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2018-10-19

若手声優がbone sexy yesterdayの動画見て感想を述べたやつ

さっそくトゥギャッター表現の自由十字軍いつメン尻尾切りしててワロタ

連中曰く

「売れてないかコイツ声優じゃない!=俺たちの仲間じゃない!」

だとよ

  

普段アマチュアエロ同人作家すら漫画家認定して

賃上げ権利を主張する癖に

フェミニズムが絡む時だけはずいぶん都合がよろしいようで

社内で最近カープファンになった人が「丸はカープ一筋だから」「金ではない」とか言ってて笑える。

野球知らない人もいるかもしれないか説明すると

丸って珍しい苗字の良い選手FA権という他社と契約できる権利を取って

巨人ソフトバンクといったお金持ち球団地元ロッテが名乗りをあげてるのね。

もちろん丸の権利から丸が決めれば良いと思うんだけど、ファンが色々言ってるわけですわ。

でもお前もさ、仮にマイクロソフトアップルから増田さん、年収1億で来てください」って言われたら行くだろ?と俺は言いたい。

そんなこと絶対ないけどさ。それだけの選手なんだからありがとうって言って送り出せよ。

共感関係ねえだろ

まじめにせこせこ生きてバカをみたくねえだけだっつの

そもそも、一個人の俺がどんだけ叫ぼうと、権利権利だし義務義務だし罰は罰だ

権利享受を受けたきゃ勝手に受けろよ

ジジイだろうがガキだろうが

権利義務も罰もないカオス場所に住んでるなら、たしかに同情はするけど、これに関して偉そうにブコメしてわかったようなセリフ履いてる連中も俺も何もできないしそういう意味じゃ同罪だ

連載の全部を読んでるわけじゃないか的外れかもしれないけど、

これをすると誰かに悪く思われるかもしれない、という感覚がない状態の人までいちいち救済してたらむしろこの世界は悪意や憎悪で満ちる気がするんだが?

あの記事はなにを糾弾したいんだ?この国では罰も権利も法によってもたらされるじゃん

死刑囚だって法に則った手段で殺されもするし法に依って権利を与えられ死ぬ前に一服できたりするんだろ

これじゃ不服?

国外の整備されてない話だっつうならネットでくだまくついでにNPO募金募集かなんかのURLでもはっといてくれよ

そんで共感じゃ役不足って結論にはしないでくれよ

法によってしか人は人を裁けも守れもしないって話にしてくれよ

人類がみんなマザーテレサみたいな境地にたどりつくまでは、むしろ共感が唯一の救済措置突破口だとしか俺は思えないんだけどなあ

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

口蓋裂のこと

落合氏が息子の口蓋裂を公表したこと話題になっている。

落合氏は高名なコンピューター技術者メディア露出も多いことから、同様の状況の親たちへの励みになればと写真を公開することにしたらしい。

これについて、まあ当然というべきか、外野いちゃもんをつけているというのが現状ですな。

曰く、子供写真当人に断りなく世界中に発信するのはいかがなものか、しかも先天性の奇形晒すはいかがなもんかと、まあそんなところでしょう。

この手のいちゃもんがつくのは自然現象に近くて、梅雨に雨の日が少ないと夏に水不足になる、みたいなもんで

あるいはおいしいブドウを皿に盛っておくといつの間にか小虫がたかる、みたいなもんで、まあ話題のあるところには当然生じるし、ある程度避けられないと思う。

かくいう私もその虫の1匹に過ぎないんですが、まあ聞いてくだされ。

今回のはよくなかったね。

何がよくなかったって、写真公開するのは息子が成人したあとでもよかったはずなのに、勇み足でわざわざ公表したことについて、よくなかったと思う次第。

だってこの後ご子息が真っ当に成長する保証はどこにもない。今時お医者さんに行けば口蓋裂なんてなかったみたいにきれいに治してくれるけど、まだ治療完了してもいないうちから公開する必要はなかった。治療が終わって、きれいにしてもらって、健やかに大きくなって、それからご子息本人にこれこれこういう理由赤ちゃんの頃の写真を公開したいいんだがいいかな?って確認を取ってからでも遅くなかったはずだ。

そうしなかったってのはやっぱり、自身のために公表たかったんだって思っちゃいますよ。なんだか知らんけど。

あるいは競合する第三者に手柄を取られる前に自分権利を主張しておくという習慣なのかもしれないけれど、とりあえず現時点で公開して得する人はほとんどいないだろう。

しかもそのことを氏がわかってないはずがないんだよね。めちゃめちゃ優秀な方だからね。

 

