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2018-12-10

漠然とした辛さ

つらい。

最初に書いておく。自分鬱病である

病院でもきちんと診断された鬱病だ。

きっかけはありふれた理由だったので割愛する。

無職でもう三年経ってしまった。寛解は遠い。

この後の文章ちゃんとした文章になっていなくてきっと見るに堪えないと思う。

自分にはもう考える能力もない。頭が痛い。つらい。死にたい死ねない。



この冬という寒さには毎度鬱をリセットされている気がする。

どんなによくなっても、自分には生きることを許されていないんじゃないかな。

無職だが実家があり、親は優しくおんぶに抱っこ。時折バイトをして過ごしている。

そして冬になればバイトを辞め、鬱を悪化させては自分と親の貯金を食い潰して春を待っている。

身体はぶくぶくと太り、髪は白髪がちらほら出てきた。

自分老いた。

三年もの無職でもう人間にはなれないのだと強く実感した。

例えば今窓を開けて飛び降りれば打ち所が悪ければ死ねるかもしれない。

でも出来ないんだ。

だって痛いのは嫌だからね。

でも生きていると日々「親の金を食い潰しているな」と感じる。

引きこもって誰にも会わなければいいのかもしれないけれど自分は外が大好きで、でも一人じゃ起き上がるのもついか介護してもらっている。

バカみたいだな。無職で外が好きなら働けば良いのに。

働くことを思うと苦しい。

正社員にはもう戻れないだろう。

フリーターとして生きていくんだ。

実家があって良かったね、恵まれているね。親が許してくれるから、親が援助してくれるから

ああ死にたい

自分は自立したい。

一人の人間として、大人として、生きたい。

なのになんで今無職なんだ。

なんで今泣きながら文章を打ってるんだ。

死にたい

でもヘタレから眠ってそのまま死にたい

睡眠導入剤を多く飲めばまかり間違って中毒になってぽっくり逝けないだろうか?

でも頭はきちんと処方通りの量だけを手に取って飲み込む。

なにもできない、なににもなれない、自分は昔の稼ぎで買ったパソコンで、ちっぽけな承認欲求を満たすために色んな創作をしている。

かに「すごいね」「とても良いね」って言われたい。

でもさ、「すごいね」とか言われると「死にたい」って思うんだよ。

本当に自分は好きじゃないのに、承認欲求を満たされたくて作ってごめんなさい。

でも、好きなんだよ。作ることも、承認されることも。

死にたい

この日本でこんなバカみたいなこと考えて鬱こじらせてる自分でも、復帰できるのかな。

未来にも希望がない。過去は消したい。現在死にたい

これをここまで読んでくれた誰かへ。

ありがとう

自分はこれを書いたことでまた明日から寛解に向けて努力する人間」の顔ができます

寛解なんて、出来ないのにね。

健康身体が恨めしいや。心だけじゃなくて身体も不健康ならこんなに悩まなかったのに。

20代前半実家暮らし 父親はいない 母親はなんだかんだ元気

洗濯と洗い物と掃除は全部してもらっている

正直小中高の頃から何も変わってないね

2018-12-09

[]12月9日

○朝食:マフィンソーセージ

○昼食:うどん、卵

○夕食:ちゃんぽんサンドイッチからあげクン

○間食:柿の種

調子

はややー。

正月に向けて食材の買い出しに行っていた。

なんといってもまずは餅。これを確保できただけでも、もうお正月勝利ほぼほぼ確定しているのに

ここにチーズ、お吸い物、マヨネーズ、栗餡、みたらし、ずんだ等のお餅と合わせると美味いものも買っておいた。(あっ海苔忘れてた)

うひひ…… 顔がニヤけるね!

さらに、カップ麺カップ焼きそば、袋ラーメンなどの日持ちするものも今のうちに購入。

スナック菓子クッキーチョコに乾き物に、と多種多様な間食の類。

などなど、とにかく食い物を大量に買った。

それだけじゃなく、紙コップや割り箸使い捨てスプーンといったズボラグッズも買っておいた。

だけど、まだまだ足りないですよこれは!

