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はてなキーワード: 気持ちとは

2017-10-17

anond:20171017090104

男でも女でも関係なく気持ち悪いよ

お前みたいなのが存在してると思うとゾッとする

ちょっとした勘違いから憂鬱になった

初めての投稿

ついさっき1週間くらい??かけて50話のアニメを見終わった。今日徹夜してこの時間まで見てしまった。このまま寝ればまた夕方に起きてしまうと思うと、また1日を無駄にしたような気持ちになりとても辛い。最近4本くらい見てたので、計200話×25分くらい見たことになる。

もともと、意志が強い方ではない。ゲームにハマれば徹夜で朝までやってしまうし、友人たちと酒を飲んで話していると、いつまでもその空間にいたいと朝まで残ってしまう。今日アニメだって、次の話が気になって月曜の夜から徹夜で全話見切ってしまった。毎日オナニーも朝晩3回はする。やめようと思っても自然とそうなってしまう。

最近、何をするにしても生産性のないことに時間を使うとその後とても大きな虚無感に襲われる。

生産性のないこと、というのは語弊があるかもしれない。友人と遊んだり、飲み会をしたり、そのまま朝まで過ごしたり。休日昼過ぎまで寝てたり。こんな後はいつも憂鬱気持ちになる。

なんでこんな無駄時間を過ごしてしまったんだ、と思う。どれだけその一瞬一瞬は楽しくても。

なぜこんなにも憂鬱気持ちになるのか。

やるべき課題があるからだろうか。やりたいと思うことがあるからだろうか。やりたいと宣言してしまたからだろうか。

つの間にか自分が楽しめていた時間が全て無駄に感じるようになってしまった。

何か新しいことを学ばないといけない、何か問題を解かねばいけない、何か創作物を作らねばいけない。そんな「やらなくてはいけない」という気持ち支配されて、それ以外のことを心から楽しめない。

少し休んだ方がいいのかもしれない、休みたい、と思うこともあるが、ではアニメを見たりゲームをしたり、友人と会って話したりすることは休むことではないのだろうか???

何もせず、ゆっくりと過ごせばいい。十分な睡眠をとり、一人で落ち着いた時間を過ごすべきだ、というかもしれない。十分すぎる睡眠をとればその分、起きてからとても憂鬱気持ちになる。起きてから当然オナニーもするからその後また憂鬱気持ちになる。

また他の人間に遅れをとった、もしきちんと活動していれば為せたことを何一つ為せなかった。そう思うと無為に過ごした自分が許せなくなる。

今日も一日が始まる。今日は朝から憂鬱だ。

ちょっとだけ嬉しかたことがある。アニメを見終わった直後、時間と分を間違えて5000時間時間無駄にしてしまったと考えていたが、5000分=83時間ほどだった。あまり気にする必要もない時間に思えたので、その分他の時間を使って進捗を出せばいい。

anond:20171017084823

恋愛市場でも競い合える。

恋愛市場でも競い合える。

恋愛市場でも競い合える。

恋愛市場でも競い合える。

わーーーーーーーーーキモキモキモキモキモキモキモキモ!!!!!!!!!!!!

気持ち悪いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!

お前のそういうとこ気持ち悪い過ぎるから!??????????1?!?!?!?!?!?

anond:20171015130832

これ、Mくんの方がヤバイ奴じゃん。むしろ娘さんは被害者だよ。部活まで追いかけてきてさぞかし気持ち悪かったと思う。

娘さんに執着するあまり、フラれたことを逆恨みして不登校して謝罪要求って、謝ったりしたら受け入れてもらったと勘違いするよこのタイプは。今後何されるかわからない。

学校に娘さんがされたことを一刻も早く伝えた方がいい。それが原因でMくんが不登校になろうが退学になろうが自業自得。娘さんは悪くないことを伝えるべき。

はてブだと異様にiPhonedisAndroidを持ち上げる気持ち悪い連中いるけど宗教か何か?

