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はてなキーワード: 言動とは

2019-02-17

anond:20190217043418

だって別に差別じゃないもん

お前の言ってることって、俺が嫌いな奴の言動差別だって言ってるだけなんだよ

よくある差別してる側が被害者コスプレで俺は差別されてる側だっていうあれ

その認知の歪みから直したほうがいいぞ

久しぶりに映画館に行って「アクアマン」をみた。

スゲー金かかってるし、楽しかったよ。

でも所詮ハリウッド映画とも思った。

海底人脳筋すぎ。言動がとにかく雑。

海底王が大津波で地上を攻撃したって場面があるんだけど、凄い数の死者がでてるであろう場面なの。

エンタメ映画なのに重すぎでしょ…と思ってたら、そこはテキトーにすましちゃってハッピーエンドだった。

その一方で、女キャラの扱いは日本アニメみたいだった。

乳ケツ強調したエロスーツでウロチョロすんのよ。

強くてガンガン戦ったりもするんだけど、日本アニメ的な強い女キャラでさ。

深夜アニメにこういうの山ほどいるよなーっての。

こういう内容だから、うるさい連中が叩いてるかも…と思ってネット見たら、そうでもなかった。

ホッしたけど、じゃあ普段の騒ぎっぷりはなんなんだよと思ったわ。

童顔低身長女(26)、合法ロリと呼ばれて

26歳女、低身長の童顔だ。150センチ、胸はDカップ居酒屋では年齢確認される。

自虐風自慢が始まりそうな導入だけど、そうじゃない。ここから延々綴るのは純粋な怒りだ。

未成年に見られがちなのは、多分身長や顔のせいだけではない。私はファッションにあまり興味がなく、いつも同じような服を着ている。基本的には全身ユニクロ。髪の毛は黒髪ショートで、化粧をすることは滅多にない(仕事社内SEなので、その辺の規定特にない)。まぁはっきり言ってダサいのだ。垢抜けないと言ってもいい。でも、それを改善したいと思ってはいない。ダサくても楽な格好が快適だし、肌や髪の手入れを楽しめるタイプじゃない。別に悪いことでもないと思う。

はいわゆるモテ系とは程遠いけど、それなりに声がかかることもある。たいていは、はっきり言ってモテなさそうな、自信のなさそうな男から可愛い子には相手にされないのがわかってるが、そう認めるのも悔しいので「あいつ(可愛い子)はビッチ性格悪い、よく見ると可愛くない」などと自分(と、場合によっては周りの人にも)に言い聞かせているような男の「お前みたいなのがちょうどいい(笑)」が向かう先が、わたしのような女である

自分で言うのもなんだけど、私は仕事がデキる方だ。得意なことを仕事にしているからだけど、それだって上手く職業を選んだからだ。でも、見た目のせいでナメられることが多すぎる。他の同僚と同じことを言っているのに、私のときだけ「え、ほんとにそれ必要(笑)?」と言ってきた40代の使えないおっさん、他の人には滅茶苦茶腰が低いくせに、私にだけ上からものを言ってくる新卒。そんな小馬鹿にした態度を取りながら、ふたりともプライベートな誘いをしてきた。ちなみにおっさんの方は結婚している。死ね。要は「俺にでもイケる女」あるいは「俺レベルが誘っても喜んでついてくるであろう女」扱いをされているのだ。死ね。本当に死んでくれ。ちなみに私が見てきた限りだと、いかにもモテそうな男性はそんなに失礼な言動をしない。私を「イケそうなメス」じゃなく、同僚として見てくれている感じがする。

これを友人・女性の同僚に相談すると、見た目の話になってしまう。曰く、「子供っぽいからナメられる。背が低くてもハイヒールを履いたり、髪を伸ばしたりメイクをしたらナメられにくい見た目になるよ」と。親切に自分の服や化粧品を分けてくれようとする人もいた。でも、なんで私が変わらないといけないんだろう。ヒールつきのパンプス就活でもうコリゴリだったしメイクする時間は寝ていたいし、スカートだって履きたくない。そう言うと、優しい友人は困ったような、呆れたような顔をする。そりゃそうだ。わたし自分を変える努力を拒絶している。でも、こんなこと言ってもしょうがないけど周りの男性社員毎日同じようなシャツジーパンで、髪だって寝癖がついてたりしていて、それでもナメられたりしてない。実力と実績に応じた扱いを受けているように見える。どうしてそういう扱いを受けるのに、私だけ無駄な(私にとってはね)、必要以上の身だしなみを要求されるんだろう。

一時期、友人たちの助言を受けてファッションを変えたことがあるけど、その時おっさんから言われた「なに無理しちゃってんの(笑)」「そんなんしなくてもいいんだよ(笑)」が不愉快すぎて今思い出しても腹が立つ。おっさんはなんと、信じられないことに女らしい格好は自分へのアピールだと思ったらしかった。死ね死ね死ね。死んでくれ。

限界が来て元に戻したとき、「そういう格好が似合ってるよ」と頭に手を置かれた時、人生で最大の殺意を感じた。ほんとうにキモい。どうして死んでくれないの?

まとまらないけどひとつ言いたいのは、お前らみたいなキモい男がイケる女はこの世にいないと言うことです。でも結局、こういう風なこと書くとキモくない男性けが萎縮して、キモい男はヘラっとスルーするんだろうな。本当にキモい。ちなみに合法ロリ呼ばわりしてきやがったのは、クソ失礼な新卒です。

本当に無理すぎる。男に生まれたかった。死ね

2019-02-16

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

2019-02-15

世界5大ロバート・デ・ニーロ

・『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロ

ベトナム戦争帰りで後遺症に悩む孤独ロバート・デ・ニーロ

女性出会うもいかれた言動で嫌われてしまロバート・デ・ニーロ

次第に狂気にとらわれ凶行に走るロバート・デ・ニーロ

・『キング・オブ・コメディ』のロバート・デ・ニーロ

売れないスタンダップ・コメディアンのロバート・デ・ニーロ

自分天才だと思い込み、チャンスを掴むために、

テレビの有名コメディアンの拉致監禁という狂気の行動を起こすロバート・デ・ニーロ

・『レイジンブ・ブル』のロバート・デ・ニーロ

常勝のプロボクサーロバート・デ・ニーロ

だが、マフィアと関わるボクシング界の八百長にふりまわされたり、

パートナーに関しての狂気的な嫉妬心から周りから人が離れていき零落してしまロバート・デ・ニーロ

・『グッドフェローズ』のロバート・デ・ニーロ

マフィアの一員で、巧みな強奪プロマフィア生活謳歌するロバート・デ・ニーロ

しかし、過去最高額の大金強奪計画成功させたあと、

その発覚を恐れて徐々に狂気的な猜疑心にとらわれ、

手下を次々と葬っていくロバート・デ・ニーロ

その結果、仲間が司法取引に応じて、

死ぬまで刑務所暮らしをするロバート・デ・ニーロ

あとひとロバート・デ・ニーロは?

どんな行動がセクハラになるかとかどうとか

セクハラになる行動が"ある"んじゃなく関係性がセクハラに"する"んだと強く言いたい

何がセクハラになるのか外野が行動を定義するのは逆に行動でセクハラの幅を決めてしまいかねない危険な考え方だと思う

一定関係で行われれば何でもない好意的ものでも関係が築かれてないならハラスメントになるなんて性別関係なく分かりきってるのに行動自体に焦点あてるのって意味が分からない

周知するなら関係に対しての常識的距離感のはかり方で女性側でも価値観違うの当然なんだから行動にセクハラ定義を求めたらそりゃアレもソレも何でもセクハラやんけって話になる

行動の例あげる方が簡単で分かりやすいし何も言われてなかった頃より良くはなってるのはそうなんだけど正直そんなのじゃキリないし気をつけなきゃいけない側も本当は不要かもしれないストレスに晒されてるかもしれないんだからいい加減言動自体に罪はないって認識こそ広めるべき

本来何でもない言動がそのせいでセクハラって属性を伴ってるの明らかに悪手

それでハラスメント被害側が定義する(際限が無いという意味ではない)って大前提をガン無視して関係性を理解しない/出来ない外野被害者の代弁面で勝手に行動を理由セクハラって言葉で殴りつける状況も珍しくなくなってて頭おかし

何も知らない知りようの無い人間が本人の気持ち聞く前に私ならこんな事不快からきっとそう思ってるはずだ最低だって想像非難に繋げるその距離感おかしさはむしろ一種ハラスメントになり得るレベル

人生相談助言クソ上司と何も変わらない

助けてあげようと思う気持ち相手を気遣うのがクソなんじゃない

そんな関係じゃないのに土足で踏み込んでくるそのデリカシーの無さがクソなのだ

かに行動で定義する事でそれまで言い出し難いような関係上でも客観的視点非難できる環境を作る/安易ではあるけどそのライン提示して意識を促したって面でそれだけでも素晴らしいのはそう

ももう今はその地点から停滞して混乱を招いてそれだけでやるには無理が出て来てるのは明らかなんだから行動から関係問題認識シフトすべきだと思う

意思疎通ちゃんとやって出来なければ出来ないでその具合にそった常識で考えて行動しろよそこハッキリしないなら勝手に良い方に補正するなよ頭の中だけに留めておけよ関係性で横着しようとするなよその話題セクハラじゃないんだよお前とはその話するような関係なんてないのにどの立場で言ってんだお前は一体何の気でいるんだ何で一方的距離つめて来てんだ何なんだそれはってそういう話

セクシャルっていう名前から男性が例にあがりがちだけどこれは性別関係ない

関係性の線をこえて踏み込んでくるのに女も男もない

女も悪いとかそういう話でもない

単にクソには性別がないという話

クソを性別で許容してはいけない

セクハラの延長線上にいるのは痴漢じゃなくストーカーなんだよ!!!!!!!!

anond:20190215025626

政治屋としての是非は俺は何も言わない。興味がないから。それと政治思想は別だろう。

俺が問題にしてるメディアスクラムは、西松建設事件陸山会事件というものでっちあげて小沢一郎=悪人というイメージと結びつけることに成功したマスコミ検察の振る舞いだ。結局無罪だったけど。

ホリエモンもそうだが、人に嫌われる・誤解されることを厭わない言動をするビジョナリストに対して、日本大衆メディア大衆寄り思想検察警察は横暴すぎる。

2019-02-14

今年は眉村ちあきの年になる

俺も一ヶ月前まで知らなかったんだけど今年は眉村ちあきがどんどん有名になって多分年末日本芸能界とか音楽業界の動向に多少興味のある人なら大体知ってる存在になるだろう。

肩書きは「弾き語りトラックメイカーアイドル」で、作詞作曲して打ち込みもしてアイドルとしてライブやってる女の子なんだけど、強みは①楽曲個性的かつキャッチーDTM技術的なところをどっかで学べば楽曲提供だけでもプロとしてやっていけそう、②歌がすごく上手くてなんかカバーばっかやるディーバ歌手として歌唱力だけでもプロでやっていけそう、③言動がすごく面白いのでタレントとしてだけでもプロでやっていけそう、という単体で十分なスキルや魅力が3つも備わっているところ。

