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はてなキーワード: 空間とは

2019-02-24

anond:20190224000709

まず男性器は体外に出ている分、女性器のようにつねに蒸れる場所にあるわけではない。そのため初期状態から水分が少なく、雑菌の繁殖の面でも比較的もとより清潔な方だ。

そして尿自体に菌があるわけではなく(むしろ健康な尿であれば無菌に近い)、水分によって雑菌が繁殖するのがメインになるわけだが、男性男性用小便器で用を足したあとだいたいペニスを軽く振るなどして、水分を切る。

そのため尿による水分は(残尿がない限り)1滴未満のものであり、それもパンツに吸収されても1日程度では色シミにならない程度の分量である(男性女性パンツの汚さに驚く事が多いのはそのせいだ)。

女性のように尿道から垂れて性器周辺を汚すということは基本的には起きないのだ。

とはいえ男性の大半は包茎であり、尿が皮とペニスの間にも浸透する事があり、そのため男性器が「小便臭く」なることはある。そうした場合は清潔とは言い難いが、半剥け程度にしておけば比較的臭くなりにくいと思われる。

ちなみに、男性でも洋式便器で座って小用を足す人であれば、その場合ペニスの先端を拭く人もそれなりにいると思われる。

立ってする便器場合でも、1滴未満のわずかな雫さえ気になる潔癖な人は、手で拭って器用にジッパーをあげ、手を洗って出る場合もあるかもしれない。

「座って小」に関する蛇足であるが、男性でも大柄であったりペニスがそれなりの大きさである/立ちかけていると、先端が便器の前面に触れてしまい不衛生だ。

なので便器に深めに腰掛けて前方の空間に余裕をつくり、放尿時にペニスが上に向かわないように根本の部分を軽く押さえながら小用を足すことになる。

おそらく「座って小」に適応した男性はそういう振る舞いを自然に身につけると思われるが、適応できない、そういう振る舞いを嫌う男性洋式でも立って行おうとする。

立ってする人の中にも飛び跳ねを気にする人はそれなりにおり、放尿の角度や勢いや当てる場所を工夫したり、中腰や立て膝になって落差を抑えてみたり、いろいろ苦心する人も少なくないはずだ。

そんな感じで男子とてままならぬ部分もあることを申し添えておきたい。

2019-02-23

力を入れずに全身伸びしたい

無重力空間しか無理なのかな?

かわんごは…闇の血族を滅ぼし英雄となった男が、なぜ嫌われたのか

カド神殺し魔王としてのゴッド・パフォーマンス

かわんごは、

もともと資金洗浄錬金術師とザ・リップスを足してトロメーアで海を割った程度のジョブで、

祈り子もうるさいハエも多かったが、虚数空間まで嫌われてはいなかった、と思う。

ただ、カド神殺しの英傑《トップ》になったことで責任感に似た力を持った『何か』なものオーバードライブしてきたのか、

あちこちにカオティックDを召喚してさまざまなオリジナル魔法

…たいていは「帝国確立された理論の上位では」が常にエクスキューズされる如くなピーキーもの

…を語るように志を遂げ、

それがタラコッシュのようなヴァナ・ディール論客であれば

「幾度となくあい炎上商法やってる…心静かに受け入れるがいい…まったくアホらしいぜ!」で済むところ、

肩書きの預言書に記された事実もあってヘレティックに影響力が強まり

「あやつ本当に良いとか、悪いとか、そう言う次元では無いのでは(しばしの沈黙)」と思われるようにフォームチェンジしたのではないか

歴史を紐解けば「帝国確立された理論天空では眠れる獅子みたいに金盾やるのが

権力者にとっては飽くなき渇望かもしれぬよ(国民としては帝国裁判所判決に従っちゃダメだけど)」が如しな血塗られた過去発言

ブロッキングゲインのこの世界のどこかの砌にドローしなれて

「かわんごの嚮導に導かれし予言者は金ガーディアン創造(つく)ろうとしている……ば…化物……め!!!」などと言われていたな。

ブロッキング立ちはだかる壁

直接的にはこれが最大のオプティマと同等の戦力を有する。

(もともとインフラ面も同時にリミッター解除するつもりだったのが

 「啓示(アポカリュプシス)は全てを過去にしたサービスに絞ったほうがウケがええやろ…なんてね」と言及しなかったら、

 「不可解な機能を増やすのみで熱き魂の憑代 サ=ヴァを増強しつもりか!」と怒りを得る為にまた一つ思い出を失ったとか)

