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はてなキーワード: お茶とは

2018-10-19

摂取カロリー確保に甘いジュースじゃ飽きてきた

でもお茶じゃエネルギーとれない

炭酸は胃が膨らみそうで怖いか却下

甘くないけど熱量がある飲み物ってないっすか?

2018-10-18

あだち充

ラフがけっこう好きなのでみゆきを読んでみたけどいまいちだった

読み始めたばかりなのでこれから面白くなるのだろうか

何がいまいちかというと周りの大人

中学生女の子お茶ドライブに誘ったり家に押しかけたりお尻触ろうとする 主人公同級生だけならまだしも教師だったり警官だったり

なんか理由がある部分もあるのかもだけど今のところちょっと嫌だ 止めてくれる大人もいないし

時代的なものあんのかな

主人公がやたらとポケットパンツ入れがちなのもちょっとしつこい

日本じゃ、兄妹で映画みにいかないの? みたいな会話の流れは好きなんだけどなあ

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

2018-10-16

ミリオンライブかい声優ゴリ押しコンテンツと化したアイマス

ミリオンライブかい声優ゴリ押しコンテンツと化したアイマスお荷物

とりあえずこういうタイトルにしとけばアイマス信者は釣られてくれるよね(笑)

 アイドルマスターミリオンライブ誕生して5年、後継アプリである音ゲーもどきことミリシタが実装されて早一年アイマスP(笑)の皆さま如何お過ごしでしょうか。

ミリth、詩花イベ、シアターブースト(笑)など、相変わらずやらかしを重ねてまともなファンは離れ、残るはアイマス信者とクソ害悪声豚ばかりとなり、同じアイマス系譜であるデレやMのファンから名指しで批判されるまでになり、アニメ化なんて夢のまた夢、アイマスにおける不良債権としてかつてない盛り上がり(n回目)(笑)を見せるミリオンライブ。私もついこの間まで「田中琴葉担当です(キリッ」などと薄ら寒いセリフを吐き、スマホクラッシュすればあっという間に吹き飛ぶ画像データに何十万と金をつぎ込んで「爆死芸」だの「これが担当の意地」だのというパチンカスもびっくりなクソ浪費を繰り返してきましたが、タイトルにもあるとおり私が5年もの歳月年収数年分の金額をつぎ込んで愛してきた「田中琴葉」というキャラクターに対する運営や声豚どもの扱いを見て現実に引き戻され、すべてのアプリを消去、グッズの類も処分しました。ぺーらしい言葉を使えば「引退」ってやつです。

 そして相変わらずやらかし事案を繰り返し、開き直りを続ける運営を前にようやく目が覚めたのか昨日まで「アイマス最高!ミリオンライブはこれから!」などとほざいてた友人たちも引退し、周年イベを過ぎてミリシタに飽きた声豚たちが次の餌場を求めて移動している今、ふと思ったわけです。

ミリシタから入ったぺーはミリオンライブアイドルプロデュースするゲームと本気で勘違いしている人が大半なのではないか。」

ミリオンライブのいいところしか見えてないのではないか

それは可哀そうだ、何も知らないでこんなところにいたらあれよあれよという間に時間金も吸い取られてしまう。

早くミリオンライブ真実を教えて上げてもっとまともなコンテンツに逃げたほうがいいと警鐘を鳴らさなければいけない。

 というわけで今回はミリオンライブが如何に(色々な意味で)ひどいものであるかをミリシタから入った人間にもわかりやすい「田中琴葉の件」を通して伝えていきたいと思う。

 まず、田中琴葉の件の概要説明する前に声を大にして伝えておきたい。

ミリオンライブ声優ゴリ押しコンテンツである。」

 ミリオンライブはとにもかくにも声優が命であり、声優の追っかけをしている声豚から金を搾り取るためにあると言っても過言ではない。

39プロジェクトだかなんだか知らんが、ミリオンライブに登場するアイドルAS以外は全て声優を担ぐための神輿、いや、踏み台レベルかも知れない。

とにかく声優の都合で性格がブレブレ、キャラ崩壊など日常茶飯事、声優のためならなんとでもなる、最悪いなくてもいい存在としてしか見ていない。

劇場版アイドルマスターのそれが良い例であろう。

からさまな声優事務所の力関係が反映されたキャラクター選抜、出番、セリフ役回りAS中心の物語を作るためのほぼ別人レベルキャラ崩壊(可奈と志保特に酷かった)

