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はてなキーワード: 日常とは

2020-05-27

anond:20200526210511

ゼロイチでしか考えられない無能典型

今はリスクをどう抑えて、日常を取り戻していくかという探りの時期

anond:20200526214230

サラリーマン然として日常に溶けこんでるけどふとしたきっかけでターゲットを決める殺人鬼キャラセリフみたい

「僕それほど怒られることをしました?あ?」

anond:20200526191623

まぁ多いか少ないかは知らないけどいるよね。大学とき友達にいたわ。

まぁまぁかわいいんだけどそういう性癖聞いてドン引きした思い出。

あんまし仲良くなかった俺にもそういう話ポロポロしてたし、当時はまだ下火だったSNSにのめり込んだら、募集はともかくそういう話はしてたんじゃないかな。

都心で生まれ育った増田たちだと満員電車って日常風景なんだろうけど、ド田舎からお上りさんには都会に暮らしてるって実感になるらしいね

の子にもやっぱイベント感あった場所だったんじゃないかな。

病気だよって言ったら話かけてもシカトされたな。でも病気だと思う。

2020-05-26

最近ソーシャルディスタンスという言葉を信じていない

ソーシャルディスタンスを使う人は信じられない。

まず言葉が古い。

欧米ではだいぶ前からソーシャルディスタンスという言葉は止めてフィジカルディスタンスを使おうぜって言われているのにそれを知らない。

ソーシャルディスタンスを使う人は新しい情報を得ようとしていない人に思える。

次に新しい生活様式として不十分。

「新しい生活様式」という言葉がいいのか「新しい日常」がいいのかは置いておいて、ソーシャルディスタンスという言葉では不十分。

やたらとソーシャルディスタンスという言葉を使う人はそれしか言わない印象がある。

やはり認識が甘い。

というわけで、ソーシャルディスタンスという言葉を使う人の発言スルーしている。

anond:20200525185824

美人業」はなるほどと思った。ルックスレベルじゃなくて、周りをどんな武器で動かそうとするかの分類かな。

むかつくことがあると論理組み立てるより前に「涙が止まらない」とか同情引いて、これから批判してくる相手悪者にする準備してから主張を始めるアカウントが多いの、幼少時から日常的にそうやって周囲をコントロールするコミュニケーションを使ってきて身に沁みついてるんだろうけど、そんな手法通用する世界だけで生きてきたんだろうなあと思うと真面目に主張を聞く気がなくなるしな。

anond:20200526073727

「キツすぎる。うちの子どもがこうでなくてよかった。普通である日常感謝しよう」というのは残酷だが、凡人の本音サイコパスならそもそも他人の家庭の事情に関心など持たない。「ふーん」で終わり。

このまま日常が戻ってきそうで怖い

街に出てみるともう「終わった」ムードが漂っている。

そりゃそうだよね。ずっと我慢していたのに「もういいよ」ってなったんだから

このまま通勤も再開して、通常勤務に戻っていく気配を濃厚に感じている。

いやいやいや。テレワークが定着するまで、もうちょっと待ってくれよ。

このままじゃ「ちょっと長い休暇だった」ぐらいの空気で終わりそうだ。

待ってくれ。マジで以前と変わらない日常が戻ってきそうで怖い。

年の差カップルさんと繋がりたい

ってハッシュタグ地獄だな。10代と40代カップルの胸焼けするような日常が沢山垣間見える。

緊急事態宣言解除されたし元通りだね!

テレワーク終了していつもどおり。

オフィスの間隔開けて座る施策も終了!

もっとも全員出社してるから間隔あけらんないし

マスクもしなくて良くなった!

仕事のあとの飲み会も解禁!

やったー!!いつもの日常だ!

3年以上続けたTwitter放置垢を消そうかなって話

私、絵を描くオタク腐女子アカウント移動してそろそろ一年くらいの放置垢がある。

そのアカウント結構運用当時はフォロワーが多くて、最大で5000フォローくらいいった。ジャンルの勢いもあって、楽しいイベントも沢山で、毎日が楽しかった。描くもの描くもの全部が伸びて、ちっぽけだと思ってた自分に初めて自信が持てた。沢山の下駄を履かせてもらって、普通じゃ話せないような絵の上手いプロオタク、遠くにいる話題が合うオタク交流もできていた。

でも、じわじわと嫌なことも増えてきた。作品の内容を叩かれたり、とくに心当たりもなくフォロワーに避けられたり、ブロック解除をされたりすることが多くなった。仲が良いと思っていた人に匿名悪口を言われ、何を信じて良いのかわからなくなった。

から特に前触れもなく、5000人のフォロワーを捨てた。名残惜しくて、すぐにはアカウントは消せなかった。大好きな作家と、お知らせでついてきてくれたごく少数のフォロワーだけで、この一年間細々とやっていた。

絵だけのアカウントも作った。そこは、フォローは一切せず、日常も喋らない。自分の絵だけを淡々と上げるアカウントだ。1000人くらいはついてきてくれたけど、もう何を描いても、本当にたまにバズったとき以外は、常連さんしか見ていないような、そんなアカウントになった。

今日、久々に気が向いたので、昔のアカウントを覗いてみた。フォロワー数は4700人。もう一年更新してないのに、たった300人しか減ってないことに、驚いた。

あのころ、叩かれて憔悴しきってた私は、アカウント移動したら自分価値ゼロになると思ってた。5000人全員に嫌われて、みんなが指差して笑っていると思ってた。でも、違った。多分本当に私を嫌っていたのなんかごく少数の人間で、その他4700人にとっては、私は嫌いではない。もしくはいてもいなくても何の支障もないどうでもいい人間だったということだ。

フォローは、50人くらい減っていた。フォロワー数の減少に比べると、割合は多い。これは新アカフォローしたあとこちらを外した人数も含むから、仕方ないと思う。でも、今でもこのアカウントフォローしてくれている相互殆ど最初にお知らせしたときについてきてくれた人ばかりだ。そういう人たちに動かないアカウントフォローしてもらってるのもなんだか申し訳ないな、と、しゅんとしてしまった。ついてきてくれた人は、約300人。減った人数とほぼほぼ一緒だ。

ふと、世界の人の心の動きをわかりやすく伝える定説を思い出した。5パーセントの人は、私が何をしていても好いてくれるけど、5パーセントの人は、私が何をしていても嫌う。

残り90パーセントの人たちはそれ以外。私のことなんか、どうでもいいんだ。

何人フォロワーがいても、私のことをどうでもいいと思う人数なんて変わらない。いかに私を好きだと思う人を大切に思うかが重要か、なんとなく思い知らされた瞬間だった。

そういえば最近、絵で仕事を貰えるようになった。5000人フォロワーがいてもみんなに嫌われて評価されないと思ってた私は、今ではちゃんと、世の中に必要とされている。Twitterフォロワー数は二桁だけど、私の絵は、たぶんどこかで沢山の人に見てもらってる。(評価されてるかどうかは、ダイレクトには伝わってこないけど)

来月からは、世界中で大人気のコンテンツに、一スタッフとして加わる。

あれだけ自分目標とする対象評価されずに泣いて泣いて、愚痴を言っても誰にも聞いてもらえずに一人で寂しい想いをしていた私が、日本人じゃなくて、世界相手に、評価される土台に上る。

たぶん、あのころ私を嫌っていた日本人作家は、日本評価されないか世界に行ったのかよwwwって笑うんだろう。

でも、いいんだ。だから私は小さな世界固執するのをやめた。外国語勉強して、読み書きを出来るようにした。どんなに難しいビジネス文章が来ても大丈夫。それはフォロワーの数よりずっと、大きな私の自信になった。

5000人に嫌われてるって泣いてた私、頑張れ。世界は広いよ。今は10億人が相手だ。5000人全員に嫌われても、それ以上の人が私を見てる。だから大丈夫

からもう、このアカウントは消してもいいかな。

そう、思うんだ。

少し話題がずれるけど、最近、たった数十人のアンチによって、心を病んだ女の子自殺してしまったニュースを見た。

の子は、かつての私かもしれない。

自分価値アンチコメント一つで揺るがないと今では知ってるからこそ、悔しい。

からこそ、私は今の想いを言葉にしてみようと思った。ただのいちゃもんに負ける人が一人でも減るように、数の呪いに惑わされないように。

フォロワー数は諸刃の剣だ。自分好意的な人数でもないし、敵対心を向ける人数でもないのに、自分の心のありかた一つで、王様にもなれるし、世界一の嫌われ者にもなれてしまう。

