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はてなキーワード: 号泣とは

2018-10-20

高町なのはという光と闇

魔法少女リリカルなのはDetonationを見たので、自分思考整理のために感想を書く。

号泣ながら見た上に、まだ泣きながら打ってるので多少間違いがあってもスルーしてほしい。

Reflectionがバトルに至るまでの過程を描く作品なら、Detonationは戦闘戦闘戦闘戦闘とド派手な戦闘シーンまみれの映画だった。

すごく面白い戦闘シーン盛りだくさんで楽しめたのだが、この映画最後最後に「高町なのはという少女」に関する超弩級爆弾をぶち込んできたので、私の精神は良い意味でズタボロになった。

私は魔法少女リリカルなのはシリーズが好きだ。特に無印

高町なのはという少女と、フェイト・テスタロッサ(ここはあえて当時の名前で呼びます)が心を通わせ合うこと。

そして、「自分に誰かを助けられる力があって、目の前で困っている人がいたら助けてあげなさい、ってお父さんの教えなの」という言葉通り、高町なのはは泣いているフェイトに手を差し伸べた。

その心の通わせあい、「友達になりたいんだ」という言葉の輝きをあまりに眩しく感じたから、私はリリカルなのはシリーズオタクになったのだ。

のだが、その輝きを良い意味で塗り潰されたのが今作、魔法少女リリカルなのはDetonationだった。

魔法少女リリカルなのはシリーズは好きだが、シリーズが進むに連れて色々な設定が付け加えられていっている。実はああだった、実はこうだったという裏設定的なものが追加されていっているのだ。

まり好きではないが、私の一番好きな無印にはあまり関係のない情報なので基本的には「おっ、まーたなのはちゃん最強説が裏付けられてしまうなガハハ!」という感じでスルーしていた。

映画最後、右腕を失い宇宙空間に漂うこととなったなのはは「やられちゃったけど、みんなを助けられたなら(死んでも)それでいいや」と目を閉じる。

そこでなのはは一つの夢を見た。

幼い自分との問答。泣きすぎて詳細は忘れてしまったのが、一番胸をえぐられたのがリトルなのはによる「あなたは『誰かを助けられる自分』じゃなきゃ好きじゃないんだね」という言葉だった。

高町なのはは弱い自分が許せない。

高町なのは自分犠牲にしてでも知らない誰かを助けたい。

自分に誰かを助けられる力があって、目の前で困っている人がいたら助けてあげなさい」という言葉が歪み、呪いのような形で具現化された。

狂気じみた救助への情熱と評されたそれは、前向きな自殺衝動だ。

フェイトを助けたのは、弱い自分が嫌だったからでも何でもなく、本当に心の底から友達になりたいんだ」と思ったからであり、それは間違えようのない事実である

けれど、フェイト友達になれたのは、なのはが力を持っていて、なのはが強かったからでは?と考えると非常に苦しい。

おそらくリトルなのはなのは潜在意識のようなもので、心の片隅にある冷静な自己評価のカタチなのだと思う。

無意識のどこかで、少なくとも「弱い自分が許せない」という考えを持っているだろう。小学生思考回路としてはあまりにも辛い。なんてどす黒いものラストバトルの後にたたきつけてきたんだこの映画は。

パンフにも書かれていたように、「高町なのはという個人」について詳しく描かれたのは今作が初めてだ。無印もA'sもStsも、高町なのは主人公に置いてはいたが(Stsちょっと微妙だけど)高町なのは本質に関しては触れられなかった。

私も無印における高町なのはという少女のカタチを愛していたので、疑問に思ったことはなかった。

けれども、やはり経験なのは個人の考えは変わっていく。フェイトは確かに救うことができた。けれどもアインスは救えなかった。

そのことは高町なのはの「弱い自分が許せない」という考えに少しだけ拍車をかけてしまったのであろう。

誰のせいでもないのに、もっと強い自分じゃないといけない。という考えが、アミタナノマシンをもらうように伝え、「関節や筋肉がちぎれるような痛み」と称されるアクセラレーターを、アミタを使うために使った。

なのは自分の命を勘定に入れないフシがあるのは知っていたけれど、つまり、弱い自分否定するために自分の命を散らすようなことをしていたのだと考えると胃が痛い

唯一の救いは、リトルなのはによる「いつか自分を好きになれるといいね」という言葉

弱い自分でも居なきゃだめだという鎹、いつかできるヴィヴィオという娘の存在が、「弱い自分」を肯定してくれるのかな……と思いつつも、でもヴィヴィオを助けるためにも力が必要だしな……と一人で悶々としています。助けてくれ。

ところでなんでなのはちゃん右腕消し飛んだのに治ったんだ?



あと戦姫絶唱シンフォギアシリーズも好きだけど、なんとなく似てきてる気がする…良い意味で…。

2018-10-19

号泣しても大丈夫マスカラ

知ってたら教えてほしいです

あるアイドルおたくなんだけど、ライブ絶対泣いちゃうからマスカラを避けてる。もともとまつげはそれなりにある(と思ってる)のですが、もっと強いおたくになりたいので装備したい……

欲を言うと長さがほしい。美容液で伸ばすことも考えたけど、情弱すぎて調べてもよくわかんなかったーーーーまつげ伸びる美容液あります

2018-10-17

誰か、この怖い文章解説してくれ

小5ぐらいの頃

同級生女子が画ビョウ探してたか

自分友達が何度も○○さん、廊下にあるよって

声かけたんだけどずっと画ビョウは?画ビョウ?

って言いながら画ビョウを探してた

○○さんの友達

喪女ちゃん、教えないでって

口パクと目で合図されて

黙ってればよかったんだけど

なぜか自分トイレにあるよって

言ってしまった

友達自分マネしてトイレにあるよって

二人で何度も言った

それでも○○さんは無反応で

ずっと画ビョウは画ビョウは?

って言いながら画ビョウを探してた

そのあと、○○さんとその友達担任先生

自分友達のことを告げ口されて

先生トイレまで連れて行かれて

こんなところに画ビョウなんてないでしょ?って

言われて凄く怒らて自分友達号泣

かに自分も悪いけどなんでこんなに

怒られなきゃいけないんだろうって思った

猪狩さんは聞こえてたのになんで無視をしたんだろう…

(改行)わたしの長年の友人が復讐されている

彼女は、7年くらい前に不倫をし、相手を散々振り回し、家庭を破壊した結局不倫相手自殺してしまった。

奥さん精神を病んで、そこに付け込んだかたちで僅かな慰謝料和解たかたちに持ち込んだ。

その後はいろいろあって、彼女も落ち着きあの頃の自分おかしかった、反省していると言っていた30ちょい前に、

ようやく真面目な男性と恋におち、順調に結婚話が進んだ結婚式まであと2週間ぐらいになった時突然、婚約者の所に封書が届いた。

中身は、過去不倫証拠えげつない写真の数々、彼女の人でなしな暴言の記録。あっという間に破談になった。

その後、彼女転職し、遠方に引っ越した。そこでようやく立ち直って、仕事に打ち込み出したが

今度は職場封書が届いた。中身はやはり、彼女えげつない写真等当然犯人不倫相手奥さんだろう。

彼女警察に行ったが、証拠がないとかで、まともに相手にしてもらえなかったらしい。

弁護士を使って訴えを起こそうとしたがこれもうまくいかず、かえって傷付いてボロボロになっていた。

このままだと一生付きまとわれると精神的に追い詰められた彼女は、再び引っ越し住民票ブロックなどもして名前を変えて働きだした。

新住所は、親とごく親しい人しか知らない。

そこで新しい彼氏ができて今度こそ幸せになれると喜んでいた。

名前の事とか、ストーカーから逃げていることとかタイミングを見て彼氏ちゃんと話すつもり…と言っていた矢先、

その彼氏の元にも例の封書が届いたそうだ。

いったいどうやって彼氏のことを調べたのか興信所を使うにしても、

そこまで調べられるものなのか彼女は茫然としているらしい。彼氏にも捨てられそうだと電話号泣していた。

本当に不思議だよね、どこから彼女の転居先や近況が漏れるんだろうね。

しかしたら、親しい人から情報漏れているのかもしれないね

例えば、長年の親しい友人と思っている人から、深く恨まれたりしてたり、ね。

昔、友人を奴隷扱いしたり、親のことまで馬鹿にしたり、彼氏を寝取ったりしたこと

青春時代楽しい友情物語脳内変換したせいで恨まれてることに気付いてなかったりしてねw 

あ、もしかしたらの話だけど。

anond:20181017153128

私の長年の友人が復讐されている。

彼女は、7年くらい前に不倫をし、相手を散々振り回し、家庭を破壊した結局不倫相手自殺してしまった奥さん精神を病んで、そこに付け込んだかたちで僅かな慰謝料和解たかたちに持ち込んだ。その後はいろいろあって、彼女も落ち着きあの頃の自分おかしかった、反省していると言っていた30ちょい前に、ようやく真面目な男性と恋におち、順調に結婚話が進んだ結婚式まであと2週間ぐらいになった時突然、婚約者の所に封書が届いた。中身は、過去不倫証拠えげつない写真の数々、彼女の人でなしな暴言の記録。あっという間に破談になった。その後、彼女転職し、遠方に引っ越した。そこでようやく立ち直って、仕事に打ち込み出したが今度は職場封書が届いた。中身はやはり、彼女えげつない写真等当然犯人不倫相手奥さんだろう彼女警察に行ったが、証拠がないとかで、まともに相手にしてもらえなかったらしい。弁護士を使って訴えを起こそうとしたがこれもうまくいかず、かえって傷付いてボロボロになっていた。このままだと一生付きまとわれると精神的に追い詰められた彼女は、再び引っ越し住民票ブロックなどもして名前を変えて働きだした。新住所は、親とごく親しい人しか知らない。そこで新しい彼氏ができて今度こそ幸せになれると喜んでいた名前の事とか、ストーカーから逃げていることとかタイミングを見て彼氏ちゃんと話すつもり…と言っていた矢先、その彼氏の元にも例の封書が届いたそうだ。いったいどうやって彼氏のことを調べたのか興信所を使うにしても、そこまで調べられるものなのか彼女は茫然としているらしい。彼氏にも捨てられそうだと電話号泣していた。本当に不思議だよね、どこから彼女の転居先や近況が漏れるんだろうね。もしかしたら、親しい人から情報漏れているのかもしれないね。例えば、長年の親しい友人と思っている人から、深く恨まれたりしてたり、ね。昔、友人を奴隷扱いしたり、親のことまで馬鹿にしたり、彼氏を寝取ったりしたこと青春時代楽しい友情物語脳内変換したせいで恨まれてることに気付いてなかったりしてねw あ、もしかしたらの話だけど。