餅と双璧を成す正月勝利への食料「みかん」はもう少し近くなってから買うにしても、

アイスクリームなんかも外せないよねえ…… 箱アイスだけじゃなくて、高いアイスも買いたいし……

ズボラグッズも紙皿も欲しいとこだし……

うひひ…… 楽しい…… やばい…… 今人生で一番楽しいぐらいテンションあがってる…… うひひっ。

なんだろうね、こう、自分の部屋に食べ物が増えるのってしあわせーって感じがして、とても満たされる。

3DSDS互換

ポケダン

ルリリを助けて探検隊日常パートイベントをいくつかプレイ

今はドクローズと戦ってるところ。

しょうがないんだけど、僕の好きな悪ポケは悪役が多いね、いやもうマジでこればっかりはしょうがないんだけど。

iOS

グラブル

コラボイベントプレイ中。

キャラ10チケと単発チケは交換した。

水のEX枠は未だにSRバナナを使ってるぐらいなので、水武器四凸分までは頑張りたい。

anond:20181209234737

そもそも世の大人たちって「ゆとり死ね」とか言ってるから、老人死ねって言われても仕方ないね

anond:20181209232126

けむにまかれやすいのにネオリベとかむずかしい言葉を知っててえらいね、よしよし

anond:20181209230734

お金があっても家族とか友達と仲良く暮らせるよ

だいたいお金があったら時間お金で買えばいいしね

貧乏人は働くだけでも時間使うのにそのあと家事とかもしなきゃいけないけどお金があったら仕事以外はアウトソーシングすればいいし、その仕事だってトップになったら本当に自分でやらなきゃいけないのは意思決定と何かあった時に責任取ることだけだから普段は楽なもんだよ

それに自分大事な人たちが病気になっても最先端治療受けさせられるし、慈善事業寄付して自己肯定感も得られるし、金持ちがみんな幸せになれるとは言わないがお金があって本当に幸せになれないなんてことは絶対いね

クソ企業は「ダイバーシティやります!!!!」とか簡単に抜かすな

ダイバーシティ!!!!!!!!!

流行ってますね~~~

けど大体の企業が全くやる気がない。

というか、上層部ヨヨイノヨイと盛り上がっているだけで、現場は全くそんな雰囲気がない。

なぜか。

だってだいたいのサラリーマンが「まじめに、言われたことをキチキチっとできる人間」を求めていて、それができない人間はどうも「怠け者」ととらえる風潮があるし、そもそもダイバーシティ化無理だと思うんだよね。

それは割と理にかなっているので特に反論する気はない。だってそりゃ「そいつに合わせよう!」ったってそんな余裕ないだろうし。

問題なのは、できもしないダイバーシティをやろう!!!!!!!!とか抜かす上層部なんだよな。

ダイバーシティ多様性をみとめることで、つまり「こいつは〇〇はダメだな!ゴミ!!」じゃなくて「〇〇はダメだけどここはいいね!この部署に配置しよう!」となるべきところであるが、実際はそうではない。

余っていて、特に責任能力を求められない部署にまとめてぶち込んで、「弱者」として会社が「守ってあげる」だけで終わりである

大企業はやたらめったら「向いてない仕事」に無理やりつかせる。そこでの頑張りをみようとする。

そもそも、そこからダイバーシティ」のやり方に真っ向から時速200km正面衝突起こす気満々なわけで、明らかにやる気がない。

もちろん、いろんなことができる人が欲しいー!ということでそういうことをやる会社気持ちは、まあわかる。

ので、最初から「ウチはダイバーシティ無理でーす!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と最初から名乗ってほしい。

まあ、やらんでしょうけど、どこも。

今のダイバーシティ会社研修聞いててあきれたが、LGBTすら「弱者!!鬱になっていることも多い!!!!!守って気を遣ってあげよう!!!!!」みたいな研修をしていて、頭沸いてるのか?としか思わなかった。

明らかに逆差別を生むし、そもそも弱者」の位置にわざわざ配置せんと会社は受け入れきれんのか?????という疑問符で頭いっぱいだった。

全てのダイバーシティは「そういう考え方もあるんだねー。じゃあ何が向いてるかな?」という考えで解決きっかけはつかめるはずなのに、今の日本大企業がそうかといわれると全くそうな気はしない。

向いていないところにゴリゴリ無理やりハメようとして、ハマらなかったヤツは落第。

そんな企業が、できるわけないだろう。ダイバーシティ

二度と「ダイバーシティ」を口にするな。

多様性を受け入れられる社風である職場である職種であるということを自信持って言える会社けが石を投げなさい。

anond:20181209213215

おさんがダイエットして髪が薄くなるのはしゃーないね

全員が通る道だ

初カキコ…ども…


俺みたいな中3でアノンディー見てる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは


今日クラスの会話

あの流行りの曲かっこいい とか あの服ほしい とか

ま、それが普通ですわな


かたや俺は電子砂漠ヘイトlabを見て、呟くんすわ

it’a true wolrd.狂ってる?それ、誉め言葉ね。


好きな音楽 初音ミク

尊敬する人間 石井四郎虐殺行為はNO)


