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はてなキーワード: 号泣とは

2017-10-21

V6が私を救ってくれた

高1の秋頃、学校に行くのが嫌になった。

通学途中の駅のホームに立てば、ここから飛び降りたらどうなるのだろうと思っていたし、学校が近づくに連れて心臓が破裂しそうなくらい音を立てて速くなった。

頑張って通っていたけど回復の兆しは見えなくて、朝決まった時間に起きれなくなったり、学校のことを考えると吐くようになったりした

私は学校へ行かなくなった。立派な不登校のできあがり。

外に出れば誰か知っている人に会ってしまうかもしれないし、昼間家にいると近所の人に自分がいることが気づかれてしまうのが怖くて自分の部屋のカーテンを閉めきって、出来るだけ音を立てずに暮らしていた。

そのころの唯一の趣味といえば、イラク戦争から帰ってくる軍人サプライズ家族を訪ねる動画YouTubeで観ることだった。感動なのかわからないけどその動画を見てると泣けてきて、今思えば自分以外のことで泣く理由が欲しかったんだと思う。

何もしないで1日を過ごしてたから、学力も当然落ちていったし、友達ほとんどいなくなってた。

自分が荒んでいくのがわかってたけど止められなかった。現実地獄なら地獄は何だ。どうせ今が地獄なら死んでも変わらないだろう。いや自分地獄に引きずり込んだやつを殺してから死のうと思ってた。

そろそろ死ぬかと考えているとき学校から呼び出された。狭い教室教頭学年主任担任と私の4人で、出席日数が足りないからこの場で退学か休学か選んでって言われたから退学を選んだ。どうせ死ぬつもりだったし。

その帰りの電車の中で1つの区切りがついたことだし死ぬための準備を始めようと思って、LINE友達から死ぬ前に会いたい人だけを残して他を削除した。200人から40人ぐらいまで減らしたと思う。40人の中に消すか迷っている子がいて、中学同級生で凄く仲が良かった子だった。その子ホーム画面がV6で、彼女の好きなものを見てから消すか判断しようと思った。今でも何でそう思ったのかは分からない。

退学が決まったその足でTSUTAYAに行ってV6アルバムを買った。どれを買えばいいのか全く分からなかったから、Bestって書いてあるVeryBestを買った。

まぁ聞いたことある歌もあるなぐらいで飛ばし飛ばしで聞いてたけど、1つの歌で信じられないくらいに泣いていた。

太陽のあたる場所」という歌だ。あれだけ自分はもう死ぬって決めてたのに、それを聞いたらやっぱりやめようと思ってた。図々しいけど、私のための歌だと思ったしこんな私でもV6応援してくれるって思った。本当に図々しいね

太陽のあたる場所 歌詞

http://j-lyric.net/artist/a001a50/l00a954.html

それからずっとその歌を聞いてた。朝から晩まで延々と聞いてた。聞いても聞いても飽きなくて今度はV6動画ネットで漁った。ライブが見たくてDVDを買いたかったけど、お金がなかったか飲食バイトを始めた。朝に起きる理由ができた。車の免許は持っていなかったから歩きでバイト先まで行くようになった。健康的になった。稼いだお金貯金しながら、過去に出てるV6作品を買う日々を続けていた。

そんなときV6ライブが行われることを知った。絶対に行こうと思って初めてファンクラブというものに入った。1人で行くのは寂しかたから、ホーム画面がV6の子を私から誘った。その子OKしてくれて2人で行った。行きの電車から共通の好きなもの話題で盛り上がって凄く楽しかった。

ライブが始まった途端に私は号泣していた。私を救ってくれた人が目の前に存在している事実が嬉しくて泣いた。私を救ってくれた人たちが私を救ってくれた歌である太陽のあたる場所を歌っていて泣いた。MC面白い話を聞いて自然に笑っている自分にびっくりして泣いた。ライブが終わる頃になると終わらないでほしいと思って泣いた。ライブからの帰り道にV6ライブの話をする人たちを見ていて、自分もその一部なんだと思えて嬉しくて泣いた。

2時間半ほぼ泣いていた。キラキラした会場の中で私を救ってくれた人たちが笑顔で私を救ってくれた歌を歌っていた。多幸感に溢れて泣いたのはあれが初めてだ。

V6が私を救ってくれた。私はV6きっかけにいろんなことができるようになったし、いろんなことを知った。

朝決まった時間に起きれるようになった。部屋のカーテンを開けられるようになった。昔の友達自分から連絡を取れるようになった。適度な労働は適度な疲労と充足感をもたらすことを知った。お金を稼ぐことが楽しいことだと知った。

V6が私を救ってくれた。私は高認をとった。周りから見れば凄く遠回りになったけど、高校卒業した。カーテンを閉めきった部屋にいる高1の私には全部できなかったことだ。

相変わらず通学路だった道を歩くとドキドキするし、今度また同じようなことが起きたらどうしようと不安になる日もある。

だけど私は何度でも立ち上がり歩くことができることを私の人生をもって証明したい。だから私は今歩いていけるのか試している途中だ。太陽のあたる場所を目指して

就職したばっかだけど、明日まれてはじめて心療内科行く

タイトル通り。

別に会社がつらいわけじゃない、というか会社サイコーなんだけど、自分があれすぎて死にそうなので、ちゃんと働くためにもいくことにした。

理由希死念慮?とADHD傾向、あと不眠?。

希死念慮は正直自分でもよくわかってないんだけど、夜中に突然自分が嫌になってしにたさで眠くても眠れなくなったり、駅で立っていられなくなってうずくまって号泣したりする。わりと辛い。

ADHD傾向については昔から自覚があったものの、就職前は同居していた両親がそういうものへの偏見がつよくて行けなかった。怠け者だと言われてきたけど、怠けたかたことなんてなかった。

最後に不眠。さっきもいったけど夜になると寝れなくて昼になるととたんに眠気がくる。仕事ミスりまくる。すげー辛い。

もし会社上司にばれてクビになって実家かえるしかなくなったら死ぬつもり。

でもきっと上司さんならばれても大丈夫だとおもう。多分だけど。

めっちゃ怖いけど、今度こそなりたい自分になるために、がんばろうと思う。

2017-10-18

職場の後輩(20代女性)に泣かれた話

新卒として入社してから数年経つ後輩がいる。女性だ。まあまあ可愛い

まあ残業が多く退職率高い所にしてはわりと長く続いている方だと思う。

負けん気であまり弱音を吐かないし、顔にも出さない。

そんな後輩は彼氏がいる。どうやら大学時代から付き合っているそうだ。

でも残業が多くてなかなか会える時間がないのが後輩の悩みだそうだ。

俺は冗談として「でも、その彼氏より俺と一緒にいる時間いから、実質俺が彼氏のようなもんだよねw」と言った。

普段は笑い飛ばす後輩が真顔になり、しばらくして号泣しだした。

そして、数週後に後輩が辞めた。どうやら彼氏とようやく結婚する事になったみたい。

なぜ泣いたのかはわからないが幸せになってくれればそれでいいと思う。

2017-10-15

遺族「ねんで逝くねん!(号泣)」

ウェアッ!(嗚咽)

