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はてなキーワード: 微動とは

2021-03-31

日本のcovid19ワクチンの接種率が0.05%から微動だにしない件

はっきりワクチン確保は失敗したのだ。

医療従事者ですら接種が終わるかわからない状況でオリンピックをやろうなんて無理だよ。

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-19

anond:20210319185747

思想の左右というより、ありゃ単純にクズだっただけでしょ

初期微動オナニーとか

2021-02-01

anond:20210131211425

今朝、フェンスに囲まれ空き地の中に2匹猫が居たんだけど、

お互いに距離をとってにらみ合ってるのね。

ねこちゃ~ん」ってそばから声をかけても、振り向くどころか、微動だにしなかった。

一瞬でもスキをみせれば負ける。

そんな緊迫感がひしひしと伝わってきたので、それ以上何も言わずに去ったんだ。

猫は猫同士でも戦っている。

2021-01-14

増田のその驚きの白さ濾紙のキロ土斧園田寿磨(回文

おはようございます

今日は忙しい感じのふりをする日です。

と言うか本当に忙しいのは忙しいんだけど、

べ、べつに忙しいマウントを寝てないマウントのように取りたいんじゃ無いんだからね!

一服増田を書く時間が欲しいって言ってるだけなの。

今日はもう午前中に書類出してしまったので、

午後から比較比較するほどでもなく、

暇になるかも知れないけど、

またいつ呼ばれるか分からないので用心したいところね。

アマゾンポチって電子漫画端末小説を読んでいたんだけど、

全巻制覇するためにプライム入って読み放題!って思ってたけど、

まりにもプライム入っちゃう方が得すぎるからって、

最初の6巻ぐらいまでは単品買い切り価格の未プライム読み放題で

プライム会員だからって全巻読めるわけではなかったみたいなの。

考えるわねーって策士ばりの策士の作戦ね。

上手いこと商売やってんわね!って

まあそういう所はアマゾンのお手並みが拝見されるところだけど、

商売上手だわー!

まあ、

買い切りを何巻か買ったところで、

全巻買うよりプライムで読む方がディアゴスティーニから

安く済んじゃうのよね。

あのディアゴスティーニ商法って

全巻揃えるまでに息絶える人が多いか

最初の2~3巻まで買う人が多かったら、

その号は収益上げられるんだって

週刊ディアゴスティーニディアゴスティーニに書いてあったわ。

そのピーアンドジーみたいなタイトルのなんそれ!

週刊ディアゴスティーニディアゴスティーニって思っちゃうけど、

それも上手い商魂たくましいわね!って思うのよ。

最初の2~3巻は頑張って買おう!って思うじゃない!

あのあなたにも出来るボトルシップ創刊号は290円は

伝説に残る最後の巻にボトルが付くという、

最初ボトルじゃないの?って、

全部そろってからじゃないと、

瓶に入れてる来ることが出来ない、

必殺の最終刊待ちなのよ。

まさか!って思ったでしょ?

そのまさからしくって

その今までのディアゴスティーニ商法に風穴を開けようとしても

開けられなかったという

残ったのは空の瓶だけだったって言うオチよ。

ディアゴスティーニ史上一番失敗したシリーズかもしれないわね。

知らないけど。

でもあの長い長い全巻集めなくちゃ強迫観念に追われるのも嫌だし、

毎週聖闘士星矢コミックを2冊ずつ買ってて

好きなキャラクターは誰ですか?って試されるような質問をされつつも

ある程度の読み込みが必要なぐらいのキャラクターを答えても

話題の一つにでも鳴ればと思って聞いただけの店員さんはそのキャラクターしらないんかーい!って

もうこの心理戦なによ!って思っちゃうし。

日常にあるいろいろなそういう心理戦って私好きだわ!

例えば、

カウンター寿司屋さんで大将にまず最初何を頼むかで客の寿司実力が試させられるあの心理戦

無言で向き合っている

大将とお客さんのバチバチ心理戦バトル!

微動だにもできない固唾を呑む名勝負が生まれるのよね!

で結局何から頼めば良いかからいから、

この問題は、

私と仕事とどっちが大切なの!?ってこれも心理戦じゃないかしら?

漫画のバキでも、

試合で見合った両者動けず気迫でお互い倒れちゃうと言う、

柔道でもある

両者間合いを見すぎて技を繰り出さなかったら両者失格になるってのを実際にやったような感じで、

これなら日本柔道もやっと青い柔道着を着用を許すようになったのよね。

どっちも白いからって審判が間違えちゃうぐらいなレヴェルだもん!

驚きの白さ!って

もうアタックトップかの問題ではないわよね。

ビックリしてしまうわ。

大事なことだからもう一度言うけど、

驚きの白さ!ってことなのよ。

まあ大切なのは

ちゃんと白物と色物を分けて洗った方がいいと言うことと、

新事実

あとちゃんとすすぎの水はたっぷり使った方がいいらしいってことよ!

うふふ。


今日朝ご飯

ハムタマサンドよ。

一瞬好きだった玉子アンドフィッシュフライ

あれから一瞬出回っただけで見ないのよね。

人気なかったのかしら?

私は好きだったので、

好きなサンドイッチ投票に1票を入れたんだけどね

私の選挙は盗まれちゃったのかも知れないし、

早くトップの座が変わればいいなという、

まあ殿堂入りは相変わらずのタマサンドなのよ。

こればっかりは変わらないわ。

デトックスウォーター

オレンジネーブル買ってきたので、

レモン凍らせておいたものと一緒に炭酸

から結構マジ冷たいやつって思われそうな

ネーブルレモンウォーラーだけど

心は温かいんだかんね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-01-03

今日めざましくん似の警官年始休み中の寿司屋の前で仁王立ちしていた。

なんだろうと思いつつスルーして本屋に行き、その後マックで昼食を取り、最後に散髪を済ませて帰路に立つと、やっぱり寿司屋の前でめざましくん似の警官が仁王立ちしていた。

まり微動だにしないので死んでるんじゃないかと思った。

2020-12-29

anond:20201228221806

音波でコップを割ろうとした10年間も。

よくソプラノ歌手がやるアレだ。

口を程よくすぼめて音が狭い範囲に飛ぶようにしてホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーって叫ぶの。

コップは微動だにしない。

2020-12-28

老人のひとりごとに付き合ってると頭がおかしくなりそう

職場引退間近(3年後)の高齢窓際社内ニート役員がおるんだが、

日中ほんと暇な様子で、

5分間微動だにせず突っ立って職場の様子眺めてたり

「あーそっかそっか、なるほどね」「まずいなー、あれからやるか」「はぁー、疲れるねぇ」「こうすっかな、ぅんしょぅんしょ」などとひとりごとつぶやき続けている。

みんな知っているが、彼にはやるべき仕事などほぼ無い。

10分で終わりそうな仕事しかないのだ。

 

暇人みえみえの誤魔化しが痛々しいのと、

こっちには大量の仕事が舞い込んでくる中の露骨な暇アピールで、

なんかほんと頭おかしくなりそう

2020-12-07

anond:20201206220520

断熱カーテンで部屋の保温性が格段に上がったのは人間以外の生き物にもわかるらしく、自室がてんとう虫の冬眠場所になり始めている。

暖かい日中仕事の合間に窓を開けて部屋を掃除していたら、いつのまにかてんとう虫が2匹、半分開けた網戸の内側に止まっている。

今日は天気がいいか冬眠前に出てきたんだなー、と思ってそのまま放置して掃除を終えると、いなくなっていた。

掃除を終えた後、窓を閉めて仕事をしている最中、ふと上を見ると、てんとう虫は2匹とも室内にいた。

壁と天井の継ぎ目のあたりに止まったまま、微動だにしない。

どうやらこの部屋で冬眠しようとしているらしい。

まあ別にいいけど、ほんとうにそこに2匹とも停まったまま、春までずっといるつもりなのかな、とてんとう虫たちを眺めながらこれを書いている。

2020-11-17

今日電車で居眠りして隣の人にカクカクもたれかかってしまった

隣の人まじでごめん

微動だにせず寝れる人がうらやましい

どうしたらええの

2020-11-08

楽しみにしていたライブを途中で抜けてきた

新型コロナ蔓延して世の中が規制対策だらけになった今、私の趣味であるライブ鑑賞もその被害をこうむっていた。

新型コロナの脅威が世間に広まってきた頃のイベントは悉く中止になり、高額なチケット、倍率が高いチケット、当日にでも買えるようなチケットも含めてそのすべてが払い戻されてしまった。

新型コロナをひどく恨んだが、受け入れる他にない。

大阪ライブハウスでクラスターが起こって問題にもなり、特に私が好きな音楽ジャンルモッシュなど人が激しく接触しあうことが多いため、よりコロナ禍での開催は絶望的であった。

ライブから距離を置かざるを得なくなった私の休日はただ引きこもるだけのものとなってしまった。

  

それで困っているのは当然、私のようなライブを見に行くことを趣味にしている人たちだけではない。

ライブが出来なくなって一番困っているのはそれを食い扶持にしているアーティストたちやその関係者である

お客を呼ぶことができず閉店したライブハウスは少なくなく、私は目にしなかったがコロナ理由解散せざるを得なかったバンドもいたかもしれない。

だが、ライブが出来なくなってしまってもバンド業界はまだ諦めてはいなかった。

配信ライブや物販、新曲CDやそのサブスク収益によってなんとか食いつないでいる印象であった。

ライブに行けなくなったものの、好きであるバンドアーティストフォローしたい一心配信ライブも見たし物販でたくさんのグッズも買った。

単純に自分が見たいから、欲しいからといった理由もあるが、いつかまたライブが見れるようにとその投資意味も込めていた。

趣味ほとんどをライブにつぎ込んでいたためライブに行かなくなれば財布が潤うかと思ったが、上記理由ライブがあったころよりもさほど支出は変わらなかったほどである

  

そんな生活もすでに半年以上が経ったが、コロナ感染拡大は抑えられ徐々に有観客ライブも開催されるようになってきた。

配信ライブではやはりどこか物足りなさを感じていた私にはそれはとても喜ばしいことで、しっかりと対策をして安全ライブ遂行して見せたイベントの報告がSNSで目に入るとまたライブが見れるんだと心躍った。

  

そんな矢先、私の好きなバンドが一度に集結するイベントの告知がSNSで流れてきた。

開催するライブハウスはキャパが300名ほどの小さなライブハウスだが、コロナ対策は徹底しているようだ。

マスクの着用はもちろん、体温チェックやコロナ追跡システムの利用も必須であった。

規制が緩和されてきた中、今ならいけるかもしれない。

そう思った私はすぐさまチケットを購入した。

  

そしてその当日。

ライブイベントの参加は実に10か月ぶりで、コロナ禍前ならば1か月に2回以上は見に行く私にとってやっとここに戻ってこれたという思いであった。

目当てのバンドはその日出演する4組その全て。

全員インディーズバンドで、年齢も20代前半も珍しくない。

私より年下である彼らが音楽で頑張っている姿はとてもかっこよく、強く憧れていた。

そんな彼らの音楽がまた生で聴ける。

この日のために諦めないでいてよかったと大袈裟にそう思えた。

  

ライブハウス前に並ぶと予告の通り体温チェックもされ、コロナ追跡システムの利用もお願いしていた。

他のライブ仲間から聞いた話によると、普段タンディングが主なイベントでも今は対策により席が設けられていると聞く。

今回のイベントのページにはその類のことは記載はされていなかったが、いざ会場に入ってみるとそこに席はなく格子状にシールが地面に貼られているだけのものであった。

特に場所指定もなく間隔もやけに狭い気がするが、会場に入った観客たちはそれぞれ好きな場所シールの上で待機している。

規制も緩和されたことだし、小さいライブハイスだからだろうか。

席があったところで恐らくライブ中は立ち見することになるから別に構わないか

などと楽観的にそれを受け止めた私だったが、それが最初違和感であった。

  

そして、ついに始まったライブイベント

特に観客とステージの間にはテレビで聞いていたような透明なパーテーション等もなく、ボーカル最前の観客の間近で歌い上げる。

ここにも若干の違和感を感じたが、1組目から容赦のない爆音が浴びせられ私は先ほどの細かい違和感などすっかり忘れてしまっていた。

他の観客たちもいつもなら激しく走り回り、腕を振り、歓声をあげるところだが、それは各々で自粛しながら音楽を楽しんでいる。

その時、私は一見ルールがないようで危険だらけのカオス空間の中でも"思いやり"が垣間見えるこの音楽シーンの空気が大好きであったことを思い出した。

これならライブがまた見れる。また通うことができる。

これほど嬉しいことはないと、この時までは本当にそう思っていた。

  

バンドの持ち時間は30分ほどだろうか。

1組目の終盤に差し掛かろうとしていたとき、ある事が起きた。

私の背中ものすごい勢いで誰かがぶつかってきたのだ。

こんなこと、いつものライブイベントではよくあることで慣れていたはずだが、この時ばかりは完全に意識をしていなかった。

倒れこそしなかったものの、私はフロアの端に突き飛ばされる。

振り返ると、そこにはサークルピットが出来ておりその中では数人の観客が所謂ハーコーモッシュをしていた。

この音楽ジャンルのシーンでは当たり前のことなので普段ならその行為に苛立ちを覚えることもないし、むしろ普段なら自分もあの中に混ざっていっただろう。

周りの観客の反応も少し驚いた様子であったが、これといった嫌悪感を示しているわけでもなさそうに見えた。

  

しかし、この時の私はどうしてこんなことをするんだと思ってしまった。

やっとのことで規制が緩和され、これから徐々に、少しでも元のライブの姿に戻したい気持ちは痛いほどわかる。

だが、モッシュなど他の観客と激しく接触するには時期尚早だと私は思っていた。

そしてそれはきっと、バンド側も同じ考えなのだろうと。

本当はモッシュが見たい、させたいのだろうがイベント安全遂行するためには致し方なく、こういった規制の中でやることを余儀なくされて、またそれを了承したと勝手に思っていた。

今起こったのは興奮した観客のただの身勝手な行動だと。

しかし、モッシュをしていた観客が放った一言でそれは私の勘違いだと思い知る。

  

だって、『広がれ!』って(ボーカルが)言ったから!」

  

『広がれ!』、それはよくバンド側がモッシュピットを煽るときに使う言葉だ。

観客は自分の興奮を抑えきれなくなったから起こしたわけではなく、バンド側がやれと煽ったと主張したいようだ。

(どういう成り行きでその観客がその一言を放ったのかよくわからないが、大体予想はつくし子供じみた言い訳のようで癇に障る)

爆音音楽流れる中でその言葉を聞き逃していた私だったが、恐らく本当なのだろう。

バンド側が興奮して抑えきれなくなって放った言葉なのか、いつもの癖で叫んでしまったのか。

そのどちらにしても、観客同士の接触を煽ったのには間違いない。

その時、私の最初違和感が疑問に変わった瞬間であった。

それは『このイベントではモッシュを黙認しているのか?』という疑問である

  

モッシュ禁止は大型の音楽フェスだとよく目にする注意事項だ。

ただ実際のところそれは黙認されており、ライブハウスの場合だと事前にモッシュ禁止とすら周知されていない。

今回のイベントでも特にモッシュ禁止との記載特に明記されていなかった。

私はこのコロナ禍で、規制対策をしている中でモッシュはさせないだろうと高を括ってしまっていたのかもしれない。

  

しかし、まだ始まって1組目。

しかすると、以降のバンドではモッシュ禁止注意喚起をしてくれるかもしれない。

そんな不確かな希望をもって私は2組目のバンドライブに挑んだ。

  

2組目のバンドも激しい音楽をするが、1組目と比べるとモッシュが起きにくい仕上がりであった。

このバンドライブ過去に何度も見たことあるが、このバンドだけモッシュが起きなかったイベントは多々見たことがある。

ただそれは音楽的魅力に劣るといったわけではなく、むしろ私としてはこの日一番の目当てでもあった。

1組目と同じく、ライブの中盤にかけては観客に大きな動きはない。

皆、その場で体を揺らすなり拳を突き上げるなどして楽しんでいる。

先ほどのは何かの間違いだ、そう思えるような私が思い描いていた理想の形としてライブが進行していく。

だが、再び終盤で1組目と同じことが起きた。

ボーカルが両手を使い、扉をこじ開けるようなジェスチャーをする。

こういう時は大抵、ウォールオブデスの煽りである

その煽りに乗せられてフロアの中心が開き、両サイドから観客の波が押し寄せてフロアの中心は再びモッシュピットと化した。

この時、1組目のことでまたモッシュが起こるかもしれないと身構えていた私は後方に下がっていたので誰かと接触することはなかったが、

そのモッシュで何人もの人が激しく接触しているのを私はただ眺めていた。

  

2組目が終わり、次に3組目が始まるまでの時間で私はこのままイベントに参加するべきかどうか考えていた。

モッシュがー、接触がーなどと異常にコロナを恐れるなら出ていけばいいと言えばそれまでである

私も正直なところコロナの脅威に対しては懐疑的であり、本当はこれほどの規制をするほどではないのではと普段は考えていたので今に思えば不思議なくらいどこか神経質になっていた気もする。

個人の及ばぬ考えでコロナ禍におけるライブモッシュの有無など決めつけれるはずもない。

ならばモッシュをしたい人はすればいい。私は人と距離を取って、意地でも安全ライブを見て帰る。

そう決めた私はそのまま3組目の開演を待つことにした。

  

そして始まった3組目。このバンドも私の大好きなバンドの一つだ。

他の観客からの人気も絶大であり、これまでの2組と比べて登場した瞬間からその熱量は段違いであった。

この時から、他の観客は大きな歓声をあげるようになる。

不安はあったものの、私は今を楽しむことに専念した。

10か月待ったライブイベントを、複雑な気持ちを持ったまま終えたくないとそれだけを考えていた。

そして、そのバンドが颯爽と1曲目を終えると突然ボーカル叫び出した。

  

「お前ら!動画を消せ!」

  

それはスマホで彼らのライブ姿を撮っている者たちに向けての言葉であった。

スマホ掲げていた観客たちはすぐにスマホを下す。

撮影禁止は珍しいものではなく、モッシュ禁止無視されていても撮影禁止無視されることはないだろう。

撮影禁止ライブスマホを掲げていればスタッフが止めに入ることが多いが、

バンドボーカルステージ上でそれを叫ぶのは少し珍しく感じた。

また、小さなライブハウスでやるインディーズバンドだとライブ撮影禁止しているバンドは少ないためより違和感があった。

そして、そのままボーカル言葉が続く。

  

ネットに上げたやつも全部消せ!」

  