なんつってる間に21時っすよ(笑) あ~あ、義務教育の辛いとこね、これ

anond:20181208220445

ここまで石原莞爾なし

と言っても日本戦争をしたのはカリスマに引っ張られてじゃないからなあ

政官財保守派革新派マスコミ大衆それぞれが望んだ結果であってヒトラーみたいに責任押し付けられる便利な人物はいいね

ウィキペディアのこの記事。短い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%81%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E

マリオ・ルチアーノ(1964年 - )はラッキー・ルチアーノの末裔ラッキー・ルチアーノは映画ゴッドファーザー』のモデルにもなった伝説マフィアで、祖母親族にあたる。

過去には山口組所属していたが引退し、日本レストランオーナーとして暮らしている。

記事の内容がこれだけとは珍しいね

タグが次の二つ。

この存命人物記事には、出典が全くありません。

信頼できる情報源提供に、ご協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料特に潜在的中傷誹謗名誉毀損あるいは有害となるものはすぐに除去する必要があります。(2018年3月

この記事主題ウィキペディアにおける人物特筆性基準を満たしていないおそれがあります基準に適合することを証明するために、記事主題についての信頼できる二次資料を求めています。なお、適合することが証明できない場合には、記事統合されるか、リダイレクトに置き換えられるか、さもなくば削除される可能性があります。(2018年3月

anond:20181209170500

遺伝子の相性が悪くて、子供容姿が悪くなることもある

ブルース・ウィリスの娘なんてむっちゃ血を呪ってたでしょ

親御さんは自分の代と子の代をちゃん区別して考えて、子だけ悲惨になる場合もあると心得て欲しいね

かに親子揃って造形が悪いケースもなくはないだろうけど

anond:20181208233617

閉塞感がすごいね

たぶんネット無責任他人にどうこうできる問題ではない

信頼できる知人に頼るかそれを作るかしかない

anond:20181209144930

いいよなFGOクズアフィ多くて

パズドラなんて廃れすぎてクズアフィすらいねえよ

恋愛文化はもはや帝国側」俺の指摘が話題

なるはず。

オタク文化はもはや帝国側」と話題になっているが、

から言わせれば「恋愛文化はもはや帝国側」である

恋愛」とは大昔は「親や権力から勝手配偶者を決定される被抑圧者」が解放される、

自ら望んだ愛した人間と添い遂げるためのメソッドである

それこそロミジュリカンイチオミヤのようにだ。

恋愛とは、抑圧から自由になるためのメソッドだったのである

だが現代は違う。

長年の抵抗勝利により、恋愛に対する抑圧は衰退し、

我々は自由恋愛主義を獲得できた。恋愛文化勝利である

―――しかしそこで起こった悲劇とは「恋愛文化の抑圧化」である

恋愛スタンダード」なものになることにより、どんどん抑圧となってしまったのである(ナ、ナンダッテー!?

前述した「自ら望んだ愛した人間と添い遂げるためのメソッド」が

しろ「お前自ら望んだ愛した人間と添い遂げられる能力も無いの?プッw」

というマウンティング有用メソッドと化してしまったのである

恋愛できない人間は人としてどこかおかしい」みたいな輩まで出やがる始末である

から恋愛抑圧」から勝ち抜くために、世に書籍ネット記事で数多ある恋愛教材求められるようになった。

彼女らは果たして心の奥底から愛する人と添い遂げたい!」と思っているのだろうか?

実は「世間的に恋愛できてないとおかしいと思われちゃうから恋愛できるようになりたい…」

というのが本心なのではなかろうか?

恋愛はもはや抑圧メソッドとなってしまったのである

それこそ元ネタ記事にも書いてあったこであるが、

恋愛至上主義者は「恋愛は抑圧から自由になるためのリベラルメソッドである

というカンチガイしているのだから話にならない。

うそんな時代とーーーーっくのとうに終わっとるちゅーねん。ええ加減にせいやホンマ。

恋愛は被抑圧側」

恋愛反体制側」

恋愛リベラル側」

もうこれら古くっせぇ価値観であるんですよ。いい加減アップデートしてくださいよ。

恋愛は抑圧側」

恋愛体制側」

恋愛保守側」

これこそが正しい現代価値観ですよ!分かる?ねえねえ分かる?