765の後輩という設定が完全に裏目に出ている。

そうでなくてもキャラクターの出番の格差や、キャラの作り込みの甘さ、ゲーム自体のつまらなさは同期のシンデレラガールズと比べても酷い物であり、声優ありきで作っているとしか思えない場面が多々あった。

ライブに足を運べば害悪、厄介、キチガイの声豚ばかり。誰もキャラクターに興味などなく、ペー独自文化としてキャラグッズを身につけているが口を開けば出てくるのは声優の話ばかり。

ライブでもキャラ名ではなく声優名を呼んでクソコールオタ芸で悦に浸る者がほとんどだ。

 (アイマスPはどこにでも湧いてくる上に自分たちに都合の悪いことは隠蔽したり声高に叩く傾向にあるが「アイマス ライブ 厄介」で検索してみてほしい。某スクールアイドルファンの方がよっぽどまともに見える行為がぼろぼろ出てくる)

 

 

 そんな奴らが「田中琴葉」に何をしたか、これから話していこう。

きっかけは2016年9月1日担当声優である種田梨沙が謎の病気により、活動休止を発表したことに始まる。

種田梨沙が参加していた他のコンテンツが次々に同氏の降板、代役の起用を発表する中、アイドルマスターは「種田梨沙の復帰を待つ。」という決断を下した。

当時私は愚かに英断だと感じてしまった。琴葉の声を演じられるのは種田さんしかいない、いつかまた声が聞けることを信じてその日を静かに待とう、そう考えていた。

しかし、異変はすぐに訪れた。

 The@ter Activities投票で決まっていた「普通の子」役を降板して可奈に譲ったことを皮切りに、運営は極力琴葉の話題を避けるようになった。

ラジオや各種広告ではもちろん、本家ゲームイベントでも琴葉に対する言及が減ったどころか、カードにも登場する機会が減り始めた。

はいささか疑問だった。声優さんの事情と琴葉は全く関係ないのに、声優さんがいなかろうが、声が変わろうがミリオンライブ世界観に全く関係ない。なぜそんな雰囲気になるのか。

漠然と疑問を持っていたが、それを口にすることはできなかった。

 そして迎えた4thライブミリオンスターズにおいて最大の目標であり、ひとつの終着点、武道館でのライブ、その3日目。

私は現地で参戦した。人生においてトップ3に入るレベルの胸糞悪い一日だった。

現地における名刺交換、私が名刺差し出して「琴葉担当です」と名乗ると相手は必ず「あっ.....」と言って伏し目がちになった。

そして口々にこう言った。

「残念でしたね。」

「きっと琴葉も見てくれてますよ。」

「琴葉はいないけどその分頑張って応援しましょう」

「49人での武道館ですけど、楽しみましょう」

 腸が煮えくり返るとはこのことを言うのだろう。危うく怒りで前が見えなくなりそうだった。殴り倒してやりたかった。

ふざけるな、いないのは種田梨沙であって琴葉ではない。なぜ事情も知らない、知る気もない奴にそのようなことを言われなければいけない?

せめて同じ琴葉担当であれば気持ちはわかると思いたかった。

だが、私が名刺交換をした琴葉担当集団はお通夜だった。

比喩ではない、文字通りお通夜のような雰囲気の中上記セリフをうわごとのようにつぶやくのみだ

担当名乗っている人間が「琴葉だってここに来てます。」「俺が連れてきてるから」「奇跡はあります」その一言すら言えないのか。

お前たちが見ているのは結局種田梨沙であって琴葉ではないじゃないか

もう最早ライブどころではなかったが、チケットの金は払ってしまった。時間になれば武道館に入場し、会場を迎えていた。

案の定、まともに楽しむことができなかった。応援なんてとてもじゃないができない。

それでも、それでも最後希望だけは捨てていなかった。

きっと何か、琴葉もここにいるという意思表示パフォーマンスで示してくれるはずだ。そう信じていた。

だが、その期待は最悪の形で裏切られることになった。

ライブ後半、最後の曲

初日乙女ストーム、2日目はクレッシェンドブルーのFLOODING、圧倒的エモさを爆発させていた枠だった。

流れたのは「ジレハートに火をつけて」琴葉がセンターを務める、灼熱少女の曲だった。

琴葉以外のメンバー4人が迫真の表情で歌う中、琴葉がいるはずのセンターポッカリと空いていて、スポットライトけが煌々と照らされていた。

ふざけるな、ふざけるな。

運営お前もか。お前まで琴葉の存在否定しにかかるのか。

ジレハじゃなくたって他にもシメを飾る曲はいくらでもあるじゃないか。他に演出の仕方はいくらでもあるじゃないか

なぜ敢えてそれを選んだ!?なぜそれを選んだ?

