「代替」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 代替とは

2017-09-21

汝の信頼できる上司を追い込め。

from中堅若手

信頼できる上長には徹底的に意見をして正論を叩きつけるべきだ。

信頼できるからこその「口頭の」意見ではなく。

メール若しくはグループウェアメッセージ機能が良いだろう。

口頭で申し付けるより、余程効果である

…我が社は代替わりの革命期を迎える!

次世代経営層に槌を打っておく事が、未来の礎を築くことに繋がる!!

行け勇者!!!

to若き社員

恋愛指南的なものである、「押せばなんとかなる」みたいなやつ

ほんとやめてほしい。

すごい迷惑



遊びに行こう、飲みに行こう、って誘われて

ちょっと暫く忙しいから無理だな」

って断ると

「じゃあいつなら空いてる?」

って食い下がってきたりとか…。



誘うのも勇気がいるだろうけど、断るのも気力を使うから本当にますますその相手が嫌いになる。

本当に忙しくて断ってる場合ならこっちから代替案出すから大人しく引き下がってほしい。この先脈ありになることもないから。



告白ハラスメントが一時期叩かれてたけど、私は告白ハラスメントって言いたくなる気持ち分かるよ…。

2017-09-20

自民党外交

自民党外交の基本路線は 「対米完全追従路線属国化)」または 「対米依存自尊路線ポチ化)」の二択でずっときた。この二択、結局「日米安保はいずれの場合も前提なんだよね。でも、それが前提である限り日本はいかなる「戦略」も持ち得ないし「自立」はできない。ずっとそれでいくのか、将来的にもう少しマシな状態への移行を考えるのか、選択余地はその二つしかねーだろっていうのがつまり自民党」なわけで。

もし、そんなのイヤだ!日本は「自立外交」に踏み出し、正しい意味での「国際協調」を考える必要がある……というなら、日米安保以外の安全保障体制独自に構築しなちゃならない。そしてその場合、まず憲法改訂必須となるし(別なる安全保障体制イコール日本一国での再軍備意味するわけではないが、日米安保否定した上で米軍プレゼンス代替を考えるのに、自衛隊状態を現状かそれ以下にすることは不可能だろうしその位置づけも変えざるを得ない)、これまで積み上げてきたのとは全く違う「外交」、「経済」の世界を作り上げて行かなくてはならなくなる。経済の面でも、アメリカ頼りの状況から離脱しなくてはならない。

そしてそれは、米中に二極化する世界に強烈な第三極誕生させ、世界大戦もつながりかねない流動的な局面を作り出すことにもなるだろう。日本もっと小国であったうちならば、そこまで大きな問題にはならなかっただろうが、この不自然政体のまま現在のように経済その他のパワーだけが巨大になってしまったため、どうしようもなくなっている。

現在世界で、日本が本気でアメリカから独立」したら……これはちょっとしたホラーだよ。GDP世界三位の国が、極東で、アメリカ中国コントロールを離れて、ロシア北朝鮮韓国その他東アジアの国々と新しい「関係」を結ぼうとする。イラン北朝鮮どころではない、世界にとってのマジな「脅威」だ。

鳩は、一応壮大な見通しをもってコレやろうとしたんだと思うが、(もしそれができれば、もちろんそれは「米軍基地」を「沖縄から放り出すことにつながる)結論から言うとそれはもう現実的には全然無理なチャレンジだったわけだ。影響力を利用しようとした中国には警戒され、アメリカからの横やりはもちろん、そもそもその見通しを共有できない官僚も全力でその足引っ張るしかない。下手したら世界破滅させかねないわけだから。ただ、鳩の頭の中ではこれを「平和的に実現することは可能なんじゃないか」という見通しもあったと思うわけだ。相当ぶっ飛んではいても、アイデア方向性自体は間違いなく「自民党の二択」に対するオルタナティブなわけで、これを揶揄したり100%否定するのが本当に日本のためにいいことなのか俺はちょっと疑ってる。

少なくとも、鳩が100年後の教科書にどう書かれるかは、まだ未知数だと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170920165205