2017-10-13

ワイ「ファーーーーwwwwwwwww(絶命)」

霊柩車「プァーーーーーーwwwwwwwwwwww(出発)」

遺族「ファーーーーーーーーーーーwwwwwwww(号泣)」

2017-10-09

号泣してほぼ過呼吸になってた女

駅のホームでそんな状態になってたから、適当に座らせて呼吸を落ち着かせて話聞いてた

どうやら浮気がばれて男に振られたらしい

振る舞いからも手首の傷を見ても明らかにメンタルやばい

普通は喋らないようなこともどんどん話す

んで、聞いてる振りしてるだけでもいい人認定でかなりガードが緩かった

なんか怖くてそのまま別れたんだが、あれはひょっとして介抱ついでにホテルにでも誘ってたらやれたんだろうか

それが気になって夜も眠れない

2017-10-06

長いモテ期

久しぶりの友人と会って、飲みながら昔話に花を咲かせていたら、

自分では絡まれて困っていたという記憶が、どうやら長いモテ期だったようだ、

ということに改めて気づいたので自慢する。


小学生時代

10バレンタインデーに同じクラス女の子にこっそりチョコレートを貰う(1人)

11バレンタインデーチョコレートをたくさんもらっていたユージ君にチョコをお裾分けしてもらう


小学生時代

12学校の帰りに知らない大人が食べものを買ってくれる(5人程度)


中学生時代

13歳 教室の席の両隣の女から告白される(2人)

14歳 友人の告白代理を頼まれる(手紙を渡す、伝言を伝える)ようになり、結果、相手告白されてしまう(3人程度)

14歳 学校廊下を歩いていると女子生徒が名前叫びながら抱きついてくる(3人程度)

14歳 1つ下の後輩と同級生女子生徒がクリスマスに家に泊まるイベント計画し、勝手に組み込まれ参加(2人)

14歳 知らない他校の女子生徒から好かれ、結果その彼氏ヤンキー)に駐車場に呼び出され絡まれるも会うと皆やさしい(3人)

14歳 部活サッカー)で他校に練習試合遠征ディフェンダーで何ら目立つ活躍もしていないのにMVPのような扱いを受け女子生徒に囲まれる(約10人)

14歳 部活の先輩が彼女といるところを見かけただけで、その彼女がずっと見ていた、という理由により後日殴られた(1人)

14歳 英語先生が話を聞かない、という理由だけで号泣する(1名)

14歳 音楽先生が話を聞かない、という理由だけで授業を中断し、授業終わりまでしつこく絡んでくる(1名)

15歳 中学1年生の後輩から告白され、身に着けている物を何か渡す事で我慢してもらうが足りなくなって整理券のようなものを配る(約20名)


高校生時代

15歳 バレンタインデーヤンキー女子生徒が、自分チョコレートを渡したいために万引きしてしまう(1人)

16歳 クラスの席で後ろの席の女子生徒にプリントを配った事で、その女子生徒が女子から嫌われてしまう(1人)

16歳 女子生徒から告白きっかけとして仕組まれた、下駄箱等へのいたずらが多く発生する(6人程度)

17歳 週に2回は、他校の女子生徒または男子生徒が駅で待ち伏せている(不特定多数

17彼女の弟に好かれてしまい、彼女を分かれた後にも彼女の家に遊びにいくことになってしまった(1人)

18歳 家の前に食べ物が置かれている恐怖を感じる(3人)


大学生時代

18歳 彼氏持ちの女子生徒からの(肉体的な)アプローチを受ける(2人)

19歳 男友達から告白(2人)

19歳 1週間、毎日違う女が家に泊まりにきていたのを友人に見つかり、面識の無い大学4年の先輩等から女性を紹介してほしいと頼まれるようになる(不特定多数

19歳 バイト先の女子高生女子大生とその弟から告白される(4人)

19歳 学食のおばちゃんに気に入られ、おばちゃんの自宅で夕飯をごちそうになる(1名)

19歳 友人の実家に遊びにいくと、その妹が彼氏と別れ、母親父親喧嘩になった(2人)

19歳 ブラジル人に好かれ、いろいろな所に連れて行かれ、いろいろな人に紹介される(4人程度)

19歳 バイト先の社員女性または男性が皆で交替で夕飯をご馳走してくれる(3人)

19歳 バイト先の同僚である姉妹の両方から告白される(2人)

19歳 宗教の勧誘に来た女性勧誘しないのに定期的に家に来るようになる(5人)

19歳 教授の家に何かを取りにいかなければならない、という状況が多くなった(1人)

・・・棚卸しが面倒になったので、そこそこのエピソードに絞る

20代 池袋東急ハンズからの買い物帰り、なぜか女子高生に追いかけられる(15人程度)

20代 プロポーズをされる(3人)

30代 友人の結婚式新郎申請のおばちゃん達に囲まれ身体を触られる(5人程度)

40代 イタリア初老男性若者20代)にナンパされる(1人)←今ココ

2017-10-05

anond:20171005174504

それはエロゲ号泣できるお前らだけの話だから

一般的普遍的でお前らの界隈から外にも通じるルールのような話し方するのやめてもらえますか?

2017-10-02

人生の足かせ

会社を辞めて、父が自分会社を興したその年、息子である自分は県外の高校に進学することを決めた。

新幹線の通る駅まで送ってもらう車の中で父はこういった。

自分がもし結婚していなかった、もし子供がいなかったら、もっと挑戦できたかもしれない。でも、お前らがいなかったら、俺はとっくの昔に死んでいたかもしれない。」

自分がどう返答したのかは覚えていないけど、唯一忘れられない父親だ。

それから自分結婚のために番組降板することになったのに号泣する女子アナを見たり、週末に家族との予定があって仕事が進まないと愚痴をこぼす同僚を見るたびに複雑な気持ちになる。

女子アナにとっての、同僚にとっての家族は足かせなんだろうか、それともかけがえのない存在なのか、その両方なのか。

選ぶということは、選べないということである。片方を選んだら、片方は選べない。

2017-09-30

嘘ついて仲良くできると思う神経がわからん

幼稚園の年長さんの頃だったか、なんか知らんけど先生に呼び出された。なんだろうと思いながら出頭したら、「ヒトミちゃんに謝りなさい!」と言われた。

まったく心当たりがないので「へ?なんで?」としか答えられなかったんだが、聞けばヒトミちゃんが泣き喚きながら家に帰ってきたので、親御さんがなだめて落ち着かせてから理由を聞いたら、園児が一人一脚ずつ椅子を持って別の教室に移動させる時間ってのがあるんだけど、その時に俺が椅子でヒトミちゃんをどついたと主張したそうで、向こうさんから強烈なクレームが入ったとのこと。

でも、その話には無理があった。椅子移動は班単位でやるんだけど、ヒトミちゃんと俺は班が違うから同時に運べないんだよね。椅子を運んでない班は他の教室で違うことをやってるので、わざわざ先生の目を盗んで脱走して椅子を取りに行かないと、ヒトミちゃんをどつくのは不可能タイミング良くというか、その時俺は担当先生と一緒にお絵描きしてたので脱走は不可能。そのことを指摘したらさすがに先生も気付いたらしく、「もう少しヒトミちゃんに聞いてみます」ってことで、その場は解放された。

家に帰ってから親に「こんなことがあってさ……」と報告したら、こっちの親もエキサイトしてw 即、先生と双方の親での話し合いになったw で、先生がヒトミちゃんの親に例の矛盾を指摘したら黙り込んで、「もう少しヒトミに聞いてみます……」ってことで解散になったそうな。

翌日、先生が俺に「ヒトミちゃんがお手紙書いたから読んでほしいんだって」と言いながらお手紙を渡した。結局、ヒトミちゃんの狂言で、なんか俺のことが好きなんだけど自分のことを特別扱いしてくれないのが悔しくて嘘ついたとかってことだった。だからってこんな狂言ますと構ってくれるようになるのか?と理解不能だったけど、〆の言葉ものすごく納得がいかなかった。