なぜ敢えて琴葉の不在を強調させるような曲、演出を選んだのか。

鎮魂歌のつもりか?公開処刑も甚だしい。

ここで私は悟った、気づいてしまった。

運営種田梨沙の復活を待つつもりはない、田中琴葉というアイドルミリオンライブから消し去るつもりだったのだ。

今だからこそ言えるが、もうすでにこの時点でグリマスの終了、ミリシタへの移行は確定していたと見られる。

から運営ミリオンライブの展開についていけなくなった種田梨沙グリマスの終了に伴って琴葉ごと切り捨てようとしていたのだ。

 悪夢はなおも続いた。最後挨拶総合プロデューサーは「ミリオンライブは一歩一歩着実に前に進んでいきます。」という旨の発言をした。

しかしその直後、シアターデイズの発表である

手のひら返しというか、ダブルスタンダードというか。もう呆れて言葉も出なかった。

 一歩一歩着実に前に進んでいくなら種田さんが復帰するのを待って100%状態リリースするのが筋ではないのか?

それとも歩みについていけない者は遠慮なく切り捨てるからついていくも降りるもお前次第だとでも言いたいのだろうか。

私はサイリウムを投げ捨て、最後Thank youを聞くことなく会場を後にした。

やってられないなんてものではない。あそこで最後Thank youのあの演出を見たところで冷める一方だったと思う。

とりあえずキャラ出しとけばお茶を濁せるとでも思ったのだろうか。

後述するが運営対応は全てのメッセージが後手でちぐはぐ、声優種田梨沙自分達に火の粉がかからないためのものであり、要するに自己保身だ。

田中琴葉というキャラクターや、琴葉本人を好きで追いかけてきたPやファン気持ちをことごとく踏みにじるものだった。

 いつだったか引退したとあるPがちょうどこのブログだったかアイマス宗教である。」と言っていた。

まったくもってその通りである。下手すりゃ宗教よりタチが悪い。

あんなに堂々とアイドル存在否定しておいて、最後にちょろっとお涙ちょうだい演出をすれば大の大人が泣き喚きながら「ありがとう」アイマス最高」と狂ったように連呼するのである

気持ち悪い、宗教と言わずしてなんだというのだろう。

あの演出を持って「琴葉はいた。」「4th最高だった。」と言っているペーは田中琴葉担当ではなく種田梨沙信仰する信者であり、所詮種田梨沙しか見ていないにわか声豚である

少し話がそれてしまった。

あのライブの後、私はあらゆる窓口でバンナムグリークレームを入れた。

あれを肯定されては琴葉があまりにも浮かばれない。可哀想なんて言葉では表しきれない程に不憫だった。

だがいずれも返答が返ってきた事はなかった。

その後も琴葉の存在無視され続けた。

ミリシタに琴葉の存在確認できない、グリマス終了時も琴葉のボイスだけ追加予定はなしとされた。

田中琴葉は合流が遅れています。」などという取ってつけたような白々しい文章が踊っていた。

なぜ?琴葉自身に何かあったか?ないよな?

グリマスの方はともかく、4thの時点で3Dモデルを用意できたのならミリシタに実装するくらいわけもないはずだ。

種田梨沙はいなくても田中琴葉はここにいる。」と主張するのなら、たとえ無言でもミリシタに琴葉のモデルだけでも実装し、メイン画面で歩き回ったり、劇場メンバーと会話するモーションを用意することができたはずだ。

たとえ声がつかなくてもユニット曲で歌って踊る琴葉を見ていずれ戻ってくる種田梨沙に思いを馳せることができるならまだ前述の言葉にも説得力があった。

しかし、現実劇場で琴葉の存在確認することはできず、琴葉がここに居るという実感は皆無、そのくせTBなど中途半端タイミング中途半端に顔見せするから案の定ミリシタから入ったぺーは「誰?」状態だったわけだし、それどころか「こんな実装されてないキャラに参加権認めるのか」という不要ヘイトを貯めることになったわけだ。

 そして、今年二月、どうも違和感のある中途半端タイミングでようやく琴葉がミリシタに実装された。

完全に引退していたがようやく思いが届いた、これまでのことは水に流して改めてミリオンライブを始めよう。

そう呑気に思っていた私の心はすぐに打ち砕かれることになる。

 ツイッターに溢れかえる「琴葉おかえり」の文字

 どうして声豚はいつもこう私をイラつかせるのだろうか。

あのさあ............

