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はてなキーワード: 自分たちとは

2022-08-11

猫好きってなぜか動物虐待にうるさいのが不思議

自分の飼い猫が野鳥を殺している画像を「猫ちゃんからプレゼント♥」とほざいてふざけてtwitterに上げるような連中なのに。

わざわざ画像に上げなくても、猫を放し飼いにしてる奴も山ほどいるのに。

どういう心理なんだろう?

自分たちがやましいことしてるから、大声で他人非難してごまかそうとしてるんだろうか。

2022-08-10

anond:20220810233812

お隣の国みたいに自分たちの頭を神格化したいからだろう。

でなければ、中曽根だけでなく竹下宇野海部ちゃん国葬されるべきだった。

ブクマカのみなさん、有料記事ブクマしないでください

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色々な離婚の形、子供にどんな影響があるのかそれぞれ場合分けしてみた

夫婦仲が最悪、子供が独り立ち後に離婚

一番最悪な離婚パターン離婚した本人たちは「子供のため」とか言いつつ婚姻関係を続けているけど、実際は離婚によって自分たち社会的評価が落ちるのが怖いだけ。

離婚する時には子供の心はボロボロで病んでる恐れが高い。

子どもが独り立ちする前に仲直りすれば良いが、ほぼ不可能。この間に子供留学したり寮に行っていたりすると、子供の心は守られる。

離婚したくないなら子供を手放せ。


借金関係離婚

実は一番マシな離婚パターンだったりする。ただ闇金に金を借りたり、知人に金を借りてる場合子供人生破壊する。

夫婦仲が悪くなってるパターンもあるが、関係は悪くないが「仕方ないよね」で離婚してる場合子供への影響は一番少ない。


浮気で突然離婚

子どもへの影響は意外とないが、子供が独り立ちした後にこじれることが多い。

喧嘩などをすると子供の心に傷を残す。

anond:20220810142934

ユニバーサルデザインってマイノリティーに合わせてるようで実際はマジョリティーにも使いやすくなってるしそっちを最初から勧めたほうが全体最適なのに、自分のことしか考えないマジョリティーが多すぎて部分最適自分だけ気持ちよくなってて、変えること(=マイノリティにも使えるようにすること)は自分たちへの権利侵害みたいにビビりまくってマジョリティーだけに便利なあり方をこうやって理由つけて正当化しようとしてしまうんだよなあ。

統一教会への攻撃はお前らにとってダブスタの件

普段ナチス最初共産主義者攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから」と気持ちよさそうに言って、共産への攻撃には反論してるやん

この理屈を当てはめるならお前ら統一教会への攻撃にもやめろと声をあげないと筋通らんで?

これって特定思想信条攻撃する人が現れたとき無視しちゃいけないってことだぞ

無視してたら自分たち攻撃されたとき、それを守る人がいなくて当然なんだから

今回はたまたま統一教会だが、いつお前らが攻撃されるか分からんだろ

統一教会に言えるのは、寄付ガイドラインを作るからそれに従ってくれぐらいなもの

統一教会を潰してやるとか

統一教会自民党応援するなとかそんなことを言う権利は誰にもないんだよ

なんでお前らってすぐダブスタになってしまうんだ?

2022-08-09

訴えられたら負けるような同人誌で儲けるのいい加減諦めたら?

ネット無料配布する気になる範囲でだけ活動すればいいじゃん。

利益を得たいんだったらオリジナル作品にするか、企業として動かないならなんでも出していいよって作品に絞ればいいでしょ。

アングラで本売る文化いつまでも残したがる理由は分かるよ姪はくだもの

作る方→同人誌やグッズで利益出したい

買う方→訴えられたら負けるようなものでもいいか同人誌やグッズが欲しい

ってことでしょ?

まあそれが自分たち欲求に従ってのことならいいんだよ。

でもそこに「原作を本当に好きだから~~~」みたいなのいい加減やめろよ。

原作が好きなら作ってる人達の言うことを尊重しろって。

つうか作り手の側も「権利関係が面倒くさいから止めてください。でもバレなきゃいいかな~~~宣伝になるかもだし~~~」みたいな半端な態度取ってんじゃねえよ。

マジでムカツク

オタクってやっぱヤンキーと同じ人種なんだよね。

自分たちに都合の良い意味不明な俺ルールを沢山作ってはそれを他人押し付け最後はキレたらなんとかなると思ってる。

法の整備によって得られた豊かさを享受しながら自分たちはそれを無視していいかのように振る舞う

マジでモラルってものがねえわ。

そりゃ「キモイ」って言われるよ。

匂いとか顔じゃなくて考え方そのもの意味不明もの

いや本当に「意味不明」としか言いようがない。

ロジックが歪んでいる」「我田引水が酷くて話にならない」「話の前後が繋がらないのに自分たちだけ納得してる」といった要素がいくつも重なりすぎてもう「意味不明」と言うしかないんだよね。

