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2017-09-26

安倍自民党新藤義孝葬式風俗

安倍自民党新藤義孝葬式風俗

硫黄島の戦い」を指揮した栗林陸軍大将祖父にもち、2年4か月前まで総務大臣を務めていた新藤義孝衆院議員(58)。安倍総理の側近としても知られる“名門”代議士の姿が、吉原ソープ街にあった。

 ***

 新藤議員吉原の超高級ソープを訪れたのは1月10日地元埼玉県川口市で行われた後援者の葬儀後のことだった。

週刊新潮」の直撃取材に、新藤議員は「そんなの、言いたくないでしょう」を連呼風俗通いをとやかく言うつもりはないけれど、斎場から“登楼”とは……。

いやしかし、まさか葬式の後に風俗とは。

 議員姫始めまでの一挙手一投足は、1月19日発売の「週刊新潮」にて。

2017-09-10

東京新聞日本人北朝鮮ミサイルに備える訓練を“嗤う”べきだ そもそもミサイル現実の脅威なら、なぜ原発直ちに停止しないのか

北朝鮮弾道ミサイル発射を繰り返し、国内では避難訓練も行われています

かつて関東上空での防空演習を嗤(わら)った桐生悠々なら何と評するでしょうか。

きょう九月十日は明治後期から昭和初期にかけて健筆を振るった反骨のジャーナリスト桐生悠々の命日です。

太平洋戦争の開戦直前、一九四一(昭和十六)年に亡くなり、七十六年がたちます

本紙を発行する中日新聞社前身の一つである新愛知新聞や、長野県信濃毎日新聞などで編集、論説の総責任者である主筆を務めた、われわれの大先輩です。

◆ 非現実の想定「嗤う」

新愛知時代には、全国に広がった米騒動責任新聞押し付けようとした寺内正毅(まさたけ)内閣を厳しく批判する社説の筆を執り、総辞職に追い込んだ気骨の新聞人です。

その筆鋒(ひっぽう)は軍部にも向けられます

信毎時代の三三(同八)年八月十一日付の評論関東防空大演習を嗤う」です。

掲載の前々日から行われていた陸軍の防空演習は、敵機を東京上空で迎え撃つことを想定していました。

悠々は、すべてを撃ち落とすことはできず、攻撃を免れた敵機が爆弾を投下し、木造家屋が多い東京を「一挙に焦土たらしめるだろう」と指摘します。

「嗤う」との表現が刺激したのか、軍部の怒りや在郷軍人会の新聞不買運動を招き、悠々は信毎を追われますが、悠々の見立ての正しさは、その後、東京をはじめとする主要都市焦土化した太平洋戦争惨禍を見れば明らかです。

悠々の評論の核心は、非現実的な想定は無意味なばかりか、有害ですらある、という点にあるのではないでしょうか。

その観点から国内の各所で行われつつある、北朝鮮弾道ミサイル発射に備えた住民避難訓練を見るとどうなるのか。

ミサイル暴挙だが

まず大前提は、北朝鮮が繰り返すミサイル発射核実験は、日朝平壌宣言国連安保理決議などに違反し、アジア太平洋地域安全保障上、重大な脅威となる許し難い暴挙だということです。

今、国連を主な舞台にして、北朝鮮に自制を促すさまざまな話し合いが続いています

日本を含む関係各国が「対話圧力」を駆使して外交努力を惜しんではなりません。

軍事的対応憎悪憎悪を呼び、問題根本的な解決にならないからです。

その上で、北朝鮮ミサイル発射にどう備えるべきなのか。

政府日本に飛来する可能性があると判断すれば、全国瞬時警報システム(Jアラート)を使って避難を呼び掛けます

八月二十九日早朝の場合、発射から四分後に北海道から関東信越までの十二道県に警報を出しました。

はいえ、日本領域内に着弾する場合、発射から数分しかありません。

政府は、屋外にいる場合は近くの頑丈な建物や地下への避難を呼び掛けていますが、そうしたものが身近にない地方都市や町村では、短時間では避難のしようがないのが現実です。

八月の発射でも「どこに逃げるか、どのように身を隠せばいいか。どうしていいかからない」との声が多く出ています

住民避難訓練も同様です。ミサイル発射を想定した国と自治体による合同の避難訓練が今年三月以降、すでに全国の十四カ所で行われていますが、専門家からは訓練の想定や有効性を疑問視する声が出ています

北朝鮮は、在日米軍基地攻撃目標にしていることを公言していますし、稼働中であるか否かを問わず原発ミサイルが着弾すれば、放射線被害は甚大です。

しかし、政府米軍基地原発、標的となる可能性の高い大都市へのミサイル着弾を想定した住民避難訓練を行っているわけではありません。

有効避難場所とされる地下シェルターも、ほとんど整備されていないのが現状です。

訓練の想定が現実から遊離するなら、悠々は防空大演習と同様、論難するのではないでしょうか。

原発稼働なぜ止めぬ

戦力不保持の憲法九条改正政治目標に掲げる安倍晋三首相政権です。

軍備増強と改憲世論を盛り上げるために、北朝鮮の脅威をことさらあおるようなことがあっては、断じてなりません。

国民の命と暮らしを守るのは政府の役目です。

軍事的な脅威をあおるよりも、ミサイル発射核実験をやめさせるよう外交努力を尽くすのが先決のはずです。

そもそもミサイル現実の脅威なら、なぜ原発直ちに停止し、原発ゼロ政策転換しないのでしょう。

▼続きはソースでご覧下さい

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017091002000138.html

2017-09-01

芥川龍之介文豪たちが記録した関東大震災朝鮮人虐殺

[PDF]関東大震災文豪 - 成蹊大学図書館の展示から -

http://repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/526/1/kokubun-47_56-86.pdf

 

ブコメ経由で知った論文だが、あまり目立ってなかったので引用しておく。「関東大震災朝鮮人虐殺」とは別に朝鮮人けが殺害されたわけではなくて、「朝鮮人と間違われる」などして多くの日本人中国人殺害されていることは覚えておきたい。

 

芥川龍之介

僕は善良なる市民であるしかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい。…菊池雑談を交換してゐた。…その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。…しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシェヴィツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度も眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。…

 再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものボルシェヴィツキと○○○○との陰謀存在を信ずるものである。もし萬一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民資格放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。

(〇〇は言論統制時代伏字にされた「不逞朝鮮人」などの言葉。これはデマに踊らされた「善良なる市民」への芥川龍之介ならではの皮肉文章

 

菊池寛

 ××を持つて、合言葉を使ふなどと云ふことは、大正の世にあるまじき事と思つてゐたが、震災後四五日の間は、私も××を手にして、合言葉を使つて、警戒に当つた。

 

広津和郎

 あの震災に関聯して、今思い出しても日本人として堪らない気持ちのするのは、各地に起った例の鮮人騒ぎである。…とにかく鮮人に対して、あの時日本人の行ったことは、これは何とも弁解のしようのない野蛮至極のものであった。ああ云う場合、この国の人間には、野蛮人の血が流れているのではないかという気がする。…

朝鮮人が来ますと言われて)私は、

「そんな莫迦な話があるものか。鮮人地震予知していたわけではあるまいし、何処で勢揃いし、何処からやって来るというのだ。…そんなことは絶対に考えられないよ。僕はこれから寝るから、ほんとうに鮮人が来たら起こしてくれ。」…と云って、人々を安心させるために、畳の上にひっくり返ったら、実際に眠ってしまった。

寺田寅彦

 井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえてくる。こんな場末の町へまでも荒らして歩くためには一体何千キロ毒薬、何万キロ爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでもじぶんにはその話は信ぜられなかった。

 

佐多稲子

ラララ、と聞こえる高い叫び声は朝鮮語らしく聞こえる。竹刀でも激しく打ち合うような音も聞こえる。朝鮮人がこの大動乱に乗じて暴動を起こしたという筋書を疑う力もないから、空地の周囲の叫び声や、打ち合うもの音を、朝鮮人との戦いなのだ、と私は思っていた。…

 私はこのときのことをおもい出すたびに、同じ長屋で親しくしていたひとりのおかみさんの言った言葉を同時におもい出す。…長屋のものが半壊のわが家のまわりに寄り合ったとき、ひとりが自分のゆうべの恐ろしかった経験を話し出した。話し手彼女は、一晩中朝鮮人に追いかけられて逃げて歩いた、というのだ。それを聞いたとき興行師のおかみさんは、利口にその話を訂正した。彼女はこう言ったのである朝鮮人暴動を起こしたなんていったって、ここは日本土地なんだから朝鮮人よりも日本人の数の方が多いにきまっている。

朝鮮人に追いかけられたとおもっていたのは、追われる朝鮮人のその前方にあんたがいたのだ。逃げて走る朝鮮人の前を、あんたは自分が追われるとおもって走っていたにすぎない、と。