おかえりと言うべき相手は琴葉じゃなくて種田梨沙だろうが!!

琴葉はずっと劇場にいたんだからお帰りもクソもねえよ!!バカか!!

 ただ、本当に怖いのはここからだった。

どういったわけか、琴葉の存在がまるで悲劇のヒロインであるかのように扱われ始めたのだ。

そして運営はここぞとばかりに琴葉のことを猛プッシュし始めた。

まるで今までの遅れを取り戻すように。

 思い出して欲しい、数行前の流れを

田中琴葉存在種田梨沙の不在を理由否定したのはどこのどいつだ?

お前らじゃないか!!

勝手存在を殺しておいていざ復活したら悲劇のヒロインか?

ちゃんちゃらおかしいとはこのことだ。

 何も言われなかったらミリシタに実装する気すらなかったくせに

反論があまりにも大きくて金になると嗅ぎつけたのか、復活した途端にこの扱い

復活したら、あからさまなゴリ押し

 この手のひら返し種田梨沙信者はここぞとばかりに絶賛の嵐

「琴葉おかえり」「ありがとうミリオンライブ

信仰というのはここまでも人間盲目にするのかともう、哀れみともつかぬ感情けが胸を支配していた。

 そして、私は本来であれは5thにも参加することなく、さっさとアイマスから足を洗うつもりだった。

でも、どういったわけか、ミリオンライブを昔布教してしまった後輩の声豚に無理やり連れられ、5th2日目を見させられた。

 正直言って、まあ酷い、白々しい演出だった。

あれはミリオン5thという名の「種田梨沙お帰りライブ」だった。

白々しいセトリ、4thでは見られなかった景色を完全再現、琴葉はここにいるでしょ?完全復活したでしょ?嬉しいでしょ?ほら泣けよ

と言わんばかりのサムイ演出

それ以外は前日に徹夜で組んだのかと思えるレベルのテキトーっぷり

 そんなことをするなら島原エレナにSTANDING ALIVEを歌わせてあげたほうがよっぽどよかった。

 

 そしてそれに泣き崩れ、泣き喚くキモオタの群れを見て吐きそうになった。

 もうやめてあげてくれ 田中琴葉がただただ可愛そうだ。

 何もしていないのに、声を失ったか存在否定され、忘れられ、かと思えば声優の都合で再び表舞台に引きずり出され

別に何もしたわけではないのに悲劇のヒロイン扱いされる。

そして1周年迎えたら未来ちゃを差し置いてミリオンのセンターですか。

なんの努力もしないでセンターに持ち上げられてしまう琴葉の表情はきっと散々なものだろう。

それで持ち上げられたが故に何も知らない別のキモオタに叩かれ、デレと比べられ、見下され.....

こんなボロボロセンターを見てもあなた脳死で「アイマス最高」「ありがとうミリオンライブ」と唱え続けるのだろうか。

 さて、話が長くなってしまったが、ここまで読んでくれたということは私の話に少しでも賛同する意思がある人か、俺を論破したくて仕方ないクソ気持ち悪いマウント取りオタクのどちらかだろう。

もうもはやキモオタにつける薬などない、正直声豚は死んでも治らないからもう何も言うまい

奴らは反省も後悔もしない、さも当たり前のようにコンテンツを食い潰し、飽きたらまた次のコンテンツに移動するだけだ。

まぁシンデレラガールズ然り、SideMしかり、どこに行っても声優の都合でキャラクターの扱いが決まり、荒れていない場所を探す方が難しい現状を見る限り、もはやアイマスというコンテンツのもの声優ゴリ押しコンテンツになってしまった今、大多数のアイマスペー(笑)に何を言っても無駄なのかもしれない。

