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はてなキーワード: 二島とは

2017-05-19

原因・背景[編集]

1871年(明治4年)10月宮古島から首里年貢輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民現在台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落拉致された。

先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年明治5年琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡島村現在岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。

開戦準備へ[編集]

副島種臣

宮古島台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在アメリカ合衆国総領事チャールズルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人懲罰するべきだ」と日本外務省提唱した。

初代龍驤台湾出兵旗艦であり副島種臣大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。

孟春(砲艦)は三本マストスクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。

外務卿副島種臣はデロングを仲介しルジャンドル会談、内務卿大久保利通ルジャンドル意見に注目し、ルジャンドル顧問として外務省雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。

1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年明治7年)4月、参議大隈重信台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。

明治六年政変における明治天皇勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的企画したのである

台湾での戦闘[編集]

西郷従道

台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に参議木戸孝允らの長州系は征韓論否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日木戸参議辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。

台湾出兵時の日本人兵士

水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]

国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日谷干城赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵大隊砲兵一小隊出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。

5月6日台湾南部上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリア猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。

収拾への交渉[編集]

明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章イギリス駐日大使パークスは当初は日本軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通北京に赴いて清国政府交渉した。大久保は、ルジャンドルフランス人法学者ボアソナード顧問として台湾問題交渉し[7]、主たる交渉相手総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国互換条款互換憑単によると清国遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球日本帰属国際的に承認されるかたちとなった[1]。

帰結[編集]

日本清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年明治8年)、琉球に対し清との冊封朝貢関係廃止明治年号使用などを命令した。しか琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。

1879年明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年明治13年)の北京での交渉において、日本沖縄本島日本領とし八重山諸島宮古島中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島領有は望まず、冊封関係維持のため二島琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。

また、明治政府兵員輸送英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。

台湾出兵と熱帯病[編集]

被害[編集]

日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。

軍医部の対応[編集]

1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省から外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。

2017-03-17

[]3月16日

○朝食:プリンどら焼き

○昼食:助六寿司

○夕食:すがきや

調子

はややー。

仕事自分の分も、新人さんに振った分もだいたい終わった。

明日も、新人さん二人に色々教えつつ、来週の準備をするだけかな。

三連休だし、定時で帰って、アフターファイブを楽しもう。

DS

世界樹の迷宮

25Fのラスボスを倒して、ついにクリア

わーい、わーい。

はいえ、攻略サイトを解禁すると、どうもクリア後の裏ダン的なので、もう5Fまであるらしい。

でも、これで終わりでいいかなあ。

寝る直前にクリアしたので、ちゃんとした感想はまた今度。

DSの下画面に地図を書いてダンジョンマッピングしていくところが、とにかく楽しかった。

今日パーティーメンバー五人の感想を書いて終わろう。

ちなみに、キャラクタ名前は「〜〜〜百合」と百合一種名前になる繋がり。

なのでギルド名は「ゆりゆり」です。

・ヒメ(パラディン

戦闘開始時に防御陣形

敵が力を貯めたり、いてつくはどう(的なのね)食らった直後などはフロントガード、

殴れるときシールドスマイト、

と味方強化も、防御も、攻撃もできるのが楽しいキャラ

こういう味方を守る的なキャラ好きだから、一番気に入ってた。

・コオニソードマン

チェイス」という、味方の属性攻撃に追撃を加える、攻撃力No1で、攻撃の要。

ただこの、味方の属性攻撃を挟まないと攻撃できないのが、若干回りくどくて、ピンチときは稼働できないこともあった。

はいえ、準備万端のときの全体術式+チェイスは超攻撃力高くて、楽しかった。

・カノコ(バード

自分かヒメに序曲で属性付与して、コオニちゃんのチェイスの発火をさせるのが目的

はいえ、ヒメの防御陣形、ウケの医術防御で味方強化の枠が二つ埋まるので、攻撃力アップか、序曲かの二択になるのが面倒だった。

大体は、攻撃力アップ、防御陣形、医術防御をかけたあと、自分攻撃力アップを外すように序曲をかけてた。

ぶっちゃけ、できることは色々あるのに、この強化枠三つのせいで、暇な時も多くて使いこなせなかった。

・ヤマ(アルケミスト

大爆炎の術式、大氷嵐の術式、大雷嵐の術式、の三つを使い分けて全体攻撃を加える仕事の人。

敵が多い雑魚戦では便利だったけど、足が遅いからどうしても回復TP必要で完全作業にはできなかった。

あと、ラスボスFOEみたいな単体で出てくる敵には、あまり効率が良くなくて、コオニチェイス発火が目当てのことが多くて、TP節約のために最弱の呪文の火の術式を唱えることもよくあった。