きちんと自らの認識の旧さを自覚してつかぁさいね

フィギュアスケート盆踊り

私はフィギュアスケートが苦手というか嫌いです、でもなぜそう感じるのか自分でもわかりませんでした

最近少しずつわかってきたので増田に書いてみようと思います

競技音楽が必ず必要ではない

音楽に合わせて~”ってちょっと待って、演技と音楽全然合ってなくない?

曲の抑揚に合わせて演技をしているというけれど、正直音楽が違うことの演技の違いがわからないです

音楽テンポに合わせて演技が変わってるように見えないし、冒頭はちゃん音楽に合わせて演技しはじめてても

数十秒すれば、ああ結局いつもの、ただただ滑ってたまに跳ねるだけ

動きも音楽の節々と一致してるようには感じないし、自分意志で決められる跳ねる瞬間すら音楽に合わせようとしないのはどういうこと

そりゃタイミングは凄く難しいんだろけど、ならば音楽を演技の度に選択する必然性なくね?

もしかして陰陽師コスプレをしたいだけなのかと小一時間(ry

その問い詰める時間すらもったいない

俺が知らないだけで、他のスポーツ競技中に音楽を流すようなジャンルってあるの?


ああ、盆踊り


客席からの歓声

難易度ジャンプを失敗し、観客から「あぁ~」と漏れる声、氷上に一瞬打ち拉がれるスケーター

なんかもうそなんばっかじゃねーか

失敗ありきで難易度の高い技に挑戦して点数を稼がなくてはならないのはわかるけれどさ、その失敗を辱めて楽しむ性癖は俺にはないぞ

フィギュアスケートのことを”複合芸術”なんてする表現も見かけたことがあるが、

ジャンプ失敗すると観客の落胆の声を演技中に聞ける芸術って、本当に、本当に素敵だ


フィギュアスケート芸術にもなれず、スポーツにもなりきれぬ、哀れで醜いなにかでしょ

ちなみにかわいい我が娘は、ない


採点基準が謎

野球テニスのように人間の目では一瞬わからないけど、球がポールを巻いているかタッチしているか、線を0.00001ミリでもはみ出ているかどうかなど

そういうのがあればいいけれど、一方フィギュアスケートは足がどのくらい上がってるとか、跳ねるポジションなどが判断基準(だと思う)

正直凄くわかりにくい、というか自分理解していません

それを解説無しで楽しめる観客がどれだけいるのだろう・・・・・・まぁいなくても問題は無いか

だって観客の多くは競技内容ではなくて、可愛い子やイケメンの姿を見たいだけなんだから


芸術点なんて要素、審査員のさじ加減でいくらでも変わると思うし、調べたらこれだけメジャースポーツなのに採点基準しょっちゅう変わってきたという

おいおい、いきなりサッカーオフサイドルールが変わったら世界暴動起きるだろ

協会のお偉いさんに競技性そのものが首根っこ掴まれてるって、凄まじいね


競技人口と観客の相対性

競技人口は少ない、少なくとも自分の周りで競技をしていた(幼少期含めて)という人は皆無です

まぁ冬国出身じゃないか事情は違うと思うけど、定期的に現れる天才子供スケーターの陰に何人の子供が死屍累々になってるのだろう

競技費用馬鹿にはならないだろうし、その中で選ばれた人が大人になっても競技を続けている構図だと思う

これはそんなに嫌な部分ではないけれど、観客席と氷上は近いようで本当に、本当に、遠いんだなと


だけど・・・・・

フィギュアスケート界も一般人競技としては理解されていないことも薄々気がついていて意図的に蓋をしているところがあり、

メディアも観客が理解しきれないということは絶対わかっていても結果として凛々しい美男美女を写せて視聴率も取れる、よし!

みたいな、互いの傲慢さが滲み出るバーター存在してるような気がしま


あれ、でもこれってフィギュアスケートじゃないといけない理由じゃなくね?


盆踊りでいいじゃない

ダブルスタンダード何が悪い

俺は韓国は嫌いだ、あん日本憎悪して潰そうとする国の何が良いんだ。はよミサイル落として滅ぼせ。
それはそうと俺のスマホGalaxyだ。画面でかいよね。好きなネトゲネクソン系が多いねパチンコもよくやる。

中国も嫌いだ、パクリ反日にもミサイル落とせ。
それはさておき某アズールがレーンしてるやつ、某少女前線ドールフロントなやつ、某崩壊(三度目)とかキャラ可愛いので遊んでます。それと中華料理美味いです。

オーストラリアダメだ、この世の反日ミサイルで滅べよ。
しかしまあ、オーストラリア料理うまいよね、肉料理いっぱいだし。

ダブスタ、大いに結構。都合のいい部分だけを愛し、嫌いな部分は叩く。自分はいいけど相手ダメ、それでいいんだ。
勝手じゃあないんだよ、俺はとっても'効率的'で'頭がいい'んだ。

エアコンしかない関東の冬

サーキュレーター必須

お前だけ暖かくなってんじゃねえよとばかりに

エアコン寒い空気をぶつける。

全く変わる。

そもそもエアコンが床置き式のやつだったらいいんだけどなあ。


無印のでかいやつ。とても良いね

なんか、うるさくなったら、ネジ締め直すといいよ。

金玉蒸れるのも発達障害煽り運転するキチガイ本質的には同じだ

実際のところは脳科学やら遺伝子学やらが発展するのを待たないと断言できないんだろうけど

人間自分自身のことを全然コントロールできてないよね

「今の自分性格」になろうと思ってなった人なんているか

優しいにしろマイペースしろ穏やかにしろ攻撃的にしろ排他的しろ

自分人格自分自由だって信じられるか?

明日から優しい人になってくださいねって言われてなれるか?

よしんば自分がなれるとしても

周りの人間を見てみてそんなに柔軟な人ばかりか?

自分でも気付いてはいるのに直せない欠点とかないか

顔面の形やら体格やら私たち身体は親の遺伝子と偶然によって与えられたものなのは自明ことなのに

どうして人格頭脳例外のように考えるんだ?

社会を安定して運営していくのに必要だか「自由意志」とか「責任能力」なんてもの概念として生み出しただけで

責任能力なんて実のところ誰もないんじゃないだろうか

大阪東京に勝ってるところおまへんか

今度大阪に初めて旅行行くねんけどどこもかしこ東京よりしょぼいねんやろ。

どっか胸張って東京より上って言える場所ありまへんのか。

別れた彼氏と話したら気持ちが戻った

大学生の頃4年付き合っていた彼氏がいた。当時あまり大きな喧嘩もせず、良好な関係を築いていたし友達にも仲のいいカップルだと思われていた。

別れた原因は2年ほど遠距離になった際に向こうに好きな人ができたから。

好きな人ができたと打ち明けたとき彼は申し訳ないと泣いていて、このままいても私と過ごす時間楽しい思い出にならないだろうなというこで、

彼を好きなまま身を引きました。

あの時は何も食べてないのに常に吐きそうな状態が続いて、こんなに苦しいのに失恋では人が死なないのって不思議だなあと思ったものです。

未練タラタラ電話ちゃうそうだったから連絡先も写真も別れた日に全部データを消した

でも、もらった手紙プレゼントはどうしても捨てられなくて、小さなダンボールに入れてテープでぐるぐる巻きにして実家の物置の奥に仕舞いました。

ものに罪はないし、いつか穏やかに思い出せる日が来たら素敵な思い出になるような気がしたので。そうなるために身を引いたしね。

それから六年間一切連絡をとりませんでしたが、他の男の人と仲良くなっても比べてしまって、相手を好きになれない。

特定男性と仲良くなると、〇〇君がいるのに浮気なんてだめ!と罪悪感に襲われる夢を見ては、起きた時にもう別れたのにな〜と泣いてしまう始末。

10代の頃の熱量のある気持ちになんて今更なれるわけがいから比べてはいけないのに、恋愛に関しては学生時代の楽しかった思い出を引きずっている!

それでも慣れてすっかりおちついた頃、共通の友人数人と飲んでいるということで

6年ぶりに電話をする機会がありました。久しぶりだね元気にしてる?とか、懐かしいねーとか、大したことは言ってないんですが

もーねーーー

相手の声を聞いた途端当時の気持ちが蘇ってきてたまらなくなりました。

ああ何年も!声を聞くだけであんなに嬉しかった人の声だ!大好きだった!

この多福感たるや!!!

