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はてなキーワード: 音楽シーンとは

2018-08-19

追記ポップコーン死ね

なんでみんなシネコンポップコーン食べるの?

ばりぼりばりぼり音させてさー。

ガサゴソガサゴソ袋の音もうるさい。

かに食えんのか。

てゆーか、みんな、食いながら観てて集中できなくないの?


追記

みんな、寛容なんだな。

てか、別に笑うな音いっさい出すなとは言ってない。

観客みんなで映画を観てて、劇場内でどっと笑いが起きたり、泣いたり。

そういうのは別にいいよ。笑うシーンでは自分も声をあげて笑うかどうかは別にして、

少なくとも可笑しいという感情の部分は同期してる。違和感はない。

ポップコーンを食う音もいっさい出すなとは言わない。

派手なアクションシーンや音楽シーンなんかに紛れたら気にならない。

けど、無音の静かなシーンで、真横でポリポリガサガサされると、

それまで映画に没頭していても、すっと現実に引き戻される。

スマホライトなんかもそうだ。

没頭してるところで、横の奴がスマホを取り出しライトがつくと、

気にしてなくたって、そこで一気に現実に引き戻される。

映画館の暗闇はなんのためにあるか。

映画の中に入り込むためだ。

そこに、自分感情と同期しない、映画とも無関係タイミングで雑音が入ったり光が入ったりしたら。

そんなの関係ないって奴は、普通に家のリビングスマホ弄りながら、飯食いながら、誰かと喋りながら観てりゃいいじゃん。

映画館の暗闇に来る必要ないじゃん。

2018-04-22

好きな歌手が5chで"グッズ売りおばさん"と言われている

かにメジャーレーベルを辞めた後に露骨音楽活動の停滞が見られたが"グッズ売りおばさん"まで落ちぶれるとは

彼女らが日本音楽シーンを席巻した時期も少しはあったはずなのだ

2018-02-01

anond:20180201172640

最近中華ポップスをよく聴いてる。

台湾日本音楽シーンが似てる感じが面白い

香港土地柄、広東語と、英語歌詞の曲が結構ある。

中国語圏音楽歌詞で韻を踏んだり、MVに大体字幕が入っていたり、なかなか自分常識を超えた発見がある。

2017-12-02

似ている曲

シンガーソングライター井上昌己が初期に出したシングルに『魚座たちの渚』という曲がある

最近初めて聴いたのだけれど、清冽で伸びのあるボーカルちょっと切ないメロディーが相まって、とても素晴らしいと思った

同時に、これ、どこかで聞いたことあるぞ? と思った

スターダストレビュー名曲、『もう一度抱きしめて』にサビの部分のメロディーが似ているような気がする

2つの曲になにか関係があるのだろうか、作家が同じなのだろうかと思うくらい似ている

なんのことかと思う人は、2曲ともYoutubeに上がっているので、聴き比べてほしい

魚座たちの渚』

https://www.youtube.com/watch?v=vw9G-AkNWbc


『もう一度抱きしめて』

https://www.youtube.com/watch?v=G6y2uORwWoc


魚座たちの渚』が発表されたのが1990年

『もう一度抱きしめて』が収録されたアルバムSOLA』が発表されたのが1993年

当時はこういうメロディーライン流行っていて、ありふれていたのだろうか


まさか


と思っても、自分スターダストレビューが好きなので気になってしま



なぜ似ているのかわかっても、自分人生は1ミリも変わらないと思うけど、もやもやする

当時の音楽シーンに詳しい人がいたら教えてほしい

2017-11-15

イエモンドキュメンタリー映画

特に猛烈なファンというわけでもなく、何気ない気持ちで観てみたんだけど、アラフォー自分にはじわじわ刺さる作品だった。

ネタバレに触れるかもしれないが(そもそもドキュメンタリーネタバレがあるのかわからないが)、簡単感想を書く。

90年代活躍した伝説のバンド」みたいな扱いになっているが、イエローモンキーって当時の日本音楽シーンでは、どメジャーって感じでもなかった気がする。

カラオケJAMを歌うやつはたくさんいたけど、GLAYとかラルク代表されるような90年代流行ったV系バンドほど人気があるわけでもないし、MICHELLE GUN ELEPHANTとか、エレカシほど硬派で骨太イメージもない。

当時流行ったUKロックとか、グランジとか洋楽が好きなやつからダサい馬鹿にされていた。そんな立ち位置

でも見た目は日本人離れしてかっこよかったかな。だから女子ファンが多かった。

2001年、人気の絶頂といわれた時代に突然活動を停止して、その約3年後に解散理由は明らかにされていない。

映画は、2016年5月代々木競技場での再結成ツアー初日から年明けのカウントダウンライブまでのステージ楽屋裏を淡々と密着していて、それにメンバーそれぞれのインタビューと彼らの原点であるという渋谷ライブハウスLa mama」の無観客ライブを織り交ぜて構成している。

過剰な演出もなく、シンプルに追ってるだけなんだけど、たいしてファンでもなかった自分が引き込まれしまったのは、きっと映し出されている人の「人間臭さ」なんだと思う。

皆50を過ぎたおっさんだというのに、メンバー同士アホみたいに仲が良さげであるトランポリンを跳ねたり、リーゼントにしてみたり、ライブ前後楽屋風景さながら中学校の昼休みだ。

そしてアホみたいに化粧が濃い。深い皺の刻まれた50男の顔にファンデーションを幾重にも重ね、アイラインを引き、口紅を施し、頭皮マッサージをされている姿は、ある種のおぞましささえある。

そしてその年齢ゆえ、過酷スケジュールツアー中に起きる、体の不調。

ぎっくり腰や熱、腱鞘炎に加え、ステージ中にボーカル吉井が声が突然出なくなるという、最悪のアクシデントもある。ライブが中断され、騒然とした客席、ピリピリとしたバックステージカメラは追っている。

ライブのリハやレコーディングでの音作り風景も興味深かった。「こんな細かいところまで?」「そこまでして客はわかるのか?」というくらい綿密で、本番ギリギリまで試行錯誤している。

しかしたら、解散ブランクがあるからなのかもしれない。

決してスマートではない、中年オヤジ仕事風景

それなのに、ステージの上では、煌びやかな艶とオーラもつロックミュージシャンの魅力をまとうから不思議である

上手く表現できないが、そんじょそこらの30代、40代ミュージシャンには出せそうにない「凄み」があるのだ。

これまでの日本ロックシーンで、音楽に地道かつ真摯に向き合いながらも「華のあるビジュアル」の中年ミュージシャン存在しなかったのではないだろうかと思う。

90年代20代の頃はさほど魅力を感じることができなかったが、自分不惑を迎えた歳となって、素直に「かっこいい」と思える年上のおっさんが世の中に存在するのは有難いことである

「オトトキ」ってタイトル最後まで意味からないうえ、めちゃめちゃダサいし、キャッチコピーは「4Pしようぜ!」だし、ポスタービジュアルはクソスベってるけど、この歳に出会えてよかったな、と地味に思った作品だ。

2017-09-09

デジタルな今の時代に生まれたくなかった。

ネットが発達して、誰もが便利に過ごすことが出来るようになった。

自分ごとにカスタマイズされて、求めてるものおすすめしてもらえるようになった。

これ以上ないくらい便利で、コンテンツにあふれている時代

でも、そんな時代じゃなく、もっと昔のアナログ時代に生まれたかった。

何より最強だと思われてて、番組スケールが大きくて、タレント破天荒過ぎて捕まったりするテレビ業界

サビがわかりやすく明確で、とにかくストレート歌詞がウケたりする音楽シーン

そしてなにより、テレビCMを作ることを、そこに有名ミュージシャンキャッチーな曲を使うことを、

イケてるコピーを作ることを、そしてアートして捉えられることを何より追求していた広告業界

特定の誰かじゃなくて、みんなが感動できて自分ごと化できるものを目指していた時代

細かくターゲットを設定したり、無駄とか効率化とかの尺度で考えなかった時代

そして、それがすごく美しかった時代

そんな時代に生まれて、そして、広告業界で働きたかった。

2017-08-26

の子は◯◯を知らないでマウント取る奴ってさ

進歩を許さず、悪しき伝統を残していきたいんでしょ?

自分の感じた不便や苦痛を今の子にも味わわせたいだけ。

「今の子only my railgunを知らない」件がバズってるのも、懐古厨のせいで日本音楽シーンの成長が止まっている動かぬ証拠

2017-08-25

ムック蔓延る糞ラルオタが本当に気に入らない

ムック、というV系バンドがある。

1997年に結成した彼らは、00年代V系シーンにおいて、その重厚なサウンドと自他への憎悪怨念、そして寂寞の篭ったような世界観という強烈な個性から、多くのファンを獲得し邁進してきた。

そしてその世界観を自ら打破し、ロックテクノメタル等の様々な音楽要素を取り込むなど、新たな個性として「多様性」を得た結果、今やファンも老若男女様々な層が増え、20周年の今年は日本武道館2days公演を納めただけでなく、更に年末にもう一度玉ねぎの下で大規模な主催イベントを控え、その日に向けて日夜怒涛のツアーイベントに勤しんでいる。

私は、ファン歴で言えば中堅どころにあたると自負している。

もう十余年もムック音楽に浸り、彼らのライブサウンドに酔い、最早生き甲斐ライフサイクルの一環として「次のライブに行くために、また彼らの音楽を生で楽しむために」と社畜生活従事する日々。

長らく夢烏(=ムックファン呼称ムッカーと読む)を続けてきて、もちろん不満に思う事や上がろう(=ファン卒業しよう、追っかけをやめよう)と思った事も多々あった。

しかし彼らの最大の魅力は良くも悪くも「変化し続ける事」と「ファンを裏切る事」である

何だかんだと文句を垂れ、貶しては「やっぱりムックは最高だ」と舌を巻く羽目になるからこそ、次の良い裏切りを期待して離れられずに、盲目的に好きであり続けている。

そして自身の周りの夢烏仲間も「だせぇwww」「無いわwww」「新アー写ぶっさwww」等と貶しては、生のパフォーマンスを拝んだり、新しい歌詞を読んで「やっぱムックいいわ…好き…かっこよすぎ…」と滂沱と溢れる涙を拭い、感涙に咽びながら新しい告知に躊躇無くクレジットカードを切っていた。

しかし、ここ数年、本当に心の底から気に入らないものがある。

それは新たに取り込んだ、とあるファン層だ。

2008年夏にリリースされた19枚目のシングル、「アゲハ」。

このリリースきっかけに、あるバンドファンが怒涛のようにムックに流れ込んできた。

ムックと同じ事務所所属する大御所バンド、L'Arc〜en〜Cielファンである

このシングルにはラルクギタリスト、Kenが楽曲プロデューサーとして参加している。

日頃ラルク活動の無さに飢えているファンが、ラルクの片鱗を求めてムック音楽に興味を持ったのだ。

ムックは元々、リーダーであるギタリスト、ミヤのワンマンバンドである

幼い頃より音楽を嗜み、プロデュース作曲編曲等々多方面マネジメントを行うミヤに対し、音楽のド素人から始まった他メンバー技術的な部分からから、3人はミヤに首を垂れ従い続けるのが常であった。

メンバーファンもひたすらミヤのご機嫌取りに徹するバンド」等とも称される事もあったし、夢烏を自認する私も事実そういうバンドだと自覚する。

なお余談だが、興味のある方は是非今年リリースされた「M」というインタビュー本をご一読頂けるといいだろう。

リーダーから何故出来ない、お前に期待しているのに、というスパルタ虐待親よろしく高いスキル要求され、心身に支障を来たす者もいれば、トラブルを起こす者もいた、解散しなかったのが不思議でならないかつての殺伐としたムックが。

そして20年という歳月を経て、ようやく分かり合おうとし、ほんの少し分かり合えるようになってきた彼らの、ありのままの成長の軌跡が綴られている。

さて、そんなムックが、よそのアーティストプロデュースを頼むだなんて。

当初は「は?ムックのサウンドが好きなのによそにプロデュースされるとか無いわ」という気持ちと「あのとんでもワンマンバンドがよそに力を借りるなんて、少しは丸くなったんだなぁ」という気持ちを抱いていた。

実際楽曲のものは、これまでのムックには無かった新しいテイストが組み込まれ、彼らの「多様性」に新たな1ページが加わったなぁと感慨深かった。満足であった。

しかしそのシングル曲が含まれアルバムツアーからライブ公演に違和感を覚えるようになった。

アゲハ」と、同アルバム収録のもう1曲のKenプロデュース曲「空と糸」のイントロで、何故か、黄色悲鳴が上がる。

これまでもイントロ悲鳴が上がる場面は多々あった。

V系というジャンル柄、ファン盲目的に思い入れを持つ曲が各々あったりする。また歴史を重ねるごとに、昔の音源だんだん演奏頻度が下がる。

そうした中で、たまにいわゆるレア曲を演奏したりすると、イントロの時点で泣き出したり、歓喜の絶叫を上げるファンは沢山居た。

しかし、「アゲハ」と「空と糸」はリリースされたばかり。

何ならこのツアー中は100%演奏するし、シングル曲故に今後もセットリストに組み込まれ可能性は非常に高い。

にも関わらず上がる、「黄色い」悲鳴

別にレア曲でもあるまいに。

私はただたた首を傾げる事しか出来なかったし、周りの夢烏友達もそうであった。

その正体に気付いた時には、奴らはすっかりムックに居座っていた。

あれは忘れもしない、某年の恵比寿リキッドルームでのライブ

早めに着いた私は、グッズ販売待機列で友人を待っていると、数人程前にやたら声の大きい2人組が和気藹々と歓談していた。

V系のファンバンギャもある種のキモオタなので、声が大きいのもよくある事だと、会話をBGMにTwitterを眺める私の耳に、信じがたい台詞が飛び込んできた。

ムックチケ代が安いから、ラルク待ってる間の暇潰しにはコスパがいいよね」

Kenちゃんゲストで来てくれないかな。Kenちゃん見たい」

先の台詞は百歩譲って許そう。

いくら盲目に、宗教的バンドを愛するバンギャと言えども、複数バンドファンを掛け持ちする事はザラだ。

特に本命バンド活動が乏しい場合、あの爆音の非日常空間が恋しいあまり、他のバンドに手を出す事はしばしばある。

そして本命バンド比較して、やっぱり本命バンドが一番好きだという実感を改める事は私も多々ある。

ムックが一番好きな人達ばかりのアウェイ環境で、よくもまあ大声でそんな事がしゃあしゃあと抜かせるものだと少しイラつきはしたものの、気持ちは分からなくもない。

しかし猫も杓子も二言目だ。

貴様は何のバンドライブに来ているんだと。

ムックを観にチケットを買ったのではないのかと。

そう言うのならばKenソロライブに行けと。公演が無いならばDVDでも観ていろと。チケットに書かれた出演者をよく観ろと。貴様の目は節穴かと。ムックラルクの片鱗のみを求めているのかと。

音楽シーンにおいて特に興衰の激しいヴィジュアル系というジャンルでは、新たなリスナーの獲得が今後の生死を左右する。だから、新しいファンが、殊に音源やグッズを購入し、ライブにまで足を運んでくれる存在が増えるのは大歓迎だ。

それでもムック純粋ファンではなく、ムックを通して結局ラルクしか観ていない。カードだけ剥ぎ取られて、開封もせずに捨てられるプロ野球チップスのようだと感じられる、ムック本命バンド自分からすれば侮辱しか思えない発言だった。

気持ち分からんでもない。ただせめてこの場においては、まっすぐにムックを観てくれないものか。とにかく不愉快で悲しくて仕方が無かった。

しかムックは、みるみるそれらのファンを増やし、固定させていった。

その後もKenのプロデュースの機会も増え、ラルクメンバー絡みのイベントに参加し、オールナイトイベントなんかにも出るようになり。いつかの2人組が望んだ通り、ワンマンライブゲストで現れるようにもなり。

気付けば、スタンディングのライブで友達とはぐれた時、自分の周りにいる人間は知らない空気を纏っていた。

先述の通り、私はファンが増える事は喜ばしく、歓迎すべき事だと思っている。

以前はモッシュピットに棒立ちで、ぶつから露骨に嫌そうな顔をしながらも近くで見たいからと動かない、危なっかしい新規ファンも居たが、最近ムックのノリに慣れたのかそんな人間も見かけなくなった。

ムックのものをちゃんと観に来ているファンが増えた実感もある。

しかし、あれからずっと変わらずKenプロデュース曲で上がる黄色悲鳴

チケットファンクラブ先行受付がある度に、既存の夢烏同士の規模を圧倒的に上回る人脈での人海戦術で、人数の何倍も申し込んでは、ひたすら身内に、余れば興味の薄い人間にまで回されるチケット

ムックは昔から、皆仲が本当に良い」「ボーカルさん可愛い女の子みたい」「リーダーさんが人を殴るなんてありえない」という、誤解を超えて定着してしまった新しい解釈

そして何だかんだ言っても結局、Kenが関わる話題が上がっては「Kenちゃん来ないかな」。対盤で未発表枠が告知されては条件反射で聞こえる「絶対ラルクでしょ」。

何より許しがたい、「今のムックの動員や売り上げは、ラルクに支えられているようなものでしょ」という、あまりにも乱暴で横柄な認識

何かにつけ「ラルク」「Kenちゃん」「ラルク」「ラルク」。

そして自分達が総意であり真実であるかのように振る舞う。いつしか私も、仲の良かった旧来の友人達も、周りを念入りに警戒してから遠慮がちに感想をぼやくようになった。

私のような存在老害と呼ぶのだろう。

もちろん、いいファンと悪いファンがいるのは重々承知しているし、それは旧来の夢烏にも言える事だ。

それでも、メンバー間のトラブル修羅場があったからこそ生み出された過去楽曲パフォーマンス。そして背景としてそれらがあったからこそ、紆余曲折と凄まじい努力を経たからこその「今の彼ら」が在るのに、「今の彼ら」しか切り抜かれていないようで悲しく思えてならない。

V系における2ちゃんねるのような某掲示板で、貢ぎやセフレ要員として簡単に繋がりを持てると、繋がり入門麺とまで称されたメンバーに対して、手放しで可愛いだの聖母だの褒めちぎる。

バンド運営をほぼ全て自分を中心に回し、ステージミスしたメンバー段取りの悪いスタッフを一切の遠慮なく睨み付け、手や足を出す事もザラだった、田舎ヤンキー気質の抜けないワンマンリーダーを、優しいだのと聖人君子のように捉える。

先述のメンバー程よろしくなかなか女関係が汚く、今やすっかりほうれい線の強い老け顔に対してただただ馬鹿のひとつ覚えのようにかっこいいを連呼する。気持ち悪さが売りであり、コールアンドレスポンスとして罵声が求められるパフォーマンスに対してきゃー可愛いなどと場違いな歓声を上げる。

元よりお馬鹿キャラではあったものの、立派な一人の成人男性としてオフショットでは煙草を吸ったり、平均的な態度振る舞いである事は容易に見て取れるのに、そうである押し付けんばかりにひたすらバカわいいなどと称する。

昔の楽曲も好きだけれど、暗いか最近の曲の方が好きだなどと抜かす。

汚い部分もひっくるめてのムックは今時のファンの中では息絶え、やがてムックの中でも無かった事にされるのだろうかと、一抹の寂しさを抱いた。

繰り返すが、私は単なる老害なのだと思う。

ファンの在り方は様々だ。貶し愛と呼ばれる、極端なツンデレのような愛し方をする者もいる。ガチ恋と呼ばれる、本気で結婚したいと考え必死札レターを贈る者もいる。アイドルのように無条件に可愛いかっこいいと愛でる者もいる。

ムック本命バンド人間もいれば、他のバンド本命だという人間もいる。

必死な人もいれば、緩く追っている人もいる。

十人十色千差万別。色んな愛し方があって当然だし、「多様性」を強みとするバンドならばファンも多様であっていいと思う。だからこそムックは、色んなものを身につけ、色んなものを培い、色んなものを味方につけて、色んな道を歩んできた。

からこそ、ファン同士でも理解のし合いが必要だと思う。

とりあえず、これからムックに金を落とし続けてくれればそれで結構なので、頼むからせめてダイブする時は柔らかい靴で・アクセサリー類は外す・髪は括る・ステージにもフロアにも余計なアピールをせずさっさと転がって降りるの4点くらいは徹底をお願いしたい。

それと人海戦術チケ確保も程々にして頂きたい。激戦チケットとの交換カード用に、自分にとっては余計なチケットを申し込んで転売するのもほんとに勘弁して下さい。

あーあ、やっぱりラルクソ居なくなって欲しいな。何だかんだ言ったけど、やっぱ存在が無条件にただただムカつくし気持ち悪いわ。

さん付けとかたつえちゃん呼びもきしょいし、下手くそ小学生夏休み工作以下のお手製土産(笑)を「声かけて下さい!」とか拡散してるのも本当にきしょい。

それもラルクソの文化男性アイドル追っかけてる夢女子腐女子のオタ中学生みたいですね。

ガチ恋も増えた臭いけど、やってる事だけじゃなくて身なりもオタ中学生みたいな糞ダサデブスだし、見た目も繋がるためのお金も何の努力もしてないから本当に見苦しい。

せめてまず痩せろよ。1人で2人分くらいスペース取ってるデブ本当に殺意沸く。

何食ったらそんなデブになるの?何処かの相撲部屋所属してるの?ちゃんこが美味しいのは仕方ないだろうけど、ここは土俵じゃないんですよ。

万が一にも動員落ちたら1人でチケ20枚くらいは買い支え気持ちいるから、ここらで一発ムックには炎上してみて欲しい。

ボーカルベース辺りが分かりやす誤爆やらかさないかな。でも周りの大卒が止めちゃうか。

本当に頼むからラルク活動再開してそのまま一生休まないでくれ。

2017-08-09

[] ハッピン・ウッヂ

(Rappin' Hood

エリオポリスの隣の地区ヴィラ・アラプアーで生まれた彼は、2000年代ブラジルヒップホップ・シーンを牽引したラッパー

活動家でもある彼は、ヒップホップ・シーンに限らず、老若男女問わずブラジル音楽シーンで広く尊敬される。

都市ストリートミュージックを紹介するテレビ番組で司会を務めるなど後進の紹介にも熱心だ。

  

彼は尋常性白斑を患っている。

http://gaga.ne.jp/street/column.html

https://pt.wikipedia.org/wiki/Rappin%27_Hood

Rappin' Hood - Vida Bandida

https://youtu.be/-egpxDpcJCM

2017-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20170413003157

日本がっていうか、ヨーロッパアメリカ含めて、

2000年代以降の音楽シーンで大きなトレンドの動きってそもそもないように感じるがどうなん?