なんなんだろうなコイツら。

anond:20220809011409

それはわかるけど、山上精神異常にしてきたり

証言捏造してきたのが安倍晋三という人間なんだよな。

事実として公文書偽造までやる勢力安倍配下に沢山いたわけだよ。

プーチン隣国侵略みたいにわかやす支配を広げたけど、

安倍祖父の代から宗教と手を組んで、宗教を無税にして金を吸い上げて

選挙を有利にして、自分支配から、土台を築き上げていった。

やっていることは同一国内だけどプーチンと一緒なんだよな。

安倍自民党内最大派閥清和会というの?で

実質自分たちの一族支配することに成功したロシアプーチンのものなんだよ。

これは陰謀論じゃなくて歴史的事実だということが

山上によって証明されてしまったんだ。

からみんな神さまのように崇め立てているんだよ。

anond:20220809122411

安倍さん本人がどうこうと言うよりは、後の権力を継ぐ人間が、自分たちこそが支配の実権を握っていると誇示するためだけのイベントからなぁ〜

利用される安倍さんあの世で苦笑してるよ

小3の息子が発達障害かもしれない

私達夫婦共働きで、夏休みも息子を学童に通わせてるんだけど、迎えに行くといつも学童先生に注意をされる。

「息子さん、またお友達トラブルになりました」って毎回のように言われて気が滅入る。

よくある原因を箇条書きにすると、

・思ったことをそのまま言ってしま

ルールを守らない友達に怒る

・なかなか謝らない 

といったところ。

例えば、10人くらいで遊んでる時、「この遊びつまんないのに、どうしてやるの?」とか言っちゃう

他にも、相手ちょっと自分に当たってしまった時「当たったから謝って!」と強く求めてしまう。

そんな調子から友達からも少しずつ距離を置かれつつある。

親としては「そんなこと言ったら友達に嫌がれるから、やめなさい」と言うんだけど、言う事を聞かない。

そもそも本人はこれで問題ないって思ってて嫌われつつあることも自覚してないから、変えるつもりがないんだろうと思う。

もっと私が躾けたらいいんだろうけど、厳しく無理やり直すのも効果的かどうかは疑問が残る。

病院相談に行ったら、発達障害検査しましょうかと言われたが、いざ診断が出た所でどうなんだろうとは思う。

薬はあまり飲ませたくないし。

学校相談したら、「ことばとまなびの教室」というのを学校がやっていて、月に何回か授業を受ける代わりにその教室へ通い、マンツーマンに近い状態で生徒の特性に応じた教育をしてくれるらしい。

自分たちだけでは息子をうまく教育できそうにないので、こちらに頼ろうかと思っている。

息子は確かに幼い頃からまり変わってなくて成長が遅い気がする。ワガママで口が悪いところがある。

でもすごく謝る時は謝るんだよな。母の日サプライズ手作りカードを作ってくれるとか優しいところもある。工作も上手だし。

何より息子の将来の幸せを願う。今後みんなと仲良くできて、社会に出ても一人で生きていけるようにサポートしていきたい。

anond:20220809094859

それで自分たちは「若者に支持されている!」と自己催眠にかかってしまい「若者投票に行け!」キャンペーンを行った結果、若者がほぼ自民に入れて何も変わらなかったのは笑った

DXとかノーコードについての所感

主にDXとかノーコード(ローコード)周りについてコンサル目線で書いておく

正直不動産ってドラマ見たので正直コンサルをやってみたかった

表でこんなことを書こうものなら会社クビになる可能性あるのでここに書いておく

(なんでこんな世の中になっちまったんだよw)

DXって別にIT化するだけの意味じゃないんだけど、それすらできてないかIT化って意味で以下注意点かいておく

DXやめとけ

というより、DXやりたいって言ってる人のほとんどがDXができる状態じゃない

床が見えないほど散らかってる部屋でルンバが使えないように、前提となる条件をクリアできてない

前提は単純に"自分たち仕事を把握しておく"これだけ

「なんだ簡単じゃないか!」ってみんな言うんだけど

それがもう絶望的にできてない

体感としては8割以上できてない

多分自分たちのやってる仕事が良くわからないし、行き詰ってるからDXという魔法言葉に救いを求めてるんじゃないか

まず自分たちがやってる仕事に対して、「どんな仕事をしていますか?」「その仕事をやる理由は何ですか?」という質問に答えられるようにする

これが出来なきゃ改善なんて絶対無理です

人が増えて、長くやってる会社目的がわからないルール意味のない仕事が増えていく

これを整理できないと何も前に進められないです

簡単に聞こえるけど、意外と作業理由まで言える人は少ない

収入印紙を貼る理由なんて良くわからない人がばかりなのにルールからと貼っている

そんな仕事がいたるところに溢れてます

収入印紙法律からどうしようもないけど)

程度問題ではあるけれども、なんでこの仕事やる必要あるんだ?この会議に出る意味はなんだ?

っていうものが半分以上ならDXとか言ってる場合じゃない

先にそっちなんとかしてください

誰がやるか問題

次に問題になるのは誰がやるかってこと

IT部門の若手にやってもらう!」とか気軽に言う人が多いんだけど

業務を把握して適切なツールを導入して運用しする

これできる人って

ウルトラスーパー超絶優秀な人です

いやマジで

1000人にひとり見つかれば良い方

この業界20年以上いるけどこれちゃんと出来る人、今まで一人しか会ったことない(その人はさっさと起業してしまいました)

ある程度大きな会社だと一人じゃできないから、仕様策定運用試験だったりを分割して誰かに任せる必要があるんだけど

責任感を持ってやってくれて、業務をよく理解している人を選定して説得する必要があります

これすごい難しいです

対人スキルが全方位カンストしてるような人じゃないと務まらないです

IT界隈だとプログラミング能力に秀でた人が優秀な人とイメージされやすいですが、この手の仕事ができる人も同じくらい評価されても良いと思うんすけどね

そんな優秀な人が貴社のIT部門に居ますか?

現場で使えない人の左遷先になっていませんか?

間接部門から出世コースに乗れない閑職扱いになってませんか?

もしそういう認識ならはっきり言って無理です

IT部門主導で全社の業務改善は出来ません

現場活躍できなくてもIT活躍出来る可能性もゼロではないかと思いますが、

現場NG出された方は要領だったり対人スキルに難がある場合が多く、その人がITツールを導入しても混乱を生んで余計な費用がかかるだけです

ノーコード開発

業務整理が出来て、IT化に着手する場合(まあ実際は役員メンツとかそういう理由で、業務把握もままならないまま突き進むんでしょうけど)

「やらなくても良い作業を止める」、「SaaSで出来ないか検討する」、「ノーコード開発で頑張る」の順で検討してください

当たり前ですが、やらなくても良い仕事を止めるのが開発もなく、運用費もかからない即効性があって一番良いです

無駄会議書類、これらを探して削るところから始めてください

次にSaaS検討してください

どこもやってる勤怠管理会計処理等は既存サービスで充足するはずです

SaaSで実現できなくて、ノーコードで開発する必要がある場合(ほとんどないと思いますが)

100点のシステムを作ろうとしないでください

ノーコード開発をやってみるとわかるんですが、結構かいところは出来ない場合が多く100%カバーするようなシステムを作る場合

すげー大変になることがあります

結局の所ノーコードとは言っても形を変えたプログラミングなので複雑にすればバグも多く発生しま

テストしにくい分コードを書くよりも悪くなるケースもあると思います

なので70~80%くらいカバーできれば良い

エッジケースだったり発生頻度の低いオペレーションはバッサリ切る

そんな感じでシンプルになるように努めてください

ノーコードの想定するユースケースを無理やり捻じ曲げてプラグインだらけの独自システム地獄です

(そうは言っても、こだわりが強いのか、冷蔵庫エアコンとしても使えるようにしたいみたいな人が多いんだよなぁ・・・・)

ここまで言うと、ノーコードって微妙なの?流行らない?って思うかもしれないですけどノーコード流行ます

というか現実的選択肢はこれくらいしかないです

まず現代システム開発は難しすぎます

プログラミング言語もセキュリティも覚えることが多すぎて、みんなノリでやってます

セキュリティ対策なんて意味わからんチェックシートを大して理解してない人がYES/NOつけてるだけで実装ボロボロ

たくさんのライブラリ毎日のようにアップデートされ、膨大な工数をかけてアップデートしてます

ドキュメントもすぐに陳腐化して、属人化しま

そんで属人化した担当者も辞めてブラックボックス

誰も触れなくなります

というわけでフルスクラッチ開発で内製化とか現実的じゃなさすぎます(金が有り余ってるならやってもいいですが)

つーかIT生業にしてる会社もできてないです

ノーコードでも属人化して、ブラックボックス化するのは一緒ですが

セキュリティアップデートとか、セキュリティ対策は幾分楽になるので、まだマシです

ちなみに今SIerシステム開発頼むのは悪手なので止めときましょう

多分想定してる予算より桁2つくらいは違うと思います

プログラマーの腕に激しく依存していて、プロダクトの品質が同じ会社でも全然違うみたいな状況はいずれ改善されていくと思います

カンナとノコギリを使って家建てる大工が少なくなって、プレカットの建材を運んで組み立てる家ばかりになったように

いずれこの業界部品を組み合わせるだけになってくと思います

もちろんプログラミング必要な分野はゼロになりませんが

(つーか実際もう、ID管理とかメール送信は外部サービス使うのが主流になってきていて、どんどんコード書かない方向にシフトしてる気はしてる)

テスト

前述の内容と少し被りますけど、半分くらい作ったらさっさとユーザーに使ってもらったほうが良いです

負荷テストとか、UIとか拘るのは良いんですけど、方針レベルで間違ってた場合は全部やりなおしになるので、

早い段階で使ってもらうようにしてください

多少バグがあっても良いので早めにイメージを擦り合わせたほうが結果的に早く終わります

バグってるものユーザーに使わせたら怒られるとかいう人いるんですけど、

使う人と作る人が気兼ねなく話せるような関係じゃないと開発はうまく行かないので撤退しましょう

席を隣にして談笑できるくらいには仲良くしてください

ツールの選定

いきなりbubble, outsystemsみたいなガチなやつから入らないほうが良いです

多分挫折しま

kintoneとかairtableみたいなやつから使ってみるのをオススメしま

あと選ぶ際に、営業にいろいろ聞く前にまず自分で使ってみること

最初から営業に聞いちゃうと、「頑張ればできます」みたいな回答しか返ってこない

実際に使ってからセミナー行くとか、営業と話して聞いてみるの方が良いと思います

効果検証

システム作ったあとに、効果があったのかきちんと検証してください

大学受験して合格発表確認しないようなことあるのか?と思われるかもしれないですが、

やらない会社結構あります

デジタル化したんだから効率的になってるに決まってる!ヨシ!

ということなのか単にめんどくさいのか分からないですが、ちゃんとやりましょう

効果検証も平均で5分短縮されました!効果ありです!

ただし標準偏差が30分(n=10)とか、

便利になったとしか書けないようなアンケートとか

いい加減な検証もやめてください

ぶっちゃけほとんどのシステムが上手くいかないですが

コンコルド効果で捨てられなくなって負の存在として生き続けます

そうならないように作る前から効果検証方法撤退ラインを決めておくと良いと思います

どこもかしこも役に立たない死蔵されたシステム多すぎです

保守

保守についてあれこれ心配する人いますけど、安心してください

保守なんて誰もできないです

10年もすれば、担当者業務も変わってドキュメントは不整合だらけ

軽微な不具合修正もまともにできてない状態になってます

技術トレンドも変わっているので作り直してください

20年に一度作り直す式年遷宮技術継承意味合いが強いと聞いたことがありますが、それと同じでシステム10年以内に作り直す気持ちでいた方が良いです

最低限のドキュメント更新とかアップデート必要ですが、維持に多大な工数がかかるとか、修正時間がかかるようになったら作り直してください

まとめ

色々書きましたけど、業務把握が一番大変でそれができれば割となんとかなります

自分たち仕事管理できないから、システムを作って解決しようとするからおかしいんです

それって業務整理とシステム開発という2つの仕事を並行してやることになるので、そりゃ混乱もしま

あと業務整理を自分たちで出来ないかコンサルにお願いしてやってもらうっていう事言う人いますけど止めたほうが良いです

コンサルからしてみれば他人事ですし、あなた会社について世界で一番詳しいのはその会社に属している人です

その人たちがお手上げだと、外部の人間だって十中八九うまくできないです

仕様さえ明確に作ることが出来るなら、ツールの違いやら、プラットフォームの違いなんかは些細なことなんですよ

まあそれはそれで、大変ですけど仕様さえ決まってるなら何とかなります

というわけで各位頑張っていただければ

純粋な疑問なんだけど、

反ワクの人はワクチン打つと数年後に死ぬとか病気になるとか言うけど、

その数年後に真っ当な医療従事者の大多数やエッセンシャルワーカーやら、人口の8割以上が消えた世界でも生き続けたいって思うのかな

一気に人口減ったら自分たち生活も回らなくなるだろうに

清水晶子先生の講演を読んで見る (1) 「学問の自由」の定義ってなんだろう

前置きの前置き

この文書で何が批判されているか知りたいだけの人は、一番下の節「まとめ」までジャンプ

前置き

清水先生の講演についてここ一週間くらい悪口Twitterで書いてた江口先生に、それブログに纏めてよと言ったら気が乗らないと断られてしまったので

代わりにそれっぽいものを書いてみる練習

具体的には江口先生

うまい人びとは、前に書いた辞書定義約定定義明確化定義理論定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます

と最新のブログで書かれているのを、清水先生の講演を題材に自分なりにスケッチしてみる。

続き、というか中間にあたるのだが「(2) ポリティカル・コレクトネスってなんだろう」「(3)キャンセルカルチャーってなんだろう」を書くかは未定。

まり、この記事は書き起こしで言う「Part1 〜学問の自由とその濫用〜 」の検討が中心だが

最後の方で全体を対象にする前に他のPartの検討を書くべきところ、途中で力尽きている。

とはいえだいたいPart1の検討とほぼ同じものを繰り返すだけ


前提

を先に見ていることが前提。

特に江口先生ブログに書かれている5つの定義

説明はほぼ書かないので、分からなければブログを参照するように。



学問の自由辞書定義

まず、清水先生スライド提示するのが

1998年 国際大学協会(IAU)声明学問の自由大学自治社会的責任」による定義です。

学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者教員学生が、倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由

これは明らかに 辞書定義 ですね。

人びとがその言葉をどう使っているか国語辞典の載っているような形で説明している。

そして次に清水先生は、

一般的には、〜〜、というふうに考えることができる。」

「従来はそして一般的には、〜〜、というふうに理解されています。」

自分言葉でも「学問の自由」を定義します。

世間一般用法という文脈なわけですから、当然、スライド引用の言い換えに相当する語釈が、聴衆には予期される、

同じく 辞書定義 が与えられようとしているもの解釈されます

実際に与えられた定義を見てみましょう。

ある種の公の定義であるIAU声明に対する言い換えとして、清水先生による定義を読んでみると一つ気にかかるところがあります

IAU声明では「外部から圧力」となっているところが、

と非常に具体的な形になっています

世間一般用法として紹介される割には、議論のあり得るところで

「こういうのは多数派も少数派もない、学問独立って話なんですが、多数派から圧力特に抵抗しにくいので」

というふうに説明するほうが世間認識とあっているように思える。

とはいえ、ここまでならば、代表的な「外部から圧力」を並べただけ、ただの例示ゆえに言い換えの範疇であり、辞書定義のままだと受け取ることもできる。

学問の自由」の濫用としての「学問の自由侵害」への説得的定義

次に清水先生は「学問の自由」の濫用の話を始めます

ただ、ここで私が書きにくくて困ってしまうのが、清水先生が「具体的に」何を批判されているのかさっぱりわからないことです。詳しくは後の節でも取り扱います

今は、とりあえず定義の話をしましょう。

現代の誰かが主張している「学問の自由侵害」とは、〜〜だ」と、清水先生定義していると読める箇所を、少し文言修正の上、抜き出します。

見事にすべて 説得的定義 ですね。江口先生ブログで挙がっている

中絶とは、罪のない子供の容赦ない殺人である

中絶とは、女性を望まない負担から解放する安全外科処置である

などと同じ形式となっている。

ただ、読みながら何を論じているのかわからなくなって辛くなってしまうのは、

中絶の例ならば、中絶辞書定義 は共有されているという前提のもとで、 説得的定義 を用いているのに対し、

清水先生は、この文脈での「学問の自由侵害」とは 辞書定義 学問の自由侵害とは全く異なるものだと論じていることです。


(下の2節は「どう論じているのか」という細かいレトリック解説なので

批判の要点が掴みたいだけの忙しい人は飛ばしても良い。

どう辛いのかについては、「批判対象曖昧さ、具体性の欠如」でページ内検索してジャンプ。)


辞書定義明確化定義として使用することを目的とした約定定義へのすり替え

最初の節辞書定義から

これらは学問の自由侵害定義として読むことができるものであり、

先に導入された説得的定義社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立て」とは対義の関係にある。よって等号で結ばれることはありえない。

ゆえに、「従来から論じられてきた一般的な節(辞書定義)」学問の自由ではない、という論証。

しかし、これはIAU声明にはなく清水先生が付け加えた箇所のはずですね。

先程はただの例示と見ればという限定をつけて辞書定義と認めました。

逆に言えば、「そうでなかったら学問の自由でない」というふうに使うならば、もはや例示ではなく、清水先生独自見解です。

すなわち、この時点で辞書定義として導入された学問の自由という概念

学問の自由を〜と私は定義します!」という約定定義へとすり替えられているのです。

一旦まとめると、

「よくわからないものを」「なんか悪そうに定義して(説得的定義)」、

「その悪そうな要素にぴったり当てはまらない要素を、一般的定義の中に紛れこませる(定義すり替え)」

これが清水先生レトリックです。

定義を縦横に駆使するレトリック

付け加えていえば、ここですり替えられた約定定義根拠

学問の自由とは

「力のある人たちとか多数派にとって都合が悪い、あるいはそこにとって利益にならないというだけの理由で、 研究教育を抑圧したり不当に妨げたりすることを困難にするはずのもの

という説得的定義の導入も行っています

まさに、

うまい人びとは、前に書いた辞書定義約定定義明確化定義理論定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます

のものですね。

じゃあ、5つの分類の最後理論定義はどうか、

憲法23条保障する学問の自由

この一節は憲法学理論を援用しているため、少し強引ですが理論定義を示したものとも言えるでしょう。

実際、この定義根拠に「学問の自由侵害」を「なんか悪そうに定義した」説得的定義に対し

これは日本国憲法保障される学問の自由からはかなりかけ離れたもので、何を言ってるんだというふうに思われるかもしれません。

否定しています

なぜかけ離れているのかというのは詳しく述べられていませんが、

要は憲法学理論憲法原則としては国家権力監督するものであり、私人間効力の議論私人相互に大きな権力差がある場合の話である」という話でしょう。

権力差をどう捉えるか、例えば「学界から事実上キャンセルできたというのは、権力差があったといえるのではないか」というのが憲法上の論点になるわけですが、

そこを 説得的定義 から導かれる「抑圧側 VS 被抑圧側における抑圧側が学問の自由を主張している」という構図でクリアするわけです。

批判対象曖昧さ、具体性の欠如

ここまでいろんな種類の定義を用いたレトリックが使われてきましたが、

正直なところ、説得的定義から導かれる「抑圧側 VS 被抑圧側における抑圧側が学問の自由を主張している」という構図を用いた時点で

直感的にはそれは学問の自由ではないでしょうという話になります

ゆえに最も問題になるのは、そう定義されるのが具体的になんなのかです。


清水先生は「こういった言説が具体的にどう現れてきたのかご説明したい」と30分近く説明してくださっているのですが、

書き起こしを全文検索してもらえればわかるのですが「学問の自由」を直接的に濫用している例として挙げられているといえるのは、

Horowitzによる、Academic Bill of Rights (ABOR) のみです。

ほか間接的な繋がりとしては「ポリティカル・コレクトネス」「キャンセルカルチャー」の事例が話されているのですが

これも抽象的な定義操作時間を割いていて、具体的な文脈はほぼない。学問の自由とどう関係するかも全くと言っていいほど書かれない。

詳しくはそれぞれをどう定義しているのか、という点を検討する必要がありますが、

これは別の記事「(2) ポリティカル・コレクトネスってなんだろう」「(3)キャンセルカルチャーってなんだろう」に譲り、

記事「(1) 学問の自由ってなんだろう」では、直接的な例、ABORに絞ります

議論余地はない」ほど明らかなものだけ議論される

清水先生はABORを曲解して参照しているのではないか、という指摘もあるのですが、

とりあえずここは論点にせず、清水先生解説をそのまま採用します。

ABORの主張は、

ナチス政治哲学擁護であるとか、あるいは進化論否定であるとか、 そういうもの学術的に正当な主張の一つとして教えるべき」

「実際にそういうような授業になっているかどうかを、 授業内容を調査する仕組みっていうのを大学は作るべき」

学問の自由とはそういった環境で成立する。

ぶっとんでますよね。これ肯定する自由主義者いるんですか?

ナチス肯定論文を学問の自由擁護することはできない(マルコ・ポーロ事件)」じゃないですよ?

しろ、何が相手だろうと自由である肯定する、過激自由論者ほど否定する内容です。

大学ナチス擁護を正当な主張の一つとして教えるべき」、自由でもなんでもないじゃないですか

まとめると、

最終的には、そして本質的には、清水先生は「学問の自由」について議論余地のないことしか言っていません。

じゃあなんで議論になるのか。

清水先生立場からすれば、「学問の自由」の濫用だと当然問題視しているであろう例が

ある意味辞書定義のように暗黙に共有されているからです。

千田有紀と呉座勇一

清水先生にとって非常に身近な例であるはずのそれは2例あります

このちょうどいい2人については講演では全く触れない。

特に後者の呉座先生については質疑応答で「学問の自由」を求めている人として名前が挙がったにもかかわらず、

ちょっとからない」「詳しくない」「法律専門家ではない」「裁判をはっきりきちんと見ているわけではない」「労働争議であって学問の自由ではないんじゃないかなぁ」

との返事。

「そうです。呉座さんの事例こそが私が批判した「学問の自由」の濫用です」ではなく「詳しくない」。

訴訟原告の1人であるからには詳しくないわけはないのですが、文字通り解釈するならば

この「学問の自由」の濫用批判において、呉座先生の事例は検討すらされていない、ということになる。


たこの回答の続きとして、呉座のことを言っているわけではないという注釈付きで、「学問の自由では擁護できない」例が出されました。

理論物理学者の性暴力学問の自由擁護することはできない」

何を当たり前の話をしているのでしょうか。関係ありますか?

せめて多少は「学問の自由」と文脈がつながるように「酷いセクハラパワハラを長年犯してきた超一流哲学者大学から追放されたことを、学問の自由擁護はできない(ジョン・サール事件)」くらいにしましょうよ。

まとめ

文脈がわかるくらい解説をつける具体的な例については、当たり前を超えてもはや関係のない例しかさない。

それでいて、批判対象に対して一般に共有されるような辞書定義には触れないで、

何を批判しているのかも厳密には不明確なまま、説得的定義に対する抽象的な定義操作を元に議論を行う。

暗黙の辞書定義説得的定義の関連は、聴衆が勝手勘違いしてくれることに任せる。

これが、学問の自由についての、清水先生の講演の構造です。

2022-08-08

anond:20220808201502

灰色自分たちを白く見せるために他人の黒っぽさを強調してるんや

anond:20220713103632

奴隷には道徳を説いて反乱しないようにするんだよ

でも自分たちは堂々とルール破りってわけ。

当然じゃないですか。

2022-08-07

anond:20220807004927

お前5ちゃんでも同じこと言って論破されてただろ。なんでも起源を主張するなよ淫夢厨が。糞寒いくだらないネタで「自分たち面白いことをしている」ヅラしてるのが最高にダサくてウザい。自分たちの巣から出てくんなよ

anond:20220807004927

お前5ちゃんでも同じこと言って論破されてただろ。なんでも起源を主張するなよ淫夢厨が。糞寒いくだらないネタで「自分たち面白いことをしている」ヅラしてるのが最高にダサくてウザい。自分たちの巣から出てくんなよ