2017-09-19

anond:20170919143629

ECH (Enhanced Combat Helmet、強化型戦闘ヘルメット)は、アメリカ海兵隊研究中の戦闘ヘルメット[1]。

アメリカ陸軍採用しているACHアメリカ海軍および海兵隊採用しているLWHを、2011年から代替が進んでいる[1]。

従来のヘルメットとの大きな違いは、素材に鋼鉄やケブラーではなく、超高分子ポリエチレン採用したことで、これにより軽量化と防護能力の向上に成功している[1]。

従来のヘルメットでは拳銃弾や砲弾爆弾の破片に対して有効な反面、貫通力の高い小銃弾に対してはほぼ無力だったが、ECHは小銃弾を阻止することができる[2]。

ECH (ヘルメット) - Wikipedia

いま2017年だけど、これってどうなったんだろ

anond:20170918234625

まぁ、そういうことしたら怒られる時代からね。

そして、その程度のウイルスでピャーピャー言ってても別にいかってなるくらいに機械代替えが効くからってのもある。

テメーの課金額より新しいスマホ買う方が安かったわみたいなの。

あと、短縮URLグロ画像に飛ばされたとしても平気な人が増えたってのもある。綺麗なニューハーフが喜ばれる時代からね。

あ、でも大概が情報弱者であることに本質的な悔しさを持ってないってのは大きいと思う。

2017-09-17

名前を隠して楽しく日記

9/16(土)

フィナンシェ作ろうと思ってたのに眠くて寝た。

9/17(日)

実践

母方の祖父と父が死因糖尿という家系でとうとう兄まで糖尿になった。家族一丸糖質制限を始めるが、早々におやつへの渇望が強くなったため糖質制限おかしレシピkindleで購入。写真見て好みのお菓子マドレーヌフィナンシェしかなかったので(クッキー特にぼそぼそして不味そうだった)フィナンシェを作ってみることにした。8個作れて1個あたりの糖質量1.7g。

小麦粉の代わりにアーモンドプードルを使うので結構高くついた。練り白ごまってのは存在自体初めて知った。焼き型も買った。ちょっとテンション上がってる。無塩バターはなんで10gずつカットされてるの売ってないんだろう。基本的製菓用だろうにあんなの。10gずつカットしたやつも売って欲しい。卵白2個ってあって行き場のない卵黄を冷蔵庫に放り込んでる。まぁ言うて卵だし使いようはあるよな。使い切らないというのが初体験ちょっと戸惑った。

という訳で年に一度しか作らないようなお菓子作りに挑戦。8個中1.5個が炭になりました。被害としては少ない方(当社比)。0.5個の方を食ったけど、ザクザクととても歯ごたえがよくて笑えた。兄にはちゃんときれいに焼けたやつ。使った代替甘味料が独特の風味がするってんで、作ってる時はバターVSゴマVS甘味料でどうなることかと思ったけど、焼いてみたら圧倒的バター(※普通)で食べるとちょっとゴマ香り甘味料は全然主張がなく、つまり不味くなかった。兄は一口から評価

バカファミリーなので味のハードルが低く、作りやす環境で良かった。

そんな感じで楽しかった。残りは明日食べます

anond:20170917093221

っつか南沙問題日本にとって脅威なのはそこでしょ

中国日本現代ABCD包囲網を敷く事も可能から専門家危惧してんだろ

代替ルート輸出入したらどうなるか、までシミュレーション出しとるがな

まぁコスト時間もかかり過ぎて経済がどんどん弱体化していくらしいですな

2017-09-14

死語だけど使い勝手が良い言葉

ナウい

ケイ

バカウケ

ドロンする

 

代替語作らずに死語になるのやめてくれない?