アンチコメントに苛つくのも勿論だけど、私たちが知るべきなのはアンチコメントへの対処法でも、心の守り方でもない。

私を常に評価して、好きになってくれる人を探す。その人のために、誠実に生きる。

本当のネットリテラシーって、そういうことなんだと思う。

数は強さでもなんでもなく、ただの数だ。その向こう側にいる人間を想えるかどうかのほうが、重要だ。

バズることが金になる。権力にもなるし評価にもなる。

こういう時代からこそ、大切なのは数より一つのコメントより、心のありかたなんだよって、どうやったら呪いに囚われて苦しんでる人に伝えることができるのかな。

悔しくて、涙が止まらない。もう、命は絶対に戻ってこない。

アカウントなんか消してもいいんだよ。何人に悪口を言われても、好きに生きてもいいんだよ。

世界にはもっと沢山の人がいて、見に行く努力をするだけで、悪口まみれの狭い世界は、あっという間に過去のものになるんだよ。

死にたい人ほど、虚栄心を捨ててみてほしい。評価を手放して、数から解き放たれてみてほしい。

そんな狭い世界で、自分を値踏みしなくてもいい。

ありのまま自分必要とする人を見つけにいく。

必要努力なんて、いつだってそれだけだ。

私はそう思います

anond:20200526093210

コロナはもう完全におわって、安全宣言にちかいものがでていて、これからみんな日常に戻っていく。なんのひつようがあって、そんなことしんきゃいけないんだ?という商法には気をつけてほしい。

anond:20200524233706

これに「キツすぎる。うちの子どもがこうでなくてよかった。普通である日常感謝しよう」ってコメするやつのサイコパス

[] #85-13「幻の10話」

≪ 前

「まあオレが何も言わなくても、放送局広告代理店にマトモな奴が一人でもいれば、そこでストップはかかっていただろうがな」

「でも今こそ向き合ってみませんか、この“幻の10話”と。頑張って作ったものが日の目をみないなんて、クリエーターには残酷なことでしょう」

父が“幻の10話”をリリースしようと言い出したのは、関わったスタッフたちへの贖罪もあったらしい。

「幻を現実にして、本作に関わったスタッフたちに感謝を……」

その感傷的な語り口調に、場は決定へと傾きつつあった。

「わっはっは! オレはどうやら学級会に迷い込んだらしいな。ヴァリオリは子供向けかもしれんが、作ってるオレたちは大人の筈だぞ?」

しかシューゴさんの露悪的な笑いは、その空気を一瞬で掻き消した。

「作ったものが日の目を見ないことなんて、この世界じゃあ日常茶飯事だ。世に出たとしても、不十分で満足できないことだって珍しくない。それに日の目を見ないことよりも、もっと残酷なことがあるだろう?」

「え……?」

「“反響”だよ。もちろん悪い意味でのな」

この10話をリリースすべきでないことを、シューゴさんは何度も説明した。

浮ついた作風一貫性のないキャラクター

非常に重たくて、手間のかかるデザイン

そうして頑張って作っても視聴者評価してくれず、誰も得しない。

“客にとっては目の前に出された料理が全てで、厨房の裏事情など知ったことではない”のだと。

最近この業界は優しくなったが、打たれ弱いアニメーターも増えた。そのくせ“世間から評価”という残酷さはそのままだ。いや、そういった意見現代の方が可視化されやすいから、むしろ酷くなってるかもしれん」

酷評されること前提で語るのはやめてください。そうならないように作るのだって我々の仕事でしょう」

「ほぅ、“コレ”を俺たちで手直しするのか? するってぇと、最終的な出来は、この資料とは掛け離れるだろうな。原形ないものを世に出して、それで関わったスタッフたちへの感謝になるとは思えんがな」

主張は乱暴でありつつも、現場最前線に立つシューゴさんには説得力があった。

上役を幾度となく説得してきた父のエモーショナルな語りも、彼の前では形無しだ。

「今さら寝た子を起こして結果が散々だったら、それは“感謝”という名の“公開処刑”になるんだぞ」

シューゴさんの言葉を聞きながら、新旧スタッフは“幻の10話”の資料を読み返した。

そして、これを基に自分たち制作する姿をイメージをする。

彼らはたまらず身震いをした。

その生理現象は、何よりの結論だった。

「奴らの努力無駄にしたくないってんなら、それこそ“無駄のままにしてやる”のが、せめてもの温情……ってオレは思うけどなあ~」

結果として、彼らのいう“激動”は、何も変わっていないまま終わった。

だが、そこには“変わろうとする跡”が確実にあったんだ。

何も変わっていないからこそ、“激動の跡”がより鮮明に見えるってことさ。

…………

……と、まあ、それっぽくはまとめてみたものの、この話には残念な点がある。

実をいうと、この出来事自体がどこまでが本当で、どこまでが嘘なのか分からないんだ。

「で、最終的にシューゴさんのタバコでボヤ騒ぎが起きて、資料は全部燃えしまい……」

「おい、話を盛るにしても、もう少しマシなこと言え! タバコなんぞ吸ったことねーわ」 

なにせ父たちが呑んでいた時、断片的に聞いた話だからだ。

その時に飲んでいたのが、悪酔いしやすい安酒だったから尚更である

シラフの時に尋ねても、コンプライアンスがどうとかで話してくれない。

なのでこの話はどこかが過剰か、或いは不足している可能性がある。

或いは“幻の10話”の如く、そもそも存在していたのかどうか。

(#85-おわり)

2020-05-25

ジャンプ盗作漫画に対して異常なアンチ感情を向ける人

ジャンプでは今盗作テーマにした漫画を連載している。

主人公盗作をしていて、ソレに対して必死言い訳を並べながら連載する様子を描いた漫画だ。

この漫画に対して異常なほどの熱意を燃やして叩き行為を行う人達がいる。

主人公倫理観おかしい」

「作者の倫理観絶対おかしい」

「こんな漫画を載せる編集部倫理観おかしい」

といった理屈ドンドンヒートアップしている。

最終的には作者の過去作品がどれそれのパクリでこの作者は日常的に盗作を怒っている盗作漫画家でありいくら叩いても許されるという主張にたどり着き今はそれが普通価値観としてそれぞれのコミュニティでは扱われている。

恐ろしい話だ。

殺人正当化する犯人の姿を描いた漫画を描いた人は、その人自身殺人を正しい行為だと信じていて実際に人を殺しているとでも言うのだろうか?

作品と作者を切り分けられない人間はどうすればいなくなるんだろうか

anond:20200525184337

白を切ってどうにかなるような日常のいいまちがいレベルばっかりを「嘘だ」ってあげつらうほうの問題じゃないの、それは

相手が一枚上なんだから諦めろ

英語長文は先に和訳を読め

劇的に勉強ができるようになる方法なんてものはそうそうないが、多くの学習者が犯しがちな非効率的勉強はいくつかある。その内の一つが、自宅での学習で「英語長文を解こうとする」ことだ。

誤解のないように言っておくと、本番前の演習が目的であれば、もちろん本番と同じように解いたほうがいい。ここで述べているのは、あくまでも日常学習としての英語長文の勉強だ。

先に和訳を読め

少なくとも高校レベル学習者であれば、英語長文は先に和訳を読んでから本文を読んだ方が良い。

先に和訳を読むメリットは明らかだ。すなわち、予め内容が頭に入っているので、英文をスラスラ読めることである。つまり文章の要旨とあまり関係がない単語などに煩わされることなく、長文を読むことができる。このため、復習の頻度が上がり、定着率も高くなる。

これには、次のような異論があるかも知れない。すなわち、先に答えを知ってしまうと、分からない部分を考える力が身に付かない、というものであるしかし、これは根本的な誤解をしていると思われる。

しかに、数学物理であれば、ある程度難しい問題をじっくり考えて解くことは重要で、その割合英語よりも多くて然るべきであるしかし、英語は単なるコミュニケーションの道具であって、難解と言われる英文パズルのように解釈することに本質があるわけではない。

英文構成するほとんどの部分は、中学生でも少し時間をかければ分かるような易しい文である。したがって、この部分が自然理解できることが、長文読解の基礎となる。そのためには、この平易な部分をスポーツ基礎練習のように反復し、文字通り「体で覚える」ことが重要になる。

ところが、英語長文を「問題」として取り組もうとすると、分からない単語や構文を調べるので力尽き、結局、空所や下線部の周辺だけを考えて放置してしまうようなケースが少なくない。こういう人は、(自称)複雑な英文解釈は得意だが、英文を読む速度が異常に遅いとか、基本的英文法・語法が抜けているという状態に陥りがちである。これは喩えるなら、マニアック野球理論は多く知っているが、キャッチボールが続けられないようなものである

そもそも和訳から先に読んだところで、学ぶものはたくさんある。「ある表現英語でどのように言うのか」「自分が知っているのとは別の表現がされていた」など。重要なのは、そういうものを調べたりするのに「手間をかける」ことではなく、最終的に「きちんと理解する」ことである。したがって、和訳から読んだ場合も、後で辞書を引いたり、文法事項を学ぶことは重要である

