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はてなキーワード: 子供とは

2017-10-24

anond:20171024020325

くっだらねえ自己責任論に帰着するんだな。そんなもんはどんな環境の奴にも言える。

子供できて働けないなら拒否しろ拒否できねえなら辞めちまえと。

まあ仕方ないけどな。

業種ごとに時間単位で生める価値は違うし。効率悪い業種だって単価高い業種があれば要らないということはない。

anond:20171024004432

なんか懐かしいな

子供に殺された増田を思い出す

2017-10-23

デパコスと闇

恥の多い人生を送って来ました(まだ十数年)。恥と同様に闇の多い人生でした。その闇にかなり最近加担してるのがデパコス

デパコスって凄く華やかで綺麗だけどかなり闇の深いジャンルだと思う。

外見を飾るツールである+高価っていう特性上、マウンティング材料にもなりうるわけで。

実際、Twitterとかで大量にコスメ(しかもデパコス)を毎月のように購入してる所謂美容垢」「コスメ垢」の人たちってパパがいる人とかが多い感じの印象。そりゃきちんと働いて稼いだお金で買ってる人が半分以上だと思うけど。

かくいう私も自分で働いたお金でデパコス買ってるわけじゃなくて、まあ大体デパコスに行くお金は小遣いとかお年玉から捻出してる。その時点でお子ちゃまだってのは察してほしいんだが、そんな私もデパコスの闇に片足突っ込んだ1人だ。

まりはYSLのティントインバーム。今年の初め頃だからかなり最近なんだけれども、キャンメイクとかで済ませておけば良いものを、そういうお年頃だし一本買った。公式HPで一番人気のやつ。ティントインバーム発売の前日に店行っちゃって、案の定売ってなくて(期待するだけ馬鹿)、シャインも前日に買った。

自分で買う初めてのコスメで、プチプラなんて買わずにすっ飛ばして初めてのデパコスで、浮かれポンチで、ちょっと私良いでしょみたいな。大人階段一足先に登ってるじゃん?みたいな。その考えがガキ丸出しなんだけど。

SNSではバズってて売り切れ続出だし、インスタにあげたら友人も羨ましがるし、かなり優越感だった。今思えばこの時点でデパコスの闇には取り憑かれてたんだと思う。

シャインとの違いをドヤ顔で語ってみたり色んな人に勧めたりして、暫く優越感に浸ってたけど、逆に私の影響で買う人がちらほら出て来た。なんかイラって来て、気づいたらもう二本ティントインバーム買ってた。オレンジピンク

そんないらないでしょ。

短期間で口紅何本目?四本目だよ?しかも全部YSL。そのうち四分の三薄付きティントインバーム。アホか?もっと色んなの買うなりなんなりしろよ。

それでも気持ちよかったんだよね。ポーチの中で光るYSLのマークとか、ティントインバーム三本も買ったの?っていう友人の羨望(って私は思ってたけど今思えば呆れとか心配だったように思う)の眼差しとか、全部。カウンターでお札を出すあの感じとか、TUするだけでこんな若造でも扱いが良くなる感じとか。

そこからどんどんハマった。対して使いもしないのにYSLのクリームチークRMK限定リップグロス廃盤直前に三本まとめ買い。テスト終わりにストレス溜まってイライラした時にはイセタミラーに寄ってCHANELルージュココグロス(ほぼ使ってない)。お金持ちの友人を誘ってはデパートコスメフロアに出向き、MACを物色して、TUしては断れずに買う。一回ヤバいBAさんに当たってソフトヒント塗りたくられ唇を厚塗りの水色にされヤマンバギャルにされかけて返されたけど、やっぱりソフトヒントもお買い上げ。YSLは今でもお気に入りだけど、ティントインオイルも、ヴォリュプテグロスも、この色持ってないって言って私ストレス溜まってるよねご褒美くらいいいよねって。

月2.5アイテムくらいのペースで半年間ずっと色んなブランドリップばかりがポーチに溜まってく。

もはやデパコスを買うことの第一目的ストレス発散になっていた。

最初でさえ何のために買ったのか定かじゃないけど、まずマウンティング的な衝動から買い、確かに最初から今までずっと色んな色が唇に乗ってその度に自分雰囲気が変わっていくメイクのもの面白さみたいなのも確かに感じてはいるけど、一番大きいのはイライラたから→買う的な発散方法に成り下がっているのは確かだ。

何が言いたいかって確かにデバコスの闇の話なんだけど。

急に書き始めたからまとまらないな。まず、私の抱えてる闇から説明し始めなきゃいけないような気がする。

私の家庭は中流家庭だ。一般的なごく普通の家庭で、デパコスなんてほんの一年前まで触ったこともないし、コスメフロアなんて(これは後から何の香水か分かったけど)CHANELのNo.5の匂いが強すぎて嫌いだった。

ではなぜ、デパコスに魅了されたのか。

まず、その"中流家庭であること"に私が幼い頃からコンプレックスを抱えて来たのが原因だと思う。

普通に生活する分のお金はあるけど、親としては無駄な出費はしたくない。だから、「うちはお金がないから」と言って子供我慢をさせる。いたって普通のことだと思う。どの家庭でだってされてることだろう。でもそれが、私の中で凄く嫌だった。お金持ちになりたい。お金持ちの子供に生まれたかった。周りにそういうお金持ちの子がいて、しかもその子がひけらかしてきて、「そんなのも持ってないの?」って言ってくるような子だったっていうのもあるかもしれない。平々凡々が一番幸せなのに、平々凡々に生まれ劣等感が凄まじい。私だって自由にやりたいことしたい。

からこそ、自分で使えるお金を手にした瞬間、手っ取り早いお金持ちに近づく一歩のような感じで、デパコスに手を出してしまったのだと思う。いくら持ち物が高くても人間に箔がつくわけじゃないのに。

加えて、親に高圧的に怒られることを過剰に恐れ、小さい頃から買ってほしいものを買ってほしいと言えず、どの店でも親の顔色を伺いながら親の後をついて回り、本当は親が「これ可愛くない」と言って通り過ぎたあの服が欲しかったのに、親が見繕ったものを「これどう?」と言われ、怒られるのが怖くて気に入らないと言えず、結局気に入らない服を着ることになり、着る頻度が減っていくと「お金がないけどせっかく買ったのに!無駄にしないで、もう服買わないよ」との追い打ち。見事な負のループ。今でも思い出しただけで泣きそう。このように圧をかける方法で幼い頃の特権である「欲しいものを買ってもらう」を奪われた私は、余計持ち物の多い周りと自分を比べて、フラストレーションを溜め込んでいった。これもさっきと同じで、自分で使えるある程度のお金を持った瞬間、幼い頃のトラウマが今度「今日はやめておこう」と思う自分に圧をかけてデパコスを買うように仕向けてしまうんだと思う。

あの時は買ってもらえなかったけど今は自由に使えるんだよ?って。

親の理不尽な圧に今まで耐え続けてた分だけいいんじゃないの?って。

これと関連して、私には常に逃げられないストレス毎日一定量降りかかるようになっている。

親。

多分私の人生の中で一番影響力が大きい人間。そして私のストレスの根源。

親には親なりの理由があるのも分かる。完全無欠な訳じゃないのも、今ならまだ理解できる。

でも、許容の範囲を超えてる。親子の信頼関係を築く上で許されるゾーンを大きく超えて、私に圧をかける。

お願いだから私の人生そっとしておいてほしい。

初孫で長子で親戚にはチヤホヤされるからと妬まれ。良い成績を取れば自分思い入れはあるが出来の悪い方の兄弟と比べられやっかまれ。褒めさえもしない。褒められた記憶なんて片手に入るくらいだ。十数年生きてるのに。こんなに褒められたくて頑張ってきたのに。幸か不幸かそのお陰で、精神的なことはともかく出来だけは良い子に育ったけど。

そこで、他の人たちってどうやって育てられて来たんだろうとふと思う。

なんであんなに自分存在に自信があるんだろうって、そればかりが疑問で。成長するにつれてネットとかで目にすることがあるのは、「子供の頃に親の愛情が云々」だ。所謂アダルトチルドレンと呼ばれるやつである

あー確かにと思う。確かに、褒められた記憶もほぼなく、愛されていると実感した記憶もない。親は確かに親だったし、遊びにも沢山連れて行ってくれたけど、でもやっぱり何か蔑ろにされていた感というか、親の自己中心な感じに、子供ながら薄々気が付いていたのか、愛情を感じることはほとんどなかったと断言できる。

親がもし、愛していたと言っても、子供が愛されていなかったと感じたならそれはただの親のエゴであり、受ける方がそう感じているならそういうものだと子としては思う。

故に私は承認欲求の塊だ。

何か人の気を引いて、自分が凄いと、価値があると、生きていて良いと誰かに認めてほしいのだ。親に認められたことがないゆえに。

デパコスを買ってSNSにあげるのも、金持ち自慢のようにするのも、可愛い色を唇に塗って注目されるのを期待していくのも、デパコスお金を払うのと引き換えにBAさんからサービスを受けたくなるのも、全部承認されたいからに他ならない。

普通に、ただ単にストレス発散したいからというのもある。理不尽な突っかかりや怒鳴り声に辟易している私を今の所癒してくれるのはデパコスしかいない。親は多分、私を打ち負かす事しか考えていないのだと思う。幼い頃に十分な承認を得られなかった私は、ただ親に褒められたい、怒られたくない、そのために必死自分能力を引き上げて、その結果親を超えた知能と、親のせいで拗らせた精神を持って、子供はとりあえず制圧しておきたいそんな親の脅威になったため、皮肉なことに成長しても尚親の圧から逃げられないである些細なことで意見が食い違えば、自分が合っているという顔をして、口論になったらなったで、論点からずれた主張をし、話をすり替え、私を必ず悪者にして、謎論理を展開し、私がキャパオーバーで泣けば勝ち誇った顔で「今謝れば◯◯してもいいよ」と私の弱みを握り。勝ったら勝ったで私の姿を笑おうと、自分正当性を確かめようと他の家族に私の愚痴。違う階で話してるから聞こえてないと思ってるだろうけど丸聞こえですから

心が辛い。まだ書き連ねてやりたいけど思い出すだけで辛くなるからここら辺でやめとこう。

そんなこんなで溜まったストレスと、複雑なコンプレックスとで私はデパコスにズブズブハマって、こんな私とは対照的な憧れの輝いた世界で、お金を払えばストレス発散出来るなんてそんな素晴らしいことなくて、小遣いも毎月すぐ底をついて、貯めてあるお年玉にまで手を出して、止まらなくなっている。

端的に言うと依存。綺麗に言えば魅了。

あー闇が深い。

毎日FAVORとかMAQUIA ONLINEとか、@cosmeとか諸々周回して、Twitter美容垢・コスメ垢を見て、ブランド公式HPに飛んで欲しいやつをスクリーンショットするのが未だに日課だ。いつ終わるのかも分からない。だって新しいコスメ一年に何度も、息をするだけでぼーっと生きていても出るんだもん。

しかしたら、私は、自分の一生手の届かない"自信"っていう輝きに、お金を払うだけで手が届くと錯覚したいだけなのかもしれない。

それに尽きるのかもしれない。

やめたいなあ。

(考えるままに打ってたら脈略のない文章になってしまたから次は気をつけよう…)

痴漢された経験について聞いてほしい

聞いて。

私は30を過ぎた女だ。子供の頃から今までずっと太っているし、ブスだ。なのに電車通学を始めた中学生から今まで、ずっと、何十回も痴漢にあっている。

十数回じゃない、何十回だ。百回超えてるかもしれない。

胸を触ったり揉んだり、ブラジャー外してくるのもいたし(外で外されるとトイレかに行かない限り簡単にハメられないし本当に困る)、他の人に見えるぐらい上着やスカートまくり上げてきたやつもいる。

満員電車でドアに押し付けられたまま制服の上を捲くられたときは向かい電車から丸見えで恥ずかしさのあまり死にたくなった。消えてなくなりたかった。

下半身のほうも同じで、太ももやお尻を触られるどころか、パンツずり下げて触ってくるやつや穴に指突っ込んできたやつもいる。あとナニを触らせてくるやつもいた。(下品でごめんなさい)

ひどいときは前と後ろ両方から痴漢にあって、私の股間で痴漢同士の手が当たるってこともあった。ちなみにその後やつらは何を思ったのか手の動きが速くなって競い合うように痴漢していた。

逃げればいいじゃん、って思う人もいると思うけど、逃げた先には別の痴漢がいることもよくあるし、満員電車のなかでも少しでも圧迫が少ないところを選ぶと選択肢はあまりなかった。

ブロックは両手に荷物抱えているとできない。斜めがけのバックは満員電車だと持っていかれるから手で持つしかないのだ。

中でも2つ、本当に辛かった痴漢の話を聞いてほしい。

一つ目。高校生とき、毎朝私を狙ってくる痴漢がいた。

電車に乗る時間を早めても遅らせても乗る場所を変えてもひたすら追いかけてきて(私が電車に乗る時間のかなり前からずっと駅で待機していたのだろうか)、ずっと触ってくる。

2ヶ月ぐらいそれが続いて私はノイローゼみたいになった。我慢ならずに途中の駅で降りようとしたら体でブロックされて、そのまま体が凍りついてしまっま事を覚えている。

今思うとブロックされようが体当たりでもして逃げればよかったのに、そいつの方向に近づいて体が触れてしまうのが恐怖でしかなくてできなかった。

その後そいつはいつの間にかいなくなった。

二つ目大学生ときに初めて空いている電車痴漢にあった。

バイトから自宅に帰る途中、電車で寝ていたら隣に座ってきた人が胸を触ってきた。

電車を乗り換えてもついてきて、また乗り換えの際に何本か電車を見送ってもついてきて、結局1時間半ぐらいついて来られて家の最寄り駅に来てしまった。

改札を出てコンビニに入ってもついてきて、もう怖くてたまらなくなって駅員室に泣きながら逃げ込んだ。

男の特徴を駅員に伝えると、「ずっと駅員室の側で立ってこっちの様子を見ている。パトカー呼ぶから絶対に一人で帰っちゃダメだよ」って言ってパトカー呼んでくれた。いまだにあのときの駅員さんのことを思い出すと涙が出る。本当に優しくしてくれてありがたかった。

その日はパトカーに乗せてもらって家まで帰った。

警察官は駅員さんとは打って変わって、「なんで家の人に迎えに来てもらえないの。迎えに来てもらえないならこんな時間までふらふらしてるのが悪いんだよ。バイト?ふーん、接客とかでしょ。そういうところが付け込まれるんだよ」とか言ってきた。

すっごいムカついて「バイトコーディングですけと」って言ったら黙った。


今はもう30過ぎてるのに痴漢に遭うし、学生時代よりはマシだけど、いまだにリアルでは痴漢にあったなんて恥ずかしくて口に出せない。

自分が性被害にあってしまっているということがたまらなく恥ずかしいのだ。なんで、恥ずかしがる必要もないのに!と思う一方で、大人しく華奢で美人女の子だったら恥ずかしく思うこともなく性被害を訴えられるのだろうか、とよく思う。

サンプル数1だけど、知ってほしい。

こんなブスが痴漢されるの?考え違いじゃないの?って思われることが恥ずかしくて言えない人間もいる。

anond:20171023223718

普通に休めば良いのに「子供病気で〜」って言われると腹たつよね。

子供免罪符にするなって

いきいきママを支える独身底辺女だけど

正直月に半分くらい時短だとか休むなら仕事辞めてくれって感じ。

仕事が回らないってレベルではないけど、仕事の総量自体は変わらなくて結局私たち下っ端独身者負担が増えるだけ。

その分給与が上がるならまだしも、上がらないわけですごく損した気分。

しか最近迷惑かけて悪びれる様子もないかさらにムカつく。月に半分も欠勤や遅刻を繰り返してるのに、子供がらみなら全て許されるってのもなんだかなーって思う。

追記

管理側の問題とかコメントついてたけど、そのいきいきママ有休なんかとっくに使い切ってて欠勤しまくってて月の半分は休むくらい異常なんだよ。

しかもそれを全く悪びれる様子もない。管理だってそんなに休むのは想定外だと思う。

自民圧勝

はいおめでとう、それじゃ北のミサイルおとなしくさせて

国民全員にちゃんとした飯食わせて保育士さんとかの給料上げて

必要人員が確保できるようにして福島原発事故ときっちり片して

原発動かすんなら核のゴミの処理もちゃんとできるようにして

税金のムダをビシバシ取り締まって子供自殺を防いで

はあ憲法変える!?そんなんあとでいい!!お前ら国民生活

自分らの実績とどっちが大事なんだ!

政権キープしたからには働いてもらうぞ!!

亡くなった姉の話

姉と私は5才離れている。

子供のころは仲が悪いわけでもなく、かといって良いわけでもなかった。

姉の反抗期小学校高学年から始まって、その時私は小学校入学前後。姉の反抗期は親(特に母親)に暴言を吐いたり、暴力を振るったり、とにかく当時は家庭の中が暗かった。姉が中3の受験の時は特にひどくて、姉が殴って壁に穴が開いたのをよく覚えている。

姉は高校に進学すると、徐々に反抗期が収まっていった。

でも今度は家に帰るのが遅くなったし、休みの日に家にいることがなかった。

非行に走ったわけではなく本当に学校が楽しかったみたいだったから、家庭の中は落ち着いた。

この頃になると今度は私が反抗期に入った。

姉ほどではないけれど、ほどほどに反抗していたと思う。(あまり自覚はない)

姉が大学に進学した。

大学一年生の時、後に結婚する人(Oさん)と付き合い始めた。Oさんは姉よりも2才年上で、大学の先輩だった。

初めて家に連れて来た時、あの姉の彼氏だなんてどんな怖い人が来るんだろう?と思っていたら、眼鏡をかけた優しそうな人でびっくりした。Oさんと付き合い始めてから、姉はもっと落ち着きだした。

姉と初めてまともに真剣な話をしたのは、私が高校受験をする時だった。

それまでは雑談程度はするけれど、相談とかそういう真面目な話はしたことがなかった。

学校選びや成績で悩んでいた時、母に相談したけど「お姉ちゃんにききなさい」と言われて、悩んだ末にきいた。邪険にされるかと思ったけれど、意外にも姉は親身になって答えてくれた。以来、就職転職など悩んだときは姉に相談するようになった。

大学卒業後、姉は就職して家を出た。

家を出たといっても隣県だったので、寂しさは全くなかった。

一回だけ二人で京都旅行にいった。ちょうど自分誕生日だったので、ホテル鉄板焼きを御馳走してくれた。まだ学生だったからそんなところで食事をするなんて初めてで、嬉しかった。

姉が結婚した。

Oさんの仕事の都合で海外へ行ってしまった。その時は成田空港で泣いた。

私も就職して家を出た。

結婚視野に入れた男性とお付き合いをしたけれど、相手にはその気がないと知って半年で別れた時。辛くて、ちょうどまとまった休みが控えていたので、姉のいる国へと旅立った。

そこで初めて姉と恋愛結婚の話をした。

姉の彼氏(夫)の話はもちろん、自分の話ですらもしたことがなかった。まとまりのない話に姉はよく付き合ってくれた思う。

それから数年後私もやっと結婚し、すぐに子供が出来た。

電話で報告すると姉はすごく喜んでくれて、冬を妊婦で過ごす私のために大きめの冬服を送ってくれたりした。(姉と私は身長全然違う)

お腹が大きくなる頃、姉が一時帰国した。お土産をたくさん買ってきてくれて、妊婦の私のためにむこうの無農薬おやつだとかそういうのをたくさん。

お腹の子男の子で、うちは姉妹しかいなかったから待望の男の子だ!と喜んでくれていた。里帰り出産をするから実家の犬もびっくりするね。久しぶりにあのパン屋さん寄ろうか?つわり大丈夫だった?そんな身の回りのことを話しながら実家へと向かう道を二人で歩いていた。二人で信号待ちをしている時、乗用車が猛スピードで突っ込んできた。それで姉は亡くなった。

その後色々あったけれど、無事出産した。

Oさんから荷物が届いた。出産から気の早い姉はベビーグッズを買い集めていたらしく、それがまとめて送られてきた。

姉が亡くなって数年後、Oさんとの話の流れで姉が本当は子供を望んでいたことを知った。

結婚して何年経っても姉夫婦のところに子供はいなかったけど、なんとなく「欲しくないんだろうなぁ」と思っていた。昔から近くに子供がいても「可愛いですねー」とか声をかけてあやすようなタイプではなかったから。

親にも言わなかった理由は、以前姉が手術をするほどの病気になった時に母親が本当に申し訳なさそうにしていたからということと、いずれ妹が妊娠した時に配慮されるのが嫌だから、とのことらしい。そういう大事なことは当然親に相談しているものだと考えていた私には、衝撃的な事実だった。

副業風俗レポを連載していたのだが、

諸般の事情サイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。

🌑

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は短めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい...」

ナナ「あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。

財源なしで大規模な乳幼児給付を行う方法だそうですが

http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/f28aa200f75e631336086c8badb2d554

・0歳児保育に月50万もかかるような都心部は、そもそもパートだと認可保育園入園する事など最初から出来ず入れるのは正社員の育休復帰組だけだし

彼女らは目先の金の為ではなくキャリアを繋げたいがために働いているので僅かな給付があるからと言って仕事を辞めるわけがない

よって待機児童問題には何の影響も及ぼさな

そもそもそういう女の夫も大抵稼ぎに余裕があるし貯金もあるため、目先の月14万の為に年金取り崩す必要もない

・月14万の為に年金取り崩さなければならない貧乏層は保育園など使いたくても使えない層だし

6か月まで14万、2歳まで10万の金が無ければ食えないような層は金が貰えなくなる3歳からはどうやって食いつなぐのか

求職中」身分では保育園絶望的で幼稚園しか無理、しか都心部保育園だけではなく幼稚園も足りない地域が多く、

まして「保育園代わりに使える幼稚園」は人気があって激戦だから入れるかどうかは分からない

幼稚園も2歳から預けられるようにすればいいと書いているが、2歳児枠を作っても設備を増やせなければ全体の定員は容易に増やせないだろうから

一学年ごとの人数は減るという事で余計に入りにくくなるだろう)

下手すりゃ働くのは無理な不人気幼稚園しか入れず働けないまま幼稚園代が圧し掛かるか、幼稚園代を払えずどこにも入れられない(当然働けない)事態に陥りかねない

(勿論子供教育にもかなりの悪影響が出る、幼稚園保育園も入れなかった子が小学校でいきなり集団生活適応するのは困難だ)

それにそういう層からなけなしの年金を取り崩しても将来貧困老人が増えるだけ

…何つーか、この手の人って

母親子供保育園に預けてまで働きたがるのは、そうしないと食えない貧乏人だから」って前提で考えてるよね

実際は(都会の場合は)そういう人は保育園に入れる事すら出来ず詰んでいて、

保育園に入れる人の多くは、別に働かなくても食うくらいなら出来る金あるけどより良い生活したいから働いている人達なのに

前提がずれてるから、論全体がずれてる

anond:20171023173327

開き直りかよw

そんなこと言い出すなら飯屋から子連れ叩き出すのもベビーカーに舌打ちするのもこっちの自由なんだから権利だか配慮だか社会保障だか保育園入れろだか求めてくるのやめてくれない?

あなたが望んで子供産んだんだもんね?

anond:20171023112949

負荷の偏りや待遇差別是正しない会社が悪いって話なのに(ちゃんと本文に「バカ会社だ」って書いてあるじゃん読めよ)、「子供産んじゃいけないって言うわけ!?キーッ!!」みたいなトラバブクマがちらほらあってゲンナリだ。

年金問題 間違い探し

財源なしで大規模な乳幼児給付を行う方法 - 経済を良くするって、どうすれば

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/f28aa200f75e631336086c8badb2d554

id:zu2 “繰り返そう。この国に希望がないのは、財源がないからではない。理想が欠けているためだ。その理想とは、仲間を切り捨てず、弱いながらも精一杯がんばってもらい、全体として豊かになろうとする道である

id:saori-yamamura 認可に入れたら税金注ぎ込んで子供育ててもらえて働いてお金も稼げて、自分で家で育てたら一銭も貰えないって本当に不公平。そう思って私は働き始めた。私が稼ぐ金より投入される税金の方が多いだろう。これは賛成。

id:ichilhuichilhu お昼のワイドショー「これがもし実現するとみなさんの年金がどうなるか計算してみました」←こいつなんとかするべきだと思う

id:chintaro3chintaro3 「月収20万円で3年働けば、年金保険料の累計は、男女2人で264万円と、1人目の乳幼児給付の総額に達する。」「しかも、これで出生率が向上すれば、年金財政も大いに助かるのである。」 なるほど。GJ

id:SBY10676SBY10676 割引現在価値で割引かないと駄目なんじゃないかな/gpif運用実績は年3%あります。これは40年運用で3.26倍になるという意味です。40年後の受取を放棄して現在264万を受取るならば、放棄しなければいけない金額は860万です

id:aoi-soraaoi-sora “「年金給付次世代の育成なしに実現しない」という観点政治歴史 福祉医療

id:wildhogwildhog 0歳児保育に市が月30万保育園補助金出して、そのお母さんが子供預けてパートで月15万稼いでるのは色々おかしい。お母さんに月20万渡せばみんな幸せ

id:ledsunledsun 年金基金崩して直接給付は、ただの前借り。三十年後に貧困高齢者が生まれたら「自分で選んだんだから自己責任」「給付金で育ててもらった世代が支えろ」と言うの?

id:otihateten3510otihateten3510 先生、そんな長期スパン計画を国ができると思えません。あと60年前借りって利子つけたらヤバそう。個人的には真っ当に財源確保して子供やすぞって姿勢を明らかにしてやってほしい。

id:namawakarinamawakari “この国に希望がないのは、財源がないからではない。理想が欠けているためだ。その理想とは、仲間を切り捨てず、弱いながらも精一杯がんばってもらい、全体として豊かになろうとする道である経済 社会 社会保障

日本公的年金は「賦課(ふか)方式」~どうして積み立てておけないの? | いっしょに検証公的年金 | 厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/nenkinkenshou/finance/finance02.html

お前らリンク先読んでからもう一回元記事を読み直せ。

憲法で一番おかしいのって労働義務じゃね?

まず何がおかしいって、労働してない人間が多すぎるよね。

年金制度暮らしてる老人って何?

完全に労働義務真逆存在だよね。

絶対的な法典のもとに労働義務として国を運営するなら働けないなら飢えて死ねが最低ラインでしょ。

子供はまあ仕方ないよ。

将来立派な労働力となるための下ごしらえだから

卵を産ませるためにヒヨコが大きくなるまではただ飯食わせてやるって事だから

でも卵を産まなくなった鶏は殺すべきだよね。

だって労働義務なんだもの

というか労働義務とするのなら全ての国民に職を授けるべきだよね。

自由意志自由経済を錦の御旗として労働義務が完全に遂行できる社会を作ることを後回しにしてる。

日本国憲法最大の矛盾点だ。

他はともかくここだけは改定すべきだ。

可愛くない子供って子供なうえに可愛くなくて終わってるな

可愛くない子供って子供なうえに可愛くなくて終わってるな

消費税という税金が嫌で嫌で嫌で仕方ないんだけど、周りを見ると誰もそこまで嫌がってはいいから、単に俺がケチなのだろうか

高校の頃ぐらいまでは消費税がなかったから、竹下内閣が導入を強行した時はショックだった。頭に来て半年ぐらい、一切買い物をしなかった。子供から税金を取るということが信じられなかった。

海外留学している間に3%が5%になってた。帰国してまた怒り狂った。

8%に上がった時は発狂した。

そして今度また10%→15%→20%→30%へと上がるにつれて俺はどうなってしまうのだろう。もう死ぬしかないのだろうか。

やはりここまで消費税を嫌うことは異常だろうか。

ちなみに海外消費税日本より高かったが、食材ティッシュみたいな生活必需品には非課税だったので住みやすかった。

anond:20171020000217

子供は遊ぶのが仕事っていうからなぁ・・・

俺はゲーム仕事って言われたら、そりゃゲームで遊んでいると思われても仕方ない。

ゲームと言わずに、プロジェクトと言い換えると良いかも知れない。

詳細は、えぬでぃーえーがあるから言えないから、とにかく大きなプロジェクト従事していて、

ミッションに忙しい日々を送ってるから仕事振られてもできないんだよ。とか適当に。

anond:20171023155839

独身社員だってだれかの子供だし将来的に子供を作る可能性はあるんだよ

それを潰す事を良しとしてなにが尊いだよ

anond:20171023163117

大多数がそこまでして働きたがらない

適当に平日日中だけ健診バイトやってたって十分稼げるから

子供教育意識も高いか子供が大きくなったって中受サポートだ何だとなるし

働きたがらないもの強制労働させる訳にもいかない

anond:20171023112949

これは創作っぽいけど

医者世界

女医増加してるが女医子供を産むと仕事続けられず辞めてしま

→子持ち女医が働き続けられるよう夜勤当直休日出勤僻地勤務等免除する

→残った男医と子なし女医だけでそれらを回す

→男医&子なし女医負担激増

→男医と子なし女医が逃げ出す

崩壊or真面目で責任感が強い人が逃げられずに残り過労死ライン余裕突破状態仕事を強いられる

という医局がぼちぼちあるという話を聞く医療増田

普通会社ならはてなー常套句「そんな糞会社さっさと逃げろ、潰しちまえ」が通用するけど

医者全員がそれやると患者ガチ死ぬから

患者の事を考える「良い先生」ほど逃げられない

管理職が悪いー!会社病院)が悪いー!も、医師免許所持者は元々有限(しか免許持ってりゃいいってもんでもない、経験必要だ)な上に

夜間休日だろうが僻地だろうが患者は常に発生するしそれらを切り捨てる訳にもいかない

結果詰んでる

産科不足なんかもろそう

元々女医多い科な上に分娩は24時間365日待ったなし、でも女医子供産むと夜勤から離れるし男医&子なし女医だけでそれを回すのは限界

無痛分娩を広めろとかそういうレベルの話してる場合じゃない状態

anond:20171023155342



など、家賃面ではない、孫はばーさんのことが心配なんだよ、というスタンスで臨んでみるのはどうだろうか。あとは

  • 出ていく金もいから、ばーさまが考えているよりも全然手元には残らないぞ

家賃収入が入らなくなる不安よりも、毎年、建物の修繕や原状回復にかなりの金が飛んでいくぞ、固定資産税バカにならんぞ、という支出面についての脅しの方が効くのではないか

人様のおばあさんのことをこう言うのは何だが、高齢女性は得てしてケチなので。

あと、完全に「不安年寄りロックオン状態だと思うので、ばーさんの考えを否定するのではなく、肯定しつつ外堀を埋める

連帯保証人候補若い人であればファクト理論通用やすいはず)ことも念頭に入れた方がよい。とにかく頑なになっている年寄り否定するのは、サイアクの悪手。

個人的には、もし本当にバラ色の収支でアパート建てられる程度の土地なら、売って現金にして、ばーさまの老後生資金として使い切ってもらう方がずっとマシだと思う。

  • 現金化しちゃって、ばーさまが贅沢できる金に使おう。たまにはそこから俺らに小遣いくれれば十分だ。小遣いもらいに顔出すからよ笑
  • その金を使い切ってもまだ元気で長生きしてくれる方が孫はずっと嬉しいよ

という殺し文句もあったりします。

anond:20171023140635

いいや子供尊い。もちろん貴方もな。

まれ死ぬ。死んで生まれる。それが生物だ。生物のもの否定したいなら勝手否定すればいい。

しいたけが入った海苔佃煮

子供のころは海苔だけでひたすら飯を食いたいものから、途中でしいたけに当たるとものすごい損をしたように感じた。飯にのせるときいかしいたけをつかまないようにできるかなんて下らないことをしていた。

大人になってみると海苔だけだと単調に思うようになり、しいたけの旨味や食感がうれしくなった。この前しいたけ入りのを食べていた子供の顔が若干変わったのを見て、ああ俺もそんなだったと昔のことを思い出した。

anond:20171023141133

寧ろ子供も産めない便器に端金渡して何が楽しいんだろうって感じだけどね!?

それでも好かれてると勘違いするには十分なのかな。

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