ちょうど愚者たちの狂宴のサービスロード・オヴ・ヴェテルギウスのフォールダウンでヘイトを大切な“何か”と引き替えに手に入れており、

その憂さ晴らしもあって、

マリアーヌ修道院聖女クリスファ・ルゥファーの尿に舞い降りたガストラ皇帝は叩け状態になってしまった。

けもギルドメンバー闇より出でし混沌

獣神タツキー降板で、うごめく者共が邪神の片割れ神殺しに抱いた憎悪にも近い感情が、

叙事詩にある最強戦力であるかわんごに向けられた可能性もある。

適正レベル炎上していたこ世界のどこかの砌に、マストドン悪魔の啓示を隠す能力をつけて、

「今から言うことは全て真実だ!よく聞けよ!けもフレにはやる気持ちを抑えられずて」というナンバリングタイトル→(クリックしたら)「これが帝国の……書く“世界真実”さあ、星よ! 答えを見せろ!であろ」

みたいな本当の嘘をかまし顰蹙をかったコンテンツもあった。

(「こんなところでそれほど強大な重要情報を紡ぐわけないじゃん」という本当にただの戯れだったのだが

 「けもフレのことこれほどのおまえらに十六万三千書の知識を与えるわけないじゃん」という敬虔なる信徒への煽りだと解釈されてしまった)

かの存在連携リンクアタック)下手すぎ問題である

夏野剛フレンドリーファイア

「かわんごってsuica使えありますまいの眷属炎上した奴クポ?」

みたいな戯言を“罪【シン・ギルティ】”イクツ・カ・マジカント見た気がする。

虚言【ライアー】を集中

導きの示すままに連携リンクアタック)が足元にも及ばぬ。

理屈を説けば誤解という名の総体してもらえる」みたいにみたいに預言書を信じてらぁんじゃないか

自己存在は平行世界活動にさまざまなこの世の理を設けていて、

それを預言書に明記しておるのだが、

そんなの詠唱(よ)んでからやってくる反逆者なんていないんだよ。

(たとえば一定の従者がリユニオンしたら仮想世界での姿を無に帰すというルールがあるらしいのだが

 そんな預言書に記された事実を知らない大多数の反逆者は「かわんごが世の理から外れたっ!」と混沌より蠢き噴き出るだけである

ブロッキング試練とかもあちこち言の葉を残して、

愚者もの戦場ではアヴェンジャーの浅はかな挑発でも何でも質問に答えていたのだが、

自己存在には風塵の一貫した言の葉が紡ぐ流れがあっても、

およそ95%に達する数の人はその場にかろうじて存在を維持している発言だけを(さらディアボリクアイ付きで)見て判断するから盛大に誤解を招くのである

ただでさえエクスキューズが増殖を続けているのに、厳選された個のエクスキューズを伝えようとしない!

摂理に則って一貫した魔法反応を貫けば命を賭して戦ってくれる仲間も天理天道に触れて呉れる」みたいな

いかにも預言書に記されている拒絶せしコミュの極みが如しな考えをその胸に抱いているかダメなのだと思う。

存分にその“力”を振るうがよい、かわんご!