 私はこの訂正を聞いたとき、強いショックでうなずき、かねてのこの人への尊敬をいっそう強くした。…貧しい興行師のこの妻のような怜悧で正しい判断は、あの当時住民の多くは持ち得なかった。政府の流した蜚語は、大地震という自然の脅威におののいている住民の、異常な神経を煽った。

 

志賀直哉

 東京では朝鮮人が暴れ廻つてゐるといふやうな噂を聞く。が自分は信じなかつた。

 松井田で、警官二三人に弥次馬十人余りで一人の朝鮮人を追ひかけるのを見た。

 「殺した」直ぐ引返して来た一人が車窓の下でこんなにいつたが、余りに簡単すぎた。今もそれは半信半疑だ。…

丁度自分の前で、自転車で来た若者と刺子を着た若者とが落ち合ひ、二人は友達らしく立話を始めた。…

「―鮮人が裏へ廻つたてんで、直ぐ日本刀を持つて追ひかけると、それが鮮人でねえんだ」…「然しかう云ふ時でもなけりやあ、人間は殺せねえと思つたから、到頭やつちやつたよ」二人は笑つてゐる。

 

江口

汽車内で足を踏んだ踏まないの騒ぎが始まって)

 喧嘩はしばらく続いていた。すると在郷軍人らしい方が、…突然座席へ突っ立ち上がった。

諸君、こいつは鮮人だぞ。太い奴だ。こんな所へもぐり込んでやがって」…

「おら鮮人だねえ。鮮人だねえ」

 …時どき脅えきったその男の声が聞こえた。しか相手がおろおろすればするほど、みんなの疑いを増し興奮を烈しくするばかりだった。(その男は次の駅で引きずりおろされ)物凄いほど鉄拳の雨を浴びた。

「おい。そんな事よせ。よせ日本人だ。日本人だ。」

私は思わずから首を出してこう叫んだ。側にいた二三の人もやはり同じようなことを怒鳴った。…こうして人の雪崩にもまれながら改札口の彼方にきえて行ったその日本人の後姿をいまだに忘れる事はできない。私には、一箇月ほどたった後に埼玉県下に於ける虐殺事件公表された時、あの男も一緒に殺されたとしか思えなかった。そして無防御の少数者を多数の武器と力で得々として虐殺した勇敢にして忠実なる「大和魂」に対して、否、それまでにしなければ承知のできないほど無条件に興奮したがる「大和魂」に対して、心から侮蔑憎悪とを感じないわけにいかなかった。ことに、その蒙昧と卑劣と無節制とに対して。

 

山田耕作の話

 急いで東京へ帰らうとして、先ず護身用のピストルを買つた。それを何かに包んで、ルツクザツクの奥深く納めた。…

 甲府を出てからのことであつた。

 車中に興奮のあまり気の変になつた学生があつた。

 学生の目には、車中の誰も彼もが○○に見えた。学生は車中の総ての人に荷物検査を迫つた。

 耕作君の袋の中にはピストルがある。…若し、それを見られたら、自分は殺されると思つた。

 耕作君は終に立ち上がつて演説した。(荷物検査をするなら陸軍出張所に行くように説得し、みんなの賛成を得る。)

 耕作君はほつとした。

「実際、もうお終ひかと思つた」と、耕作君は幾度も言つた。

 

関東大震災下で起きた亀戸事件殺害された平沢計七の匿名追悼文

震災の2日後に平沢警察連行され、その翌日、著者が石油と薪を運ぶ巡査と会った時の回想)

石油と薪を積んで何処へ行くのです。」

「殺した人間を焼きに行くのだよ。」…

「昨夜は人殺し徹夜までさせられちゃった。三百二十人も殺した。外国人亀戸管内に視察に来るので、今日急いで焼いてしまうのだよ。」

「皆鮮人ですか。」

「いや、中には七八人社会主義者はいっているよ。」

(そこで、著者はその死体のある場所を教えてもらい、そこへ向かう。)

そこに二三百の鮮人支那人らしい死骸が投げ出されていた。

 自分は一眼見てその凄惨な有様に度肝をぬかれてしまった。自分の目はどす黒い血の色や、灰色の死人の顔を見て、一時にくらむような気がした。涙が出て仕方がなかった。…

 その時私はいつも平沢君のはいていた一足の靴が寂しそうに地上にころげているのを見た。

 

宮地嘉六(警察火事場泥棒容疑で連行された)

「全体どういふ理由自分はこんな目に…あんまり幸福ありすたからだらうか…然し自分生活はそれほど幸福ではなかつた筈である…」

(同房の男は好きなもの一つ食べずに貯めこんだお金火事場泥棒と間違えられて取り上げられてしまった。)

「あゝ口惜しい…。ほんとに好きなドラ焼き一つ喰はず辛抱したんだ。浅草から逃げて来る時も五銭の西瓜一切喰べるのをこらへて来たんだ。あゝ口惜しい…」彼はわんわん泣き叫んだ。

(そして、取り調べのないまま 4 日目を迎える。)

 四日目の昼めしには梅干の代りに蒟蒻一切を得た。その蒟蒻一切はまぐろ

刺身のやうだつた。噫天意 !!

https://anond.hatelabo.jp/20170831175916

無いな。

よくネット雑誌で見るのは

北朝鮮先制攻撃による開戦、弾道核ミサイルによる飽和攻撃日本おしまい。ってストーリーだがおそらくその総攻撃を察知した時点でアメリカによる空爆ミサイルが叩かれる。

衛星スパイ、潜入で大方の情報を得ているとみて間違いない。

そして次に空軍が叩かれなけなしの戦闘機地対空ミサイルがつぶされ制空権が奪われる。

同時に韓国へ向けた火砲もつぶされるだろう。

この間おそらく数日。

当然海は第七艦隊自衛隊韓国軍により制海権を抑えられている。北朝鮮海軍力は空軍よりさらに弱い。

陸上侵攻部隊韓国陸軍38度線で押さえる。むしろこの状態で侵攻ができるか、その意味があるかは謎。

中国ロシアに関してはもう手を出せないだろう。

ロシアは既にウクライナシリアアメリカ対立しているのでこれ以上火種を抱えることができるか?むしろ領土をかすめ取ろうとするかもしれない。

中国も南沙でアメリカ対立している、さら北朝鮮自体中国の抑えがきかず暴走している今援助を行うだろうか?

せいぜいが人道的支援という名目食糧物資が多少できるかもしれないといったところだろう。



そんなわけで「戦争自体の長期化はない。


その後の治安維持活動ゲリラ化した北朝鮮兵士との戦闘は起こるだろうがそれは組織的ものになりえず散発的なもの

治安維持活動は主に韓国軍に任されると思われる。

アメリカ軍イラクアフガン疲弊してるのでもうやりたくないだろう)