でも、それでも、俺はやめねえからな。

俺の想いが少しでも多くのオタクに届くまで、ミリオンライブが、ひいてはアイマスが潰れるまで何度でも、形を変えてでも言い続けるからな。この真実を。

ミリオンライブと声豚ども呪い殺すまでやめないからな。この文章投稿し続けることを

琴葉の存在を殺したお前らを、今も真実に見て見ぬ振りしてるお前らを絶対に許さないからな。

この文章半笑いで見てるお前だよ、達観した気になってクソみたいなマウント取ろうとするお前のことだよ。

anond:20181016144148

相手に回答、コミットメントを求めずにひたすら告白でなく好ましい気持ちを伝えよう

恋愛は甘ったるいものと思いがちですが、ストレスも溜まるので、

まずはいろいろな人とアルコール抜きにお茶でも飲んであってみよう。淡い交わりが自分を豊かにして自分価値があることに気づかせてくれますように

2018-10-15

anond:20181015212507

仕事に支障が出なきゃいいんじゃね、と思うけどね。

前の仕事ではペットボトルお茶ですら飲む時は席を外して休憩室で飲め

って会社があったな。正直理解できん。

10】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181015160115





ありのまま、恋と愛、バインミー


一旦弱くなった雨足はやがて勢いを取り戻し、カウンターの前から身動きが取れなくなった。

このまま夜も雨だったら空港での夜明かしは大変だ。

心配と共に空腹も襲って来る。

ニュアンスは違うが、きっちり呆然とする事になった。

しばらくして、心配をよそに弱まる雨足。

順番が逆になったが、エントランス荷物を回収し、完全に雨が上がった夜のプールサイドに戻る。

18:00

今のうちに何か食べておこう。

典型的ベトナム南部料理といえば、お好み焼き様のバインセオらしいのだが、メニューには無かった。

バインミー紅茶を頼む。

そういえばH.I.Sのラウンジでもバインミーラスク試食した。

旅の目的だったとはいえ、これほど度々「バインミー」と名のつくものを食うとは思わなかった。

グエンフエ大通りで買ったものの8倍に当たる200,000ドンというお値段に後で驚く事になるのだが、ホテル ニューワールドプールサイドバーで食べたバインミーは繊細で上品な味がした。


と、旅行中、どういう偶然か何度も聴いた曲のインストバージョンが流れて来た。

完全に口ずさめるメロディーだが曲名が全く出てこない。

どうしても気になる。

曲が終わるとカウンターの奥でにいちゃん機械を弄っていて、選曲は彼がやっているらしい。

会計の後、声をかけた。

「I want remember song title, ♩rararara ra ra ra rara ~」

Nothing's Gonna Change My Love For You.

「それだ!」


場所スパエントランスに移して一休み。

ソファは快適だが、冷房ちょっと肌寒い。俺だけかな。

寒さを誤魔化すように、Nothing's Gonna Change My Love For You.歌詞を調べてみた。


表現世界概要をいうのも違うと思うが、歌詞概要は以下の通り。


僕の世界に君がいなきゃ毎日空っぽで夜はすごく長い。

でも君がいれば永遠だ。

こんな想いは初めて。

夢が行きたいところに導いてくれる。

抱きしめて、触れて。君なしでは生きていたくない。


君への愛は変わらない。

僕の愛がどれだけか君は知るべきだ。

世界が変わっても君への愛は変わらない。


進む道が困難でも愛が星の様に輝き導いてくれる。

君が必要なら僕はそばにいる。

君は君のままでいい。

ありのままの君を愛している。


君への愛は変わらない。

僕の愛がどれだけか君は知るべきだ。

世界が変わっても君への愛を変えられるものなどない。


これから夜は長いわ、初めての想いだわ、夢の風景に導かれるわ、ここでもまたもや、ありのまま肯定されて、挙句ベトナム国旗よろしく星まで出て来る。

歌詞の内容が状況にぴったり過ぎてちょっといくらいだ。


おまけに歌詞さながら愛の大サービス状態

思えば昨夜、俺もまた金髪の男に金を渡し、白いシャツ少女差し出した皮のブローチはハートだった。

ブローチは慎重すぎて手放したが、あれが本当にフェアトレードなら、渡した50,000ドンだけは誰かに届くはずだ。

夜が明ければ、ハート満載で見た目も味も甘々のミルクティーで喉を潤し、アオザイのお姉さんの美しさを絶賛して本気にはされなかったが、ベッドの上に星とハートをちりばめた感謝メモをしたためた。