まあYouTubeでいくつかのミュージックビデオと、ファンが上げてるライブ映像ライブ基本的自由に撮ってアップしていいらしい)を見れば大体わかってもらえると思う。

ピッコロ

https://youtu.be/glKK1hbAUwU

東京留守番電話ップ

https://youtu.be/BoFi8kphf1w

ジョージアのwebCM(即興弾き語り

https://youtu.be/Xy3PHyAbMcc

多分眉村ちあきアイドル界を席巻することで、「あれ、これからアイドルって作詞作曲して歌もめちゃくちゃ上手くないとだめなの?」みたいなショックを受けるアイドル志望者も出るかもしれない。そのくらい規格外存在だと思う。

あとアイドルって結構握手会とか嫌々やってる人も多いと思うけど、眉村ちあき休みの日にファンを呼び出して公園遊んだりするくらいある種のワーカホリックというかアイドル活動が好きみたいなのでその辺も世間に衝撃を与えるのではないか。というかこのままメジャーになるとそのうち人が集まりすぎたりしてトラブルが発生しそうで心配

自分会社を作ってファン株主にしたりっていう活動も目新しい感じだけど、そういう仕掛けを抜きにしても独自の発想と才能でビッグになろうという起業家精神を感じるのでその辺ははてなけが良いと思う。今のところ眉村ちあき名前ホッテントリで見かけないのが逆に不思議なくらいだ。

メジャーレーベルと契約したのでこれからどんどんメディア露出が増えるから別に俺が増田に書かなくても売れると思うけどどうせならそうやって売れる前にファンななったほうが観てて面白いと思うんだよね。

というわけでアーリーアダプター死語)なはてなーは是非眉村ちあきをチェックして、30曲入ってるアルバム「ぎっしり歯ぐき」を買おう!

anond:20190214161112

自分リベラル派でもないしオタク文化を目の敵にしてるわけじゃないけど

まとめサイトとかニコ動みたいな場所オタク言動を見てるとうわー…ってなってドン引きしてしまうことはあるし

彼らがオタクの一部であって全体がそういう人なわけじゃないということもわかっていても

それでもやっぱり彼らを積極的に味方につけようって行動に移すのはとてもハードルが高いと思う

仮に自分が何かの社会問題とか事件当事者になったとしてそれがオタクの興味を引くような内容だったとしても

オタク自分擁護してくれるとか味方になって助けてくれるはずみたいなイメージって全然持てない

しろおもちゃにされて笑いものにされるんじゃないかという恐怖のほうが強い

オタクたちは自分のことを弱者の側だと思っているかもしれないけどそういう厄介さとか怖さみたいなものってオタクの側にも確実に存在していると思う

anond:20190213192103

カワンゴは本来独特のビジョンが持ち味だったけど、偉くなるにつれ調整ごとを担う立場になって、そのたびにことごとくやらかした印象があるな。

通信ブロッキング、(く)発表会、けもフレだけでなく、電王戦とか、やきそば事件とかも、全部意見が異なる人を納得させるのに失敗した。

立場的には(ジョブズのように)カリスマ性を武器交渉力、政治力を発揮してまわりを納得させるべき場面だったんだけど、

現実はそのたびに一般ユーザーや弱い立場の人の気持ちを逆なでする言動を繰り返してファン支援者)を失望させていった。

外向きのポーズだけでも、毅然ユーザークリエイター側に立って、彼らの気持ちに寄り添うように見せていたら印象も違ったかも。

他責思考停止

はじめに無関係話題から

本文を書き上げた後にタイトルを打った。「しこうていし」って入力したら、「始皇帝氏」って出てきてフフッと笑ったら、本文記載の内容なんてどうでも良くなったわ。とりあえず読んで。

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他人Xの言動が私の言動に影響を及ぼしている。したがって、悪いのは私ではなくX。Xがあん言動をしなければ、私もしなかった。」

という類の他責化、とってもモヤモヤする。

増田「こら、ギャーギャー言わない!」

仮想増田Jr(A)「だって、(B)が追いかけてくるんだもん!!」

仮想増田Jr(B)「(A)が逃げるから仕方ない!!」

増田「追いかけっこはしても構わないが、大声を出すなと言っている」

(A)(B)「追いかけるのが悪い」「逃げるのが悪い」

増田「追う・追われることと、大声を出すことは別なのでは??大声は出さずに追いかけっこしてね。」

(A)(B)「「ギャーーーー!!HAHAHAHAHAHA!!」」

増田「(死ね)」

仮想Jr、と書いたのは私増田にとって上記の類の言動オコチャマに見えて仕方ないからだ。

刺激に対してどんな応答をするかは、都度自身に決定権があるはず。

それを他人のせいにして、自己正当化する行為は、思考停止じゃあなかろうか。

anond:20190214095914

ネトウヨの定義も分からないのに自分の事だと思い込み、まして侮辱だと受け取るとかチンパンか?

ネトウヨ言動についてならずーっと前に書きましたけど読めなかったですか?

コピペときます

誰も話題にしていない「韓国メディア」の話を急にする思考ネトウヨである、という指摘なんだが、いかがでしたか

anond:20190214093959

元の君の主張は

そもそもネトウヨは悪であるなど言及した覚えはないんだが?

勝手ネトウヨという語を侮辱だと受け取ったのは誰なんでしょうか?