涙が止まりませんでした。

頑張って抑えて普通にしました。バレてないといいな。

やっぱり全然彼のことを忘れられてなかった。

まあまだまだ遠距離になった頃と同じくらい遠くに住んでいて、向こうに現在彼女いるかもわかりません。

なので当然復縁などはとても考えられないし、きっと向こうは私のことなんて忘れていたでしょう。ただ私が声を聞いて1人盛り上がってしまっているだけ。

頭ではわかっているのに、ライン通話履歴を何度も眺めては嬉しくなってしまます気持ち悪いな。

下手に復縁しようとしてへんにこじれて、学生時代の思い出を壊すようなことはしたくありません。

彼の中で「学生時代楽しい思い出」でありたいからあの時苦しみ泣きながら身を引いたのに、今蒸し返してぐちゃぐちゃにしたくありません。

なのにどうしてもまだ好きで話したくて仕方がない。

6年連絡とってない元カノからまだずっと好きでしたって言われたら気持ち悪いだろうな。怖いよね。

ごめんなさい。

絶対に言わないから許して。

これは墓まで持って行くから

しまた会うことがあってもさっぱりした友達の顔ができるかな

できるか自信がないなあ……じゃあ二度と会わないほうがいいんだろうな、ああでも会いたいけど…。

と、同じことをぐるぐる考えてしまう。

こんなに人を好きになったのは初めてだと当時思ったけど、その気持ちがまだ消えてなかったことに驚いたし感動した。

無気力極めてた生活をしていたのにアラサーになってこの熱量で人を好きになれるんだと新鮮だった。

今はただその気持ちにさせてくれたことに感謝します。

私は彼を好きだし、多分これからもずっと好きで忘れられないんでしょうね。

人を好きになることを教えてくれてありがとう。まだ私の中では消えてなかったみたい!

でもあなたに迫ることはしないから、安心して幸せに過ごしてください。

気持ち悪い元彼女は、遠くからあなた健康と、しあわせを祈ってます

でも結婚報告はきっと泣いちゃうので耳に入れないでください。頼むよ……

SNSとか、我慢して全然見てないんでね。

初めて失恋したら帰省してた話

☆はじめに

・滅茶長いです。数えたら4000字ありました。3000字のレポート課題は一向に進まなかったのに、皮肉ものですね。 

フツーに、私達のことを知ってる人が見たらああアイツ等のことか、と分かるんじゃないかと思います。気づいても、出来れば、自分の心に留めておいてくれれば幸いです。とはいえ、あの人はきっとこれを見ても怒ったりしないだろうけれど。



__________

20歳の冬、恋人と別れた。

あの人は違ったけれど、私にとっては初めての恋人だった。1年2ヶ月の記念日喧嘩して、1年2ヶ月と2日目に直接顔を合わせて、話し合って、2人で決めたことだった。心残りはなかった。

…はずなのに、気付いたら、私はゆうちょ銀行でありったけのお金おろしていた。そしてその足で駅へと走り切符を買って新幹線へと飛び乗った。行き先は実家の最寄駅。正直何も考えてなかった。ただただ本能の赴くままに、私は帰省してしまっていたのだ。

新幹線の中で父に「急にごめん、今から帰ってもいい?」とラインしたら、すぐ既読が付いて、それから10分後くらいに「分かりました。駅まで迎えに行きます」と返事が来た。母親にも同じようなラインをすると、「おにぎり味噌汁ならあるよ」と返ってきた。

新幹線に乗っている間、私はずっと車内の電光掲示板を眺めていた。色んなニュースが流れていたけれど、ひとつも内容が思い出せない。ただひたすらに、駅名がひとつずつ西にずれていって、目当ての駅がくるのを待った。

2時間半くらい過ぎた頃、新幹線はやっと駅についた。父から駅前牛丼屋の横に居るとの連絡が来て走ってそこまで行ったのに父がいない。ついたよと送るともうすぐ着くと返事が来た。"居る"の意味知らないのかな、父。

3分くらい待っていたら父の車が見えた。父は何も聞いてこなかった。ただ嬉しそうに、明日上司競馬に行く予定だったけど無くなりそうだということを教えてくれた。私から最近車校路上教習に突入したこととか、最近急に寒くなったこととかを話した。

からは45分くらいで実家についた。チャイムを鳴らすと母がドアを開けてくれた。お風呂沸いてるよと言われ半ば強制的風呂場に連行された。ひとり暮らしの家は狭いユニットバスで、いつもシャワーで済ませていたから足を伸ばして浴槽に浸かるのは久々だった。足先から体が温まっていくのを感じた。

