数から教えてもらっています

社内での勉強会は、仕事にも役立つのでしょうか。


 いいえ。そもそも会社の経費ではなく、僕のポケットマネーで開催しているので、業務ではなく、趣味部活のようなものです。ですから確率機械学習など仕事にすぐに役に立ちそうな実用的なテーマ禁止し、勉強会は「純粋数学」だけに限定するというルール最初に決めました。

数学を学び、視野が広がったと感じることはありますか。


 世界がどのように成り立っているのかを考える時に、数学は極めて論理的思考方法を与えてくれます。「現代数学は専門的で役に立たない」という人がよくいますが、大間違いですよ。

 数学進化して、あらゆるもの抽象化してきました。一見世間から遠ざかっていくように見えますが、逆です。抽象化が極限まで進むことで、世の中で数学対象にできないものは、ほとんどなくなっていると感じます実用的に何か計算できるかどうかは別ですが、数学で扱えない現実世界問題なんてものは、ほぼないのです。

数学専攻の学生の獲得競争は、米国では激しいもの日本ではあまり重用されていません。

 

今後、数学勉強した人の価値は上がりますよ。今の日本は、数学社会が隔絶しすぎです。AIディープラーニングを学ぶ新卒学生1000万円出す企業はあるのに、現代数学専攻の学生にそれだけの額を提示する企業がないのはおかしい。日本社会数学科の出身者をもっと尊敬し、待遇を上げなければいけません。一方、数学を専攻した学生側も、実社会にもう少し関心を持ってほしいですね。

「誰もが微積分を学ぶべき」と社内で発言したと聞きました。

 

記憶にないです。わざわざ発言する理由もないぐらいに当たり前のことですね。もし言ったとするならば、学ぶべきという趣旨ではなく、「微積分の考え方は、文系の人でも普通に使っている」という意味でしょう。

 例えば、売り上げ増を評価する時に変化率を調べ、ぐんと増えているのか、微増なのかをチェックすることは微分ですし、将来の売上高の試算は、積分的な考え方を使っていますよね。微積分は要る要らないを議論するまでもなく、必要なことは自明でしょう。僕が主張するのだとすれば、今の大学学部数学科で教える程度の内容は、全ての人が基礎教養として学ぶべきだということです。

数学が苦手な社会人は、まだまだ多いですよ。

 

世界秘密を知りたいという欲求を持っているならば、数学を諦めることは人生を諦めることと同じだと思いますけどね。

 今後、ディープラーニングは間違いなく人類歴史を変えるでしょう。だから今、数学をやらない選択肢はありえない。なぜなら、現在ディープラーニング実験科学的な手法に偏って発達していますしかし、理論的に正しい設計というものもあるはずです。その理論を見つけるためには数学的な素養必要でしょう。

AIは、もっと理論的に突き詰めることができる、と。

 

ええ、僕は人間の脳も現在ディープラーニング技術の延長として、数理モデル説明できるようになると考えています最近ディープラーニング数学解釈するという論文が出始めています東京工業大学加藤文元教授ドワンゴAIチームで、そうした論文をいっしょに読む勉強会を、今年から始めました。1年以内に、僕らでも何か1本、論文を出そうという意気込みです。

数学で学びたいことのゴールはあるのでしょうか。

 

ただ知りたいだけなんです。分かったら、別の分からないことが生まれて、関心はどんどん移っていく。今の興味は「保型形式」ですね。

 僕は、仕事をすることが退屈で仕方がない。結果が分かっているのに、結果が出るまでには半年かかったりして、かったるくてやっていられない。それを数学勉強することで、何とかごまかして毎日を過ごしているのです(笑)

 小学校で習った最大公約数とか、二度と後の人生勉強することはないと思うでしょう。ところが、現代数学では基礎的な算数が形を変えて登場する。例えば、約数とかの話は「イデアル」として再登場して、「可換環論」へとつながる。ああ、小学校算数はこれを学ぶためのサンプルで、たんなる伏線だったんだなと感動します。

 高校までの数学は、プロローグに過ぎません。大学以降の数学を学べば、それまでの数学はこのためにあったのだと分かる。その感動をぜひ多くの人に知ってほしい。

 現代数学は、これから人類絶対必要な最低限の教養です。人間の知性が到達できる限界点を教えてくれるものでもある。そして残念ながら、僕も含め、ほとんどの人が身につけていない。でも挑戦するに値するものだし、たまたま現代に“生”を受けた僕らにとっては挑戦しなければ、あまりももったいないと思うの

2018-09-15

学者のみなさまは勝手哲人政治しててください

かつて日本大学教授は「我々は研究者であって教師ではない」「大学手取り足取りなにかを教えてもらえる場ではない」と言っていた。結果、大学ではなにも教わらなかったという人がうまれ大学などいらないという考えが幅を利かせ、このざまである

そしたら今度は、大学教育価値が分からないやつはバカ官僚低学歴、と喚いている。みっともないからやめてほしい。なら官僚の前に行って「お前らは低学歴アカデミック能力が欠けてるから大学院で学べ」と言って納得させてみろ。大学で学ぶことに意義があるということの挙証責任は、こちら側にある。

こういうと今度は、「大学の学びの価値が分からないのは反知性主義」と逆上する。勝手アクロポリスでシノイキスモスして哲人政治でもしてろ。絶望的なことに、社会科学者がそれをいう。現実社会分析する人間現実社会を見ていない。

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん