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はてなキーワード: 演劇とは

2018-02-22

anond:20180221055544

役者を目指して、芽が出ない。

よくあるパターンじゃん。

演劇に興味があるなら、シェークスピア読破しただろうか?

「期待はやがて失望に変わる」…失望から何を学べるだろうか?

 

今の自分に何が足りないのか?逆に、何が余計なのか?

メタ認知自分の観察)を極めると、自他の相違点に気付ける。

役者って、いったんの自分の色を透明にして、台本に合わせて他の人格を上書きする仕事だよね?

(外見じゃなくて)内面を書き換える作業ができる人だよね?

 

人間の心って、何なのか?

人間本質って、何なのか?

それが分かれば、心(内面)を変えることができるようになる。

それは役者に限らず、誰にでも必要な知見/スキルだと思うよ。

2018-02-20

本田未央アンチ存在しないらしい

みんな本田未央が好き!アンチなんてほとんどいない、もしくは、本田未央アンチなんて作品をよく知らないだけで、

よく知ってる奴にアンチはいない!

なーんて、様々な本田未央Pが執拗つぶやくのを、よくみかける。

じゃあ、なんで執拗つぶやくの?

他のPは自分担当アイドルアンチがどうのこうの、つぶやいてるところを見たことがほとんど無い。

未央Pだけ、やたらそういうことつぶやくんだよね。自己暗示かな?

かに表立って堂々と本田未央アンチ名乗るやつはレベルが非常に低い。

藍子事件と言い、Tulip事件といい、感情が爆発しすぎて、文章が酷いので同意されない

また、アンチは6話で未央の情報止まってしまってる子も多い。

これじゃ、未央アンチ馬鹿にされて当然だけどさ。

しかし、実際1回だけ、うっかり表立って未央批判してしまったら、裏から出るわ出るわ同意の声・・・

やっぱり結構な人が、未央あんまりきじゃなかったんだね

未央Pからみれば、未央アンチは非常に数が少なく見えるんだろう。

しかし、嫌悪感情と言うのは同意されにくいので、みんな隠したり抑えたりしてるだけなんじゃないかな?

かに、未央アンチ(堂々)は馬鹿が多いけど、そういう未央Pの方はどうなんだろう?

以前、私が本田未央アンチになった20話21話について、未央Pに突っ込むと、時系列や当時の未央の能力立場

無視した変な答えしか返ってこないんだよね。

(6話はアニメ構成が悪いだけで、7話と合わせて1話分になってれば別に問題なかったんじゃないかな?

実際、6話の時点では未央アンチではなかった。)

21話で未央がやった行為自分一人だけが輝くために、卯月を見捨て、凛との掛け持ちの約束を破り、しかもその結果の

演技は大したことないという、まさに愚かとしか言えない行為でした。

(せめてTPライブのような一目見て凄い!と視聴者に思わせる成果を上げていれば…)

また、「20話夜の時点で」(ここ重要

秋のライブまでの約2週間~1か月と言う非常に短い期間で、激戦の演劇オーディション合格し、確実に成長し成果を上げ

凛に脚本ぶん投げ無理やり演技させ、凛と卯月自分の成果を見せつけ、納得させることが出来る、と計算し、

20話夜の次の日、ソロ宣言をした。

どんな予知能力者だよ未央は。

まりにも、ご都合過ぎ。

凛に無理やり演技させ、未央の演技見せた時点で、凛が「ふざけてるの?」と激怒したら終わりなのに。

とある未央Pがニコニコで、未央は凛と卯月のためにソロ活動したんだアンチ黙れ!と閣下動画を上げてしまった。

ところが、未央本人が23話で卯月のことを考えていなかったと、その説を完全否定してしまったんだよね。

この間違った解釈押し付けまくった傲慢極まる未央Pのせいで、私は完全に未央アンチに陥ってしまった。

私は21話の時点て、未央は卯月を見捨てたと思ってました。

実際、卯月20話の時点で、何も考えられず「非常に」(ここも重要)怯えてたにもかかわらず、無視してソロ活動したのだから

そのため、卯月は2人に能力不足で見捨てられたと思い、あせって、かなり無理をしてNG外での活動をし、鬱状態に陥ってしまった。

物語に大きく介入するが、あの時点で未央は凛を説得すべきだった。大勢を裏切る結果になると。

それなのに、凛と一緒になって怯えてる卯月を見捨て裏切ってしまった。

結果NGまで秋のライブに出れないという悲惨状態に陥った。あの時点で本来ならCP終わってたよね・・・

この未央の行為にきちんと説明を出せない時点で、アンチの事を馬鹿にする権利が未央Pにあるのか?

1部の未央Pは総選挙2位になったかアンチを見返したとか、1位になればアンチ黙らせられるとか言ってるけど

非常に愚かしいとしか思えない。そりゃ大金突っ込めば総選挙1位になれるよ?

でも、公式アンケート島村卯月2位 渋谷凛3位 本田未央27位ってわかってしまってる。

http://cinderella-6th-memorial-party.idolmaster.jp/sp/questionnaire/q1.html

この時点で、金でいくらでも歪められる総選挙はあまり意味ないんだよね。(声無し担当Pには死活問題だが)

そもそもアンチ順位でひれ伏す存在じゃないし、上に行けば行くほど逆に理不尽アンチが増えるだけだ。

ましてや、アンチ攻撃したり、アンチなんていないよ!と執拗同調圧力かけたりするのは、

かえって逆効果なんじゃないかと思うんだよね。

そうすることで、未央Pは隠れ未央アンチを増やすまでいかないまでも、

途中まで名作だったアニメを、ぐちゃぐちゃにしてくれた憎しみを維持してるようにしか見えない。

そんな無駄なことに命より大事大金を突っ込むの?

そんなことせずとも、他のPと同じくアンチなんか気にしなきゃ、いずれ少しづつ忘れられていくと思うんだけどねえ。

で、最後アンチから提案するアンチ一掃の解決策なんだが、

アニメの糞シナリオを忘れさせるような、超大名作な未央の動画とか作れば、一発でアンチは吹っ飛ぶよ!

2018-02-15

日本でも大学演劇学部の人を俳優のメインに使うべきなんじゃ?

日本だとジャニアイドル卒業した人がメインで出演したりすることも多い

ちゃんと演技の勉強をして、競争を勝ち抜いてきた人が事務所契約して俳優デビューするって形にしたらいいじゃん

もちろん事務所独自スカウトとしたりオーディションしたりするのは自由だけど、それだけじゃ層が厚くならない

海外俳優の経歴見てると大抵演劇学校出身者じゃん

そういうとこが、日本映画悪いところなんじゃない?

2018-02-11

anond:20180210180645

舞台あがりの俳優言わずもがな

売れっ子テレビ俳優アテレコナレーション経験が多いから慣れた人が多い

コント漫才も根っこは演劇と同じだから中堅どころの芸人違和感なくこなす人が多い

例外的センスない人は確かにいるが)

問題バラエティで当たり障りないコメントするのが主業のマルチタレントとか

ぽっと出のアイドル、やたら癖の強いアーティストミュージシャンが起用されたとき

それでも正真正銘ゲスト声優として呼ばれた

芸能人でない文化人スポーツ選手に比べたらだいぶマシなんだけども

2018-02-10

ポプテピピックって本当に面白いの?

いや、毎回「こう来たかw」とか「今日は誰がポプ子とピピ美を演じるんだ」みたいな意外性の楽しさは充分ある。

ただ、円盤買って何度もくり返して観て楽しい作品なのかと。1回観れば充分な気がする。

***

何より、本作は意図的に「生理的不快ネタ」をやってる感がどうにもなあ。

ボブネミミッミのとか、わざと絵も歪ませて声も変な調子にしてて、初見面白かったけど、ああいうのを毎回毎回律儀に入れるとか本末転倒くさい。

いや、「生理的不快ネタ自体も芸風としてはアリだよ。ただ、多分あれって演劇みたいなライブで観れば場の雰囲気で許容できるんだろうけど、毎回TVの前に鎮座して観るものかなあ、と。

***

おそ松でも、たまに意図的に「生理的不快ネタ」をやってるけど、あっちは基本ストーリー性で見せる路線だろ。

根元敬の漫画とかも絵柄的にわざと生理的不快にしているんだが、ストーリー性があったうえで、そのドギツイ部分を強調する手段になってる。

ところが、ポプテピピックだと不快さが自己目的化してるようにしか見えない。

まりポプテピピックって、米の飯とかスポンジケーキの部分がない「香辛料トッピングだけの料理」なんじゃないか

無論「それが良い」って人もいるんだろうし、世の中たまにはそういうのもあって良いと思う。

でも、ちょっと持ちあげられすぎじゃね。

2018-02-05

anond:20180205113224

ギリシャ時代演劇って、別に修行シーンとかなくて

何やっても最後にはデウス・エクス・マキナ揶揄される便利な神様が出てきてなんとかしてくれるってノリじゃなかった?