2017-09-13

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/seiichirokuchiki/kenkobon-04

これは教科書と同じでな、社会科学分野(特に歴史学)でデマが横行してから自然科学分野でもデマが横行するパティーンなんだわ。実は歴史修正主義がこうしたデマの元締めでなw

歴史修正主義批判する人間歴史修正する事例というよりは歴史修正主義批判の持ち上げすぎなんだろうが、単純に歴史的事実に反する。

そもそも人類科学ベース医療をするのが当たり前になったのは1910年にフレクスナーレポート1910年に当時有名な教育者として知られていたアブラハム・フレクスナーとカーネギー財団が、医学部教育レベル独自基準を作り全国の大学が満たしているかどうかを調査したもの)によって医療標準化がはじまって以降の話である。それまでアメリカには155の医学校があったが1920年には85にまで淘汰された。廃校に追いやられた学校ほとんどが、薬の投与によって病気を治すのではなく、カウンセリングなどによって治す代替治療を行う学校だった。

インチキ医療に対する批判はそれ以前からあって、アメリカ医師会設立から 2 年後の 1849 年にインチキ療法やインチキ薬について調査する委員会 を開設している。1906 年にはアメリカ連邦議会に強く働きかけ、粗悪な食品医療品を取り締まるための初の連邦法、純正食品医療品法を可決させた。1913年にはアメリカ医師会宣伝局が設置され、インチキ医療について調査を本格化させている。

1952年出版マーティンガードナーの「奇妙な論理」によると、アメリカでは1920年代には新聞エキセントリック科学話題が大変もてはやされたことがあった。記述をそのまま引くと『日刊新聞のあちこちに、巨大なウミヘビに関する根拠のない報告や、古代建築物の土台石の中に生きて発見されたカエル、金歯を通してラジオを聞くことのできる人などと言った物語が見られた。』それに対してアメリカ医師会インチキ医療に反対するキャンペーンを展開し、同僚の適切なチェックを受けていない研究解説公表した会員を懲罰した。

2017-09-12

人間たちを混乱の渦に巻き込んだことは申し訳なかった。

出来れば障害をどうにかしてほしかった。


申し訳ないことに、

私は乙武さんみたいに、親にああい感情を持たないとかそういうことはできなかった。

それが一番申し訳ないし、たくさんの人にそう言われている親や家族申し訳ない。

たくさんの人がそう思っているだろうが、それを表立って表現する人は少ないから、優しい人は多いんだろうと思う。

見えないところで言うだけでいてくれて、どうもありがとう

キノの旅の皆の心が皆わかる国のことをあげている人がいたが、

匿名インターネットはまさにそういう世界だった。



自分が何代目なのかは知らないが、もういいだろう。

私の代まで続いてきたことがおかしかったんだ。

代替手段インターネット

障害者でない人間ならうまくコントロール出来るはずだ。

モラルを破るほど経済効果が高いという仮説

①親が子供を苛めて憂さ晴らし→甘やかすか、試練を与えるかの違い。苛められた動物生存能力が強化される研究結果。長寿化で生涯に費やす消費額はさらに伸び需要喚起により経済効果も。

歩行者横断中でもどんどん車やバイク通行、加速。→目的地に少しでも早く到着し経済を回すスピード高速化により、日本経済悪化を食い止めている。弱肉強食体現社会競争力を高めている。

③各種ハラスメント弱者を苛める。→弱肉強食体現弱者に試練を与え生存能力を高める指導効果自身ストレス発散により開放的な消費動向に変わり経済効果も。弱者ストレス与え、アニメSNSほか欲求代替ストレス発散消費で経済効果

葬式結婚通過儀礼価格競争によりワンコイン葬式など厳かな儀式カジュアル化→価格競争により新サービス創出。行き詰まった日本経済に光を与える独創性世界から評価であるクレイジージャパンブランド力を高め観光需要喚起する。総合的に経済効果が高い。

迷惑をかけるほど、サービスが創出される。対処コストがかかる。それにより経済活性化される。以上により、アンモラル経済国家を支える重要資質子どもたちには幼い頃から身につけさせるべき朕である

アンモラル達成度が低い子ども少年法により厳しく規制し、将来世界に羽ばたく日本人として恥ずかしくない競争力のある人材に育成するのが経済国家として好ましい。

2017-09-09

anond:20170909214944

>これって~円以上なら売れますとは言えないもんなのかやっぱり

>それで相手が買えなくてもしょうがない気がするが

単純に売る物が無い上に、今から作っても工程が長いので出来上がりが来年度以降なんです。

でも今年中に納入しないと、客先の工場は止まるみたいな感じ。

代替品は一切無いし、海外もっと需給が逼迫してます

製品を例えるなら、自動車メーカーならタイヤハンドルパン屋なら小麦粉バターみたいに

調達出来なかったら生産が成り立たない物だと思って下さい。

2017-09-07

ボカロと同じく、二次元アイドルも結局三次代替できなかった

765全盛期の頃は

ルックス性格欠点だらけでファンを裏切ったり

いずれは結婚して卒業するのが目に見えてる三次元

いずれ衰退し、代わりに完璧二次元アイドル業を代替すると思ってた

  

9.18事件を皮切りに、理想であった二次元アイドル

しょせん運営裁量次第で何にでも転がってしま

主体性のない、虚ろな存在だとオタクは気付いてしまった

 

翻ってAKBのようなアイドル

二次元理想を追い求め、果ての無い軍拡競争をしてる真に

等身大アイドル像を築き上げ、現実的に規模を広げた

あれだけの数を揃えれば、理想を追い求めず、自我がある、反発もする

人間臭さを持った奴が出てくる

そこにオタク生気を感じたのだ

 

更にラブライブアイドル声優が台頭し始めると

2.5次元と言うパンドラの箱が開く

二次元という、一言喋らせるのにさえコスト時間もかかる存在より

三次元ノウハウ運営出来て、かつ安上がりに済み、瞬発力のあるアイドル声優

幅を利かせるのは当然のことだろう

 

しょせん、二次元絵空事

三次元のぬくもりには敵わないという、オタクからの回答なのだ

 

 

 

2000年代の、あの空気が懐かしい

二次元界隈が一番希望に満ちていた時期が

2017-09-06

VOCALOID人間ボーカル代替にはなれなかったな

10年前、この世界に大革命が起きたと思った。

多分、音楽電子技術にちゃんと詳しい人達は、大革命は起きてなくて小さな革命が起きただけだと既に気づいていたのだろう。

自分がそれに気づくのには凄い長い時間がかかった。

具体的に言えば、10周年という言葉を聞いてようやく気づいた。

電子音声は人間の代わりになるにはまだ時間がかかりすぎるのだと。

10年の間DTMをやり込みボカロを弄り続けた人間を持ってしても、VOCALOIDが歌っている歌はVOCALOIDが歌っているのだと一瞬で分かる曲だらけのままだと言う現実にようやく気づいた。

初音ミクが出たばかりの頃、自分初音ミク人間の代わりになる日がすぐに来ると信じていた。

そうはならなかった。

これから先そういう時代が来るのかも知れないが、10年ではそうはならなかった。

20007年、初音ミク代表曲といえばみくみくにしてあげる♪だった頃、DTM作曲者ヤマハ技術が発達していけばきっと2010年頃には人間そっくりの声になるんだと信じていた信じ切っていた。