2018-10-13

たんぽぽ川村滝沢カレン

この二人の空手動画を見て、川村さんに共感するという声がしばしば聞こえる。それは別に良い。

ただ周りが笑っているのは川村さんが不細工からではないことは知っておいてほしい(川村さんの顔や表情が笑いの足しになっているのは否定しない)

動画を良く見よ。川村さんは、打ち返してこない相手ビビって腰が引けている。おっかなびっくりに打ったと思えば、終始「怖い」と嘆いている。打つ前から気持ちが負けている。いやだいやだと消極的だ。状況から逃げたくて堪らない。

一方の滝沢カレンさんはどうだろうか。最初からしっかりと打とうとしている。前に行って、競技積極的に参加している。手数も多く、嘆かず、実直だ。どちらも同じように素人なりの柔柔な打ち方をだが、しかし、違いは一目瞭然である。これは滝沢カレン美人からそう見えるのではないのだ。

それが終わって川村さんの号泣である。もうそれだけでも十分に面白いが、男性陣に叱咤されたのが「不細工から」と勘違いしているのが、ことさら面白いのだ。違う。そうじゃない。臆病だからだ。男性陣は、特にノブコブは終始励ましていたのだが、それが叱咤に聞こえたのだ。

興奮している時というのは自分の体や動きを客観視しにくいものだ。だから滝沢カレンさんとの差を、川村さんは認識できなかったのだろうと思う。自分彼女と同じようにしていると思ったのかもしれない。それで男性陣が滝沢カレンに肩入れしているものだと思ったのだろう。その乖離が、余計に滑稽なのだ

彼女の臆病さには共感できないわけではない。むしろそうだろうと思うものだ。共感するのだ。だがそれを含めて喜劇なのだ

嗚咽レベル号泣

大声を上げて泣いているが、嗚咽程度にしか聞こえない状態

2018-10-12

とびないさんの話

30を過ぎた頃から、泣く頻度を減らすようになった。減ったのではなく減らした。たとえば映画を見て泣くとき、涙の分だけどうしても自動的に加点されてしまうことや冷静な判断力を失うことが嫌だったし、何より安直な涙は思慮が浅く頭が悪い印象が強かった。

飛内源一郎さんは、私にとって別格だった。「久保みねヒャダこじらせナイト」の最終回で飛内さんが自らの手紙音読するのを聞いたとき、私の中の何かが強烈にゆさぶられて、嗚咽レベル号泣が止まらなくなった。

飛内さんは青森旅館を営む一般人だ。「とびない旅館」の宴会場は、飛内さんがこれまでに収集した昔のおもちゃで溢れかえっていて、宿泊客80年代漫画アニメ、かつて流行したおもちゃのことを息つく間も無く話しかける。

かつてはクリエイターとして妖怪祭りプロデュースしたり、活躍していたらしい。だけど日のあたる場所には人間関係軋轢も多く、活躍に対して心ない声もあったようだけどそれはよく知らない。

(多くのテレビ製作者は、きっとその詳しいエピソード下品に掘り下げネガティブBGMをつけて感情移入材料として存分に活用するんだと思う。経緯はわからないけど「そんな飛内さんに対し、心ない声も。」の一言さらっと終わらせた久保みねヒャダの番組構成がとても良かった)

最終回手紙は、ひたすらに出演者たちに対する感謝と労いの言葉でうめつくされていた。

自身先生たちとの関わりが「カンダタに垂らされる糸のよう」と表現されたその手紙は、武骨な文字とともに彩り豊かな優しい絵のようだった。

母の介護を経たこと、番組出会たことで起きた奇跡について。

詩的だけど率直という不思議手紙に、抑えても抑えても止まらない涙があふれた。

察して余りあるような経験を経て、60近くになってそれでもこんな言葉を紡ぐことができる人がどれだけいるんだろう。それはどれだけ社会的成功するよりも困難なことのように思えた。

からかけられた心ない言葉や、介護という現実ですりへる部分は確実にあると思う。それでも、心の中の宝石のような部分を大切に守ってこられたのは、飛内さんが何かを好きでいることをやめなかったからなのかと思った。人を恨み心を閉じるようなやり方で自分を守ろうとしなかったから起こりえた奇跡なのかもしれない。

青森旅をふりかえって久保ミツロウと能町みね子が「とびないさんにはハッピーオーラがあふれてる」と言ってたのが最高の表現だと思う。)

変わり者まるだしの風貌で、周りへの感謝と思いやりにあふれた言葉をまっすぐに伝えるとびないさんを見て私が感じた気持ちは、多分憧れという形容が一番近いんだろうなと思った。

2018-10-08

anond:20181008121520

悔しいからってエアトラバするときなんてもう号泣もんだよねー

娘にひくわ

うち娘が2人いるんだけど、5歳と3歳。

まだ小さいかケンカして手が出ちゃうとあるわけ。

長女が次女をバチンたたくとすると、次女号泣。長女は妹をたたいちゃった罪悪感と、処理しきれない怒りで立ち尽くす。

これがパターン

逆ね、次女が長女をバチンとたたいた場合号泣する長女に、次女は今だ!とばかりに連続パンチ入れるわけ。で、いったん物陰にかくれて、長女の様子を確認。長女が反撃してこない、まだ号泣してるってわかると、再度飛び出してきて、ふたたび連続パンチ

もう完全にとどめ刺す気で攻撃する。

3歳児、こわいわ。

親だけと若干ひくわ。

2018-10-05

恋愛むいてない

私は喪女。つまり彼氏いない=年齢。

今年の8月突然私の性欲が爆発した。毎朝起きてすぐに「セックスがしてえええ」となる。夜は火照って寝られない。もちろんセックスしたことなどない。あまりにも異性の接触がなさすぎて身体SOSをだしたのだろうか、とにかく私は焦りだした。彼氏を作らなくては!!

8月上旬

とりあえずネットで「彼氏作り方」で検索。今は3人に1人がSNS恋人を作ってるらしい。ティンダーとペアーズに登録。初めてびっくり!めちゃくちゃモテるやん!とにかくマッチしまくるし、可愛いと褒められまくる。もしかして自分って実は可愛いんじゃないかと自信がでてくる。(後から友達女子はみんなそうだと聞く。)

8月中旬

調子に乗って女磨きをしだす。雑誌をみて研究して服を買いまくる、デパコスダイエット美容院マツエクジムヨガカラコン、とにかくやれること全部やる。美肌のためにサプリ飲んだり、夜は12時までに寝るようにした。自分磨きっていいね、本当にやった分だけ返ってくる。肌はピカピカ、髪はツヤツヤ、服とメイクで垢抜けることに成功した。ただし、ブスのままである。小綺麗なブスである。でも友人からも綺麗になったと言われるようになる。

8月下旬

アプリの人とデートしまくる。コミュ症だが頑張った。とにかくたくさん会った。運がいいのか悪いのかヤリモクには遭遇せず、全員に2回目のデートを誘われた。

9月上旬

とにかく私は頑張り続けた。毎日自分を磨き、苦手なLINE電話をこまめに続け、最終的に絞ったA君とB君とデートを重ねた。気づいたら趣味映画読書もできなくなってた。

9月下旬

両方から告白された。この頃から私は苦しみだした。なんで私なんかが男の人を天秤にかけてるんだろう。どちらかを傷つけてしまう。というか今のままの自分で一生いるのは無理だ。だんだんブスになっていく私に幻滅するに違いない。捨てられて傷つきたくない。そんなことを思ったがセックスしたすぎてA君を選んだ。B君をLINEで振った時なぜか号泣してしまった。A君を選んだのは見た目がタイプだったからだ。

10月上旬

私はとにかくセックスがしたかった。もうセックスがゴールだった。はやく解放されたかった。映画読書も楽しくなかった。

私はデートの帰り道に「私ラブホテル行ってみたい」と震える声で伝えた。A君は無言で頷きネットで調べた近くのラブホに行った。とにかく緊張でいっぱいだったがこの衝動から解放される喜びもあった。

さあ!待ちに待った!セックスであるエロ漫画で散々夢見たセックスAV勉強したセックスしか事件が起きた。A君のち○ぽは勃起するどころか萎びたままではないか。私は焦った。口ですれば大きくなるかと処女ながら頑張ったが反応しなかった。A君は童貞だった。勃起しないことと童貞なことが繋がるかはわからないが私の目には涙が溢れた。こんなに頑張ったのに、私がブスだから魅力がないからできないのか。我慢できずにベットで泣き崩れた。A君もごめんごめんと泣いてた気がする。そこからお葬式のような雰囲気で帰った。帰り道A君に別れようとLINEを送りブロックした。

それからメイクも落とさず我慢していたお菓子ピザを食べ、夜更かしをして泣きながら映画を見た。大学も行かずに未だに引きこもってる。私は最低最悪な人間だ。性欲はびっくりするくらいなくなった。