2018-02-04

ディズニー著作権に関して厳しいのかについての私見

私は海外アニメをよく観ている。幼い頃からディズニー、近頃はドリームワークス、CNを見始めた。かつては『シンプソンズ』や『カウ&チキン』など海外アニメはクセのある絵が多い印象だった(『パワーパフガールズ』や『バッグス・バニー・ショー』などもあるけれど)。最近は『セーラームーン』や『AKIRA』などの日本アニメを鑑賞してきたであろう世代の方たちがクリエイターになり、マイルドな画風のアニメが増えつつある(二作品を挙げたのはクリエイターセーラームーンファンアートを描いていたり金田バイクパロディをしていたりするのをよく見かけたという個人的理由)。個人的には『スティーブン・ユニバース』や『Wakfu』などを新たな画風として挙げたい。他にも未鑑賞の海外アニメはたくさんある。気になるものを各種SNS確認しながら消化している最中だ。

長い前置きはここまでにしよう。書きたいと思ったのは「ディズニー著作権に厳しいのか」ということについてだ。

昔、私は「ディズニー二次創作禁止」だと思っていた。

そのきっかけはあるゲームの発売である。そのゲーム流行った頃、私は中学生だった。私はゲームが不得意なのでそのゲームプレイしていない。しか中学生の友人達はみんなそのゲーム話題で持ちきりだった。そう、ある隠語を使って。ここでは隠語公表しない。個人サイトで使われていた隠語が私の周囲でも使われていたのである個人サイト二次創作をする最盛期であったその頃、私はそのゲームとは異なる別ジャンル二次創作個人サイト巡回していた。どちらも人気だったので、サイト概要を見るとそのゲーム隠語が出てきたのだ。当時の私は未プレイのそのゲームはもちろん、海外アニメに対して二次創作をしたいという欲求はなかった。しかし、その頃の私は中学生で信じ込みやす性格だった。私は検索ワード入力すれば情報を閲覧できるインターネットを「究極の集合知」だと盲信していたのである匿名掲示板ブログなどの根拠不明の噂を信じ込み、気づかぬうちに「ディズニー二次創作一切禁止」という刷り込みを受けていたのである

しかし、私は二次創作をしたい(デジタル絵が描けないと二次創作できないと思い込んでたのも一因。当時は小説があるということも知らず、大人になった今でもペンタブの使い方がわからない)とまでの欲求に駆られる作品出会ことなく数年の月日が流れた。

運命というのはいつも突然にやってくる。

あるディズニー映画に出くわしたのであるミュージカル演劇を好む家族がこの作品を観たいと言っていたことがきっかけだった。失礼ながら、ビジュアルだけ見た時はCGアニメで少々目が大きく細身の画風(?)で「ちょっと怖いな」という感想だった。CGアニメ人間イメージが恐ろしい画風しかなかったのもあったかもしれない。ミュージカルキャストに詳しくなかったが、吹替イメージやすく合いそうな印象もあった。

家族に連れられ、その映画を観たあと、

姉妹……いいな……雪だるま超かっこいい……まさに愛のエキスパートだった……」

と私は俗っぽい感想を抱えた。本編ではメイン2人の目の大きさもあまり気にならなかった。むしろ可愛く見えたのだ。そしてふたりの並ぶ二次創作を見るために思いつく限りのSNS巡回した。すると出てくる出てくる素晴らしい二次創作の数々。ここで私は中学生の頃を思い出した。

「あれ、ディズニーって二次創作禁止では……?」

しか海外の方のファンアートはたくさんでてくる。下手したら日本より多いのでは?混乱しながら私は著作権を調べ始めた。すごいざっくり言うと著作権本社が訴えない限りなにもないのだ。ディズニー一般商業と変わらず同人に関してはグレー。SNSでアップされた二次創作のものに関しては、むしろクリエイター本人がファンアートいいねして拡散する」という日本より緩さを感じる風景出会うことが多かった。

もちろん、年齢規制のかかりそうな二次創作に関しての扱いは個人的結論は出せない。私は本社人間ではない外野人間しかいからだ。

作品の「nice boat.映像差し替えネタ制作側の自主規制なのかもしれないが、外野がかつての私のように「ディズニー著作権に厳しい」というネタで騒ぎ始めたことに胸を痛めて書いた。

私見に塗れた記事をここまで読んでくださり、ありがとうございました。あくまで「ディズニー一般商業と同じ『グレーゾーン』であって、公式で認可されたものではない」という解釈です。ご了承ください。

2018-02-03

ガンダム攻殻機動隊が同じに見えるらしい彼氏の話

お付き合いをしている人がいる。

相手は5つ年上の男性。ちなみに私の性別は女だ。

私はおそらく世間一般で言うオタクというやつで、創作物創造物の類が好きだ。

ゲームアニメ映画演劇絵画模型音楽。私にいろいろな感情を教えてくれたそれらのなかでも、ことさら本が好きだと思う。

飽きっぽく節操の無い性格のためか、活字なら小説から詩集新書専門書、漫画なら少年少女青年成年、雑誌写真集攻略本に設定集、映画舞台パンフレット等、およそ統一性の無い本たちが、広くはないワンルームの隅に鎮座している。縦に横に雑多に、しかし私のなかでは理路整然と。

最近遊びに来た友人に、積みすぎると床が抜けると脅された。賃貸でそれはまずかろうと、恐る恐る電子書籍に手を伸ばしている最中だ。


さて、冒頭に出てきた彼の話だが、おそらく少なくとも、漫画アニメオタクではない。ハリウッド攻殻機動隊を視聴するにあたって概要説明した折、第一声が「それはガンダムとは違うの?」だった男だ。

興味の無い人間にとって、電脳化・義体化とモビルスーツによる宇宙戦争は同じに思えてしまうらしい。お前話聞いてなかっただろ。

ガンダムとはちょっと違うかなー」「あれ、前見たガンダムと同じ監督って言ってなかった?」「ガンダムと同じ監督?何見たっけ?」「見たじゃんあのアニメの、警察のやつ」

それはイングラムだ。ガンダムじゃない。



ある日のこと、きっと遊馬とカイの区別もつかないであろう彼奴から突然「3月のライオンって知ってる?」とラインが来た。

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3月のライオン』(さんがつのライオン)は、羽海野チカによる日本漫画作品将棋を題材としており、棋士先崎学が監修を務める。(Wikipediaより)

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知っている。

漫画単行本を既巻全巻持っている。アニメも見た。実写映画も見た。

好きな物語だ。

正直すごく嬉しかった。自分の好きなものに興味を持ってもらえると一気に親近感が沸くオタクの生態よろしく、結構、いやかなりテンションがあがってしまった。チョロいもんである

はい相手小泉花陽ちゃんと三村かな子ちゃんの区別もつかない甲斐性なし野郎だ。ここは慎重にフラット対応すべしと自分に言い聞かせつつ話を聞いてみると、どうやら彼の友人がアニメを見てハマったらしく、自分も気になった、ということらしい。

漫画を所有していることを伝えると、貸してほしいとの返信。もちろん了承の旨を伝え、既巻13冊をすべて手渡した。重くなるが、スピンオフの灼熱の時代紙袋に詰めた。


3ヶ月ほど経った頃だったかデートをした日、そういえば漫画全部読んだよ、と彼が言った。晩ごはんを食べようと入った居酒屋メニューを見ていたときだった。

もちろん私はすぐさま感想を聞いた。そうなんだ、どうだった?と、期待を込めて聞いた。

「うーん、まあ現実にはあんなのあり得ないよね」

彼は笑ってそう言った。


びっくりした。ショックだった。

面白くなかったのだろうか。そう聞けば、面白かったという。続きも読みたいという。実写映画漫画も見てみたいという。

けれど、一番に口をついて出た感想が「現実にはあり得ない」だった。

そこで初めて思い知った。

世の中には、現実というフィルターを通して物語を読んでいる人が、あるいはそう読むことしかできない人がいる。少なからず今、目の前にいるのだと。

私自身は、幼い頃から随分本に触れてきたと思う。特にフィクション物語を好んで読んできた。読むたび私は空想にふけてきた。

こんな魔法が使えたら、こんなドキドキするような恋愛が出来たら、こんな力を持って世界を救うヒーローになれたら。

それらは、現実との比較であって混同ではない。

そりゃそうだ。私は本を読むとき、その物語という未知の世界の扉を開けて、体ひとつで飛び込んでいるようなものだ。

本を読んでいるとき現実は扉の向こう側にある。現実は戻ってくる場所なのだ

みんなそうなのだと思っていた。それが当たり前なのだと思っていた。

でも、そうではなかった。


私は何にショックを受けたのだろう

彼に自分が好きな世界否定されたように感じたからか。自分好きな物語にケチをつけられたように感じたからか。あるいは、単に同調してもらえないことに傷ついたのか。

おそらく全部あてはまる。けれど核心ではない気がする。

いまだによく整理できていないが、私はあのとき直感的に、嫌だと感じたのだと思う。

きっとこの人と私では、心の奥底のほうで、物語を共有することができないと、そう感じたのだと思う。

立ち位置が違う。視点が違う。同じものを見ているはずなのに、見えているものが違っている。

考えれば考えるほど当然だ。彼と私は他人で、好みも違えば趣味も違う。育ってきた環境も、考え方も違うだろうし、感じ方も違うだろう。

けれど私は、「物語」に関しては、その差異が許せなかった。直感的に、嫌だと感じるほどに。

これがいわゆる価値観の違いってやつなのか、とも思った。

これを理由に離れてしまペアは多いと聞く。価値観が違うのは当然だと以前は不思議に思っていたのだが、今はなんとなくそ気持ちがわかるような気がする。

自分のなかの大切な、染み付いてしまってどうしようもない根っこの部分を、きっとこのひとには理解してもらえない。それがわかってしまった。

ただそれだけなのに、その瞬間、彼が異質なものに思えてしまった。

ガンダム攻殻機動隊が同じに見えるらしい彼と私は、何かが決定的に違っている。

以来私の心は、彼の前では、私の大切なものをそっと奥に、彼の手が絶対に届かないところにしまいこむことにしたらしい。

一緒に映画を見たいと思わなくなった。見ても感想を言いたいと思わなくなった。本を貸したいと思わなくなった。本屋には着いてこないでほしいとすら思うようになった。

文字にするとただのメンヘラじゃねーかとも思う。

けれどそう感じてしまったので、しょうがいかとも思う。

理性のコントロールが効かない部分の、なんとまあ厄介なことか。辟易する。

追記

https://anond.hatelabo.jp/20180204055414

2018-01-30

「新しさはいつも否定と拒絶を生む」2.5次元作品について思うこと

2.5次元作品が狂ってしまった、と嘆き憤る方の言葉を読んだ。

そのことについて思うところがある。

誤解のないよう、まず初めに私の立場を表明しておこうと思う。

私は、ペンライトうちわなどを持ち込んで応援のできるスタイル作品が、正直に言って苦手だ。「うちわ」が苦手なのである

作るのが面倒とか、視界に邪魔だとか、そういうことではない。

ピースして、ウィンクして、というような「要求型」の応援が得意ではないからだ。

ただし、くだんの記事で書かれていたように、こういう客席参加型の作品を狂ったとは思わないし、舞台ミュージカルではないとも思わない。

うちわさえなければ普通に、というかハチャメチャに楽しく観劇するだろう。

客席に降りてきたキャストファンサを貰ったら嬉しくて飛び上がるし、この色と決めていたペンライトカラーはすぐに揺らいで、軽率ブロマイドを買ってしまう。

界隈にはよくいるオタクだ。

ただ、気持ちは分かる。痛いほど分かる。

あれほどの感情は持ち合わせていないが、理解共感ができてしまうのである

例の記事にはもう少し冷静に、悪感情だけを振りかざさずに話をしてくれればよかったのにと思ってしまう部分が少なからずあるが、何言ってんだコイツ、と切り捨てられてしまうばかりではあまりに悲しいので、今回筆を執るに至った次第だ。