そしてその年の12月にメルトが産まれた。

ああやっぱり、いつかきっと人間ボーカリスト存在意義すら問われる時代が来る、そしてそれはもうすぐそこなんだ。

そう信じられた。

でもそうはならなかったんだ。

ペースが少し遅いだけで、もうすぐと鬱然そうなると思い込んだまま、気づけば10周年を迎えた。

初音ミク人間ボーカリストに引けを取らないポジションに立っている。

でもそれは電子音声というジャンルの頂点としてだ。

人間の代わりじゃない、人間には代わりができない特別ポジションにいるけど、人間立場を奪ったりはしない。

お互いに程よい関係であり、とても幸せ状態なのかも知れない。

だけど、それは、俺が見たかった近未来じゃないんだ。

そうか……無理だったのか……3年ぐらいでどうにかなると思っていたけど10年でも無理だったのか……。

楽しい気持ちで感慨に浸る人達大勢いる中、自分の胸に最も強く響くのはその失望感だった。

2007年、最初の年、あの時確かに来を感じた、まだまだずっと先にあると思ったものがグっと近くに来たと思った。

凄く、遠い未来が、いつの間にかすぐそこまで来ているんだと信じていた。

でも実際は少しだけの未来だった。

ほんの少しの近未来が、もともとそうだったペースでやってきただけだった。

勝手に遠い未来が来たと信じただけだから、裏切られたなんて女々しいことは言わない。

しろ、信じさせてくれたことに感謝している。

さな未来自体楽しい思い出として残ってる。

でもな。

その小さな未来の中に大きな未来を見れていたあの頃の気持ちが、本当に強すぎてな、小さな未来に満足するしかないと悟った事が、少しだけど凄く寂しいんだ。

2017-09-05

anond:20170905172349

つか、一番現実的可能性を見落としてたけど、アウトロー記号を持つものが無くなる、という未来があるわな。

刺青みたいな自傷行為ファッションアウトローを気取っていた層が、記号アウトロー表現できなくなって、現実犯罪を行ってリアルアウトローになるという未来

刺青記号としての機能を失いつつあると言っても、代替案もなしに終わらせるべきでもないとしか思えん。

自傷行為反社気分になれるのは、本人にとっても社会にとっても幸せな形。

刺青を入れる自由を認めるという議論も、刺青がひとに威圧感を与えることもあるし、警察官コスプレと同様に、社会的な影響を考えて規制すべきだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20170905152146

議論の始まりは、より社会的に都合の良い「偏見」を提示することだよ。

比較対象もなしに「偏見ですね」と言われたところで、そりゃそうでしょうとしか

何度も言うけど、これは代替案がないとはじまらない案件

「Aは良くない」と言ったところで、代替案がなければ変化はない。提言としての用をなさない。

「AよりもBが良い」と言ってはじめて提言として意味を為す。

anond:20170905142219

から「そうなってるもの」が歴史上良い悪いが論じられて変化していくって前に書いたのだが。

いやもう、そもそも非合理だと考えるのがおかしいでしょ。

基本的自主的に彫るものであるため、本人が主体的に選べる

刺青反社コードとして歴史的機能してきた

この2点だけでも、刺青反社コードとして有効であると言えるじゃん。

これが非合理だっつーなら、もっと合理的コード提示しろって話になるのは当たり前。


そして、反社コード需要がないなら、刺青差別存在しない。

逆に言えば刺青差別存在することは、まだ反社コード需要があるってこと。

そして、反社コード需要がある人間に、代替コード提示もせず「刺青反社コードにするのはやめましょう」と言ったって、何の意味もない。

提言どころか、妄言だよ。

これは分かってる?

君は何度も「時代は変わっている」と言っているけど、根強く刺青差別が残っているのならそれは「時代は変わっていない」んだよ。

からすれば、何で変わっていると思い込めるのか、そっちのほうが不思議だわ。

anond:20170905133309

提言するならすればいいけど、刺青に代わる「反社会な人間である」ことを識別するコードは何?

何でもかんでも「代替案を出せ!」はどうかと思うが、さすがに刺青識別するのは古いってんなら、時代に合った有効識別記号提示しなきゃならんだろ。

昨日、京成東中山駅で飛び込み自殺した子について思うこと

昨日は首都圏連続して飛び込み自殺が相次いだようで、船橋在住の私も三時間遅れの出社になった。その間、ぎゅうぎゅう詰めの代替輸送バスに揺られて、こっちが死にそうな思いをした。今日消化できなかった仕事については今週末、休日出勤せねばなるまい。

正直言って飛び込み自殺した人については憎悪しか感じなかった。

どれだけ多くの人に、迷惑という言葉では簡単に済ますことができないくらいの損害を与えたのか。

自殺テロと呼ぶべきだと思う。

ただ、一日たって、少し気持ちもなだらかになってみれば、思うところも出てくる。東中山の件では、自殺したのは高校一年生の男子学生だったとのこと。月曜日、発作的にやってしまったのかとも思ったけど、私服だったらしく、死ぬつもりで駅に行ったのかも知れない。彼がどういう状況だったのかはわからないのだけど、15歳、16歳の少年に死を選ばせてしまったことについては、社会の側も彼に対して責任を問われないと言うことは無いと思う。

あれだけの被害をこうむったのだから、私にもなぜこういう事態が発生したのか知る権利はあると思う。そして知ったうえで考えたり、改めて判断しなおす機会を得る権利があると思う。

でも、報道はない。

こういうことこそきちんと報道するべきなんじゃないだろうか。そこには個々の人生があったのだから

2017-09-04

anond:20170904115859

契約期間未満の場合は、残契約年数で割るのが一般的

ただし代替者を据えるための諸費用イメージダウンにより生じた不利益などのコスト

違約者の責任分はある程度補償する必要が生じる。

なので、違約理由によっては、元の契約金よりも高くなることも理論上はありうる。現実では聞いたことないけど。

2017-09-03

少子高齢化対策あげつらねるぞー!