60's/70's/80's/90'sそれぞれの年代に生まれたサウンドに対して、ゼロ年代以降って何かあったっけ?っていう。

大きかった出来事といえば、音楽流通面が変わったことと、

コンピュータで録る・作るやり方が主流になってことによって、全体が

洗練されたというかキレイになったというだけで、音楽のもの

ほとんど変化がないというか、過去の焼き直しが続いてるだけな気がするが。

から何かを時代遅れっていうほど、時代象徴するトレンド自体がないような。

2016-10-07

ハイスタは死んだ。

告知なしCD発売。

ここまではいい。

 

店頭のみ、配信なし。

意味わからん

 

ハイスタ△最高にパンク!」とか

意味わからん

 

社会に反抗するという意味ではパンクかもしれない。

だけど時代に逆行してかっこいいのか?

 

おれはね、当時のハイスタ日本未来音楽シーンを夢見てたんだよ。

甘ったれ商業音楽じゃない、インディーズでもDIYであそこまでやれる。

将来のアーティストはこうあるべきだってね。

社会に対して前のめりに反抗的だったからこそ、未来が見えたからこそ、かっこよかったんだ。

 

だがもう死んだ。こんな懐古主義を褒めてるやつはただの盲信だ。

おもしろプロモーションだと思う。でもおもしろいだけのプロモーションだ。

「告知なしで口コミだけでこんなに売れたんですよ」

SNSでこんだけバズったんですよ」

これはハイスタブランドの浪費だ。

そこらの無名バンドがやったんなら意味がある。

でも彼らはレジェンドだ。

後ろ向きの反抗心で駄々を捏ねるのはレジェンド仕事じゃない。

 

がっかりだよ

2016-07-22

歌詞が出るMVが苦手

いつからだかわからないけど、MV歌詞をいれる手法一般化している

歌詞を入れると言ってもカラオケみたくただ文字をそのまま載せるのではなく、エフェクトをかけながら演出のように載せてくるやつのこと

歌全体に使う場合もあれば、サビになると突然あらわれる場合もある

演出として言葉を登場させたいのならわかるのだけど、そうではなく歌詞押し付けられるように出てくるととたんに興ざめしてしま

MVというもの一般化したころはそんなつまらない手法ほとんど見られなかった

自分楽曲世界観を、音楽映像だけでどうやって表現するかが全てだった

はじめてこの手法に気付いて嫌悪感を覚えたのは、じつはアーティストMVではなくビートマニアIIDXで使われているムービーだった

とあるクリエーターが作るムービーには、必ずといっていいほど歌詞が、しかも様々な手法を駆使しながら画面の中を踊っていた

アーティスト映像と違い、そうでもしなくては歌詞出会うきかっけがないのだろう

しかし、それをさも格好良さそうに織り交ぜている姿はあまりに寒々しかった

致し方ないことだろうとは思いながら、それをみていると言いようのない恥ずかしさが湧き上がってきた

それからしばらくして、今度は個人クリエーターたちの自作映像などにその手法が見られるようになった

これも先ほどの案件と同様、ユーザー歌詞出会う貴重なきっかなのだから仕方がない

(とはいっても、過剰に凝った演出文字が踊るのはやはり恥ずかしく感じるが)

ところが、最近ではメジャーアーティストであっても、そうした手段が当たり前になってきている

おそらくはそういうことが当然の世代クリエーター側に参加するようになったことが一番の要因と思われるがこれはあまりにも興ざめだ

歌詞を読ませたいのであれば、歌詞歌詞らしく可読性の高い文字で表示するべきだ

意味を伝えたいのであれば、言葉なんて安直ものに頼らずビジュアルと音で表現すべきだ

なんだか、表現というものが随分とインスタントで安っぽくなってしまったようでひどく悲しい気持ちになってしまった

日本音楽シーンは、もう本当にダメなのだろう

2016-06-07

BUMP OF CHICKENサカナクション

BUMP OF CHICKENサカナクション


この2つのバンドヒップランドミュージックという同じマネージメント事務所に属しているんだけど

両者はメディア露出に対するバンドの考え方のトレンドを変えたバンドであると思う。


自分は3年前までアニソンしか聞いてこなかったんだけど

サカナクションライブテレビで見たのをきっかけに、バンドを聞くようになった人間

といってもそこまでディープではない。

一年からTSUTAYA DISCASで新旧問わず月に4枚CD借りるという

ミュージシャンにとって有り難くないリスナーだ。


そういうわけで、日本ポピュラー音楽を聞きはじめてから日が浅いので、

過去メディア記事Webでググっていろいろ調べている。


で、最初の話に戻る。

BUMP OF CHICKENサカナクション

バンドメディア露出に対するトレンドを作ったバンドであると思う。

BUMPバンドテレビに出ないという風潮、

サカナクションバンドテレビに出るという今現在の風潮。


BUMP OF CHICKEN藤原曰く

ブラウン管の前で評価されたくない。

ライブでの発言か?わからなかった。ググって。)


※追記

ブクマで、スペシャスペースシャワーTV)のライブ中継の時に視聴者に言った言葉との情報を頂いた。感謝


サカナクション山口曰く

バンドテレビに出ない美学バンドシーン、ひいては音楽シーンの衰退に繋がった。

ナタリーの「僕と花リリースインタビュー。ググって。)