なんだよ老害が、と思った方も、時間が許すばら話を聞いてもらえると嬉しく思う。


先ほど、この応援スタイル作品は苦手だが、舞台ミュージカルではないと思わない、と申し上げたが、それはおそらく2.5次元より先にそのスタイル出会っていたのが根源にあるのではと思う。

舞台だけれど、歌って踊ってファンを振りまき、客はペンライトを振ったり声援を送ったりする。そのことに対しての違和感あるかないか。そこが私と彼の方との大きな差であろう。

例を挙げるなら、宝塚なんかが有名ではないだろうか。

1部と2部で分けられた構成で、似たようなもの存在している。観たことのある方も多いのではないだろうか。

それから四季マンマ・ミーア!なども、近いものがあるだろう。

カーテンコール熱狂ぶりは、一度体感して欲しい。

2.5次元作品名前をお見かけする俳優さんたちが出演しているものでいうなら、私は数年前に上演された「ボーイ・バンド」が分かりやすい例ではないかと思う。

劇作家であるピーター・キルター作品だが、世界中で初めての公演を日本で行ったものだ。

これは2.5次元作品ではないのだが、ミュージカルではなく、けれど歌があり、客はその歌に合わせてペンライトを振る。

ペンライトを持ってくることについて公式からアナウンスがあった)

少し時間が経ってしまったためよく覚えていないが、演者が客席に降りてのファンサービスもあったように思う。

歌われている曲は大ヒットしたJ-POPだ。(興行主側が曲を決めるらしく、作品として固定の曲はないようである。)一緒に歌ってほしいなどという煽りもあった気がする。

例の定型にはめるのなら、これらは舞台ではないということになるのかもしれない。

こういった作品は、知らないだけで、きっとずっと前から数多く存在しているはずだ。

ただ、昨今の2.5次元作品という界隈で、アイドルコンサートと一体化しているようなものが乱立している。

からとても目立つのだ。

2.5次元作品をかじっていればどうしても目についてしまう。それを苦手だと感じる人がいれば、極度の嫌悪感を抱いてしまうくらいには多いと思う。

おそらくだが、嫌悪までいかずとも、僅かばかりもやもやとしてしまう人にとって、そしてくだんの記事を書いた方にとっても、舞台コンサートイベントなどの種別に関わらず、興行というものは全て「参加するもの」ではなく「観るものなのだ

ただ、作品を観賞したい。それに尽きるのだ。

から舞台上の出来事を受けて起こる笑い声は演出ひとつと受け入れることができても、客席側から舞台上に向かって存在要求を主張するようなうちわや歓声は必要ないと感じてしまう。

少々暴力的言葉を使うなら、邪魔なのだ。余計なものだと感じてしまう。

要は、酢豚パイナップルなのである

あれが許せるか許せないか。あったほうが美味しいか、入っている意味すら分からないのか。

けれど、公式的にそれが認められ、あまつさえもっともっと要求までされているのものから困惑するのだろう。

どうして、と思う。

そして、自分が好きだったジャンルが「どうして」で溢れかえってしまう。

パイナップルの入っていない酢豚が食べたいのに、流行のせいで中華料理店パイナップル入りばかりを提供しているのだ。

こんな酢豚は要らない!私の思う酢豚はこんなものじゃない!と感じるのである

私自身、この手の舞台にっついては冒頭に書いたように苦手な部分があるので、チケット代分をしっかり楽しめる気がしないから近寄らないでおこう、くらいのスタンスでいるつもりだ。

2.5次元作品も好きだけれど、他にもオリジナルなり古典なり、全然関係ないアーティストライブなり、あちこち手を伸ばしているというミーハーな側面があるからだろう。

パイナップル酢豚しか見つからないなら仕方ない。

回鍋肉でも麻婆豆腐でも何かおいしそうなものがあれば、気が向けば食べる。

けれど、私が好きで好きで仕方ない漫画アニメ作品が、うちわを持って応援するスタイル舞台になってしまったら。

楽しいと思うしそういうのがあってもいいと思うよ、私は行かないけど」という立場を貫けるのか。正直わからない。

きっとあの記事を書かれた方は、一足先にその憂き目にあってしまったのだと思う。


とにもかくにも、最近このドルステタイプ作品が多いのは紛れもない事実だ。

少なくとも私が2.5次元作品を観るようになったばかりの頃は、ミュージカルストレートかといった分類だったように思う。

それを証拠に、ある作品舞台化するという情報が出たときは「ミュなの?ステなの?」なんて疑問文をよく見かけた。

最近では、うちわは有りなの?なんて言葉をよく見る。

新たなジャンルが生まれているのだなあ、と感じる一端だ。

この新たなジャンルは、確かに舞台作品範疇ではあるが、独特な応援スタイル存在しており、それを楽しめる人もいればとんでもなく苦手な人もいる。

2.5次元ミュージカルの先駆けのひとつと言われ、多くの動員数を誇るテニスの王子様だって、初めは観客もぽかんとしていたという。

テニミュに触れたことがあれば、知っている人も多いのではないだろうか。あの最初の曲。You Know?

はじめの台詞を言っとき、お客さんが「???」という反応だった、と演者の方が話していた。

そんな始まりだったが、千秋楽の頃には満員御礼

けれど、2.5次元ミュージカルがここまでの台頭を見せていなかった当時、「何で急に歌いだすの」「ミュージカルでやる必要ある?」と感じていたファンは一人もいなかったのだろうか。

決してそうは思わない。思わないが、徐々に受け入れられ、ファンが増え、公演数が増え、途絶えることな3rdシーズン

その折り返しをすぎた今、世の中には同じように漫画原作とするステージが数多生まれ、『2.5次元ミュージカル』という言葉自然発生的に生まれ、すっかり市民権を得ている。

今この時代チケットを握りしめて劇場にいった人の中に「何で急に歌いだすの?」「ミュージカルでやる必要ある?」なんて疑問を感じる人はいないと思う。

そうとわかった上で、私はそういう作品が好きで観にきているのだ、という人が殆どだろう。


先日放送されていた情熱大陸松田さんが仰っていた。

映画などとは違い、舞台初日の幕が上がるまでどんなものなのか分からない。

当たり前だが、その通りだ。

先ほどのテニミュ初めての公演のもそうであるし、刀ミュが初めて上演されたときなんかも記憶に新しい。

実質ドルステ。そういうような単語がいくつも踊っていた。分からないのだ、幕が上がるまで。

私が知らないだけで、もしかしたら公式サイトのQ&Aなどで、内容が予想できるようなものがあったのかもしれない。

公演前の宣伝番組で、内容が示唆されていたのかもしれない。

だが、そこまで下調べをし予想についての情報収集をしていく客の割合は、そう多くはないだろう。

出演者ではなく作品ファンというなら尚更だ。

少なくとも「ミュージカル刀剣乱舞」のタイトルフライヤーだけでドルステだろうなんて、よもや想像がつくまい。

そして、とても現金な話ではあるが、決して安くないチケット代を払い、宿泊先を押さえ、はるばる新幹線に乗って都市部へ足を運んで観る。どうせなら、心から楽しめる演出作品のものを選びたいと思うのが人の心理というものだ。

苦手だなと思う私の立場とは逆に、うちわを作ってペンラを振って推しキャラキャスト応援するスタイルが大好きで仕方ない人だっているはずだ。

知人にも数えきれない程いる。舞台には行ったことがなかったけれど、評判を聞いて2.5次元アイドル応援しにいった女の子。いつの間にかうちわ制作プロになっていて、自分の住んでいる県でも上演があるのに、このスタイル舞台なら!と言って、うちわを持ってあちこち飛び回るようになったお姉さま

舞台を観たことがない人を、いか劇場に来させるか。そんなことを、制作から聞いた。これまた情熱大陸だ。大成功である。そして、すっかり確立された演出方法にもなった。

きっと今、文化の変遷と定着の、まさに過渡期に立っているのである

からそろそろ、この新しいスタイル演劇名前つけませんか。

そうとわかった上で、私はそういう作品が好きで観に行くのだ。

これを当たり前にするために。

オペラから派生し、最初は格下だと思われ、あんもの芸術じゃないなどと言われてきたであろう、そして現代ではすっかり格式市民権を得たミュージカルのように、いつかこスタイル演劇も一つの舞台芸術の形としてウィキペディアに載る日がくるかもしれない。

2.5次元も嗜むしがない舞台ファンからの、ただひとつの願いである。

狂ってしまったも何も

https://anond.hatelabo.jp/20180124190357

演劇に○○を持ち込むな!!!」っていう概念を壊すためにわざと尖らせた刀ミュやらブタキンやらに行ってて(ブタキンは見てないのかな?)な〜に言ってんだ???特異点しか見ないで「2.5はダメになった…」ってドヤ顔して砂かけるなよ。

うちわペンラ持ち込み可の舞台もあるけどそんな増えてないし、一般舞台でも客席側からモノを持ち込んで賑やかしになる作品はある。

それはそのジャンル丸ごと駄目、堕落、終わり、じゃなくて「自分はそういう作品が苦手」って話なのに、なんでジャンル丸ごと下に見るの?って思っちゃう

ダメ人間かな

から仕送り20万貰って毎日ほぼひきこもりで、たまに若手俳優のでてる演劇いったりDVD買い漁ったり、若手俳優に貢いでる大学3年生です、そろそろ就活やべ。

この生活、仲良くなってきた人に話したらダメ人間って言われたけどマジか

しかに、自分の力で生きていける気がしない

2018-01-24

もう黒木智子となかまたち(もこ・ゆり吉田・まこ)を見てるだけで涙が出てくる

もう、尊くて尊くて・・・

つづいさんが「しんどい・・・」とかいってるのをみて

そうなんだ、

程度に思ってたけど、今ならあの感覚がよく分かる。

ページをめくる(クリックする)のがしんどいどころか、

頭のなかでページをめくるのがしんどい

4人が一緒なのって単なる偶然なんだよな。

修学旅行での余り物(プラス)ってんで。

メタなことをいえば、「テコ入れ」として導入された3人なわけだ。

その3人がもこっちの周りで笑い泣きをしている、

そんな降ってきた「偶然」を我がごととして引き受けてそれぞれ生きている様が尊くて尊くて仕方がない。

なんでこいつら生きているんだろうな?