A君ごめんね。

2018-10-04

失恋した

30手前にもなって、まさか女に振られて号泣するとは思わなかった。

相手には彼氏がいた。だが彼氏が忙しくてあまり会えないと言っていた。

俺がその子の家に泊まって、そのあと彼氏と会う予定だったけどめんどくさいからやめた、なんてこともあった。

同じ職場だったので、多いときは週に5日くらい会っていた。誘うのは俺から相手から、半々だった。

一緒に住むとしたらどこがいいか?なんて話もした。間取りが送られてきて、絵を飾ろうなんて話もした。

の子が、古くから親友に俺の話をして、付き合うんなら会わせて!なんて話をした、とも言われた。

そんで、いい加減にこの関係もよくわからんから、一回会わないようにして考える、という提案を受けた。

その間も連絡はとっていた。

そして一ヶ月。

だんだん連絡の返信が雑になってきた。

で、知人を通じて、どうやら最近彼氏と上手くいっているという話をきいた。

ただの都合のいい男だったのだ、俺は。

この一ヶ月、本当にゾンビみたいな精神で生きていたが、もうダメだ。

明日会社サボろう。

2018-09-29

大好きな、憧れのブランドデザイナーが変わって号泣した

最初に言っておくと、私は服飾の専門知識などまるでない。

普通私大卒業し、趣味ファッションという程度のその辺にいる20代のOLである

ツイッターインスタグラムもやっていない、端くれOLチラ裏です。

いつ、そのブランドのものを持つことが憧れになったのかは覚えてない。

ただ高校生ときには「いつか自分で稼いだお金セリーヌを買う」と母親に言っていたらしい。

自分でもなぜかわからないが、他のハイブランドには本当に興味がなかった。

選択肢なんていくらでもあるのに、何を見ても、「やっぱりセリーヌがいい」と心の底から思っていた。

結果、未だにセリーヌ以外のハイブランドアイテムは持っていない。

初めてのセリーヌは24歳。社会人2年目。表参道路面店で買ったブラックのスモールカバ

買ってから数年、毎週1回以上は出番があるけれど、大事に手入れして使っているおかげで

店員さんには「すごくきれいに使って頂いて、バッグもきっとうれしいです」と褒めてもらった。

以降、年に1~2アイテムずつ増やしていった。

奮発してウェアやバッグを買ったり、細々と財布やキーポーチを買ったり。

何を選ぶにも「セリーヌ」というだけで楽しかった。

そして2018年はじめ、2008年から10年間

クリエイティブディレクターを務めていたフィービー・ファイロがブランドから去り、

エディ・スリマンに代わると発表があった。

私が好きになったセリーヌは、ずっとフィービーが作ってきたものだった。

何が残って、何がなくなるのか。

当たり前だけど店員も把握していなくて、でも自分の財布ではなにか1アイテムだけ買うのがやっとだった。

フィービー最後コレクションは、パンツを買った。

そしてこの度、エディ・スリマンファーストコレクションが発表された。

それを見て、タイトルの通り号泣したのである

朝の通勤電車(土曜出勤)でスマホを見ながら号泣するアラサー女。怪しさしかない。

私が憧れ続けて、愛し続けたセリーヌはもうない。

担当さんはどうするんだろう。「フィービーが好きなんです。セリーヌの前はクロエが好きでしたから。」と話していたな。

エディのファンの方たちがきっと流れてくるだろうから

セリーヌというブランド自体はきっとこれからも人気であり続けると思う。

形は代わっても、愛されるブランドであってほしい。

私はもう、買うことはないと思うけれど。さようならセリーヌ。大好きだった。

2018-09-28

オカルト占いに行ってきた

はてなーは非化学的なもの否定派が多いと思いますが、自分の備忘も兼ねてメモ

複数人占い師に色々みてもらったので、それを自分見解も併せて書きます



私の状況

突然彼氏にフラれたアラサー女。前日までは非常に仲が良かったのに、急に電話で別れを告げられました。

元彼の言い分としては

    • 元カノに「男の1年と女の1年は違う、いつまで待たせるの?」って言われたことがあって、だから増田ちゃんとは取り返しがつかなくなる前に別れようって思った。

    • 仮に無理して付き合いを続けたとして、会えない・連絡も取れないだったら付き合う意味はない。それに、もう自分気持ちがついていかいから無理。

    • 会って話をするつもりはない。納得してもらおうとも思ってない。ごめんね。

    とのこと。

    意味不明すぎて納得がいかない日々を過ごしていたのですが、ちょっと思い切って「インチキだったらインチキだった時!」と、オカルトの力を借りてみることにしました。



    前提

    全ての占い師さんに、別れの理由の詳細や元彼性格は言っていません。

    そもそも全員それについて事前に聞いてくることはありませんでしたが。



    1人目の占い師透視電話相談

    今のお相手気持ち透視します、それ以外は視えません、という占い師さん。


    伝えたこ

      • 急にフラれた、理由は「仕事に集中したい、元カノほど好きになれなかった」と完結に


      結果

        • 彼は嘘はついていない、元カノと寄りを戻してもいないし、女性の影はない。言ってることが全て。

        • 増田さんの気持ちが付き合った頃より大きくなった気がして、ちゃんと考えなければいけないと思った末に出た結論

        • あなたのことは嫌いになっていないし、安らげる存在だと思っていた。


        今後について

          • 仕事頑張りたいって言ってるみたいだけど、こういう人は仕事でも大成しない。


          感想

          今を視るしかできない、と言ってるだけあって、アドバイスは完全に年上のお姉さんに普通に人生相談をしている感じでした。いい人でした。



          2人目の占い師透視霊視電話相談

          イタコ系統の方だそうです。


          伝えたこ

            • 急にフラれた、理由は「仕事に集中したい、元カノほど好きになれなかった」と完結に


            結果

              • 仕事でまだやらなければいけないこともあるし、それ以外にもやりたいことがあるから、いったん手放さなければいけないと思った、って言っている。

              • しばらくは恋愛をしている場合ではないと考えている。他に女性の影はない。

              • 増田さんのことは「素直で高飛車でもなく、裏表のないイイ子」と思っている。人として好きみたい。

              • きじゃないのに付き合ってたとか、騙していたとかそういうことは一切ない。そんな器用なことが出来る人ではない。


              今後について

                • 年に4回ほどフランクに連絡を続けて、向こうに余裕ができた時に連絡のできる間柄であれば再び縁がつながる可能性が高い。

                • 本当は腹を割って話し合えたらいいけど、今は自分のことを何とかしたいと思っている男に気持ちを伝えても逃げられるだけよ。


                感想

                全然情報を伝えていないのに、元彼性格とかがドンピシャすぎてビックリしました。良くも悪くもサクサク客観的な答えでした。



                3人目の占い師透視霊視電話相談

                神道修行を積んだ方で、祝詞を使った占いします。この人から元カノのことは伝えてないです。


                伝えたこ

                  • 急にフラれた、理由は「仕事に集中したい」と完結に


                  結果

                    • 今の仕事を続けていたらそれなりに収入が得られるが、ずっと続けるつもりはない。そんな状態で付き合うべきじゃない。と、思っている

                    • 他に女性の影があるわけではない。

                    • 増田さんのことはちゃんと大切に思っていて、だからこそ出た結論増田さんのことが嫌いになったとかそういうことは一切ない。

                    • この人とは過去世で接点があったから、相性はとても良かった。


                    今後について

                      • 縁は切れていないから、連絡を待ってみたらいいと思う。


                      感想

                      4月は確かに元彼転職した月だったので、当たっている!と思ってしまいましたが、4月から忙しくなるなんてありがちだからコールドリーディングかもしれないです。

                      危うく除霊で高いお金がとられそうになったので踏みとどまりました。



                      4人目の占い師ホロスコープタロット四柱推命、対面相談

                      可愛いパワーストーンブレスレットを作ってくれる、ということで友達に連れられて行ってみました。


                      伝えたこ

                        • 急にフラれた、理由は「仕事に集中したい」と完結に


                        結果

                          • この元彼さんとはとても相性がよかったみたいね

                          • 負けたくないライバルのような存在があって、それにどうしても勝ちたいと思って足掻いている。

                          • とっても後悔をしていて、楽しかった頃のことを思い出していると思う。


                          今後について

                            • 多分暫くしたら向こうから連絡してくると思う。

                            • でも、きっと今年中に増田さんにはもっといい人が現れるから、そっちを選んだ方がいいって出ている。

                            • ただ「腑に落ちない」「悲しい」というカードが出ているから、本当は改めて元彼さんに気持ちを伝えた方がいいけど、それが嫌だったら紙に書き出してみるといいよ。


                            感想

                            非常に親身になってくれて号泣してしまいました。

                            しかタロットカード不思議でした。こじつけなのか分からないですが、今の状況にドンピシャカードが本当に出るんですよね…。

                            友達も横でやったのですが、私とは全然違うカードが出ていたのでエンターテインメントとしても面白かったです。



                            総括

                            かなり馬鹿みたいにお金を使ってしまいましたが、お陰で非常にスッキリしました!

                            人に話を聞いてもらいたい、という人にはおススメです。お金を払っているので、気兼ねなく言いたいことが言えますし。


                            あと、少ない情報から本当にこちらの状況をドンピシャで当ててくるのは驚きです。

                            そういうテクニックなのか、本当に神秘的な力があるのか…。でも、少なくとも一般人よりは勘が鋭いのは間違いないと思います

                            今回4人に視てもらいましたが、全員が現状に関してはほぼ同じ見解になったことがすごいと思います友達とかだと、絶対に誰かしらは「元カノと寄りを戻してるんじゃない?」「飽きたんじゃない?」と言うので。


                            しか未来については人それぞれですね。

                            神秘的な力なのか経験則なのか心理学的なものなのか分からないですが、やはり占い師さん個人見解が入るからそれぞれの人から視る未来が変わるのかなと思いました。

                            まぁ、未来は確定事項ではないってことなのかもしれないですね。日々の1つ1つの行動によって随時変わっていくものなのだと受け止めました。

                            から占い師さんの言葉を信じてその通りに行動していくのもよし、他の未来を探すのもよしって感じなのでしょう。


                            以上が私の体験談でした。その後とか細かいところを思い出したりとかしたら、ちょっとずつ追記をするかもです。

                            興味がある人の参考になれば幸いです。

                            2018-09-23

                            劇団四季キャッツ

                            キャッツ東京に来たぞおおい。

                            劇団四季作品キャッツが一番リピート率が高いと言う。

                            わかる。頷くしかない。

                            20回以上観劇しているがそれ以上カウントしなくなった。

                            独身時代貯金溶かしたからね!怖いよね、どれだけお金使ったとかヤボだよね!

                            キャッツヤンべえ。本当に語彙力なくなるけどヤベエ。

                            まず役者が近い。他の劇場だと法に触れますかと心配するくらい。

                            尻尾が当たるくらい。ドッキドキするの。

                            あんな至近距離猫ちゃんに見つめられたら、心臓バックバクであれ、これは恋?トゥンクくらいヤベエ体験きっから。落ちるよ。沼に。

                            神席は回転席だ。回転するの。めちゃくちゃわくわくするしかないでしょ。

                            普通席とか動かないじゃん。でも動くの。うご!!!