徹底して撮影禁止を主張するボーカル

しかし、その言い方に焦りのようなものを私は感じた。

そしてすぐにその焦りの正体がわかる。それはモッシュだ。

予想でしかないが、観客がモッシュをしている姿を、またはバンド側がそれを煽る姿をネット晒したくはなのではないだろうか。

そう勘繰らざるを得ない。

ボーカルは続けてこう発した。

(ここから記憶が朧気なので一部抜粋

  

「これは俺たちのカルチャーだ」

  

自分たちで自分たちの居場所を壊すなよ」

  

「消したか? これで俺たちは共犯者からな」

  

次々ボーカルから発せられる言葉に、私は耳を疑った。

もはや、その言葉をまともに受け止められる精神状態でなかったため彼の主張したいことを

ちゃん理解しているか不安ではあるが、以下の主張になると考える。

  

モッシュはこの音楽シーンの文化である

『だが今は公にはできない。だから動画は削除して、自分たちの居場所を守ってくれ』

動画を消したことバンドと観客はコロナ対策を謳っているにも関わらず、

実態は過剰な接触を繰り返していることを一緒に隠蔽している関係になる』

  

私には彼の言うことが浅ましく、卑劣ものに感じた。

私の中の彼のイメージが大きく崩れた瞬間であった。

モッシュがこの音楽シーンの文化であるということは私もそう思う。

残していきたい、守っていきたい対象だ。

だが、今は全く状況が違う。新型コロナ感染を考えれば、その場にいる人間だけの話ではないのは誰でもわかる。

それはバンド側もわかっていることだろう。だからこそ、動画を削除させる。

カルチャーという言葉を使えば無条件に守ってもらえると思っているような口ぶちだが、自由とは他人に害を与えない範囲有効であるべきで、今のこの状況で隠してまで行うものではないはずだ。

それでも、仮にモッシュをしたい人たちだけでやるのであればそれはイベントのページに明記するべきであり、そうすれば私のように意図せず共犯者に仕立て上げられる人も減るだろう。

  

そして最後に、彼はこうも続けた。

  

「俺たちは今回のイベンターに『ライブ』をさせてもらうと宣言して、了承してもらってます!」

  

今回のライブとあるイベンター主催したイベントであるため、バンドたちはそれに呼ばれた形となる。

そして彼のいう『ライブ』とは、観客がその場から微動だにせず声もあげない状態を指すものではない。

彼らからすればモッシュがあってこそのライブ、それを言いたいのだろう。

(私は少なからずこの意見には賛同する)

そしてそれを主催者側が了承したということは、この隠蔽も了承したということだ。

恐らく20代が大半を占めるバンドメンバーたちで決めてやったことならまだ青いところがあったなと思えるが、主催者側もそれを了承しているのはどうかと思える。

社会的責任に関して、配慮が欠けていると言わざるを得ない。

  

そのままライブは続行されたが私は他の観客と違い動き回ることもせず、シンガロングすることもせず、ただ腕を組んで地蔵状態ライブ傍観していた。

無表情を貫いている私と違い、他の観客は大いに盛り上がっている。

モッシュをしていた。ダイブをしていた。シンガロングをしていた。

彼の言うこと、やること、その全てに賛同していた。

本当に彼らのやっていることは正しいのだろうか。

自分の考えが間違っているのだろうか。

自問自答を繰り返しているうちに、曲が耳に残ることもないままそのバンド演奏は終わった。

  

4組目も、私の本当に大好きなバンドだった。

存在を知って3年も経っていないが、すでに5回以上はライブを見ている。

彼らにはつい最近出した新曲がある。私はそれのシンガロングが歌えるほどすでに聴きこんで準備をしていた。

だが、今の状態ではまともに聴くことができないのは明白だった。

また1,2組目のようにモッシュを煽ったり、3組目のボーカルのように何かを主張してくれば自分の中のイメージが壊れるのが怖かった。

このイベントに参加しているということ自体がすでにそういうことなのだろうが、

それを突き付けられるのが怖くて私は4組目が始まる前にこの会場から出ていくことにした。

  

帰り道、泣いてしまうかもと思ったが意外と涙は出ず、ただぽっかりと心に穴が開いたような感覚だった。

いつもの帰り道ならイヤホンをして電車に揺られているはずが、その日はイヤホンもせずに少しばかり離れた駅まで無駄に歩いた。

ライブを取り戻したい。その思いは自分バンドも同じなのにどうしてこうも食い違ってしまったのか。

自分が間違っているのかもしれない。あの場のノリに身を任せていれば楽しい思いだけで済んだかもしれない。

そんなことを考えながらもSNS自分と同じ意見を持った人はいいか探すが、賞賛ばかりで反吐が出そうになる。

2020-11-05

R2日後に死ぬソーシャルディスタンス

 映画俳優の朝は早い

 体が資本の彼にとって、毎朝のボディケアは欠かすことのできない大切な日課だ。

 熱いシャワーで目を覚まし、花王エッセンシャルワーカーで傷んだ髪の修復を。

 潤いのある顔芸をキープするため、朝カゴパクも忘れない。

 身支度を整えたら今度は朝食。

 美容のために白米は食べないという彼の前に置かれたのは、茶碗にあつ森されたアマビエだ。

ミネラル食物繊維をしっかり摂ること。それが美容秘訣です」

 そう言って、美味しそうにアマビエを頬張る彼の笑顔は、実にZoom映えする魅力に溢れていた。

/////

 アーノルド後藤=フワルツェネッガー(R2歳)

 言わずと知れたハリウッド界の超大物クラスター

 それが彼の正体だ。

 毎朝のワーケーションを終え、彼が向かったのは地元空港

 彼は今日、ここからデビュー30周年を記念した全国ツアーGoToキャンペーン後藤キャンペーン)」へと出立する。

「きゃー、フワちゃん!! カッコいい!!!

 アメリカンオンライン◯◯のファーストクラス

 乗り合わせた彼のファン握手を求めてやってきた。

「そんなに褒められるとテレワークっ!」

 はにかむフワちゃんの手をファンが握る。

 瞬間……!

 フワちゃんの周囲は一変し、彼の体はどこまでも続く異空間へと転移していた。

「き、貴様は……ぼる塾!? ソーシャルディスタンスの手先か!」

 手を振り解いたフワちゃん驚愕の声をあげる。

「クケケケケッ。騙されたな、アーノルド後藤=フワルツェネッガー。お前にはオレたちの活動資金を集めるための人質になってもらう!」

 悪の秘密結社ソーシャルディスタンス

 異世界より来訪したとされる彼らは世界征服を目論み、地球人の濃厚接触者を次々と「ぼる塾」に変えながら勢力を拡大している人類共通の敵である

空港自粛警察PCR検査をどうやって潜り抜けた!?

ソーシャルディスタンスの力によって新しい生活様式を手にしたオレは、もはやタダの人間ではない。人の革新たるニューノーマルなのだPCR検査をすり抜けるなど造作もない!」

「くっ! まぁねぇ~ロンダリングだけに留まらず、営利誘拐にまで手を広げるとは……。許せん!」

「怒ったところで、ただの人間であるお前にはどうにもできまい。安心しろ大人しくしていれば危害は加えん」

「……ふふふ。ただの人間、だと?」

「な、何がおかしい?」

「いいだろう。見せてやろう、わたしの秘めたるもうひとつの姿をなっ」

 そう言い放った次の瞬間……!

 ニジューッ!!!

 フワちゃんの全身から眩い光が放射される。

「BlackLivesMatter――」

 掛け声と共に、フワちゃんの体を構成する素粒子のBLM運動光速AI超えし、因果律無視した三つの密を形成する。そして……。

「――ソロキャンプ!!!!」

「ま、まさかっ! お前は……!」

「……コロナ温度は100万ケルビンマスクの値段は143円。ガーゼの力で悪事を防ぐ、正義ヒーロー《アベノマスク》! ここに参上!!!

「アベノマスク……! アベノマスクの正体はフワちゃんだと!?

覚悟しろ、ぼる塾! わたしの3密を知った以上、もはや貴様を生かして帰すことはできん! ここで(自粛)んで貰う!」

「くっ、正義の味方のくせに、まるで悪党のようなことを! むざむざヤラれてたまるかっ。喰らえ、第4次韓流ブーム!!!!!!

 ぼる塾の放ったブームがアベノマスク目掛けて直進する。

 回避不可能

 だが、絶体絶命のピンチに追い込まれたはずのアベノマスクは、なぜか微動だにすることなく、静かにただ眼前に迫る韓流ブームを見据えている。

「……明鏡香水

 そう呟いたアベノマスクは、いつの間にか手に握っていた鬼滅の刃を目の前にかざすと、その切っ先でブームを受け止め、そのままブームを刀身に纏わり付かせてしまった。

「オ、オレのブームを吸収した……だと?」

「明鏡香水相手の力を我がモノとし、自らの力を倍加する。語学留学日本ステイホームしているときに身につけた、ウーバーイーツの奥義だ!」

「く、くそー。そんな馬鹿な……」

わたしの力と貴様の力。NiziUの力をもってすれば、総合的、俯瞰的に考えてオレの勝ちだ、覚悟しろ!!!

