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はてなキーワード: したこととは

2018-02-19

子どもの頃の残虐性はどうして消えたのか

子どもの頃、残虐…残酷行為をしていた。

ありに水かけたり、踏んだりしてた。

蝉に爆竹という話を聞いたこともある。

さすがにそんな事はしたことない。

でも、野良猫を追い掛け回したことはある。

友達の腕を捻って倒したこともある(柔道とかの抑え技みたいなやつ)

ふと、「どうしてそんな事をしていたのか?」と考えることがあるが

未だに理由は分からない。

「強いもの」だということを確認たかったのか

「生き物がどうなっているのか」を確認たかったのか。

悪くて印象に残っていること以外だと小学校6年生から記憶しかない。

それまで自我が定着しなかったのかな?と思う。

今は血を見るのも怖い。カッターで切ったとか、コピー用紙で切ったとかも痛々しい。

あの残酷さはどこから来ていたんだろう?

どうやって改心したのだろう?

やっぱり良く分からない。

anond:20180219110708

これを「いじめ」って言う奴がいるんだよ。

お互い合意の上で無視しあったとしても周囲から見て「いじめ」って言われるし

なにより最後の頼みの綱だった私から自ら離れたのに…なんか不愉快なんだよなぁ。

私が「いじめっ子」って言われんの。向こうから言われた通りにしてるだけなのに。

もう一度話しかけようとしたことはあるけど、無視されたしな。ほんとクソ。

anond:20180219110239

電子書籍なら、購入したことのあるシリーズ新刊発売時に通知してくれるよ。

「獣のような」=ブスという意味ということなのかな

TBSアナウンサー小平奈緒選手のことを中継インタビューで「獣のような滑りだった」と表現したこと問題になっているけど、問題本質はこういうことか。

私は男だけど、別に女に対して「獣」と表現することがブスであるとほのめかしているとは思えない。

更に言えば、ブス自体も女の個性の一つのはずだし、そうでなければならないはず。

小平選手本人も苦笑するだけで、獣と形容されたことについては特に不満げな表情を見せてはいなかった。

女は、高木美帆のような正当派美人しか存在が許されないわけではないことは、彼女自身が一番理解していることだろう。

獣のような容姿生き様も、女の多様性の一つとして認められなければならない。

その意味では、「獣のような」と言われた時の小平本人の切り返し完璧だった。

情けないのは、獣というキーワード過剰反応している差別主義者だよね、特にツイッター女!

女の多様性尊重するのであれば、獣のような女も当然認められなければならないはずなのに、女自身が女の多様性否定しているという矛盾

コンビニの「女性専用トイレ」って差別じゃない?

人間尊厳に関わる緊急時に使っても咎められたことはないが……最悪「痴漢」として警察逮捕されかねないからな。

トイレが男女別に分けられているのは分かる。しかし、同じ通路に面した同じ作りの個室。一方を女性専用とするのは差別じゃね?

男が同じ空間存在したことさえ、不快だと?

人間関係

毎回同じところで躓いる。

周りからすると大したこといから、どーでもいいと言われるばかり。

どーでもいいと思えるようになるには、どういう訓練したらいいかからず、毎回繰り返していて、嫌になる。

女に対して「獣のようだ」と形容してはいけないのか?

金メダルを獲得した小平奈緒選手に対して、テレビアナウンサーが「獣のような滑りだった」と表現したこと問題になっているらしいけど、一体これのどこが問題なのか。

女は野獣のような容姿生き方をしてはいけないのか。

それこそリベラル普段から批判している、女の多様性を削ぐ考え方ではないか

祖母の思い出、足にまとわりつくスカート

イメージキャラクターの話が来た時、まず思ったのは「なぜ私が?」だった。

入社して数年、真剣に働いてはきた。けれど、こんな形で代表となり、表に出るなんて荷が重いと言わざるをえない。飛び抜けて優秀というわけでもなく、長く勤めているわけでもない。単に女性というだけなら、産休育休を経て復帰した先輩社員だっているのに、なぜ?

それでも話を承諾したのは、祖母の顔が浮かんだからだ。せっかく遊びに行っても、一日中窓の外ばかり眺めていた私に、面白いかいと笑ってみかん差し出してくれたしわしわの手。私が就職した年から老人ホームに移り、今ではあらゆる記憶に靄がかかってしまっている。多分私は今の祖母と言うよりも、記憶の中の祖母に対して胸を張りたかったのかもしれない。私は夢を叶えたのだ、と。

写真撮影の日、渡されたのは新品の制服

普段も着ている制服だったが、新しいものを用意してくれた。

パッと見は以前のものと変わらない。だけど着てみて唖然とした。これは制服だったが、制服ではない。

あばらのあたりで絞られた形で、妙に胸が強調されるジャケットスカートは薄く、足を通すと今まで一度も経験したことのないほどの静電気が立って驚いた。布は腰回りにまとわりついて脚の形を露にした。何かの間違いだと思いたかった。

撮影場所にはカメラマンの他に何名か男性社員がおり、そのうちひとりは私の直属の上司だった。助けを求めたかった。けれど口を開きかけたその時、彼が似合ってるよと親指を立てた。心は冷えきって凍りついた。