「これからも仲良くしてね」

翌日、ヒトミちゃんを見かけたので歩み寄って行って、「お手紙読んだよ」と言ったら、ぱあっとした表情で「ありがとう!」と。「でもさ、嘘吐きと仲良くする気ないから、もう俺に近寄らないでね」と言って手紙を突き返したら、ヒトミちゃん大号泣過呼吸で大騒動に。周囲の女子事情も知らんくせに「ひどい!」とか「ヒトミちゃんかわいそう!」とか喚いて、なんだか俺が悪者にされていく。納得いかんので事情を知ってる先生に「何があったかみんなに説明してよ!」と要請したけど、アルカイックスマイルスルーされて、後で怒られた。

なんで俺が怒られるのかますます納得いかなかったので、男子友達連中に一部始終を話したらみんな激怒して集団先生に抗議しに行ってくれたんだけど、結局、真相が衆知されることはなかった。その余波で男子女子の間に険悪なムードが生まれて、卒園まで修復されることはなかったし、個人的にも女というものを心の底から信用できない滓のようなものが残ってしまった。

そんな経験があったもんで、今でも痴漢冤罪とか狂言レイプとかの話を見聞きすると心の底から怒りが湧きあがってくる。女に限った話じゃないんだろうけど、アタマおかしい奴の狂言のせいで平和日常をわやくちゃにされるなんて、絶対にあっちゃいかんことだ。

2017-09-25

NHKありのまま最期

観たけど、医師であるらしい奥様のヒステリックなまでのエゴの押しつけでしかあんなのないのに賞賛コメントばっかりで気持ち悪い。

ものごとの捉え方が幼稚だと思うよ。

奥様しまいにゃ「火葬場へ行けない」との号泣決め台詞まで...

NHK気合い入れてあそこまで放送したんなら、お花畑コメントばっかりのせないでちゃんとシビアコメントも載せないと。

結局おのおのの自己満なっちゃいませんかね?

2017-09-22

【追記しました】あなた忘れ物して、気づいたときにどう感じますか。

小学生の娘がいる。

親バカ心配するほど可愛い

愛くるしく細くて制服もまだまだぶかぶかだ。

ちょっと勝ち気なくせに、実はボンヤリしてて話を聞き漏らしてたりする。正直、学習についていけてるか心配しながら一学期が終わった。

ここにきて更に心配していることがある。

二学期になって、落とし物や亡くし物、忘れ物をしない日がない。

友達からは長い休み明けはみんなそうだよー…とも言われたし、確かにそうかもと思いつつ、病気障害じゃないんだろうかと不安にもなる。

学校から持ち帰るときに、なにかを忘れる。

例えばルーティンになっている週一持ち帰る上履きや、毎日給食袋。

上履きは洗わず使えばいいし、給食袋の予備に洗った箸やマスクを持たせ、二つ持って帰るように言う。

昨日の事。

持っていった赤白帽がなく、注意した担任に「家に忘れました」と話したらしい。連絡帳にも『帽子を持たせてください』と書かれて帰宅した。

帰ってからママ、赤白帽子いれてなかったー」と、文句を言う。娘と確認して週末揃えていれたのに。

「家からは持っていったよ。着替えるときに入ってるか見た?」と聞き返した。

「あった。でも、着替えた後になかった」と、あっさり話す。

大人としては、「家に忘れた」と「学校で着替えの最中に見失った」は大違いだ。

他意はなくとも、デタラメか嘘だ…と、私は感じる。

この他にも毎日何かを「無かった」「忘れた」と話す。

一緒にでかけてもトイレの個室に鞄を置き忘れる事は、ここ数年何度もやらかしてきたし、

一向に改善されないまま小学生になり、幼稚園の頃よりずっと増えた道具に悪戦苦闘してるんだろうなと思いつつも、親としてこう毎日「何かがない」と話されると「バカなの?」と応えるようになってしまっている。

子がバカなら親もバカで、昨日は「なんで先生に『家に忘れました』なんて言うの?」と怒鳴ってしまった。

ここ一週間、私が怒りすぎてどうにかなりそうだ。書ききれないほどあり、ほとんどルーティンに持ち帰ったり、移動教室で使うものだったりする。

私が小学生の頃も忘れ物をしなかったわけではないし、その場しのぎの嘘を先生に話して事を荒立てないようにしたこともあるの。

しかし、「袋の中にあった」「気付いたらなかった」「先生に忘れたって言った」「なかったから、明日までにいれといて」となると、説教だけでなく、怒りの感情がおさまらない。

いくら可愛いはいえ、娘に向き合う気持ちにならないほどで、きっと今日般若のような顔で出迎えるに違いない。

ましてや、昨日発覚した無くしものは他にも二つあり、今日登校したら探してみるようには言った。でも、無いだろうな。

明日の準備をする時には「保護者のかたも一緒に確かめあって準備をしてください」とお便りにあるので、その通りしているんだけど。

本当に何か1つが無いと、帰宅してから言ってくる。

ここで怒らず、どう応対するのがいいんだろう。

はてなーの皆さんにお伺いしたい。

私が今まで育てた通りに育ってるのは承知で、育て方伝え方が悪かったんだろうと思う。

でも敢えて。

こんなに忘れ物してた方いますか?ご両親はどんな反応でした?

豊田議員並に怒鳴られ育ったことはありますか?その時、どんな怖さでしたか

そして、今は親にどんな思いですか?

憎いですか?(ですよね)

いたらぬ母に教えてください。

■追記(9月23日 AM7:20)

皆さま、いたらぬ母増田です。

全てのトラバブクマコメント、読みました。心から感謝します。ありがとうございます

赤白帽あったの、隣の席の子が被ってたよ!自分のかと思ったんだって返してくれた、と喜びながら帰宅しました。

そして、汗ふきタオルはお道具箱の中に置いてきちゃった…ごめんね、と話してくれました。

行きつ戻りつでも、話してくれた安堵と、こちらでも叱咤激励頂いた余韻のなかで娘の喜びを受け止めました。

数人の方が書かれたように、娘は1年生です。すみません、何度も書き直すうちに書き漏らしました。

一学期に、体育のあと制服に着替えてる途中に机から体操服を着替えて(落としたらしいが気付いてない)たらなくなったと泣きながら帰宅したことがありました。

担任にはその日伝えられたらしいのですが、連絡帳にも書いたところ、翌日に全員で持ち物確認してくださり、斜め後ろの子が持っていたということがありました。

その際には「机から落とすと、誰かが持っていってしまうかもしれないね。落とさない方がよくない?」と二人で話しました。

親として落とさないで欲しいなあという気持ちと、一年生は誰の物かを確認しないものなんだな…と、知りました。

なので、今回もいじめターゲットになっているとは考えにくいと思っています

身バレ覚悟で書きますが、娘のクラスでは生活習慣について宿題にだされることがあります

「9時までに寝ること(誰かが遅刻常習らしい)」

「筆箱の中身を確認すること(これは他の児童の物が毎日なくなると、保護者から担任への訴えたとLINEでまわってきました)」

体操服を持ってくる(昨日書いてきた宿題で、体操服を持ってきてない子が複数いたらしいです)」

クラスの誰かが何か無いと言うのがデフォルトの様(個人的には信じがたい)で、娘の困っていない気分はその日常に慣れている感もあるのかなと。

二学期が始まり落ち着くかと思いきや、忘れ物無くし物は減らず、その場しのぎの返事をする姿、無くなる理由や経過が見えない・本人も探すらしいけれど見つけられない様子に、私の苛立ちが日々増幅していまいました。