お前が俺の悪口言ってたのも知ってるし手のひらをコロコロ返してるのも知ってる。

から次へと愚痴を言える仲間を作ってるけど同じ社内では俺が最後

部長課長パートのおばさんですらお前の虚言癖に気付いてる。

気持ちを改めるか、やめるかしたほうが良い。

入社して1年も経ってない上にほとんど仲間が残されてないんだから

お前の知らないところで周りは固まってるから

同じ40過ぎで見てられない。

anond:20171017042038

俺の彼女がそれだ。ネイルして1週間くらいはきれいだけどな。そのあとは気持ち悪い。でも、本人はあまり気にしてなさそうだ。

「立憲民主」の旗の下の君に告ぐ

 この増田は、立憲民主党好意的で、強く支持している(17/10/17現在人間によって書かれたものである。そのへんの是非はすっとばして本題に入るので、そのことを念頭に置いてください。

 小林よしのり立憲民主党演説会に現れたということで、お前が言うなとかまずいままでにやったことについて反省しろとか、とても、もっともな罵声が投げつけられている。まったく同意である

 一方で、これを割と素直に受け入れてる立憲民主党支持者もいる。右へのウィングを広げて支持者を増やす良い機会じゃないかという反応もある。一理あるとはいえ、なんせ小林よしのりなのでそのため、そういう人に対する疑問の声も上がった。

 官能小説家の西田三郎氏は、こんなツイートをしている。

いまの若い世代自称リベラル小林よしのりを赦すなら、俺はおまえらを許さん。奴は安上がりなレイシストロジックを基礎から作った。覚えておけ。これがお前らが声援を送った男だ。

https://twitter.com/nishida33336/status/919556721546108928

 気持ちは、とてもよくわかる。

 ただ、ちょっと待って欲しいと思うこともある。

 俺の観測範囲問題もあるんだろうけど、わりに無批判小林よしのりを受け入れる立憲民主党支持者は、若い人が多い。アラサーを少し超えた程度の俺から見ても、若い。つまり20代だったり、もっと下も混じっているかもしれない。上の西田氏のツイートでの呼びかけも、若い人に対してである問題はここにある。

 小林よしのりは、はっきりいって過去の人である。いい年をした人にとっては、昔楽しませてもらったり黒歴史の源泉になったり、インフルエンサーとして、あるいはアジテーターとして思いが深いんだと思う。でも、いま2017年という時点では過去の人だ。

 考えても見てほしい。東大一直線から35年、おぼっちゃまくんから25年、薬害エイズから20年。歴史修正主義運動の前面から消えてから(おそらくこのとき最後の「第一線」にいた時期)ですら、もう15年くらいたつ。その後も小さい話題引き起こしてるとはいえ、すでに知ってた人にとっての話題くらいにしかなってなかったのではないか。「わしズム」で初めてはまった人とかいるのだろうか。

 個人的な話をすれば、高校時代ゴー宣クラスちょっと流行たことがあった。オタクっぽい、本好きの間だけだったけど。

 気になって最新刊立ち読みしたら、すでにつくる会がぐだぐだになってた時期だった。つくる会という運動はともかく、小林よしのりのマスへの影響力自体はもうほとんどなくなってたんじゃないか、当時。

 まあ、それでも無印時代~新の初めのころまではおもしろかったのでよく読んだ。部落差別についての一連の話も、興味深く読んだ(同和教育のない地域だったので)。無印に登場する時事的な話題は、高校生にとっては、そこで扱われてる話題ほとんどは「小学校のころ見聞きした事件」だった。薬害エイズも、オウム真理教も、おぼっちゃまくんPTA白眼視されたのも、小学校のころニュース番組から流れてきた話題である。今くらいの年齢なら数年前もなんとなくつい最近と思えるけど、高校生にとっての小学校時代は「大昔」だ。田舎町の高校だったからなのかは知らないが、たまたまクラスで数年遅れで流行たから、手に取ってそれなりに影響も受けたけど、そうじゃなければ小林よしのりなんて大して意識しないまま大人になった可能性が高い。