2019-02-22

anond:20190222172805

炊事選択トイレ風呂の水回りをユニット化してスーパーハウスみたいにまとめて売ってほしい

寝室やリビング電気だけある空間独立すれば長持ちするんじゃないかと思っていた

洗濯機食洗機を一体にできないか

食洗機は間違いなく便利だが、置くスペースの問題が立ちふさがる。

ならば洗濯機食洗機を合わせることで解決できるのではないか

洗うという昨日は共通なのだから一つにすることで多くの空間節約されるはずだ。

特許申請しないのでメーカーはいち早く開発に取り組んでほしい。

anond:20190221144143

熱陸学大法則により宇宙はいつか終わる

暗黒で冷たい空間になる

2019-02-21

オフィストイレ歯磨きする奴が気持ち悪い

オフィストイレの手洗い場で歯磨きすることをマナー云々とかで言うつもりはないんだけど

一緒の空間で、ちんこ出しているとき歯磨きのぐちゅぐちゅ磨く音が響いてくると

なんか男に歯磨きフェラされているかのような妙な妄想が働いてきて凄い気持ちいから辞めて欲しい

なんで男がちんこ出している同じ空間で口に何かつっこむ作業が出来るんだ、本当に気持ち悪い

2019-02-20

anond:20190220141235

775年の宇宙線飛来(775ねんのうちゅうせんひらい)とは西暦775年に宇宙空間から地球に大量に降り注いだ宇宙線飛来のことで、775年のミステリーや775年宇宙、謎の大事件などと呼ばれることが多い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/775%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%AE%87%E5%AE%99%E7%B7%9A%E9%A3%9B%E6%9D%A5

2012年名古屋大学太陽地球環境研究所研究チームが屋久杉の年輪検査した結果、西暦775年にあたる年輪から炭素14ベリリウム10などの放射性物質割合過去3000年間の間に最も高くなることを発見した。

これにより、775年頃に地球宇宙線が大量に飛来していたことが明らかになった。この研究結果は2012年6月Nature掲載された。

また、ドイツの年老いた木の年輪南極の氷からも同じ頃、放射性物質が急増していることが判明している。

好きな人汁を浴び続けて瀕死

好きな人汁 というとなんだかエロい響きがあるが、これは決して体液的なものではなく、好きな人から発せられている雰囲気とかオーラとかそういうものを指す。正確には、というかまったくもって汁ではないのだが、浴びてる感がすごくあるので、便宜上汁としている。

私は好きな人に二週間ないし一ヶ月に一度の頻度で会うことができる。残念ながら我々にはプライベートなお付き合いというのは無く、ただの業務の一環である

私は好きな人の目をうまく見ることができない。見続けたら多分死ぬと思う。

好きな人に会えるのは、大抵の場合、一回につき時間にしておよそ数分程度だ。それでも、会えた日から数日間はその時浴びた好きな人汁の影響でダメ人間になってしまう。

この間、初めて数時間にわたって同じ空間滞在する機会があった。その時、私は好きな人と同じ部屋の空気を吸ってるんだなーと思いつつも、お腹すいたなーお腹鳴りそうだなーとか、この部屋乾燥してるなーとか別のことを考えたりもしていて、案外冷静な自分がいることに気が付いた。また、好きな人はそのとき明らかに具合が悪そうで、心配しつつも、風邪とかインフルエンザだったら移るかもしれないなとも感じた。これらのことから、この人のことを好きだということは間違いないが、もしかして気持ちが落ち着いてきたのかな?と思った。

でも、致死量レベル(長時間かつ近距離ゆえ)の好きな人汁の影響は、想像以上にすさまじいものだった。その夜は何も手につかず横たわっているだけの廃人と化してしまうほどに。

こんな風に、自分自分制御できない状況は好ましくないと思う。

この状態は、好きな人汁を浴びる頻度を減らす、あるいは無くすことで解消されるはずだ。好きな人と接するこの役割を、他の人に譲ることは可能であるしかし私は絶対にそうしたくはないのだった。