だったのでは?


ちょっと前の自分論陣も忘れて

論点が「差別かどうか」だったかのように思いこんで

で、「ネトウヨ」のどこが差別に当たるんだ?

仮にどうしてもネトウヨと呼ばれるのが嫌ならネトウヨありがちな言動を控えたらいいのでは?

かいって蔑視丸出しにして

ちょっと頭悪さが尋常じゃないな

短期記憶力が死んでるというか

ネット口喧嘩しても屈辱ストレスしか味わえないタイプ

anond:20190214093959

はい人種差別

で、「ネトウヨ」のどこが差別に当たるんだ?

差別でしょ

仮にどうしてもネトウヨと呼ばれるのが嫌ならネトウヨありがちな言動を控えたらいいのでは?

ゲイとかオカマとか言われるのが嫌なら男らしい言動生活を心がけたらいいのでは?

って言ってるのと変わんなくね?

人種差別以外の差別はオッケーなの?

後半はいものリベラルガー、左翼ガーの被害妄想オンパレードで読むに値しない

いつ私がリベラル左翼になったんですか?

まさにこれなんだよね、複雑な事を考えられないから世の中を白黒でしか判断できないという知能、反知性

近代リベラルについての所見を述べただけで

あなたそうだなんて一言も書いてないんですが激しい反応で驚いています

何故自分の話をされたと思い込んだんでしょうね?

anond:20190214091710

チョンでもニガーでも言い放題

はい人種差別

で、「ネトウヨ」のどこが差別に当たるんだ?

仮にどうしてもネトウヨと呼ばれるのが嫌ならネトウヨありがちな言動を控えたらいいのでは?

後半はいものリベラルガー、左翼ガーの被害妄想オンパレードで読むに値しない

いつ私がリベラル左翼になったんですか?

まさにこれなんだよね、複雑な事を考えられないから世の中を白黒でしか判断できないという知能、反知性

Vtuberに求めていたもの

Vtuberに飽きてきた。

流行り始めてからVtuberを沢山ではないが気になったやつを選んで見てきた。

ツイッターに関しては面倒なので全く見てない。youtube上で見れる範囲で追っかけてた。

最初はたしか面白かった。でも結局、散々言われてるがアニメアイコン生主と変わらなかった。

元々はゆっくり実況とかが好きで生声実況とかは全然見ないほうだった。

Vtuberは生声がもたらす現実世界存在キャラのガワで中和してくれた。

でもVtuberファンVtuberを始めるようになった。

最初のうちは数少ないVtuber同士だったか仲間意識も芽生えてコラボ等のやりとりで盛り上がったろう。

しかVtuberという肩書きが外のVtuberと絡む口実になる事実を作ってしまった。

界隈は盛り上がっていて数字を取るならとにかく始めろという風潮まで出来上がってた。

とりあえずキャラ紹介動画だけ出すならマシな方だった。酷いとキャラだけ決めて動画もないのにツイッター上で「Vtuberです」なんて呟くやつもいた。

たぶんVtuberになれば人気のあの人にお近づきになれるかもとかいう考えでVtuberになった奴ばっかだったんだろう。

から今でもVtuber限定凸待ち配信とかやってるけどこれは悪しき風習だと思う。配信主を見に来てんのに視聴者退けて知らんやつとの放送見させられて面白くないんだよ。

とにかくVtuberコラボ大事芸能界かよと思えるような状況だった。

それ故、視聴者よりもVtuberのほうが大事にされてる気がして嫌気がさす。疎外感が半端ない

あと話題になるVtuberは生配信メインがほとんどだった。

配信ではキャラ崩壊は当たり前どころか大前提でそれが笑いの種にもなっていた。

一応キャラのガワと設定はあるが中身が透けて見えるような言動があれば視聴者はいじっていた。

そんなのを見続けているとキャラのガワを貫通して、カメラに向かって喋りかけている生主の姿が当然思い起こされる。結局は実在人間なのだと。

つの間にかVtuber=自分と同じ人間というのが頭の中に根付いてしまった。

Vtuber流行り始めた頃は多種多様オリキャラゆっくり実況のような動画を出していくんだろうなと期待していた。でも主流とかを追っかけていたら生身の人間が喋るのを聞いてるだけだった。

おかげで生声動画にも慣れて見る動画の幅は広がった面はある。

でもVtuberも結局は現実世界から離れられなかった。

その点ゲーム部に関しては理想形だと思う。

現実世界は透けて見えないし演劇動画でさえ彼らの日常の一部であるらしい。

彼らは確かに架空キャラクターでいてくれる。

こんなに飽き飽きしたのは追ってたVtuberが週6投稿といいながらオンゲーに現をぬかし、新モデル公開は遅れるわ、興味ない奴らとapexやってるわで嫌気が差したから。

あとVtuber炎上まとめ動画最近いくつも見たせいでもともと冷めかかってた熱が潰えたのもある。

Vtuberスキャンダルありませんしとかいっといて、アズマリムるとかいう糞ムーブ存在したりするし、Vtuber限定凸待ちかい視聴者の得しない風習はあるし辟易たからかな。

本当は俺好みのキャラゆっくり実況的な動画が見たかったんだけど

俺好みのキャラはドマイナーなので全然いないし

数字も出ないとチャンネル放置ちゃうからもうダメだ。

2019-02-13

増田ブコメ通報した結果わかったこ

問題がありそうな増田ブコメ通報したところ、はてなサポート窓口から対応基準についていろいろ聞けたので

サポート担当から

差別表現について
中傷について

まとめ

anond:20190213115047

いちいち他人言動文句つけるやつが横暴でないと?