30分くらいで風呂から上がり、居間に行くとおにぎり味噌汁からあげと餃子ゆで卵が用意されていた。昆布おにぎりを半分と味噌汁を少し飲んだらお腹がいっぱいになってしまたから、残りは朝食べることにした。父は知多をロックで呑んでいて、「知多?珍しいね」と言うと「中身は違うけどね」と言われた。本当の中身は過去ツイッターで不味すぎると炎上した伝説を持つトップ●リュのウイスキーだった。

そんなこんなしていると夜中の1時を回ったから、父におやすみを告げて2階の寝室に上がった。キングサイズのベッドに横になった。5分くらいすると、母が部屋に入ってきた。ベッドに座って私に一言、「頑張ったね」と言った。

その瞬間、私の両目から噴水のように涙が溢れた。元旦デパート開店直後みたいに、ものすごい勢いで色んな感情がとめどなく流れて来た。辛い。寂しい。苦しい。悔しい。なんでこうなっちゃったの。もう前みたいに遊べないの。もう好きだよって抱き締めてもらえないの。もうどの街に住もうか?なんて戯言を言い合えないの。もう、2人で添い遂げ合う人生は遅れないの。

母は、ひたすら「頑張ったね、もう充分やれることはやったもんね、辛かったね」と私の背中を撫でてくれた。そのあとに、「でも、色んな楽しいこととか初めての経験とか素敵なモノも沢山貰えたんだから、嫌な思い出にしちゃ駄目だよ。」と言った。

19歳の秋だった。

私とあの人は、同じサークルでひと夏を過ごした。かなり厳しいメニューをこなす日々で、春には名前も顔も知らなかった私達が夏が終わる頃には家族よりよく会う存在になっていた。

夏が終わるとサークル活動も一段落し、私達は顔を合わせることが減っていった。そんな時、あの人からディナーに誘われた。

他の同期も来る筈だったのに、何かと来れなくなり、2人になってしまった(これがあの人の策略だったのか、本当に偶々だったのかは結局分からずじまいだった)。2人でやっすい店に入って、色んなことを話した。好きな音楽、好きな作家高校生の頃の話、過去恋愛話。私が中高ヒエラルキー最下位大学デビュー女のため恋愛経験0の喪女であり、その当時自分アプローチしてくる人がいたのだがどう交わせばいいかからないと相談したら、フフッと笑って「ぶっ飛ばしたいなあ、そいつ」と言われた。一瞬ん?と思ったけれど、「ホントそうだよね~」などと軽く流した。

正直、全く意識していなかったのだ、恋愛対象として。ひと夏を共に過ごしたかけがえのない大切な同期、という認識だった。だったのに、やっすい店から出たあと、そんな私達の思い出の練習場で、告白された。午前2時くらいのことだった。

その時も、急に涙が溢れて止まらなかった。信じられなくて、嬉しくて、少し申し訳なくて、何より私が本当は心の奥でずっと惹かれていたことに気付かされてしまって。

あの人はそんな私の手をずっと握っていてくれた。「でも私、多分中学生みたいな恋愛しかできないよ?」と震えながら言うと、「ロミジュリジュリエットだって中学生なんだよ。」と笑って更に強く握りしめてくれた。その温もりがとても気持ち良くて、私達は手を繋いだまま眠った。

朝の6時頃に目が覚めると、夢じゃないんだと隣から聞こえる寝息に心臓バクバクした。そうしているうちにあの人が起きて、不意に抱き寄せられて、キスをした。それが私にとっての、ファーストキスだった。

その日から私達は、所謂"恋人同士"になった。数え切れないほどデートをして、旅行も行って、一緒に大学の授業を受けて、お互いの家にも行き来した。

デートは、本当に色んなところに行って色んなことをした。映画を見たり公園ピクニックしたり気になる飲食店を片っ端から当たったりショッピングモールで服やコスメ吟味したり美術館考える人の真似をしたりディズニーに行ったり(私にとっての初ディズニーだった)、割と付き合いたての頃古本屋に行ったらエロ本だらけで少し気まずくなったこともあった。

ラブホだって、行った。勿論私にとっては初めてだったけれど、何気ない会話の中であの人は初めてじゃなかったことが判明してしまってそれはもう死ぬ程泣いたな。

デート以上に、私達は沢山沢山体を重ねた。週に1、2回くらい私の家に来てくれて、近くのコンビニまで手を繋いでお酒を買いに行った。気取ったジャズなんかをかけながらお酒飲んで、ほろ酔いセックスするのが本当に大好きで幸せだった。