これを書いている最中にも、お姉さんが熱々のお茶を持ってきてくれる。

冷房でやられていたので心底ありがたい。

この旅では、ありのまま自分や、恋と愛の話にやたらと出会うようだ。

あとバインミー


【11】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 4-5|導け愛の星よ へ >>

【9】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181015000834





予言


ホテルの日々が素晴らしいものだったとは言え、そのまま10時間まりラウンジでぼうっとするのも退屈だ。

昨日訪れたH.I.Sのホーチミン支店にまた行って、素っ気ない日本人スタッフに勧められたお土産バインミーラスクを買おう。

ホテルを出て地図確認すると、残り少ない旅のタスク、チェーを食べられる店がすぐ近くだった。

そうだ、行けるなら行っておこう。

店のあるベンタイン市場を再び訪れた。


広大で複雑なベンタイン市場で、目当ての店を見つけられず、別のお店のお姉さんにスマホを見せて尋ねると、すぐ背後を指さされた。

あ、これか

店のおばさんにメニューを手渡され、指差し注文すると、おじさんに手招きされて、プラスチックの赤いベンチを指さされた。

座ってまてという事らしい。

いい歳をして、疲れて来ると頬に掌をあてて首を傾げる癖があるのだが、おじさんはそれを観てマネして笑った。

こっちも笑う。

程なくカラフルなチェーが運ばれてきた。

その場で食べる場所はあったのだが、歩いて食べたかった。

チェーを片手に、ホテル正面の公園に戻る。

スプーンですくうと、ココナツミルクの中からグミの様に色取り取りな正体の分からないものが出てきた。

一口すると、色彩のドリーミングさに反して甘さは上品だった。

やはり、ホーチミン美食の街だ。


大した苦労もなく辿り着いたH.I.Sのラウンジ一休みしながらこの旅行記を書いていると、ベトナム人スタッフ若い日本人スタッフが近づいて、なにやらレクチャーを始めた。

「すいません」の使い所に関する話らしい。

かに日本人象徴する様でいて、いろんな場面でそれぞれ違う運用をされるよく分からないフレーズだ。

結構長い間話は続いたが、ベトナム人スタッフはしっかり腹落ちしてない様だった。


まあまあ一息つけたし、旅行記を書いていると時間も過ぎて行ったので、バインミーラスクと、追加で缶入りクッキーを買ってホテルに戻る事にした。

途中、昨日スマホしか撮れなかった中央郵便局サイゴン大教会 with マリア様カメラで撮る。

ホテルへの道すがら、ホーチミンでもう一つの近代商業ビルビンコムセンターを覗いてみる。

テナントのH & M のシャツは429,000ドン

日見サイゴンセンターシャツよりはお安いが、ホーチミンにおいてはファストファッションの値段ではない。

そう言えば、平日の昼だというのに、地べたに座った若者が辺りにはいて、一度は声をかけられた。

新卒一括採用などきっとないベトナムだ。

若者失業率は高いのかも知れなかった。


本屋を物色したのち、もう少し気になる建物もあったが、海外一人旅で軽々しく予定を変えないというのは鉄則だ。

16:00頃に戻るという約束通りホテルに向かう事にした。

失業率はともかく、異国のユースカルチャーは気になる。

ファミリーマートで運よく見つけた雑誌を買い、ホテルに戻った。


約束通りホテルに戻った後、朝に教えられた2Fのラウンジに向かう。

一瞬止められるかと思ったが、そんな事はなかった。

ただ、2Fに行ってもラウンジはない。

あるのは、スパジム、そしてプール

そう言えばスパが利用できるという様なことを言われたが、荷物をどうしようとか、湯冷めしそうとか思って、プールサイドに行くことにした。


プールサイドバーでは、お兄さんとお姉さんが笑顔で迎えてくれる。

バーカウンター前のテーブルに陣取り、マンゴー香りづけされたグリーンティを頼んだ。

フレーバーについてお兄さんが念押ししたのは、自分日本人だと分かったからかも知れない。

問題ない。

そういうのが良かったから。

プールでは5歳ほどの少女が遊んでいる。

とうとう雨には当たらなかったな。

これは勝ったのか負けたのか。


勝敗は意外な事にすぐ明らかになった。

ファミマで買ってきた雑誌を眺めていると、プールの水面に幾つもの同心円が広がる。

すぐに雨足が強くなり始めた。

What a thing!

なんて事だ!

ベトナムの事など大して知らなかった時からあった、あのビジョンそのままに、俺は今、お茶を飲みながら雨の水面を観ている!