まぁこれもただのミリオタ何となく思ってるだけのことだけどねw

こっちの前提も開戦の第一波で核が全て無効化されたこと前提でガバガバだしw

2017-08-25

日本の白米の甘ったるさ、水っぽさが苦手

日本で生まれ日本で育ったが玄米タイ米の方が食べやすい。

その方がさっぱりしている。

だれて体調が優れない時は体が白米を受けつけない気がする。

うまく伝えられないが、白米はずどんと腹の中に沈んでいく感じ。

あんものばかり食べてたらそりゃ脚気にもなるわなと明治陸軍兵に同情した。

https://anond.hatelabo.jp/20170823132510

2017-08-24

https://anond.hatelabo.jp/20170824221552

でも独裁者は全員が非凡天才ばかりだよね

実力もないのに陸軍幹部を居眠りの罪で処刑したら普通クーデターが起こる

大多数の軍人は正恩とじかに接するとこの国の未来を託せるのは彼しかいないと支持する背景があるんだろ

2017-08-20

キラキラネームをつけるのは2000年からDQN相場は決まっている。

まず100年前から

森鴎外

於菟Otto真章Max富Tom(以下略

DQNネームをつける。

小説DQNながら医師としての素質もなくかなりのDQNプライドのために海軍で開発されていた脚気対策の麦飯を否定し多くの陸軍兵を殺す。


次に2000年

四人の息子に独自に開発した漢字をつけた。

呉の三代皇帝である学問うつつを抜かし孫堅孫策孫権が建てた呉に混乱をもたらす。子供は内輪揉めで全員殺されその後呉も滅亡。


最近DQNネームアメリカ化の流れだろうね。

社会が二分化して10代前半でセックス始める不良と上位10パーセントに入るようなエリートしか子供が残せなくなってきた。

アメリカ人デブデフ太って簡単計算も出来ないようなアホか

難易度資格をいくつも持ってるような頭いいやつしか見かけない

日本もその内その二層しか居なくなるんじゃないか

2017-08-18

時流に乗ってインパール作戦顛末をまとめてみた

ブラック指揮官ブラック作戦顛末

      昭和18年12月下旬 第15軍司令部において、インパール作戦の兵棋演習を実施

第15師団 岡田参謀長

 「まだよくわからぬが、今回の演習で受けた感じでは、この作戦は無理なように思われる」

ビルマ方面軍 中参謀長

 「軍の作戦構想はいかにも危険性が多いと思われる。再考余地はないか

南方総軍後方主任 今岡参謀

 「軍司令官が主張されているように、一ヶ月以内にインパール攻略できるということであれば、いま軍が考

 えている補給計画でなんとか追随できると思う。しか作戦のものが途中で頓挫すれば話は別である。突進

 戦法が失敗すれば補給は続かないし、軍の補給計画全面的に崩れる」

南方総軍作戦主任 山田参謀

 「わたし自身もこの作戦危険だと考える。補給問題一つを取りあげても、随分無理なところが多い。要する

 にこの作戦は中止すべきだと思う」

                       ↓

牟田大言壮語廉也

 「イギリス軍なんか弱いんだからさ、補給心配なんかする必要ねえって。インパールコヒマも天長節まで

 には占領してやるぜ、ガッハッハッハッハ!!」

                       ↓

ビルマ方面軍司令官 河辺中

 「いやあ、牟田口にお願いされると俺としては弱いんだよねえ~。よーし、やっちゃえやっちゃえ!」

                       ↓

南方総司令官 寺内元帥

 「最近ウチのほうの戦局もパっとしねえし、一か八かでもこの大作戦成功すりゃ大手柄だな。

 次期参謀総長俺様に決まり!ってかぁ。よーし、やっちゃえやっちゃえ!」

                       ↓

         昭和19年1月4日 インパール作戦計画案、大本営に提出

                       ↓

大本営作戦部長 真田少将

 「自動車飛行機もない状態では絶対に反対である

     ↓↑

参謀総長 杉山元

 「いやあ、でも、ほらさあ、寺内ちゃんのたっての希望でさ、俺も断りづらいわけよ。無理ッポイのはわかっ

 てんだけどさ、そこをなんとか曲げてくんない?頼むよ、真田ちゃん」

                       ↓

           1月7日 大本営インパール作戦実施を認可

                       ↓

牟田アントワネット廉也

 「日本人は、もともと農耕民族草食動物なのだ。食い物が無ければジャングルの草を食えばよいではないか

 ガッハッハッハッハ!!」

                       ↓

                3月中旬 各部隊、作戦発起

                       ↓

5月 牟田責任転嫁廉也

 「いや俺だってね、インパール作戦が失敗だってことぐらい、4月の終わりにはわかってたけどさ、ほら、

 河辺のやつが早期撤退渋るもんだから、俺はあいつの命令に従うしかなかったんだよね」

                       ↓

         昭和19年5月 参謀本部において、現地視察団による報告

大本営 秦参謀次長

 「作戦成功の公算低下しつつあり」

     ↓↑

東條英樹 参謀総長

 「どこが不成功なのか!何か悲観すべきことがあるのか!」

                       ↓

5月16日 東條英樹上奏

 「作戦は、一応大きな不安はない状況ですので剛毅不屈、既定方針の貫徹に努力いたします」

5月 牟田メイミョウで芸者遊び廉也

 「よし、雨期になりゃこっちのもんだ。てめえらしっかり戦えよ!」

                       ↓

5月? 第15師団長 山内中将

 「撃つに弾なく今や豪雨と泥濘の中に傷病と飢餓の為に戦闘力を失うに至れり。第一部隊をして、此に立ち

 至らしめたるものは実に軍と牟田口の無能の為なり」

5月 第31師団長 佐藤中将

 「弾一発、米一粒も補給なし。敵の弾、敵の糧秣を奪って攻撃を続行中。今やたのみとするは空中よりの補給

 のみ、敵は、糧秣弾薬はもとより、武装兵員まで空中輸送するを眼の前に見て、ただただ慨嘆す」

                       ↓

            第31師団長 佐藤中将死刑覚悟独断撤退

 「師団はウクルルで何らの補給をも受けることを得ず。久野村参謀長以下幕僚能力は、正に士官候補生以下

 なり。しか第一線の状況に無知なり。従って軍の作戦指導支離滅裂、食うに糧なく、うつに弾なく、戦力

 尽き果てた師団を、再び駆ってインパール攻略に向かわしめんとする軍命令たるや、全くおどろくのほかなし。

 師団は戦力を回復するため確実に補給を受け得る地点に移動するに決す」

                       ↓

牟田口半狂乱廉也

 「なにを~っ、この臆病どもが!!おまえら根性が足りん!解任じゃ~~~~~!!」

牟田神がかり廉也

 「諸君佐藤バカは俺の命令に逆らってコヒマを放棄しやがった。食うモンねえから戦が出来ねえだとおぉ~?

 これが皇軍か。皇軍は食いモン無くったって戦争やんだよ!兵器ねえとか弾丸ねえとか食いモンねえとか、んな

 甘ったれたこと言って戦闘やめてんじゃねえよ!弾丸なかったら銃剣あんだろ!銃剣なくなりゃ腕があんだろ!

 腕もなくなったら足で蹴れや!足もやられたら口で噛みつけ!日本男子にゃ大和魂ってもんがあんだろ!!

 日本神州なんだから神様が守ってくれんだよ!!かんながら~かんながら~かんながら~」

           6月5日 ビルマ方面軍司令官河辺中将来訪

牟田甘ったれ廉也

 「俺の口から作戦中止なんて言えるわけねえだろ。顔色で察しろよ、ったく河辺の鈍感野郎はよ」

ビルマ方面軍司令官 河辺中

 「牟田口はなんか言いたそうだったけど、俺のほうから作戦中止言いだすのもなんだしなあ、ま、いっかぁ」

                       ↓

6月末 第33師団長 田中信男中将柳田中将後任)

 「わしもここへきてみて、こう、手をひろげすぎてはいかん、と思った。わずかな兵力で、戦線を拡大したっ

 て、どうもならんよ。兵力だけの問題ではない。わが軍のやり方は、まったく時代遅れだ。大陸でやった戦術

 をそのままくり返している。ところが戦争の形はまったく変わっているし、その上、連合軍は一日一日と戦術

 を改良発展させている。大本営あたりでは、これを物量の差だときめこんでいるが、とんでもない。こりゃ頭

 の違いだよ。民族能力の差だ」

                       ↓

7月1日 東條英樹上奏

 「局所的には、我に利あらざる戦況も発生し作戦を中止します」

                       ↓

              7月2日 インパール作戦、中止命令

                       ↓

              アラカン山系に白骨街道が出来上がる

                       ↓

牟田猿芝居廉也

 「このような時、牟田軍司令官が、藤原参謀の机の所へやって来て、私達部付将校の前でこんな事を言った。

  「藤原、これだけ多くの部下を殺し、多くの兵器を失った事は、司令官としての責任上、私は腹を切ってお

 詫びしなければ、上御一人や、将兵の霊に相済まんと思っとるが、貴官の腹蔵ない意見を聞きたい」

  と、いとも弱々しい口調で藤原参謀に話しかけた。私達は仕事の手を休め、この興味深い話に耳を傾けた。

 彼は本当に責任を感じ、心底からこんな事をいい出したものだろうか。自分自害を人に相談する者があるだ

 ろうか。彼の言葉形式的な辞句に過ぎないものではなかろうか。言葉の裏に隠された生への執着が、言外に

 あふれているような疑いが、だれしもの脳裏にピンと来た。藤原参謀はと見ると、仕事の手を一瞬もとめよう

 とはせず、作戦命令の起案の鉛筆を走らせていた。司令官には一瞥もくれようとせず、表情すら動かさず、次

 のようなことを激しい口調で言われた。

 「昔から死ぬ死ぬと言った人に死んだためしがありません。司令官から私は切腹するから相談を持ち掛け

 られたら、幕僚としての責任上、一応形式的にも止めない訳には参りません。司令官としての責任真実感じ

 ておられるなら黙って腹を切って下さい。だれも邪魔したり止めたりは致しません。心置きなく腹を切って下

 さい。今度の作戦の失敗はそれ以上の価値があります

 と言って相も変らず仕事を続けている。取りつくしまもなくなった司令官は「そうか、良くわかった」と消え

 入りそうな、ファッファッと、どこか気の抜けた笑い声とも自嘲ともつかない声を残して、参謀の机の前から

 去っていった。私達は何事もなかったように各自仕事を再開しながら心の中で思った。司令官死ぬ積りは

 毛頭ないのだ。大勢将校のいる前で参謀相談し、参謀から切腹を思い止まるよう忠告する言葉を期待して

 いたのだ。そしてこの寸劇により、司令部内外への宣伝効果をねらったのに違いない。ところが案に相違した

 参謀言葉に、この演出は失敗に終ったのだ。卑怯卑劣という言葉が、この場の司令官言動に最も適した言

 葉であった」 (高木俊郎『抗命』文春文庫 より)