かくいう私の姉も口蓋裂で生まれてきた。母は東奔西走してお医者を見つけてきて、姉を治してもらった。今から50年以上前のことだ。奇形に対する偏見も相当なものだったろうにすごいことだ。

甲斐あって姉は今も元気にしているし、完全に健常人だ。見た目にもほぼまともで、口蓋裂でしたと言われなければわからないだろう。

だが母は死ぬ間際に姉について「満足に産んでやれなかった」と悔いていた。そんな風に思ってるなんて、私はずっと知らなかった。

今時口蓋裂はきれいに治してもらえる。それでもなかったことにはならない。

私は結婚していないけれども、それは自分意思結婚しないことにしたのだけれども、母は私のこともきょうだい奇形児がいるか結婚できなかったんじゃないか責任感じていたと思う。

落合氏のご子息はどうだろうか。後からまれてくる彼のきょうだいはどうだろうか。彼の母親はつらくないだろうか。今後死ぬまでつらくならないだろうか。公表しなければよかったって後から思ったりしないだろうか。

落合氏のやってることは美しいけれども、我々のような人間のためにやってくれているのだけれども、ありがたいと思うのだけれども、心の底から感謝はするのだけれども。

それでも、のんきにテレビ見てる私の父を見るにつけ、落合氏がなんか憎たらしいと思ってしまいました。

anond:20181019031000

識別方法簡単

投票を記名にして自民党以外の政党に入れた国民の敵をピックアップすればいい

後は憲法改正して安楽死権利を作るだけだ

2018-10-18

anond:20181018144248

わかってない人多いし元増田も知らないのかもしれないけどこれって実際にあったからね

まず、月の土地権利を主張した人がいて、実はそれは米国法律に基づいて認められた行為だったのよ

アメリカって開拓して広げていったから、開拓した土地宣言した人のもの、みたいな法律が確かあったはず

で、月の土地なんか持っててもしょうがないだろう、と思ってたら仮想通貨みたいな感じで価値結構ついたりしたんだよね

それにインスパイアされて太陽権利主張した人がいたのよ

太陽は私のものから太陽を使っている世界中の人から使用料徴収するぞ、ってね

で、それに対して

「じゃぁ太陽引き起こし災害の原因はお前なんだから損害賠償してくれるんだよね?」

って反論されて権利主張した人は黙ってしまったっていうオチ

女性とのセックスは〜」の追記

女性とのセックス男性の個を承認するものじゃない」

https://anond.hatelabo.jp/20181016023133

ちゃんとした追記を入れたかったんだけど、字数が足りなかったので新規エントリを作ったよ。何度も同じ話題で話してごめんやで。

【ここから追記

ネットスラングが多いと伝わらない部分があるようだから、それらを使わずに書くね。出来れば目を通してほしい。

あの記事からここへ至るまで、私は

警鐘を鳴らしたい」だとか、

セックスについて啓蒙したい」だとか、

そういった論旨の言葉一言も言っていない。

個人的な恨みや怒り、それらに対する認識、同じ被害を減らしたい気持ち以外には何も書いてない。

フェミニズムミソジニーミサンドリーなどの思想に依る議論でさえない。

単語の大きさと言葉の強さで不要な誤解と物議を生んだけど、私の怒りは

自分尊厳意思無視され、傷付けられた事実

にある。そして、それを綴っただけ。

とても些細なトラブルから助けてもらった恩があるとは言え

・知り合ったばかりの男性が、

・私という一個人を「女」という括りの大多数としてその意思無視し、

・「年上の男性」かつ「女性を助けたヒーローである自分」の下位だと認識して、

・その認識を覆す行為に出た私に対して理不尽侮辱と謂われのない罵詈雑言をぶつけてきた、

ということへの個人的な怒りと愚痴しかないの。私が当事者として抱いた気持ちを書いただけのエントリから

おそらくその辺に目がいっていない人がとても多い。まあこれは私の言葉の使い方のせいだね。ごめん。怒りの強さに理性が負けていた。

トラブルの度合いもここに記していないのに、なぜ菓子折では足りないだとか、酒くらい奢ってしかるべきだとか、そういう話になるのかも正直よくわからない。

相手菓子折を受け取ったし、その時は「大変だったな」的な事も言ってくれた。

金銭で無いことを詫びた時、「その代わりと思ってお酒に付き合ってほしい」というような事を言われ、私の誠意がそれに応えるべきだと決めた。

この時点で、私はそのトラブルに関わる恩に足り得る返礼を行ったつもりでいた。相手にとってそれが足りていたかは知らない。語られなかったから。

報酬としてのセックス最初から求められていたなら、それはそれで断ったと思う。

相手

「そんなに急いで帰らなくてもいいだろ」

ホテル行こうよ」

「俺うまいよ」

「色々教えてあげるからさ」

と言った。私は、それが報酬として性的行為を求める言葉だとは思わなかった。

コミュニケーションの末にホテルへ誘われる事が普通にあっても、それに応えるか否かは誘われた側の気持ち次第でしかない。

何度でも言う。

応えるか否かは、誘われた側次第でしかない。

そして誘った側がそれを断られたとしても、断られた事に激昂して相手侮辱していい理由にはならない。

子供のころに「あーそーぼ」って友達から誘われて、「ごめん、今日用事があるから一緒に遊べない」って言われた時、ひどい言葉で罵って絶交するような事はある?そうした場合一般にはどっちが悪いと言われて叱られるの?

応じられない事を謝って、理由も述べている。何が違うのかな。似たようなものではないのかな。

社会通念上の上下関係をここに持ち込んだとしても、上司が部下に「セックスしたい」と迫ったとき恋愛的な信頼関係合意がなければ、立派なセクハラだよね。訴えられたりするし、ニュースで何度も問題になってるよね。

私は性的接触が得意ではないと伝え、謝りつつも断った。これは普通、誰にでもある権利じゃないの?

セックスに応じるよう契約をしたわけでもないし、その義務もないと思うんだけど。違うのかな。

私は自分の事をデブスだと言ったけれど、それで私の尊厳が安くなっていると言った覚えはないよ。

そして、「性」を軽んじているのでもなく、まして「男の性欲」を蔑んでいるのでもない。

その証拠に、「これだから男は」という言葉は使ってない。出来ればこれら一連のエントリ話題にする人にも、「これだから○○は」という言葉は使わないでほしい。そればかりは私の意に反する。

私は、私個人意思尊厳を、「年下の女」や「恩を売った相手」などのレッテルを貼る事で矮小化されたり、無視されたりしたくないだけなんだよ。

から私はその気配を感じて先手を打つべく録音したし、相手言動懺悔に対してとても怒った。一個人である私を前に、自分の都合と立場と性欲を振りかざした事すべてに怒った。

私は今のところ、この音源流出させるような機会に出会っていないし、これで相手から金銭をゆすったりもしてない。今後もその機会は来ないでほしいし、ゆするような真似は絶対にしないよ。録音は、報復ではなく、警告と抑止のため、加害者個人に聞かせたに過ぎない。

これらを「卑怯」だとか、「恩を仇で返した」って言われたら、もう続けるだけの言葉はないし、そう考える男性が少なから存在している現実にこそ悲観を覚えるなあ。

これらは全部、私が自分尊厳を守るために対抗した事と、そこに関わる一連の怒りと愚痴しかない。

誰かを傷つけるためではなく、

性の対立関係へ燃料のような議題を差し込むためでもなく、

私の気持ちをぶちまけただけのエントリたち。

ただそれだけでしかない事、改めて考えてほしい。

大きな主語話題を散漫にさせたり、乱暴言葉をたくさん使ったばっかりに色んな対立を煽ってしまったり、議論を紛糾させてしまった事は私の落ち度だと思う。これは本当にごめんね。

私は誠実な男性も知っているし、全てがこんな人たちだとは思っていない。同じように、女性にもそう思う。

でも、こうして主題エントリを叩いて、火を付けて、全くの想像しかない見解から批判中傷を広げる男性がこれだけいる事も、そのまま事実として認識するよ。

同情してくれたり、色々な慰めや励ましの言葉をかけてくれた増田たち、本当にありがとう

私はこうして怒っていていいんだってわかって嬉しかった。

この追記以降、私は一連のエントリに書き込むことはしないでおくね。これらのエントリへ書き込んだ増田たちにトラバした事もないし、これからもする事はないので、そのつもりでいてほしい。

とても長い愚痴に付き合ってくれてありがとう。今度は面白いエントリで会おうね。

最後に。

うんこ漏らしたパンツリカバリできなかったので捨てました。泣いた。

anond:20181017114836

あつい千早ミンゴス語りどうも。

例えるなら賛否両論のゼノグラじゃなくて、あの一発ネタとしてはとても面白かった無尽合体キサラギがなぜか蛇足で1クールアニメになって毎週毎週千早貧乳ネタをいじられるとなったくらいの極端な例を想像して欲しい。アイマスはあらゆる改変に許容範囲広い人も多いだろうが、公式でひたすら(元キャラ千早の魅力のアピールが欠けたまま)貧乳ネタいじりとなると嫌悪感を覚える人も出てくるのではないか

あれはそのレベルのことをやっている。あと歴史上の人物権利者がいないか公式も何もない。誰も歴史上の人物の本当の姿を知らないし、勝手二次創作も既にされ尽くしている。手塚治虫キャラ権利団体から一切放棄されてああいものが作られた、あるいは手塚治虫キャラがどんなキャラだったかもうみんな忘れてしまったのだとしたら叩かれにくいだろう。

anond:20181018172905

普通の恨み」を規定する権利増田にはないって話なんだよ。

陣営Aは自分たちが思う「普通の恨みに基づく普通攻撃」を加えるし、陣営Bは自分たちが思う「普通の恨みに基づく普通攻撃」を加える。

それだけの話しでそれでいいのに、増田のような人間(あるいはフェミニズムの信奉者)が「俺が考える普通は神の定めた正しい普通だがお前の言う普通邪教普通だ」とかいいだすんで戦火が広がってるわけ。つまり増田みたいなのが戦火を広げてるわけね。

anond:20181018164418

本人に責任のない親の罪で殴るのって近代法国家の行いでしたっけ?

現代俺らが近代法国家に生きているのは先祖がそれを獲得したからなわけね。つまり現代俺らが近代法国家に生きている」ってのは先祖遺産なわけよ。増田はその先祖遺産をあたか所与の権利のように振り回しているけれど、所与でも権利でもないのよ。遺産なだけ。そして遺産を受け取った以上、望むと望まざるとにかかわらずその歴史的経緯という連鎖継承せざるを得ないわけ。「近代法国家の行いでしたっけ?」なんて都合よく遺産を利用しておいて、負の側面を拒否しようというのは卑劣行為よ。

増田個人オタクでありもしかしたら弱者男性で、遺産から大きな利益を受け取ってないというのは事実かもしれないけれど、そんなの何の関係もないのよ。「現代人(遺産継承者)だ」というだけでもうすでに「関係者」なのよ。その歴史連鎖否定することも逃げることも誰にもできないっていうだけ。

オタクは「男性ゆえのメリット」も受けてないんだから殴られるのは間違ってる。

反撃するのみ。

そもそも増田という個人メリットを受けてるから叩かれてる」なんて妄想は誰から挿入されたの?

何度も言うように公平性原理から、男女お互いに殴り合えばいいし、それは歴史的経緯があるってだけの話だよ。そして殴り合うときに、戦術的に見て、相手のチームの弱いところを攻撃するのは合理的でしょ? それだけのことになにか正当性とか倫理性をもちこもうとする増田おかしいよ。

表現の自由なんて無限権利じゃないってさんざん言われてるのになん未だに表現の自由の一点押しなのか。

オリンピックボランティアに対する疑問

東京五輪ボランティア最近ずっと(ネット上では)批判を集めていた。(結局かなり集まったようだ)

しかし、何故そこまで批判されているのか未だに私は理解できていない。

報酬がないことに対する批判が多いようだが、そもそもボランティアってそういうものではないのか?

もし東京五輪で、「無報酬強制的に働かされている人」がいるのならば批判は尤もだ。(少なくとも自分はそういう境遇の人も少なからずいると思うし、その人が東京五輪ボランティア批判をするのならば当然の権利だと思う)

また、「世界でも日本においても有数の大きなイベントなのに、その準備にボランティアという責任所在曖昧な人々を雇うのは如何なものか」という批判理解できる。(さすがにボランティア活動の範疇ということで、ボランティアで集まった医師の方々含めそこまで大がかりな仕事は任せられないとは思うが。)

しかし、「元々参加すらするつもりもなく、強制的に参加させられているわけでもないのにボランティア活動に憤っている人」がどうしても理解できないのだ。

ボランティア活動というのは、「報酬がないため、参加を強いることはできないがそれでも良いのなら」という名目募集されているものだ。

そこに強制力はなく、嫌なら参加しなければ良いという自由がある。

再三言っている通り、もし強制的に参加させられている立場の人からしたらたまったものではないと思う。そういった人々のために憤り、批判をするのはまだ分かる。

では、インターネット上で一定数いる「無報酬であるという事実のものが許せない」という人は何故怒っているのか。

嫌ならば参加しなければ良いというただそれだけの問題ではないのか。

どうもインターネット上の、いわゆる炎上の熱気にあてられて「理由は分からないが、ボランティア活動そのもの唾棄すべき悪である」という方向に進んでいないだろうか。

そして中には、「ボランティア活動に参加するのは政府に踊らされている情報弱者」「ブラック企業に働かされているようなもの」とまで言い出す人もいる。

何度もいうが、自由参加ではないのか。

インターネット批判炎上の波に乗せられて、自分が何故怒っているのかきちんと整理できなくなっているのではないか

私はその辺の理由がどうにもわからない。

長くなってしまったが、要するに私は「参加自由の、無報酬ボランティア活動そのもの批判されている」理由が分からない。

何度か考え直してみるつもりだが、納得のいく答えは出るだろうか。

anond:20180919003925

よくわからんけど今時のアカポス界隈ってそんな簡単適当に安定した道を選ぶ権利があるのか……?

そしてそんないつでも安定へ転向できるような卓越した恵まれ方ならまあ常識的選択はしなくなる気もするけど

そしてまたその選択肢が特別に与えられたすごい人って感じには全く思えないような書かれかたなのになあと

anond:20181017114836

なんでもいいから、自分が好きな作品(絵のあるやつね)を一つあげて「これがどういじられても(○○化されても)私は何も思いません」と宣言してみてほしいな。

どんな作品でも、原作に手を入れれば批判するファンが出るのは当たり前で、「著作権者に改変の権利がある」というのは法律上の話だけだよ。

もし「思い入れのある好きな作品など一つもない」というなら、そもそもこういう問題に口を挟む権利がない。

anond:20181018020544

横だけど、

でも、もし多数派から常識から、という意見採用してしまうなら、女性が家庭に居続けるのは常識だったりした訳で、権利闘争としてのフェミニズムはかえって拠り所を失うんじゃないかな。

その理屈で、イスラム圏の女性たちはずっとブルカを被ってるわけだろ?あれになっちゃうだろ。

自分で触れてる多数派専制って批判も当たってないわけじゃないしさ。

ここではそれとは別の理由がいるよ。

anond:20181017174949

キモオタのみなさんが勘違いしてるけど、むしろ黒人音楽を鳴らすなぁ!」「韓流を流すなぁ!」「同性愛を見せるなぁ!」と言われてる側なんだよなぁ。

表現の自由問題で、構造はこれと同じだぁ!というのは視野狭窄がすぎる。

権利メディアコントロール問題と捉えるべき。

anond:20181014094842

許されない集団犯罪であると同時に、警察マスコミ不祥事であると考える。

なおその後は、同規模の犯罪は許していないし、ドイツ治安崩壊してもいない。移民治安悪化の要因となっていることは確かだが、一般フランスイタリアに比べてドイツ治安はよい。


凶悪犯罪は許されず、その防止に行政は手を尽くさなければならないという前提の上で誤解を恐れずいえば、犯罪の防止は必ずしも国家至上命題ではない。もし犯罪防止のためにあらゆる犠牲肯定されるのなら、日本技術力なら国民全員をICタグGPS管理することが可能で、確実な犯人逮捕犯罪抑止に貢献するだろう。もちろん日本国民治安を重視して移民を受け入れない選択をするのは自由であり先住民権利であるが、事件が起きたからといって経済や人道(あるいは世界への自国の貢献のアピール)を重視したドイツ判断安直馬鹿にできるものではない。

anond:20181018002206

理想論かも知れんが自分はそこまでバリバリ出世して働きたいとは個人的には思ってない

女が働けないのが人権侵害だってのは分かる

ただ、女も全員会社第一出世コースに乗りたいわけじゃないように(そのコースに乗る権利がないのが不公平)、今の男の中にもそこまで働きたい奴ばっかりじゃないだろうなって思っただけ

萌えエロじゃないって言い張り続けるって逆効果じゃない?