anond:20220807133215

政治家に尽くすのは詐欺組織である自分たちかばって詐欺を働きやすくしてくれって下心ゆえのことでしょ。

から被害届を出してもこの10年一件も検挙されないなんて状態になった。国家公安委員会委員長統一教会の息がかかってるやつがなることが常套化していた。

故に宗教の名を騙って騙す詐欺が横行してるのが日本

から消費者トラブルを多くおこしている組織政治家献金をさせたり人材供与するのを禁じて、逆に宗教機関誌宗教イベントに参加することも禁じるべきだな。

はてなーもまた「マスクを屋外で外して良いという許可が出たのだから満員電車で外してもいい」の民なんだね

https://anond.hatelabo.jp/20220807004927

この増田

ガバガバという言葉グダグダという意味が生まれたのはここ10年のこと」

という言葉に対してのはてなー反論が酷すぎてめまいがする。

もっとからあるんだよなあ

週刊サンケイ. 13(46)(697);1964・11・2 国立国会図書館限定 雑誌 扶桑社 [編] (扶桑社, 1964-11)

目次:6000カロリーの豪華な食べっぷり――ムシャムシャガバガバ、よく食べる。各国選手の胃の内は /

ガバガバ淫夢以前に「締まりのない女性器」という使われ方もあったよ。「遊んでる女」みたいなニュアンス

うん。

どっちも「ぐだぐだ」という意味ガバガバを使っているという話じゃないよね。

ガバガバというオノマトペがそのまま当てはまるような物理状態に対してガバガバを使っている状況を指している。

オノマトペのもの意味から派生して、より概念的なものグダグダ状態を表す言葉として使われだしたのがここ10年という意見に対しての反論としては成立してない。


ガバガバは「蟹工船(1929)」で使われているらしい。

これはちょっとおもしろいと思ったんだがすぐに

蟹工船の「ガバガバ」は、布が堅くなった状態(「ゴワゴワ」みたいな)では?

反論されている。

これもまた「物体物理的な状態に対してのオノマトペ」であり、「仕事段取りが上手くいってない状態」を表現しての「ガバ」というニュアンスではなく派生のものを指している。

ガバガバという言葉グダグダという意味が生まれたのはここ10年のこと」

における「ここ10年」は「グダグダという意味が生まれた」の時期を指している。

これは日本語母国語として12義務教育やっていれば当然読めると思われる。

だがはてなーたちはこれを「ガバガバという言葉が生まれたのはここ10年」と読んでいる。

これはまさに日頃はてなー馬鹿にする「十分に人との距離が離れており換気もされている屋外においてはマスクを外しても問題がない」を読めない人種ではないか

あえて注釈を入れるが、この文章は「十分に人との距離が離れており換気もされている屋外」という条件を満たしたときであれば「マスクを外しても問題がない」という意味だ。

間違っても「マスクを外しても問題がない。何故なら屋外で赤の他人と過ごすシチュエーションにおけるお互いの距離感染危険がないほどに長いと証明されたかである。つける必要があるシチュエーションハグセックス・大声での口喧嘩ぐらいであるが、これらは屋外では滅多に行われない。つまりマスクはもうほとんど不要と言って良いのである」ではない。

結局ははてなーもまた文章を読んでいるわけではなく、文章からイメージされる情報に対して自分記憶何となく結びつける人種なのだ

まるで英語が出来ない学生リスニング試験を受ける時のように、文法もよくわからないまま単語自分記憶を朧げに結びつけることでなんとか意味理解した気になっているのである

そしてそのことに自覚がない。

何故なら、彼らにとって文章を読むとはずっと昔からそうであったからだ。

散りばめられた単語自分経験知識を組み合わせて、それっぽい話を頭の中で組み上げているだけなのだ

言葉法則によって並べられ、悪文でもない限りは意味が一意に絞れるような組まれ方をしているものだとは思ってない。

「アレ」や「ソレ」といった代名詞を使ったりジェスチャー雰囲気でなんとなくお互いの考えを伝えるのと同じ延長線上にあるのである

これは実に恐ろしいことだよ。

何が恐ろしいって自分たちがそんな状態のままで他人には「マスクを屋外でいつでも外していいってなんで判断してるの?」「ただの風邪ってフレーズだけを切り抜いて何から何までただの風邪と同じとついに暴露したって騒いでるの頭おかしいでしょ」って言うんだものな……。

何も変わらんよ。

自分たちが日頃そういう会話に参加してるから漠然とし「既に知っていること」を「なんとなく思い出して」いるだけじゃないか

ビックリだな。

Alexの読解力問題が解けない大人たちだ。

ケーキを切れないかもしれない境界に多くの人達がいるという本が前に話題になったが、ネット他人文章読解力を散々笑ってきたコミュニティAlexの読解力問題を解けないというのもそれに似た話なんだろうな。

これはひどい

本当にひどい。

まあ面白くはある。

絶望パン工場

山崎パン労働クチコミ読むの好きだから読んでるけど

ヘイトが溜まりすぎて下がった好感度

被災地パン配って相殺してる感ある

 

被災地パンもらった人はパン工場で働いて恩返ししてみたらいいと思うんだよね

自分たち肯定したのはこの労働だったのかと…。

フジロック参加者は基礎疾患者虐殺未遂

フジロックマスクつけずに声出しして大量に感染者が出たらしい。

おびえて生きる基礎疾患者もっと声を上げて怒るべきだと思う。これは、フジロック参加者と言う種族が、自分たち利益のためなら基礎疾患者など死んでも構わないという態度で起こした民族浄化虐殺未遂事件なのだ