                       ↓

           8月 帰国する牟田口のために慰労会が催される

牟田ポジティブシンキング廉也

 「インパール作戦は失敗じゃねえぞ。俺がインパールやったから、ビルマとられずに済んだんだからな、

 ガッハッハッハッハ!!」

                       ↓

                     その後・・・

参謀総長 杉山元元帥        →小磯内閣陸軍大臣

南方総司令官 寺内壽一元帥    →終戦まで現職

ビルマ方面軍司令官 河辺正三中将  →大将に昇進 第一軍司令官

第15軍司令官 牟田口廉也中将   →陸軍予科士官学校

第15師団長 山内正文中将昭和19年6月 解任)→メイミョウにて病死

第31師団長 佐藤幸徳中将昭和19年6月 解任)→ビルマ方面軍附 東北軍附 ジャワにて終戦

第33師団長 柳田元三中将昭和19年5月 解任)→関東州防衛司令官 後、ソ連抑留病死

                       ↓

佐藤幸徳

 「結局、大本営、総軍、方面軍、15軍という馬鹿の4乗が、インパール悲劇を招来したのである

                     おしまい

(参考文献・高木俊郎『抗命』文春文庫 その他)

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811210754

労災美談にして労災隠ししたようなもんだ。

タチ悪いのは国家ぐるみ(と言っても陸軍内部で誤魔化していた為広報人間より外は本当に美談だと思っていた)でやったって事だけど。

なお、似たような事は海軍もやってて、九軍神とか色々有る。

2017-07-25

近代以降の軍隊で「若くてかっこいい指揮官」をどのように描くか問題

近代以降の軍隊、かっこいいよな。好きだ。

若くて溌剌としてイケメンだったり美少女だったりする軍の指揮官、いいよな。好きだ。

でもこの2つを両立させるのは難しい。王子として生まれれば自動的総大将になれた前近代ならいざ知らず、近代軍では元増田でも書かれてるように現実には20代軍人なんてかなり優秀なやつが大尉になるのがせいぜいで、軍勢を率いるなんて無理だ。

だがフィクションの作者は色んなやり方で「近代軍の」「若い指揮官」という2つの萌え要素を両立させようと試みてきた。以下、思いつく分だけ列挙する。

1.貴族制国家であるため身分が高ければ指揮官になれる

典型例はみんな大好き『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラム、あるいは『タイタニア』のタイタニア一族。『A君(17)の戦争』の小野寺剛士もここに入るだろうか(いや魔王軍は近代軍なのか……?)

星界シリーズ皇族もここに含まれるかなとちょっと思ったけど彼らに与えられている特権少佐(十翔長)になるのがやたら早いというだけで佐官以上の昇進は完全実力主義なので含めなかった。

2.弱小国家であるため大国の下っ端でも小国軍の上層部クラスになれる

典型例は『でたまか』初期のマイド・ガーナッシュ。

3.天才なので特別に高い階級が与えられている

典型例は『双星記』の〈おそるべき子供たち〉や、『フルメタル・パニック!』のテレサ・テスタロッサ(軍というか傭兵部隊から許されてる感もある。ただ〈ミスリル〉はその他のキャラの年齢と階級バランスはやたらリアルなのでここに分類した。『踊るベリーメリークリスマスアニメ化してほしい……マデューカス中佐の勇姿を見たい……)

亜種として、「指揮官適合者を人工知能勝手に選ぶので年齢とか関係ありません」型もある(『神無き世界英雄伝』)

4.事故やら何やらで高級士官が軒並みいなくなったため若造が繰り上がる

典型例は『銀河荒鷲シーフォート』のシーフォート。アスター星域会戦時のヤン・ウェンリーもこのタイプかな。

5.若くても軍功が多いので昇進できる

典型例は『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリー

6.不老の種族なので若く見えるけど実年齢はおっさんおばさん

典型例は星界シリーズのアーヴの皆様。嘘みたいだろ、50過ぎてるんだぜ、あれで……

7.少年少女しか使えない兵器戦争してるので指揮官少年少女になる

典型例は『ストライクウィッチーズ』の隊長諸姉。ミーナさんじゅうはっさい。

8.政治的事情若い指揮官が担ぎ出された

典型例は『タイタニア』序盤で描かれたケルベロス星域会戦でのファンヒューリック、『双星記』のケインラインバック。〈おそるべき子供たち〉はジェニファー・クローゼヴァーグ肝煎り出世してるからここに入るかも。

『双星記』に出てきた「戦時特例任命法」は良いソリューションだと思うのでみんなもっと参照するべき(貴族制時代に作られた「貴族様を指揮官にするための法律」が正式廃止されていなかったことに気づいた奴がこれを利用して指揮官になった)

9.もういっそ士官候補生が戦う話にすればよくね?

典型例は海原零ブルーハイドレード』(ってこれわかる人いるのかな……?)

10そもそも設定がガバガバ

典型例は『魔法少女リリカルなのはStrikerS』とか『銀河英雄伝説』とか……

11そもそも正規軍じゃない

典型例は『銀河英雄伝説』のユリアン・ミンツ、『タイタニア』のファンヒューリック、『蒼き鋼のアルペジオ』の千早群像共和政府を自称してるけどどう見てもただの軍閥からね、仕方ないね

https://anond.hatelabo.jp/20170724234904

追記

c_shiika 猜疑心の強い独裁者が主だった指揮官を軒並み粛清した

さんざん田中芳樹作品ネタにしておきながら『七都市物語』を忘れていたとは不覚の極み……! あとカレル・シュタミッツは4だよね。

ブルーハイドレードは傑作だからみんな知ってるに決まってるだろ。アニメ化作家だぞ。

ごめんなさい(土下座

Windfola スペオペ伝統の異星の小国王女を助けて指揮官に…は近代軍じゃないか未来人・天才科学者は3の亜種かな/クーデターや軍を興すタイプ11? 反乱軍リーダーは熱血主人公か若きカリスマだよねやっぱり

クーデタ革命を起こす主体正規軍だった場合は、新しく「クーデタ革命で若手が権力を握った」という類型を付け加えるべきだと思う。実際歴史を見てもクーデタ起こす主体として「青年将校」はよくあるので。カダフィ大佐クーデタ政権を掌握したときは27歳の大尉だったらしいし(Wikipedia調べ)

nakex1 キャリア組警察署長とかから連想すると,官僚的な仕組みが発達した国家なら若くして地方指揮官になるのはありなのでは。

陸軍だと、だいたい大尉(できたてホヤホヤではないそれなりに歴史のある近代軍で20代のうちに到達できそうな一番上の階級)が中隊長になることが多いと思うんだけど、中隊って規模が百数十人なのね。普通はこの上に大隊連隊師団とあって、中隊独自ユニットとして動くということはなかなかない。

ただ、『皇国の守護者』みたいに、ある地方に敵が攻め込んできた結果絶望的な防衛戦をすることになって、中隊長クラス作戦の指揮を執る(あるいは押しつけられる)展開はアリかもしれない。実際新城直衛は中隊長ですらない中尉だったけど、中隊長戦死中隊を、大隊長戦死大隊を率いることになり、かつ野戦昇進で大尉になってるので類型4に当て嵌まるのかな。

あるいはものすごい小国中隊長クラスでも数人しかいないとかになると類型2に当て嵌まるかしら。そういえば赤城毅『虹のつばさ』に出てくるメーアシャウム王国陸軍は最高階級少佐だったっけ。まあその作品では普通のおじさんだったけど。

戦争っぽいもので指揮を執る警察キャリアといえば、有川浩海の底』に出てきた烏丸俊哉警視正がいたわ。年齢的に若いといえるかどうか疑問だけど(階級の割に若いけど、ラノベ漫画アニメ主人公張れるほど若くはない、と思う)

2017-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20170722220503

陸軍戦死者のうち何割が脚気で死んだか知ったら戦後とか言えないよ。

2017-07-13

日本人宗教は「滅私奉公

https://anond.hatelabo.jp/20170712073958

ここでも言われてるが道理が通ろうがなんだろうが「死んで償う」という発想がでるのは

儒教を元にした滅私奉公精神から来てる

お家のため、殿のため、一族のため、であるならばいかなる非合法的な手段も取るし判断もする

豪族が出来て

天皇が出来て

武家が出来て

幕府が出来て

戦国が出来て

徳川が治めて

鎖国して

黒船開国させられて

尊王攘夷をして

明治政府が出来て

太平洋戦争して

負けて

GHQ自由平等を教えられて

バブルがはじけて

自由平等を忘れて

滅私奉公精神だけ残り

既得権益だけ残り

システム的癌だけが残り

ブラック企業が産まれ

大企業は自浄作用がないため腐り

潰れ保護され

外資が買い取り

またロジカルシンキングが輸入されて

社員幸福になって

競合はそれを遅まきながらマネ

ベンチャー最初から取り入れて

おかげで景気が回復し始めてる

外敵のいない政治

未だに儒教で回ってる

から政治が糞なまま

 

恐ろしいことにこの間ずっと国民主人公になったことはない

いや、1度だけあった

太平洋戦争戦前

今では朝日扇動たからだとか陸軍が悪いとか言ってごまかすが

なんてことはない

国民のもの自主的に襲撃してたり暴動起こしてたのに

朝日が油を撒いて陸軍が乗っかっただけだ

最初から国民が主犯で国民が悪く国民主人公だった

これを客観的に受け入れないことには

次に国民主人公になったとき同じ失敗を繰り返す

 

もうね

全部儒教のせいなんですよ

またその前から続く天皇を崇拝する信仰から来てるんですよ

年功序列

これ立派な宗教ですよ

日本人お上の言う事、世間の言う事に不平不満はいっても

実際に行動することはない

死ぬか生きるかの一揆ですら権力転覆ではなく減税目的ですよ

徹底的に民衆である自分らが

主役になる気はゼロ

与えられた労働を消化する奴隷になりたいんだよね

これ全部DNAのせいですよ

 

この滅私奉公精神GHQが輸入したシステムバブル絶妙マッチした成果が

経済力2位の栄光時代ですよ

でもバブルが弾けたら滅私奉公けが残り

ブラック企業不正の増加

これこそが儒教の真の姿ですよ

日本人はみんな管理されたい欲求奴隷根性がその血に刻み込まれてる

からちゃんと宗教に入ってるんですよ

「仕組み」よりも「真か否か」よりも「誰が言ったか」の方だ大事

事実」よりも「誇り」、つまり感情」「建前」の方が大事

日本人はみんな漏れなくこれに入ってます、俺でさえ…

日本人はこの滅私奉公自覚してください

これを美しいと感じてるのがあなた信者である証拠です

あなた人生の主役は天皇でもなければお上でもないし世間でもないし将軍会社でもない

あなた自身です

ちゃんとあなた主人公物語を書いてください

 

というと、途端に不安になって何かに縋りたくなるのがDNAのせいなんだよな

自分主人公」という状態に極度にストレスを感じる

ではなく「○○会社サラリーマン」でありたい

自分より大きな存在である○○会社が主役でいてほしい

みんなこう考える

日本人はみんな蟻です

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620200340

ああ、共産党が広がる恐れがあるから従順なら生かすって方向だったのか

コントロール不能になるよりもそっちの方が確かにいいな

てかよく考えたら陸軍無能軍人なんてアメリカからしたら英霊

映画】「俺は、君のためにこそ死ににいく」 : bogusnenews

https://anond.hatelabo.jp/20170618222039

映画】「俺は、君のためにこそ死ににいく」 : bogusnenews

石原慎太郎製作総指揮のもと、太平洋戦争末期「体当たり特攻」の真実を描く、感動のノンフィクションドラマ。公開前から方面話題を呼んでいる注目作で、あまりの人気から都内金券ショップも前売券を一枚100円で売るなど対応に追われているほどだ。

「君のためにこそ死ににいく」の「君」とは、もちろん

天皇

のこと。劇中では天皇のため、まったく自発的に命を捧げようと名乗り出た若者たちが、鬼畜米兵を倒すべく美しく散華してゆく姿が描かれる。景気づけに葉っぱをキメて特攻機に搭乗する主人公学徒兵役窪塚洋介。役作りは完璧で、今にもマンションから飛び降りるのではないかという迫力をひしひしと感じた。

また、特攻隊創設者富永恭二陸軍中将役で石原慎太郎氏が特別出演

諸君はすでに神である。私も必ず後を追う」

と訓示を垂れたあと温泉地に向かい、暴飲暴食で自決しようとするシーンは、都知事のふだんの執務姿勢と重なって見え、血税を払う都民にには涙なくして観ることのできない名場面だ。

「犬死」という意味言葉理解するには、これ以上の教材はあるまい。都教委は現在公立中学校での上映開催を検討中とのことだ。

http://bogusne.ws/article/41732444.html

2007.5.13

2017-06-18

オラ、美しい日本の歴史にワクワクすっぞ!

富永恭次陸軍中将

フィリピン陸軍航空特攻を指揮。マッカーサー軍が迫ってくると、司令部許可なしに側近と芸者ウィスキー瓶のみを載せて台湾に逃亡。天寿を全うする。

菅原大陸軍中将

陸軍特攻の中心だった第六航空軍司令官10代の少年特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!俺も後で行く!」と殴り倒した。

敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で天寿を全うした。

倉澤清忠陸軍少佐

菅原道大の部下で第六航空軍参謀特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員監禁して毎日毎日

死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」と罵り殴りまくった。悔しさのあまり自殺したものもいる。

戦後は元特攻隊員の復讐を恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝た。天寿を全うする。

玉井浅一海軍大佐

フィリピン特攻隊員を次々と送り出す。

機体不良で戻ってきた特攻隊員たちが本土へ戻る事になると

「待て!お前は特攻隊で死んでもらう事になっている」と輸送機から引きずりおろし自分が乗り込んで本土へ帰っていった。

戦後僧侶になり、天寿を全うした。

黒島亀人海軍大佐

残酷人間魚雷回天」を立案。「必ず脱出装置を付けます」と嘘をついて認可を得た。

戦後会社社長として何不自由ない暮らしを送る。宇垣纒の戦争体験手記を遺族から借り出し、自身に都合の悪い部分を破棄した。天寿を全うする。

太田正一海軍大尉

米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾桜花」の発案者。

自分が乗るから開発させてくれ」と上層部懇願して開発させたが、自身は「適性なし」として搭乗しなかった。

敗戦直後に逃亡し、名前戸籍を変えて暮らす。天寿を全うした。

2017-06-14

[]安倍政権がないと言っているものを出した人はどう扱われるのか

国会ウォッチャーです。

 今日の問責決議案、趣旨説明に先立って、自民党時間制限を動議、趣旨説明15分、討論10分とのこと。官邸も必死で恥も外聞もないというところですね。ちなみに、この討論の発言時間制限を、議長ではなく、議員の動議による採決を本会議で行うことを発明したのも安倍政権です。牛歩戦術は、基本的に何度も繰り返されることで、議長時間制限を発議する、というやり方だったんですが、中谷元当時の防衛大臣問責決議案で、本会議で事前に採決を行うようになりました。

 さらにびっくりするニュースが流れましたが、参院与党で、中間報告で委員会スキップして、本会議採決を民進党に打診したとのことです。中間報告とは国会法に定められた、委員長法案の審議経過を中間報告して、委員会付託を終了し、本会議案件にするものです。質疑を打ち切られたと、言論封殺とか吼えてた維新は、ぜひぜひ、会期延長での十分な審議時間を確保しろとせっついてください。お願いします。ここまでなりふり構わないとすると、刑法も合わせてやって、延長なしにする気でしょうかね。中間報告をさせる、という判断参院議長が飲んだなら、野党参院議長不信任決議案は出せるんじゃないかな。でもここまで必死だとすると、一部で話題になってた、金曜に禁足令出して、土日の本会議開催もやりかねないなと思ってしまますね。ふつうにやっても成立できるのに、ここまで必死に議論をスキップする理由が、加計学園問題を突っ込まれたくないか国会を閉めたいっていうのが絶望的に悲しくなりますが。ダメージコントロールがダメすぎやしませんかね。この件の強行は加計に比べて取るに足らない問題だと思ってんですかね。とりあえず今日出すなら内閣不信任案を衆院で出さざるを得なくなるので、これが狙いだといえば狙いなんでしょうがトップバカからウソ連鎖して、全組織ダメダメになっていくのなんなの、旧日本軍を見習ってんの?牟田口&河辺リスペクトなの?ほんとにこの内閣むごたらしい末路を迎えてほしい(願望)。

 衆院強行採決のような絵が出ないぶん中間報告のほうがましだと判断したのかもしれないですけど、これはっきりって、強行採決なんかよりよっぽど異例だからね。わかりにくいかもしれないけど、マスコミはこの手続きの異常さをちゃんと報道しろよ。多分共謀罪の成立に調査結果報告ぶつけてくると思うよ。この内閣メディアインパクトだけ気にして行動してるから

平成27年9月仁比聡平議員質疑

 この話書こうと思ってたら、ジャーナリスト布施祐仁さんがツイートされていました。

この件ね。この話の概要をさかのぼると、平成27年5月の時点で、小池晃議員が、安保法制が通った場合の訓練内容や部隊編成を自衛隊検討し、書類を作成したことを、共産党リー文書を基に批判した際に中谷元大臣や安倍総理ウソウソを重ねた末、最終的には、文書存在も認めて、事前検討は当然だ、といった前段があったわけですよ。中谷さんはこのような文書の作成を指示もしてないし、存在も知らないとかうそついてたし、安倍さんスケジュールありきで法案成立を予定していることもないとかすっとぼけてたのも加計学園の問題と類似しているわけ。

 そんでもって9月2日の仁比聡平議員の質疑

仁比

「そこで、大臣に伺いたい。ここに言う武力行使範囲検討するというのは、法案成立後に、大臣がこれまで述べてこられたように、省内において検討を深化させ、統幕が中心となって原案策定して定めていくと、そういう意味ですか。」