それからのことはよく覚えていない。

私は言われるがままにポーズをとり、笑ってみせ、何度かメイクを直されながら撮影をこなした。

出来上がったポスターの中では、スカートを不自然に脚にまとわりつかせ、媚びた表情とそれを際立たせる濃い頬紅をつけた女がいた。頬に手をあて、体は業務で一度もしたことのないようなくねらせ方をしている。

その写真が発表されてインターネット炎上しても、私は泣いたりしなかった。

どんなに小さな仕事でも手を抜かずこなしてきた。イメージキャラクター抜擢も、そんな誠実さが評価されたのかもなんて、一瞬でも思った自分が恥ずかしい。ただ、会社に歯向かわない扱いやすいだけの若い女だったのだ。仲間だと思っていたのは私だけだった。

退職願いは書かない。

しろ私はこの会社で、絶対出世したいと思う。

女性登用の流れを利用してでも、後ろ指を刺されようと何でもいい。あらゆる手を使って上り詰めたい。そして、2、30年後にまたイメージキャラクターを作ろう。今度は男性がいい。ベース制服でありながらタイツみたいなタイトズボンで、股間の形がはっきりわかる衣装にする。媚びたような表情で身体をくねらせたポーズ。とにかくそういう写真を撮る。

ねぇ部長、息子さん今いくつでしたっけ。是非将来はうちの会社に。どうですか?イメージキャラクター

サンプルとして貰った自分ポスターを引き裂いてゴミ箱にぶちこんだ。祖母がひとりで外出できない身であることに安堵したのは初めてだった。来年頭に取り壊しが決まっている、あの線路沿いの祖母の家が、一瞬頭に浮かんで消えた。

anond:20180219033321

横やり失礼、最後の箇所の意図がよくわからなかったからもう少し詳しく説明して欲しい。日本社会への貢献と個人研究論文として多くの人の目に留まることは全く違うベクトルじゃない?

文系研究では、もちろん社会から遊離したことを扱ってる人も大勢いるけど、社会とか政治とか歴史とか文学とか言語とか、現実普通の人の営みと切り離せないテーマを扱うことが(理系と比べて)比較的多いんじゃないかなと思う。そして研究者問題意識もその研究者の埋め込まれ社会から自由でいられないわけで、最先端研究成果を日本語で発表することは日本社会への貢献としての価値も持っているという話(つまり外国政治学者に読んでもらえなくても無価値というわけじゃないよ)をしたかったんだけど、伝わりにくい文章だったらごめん。

国粋主義とまでは思わないけど、そう受け止められられるかもしれない気がした。

でも、国民の皆様の税金から研究費をいただくってのはそういうことじゃない? なんらかの形で日本社会還元することを求められているよね(国粋主義を強く批判するような立場研究だって、「日本国国威発揚」には資してないにしても、「大勢異民族外国人が暮らす日本社会」には間違いなく貢献してるわけで)。自国研究プレゼンスを高めるために多くの論文英語で書くべきだ、というのと、学術言語としての日本語価値を守り育てていこう、というのは、同じベクトルじゃないかと思うんだけど。

anond:20180218204936

業績については「研究者としての実績」に絞ってとりあげた。ただ文系若手研究者増田とは、「研究」の捉え方自体が随分違うようだな。

理系研究者を名乗るには必ず「まだ誰もやっていない新しいこと」を研究する必要がある。

文系でも同じですが。研究という営みの本質文系理系も変わらんでしょ。お作法がかけ離れているか相互理解が難しい局面があるだけで。一部の理系研究者の「お前ら文系研究とは何なのか正しく理解していないのかもしれないが~」みたいなナチュラル上から目線はほんと何なの?(あと、仮に百歩譲って理系文系で「研究」の本質がまるで違っていたとして、なんで問答無用理系の方が標準的であり正しいものなのだと思えるの?)

もちろん理系でもレビューや著書を書く人もいるが、それを皆がありがたく読むのはその人が最前線研究をしていることが前提だ。

いや、レビューオリジナル研究業績じゃないってのはその通りだけど、著書はオリジナル研究業績(でありうる)っしょ? 何度も言うけど三浦瑠麗論文や著書は読んでないので、どのくらいオリジナリティがあるのかは知らない。ただ文系では研究書は立派なオリジナル研究成果だ。博士論文書籍化なんてその典型。もちろん一般向けの本とかを書くひともいて、一般向けと専門向けの中間みたいなレーベル典型的には講談社選書メチエみたいなやつね。パンピー向けの概説書とガチオリジナル研究成果が混在してる)もあるから、そこにはグラデーションがあるわけだけど、著書がオリジナル研究成果じゃないというのは不当な言いがかりでは。

ひょっとして文系研究書とか見たことなくてどんなことが書いてあるかイメージ湧かない?(いや別に異分野の研究書を読んだことないのは悪いことじゃないけど、実物を知りもせずにイメージだけで語っていいんですかね、「理系」ってのはずいぶんと気楽なもんだ、と嫌味のひとつも言いたくなる)