許斐先生Twitter始めてから

許斐先生Twitter始めてから盲信して崇めてる人ばっかりになってつまらないよね。

っていう呟きを見てしまってイラときた。

「昔はみんなたしけ(笑)って言ってたのに最近はそういうの言えない。昔のTwitterは楽しかった」

オープンアカでそういうのよく言えるなと。

「たしけ()」呼びとか空耳テニミュとか、楽しみたい人は楽しめば良いよ。

馬鹿にするような呼び方違法アップロードして笑いものにするのは正直不快だったけど、それも先生が拒んでないなら良いよ。

好きにすればいい。

でもその「おふざけ」を私たちにまで強要しないでくれ。私たちにまでたしけ()呼びを強要しないでくれ。

去年のサマバレやディナーや、最近だとカップヌードル関連のこととか、先生言動不審に思うこともあるだろう。

先生ファンである私でも「そこはちょっと別の言い方した方が良かったんじゃないかな」と思うことは時々ある。

でも人間って完璧じゃないでしょ。

私たちは今までテニスの王子様にたくさんのものを貰った。色んなハッピーを貰ってる。

99のハッピーを貰っておいて、1過失があったら「こんなことをするコンテンツは信頼ならない。もう嫌い。でも今まで関わった時間がもったいなくて腹立たしいから黙って離れたりなんかしないで叩いてアンチ活動する」っておかしいよ。

そこは「今までありがとう。ばいばい」か「そこは訂正した方がいいよ!」となって欲しい。

先生批判するなとは言ってない。

たしけ()呼びも空耳も好きにすればいいし、先生批判作品批判も好きにすればいい。

でもずっと黙って我慢してた私たちが「実はたしけ呼びも空耳も嫌いなんだ」って呟くことくらい許して欲しい。

「昔はみんな楽しくたしけ()って呼んでたのに」じゃなくて「ふざけた愛称でもそこに何がしかの愛があるのは分かっていたから黙って我慢していた人が我慢せずに済むようになった」だけなんだよ。あなたの楽しさは誰かの我慢の上に成り立っていたものなんだってことわかって欲しい。

極端な例えになってしまうけど、18歳まで優しく厳しく健康的に育ててくれた親が18歳の誕生日に「選挙権持てたね!じゃあ次の選挙山田さんに投票して!お父さんが世話になってるから!」と言った時に『選挙違反だ。こんな親に育てられて恥ずかしい。こんな親嫌いだ。こんな親とは二度と連絡を取らないし、選管通報してSNS晒して他の知り合いにも教えて社会的バッシングして孤立させよう』って発想にならないと思う。

悪いところは注意しようor考え方が合わないかちょっと距離をおこうorそこは賛同できないけどこれまで受けた恩は返す。というあたりが妥当でしょ。

2~3年の通り過ぎて消えていくコンテンツじゃないんだよ。約20年お世話になり、またこからも続いて欲しいコンテンツの生みの親なんだよ。

貶し愛みたいな愛があるの分かるよ。私はそれをしたいとは思わないけど、そういう身内ノリ的なもの楽しいことは理解出来る。

ただ、貶し愛ストレートファン心理より上だとは思わないで欲しい。もちろんストレートファン心理貶し愛より上ってこともない。ただ愛の表現方法が違うだけだ。

「たしけ()って呼ぶ人がいなくなって窮屈」「駄目なことをしても擁護意見ばっかりで反吐が出る」

そう思うのは自由だけど、どうして呼ばないのか、どうして擁護意見が多いように見えるのか考えて欲しい。

もちろん盲目的に許斐先生を盲信して先生がおっしゃることは100%正しい!とか言う人もいる。そういう人はどうかと私も思ってるよ。

でも、ただ「貶し愛が得意ではない」「悪いことは悪い。毎日美味しいご飯を作ってもらってるのに味噌汁の味が1回濃かったくらいでちゃぶ台ひっくり返すみたいな恩知らずなことをしたくない」という人の方がずっと多いと思う(私の周囲の体感しかないけど)

今日味噌汁は味が濃いね。次から気を付けてね(指摘)とか、お湯少し足していい?(サポート)とか、味噌汁作るの苦手ならインスタントも美味しいよ(作品外のことは編集その他に任せる提案)とか、そういう当たり前の意見が突飛な熱烈信者アンチに押されて見えなくなってしまっている。

例え話が多くなってかえって分かりづらくなってしまたかな。

要は

(1):たしけ()呼びが許されなくなったわけじゃない。我慢していた人たちが嫌だと言える世界になっただけ。呼びたければ呼べばいい。これ以上こちらに我慢を強いないでくれれば良い。

(2):20年も世話になってるコンテンツには多大な恩がある。一緒になって叩かない人を全て一律に『盲信的な擁護』と思わないで欲しい。間違いに対する対処は指摘や叱咤解決提案、今後の動向見守り等が妥当だと考えているだけ。

ということが言いたかった。

商売なんだから完璧を期すのは当たり前」

ミスしたら批判だけでなく叩きも甘んじて受けなければならない」

そういう考え方ももちろんあるだろう。

そうじゃない考え方もあること、知って貰えたらいいな(と思って書いたけどこれをその人たちが見ることはなさそうだなぁ。まあ、テニプリに限らずどのコンテンツでも言えることだと思うので目に止まった誰かの思考材料になれば幸い)