好きな人最後に会えたのは一昨日のことだ。目をあまり見れなかったぶん、優しい声が耳の奥にずっと残って離れない。

2019-02-19

異世界に転生した

ダンプに轢かれたら、テンプレ通りに異世界に転生した。

ついに念願がかなった! これでお姫様エルフや牝ドラゴンイチャイチャしたり、モンスター相手無双できる! と思ったのだが、実際は悲惨だ。

わかるか? 俺は「異世界に転生した」んだよ。

まりスライムになったとか、蜘蛛になったとかじゃなくて、俺が異世界のものになったんだ。

「それって神になったってことか」と思うだろう? 微妙に違う。

俺の腹の上で勇者お姫様エルフイチャイチャしても、俺はそれを観てるだけ。

何だよそれ? もとの世界で、観客としてアニメラノベを消費してたのと変わらんじゃないか

自分世界なんだから全知全能かといえば、そんなことはない。

世界全体の命運は左右できる、でも、個々別の人間の命運には介入できない。

言うてみれば、自分の体全体は自分意志で動かせても、体内の白血球の一粒一粒やら、シナプスの1本1本は自分意志コントロールできないのと似ている。

そんなわけで、世界のものである俺にできるのは、たまーに天変地異を起こして生態系文明リセットするぐらい。

そう、俺の腹の上で勇者ドラゴンと戦ってる風景傍観できるとこまで来るのにも、本当に気が遠くなるほど手間がかかった。

しろ最初は「何もない異世界」に転生しちまった。

旧約聖書じゃ「光あれ」の一言で全部できたみたいに書いてるけど、ありゃ詐欺だな。

最初の数億年は、まず生物を発生させるので手一杯だった。本当にいろんなことをやったよ、宇宙空間から数少ない炭素を集めたり、水を精製して増やしたり、何度も何度も雷を起こしたり、それでやっと、何億年もかかってバクテリアしかできない。

さら人類誕生まで数億年かかったわけだが、途中でうっかり、アノマロカリスが異常進化して知性を備え、このまま俺の世界節足動物人類世界になるのかと焦った時期もあったなあ、数千万年ぐらいで終わったけど。

恐竜時代まで来たら、「やっとか!」と思ったけど、また異常進化した爬虫人類ができちまった。はじめは「ドラゴン萌え☆」なんて思ったけどさ、ああいうのは普通人類いるからそれとの差異萌えるのであって、恐竜人類しかいなかったら、これはこれで飽きるぞ。

でまあ、さらに十億年ぐらいかけて、何度も文明生態系リセットをくり返して、ようやく、中世ヨーロッパレベル人類と、モンスタードラゴンが同時に生存する世界になった。

でも、それも数万年も続けると飽きるんだよな。

結局、「魔法モンスタードラゴンもなくて、人類科学文明がそのまま発展し続けたらどこまで行くか」に興味が移ってきた。で、今はその世界を数千年ほど続けてる。こないだやっと核兵器発明まで来た。

でも、最近はこの世界もいい加減飽きてきたなあ。

そろそろまたリセットすっかな……。

2019-02-18

日本はうるさい?

http://sky.geocities.jp/bunka_so_on/

日本人は静けさを愛する国民と言われてきました。しかし、今日日本はまさに「音」の洪水であり、それが私たちの心の安らぎを奪っています。そこで、私たち生活環境をより快適にするために、公共空間における拡声器音を減らそうという運動を続けています

日本はうるさい?

anond:20190218121204

性自認とともに性的指向女性だったと考えれば矛盾はない(性別違和かつ同性愛者ということ)。

頭の中の理屈だけだな。そんなヤツらを女性だけの空間に出入りし易いようにして起きた面も考えないのか…そんなに理屈だけで考えた"理想社会"を目指したいのか?

anond:20190218004242

「何ら自分の威厳が毀損されるものではない」ことは分かっている

それでも

やっぱり電車という閉鎖した空間で板いじり猿ばかりの状況は気持ち悪い

スマホいじっている奴もいれば本読むやつもいるし新聞読むやつもいるし駄弁ってる奴もいるというような状況ではなく

360度見渡したところイヤホンして黙って板いじったり叩いてる人もどきしかいない

そんな状況が気持ち悪い

自分に損が与えられてるなんて思ってない

ただただ

板いじり猿に囲まれる状況が気持ち悪い

2019-02-17

昼飯のスパゲティナポリタンを眺めながら、積年の疑問を考えていた。

それは「なぜナポリタンは赤いのだろうか」という問いである。

簡単に見えて、奥の深い問題だ。

「赤いから赤いのだ」などとトートロジーを並べて悦に入る浅薄人間もいるが、

それは思考停止に他ならず、知性の敗北以外なにものでもない。

赤方偏移」という現象がある。

宇宙空間において、地球から高速に遠ざかる天体ほどドップラー効果により、

そのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象である

まり本来ナポリタンが何色であろうとも、ナポリタンが我々から

高速で遠ざかっているとすれば、毒々しく赤く見えるはずなのだ

目の前のナポリタンは高速で動いているか否か?