理系から視線として、博論を除けば日本語レビュー啓蒙しか書いていない三浦瑠麗は「最先端研究者」とは見られない。

から、私そこは否定してないよね? 三浦瑠麗個人研究者としての資質をあげつらうならどうぞご自由に。私だって彼女政治学者として素晴らしいなんて微塵も思ってないし、私の知ってる(まっとうな)政治学者彼女学者として評価してる人なんて見たことない。でも和文は業績じゃないかのように扱うのはやめてね、っていうのが私の指摘の趣旨ですよ。彼女雑誌に書いた文章が全部レビューだってのは、ブコメでkyo_juさんが指摘したことであって、元増田最初和文しかない」ことを問題にしていたよね? そう言われたらそりゃ「和文でも立派な業績になりうる」と反論するに決まってるでしょ。「言語を問わずレビューしか書いてないなんて研究者はいえない!」という主張ならなんの異議もなかったよ。

いずれにせよテレビ研究者枠にはもっと実績積んでバリバリ研究している(あるいは過去にした)人を呼んだらどうかという話にはなる。

そこに関しても私はまったく否定してないよね。和文論文研究業績であり、また共著が研究業績としてカウントされないことは不当である、と言ったけど、三浦瑠麗の業績が学振PD東大講師、あるいはテレビ出演者にふさわしい立派なものである、とは一言も言ってない。あんなのを東大講師にするなら私の先輩たちに職を用意してやってくれよ、と思うし、テレビに出ずっぱりの「学者」がマトモな学者だった試しなんて滅多にないよね、とも思うけど、そんなの私や「文系」あるいは「政治学者」に言われても知らんわ。東大の人事は東大問題だし、テレビがロクに論文書いてない若手を連れてきて「社会学者」や「政治学者」としてチヤホヤするのはテレビ問題言論人として活動してる人を肩書だけ見て研究者と誤認するのは視聴者リテラシー問題でしょ。理系学位肩書がそういう怪しげなショーバイに一切利用されてないってんならともかく、現実には医学博士号を利用してニセ科学撒き散らしてるひととかいるよね。アカデミアが自由開放的性格を維持していく上では、アカデミアのハクを利用してそういうことをする人たちが出てくるのはどうしても避けられないんじゃね、って私は思うけど(まあ、アカデミアでは全然相手にされてませんよ、と表明する責務くらいはあるかもしれないけど、それはもう色んなひとがやってるよね)。

文系増田日本研究者日本語論文が読まれないことの解決策として日本語論文の良さを英語論文内の引用アピールするという案を提案しているが、理系から見たら不効率まりない。一つの研究分野に標準言語がいっぱいあったら世界中学者言語習得に苦労するだろう。

うんだから文系研究者が色んな外国語勉強してるのはそういう事情があるわけ。たとえば西洋古代史を研究するんなら、まあ英語に加えてフランス語ドイツ語研究文献を読めないと話にならんわなぁ。一つの研究分野に標準言語がいくつかあるのは文系だと割と普通で(古代中世に関する研究だと権威ある学術言語がいくつもあってどれかひとつに決められなかったりするし、複数国にまたがる地域や事例を対象にしている場合なんかは一意に定めることが不可能なのは流石にわかってくれるよね?)、その中で日本語地位が低いことをどう捉えるか、だよねぇ。

これに関して、日本語を諦めて別の言語で書くべきだ派と、日本語地位を高めていくべきだ派と、日本アカデミアを最優先に考える派(これが実のところ多数派だろうねえ)がいるんだなと私はぼんやり思ってる。私が見ている範囲では、現代日本文系研究者多様性は、アメリカイギリスほどじゃないにせよフランスドイツロシアとは肩を並べられる水準にあるんじゃないかな。日本史英文学からアフリカ人類学オセアニアの少数言語中央アジア歴史、とあちこちの分野に手を伸ばしていて、アメリカ人フランス人ドイツ人がそうできるように、自分たち言語でそれらの分野の最先端研究成果を手にすることができる。東アジア中央アジアからは、自国のことを研究するために日本に来て日本語博論を書いて自国教授になるひともいるんだよ。これは、欧米人が読めない・読もうとしないってだけで捨て去るには勿体無い環境だと私は思うけども。

もちろん、日本研究を専門としていない欧米人日本語をわざわざ読ませるのは難しいだろうけど、たとえば日本論文につけられた欧文要旨なら彼らは読めるし、和文で書いたもの翻訳して欧米人にも読めるようにしている研究者だっている。どうやら俺らには読めないがチェックすべき先行研究日本にはたくさんあるようだ、と彼らが認知すれば、いずれ彼らの側から、じゃあ日本語読めるやつに翻訳してもらおうとか、そういう話が出てくるかもしれないし、せめて「読んでないけどこういう先行研究があるらしい」と書かれるようになるかもしれない(これは重要なことだよ。「気づかれない」と「読まれない」はぜんぜん違うんだから。この辺はウンベルト・エーコが書いてたな)。地位向上って、そういう積み重ねの上に成り立つものだと思うんだよね。