2019-02-12

はあちゅういかに悪か。

くだらない打算でどれほど人を傷つけてきたか

言動にどれほどの矛盾があるか。

を語ってしまって後味が悪い。

本来なら名を出すのも憚られる。

「性に興味あるだろう?」東大和伝道師 道すがらH動画を公開中

https://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/8/28186.html

 不審な男が現れたのは、今月9日午後6時40分ごろ、西武線東大和駅」の駅前にある「東大和スケートセンター」周辺を歩いていた男子学生を呼び止め、「性に興味があるなら、そういう動画を見せてあげる」と持ちかけた。

 先を急いでいた男子学生は「結構です」と断ったが、男の言動を気味悪く思ったこから帰宅後に警察通報した。不審な男の年齢は40歳前後身長170センチくらい、中肉体型でカーキ色のジャンパーを着ていて、髪の毛は白髪交じりだったという。

 いや、たぶん間に合ってますから………

嫌悪する相手と同じ思考回路になる事

この前映画見てて地球救った主人公彼女との結婚父親に認めて貰おうとするけど断られててでも距離は縮まってみたいなシーンがあって

前にそのシーンを"そうだ!彼女トロフィーじゃない!物じゃない"みたいに書いてるの見た事があったの思い出したんだけど何ていうかこれを見てそう思ったの?って感じだった

主人公彼女結婚する資格のある男だという証明ができるだろうと意気込んだけどそういうのじゃないって断られるってシーンにしか思えなくてそれはむしろ地球救ったというトロフィーを持って行ったけど求められてる証明じゃなかった、主人公はまだそういう面で未熟さはあるけどでも父親も印象は悪くないって未来に少し繋がるようなポジティブなシーンだと思ったか

だけど取り様によってはそういう感想もあるのかなと思ったけど自分との印象の乖離具合に何でわざわざ主人公をそういう無自覚に女を物扱いしてる思考人間て思ったんだろって考えてて

たぶんそれって腐女子嫌悪の末に目に入る作品をどう腐女子が好むかで判断ちゃうようになる人と同じなのかなって思った

その対象嫌悪する故にそう見える要素でさえ排除したくて結果その対象の嗜好や思想を何より優先させて可能性の一番上に持ってきちゃってそれでものを見ちゃうみたいな

少年漫画普通友情シーンでも腐女子が好む事が分かって嫌悪感がわく

女は男に物扱いされているみたいな前提が頭にあるから何でもない言動もその前提に則って解釈してわざわざ嫌悪感を持ってしま

それをたぶん気付いてもいない

悪い人間を知らない人は疑う事を知らないじゃないけど何か皮肉というか嫌いなものに囚われ過ぎてある部分で思考同化して何より嫌悪する人間の考えや目で世界を見るって日々しんどそうだなって思った

雪の女王の鏡の破片みたいな話だなって

2019-02-11

バイト日記

・昨日は連休中日だったせいかお酒の入ったお客様が多かった。お酒が入ってるからといって迷惑行為をして来たりはしないので、助かる。まあ、夕勤帯のお客様の大半は、お店の近所の住民なので、お客という立場でもヘタなことはしないよね。

普段からお客様言動でムカッとさせられる事は少ない。

・十数年前、飲食店アルバイトをしていた時は本当に毎回嫌で嫌で仕方がなかったものだ。毎回何かしら嫌な事があった。

飲食店コンビニではお客様民度が違うという事なのか、時代の違いなのか、私自身の若さとか未熟さとかが厄介事を呼び寄せていただけなのか、よくわからない。

・わからないが、飲食店よりもはるかに、コンビニバイトは快適である

・一緒にシフトに入る人次第というのはある。

・真面目にやれば無駄仕事レベルを上げるなと怒られ、その一方でやることなす事一々姑かテメエは!ってくらい文句つけられると辛い。完璧にやれと完璧にやるなを同時に言われてるようなもんで。

・まあそれはオーナーが悪いよなぁと思う。従業員が真面目に仕事してるとどんどん要求を吊り上げてくるのは良くない。

・ところで土曜日、近所のスーパーに買い物に行った。そしたら洋生菓子のコーナーで、10歳くらいの女の子ショートケーキ二個入りのパックをおもむろに掴み上げると、パックの側面にぶっちゅ~~~っと唇をつけた。

・もろに目があった。あ、やめさせないと!と思った瞬間、女の子は脱兎のごとくに走り去ってしまった。

・そういえば、去年末オーナーから注意喚起があった。最近、お店の食品にイタズラをして陳列棚に戻すという動画インターネットに公開するというのが子供の間で流行っているらしいので、子供が来店した際は売り場に出てフェイスアップをしながら子供の動向を監視し、イタズラさせないように、との事。

・この間のくら寿司とかセブン謝罪の件もあったし、大人には見えない子供だけのコミュニティがあって、食品にイタズラをしてそこで勇者扱いされる事を目指ししている子供達というのが、まじでいるんだなぁ。

2019-02-10

コードギアス 復活のルルーシュ

※本文には「コードギアス 復活のルルーシュ」のネタバレを含む。

10年前のR2放送物語が終盤に差し掛かり最終回というもの意識した時、本当に比喩ではなく毎週の楽しみであり、

生き甲斐だったコードギアスが終わるという切なさを感じつつ、その分素晴らしいものをみれるのではないか

という期待感もあった。

早くこの物語の結末を知りたい、観たいという気持ちと、

この素晴らしい物語が終わってほしくないという気持ちが重なる、そんな期間だった。

  