中谷元

 「これは、法案閣議決定をした翌日、私が防衛省の内幕の幹部に対して、これを分析をし、また研究をするようにと指示をしたことに基づくものでございます。御指摘の記述は、統合幕僚監部におきまして、防衛、警備等の計画や共同計画に関しまして、法案成立後に検討していくべき課題を整理をすべく分析、研究を行ったものである承知をいたしております。この防衛、警備等に関する計画及び日米共同計画の内容、その詳細につきましては、緊急事態における我が国又は日米両国対応に関わるものでありますので、事柄上、性質上お答えを差し控えさせていただきます。その上で、御指摘につきまして一般論として申し上げれば、我が国平和安全に係る法制が成立をした場合に、当該法制の内容について、必要に応じ防衛、警備等に関する計画や日米共同計画に反映をするよう図るということは、私は当然のことだと考えております

ここで、まず防衛省計画作成が、大臣の指示だったといってるわけ。当初は大臣は知らぬ存ぜぬ、そんな文書確認できない、だったところも一緒。認めたあとは、「大臣の指示で作ったんです」っていう話にしたてあげてるのも、山本幸三が何もかも自分で決めたって言ってるのと似てる。

(略)

仁比

「略)河野統合幕僚長は、昨年の十二月十七日、十八日に訪米をされました。米統合参謀本部議長や陸海空、海兵隊幹部あるいは国防省幹部会談をし、日米同盟の深化などについて意見交換をされたと思いますが、これ、どなたたちと会われたんでしょうか。」

中谷

河野統幕長は、昨年十月就任をいたしました。昨年十二月に訪米をいたしまして、米国防省及び米軍幹部会談、この情勢等について対談をいたしました。会った人については、ワーク国防副長官、デンプシー統合参謀本部議長、オディエルノ陸軍参謀総長、グリナート海軍作戦部長スペンサー空軍参謀長ダンフォード海兵隊司令官スウィフト海軍作戦部統幕部長会談実施をいたしておりますが、このときにつきましては、ガイドライン見直し作業とかそのときの進捗状況など、様々なテーマについて意見交換を行いましたが、新ガイドライン平和安全法制の内容を先取りするような会談を行ったという事実はなく、資料公表する内容を限定したという御指摘は当たらないものでございます

仁比

「今大臣がおっしゃった今後の進め方という日程表で、統幕文書で八月法案成立とされていることが、聞かれもしないのに大臣がおっしゃるほど国会無視だと大問題になってきたわけです。私の手元に、独自に入手をいたしましたこの統幕長訪米時の会談の結果概要を報告する防衛計画部の文書がございます河野統幕長は、十二月十七日、オディエルノ米陸軍参謀総長との会談でこう言っています。オディエルノ参謀長から、現在、ガイドライン安保法制について取り組んでいると思うが予定どおりに進んでいるか、何か問題はあるかと聞かれて、統幕長は、与党勝利により来年夏までには終了するものと考えていると述べているんですね。これは何ですか。政府はあれこれ弁明してきたけれども、大臣が分析、研究などを指示したという閣議決定の翌日から遡って、実に昨年十二月、夏までにと述べているではありませんか。大臣はどんな報告を受けているんですか。

中谷

「その御指摘の資料につきましては、私、確認をできておりませんので、この時点での言及は控えさせていただきます」。

仁比

「そんな報告も受けずに、先ほど聞かれもしないのに、先取りしてやっているようなことはないなんて、そんな答弁したんですか。それ、虚偽でしょう。」

(略)

仁比

十二月総選挙投票日の僅か二、三日後の訪米です。法案の具体的検討も、あるいは与党協議もなされていないはずのそんな時点に、来年夏までにと決まっていたんですか、それとも統幕長は勝手にそんな認識米軍に示したんですか。どっちですか、大臣。」

中谷

「今御質問いただきましたけれども、御質問をいただいている資料いかなるものかは承知をしておりません。その点も含めまして、コメントすることはできないということでございます。」

仁比

「大臣、確認しますけれども、この統幕長訪米時のおけるって間違っていますけれども、統幕長訪米時のおける会談の結果概要についてという件名の提出年月日二十六年十二月二十四日付けの報告書、これ、存在するでしょう。」

中谷

「突然の御質問でございまして、御指示、御提示いただいている資料いかなるもの承知しておりません。防衛省で作成したものか否かも含めましてコメントをすることはできないということでございます。」

仁比

「この内容について私は数々の疑問がある。けれども、そんな御答弁では質問できないじゃないですか委員長、これ、事実確認させていただいて、この文書存在について確認をしてもらいたいと思います。」

鴻池祥肇

「今の、私への何ですか。何を確認するんですか。」

仁比

「改めて申し上げます。この私が今申し上げている統幕長の訪米に関する報告書、これの存在確認をしていただきたい、今確認をしていただきたい。」

どうです、そっくりじゃありませんかね。

一週間後、調査結果について9月9日安保特別

福島みずほ

社民党福島みずほです。河野克俊統合幕僚長米軍幹部への発言は、立法府否定です。憲法国民に対するクーデターです。大臣、罷免すべきではないですか。」

中谷元

「この件につきましては、資料確認がございまして、その存在の有無を調査いたしましたが、当該資料と同一のもの存在確認できなかったということでございます。」

福島

「ただし、夏までに法案を成立させるという部分は言っているんでしょう。

中谷

「この点につきましては、資料のもの存在確認をできなかったということでございます。」

同じ題名のもの存在したが、一字一句同じもの存在しなかったと言っているわけです。7日に公式委員長に報告されたことになっています。11日には安倍総理文書存在しなかったと予算委員会で答弁しています。そんでもって裏では犯人探しをしてるわけ。この件は国会答弁では防衛機密ではないとされているわけですが、なぜか中央警務隊が出張って、家宅捜索までやってる。

防衛省内での犯人探し

 仁比議員の質疑の翌日から、当該文書は、省秘に指定され、個人PCに持っているものに対して削除するように指示が出されたようです。

朝日記事

文書は15年9月、共産党参院議員が、河野克俊統合幕僚長が14年に訪米した際の米軍幹部との会談議事録だとして提示。新型輸送機オスプレイについて、河野氏が「不安全性をあおるのは一部の活動家だけだ」と語ったなどと記されていた。安倍晋三首相はその後「示された資料と同一のもの存在確認できなかった」と答弁した。

 訴状によると、防衛省大貫さん文書を流出させたとして、休息を取らせずに約3時間ポリグラフ検査を行い、約5時間にわたって自白を強要したと原告側は主張。機密に関わる部署から行事準備の資料作成などを行う部署に異動させられたとしている。

東京新聞

日報問題と同じ構図」原告

 「隠蔽(いんぺい)を図ろうということだと思った」。大貫さんは会見で、存在する文書をあわてて抹消するような指示を受けた時のことを振り返った。原告弁護団弁護士も「南スーダンPKOの日報問題と同じ構図だ」と、自衛隊隠蔽体質批判した。

 河野統幕長と米軍首脳の会談文書国会暴露されたのは、安保法案の審議が大詰めを迎えていた時期だけに、野党世論の大きな反発を呼んだ。

 訴状によれば、それまで誰もが見られた文書は、河野統幕長が文書の存否を「調査中」と語ったその日に秘密指定になり、二日後には削除が命じられた。文書存在しないことになったはずだったが、厳しい追及はそれから始まった。おまえが流出させた犯人なのは間違いない-。警務隊は身に覚えのない罪を突きつけてきた。

 仕事の面でも、情報本部内でそれまで所属していた高度な情報を扱う部署から行事資料を作成する閑職へ異動させられた。警務隊からは「共産党関係資料を出せ」「これは官邸マターだから協力しろ」といった言葉も浴びせられたという。

 捜査の結果は今も伝えられていない。「事実上犯人扱いされて、島流し的な異動もさせられた。国会では『文書はない』としながら、『流出させたのはおまえだろ』と言われ、腹立たしい」と大貫さんは憤りを隠さない。

 原告弁護団は「防衛省では国民が知るべき情報簡単隠蔽され、違法手法犯人捜しが行われている」と批判した。

この件は国賠裁判ですから賠償請求のほうは勝算が低いでしょうから事実認定のほうが大事です。ポリグラフ検査やるんだったら、中谷元安倍晋三がされるべきだとおもいますよ。

 桜井充議員は、すでに退職された人が、公益通報者保護制度で、個人攻撃から守られないのはおかしい、法改正必要だっていってましたけど、それも大事だと思うけど、政府があからさまなウソ国会でついてるときに、内部情報を漏らした公務員保護する必要性についてもっと当然に議論されるべきだと思いますけども。私の見解では、政府のあからさまなウソ告発することはたとえ法令違反が無かったとしても、労働者権利保護一般法理で守られるんだと思いたいですが、前近代っぷりを遺憾なく発揮してる現政権下では、そういう当たり前のことが期待できそうに無いのが怖いですよ。