プランA 日本人がこどもを生む ← 無理だから減ってる

プランB 子持ちに補助金 ← 独身から税金取れないず無理

プランC 移民 ← 保守層の反発、労働力ダンピング日本人にも被害

プランD 精神論 ← 国民は疲れ切ってて無理

プランE 法律で子作り強制 ← 人治国家(笑)当然国際社会から批判

プランF 人口減を受け入れる ← 一人当たり生産性あげられないので没落

プランG 税金の使い方を徹底監視 ← 権威主義批判嫌いのお国柄で根付かない

プランH 恋愛至上主義同調圧力 ← 独身オタクが多い日本ではもはや不可能 

プランI AI代替させる ← 似非科学染みてる コストに見合わない上、設備投資を嫌う

 

プランJ ブラック労働国体維持 ← この中で一番現実性がある

今は入れ墨というターゲッティング方法だと誤爆が多いんじゃねぇのってのが問題になってるわけだけど

現状の方法で本当に排除たかったものについて効果があるのなら

それを損なわず誤爆だけを減らす次のステップ代替案、ではない)を提案できないと今のやり方を改めさせるのは難しいと思う

2017-09-01

すべての人間関係代替可能

すべての人間関係に対する信頼は主観を通した偏見の積み重ねだ

主観に影響が強い要素は立場や状況だということを考えると、それは元々すべてが偶然ということになる

夫婦関係家族関係はこの人しか居ないという気のせいでしかない。今までした経験が最善であるという主観的希望に基づくものであると思う

しかし、人の欲求として人間関係は持ちたくなることは当然だから可能な限り複数持つことが最適だと思う

2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831102018

ゲーム理論でも、しっぺ返し戦略有効となっているので、

やられたらやり返すのは普通に有りでしょう。

自分自身がやられそうになったら、正当防衛になりますし、

犯罪者死刑にするのもやり返しの代替手段ですからね。

子供読書感想文コンクールに行く

学校から帰ってきた子供が目を輝かせながら言った。

しかし、手放しで喜ぶにははいささか不安が残る。

なぜなら、その感想文は100%子供が書いたものではないからだ。

ここで少し、自分過去の話をしたい。

自分子供と同じ頃、じつは自分の作文もコンクールに行ったことがある。

結果は佳作としてローカル新聞に載る程度のものだったが。

このとき100%自分で書いた。しかも、子供がどの目線文章を書けば大人が喜ぶかを計算した上で書いた。

子供らしい向こう見ずな文章や、出て来る数字も敢えて理解よりも大げさに書いた。

なぜなら、周囲の子供たちはまだそのレベルだったからだ。

の子供らしい部分を大げさに表現すれば、間違いなく大人は喜ぶだろう確信があった。

果たして思惑の通りの評価が並び、子供ながらにしてうける文章とは何かを理解することになった。

しかし、賞に選ばれることはあまり嬉しいことではなかった。

少し特殊な生い立ちを持つ自分は、できるだけ目立たないように生きることが習慣づいていたのだ。

それでも中高の小論文は毎回と言っていいほど自分文章がお手本として選ばれた。

議題に対する切り口だけはこだわってしまった結果だろう。

遠慮して書いてもそのレベルなのだと感じられることに悪い気はしなかった。

ついでに言えば、その頃はすっかり本の虫としての毎日を送っていた。

今で言うライトノベルと呼ばれそうなジャンルから本格ミステリ純文学など節操なくなんでも読み漁った。

電車通学の30分を使って年間100冊は当たり前に読んでいただろう。

絵で描かれる物語とは決定的に異なる、活字が与えてくれる想像余地がたまらなく好きだったのだ。

ちなみに今でも心から尊敬する作家川端康成先生だ。

自分現実世界はいわゆる色弱としての生活を強いられているのだが、彼の本の中では健常者以上に鮮やかな色彩を感じられる気がしたのだ。