「ズ、ズルいぞ、アベノマスク!」

「アベノマスクは2枚入り。これがわたしの戦い方だ! 喰らえっ! 《太陽剣・オーロラプラズマ恩返し!!!》」

「ぺ、ぺ、ぺ、ぺこぱぁぁぁぁぁぁぁっ(総合的、俯瞰的に考えて、やられたぁぁぁっ)」

 アベノマスク他人の技名をカゴパクした必殺技は「ぼる塾」を消し去り、異空間を消し去り、そして飛行機の片翼をも消し去った。

「し、しまった。やりすぎた……」

 愛の不時着が目前に迫る飛行機の中で、変身を解いたフワちゃん反省していた。

 だが、総合的、俯瞰的観点からすれば、この程度の事態は大した問題ではない。

「時を戻そう」

 再びBLM運動光速AI超えし、因果律無視した三つの密を形成する。飛行機は時空をAI超えておうち時間へと到達する。

 こうして、飛行機を無事に救ったフワちゃんは、改めて優雅な空の旅を堪能するのだった。

……ぼる塾の行方は、マジで誰も全然知らない。


2019-2

https://anond.hatelabo.jp/20191108151727

2019-1

https://anond.hatelabo.jp/20191107002918

2018

https://anond.hatelabo.jp/20181109213637

2017

https://anond.hatelabo.jp/20171109235515

2016

https://anond.hatelabo.jp/20161203164152

2020-10-05

幼稚園の頃、鯉のぼりに殺されかけた話

幼稚園の頃、鯉のぼりに殺されかけた話を書こうと思います

これはかなり恐怖を感じた出来事で、今でも鮮明に覚えています

ちなみに今現在20代後半なので、今から23〜4年前の話です。


私の通っていた幼稚園は、毎年5月頃になると大きな公園遠足に行く行事がありました。

親同行で行く遠足なので、先生、親、園児の大所帯の遠足です。

公園までは、確か何組かに別れてバスで行った記憶があります


この公園は芝生エリアに小さな丘が沢山あり、その丘の上で昼食をとりました。

また、各丘には鉄柱が建てられていて、別の丘の鉄柱とロープで繋がれていました。

そのロープから鯉のぼりが数匹ずつぶら下がっているという構図でした。

イメージは以下の図のような感じです。


    ○ーーーーーーーーーーーーー○

    |   |  |  |   |

    |   |  |  |   |

    |   |  |  |   |←鉄柱

    |   鯉  鯉  鯉   |

    |   の  の  の   |

   ーーー  ぼ  ぼ  ぼ  ーーー

  / 丘 \ り  り  り / 丘 \

_/     \_______/     \__


丘も沢山あることから、当日公園に飾られていた鯉のぼりの数も沢山ありました。

また、鯉のぼりサイズも大小あり、一部の特大サイズ鯉のぼりは地面についていました。

この特大サイズ鯉のぼりが、今回の犯人です。


昼食は仲の良い友達グループで、食事を楽しみながら親は親同士、子供子供同士で会話をしていました。

私は食事からずっと特大サイズ鯉のぼりが気になっていたので、食べ終えるやいなや一目散に丘を駆け下りました。

駆け下りると目の前に特大サイズ鯉のぼりがありました。

最初は目の前に座り、この鯉のぼりが浮いては地面に落ち、浮いては地面に落ち、と繰り替えすのをただただ眺めていました。

少し時間が経ったくらいで、この光景にも飽きてきたんだと思います

私はこの特大サイズ鯉のぼりが地面に落ちてきたタイミングを見計らい、捕獲をすることに成功しました。

ちょうど風のないタイミングだったので、特に苦労せずに捕まえることができました。


その後何を思ったのかは忘れましたが、この鯉のぼり尻尾を縄状に細め、どちらかの足の足首にキツく縛りつけました。

するとその直後丘一帯に強風が吹き、私の小さな体は鯉のぼりもろとも、空中に吹き上げられました。

私は恐怖で声が出ませんでした。また、体を動かすと足の結んだ鯉のぼりも解けてしまいそうで、体を動かすことも出来ませんでした。

空中にいた時間は数秒だったかもしれませんが、その状態はとてつもなく長く感じました。

幸い、鯉のぼりパラシュート代わり?のような形になり、フワフワとした様子で着地しました。

が、着地後にどれだけ頑張っても足首の鯉のぼりが全く解けません。

次にいつ強風が来るか分からない中、恐怖で焦り、必死になって解こうとしましたが無理でした。

二回目の強風を予感を察知した私は、鯉のぼりを解くことを諦め、飛ばされまいと体勢を低くし、芝生に必死になってしがみつきました。

ただし、自然の前ではか弱い力での抵抗は無力でした。私は再度空中に吹き上げられてしまいました。

再度空中にいる私は、ジタバタして落下をすることを恐れ、微動だにせずに風に体を預けていました。

その後パラシュート状態で無事着地した私は、恐怖で泣き出していました。

泣きながら必死鯉のぼりを解こうとしましたが、やはり解けません。

すると、その姿を遠目に発見してくれたカメラマン(遠足に同行して写真を撮ってくれていた方)が走って近づいてきてくれて、

私の足に絡みつく鯉のぼりを解いてくれました。

恐怖から解放された私は、お礼も言えずに泣きじゃくりながら丘を駆け上がり、親の元へと帰っていきました。

あのまま鯉のぼりと絡まり続けていたら、いずれ落下していた可能性もあるので、このカメラマンさんは命の恩人です。

直接お礼は言えませんでしたが、本当にありがとうございました


丘を上がったあとのことはあまり覚えていません。

ただ、危険なことをしていたことがバレると叱られるので、何か適当な嘘をついていたと思います

このエピソード高校生?くらいの時に初めて家族に伝えました。

が、未だにも誰も信じてくれていません。


今でも毎年鯉のぼりを見るとこの話を思い出します。

無事に助かってよかったです。

2020-09-28

推しが弱い

応援している競技者がいる。

もう結構長いこと応援してきているのだが、一向に勝てない。

負け続けている。

「次負けたら終わり」と言われて結構経っているが、やはり負けている。

負けるたびにファンが減っていき、ずっと定額の小金を落としてきた俺が最大スポンサーになりつつある勢いだ。

応援し始めて、最初の頃は推しが負けるのが耐えられないほど辛かった。

辛すぎて実際の試合を見ず、結果だけを布団にくるまながら見るという風になっていった。

そして恐る恐る結果を確認すると…

負けている…。

俺は悶絶した。

もはやお決まりとなった試合配信の神妙さ。

「やべぇよ…」という空気の中、カラ元気で「次はもう、本当に頑張ります!今から練習します!なので…応援よろしくお願いします!」という言葉がむなしく響く。

うん、そうだよね、次を考えよう!とコメントして定額課金。「〇〇さん、いつも本当にありがとうございます!〇〇さんのために頑張ります!」

うんうん、俺じゃなくていいよ。自分のために頑張ってと思いながらまた布団に入る。

そして来るべき試合

布団の中で結果を待つ。

今度こそ…と思いながら結果確認→負けている…→頑張ります!→〇〇さん、ありがとうございます

このループから俺は抜けられなくなっていた。

しかしたら俺の定額課金が負けのジンクスなのでは?と思い、課金額を変えてみたこともある。

しかし。

負けている…。

こうなれば試合会場に直接行って応援するべきなのでは?と思い、有休をとってチケットを取って飛行機に乗り、いってみたこともある。

しかし。

負けている…。

そしてついに、推しの負けが我が事以上に辛くなり、仕事にも支障が出てきそうになった。

そこでメンタルトレーニングの本を買ったり、体験講座に出てみたりした。

アドラー心理学とか、認知行動療法とか、占い師のところに行くとか。

効果は抜群だった。

他人自分を同一化しすぎないこと」を学び、実践を通じて習得した俺は、推しの負けに心は揺るがなくなっていた。

占いはまぁ、毛嫌いする人も多かろうが、占い師というのはある意味で「他者自分を切り分ける」プロフェッショナルなので、定期的にその切り分けテクニックを盗みに行っていた。

これがカウンセラーだと、自分担当をとっかえひっかえするのは難しいが、占い師は一回数千年~1万円でいける。かなり勉強になった。お勧めはしないけど。

で、推し自分の切り分けをなしえた俺は、揺らぐことな推しの負けを受け入れられるようになった。

メンタルトレーニングの間も推しは負けていたが、推しの負けによる心の動揺度がどんどん減っていくのを実感した。

確実に俺は成長していた。仕事でも、同僚が皆嫌がる厄介な取引先に率先して突入することにより、社内の評価も上がった。

ミスをして手ひどく怒られたときも、俺の心は(あんまり)揺らぐことはなかった。

認知行動療法に確かな手ごたえを感じた。

最近では社内のメンタルトレーニング講師を始めている。そろそろ何らかのメンタル関係資格も取ろうと思っている。

話は大幅に逸れたが、そんな中でも推しは負けている。

しかし心は微動だにせず、落ち着いて定額課金して、トレーニングで培った圧倒的に暖かいサポート言葉コメントできるようになった。

推しもいつも以上に喜んでくれた。

しかし、負けている。

まぁ、別に負けることはそれほど問題じゃない。推しは負けているとはいえ一般人からすると雲の上の存在だ。実力は凄い。

なにより、俺が推し応援する理由は強いかどうかではない。勝っているか応援しているわけではないのだ。

人柄とか、話の面白さとか…。

まぁこれ、普通に自分認知バイアスかかってて「長く応援しているからそれを続けてるだけ」なんだろうけどな。

それを理解しながら定額課金を続けている。

しかし、もうそろそろやめようかと思い始めている。

別に俺が課金をやめたからって推しはそんな気にしないのではないかと思い始めた。

それは当たり前のことかもしれない。

いや、これだめだな。

やめよう。

意味ないわ課金

やすまん、書いてる途中に急に問題解決してしまった。

本当は、「負け続ける推し応援する情熱を持ち続けるコツは何か?」と聞こうと思ったんだけど、解決してしまった。

アカウントも引き上げるか。

よし終わった。

でも、あれだけ負けてるのに頑張れるってすごいよなぁ。

そのメンタルの強さを俺は応援していたのかもしれないな。

しろあの推しこそがメンタルセミナーやるべきなんじゃないかと思うくらいだ。

めっちゃ通う自信あるな俺。

まぁそれはないだろうけど、試合、がんばってほしい。

でも頑張れなかったらいつでも撤退していいと思う。負け続けてたけど、本気で応援してたしさ。

推しありがとう

2020-07-29

犬がこちらをガン見してて草

外で突っ立ってたら散歩中の犬がじっとこちらを見たまま動かなくなった。

自分は何もしてない。スマホを見てただけ。

広場の端の何もない所に立ってたので邪魔にもなってない。

飼い主が名前を呼んでもリードを引っ張っても微動だにしないので、飼い主が犬を抱きかかえて回収していった。

2020-07-28

anond:20200728203212

一番酷かった時期の1回目を第1波と定義するからだよ

でなきゃ地震も初期微動が第1波になってしまうよ

2020-07-22

これから将棋を観る人へ

藤井棋聖フィーバーを受けて、将棋を観始める人に、ここが将棋を観る上でのの魅力、ポイントというのを言いたくなったので書いてみる

それはずばり、最終盤から投了までの棋士の佇まい、投了後の第一声だと思う

それまでの序盤、中盤は、最後の瞬間に感情移入して見られる程度に追っていればよい

盤面はわからなくてよい

解説を聞いてなんとなく情勢がわかる程度でよい

どうしてこの瞬間か

それは棋士感情が溢れる瞬間だから

将棋は負けると滅茶苦茶に悔しいゲーム

運の要素のない完全情報ゲームから自分の負けは即ち自分一人の責任になる

読みが甘かったから、気を抜いたから、能力が不足していたから、負ける

ウォーズ2級程度の腕の私すら、頭が火照るほど悔しい時がある

多くのプロ棋士は、小学生の頃からその地域大人はまず敵わない

そんな天才が全国からまり奨励会に入り、プロになるのは年数人の天才の中の天才

ちなみにプロ棋士の中でタイトル獲得まで至るのは一握りだし、タイトル保持を続けて覇権を握るのは羽生九段など、さらに限られた存在となる

そんな天才たちが何時間もの対局時間をかけて、生活の多くの時間を対局に備えて、人生将棋に賭けてきた棋士が負けた時の悔しさは業火に焼かれるような感じだろうか

想像も出来ない

もちろん、ずっと勝負世界に身を置いてきた棋士達が取り乱すわけではない

それでも、溢れるものがあるように思う

投了のずっと前には敗勢を認めて、

棋士によって潔く首を差し出したり、泥臭くあがいたり、幾重にも罠をはったり

そうした中で逆転もある

将棋は逆転の多いゲームで、終盤ほど一手の重みは大きくなる

勝っている方は一手のミスでこれまでの時間台無しになってしまプレッシャーの中、極限の緊張と興奮の中で読み抜けている筋はないか探し続ける

そんな時間には、身体を揺らしたり、頭を掻きむしったり、ぼやいたり、はたまた微動だにせず盤面を見続けたりと、棋士それぞれの色が出る

それでも、局面が進むに従って盤上にあった可能性は一方の勝ち、一方の負けという形に収束する

勝ち負けがはっきりするに従い、棋士も落ち着き始める

負けを認めるまでに、選ばなかった選択肢を思ったりするのだろう

そして、戦い自分を負かせた相手に敬意を表して、着衣、姿勢を整え投了する

暫しの間を置いて、一局の中で生じた別の展開の可能性について話し始める

この過程将棋を見ていてどうしようもなく美しい、これが魅力だと、個人的には感じている

もちろん、好きに観て楽しめば良いのだけど、ただ藤井棋聖一人に注目するよりも対局者二人の物語を感じた方が将棋面白いんじゃないかと思って

また、ここからの数年、藤井棋聖覇権を握っていくのだろうけれど、

個人的には藤井棋聖が悔しがらせる姿が見られるよう、他の棋士活躍を期待したい

2020-07-04

名チン伝

 尿(にょう)の陳鎮(ちんちん)の都に住む短小(たんしょう)という男が、天下第一の陰茎の名人になろうと逸物を勃てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、当今男根をとっては、名手・飛精(ひせい)に及ぶ者があろうとは思われぬ。百歩を隔てて女体を見るに即刻絶頂するという達人だそうである。短小は遥々飛精をたずねてその門に入った。

 飛精は新入の門人に、まず萎えざることを学べと命じた。短小は家に帰り、妻の股座の下に潜り込んで、そこに仰向けにひっくり返った。陰茎とすれすれに女陰が忙しく上下往来するのをじっと萎えずに見詰めていようという工夫である理由を知らない妻は大いに驚いた。第一、妙な姿勢を妙な角度から良人に覗かれては困るという。嫌がる妻を短小は叱りつけて、無理に股を開き続けさせた。来る日も来る日も彼はこの可笑しな恰好で、萎えざる修練を重ねる。二年の後には、遽だしく往返する女陰陰毛を掠めても、絶えて萎えることがなくなった。彼はようやく股の下から匍出す。もはや、鋭利な錐の先をもって陰茎を突かれても、萎縮をせぬまでになっていた。不意に火の粉が尿道に飛入ろうとも、目の前に突然灰胡座(ばいあぐら)が立とうとも、彼は決して陰茎をしぼませない。彼の海綿体はもはやそれを縮ませるべき筋肉使用法を忘れ果て、夜、熟睡している時でも、短小の陰茎はカッと大きく屹立したままである。ついに、彼の睾丸睾丸との間に小さな一匹の蜘蛛が巣をかけるに及んで、彼はようやく自信を得て、師の飛精にこれを告げた。

 それを聞いて飛精がいう。萎えざるのみではまだ射精を授けるに足りぬ。次には、視ることを学べ。視ることに熟して、さて、貧を視ること巨のごとく、微を見ること爆のごとくなったならば、来って我に告げるがよいと。

 短小は再び家に戻り、肌着の縫目から乳首を一つ取り出して、これを己が陰毛をもって繋いだ。そうして、それを南向きの窓に懸け、終日睨み暮らすことにした。毎日毎日彼は窓にぶら下った乳首を見詰める。初め、もちろんそれは一つの乳首に過ぎない。二三日たっても、依然として乳首である。ところが、十日余り過ぎると、気のせいか、どうやらそれがほんの少しながら大きく見えて来たように思われる。三月目の終りには、明らかに乳房ほどの大きさに見えて来た。乳首を吊るした窓の外の風物は、次第に移り変る。煕々として照っていた春の陽はいつか烈しい夏の光に変り、澄んだ秋空を高く雁が渡って行ったかと思うと、はや、寒々とした灰色の空から霙が落ちかかる。短小は根気よく、陰毛の先にぶら下った哺乳類・催淫性の小乳頭を見続けた。その乳首も何十個となく取換えられて行く中に、早くも三年の月日が流れた。ある日ふと気が付くと、窓の乳首が馬のような大きさに見えていた。占めたと、短小は陰茎を打ち、表へ出る。彼は我が目を疑った。陰茎は高塔であった。睾丸は山であった。陰毛は森のごとく、包皮は城楼と見える。雀躍して家にとって返した短小は、再び窓際の乳首に立向い、男根の綿に精液をつがえてこれを射れば、精液は見事に乳首の中心を貫いて、しか乳首を繋いだ毛さえ断れぬ。

 短小は早速師の許に赴いてこれを報ずる。飛精は高蹈して金玉を打ち、初めて「出かしたぞ」と褒めた。そうして、直ちに射精の奥儀秘伝を剰すところなく短小に授け始めた。

 男根の基礎訓練に五年もかけた甲斐があって短小の腕前の上達は、驚くほど速い。

 奥儀伝授が始まってから十日の後、試みに短小が百歩を隔てて女体を見るに、既に瞬間射精である。二十日の後、いっぱいに精液を湛えた盃を右肱の上に載せて剛直を扱くに、狙いに狂いの無いのはもとより、杯中の精液も微動だにしない。一月の後、一本の陰茎をもって速射を試みたところ、第一射が的に中れば、続いて飛来った第二射は誤たず第一液の染みに中って突きささり、更に間髪を入れず第三射の精液が第二射の溜まりにドッパとなだれ込む。精精相属し、発発相及んで、後射の精液は必ず前射の精液に喰入るが故に、絶えて地に墜ちることがない。瞬く中に、百発の精液は一本のごとくに相連なり、的から一直線に続いたその最後の一滴はなお剛直を銜むがごとくに見える。傍で見ていた師の飛精も思わず「逝く!」と言った。

 二月の後、たまたま家に帰って妻となかよしをした短小がこれを威そうとて黄金の陰茎に白銀の精液を溜めりりとしこって妻の目を射た。液は妻の睫毛三本を射切ってかなたへ飛び去ったが、射られた本人は一向に気づかず、まばたきもしないで亭主を罵り続けた。けだし、彼の至芸による精液の速度と狙いの精妙さとは、実にこの域にまで達していたのである

 もはや師から学び取るべき何ものも無くなった短小は、ある日、ふと良からぬ考えを起した。

 彼がその時独りつくづくと考えるには、今や陰茎をもって己に敵すべき者は、師の飛精をおいて外に無い。天下第一名人となるためには、どうあっても飛精を除かねばならぬと。秘かにその機会を窺っている中に、一日たまたま吉原において、向うからただ一人歩み来る飛精に出遇った。とっさに意を決した短小が陰茎を取って狙いをつければ、その気配を察して飛精もまた男根を執って相せんずる。二人互いに射れば、精はその度に中道にして相当り、共に地に墜ちた。地に落ちた精が軽塵をも揚げなかったのは、両人の精液がいずれも実に粘っていたからであろう。さて、飛精の精液が尽きた時、短小の方はなお一射を余していた。得たりと勢込んで短小がその精を放てば、飛精はとっさに、傍なる野次馬の陰茎を折り取り、その粗根の先端をもってハッシと液を叩き落した。ついに非望の遂げられないことを悟った短小の心に、成功したならば決して生じなかったに違いない道義的慚愧の念が、この時忽焉として湧起った。飛精の方では、また、危機を脱し得た安堵と己が巨根についての満足とが、敵に対する憎しみをすっかり忘れさせた。二人は互いに駈寄ると、吉原真中に相しごいて、しばし美しい師弟愛の摩羅をかきくれた。(こうした事を今日道義観をもって見るのは当らない。性豪の精(せい)の乱公(らんこう)が己のいまだ味わったことのない珍々を求めた時、厨宰(ちゅうさい)の液牙(えきが)は己が息子を蒸焼にしてこれをすすめた。十六歳の少年、秦のシコシコう帝は父が死んだその晩に、父の男根を三度襲うた。すべてそのような時代の話である。)

 精涙にくれて相扱きながらも、再び弟子がかかる企みを抱くようなことがあっては甚だ危いと思った飛精は、短小に新たな目標を与えてその気をせんずるにしくはないと考えた。彼はこの危険弟子に向って言った。もはや、伝うべきほどのことはことごとく伝えた。爾がもしこれ以上この道の蘊奥を極めたいと望むならば、ゆいて西の方大硬(たいこう)の嶮に攀じ、掻山(かくざん)の頂を極めよ。そこには甘勃老師とて古今を曠しゅうする斯道の大家がおられるはず。老師の技に比べれば、我々の射精のごときほとんど児戯に類する。爾の師と頼むべきは、今は甘勃師の外にあるまいと。

 短小はすぐに西に向って旅立つ。その人の前に出ては我々の技のごとき児戯にひとしいと言った師の言葉が、彼の海綿体にこたえた。もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指す彼の望も、まだまだ前途程遠い訳である。己が業が児戯に類するかどうか、とにもかくにも早くその人に会って摩羅を比べたいとあせりつつ、彼はひたすらに道を急ぐ。裏筋を破り亀頭を傷つけ、陰茎を扱き精液を出して、一月の後に彼はようやく目指す山顛に辿りつく。

 気負い勃つ短小を迎えたのは、羊のような柔和な目をした、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。年齢は百歳をも超えていよう。腰の曲っているせいもあって、陰茎は歩く時も地に曳きずっている。

 相手が聾かも知れぬと、大声に遽だしく短小は来意を告げる。己が技の程を見てもらいたいむねを述べると、あせり勃った彼は相手の返辞をも待たず、いきなり股間についた陽根摩羅を露出して手に執った。そうして、玻璃の我慢汁を出すと、折から空の高くを飛び過ぎて行く渡り鳥の群に向って狙いを定める。陰茎に応じて、一射精たちまち五羽の大鳥が鮮やかに碧空を切って落ちて来た。

 一通り出来るようじゃな、と老人が穏かな微笑を含んで言う。だが、それは所詮射精射精(しゃせいのしゃせい)というもの好漢いまだ不射精射精(ふしゃせいのしゃせい)を知らぬと見える。

 ムッとした短小を導いて、老隠者は、そこから二百歩ばかり離れた絶壁の上まで連れて来る。脚下は文字通りの大木のごとき茎立千仭、遥か真下に糸のような細さに見える精液渓流をちょっと覗いただけでたちまち勃起を感ずるほどの淫らさである。その断崖から半ば宙に乗出した猥石の上につかつかと老人は駈上り、振返って短小に言う。どうじゃ。この石の上で先刻の業を今一度見せてくれぬか。今更引込もならぬ。老人と入代りに短小がその石を履んだ時、石は微かにグラリと揺らいだ。強いて気を励まして陰茎をしごこうとすると、ちょうど崖の端から小石が一つ転がり落ちた。その行方を目で追うた時、覚えず短小は石上に伏した。男根ワナワナと顫え、我慢汁は流れて踵にまで至った。老人が笑いながら手を差し伸べて彼を石から下し、自ら代ってこれに乗ると、では射精というものをお目にかけようかな、と言った。まだ勃起がおさまらず蒼ざめた陰茎をしてはいたが、短小はすぐに気が付いて言った。しかし、陰茎はどうなさる? 睾丸は? 老人は去勢済だったのである。陰茎? と老人は笑う。男性器の要る中はまだ射精射精じゃ。不射精射精には、金剛の陰茎も碧玉睾丸もいらぬ。

 ちょうど彼等の真上、空の極めて高い所を一羽の鳶が悠々と輪を画いていた。その胡麻粒ほどに小さく見える姿をしばらく見上げていた甘勃が、やがて、見えざる精液を無形の陰茎につがえ、満月のごとくに引絞ってどぴゅと放てば、見よ、鳶は羽ばたきもせず中空から石のごとくに落ちて来るではないか

 短小は慄然とした。今にして始めて茎道の深淵を覗き得た心地であった。

 九年の間、短小はこの老名人の許に留まった。その間いかなる修業を積んだものやらそれは誰にも判らぬ。

 九年たって山を降りて来た時、人々は短小の陰茎の変ったのに驚いた。以前の太く長いカリ高な魔羅魂はどこかに影をひそめ、なんの凹凸も無い、コケシのごとく棒のごとき根貌に変っている。久しぶりに旧師の飛精を訪ねた時、しかし、飛精はこの魔羅付を一見すると感嘆して射精した。これでこそ初めて天下の名人だ。我儕のごとき、足下にも及ぶものでないと。

 陳鎮の都は、天下一名人となって戻って来た短小を迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその性技への期待に湧返った。

 ところが短小は一向にその要望に応えようとしない。いや、陰茎さえ絶えて手に取ろうとしない。山に入る時に履いて行った金糸の下履きもどこかへ棄てて来た様子である。そのわけを訊ねた一人に答えて、短小は懶げに言った。自慰は為す無く、シコシコは言を去り、至射精射精することなしと。なるほどと、至極物分りのいい陳鎮の都人士はすぐに合点した。陰茎を執らざる射精名人は彼等の誇となった。短小が陰茎に触れなければ触れないほど、彼の無敵の評判はいよいよ喧伝された。

 様々な噂が人々の下の口から口へと伝わる。毎夜三更を過ぎる頃、短小の家の屋上で何者の立てるとも知れぬ自慰の音がする。名人の内に宿る射精の神が主人公の睡っている間に体内を脱け出し、淫魔を払うべく徹宵守護に当っているのだという。彼の家の近くに住む一商人はある夜短小の家の上空で、雲に乗った短小が珍しくも陰茎を手にして、古の名人羿(ゲイ)と超勃起の二人を相手魔羅比べをしているのを確かに見たと言い出した。その時三名人の放った精はそれぞれ夜空に青白い光芒を曳きつつ娼宿と天淫星との間に消去ったと。短小の家に忍び入ろうとしたところ、塀に足を掛けた途端に一道の精気が森閑とした家の中から奔り出てまともに股間を打ったので、覚えず射精し外に顛落したと白状した盗賊もある。爾来、淫心を抱く者共は彼の住居の十町四方は避けて廻り道をし、賢い渡り鳥共は彼の家の上空を通らなくなった。

 雲と立罩める名声のただ中に、名人短小は次第に老いて行く。既に早く射精を離れた彼の魔羅は、ますます枯淡虚静の域にはいって行ったようである。木偶のごとき陰茎は更に凹凸を失い、勃つことも稀となり、ついには存在の有無さえ疑われるに至った。「既に、陰茎と空との別、是と非との分を知らぬ。眼は陰茎のごとく、耳は陰茎のごとく、鼻は陰茎のごとく思われる。」というのが、老名人晩年述懐である

 甘勃師の許を辞してから四十年の後、短小は静かに、誠に精子のごとく静かに世を去った。その四十年の間、彼は絶えて射精を口にすることが無かった。口にさえしなかった位だから、陰茎を執っての活動などあろうはずが無い。もちろん、寓話作者としてはここで老名人に掉尾の大乱交をさせて、名人の真に名人たるゆえんを明らかにしたいのは山々ながら、一方、また、何としても古書に記された男根を曲げる訳には行かぬ。実際、老後の彼についてはただ無為にして化したとばかりで、次のような妙な話の外には何一つ伝わっていないのだから

 その話というのは、彼の死ぬ一二年前のことらしい。ある日老いたる短小が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器官を見た。確かに見憶えのある器官だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ部位で、また何に用いるのかと。主人は、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老短小は真剣になって再び尋ねる。それでも相手曖昧な笑を浮べて、客の心をはかりかねた様子である。三度短小が真面目な顔をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼は客の眼を凝乎と見詰める。相手冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。

「ああ、夫子が、――古今無双射精名人たる夫子が、陰茎を忘れ果てられたとや? ああ、陰茎という名も、その使い途も!」

 その後当分の間、陳鎮の都では、女は乳房を隠し、男色家は尻の穴を埋め、遊人男根を手にするのを恥じたということである

2020-06-11

図書館って今どんな感じ?