こういうプロセスって、文系だけじゃなくて理系にもあるよね。たとえば、優れた魚類学の論文アメリカ人日本語翻訳してまで読みたがったとか、和文論文をチェックしなかったせいでアメリカ人が大損こいたとか(http://shinka3.exblog.jp/8059554/)。それに英語が標準言語になったのは、せいぜいがここ半世紀程度の流れにすぎない。その前はドイツ語とかフランス語とかロシア語とかも有力言語だったけど(たとえば、ちょっと前にサザエの新種記載がされたときは、18世紀フランス語の本が引用されてたよね→https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id468.html)、英語頭角を現してきて残りの言語は標準言語とは見なされなくなっただけで、別にからずっと英語が標準言語だと決まっているわけじゃないし、今後もそうなるとは誰にもいえない(数十年したら欧米人中国語で作文するようになるかもね。そうなったら英文業績しかない人が「中文論文を書いてないなんて!」と馬鹿にされたりするのかな)。日本産動物種の研究だと英語論文和文論文引用されてるのもちょくちょく見るし(網羅的にたくさん読んでるわけじゃないので、私の錯覚だったらごめん)、標準言語統一されてないとダメだ! というのは近視眼的見方だと思うけどなぁ。

いくら書いても読まれないんじゃ意味がない、という元増田感覚はわかるんだよ。というかそれは文系研究者にとっても当然のことだと思う(そりゃ全員が意識高いわけじゃないけど、それは文理問わずだよね)。繰り返すけど最近の若手研究者には外国語積極的に発信しているひとが大勢いる。ただ、日本国民1億人が最先端研究成果を自分たち言語で読めて、どんな地域研究だって自分たち言語遂行できる、という環境が、無意味なこととは私は思えない。増田は、日本にまつわるテーマなら標準言語日本語でもいいんじゃないか、と言った(これは良い感覚だと思うので大事にしてほしい)。でもたとえば、ツキノワグマ研究ホッキョクグマやマレーグマの研究と繋がっているよね。日本史研究する上で西洋史探究されてきた研究モデル概念意味を持つことだってある。国文学だって世界文学の中に位置づけられる必要があるだろう。外国政治についてなんの情報もなしに、自国政治改革ができるだろうか? 外国の失敗や成功についてしっかり学ぶためのツール必要なんじゃないか? ジャーナリスト政治家欧州統合アフリカ経済アメリカ大統領選について勉強しようと思ったときに、日本EU研究者アフリカ研究者アメリカ政治研究者がみんな英語論文を書いていて、日本語にはあっさりした概説書しかない、というんじゃ、不便じゃないのかな。そういう意味で、日本語による研究発表は、世界で読まれていないのだとしても、社会貢献としての意義はけして小さくない、と私は信じてるよ。

anond:20180219003901

自分容姿が気になるのは自分だけですよ。

もう働きだしてから何年にもなる管理職ですが、相手男性しろ女性しろ、顔やら容姿なんて見てません。気になるのはその人が言う事、やる事、そしてやった事だけ。お互い大人ですから

だって自慢できる見てくれでもないただのおばさんですが、誰からも分け隔てなんてされません。

就職を気にされているようですが、採用側で面接したことも何度もありますが、やっぱり見た目なんか気になりませんでした。大半の世の中は、モデルとか芸能界とかでなければ、そんなものです。

逆に、テレビドラマとかで影響を受けて、働いたら美男美女が颯爽と働いている世界に入れるとか想像されていると、つまんないと言っちゃつまんないですが。

2018-02-18

おちんぎん高い人は低いおちんぎんの人に頼らないで欲しい

わたし。某大企業グループの子会社の下っ端なんだけどさ

仕事関係で親企業の人とやりとりすることがあるのよ

私の業務は専門的なものなので専門的知識がいるんだけど、正直勉強以外はその専門知識を磨いていたような女なので、その辺の人よりは詳しい

企業は一流大学出たエリート知識もなしにその部署に放り込まれてるので知識あんまりない

なので私にとっても聞いてくるのだけど、正直、あなた私のうん倍のおちんぎんもらってるんだから自分でなんとかしてくんないかな…とか思う

私があなたたちに自分知識披露してそっちのトラブルなおしてあげたところで、私のおちんぎんあがらないし、ていうか女は出世できないし

でさあ、なんか親会社の人たちとか誤解してるみたいで、人によっては増田係長とかメールに書いてるの

いやわたし平だから

係長とかじゃないし、一生なれないから。

企業女性活躍してて課長とか部長かいるのはわかってるけど、こっちは絶対ないんだって

前にはなしたことがあるんだけど、ええ、それだけ知識があるのに?とか言われるんだけど、いや、うちの会社出世するのは知識があるかどうかとか仕事が出来るかじゃなくて、上層部の前でホステス出来るかどうかだから

社内で誰も英語喋れないからしぶしぶ社外担当私一人でやってるけど、平だからね。女性部長課長もわわわわわたし英語できないから!増田さんよろしく!で話してくれないもん

親会社が出向で自社に迎えたいらしいんだけど、出向なんてしたって給料あがらないし、周囲の人の数分の一の給料もらって、なんで大企業様の尻ぬぐいしなきゃならんのよーいやよー