2017-05-29

安倍自民ソープランドブーメラン炸裂

安倍自民ソープランドブーメラン炸裂

安倍自民党前川事務次官について風俗店に行っていたことを問題にしているが、安倍自民党新藤義孝ソープランドへ行っていた。 以下引用

硫黄島玉砕した栗林忠道陸軍大将祖父に持ち、2年4カ月前まで総務相を務めた新藤義孝代議士(59)。安倍首相の側近として知られ、プライベートでは1男1女に恵まれ選良吉原を訪れたのは、1月10日のことだった。

この日に地元埼玉県川口市で行われた後援者の葬儀後、新藤代議士は自ら車を運転し、いわゆる吉原メインストリート「角町通り」沿いの超高級店へ。店員からヤマザキ様」と呼ばれると、入店わずか5分で部屋へと消えていった。週刊新潮 1月26日

2017-05-19

原因・背景[編集]

1871年(明治4年)10月宮古島から首里年貢輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民現在台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落拉致された。

先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年明治5年琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡島村現在岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。

開戦準備へ[編集]

副島種臣

宮古島台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在アメリカ合衆国総領事チャールズルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人懲罰するべきだ」と日本外務省提唱した。

初代龍驤台湾出兵旗艦であり副島種臣大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。

孟春(砲艦)は三本マストスクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。

外務卿副島種臣はデロングを仲介しルジャンドル会談、内務卿大久保利通ルジャンドル意見に注目し、ルジャンドル顧問として外務省雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。

1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年明治7年)4月、参議大隈重信台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。

明治六年政変における明治天皇勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的企画したのである

台湾での戦闘[編集]

西郷従道

台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に参議木戸孝允らの長州系は征韓論否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日木戸参議辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。

台湾出兵時の日本人兵士

水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]

国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日谷干城赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵大隊砲兵一小隊出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。

5月6日台湾南部上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリア猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。

収拾への交渉[編集]

明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章イギリス駐日大使パークスは当初は日本軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通北京に赴いて清国政府交渉した。大久保は、ルジャンドルフランス人法学者ボアソナード顧問として台湾問題交渉し[7]、主たる交渉相手総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国互換条款互換憑単によると清国遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球日本帰属国際的に承認されるかたちとなった[1]。

帰結[編集]

日本清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年明治8年)、琉球に対し清との冊封朝貢関係廃止明治年号使用などを命令した。しか琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。

1879年明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年明治13年)の北京での交渉において、日本沖縄本島日本領とし八重山諸島宮古島中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島領有は望まず、冊封関係維持のため二島琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。

また、明治政府兵員輸送英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。

台湾出兵と熱帯病[編集]

被害[編集]

日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。

軍医部の対応[編集]

1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省から外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。

2017-05-15

[]ジョーカーゲームアニメ)1,2,5羽

1,2話はカチコチ(意味深)の陸軍軍人が、スパイ流儀になじむお話だった

1話ラストハラハラしたけど、2話で挽回たからほっとした

5羽は敵国でスパイとしてつかまってどうなるかはらはらしたけどうまいこと逃げてきれいオチもついた

へーそんなこともあるのか、と面白かった

1,2話程度でおさまるから気軽に見れて満足度高いな

これはリアルタイムで追えばよかったなあ・・・

でもなんつーか、こういう原作面白いことが保証されてるものアニメ化って、どう評価してよいものかすごく困るんだよね

アニメ面白いっつってもそりゃ原作面白いからそれを下手にいじらずにアニメ化したら面白くなるのは当然で

まあ原作に手を出さない人からしたらアニメ原作みたいな扱いだからアニメすげえで終わっててもいいんだろうけど

でも本来あるべきアニメへの評価としてはやっぱりオリジナルアニメへのそれとは別次元で考えるべきだよねとは思う

なんか5羽のスパイオカルト学院のあの主人公のさえない教師の男っぽかったな

2017-04-29

旧軍の裔

陸軍の、殊に青年将校精神性が強く残っているのはミャンマーである、と説いていた教授なら知っている。ってか師事していた時の余談で出てきたんである

*まあ、こんなところで言っても信じられないだろうが、至極真っ当な(左派から見れば、リアリストであるがゆえに軍国主義者と罵られるだろうが)先生です

曰く、見よ血縁でも地縁でもないにも関わらず存在する鉄の紐帯を、農村に対する厚遇を、裏切り者内ゲバがの少なさを、さらに(比較すれば、ではあるが)蓄財も少ないではないか、と。あれこそがある意味旧軍青年将校が求めた道であったと。

んなわけあるかい、と思ったが問題はあるにせよ割にすんなり民政移管に政権交代を許したことは、何かしら特殊ものを感じる。そもそもああい体制で、保証があるとはいタン・シェがちゃんと身を引いたというのは確かに驚異的な話ではある。

なお、軍の行進様式旧軍に似ている。これは曰く「泥田の中を歩くためのモノである」という。確かに稲作国家ではあるが・・・

http://anond.hatelabo.jp/20170428202714

2017-01-25

二人の戦争体験を聞いた話

自分が「戦争はいやだなあ……」と漠然と思う気持ち根底が、この二人の体験を聞いたことによって、

戦争が人の人生を強烈に歪めるということを肌で感じたことによるものっぽいので、ちゃんと覚えているうちに一度書き出しておきたいと思う。

(1)

一人目は離れて暮らす祖母で、確か終戦10歳かもう少し上か、その辺りだったと思う。

祖母満州から引き揚げてきたそうだが、祖母の父が警察?か何かの職に就いていたらしく現地で一時投獄されていたそうだ。

警戒されにくい子供祖母差し入れとして羊羹を持っていくのだが、その羊羹の中に毎回カミソリの刃を忍ばせていたという。

そのカミソリが何用なのかは教えてもらえなかった。

祖母が住んでいた町は、ある日やってきたロシア兵に制圧されたそうなのだが、

「女だけの家があると知れると、夜になるとロシア人が数人で来て、朝になると帰るのよ」

お菓子子供を釣ろうとしていたけれど、近所のお姉ちゃんやおばさんに何をしているか知っていたから、私は一度も受け取らなかったわ」

日本に帰るために街から逃げる直前に、遂にロシア人私たちの家にも来たのよ。でも、お母さんは病気だったでしょう?妹はまだ5歳でしょう?」

俺がまだ子供だったからか、それ以上の事は語られなかったが、祖母は今もロシアが大嫌いだ。

しかしそれ以上に天皇を「コイツが余計なことを始めたせいであんな目に」と毛嫌いしているようで、今でも酒が入るとすぐに「天皇家は早く滅びろ!」と喚きたてる。

同時に、幼少時に現地の子たちと一緒に遊んでいた影響らしいが、中国韓国への親近感が非常に強いようで、

長後バリバリ左翼になって共産党に入党し、国交が本格的に再開する前から限定的市民交流として招かれて中国に渡ったりもしていたらしい。

最終的には自分人生で最も重視するもの活動のために動きやすくなろうと、子(俺の母ら)を残して祖父離婚したというから筋金入りだ。

ちなみに、祖母が漬けたキムチはめっっっちゃ美味い、そして市販品がサラダに感じるくらい辛い。ポイントはアミ(エビ)を入れることらしい。




(2)