一昨日に辛くあたり叱責し、そんな自分も嫌で絶望で1人号泣しながらこちらに書きました。

長々すみません、皆さんから叩かれるだろうなと覚悟していたのに、あたたかコメントに更に泣いてしまいました。

現実としては、やはりADHDを疑っています。ここでアドバイス頂き専門機関相談しようと決めました。

主人にはここを見せてませんが、何かテストを受けさせてみてはどうかと、ここ最近の様子をみて言われたので、反対されないと思います

本人は何の事かわからずも、忘れ物しちゃだめだなと持ち物のチェックリストを書いて玄関ドアに貼っています

行く前にすること、帰宅してからすることも、細かすぎるほど書いてあり、その項目の細かさや優先順位曖昧な点が親として気がかりでした。

日々の困り事に向き合い、どう伝えるかも、私も勉強したいと思います。そして、私自身もアンガーマネジメント心療内科受診します。

経験談アイデアを書いてくださった方、お叱りを書いてくださった方、いじめ心配してくださった方、酷い私を心配してくださった方、本当にありがとうございます

支離滅裂増田ですが、何度もここを読み返しては励みにします。

娘に「ねぇ、こっそり教えて。いつタオルを置きっぱなしにしたことを思い出したの?」と寝る前に尋ねました。

「いつも、帰り道の橋を渡ってる途中に『あ!』って思い出すの。そしてヒュ~って風が吹いて目の下に線がでる感じ。」と話してくれました。

毎日?橋のとこ?」「そう」

「気付いてよかったね!」「うん」

橋を渡る頃に気付けるのなら、校門を出る前に、教室を出る前に気付けるようになるといいんだろうな…時間がかかりそうだけど。

2017-09-21

号泣もそうだが爆笑支離滅裂誤用されているし

森羅万象乾坤一擲もたびたび誤用されるな

性癖っていう言葉の使い方間違ってる人多すぎ。

号泣という言葉誤用しているテレビ局が多過ぎる。

2017-09-18

救ってもらえなかった苦しみを埋めるのは何か

天性の良いところなんて何も持っていなかった自分は、小学生の頃孤立していた。

運動神経は壊滅的なのでボール遊びにも入れない、そもそも体を動かすのが嫌い、

服のセンスも悪い。

マンガテレビゲーム禁止という状況だったので話題もついて行けず、遠足の日に一人でご飯を食べていると先生から怒られ、入れてくれと声をかけて回るよう言われ、断られ、それを報告すると「本当にどうしようもない奴だな!」と更に怒られた。

そんな僕を救ってくれたのがファミコン………とか、言いたかったんだけど

既に書いたとおりゲーム禁止

親にゲームが欲しいと何度も頼んでみたけれど、目が悪くなる、頭が悪くなる、根暗になる、友達ができなくなるとか色々言われて買って貰えなかった。

頭以外はもうなってた。成績だけは上位だった。それでも親は気に入らなかったようだけど。

かねた祖父スーファミを買ってくれたのだけれど、すぐに捨てられた。


今日孤独だった僕を救ってくれたのは○○、系のコラムをうっかり見つけてしまって

読んで昼間から号泣していた。

家に一人でいる僕を見て、「辛いことでもあったのか?」と優しく聞いてくれるおじいちゃん、

○○が好きだ、と言うと、何も聞かずに一緒に買いに行ってくれたおじいちゃん。

あの時のおじいちゃんがあって今の自分があります感謝言葉で溢れた光属性コラム

あいい話だ。

自分も救われたかった。あの時救われたかった。取り上げられる一方だった、今でもそうだ。

この心の隙間は今からでも埋められるのだろうか。

2017-09-12

歌手グループ好きだけどなんかもう色々と疲れた

記事の要約

歌唱力不安定だけどそれでも好きな歌手グループがある

だが上手い時と下手なときの落差が激しすぎて自分審美眼に自信がなくなってきているし下手なときのを思い出すたび辛くなる

あと最近事務所ゴリ押し対象に選ばれたようでその分どんどん反感買いまくっているのが辛い

なまじアンチの言い分にも頷ける部分があるのが余計に辛いが、しかしそれ以上にグループのことを全否定されるのも辛い」


本当にこのグループは良くも悪くも当たり外れの振れ幅が大きくて

大当たりの時は本当に本当にきれいでかっこよくて音程技術も安定していて、特にバラード曲は聴いてて号泣するほどの美しさだった

しかし大外れの時は虚無感感じるレベルでへたくそ。「今日調子悪いのかな」みたいな信者補正も効かないレベル発声変だし音程不安定

外れ日に当たったときは「調子よい時の歌声は幻だったのか、感動のあまり号泣したのは夢だったのか」と何度も疑ってしまったくらいだった

それでも総合的に観れば当たりの方が多いグループとは思うが頼むからもう少し歌唱力を安定させてほしい


それと事務所ゴリ押し今すぐやめてくれ

グループゴリ押しに比例して他アーティストの扱いがぞんざいになっていくからその分他推しからヘイト買いまくって辛い

アンチの言い分もなまじっか共感できる部分があるし他アーは他アーで好きだから尚更辛いがヘイト買いまくる現状はもっと辛い

言いたくはないけどゴリ押しには時期尚早だし今の押され方は不相応だ

こんな惨状になるなら人気なくてもいいとか好きなグループに対して思いたくなかった

あとどっちにしろ頻繁なライブで声ガラガラなこと多くて心配になる

歌唱力や声の綺麗さを軸に売り出してたんだろ?喉を壊すような真似はやめてくれ

2017-09-11

anond:20170910082231

バルセロナ号泣したのを思い出した。

6〜7年前だろうか。バルセロナ一人旅で行った。

ベタに、サクラダファミリアとかグエル公園とかを回っていて、ほぼ電車で移動をしていた。

とある場所電車にのり、次の目的地に向かおうと思ったら、電車めっちゃ混んでいて、みんな旗を持っている。

サッカーのチームの旗かな?サッカー試合でもあるのかなー?」と思っていたくらいのノリだった。

ある駅で大半の人が降りていったので、興味本位でついていった。

地上に出ると、都内花火大会くらいの混みっぷりで、みんなが同じ方向に向かって歩いている。

「やっぱり本場のサッカーの人気って凄いなー」くらいでしか思っていなかったのだが、

10分ほど一緒に歩いてみても、サッカー場が見えるわけでもなく、パブリックビューイング様相もない。

周りでは「イ!イナ!イナビカチオ!」と、叫びながら老若男女問わず歩いている。

サッカー雰囲気でも無いような気がしてきたので、隣で歩いていた人に片言の英語で聞いてみた。

すると、彼も片言の英語でこう答えてくれた。

カタルーニャ地方は、昔から独立をしたいんだ。今日独立デモなんだ。」

「イナビカチオってのは、英語でいうとインディペンデント意味なんだよ。」

衝撃が走った。

彼と話したあと周りをみた。

孫と一緒に参加している老人や、家族連れの人たちも皆「イ!イナ!イナビカチオ!」と独立を叫んでいた。

サッカーの旗だと思っていたものは、カタルーニャ地方の旗印らしい。

住民一丸となってスペインから独立を願っているのは、日本だと見ない光景だなと。

政治の熱ってこんなにも熱くなるものなのかと。

日本だと一部が騒ぐだけだと思っていて、冷静に見ている自分がいる。なさけない。

そのようなことを考えていたら、何故か自然と涙が出てきた。

というか、号泣していた。

感動・熱量・落胆・反省、色々な感情が一気に出てしまったのだと思う。

カタランに囲まれアジア人が1人で号泣しているのは、不思議光景だったろう。

後ほど調べたら「2010年カタルーニャ自治抗議」というらしい。100万人近く集まったとのこと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/2010%E5%B9%B4%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3%E8%87%AA%E6%B2%BB%E6%8A%97%E8%AD%B0