出向じゃなくて親会社にいれてよーだったらいくよー

それにしてもすごいなーと思うのが、おっさん連中は「おんなのくせになまいきだ」って態度丸出しなんだけど、若い子ほど、男女差気にせず「教えてください!」って言ってくるのよね

未来はまだまだ捨てた物じゃないね

高校電車通学し始めて以来、満員電車にはかなりの数のってるんだけど、痴漢現場痴漢冤罪現場も遭遇したことないし、身近に痴漢にあった体験を話してくれる女性もいないので、どうしても対岸の火事的反応しかできない。

とりあえず、慌てて電車乗ろうとしたときに目の前の車両女性専用車両だったりすると、あちゃーめんどくせえと思うくらいだ。

今のラノベは売れる作品しか売れない

妙な言い回しだけど事実なんだからしゃーない

このたび10年以上やってきたラノベを売る仕事を辞めたので情報にまだ鮮度があるうちに書く

タイトル通り今のラノベは売れる作品しか売れない

具体的に書くと、早い段階から部数を伸ばせない作品はその後ヒットすることはないということだ

スタートダッシュですべてが決まるといっていい

何年か前にラノベ作家が新作の1巻が発売されてひと月と経たず打ち切りが決まったと嘆いたことがあったが、それはまさしくスタートダッシュ至上主義弊害である

なぜ今のラノベがそんなことになってしまったのかというと、本屋の平台の面積に限りがあることに加えて、出版社からしたら早い段階からセールスが伸びてそのままヒットしてくれるなら言うことなしなのが一つ

もう一つがこの状況と相性のいい作家結構いるということに尽きる

いったいどういうタイプ作家かというと、


タイプ……デビューからファンを抱えている新人

今をときめくウェブ小説エロゲ世界ですでに名前が売れている人たちがこのタイプ

案外ファン絶対数は多くないんだけど、初版をパパっとさばけるぐらいファンがついてればスタートダッシュには十分であとは倍々ゲーム的に部数が伸びてってくれる

丸戸や衣笠エロゲライターラノベ進出の流れに乗り遅れた感が当初あったが、結果だけ見れば今のラノベの売り方とマッチできて良かったね

せっかく引っ張ってきたるーすや王をヒットさせられなかったSDはすごい無能

初期のなろうランカーが零細出版社書籍化してしまったのは商機を逃したよな

タイプ……固定ファンのいるヒット作家

当然のように売れっ子作家スタートダッシュも効く。初版部数も多い

ただ、ラノベ卒業してく読者もそれなりにいるからヒット作の記憶がまだ新しいうちに新作を出すのが吉。鉄は熱いうちに打て

俺芋の伏見のうりん白鳥は前作の熱が冷めないうちに次作につなげられて良かったね。平坂はまずまず

ファンの熱が冷めぬようにとヒット作が完結しないうちから次作にとりかかる作家も多し

タイプ……出版社がプッシュしてくれる作家

早いうちからメディアミックス企画が動いてくれるのでスタートダッシュが効く

効くのだけど思惑が外れることもる

出版社的にはもっとも高コストリスキー

ゼロはなんだかんだ当たったけど外れたら企画者の首が飛んでたろう。それぐらいプッシュが全力だった

すでにウェブで公開されてる作品に大賞あげたりするのもこの類。Aタイプと兼ねてることもわりとあり

終末何してますかの枯野みたくかつての担当編集出世したことで急に運が巡ってくることもあるから今売れてない作家も望みを捨てるな

以上、今売れてるラノベ作家タイプ分け終わり

でもこの傾向もいつまでもは続かないだろうね

web小説も小粒化してきてるし人気エロゲライターみたいなのも新しい名前は聞こえてこなくなった

今のヒット作家明日もヒット作家とは限らないし、出版社の体力も落ちてきている

anond:20180218191054

最終的に自転車くだらねえ、徒歩とランニング回帰したわ、という境地に達したことにすればマウンティング完成

羽生結弦は本当にスゴイのか?

男子フィギュアスケートなんてアメフトトップ選手と比べたら

フィジカル能力なんて大したことないでしょ

そんな競技マスコミが持ち上げてくれるのもオリンピックという舞台

日本人活躍できるから

個人能力評価しろってんなら、フィギュアスケート自体問題にしてみろよ

森友学園佐川国税庁長官問題を一からわかりやす

森友学園佐川国税庁長官問題を一からわかりやす

森友学園問題

ざっくり言うと

籠池さんら森友学園安倍晋三記念小学校建設のため買った国有地。9億円の国有地が8億円も値引き。

安倍総理の関与は?