完璧だ。

でも全然呆然とはしていない。

レインシートの下で雨に濡れてはいないのに、目が濡れてきた。

こっちの勝手な感動をよそに、雨足はますます強くなり、スコール様相を呈してきて、これは言い訳できないくらい完全な夕立だ。

夕立もきっと来るだろう」

予言はまたしても実現する事になった。

激しい雨にお兄さんはもっと奥の席を案内する。

移動しながら大声で笑った。

もう予言の書を確かめしかない。

スマホMV再生するとやはり涙が溢れて来る。

海辺の砂浜に一人寝転がる4,000年に一度の美少女は、イントロでビーチパラソルの下から立ち上がる。

場面が変わって様々な仲間が次々に現れ、共に歌い、踊る。

画面の中ではやがて曲も終盤に差し掛かり、片や画面の外では雨足が弱くなり始める。

画面に目を戻すと、アウトロで、長い黒髪予言者はまた独り、青空の下、晴れやかな表情でフレームの外に駆け出して行った。

完敗だ。


【10】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 4-5|ありのまま、恋と愛、バインミー へ >>

「ちゃお」を読まなくなった日

誰に語る機会もなく、ずっと一生心に残っているであろう出来事を消化するために、この「はてな匿名ダイアリー」を使ってみようと思う。

私は物心ついた頃から「ちゃお」を読んでいた。毎回あの分厚い雑誌地元本屋さんに買いに行くのが楽しみだった。

そんな毎日の楽しみなんてものは、他人の影響でいとも簡単に無くなってしまう事を思い出しながら書いていこうと思う。

小学5年生の私の家庭環境は、少し特殊だった。

母は近くのアパートに別居したばかりで、夕飯を作りに夕方から夜にかけてだけ母がやって来る。

その間父は何しているのだろう、とその頃は思ってもいなかったけど、仕事が早く終わった時は色んなところで時間を潰して待っていたらしい。

父や周りからは、「母はおかしくなった」「精神的な病になった」と聞かされていても信じられなかった。

だって、夜にご飯を作りに来る母はおかしいところが見当たらなかったから。

最初は母が一緒に住まなくなった事に混乱していた日々も、段々と慣れてきた頃、突然の訪問者が現れた。

ある日、母から一通のメールが送られて来る。

「会わせたい人がいるから、今日の夕飯に連れて来るね。」

会わせたい人、その文字を見て、もう小学5年生の私は「もしかして恋人だろうか」と自然に思い浮かぶ

それとも友人だろうか…。

その日発売のちゃおが入った袋を持ちながら、母の言う「会って欲しい人」を思い浮かべながら帰路についた。

家に着いて、地下から見える明かりをちらりと見る。

この頃、中学生の兄は不登校で、地下の部屋にこもりきりだった。

特に会話は無かったけれど、お互い家庭環境不安がある中過ごしている同士だから、何か通じ合うものだけは感じていた。

きっと兄にも、母からメールは届いてるはず。兄はどう思っているのだろう、そう思いながら母が来るのをじっと待っていた。

ガチャガチャ、と玄関が鳴った時、今までで一番くらい心臓が飛び跳ねた。

階段を駆け下りて母と訪問者を迎える。

見た瞬間、予想の1つも当たらなかった訪問者だった。

年齢は20代くらいの女性で、髪は短くボーイッシュなだらしない格好、金髪に近い明るい髪でピアスをいくつか付けている。

母との共通点が何1つ見つからなかったから、どこで会った友達なのか想像もつかなかった。

挨拶もそこそこに怠そうに椅子に座るその人を、ただ凝視するしか無かった。

母も「友人」としか説明しないものから、謎が深まる。

そもそも子供に紹介したいほどの「友人」とは思えなかった。

キッチン鍋料理を用意する母の物音を聴きながら、食卓でその人と2人。この時なんの会話をしたかは、何も覚えていない。

お鍋の用意が出来、兄も部屋から食卓へとやって来た。

そして、母、謎の母の友人、私、兄の食事が始まる。

訪問者にお茶を用意しようとすると、「あ、いい。」と一言で断られる。

そして、持参した2Lペットボトルお茶をおもむろに出し、そのままラッパ飲みし始めた。

軽いカルチャーショックを受けながら固まっていると、母が口を開く。

「いつもこういう人なの。お茶はラッパ飲みで…。」

いつも、ということは頻繁に会っている人なんだ。と引っかかる。