刑事的な訴追はできないかもしれないが、基礎疾患者は、フジロック参加を公言する人間を、それぐらいには警戒しておいたほうがいい。

もうコロナ禍も3年で、この時期に声を上げてノーマスクで参加することを許したら感染者爆増になるとわかっていたのにやった。

下手すると、本当に、感染蔓延させて、弱い基礎疾患者を淘汰して日本を強くしよう、とか優生思想に基づいて参加した人間もいるんじゃないか

ユダヤ人虐殺がなぜあれだけ非難されるようになったのかといえば、虐殺を生き残ったユダヤ人絶対ナチス関係者を忘れず許さず、何十年経っても隠れても別人に成り代わっててもナチス関係者を見つけ出して罪を償わせたからだ。

基礎疾患者も同じように動こう。この時期にフジロックに行った人間は、我々基礎疾患者人間だと思ってない。死のうがどうなろうが構わないと思ってる。今年のフジロック参加者を何十年経っても忘れずに、見つけたら「あなたは基礎疾患者を殺そうとしましたね?」と非難しつづける。基礎疾患者抹殺しようとした罪を償わせる。

フジロック参加者を許さない。基礎疾患者は、そういう心持ちでこの数年を生き延びよう。生き延びて生き残って、コロナが落ち着いたときに今年のフジロック参加者を炙り出して、基礎疾患者を殺そうとした、と非難し続けよう。そうしないと、我々基礎疾患者はこれから殺され続けるだけだ。

これは、基礎疾患者日本人として生きることが許されるかどうか、そういう民族浄化問題なのだ

フジロック参加者は基礎疾患者虐殺未遂

フジロックマスクつけずに声出しして大量に感染者が出たらしい。

おびえて生きる基礎疾患者もっと声を上げて起こるべきだと思う。これは、フジロック参加者と言う種族が、自分たち利益のためなら基礎疾患者など死んでも構わないという態度で起こした民族浄化虐殺事件と変わらないと思う。

刑事的な訴追はできないかもしれないが、基礎疾患者は、フジロック参加を公言する人間を、それぐらいには警戒しておいたほうがいい。

もうコロナ禍も3年で、この時期に声を上げてノーマスクで参加することを許したら感染者爆増になるとわかっていたのにやった。

下手すると、本当に、感染蔓延させて、弱い基礎疾患者を淘汰して日本を強くしよう、とか優生思想に基づいて参加した人間もいるんじゃないか

ユダヤ人虐殺がなぜあれだけ非難されるようになったのかといえば、虐殺を生き残ったユダヤ人絶対ナチス関係者を忘れず許さず、何十年経っても隠れても別人に成り代わっててもナチス関係者を見つけ出して罪を償わせたからだ。

基礎疾患者も同じように動こう。この時期にフジロックに行った人間は、我々基礎疾患者人間だと思ってない。死のうがどうなろうが構わないと思ってる。今年のフジロック参加者を何十年経っても忘れずに、見つけたら「あなたは基礎疾患者を殺そうとしましたね?」と非難しつづける。基礎疾患者抹殺しようとした罪を償わせる。

フジロック参加者を許さない。基礎疾患者は、そういう心持ちでこの数年を生き延びよう。生き延びて生き残って、コロナが落ち着いたときに今年のフジロック参加者を炙り出して、基礎疾患者を殺そうとした、と非難し続けよう。そうしないと、我々基礎疾患者はこれから殺され続けるだけだ。

これは、基礎疾患者日本人として生きることが許されるかどうか、そういう民族浄化問題なのだ

2022-08-06

anond:20220806122837

嫌がられてるのは宗教を騙った詐欺団体なのに、外のものを巻き添えにして自分たちは悪くもないんってのは統一教会工作員のいつもの手口。

2022-08-05

清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

目次

anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=3428s

57:08~1:05:19

抑圧側と被抑圧側との逆転の構図

抑圧側と被抑圧側とのこのような逆転の構図というのは、2010年代にはオルト・ライトと呼ばれる新興右派

あるいはそれとも重なるミソジニーに満ちたオンライン男性主義の主張などにおいて、幅広く利用されるようになっていきます

もちろんマイノリティを、かぎかっこ付きの「私たち」の外部にある敵というふうに認定する、

その敵の攻撃から身を守らなくてはいけないという形で、当該のマイノリティへの抑圧や暴力正当化していくっていう、

その形というのはもちろんその以前から

例えば排外主義において、あるいはモラルパニックにおいて広く見られてきたものではあります

9.11同時多発テロの後、対テロ戦争期の欧米各国におけるイスラムフォビア暴力っていうのはこういうものだったわけですし、

あるいは70年代80年代に、同性愛者とりわけゲイバイセクシャル男性というのを、

当時は性的捕食者、セクシャルプレデターっていうんですけれども、性的捕食者あるいはHIVウイルス拡散元として、

非常に激しくバッシングしたのが英米モラルパニックっていうのになるんですが、これなんかがすぐ念頭に浮かぶと。

じゃあそのオルト・ライト勢力オンラインミソジニーアカウント群を巻き込んだ、2010年代の特徴っていうのは何かっていうと、

これ単にマイノリティ側を、自分たちを脅かす敵なんだというふうに認定するだけではなくって、

マジョリティ側が力のある側が、自分たちを「差別されている」「抑圧されている」、あるいは「自由侵害されている」という形で、

はっきりと、私たちこそが「被害者である」「被抑圧者である」という形で、語り始める点にあると言えるかもしれません。

そういう語りのこの後もいろいろ出てくると思うんですが、

今のところ最新の形がいわゆる「キャンセルカルチャー批判」というものになります

キャンセルカルチャーとは

CAMBRIDGE DICTIONARY

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱する (offend) ようなことを言った人を完全に拒絶したり、その人の支持をやめたりする振る舞い方

MERRIAM-WEBSTER

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為(公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること)をするような実践

ピュー・リサーチセンター(2020)