英語学習において、「慣れ」と「理論」は両輪の関係である多読で獲得した慣れは、きちんとした文法知識裏付けられる必要がある。逆に、知識だけはあっても、それが文脈に即した用例と結びついていなければ、長文読解や英作文で活用することは難しい。

有名人に対する誹謗中傷日常的に行なっている者だけど

俺が有名人に向けて誹謗中傷を送る理由は、自分の心を守るためだよ。

優れた才能やルックスや運で勝ち取った、気が狂うほど羨ましい人生を、これでもかと公共の場でひけらかして、そうでない俺の劣等感を煽っておいて、自分は一切嫌な思いしたくありませんなんて通用してたまるか。有名人幸せな姿を見せつけてくる限り、粗を探して潰しにかかってやるからな。

嫌なら見るななんて無理な話だよ。ルックスも悪く、頭も悪く、運動もできず、金も無く、恋人もおらず、好きなことを見つけられず、夢も希望もなく、仕事と家の往復だけの人生を送る俺にとって、テレビインターネットから得られる娯楽が人生で得られる喜びの全てなんだよ。恵まれ人間の姿は目につくんだよ。誹謗中傷が嫌なら「出るな」

「知らねえよ」と思った奴。その言葉そっくりそのまま返すよ。お前らがどう思おうが知らねえよ。お互い知らなくていいんだよ。キリがないから。

anond:20200524122707

場所がなかったなんて生易しい言い方で適当に溜飲を下げないでほしい。

花が受けていたのはレイシズムルッキズムにまみれた「自分タイプではない、気に入らない女性に対しては何を言っても構わない」という倫理観の持ち主からヘイト応酬だったよ。

コンプレックスがあって、「自分の自慢の筋肉でも好きな人自分真逆の人のことが好きなんだろうなって思っちゃう」といった花の心の隙間に

メスゴリラ

・イケてない方のハーフ

きもちわるい

・最低な人間

生理的に受け付けない

みたいな批判にもなっていないただの罵詈雑言をなげつけ続けられた結果なのだ理解してる。

もう消えてしまって見られないけど、当時のコメント欄非道さを見てショックを受けて具合が悪くなる程だった。

好きではない人に「あなたのことが好きではありません」と面と向かって言う人がどれだけいるだろうか?

Twitter界隈では気に入らない相手にこれをやる人々が溢れかえっている。

アイドル等の人気商売の人たちが日常的に受けているやつ。

どうして、自分タイプではない女性にはブスだのゴリラだの言っても構わないと思うのか?

気に入らない女にはブスと言っておけば自分が勝ったことになるのか??

クソリプといえばそれで済んでしまうかもしれないけど、本当の本当の本当にクソリプだらけで、過去巨大掲示板から出てきたと思しき堂々とヘイトスピーチを行うことに慣れすぎたネット世界の慣習をそれこそ根本から見直す時期に来ていると思う。もう限界だよ。