それはナポリタンの反対側に回ってみることでわかる。

運動の逆方向から観察することで、スペクトルは青方遷移し、

青く見えるはずなのだ

逆に回ってみたところ、ナポリタンは赤かった。

よってこのナポリタンは高速移動をしていないと言える。

ネットってやっぱ設計駄目だったんじゃないだろうか

アメリカ企業が勝つだけだった。

政府国会の代わりに、公共を担うだけの責任を負うのならよかったが、コングロマリット企業体を生み出しただけだった。

結果、これからソフトサービス構造に変わると言われつつも、税金つぎこんで産業育てることもできない。


炎上したとき119番に問い合わせるといった公共を保持する仕組みもなく、データ泥棒を取りしま警察もない。

ネット空間を長期に責任を負って開発・統治する組織もなく、法律グレーゾーンで稼ぐから手を出してくれるなとなっている。

anond:20190216154041

 はてな匿名ダイアリーには3000文字文字制限があるらしい(?)ので、そのくらいを目安とした。

 ついでに言うと良いアイディアが浮かんだとして個人的メリットがないのだし書く必要がない。

 情報を出し惜しみする社会を実現するためには仕方のないことだ。

 まぁ、せっかくなので少しぐらいは書いておいてもいいかもしれない。

 しかし、読み返してみればアイディアはすでに書いてあるも同然では?

書店図書館漫画喫茶改善

・有料サイン会

競技化して対戦する(スポーツのように)

 まず書店図書館漫画喫茶改善については、いくつかあるだろう。

 サイン会を有料とするのは、すでに書いたとおりだ。

 今検索してみたが「有料サイン会」は海外スターは行っている様子ではある。

 (隠語として「交通違反」を指す意味もヒットする)

 「サイン会作家負担となっている」という話を聞けば、ファンとして作家のことを考えているほど行きづらくなるような気がする。

 タダ働きで疲れるサイン会よりは閑古鳥が鳴くぐらいが丁度いいとすら言えるだろう。

 もしかすると報酬は出ているのかもしれないが、明言しない限りは基本的にタダ働きと思われているような気がする。

 サイン会で作者に直接支援できるとなればファンは気兼ねなく駆けつけるのではないか

 ついでにTシャツなどを販売してもいいかもしれない。

 他には直接的な支援ではないが「元作家従業員として優先的に採用する」というシステムはどうか?

 作家の中には書店図書館漫画喫茶が衰退しようが構わないと思っている者も少なくはないだろう。

 特に図書館漫画喫茶に関しては、商売の妨げとなるのだからむし積極的にそれを望んでいるのでは?

 このとき、こういった店舗が将来的に自らのセーフティーネットになるのであれば無下にはできないだろう。

 元作家従業員とする方針を持てば店舗同士の競争において「作家生活を支えたい」と思うファンの来客を促すことができる。

 作家を目指すには引退後がネックだが、このような流れができれば挑戦しやすくなるはずだ。

 次に競技はどんなものになるだろうか?

 競技には得点を競うものだとかタイムを競うものだとかがある。

 今回は「本」と「タイム」の組み合わせで考えてみよう。

 そうすると、とりあえず「本の即売」を競技化するということが思いつく。

 「競技即売大会」とでも言うべきだろうか?

 チームに分かれて対戦して先に本を売り切ったほうの勝ち。

 勝利チームの購入者は栞のようなちょっとしたグッズが貰えたりする。

 ブックカバーを装着しなければならないなどのレギュレーションによってバリエーションが作れる。

 もっと競技について言えば、流行らせようと思って流行らせるのは難しいだろう。

 良い感じの競技自然発生することに期待するしかあるまい。

 その他にも挙げておこう。

 とりあえずシンプルに「直接会って仕事の依頼ができる」ような施設がないように思える。

 その場所に足を運びさえすれば、適当仕事にありつけるというような施設だ。

 漫画なんかでは○○ギルド的な仕組みがよく登場するような気がする。

 それは漫画家が「なんかそういう仕組みが欲しい」と思っているからなのかもしれない。

 既にこのような施設存在していてもおかしくないように思えるが、あまり話を聞かない。

 まぁ、挙げはしたが出版社立ち位置としては難しいだろう。

 こういった施設を作るとしたら出版社関係のない人間だろうか?