とか思うよ俺は。

俺が俺はなんで生きているんだろうと時々思うのと同様に。

金をもらっているわけでもないのにな。

生きてる意味がないっていいたいんじゃなくって、

生きていることが急に不思議に思えた、

だいたいそんな感じだ。

人生は(仕方がなく)始まってしまった演劇である

その仕方がなさを引き受けてるようで・・・・。

これは本当にヤバイ

ヤバイ・・・・・・・・・・・・・・。

黒木智子となかまたちが尊いこと、それをみんなにも知ってほしくてしかたがない。

一人でも多くの人が黒木智子となかまたちが尊いことを知ってくれればなと思う。

そんでみんながわたモテを読んで、それぞれの尊いポイントを語り合えたらなと思う。

否定は一切ないんだけど、馴れ合いでもない、そんな会話が延々できたらなと思う。

そんな会話だけからなる共同体をつくれればなと思う。

ちょうど黒木智子となかまたちを反復するようにな。

こうして、マンガ現実になる。

次回はどこが尊いか、最新話を題材に具体的に解説していこうと思います

http://www.s-sj.org/?page_id=66

入会案内

日本シェイクスピア協会入会案内

1. 日本シェイクスピア協会日本におけるシェイクスピア研究を促進するために設立された団体です。

2. 会員は、シェイクスピアおよびエリザベス演劇とその研究に関心をもつ方とします。

3. ご入会希望の方は下記様式の申込書に必要事項をご記入の上、当協会事務局にお申し込み下さい。

4. 一般会員は8,000 円、学生会員は5,000 円、賛助会員は20,000 円以上です。納入は郵便振替銀行振込でお願いいたします。

シェイクスピア研究者512人」の根拠になっている日本シェイクスピア協会の入会条件です

ただの事実誤認じゃねーか

2018-01-23

ちょっと「してやられた」という話。

これの続き。https://anond.hatelabo.jp/20180119190450

でもってこれは駄文感想と、返信が来るまでのつなぎ。


けんちん・F氏から反応がありまして。

twitterにて「丁寧な分析とご意見野村某よりもよっぽど誠実だと感動しています。(中略)真面目に書いて揶揄は避けるつもりです。」

というお言葉を頂いたわけです。

色々感じる所はあったけれど、一番最初に思ったのは「してやられたな」というところ。


僕は文中には氏に対し一定リスペクトはある的な事を書いたものの、まあ基本的には僕が一方的揶揄してる形で記事を書いたわけで。

なんで?っていう問いに関しては

1.読む人が興味を持って「うんうんわかる」と言いたくなる文体で書きたかった

2.どう丁寧に書いてもけんちん・F氏の心にはどうせ響かないのではという勝手思い込み

3.「どうせなら面白く書きたい」という欲

以上の3点が理由です。


からぶっちゃけこう来ると思ってなかった。

よって、きちんと読んでいただいた事の感謝と、揶揄する形で書いてしまった事への謝罪をここに記載いたします。

でも、1・3を優先するあまり今後も同じスタンスでやると思いますありがとう。ごめんなさい。


「冷静に対処する」っていうのは、書き手クレバーに見える一つの非常に効果的な手法なわけで。

から、「やーいやーい」って書いてる所、「うん、そうだね」って冷静に返されちゃうと、振り上げた拳が降ろせないといいますか、

「あー、やべー。こっちが嫌なやつに見えちゃうやつだ」っていう感じなんですね。


なので、「うわ、まじかそう来たか」っていう驚き2割と

「あ、きちんと文章読んで(そして多分受け止めて)くれるんだ」という喜び4割と

「やべーな、この後のスタンスが取りづらいな」っていう後悔が4割。僕の心情はそんなとこです。


自分別に主語を大きくした「演劇の作り手と観客の代理戦争」みたいなのには一切興味がないしやりたくないか

紳士的な形でこられたら紳士的な対応を取るしかない。何故ならこれは個人個人のやり取りだから、と思うわけで。

まり、「演劇人が悪く言われてるから攻撃的に言っていいんじゃオラァ」ってなると、それこそブーメランだと思うわけです。

僕は、個人であって誰かの代弁者ではない。思いあがらずに自制していきたいと常々、思っております


でも、そうなると一個、疑問が沸いてくるんだけど、

野村氏の(割と)冷静な記事に対して異様なまでにカッとなったような批判をしてる(ように見えた)んですが

これはやっぱり立ち位置の違いと言うか「市原氏に近い存在のヤツが市原氏を叩く記事書かずに『これからどうしていくか』

みたいな俯瞰位置発言してんじゃねえよ!お前どうせ知ってただろうよ!?あん!?」っていうバイアスありきで書いちゃったからなんかな。

今回の自分の推論でいけば完全に悪手になるわけで、そこだけがちょい疑問。


以上、駄文感想


あと、名前どうしようかなと思って、確か何らかの意味合いで(忘れた)「けーえふ」って適当に名乗っちゃったけど

「けんちん・F氏」とがっつりカブっちゃったのは超後悔してる。

なんで気づかなかったんだろう。バカ以外の何者でもないです。見るたび胸がチクッとします。

2018-01-20

anond:20180120113943

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/メインカルチャー

ウィキペディアにあったで

メインカルチャー(英: main culture)とは、サブカルチャーと対比して用いられる語で、ある社会支配的な文化のこと。

文学美術演劇音楽など社会の(主流をなす)構成員健全文化として受容するものである伝統的には大学学問対象として研究されたり、新聞雑誌などで論評の対象になるものであった。20世紀になって大衆文化が発達し、次第に映画テレビ番組ポピュラー音楽ビデオゲームなども文化として認められるようになった(メインカルチャー化)。

また普段相撲を見もしない奴等が的外れコメントしてる

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180119-00080643/

fukken ガチでの勝負を前提として、球場故障もっと寛容になればいいだけの話。なんで八百長を許容するって話になるんだよ。八百長など、競技としても神事としてもまずかろう。

2018/01/20

休場や故障に寛容になったって壊れた身体は戻らねえよ。

つか故障に寛容ってなんだよ。現状でも寛容だよ。みんなサポーター巻いて出てきてるだろ。

競技なら八百長はマズイだろ」はおっしゃる通り。

だが神事八百長の何がまずいんだ?神事なんて多くは演劇だが。

豊穣の神とか疫病神とかと取っ組み合いする神事は珍しくないよね。

故障に寛容wになったって15日連続ガチでやればどんどん怪我人が出る。

はてな民はどうもハード運動部経験者とかが少ないんじゃないだろうか。

からいいこと言ってるつもりで「故障に寛容になる」とか意味不明方針が出て来る。

まともな対策場所数を減らす事だ。収入減っちゃうけどな。


diabah_blue ガチンコ危険と言うなら、危険でなくなるようにルールとして明文化すればよい。フェンシングの剣が真剣でないからつまらいかと言えば、そうではないと感じる。

2018/01/20

これマジで酷くない?

冗談で言ってるんじゃないんだもん。

相撲のような身体をフルにぶつけ合う種目とフェンシングのような相手身体に直接触れない種目を比べてどうする?

レスリング柔道ラグビーアメフト、みんなフェンシングより怪我が多いよ。調べないけど調べるまでもないことだ。

これほとんど「相撲将棋に比べて怪我が多い、将棋みたいにルールを整備しないからだ」って言ってるのと発言馬鹿度は変わらないからな?


いつものことだけど、こういうのを1人が言ってるならいいんだよ。酒飲みながらコメントしたとか睡眠不足コメントしたとか一瞬脳の血管詰まってたとか色々あると思う。でも大勢が星を付けて人気コメントになるのはどうなんだ?全員酔っ払ってるの?

相撲をどうルール整備したら相撲の形を保ちながらフェンシング並みに怪我が減るのかおしえてくれ。

具体的に言ってみなよそのすっごいアイデアを。

きっとそのすごいアイデアレスリング柔道にも応用して怪我を劇的に減らせるはずだ。

言ってくれよさあさあ。

n-styles とりあえず土俵の周りにフワフワのエアクッションでも置いたらどうか。どう考えてもいきなり転落するの危ないし、土俵の外いじって安全策講じても競技性や伝統に大した影響ないでしょ。

2018/01/20 リンク Add Startamtam321hugie

こいつの言ってることならわかるわ。

ルールじゃなくて設備を変えるってこと。

ただすごいみっともなくなるので相撲では出来ないだろうな。

あと勘違いされがちだが、殆どの怪我は土俵の下に落ちたところで怪我するわけじゃないか

相撲を取ってること自体が腰や膝に飛んでもない負担がかかるんだよ。

あと20代前半からみんな糖尿病だしね。

相撲部屋には注射器は珍しくない。

シャブじゃねえよ? インスリン打ってんだ。

junmk2 とうとう八百長擁護まで出てきたよw 伝統腐り過ぎw

2018/01/20

相撲八百長は大昔から伝統だよ。

昔なんて「無気力相撲はやめましょう」って注意が公然協会から出てたの覚えてないかな。

相撲知らない人達は覚えてるもくそもないわな。

勝ち越し負け越し決まったあとの取り組みは平然と流す力士が多くて、

あんまりこれ見よがしに流すな」って注意されたんだよ。

勝つ気がないの明らかな相撲を取る力士がいて、テレビでも流れてたよ。

相手が7勝7敗で自分にとっては重要じゃない取組のときあんまり本気でやるのは「行儀が悪い」って言われてた時代もあった。

プロ野球でも勝ちが決まってる大差で盗塁とかしたらキレられるだろ。しらねーか。

プロ野球は純競技なんだから半神事の相撲八百長よりよっぽどまずい筈だがまかりとおってる慣行だ。

新人選手が大差勝利試合盗塁したら相手チームの監督マスメディア相手に「大変なことやと思うよ」って怒りを表明するぐらいには堂々とやってる。

afurikamaimai 言い分は分からなくもない。ただ「八百長や星のやり取りはない」って言って裁判まで起こして異論潰して回ってたのはまさに大相撲なわけで。後ろから相撲を撃ってることになるんじゃないかな。

2018/01/19

お前等みたいなにわかじゃない普通ファンはみんな知ってる。

相撲には八百長があるし、相撲八百長はい八百長

公式には絶対認められないだけでな。

あと八百長だんだん箍が外れるから

たまに問題にされて処分者が出るのはいいこと。

それが角界なりの自浄作用

相撲ファンはみんなそこまでわかって納得してる。

お前等がなんにも知らずに頓珍漢な事言ってるだけ。

toitoihoh プロレス台本ありのエンターテイメントである代償に、競技としての格闘技を見たい客を呼べないという対価を払っている。だが大相撲はその対価を払っていない。ならば八百長相撲で許される理由は、ない。

2018/01/20

プロレスほどの台本はねえよ。

相撲八百長度・競技としての不純度は日本の腐りはてた格闘技全般、K1やらRIZINやらと同じぐらいだ。いや、あれよりはマシだな。

まり八百長っていうと0か1か・全部取り決めか全部真剣勝負かだと思ってる、この程度の理解馬鹿が知った口を叩くなと。

no9875 ガチンコじゃないなら愛想や体格のいい日本人横綱が常に2〜3人いるように調整してもいいのに、若貴以降ハワイモンゴル出身ばかり横綱になったのはなぜ?伝統という面でもいまいち意味不明なんですが。

2018/01/20

いい質問ですね!