※追記 「僕と花インタビュー

http://natalie.mu/music/pp/sakanaction04



BUMP藤原発言意図は当時の音楽シーンに詳しくない自分想像するしかないのだが、

音楽商業が結びつきすぎていて、音楽音楽でない評価のされ方をしている

という認識があったのかな、と想像する。

ヴィジュアルルックス音楽評価されることを嫌ったのだと思う。

音楽音楽として純粋に楽しんで欲しい、評価して欲しい。

そんな感じか。

音楽の純度を高めたい。そんな感じ。


※追記

ブクマで教えて頂きました。横山さんのテレビに出なかった理由とか書かれていて(その日自分Mステ見てなかったけどツイッターが騒いでたのは覚えてる)、

読んでみると面白かった。情報感謝


一方でサカナクション

アルクアラウンドというMVなどで知名度をあげてきた(あと大手フェスでのヘッドライナー

結構ビジュアルを重視するバンドである

インタビューを読んでみればわかるように、Mステ出たり、紅白出たり。

総合芸術というワードサカナクションに対して使われたり、裏方の仕事スタッフを紹介したりと

音楽だけでは勝負しない、というのがサカナクションスタンスであろう。

(ちなみに山口ファッション音楽乖離を嘆いてNFパンチというテレビ番組まで作ってしまったが、自分バンドテレビに出てこなかったからそういうことになったのだと思っている)


テレビに出ない、テレビに出る、というバンドの大きな流れを作った2つのバンドだけど

個人的には、

音楽音楽として純粋に聞いて欲しい、というBUMPの方が共感できるし、

正直、ビジュアル音楽が結びつくとイメージが固まってしまうところがあるので、

嫌だと思うのだけど、まぁ個人的意見

実際サカナクションイメージ固定化前提、イメージを作って、

ビジュアル的要素を音楽パッケージ化して売ってるわけだし。確信犯語句の使い方違うな)。

続いてメディア露出し始めたセカオワなどのフォロワー

ヴィジュアルイメージ重視してるし。

(でもファッション音楽が結びつくと、変に威張って排他的なやつが出てくるので社会空気が窮屈になるな、とダサい人間である自分は思う。自分みたいな奴がファッションを抑圧してるという自覚はある)


両方のバンドスタンスは違うけど

メディアの使い方は悩んでるんだろうなって思う。SNSも含め。

出ない出ない言ってたBUMPはこの前zipに出たし。

テレビに出ないのと出るの、どっちが正しいかという話でもないし。

まぁバンドの売り方と好き嫌い問題矮小化してもいいか


音楽を汚したくない、という思いは一緒だろう。


音楽の楽しみ方は人それぞれってことで。


視聴者意見としては、

今のアイドル一辺倒の音楽番組も嫌だけど、

バンド一辺倒の音楽番組も嫌だなって思う。

もっと多様化して色んな音楽聞きたい。何事もバランス

数字取れないかもしれないけど。



ちなみに個人的な話で閉めさせていただくと、

今一番好きなバンドBUMPでもサカナクションでもなく

BABYMETALです。DEATH

ドーム行きたい。

2016-05-16

メタルおじさんにこそ聞いてほしいBABYMETAL

メタルじゃないからなんだかんだと皆さん仰るけど、まあだまされたと思って一度ライブに着てほしい。9月東京ドームかあるから、是非


一見さんの多いフェスFC限定小箱ライブを除く大規模会場国内公演でのBABYMETALの客層は大きく分けて三つ

メタラー特にアイドル偏見はないが、ドルオタではない)

ドルオタメタルは知らない)

ミーハー女子コスプレじみた格好をしている


③はリピート率が低いし、スタンディングエリアには殆どいないから除外するとして、

一見似たような風貌をしている①と②の差は「ケチャ」等に代表されるオタ芸が滑らかにできるかどうか、それから開演前なにをしているかでだいたいわかる。



BABYMETALの開演前SEはザ・王道メタルばかりで、メタルを少しでもかじっていれば非常に楽しく開場~開演までを過ごすことができる。

例えばマスターオブパペッツが流れればフロア全体が拳をあげて「マスターマスター!」と叫んだりする。勿論まだメンバーバックバンドも出てきてない。客はSEを聞いて好き勝手エアギターしたりリズムに乗ったりして勝手に準備運動をしておくことができる。



BABYMETALの開演前SE大御所メタル詰め合わせプレイリストだったのはかなり初期からだけれど、客がみんなでシンガロングしたりするようになってきたのはここ二、三年のことだ。つまりメタルがわかる客が増えてきているということ。

これは単にメタラーの流入だけではなく、元々②側のお客さんにメタル布教することによって元々アイドルオタクだった層をメタルに取り込む、つまりアイドルCDを買ってたお金BABYMETALだけでなく他のメタルバンド還元することが出来ているんではないかなと思う。

なぜって客の絶対数はそんなに増えてないからだ(さいたまスーパーアリーナ幕張メッセを埋めた後のライブ横浜アリーナというキャパティ小さめの会場であることからも明らか)



BABYMETALMCの代わりに、ナレーションコメント的なもの映像を放映するのだが、必ず一番最初に「アイドルによってメタルをはじめとした音楽日本音楽業界から駆逐されつつあった。その現状を憂い、"狐様(=プロデューサーと思われる)"は三人の少女を遣わしたのである」みたいなことを流す。言い回し記憶ベースなので適当です。

まりそもそもBABYMETALアイドル一強の音楽シーンに一石を投じたいという意図があり、その道具としてアイドルを使うという皮肉じみた戦略を取っている。

から本来もともとメタルが好きであるメタルおじさんたちはBABYMETALターゲット層ではない。



しかしこれまた皮肉なことだが、BABYMETALライブを一番楽しむことが出来る客はメタラーなのだ。わかる人にしかからない故に面白いのがオマージュからだ。

こと細分化されたジャンル同士でモメがちなメタラー諸兄も共通言語としての王道はおさえているはずだし、BABYMETALオマージュ元ネタはそれを外さない。(バカにされがちなジャパメタに対してはわりと突っ込んだネタまで持ってくるが)