安倍総理安倍晋三記念小学校にかかわってたら、総理議員もやめる」

野党国民「そうなんだ。いつ辞めるの?」

安倍総理安倍晋三ですが、安倍晋三記念小学校にかかわってない。」

野党国民「え?嘘でしょ。安倍晋三さんは、安倍晋三記念小学校にかかわっているでしょ。」

安倍総理安倍晋三記念小学校という名前は知らない。理事長も知らない。」

野党国民しかし以前、安倍さんの奥さん『主人も立派な学校だと言ってました』と言ってましたよ」

理事長安倍さん賛同してくれたでしょ。」

安倍晋三「う、う、う、あの黒塗りで隠した設立趣意書には安倍晋三小学校とはかいてない。朝日新聞デマだ」

野党国民「いやいや、なんで黒塗りで隠したの?朝日新聞理事長が言ったことをそのまま書いただけだよね。」

安倍羽生君おめでとーー」

野党国民ごまかすなよ」

佐川国税庁長官問題

佐川宣寿さんは財務省理財局長だった。国有地を売却したことについて、問題ないとした。それではその経緯を書いた文書はないのかと野党が聞くと

文書を破棄した」「ない」

こういう売買契約書などの文書はどこでもそうだが、そんなに簡単に捨てたりしてはいけない。なのに文書を破棄した佐川さん。

安倍総理自分疑惑が書いてある文書の破棄がよほどうれしかったのか、佐川さんを国税庁長官に。

からみんな「え~~~~~~~」となる。

ところが、今になって文書が出てくる。佐川さんの言ってることが嘘なのか、あるいは、まだ文書があるのか、破棄したのか。

安倍総理は上に書いたように朝日新聞を叩いて逃げようとしているが、明らかに何か隠している。

anond:20180218123057

ニュートンの「巨人肩に乗る」って考え方が好き。

CPUOSプログラミング言語ネットワーク、みんな先人達が作ってくれた遺産。その恩恵を受けられる立場にいることは感謝している。

その道具で何を作りたいのか?自分が欲しいもの人類の役に立つもの、いろいろあるね。

 

功利主義 utilitarianism

翻って、フィギュアスケートは?少し辛口意見を言おう。

フィギュアスケートを極めて4回転ジャンプができても、それでは人類課題解決できない。無力なものさw

羽生結弦が癌患者を救うことができるか?全然役に立たないね。精々演技を見せて、一時的に楽しんでもらう程度の影響力しかない。

冷徹に見れば、価値基準の選定によって、物事価値は変わる。実利を求めるなら、娯楽は優先順位評価が下がるのは止むを得ないだろう。

 

自分価値観がないロボット

でも、羽生結弦生活困窮者ではなく、スケートを選びやるだけの条件が揃っていた。その恵まれ環境に対して、嫉妬はしないし、彼のポリシーに従って努力したことは称賛しても良いだろう。

しかし、他人価値観押し付けて、自分価値観として崇め奉りなさいというのは、奴隷ロボットではない限り、ナンセンスな話だw

フィギュアスケートなんて、何の役にも立たない下らないもの」という価値観を、「フィギュアスケートこそ最高であり、人生の全てである」という価値観に交換してくれと言われても無理な話だ。(仮にそんなことを言う奴がいた場合

 

満足=所有/願望

人間としてとても基本的なことであり、言うまでもないことだろうけど、もしかしたら気が付いていない人もいるかもしれないので、念のため申し添えておくことにしてみたよw

森友学園佐川国税庁長官問題を一からわかりやす

森友学園佐川国税庁長官問題を一からわかりやす

森友学園問題

ざっくり言うと

籠池さんら森友学園安倍晋三記念小学校建設のため買った国有地。9億円の国有地が8億円も値引き。

安倍総理の関与は?

安倍総理安倍晋三記念小学校にかかわってたら、総理議員もやめる」

野党国民「そうなんだ。いつ辞めるの?」

安倍総理安倍晋三ですが、安倍晋三記念小学校にかかわってない。」

野党国民「え?嘘でしょ。安倍晋三さんは、安倍晋三記念小学校にかかわっているでしょ。」

安倍総理安倍晋三記念小学校という名前は知らない。理事長も知らない。」

野党国民しかし以前、安倍さんの奥さん『主人も立派な学校だと言ってました』と言ってましたよ」

理事長安倍さん賛同してくれたでしょ。」

安倍晋三「う、う、う、あの黒塗りで隠した設立趣意書には安倍晋三小学校とはかいてない。朝日新聞デマだ」

野党国民「いやいや、なんで黒塗りで隠したの?朝日新聞理事長が言ったことをそのまま書いただけだよね。」

安倍羽生君おめでとーー」

野党国民ごまかすなよ」

佐川国税庁長官問題

佐川宣寿さんは財務省理財局長だった。国有地を売却したことについて、問題ないとした。それではその経緯を書いた文書はないのかと野党が聞くと

文書を破棄した」「ない」

こういう売買契約書などの文書はどこでもそうだが、そんなに簡単に捨てたりしてはいけない。なのに文書を破棄した佐川さん。

安倍総理自分疑惑が書いてある文書の破棄がよほどうれしかったのか、佐川さんを国税庁長官に。

からみんな「え~~~~~~~」となる。

ところが、今になって文書が出てくる。佐川さんの言ってることが嘘なのか、あるいは、まだ文書があるのか、破棄したのか。

安倍総理は上に書いたように朝日新聞を叩いて逃げようとしているが、明らかに何か隠している。

anond:20180218113011

それはどうでしょうか。鉄道会社によるところもあると思います

たとえば都営新宿線女性専用車では「お身体不自由な方とその介護者」とあるので精神障害者は想定していないと思いますhttps://www.kotsu.metro.tokyo.jp/subway/kanren/women.html