モノクロ世界淡々と描いておいて、突如蜷川某氏を思わせるような原色が巻き散らかされるようなシーンの移り変わりに脳天をかち割られるような衝撃を受けたものだった。

それに、彼自身折り紙つきの変質者であるのに、全くそ自覚を持たず純度の高い無邪気さのままに書き上げらる文章に、まるで自分の心の醜さを試されているような感覚もたまらなく好きだった。

しかし、生い立ちの都合でその時代一般的企業への就職を諦めざるを得なかった自分には進学という選択肢はなく、過酷肉体労働に進む以外の道がなかった。

今でこそ現場を離れて机に根を生やす生活を送っているが、最前線現場を仕切っていた時代文章は縁遠い存在になってしまっていた。

そんなある日、家に帰ると子供原稿用紙とにらめっこをしていた。

ひらがなで3枚を埋めることが目標だったのだが、あと一枚がどうしても埋まらないらしい。

どれどれとそこまでを読んでみると、いわゆる子供が陥りがちな感想文がそこにはあった。

本文を抜き出しては、ただ一言おもしろいとだけの感想がつく文章が並んでいたのだ。

どうやらここにたどり着く間にも母親の力を借りていたらしいことを聞いて思わず苦笑してしまった。

そうなのだ大人だって大半はこのレベルなのだ

自分面白いと感じた部分を掘り下げることばかりがうまくなっているだけで、それがあらすじなのか感想文なのかの違いをわかっていない。

そこで少しだけ手伝ってやることにした。

「この本の中で、一番おもしろいとおもったところはどこ?」

「それをどうして面白いと思った?」

「もし自分だったらどういうふうにしたいと思った?」

大切なのは、その時代、その人間しか感じられない感性を切り出して言葉に残すことだ。

思った通り、大人では絶対に思いつかないようなポイントに興味を惹かれていて、そしてそれに対する代替え案も、まさに今の時代を生きるこの子しか思いつかないような言葉が返ってきた。

それを子供の口から言葉にさせ、内容は変えないままに言葉より子供らしく無邪気なものに置き換えて子供に伝え返す。

子供はそれを黙々と書き写した。

そして、あえて終わりを歯切れの悪いものにした。

れいに終わらせることにこだわるのは大人だけのエゴだ。

文章とはもっと自由もので、それにそれこそが味と言われるものになりえるからだ。

小学校先生ときがその良さに気づくとは到底思ってもいなかったことだけが誤算だったが。

しかし、子供の話を聞いて驚くことが一つあった。

どうやらこの読書感想文に対して、コンクール前に先生と一緒に手直しと加筆をするというのだ。

なんだ。それではやってることが家でのことと変わらないではないか

結局子供大人エゴに躍らされるのだ。子供を通じて子供らしいと思えるもの大人同士がやり取りして楽しんでいるに過ぎないのだ。

願わくば子供大人言葉押し付けられることで文を紡ぐ楽しみを見失ってしまぬことを。

コンクールで賞を取ることなんかよりも、よっぽど大切なことからだ。


さて、蛇足をあえて加えさせて頂くと、卒業後しばらく疎遠だった物書きだが、このところは比較的高い頻度で文章を書くことができている。

はじめて誰に遠慮するでもなく、思っていることを好きなように書いてもいい場所を見つけたのだ。

そして、それに対して見ず知らずの誰かが色々とリアクションをしてくれるという、まるで夢のような場所がこの世に存在していたのだ。

おかげさまで、自由文章を書くということがこれほどまでに楽しいことだったのだと喜びを噛みしめる毎日を送っている。

子供読書感想文コンクールに選ばれたのもそこでの経験が大いに活かされているといっていいだろう。

ありがとう増田。そしていつもありがとうブクマカ

子供の作文がコンクールで賞に選ばれた暁には、スペシャルサンクスに今までブクマしてくれた皆の名前を載せようと思う。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん