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2017-07-26

ニセ科学批判ネトウヨが結び付けられるようになったことについて

 最近、ニセ科批判ネトウヨの結びつき、みたいなのについてツイッターでよく見るので、思うところを書いてみることにする。

 先に、俺の立場について書いておくと、もともとニセ科学批判クラスタにいる(た)人間である。以下、いろいろと書き連ねたような事情もあって、最近ニセ科学批判クラスタ批判的に言及することが多くなってきたが、やっぱり世界科学だろう、という思いは変らない。

 余談だが、ニセ科学批判クラスタ批判する人、というのがニセ科学勢力とか、トンデモ勢力というのは意外に成り立たない。そういう連中を自分が積極的フォローしてないというのもあるかもしれないが、その手合いはまず自分たち批判的な人がいることについて詳しく言及すること自体不都合なので、あんまり触れないのではないかとも思う。クラスタの言説に詳しく触れながら批判する人というのは、何だかんだいって「ニセ科学は嫌い」寄りの人間が多いようだ。

 あらかじめ書いておくと、自分の見解は、「ニセ科学批判ネトウヨ本来、つながらない」であるしかし、そう言い出す人がけっこういる、というのも理解できないではない。まして、「またネトウヨ連呼厨ガァー!」などと言い出す気にはなれない。なので、どうしてそう思われるようになってしまったのか、といういくつかの自分の思っている理由について書いてみようと思う。

 なお、あくまで自分の観測範囲ベースなので、それ以上のエビデンス統計的根拠はない。ほしかったら基盤Bでも持って出直してきたら調べてやらんでもない。

 あと、話は基本的ツイッター世界が中心である

3.11以後の動き

 ニセ科学批判ウヨ親和性、という問題が語られるようになったのは、やっぱり3.11以後が決定的である。いちおう、3.11以降について、特に放射能デマをめぐる後始末についていうなら、やはりニセ科学批判派が正しかったというのは間違いないので、これはどんどん認めていくべきである。そして、その上で、致命的なレッテルを引き寄せる結果となったことについても考えるべきだと思う。

 3.11直後に、デマ批判をする人が、今となってはかなり信じがたい形で「ウヨ」と手を結んでいたのは確かだ。これはひとえに、デマの流布が人権問題になりかねない状況だったことによる。ゴリゴリ左派左巻健男石井孝明をRTしていたことがあるくらいである。個人的にそこはRTしなくてよかったんじゃないかと思うが(別にどうしてもしなきゃいけないRTでもなかった)、しかしそういう事情だったのは確か。しかし、それを見てニセ科学批判派の中にいる自分でも嫌悪感を覚えたので、その外にいて、かつ左派寄りの人がどうとらえたか想像に固くない。

 元々、デマ批判を発信していた人には政治的には左派が多く、その中には、事態が落ち着いた今は左派クラスタのなかへと帰っていった人も少なくない。今となっては、「福島差別」について関心が高いアカウントというのの少なから割合がただのウヨアカウントであり、人権問題に近づいてきたというよりは単に「ダシにしにきた」ことも明らかになりつつあるのだから、この時期については、ちゃんと後処理をしておくべきではないかと思う。一方で、安易ウヨレッテルを張った側も、そのレッテルについて再検討する必要がある。

多層的な「ニセ科学批判者」

ニセ科学批判というのは多層的に発信される。最初の発信者まり積極的資料をあたったり文献をあさって、情報を発信していた人が最初にいるにしろ、この人たちの話がどう広まったかといえば、メディアが広めた場合ももちろんあろうが、ツイッターなどネットではそれを再発信する人によって広まったわけだ。この人たちの中にも濃度がいろいろあって、「なんとなくRTした人」「そういう話を見たら積極的にRTする人」「RTして、自分でもそれをベース意見をいったりする人」「それがさらにバズって積極的ニセ科学情報を集める人」とまあ、いろいろだ。

こうなると、ニセ科学批判クラスタといっても、もともとの「ニセ科学批判派」の声は流通する情報割合的にはごくわずかということになる。

 俺がやばいと思う層は、じつはこの水増しされた部分であるデマ批判機能したのはこの部分あってこそなので、水増しという言い方は語弊があるのかもしれないが、しかし、ネトウヨニセ科学がむすびつけて論じられることに責任があるのはこの層ではないかとも思う。といっても、いくつかある。

(1)善意悪用して、自分のイデオロギーをのっける層

 まあこれは文字通りの「ウヨ」層だ。前述の石井孝明とか、池田信夫なんてのもそうだろう。この亜種(1A)としては、ウヨというよりは「左派が憎い」というイデオロギーをかぶせていくケースもある。佐々木俊尚とか、伊藤剛あたりがそうだろうか。そうそう、伊藤剛と昔仲良し今は犬猿の仲唐沢俊一も忘れてはいけない。君たちお仲間だよおめでとう。あるいは、こうやって膨らんだ層をあてこんだ「御用文化人」というケースも亜種(1B)の一つだろう。いちえふの作者なんてのはそうだと思う。最初はけっこうまじめな信念を持って作業員ルポを始めたんだろうが。

(2)人を叩くのが好きな層

 言っちゃあ何だが、科学正義であるしかも、ある程度実証が積み重なれば、相対化しようがない正義だ。本当は正義とか正しさなんて一ミリも興味はないのかもしれないが、とにかく人を叩く根拠がほしいならず者にとって、こんな都合のいいものはない。しかも、人権問題としての問題意識までくっついている。人権なんて一ミリも興味がないのかもしれないが、略

 正義暴走がデンデンという人はネットによく転がっているが、あまりこの点には言及しない、どころかこの正義だけは振りかざすのが大好きだったりもする。彼らの心情は、よくわからない。

(3)理系としての選民思想の持ち主

 一昔前のメディアに流れる文章には、理系に対する嘲笑偏見がいりまじったものというのが結構あった。お前ら哲学で作った飛行機に乗れるのかよ、というような反発を持つの想像にかたくない。俺も昔はそうだったし。それは仕方ないところもあると思う。

 ところが、ネット理系研究者がどっぷりつかっていたり、エンジニアがどっぷりつかっていたりする場なので、そういう人が意外にマスをもてる世界である。それはいいことでもあるんだけど、結果、「理系カルト」のようなものが出来てしまうという面もある。結果、「文系」をバカにするようなアカウントが出来上がる。昔、科学ネタアニメ談義が話が合うという理由高専生や理系大学生をけっこうフォローしていたのだが、どうもこういう方向に流れていく人が多く、非難がましいツイートが増えた結果リムられたりリムったりブロックされたりが増えた残念な記憶もある。

 これらの人が、放射能デマ批判さらにはより広いニセ科学批判に群がったわけだ。どれもこれもあまり近づきたくないタイプである

 しかし、本来ウヨはこの中では(1)か、せいぜい(1A)までに限られる。それがどれくらいの割合を占めるかというと、あんまり高くないと思われる。おそらく、悪印象のかなりの部分は(2)(3)に起因しているのではないか。(2)と(3)は、本来的にはウヨ思想とは関係がない。しかし(2)はそもそもモラルを欠いている層で、ネットイナゴといわれる集団に近い。そういう人が、ネトウヨ思想親和性を持つのはまあ時間問題である。(3)は正直因果関係を断定しづらいのだが、確かに自分の観測範囲では重なる人が多い。理系でもウヨ色の薄い人は理系絶対主義みたいなところには陥らない、みたいな雑な印象がある。

 そうすると、本来関係のない「ウヨ」と「ニセ科学批判」がセットで観測されるということが大量発生する。しかも、(2)(3)は人間性として最悪の、できればブロックしておきたいタイプだ。どこをどういじっても、ニセ科学批判がいい印象を持たれる展開がない。しかも、こういうアカウントに限って、やけにRTのされる数が多く、ダメな方向にネットへ広がっていく。

こじらせびとたちの罪

 ネトウヨ定義というのは曖昧である。むしろ、厳密に定義したところで境界線附近人間大手をふって歩き出すだけなので、ある程度曖昧でいいと思う。ライトノベル定義みたいなものだ。そこにかこつけて「聖書ラノベでは」とか言い出す奴はつまみ出せばよい。

 しかし、世の中には問題児がいる。自分たちはつまらない理由ネトウヨ扱いされた、だからネトウヨを名乗ってトンチキなことを言い募ってやる!と言わんばかりの連中である。いまどき子供ももう少ししつけられていると思うのだが、そんないい大人ネットにはたくさんいる。被害者意識をこじらせているとしかいいようがない。本人はネトウヨ認定したほうが悪いと思い込んでいるのかもしれないが、申し訳ないが狂人の真似だと言い張って東大路通を走る人間京大生でなければ狂人である京大生でも狂人かもしれない。

 菊池誠氏があんなふうになったのは、きっかけはここだと思う。しかし、年齢的にも知性的にも社会的立場的にも、責任能力を逃れられる人ではなかろう。自分の不始末は自分でつけていただきたい。きっかけの次の原因は、次の項で述べる。

 ジャンルは違うけれど、所謂キモくて金のないおっさん」を名乗りたがるネット住民、についても似たようなことが言える。

フィードバックはめぐる

 ツイッターにはRTとかふぁぼという機能がある。ふぁぼはまあいいとして、RTは誰が何をRTはしたか、ある程度分かる。

 RTの基準は人によっていろいろだろうが、まあ第ゼロ近似としては「それに共感するんですね」がある。直後のツイート批判的に言及でもしておかないと、そう思われないほうがおかしい、と思う。

 めんどくさいのは、「それに共感するんですね」の「それ」はツイートであるか本人であるか、である発言属人的に見ない、というのはけっこうなことに見えるが、ただの無責任な態度となることもある。見てる側が、「こいつはどうしようもない奴だな」と認識していれば、同類とみなされることもある。そんなのおかしい、という人もいようが、そういうものだ。

 さてここで上のニセ科学批判情報の発信の話になる。発信者も、それを受けて賛同し、意見を述べたり非難したりするツイートをRTの形で放流するということをよくやる。別に信者じゃなくてもやると思うからニセ科学批判に集まった人も、それをやるわけだ。

 ところが、その放流元を、「ニセ科学批判賛同してくれた」という文脈だけで読んでくれる人は、あんまりいない。ごくふつうアカウントなら、はいはいということになる。ところが上にも述べたように、ここでかなり邪悪アカウントが集結してしまっていて、ツイート単体ではいいことを言ってるように見えたりする。それを、みんな属人的に見ないでくれるだろうな、というのはおめでたい

 まあ、一人や二人ならどうということもないかもしれない。しかし、これを長く続けていくとどうなるか。

 「お前はそういうやつなのか」で離れる人というのは分かりやすいし素直だ。だが、「お前のRTうぜえわ」で離れる人も出てくる。クラスタ自体が、濃縮されてだんだん汚染されていく。さらに、やり取りをする相手というのは、本人も気づかないうちに影響を与えていく。2012年か2013年くらいまでは、きくまこ先生もそこまで変ではなかったが、その後加速するようにヘンな発言が連発されていくのは、こんな感じだったのではないかと考えている。

 ニセ科学批判のもの凶器として振り回す層というのが出来た結果、その印象がネットイナゴ、あるいはネトウヨと非常に近いものになってしまう。あとは災害が広がるのみだ。子宮がんワクチン水素水、EM菌。本来ならネトウヨと関連付けられる要素なんてないものも、そのスジのアカウント言及してはバズれば、「そこ」がイニシアチブを握っている、と認識されることになる。そうなれば、ウヨ批判的な人は寄り付かなくなる。もちろん、もともと発信元となっていたような人は自分が左派であろうと、発信を続けるだろうが、そこまで中心にいない人は、距離を置くか、あるいはニセ科学批判派の語り口に疑問を持つようになる。

そして深まる左右対立

 このような先鋭化の過程で、本来なら近しいところにいるはずの、歴史修正主義批判や、反知性主義批判本来意味も、日本で独自派生した意味もどっちも含まれる)との溝が深まっていくことになる。めんどくさいことに、これらの集団原発や巨大科学のようなものには批判的で、甚だしい場合放射能デマに一定の親和性がある人もいたりするので、頭が痛い。

 よく、ニセ科学批判クラスタはこれらのニセ社会科学問題には無関心だと言われる。発信側については実際には必ずしもそうではないアカウントが多いのだが、群がっている層については確かに無関心…… どころか敵意を持っている人が少なくない。理系人が多いので馴染みが薄いし慎重な態度でいる…… というのはなくはないのだろうが、どうもそれだけで済まないところがある。歴史問題法律あたりに目をつけて観察していると、「馴染みが薄いからかかわらない」ではなく嬉々としてトンデモさんを引っ張ってきて何かつぶやいている、という光景を目にして頭を抱えることになる。

 「Aを批判しているのにBを批判しないのはなぜか」はほっといてくれというのは分からないでもない。ただ、それは本当にたまたまのこともあれば、党派性を後ろに秘めている場合もあるので、けっこう微妙論点である状況証拠次第としては、判断材料として持ちたくなる疑問であるのは確かだ。また、別にこういう「疑問」はニセ科学批判クラスタけが受けるものではなく、左派いちゃもんのように昔から言い立てられてきたことでもあるので、やはり状況しだいでこう問いたくなるのも当然だろう。

 しかしその結果、溝はますます深くなるのである

 こんなことが続いていく内、ニセ科学批判クラスタは「身内」に甘い、というような見方もされてくる。そんなことないよ、と言いたいところだが、最近たまにはてブあたりに上がってくるニセ科学批判批判へのブクマコメントなど見ると、「ああこの人もかあ」という気分になってくる。

経済をめぐる対立

 先日ツイッター問題になっていたのは、結局ここのようだ。経済には明るくないので、具体的なところには踏み込まない。が、ニセ科学批判クラスタ、あるいはもしかしたら理系クラスタまで枠を広げてもいいのかもしれないが、けっこうな割合がいわゆる「リフレ」に近づいたのは確かにそうだなと思う。

 ただしここも距離の違いはけっこうあって、単に「反緊縮」に近づいた人もいれば、はっきり「リフレ」に近づいた人もいる。俺も反緊縮については多分同意すべきなんだろうな、と思う。

 なぜこういう動きが起きたかは分からない。単に、時代的に緊縮はもういい、という風潮だったのかもしれない。反緊縮は数字勘定してイメージやすい「ロジカル」なものからという、もっともらしい理由がつけられるのかもしれない。ところが、この「リフレに近づいた側」は、その後決定的にウヨに近づいていくことになる。

 これも理由は分からない。反緊縮には賛同する、という程度の人は、そっちへ動かなかったからだ。アベノミクスなるものがあったからといって、他の論点がいっぱいあるのだからウヨに近づく理由にはならないのである。むしろ経済で結果を継続して出せるように安定させるためにこそ、おかしな動きは徹底的に批判すべき、と思うのだが、なぜかそうならない人というのがいた。ニセ科学批判クラスタの外にもそういう人がやはり「なぜか」いて、新たな集団を作るようになる。リフレ経済的に豊かになることを期待するクラスタ、というよりは「政権応援マスコミを憎み野党のアラ探しをする」クラスタとなる。経済には明るくないのでよくわからないのだが、アベノミクスのような政策はほっとくだけだと企業が潤うだけだと聞く。こういう人が「再分配を求めるべき」「企業給料をあげよ」というような動きをしたという話を寡聞にして聞かない。本当に経済大事だと思っていたのか、いまいちよくわからないところがある。

おわりに

 昔ながらのニセ科学批判は、党派性から距離を置いているつもりの人が多い。これは「左派が多い」という、上で書いた話とも別に矛盾しない。もちろん、ノンポリもいる。俺だって党派がかるのは大嫌いだ。

 それはいいんだけど、そうありたいと思うこととか、自分たちはそうだと思い込むことは、あんまり何かを担保してくれることではない。

 ここ10年くらいのインターネット歴史は、ノンポリ政治的な層、特にウヨに振り回される歴史だった。

 1970年ごろの学生運動だって、多くは本質的にはノンポリだったという話はよく聞く。でも、左翼運動の迷走についての責任を問われないかといえば、そんなことはないだろう。

 俺が思うのは要するにそういうことだ。ニセ科学批判ネトウヨというくくりは、なるほど雑だ。だけど、それを一笑に付せる無邪気さは、ちょっと俺には持てない。

いつ、インターネットへの発信が「当たり前のこと」になった?