後日談だが、

その勢いもあり、日本に帰って某政治塾に応募した。ある程度の倍率のなか受かった。

入塾式で周りを見渡すと、初対面同士だがチラホラ会話が聞こえる。

大半は男女の会話で、女性の周りにいる男性が声をかけた感じだろう。

入塾式での男性同士の会話はほぼなかった。

それを見て、なにか落胆したものを感じてしまい、塾を途中で辞めてしまった。

だが、今もその政治塾の人とは交流はあるので、行ってよかったとは思っている。

たまにこの経験を思い出し、自分にはなにが出来るんだろうと思うときもある。

経済的に、この国を盛り上げていく方が向いているんだろうなとか思ったので、

今はそれに近いような会社をやっている。起業支援・成長支援等が生業だ。

自分へのリマインドを兼ねたメモとして、この経験増田に投下しておこうと思う。

カタルーニャがんばれ!

2017-09-07

県外の大学に行って以来、何かと理由をつけて帰って来なかった弟が、私に連絡してきた。

地元に帰って来ていて、私と話がしたいか地元喫茶店に来て欲しい、と。

親には会いたくないなどと言うので、何か余程の理由があるのかと心配して喫茶店に行った。

弟、妹になってた。

豊胸して顔も整形してた。下も工事済らしい。

からどうしても女になりたくて、一生懸命お金貯めて手術してきたとか。

最初は茫然としたが、深刻に話す妹(元弟)を見てたらなんか笑えてきてしまい、 笑いながら「早く言ってくれたら良かったのに!私妹欲しかったし!」

と言うと、妹号泣

拒否されたらどうしようかと思った」ってひたすら号泣。何馬鹿心配してんだか。

2017-09-05

anond:20170904204648

いや、ガキがバカな真似したことの結果なんだから、きっちりそれを認識させて反省させないとだめだよ

「このハムスターが死んだのは100%お前らのせいだ」と、ガキ共がハムの墓の前で号泣するくらい追い込まないと

ペット小動物を家(=安全場所から外に連れ出す、ってのがどんだけ愚かで危険で身勝手行為か、これを機会にきっちり叩き込んでおかないと、また殺すことになるかもよ

2017-09-04

感染ゾンビ映画クレしん映画好きなら号泣必死だと思われる

ロボとーちゃんあたり好きな人なら確実に刺さる

はあもう見てよとにかく筋肉マッチョおっさんがかっこいいんだよ

二学期

暑く楽しかった夏休みが終わり、二学期が始まったのであるが、

今朝、小1の娘は泣き叫び学校行きたくないと主張してきた。

まるで告別式で帰らぬ人への最後見送りであるかのような激しい悲しみに似た号泣だった。

もはや泣き方は尋常ではなく、自力で歩くのも不可能な感じだっため、妻が通学を付き添うことでどうにかこうにか学校には行ってくれたようだ。

学校までの距離が近いのは幸運なことだった。

程なくして妻から仕事遅刻だという端的なメッセージを送ってきた。

明日も同じ状況なら、次は僕が付き添わねばならないということを悟った。

それにしても学校を嫌がるというのは、家族全体における日常生活の流れにエラーが起こるということだから、色々と難儀なことである

長い休みから一気に現実に引き戻されることが嫌だったのか、

それとも、家族が知らない学校での何か嫌なことが待ち受けているのか、確実なことは分からない。

本人が話したくなければ、無理やり聞き出すことはしないでおこう。

できるだけ早めに帰って、寛大な態度で娘と接する努力をしようと思った。

いじめられていた時私はどうすべきだったのか、未だにわからない



中学生の頃、教師も、友達も、家庭も、周りが敵だらけだった時期があった。

というか、3年間ずっとそうだった。

それは自分がなんらかの行動を起こさなかったからそうなった部分もあるのだが、

今になっても、自分があの時どうすべきだったのかわからない。

私は小さい頃から内気で大人しいタイプだった(今はそんなことはない)。

近くに声の大きい、いわゆるスクールカースト上位の人がいると、怖くて萎縮してしまう感じの子だった。

親が厳しく、親の言うことは絶対な家庭で育ったこともあってか、自分意見意思を持つことはほぼなく、流されやすい子でもあった。

でも何人かいつも一緒に過ごす友達がいた。中学生に上がる時に、その子に誘われて吹奏楽部に入った。

本当に誘われて入っただけだから何も知らなくて、最初水槽で何か育てるのかと思ってた。

まらなそうだなーと思いながら、流されて入部した。

パートトランペットになった。内気な私らしくない、目立ってかっこいい楽器だった。

本当はドラムをやりたかたか打楽器希望したのだけど、希望なんて一切考慮されていなかったし、毎年希望なんて通ってないよと先輩に言われていたので覚悟はしていた。それでもがっかりした。

トランペットパートの新入生はもう一人いた。Aちゃんという、気が強くて背の高い女の子だった。小学校の頃から苦手だと思っていた子だった。小学生の頃、面識もないのに私のことを「影が薄い子だ」とか言っていたのを知っていたからだ。

しかしろくに話したこともないのに避けるのは良くないし、部活をやめることも怖かったのでとりあえず頑張って続けることにした。

最初はビクビクしていたが、Aちゃんとはそれなりに仲良くできていたと思う(少なくとも、険悪な感じではなかった)。一緒にプリクラも撮りにいったし、お互いを名前呼び捨てにして、部活時間はずっと一緒に行動していた。

でも、入部して3ヶ月も経たない頃から、よくAが「気に入らない」という理由から無視してきたり、周りの部員に私の悪口を言うようになった。「気に入らない」というのははっきり言われたわけではないが、「○○なのがムカついた」とか言ってたので要するにそういうことなんだろう。

ある日突然急に話しかけても無視される。何か悪いことをした覚えはないのでAに「ねえ怒ってる?私、何かした?」と聞いて事情を聞いた。そしてAが私に対しての不満を言い、私が「ごめんね、私が悪かった。これから気をつけるね」と言う。これが2ヶ月に1回くらいのペースで繰り返される。

しかけることがとても怖かった私は、ある時はメールで怒っているAに話を聞いたこともあった。21時以降のメール禁止されていたので、「もう寝なきゃいけないから、また明日話そう」と送ると、Aは「なんで話の途中なのに寝るの?私と仲直りしたくないの?」とか送ってきて半泣きになったのをよく覚えている。

もちろん私は小心者なので、相手を怒らせるようなことは何もしていない自信がある。というのも、当時何をされたか記憶がほぼなくなっていて、何がきっかけでAの機嫌を損ねていたのかを覚えていないので、実際は私が本当に失礼なことをしてしまったのかもしれない。でも少なくともA以外の周りから性格言動に関して指摘を受けたことはなかったし、過保護で厳しい親から他人を傷つけることをするような教育は受けていない。