先日久しぶりに図書館へ行った。

施設内は無音と言っていいほど静かで、薄暗くてカビ臭く鬱屈としていた。数年前に訪れた時とはまるで別の空間だった。

自分以外に利用客はおらず、司書の方が4人いた。施設入り口司書の一人が消毒液をかけるために待機して他はカウンター付近仕事をしていた。本当にこの人たちは必要なのか?全部今のテクノロジーで賄えるんじゃないか直感的にまずそう感じた。

受付で借りたい本を予約したいと伝えると、1冊ごとに紙に書いて申請する必要があるとのこと。PCスマホからならネットのみで完結できるシステムなのに、なんで直接の場合はこんなに手間なのか。検索端末も故障しており、在庫確認も直接聞かなければならなかった。カウンターの端末で検索して結果を教えてくれるが、前述の理由と閉館が近かったためネットでやってほしいと言われた。

入り口の消毒液係の司書は、ただ消毒液をかけるためだけにそこに立ち続け微動だにしなかった。コロナ対策のため透明なサンバイザーとマスク手袋を付けており異質なキャラクターを醸し出していた。消毒液と注意書きを置いておけば、図書館に来る人ならばほぼ指示に従うのではないか?超余計なお世話だけど、その働き方でいいの?それ続けるの?って思った。

全部自動化して、本に電子タグつけて専用端末で検索/貸し出し/予約を全て完結させればいいのに。最終的にAMAZON GO化しちゃえばいいのに。そうなってくるとデジタルアーカイブとかの話になるけど、データ化して制限なく読めるようになったらそもそも本売れないか国会図書館のように全国的著作権切れの本はデータ化、公開するとか。今よりもちょっとだけ借りやすシステムにならないかな。

...結局あの空間はなんだったのだろうか。異世界に迷い込むとはこんな感じなのか。本借りるのめんどくせー。この馬鹿な私にもっと知に触れさせてほしい。

2020-06-06

休日は寝過ごしてえと思っていたが

今まで寝ることが好きなんだと思っていたんだけど、違うのかもしれないと気付いた。

時間があったら寝ていないと勿体ないと感じる。たぶん、大学生の頃くらいからそう。

授業や部活バイト時間以外は大抵家にいて大抵寝てた。たまに友人と遊ぶこともあったけど、あっても週一、しかも友人の家で飲んでいると仲間内で真っ先に自分寝落ちている。ただの一度も友人たちの寝顔を見たことがない。起きるのも遅い。正午に起きては「お前1限とってる?」と真剣心配される。予定さえあればちゃんと起きるので大丈夫だよ。問題はなにもない日、寝てる時間があまりにも長すぎる。

思えば人生遅刻したことが一度も無いっていうのは、地味に僕の自慢かもしれない。ていうかそれくらいしか誇るところが無い。なんていうか、時間には割と厳しい方だと自負している。友人同士の待ち合わせに5分や10遅刻してきたって気にしないけど、それが三回も続けばどんなに気が合っても次の約束はしないと思う。学校の授業で終業時間を超過してるのに「時間過ぎてるけどキリいいとこまでいくぞー」って授業延長してくる教師は、じゃあ途中の無駄自語り削れや教鞭とって何年目やねんと毎回キレ散らかしていた。教育実習生の方がよっぽど時間配分上手いじゃねえか。とにかく、決まった時間を守られないことが僕は嫌いだってことだとおもう。定刻通りに来ないバスとか定時をある程度過ぎてからじゃないと退勤できない会社とか、仕方ないとは分かっていながらどうにもいらいらしてしまう。田舎バスは定刻に来ないんだよしょうがない。

で、そんな時間にピリついた僕が「自分自由時間」にどんな有益なことをしているかというと、睡眠である。布団のうえでそれはもう微動だにせず寝ている。あまりにも動かないので旅行先とかで深夜に叩き起こされ「よかった、死んでるかと思った…」と言われた回数は4回くらいある。ところで僕は気付いたらうつ伏せでしか寝られなくなっていたんだけれど、これって身体に悪かったりすんのかな。知ってたら治す方法と一緒に教えて。がんばって仰向けで寝ても起きたらうつ伏せなんだよなあ。ミステリー

休日は何をしているか、と聞かれて1日中寝ていますと答えると、漏れなく勿体ない!と言われる。いつもそうなの?たまにはどこかへ出かけたりしないの?と聞かれるので、社会人になってから休日は全部寝てますね、と答える。と、なんかかわいそうだなコイツみたいな目で見られることに気が付いたので、最近曖昧ごまかしているつもり。

どこへいっても人に溢れている都会で生活する人たちに言うと理解してもらえないことのひとつに、「一人の時間がないと耐えられない」っていうのがある。この「一人の時間」っていうのは、満員電車に揺られて好きな音楽を聴きながら退勤してる時間じゃないし、お気に入り喫茶店で静かにコーヒーを飲んでる時間でもない。自分の部屋で、自分しかいない空間で、自分ひとりである時間エアギター練習もするし唐突全裸になって冷蔵庫にくっついたりもする。何をするかはあんまり関係ない。一人であること、なににもさらされないこと、それが大事増田にはたぶんいっぱいいると信じてるんだけど僕は。職場コミュニケーション特に苦じゃないし、たまたま地元の友人と再会してウェーイwすることもあるけど、やっぱり何にも干渉されない時間ってのはないと困る。大学生になって実家を出たときに気付いた。一人暮らし最高。

そんで僕は、その「一人時間」を睡眠に全振りしている。なんかの強迫観念かられて、「寝ないともったいない」と思っている節がある。補足しておくと、幸運なことに残業ほとんどないホワイト職場なので平時睡眠時間はしっかりあるはずだ。平日の平均睡眠時間は大体6時間くらい。休日17時間ごろごろしている時間も含めると、20時間以上は布団の上にいる。アホなのか。ちなみに身長高校生から伸びていない。休日の残り時間は何をしているかというと一応人間らしく生活をするための最低限のことをしている。主に掃除とかね。外出はしない。外出はできるだけ回数を減らしたいので仕事帰りとか仕事前とかにまとめて済ませるようにしている。休日絶対に家から出ないという心意気を大事にしていこう。

で、この「俺寝過ぎじゃね問題」を解決するにはたぶん、趣味をつくるのが手っ取り早いんだと思う。休日にしたいことを作っちゃえば、否が応でも起きるし趣味の内容によっては外出だってするかもしれない。ただ自分には趣味が無い。びっくりするくらい無い。しいていうなら最近増田を見始めたくらい。これは逆に引きこもりが加速しそう。ごめん。一人の時間を守りたいあまり、いろんなことに関心を失った。

というわけで今回募集いたしますは増田向きの一人で出来る趣味でございます。外出可だけどできれば「一人の空間」があるのがいいな…あと球技は許して。

2020-06-02

定額給付金担当がとうとう壊れかけている

マイナンバーカード電子申請しても

結局は紙の資料目視確認しているため

1件を処理する時間は紙の申請書でも電子申請でも

変わらない。

待っている人はみんなイライラしている。

担当者の席に、上を向いてぼーっとしている人がいた。

どれくらいかかるかその人に聞こうと思って

「すいませーん」の声をかけたが反応なし。

隣の忙しそうな人が「どうしました?」と声を掛けてくれた。

その間もぼーっして上を向いた人は微動だにしない。

ヤバいヤバい。これは窓口に座っていてはいけない人だ。

10万円を銀行に振り込むだけなのに

どうして壊れる人がでてくる?

どうしてこんなに混乱している?

マイナンバーカードを本気で使おうっていう気がない

のが問題だよ。

銀行口座を登録したら100ポイント加算みたいな

グーグル連携させたら100ポイントみたいな

そんなことをしていかないと、時間と手間ばかりかかって

お金がかかりますぜ。

2020-05-26

若い女が死んだら社会が動くクソみたいな国家国民という自覚を持つべきところに来ている

しかも動くというのは微動であって、解決するわけではない

2020-04-23

川に亀がいた

川っていうか、全部舗装されててサイボーグみたいで情緒もなにもなくただ水が流れてる場所なんだけどとにかく亀がいた

飛び石みたいになってるコンクリートの上でじっとしていた

まりにじっとしているので遠目にはプラスチック製の何かにみえ

眼鏡をかけてよく見てみて、それでも確信できなかったから近くに行った

亀だった 微動だにせずそこにいた

亀よ 君はコロナとか関係ないんだろうな むしろ川が綺麗で嬉しかったりするのか?