知らないなりにしったかぶったりせずに素朴に疑問を書くなら親切に教えちゃうよ。

相撲八百長基本的に実力を背景とするの。

安定して勝ち越せる人がいて、例えば11勝4敗出来るとするじゃん?

優勝狙えるほどじゃない。でも勝ち越しラインの8勝から3つも星が余ってる。

これを売ってあげるわけ。

何かが懸かってる人にね。

たとえば負け越しピンチから助けて欲しい人。

ただ、星を買う側だって自力で4勝しか出来ないから星を4つ買います」ってわけにはいかない。

自力でも勝ち越せるぐらいの人が、調子悪い場所で終盤に保険で星を買うのよ。

エスポワール号みたいだろ?

疲れも出てる場所終盤で勝ち越し負け越し賭けて全力相撲なんかしたら怪我が増えるじゃん。

相手だってそこで全力でやるほど人情がないわけじゃないし死に物狂いを相手にして怪我したくない。

なら「貸しひとつな」ってことになる。売り買いってより貸し借りなんだよな。金が媒介すること「も」あるだけ。

要は互助会みたいなもんだよ。

はてな民の好きなやつだよ。従業員同士で苦しいとき助け合いをしてるんだ。

安定した互助会大関トップに発生しやすい。

かつて〇皇は互助会会長と呼ばれてたしクンロク大関賞賛されてた。

大関を張るに確かな実力がありつつ星の貸し借り仕切ってる人の安定した成績が9勝6敗。

「さすがの会長、今場所も貫禄のクンロク」「今場所は10勝5敗、乱れが見えた」つって互助会見るの好きな相撲ファンは喜んでたもんだ。


質問に戻るけど

愛想や体格のいい日本人横綱が常に2〜3人いるように調整してもいいのに、

これの答えはもうわかったよね。

八百長は実力足りない奴が上にいく為のシステムではないから」。

イケメンだけど実力がないっていうカカシみたいな奴を横綱に出来るわけではないの。

若貴以降ハワイモンゴル出身ばかり横綱になったのはなぜ?

八百長全盛期は千代の富士時代でさ。

もちろん千代の富士は強かったけど八百長も相当やってたよ。

から長持ちしたの。

もちろん八百長だけで綱を張れるわけじゃないから、十代の貴乃花に力量負けしたのを悟って引退した。

一方で、若貴時代以降は概ね(ゆらぎはある)ガチ時代なの。

から怪我人続出したでしょ?

貴乃花ガチに拘るのは、自分ガチだったからよ。

貴乃花で怪しい相撲なんて若乃花綱取りかかった場所兄弟対決だけだね。

仲悪くなったのあれが遺恨じゃないかって説があるぐらいよ。

普通力士なら実の兄や兄弟子の綱取りかかったとこで本気でやらないなんて当たり前の人情だけど、

貴乃花から

で、モンゴル人は勿論同郷互助やってるよ。

これはあの報道の前から公然の秘密

相撲ファンはみんなわかってたこと。

これもそもそもまともな常識人情で考えて欲しいんだよ。

同じ国からこんな外国まで来て下手すれば高校から部屋住みでチョンマゲ結って相撲やってて厳しい実力社会立身出世目指して、同郷同士助け合うのが当たり前でしょ?

で、脱落していく仲間を見送りながらも生き残った者同士、十両幕内、と目鼻がついてきて、そこで潰し合いなんかするか?

お互いの苦しい状況での星の貸し借りなんて普通に発生するわな。綱取りかかってたら協力するわな。

白鵬は違うが、鶴竜日馬富士横綱になれたのは完全に互助からな。

実力が全く横綱に足りてないとまではいわない。運がすごく良ければ自力横綱になれた可能性はある。

そういう奴等に不運や怪我を回避させて上げるのが互助精神で、それが相撲八百長なわけよ。

モンゴル力士は強いけど、絆も強い。

磐石の互助体制があるので今は日本力士より有利になってる。

それ見ても相撲ファンは「モンゴル人はズルい」なんて言わなかったよ。「日本人ももうすこし助け合え」つってたんだ。

から横綱0人なんだってな。日馬鶴竜ぐらいの器量の力士日本人にも何人かいたから。

ただ報道の通りなら最近白鵬ちょっと道を違えてたみたいだね。

八百長に応じない同郷の後輩に「俺達に勝つのか」とプレッシャー掛けるようなことは相撲ファンから見ても看過できない

悪い互助会になってたからメスが入ったということだね。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180119-00080643/


(追記)

トラバで俺じゃない人が俺と勘違いされている

相撲に詳しくなるには5chかtwitterかって話のようだけどそれは一長一短じゃね?

最近見てないけど5chも現役力士が書き込んでたりしてそんなに悪くはなかったような

ただ俺は身近に相撲好きな人がいたのが一番大きかったと思う

kjkw 『相撲には八百長があるし、相撲八百長はい八百長。』本気で肯定してるにしても、あえて肯定してるフリして書いてるにしても分かり合える気がしない。

どういう意味でのどういう効果のある八百長なのかってちゃんと説明したよね?

ほんとに読んだうえで伝わらないならしょうがないんだけど

はてなって結構文章読めない奴がいるからどっちなのかわからん

ちゃんと読まずに「八百長から悪いだろ!」って言ってるなら疲れる

2018-01-19

けんちん・F氏の文章面白い その2

続きです。

問題点3:自論に対して黙秘反論する人に対し「擁護するから黙秘反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない>

ある意味一番の問題点だと思う。(感想

反論、又は黙っているって言う事は同じ穴の狢だからだ!演劇界は腐ってる!ふじこふじこ」みたいなのが多いように見えます。(感想


例:ケ

文章①より引用

ついでに福岡演劇人の反応や如何、と久しぶりに彼らのTwitterを覗いてみたけれど、事件に触れているのはほんのわずか。自分たち業界事件としては、

日馬富士暴行事件並の大事だって言うのに、何なの、この他人事ってな態度は。 仲間意識で触れないようにしているのか、脛に何らかの傷を持ってるのか、

逆にパワハラセクハラ福岡演劇界蔓延してるんじゃないかと勘繰りたくなってくる。

<以上引用

推論のすり替えに、「知ってるヤツが黙ってる=福岡演劇界蔓延してる」の主語の拡大と、さらに「黙ってる=同じ穴の狢だ」というレッテル張りをしている。こちら、けんちん欲張りセットとなっております


例:コ

文章④より引用

として、FPAPの高崎大志の件をTwitterで取り上げた。これは被害者の近くにいた人物が、被害者本人の了承を取った上で告発したもので、公的に判明した稀有な例だ。だからこそ事例として引用したのであるが、

被害者の知人から名前を出すな」というクレームを頂いた。 本人の弁を聞いたわけではないのだが、どうも被害者は、過去名前出しをしたことを後悔しているらしいのである

(憶測しかモノを言えないのは、非難してきた人物が、詳しい事情を教えてほしい旨を伝えたのに、無視されたかである)。

こちらとしては、パワハラの明確な実例として挙げたかったのだが、これも結局は「被害者泣き寝入りしたがっている例」として扱わざるを得ないことになってしまった。

これでは福岡演劇界には、セクハラパワハラもない、と錯覚されてしま事態になりかねない。 そういう「平和演劇界」にしたい人間が、この界隈にはごまんといるのだろう。

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

<以上引用

FPAPの件を被害者の知人から名前を出すな」と頂いた

名前出ししている事を公開しているらしい

これでは「被害者泣き寝入りしたがっている例」になってしま

そういう「平和演劇界」にしたい人間ごまんといる

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

凄くない?コレ。もはやセカンドレイプだよね。「知り合いの名前を出すな」っていうしごくまっとうな指摘が(しか理由の想定までできているのに)

パワハラの明確な実例としてあげるな」っていう「攻撃」に彼の中で脳内変換されてさらに「卑劣」とまで言ってのけてる。

ちなみにこの後「ここで手を緩めるわけにはいかない。」って続きます。アンタ一体誰と戦ってるんだ?