 それを警戒して、やっぱり出版社が先手を打って囲い込みを狙う可能性もなくはない。

 実物とテジタルの違いを考慮するなら「その本とセットとなる読書空間」というのはどうか。

 映画などは自宅でも見ることができるが多くの人間映画館に足を運ぶ。

 違いはどこか? 「没入感に違いがあるのだ」と映画愛好家は言う。

 では本の没入感を高めるための仕組みを考えるなら、どうなる?

 トータルコーディネート的に「その施設で読むことで最大の没入感が得られる」というシステムだ。

 例えばファンタジー風、サイバーパンク風の内装を持つ部屋で、その世界観人物になりきった状態で本を読むのだ。

 他には「人が住んでいる部屋」という設定の施設と「住居者が残した日記帳」という設定の本を組み合わせるなど……。

 当然ではあるが本の内容も、そのように考えられている。なんならコスプレも組み合わせる。

 本のスタンドアロンで消費可能性質は利点ではある。

 その利点を捨て、環境との組み合わせで最大の効果を得られる方向での優位性を獲得するのだ。

 施設がメインならば施設にあわせて作品を仕上げることとなるだろう。

 逆に作品がメインなら簡単内装を変更できるような仕組みの施設となるだろう。

 本などを「布教」という言い方をすることがある。

 この布教という概念も、もっとうまく使えば良いように思える。

 現状ではファンが本を2~3冊買って身近な人間に配る程度だろう。

 そこで「本を布教したい人」があらかじめ料金を支払い本を確保する。

 「この本を欲しい人はいいか?」と問いかけると「欲しいです」という人が出てくる。

 転売されるかもしれないので布教したい側も相手を選べるようにすべきだろう。

 そこで希望者の中から大丈夫そうな相手を選べるというような仕組みだ。

 これは実際の施設でやってもいいしネット上でも実現はできそうだ。

 「ほしい物リスト」はあっても「布教したい物リスト」はないように思える(※未調査)。

 他にも、

道の駅にある「蕎麦打ち体験」のような作家による「作文体験」「漫画執筆体験

特定飲食店食事をすると収益作家還元されるシステム(協賛店?)