                            席が動くギミックとか考えた人マジ天才

                            回転席取るの本当大変だけどね。

                            会員先行でさえ最前列取れない。

                            二台携帯タブレットPCを使ってやっと平日取れた。

                            取れた日に舞です。舞うよね。

                            嬉しすぎて。

                            センターじゃなくて端っこだけど回転席最前列

                            もう祭り

                            ジェリクルソング脳内リピートしっぱなし。

                            観劇一週間前から顔パックとかして準備。ふだんしないのにね。誰にも見られないのに謎のコンディションで臨む意気込みでさ。

                            当日とかもう大変。3時間前に駅ついて色々準備。

                            観劇ウンコ行きたくならないように腸を調整したり、シッコ行きたくならないように水分管理したり。

                            結果劇場ついて緊張のあまりお腹下して焦るの。

                            開演10分前とかまだトイレに居ると泣く。

                            やっとギリギリセーフで席着いたらOP音楽が鳴って号泣

                            5年ぶりのキャッツ号泣。まだ始まってもいないのに音楽鳴っただけで感情の振り幅マックス

                            自分がヤベエ奴だとわかっていても止まらないキャッツ愛。

                            あーー好き。本当好き。素敵。素晴らしい。最高。

                            あーーーーほんっとキャッツ好き。

                            すき。

                            って思っていたらもうカーテンコール

                            次も頑張ってとろ。席とろ。

                            私が社会人になってやっと余裕がでてきた時に、両親へ贈ったチケットキャッツだった。

                            私も親も初めての劇団四季。C席しか取れなかったけど、一瞬で落ちた。沼に。

                            すぐ会員になった。

                            ライオンキングウィキッドなどもたくさん行ったけど、キャッツに行き着く。

                            自分でもこの感情が何かわからないし、他にぶつけられない。

                            キャッツ出会えてまだ15年だけどロングランからまだ少し安心している。

                            終わらないでねと。

                            あー好き。

                            2018-09-21

                            anond:20180920145657

                            一人で行くのを超ためらっていた50代だけど観に行くことにした。

                            号泣しているのを子供らに見られたくないな。

                            字幕ならそんなに子供はいいかな。

                            2018-09-20

                            いつか必ず僕は泣く

                            遅い夏休み福岡実家に帰った。

                            父さんに予約録画の仕方を教えてあげるため居間BDレコーダー操作していたら、

                            父さんが母さんのフラダンスを録画した動画たまたま見つけて家族みんなで見た。

                            僕が滅多に知らないバッチリ化粧してアロハドレスを着た母さんが居間で踊っている動画だった。

                            普段こんな格好をすることないから、市民ホールでの発表会が終わった後、そのままの姿で帰宅して笑、父さんに動画を撮ってもらったらしい。

                            ちゃんと踊れてるんだけど、途中間違えてやり直す所で爆笑してしまった。

                            でも同時に、いつか僕はこの動画を見て泣く日が来るんだろうなと確信をしてしまった。

                            それどころか嗚咽混じりで大号泣するかもしれない。

                            たった一年に二回しか実家に帰らない僕を、いつも見送りの時見えなくなるまでずっと手を振ってる両親。

                            毎年少しずつおじいちゃんとおばあちゃんになっていく。

                            母さんが死ななければいいのに、父さんが死ななければいいのに、毎日会えればいいのに、なんで福岡仕事が出来なかったのか、なんで僕はこんな親不孝なのか…。

                            実家に帰って、また東京に戻る度、いつか来る悲しい出来事の予感がゆっくり濃くなっていくような気がする。

                            こんなこと、SNSにも書けないけど忘れたくないし誰かに話したかったのでここに書かせていただきました。

                            からは以上です。

                            2018-09-19

                            Concorde Internationalが最悪の語学学校だった話 1

                            この前イギリスカンタベリーにある語学学校、Concorde Internationalでの留学を終え日本に帰ってきた。長いので2つに分けることにする。

                            簡潔に事のあらましを説明すると「『夜眠れないから夜22時以降静かにしなきゃいけない』ルールを徹底させてくれとディレクターに直談判しに行ったらパワハラを受けた」って感じ。本当は思い出すだけで涙が出るくらい怖くてしんどいんだけど、私のような被害者をこれ以上出したくないという一心でここに記します。参考にしたいという方も、面白半分の方も、読んでいってくれたら嬉しい。

                            ことの発端は7月下旬のある日。私はConcorde Internationalの寮に住んでいた。ここの寮はとても古く(というかイギリス全体的に建物が古い)下の階で話していると上の階に筒抜けになってうるさい。私の部屋はキッチンの上で、キッチンで少しでも話すと声が上に筒抜けになってうるさくて眠れない。この寮には「22時から8時までは静かにする」というルールがあり、そのルールに則って眠れないときキッチンに静かにしてくれと言いに行っていた。

                            その日も(23時くらいかな)うるさかったので言いに行きました。そこではアルジェリア人女性アラビア系の男性が話をしていた。

                            私「ごめん、私の部屋この上なの。ここで話すと声が筒抜けになって聞こえてうるさいからここでは話さないでくれる? あと寮のルールで22時から8時までは静かにしなきゃいけない決まりから

                            アルジェリア人「それ本気で言ってるの?」

                            私「うん」

                            ここでアルジェリア人がキレて怒鳴り始める。

                            アルジェリア人「なにそれ? ここは貴方けが住んでるわけじゃないの。私たちだって住んでるんだから私がどこで何をしたっていいでしょ。お互いのことを思いやって生活しなきゃいけないの、貴方は間違ってる」

                            超至近距離でめちゃくちゃ怒鳴られて予想外のことに怯えるもとりあえず伝えるべきことは伝えるため頑張る。

                            私「でもこれはルールだし(規約を取り出して)ここに書いてあるでしょ」

                            アルジェリア人「22時以降は騒がないでって書いてあるだけじゃない! 音楽も消すしここで騒いだりはしない、でも全く話さないのはおかしい!」

                            私「うん、でもここでの話し声は全部うるさくて眠れないの、静かにして」

                            ここらへんでさら相手ヒステリックを起こし話しにならず、見かねたアラビア系の男性が止めるけどキレまくっていて話にはならず、結局この日は1時まで騒音が続きました。泣きながらスタッフメールをする。なんとかしてくれと。眠れないのと心労で次の日風邪を引きました。

                            次の日この件について日本スタッフと話すも「これはお互いの歩み寄りが必要」と頓珍漢なことを言われ、さらに私の粗探しをされる。日本スタッフは私のメールを読んだだけで口頭で状況を確認することはなく、ただレターを回すけど直接注意したりはしないと言った。「じゃあ良くなるまで耐えなきゃいけないんですか」と言ったところ「耐えるとかじゃなくて他の考え方が出来るといいよね」と言われた。貴方は殴られてる人間に対して「殴られてるのを耐えるんじゃなくて他の考え方ができるといいよね」とか言うんですか? とここでめちゃくちゃ信用を無くした。

                            私は日本スタッフいるからという理由でこの学校を選んだし、この人を頼りにしていた。だから余計にショックだった。

                            その二日後、また騒音が起きた。これはちゃんと状況を把握してもらう必要があるとこの時は録音をしながら注意しに行く。「眠れないからここでは話さないでほしい。もし話したいのであれば共用スペースに移動してほしい」と何度も繰り返すが「なんでここにいるの?」「家に帰ったら?」「なんでホテル取らないの?」とか言われる。しかアラビア系の男性(前回一緒にいた人)が止めてくれたので一応ちゃんと収まった。その二日後また騒音が起きて、一度目の注意の時はアラビア系の男性のおかげでアルジェリア人は何も話さないまま、私はその場を去った。しか騒音が収まらず、二回目の注意の時にキレられる。

                            その次の日、アルジェリア人キッチンで会って挨拶をしたところ無視しかししばらくして返ってきて、何が問題なの?と聞かれた。「この建物が古いから小さい声でも聞こえちゃうし眠れない」と話したら「22時以降全くキッチンで話さないのは無理だけど、寝たいならそう言ってくれたらもうここでは話さない」とルールルールとは分かってないけど譲歩してくれた。「私は貴方のことを友達だと思ってるから」と言われハグしてなんとか向こうも妥協してくれたらしい。

                            しかしその次の火曜日、私が帰ってきて(先生の家に夕飯を食べに行ってて帰ってくるのが遅かった)挨拶をしたら共用スペースにいた人たち(例のアルジェリア人韓国人だった)が一気に黙る。誰も挨拶を返してくれない。何だろう?と思い立っていると、「ハローじゃないから」とアルジェリア人に言われる。

                            私「グッドイブニング?」

                            アルジェリア人「グッドイブニングじゃないから」

                            私「グッドナイト?」

                            アルジェリア人「グッドナイトじゃないから。自分の部屋行きなよ」

                            私「はあ……じゃあまたね」

                            アルジェリア人「またねじゃないから」

                            めちゃくちゃキレてる。何故か。そして誰も挨拶を返してくれない。その後無視され続ける。アルジェリア人とは部屋が近いのですがアルジェリア人が出てきた時にハローって挨拶したら普通にドアを閉められました。

                            なにがあったのか分からなかったので寮のスペイン人に聞いたところ、私が出かけている間に寮の担当スタッフのL(イギリス人)から話があったそう。私とあともう一人の日本人(キッチンの近くの部屋だった)が騒音で眠れないと訴えていたので23時以降キッチン洗濯機使用禁止というルールが新たに追加されたらしい。

                            この日から韓国人の寮生(4人)とアルジェリア人無視されるようになります。ちなみにアルジェリア人28歳、韓国人Aは23歳、Bは28歳、Cは21歳、Dは36歳です。私は21歳です。全員20歳超えて、さらには20代後半や35歳を超えている人がいるにも関わらず、あまりに幼すぎる行動にまず呆れました。そこの国の人全員が全員そうじゃないとは思うんですけどね。

                            その次の木曜日

                            10:55頃、キッチンの「11時以降キッチン使用禁止」の張り紙がはがされていることに気付きました。その写真を撮って担当スタッフのLにはがされていたことを報告。その後共用スペースでバカ騒ぎしている韓国人3人とアルジェリア人レコーダーをもって話を聞きに行く。