祖母から話を聞く以前、誰かから初めてきちんと戦争体験を聞いたのは、

ノストラダムス世間が盛り上がっていた小学生の頃、「戦争体験者を探して話を聞きに行ってインタビュー記事をまとめる」という宿題が出た時だった。

大抵の子自分の家のばーちゃんあたりから「この学校の校庭で芋作ってた」的な話を聞いてきた中、

先述の祖母が遠方住まいだったので身近に戦争体験した人がいなかった俺は、近くに住んでいた清さんという90歳越えの元兵士の爺様に話を聞きに行った。

清さんから聞いた話の中で一番印象に残っているのは、

戦争の時、大陸にも行ったけど、捕まえた女の人の股に一升瓶がどこまで入るかって遊びをやって、途中で女の人が死んでしまっても笑っているような連中をたくさん見た。」

という随分エグい話だ。

まだ女性の体の仕組みもよくわかってなかった時分だけれど、淡々とした話を聞くだけでとにかくゾワゾワと怖くて、その時感じた嫌悪感は今も強烈に覚えている。

ちなみに清さんは海軍所属だったらしく

「あーいうことをやるのは陸軍ばっかりだ、陸軍はロクでもないのが混じってる。」

といったアンチ陸軍的なこともちょくちょく言っていた。

その後清さんは、太平洋戦争中に南方(東南アジア?)の島で滑走路の脇にいたところ、

戦闘機に機銃で近くを撃たれたか、すぐ近くに爆弾砲弾が着弾したか左手の指を数本持っていかれて、氷川丸という病院船で日本に帰ってきたそうだ。

当時の俺は、一番印象深かった話は少々ショックが強すぎたのか一旦記憶にフタをしていたようで、

清さんが途中途中で妙に楽しそうに話してくれた、上官に木の棒でぶん殴られる話とか、南の島で現地の人と仲良くなって食べ物を分けてもらった話とか、

魚雷回避するための航法とか、合図のラッパの話とか、氷川丸(生き残って今も展示されているらしい)の話とかを中心に無難にまとめて提出した気がする。

「私は運よく五体満足で帰ってこられた」(指ぐらいは清さん的にはノーカンらしい)「ただ運がよかっただけだ」と繰り返し言っていた清さん。

隣を歩いていた仲間が一瞬後にミンチになって自分は"たまたま"生き残ったり、

手足がもげて臓物をまき散らしながら殺してくれと懇願する仲間を拳銃介錯したりしながら、

明日自分もどうなるかわからないという地獄を繰り返し繰り返し味わいながらも、自分たちの行い・戦いが正しいものだと信じてそれを頼りに耐えていたのに、

帰ってきて戦争が終わったら「あれは全部間違いでした」と言われても、頭ではわかっても、

どうしても自分のしてきたことや仲間の死の存在が大きすぎて、90歳を超えてもまだ心で受け入れられない、と仰っていた。

戦争はよくない、あんな思いをこれから若者たちにさせてはいけない、ということを強い口調で語る一方で、

天皇陛下万歳」と唱えると、先ほどまでパーキンソン病で若干フルフルしつつ話してくれていた温和そうなおじいちゃんが、別人のように背筋がピンと伸びて腕を振り上げよく通る声を出す様子や、

軍歌やラッパの音の入ったテープを何本も持っていて、今でも毎日聞いてしまうのだと言っていた清さんの様子を今になって思い返すと、

しかすると清さんの戦争は、戦後50年以上経っても、まだ終わっていなかったのではないかという気持ちになる。

2017-01-17

「(空襲から)逃げちゃダメだ!」

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

リンク先『婆ちゃんに戦争の話聞いてきた』で語られている「婆ちゃんの工場を襲った」空襲はおそらく、1945年8月1日深夜から2日未明にかけて行われた富山空襲のことだろう。

それ以前、7月にも市街地に対する比較的小規模な空襲は度々行われている(模擬原子爆弾、いわゆるパンプキン爆弾の投下も行われた)が、8月空襲市街地の実に99.5%を焼き尽くす大規模なもので、ブコメでも言われているように「空襲で全部なくなった」。燃え盛る炎が明々と夜空を照らしていたという証言ネットでも複数読める。

で、だ。問題

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。川に逃げた人はみんな死んだ。

というくだりである。この「川」というのはおそらく、富山市街地を貫流する神通川を指す。皮肉にも、上空から夜目にも目立つ神通川と広大な河川敷のもの攻撃目標となって多くの犠牲者が出たといわれているが(富山空襲 浅田 高明|戦争記憶~寄せられた手記から~|NHK 戦争証言アーカイブス http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/kioku/31/ )、そのいっぽうでこんなことも行われていた。

神通川に掛かる連隊橋(今は富山大橋)を軍が封鎖し、逃げて来る市民に対し「戻って消火せよ!」などと馬鹿げた命令を出した

(あの戦争富山空襲」 : 勝手に言ってます http://yosirin.exblog.jp/21519632/

火たたき・バケツリレーなどによる「防火演習」がしばしば行われ、空襲の際には、避難する道路に、警防団警察憲兵などが立ち、「戻って火を消せ」、「非国民!」などと、避難を押し止めた

イントロダクション | 「富山空襲」のことを知って下さい! http://www.geocities.jp/toyamakushunokaii/introduction.html

逃げたらアカンかったわけである。何故か? これは日中戦争が始まる前に公布された「防空法」という法律に拠っている。直接的には、真珠湾攻撃の直前に行われた防空法第一改正、およびそれに基づく内務大臣通牒で、空襲時の退去の禁止罰則を伴う)と応急消火義務国民に課せられたことに由来する。この規定が、10万人の死者を出した東京大空襲のあともなお有効だったことは、まさに富山空襲でのエピソード物語っている。

富山空襲ではまず市街地の周縁部に焼夷弾を投下し、市民の逃げ道を断ったうえで存分に焼き払うという手法が用いられたが、地上でも軍や官憲によって逃げ道が断たれていたわけである。その結果が婆ちゃんの語った戦争の話、ということになろうか。

最後に、いち地方都市にこれほど大規模な空襲が行われた理由がふるっている。

「これ(=第13回の大挙出撃)は、陸軍航空部隊の第28回記念日にふさわしい祝賀であった。またカーチス・E・ルメイ少将に対するすばらしい餞別となった。同少将米国戦空軍参謀長となるため、第20航空軍司令官を辞任する前に、この攻撃を自ら計画し、かつ指揮したのであった。」 (1945年8月2日付ニューヨークタイムズ

陸軍空軍記念日である8月1日の攻撃は、持てる空力を駆使し、あらゆる努力を払うよう指示する。(米本陸軍戦略空軍司令部から、第20航空軍「現地」司令官への指示文書

富山空襲と母のこと: 壺中山紫庵 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2010/08/post-78e5.html

参考:防空法について

空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」――戦時中の「防空法」と情報統制 / 大前治 / 弁護士 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/politics/13238

2017-01-07

陸軍の話がないというので祖父から聞いた話

大陸で運がよかった

最後はとにかくいっぱい見捨てて帰った

以上

2016-12-23

戦争死刑

人を殺すことは罪になるのか?

罪になる殺人と罪にならない殺人の違いは一体何なのか?

罪にならない殺人存在していたとしても、殺されるときはどんな人でも苦しむだろう。

人を殺し、苦しみを与えることに、一体どんな価値があるのだろうか?

戦争死刑は、相似形になっている。

なぜ、アメリカ人日本人擁護したのか?

謎は深まるばかりである

ベン・ブルース・ブレイクニー - Wikipedia

ベン・ブルースブレイクニー(Ben Bruce Blakeney, 1908年 - 1963年3月4日)は、アメリカ合衆国陸軍軍人法律家東京裁判においては、東郷茂徳梅津美治郎弁護人を務めた。

開廷早々の管轄権問題では、国際法戦争に関する法規があることから戦争犯罪ではないと主張し、検察側立証段階では、有効な反対尋問を行った。

特に、弁護側反証段階の冒頭で、アメリカ原子爆弾投下問題をとりあげたことは有名である

1946年5月14日には、

戦争犯罪ではない。

戦争法規があることが戦争合法性を示す証拠である

戦争の開始、通告、戦闘方法終結を決める法規戦争自体非合法なら全く無意味である

国際法は、国家利益追及の為に行う戦争をこれまでに非合法と見做したことはない」

歴史を振り返ってみても、戦争計画遂行法廷において犯罪として裁かれた例はない。

我々は、この裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負承知している。

しかし、そういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか

平和に対する罪”と名付けられた訴因は、故に当法廷より却下されねばならない」

国家行為である戦争個人責任を問うことは、法律的に誤りである

何故ならば、国際法国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。

個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである

戦争での殺人は罪にならない。

それは殺人罪ではない。

戦争合法的からである

まり合法的人殺しである殺人行為正当化である

たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。

(以下の発言が始まると、チャーターで定められている筈の同時通訳が停止し、日本語速記録にもこの部分のみ「以下、通訳なし」としか記載されなかった)

キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島原爆を投下した者の名を挙げることができる。

投下を計画した参謀長の名も承知している。

その国の元首名前承知している。

彼らは、殺人罪意識していたか?してはいまい。

我々もそう思う。

それは彼らの戦闘行為正義で、敵の行為不正義だからではなく、戦争自体犯罪ではないかである

何の罪科でいかなる証拠戦争による殺人違法なのか。

原爆を投下した者がいる。

この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。

その者達が裁いているのだ。

彼らも殺人者ではないか

発言

1947年3月3日にも、イギリスソ連パリ不戦条約違反を主張するとともに、原子爆弾は明らかにハーグ陸戦条約第四項が禁止する兵器だと指摘した。

そして、イギリスのアーサー・S・コミンズ・カー検察官が、

連合国がどんな武器使用しようと本審理にはなんらの関係もない」

と反駁したことに対し、日本はそれに対して報復する権利がある、と主張した。

更に、太平洋戦争段階の外交部門の主任を務めた山本熊一を証人に立たせて、「近衛手記」や野村吉三郎電報を駆使し、日本が日米交渉最後まで努力したことを立証しようとした。

また、米国議会真珠湾攻撃調査委員会での証言や、開戦当時諜報担当だったブラット陸軍大佐証人に立たせてアメリカ電報傍受の事実を指摘した。

裁判判決段階でも、少数意見朗読要請する弁論を提出した。

そして、裁判終了後は、ファーネスとともに、豊田副武海軍大将に対する裁判の弁護にあたった。

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