・ウケ(メディック

医術防御をかけたあとは、エリアキュアIIを連発するだけの簡単お仕事キャラ

まじでやることがこの二つしかなくて、使ってて暇なキャラだった。

はいえ、医術防御はかなり防御力がアップするし、エリアキュアIIはほぼほぼ全員が全回復だしで、強かったのは間違いなかった。

でも、道中のザコ敵では戦闘後の回復役って感じで、戦闘でなにもできないのが微妙

こういう、キャラクタを育てるゲームは楽しかった、もうちょい感想を突き詰めたいな。

感想はそれはそれとして、次はどのゲームプレイしようかなあ。

3DS

すれちがいMii広場

普通にプレイ、すれちがいフィッシングの全島コンプがあと二島

バッジとれ〜るセンター

確認のみ。

ポケとる

デイリー要素

をやっただけ。

iPhone

ポケモンGO

デイリー要素のみ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2016-12-19

安倍総理北方領土対応で見えてきた日本の終わり具合

まず、俺は右翼寄り中道気取りだという立場を表明しておきます

安倍プーチン会談について

右翼側として北方領土は全島返還現実ラインでもせめて二島返還確定が

まれていたと思うが

現実プーチンとお友達になれた安倍首相が感動に震え

経済協力という名の支援を行って終わり

父ちゃんのやってきた日ソの平和条約に踏み込んだゾ!という安倍首相の感慨はさておき

右翼からすると、アカに歩み寄り、金をバラマキ、北方領土は棚上げで、とくに褒めることはない

それどころかブチギレても良いはずだった

安倍首相の忠犬と思われた産経新聞もさすがにキレていた

ところが、今回の安倍プーチン会談国民全体の支持率

あの毎日新聞調べで60%近い支持を得ているのだ・・・

> 毎日新聞は17、18両日、全国世論調査実施した。

> 今回の日露首脳会談を受けて、北方領土問題解決する前に北方領土で共同経済活動を行うことへの賛否を聞いたところ、

> 「賛成」との回答が59%で、「反対」の25%を大きく上回った。

> 今後の北方領土問題の進展に「期待する」は60%、「期待しない」は29%。

> 安倍内閣支持率は11月の前回調査からポイント増の51%、不支持率は1ポイント増の32%だった。

ここから見えてくるのは、国民右傾化ではなく・・・

バカ化だ

勝手に「保守思想根付いた」と好ましく思っていたのがバカらしくなる

右派自分から見てもこの国は終わっている

思想なんてない、テレビで見てなんとなく良いと思えばなんとなく支持する

そういう奴らばっかになってしまったのかと・・・

日本人の信念なんてないのかと

国民がここまでのバカの集まりとなると一体この国の何を保守すればいいんだ

経済協力で島が帰ってくるなら竹島尖閣問題なんておきてないんだよ・・・

目を覚ましてくれよ

2016-12-16

北方二島は返ってきませんでした

きませんでした

2014-04-22

真珠湾攻撃が奇襲になってしまったのは鹿児島出身朝鮮人外務大臣東郷茂徳本名朴)の陰謀

第二次大戦時の外相だった

東郷茂徳の孫で、父親の文彦も外交官の三代続きで、外務省ロシア局長やってた

東郷和彦双子の兄・茂彦が元新聞記者で、朝日新聞記者時代

痴漢逮捕されてたがそのことは隠蔽されており、その後ワシントンポストに転じてから再び

痴漢行為逮捕されて以前からの数多くの行為が明るみにされてる。この

痴漢記者東郷茂彦がワシントンポストスクープしたのが雅子皇太子妃内定情報だった。

父・小和田外務省から、弟の和彦が、兄の名誉回復のために流してやったのかもしれないが、そうした私情からか、こういう

痴漢記者情報扱わせたことが、思い返せば今に至る皇太子妃の回復不能な鬱症状の不吉な流れの発端だったのだろう。

兄の和彦も鈴木宗男二島先行返還路線で突っ走った挙句に贈収賄事件にまみれて失脚している。そもそも日米開戦についても

祖父・茂徳の、ハル・ノートの扱いを含む、日米交渉能力の拙さに相当の責任があったことが自明である。こう考えれば、

東郷一族全体が、日本国に与えた損害は計り知れないと言えるが、この

東郷家は、実に、豊臣秀吉朝鮮出兵時に日本連行されてきた陶工の子孫なのである

その苗字日露戦争東郷平八郎から借り受けたものなのか、日露戦争の結果として

朝鮮日本併合されるに至っており、茂徳の開戦詔勅への署名が、日本敗戦朝鮮独立をもたらしている。そう考えれば、

朝鮮人の血と遺伝子が、数百年ぶりに果たした復讐劇だったと言えるではないか。

2012-09-15

尖閣バカと竹島バカ 二方向面対応を強いられる無能とデバガメ

■二方面対応はバカのケンカ


太平洋戦争日本が侵したミスのうち、前段の甘い判断「中国米国を同時に相手にしたこと」

現代戦略史において指導部の無能ぶりと、教訓を示す教材となっている。

ケンカでも武道でも戦争でも、またビジネスでも「1度に戦う相手はひとり」の鉄則がある。


『二方面への同時対応は絶対にやってはならず、