 例外もあるだろうが、自分体験を鑑みても、ゴー宣に「ピンと来れる」のは、ほぼほぼ俺くらいの世代最後なんではないか。扱われてる人物の盛衰もあるし。小林よしのりにちゃんと接した世代というのは、俺かもう少し上の世代までじゃないだろうかと思うのだ。つまり、30代以上である

 だから若い人は小林よしのりなんて知らないのだ。あるいは名前くらいは知ってて、「保守の大物文化人」くらいは認識してるかもしれない、でも近年のアイヌ否定のことだって知らないし、昔のことなんてもっと知らないだろう。認識の外のものはどうやったって外のものである若い人のせいじゃない。吉本隆明なんて読んだことはなくても名前だけはわかる。そんな感じ。

 さらにいうなら、おそらく小林よしのりが「やばい」というのも通じないのだ。小林よしのりに怒ってる人は、歴史修正主義運動カジュアル化した極右、くらいに思ってると思う。

 でも、そうじゃないのだ。多分、若い人には、歴史修正主義極右のやらかすような、行き着きすぎたところにある行動だと思っていない。それは、保守を認ずる人なら、当たり前に身につけることだ、と思われてるんではないだろうか。

 回り見回したらわかるではないかネット出版業界も、そういうふうにできているのだ。これも、若い人のせいではない。

 間接的な話をすれば、2001年つくる会教科書が検定を通っている。2002年からは、新しい指導要領の下での教育が始まりつくる会教科書はその指導要領の下で採用されている。いわゆる「ゆとり教育である2002年中学入学したのが89年度生まれ。それ以後は地域によっては小林よしのり的なもの教育現場浸食されはじめた後の世代である被害者なのである

 数年の差はあるけど、くっつけて言ってしまえば、ゆとり教育世代(以降)は、小林よしのりを知らない。小林よしのりのことをよく知らなければ、そして、歴史修正主義学校から世間までが侵食されきった状態普通世界人生を送ってきていれば、そりゃこんなに「普通保守」までウイングが広がった、と喜ぶほうが普通決まってるではないか普通保守、そのものがそういうしろものまで後退しているのである

 いや、なんだかヘン、というのはわかるのだ。でも、それを安易に難ずることは、つまり「よくわからなくても批判せよ。俺たちが駄目だと言っている」と言う話なわけで、こんなのは典型的パターナリズムであるリベラル思想をともにする人のやるべきことではない。こういうレトリックは、自称中立とか冷笑系といわれるような連中みたいで嫌なんだけど、もちろんあの手の連中みたいなことをいいたいわけではない。

 かといってほっときいいとも思わないので、ちゃんと小林よしのりがどういう人かを(むやみに相手を傷つけないよう)継承するしかないだろうけど。引用した西田氏などは乱暴な口調ながら説明はしているだけ良いかもしれない。

 もう一つ心配になることがある。上にも少し触れたけど、小林よしのりを知るか知らないかは、「ゆとり世代」前と後に、偶然ほぼ重なっている。ゆとり世代なるレッテルをふりかざして、インターネット内外でどういうバッシング世代叩きが起きたかゆとり世代以前の人間なら知らないはずはないだろう。若者叩きというと新聞TVや「リベラル文化人」の責任押し付けておいて素知らぬ顔の人も多いかもしれないが、これはインターネット2chまとめサイト利用者テキストサイト個人ニュースサイトなどの運営者に重なる集団大手を振って謳歌していた「バッシングであるゆとり叩きをしていたネット民、について彼らが何かを総括したという話は寡聞にして聞かない。匿名ほとんどなのでそんなこと期待するだけ無駄であろうが。

 話がそれたけれど、世代バッシング被害者世代がその上の世代をどう思っているかは、俺にもよくわからないところがある。ただ、目に見えないところに微妙な反感が潜んでいても、あまり非難はできない。

 なので、たまたま分断ラインがほぼそれとかぶっていると思われるこの小林よしのり評価をめぐる見解の相違は、乱暴に扱うととんでもないものに着火させるような気がする。

 むやみに相手を傷つけないよう、などと注釈したのも、そういう理由であって。

 若い人はともかく、小林よしのりのものには擁護余地はない、大いにバッシングすべきだ、という意見もあろう。すごくわかる。

 ただなあ。

 小林よしのりって、自分の見込みからズレるとすぐ相手罵倒しはじめるじゃん。事例はそれこそ星の数ほど。

 うかつに叩きまくると、蛇を出してきそうでめんどくさそうなのだ。一方、↓みたいな危惧もある。菅直人が手のひら返されたのなんてそれこそあっという間だったわけで(しかゴー宣見る限りでは、主なきっかけは「対談を断ったから」)。

 バッシングするなとはいわないが、いろいろと腫物扱いしておくべき人だな、という気はする。

 今回の選挙は、多分、立憲民主党議席を伸ばす。とはいえ、自民党も伸ばすのだろう。希望の党がポシャったので。安倍晋三の顔にタテ線を入れるという意味ではもう少し希望の党が持ちこたえて欲しかったが、それ以外の意味では希望の党がしぼんでくれて良かったわけで、まあしょうがない。

 なので、これから大事だろう。立憲民主党いつまでも追い風なわけもない。これからさまざまな合流もあるだろうし、いろいろな批判も出てくるだろう。すでに公明党が目の上のタンコブを検出してロックオンしている。

 立憲民主党Twitterはやけに上手い。きっとネットに造詣のある人がやってるんだろう。でもそういうさばけた感じでうまくやる人と、やらかす人が紙一重なのはネットウオッチャーには常識である。何とか炎上させるための火花がほしくて仕方ない人はきっと与党支持者を中心にいっぱいいるわけで、上げ潮だからこそ心配、な案件かもしれない。

 というわけで、あんまり立憲民主支持者がのんびり自分たち陣営が予想以上に多いことを喜んでる場合ではあんまりない(連日TLで見かける立会演説写真は、うぉーっとは思うけどそういう意味でつい一歩引いて見ている自分がいる)。そこに安易世代バッシング火種を投入するのは、いま立憲民主党に期待している人にとって、まったくいいことがないと思うのだ。もうちょこちょこと局所的なディスカッションが発生しているのは自分観測範囲でも見かけるし、わかるんだけど、これが躓きの石になったら、さすがに残念すぎるだろう。