インターネット上で不用意な発言をしてしまい、それが炎上し、個人特定され、実生活不利益をもたらしてしまうというケースは、それこそ「SNS」という言葉が広まるずっと前から存在していたように思う。

で、様々な人達が言う。

インターネットに何かを書き込む時は注意しましょう」。

いや待てよ。

違うだろ。

本当はこう言うべきだろ?

インターネットあなた日記帳ではありません」

インターネットあなた好き嫌い愚痴を書く場ではありません」

こうじゃないのか。

これが十分に出来てから、次のステップとして「どうしても何かを発信したいときは、自身特定されないよう慎重に配慮した上で、匿名保証された場に書き込みましょう」へ踏み出せるんじゃないのか。

どうしていきなり、しょっぱなからなんでもかんでもネット上に発信することが前提になっているのか。

一般人による「彼女デートなうに使っていいよ」を真に受けてる人って

ネット不特定多数に公開してることを理解するべき」みたいなこと言うけど

交通機関飲食店の中でも不特定多数に聞かれるとわかってて話してる人のことはどう思ってるんだ?

電車の中で友人同士で質問したり冗談を言いあってるのが聞こえたらいちいち赤の他人のお前が答えたり突っ込んだりするのか?

そんなことされたら気持ち悪がられるに決まってるだろうが

自分がインタネット可視化されたと思うのは

知性の低いのがこんなにいるのかって事より

品性の低いのがこんなにいるのかって事だな

リアルでは到底お目にかかれないような罵詈雑言実名匿名わずあちこちにある

珍鰻族

暴走族珍走団と言い換える動きがネットであったんだから

絶滅危惧種ウナギを食べる人を、珍鰻族と呼べばいい。

語尾に笑つけるネットのクソガキ

死ね

https://anond.hatelabo.jp/20170726170344

横だけど、日本海外だと税制が違うんで、個人名義じゃなくて企業名義で寄付とか慈善活動してるところも多いよ。これ羅列して比べる意味全然ないとおもうし、高須かつや?だけがネットで取りざたされてるのは、正直違和感はあるね。

https://anond.hatelabo.jp/20170726143254

全然からない。俺は雰囲気仕事をしている。

 

てか割りと周りもこんななんだけど

ネット周りって触らないととことん触らなくない?

いや通信バリバリするんだけどね

どんどん隠蔽されていくからもう今ではアプリケーション層すら深い

危機感を覚えるがここ数年何とでもなってる(複数会社で)

不思議感覚

メンヘラと関わってはいけないとずっと言っていても誰も聞いてくれなかったのに

CTO花火一発でこれだけ啓蒙が進むというのに驚いています

やはりネットというのは内容で勝負しても無意味ということなんでしょうね

不倫ばっかりしていた境界性人格障害の女が通ります

https://anond.hatelabo.jp/20170726031924

 この人のお相手や、例のCTOさんの話が我が事のようで痛い。迷惑をかける不倫ばっかりしていたクズ女です。

 不倫する男もだいたい似たようなパターンでした。

若い頃は非モテ

・30代以降になって社会的地位収入が上がって、そこそこモテるようになる

・秒速CTOさんほどではないが、バレたらちょっとした話題になるよね? くらいの社会的地位

女性から相談を受ける「自分が」大好き

・「自分に」優しい

・そして、何より下半身ファースト

避妊したくない

 私は何回も心療内科とか行って治療を受けてたけど、とりあえず境界性人格障害だとは診断されなかった。でも、本やネット情報見るとどう考えても当てはまるとしか思えないし、秒速CTOさんのAさんの自己診断を見ても「私そのものだ」としか思えない。たぶん、ボーダーなんだろうと思う。

 下半身リブンの人たちをコントロールするのに、セックス有効で手っ取り早い手段だと学習してしまった。

そもそも、既婚者と付き合うのって、自分が2番手以下なのが前提なので、満たされない。その満たされなさを解消するのに、相手に言うことを聞かせるのが常になってしまう。

 その相手に言うことを聞かせる手段として、他には「死をちらつかせる」というのが有効だとも学んでしまう。だから自殺未遂騒ぎが多くてまわりに迷惑をかけた。でも、そのとき死にたいと思う気持ちは本当なんだよね…。

 あとは「妊娠たかも」云々の騒ぎも多かったな(この手の人たちは、性欲の制御ができないので、避妊どころか隙あらば中に出そうとする)。

 要求エスカレートする、と不倫男らが感じるのも本当だろう。実際、これらの手段を使って要求を増やして心を満たそうとする→不倫男はその場しのぎで対応する、の繰り返しだから

 ありふれた、そして不幸な組み合わせなんだろう。

 私は、今のパートナーとは上手くいっていて、ようやく落ち着いた。下半身支配されていなくて、相手を「人」として扱う。その場しのぎの私の要求をのむことが優しさとは勘違いしていなくて、私と正面から向き合ってくれる。最初は彼相手でも「死ぬ死ぬ」と騒いでいた私だったけど、そのうち誤った行動パターン修正されていき、今はメンヘラっぷりはなりを潜めている。

 でも、いつメンヘラが発動するかわからいから気をつけてはいる。

 男性は誰でもCTOさんのようではないし、人間扱いしてくれる男性もいる。Aさんもそういう人と出会ますように。

 そして、不倫は誰も幸せにしない。心から反省しています

一般人不倫を叩く歪んだ正義感の陰キャ

ネットというかはてなに巣食う人らは一般人不倫に興味津々らしい。そしてリベンジポルノされた被害者を叩き続けてる

これって普通な

地雷女にひかかったのかよ笑」

と笑い話になるはず。ネットだと妬み僻み歪んだ正義感からそうはいかないらしい。

会ったこともない男を叩き、会ったこともない風俗女に同情()する。これほど滑稽なことはないだろ

男女逆ならどうだったんだろな

実際不倫なんて見たことな

ネット世界ではごくありふれた出来事みたいに感じられるけど、実際既婚者のうちどれくらいの人が不倫してるんだろう?

自分の周囲ではそんなの見たことも聞いたこともないんだけど、発覚してないだけで水面下でみんなバンバンやってるのかな

CTOであることと不倫をすること

あるIT企業CTOをしています。旧帝出身、既婚、W不倫中。

良く彼女に、こう言われる。

「好きだけど、こういうの良くない。もう、やめよう」

「君の人生は君のものもっと強くなって」

しかに、不倫は良くないことかもしれない。

不倫は良くないという社会規範によって、

安定した結婚制度を維持しているわけだから

そういう意味で、不倫話題になったときネット上で、批判で湧き上がるコメントは、

結婚制度舞台装置と言えると思う。

だけど、そもそも人は社会規範とか社会制度を何のために尊重しているのか。

それは、「自分がより良く生きるため」ではないのか。

より良く生きるために、社会規範尊重しているのであれば、

その規範尊重することが、より良く生きることと大きく反する時、

規範尊重の水準を緩めることも必要になる。

それは、その人自身が、リスクを負って行うことであって、

他人がとやかく言えるようなことではない。

ネットだと、「どんなに配偶者との関係がうまく行っていなくても、まともな人間なら不倫をしない」

こんな言葉が当たり前のように投げかけられる。

だけど、どうすればそんなことを「本人」以外の誰かが語ることができるのか。

スラム街で生きるために盗みを働く子供を、

金持ち批判することにあまり意味がないように、

不倫という状況に投げ込まれたことのない第三者が、

不倫批判することにはあまり意味がないのではないかと思う。

別に不倫をするべきとは思わないし、良いこととも思わない。

でも、それは、その人の人生におけるその人の決断であって、

そこには、すでに社会規範問題は、包摂されている。

包摂された上での決断に対して、

第三者が言えることはほとんどない。

ところが、自分主体となって考える習慣のない、

世間に流されてものごとを考えるような人間は、

こうした「社会規範」と「自分人生」の関係が分かっていない。

社会規範自分の行動規範」であって、

時にはそこにズレがあることが分からない。

たとえば、「学校を休んではいけない」

会社で働かなければいけない」という規範から逃れられなくて自殺する人。

問題全体の規範性ということにでは不倫と違う

生命危険がある状況で学校に行かないことは社会的肯定される)

という人が多いと思うけれど、

「周りに与えられた規範自分の行動規範」という点ではすごく似ていると思う。

要するに、いじめ学校に行こうか悩んでいる子供に、

「君には、学校に行かない権利がある」「死んでまで学校に行く義務はない」

という社会規範同士の対立観点説明することもできるし、社会的にはこう思われがち。

だけど、そうじゃなくて、そういう人たちに必要なのは

「君の人生は君のもの学校に行かないといけない規範にしたがうもしたがわないも、決めるのは君だ」という話じゃないかと思う。

それは、「自由」になるということ。

さて、こういう発想は、CTOという職業とすごく合っていると思っている。

今どき、IT企業CTOをしているような人間であれば、

仕事はいくらでもある。

数年で転職するのが前提だから

自分価値利益を高めるために、仕事を選ぶし、

会社価値利益を高めるために、仕事をする習慣がついている。

社長CEOは多くの技術判断について理解できないので、

リスクを負って、経営重要判断をすることになるし、

その結果については、自分評価という形で受け取ることにも慣れている。

そういう意味で、CTOは、仕事選択の上でも、仕事の上でも自由だし、

自分決断自分が行う」という意識が強い。

から不倫をする可能性が高いとか、不倫をしても良いということはないだろうけど、

不倫をした方が自分人生プラスになると思われる状況が合った時、

他の人と違う判断をすることも多いのかもしれないと思っている。

自分人生は他の誰かのものではない。

自分のことは自分で決める。

当たり前のようだけれど、

そう考えて、行動するためには痛みを伴うし、それに耐える強さも必要だ。

そして、その痛みが分かれば、他人不倫をいちいち攻撃したりしない。

でも、そうじゃない大多数の人間は、ネット他人不倫攻撃していれば良い。

それは、社会家畜という意味での「社畜」だと思う。

悪魔の証明だ」≒「純粋数学しか証拠として認めない」

 ネット上の俗語として”悪魔の証明”とか言ってる人たちは証拠の線引きについて自覚あんのかな。法律哲学も初歩すらやってなさそう。

ネットで真実

テレビも偏っているかもしれないし、そうだと思うけど。ただ、一応、見ている人も多いし、批判も受けるので、どっかで収束する所には収束すると思う。原発事故後に「マスコミ報道政府東電プロパガンダで偏っている!」って言っていた人たちの一部が、ネットの中の地の果てに分け入っていって、彼岸の国に旅立ってしまったので、まぁ、バランス感覚は持った方がいい。

https://anond.hatelabo.jp/20170726082057

ネットでもマスコミでも、不倫ネタが出てくるときは「誰」が「どのタイミング」で「どういう目的」でバズらせるかがポイントだと思う。

事故災害と違って、いつ流してもいい記事からね。

はてなーの主要層である中年男女を、今この時期に不倫ネタで席巻することで利益を得る人がいるんじゃないか

何か隠れてしまったニュースはないかとか、別の誰かに対する脅しじゃないかとか考えちゃう

それこそ、はてな社にお灸を据えたいと思ってる者の策略かもしれない。

「日・独防衛装備品技術移転協定」って名前見るとすごそうだけど

具体的に何か期待できるのだろうか。

外務省の公開資料見てもイメージがわかない。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/c_see/de/page22_002828.html

ネットに関連するニュースがないかググっても5月中の進捗状況を日経新聞が、調印を1週間前に朝日新聞が報じただけしか引っかかってこない。

あんまり大したことはしないのかな。

調印から1週間経って外国メディア経由でようやく知った。

ゴキブリはどこに行ってもゴキブリしかない

これは一個人愚痴しかないのですが、誰かに言えそうでもなく、それでも何処かにぼやきたくなった為ここに書かせていただきます

私は所謂世間で言う腐女子です。私自身の気持ち的に、元腐女子と言った方がいいかもしれません。

元々私自身が腐女子となったキッカケは高校部活の先輩のススメでした。

共通して好きだった作品を通して会話をしていて、誰が好きなの?と聞かれた時にこの人が好きです、と答えたところ腐向け作品を教えてもらったのです。

前々からBL存在は知っていましたが、さして興味も無く、手を出す機会もなかったので先輩のオススメを読んだのが二次創作BLに触れたキッカケでした。

読んだその時の感想としては絵も上手だし、好きなキャラが描かれている訳ですから単純な私は「ああ、これ凄く可愛いなぁ」と私は率直に思いました。

ただ今よく考えれば私の他人の顔色を窺ってばかりな性格も災いしてか、先輩が良いと言ったものから!と右にならえで賛同しただけだったのかもしれません。

それでもその先輩に「この前教えてもらったの、凄く良かったです」と感想を伝えた過去の私がいましたので、そこから腐女子としての生活が始まりました。

腐女子としての生活といっても何ら特別な事はありませんが、イベントに行く・参加する、漫画を買い漁る、ネット二次創作を見る、ツイッター交流する、などが主でした。

今振りかえっても、悪い思い出ではないです。寧ろ掛け替えのない思い出だと思います。楽しかったですし、とてもとても充実していました。

ツイッターで出来た特に交流が深い所謂価値観が近いフォロワーと、この作品面白いよ!と言い合ったり

この作品だったら「○○×△△」だよね、そうだよね!だなんて会話をして盛り上がったりというのはしょっちゅうの事でした。

ただ人間何が起こるか分からないもので、私はとある理由から一時ネットから退いたのです。

己の薄情さを自分自身ひしひしと感じましたが、それまでの関わり合いというのは一切シャットアウトしてただ一人殻に閉じこもるみたいな生活になってしまいました。

そんな生活に陥ってしまう程に自分としては精神的にもまいっていて、塞ぎ込んでいた所、とある作品出会いました。

こんな風に書けば大袈裟かもしれませんが、この作品のおかげでかつての「楽しい!」という気持ちも芽生えたし、新しいCDやグッズが出るから買いに行かないと!と当初は避けていた外出も行えるようになりました。

私としては純粋にこの作品がとても好きで、楽しくて、素敵だと思ったのです。ただ一人、その作品を見て読んで聴いて楽しんでいました。

そんな生活を続けていると気持ちも徐々に復活してきて、割愛しますが色々な機会もあったので、私はまたPixivであったり、ツイッターだったりそう言ったSNSサイトを閲覧したり、私自身も再び参加する様になりました。