その2に続きます

例:サ

文章⑤より引用

 むしろ、私を詐話師のように仕立て上げようとする野村行為の方が卑劣まりないものであって、ああ、やっぱりこいつも市原と同じ穴の貉だったのだなと感じざるを得ない。

<以上引用

これはちょっと説明が面倒になるのですが、順を追って見ていきましょう。

1:野村氏が2017年12月28日noteにて(https://note.mu/nomuramss/n/ncf6decc718eb

"翌日、市原くんから被害者の方への謝罪と、私に対して詫びるメッセージが届きました。どう返したらいいか正直わかりませんでしたが、とにかく被害者の方のことを思うと、私自身、

許せるものではない。一方でSNS上は罵声の大騒ぎになっている。「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」という言い方で「死ぬな」という念を送るしかありませんでした。"

記述。(きちんと読めば「死んで被害者の人から逃げるようなことをするな」という意味合いときちんと読み取れます。私はそう受け取りました。)


2:けんちん氏が2017年12月31日mixiにて

"野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを「公的な報告」として記すのなら、

本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、

話を粉飾しているようにすら見える。 "さらに"野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。 "と批判

ちなみに、この際、野村氏のブログのURLを貼り付けています

(この時点で、事実が誤認(作り話)されています野村氏は『市原に「死ぬな」と電話で言った』とは一切書いておりません。)


3:野村氏が2018年1月4日

"どこにも、電話で話した、とは書いていない。この時点で「死ぬな」という言葉さえ伝えていません。しかるべき捜査機関に調べてもらっても同じ結論になります

完全に、けんちん・F氏の作り話です。・・「話を粉飾」してるのはどっちだよ!"と反論

そりゃそうだ。書いてませんもの


4:けんちんくんが2018年1月9日

"確かに、「電話で」とは書いていない。「死ぬな」も「念を送」っただけで、そういう言葉を伝えているわけではない。 けれども私は、野村ブログリンクを貼った上で、

上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを

電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。おそらく実際はメールか何かだったのだろうと推測するが、はっきり言って、そんな連絡の手段なんか、どうでもいいのね。

そして、「死ぬな」という直接の言葉を伝えていないという点も、私が問題としているのは、そういう心情を市原に対して持っていることをわざわざ文章化していることが

被害者の心情を全く理解していないではないかということなのであって、これまた「作り話」という批判は全く当たらない。 "

反論さらに、これ以下の文章野村氏を延々と罵倒侮辱する内容に。


いやけんちん君、間違いを認めようよ。

野村氏は「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」って言葉で「死ぬな」って念を送るしかしなかったわけ。

それを「電話で「死ぬな」と言ったとか書いている」って書いたのは作り話でしょ?音声データとか証拠があるなら別だけど、あんの?

さらに、間違いを認めず「常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを「電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。」

と、見苦しい言い訳。わかんねーよ!(笑)どこをどう読んだらそう見えんだよ。


例えばね、君のその後の発言を汲み取って『市原氏に対して誠実な対応を望むにしても、「死ぬな」という被害者に見えかねない表現はいささか問題があるかと存じます

実際の被害者の心情を慮った表現をした方が良いかと存じます』って批判ならわかる。

だけど"「作り話」という批判は全く当たらない。"ってのは違うぜ。だって実際に「野村氏が電話で「死ぬな」って言った」っていう作り話してんだもんアンタ。


"野村ブログリンクを貼った上で、上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。"とか

"元日記のリンクは貼っているのだから不正確で誹謗中傷だとまで言われるものではないことは誰の目にも明らかだ。 "って書いてるけど

意思があろうがなかろうが、リンク貼ってようが貼ってまいが作り話はしたんだからさ、「記事を読み間違えましたごめんなさい」って部分はきちんと認めようぜ。


でもって、この野村氏の理論的な反論に対して色々あった結果(皆さんの目で見てください)"野村への「最低の人間」という評価も、これだけの条件が揃えば、

的外れとも言いすぎとも言えないと、確信をもって言い切れる。"と、こう結論付けている。

謝ったら死ぬ病気の方でしょうか。

唯一、けんちん君の肩を持つなら野村氏がこの後カッとなったのか「けんちん・F氏がウソを認め、ウソをついてもいいと主張。 」

と書いたのはマズいと思いますよ。そりゃ野村さん、あなた感想です。けんちん氏がいう通り事実じゃない。


大体以上です。


<終わりに>

再度の通達ですが、私は市原氏を知りません。人としては最低だと思います。それだけです。彼が演劇に携わって欲しくない、とは思いますがその権利は私にはありません。

九州・全国の演劇界は腐ってない」とは言い切れないけれど、「腐っている」とも思っていません。いい人も悪い人もいるのは演劇界に限った話ではありませんし、

一般社会よりはちょっと問題が起こりやす環境ではあると思います

私がけんちん氏をこのように批判するのは「破綻した理論レッテル張りを垂れ流し個人批判する」その語り口が気に食わないだけです。

市原氏、野村氏、泊氏、高崎氏、その他、全ての個人に対して擁護批判を行うためにこの記事を書いておりません。

そして、かなり批判的に書いてしまいましたが以前のあなたの論評が好きでした。本当に。願わくば、元のキレのいい文章に戻ってもらいますように。



と、ラブレターじみて終わったものの、どうしても書きたい事もあるので書いてしまます、ごめん。

これは個人の感想であり言いがかりなので、誹謗中傷じゃねえかって言われたら反論できません。

先に謝っておきます、ごめんなさい。


1.彼の文章って「●●と思われても仕方がない」「●●も同然じゃないか」っていう、自分意見世論であるかのような言い回し頻発するよね。

朝日新聞記事みたい。「政府」を「演劇界」に変えるとわかるよ!

(以下朝日新聞コピペ

政府は何もやっていない」→自分たち好みの行動を取っていないという意味

議論が尽くされていない」→自分たち好みの結論が出ていないという意味

国民合意が得られていない」→自分たち意見採用されていないという意味

「内外に様々な波紋を呼んでいる」→自分たちとその仲間が騒いでいるという意味

「皆さんにはもっと真剣に考えてほしい」→アンケート自分達に不利な結果が出てしまいましたという意味

「心無い中傷」→自分たち反論できない批判という意味

「本当の解決策を求める」→何も具体策はないがとにかく政府等のやり方はダメだという意味

異論が噴出している」→自分たちが反対しているという意味

「各方面から批判を招きそうだ」→批判を開始してください

「~なのは間違いありません」→証拠が何も見つかりませんでした

両国対話を通じて~」→中韓に都合の悪い行動はやめて中韓の言うことを聞け

「問われているのは~」→次に中韓市民団体に騒いで欲しいのはここだ

表現の自由報道の自由」→捏造記事)の自由偏向報道)の自由

人権尊重」→(中韓に有利になるように)人権尊重しろ

右翼」→自分たちにとって都合の悪いことを言う人


2.一々例えに映画とか小説を使うあたりが「ザ・映画オタク(通ではない)」って感じで気持ち悪い。

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の冒頭で提示された問題はそれである。とか

たとえ市原が消えても、第二、第三の市原が現れる。市原ゴジラだ。ただ倒せばいいというものではない。とか。

こんな駄文のダシに使われちゃ名作も浮かばれんわ。


3.聞いてもいない自分語りナルシシズム自意識過剰気持ち悪い

から「俺も昔あんたにセクハラされたって、#MeToo に書いてもいい♪」って言われたが、それこそ貴様ハニートラップじゃないか。とか

コメントの「もしもあなたのところに直接あいつらがコンタクト取ってくるようなことがあったら教えて。今度こそ、命に代えてでも守るから。」とか

「今回の件に絡んで被害者本人から説明を受けて、例えではなく、本当に嗚咽し、悔し泣きをした身だ」とかね。単純に気持ち悪い。


4.これ率直な疑問なんだけど、なんでそこまで九州演劇界を憎んでいるの?

単純に、九州演劇界はここがダメ、っていう根拠を、他の地域演劇界比較した形で

団体名と具体的事例で事実と推論を分けた形で読んでみたいです。ほんとに。

他の地域演劇界のいいところを教えて欲しいもんです。


現場からは以上です。  

けんちん・F氏の文章面白い その1

けんちん・Fさんという人物がいまして。

彼はmixiを中心に、様々な映画作品の論評を投稿しており、

その切り口は身内同士でズブズブになっている九州福岡演劇界をバッサリと斬るものが多く、たまに面白く拝見していたのですが、

どうにもここ最近、彼の文章の質が変わってきたというかちょっと見るに堪えないものになってきました。


彼がどのくらい影響力があるのかはちょっとからないのですが、このまま福岡演劇界ご意見番ヅラしてるのもちょっといかがなものだろうかと思いまして、

ここに、記述させていただこうと思います


<はじめに>

私は、市原幹也氏を知りませんが、様々な記事などを見る限り今後、演劇には関わって欲しくないと思います

但し、彼が演劇をやりたいと言う気持ち、思いを禁じる権利は私にはないと思います。(何故なら知らない人だから)  というスタンスです。

人を裁けるのは司法、又はその直接の被害を受けた人だけ。というスタンスです。そうじゃなきゃ私刑だよ。


目的

1.昨今のけんちん・F氏の文章論理的でない事を広く知っていただくこと

2.九州演劇界に対するレッテル張りが少しなくなること

3.彼の文章が今後理論的になり、もとのキレのよい論評をしていただく事

達成できるかどうかは別ですが、この3つを目的に書いていきたいと思います


引用文章

①あの市原幹也がセクハラ! ……って、誰?