そんな心臓に悪いことが何度も続き、次第に私もストレスが溜まっていった。ストレスと言うとイライラするイメージだが、実際には怖くていつも泣いていた。最初部活には行き、隠れてこっそり泣くだけだったが、次第に部活時間に逃げるようになった。友達美術部にいたので、美術部に逃げたりしていた。しかしAと他の仲がいいいじめっ子女子を連れて私を探しに校内を歩き回っていた。美術室で物陰に隠れて、友達も「ここにはいないよ」とかばってくれていたのに、探されて見つかって連れ戻され尋問された時の恐怖はずっと忘れられない。怖すぎて何を言われたのかは覚えていないが。

他にも、悪口や仲間はずれは常のこと、「お前だけうまくなるから練習するな」というようなことを言われたり、時には「話し合い」という名のもと、教室の隅にAと他3人くらいの女子に呼び出されて、私に対する不満やら悪口やらを聞かされた。旅行に行ってお土産を買ってきたので渡したら、「そんなものいらない」と言われた。

他にもいろいろ言われたしされたけど今は思い出せない。ふとした時にフラッシュバックするんだけど。

言い返すことはできなかった。何されるかわからなくて怖くてできなかったし、一度退部も考えたけど退部後にずっと私の悪口を言いふらされるかもと思うと退部しても状況がよくなると思えなかった。されるがままになっていた。私が一度でもAに声をあげて言い返していれば、何かが変わっただろうか。

2年生になる頃には、毎日部活の帰りは泣きながら帰っていた。朝練時間部活後に人通りのない階段に座って静かに泣くのが日課だった。うずくまって泣いている時はたまたまある男性教員に見つかり、虫みたいだと笑われた。でもいつも一緒に登下校していた親友のBは、そんな私を見捨てることなく慰めてくれた(彼女も同じ吹奏楽部だった)。

勉強はきちんとしたかったので小学校の頃から塾に通っていたが、勉強が手につかなくなってきた。授業中に突然意識が飛ぶように眠ってしまうことが増えた。常に泣き疲れてたため自室で宿題をやりながら寝てしまうことも多々あり、そこを母親に見つかり怒鳴られ、平手で頬をぶたれ、あるいは蹴られていた。一人の時間が怖くなっていった。

どんなにつらくても、必ず学校には行っていた。というか、母親が怖くて行かざるを得なかった。母親は「つらくても一度行かなくなるとずっと行けなくなる」という意見の人だったので、休んだりすることは許されなかった。これが正しいのかどうかはわからないが、私には合っていなかったと思う。私には、とにかく一度休んで冷静になり、自分の置かれた状況やどうすべきかを考える必要があった。

とうとう部活顧問相談した。当時30代前半の、猫なで声を出す音楽教師顧問が親身になって話を聞いてくれた。といっても、そうなんだ、と相槌を打つだけだったし、「Aにも話しておくね」と言ったきり何もしなかったが。むしろ自分がAに嫌われて反抗されると厄介だったのか、Aに気に入られるようなことばかりしていた。

同じく30代前半くらいの女性の副顧問にも相談した。副顧問は優しかったが、彼女には私を救うような行動を起こせる権力?がなかったようで、でも顧問よりは私を心配してくれていた。副顧問自身もどうやら先輩教員からパワハラに悩まされていたようで、どちらかというとこっちが心配だった。

他のパートの同期にも相談した。その頃にはAの暴れっぷりは部活内だけでなく学年中に知れ渡っており、彼女たちは首をつっこむと自分が面倒を被ることがわかっていたので、「あーそうなんだ」と言うだけで終わってしまった(し、3年生になって役職に就くと、部活に来たがらない私に朝練にちゃんと来いとか言っていた)。

精神的にもきつくなってきた2年生のある日、また「話し合い」に召集され、塾の時間ギリギリまで帰してもらえないことがあった。急いで帰ると、母親にきつく怒鳴られたし、もちろん顔を平手打ちされた。そこでとうとう耐えきれず、母親の前で号泣してしまった。泣きながら、ことの顛末を話し、私だってこんなのもういやだ!と叫んだ記憶がある。それでも時間は守れ!と怒られ、塾に連れて行かれたが、塾でも泣いていたので、かなり人目を引いただろう。

帰ってくると、母親に、何か悩みでもあるのか、みたいなことを聞かれた。母親は本を読んでいたか携帯をいじっていて、真面目に聞いてきてはいなかったが、ようやく楽になれるかもしれないと期待した。

Aにされたことを(一部だが)話すと、じゃあ関わらなければいいと言われた。パートは一緒に活動するのでそうもいかない、という話をすると、じゃああんたが悪いんでしょ(何か悪いことをしてるんでしょ)、と言われてしまった。一瞬頭が真っ白になった。立っているのもつらくなり、自室のベッドに倒れこんだ。どんな状況でも、親は子供の味方になってくれるものだと思っていた、私が甘かったのかもしれない。

もう頼れる人は誰もいない、私はこのままずっと一人で戦わなければいけないんだ、と絶望したし、自分を追い詰めすぎて軽くパニックになっていた。その時、初めて部屋にあったはさみを手首に当てて傷つけた。痛みで冷静になれている自分がいた。(これは結局高校2年生のころまで続いた。)

(ここまで書いていると、なんだか本当は自分が悪かったのではないかという気がして来た・・・

その日から、私はこの状況から脱却することを諦めた。諦めようと決めて諦めたわけではなく、Aやその周り、顧問(、あと母親)の機嫌をとる方が簡単で、自分精神的に苦しむことが少ないと思ったからだ。

それからは笑っていられる日が増えた。部活楽しいとすら思った。でも夜に布団に入ると、考えることをやめて毎日惰性で学校に通い、イエスマンになってAのいいなりになっている自分がいることに気がつき、結局毎晩泣いていた。泣いてカッターで手首切って疲れて寝るのがルーティンだった。

3年生になり、パートリーダー顧問が決めた。顧問がAをパートリーダー指名してくれたおかげで、Aの権力正式に認められてしまうかたちになり、何をするにもAの許可必要になった。

その頃にはAの機嫌を損ねるのも3ヶ月に1回あるかないかになっていたし、もはや「Aのいいなりになるいじめられっ子であること」がアイデンティティになっていた。それがなくなると、私は本当に空っぽ人間だった。

局部活はそのまま3年間続けて、卒業することとなった。思春期大事な時期がこんなだったので、高校生になってから大変だったのだけど、それは今回とは関係がないので割愛します。

さて、私はこの3年間で、心を守るために自分を殺して逃げる以外に、どうすべきだったのでしょうか。

今のようにインターネット自由に使えない、電話もできないのでなんとかホットラインにも相談できない、家庭では悪者勉強をしない不真面目な娘扱い…

私が声を上げることができなかったので、3年間、ずっと苦しむことになったのだろう。それは原因の一部ではあるはず。

この出来事客観的に見れるようになった今でも、10年前の私はどうすべきだったのか、未だにわからないのです。


※補足ですが、私が3年間つらくてもなんとかやってこれた背景には、親友のBと、Bのお母さんの存在があります

Bのお母さんは、たまに会う程度でしたが私とAの事情を知っていて、会う度に私の心配をしてくれましたし、私は悪くない、Aが悪いと言って励ましてくれました。私にとって、一番信頼できる大人だったと思います。この方のおかげで、本当は自分は悪いことはしていないんだと、心を強く持っていられました。

また、Bも常に私の味方でいてくれました。毎日泣いていても付き添っていてくれたり、愚痴を聞いてくれたりもしました。彼女とは今でも深い交友がありますし、これから人生でBが大変な時は必ず力になりたいと思っています