ただとある日、その作品二次BL作品を見かけた時に私は今まで感じた事のない「嫌悪感」の様な物を感じたんです。

原作は勿論BLジャンルではないので○○と△△は付き合っていません。

友情関係の結びつきで○○は△△に「好き」とは言ったけどそれは別に恋愛感情ではなく、ブロマンスとして最高の感動シーンなはず。

それでも○○の△△に対しての感情を「恋愛感情」として置き換えた、そんな二次創作でした。

その事に対して私は嫌悪感を抱いたんだなと思いました。大好きな作品、その登場人物を歪められたと思ったんです。

そこまで思ってハッとしたのですが『私が今までやってきた事ってこれと同じじゃないか』と思いました。

私がとある作品大事なように、誰かにとってもそうである作品を今まで私は歪めて捉えてきたんだ。

それは原作者にも熱心なファンにも凄く失礼な事だったな、と本当に今更ながらに考えました。

考えれば当たり前の事なのだと思います。なんと自分は身勝手なんだろうと思いました。

今も昔も自分の楽しさ、自分の考えを押し通すように生きている、そう思いました。

ただ世の中に「腐媚び」という概念がある様に、そう明言されずとも明らかにそれを狙い澄ましたような演出があるのも確かだとは思いますが、それでも純粋作品を愛している人にとってはどうでしょうか。失礼に値するのではと思う訳です。

それでも一人一人に嗜好という物があるのですから二次BLを好んでしまう人が大勢いるのも仕方がないことです。

ですが今、ツイッターを覗いてみると「BL二次創作は当たり前」だと隠れず、何も見えないようにアカウントを非公開にもせず大多数からの閲覧が出来る状態で堂々と呟いている人が多いのが目に見て明らかです。

作品公式アカウントリプライカップリング名をツイートしてみたり、○○×△△は公式からツイートしてみたり。

自分の嗜好と合わなければ「地雷」だという言葉を使って他者殺傷物呼ばわりして跳ねのけてみたり、逆カプ(自分が好きなカップリング〔○○×△△〕とは逆の組合せ〔△△×○○〕)は潰れろと、自分過激派から~と前置きしていってみたり。

自分想像とそぐわない事が起これば「解釈違い」だと言ってみたり、ましてや公式に対して気に入らない事があれば「公式解釈違い」と騒ぎ立てる事も見かけた事があります

ましてやあるキャラ過去を知っているキャラが現れただけで「元カレ」だとお祭りの様に騒ぎたてたりするのは、個人的に「取り敢えずBLにしとけばいいや!」くらい、ちょっと軽率すぎなんじゃないだろうかとも思います

自分解釈を、自分の嗜好を何だと思っているのでしょうか。あなた公式なのですか。過激派から何言ってもいいですか?テロリストと一緒でしょう。と思うと、不信感ばかりが募ります

フォロワー数が多い人の発言鵜呑みして少数派の意見を摘み取っていくのも、つぶすのも、その発言がさも公式だと振舞う様にも首を傾げざるを得ませんでした。

ここまで来て、自分腐女子であった事に対して罪悪感を抱くようになりました。

マナーがいい方も、優しい方もいます。ちゃんとルールを守ってひっそりと楽しんでいる方もいます

それは当然の事でした。ただ自分自身、そんな勝手気持ちがムクムクと大きくなったのです。

誰に関係ある事でもないので、私はそっと「見たくない人は見なければいい(この意見も極端だと思いますが)」という意見の元、またツイッターPixiv等をパッタリ退会しました。

そんな中でも自分自身の汚い所で「私と同じ気持ち人間がいるんじゃないのか」と探してみたい気持ちになって、辿り着いたのがBLが嫌いな人達が書き込む掲示板でした。

そこの掲示板にもなかなか過激な事が書かれてありましたが概ね同意するような内容ばかりで頷く事も多かったのですが、書き込むルールという所に「元腐女子もここでは厳禁」と書かれてありました。

あぁここにいる人達からしてみれば、私も何ら嫌悪する対象と変わりがないんだなぁ、と思うと、そのページを閉じるしかする事がありませんでした。

それに私としては見る、見ないはさておき一次BL存在自体、何もおかしいとは思わないのです。

前にツイッターで「大豆は一度腐って納豆になったら、もう二度と大豆には戻れない」と書かれてありましたが、自分はそうでないつもりでも他者からしてみたら全くもってそうなんだと思いました。

腐女子俗称で「ゴキ腐リ」とありますが、やっぱりゴキブリはどこに現れようがゴキブリのままで、納豆納豆のままなんだと思いざるを得ません。

これが今まで通ってきた業だと思い、受け止めようと思ったのですが勝手ながら寂しいのも事実でした。

結果ここに甘えて、このような書き込みをしてしまう事を許していただければ幸いです。

随分と長々、自分勝手な事ばかり書きならべて申し訳ありませんでした。

N & A の不倫について

Nが一方的に叩かれていることに疑問を持っている。

まずはじめに、Aは「経験豊富アラサー風俗嬢」だからね。

Aの書いたブログを読む限り彼女学生勘違いしてしまうが、Nのブログから20後半〜30前半であることが窺い知れる。

となればガラッと印象は変わる。

ブログにはNのほうから声をかけてきた、と書いてあるがNに対して風俗個人営業している時点でこの言葉は全く信用できない。

頭の良い経験豊富風俗嬢であれば声をかけさせる雰囲気を作るのは簡単からだ。

個人的には、婚期を逃すまいと焦っている経験豊富風俗嬢Aに、

女性経験の少ないオタクエンジニアであるNがはめられたという印象を受けた。

Nが妊娠させた、というよりは妊娠させるよう性的興奮により誘導されたと考えられる。

そして妊娠中絶の事後報告である。これがAにとってNの良心をいたぶる最大の武器となる。

ネット世界で有名なNにとってLineの内容や性癖妊娠中絶という事実さらには性行為動画などを晒されるのは最大級の恐怖であることは想像に難くない。

Aはそれらを手にとって不倫という立場であるにも拘らず、妊娠を迫り、脅し続けた。

Nが阿呆なのは間違いない。

だがどちらが捕食者か、というとAであると思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170726093756