一方で、都営交通が配布しているヘルプマーク精神障害者の方も対象となっています(私は一度、都に直接問い合わせて確認したことがあるので確かです。正確にいうと、障害があってもなくても、手助けが必要な人は誰でもヘルプマークを利用できます)。

もっとも、ヘルプマークは外見からは分かりにくい障害を持つ方が優先席に座りやすいよう作られたものであり、痴漢対策として作られた女性専用車とは根本的に異なるものです。

それとこれは個人的に聞きたいのですが、外出時に常時介助の必要レベル精神障害者が、通勤ラッシュ時間帯に介助者同行で電車を利用するというのはどういうケースが考えられますか? 純粋に知りたいので教えてください。

ともあれ話をはじめに戻すと、精神障害者女性専用車を利用可能かどうかは各鉄道会社に問い合わせて調べてみるのが確実だと思いますが、いかがでしょうか。

障害者専用駐車場に停める健常者が批判されんのは?

女性専用車両に男が入ってきたら極悪非道で叩かれて、

どれだけ女性被害に合ってきたかとか言ってるけど。

障害者専用駐車場に停める健常者がそれと比較して全くといっていいほど批判されないのは何で?

車いす障害者は専用駐車場でないと、出られないところが多すぎるよね。

から障害者専用駐車場があるんだけど。

女性専用車両というけど、専用は女性だけでなくて、障害者にもあるんだけど。

このことを言ったら、障害者のくせに偉そうに言うなとかの態度にすぐ変わるからな。

女性専用車両には差別被害歴史があってとか言うなら、

障害者移動の自由もなく、差別歴史があって、移動もできない役立たずだから

断種しろかにもつながったわけだから障害者専用駐車場にも理解しないといけないのに。

全く、女性専用車両の時とは反応が違って、

障害者専用駐車場に健常者が車で駐車するくらい大したことないって感じだよね。

あと、駅での女性被害はよく言われてるけど、

障害者は駅のホームから線路に落ちて死んだりしているから、命まで落としているのに、

何で障害者対策は全く進まないんだろ。女性への声ばかりが大きいね

anond:20180218021901

ちょっとしたこと女性差別だ、女性差別だと騒ぐやつが増えたから、一部の男がそのマネをしているだけだよ。


コンビニの一番隅のほうにあるスペースにエロ本が置いてあるくらいで女性差別だと言って、ものすごく怒り出す繊細チンピラがいるんだから女性専用車両に対して「男性差別」と言い出す連中が出てくるのも想定内


あいつらは、リベラルフェミニストが生み出した鬼子だよ。

対消滅してほしい。


メランコリックな夜

羽生くんが金メダルを取った。

感動と興奮とが一気に押し寄せ、それと同時に無事滑り終えた安堵感が綯い交ぜになり、私は感極まってしまった。

彼のファンなら皆、彼の演技を祈るような気持ちで見ていただろう。

私もその一人だ。

ファンではあるけれども、フィギュアに詳しくない私はアクセルフリップの違いもよくわからない。

そんな中途半端な私にも見終えた瞬間に「素晴らしかった」と思える演技だった。

表彰台笑顔で上る彼を見ていて湧き上がるのは感動、興奮、安堵の感情

そして、私はその裏にある自分のもう一つの感情に気づいてしまう。

憂鬱である

彼はソチから4年間、絶対王者としての意地、国を背負うという重圧、様々な葛藤の中で選手としても、一人の人間としても大きく成長し、今日私たちを大きな感動に包んでくれた。

彼の4年間は間違いなく波乱に満ち、また誰よりも努力した濃厚な時間だったことは容易に想像できる。

私の4年間は。

私の4年間、あのソチからの4年間。

あの頃大学生だった私は、今、「自分の夢を追う」という名目フリーターという心細い身分を自ら選択し、人生迷路に絶賛迷い中である

人に誇れるものでもなく、かと言って破滅的というほどでもなく、惰性的に夢を追う若者ありがちな堕落した時間を送ってしまっている。

羽生くんの演技による興奮なのか、自分の不甲斐なさに対する憂鬱からなのか、私は真っ暗な布団の中で時計が深夜3:00を過ぎても眠ることが出来ずにいた。

眠れないまま布団の中にいると、脳内走馬灯のように私の4年間のなかの少し印象的だった出来事や思い出なんかが駆け巡る。

そして、私は一つの出来事を思い出す。

大学進学とともに東京に出てきた私が、少し東京という街に慣れ始めた頃。

私は友達とともに有名大学の文化祭に足を運んだ。

自分大学とは違う、歴史的な校舎の作り等に感心しながらなんとなくお祭り気分を堪能していると、ふと見知った人の顔が目に入った。

Aくんだ。

高校一年生の春から夏へと季節が移り変わる頃、「ねえ、Aくん、増田のこと好きなんだってよ」と人づてにAくんの名前を初めて聞いたのを覚えている。

私はその時、Aくんの名前と顔も一致せず、「誰か知らないし、話したこともないし、なんかの間違いなんじゃない?」みたいな返事をしたのを微かに覚えている。

自分で「間違いなんじゃない?」なんて友達に言っておきながら、私はそのAくんの苗字を忘れられず(Aくんはちょっと珍しい苗字だった)、頭の片隅になんとなくそ苗字が引っかかっている状態が続いた。