リベラル寄りの人々は「ある人に自分の行動に対する責任を取らせるためのアクション」と捉える

保守派よりの人ほど「検閲」と捉える

キャンセルカルチャーという語が急激に知られるようになってきたのは、

2010年代後半のことで、したがってだから、数年なんですよね、

キャンセルカルチャー意味とか語法も、現時点で完全に固まってるとは言い難いところがあります

実際、例えば辞書定義を見ても、Cambridge Dictionaryだと、

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱すること」、offendという言葉ですが、

自分を傷つけたり侮辱したりするようなことを言った人を完全に拒絶したりとか、

あるいはその人への支持をやめたりする振る舞い方」、いうふうに定義している。

それに対して、もう一つ別の有名な辞書でMerriam-Websterなんかを見ると、

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為」、

このキャンセル行為というのは「公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること」なんですが、

集団キャンセル行為を行う実践」っていうふうにしていて、だから重点がちょっと異なってるんですね。

またピュー・リサーチセンターによる2020年時点の調査では、

リベラル寄りの人々は、

キャンセルカルチャーというのは、ある人に自分言動に対する責任を取らせるためのアクションと捉える傾向が強い。

それに対して保守派に寄っていく人ほど、

同じキャンセルカルチャー検閲であるというふうに捉える傾向があるということが明らかになってます

まりある人々が、差別的だったり暴力的だったりするなど社会的・文化的問題があると思われる言動を、

放置しないために取るアクションだ、ってふうに考えているものが、

より保守的な別の人々にとっては、これがつまりキャンセルカルチャー批判」の文脈になるわけですけど、

そちらの人々にとっては、それが集団での圧力とか検閲とかっていう形で理解されている。

言い換えれば、「キャンセルカルチャー批判」という形でのキャンセルカルチャーってのは、そもそも最初から

しばしば多数派である括弧付きの「私たち」の言動を、差別的とか抑圧的などと非難することで、

私たち」の言動検閲する抑圧する、あるいは「私たち」を差別する圧力というふうに定義することができる。

から先ほどからお話ししている逆転の構図を含み込んだ用語っていうのが、キャンセルカルチャーだと言えると思います

正義と開かれた議論についての書簡」(通称ハーパーズ・レター」2020)

153の署名: ノーム・チョムスキーサルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど

若い左派から批判キャンセルカルチャーキャンセル

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような「必要過去清算(reckoning)が、同時に、開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」

保守派による「キャンセルカルチャー批判」の事例というのは、とりわけ2020年代になってからほとんど枚挙にいとまがない。

毎月のように何か出てくるんですが、ただ時間がないので、

ここでは学問の自由に関わる、そして最も知られた例の一つを挙げておきたいと思います

何かというと、2020年に公開された「正義と開かれた議論についての書簡」というものです。

一般的にはハーパーズ・レターと呼ばれるんですが、その公開書簡なんですけども、

この公開書簡は、当時のトランプ大統領代表される右派の動きというのは民主主義の脅威であるというふうに位置付ける一方で、

同時に右派はまずいと、だけど同時に左派の間にも異なる見解に対する不寛容がまん延しつつあるというふうにして、

より開かれた議論必要性を説くんですね。

ここの何か不寛容とかそういう表現が、先ほどちょっとお示ししたブッシュ・シニアポリコレ評価と、

用語としてこう微妙に近似しているのは非常に興味深いところなんですが、

とにかくただこれだけ見ると何でもない主張に見えるんですけれども、

この公開書簡、例えばノーム・チョムスキーとか、サルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど、

非常に有名な人たちを含む153名の研究者作家ジャーナリスト署名しているんですけども、

この公開書簡、何でもない、割とこう、どうでもいいというか普通のこと言ってるように見えるにもかかわらず、

公開されるとすぐに「キャンセルカルチャー自体キャンセルしようとする公開書簡である」っていう形で、

人種的性的マイノリティを中心とする若い左派から大きな批判を受けることになります

実際のところただこの公開書簡自体を見ると、

キャンセルカルチャーという用語は、それどころかキャンセルっていう用語も1回も使われてないんですね。

じゃ何で批判が来るのかっていうと、ここ(=スライド)にあるんですけども、

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や

「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような

必要過去清算」、この清算というのはReckoningという言葉を使うんですが、これが同時にそれは必要だと、

だけど同時にそれが「開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、

一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」というふうに言うと、

この表現が、とりわけBlack Lives Matterを通じて、

Racial Reckoningって人種的過去清算の盛り上がりを迎えていた英米両国においては、

人種主義への批判のもの不寛容だと見なすキャンセルカルチャー批判」の文脈につながる書簡だというふうに受け止められた。

同時に、キャンパスにおけるポリティカル・コレクトネス批判者として知られていた、

言語学者スティーブン・ピンカーであるとか、

ハーヴェイ・ワインスタインの弁護を引き受けたことで、学生から抗議を受けてハーバードロースクール学部長職を退くことになった、

法学者のロナルド・S・サリヴァンであるとか、

この公開書簡の公開時にはトランス排除言説の支持者として知られていて、その言動批判が集まっていた、

作家J・K・ローリングとか、

そういう人たちが名前を連ねていたということももちろん、

この公開書簡が「キャンセルカルチャー批判」の一翼をなすものと受け取られた一因ではあったと思います

この書簡は、先ほどもちょっと申し上げたように、例えば左派代表知識人と見られてきたチョムスキー署名をしている。

同時に、ネオコンサバティブの論者である、例えばフランシス・フクヤマみたいな人も署名してるんですね。

まり従来の分け方で言えば、まさに右も左もなく同意できる原則を語っているように見える。

にもかかわらず先ほどから申し上げているように、

実際には、より若手のマイノリティライターとか研究者から強い批判が出る結果になった。何でか。

恐らくこれは、後者に当たるより若いマイノリティの人たちというのは、

学問の自由とか言論の自由擁護というのが、

近年では力のある地位にある人々が、自分たち差別的・抑圧的な言説の責任を問われたときに、

その批判糾弾を振り払うために使う枠組みになってしまっている、ということを感じ取っているのに対して、

フクヤマにしてもチョムスキーにしても、ある程度は地位が固まった偉い人たちっていうのは、

その事実をあまりきちんと把握できてなかった、いうことではないかと思います

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

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