BとBのお母さんには感謝してもしきれません。これを書いて改めてそう思いました。

以上、自己満足自分語り駄文でした。最後までお読みいただきありがとうございました。

2017-09-02

悪友Vol.2 恋愛「夫のちんぽが目覚めない女」について感想を述べたい

劇団猫さんの悪友シリーズVol.2「恋愛」。

今年の夏コミ販売されたこの本について感想を述べたいと思う。

私は今年、夏コミには行かなかった。その前週に自ジャンルオンリーイベント一般参加していたこと、また個人的引越しが決まっており、夏コミ

その直後の日程であったため、関東への遠征を躊躇ったためだ。だから私はこの本を夏コミ終了後、通販で購入した。

まず、私は現時点で本書の17ページまでしか読んでいない。

表題にもある「夫のちんぽが目覚めない女」の項までである

こういった感想の類はそれを最初から最後まで全て読んでから行うべきだとは思うのだが、如何せん、私はこれを書くまでこの続きを読むことが出来そうにない。

から読了を待たずに記述を始めしまっていることを、どうかご容赦いただきたい。

さて、本書はすでに読み終えている17ページに至るまでにも、既に様々な恋愛をする女の話が書かれており、各々に大変興味深く、その全員が愛すべき女達であると感じた。

故にそれら全てに言及するのも吝かではないのだが、そうなってはこれを書き終えるのがいつになるのか、何字を費やすか分らなくなってしまう。

それでは困る。

本書の続き、17ページ以降をいつまで経っても読めないではないか。私は続きが読みたい。

しかし、読んでいて、どうしても感想をしたためたくなってしまい、いてもたってもいられなくなった。

ひとまず「夫のちんぽが目覚めない女」について、感想を述べさせてもらいたい。

「夫のちんぽが目覚めない女」と題された本書16~17ページに書かれるのは既婚女性28歳、初恋相手名古屋稚空というチンアナゴさんという方である

この初恋相手名前の読み方と、何の漫画に出てきたキャラクターかがすぐに分かった私は、それまでの項と同様に早速読み進めた。

チンアナゴさんにはEDの夫がいて、1年半になる結婚生活の中で一度も本番行為をしたことがないという。

私にとってはそれだけでも、大変共感できるような内容だった。

読めば読むほど、そうだよそうだよと頷ける部分が次から次へと出てきた。

私には5年8ヶ月付き合っていたが、その交際の中で一度も本番行為をしたことがない彼氏がいた。

その彼との関係共通する内容がこれでもかというくらい多かったのだ。

彼のオタク趣味鉄道で、自分オタク趣味アイドルであること。

食べ物趣味も好きな漫画も似通っていること。

それに何より、彼に向ける性欲。それが私のそれとぴったり一致していた。

私もチンアナゴさんと同様、挿入と射精のない性行為に達成感のなさや苛立ちを感じていたし、

今日は立つかもしれないと期待させられてだめだった時のやるせなさを幾度と感じてきたか知れない。

また、私は彼との交際中に彼以外と性行為をしようとしたことはなかったが、チンアナゴさんが

友人男性と実際に行為をして感じた、「好きな彼に挿入されたい」という気持ち。それが痛いほど分った。

痛いほど、というと月並み比喩表現になってしまう気がして、正確に私の気持ちを伝えられない気がしてあまり使いたくないのだが、本当に心が痛くなった。

はいくつかの行を泣きながら、時に何か呻き声をあげながら、読んだ。

特に「夫は優しくて、私には過ぎた良い人で、大好きだ」という部分は、涙が止まらなかった。

そして本稿は、「だけどこれからもずっとこの生活が続くかと思うと真っ暗になる感覚がある。」という文で締めくくられる。

そこには、どうにかしたいがどうすることもできない、という悲哀と絶望が満ちているように思った(あくまで私が感じただけだが)。

私もまた、この悲哀と絶望を知っていた。

これまで私はこの悲哀と絶望自分だけのものであるかのように錯覚していた。

何故なら、私の知る限り、このような感情を抱いている同じような人というのが全くいなかったからだ。

普通恋人がいて長く付き合っているのであれば、セックスしているということは、当たり前であり、普通なである

5年付き合っている恋人がいると話すと、それだけで、性行為を前提としてその関係を捉えられてしまう。

から普通ではないと他人に思われることが嫌だった。

聞かれることに適当に頷いておき、性行為を前提とした普通カップルであることを装った。

せめて周囲が思い描いている姿くらいは、普通の、当たり前のようにセックスを伴う恋人同士であって欲しかった。

から私の悲哀と絶望は、誰にも打ち明けられることはなく、私だけのものとして胸の奥に仕舞い込まれていたのだ。

おそらく、ネット上であれば、例えば知恵袋的なもので同様の相談が見つかるとは思った。

しかしそれを探すことはあえてしなかった。

本気で悩んでいたからこそ、インターネット匿名性が生む、無責任な回答を見る気にはなれなかった。

例えば、誰かがある犯罪について自分意見増田か何かに書けば、同時にそれに意見する様々な意見反論生まれる。

ネット上に生まれ意見達はそれが賛同であれ反対であれ、切っ先が鋭い物が多いように思えて、恐ろしかった。

から私の悲哀と絶望は、胸の奥に仕舞い込まれ続けた。

(それでは何故今こうしてこんな増田を書いているのか?と、鋭い意見文字通り切り刻まれしまいそうだが、

「もう仕舞い込みたくない」というたったそれだけである。この増田の行く末を私は一切見ないつもりだ。)