前述のナレーションライブツアータイトル曲名歌詞ギターリフ様々なところでオマージュは見受けられる。

引用されるのは例えば、

・Metal JusticeMETALLICA

・TRILOGY(イングウェイマルムスティーン

・NEMESIS(ArcEnemy)の歌詞の一部

・THE END OF THE CENTURY聖飢魔II)の歌詞の一部

等々。

それとライブ終わりの「We are BABYMETAL!」のコールアンドレスポンスを何度も繰り返すくだりはXのライブと同じ流れ。

これは前提知識の有無で気付けるかどうかが分かれるので、自分が気付いていないところもたくさんあると思う。もし他にもあれば教えてほしいです。

まあ要するにCDだけではもったいないなんてことはメタラーのぼくたちが一番よくわかっているわけだから、一度ライブに来て、自分たちは歓迎されている、そして縮小の一途を辿るメタル市場じわじわとこんな形で伸びてきていることに対して喜びを感じて欲しいなと思っている。


曲はドメタルなのと全然違うのとで両極端だが、この点は上田剛士氏の起用に関する話なので割愛する(出来ればどこかで上田氏およびTHE MAD CAPSULE MARKET'Sとその後の邦ロックシーンについても文章に起こしておきたい)

曲が一番大事じゃねーか!というご意見はごもっとも…。CD音源だとデジタル要素が強い曲もライブ生演奏だとかなり音作りがメタル寄りになっていてそんなに違和感はない。

ANVILの映画を見るくらいのテンション東京ドームに着てくれたら良いなと思って書きました。

2016-04-12

例えば宇多田ヒカルの曲がめっちゃ売れても、宇多田ヒカルの人気がすごいねというだけで、日本音楽シーンは活発だねと考える人はいない。

日本音楽シーンは活発だねとみんなが感じるには、新しい楽曲を求めれば求めるほど、宇多田ヒカル椎名林檎のような強さを持ったミュージシャンガンガン出会ますよという、希望に溢れた豊かな状況が提示されてないといけない。

そういう状況が提示できていない、あるいは実はそのような豊かさはあるんだけれど情報を伝えられていない。

もしくは、そのような豊かさは幻想だとみんなが気づいてしまった。

から、いまの邦楽業界に期待している人は少ない。

邦画もこれと同じだと思う。

2015-11-21

新潟音楽シーンてクソなんですよ

新潟音楽シーンてクソなんですよ、マジで

バンドの話ね。アイドルシーンは盛り上がってると思いますけど興味もないですし。

バンドがさ、くそみてえなバンドばっかなんだわ。で、新潟音楽シーンを牽引してるって言われてるくされ事務所が中心となってんだけどさ。大した力もねえくせに身内ノリで気持ち悪いったらありゃしねえわ。

つーか、マジな話、25歳超えてバンドやるなんてバカだろ。趣味で終わらしとけよ。

2015-09-07

今日Gino VannelliのBrother To Brotherを初めて聴きました。

リリース1978年

ウィキペディアによると当時の日本音楽シーンにおいてはピンク・レディー覇権を握っていたそうです。

サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」をリリースしたのもこの年です。

その時に海の向こう側でこんなにも洗練された音楽が産声を上げていたのです。

そういえばBobby Caldwellが「風のシルエット」を発表したのもこの年です。

21世紀に入り、AORの持つ都会感は既に前世紀の物と化しております

それでもこんなにオシャレで上質な音楽が37年も前の作品というのが信じられません。

赤子が脂ぎったおじさんになりその親もすっかり皺だらけになるほどの

長い年月が経ったのに今聴いても全く色褪せない。素敵。

2015-08-15

http://www.drillspin.com/articles/view/895

このコラム行間から英米の音楽シーンの流れに乗ってないから日本音楽シーンは劣っているみたいな西洋コンプレックス丸出しの感情が溢れているように感じる。

音楽とか芸術多様性があってオリジナリティがあったほうがおもしろいじゃないか。

個人的には別に洋楽ロックは嫌いじゃないというか、むしろ全然好きなんだけど世界ロックの潮流に日本が乗ってなくて本当に良かったとは思う。

今の日本音楽シーンはこれまでにない程にガラパゴス化が先鋭化してて洋楽と全く違う方向に突き進んでるから最高に面白いとこにきてるんじゃないだろうか。

2015-07-19

ボーカロイド音楽業界にもたらした最も大きなインパクト

ボーカロイド衰退論が先日賑わっていたけど、ボーカロイドブーム音楽業界ビジネス的な側面において与えた影響で恐らく最も大きいのは、ワカモノ層にとって音楽ネット無料でフルで聴けるのが当たり前、という感覚が完全に定着してしまったことだと思う。

初期のボーカロイドブームにおいてはランキング毎日チェックして新しい音楽を求めるワカモノ層の行動が顕著だったけど、それは90年代オリコンを追っかけていたワカモノ層と同じ行動で、ただ決定的に違うのは、それがレンタルショップにすらおカネが落ちない、完全に無料世界で完結してしまったということ。

結局ボーカロイド音楽シーンも、アイドルジャニーズ劣化コピーの様な歌い手のために作られた楽曲が主流となり、CDも彼らがライブ即売会握手を伴って提供されるものしか売れないという、J-POPと全く同じシーンの終焉を向かえることになった。

振り返って、この無料でフルで聴けるのが当たり前の時代は、商業でやっているアーティスト達にとっては深刻な影響をもたらした。

ボーカロイド全盛期に活動のピークを迎えたサカナクションは、本来であればもっとワカモノ層に聴かれるべきアーティストだった。

ただ、彼らもまだマシな方で、ワカモノ層への関心を繋ぎ止められた最大の要因は、楽曲YouTube無料でフルで聴けるようにしていたかである

個人的にはYouTube公式でフルで聴けるようにしているのであれば、ニコニコ動画にも公式提供すべきだったと思う。)

その時代YouTubeショートバージョンの公開でお茶を濁してアーティスト権威を保とうと努力していたワカモノ層向けアーティストは、今一体どれほど残っているのであろうか?