次にAくんの名前を聞いたのは、同じ高校に進学した幼なじみからだった。

一緒に文化祭自由時間のんびり過ごしていると「Aくんって知ってる?」と突然聞かれた。

名前だけしか知らないので、「知らない」と答えると、「ジャニーズの〇〇くんにちょっと似てるんだよ。あっ、ほら、あの人」と控えめに指さす。

指の先には確かにちょっとジャニーズの○○くんに似てると言えなくもない男の子が歩いている。

私自身、あまり惚れやす性格でもないため「あの人かー」という感想以外特になかったのだが、それでもやっぱり高校生なのでちょっとキドキしたりして、勘違いかもしれないのに馬鹿だなとか思ったりして――。

でも、なんとなくAくんも私を意識してるような気もして――。

なんだかんだ廊下ですれ違ったりするとき意識してしまったり、今考えても自分の単純さに呆れる。

国語テストの成績上位者の紙で名前前後に載ったり、何度か運命的な(?)出来事もあったりしたものから余計彼を意識するようになってしまったのかもしれない。

ここまで読んでくれた人はこの後、高校時代、私とAくんが付き合う展開が待ってると思うかもしれないが、私とAくんはなんとその後、卒業まで一言言葉を交わさなかった。

現実少女漫画のようにいかないらしい。

そんなAくんがたまたま行った大学文化祭ギターを持って少し目の前を歩いている。

見間違いかと思ったが、向こうも私に気づいたようで、こちらを注視しており、私は謎の気まずさと恥ずかしさとで完全に見ない振り。

私とAくんが通っていた高校東京とは縁もゆかりも無い田舎だった。

そんな田舎高校しかたことがなかったAくんが目の前に、東京に、たまたま来た文化祭にいる。

私も相当に驚いたが、Aくんも相当驚いたのだろう。

しばらく物陰からAくんの視線を感じた。

それでも気付かないふり――。

だって、話したことないもん。

深夜3:00、羽生くんによって開かれた記憶の扉によって、私は一つの衝動に駆られる。

「Aくんが今どうしてるか知りたい!!」

喋ったこともない相手の近況を知りたいなんて、私とストーカーの違いって果たしてなんだろうと一瞬踏みとどまるもやはり衝動はおさまらない。

真っ暗な部屋で布団の中からスマホに手を伸ばす。

Google検索欄に入力しようとして、我に帰る。

「Aくんの下の名前ってなんだっけ?」

国語テストの成績表で私の名前の上にフルネームで載っていたのに……。

なんだっけ……。

正攻法じゃわからないと考えた私は次に検索欄に Aくんの苗字+自分の母校+彼を見かけた大学名 を入力

すると簡単にヒットした。

彼のフルネームがわかったところで、またGoogle検索

すると彼がバンドマンなこと。

ライブをちょこちょこやっていること。

音楽に詳しくない私でも知っている大きなフェスの小さなステージに出たこと。

そんな情報ポロポロと出てきて、「頑張ってるんだな」と笑みを漏らすとともに、湧き上がる一つの感情に気付く。

そう、憂鬱である

Aくんもまた、夢に向かって4年間駆け抜けてきたのだろう。

それに比べて私は――。

言ってしまうと、私も全く頑張っていなかったわけじゃない。

私の夢を叶えるべく、その道のプロとなんとかコネも作ったし、その人たちに評価されようといくつか作品も作った。

でも、プロにかけられた言葉非難の嵐で、私はプロ評価される度に夢に対する熱意、情熱を失い、失速していった。

夢にほんの少し近づいて持った感情希望なんかじゃなく、絶望だと気付いた時、私は精神バランスを崩しやすくなり、自分の弱さにまた失望した。

ここ半年作品を作ることもできず、ただただ漠然とした不安単純作業非正規労働で埋める毎日

そんな自分が情けなかった。

そんな私には最近、昔好きだった、自分が憧れていた作品をもう一度見返す機会があった。

久々に心を揺さぶられた。

もう一度、いや、何度でも自分の夢に再挑戦したい。

そういう気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。

僅かな希望を胸に抱いたところで、私の人生のちっぽけさは変わらない。

メダリストとは月とスッポンの差だし、駆け出しのバンドマンの足下にも及ばない。

皆それぞれ、人生をがむしゃらに走っている中で私が歩みを止めてしまった4年間。

その4年間を悔やむとともに、彼らの4年間を讃えたいと思うこの感情を色で表すと、きっと夜明け前のような仄暗く、それでいて深い青と紺を混ぜたような色なんじゃないかと思う。

それぞれの4年間に想いを馳せる夜。

そんなメランコリックな夜が今、明けようとしている。

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