                            私「キッチン張り紙がはがされていたんだけどなんでか知ってる?」

                            韓国人A「うん」

                            直後、アルジェリア人がキレ始める。「何でここに来たの?」「部屋に戻りなよ」とめちゃくちゃにキレはじめ話しにならない。そのあと韓国人Bから「あの決まりは取り消しになった」と言われる。今まで散々無視されていたし今日担当スタッフのLと会った時にその話は聞いていなかったため本当なのか疑問に思う。依然としてキレているアルジェリア人。私が去らないのを知るとshitとかfuckとか言ってくる。怒鳴り続けられてめちゃくちゃ怖い。息が苦しい中で相手と会話を試みるも罵声は止まず「家に帰りなよ」「ここには貴方以外の人も住んでるんだからお互いを思いやらないといけない」みたいなことを言ってくる。罵声の中なんとか英語自分の思いを伝えようとするが英語が上手く出てこない、それでもなんとか伝えようとして、伝わらなかったので明日Lに聞いてみると言いその場を後にする。4人は夜1時半ごろまで騒いでいて、全く眠れなかった。録音ファイルを添付して今あったことをLにメールする。

                            翌日金曜日

                            スタッフのLに昨日のことを話す。あってまず一番、「身体大丈夫暴力振るわれなかった? 物は壊されてない?」とめちゃくちゃ心配してくれて、すごく親身になって私の話を聞いてくれた。録音を聞いて状況を理解してくれていたらしい。「あの寮に戻るのが怖い、戻りたくない」「すごく怖かった」「ルールを守らない人は相手の了承なしに追い出すって規約にも書いてある。追い出してほしい」ということを伝える。Lは近くにいたスタッフと私について話を始める。そのスタッフ否定的で「これは貴方だけの問題でしょ?」「ホームステイする気はないの?」と私が移動するような方向で話を勧めようとする。「それはおかしい。なんでルールを守ってる私が出ていってルールを守らない彼女らが残るの?」と反論し、Lも私の肩を持ってくれる。結果、「今日この後直接注意して、それで良くならなかったら追い出す」という結論に。

                            11時以降キッチン使用禁止キャンセルになったのは本当だった。Lより上のマネージャーから命令しかった。

                            しかしその夜、日本スタッフからメールで「今日の夜レジデンスの騒音の件で生徒同士での話し合いの場を設けるので来てください」とパブに呼び出される。「いやです」と返信する。その後詳しい話をするため電話をするが出ない。留守電に聞いたらかけなおしてくれと言うものの、結局帰ってこなかった。「必ず参加してください」とメールさらに帰ってくる。仕方ないから行くことにした。ここで行ったのは私の失敗だったと思う。

                            パブに行くと日本スタッフ韓国人スタッフがいた。韓国人スタッフは寮の台湾人を呼んだと言うが、日本スタッフは「台湾人の子も呼んだほうがいいんじゃない?」と言った。実際には台湾人の子たちには全く声がかけられておらず、結局呼んだのは私だった。騒音問題について話し合うからから来てという突拍子もないような連絡を仲のいい台湾人友達に送らされたのは正直めちゃくちゃ腹が立った。2人に声をかけて、1人の子は来てくれた。

                            アルジェリア人にも声をかけたらしいが来なかった。

                            韓国人ABCの3人と台湾人1人と私だったが、実質私対韓国人3人だった。最終的には私対韓国人日本スタッフ韓国人スタッフになった。これが最悪だった。

                            まずルールについて説明した。夜10から朝8時までは静かにしなきゃいけないルールがある。これは規約で、ここに来る前に配られてサインもしている。韓国人3人はそんなの知らないと声をそろえて言う。私が規約の紙を取り出して該当する部分を指さす。

                            韓国人A「そんなのは知らない、だって部屋にも置いてないし張り紙もないもん」

                            この韓国人Aがマジで非常識だった。韓国人全員規約読んでない時点で非常識だけど、この子が群を抜いてヤバかった。

                            韓国人スタッフにこれは常識的に読まなきゃいけないものから、それを読んでないと言うのはおかしいよとたしなめられる韓国人たち。それでも反論する。

                            韓国人A「私たち若いんだから10時は早すぎる」

                            日本スタッフ「でもこれはイギリス全土でも言えることで、この時間に騒いでいたらイギリスのどこに住んでいても怒られるよ」

                            韓国人A「でもここはイギリスじゃない。レジデンスでしょ?」

                            この発言を聞いて、私はさすがに意味が分からなかった。

                            私「そのレジデンスがある国はイギリスでしょ?」

                            なんとかそれを納得させる。そのあと、私の部屋の話になる。

                            私「10から8時の間だけ、キッチンで話すのをやめてほしい。建物が古いんだから全部聞こえるんだよ」

                            韓国人3人「それはできない」

                            私「なんで? 料理するのは話さなくてもできるでしょ」

                            韓国人B「私たち英語勉強するためにここにきてる。英語を話すのは大事なことだから

                            私「それはその時間外にやればいいじゃん」

                            韓国人C「それにそれはあなた1人の問題でしょう?」

                            私「キッチンの隣の部屋の日本の子も同じ問題を抱えてる。うるさいって台湾人の子も言ってた。騒音にはみんなが迷惑してる」

                            韓国人B「でも私たちはうるさい音は立ててない」

                            私「建物が古いからどんな声でも全部筒抜けになるんだよ。だからその間だけ喋らないでって言ってるの。うるさい音を立てちゃいけないっていうルールがあるでしょ」

                            韓国人B「だからうるさくないじゃん」

                            私「私が眠れないくらいの音は立ててる。日本の子も眠れてない。それをうるさいと言わないで何と言うの?」

                            韓国人A「部屋を移動したらいいじゃん」

                            私「建物が古いんだからどこに行ったって一緒。それに貴方たちがルールを守ればいいだけの話。私が部屋をうつる必要はないじゃん。10時が早いんだったら11時でもいいよ。その間はキッチンで喋らないで」

                            韓国人A「うつって見なきゃうるさいかどうかわからないじゃん」

                            韓国人C「私の部屋は静かだよ」

                            私「(そりゃお前が騒いでるからだろうな)だからそうじゃなくて貴方たちがルールを守ればいいんだよそれだけなんだよ」

                            韓国人スタッフ「でもまあ部屋うつって決めたらいいじゃん」

                            私「いやです、私が部屋を移る必要はないでしょう」

                            韓国人A「なんで嫌なの?」

                            ここらへんで話が通じなくなってくる。実質私対5人になって韓国人たちが「私たちも静かにする努力をするから貴方も部屋を移るべき」みたいなことを言ってくる。私は「ただ貴方たちがルールを守ってくれればいいだけ」と言うも通じない。みんなそれぞれ古い建物の中で住んでいて結構な人が結構な頻度で眠れない生活を送っている。それはキッチンの隣の部屋も日本の子からから台湾人の子からも聞いていた。

                            韓国人A「それに昨日あなたが言ってたこともよく分からない。もっと言いたいことはちゃんと言いなよ」

                            というのも話している最中に言われた。昨日怒鳴られている最中のことだ。罵声を受けながら、たった1人対4人のなかでハキハ英語を話せるほど肝は据わっていない。それでもなんとか伝えようとして話していたのにこのざまである。もう駄目だと思い。日本スタッフ日本語で話すことにした。

                            私「私はルールをただ守ってほしいだけです。ただそれだけがなんでできないんですか?」

                            日本スタッフ「でもキッチンでしゃべるなっていうルールはないよ」

                            私「10時以降うるさい音を立てちゃいけないっていうルールはあります

                            日本スタッフ大人なんだからそれくらい自分で加減できるよ皆」

                            私「うるさいかどうか決めるのは聞き手です」

                            日本スタッフ「みんなここに英語を話しに来てるんだし、人がいて全く喋らないで料理するのは無理だよ。息するなっていうのと一緒。それにうるさいかどうかは人によって違うんだし」

                            私「だからそれを決めるのは聞き手でしょう」

                            日本スタッフ「極端な話隣の人の鍵を開ける音がうるさいから夜出かけるなって言われたらそれはおかしいでしょう」

                            私「共同生活なんだしある程度の我慢必要です。それに門限があるならそれに従いますよ」

                            日本スタッフ文化の違いもあって夕飯が遅い国の人もいるんだよ」

                            私「ここにきている以上ある程度はこっちの文化に合わせるのは当たり前です。完璧自由じゃないのも当たり前です。共同生活なんですよ」

                            日本スタッフ「でもそれでなんでもかんでも縛っちゃったらそれも嫌でしょ」

                            私「でも今あるルールは守るためにあるんでしょう。キッチン11時以降使用禁止も何故キャンセルになったんですか?Yさんのキッチンのすぐ横の部屋がある以上あのルールキャンセルすべきじゃなかった」

                            日本スタッフ「でもあのルールキャンセルになったから」

                            私「迷惑してるんです、眠れないんですよ」

                            日本スタッフ「でもこれはお互いの歩み寄りが必要案件で……」

                            もう何も話が通じない。30分とか3045分とか話したと思う。でももう繰り返しだった。日本スタッフ韓国人スタッフも波風を立てないことしか考えてない。諦めた。表面上謝って私も部屋を移動してみると言ったところ、韓国人Aからまたもや何か言われた。

                            韓国人A「5分とかだったら見逃して。注意した後1分毎に来るのはやめて。耐えて」

                            流石に私がキレそうだった。

                            私「でも睡眠が一番大事なことだと思ってるから、眠れなかったら言いに行くからね」

                            それはなんとか言った。眠れないのをどうやって耐えろと言うのか。

                            そのあと表面上笑ってお酒を飲んだ後、帰ってから死ぬほど泣いた。悔しかった。

                            そのあとLに「どうだった?」とメールで聞かれて、「私は全く納得していない。私はただルールを守ってくれと言っていただけなのに、眠れないから眠れる環境を整えてほしい。それだけだったのに数によって潰されてしまった。スタッフ事なかれ主義だ。私の気持ちなんて考えてない。面倒事を避けることしか考えてない。でも貴方には感謝している。貴方が親身になって話を聞いてくれて嬉しかった」と返信した。Lから返ってきた返信はこうだった。

                            「私も今の状況には納得していない。貴方を助けようとしたけど、もう私はあの子たちがお行儀良くなるのを信じるしかできない。でも貴方が動く必要は全くない、貴方は全く間違ったことをしてない」

                            私は自分のしてきたことが間違ってなかったと、少し安心した

                            この日以降、私への嫌がらせエスカレートした。アルジェリア人韓国人Dは完全無視。A,B,Cはすごく乱暴挨拶は返してくれるみたいな感じでした。キッチン料理をするため道具をとりに行こうとするとアルジェリア人に「あっち行きなよ」と言われ、韓国人たちはクスクス笑っていたり、韓国人たちは新しく来た生徒に「変な日本の子いるから気を付けてね」と言っていたり、本当に最悪だった。21歳にもなって、しか留学に行ってこんな子供じみた嫌がらせを受けるとは思わなかった。

                            部屋を移動しなきゃいけなくなり、移動している最中隣の部屋に住んでいる台湾人の友人(パブには来なかった方の台湾人)に「どうしたの?」と話しかけられ、耐えきれず号泣しながらこのことを話した。友達は私のたどたどしい英語でもちゃんと話を聞いてくれた。そして友人は私と同じクラス台湾人の子(別の寮にいる)に私のことを話したらしく、次の月曜に学校に行くと「大丈夫?何か手伝えることある?」と尋ねられる。「もう何しても無駄だろうから」と答えるも同じクラスの友人はそのことを先生に話してくれて、話をもう少し上にあげてもらえることになる。

                            先生の助けを借りて、今までのことを話しあの日本人スタッフのことはもう信じられないと話す。その後日本スタッフと話すことになり、「貴方たちがあの時ああ言った話し合いの場を設けルールを守ってない生徒たちの肩を持ったことで小さな嫌がらせエスカレートした」ということを伝えるも、

                            「あの先生は寮の担当じゃないのでなにかあれば私たちに話してください」

                            「あの話し合いはそもそも会話をしたこともないのが問題だと思ったからそういう場を作るべきだと思った。実際一度も会話をしたこともなかった人もいたでしょ?」

                            「ああいうのを録音するのはどうかと思う。録音される側はそれを自由にできないし、自分だってされたら気分が悪いでしょ?」

                            とまあもうどこから突っ込んだらいいかからないようなことを言われる。2回ほど話し合い、私はその中で10回くらい「貴方たちが対応を間違えたせいで私は嫌がらせを受けている」ということと15回くらい「もう耐えられないから今週中に何とかしてくれ」と話す。期日を設け、それまでに対応してくれと言い、最終的に対応を間違えたせいで嫌がらせを受けた件については謝罪を受けたが、これから先に起こることでまた言い訳をされました。

                            続き→https://anond.hatelabo.jp/20180919161819

                            2018-09-17

                            小学生とき一番嬉しかたこ


                            私は運動が苦手で走るのも遅くて運動会が苦手だった。でも絵を描くことだけは自信があったから、赤組白組でそれぞれシンボルマークを生徒が描いて投票で決めるって知ったとき徹夜して絵を描いた。

                            私は赤組だったから「火の鳥」を描いた。図画工作で使うような簡単な絵の具しか使わなかったけど、30作品の応募があったなかで圧倒的に大差で1位を受賞した。運動会当日には体育館の外壁に私が描いた火の鳥がでっかく貼り出されていて、本当に嬉しかった。何より親や祖父母も運動会に来てくれて私が描いたシンボルマークをいっぱいいっぱい写真に撮ってくれた。100m走はビリから数えたほうがはやいくらい悪い結果だったけど、それより何より家族が私の絵を観て褒めてくれてくれたことが嬉しかった。それから運動会は私にとって楽しみなイベントになった。せっかくなら100m走でも1位になりたいと思って、走る練習もした。そしたら翌年の100m走で初めて1位をとれた。私にとって運動会は小学校で一番好きな行事になった。

                            少し時間が経ってからあることを知った。シンボルマークの生徒から公募提案したのは当時の図工の先生だったそうだ。なんでも「運動会で輝けない生徒達にも活躍の場を与えて行事を楽しんでほしい」という思いがあったそうだ。

                            私が中学に入りその後の離任式に参加したときにその図工の先生からその話を聞いて、「私に居場所をくれてありがとうありがとうございます」と号泣してしまった。

                            それからいくつかの絵のコンクールに応募してたまに賞を取れていたりする。私が絵を好きになれたこと、努力が報われる喜びを教えてくれたのは紛れもなく図工の先生だった。

                            もう定年退職しているかもしれないけど、またどこかで会えたらありがとうって伝えたいな。

                            ドラマ版「この世界の片隅に」素晴らしい作品でした...「この世界の片隅に」でさえなければ

                            この世界の片隅に」のドラマ版が今週日曜最終回を迎えた。自分にとっては呉旅行に行く前日に見てドハマリし道すがら原作コミックも買い、舞台となった街を散策できた思い出深い作品だった。

                             映画版では尺の都合から削除せざるを得なかったリンさんとの物語もしっかり描かれ、さら原作であまり描写されなかった近所の人々にもしっかり焦点が当てられ、よりボリュームのある物語に仕上がっていたと思う

                             各話も緩急を付けて見どころを設けすずさんと周作さん、二人の関係性も深く描くことに成功していた

                             アイスクリームのシーンは二人の仲睦まじさが伝わり絆が深まる姿を丁寧に描いていて「砂糖の配給が停止になって、闇市で配給の50倍の金額取引されてる時期にアイス食うのはいくらなんでも不自然すぎる」という違和感もまぁ気にならないレベルに収まっていたと思う

                             いままで現代編については否定的意見もあったが、最終的には今現在そこにいるすずさんを描く形に集約し映画とは違った余韻のある良い最終回を迎えたと思う

                             途中どうしても見ることができなかった回はあったが

                             概ねドラマとして大成功の部類だろう。ネットでの評判も上々でツイッタで感想検索しても「泣いた!」「感動して目が腫れ上がった」「ラストにはほっこりした」と大絶賛だ

                             実に素晴らしい作品になったと思う

                            …これが「この世界の片隅に」でなければ

                            実のところ第一話が始まってから猛烈な違和感を感じてこれは本当に「この世界の片隅に」なのか疑うくらいだった

                            最初違和感は兄洋一の出兵が決まったシーンでの家族のやり取りで母親であるキセノが涙を流したことだった、ここで泣くのは「この世界の片隅に」としては違和感があった 

                            それ以降でも北條家へ嫁ぐことが決まった前日に不安母親に漏らし泣き始めるすず

                            2話以降でも、広島産業奨励会館前で周作が子供の頃ばけもんに誘拐されたとき一緒にいた少年だったことに気がついてすずは涙を流し

                            それ以降も母親との別れを告げるすずの甥に当たる久夫が帰り道涙を流し、洋一の戦死の報を受けて石一つしか入ってない骨壷を抱きかかえて母親号泣

                            毎話毎話何かにつけて涙を流していた

                            自分にはこれが猛烈に違和感に移り最終話前の話まで見るのを止めてしまった

                            原作で涙を流したシーンはギャグとしてオチに使った空襲で義父円太郎がすずさんと晴美さんを庇ってそのまま寝てしまった回を除けば

                            晴美さんが亡くなった時限爆弾の回と終戦ときだけでそれは意図的にそうしているのだ

                            戦中においては、自分たちが正しいことをやってるからこそ理不尽暴力には屈しないって共通した考えがあったからこそ人前で泣くことはせず(時代的に人前で泣くと反戦を疑われてしまうって事情もあった)

                            その日常を支えていた信念が飛び去ってしまい、自分たちの耐えてきた日々が誰かを犠牲にした上に成り立っていたことに気がついてしまたからそこで涙を流し

                            戦後は居なくなっていった人たち会えない人のために自分笑顔の入れ物になりたい、なによりも泣いたら勿体無いという気持ちから泣くことを止めるのだ

                            それは作中物交で漁村に向かう帰りの道すがら刈谷さんと話す中で

                            「生きとろうが死んどろうが もう会えん人が居って ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある

                            うちはその記憶の器としてこの世界にあり続けるしかない」

                            「晴美さんとは一緒に笑った記憶しかない じゃけえ笑うたびに思い出します」

                            「泣いてばっかりじゃもったいない 塩分がね」

                            という会話でも明らかで

                            このセリフは「この世界の片隅に」のテーマだと思う

                            辛い時代の中戦中耐えてきた理由、それが飛び去った後また泣くのを止めた理由

                            そこは物語を描く上でいちばん重要ポイント原作を読んだ人や映画を見た人なら違えることはない

                            翻ってドラマ版だ

                            ドラマは泣く、事あるごとに泣く、誰もが皆辛い時には涙を流す

                            ドラマで泣いて泣いて泣く理由一般視聴者向けにわかやす表現にしたから、とか実写にするにあたって原作映画の通りだと不自然に見えるからという改変なら良かった

                            脚本担当原作をあまり理解していなくて、分かりやすドラマに組み直した結果だったのなら許せたかもしれない

                            脚本家は原作の内容を理解してそのテーマもわかった上でそれに対してダメ出しして改変したのだ

                            最終回をすずさんと義母のやり取りでこんなセリフがあった

                            「泣いてええよ、我慢せんでええ、ここはあんたの家なんじゃけえ、我慢したらおかしくなるよ」

                            原作のやり取りとは真逆セリフ

                            ここで理解った

                            脚本家はテーマを違えてたわけでも、分かりやす安易な改変をしたわけでもない

                            テーマについて理解したうえでそのテーマに、「この世界の片隅に」が「この世界の片隅にである根幹にノーを叩きつけてるのだ

                            はっきり言えば脚本家は「この世界の片隅に」が嫌いだったのでは無いかとさえ思う、少なくとも作品重要ファクターの一つについて否定的だったのは間違いないだろう

                            結果的に見ればドラマ大成功の部類で多くの人の心に残る名作となった

                            でもこれは「この世界の片隅に」ではないし、「この世界の片隅に」を否定する物語

                            もちろんそれが必ずしも悪いわけではないし原作好きな人にもドラマ版に満足してる人もいるだろう

                            ひょっとしたら原作が嫌いだったかドラマ版の改変でようやく自分の求めてるものが出てきたって人もいる

                            少なくとも真逆のことをやって多くの人の心をうった名作を作った脚本家の実力は極めて高い

                            からこそ原作否定するのならオリジナル戦争ドラマ勝負すればよかったと残念でならない

                            おそらくそちらのほうがずっと名作になったのだろうから

                            2018-09-14

                            物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

                            物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

                            死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

                            母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

                            後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

                            とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

                            幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

                            周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

                            書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

                            小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

                            唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

                            うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

                            和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

                            当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

                            けっこう対立してる組織だったのね。

                            対立組織に属する夫婦、すごい。

                            私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

                            親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

                            当然親からは殴られた。それでも反抗した。

                            そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

                            父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

                            三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

                            でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

                            「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

                            「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

                            父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

                            言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

                            母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

                            その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

                            そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

                            ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

                            首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

                            その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

                            私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

                            母は号泣していた。

                            この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

                            あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

                            いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

                            そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

                            ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

                            中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

                            唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

                            寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

                            両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

                            私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

                            そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

                            翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

                            蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

                            思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

                            あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

                            「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

                            「…二時間くらい。」

                            「何とかしたいと思う?」

                            私は静かにうなずいた。

                            その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

                            私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

                            治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

                            治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

                            鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

                            精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

                            そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

                            ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

                            高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

                            「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

                            この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

                            不思議なことに落胆はしなかった。

                            あきらめていたんだと思う。

                            高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

                            高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

                            夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

                            国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

                            東の空が明るくなった。

                            夜明けだ。

                            夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

                            そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

                            月と太陽が同時に見えた。

                            その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

                            けっこうな時間泣いて、家に帰った。

                            この時は特に家族から怒られることは無かった。

                            そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

                            不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

                            希死念慮だけは消えてなかった。

                            主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

                            実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

                            大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

                            大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

                            2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

                            仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

                            そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

                            今度の病名は統合失調症

                            そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

                            統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

                            しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

                            そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

                            その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

                            引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

                            病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

                            そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

                            自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

                            そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

                            私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

                            これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

                            あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

                            そして現在に至る。

                            今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

                            しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

                            疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

                            人生いろいろあるよねってお話でした。

                            ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

                            お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

                            2018-09-12

                            ワタシのいちばん長い一日

                            anond:20180906085723

                            「いってらっしゃい。お仕事頑張ってね。お土産楽しみにしてるわ。」

                            結婚五年目の妻は笑顔で私を送り出した。

                            そう。今回のシゴトは、私の一生を掛けた大仕事最後までわずかなミスも許されない。

                            大手機械メーカー大阪支社に勤める私は、大分県別府市内に建設計画中の工場案件の全てを任されている。

                            サマータイム導入から10年。すっかり国力の落ちた日本では、ベトナム工場を作るよりも国内に作った方が

                            輸送費等の兼ね合いで安く済んでしまう。AIによる製造工程自動化が進んだ結果、人件費無視できるレベルに抑えられたのも大きい。

                            だが、それが一番の問題でもある。

                            雇用を産まない工場地方にどれだけ敬遠されているのか、経営陣は本当に分かっているのだろうか…。

                            私はこの2年間、何度も別府市に行き、地権者から商工会関係者、市会議から市長まで接待を繰り返した。

                            接待というものは、される側にはとても気持ちのよいものだが、する側の味わうストレスは大変なものである

                            そんなストレスを解消するために、ある時より別府から大阪への帰路にフェリーを使うようになった。

                            別府 19:35 発~大阪 翌朝 7:35 着 のさんふらわあ号12時間の旅は、翌朝会社直行するのにちょうどよい時間であったのと、

                            市街地の明かりが全く見えない海上で甲板から見上げた星空の美しさは言葉では表せない素晴らしいものであったのだ。

                            半年ほど前からは、携帯式の反射式望遠鏡を購入し、甲板からつかの間の天体観測を楽しむようにしていた。

                            フェリー船長は、そんな私に気を利かしてくれて船の常夜灯を最小限の明るさに抑えてくれた。


                            その日は、数々の環境確保条例クリアして工場着工に関する最終認可を別府市から得ることに成功し、

                            この2年間の苦労が報われた本当に長い1日だった。

                            もちろん、工場建設が始まれば、後は全て現場任せにできるという簡単ものではない。

                            すべての設備が導入されて、最初製品が出荷されるまではまったく気が抜けない。

                            はいものように甲板から星を眺めつつ、これから仕事に対して、改めて、自分自身気合いを入れるのであった。


                            朝 7:40 頃、私は大阪南港のフェリー乗り場の近くでタクシーを捕まえて会社に向かった。

                            気の良さそうなタクシーの運ちゃんフェリーでの天体観測の話をしたのち、夜間、誰にも邪魔されないように切っていたスマホの電源を入れたところ、5分と経たずして、電話が鳴った。

                            警察から掛かってきたその電話は、妻の非業の死を告げるもので、自宅での現場検証に立ち会ってほしいとのことだった。

                            私はひどく狼狽し、しどろもどろになって、タクシー運転手に自宅の住所を告げた。



                            朝 8:10

                            自宅周辺に張られた規制線のそばで私を出迎えたのは、よれよれのコートを着た冴えない中年刑事だった。

                            刑事「このたびは、まことに…なんといいますか、奥さまが亡くなられたことにお悔やみ申し上げます。」

                            私「社交辞令はいいので。いったい何が起きたのか教えてもらえますか?」

                            刑事「ん~。あたしもまだ詳しいことはさっぱりなんですがねぇ。。。

                            分かってるのは、朝6時半に親切な牛乳配達員が、玄関そば牛乳箱の周りの血痕に気づいて、不審に思って半開きのドアを開けたら血だらけになった奥さまを発見して通報したことだけ。」

                            私「なるほど。その配達員第一発見者なんですね。

                            配達員は妻からなにか最後言葉とか犯人の特徴とか聞いてないんですか?

                            救急隊員の人も何か一言でも聞けてないんですか?」

                            私は犯人に繋がる情報が無いかと夢中になって尋ねた。

                            この程度のことは警察だってとっくに聞いているに違いない。

                            それでも尋ねずにはいられなかったのである


                            刑事「ん~。この出血量だとねぇ。。心肺停止と言っても即死みたいなもんだからねぇ。。どうなのかなぁ。。」


                            要領を得ない刑事言葉に少しイラッとしたが、玄関から廊下の奥まで広がる血の海は、

                            被害者即死であったことを証明しているようなものである

                            配達員は間違いなく何も聞けていない...。


                            その後、警察は自宅内に残された犯人指紋を探すとのことで、家人である私は鑑識に指紋を採られた。

                            自宅に出入りした可能性のある人物を聞かれ、親族と妻の友人数名の名を挙げた。

                            おそらく彼らの指紋も照合されるのだろう。


                            室内には荒らされた形跡があり、盗まれたと思われる妻の財布や貴金属、通帳などいくつかを警察に伝えた。

                            窓や勝手口などの出入り口については、1ヵ所ずつ状態確認し、普段の施錠状況と合わせて異常の有無を説明させられた。

                            勝手口の鍵が掛かっていなかったこから犯人はそこから出入りしたとも思われる。


                            例の刑事は、「あのー。大変聞きづらいんだけど。。これ。おたくさんの?」

                            と妻の寝室のゴミ箱から取り出した使用済みコンドームを振って見せた。

                            私「…。その。。妻とはずっと、レスでして。。。」

                            刑事「あー。そう。」

                            しばらくの沈黙後。

                            刑事奥さん不倫してたりする?」

                            私「分かりません。涙。」



                            仕事大成功した翌朝に妻を殺されて、その直後に妻の不貞が発覚したとき、夫はどんな顔をすべきなんだろう?

                            何カ月も前からこの瞬間について考えていたのだが結局分からなかったので、私は泣くことに決めた。

                            全ては計画通りに進行しているので、本来、喜ぶべき時なのではあるが...。


                            昼13:30。

                            午後になると、私は警察署に連れて行かれ、妻の遺体と対面した。

                            ・・・おまえが全て悪いんだよ。私が心血を注いで集めたコレクション二束三文で売り払ってしまうなんて。)

                            ・・・結婚前にもお互いの趣味について尊重するとあれほど約束したのに。。)

                            ・・・プレミアのついた「レイカは華麗な僕のメイドフィギュアをいったい、いくらで買ったと思ってるんだ・・・

                            無言の妻を前にして、言いたいことは山ほどあったが、私は沈黙を貫き、ひたすら号泣した。


                            遺体確認後は、別室に連れて行かれた。

                            刑事ドラマでみかけるような取調室とおぼしき部屋で待っていたのは、あの刑事だった。


                            刑事「あのーですねぃ。ひじょーに聞きづらいことなんですが。。

                            これは捜査の一環として、どうしても関係者一人ひとりに確認しておかなければならないことがありまして。」

                            歯切れの悪いその言葉に、私は思わず

                            アリバイ・・・ですか?」

                            と尋ねた。

                            刑事「そうなんです。

                            べつにあなたを疑ってる訳じゃなくてね、容疑者から除外するために必要と言いますか、聞いておかないとあたしが怒られちゃうんで・・。」

                            私「はぁ..。私は昨日の夜19時半に別府港でフェリーに乗って、今朝7時半に大阪港に着きました。それからタクシーで家に戻りました。これでいいですか?」

                            おもむろに財布にしまってあった、フェリー乗車券の半券と大阪から自宅まで乗ったタクシー領収書を取り出した。

                            半券には 19:35発 7:35着の文字がくっきり書かれている。

                            間違いなくフェリーに乗っていたことは、天体観測している様子を見た船員が証言してくれる。

                            領収書は自宅到着時の印字時刻しか書かれていないが、タクシー会社は何時何分に客を乗せたか記録しているはず。

                            まり、私のアリバイ完璧なのだ


                            半券と領収書コピーを取られたのち、返却された。

                            刑事は、私のアリバイ以外にも妻の普段生活習慣のことや近所付き合い、最近のなにげない出来事まで、こと細かく聞いてきた。

                            一通り聞き終えた刑事は満足したようで、ようやく私は質問責めから解放された。


                            私が取調室を出て帰る瞬間、刑事は「すみません。あと1つ。」と呼び止めた。


                            刑事おたくさん、お持ちのスマホは1つだけ?個人用と会社用と別に持ってない?」

                            私「うちの会社経費節減会社専用の携帯支給されてないんですよ。個人スマホ代用して仕事で使った通話料だけ請求するカタチなんです。」

                            刑事「あらま。実は、これから関係者電話通信記録を調べようと思ってましてね。もし犯人奥さんの知人だった場合過去に一度くらい電話してるかもしれないでしょう?見落としがあるといけないので聞いてみたんですわ。」

                            刑事「それにしても最近スマホはすごいもんですなぁ。うちのかみさんスマホを忘れた時なんて、パソコンちょちょっと操作するだけですぐに置き忘れた場所が分かっちゃったんですよ。」

                            ・・・何を言ってるんだこの刑事は。。。)

                            私「GPS機能ですね。便利ですよね。」

                            私は適当言葉を返し、刑事に別れを告げて自宅に戻った。

                            あの刑事は私を疑っている?