最終回放送された西暦2008年9月28日

ルルーシュスザクと行った本当のゼロレクイエムナナリーフレイヤでやろうとしていたこ

この二つの類似性に打ち震え、あの悲しい最後のシーンはルルーシュスザクナナリー物語を終わらせるにふさわしい、

素晴らしいもので、それまで見てきたどんな作品最終回よりも美しいと思った。

  

それまでの話数は放送後何度も見返したが、

R2最終回は、その後しばらく見返すことができなかった。

私にとって不可逆で不可侵の素晴らしい思い出だった。

      

最終回放送から8年後、西暦2016年にそのコードギアスが、ルルーシュが復活するとの特報が出る。

    

思い返せば亡国のアキトシリーズの放映や、パチンコ化などのメディアミックス情報は、

アニメ放送後も途切れることはなく、コードギアスは死なないコンテンツになったのだと気付くべきだったのかもしれない。

    

情報は少しずつ鮮明になり、総集編としての劇場版3部作が放映されたのちに

完全新作エピソード劇場で公開すると発表がある。

    

総集編はテレビシリーズとの小さな、だが物語に大きく影響を

与える変更点を加えつつ次々と公開していく。

  

そしてルルーシュが死んでから10年がったった昨日、西暦2019年2月9日平成最後の冬に

コードギアス 復活のルルーシュ」が公開された。

  

タイトルからして復活である

ルルーシュは死んだのに。

美しく、そして気高く世界から憎しみを無くすために文字通り命をかけた主人公

もういないはずで、それでも世界は続いていたのに。

  

復活

  

実は復活と銘打ってはいるが、概念的なことだけで

肉体が蘇るわけではないよ。

ルルーシュがいない世界必死に、彼が求めた願いを実現するために

戦う残された者たちが一生懸命戦う。そんな物語だよ。

それでもよかったのではないかと考えた。

  

だがし復活したのだ、

嘘つきのルルーシュは大切な約束を守るために。

  

復活してルルーシュは、まぎれもなくルルーシュだった。

味方が、特にナナリーピンチの時には全身全霊をもって、

策を練り、有無を言わせぬ迫力で味方を鼓舞し、指示を出す。

  

私が10年前に美しいと感じたルルーシュがそこにはいた。

あれがルルーシュだということに異論を唱えるファンはいないだろう。

それほどまでに素晴らしくルルーシュだった。

  

そして、物語はこれもまたまぎれもなくコードギアスであった。

国の陰謀、計略する首謀者、そこかしこに仕掛けられた罠、

激しく火花を散らし戦闘するナイトメアフレーム

世界の理を変えてしまうほどの強大な力、ギアス

  

コードギアスという作品に込められているものすべてが

詰め込まれており、それでいて色褪せない、新鮮さも感じることのできる、素晴らしいストーリだった。

  

この作品コードギアスであることに間違いはないが、

賛否両論あるということも間違いないのである

  

  

論点は一つ、ルルーシュの復活である

  

  

コードギアスという作品ルルーシュの死をもって

完結した作品であるはずという思いが強い人が多いのではないか

実際私もそうであったからこそこの「復活」にずっと懐疑的

感情を抱いていた。

  

だけれども、観て、楽しんでしまうのだ。

どんなに抗おうとしていたとしても、

観終わった後に私がどんな感想を抱こうが、

劇場で金を払ってみたという事実があるのならば、

コンテンツとして、興行としては大成功だ。

それは全くもって否定できない。

10年前に完結した物語の続きなんてみたいに決まっている。

観ないわけにはいかない。

  

観終わった後、自分感想賛否両論のどちらかなのか

すぐに決めることはできなかった。

この「復活」はあまりにも消化に時間がかかると感じた。

少しでもこの胸のつかえがとれないか

「復活」に関する評価感想ネットであさっていたところ、

監督インタビュータイトルに「批判覚悟制作に踏み切った」とあった。

  

この文言に納得しかかった自分もいたが、

冷静になってみればそれはそうだろうという感想だ。

物語を美しく終わらせるのではなく、

死なないコンテンツとして継続し続け、興行として成功する。

素晴らしいことだが、コードギアスというコンテンツを死んだと

解釈する私の様な人間から批判が出るのは覚悟していただかなくてはならないだろう。

  

10年の歳月コンテンツ評価に対する指標も変えた。

もはや視聴率はその指標としての能力を失い、

配信ツールの普及はいわゆる円盤の売り上げを

抑制するものになった。

  

からネット感想が正しいというつもりはないが、

例えばツイッター等のより個人、とりわけ趣味嗜好を

把握しやすSNSにはおおむね好意的にこの「復活」を

とらえている人が多いように感じる。

  

また、劇場でも終幕後に涙を流し、

良かったと感想を漏らす人も多くいた。

  

これだけでもこの興行成功であったと言えるであろうし、

どんなに賛否両論意見が出たとしても、「賛」の意見が出続ける限り

今後も興行収入を伸ばし続けるであろう。

  

否定というものさらなる否定を己に

向けられる覚悟がないといけない。

ルルーシュ言葉を借りるのであれば

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ」だ。

より情報を発信した個人特定されやすいこの環境では、

批判否定という行為は行いにくいだろう。

  

しかし、「復活」でルルーシュはこのセリフ否定するかのような言動を行う。

  

C.C.と同じ、撃たれてもその命を失うことがない

L.L.にはその覚悟がない。

いや、人ならざる力を持ち、さらには死すらも乗り換えたもの

人とは違う理で生きている。その悲しさを物語っているのかもしれない。

  

思えば10年前は視聴率を上げるために放映時に見る、

円盤を購入するという行為に我々は「支援」という意識を持って行っていたと思う。

  