すべての人はすでに心ない言葉で人を殺している

と考える方が正しい。

こんなに酷い人が!!と執拗に他を問い詰めるような言葉を発してる人のほとんどは誰かに心ない言葉を発している。

それは世界日常であり、世界全然変わってないのだよ。

僕らは違うって?と言いたい奴がたくさんいるだけで、人はそんなもんだ。

テラスハウスの何が面白かったのか解説しま

テラハが好きなアラフォー女です。

自分はもう夫も子供もいて、安定した生活してて、そこに全く不満はない人間です。

それ故に鮮やかな青春も恋もする気もないし今後もありえない分、

昔感じたそういうもの垣間見るこの番組が好きでした。

あと自分では経験し得ないようなおしゃれな生活してるのも羨ましかった。

田舎者の描く「東京」生活をしてる人たちの日常を見るって言うのが。

でもそこは好きな要素の一部分に過ぎなくて、私は人間関係の変遷を見るのがすごく好きだった。

マジで?てくらい性格悪いなーて思った子が、衝突していた子が卒業して

新しい子が入ってきたと思ったらあれ?なんかいい子じゃない?て思ったり、

同性メンバーの中で年下で子供っぽいなー、まだこの年だから仕方ないのか?て思ったら

メンバー入れ替わって年上になって下の子相談に乗ってお姉さんみたいになってたり、

人間って関わる人の一面、自分が接している部分しか知ることが出来ないから、

そこを俯瞰的に見て「この子性格が悪いわけじゃなくてあの子と相性が悪かっただけなんだな」とか

「この子立場によってはきちんと大人対応ができるのね」とか

でもそもそもそういう見方をできるのって、完全に外側からしか判断できないよな、とか。

メンバーの中で割と誰からも嫌われてる感じの描写が多いけど、

直見てる範囲ではそこまで言われるほどか?みたいな子もいたりして、

でもそういう子はテレビからは見えない範囲でそこまでされてしまうほどの生活態度があったのかなとか。

距離がある分、実際自分がその立場だったら仲良くなるの無理だなーて思うような子でも、

でもこんな感じで彼・彼女なりのこんな思いがあったのかな?とか想像するのが楽しかった。

自分だったらどうだったかな?今だったらこうするけど、20代前半でそれが出来たかな?とか。

(そして大抵の場合彼らと同じような行動に出ただろうな、という結論になる)

それはリアリティショーじゃないと出来ない楽しみ方だったし、

海外の大げさな台本ありきっぽい番組じゃ出来ない

ほんとに静かであくま日常生活(っぽいもの)を写してくれる

テラスハウスじゃないと出来なかった楽しみ方じゃないかなと。

私は全員鍵付きでやってるようなTwitterアカウントで、

その中でもテラハ好きの友達と数人で話すことしかしてなくて

ネガティブ意見も出してたからこそ絶対鍵付きでしか話せないなと思ってた)

(表垢で言及したのは好きなカップルがくっついたときくらい、めでたいことなので)

友達友達自分とは違う視点テラハを見てて、それも面白いなって思ってた。

自分では気づけないようなところに気づいててすごいなってなったり、

恋愛に関する考え方はほんと人それぞれだよなーて思ったり。

友達は「過去自分と同じような(だめな)恋愛してるのをこの年になって冷静に見て、昔の自分を供養してるような気持ちになる」

て言ってた。面白い

私もセフレにされかけてる女の子のところ見て

悶え死にそうになったな…(そっち行っちゃだめだよ~~~でも、でも行っちゃうの分かるよ~~~て)

ちなみに普通にTwitterテラハって検索すると具合悪くなる感じなのでネット上のあれこれは見ないようにしてました。

そりゃ本人が見たら死にたくなると思うよ。

あと本編部分でスタジオメンバー徳井さん抜けてから~ていうよく見かける説は本当に同意

しかにそれくらいから熱が冷めてきて最近あんまり見ていないので。

花は、昔(ほぼ)一般人メンバーの子ネット自分の評判検索して泣いちゃったのを慰めて

「知らない人に何言われても気にしない」「そう思わないとやっていけない」

て言ってたんだよな(本編じゃなくてYoutubeで公開されてる本編未公開シーン)。

そう思ってたし自分で言っていても、きっと自分が想定していた以上の状況に追い込まれちゃったんだろうなと思う。

もちろん誹謗中傷だけじゃなくて複合的ないろんな要素があってのことだと思うけど。

私が見たのは彼女のごく一部の面だけであって、

それを持って彼女のことを知ったように語ることは出来ないけど、

それでも彼女恋愛に臆病というか自信のないところにすごくシンパシー感じてたし、

人を明るくさせる笑顔を作れる強さみたいなものに元気づけられたし

からこの世界からいなくなってしまたこと、信じられないし悔しいし辛いよ。

ご冥福をお祈りしますって言うしかない自分立場が悲しいけど、

あの世で辛かったこからすべて開放されていることを望みます

テラハ自体が終わるのは当然のことだし、

私はSNSでの盛り上がりには参加していないけど、

他人生活垣間見て楽しんであれこれ言いたい放題していた

ゲス立場人間であることに変わりはないと思っています

その上で、こういう番組の何が面白いかわからない、と言っていた人に

こういう見方をしていましたっていうのをお伝えしたくて書きました。

参考になれば幸いです。(したいと思ってないだろうけど)

anond:20200525090245

日常ではないよ。再拡大はまあ起きると思うから

本来PCRでも抗体検査でも再拡大が起きそうになったら早期に目を摘める体制を作っておくべきだと思うけどね。

30分で手元で検査ができるようなのなら、1,2週間に一度定期検査するぐらいでもいいと思う。

コロナ禍で日常を取り戻す事は幸せか?

世界経済スタンダードアジア以外であることから考えると、日常を取り戻してもさして喜ばしいこととは思えない。

世界経済の中心は新しい生活を手に入れようと必死だ。だから日常を取り戻す事は過去に遡ったことになる。

日常を取り戻した瞬間こそ、日本世界に置いていかれた決定的な瞬間になるんだ。

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