                            かみさんの話は私にカマを掛けたものかもしれない。ちょっと面白くなってきた。

                            最新のスマホ複数基地局と同時に通信するため、およその居場所通信局のログに残ってしまう。

                            から私はフェリーに乗る時にスマホの電源を落とした。念には念を入れて、スマホアルミ箔で包むことで

                            完全に電波遮断したので、スマホの移動履歴からアリバイを崩すのは不可能だ。


                            夜18:00。

                            自宅のリビングソファに座り、長かった今日一日の出来事を考えていると、うとうとして眠くなってきた。

                            昨夜から一睡もしていなかったことを思い出してしばらく仮眠をとることにした。







                            ドンドンドン

                            ドンドンドン

                            23時過ぎに、リビングの窓を叩く音で目が覚めると、外にはあの刑事が居た。

                            刑事はどうしても確認したいことがあるとのことで、しかたなく私はリビングに招き入れた。

                            刑事「昼間聞いた、おたくアリバイなんだけどね。もう一度、説明してもらえる?本当のところを。」

                            私「はぁ..。私は昨日の夜19時半に別府港でフェリーに乗って、今朝7時半に大阪港に着きました。それからタクシーで家に戻りました。これで満足ですか?」

                            財布から改めて証拠の品を取り出す必要は無かった。

                            既に刑事が持参したコピーテーブルの上に置かれていたので。


                            刑事「でもねぇ。昨夜はサマータイムの切替え日だったでしょ?夜中に時刻が2時間巻き戻ってるよねぇ?」

                            コピー用紙の上に鉛筆時系列タイムラインを描いた刑事は、

                            夜19時半から航行時間である12時間後が何時になるのか?これ見よがしに数えてゆく。

                            刑事「1,2,3,4・・・12。ほらね?大阪港に着くのは今朝の5時半だ」


                            刑事「5時半に着いて、7時40分のタクシーに乗るまでの約2時間おたくはいったいどこで何をしていたんです?

                            その行動を合理的説明できますか?」


                            冴えない刑事の目が、一瞬、狼の目のごとく鋭く光ったように感じた。

                            私「・・・。いつから私を疑っていたんです?」



                            刑事最初からだよ。

                            あんたに出会った時、あたしは配達員通報したとだけ伝えた。

                            警察通報したとも、救急通報したとも言ってない。

                            なのに、あんたは救急隊員の話を聞いてきた。

                            それでピンときたね。

                            あれ?この人、もしかして奥さんが運ばれている様子を見ていたのではと。」


                            私は確かに現場をずっと見ていた。

                            から無意識救急隊員という言葉を口にしてしまたことを思い出した。

                            迂闊だった。

                            私「そんなことで・・・



                            刑事「そうだよ。

                            5時半に着いたあんたは、バイクか何かで自宅に戻り、6時過ぎに奥さんを殺した。

                            毎朝6時半に届けにくる配達員にわざと死体発見させたのを確認して、7時半には大阪港に戻った。

                            違うかね?」











                            …素晴らしい。完璧だ。

                            …およそ完全犯罪というものは、良きライバルに巡り合えてこそ、真に完成するというものだ。

                            …この刑事には、「ナニワのコロンボ」という称号を与えよう。

                            …だが、君がたどり着けるのはそこまでだ。

                            私は自分勝利確信した。





                            私「そんなことで。そんなくだらない妄想で、今日一日。初動捜査の貴重な一日目を無駄にしたんかっ」

                            私「この一日の間に真犯人絶対まらないところへ逃げおおせたら、いったいどない責任とるつもりやねん」

                            私「大阪府警の恥さらしめ」

                            顔を真っ赤にした私は、自分もびっくりするほどの大声で刑事に怒鳴りつけた。


                            私「お前はなんもフェリーのことが分かっちゃいない。

                            旅客フェリーはな、ただの輸送船とはちゃうんやで。

                            サマータイム切替え日には、航行時間を10時間にしたり、14時間にすることで

                            時刻の辻褄をあわせてるんや。ほら、ここよくみいや。」

                            フェリー会社の「よくあるご質問」ページをスマホで開いて見せた。


                            Q:サマータイム切替え日の乗船/下船時刻はどうなるのでしょうか?

                            A:海上での航行時間(速度)で調整しますので、時刻表通りとお考えください。


                            無慈悲な一文が、刑事の考えた時刻表トリックをあっさりと打ち砕いた。

                            私「信じられんなら、明日フェリー会社に問い合わせてみるといい。

                            船長も船員も乗客も、そうじのおばはんも、み~んな朝7時半に着いたと証言するわっ。アホめ。

                            もうお前が私を疑っていると分かった以上、今後はいかなる質問弁護士を通してもらうからな。

                            それよりも、上の人間に話をして捜査を代わってもらう。

                            こんなクソの役にも立たない捜査官なんて、もう二度と顔もみたくないわ。」

                            思いつく限りの罵倒刑事に浴びせて追い返した。



                            これから先、あの刑事がどこをどう調べても私のアリバイが崩れることは無いだろう。

                            だって、私は本当に19:35発~7:35着のフェリーに乗っていたのだから

                            アリバイ崩しをあきらめて、寝室で見つかった精液の持ち主を追い始めてくれたらそれで十分だ。

                            私が出張先の風俗店ごみ箱から拾った精液の持ち主がどうなろうと知ったことではない。


                            23:55。

                            私は自分の寝室に戻り、省電力モードで待機しているメイドロボットレイカスイッチを入れた。

                            レイカ「お帰りなさいませ。ご主人様」

                            永遠の17歳自称する人工音声が甘い声で話し始めた。

                            私「今日は本当によくやってくれた。心から感謝するよ。」

                            レイカ「ワタシもお役に立てて光栄デス」

                            魔改造を重ねられたレイカは、どんな命令もこなせる最強メイドだ。

                            もちろん夜のサービスだって完璧だし、アイ・カメラから映像ネット経由で遠隔地に飛ばすことも可能

                            完璧メイド完璧仕事をさせる。夜のいちばん長い今日執行日に選んだのはそれが理由だった。

                            今日から、死が二人を分かつまで、彼女との二人きりの甘い生活が始まる。

                            妄想で頭をいっぱいにした私は、レイカの柔らかな胸に顔を埋めつつ、深い眠りにおちるのだった。(終








                            -------------------------------------------------------------------------------------------

                            参考)

                            フェリー

                            https://www.ferry-sunflower.co.jp/route/osaka-beppu/time/

                            レイカ(フィギュア)

                            http://my-s-maid-reika.sakura.ne.jp/figure/index.html

                            レイカさん、良いですよねぇ。

                            原作は1冊のみで完結なんですが、番外編としてぐすたふ先生ご本人の同人誌が続くようでファンとしてはうれしい限りです。

                            最近、ミクさんと結婚された男性話題になってましたけど、私が結婚するなら絶対レイカさんが良いデス。

                            タイトル原案

                            http://b.hatena.ne.jp/entry/370544145/comment/gabill

                            本作のタイトルレイカさん視点です。

                            脚本原案

                            http://b.hatena.ne.jp/entry/370569310/comment/tetsutalow

                            https://anond.hatelabo.jp/20180907005441

                            時刻表トリックめっちゃ難しいですね。

                            「19:35発」と書いた時点ですぐに、サマータイム時間のズレがぁぁ

                            アリバイが崩れて不可能だった犯行可能にぃってバレバレじゃないですか。

                            少しひねって、サマータイムの時差で2時間分の余裕ができたが、犯行必要なのは時間。残り1時間はどうやって?

                            としたら、ただの時刻表トリックと変わりなくなってしまいそう。

                            アリバイは崩れたけど証拠が無いよ系を面白く書くにはショートショートでおさまらいかなと。

                            それから、本作のオチについて。

                            推理モノなら、家宅捜索の時点で埃を被って動かないレイカさんが出てくるべきなんでしょうけど、

                            ただのどんでん返しなので省略しました。

                            最初草案では、正統派コロンボのように、天体観測趣味なのに関連する書籍本棚に少なかったり、荒らされた部屋の紛失物をすらすらと言える姿に疑いを深めてゆきます

                            最後に、奥さまの体内のチタンプレートにこんな傷を負わせられるのはロボットしか居ない。とか、あなたロボットの目を通してしか現場を見ていなかった。だからこんなケアレスミスをしたんだ。

                            みたいなことを考えていたんですが、これだと、魔改造によってロボット原則を破れるようになったレイカさんは破壊処分されてしまます

                            それが嫌でこうなりました。

                            2018-09-11

                            おばあちゃんの夢を見た

                            病気で苦しみながら亡くなったおばあちゃん

                            もう1年になるけど、未だに思い返すことがある。

                            今まで夢に見たことがなかったのに

                            初めておばあちゃんの夢を見た。

                            夢は色鮮やかで、夢じゃない現実のように思えるものだった。(通常はモノクロ風に見える)

                            おばあちゃんが病室でニッコリ笑っていて

                            私はおばあちゃんにすがり、「結婚式見せられなくてごめんね!!!!」と号泣していた。

                            おきて、メチャクチャ辛かった。

                            現在同棲中で結婚予定なのだけれど来年まで相手親の諸事情により顔合わせができず

                            色々モヤモヤしているためにこんな夢を見てしまったのかもしれない。

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