からこそ、この「夫のちんぽが目覚めない女」に胸を打たれたのだ。

同じような気持ちを感じている、私とそう年も変わらず、同じオタクでもある彼女共感せずにはいられなかった。

私は気付いた。

私の胸の内が完全に晴れなくとも、私と似たような経験をしている誰かが存在しているという事実、それがあるだけで、私は救われたような気持ちになれた。

誰かに相談すること、質問すること、それに対して意見をもらうこと、そして解決されること、そのどれもが絶対必要ものではなかったのだ。

悪友Vol.2 恋愛同人誌である

ネット上の掲示板増田のように投書に対して必ず反論意見を伴うという媒体ではなく、一つ一つ、一人一人のエピソードを紹介する形式のものだ。

同人誌と私。それだけで完結している関係だ。

それが、私を救った。感謝した。

きっとこの2000字程度の文章にこのエピソードがまとめられるまでに、チンアナゴさんは多大なエネルギーを要したのではないか

そう思って、感謝気持ちはより強くなった。

「だけどこれからもずっとこの生活が続くかと思うと真っ暗になる感覚がある。」という最後の一文からも分るように、彼女の悲哀と絶望はまだ終わっていないのである

過ぎ去った過去のことを思い出したり、自分の中で決着が着いたことを書くのであれば、そこまで負担は大きくない。

しかし、現在進行形の内容であれば、その主体である自分自身をある程度客観的に眺める必要がある。

それが、現在進行形であればあるほど、難しく、エネルギー必要なはずだ。

からこそ、チンアナゴさんに感謝と賛辞を送りたい。

ありがとう

存在してくれて、ありがとう

自分主体勝手な謝辞になって申し訳ないのだが、一先ず、そう言わせてもらいたい。

最後に私の話を少しだけする。

私がチンアナゴさんと決定的に違う点を挙げる。

それは、私がもう彼とは交際していない、という点だ。

先ほど書いた通り、「私には5年8ヶ月付き合っていたが、その交際の中で一度も本番行為をしたことがない彼氏がいた。」のだ。

過去形である

今まで散々、共感できる、と言い続け、なのにオマエは別れとるんかい!と、自分でも思うし、少し後ろめたいがもう少し続ける。

別れは彼から告げられた。

彼の誕生日ビジネスホテルで1泊し、相変わらず本番行為もなく、プレゼントを渡した後、関東に戻る彼を

見送った後、ラインがきた。

ラインには、

私との付き合いに限界を感じていて、もうそろそろ手放して欲しい、私のことは好きだし

話をするのも楽しい尊敬もしているが、付き合うという感じではなくなってしまった、

という旨のことが書いてあった。

そこには彼の、その誠実な人柄が表れていて、私はそれを読んで一人、部屋で号泣した。

ラインで良かったと思った。直接言われたり電話なんかだったら、きっと泣いて泣いて、何も言えなかっただろうから

泣きながらでも、今までありがとう、元気でね、と返事が打てて本当に良かったと思う。

それがちょうど6日前の話だ。もう6日も経ったのかとも、まだ1週間も経っていないのかとも思う。

何はともあれ、彼にとって私は「付き合うという感じではなくなって」しまっていたのだ。

ものすごく平たく言ってしまうと、話すのは楽しいけどセックスは出来なくなってしまった、ということだった。

私達は別れる前日まで、ものすごく楽しく会話や食事をした。

「付き合う」という言葉に唯一当てはまらなかったのはセックスをしなかったというその一点だけだったので、そう解釈して間違いはないだろう。

彼は別にEDという訳ではなかったと思う。

付き合っている間にそれを本人に確かめたわけではないが、もしEDであったなら、「付き合うという感じではなくなった」という表現にはならないはずだ。

から「私が彼にとってセックスをする相手として選ばれなかった」というのが真実だったのだ。

最初からそうであったわけではないとは思う。

事実最初の2~3年くらいまでは彼が私に向ける性欲を感じていたし、私を前に立たせているのを何度も見たことがある。

しかし、お互い童貞処女同士で何となく本番が上手くいかず、時間が経つにつれて、いつしか欲望を抱くのは私だけになっていた。

別れは、その事実を明確なものにしただけだった。

私は「この悲哀と絶望自分だけのものであるかのように錯覚していた」と前述したように、それを自分の胸の内だけに押し込めてきた。

彼にそれをぶつけたことはなかった。

ぶつけてしまったら最後、誠実な彼はきっと私に真実を告げるだろうと、私達は一緒にいられなくなってしまうだろうと、そんな予感があったからだと思う。

から私は性行為について、最後まで彼に自分気持ちを述べたこともなければ、彼の気持ちを確かめたこともなかった。

もし、この本を夏コミの会場で手にしていたらどうだっただろう。

まだ彼と別れる前の自分が読んでいたら。

事実」がハッキリと分かる前だったら、今よりももっと共感していたかもしれない。

しかしいずれにしても、「夫のちんぽが目覚めない女」は私を救ってくれた。

5年8ヶ月付き合った彼と別れた直後で、まだそれを全然受け止めきれず、整理のついていない私の心を救ってくれたのだ。

からもう一度言う。

ありがとう

存在してくれて、ありがとう


それでは、心置きなく、悪友シリーズVol.2「恋愛」の続きを読むことにしよう。

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170828151900

3年間ずっと好きだった同級生夏休み前に告白したら、まさかのOK。

18年という人生で初めてできた恋人に、大喜びするのもつかの間、

ひと夏の思い出づくりに出かけた海で海難事故に遭い、

恋人意識不明となって入院するも、治療甲斐なく亡くなったとの電話を受けて号泣

たぶんこんなの。

思考について

思考に関してブログをやっているので、軽い相談を受けた。

と、書いてもよいと言われた。

なお、以下の文章は、論というよりも、随筆な感じだ。

結論がなく、その辺でうねうね行ったり来たりしているだけの文章

(と書いて、その意味理解してもらえるだろうか、と逡巡する。)

そんな雰囲気だ。

ある人のお母様について。

割と良い母親だ。

(ちなみに、お父様も良い。)

みんな、コウノトリ拉致されるときに、親くじを引く。

結構上位のつがいをゲットする人もいる。

他のやつの中には、号泣しながら連行されるのもいた。

人は、スタートの段階では、生と姓とを受け入れなければならないことになっている。

平等権

あぁ、それは、親くじを引く機会がみなに平等にある、ということ。

規約の204条1項に書いてありますよ。同意したでしょ。

始発から早速脱線した話を、元の線路に戻そう。

自分の目」を「他人の目」と勘違いしているような、松本人志の話を快く聞くような、よくいるおばちゃんだ。

(ここで、おばちゃんという属性は、特に、なにも意味していない。ぽりてぃかる☆これくとねす)

もっと具体的に言えば、これまで、酵素コラーゲンとか、「○○人は」「○○教は」とか、まぁ、共感性羞恥?を生じさせるような、それ以上先を言わせたくないような、何と言うべきか、イタイことを言うような人だ。

(ちなみに、水素水には引っかからなかった。)

彼は、内心、そういうことを公言するのをやめさせたいと、心配らしい。

意味不明なまま振り回す知識は、他人を傷つけるかもしれない。

また、今後、年を取って、多くの他人に頼らなければならなくなるかもしれない。話が通じない人になっても困る。

他方で、田舎育ちの高卒専業主婦にその辺の選別をさせるのは、今のままでは本人のライフスタイルを無理に否定するようで、心苦しい。

(言い換えれば、手続を踏んで、根本から変えていきたいということ)

今更相談されても困るんだが、というのは私の事情だ。

「親は、実は、現在自分から見ると、馬鹿なのではないか。」と気づくタイミングは、人それぞれだ。

(もちろん、馬鹿じゃない親もいるかもしれない。また、馬鹿でも「しゃーねぇなぁ」となるのが家族だろう。)

反抗期の時に気づくかもしれない。

もっと子が成長し、親が衰えた時かもしれない。

彼は、遅かった。

脱線した。

彼女は、最近心理学脳科学に手を出し始めた。

この一年ほど、やっているらしい。

何やら、メルカリで本を買っていた。

第一段階として、本を読むだけ良しとしよう。

内容についても、アドラー加藤諦三は、読めばよいと思う。

何かしらプラスになるだろう。

彼女は、「前頭前野は、報酬系云々」と話し始めたそうだ。

そこまでは、とりあえず・・・?良かった。

しかし、「あんたは、前頭前野が弱い。」とか言い出した。

なるほど、そう来たか

(ここで「『前頭前野が弱い』のは誰か。」と尋ねてくるやつは、嫌いだ。)


彼女の抱えている課題は、こんな感じだ。典型的だ。

残念なことに、彼女は、基本的知識もない。

(どこからどこまでが基本的かは、分からないが。)

物事構造化することができない。

差異の体系を構築することができない。

みじん切りにされた個々の情報を、自らの感性と直結させている(だからキレやすい)。

自分他人区別できない。

他者との間で、コミュニケーションが成立していないことがわからない。

(と、ここに書きなぐっても、コミュニケーションは、私と読者との間で成立しないだろうが。)

そして、一番は、自尊心がない。

しかも、本人がやる気なら、ある程度、解決することもできるだろう。

いや、でも、彼が指摘することは、そもそも課題なのか。

彼女の話し相手も、同じような感じだろう。

だったら良いじゃないか

ただの雑談じゃないか

(逆に言えば、彼女は、雑談の延長から離れて、核心に触れる話をすることができない、ということでもあるが。)

何より、本人は、それを直すつもりがないようだし。

と、宙吊りで終わる文章

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