大量のコンテンツであふれかえる世界から

自分の「好き」を少しでも延命させるために。

  

それはコンテンツというものが、傲慢かもしれないが

我々の支援なしには生き続けることができないと、

その支援が乏しく、延命繁栄をすることができずに死んでいったコンテンツ

観ていたからこそ、そうした感情が行動させていたのではないか

  

私が「復活」を劇場で鑑賞した際に

最も涙腺を刺激されたのは、お調子者だが愛されキャラ

本作でも重要役割を担う「玉城真一郎」のクレジットを見た時だ。

  

ご存知の方もいると思うが、「玉城真一郎」をTVシリーズで演じていた、

田中一成」さんは、西暦2016年に亡くなった。

  

もちろん総集編の劇場版で「玉城真一郎」を演じた演者の方の演技は

素晴らしく、引けをとっているだとか、優劣があるといいたいのではない。

  

私は「田中一成」さんの訃報を聞いたときしかった。

その悲しさは、当然のことながら亡くなった人はもう「復活」しない

ことを理解していたかである

  

10年の歳月があれば、悲しい別れを経験する人も多いだろう。

実際私もそうだった。こんなことを書くと現実フィクション理解していないと

否定されそうではあるのだが、私が10年前に愛した「コードギアス」には

壮大で近未来的なSFとしての要素もありながら、リアリティがあったのだ。

ルルーシュが何度もシャーリーギアスをかけようとしても、

にゆ人間を救うことはできない。そんな現実を突きつけられるような、悲しい物語だったのだ。

  

からこそ私たち最終話ゼロの剣に貫かれたルルーシュを見たとき

そこにリアリティを、死んだ人間は蘇らないという現実フィクション

コードギアスの中に見出し、涙したのではなかったのだろうか。

  

もしこれらを強引に、好意的解釈するとすれば、

私は10年前の最終話ルルーシュの死によって完結した素晴らしい物語

味わうことができたこと。

そして感情胃もたれしそうなほど甘い、

デザートのような続編を味わえたと、いうところだろうか。

  

それならば、一度飲み込んでしまったものは、咀嚼して

何とか消化吸収に努めないといけないのだろうか。

  

私がどれほど批判否定インターネットの海に

吐き出したところで、何にもならないのだから

  

批判覚悟で」

  

私の批判という弾丸は、放ったところで制作側には届かない。

コードギアス」というコンテンツは「復活」したルルーシュ

同じく「死なない」コンテンツに「復活」した。

  

私の撃つ弾丸は、もうルルーシュを殺せない。

  

最近絵師モラルはひどすぎないか

この記事を書くきっかけになったのは、あるツイートだ。

新しく話題になったキャラクターに対し、ひどいことをするツイートや絵があふれている。

まれたばかりのキャラクターゆえ、ファンと呼ぶべき存在は少ないから気にされていないだろうが、好きなキャラクターがひどい目にあう内容がタイムラインに流れてくるのはつらい。

といった内容だ。

まったくもって同意だった。俺のタイムラインにも、好きなキャラクターがひどい目にあうイラストが流れてくる。

NTR、陵辱、リョナなどジャンルは様々だ。もちろん見かけるたびにブロックしている。それでも見るたびに嫌な気持ちになる。

そして、タイトルにある絵師モラルの低下を感じた瞬間だが、上記ツイートが流れてきた後に続けてフォロワーリツイートで、知らない絵師ツイートが流れてきた。

嫌なものを見たくないなら、Twitterにはブロックミュートという便利な機能があるんですよw

衝撃だった。開き直って自分正当化する絵師にも驚いたが、何よりそんなありえない発言をする絵師ファンネルになるフォロワーに吃驚だ。

このフォロワーは件のツイートリツイートした後、性癖否定ブロック安定とツイートしたため俺はこのフォロワーブロックした。

正常な感性をしているオタクは、性癖否定などしないだろう。

否定されているのは特殊性癖ではなく、特殊性癖創作物を公開アカウントアップロードするその異常さだ。

中には「ツイートする画像/動画センシティブな内容を含むものとして設定する」この設定をオンにしていない絵師すらいる。

昔の絵師ブログイラストページには全年齢向けのイラストだけで、18禁の絵は分かりにくい入り口から飛ぶページに隔離していた。

なぜ特殊性癖二次創作アップロードしている絵師は鍵アカウントにしないのか。

承認欲求なのか自己顕示欲なのか。

有名になり金儲けがしたいのか。

同じ性癖クリエイター同士でつながり、自分たちが正しいと勘違いしているのか。

自分が汚してやったから見ろ! と公開オナニーしているのか。

よく絵師正当化するためにファンネルが言うセリフに、知名度向上に役立っている。というものがある。

だが拡散されていくのはその絵師が描いた歪曲されたキャラクターだ。

オタク友達に好きなキャラクターを聞かれたことがある。俺が答えるとそのオタク

「ああ。ヤリマンシャブ漬けのあの子ね」

そう言った。結局そのキャラクターを知らない、気軽にエロを消費していくオタクにとっては描かれた二次創作で興味が止まる。

絵師と同じくモラルのないオタクが集まり、声が大きくなっていく。

頼むから鍵をかけて巣に引き篭もってくれ。

二次創作禁止作品同人誌販売するヤツ。

禁止されているグッズを販売するヤツ。

月額支援サイト二次創作アップロードするヤツ。

いろいろ炎上した絵師がいた。

二次創作絵師とそのファンネルよ。どうか自分言動を見つめなおし、省みてほしい。

正常な感性を取り戻すことを切に願う。

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