自分が生きているのはすべて間違いだった

また企業面接で落とされた。これでだいたい50社は受けたような気がする。

悪い点はいくつか心あたることがある。

年齢がいってること、第一印象が悪いこと、ハッタリをきかせられないこと、コミュニケーションが極度に苦手な事のすべてが噛み合っているのだろう。

一般を求める企業に置いて他の人とは悪い意味で異なる自分は確かに不利益だし気持ち悪いものだ。

こんな気持ち悪いものでも憧れの企業があったが、そこにはすべて落とされてしまった。所詮自分自尊心のおばけだったということだろう。

自分はこのまま社会必要とされないままなんだろうか。もう就職の関連のことを考えるだけで吐き気がしてくるようになってしまった。

なにをどうしたらいいのか、自分はどうあったらいいのかわからない。

コミュニケーション第一印象の悪さはどうしたらいい、誰をお手本にすればいい。

もう生きていていいと思えない。自分なんて生まれなければよかった。

こういう詐欺流行っているらしい

最近起業したばっかりで、外注扱いの社員が2人いる程度の社長なんだけど、

フリーランス起業を考えてる人の集まりで仲良くなったAさんって人がいる

飲みなんかの集まりで会う度に、理由は知らないがAさんはうちの会社ですごく働きたがってて

一応人員足りてるから大丈夫とは言ったんだが

ある日突然Aさんから

「xx月xx日に口頭で雇用をする約束をしたが、仕事が始まらないし、給与が支払われていない」

「よってその日数分の休業補償をよこせ、さもなくば裁判を起こす」みたいな文書が送られてきた

実際酒の席でも言った覚えがないので、どうぞ裁判でもご勝手にという気持ちなんだが

これを他の同業者に話したら違う人だが似たようなことを起こされた事があるらしく

そういう詐欺というか恫喝が一部で流行しているみたいだった

うちはまだ暇な会社から裁判でもなんでもやるけれど

もっと忙しい会社は金で解決ちゃうのかなあ

2017-10-16

期日前投票は損した気持ちになる

当日に投票に行けない用事があるので、期日前投票を利用しようと思う。

でも、誰に投票するか検討する時間が、他の有権者より少なくなるのが残念だ。

それに投票してから政党候補者不祥事が発覚するかもしれない。

期日前投票せざるを得ない人は、他の有権者より損している気がする。

投票できるだけでマシだと、諦めるしかないけどさ。

年を経るとラクかどうかどうでもいい

40年近く生きてるとラクかどうかがわからない。なぜなら生きることにもう馴れたのでラクかどうかがわからない。

長かった髪を短くしたら周りからシャンプーとかラクになったでしょ~?」と言われたけどシャンプーくらい大差ない。シャンプー別にツラくない。

すごい気持ち良さそうな大きめの座椅子を買ったんだけど別にラクさは増さない。

もうラクさえ失ったのか、はたして。

あー気持ち悪い。

愛情なんかカケラもないのにわざわざ挨拶してくる。うぜえんだよ。

昨日ハロウィンパーティーに行った

誘われて実情が不明ハロウィンパーティーに行った

出会いあるかなとか、若者が多そうとか聞いて

でも実際おばさんばっかりだった

おばさんの一人に今食いつかれてる。LINE教えなきゃよかった。

仕事の後飲みに行こうよ」「仕事何時まで?」

ああ変なおっさんに誘われる女子はこんな気持ちか。確かに自分好きな人から好かれないとどうでもいいわ。

https://anond.hatelabo.jp/20171016173548

個人は、旅行楽器アナログゲーム

世代幸せそうなパパを見ると羨む気持ちはあるが、そういう才能はなかったのだからしょうがない。

スポーツ選手音楽家画家医者とか一流企業に勤めるとか、そういう様々な「なれなかったもの」の一つでしかない。

大多数の人ができていることができないのは無念ではあるが、それでも「生きてちゃいけないのか」とかは思わない。

等身大で生きるよ。

ダンボオカズオナニーしてたことを思い出した

ディズニーキャラクターダンボが好きで、よくぬいぐるみを集めていた。なぜダンボが好きだったのかわからなかったのだが、先日ルギアで抜いてた人の記事を見て、その理由をやっと思い出した。

さいこダンボビデオを見ながら足をすり合わせて気持ち良くなっていたことが何回もあったことを。なぜかいつもダンボを見ながらその行為をしていた。

家にビデオデッキがなくなってからはそれをすることはなくなってしまった。

私はダンボを見て性的に興奮していた。

そのことを思い出した今改めてダンボを見ると後姿とかなぜだがエロく感じてしまった。めちゃくちゃ死にたい

庭の樹が実を付けない。そんな些細な事にすら神経質になる。

それは勿論、沢山花を咲かせ、実をつけるような努力は怠ってきた。

植物勝手に咲き、勝手に実を付けるものと思っていたから。でも実際に不結実なところを見ると何とも言えない気持ちになってしまう。育て方がまずかったのだろうか。もう少し出来る事があったのだろうか。

不思議もので、自分自身焦燥感と少しだけ重ねている。

もっと音楽をやって欲しいという話

弦楽器奏者として以前在籍していた、社会人オーケストラの話。

ちょっと前に仕事の都合で遠隔地に異動となり、練習に行くにも移動時間がえらいことになったので、今は別の団体を探しつつ、たまに他団体助っ人に行く程度。

そこのオケには、気がついたら10年以上いた。

10年以上の活動を通し、当然そのオケの美点も欠点も見えてきたわけだが、欠点と言っても、当時は特に移籍する(というか逃げ出す)ほどの強い理由にはならなかったため、なんとなくそこで弾き続けてきた。