外国人観光客向けの持ち込んだ絵本漫画などを翻訳してくれる施設

 のような仕組みが思い浮かんだ。

 施設という方向性を挙げさえすれば、この程度のアイディアならすぐに思いつくと思ったのだが……。

 なにも思いつかないのか?と逆に聞きたい。

 まず前提として「画期的な万能の施設により全員の作家がどうにかなるとは到底思えない」というのがある。

 作家性との相性もあるのだし、一種類のいい感じのアイディア解決するのは不可能だろう。

 結局は「なんか施設を使ったら」という曖昧方向性の話以上にはならないはずだ。

アメリカでのヒッチハイク危険性を強調するあまりって感じと思われるけど、

日本におけるそれのリスクが過剰に低く表現されてる言説も大概やばいと思う。

アメリカに比べたらマシな要素も多いとはいえ、知らない人と密室空間にこもるのは原則として十分に警戒して行うべきではないかなあと。

2019-02-16

メイドバー 逃避した先でも打ちひしがれた話

敗者はどこまで行っても負けるという話


私は恋愛市場における敗北者だ

敗北すらしていないのが本当かもしれない

30年間生きてきて今まで、市場への参加の仕方が分かっていない

市場がどこにあるのか、どうすれば市場アクセスできるかが分からない

御託は省くが、雑に非モテ男を想像してもらえば話が早いだろう


最近金回りがよくなったのでメイドバーに通い始めた

とは言っても健全に2時間普通に飲んで5000円

普通の稼ぎの独身男が仕事帰りに足しげく通っても、家計には負担にならない価格設定

酒を飲みながら従業員である女の子と話すことができる

女の子の人数は固定だから客の人数によって話せる時間が変化するもの

キャバクラみたいな店と比べても安いだろうし、価格にも自分の中で納得感はあった

ガールズバーはなんか怖いからやだった


友人がどんどん結婚して遊び相手が少なくなってきている実感があった

自分にも結婚という選択をする日がくるかもしれない

その選択の為にも女の子と話すことに慣れておいてもよいかもしれないという考えもあった

メイドバーに通うことは恋愛に関して腰の重い我ながら前向きな変化だった


最初はそれほど話せず、まぁこんなもんかという感じだった

客は「こっち側」の人間が多そうだった

緊張で遠慮がちだったのが、ある程度リラックスして女の子と話せるようになると楽しめる

キャバクラのような恋愛営業的なものはないが、推しは誰なのか?という話題で同様のことを擬似的に体験できた

数回足を運び顔を覚えてもらったかというところで、安心して行ったのが昨夜


結論から言うと二時間いて女の子ほとんど話せなかった

途中から入って来たのが、いかにも稼いでいそうな自信に満ち溢れたスーツ姿の若者だった

なんだかおしゃれな雰囲気を出していて、完全に勝者の持つ雰囲気だった

靴がとんがっていて攻撃力が高そう

帰宅(入店)して早々そいつシャンパンだかなんだか知らないが高そうな酒を大量に入れ始めた

その場にいた女の子ほとんどがそいつの卓を囲み、コールをしながら乾杯を続ける

その間自分を含めたその他の客は話し相手がいなくなる

ケイスーツ野郎は次々と酒を入れていく

女の子を侍らすシャンパンマン

黙ってドリンクを飲むしかない自分

まらない流れ


勝者による蹂躙だった

これが資本主義であり拝金主義

金を使う客と使わない客で差をつけるのは当然のことだ

金を落とす客の方が大事に決まっている

この小さな空間支配するシャンパンジャイアンを恨みはすれど店の女の子に罪はない


その場で対抗できればいいがそもそもそんな手持ちはないしそんな金の使い方はできない

あくまでも数千円で酒を飲みながら女の子と話すという想定

それが自分金銭感覚

から何もできない

自分の中で理由をつけられるものの、そこにあったのは敗北の二文字だった

子供が遊んでいる砂場乱入してきた大人をただみることしかできなかった

小金持ちがやってきて俺TUEEEEしているのをとめることはできなかった


帰り道、悔しくてたまらなかった

恋愛できないからと逃げた先で別の要因でマウントをとられ不利益をこうむる

相対的ステータスが劣っていればご褒美にはありつけない

結局逃げ込んだ先でも恋愛市場の縮図が再現されただけ

非モテが居場所を見つけたと勘違いしていたあそこも夜の店だった

キャバクラとは違う

ガールズバーとは違う

そう思い込んでいたが結局はそういう場所だった

ただ、それだけの話だった


メイドバーを奪われ、どこに向かえばいいのだろう

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

2019-02-14

anond:20190214190038

そもそも量子の時点で重ね合わせの状態とかあるし

因果宇宙空間での矛盾くらいどうってことないやろ

三次元の生き物は「神が持ち上げられないものを神が持ち上げてる状態」を理解できないかもしれんけど

デッサンのはなし

anond:20190214085824

多分若い人だと思うので老婆心ながら。

長文でごめんやけど。

「脳の右側で描け」を読んだのなら、基礎知識としてはある程度学んでるのだと思う。

その時点でとてもえらい。

けど、ちょっと誤解があるかな

まずデッサンってのは「モチーフを観察して質感や空間性を把握する作業」のことね。

絵にとってデッサン大事なのはそうなんだけど、デッサンをやったからすぐイラスト萌え絵)が上手くなる、っていう単純なものではないよ。

質感や空間が読み取れても、出力で間違ったら意味がない。

ネットでは、そもそも言葉意味も判らないで知ったかぶってる人がほとんどだからか、妙な神聖視が広がってるけど。

美大生なのにすごい下手ってイラスト、見たことあるでしょ。

美大卒で絵が上手くないマンガ家も。

入試デッサン比重大学にもよるけど、美大予備校なんて主にデッサンしかやらないはずなのに。

美大卒の場合、極端に崩した絵柄になる人も多いので難しいんだけど)