 二者と戦うなら、一方との戦いが終わるまで片方とは手を結ぶフリをしなければいけない』


この問題も最後は落としどころを見つけて収束するし

間違っても戦争にはならないが、日本が失うものは多く、実質的な発言権を削がれ

二島の問題を処理出来ないという弱みが明瞭になる。

二方面対応を止めないと、収束するにしても多くを失い

今はすでに止められる雰囲気ではなくなっている。

このままいけば、収束には第三者の調停必要となり、

調停者は米国クリントン国務長官あたりになるだろう。


■二方面対応を仕掛けて得をするのはダレなのか


今回、訪米中の石原都知事尖閣の問題を持ち出したタイミング

大統領竹島訪問がシンクロした。

今後は日本中国韓国政治指導部の交代時期だが、

三国のだれが領土問題で得をするのかどうか、マスコミ全然報道しないし、討論もない。


政治指導部の転換期】

 日本2012年10月 衆議院選挙(予定)

 中国2012年11月 指導部交代

 韓国2012年12月 大統領選挙


中国尖閣を欲しがっているのは事実だろうが、時期的には今である必要全然ない。

むしろ自国の力がさらに上がり、日本もっと弱ってからでよかった。

から中国としては『なんで今やるのか!?』とかなりイラついている。

二方向問題の原則は当然、国内国外問題にも適用される。

歴史的にずっと棚上げされてきた問題を、なぜこのタイミングで持ち上げる必要があるのか?

国同士の駆け引き、問題には必ず利得が絡んでいるが、現状で得をしているのは

せいぜい、国内問題の不満・うっぷんを向けさせる程度だろう。


具体的に言えば、

日本 原発問題から目を背けさせたい原子力ムラの面々と支援者

中国 慢性的になりつつある格差問題から目を背けさせたい党中央

韓国 大統領支持率低迷と任期終了後の保身を兼ねたい連中

いずれも紛争に発展しえる問題(リスク)を、メリットに繋げる理由としては弱い。


あえて領土問題を引き起こす理由に足りるのは、調停者として登場することで、

日本中国韓国の接近を阻み、極東での影響力を維持したいデバガメ的な米国の勢力だろう。

二方面対応にならなければ日本は困らない。調停者を呼ぶ理由にもならない。

歴史的に同じ轍を踏むだろうと見越した連中に、

二方面対応の罠をかけられ、まんまとはまり込んでいるのが今の日本の姿である


領土問題領海問題で勝つ


自分日本国民なので当然、尖閣竹島も正式に日本国領土であるとしてもらいたい。

ふたつとも貴重な漁場だし、尖閣付近には海底資源もある。

現代戦争は完全な経済行為から、勝ったとしても恐らく赤字である。(弾>>>魚)

から、勝つつもりなら最低でも50年計画くらいは建て欲しいと思う。

海底資源を獲得するにしても、開発に2〜30年はかかるからだ。

2012-08-14

次の選挙の争点はなんだろう

どの党も脱原発は掲げるんだろう。

「あっちが20%なら、うちは15%、なに、あそこは10%だと!ええい、0%だ!」

ってな具合なんだろうな。

空気読まずに石原閣下が「バカなこと言うな。原発なんか東京湾にも建設できる」

みたいなヤジを飛ばすだろうけど、くちだけくちだけ。

閣下は勝てる相手としか喧嘩しないからな。

オタクとか、ロリコンとか、ニートとか。

消費税増税既定路線で、

年金制度は変えるけど、給付額は下げません、国民負担は増やしません!え?どうやってって?それはまあごにょごにょ、都合いい試算で100年安心から聞かないでください。」

って感じなんだろうな。

消費税で増えた税収は東北復興に全額ばら撒きます!」

「いえ、景気対策に使うべきです!」

あれ?年金改革どこいった?みたいなわけのわからない議論になるんだろうなと。

どこも似たりよったりの主張だろうけど、自民民主維新小選挙区の不動票を食い合って、票が堅い公明漁夫の利

消費税増税反対以外になにも口にできない共産党議席を失うだろうな。

韓国が騒いでくれてるおかげで、領土問題解決を唱えて選挙に望む党も多そうだな。

幸福実現党が「いまこそ国防!」って言ってて笑った。

竹島はバカ騒ぎしてくれてるおかげで逆に取り返せそう。

北方領土は厳しいな。

二島妥協しとけば安く戻ってきたのに、四島とかもう無理っぽいよな。

元島民が寿命をむかえたら、取り返すための大義も減るしな。

いいほうに転んだって

「どうしても欲しいって言うなら、土下座すれば売ってやってもいいよ、ただしすっげーふっかけるけど。」

ってとこが限界だろ。プーチンだし。

尖閣やばいよな。

竹島北方領土水産資源くらいだけど、尖閣石油が莫大な量眠ってるわけで。

台湾領有権主張してるから中国の敵は味方って具合に日本側についちゃくれないしな。

領土問題中国連合ってことでフィリピンベトナム日本でチームを組んだってなぁ。

ウルトラCで「竹島はやるから尖閣では日本の味方してくれ」って韓国密約とか。

まんまと裏切られそうだけど。

 
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