しかし、そこをやめてから団体演奏を聴いたり、スポット参戦で合奏する機会が増えた結果、昔は違和感程度に感じていたオケ欠点について、だんだん怒りがこみ上げてきた。

良い思い出もある反面、その部分については「よくもやってくれたな」という気持ちが収まらない。

そしてその欠点は、恐らく日本中アマチュア団体散見されることだと思ったので、苦言として書き置くことにした。


問題となったのはただ一つ、吹奏楽癖の抜けない管楽器に尽きる。

とにかく木管金管も、管弦楽という音楽がどういうものなのか、真面目に考えたことある?とツッコみたくなる吹き方なのだ

そりゃ中学高校、人によっては小学校高学年から毎日のように練習してきたんだろうから、その貯金演奏技術は色々と身に付いていると思う。少なくとも大学で始めた弦の人よりは。

でもねえ、から何?って感じなんだよ。

それだけの積み重ねがあって、そんな無神経で無節操な音しかさないんなら帰ってくれよ。

反感を買うのを承知で言うと、オケは弦の縄張りなんだよ、人数だけじゃなく音楽的にも。少なくとも現在頻繁に演奏される曲は全部そうだと思っていい。

まり、弦が主体で音を出している(だから弦の音符の数は管楽器より遥かに多い)所に、管楽器が彩りを添えるようになっているのは、ハイドンから現在に至るまで不変なの。

例えるなら「ケーキ主体あくまでスポンジであって、そこにクリームフルーツがあるの!」って話。


それが何だ、「こっからソロ、私が主役としてガチで吹く」ということしか頭にない木管ホルン、「ずーっと休符…はいここ4分音符あるから吹く、せーの!」という音しかさな金管

どっちも、「自分が登場するまで、弦を主体とした皆が、どんな物語を紡いできたか」を全然意識してねーじゃん。

ハナから「そんなのかんけーねー」という音で吹いて、それがどれだけ場違いかも分からない、それが気にならないことが信じられない。

そもそも合奏を何だと思ってんの?

オーケストラ舐めてる?

それとも弦楽器音程テンポもヘボいからって見下してる?

なんかもう「このケーキクリームフルーツはこうあるべきだから、その通りになるように全力を尽くす、ケーキはまあよろしく焼いといて」みたいな事をしている。

その結果、ケーキクリームの味がケンカしようが、上に乗っけたフルーツの重みでケーキクリームもろとも圧壊しようが気にしないとか、本当にそんな仕上がりになっているのだ。


これが

「そんな音でお膳立てされて、どんな音で入ればいいんだよ。もっとちゃんとやってくれないとこっちも困るんだけど」

という文句だったら全然いい。それは責められて当然であって、頑張らないといけない所だから

「そんな不味いケーキじゃ、どんなクリームフルーツを合わせたって美味しくならないから」みたいな話だし、それは「このケーキはこういう味と食感で攻めてきたか、そしたらクリームの味付けは…フルーツの切り方は…」という意識気遣いがあってのことでしょ。


勿論、上の文句に当てはまらない、本当に上手な人もたまにいる。

ヘボい音でしか伴奏できない我々が思わず恥じ入るほどだ。

でもそういう人は、漏れなくプロのレッスンを受けて研鑽を惜しまない人で、吹奏楽上がりというだけの人は大概ダメ

信じられるか?社会人になってからレッスンでオーボエを始めた人が、技術面はともかく、音楽面では中学からの吹奏組よりセンス良い音してるんだぜ?