大勢いるだろうけどネットにいるやたら攻撃的な女の大半は

PMSの症状でそうなってるんだろうから該当しないでしょうね

サイゼリヤもそうだけど、すしざんまいも、ネットでのポジティブイメージ比較すると、決して美味しくはない。むしろ個人的には積極的に口に合わない。

すしざんまいは、社長が有名なだけかもしれないけどさ。

食品廃棄コンビニオーナーです。

https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20170725-00073548/「こんなに捨てています・・」コンビニオーナーたちの苦悩

こんにちわ。しがないコンビニオーナーです。上記の記事を読ませて頂きました。

食品廃棄や棚不足(万引きなど)から本部利益をとるというのは、どう正当化しようとしてもおかしいと思います

 

 なぜ契約したのかと問われますが、彼らは契約の際、コンビニ会計について

説明しません。後から、聞いてもそんなのは知りませんと本部社員は一様にとぼけます

しろわざと間違った説明をしてきます

彼らはコンビニオーナーにたいして、人間として誠意を持って接する気などないのです。

 

 このようなコンビニ会計がまかり通っている国自体が私は情けないし、恥ずかしいです。

マスコミ重要販路ですから、百も承知で黙っています

食品廃棄問題報道されるたびに、またコンビニのことには触れないのかと

ガッカリしております

また、公正取引委員会も力が弱く、相手にはしてくれません。政治の力も当然あると思います

本部に逆らい、食品廃棄を減らしたら、契約更新させてくれません。

 私達も不必要食品廃棄を出したくありませんが、契約更新してもらうためには食品廃棄を本部

望むように出さざるお得ません。

彼らの力は絶大で、加盟店は基本的にはYesしかないのです。

 

 廃棄一部負担を各社しているようですが、様々な条件があったり、元々は加盟店の取り分であったりします。

 そんな恩着せがましい事をせず、コンビニ会計是正してくれた方がよっぽど、世の中のためです。

 コンビニの時給が低いのは、本部が取りすぎているためです。

その上、食品廃棄や棚不足(万引きなど)に本部チャージ(取り分)を乗せているのですから

悪魔という他ありません。

 コンビニ本部は自らこの旨味を捨てることは決して出来ません。

彼らはこのシステムを駆使して繁栄してきたのですから

 

 ただ、時代は変わってきているようにも思えます

ネットスマホは私のような脆弱人間の声を皆様方に届けることが可能なのかもしれません。

 私はコンビニ本部コンビニ会計是正し、大企業としてあるべき姿になって欲しいだけなのです。

ただ、私一人が声を上げたところで相手にされません。

彼らの暴走を止めることが出来るのは、世の中の、皆様方の善意しかないのだと確信しております

https://anond.hatelabo.jp/20170724145323

はてな使う程度にはネットに馴染んでる既婚30代でPMS知らないとは

色々ぼんやりしてそうな増田

嫁もさぞイライラするだろう

例のあの人の言動打線組んだ

1番(右)五反田デリヘル嬢に本番強要した挙句不倫関係突入する。
2番(二)自分技術顧問を務める会社悪口を言う。
3番(一)年収2500万円、はてなの株で少なくとも1億円以上の資産があるにも関わらず、ブラックリスト入りしている嫁が浪費家のせいで金がない。そのせいで慰謝料が払えず離婚ができない。
4番(指)不倫相手無修正ハメ撮り動画ネットに公開される。
5番(左)あんブログを公開されたにも関わらず、その5日後には不倫相手に会ってセックスする。
6番(中)不倫相手LINEだけ通知オフ(仲がこじれる前)。
7番(三)手作りチョコをもらっておきながら「既製品の方が美味しい」。
8番(捕)不倫相手を雨の中40分間も放置した挙句逆ギレメニューを放り投げて「腹減ってんだろ、好きに頼めよ。俺は食欲ない」。
9番(遊)エレベーターキスしたり不倫相手パンツに手を入れたりする。雑居ビル階段の途中で手マンする。ビル階段の陰になったところでフェラさせる。
投手無免許運転箱根温泉までドライブしてセックスする。
投手不倫相手に「妊娠したら責任取る」と言って中出しておきながら妊娠したら中絶させる。しか中絶費用を払わないどころか謝罪もしない。さらに「4月になったらもう一度子供を作ろう」と言って、後に反故にする。
中継ぎ秒速アウトプット早漏)過ぎて外出しできてない。不倫相手曰く「みこすり半という表現がまさに正しい」。それを棚に上げて「俺外に出したと思う」と無茶な言い逃れをする。
抑え助けを求めて叫ぶ不倫相手アスファルトの上を引きずって交番に放り込む。
代打「別れる時は1,000万払う」と言っておきながら当然のごとく反故にする。
代走謝罪文(らしきもの)における「・・・性交渉もつことをやめ、A さんと会う際はお茶食事のみに留めるようにしました」からの「しばらくして、再び A さんと性交渉に及ぶ機会になった際・・・」という破綻した文章
監督おまんこに、じゅぽじゅぽちんちん、こすりたい」(俳句

はてな炎上した人間の中でも歴代トップクラスのアレだと思う。

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