俺は別に萌え絵をどうしても守りたいみたいな立場じゃないからどうでもいいけど

から見てたらスケベな絵でシコる権利を守りたくて醜い言い訳を続けるオタクしか見えないよ

なんかもっと説得力ある方法考えた方がいいよ

2018-10-17

女性は体を隠すべきか?

女性は全身が性的から男性を誘惑してしまわないよう体全体を隠すべきだよ→ブルカ着用

目意外は全部性的から、目だけなら見せてもいいよ→ニカブ着用

髪は性的から見せちゃだめだけど顔だけなら見せてもいいよ→ヒジャブ着用

くるぶしは性的からが見えちゃだめだけど足先なら出してもいいよ→丈の長いものを着用

ヘソは性的から見えちゃだめだけど肘は見えてもいいよ→半袖着用

腋が見えたり胸の形が分かる服は性的からだめだよ→日本一フェミ的?(キズナアイの服不許可

胸の形が分かってもいいけど乳首が見えたらだめだよ→アメリカ

男性と同様、女性にも公衆乳首を出す権利を認めなさい→ヨーロッパフェミ

性器性的から見せちゃだめだけど、胸は見せてもいいよ→南アメリカ南アフリカ原住民

全員素っ裸でいいよ→一部の原住民ヌーディスト

私の感覚他人が合わせるべきだと全員が主張する中、

ボーダーレス社会における、女性自由露出の線引きはどうなるのだろうか。

最近フェミの主張、あるいは性的なことを特別扱いするべきか問題

タイトルを『フェミニスト』にしようとしたら入り切らなかった

 最近フェミニストの主張でしばしば見るのは『性的コンテンツを見たくない人が見ないで済む権利』や『女の子の体は女の子本人のものであり、従って女の子本人の意思に反して女の子の体を性的な目で見るな』である

だが、アンチフェミではないにせよフェミニストでもない(男女平等には基本的には賛成だが、この手の問題で『総論賛成各論反対』はよくあることだ)私から見ると、そのような主張には無理があるように思えてしまうのだ。

というのは、これらの主張は『認めるには支障のある権利を無理やり押し通そうとしている』か『性的なことを特別扱いしている』かのいずれかであるしか思えないのだ。

 少なくとも、”性的な”を抜きにした『コンテンツを見たくない人が見ないで済む権利』を認めるのは困難だ。

仮にそれを広く認めたら、KKKが『黒人音楽を聞きたくない権利』、在特会が『韓流ドラマを見たくない権利』、杉田水脈の支持者が『同性愛暑かったドラマを見たくない権利』を主張し始めること、そのような主張を認めるべきでないことは明らかである

 同様に、”性的な”を抜きにした『私を観て(※)私の意に反することを考えるな』は無理がある。(※ 単純に視覚的に見るだけでなく、言動などを観察して判断する、という意味であると考え、”観る”の方が相応しいと判断する)

『私の意思無視して私を無能扱いするな』という決定権を安倍晋三枝野幸男小池百合子志位和夫の全員が持つことに賛成する人は誰もいないだろう。

上記の全員を支持していないという人はいるだろうが、全員を一定程度支持しているという人はいないと考える)

 となると、『性的な』コンテンツや『性的な』目で観ることは他と異なり特別な扱いをするべき、というだけの理由必要だと考えるのだが、

果たしてそのように『性的な』ことだけを特別扱いするべき理由存在するのだろうか?

anond:20181017173830

はいつかは消費税を上げなきゃいけないと思ってるけど今じゃないし

まずは社会保障改革や直接税を上げるべきだと思ってる。だから今回の増税には反対。また買い控えになると思うし。

フィクションの例は貸付金のある社長に何かあるかもしれないリスクを考えなかったことが問題だし

国で言えば社会保障改革なりが必要なんじゃないのと思う。場当たり的な対応しても壁にぶち当たるわけで。

何よりみんな税金払ってるんだから反対意見を出す権利はあるんじゃないの?

anond:20181017135129

どんなコメントを持つのも言うのも自由だが、言う場所を間違えたか第三者から文句を言われたんでしょ?

表現の自由批判されない権利ではないってだけの話だと思うけど。

批判への反論は筋が違う。批判されてもおっぱいおっぱい言い続ければいい。それが表現の自由の闘士だと思うが。

anond:20181017123201

自分は好き勝手なことを他人感情関係なく言い続けたいが、他人に同じ権利は認めないの?すごいずうずうしいね。甘ちゃんにもほどがある。オタってみんなこうなの?

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