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964252256

あなたが本当に「演劇人」なら、市原幹也を救おうとはしないはずである

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964295122

③今そこにいる、一万人の市原幹也

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964416782

セクハラパワハラは本当に止められるのか

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964577327

演劇センターFの解散市原幹也の雲隠れ

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964600688

不透明さを増す市原幹也と、藤原から野村政之らの卑劣印象操作

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964756079

記事数は多いですが、出来れば正確さのためにきちんと目を通していただければ、と思います


問題点

さて、早速問題点ですがけんちん・F氏の文章、大まかに分類すると3つの問題点があると思います

1.事実と推論を分けておらず、非常に読みにくく、推論を事実すり替えさら理論を展開する

2.主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う

3.自論に対して反論する人に対し「擁護するから反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない

それぞれ見て行こうと思います


問題点1:推論と事実すり替え

対象者の悪い印象ありきで文章が書かれており、

「AということはBなのではないか、BということはCなのではないか、Cは問題からAは非常に問題だ!」という推論に推論が重なった故の結論が、ソース不在の論理性に欠けるものが多い。


例ア

文章①より引用

一応と言うか、市原氏は、2013年をもって、アイアンシアターの芸術監督を解任されてはいる。のこされ劇場≡の活動もそこで中断し、実質、解散状態にあるようだ。

当時はその理由不透明だったが、こうした事件が発覚してみると、「そこでも何かやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない。劇団員に手を付けたか

ワークショップ参加者に手を付けたか、そんなところだろう。彼の不始末のせいで、枝光演劇フェスティバルが開催不能になり、枝光から演劇の火が消えてしまたことは残念だが、

事情事情なら仕方がない。 でももし本当に私の憶測が正しければ、枝光商店街はその時点で、彼の解任理由をきちんと発表すべきだっただろう。そうすれば、その後、

新たな犠牲者が出ることを防げたかもしれないのだから

<以上引用

要約するとこうなります

2013年アイアンシアターの芸術監督を解任、のこされ劇場≡もそこで実質解散状態事実

「そこでなにかやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない(推論)

劇団員ワークショップに手をつけたのだろう(推論)

彼の不始末のせいで枝光演劇フェスティバルが開催不能になったのは残念(事実のように記述だがソースなし)

憶測が正しければ、枝光商店街が解任理由をはっきりさせれば犠牲者は防げたかもしれない(推論)

2013年の解任と解散事実だが、そこの理由ははっきりしていない。にも関わらず、枝光演劇フェスティバルの中止を彼が原因かのように記述

そしてその後の被害発生の責任枝光商店街に一部求めている。

有名な言葉がここにあります。「なんかそういうデータあるんですか?」

枝光演劇フェスティバル市原氏の不始末で開催不能になった」

推論を並べ立ててもいいけど、そこに至った経緯、又は根拠を示さないと説得力ないよ、けんちん氏。


例イ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

市原って居座り続けそうだよね(推論)

周囲も許しそうだよね(推論)

それだけ日本演劇界はユルい社会で、演劇レベルが沈滞する原因かもしれない(推論)

はっきり言ってウケる脳内妄想垂れ流してもいいけど経緯又は根拠を示さないと説得力がねえよ。


例ウ

文章②より引用

逆に言えば、なぜ市原幹也は別の道を選ばず、また彼の仲間もそれを勧めないのか、ということなのだ。市原だけでなく、彼の周囲の人間も、演劇を愛してはいない。

演劇に対する愛があったのなら、とっくの昔に、彼を制止していたはずだ。

<以上引用

市原演劇をやめなかった(事実

それは周囲の人間が別の道を勧めなかったから(推論)

それは周囲の人間演劇を愛してないから(推論)

データと経緯がないのは先の例と一緒。さらに、さも自分部外者かのようにけんちん氏は記述しているが、それ以前の文章に「悪い噂は流れてはいたようだ」とか書いてんだから

同じ論法だとアンタも周囲の人間に一人に入っちゃうよ。ブーメランだよ。

あと、文章③において

引用

彼は、市原舞台に出演していた当時、既に、「ウワサ」は聞いていたようである。けれども、面倒ごとに関わるのは嫌だと、市原意見することを控えてしまった。

そのことが、次の被害者を生んでしまったと気づいて、今、深く責任を感じてしまっているのだ。いじめ現場を目撃していながら見て見ぬふりをして、その結果、被害者自殺をしてしまった、

そのことを悔いるような心境になっているのだろう。もともと心が弱い方であるから、このショックは相当にキツかったと思われる。

<以上引用

一個前の論理で行くとこの人完全に「別の道を勧めなかった周囲の人間」に入るわけで「演劇を愛してはいない人」になるわけですけど。

知人と分かった瞬間この手のひら返し。まごう事なきダブルスタンダードです。


例エ

文章③より引用

 野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを

公的な報告」として記すのなら、本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、

市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。 野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって! 

死にたい」と思った女の子たちが、今も「沈黙」するしかない被害者たちが、いったいどれだけいるのか、それを認識していたら、

たとえ本当にそのような会話をしたのだとしても、申し訳なくて公表なんかできないって。 野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである

<以上引用

この文章には山ほどの問題点があるのだけれど、とりあえず推論のすり替えについて言えば

野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いた(嘘だけどここでは事実しましょう)

まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。(推論・感想

野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって!(事実のように記述

野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。(結論

ものすごいとんだ論法。あと、後述するけど「死ぬな」って言ってないしね。「死ぬな」の意味合いも違うしね。


例オ

文章⑥より引用

 いつでもどこででも、これだけ派手にやらかし続けていれば、福岡演劇人が、あるいは市原関係があった人々が、「知らなかった」人間ばかりのはずはない。

なのに彼らの殆どが、自分セクハラ行為とは無関係だと強調するか、全くの沈黙を守り続けるかのどちらかしかしないのがどうにも解せないのだ。

前回の日記にも書いたように、市原セクハラを知りつつ看過したことを恥じて自らを責めたのは、私の知人一人だけである

他の「知ってたやつら」は、今どこで、何をしてるんだよ。 中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはずなのだ

市原はその人物名前を明かしてはいないし、本人が名乗り出て謝罪する気配もない。市原同様の行為に及んでいながら、今ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、

福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである

<以上引用

市原関係があった人が知らなかったばかりのはずがない(推論)

何故なら看過して自ら責めたのは一人だけだから根拠

中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはず(とんでもない推論)

ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである。 (結論

一緒に及んだ人がいる根拠を示せ根拠を。バックデータのない論理はただの言いがかりだぞ。

とりあえず、問題点1.に関してはここまでと致します。



問題点2:主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う>

彼の文章はよく「個人問題」が「福岡九州演劇問題」に主語が大きくなっているように感じます感想

福岡九州演劇界は腐ってる!」という意識根底根付いているのでしょうか(推論)


例カ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

さっきも出てきた文章ですね。引退しない、が周囲が許しそう、の周囲の話になり、日本演劇会の話にどんどん主語が拡大していく。しかも推測なのに。

一泡沫演出者の話を日本演劇界に持ってくんなよ。日本演劇界迷惑でしょうよ。それなら一連の騒動が大物の米映画女優の話からはじまってんだから、「米映画界はクソだ」くらい言ってもいいんだよ?


例キ

文章③より引用

それどころか、事件発覚から十日余りが過ぎて、事態は早くも風化しつつあるような印象である。 いやホント、Twitterをずっと追いかけてみても、九州演劇人の間でも、ろくに話題なっちゃいないのである

2ちゃんねるちょっと取り上げられて、あと何人かがブログで「市原擁護」としか取れないような文章を書いている程度。何だよ、それ。 ジャーナリスト江川紹子さんが、セクハラ告発が相次ぐ世界の情勢を俯瞰しながら、

市原についても触れた文章を綴っているのは非常に貴重だが、それくらいだ。

<以上引用

個人個人発言しない事がいつの間にか九州演劇人全体の問題に。え、だって市原のこと知らない人も結構いるよ?

身近に被害者もいない九州演劇人はどういう声明出せばいいんだろう?もしも、具体的に声明を発表して欲しいのにしてない人がいるならその人に言いな。

自分が知ってる演劇人発言しないからって、責任演劇界演劇人全員に持ってこないでくれる?


例ク

文章③より引用

九州演劇人たちが、沈黙するか、あるいは市原擁護に回った理由はそこにあるのだろう。 やはり「同じ穴の狢」を追及することができないでいるのだ。

指導と称して、セクハラパワハラが当たり前の世界に堕してしまっているのだ。もしかしたら、九州演劇界だけでなく、全国的に。

<以上引用

目の肥えた読者さんなら「あ、推論が置き換わってる」と感じ取れたかと思います

さらにいつの間にか全国の話になってますね。おお怖い怖い。

さら引用

 どの世界にも、同様の問題はあるだろう。けれども演劇界特に腐っている。仮に日本演劇人が全部で二万人いるとしよう。

そのうちの半分が加害者で、半分が被害者になる。そう考えてもらった方がいいくらい、どいつもこいつも腐っているのだ。

<以上引用

「なんかそういうデータあるんですか?」

君の知ってる演劇人に腐ってるやつが多いのかもしれないけどその井の中のレベル日本演劇界の話に拡大しないでくれるかな。ちゃんと統計取った?

主語の拡大はもう少し散見されるのですが、周囲はどこまで責任を持つべきか、というのには正解が出しにくいため

個人的に「明らかにデカすぎない?」と思うもののみ掲載しました。そのほかは是非皆さんで探してみてください。


その2に続きます

失恋した 相手は私の名前を知らない

コーヒーショップで好きなアイドルにどこかが似ている人をみつけた ネームプレートがついていなくて、その人のことは何も分からなかった 毎日のように通って、バレないように席に座ってからも顔をみた

なにも情報がないから、通うことが唯一の出来ることだった

ある日 インスタグラムでその店舗名ハッシュタグ検索していたら 店員アカウントを見つけて その人のタグ付けされている投稿から 好きな人もいっしょにタグ付けされている投稿を見つけた

こうやってアカウントは見つかるんだな、気をつけないと行けないと思った こんなよはダメだし危ない奴のすることだと思ったけど、止められなかった

名前とか大学名とか、フォローしてる欄から好きなバンドとかもわかった

全然、ていうか一枚も顔を載せていなくてがっかりしたけどそんな感じはしていたから、裏切らないな、みたいな気持ちだった

その人はもとからそんなにシフトに入らない人だったけどもう二週間くらいきてないんじゃないの、ぐらいのノリで本当に来なかった こっちがサブのバイトなのかと思った

年末に一度見た レジにはあたらなかったし飲み物も作ってもらえなかったけど、泣きたくなるくらい嬉しかった その人がいるかもわからないのに、服とかメイクとかもちゃんとしていってたから毎回 バカすぎ

それで年明けてまた来なくなった

一昨日その人っぽい人をみた マスクをしてたか微妙だけど金髪だった その人のツイッター(インスタとidがほぼ同じで見つけた)を調べてる時にみつけた、金髪だったころの写真のその人と似てたし身長も同じぐらい、遭遇した場所場所から合ってると思った

そのまま一回は通り過ぎたけど、こんなチャンスあるか、と思ってついていった 文章にしていて、本当にこれは犯罪だと思った アウトだ もうしませんから その人はcdショップに行って、なんのcdかわからないけど表紙がベージュっぽいものを買ってた そして改札に入っていった 雨で、スエードの濡れちゃいけないヒールを履いていたのに走って中までびちょびちょになって、家で脱いだらふやけた足が出てきた

またその人のアカウントをみた 昔の投稿に珍しく人をタグ付けしてた 複数人いる中にあまり有名じゃない女優がいた 前も見たことのある投稿で、前に見たとき複数人だし2年くらい前のだからと思って何も気にしていなかった