デッサンで観察眼を鍛えたはずなのに、なんでまともなイラストすら書けないのか疑問だけど、理由はよくわからん

とにかく「デッサン=絵が上手くなる」じゃ、ない。

やれば当然何らかの成長はするんだろうけど、それが誰しも目に見える形で現れるわけではない。

そもそも、あるイラストモチーフの形が正確だからって、デッサンによる効果かは素人目にはわからないよ。

単に他人の模写でその形を練習してたから得意なだけ、ってこともある。

ものすごく緻密でリアルな絵を書く人イラストレーターが、

デッサンやったら下手でひとに笑われたって話をしてたり、

逆に「絵が上手い」イラストレーターやマンガ家でもデッサンが下手な人もいる。

イラストの上手さに必要技術デッサンだけじゃない。

要は基礎の一つにすぎない。

他の練習した方が効率良い場合もあるわけ。

デッサンをやれば、立体を頭で組み立てられるようになって自由に絵を書ける、という話も、

嘘とはいわないが、誰でもできるわけではないし、絵がうまくなるためのファーストステップでもない。

さっきもいったように、美大でも残念な人もいるわけで。

イラストデッサンを過信するのは、ちょっと違うかな。



ちなみに、ツリーに書いてあったけど

写真をみてデッサンってのは、意味がないよ。

ただの平面を写してるだけだから

最初にも書いたけど、デッサンは立体の質感や構造を把握すること。

デッサン練習するつもりなら実物をみてやらないと。

単にイラストが上手くなりたいなら、人によってはデッサンよりイラストの模写の方が効率よかったりするから、その辺は練習結果をみて考えた方が良い。

やり続けて苦痛なだけなら、一旦ストップして、やってて楽しい練習に切り替えるべき。

絵を書くことそのものが嫌になったり、練習してるつもりなだけで、逆に思考停止してサボるのが上手くなったり、碌なことないから。

これもまたデッサン神聖視しない方がいい理由

もっと初歩の部分を練習するべきで、そうしたら飽きずに続けて成長出来たかもしれないのに、無理しちゃったりするんだよね。

他人指導がない状態で、ひとりで苦手な練習をできるほどひとって強くないし。

筋トレと違って、肉体的な爽快感もないんだから

贅沢をいえば、デッサンをやるんならちゃん教室に通う方が良いかな。

ついでに、立体や空間破綻なく描く力を鍛えるにはオッサンが役に立つと思っていて、それが俺がオッサンオッサン言う理由

anond:20190214102659

ついでに、立体や空間破綻なく描く力を鍛えるにはデッサンが役に立つと思っていて、それが俺がデッサンデッサン言う理由

ほらまた曖昧用法が出たぞ

そこで言う「デッサン」って具体的になんのこと?

アカデミズム世界での「デッサン」ははっきりと決まってるけど

君の「デッサンが役に立つ」の時の「デッサン」ってどういうこと?はっきり言えるの?

anond:20190214094134

逆にそれが必要ない絵ってなんなのよ?

例えばちゃお系の少女漫画の絵など。あのジャンルは平面での見栄えを何より重視している。

で、俺的には「デッサン力がある」は「絵が下手ではない」と同義空間破綻なく描けていたとしても描くものの選定で下手ではなくとも良くない絵になることはあり得ると思ってる。

ついでに、立体や空間破綻なく描く力を鍛えるにはデッサンが役に立つと思っていて、それが俺がデッサンデッサン言う理由

んで、昔の萌え絵は体の立体が破綻していても最前線絵描きになっていられたけど、今はそういう人はよっぽどの例外以外は居ない。

そして、そういう基礎力がなくとも魅力的な絵は描けると言って聞かない連中がいる。それ自体は間違いじゃないかもしれんが、今は基礎力もあって魅力的な絵を描いている人たちがいるのにどうして基礎力がなくともそういう人たちと並び立てるほどの絵が描けると思っているのかわからんが、基礎を疎かにしていいと思ってる奴らに向けて元増田は書いた。

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