デカイ鳥が飛んできて亀のそばに降り立ったが、それでも無反応だった

亀になりてえなと思った

2020-04-19

4月1日受動喫煙防止法が改正されても

微動だにしなかったコンビニ前の灰皿が

さっき行ったらコロナ対策名目撤去されてた。

2020-04-15

彼女の思い出

彼女の思い出」というタイトルにしたが、ここでいう「彼女」は単なる女性三人称であって、正式に「男女交際」をした事は無い。あくまで友人だった。

彼女から突然電話がかかって来たのは大学3年の夏休み前のことだった。

夏休み課題を一緒にやらないか?という誘いだった。そして、良かったらその後近くの公園花火でもやらないか?という尾鰭が付いていた。

彼女は確かに「絶世の美女」とは言えないまでも、今でいう地下アイドルあたりにはなれそうな容姿だったから、これを無碍に断る理由は無かった。

花火

市販花火を買って路地裏の公園でしょぼい火花を噴射するあれか。

興味が湧かなかった。

僕は「だったら課題を済ませた後は酒を飲もう」と提案すると、彼女同意してくれた。

彼女の住む街の古びた図書館夏休み課題の一つのレポートを二人で仕上げた後、日が暮れてからもう少し大きな街へ二人で酒を飲みに行った。

適当に見つけた焼き鳥屋に入ってビール日本酒を好きなだけ飲んでいると、やがて彼女身体を持たせかけて来た。彼女も酔って居るのだろう。太腿に人差し指で何か文字を書き始める。どうやらカタカナで「スキ」と書いているようだ。でも、冗談で僕をからかっているのだろう。

いい加減酔いが回って来たので店を出ることにした。勿論割り勘だ。彼女から半分の金額を受け取って会計を済ませ、店を出ると彼女泥酔して立ち尽くしていた。帰ろうと声をかけても動かない。「手をつないで!つないでくれなかったらこから動かない!」などと異常な事を口走っていた。

仕方なく手をつないで蒸し暑い夜の街を駅に向かって歩いていると、彼女は「ねえ、これからどこに行くの?ホテル??でも、そんな勇気ないんでしょ?」と言いながら腕にしがみ付いて来た。

女性と二人だけで酒を飲んだのが初めてだった僕は「これは罠だ。もしこのまま彼女ホテルに連れて行って性的な事をすれば、翌朝彼女は僕をレイプ犯として訴えるに違いない」と考えた。

僕は彼女を駅のホームに送った。レールを何本か先にある山手線ホームに立ち尽くしていた彼女が見えた。今考えれば、あん状態彼女魑魅魍魎渦巻く山手線ホーム放置したのは少々間違いだったかもしれない。でも無事に帰宅したのだろうと思う。

大学夏休みも後半になり、蒸し暑く気怠い日々を過ごしていた僕の自宅に国際電話が来た。海外電話などした事のない僕は狼狽たが、出てみると、東南アジアバカンスを過ごしている彼女から電話だった。

出国前のあの夜の醜態を詫びつつ、帰国したらもう一度会って欲しい、という内容だった。

帰国した彼女とは、彼女の自宅に近いファミレスランチをして当たり障りのない世間話をした。勿論割り勘だ。

この後どうしようか?と彼女に訊かれた僕は、君の家の君の部屋のベッドでお昼寝しようと提案した。それは字義通りの「お昼寝」の意味で、それ以上の意味は無かった。

彼女の家に向かう途中で、彼女は僕の腕にしがみ付いて来た。夏の終わりで僕は半袖、彼女ノースリーブ。剥き出しの腕が絡み合い若かった僕の股間テントを張り、恥ずかしくなった僕は背中丸めながら歩いた。

向こうから自転車に乗って買い物にゆ中年女性が僕らを「盛りの付いた犬」を見るような目つきで睨みながら走り去っていった。

彼女の家についた僕は彼女のベッドに横たわり普通に休憩していた。隣に横たわった彼女はなぜか僕の胸の上に手を置いた。仕方なく僕は彼女の手を取ったけれど、腕が疲れて来たので手を離した。

「なぜ手を離すの?」という彼女に僕は答えようが無かった。盛り上がった僕の股間の上に彼女は太腿を乗せて「ファミレスなんか行かないで、ずっとこうしてれば良かったね」とささやいた。

かにそれは今まで自分経験した事のないような甘く刺激的な時間だった。

その後僕らは頻繁に会うようになり、彼女は隙を見ては僕の唇にブチュ!っとキスをするようになった。僕は少々辟易したけれど、満更悪い気分でも無かった。

彼女の家のそばの例のファミレスで、彼女は「なぜキスをするの?」と質問をして来た。僕は「気持ちいから」と答えると彼女は急に顔を曇らせた。「『好きだから』じゃないの?女なら誰もいいの?」

無神経だった僕は「美女とのキスなら誰でも幸せ」みたいな回答をしてしまった。

かに激怒した彼女キス禁止した。ほおにキスしても微動だにせず怒りの視線こちらに向けるだけだった。

秋の休日に僕らは二人で郊外山里へ出掛けた。郊外に向かう朝の下り電車の中で彼女は「今日の私、ちょっと変でしょ?」と言いながら腕にしがみ付いて来た。僕はいつもとそんなに変わらないと思いつつ適当に「うん」と答えた。

山里自然を二人で一日中楽しんだ後で都会に戻った僕らは、夕食の後でネオンサインの見える都会のベンチに座っていた。

突然彼女は「何でキスしてくれなかったの?」と訊いて来た。僕は「いや、キス禁止なんでしょ?」と答えた。

彼女は数日前に、以前交際していた妻子ある中年男性から車の中で身体を触られた事を告白しながら、僕の口に鯉のように激しく襲いかかった。

そばの道を通り過ぎるタクシー運転手の冷ややかな視線を感じながら、僕は彼女を抱きとめるのことしかできなかった。

ホテルに行く?」という彼女言葉狼狽する事しかできなかった僕は、彼女を駅のホームまで送った。

秋がもう少し深まった頃、彼女は僕の住む街に遊びに来た。駅から少し歩いたところにある今はもう潰れた焼き鳥屋で酒を飲んで、その後、線路脇の道を二人で歩きながら彼女は「抱いて」と言った。

しかし、当時としてもやや時代遅れと思われるこの表現真意理解し得なかった僕は、普通に彼女を熱く抱きしめた。

「この辺にホテルはないの?」という彼女の問いの真意理解できなかった僕は、駅前にあるビジネスホテルを紹介しつつ、彼女の家に帰る終電はまだあると伝えた。

彼女は確かに、なかなか美しい魅力的な女性だった。けれども価値観社会に対する思想は違っていた。僕は当時から左派価値観を持ち、社会問題点は変革されるべきだと彼女に語り、現在民主主義社会は人々の弛まない努力によって長い歴史の中で築き上げられて来た事を事あるごとに力説した。

しか彼女政治には全く関心はなく、「文句を言ってもどうせ世の中変わらないでしょ?」という態度だった。

ただ、美しい女性と街を歩くことが心地良くて、休日のたびに彼女と会っていた。

しか彼女は次の年の春には本当に自分を愛してくれる(と自称する)男性を見つけ、僕とはあまり会ってくれなくなった。

彼女に別の男が出来たことに気づかなかった僕は、二人では滅多に会ってくれなくなった事について不平不満を彼女に訴えたけれど、今となっては仕方のない事だとわかる。彼女と一日中街を歩き、おしゃれな店から小汚い店まで色々な場所お茶を飲んだり酒を飲んだり、夕暮れや夜景を眺めた日々は確かに僕にとって最も幸せな日々だった。しかし今から考えれば、僕は確かに彼女を本気で愛してはいなかったのだ。世界に対する価値観が違い過ぎていた。

大学4年になった冬、既に別な男と交際していた彼女が久しぶりに自宅に遊びにやって来た。二人で戯れているうちにちょっとしたアクシデントで僕の家の備品のごく一部を彼女が壊してしまった。彼女は尻を突き出しながら「お仕置きして」と叩くように促した。

僕は叩くような事をせず、彼女の尻を撫で、その後彼女を抱きしめた。

彼女は顔を赤らめて「それじゃお仕置きにならないよ」と言いながら僕の胸を撫で始めた。

僕が彼女の胸を同じように揉み始めると、彼女は「女の子の胸を触っちゃダメだよ!ずるい!私も触るから」と言って僕の股間のチャックを下ろして男根を揉み始めた。まだ若かった僕の男根が力強く立ち上がり始めると、彼女は「舐めたい」と言い出した。

舐められたのは初めての経験だった。彼女は髪を振り乱して一心不乱だったけれど、僕は歯が当たって痛かった。だから萎えしまった。

首の疲れた彼女は僕のベッドの上に仰向けになった。今度は僕が彼女下着の中に手を入れ、暖かく湿った膣の中に指を入れて動かしてみた。

「やめて!」

というので僕は手を止めたけれど、彼女はその後小さな声で「やめないで…」と囁いた。

僕がもっと大きく手を動かすと、彼女普段いたことのない裏返った高い声で喘ぎ出した。その時の僕は違和感しか感じなかったけれども、これは彼女なりのサービス精神だったのだろう。経験豊富彼女のいつもの声なのかもしれない。

やがて日が暮れて薄暗くなった室内で彼女は「〇〇くん(僕の名前)とやりたいなぁ」呟いたけれど、コンドームがなかった。その時点でまだ童貞だった僕は外に出す自信はなかった。

僕は彼女を駅まで送って行った。

それから20年以上の時は過ぎ、彼女は二度目の結婚幸せな家庭を築き、送られてくる年賀状写真は夫と子供たちに囲まれ幸せな家庭そのものだ。

一方非モテ中年の僕は独身のままだし、多分一生結婚する事はないだろう。

だが、別にそれでいいのだ。

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