いつも一緒だったな、と思う。毎日のように好きとか愛してるとか言い合って、自撮りを送って褒め合ったり、記念日には詩を送り合ったりして、サイコー幸せな日々だった。

…だったけど、会うごとに、知るごとに、着実に違和感が大きくなっていったのも事実だ。

最初は、私が話しているのにスマホを見ているとか、そんな程度だった。

けれど、それは次第に、私の話になった途端全くつまらなさそうになる(電話だったら寝られる)、私の誕生日を忘れる、逆に誕生日を祝ったら明日忙しいからと電話を切られる、ご飯を食べる約束をしていたのにやっぱり家で食べるとドタキャンされる、自分が忙しくなるとライン一つくれず放置される、そして私が貴方のこういう言動が嫌だからどうにかならない?と話しても自分はこうしたいからと全く歩み寄ろうとしない、というふうにどんどん根本的なところに及ぶようになっていった。決定的に考え方や価値観が違うことに気付くのにはそれ程時間はかからなかった。

けれど、気付いたときにはもう遅かった。私は、完全にあの人に依存してしまっていた。傷ついても、傷つけても、別れることが出来なかった。本当に毎日が辛くて、耐えられなくて、覚悟を決めて別れようと言っても、本当に別れたいの?と子犬のような目をして聞くあの人から離れることはどうしても出来なかった。

 

から最後の数カ月間はお互い深い話を避けるようになってしまっていた。悩みごとや将来の話はお互い他の友人に話すようになり、2人で話すのはこのツイートがどうとかおっぱいがどうとか、本当に俗っぽい上辺だけの話題だけだった。

1年2ヶ月の記念日にした喧嘩は、それ自体はそんなに重要トピックではなかった。ただ、限界だったのだ、もう。お互いに、これまで少しずつ感じて来ていた"違和感"ゲージが、この喧嘩で満杯になってしまったのだ。

1年2ヶ月と1日の日、多分これは別れるな、と思った。頭では理解していたのだ。けれど、心が、それを受容しなかった。初めて付き合った人と結婚したい、要は一生一緒にいたいという典型的少女漫画脳と、あの人とならそれが出来る!という付き合いたての頃の自分幻想、そして何よりもまだ体験したことのない、失恋がもたらす精神的苦痛というものへの恐怖が決断邪魔をした。

から、1年2ヶ月と2日目に、決めきれずゴニョゴニョしていた私にあの人が「もう頑張らなくていいよ」と言った瞬間、スッと楽になる感覚がしたのだ。それからは驚くほどスムーズに、そしてお互い納得できる形で、私達は別れ話を終えた。最後挨拶は「じゃあ、またね」だった。

何も後悔は無かった。あれほど恐れていた失恋苦痛も感じなかった。むしろ、あの人と今までより素敵な関係性になれるのではないかという希望すら見えていた。

のに、私は、気付いたら、実家を目指して駅へと走っていたのだ。

多分、母は全部分かっていたのだと思う。父だって察していたのかもしれない。私が、初恋の人と結婚たかたことも、本気で恋人に一生を添い遂げようとしていたこと、そのために沢山沢山頑張ったこと、でもそれは結局報われなかったこと、依存や執着もあったけれど、私があの人を本気で好きだったこと。私が、本当は沢山沢山泣きたがっていること。

そう。好きだった。本気で好きなつもりだったんだよ、ずっと。ずっと一緒にいれると思ってた。だから、頑張った。初めてで、何も分からなかったけど、頑張れば一緒にいれると思ってたのに。あの人も、あの人と作り上げてきた時間も思い出も失わずに済むと思ったのに。

私はただひたすらに、思いっきり泣きまくった。そしてそのまま眠りに落ちた。母はずっと、私の横にいてくれた。

次の日、目が覚めたら昼の12時を回っていた。居間下りると父が録画した吉本新喜劇を見ていた。母はお茶を沸かしていた。私は昨日残したおにぎりと新しいおにぎり味噌汁からあげとゆで卵を食べた。餃子冷蔵庫から出し忘れていた。

その後、母と近所を散歩した。いつもより空気が冷たくて空が澄んでいた。公園について、木製の古いベンチに腰掛けた。「辛い経験や悲しい経験は全て未来自分幸せになるための布石だ」という言葉を思い出した。空を眺めがら、あのユニットバスの、小さなアパートに帰ろう、と思った。

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