でも、そのアカウントも、好きな人の最新の投稿も同じ、マイナー劇場で撮った演劇ポスターだった 同じ日の

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜なるほどねなるほどねなるほどね!!!!!そういうことでしたか!!!!って、なって 涙は出なかったけどちょっとその日は笑ったりできなかった ショートカットの、"彼女"感のある人。むりむりむりむりむりすぎこんな、こんなことってあるかよって思った これにタグ付けしてないのは相手女優からか、ああそうか、もし一般人ならもっともっと心をえぐられる投稿をしてたんじゃないか、って思った

こんなにつらいのに、友達には何も言えないのがまたつらかった 犯罪じみているから え、なんでしってるの?ってなるから

それと、好きな人金髪になってたのは昨年付でお店を辞めたからじゃないかと思った あのチェーン店金髪は見たことがないか

お店にはもう2度といけないなと思った あそこには 普通に場所としても好きではあったけど 苦しすぎてむり

それで、これがおとといのはなしだけどなんか更に心が沈んでいて、前にその人の好きなバンドの中で珍しく私好みのガールズバンドがあって 丁度よく暗いからそれを聴いてたけど、どの曲もあの人っぽさがあって ああ、ってなってた

私はこんなになってるのに、相手は私の名前も知らないと思うと、本当に何をやっているんだろうと思った けどあの人のおかげで去年の秋から幸せだった あー別れちゃえ、でも三つも下のガキは無理だろうし、どっちにしろもう2度と会えないな

くるしいから好きなアイドルをみて癒されようと思っても、その人を気にしだしたきっかけが"推しに似ている"だったから、見たらやっぱり似ててもっとダメになった いつになったら彼を楽しく見ることができるだろうか

2018-01-18

anond:20180118220212

元増田じゃないんだけど、勉強になる。

熱いアニメは苦手なんだよなあ。。演劇の方の流れとか気になる。

anond:20180117230117

90年代演劇界で「静かな演劇」が一定ブームになったのとよく似ている気がする。

キルラキルのような躁的に熱い芝居がメインストリームだった点も含めて。

たぶん作り手の技術云々以前に、消費者の目が肥えて、引き算のアニメが消費できるまでになったのが一番大きいと思うわ。

イギリス公開大学人生意味についての

分析哲学系のテキスト翻訳を読んだことがあるけど、

喜ばしい経験、たとえば美しい花を見ることが重要みたいなところが印象に残ってるな。

文字通りの意味じゃないと思ったけど。

意味の探求 人生論の哲学入門』だけど、かなり高くなってるな。

酒はより大きな苦しみをもたらすことも多いから手を出してない。

行為は強い思想信条により手を出していない。

風景に感動した経験記憶にない。

旅行自発的に行ったことはない。

幼児の頃に一回祖父母に親とともについていったのと修学旅行とかだけ。楽しい記憶はない。

自発的に行った映画パトレイバーの一作めとエヴァの二作めだけ。

ライブコンサート演劇等に自発的に行ったことはない。学校行事くらい。

漫画家サイン会に一度行ったことがある。歩いて行ける場所だった。

アニラジイベントに一回行ったことがある。一回乗り換えるくらいの距離

食事は主に空腹による苦しみを避けるという動機によるが、

結果的に喜びをもたらすこともある。

聴くと喜びを感じる声はある。声フェチだろうな。

姿を見ると喜びを感じやすい人がいる。特別に外見のよい人だろうな。

それらの趣味凡庸。多くの人がよいと言うものをよいと感じることが多いと思う。

気分がましなときだったからか、昔やったゲームBGMを聴いて喜びを感じて

音楽ってこんなに喜ばしいものだったかと驚いた記憶がある。

子供の頃は微妙な違いのある甲虫とか電車とか天体とかの図鑑

見ることに喜びを覚えていた。

子供の頃はスーパーマリオみたいなアクションゲームを楽しんでいた。

ディスクゼルダは楽しんだはずだが、スーファミゼルダ

一応できるんだけど、ほとんど楽しくなくて、自分でも驚いた。

最後漫画単行本くらいの量をまとめて読んだのは2010年12月だな。

ベルセルクそれ町は出てるのは買っているはずだが。

人生で一番よかったことというか持続的に熱中した経験は、

メガテン3かトラキア776をやったことだろうな。

ゲームはやったとしてもほぼ続編というか、

ドラクエメガテン、エムブレム、トゥルーラブストーリーの関連作で、

手を出した新しいシリーズはこの20年で片手で足りるな。

世界樹アルトネリコブレイブリーデフォルトミリアサ、チェンクロくらいか

ブレイブリーデフォルトはほぼ名前の変わったむかしのファイナルファンタジーだけど。

仮想通貨神様の仇になった話

あなたは昨年末仮想通貨ビジネスに参入する」と発表してちょっとした話題を呼んだ某芸能人をご存知でしょうか。

ご存知でもご存知でなくてもこの後に続く話を読んでいただくのに特に支障はないかと思います

これから書くのは彼のことがとても好きだった人間の話です。

私はそこそこ長い間、彼のファンでした。

ファンクラブ入ってからどれくらいになるのかなあ。

ソロ活動始めてからしばらく経ってからだったので、古参とかそういう話をするなら

私より長く彼を応援している人だってそれはもうたくさんいるはずですが、

少なくとも15年以上は経ってるはずなのでまあそれなりに長い間と称していいんじゃないかなと思います

当時の私は音楽芸能人にまるで興味がありませんでした。

けれどふとしたきっかけで彼の歌を聴いた時、一発で心をわしづかみにされたのです。

なんて綺麗な声で、なんて綺麗な曲を歌うんだろう!

なんて魅力的な歌を書くんだろう!

なんて素敵な世界観を生み出す人なんだろう!

彼の作品はいつも独特の世界観形成し、それを表現するために

音楽映像文章美術演劇といったありとあらゆるアプローチを行い、

本人のみならずバンドメンバースタッフまでその一部として役割を与えられるものでした。

エンターテイメントとしての密度と完成度が尋常じゃなかった。

一度、彼のファンでもなんでもない友人をライブに連れて行ったことがあるのですが

演出や作り込みがすごいか特に事前情報仕入れていなくても引き込まれたし楽しめた」

みたいな評価をしてもらえたので、本当に総合芸術としてよく出来ていたんだろうなあと思います

そんな類いの作品に触れたことさえなかった私はもう夢中でした。

たこともない夢や幻想の数々、それが彼の作品でした。

CD雑誌メディアライブも、彼の発信するものは全て見聞きしたかった。

可能な限りそうしていたけれどまるで満足できなかった。

それがもどかしくも嬉しかった。

インタビュー言葉ひとつ取っても彼はとても魅力的で、

彼の語る言葉を読むたびに新しい価値観自分の中に形成されていく気さえしていましたし、

この先どんなことが起ころうとも彼に憧れる自分のこの感情は決して変わることはないだろうと信じ込んでもいました。

あの頃、彼は私にとって間違いなく神様だったのだと思います

そして、そんな彼のソロ活動20周年を間近に控えた2018年最初に齎されたイベント開催告知の内容は、

ファンクラブ会員向けの仮想通貨事業に関するトークイベントでした。


あっ、だめだ、と思ったのはその時でした。


予兆はいくらでもありました。

なんか最近曲の系統が全部同じように聞こえるなとか、カバーアルバムとかコピーバンドとかが目立つなとか、

内輪向けイベント多いなとか、昔こういうことはやらないって言ってた内容の活動してるなとか。

だけど私は、彼には夢を見させる力があると知っていたしそれを信じていたかった。

今はたまたま私の好みではない展開を行っているだけで、彼が彼の世界観表現していることは変わらないのだと。

いずれまた流れが変わって私が夢中になるような夢をまた見せてくれる日もきっと来ると信じていたかった。

事実、心が離れかけて今回で最後にしようかなと思いながら出向いたライブでまたドカンと衝撃受けて

魅了されて大泣きしてやっぱり私はこの人の作品が一生好きだ……と惚れ直させられたこだってありました。

惰性になっているのでは?と自問自答しながらもファンクラブ更新を切る気にもなれなかった。

でも、アーティストでなく実業家を名乗って、年齢も本名も公開して、そんな姿を見たら流石に

「ああ、きっと彼はもう夢を見せる仕事をするつもりがなくなってしまったんだな」

理解せざるを得ませんでした。

ゼロから何かを創作するということには途方もない労力が必要でしょう。

それをエンターテイメントとして大衆に届けるためには、また更に大きなエネルギー資本必要になってくるでしょう。

それをずっと続けるというのはあまりに困難な道でしょう。

その道から逸れて違う歩き方を選ぶ人を責める権利は、この世の誰も持っていません。

まあ綺麗事ばっかり言っても仕方ないというかね。

ぶっちゃけその夢を見させるための土台のところでいろいろ大変なんだろうなあっていうのも

かるというかね。ニュースになったこととかもあるしね。

「やりたいのにやれない」みたいなことは絶対にあったと思うし

こっちも展開されたグッズとか毎回必ず買ってたかって言われるとゴメンナサイって感じなので

ホント彼の方向性かに難癖つけたいわけじゃないんです。

仮想通貨も私にはちょっとからないけどある程度勝率とか将来の展開図とか見越したからこそ

あれだけ派手に打って出たんだろうし上手く軌道に乗るといいねえって思ってる。

間違っても彼に対して「裏切られた」みたいな感情を抱いているわけではないんです。

ただ私の神様はもういなくなってしまったんだなぁという実感を覚えてしまたことがひたすらにさみしくてかなしい。

アイドルを追いかけた経験はないけれど、推していたアイドルに「普通の女の子に戻りたい」って言われた時の

ショックや悲しさやそれらに交じる僅かな自責とこの感情は似ているのかもしれないと思う。

生きているあなた偶像でいてくれなんて願うことがとんでもない傲慢だということは理解しているけれど、

それでも私はあなたという偶像が好きだった。


それだけの話でした。ここまでお付き合いくださいましてどうもありがとうございました。

願わくば彼の進む道の先が彼にとって望ましいものでありますように。

でもあのファンミ案内はどこからどう見ても芸能人使った怪しい投資セミナー詐欺勧誘しか見えなかったからもうちょっとどうにかした方がいいと思う。

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