もうチューニングのAからして違う。

吹奏組は全員「ヘビが出てきそうな音」がチューニングにおけるデフォルトである。お前そのヌメヌメした音でソロ吹くのかよ?そうじゃないならソロの音でA出さなかったら意味なくね?そもそも合ってるように聞こえねーし。

と、自分コンマスだったら相手がキレるまで詰めてやりたい。

一方、個人レッスンやってる人は本当に合わせやすい音を出してくる。聞けば「やっぱりぶら下がった音とかじゃなく…」と言っていて、全くその通りという感じだ。というか、綺麗な音で吹いてくれたら弦の人間は何も文句言わない。この感覚も、吹奏上がりには理解されないんだよなあ…当たり前だと思うんだけど。

anond:20171016154606

どこのど田舎思想か知らんがブルーオーシャンだと思って飛び込むと大抵裏切りにあうよ

大体信頼って押し着せがましくない?貰ったら返さなきゃいけないもの、そういう固定観念気持ち悪いし

自分が与えたら与えた分だけ返ってくるとは限らない。そう言うのを期待って言うのかな。

オタク気持ち悪いのは、人間関係とかでいい塩梅を探らないからだと思うけどね

社会生活でというか、何も考えなさすぎ

いつまで小学生なんだてめーらは

オタク気持ち悪い点は、それと決めたら一直線で他の物を蔑ろにする点だよ。

偏執的な癖にプライドは高くて衣食住より趣味プライオリティを上げてしまったりする。

とっとと脳梗塞でお亡くなりになってほしいものです。

保毛尾田保毛男差別トラウマか(とあるゲイ意見

保毛尾田保毛男について思ったことを書く(長いからな)。ちなみに自分ゲイ当事者なのだが、今回の保毛男批判運動にはまったく乗れなかった。自分は毎年LGBTパレードに参加したり応援したりしにいく程度には差別運動には親和性のあるゲイなのだが、とにかく乗れなかった。どうして乗れないんだろうという内省をしていくつかの視点を得たので、ここに書いていく。

まず自分リアルタイム保毛尾田保毛男は見ていない。なのでとくにそれでゲイである自分が傷ついたという経験もないし、幸い(?)、学校で保毛男ネタいじめれらたこともない。とはいえ、「今の視点から見れば」、LGBTについての適切な情報がろくになかった放映当時、保毛尾田保毛男が「ホモってこういうものなんだ」という偏ったイメージを流布してしまたことや、ゲイ当事者テレビ流れる保毛男を見て「僕はこんな気持ち悪い生き物と同じなんだ」という同一化をして傷ついた、という批判は、(繰り返すが)「今の視点から見れば」差別的お笑いなのだという意見があることは気持ちの上ではわからなくもない。しかし、放映当時は差別問題としてゲイだのLGBTだのがエントリーしていなかった時代だったわけで、時間を遡ってなにかを批判することに正当性があるのかは分からない。重要なのは保毛尾田保毛男によってトラウマを抱えた当事者一定数いた」という事実はどうやら本当だということだ。

そして2017年になって保毛尾田保毛男が復活した。放映当時と時代は変わっている。LGBTという概念がそれなりに普及して、ネットを含むメディアにおいて、さまざまなLGBT情報や、顔を出している当事者に触れることができる時代になった。そんな時代保毛尾田保毛男が復活すると聞いて、自分にはむしろよい好機なのではないかと思っていた。それはなぜかというと、往年の「保毛男=ゲイ代名詞」という時代翻弄された解釈から、「ヘンテコだけど、どこかチャーミングな、ゲイなのかもしれないけど、なんだかよくわからない独特な変なキャラ」という解釈で保毛男を捉え直すだけの、余裕のある社会時代(それはLGBT当事者も含めた)になっているのではないかと、自分は思っていた。そして、現に復活放送の内容でも(自分は見損ねてしまったので伝聞で恐縮だが)ホモ一般を明確に差別するような言動ex.ホモは頭おかしい、死んだほうがいい)はなかったようだ。そもそもホモではなくて噂」というキャラなのだ。それでも「ホモじゃないの。あくまで噂なの」というネタ差別だと主張する人はいるようだが、カムアウトする前に三ツ矢雄二がやっていたグレーゾーンネタと同じようなもので、「明確にしないこと」をネタにしているギャグだと自分は感じている。