この時代ブレイクしたきゃりーぱみゅぱみゅも、当然ながらフルを公開している。

以降、ONE OK ROCKSEKAI NO OWARIback numberゲスの極み乙女。等のワカモノ層に人気なアーティスト達も共通してフルを公開している。

しろ、フルで公開しなかったら、ここまで人気が出なかったのかもしれない。

ここで重要なことは、ワカモノ層にとってフルを公開するのが当たり前であって、むしろショートしか公開していないことに意味を見出せない。

なぜ自分達の楽曲を不完全なカタチで届けているのだろう?意味ないじゃん!という感覚なのだろう。

今年は定額制音楽聴き放題サービスが各社から提供され、音楽聴くことが有料であるという文化を取り戻そうと音楽業界必死にもがいているが、ひとつ忘れてはならないことは、音楽の最大の消費層である今のワカモノ層にとって、ネット音楽をフルに聴く行為は完全に無料が当たり前であって、有料で聴くという文化のものがそもそも最初から存在しないということである

YouTubeで最新の聴きたい楽曲無料でフルで聴けるのに、わざわざ有料でマニアック洋楽聴くワカモノ層がどれほどいるのだろうか?

アーティスト性への拘りや大人の事情で、ワカモノ層からの支持と楽曲でのビジネスの成立の二兎を追うアーティストは、ボーカロイドブーム時代に埋もれてしまたかつてのJ-POPアーティストと同じ道を辿るのであろう。

2015-06-14

なぜ日本音楽シーンは死んだのか

NBAファイナル見てるんだけど、最近売れた曲が流れてるんだよね

オバマ婦人が踊ってたアレとかI Really Like Youとかね

同じこと日本スポーツでやったらどうなるんだろうか?

AKBと嵐とエグザイル系とかが流れてお寒い感じになるのかね

坂本勇人が登場曲にGreenのキセキ選んでるけど、あの時期くらいが限界ギリギリでまだ音楽シーンといえるものが残っていたのかもしれない(一応東京ドームはあれで盛り上がる)

しかし今年のNBAファイナルはHCの差が露骨に出てる

レブロンおじさんもうバテバテでこのままキャブズが3勝目を手にすることないままウォリアーズに負けそう

カリーが復活してきてるし一方的な展開が増えちゃいそうだね

2015-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20150514185859

そう、これこれ。日本音楽シーン終わってるとか言われるし実際ロキノン市場規模はなかなか小さいけど、でも日本音楽シーンのために尽力してるような人って全然違う変なところでも注目されるもんなのか、と思ったよ。もちろんブログの閲覧者が元々多いんだろうけど、流布したのは匿名転載されたのがきっかけだし。

http://anond.hatelabo.jp/20150514185859

そう、これこれ。日本音楽シーン終わってるとか言われるし実際ロキノン市場規模はなかなか小さいけど、でも日本音楽シーンのために尽力してるような人って全然違う変なところでも注目されるもんなのか、と思ったよ。もちろんブログの閲覧者が元々多いんだろうけど、流布したのは匿名転載されたのがきっかけだし。

2014-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20141115221940

レゲエギターベースドラムスのいわゆる普通バンド編成だし、

ヒップホップだって今や普通に機材に金かかるぞ。

ターンテーブル買って、サンプラー買ってってやってくと、ギターのセット一式と同じぐらいの金額にはなる。

そもそも、日本音楽シーンラップヒップホップが席巻しているという認識自体

ある程度以上の音楽好きからしたら、笑止千万認識で、

しろ下火でしょ。流行りの過ぎた音楽でしょ。今更なに言ってるのおじさん。とゆー。

なぜ日本でここまでラップヒップホップの類が横行してるの?

40代中年ワガママと思って聞き流してくれ。

自分は80年代・90年代結構いろんな日本アーチスト音楽を聞いていた。

CDは100枚程度買っていた。

が、00年代になって、結婚してから、というか子供が出来てからほとんど音楽を聞かなくなった。

それはそれで仕方ないのだが、自分音楽を聴かなくなった頃から日本音楽シーンに、

ラップ」「ヒップポップ」な音楽が急増してきたんじゃないか、と思う。

子供が出来てからCDの類は買わなくなったが、コンビニとか牛丼屋とかに行くと、最新のヒットチャート有線放送されているので、

それで「今の音楽トレンド」は、なんとなくわかる。

それを聞いていると、2000年代前半からヒップポップ的音楽が、急増した気がする。

申し訳ないが、自分ラップヒップポップ的な音楽が、大の嫌いだ。

メロディーライン」「ハーモニー」の美しさを追い求める自分にとって、単にリズムと韻しかないヒップポップの類は、「音楽じゃない」。

コンビニとかだと、ラップ有線放送されている店に「誤って入ってしまったら」、即座に店を出ればいいが、牛丼屋だとそうもいかない。

入店して3分してから虫唾が走るラップ音楽が流れてきても、食べてる最中から、逃げ出すわけにはいかない。

少なくとも自分に関する限り、「ラップ的な音楽有線放送で流す可能性がある店」というのは「行きたくない店」であり、

避けたい店。

自分みたいな人が多いならば、牛丼屋は、「不用意に有線放送しているせいで、客を逃している」んじゃないか?

この辺、たぶん「ラップ音楽不快に感じる世代」と「そういう音楽に抵抗がない世代、むしろ好感を感じる世代」に分かれているんじゃないか、とも思う。

牛丼屋は、「ラップ音楽を心地よい」と思う世代メーンターゲットにすればいい、ラップ不快世代別に来なくていい、と思っているのかも。

そういえば、演歌を聞いた際に、世代によって「右脳で処理する」世代と「左脳で処理する」世代に分かれ、

一方の世代演歌を心地よいと感じ、他方の世代不快と感じる、という話を聞いたことがある。

多分ラップヒップホップも同じで、世代によって、脳のどの部位が音声処理するか、異なっていて、快・不快が違うんだろうなあ。

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