しかし、そうではなかった。当事者トラウマ自分が思うよりもずっとずっと深かったのだ。顔を出しカムアウトして反差別活動をしているようなメンタルの強いLGBT当事者でさえ、いやむしろ、そういう人たちこそが一丸となって、復活した保毛尾田保毛男批判した。差別だ、この時代にありえない、と批判した。自分にはよく分からなかった。あの復活放送のなにが差別的なのか分からなかった。冒頭にも書いたように乗れなかったのだ。なので、彼ら・彼女らの批判を読み漁ってみた、そしてある共通点に気づいた。その共通点というのは「自分子どもだった頃、保毛尾田保毛男のせいでこんなんも辛い目にあった、苦しかった」という自分史を綴り、それゆえに「保毛男はダメだ」と主張していることだ。彼ら・彼女らは「復活した保毛男」を批判しているのではなくて、「往年の保毛尾田保毛男」を「今の価値観から批判している、その根拠は、彼ら自身トラウマなのだということが、徐々にわかってきた。そして、このことが、僕がこの一連の保毛尾田保毛男批判に乗れなかった理由だったのだなと気づいた。つまりトラウマのない人にとっては「復活した保毛男」はとくに差別的でも何でもないものなのだ。その点で(話はそれるが)、BPOが「問題ない」と判断したというのもよく分かる。なぜならBPOは「復活した保毛男」を判断するわけであって、「往年の保毛男」を判断するものではないからだ。

ここで自分が主張したい意見は2つある。

ひとつは、過去の時点において差別問題として十分に認識されていなかったが故の行き過ぎていたかもしれない表現を、「今の価値観から断罪する」ことは正当なのかどうか。自分は正当だとは思わない。時代が変わっていくというのは過去を許容していくことだと思うからだ。LGBT当事者にも、保毛尾田保毛男流行っていたときに「ホモだと疑われたくないから、自分も一緒になって保毛男ネタを笑っていた」と自分史を綴っている人が少なくなかったが、しかし、そんなふうに、保毛男ネタを一緒になって笑っていたその傍らに、一緒になって笑うこともできなかったLGBT当事者がいたかもしれない。でも、そんな「一緒になって笑っていたLGBT当事者」を「今の視点から「おまえもいじめに加担した加害者だ」と批判するような言説は聞いたことがない。それはやはり「知らなかったがゆえの過去」を許そうということじゃないんだろうか。

もう一つは、トラウマを手当することの重要性だ。反差別運動をしているような心の強い人でさえ、過去トラウマと、現在を切り離して考えられなくなるほどに、トラウマというのは人間精神を縛り付け歪めてしまもの(=呪いなのだ。これまでのLGBT運動は、こういう深いトラウマを手当てしきれてこなかったのではないかと思う。この点については、当事者の一人として反省し、教訓にしていくべき論点になりうるのではないかと思う。「保毛尾田保毛男で傷ついた過去を語る会」のような、トラウマを吐き出して、呪いから自由になるようなピアサポートもっともっとあってもよかったのかもしれない。

(これはあくまで、自分個人的意見だ。復活した保毛男を批判してはいけない、とは思わないし、批判して得るものも失うものもあると思っている。ただ自分は、差別の名のもとに他者糾弾するだけの社会にならないことを祈って、せめてもの活動として、ひとりのゲイとして、ここに記しておく。ここまで読んでくれてありがとう。)

anond:20171016143700

>『あなた理想の父&娘はどの芸能人ですか(単一回答)』という質問をしたところ、圧倒的な支持を集めて1位になったのが関根勤関根麻里、続いて2位が渡辺謙&杏、そして3位が高橋秀樹高橋真麻という結果になりました。

なんつう気持ち悪い回答者・・・

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