明らかに主導権は、その年下の「友人」のようで、全てを母が許して甘やかしている構図。

その食事最中だけで嫌というほど分かった。

こちない気持ち中食事を終えると、そそくさと自分の部屋へと逃げ込むように入りに行った。

そう、今日発売日の「ちゃお」をまだ読んでいない。早く読みたい一心で部屋へ向かう。

すると、後ろから訪問者が付いてきた。部屋に来ていいよ、とも付いて来ていいよ、とも言っていないのに。

さすがに、初対面の人に「付いてこないで」と言える強い心は持っておらず、付いて来るその人を渋々受け入れた。

部屋について、早速本屋の袋からちゃおを出し、読み始める。

この際、訪問者が居ても関係ない。

その時だった。

「わあ、まだそんなの読んでるんだ。」

予想もしていなかった打撃が自分へと向かって来る。

訪問者がニヤニヤとしながら、悪びれもなく言葉を続ける。

「オレこういう雑誌苦手だったわ〜。」

今だったら、心が強くなった今だったら、「お前の事なんて知らねえよ」とか「うるせえよ」とでも言い返せたはずなのに。

小学5年生の私には、10歳以上年上の大人であるはずの女性に、母の自称「友人」にそんな事を言われる衝撃が強かった。

その時は、「そうですかね」とか何とか、当たり障りのない返事をしたんだと思う。よく覚えていない。

その後、母と訪問者は一緒に帰っていった。2人とも母のアパートへ行くのか、別々に帰るのか分からないけど。

未だに共通点も、2人が一緒にいる意味も分からないまま、帰っていった。

2人が帰った後、無心で雑誌を紐で縛っていた。今まで集めた「ちゃお」を全部捨てるために、縛っていた。

その訪問者に言われたことがショックで、未だに読んでいることの恥ずかしさで捨てているのか。

なにかが自分の中で壊れたのか、理由は分からなかった。

ただただ、体が勝手に動いていた。

その最中メールの着信音が鳴った。母からメールだ。

今日、どうだった?』

どうだった?だって

母はうまくいったとでも思っているのだろうか。

人の家に招かれている態度とは思えなかったし、私の部屋であった事も知らないくせに。

沢山言いたい事を我慢して、ただ一言

『あの人嫌い』

と返事をした。

ああ、母はきっと兄にも同じメールを送っているだろう。心が優しい兄はどんな返事をしたのかな。10年以上経った今もそれを知ることはない。

「ちゃお」を全部縛り終わった頃、母から返事が来た。

『何かあった?別にあの人は恋人とかでもないし、友人だよ。』とか、聞いてもいない事をペラペラと書いている。

恋人であろうと、友人であろうと、どちらであろうと論外な事を何故母は気づかないんだろう。

私は、母からのその弁解メールには返事をしなかった。

後日、母から『この前の人とはもう、会わなくなったよ』と報告メールが来た。

心底どうでもよかった。

------




10年以上前のことを吐き出してスッキリしました。

後に、その訪問者はヒモのオナベ(言い方が古い)で、母が経済的支援してたことが分かりました。

しか自分の金じゃなく父のカードで。

オナベとお鍋を囲んでいたのか!と今は謎の感動を覚えています

しばらくイキッた女性同性愛トラウマになって、偏見がすごかったのですが、今は無くなりました。

精神病になってしまった母に振り回される父、可哀想と思っていましたが、父も父で隠し子を作っていました。ウケ倒すわ。

そんな、誰にも話せない話でした。

浮気はクソって言い続けていたはずなのに

これは浮気だ。どう考えても浮気だ。

体の関係がなくなって、たった1回ドトールお茶をしただけだって

手を握ったことすらなくなって、誕生日も、好きな食べ物も知らなくたって、

そもそも相手にとって私はなんでもない存在の一人だとしたって

それでもこれは浮気だ。私は浮気をしている。最悪だ。浮気だ。

他愛もないラインの往復を1日に1~2回している。たったそれだけが楽しい

ラインがくると胸が躍る。返事がこないと少し寂しい。

もし私に彼氏がいなければ、もうさっさとご飯約束をしていただろうなと思う。

これは付き合う路線だったろうなと考える。

私の彼氏は私のことが大好きで

私の病気の猫のミーちゃんのこともすごく大切にしてくれて

でも価値観がなんだかおかしくて、私とは決定的に合わないのだろうと思う。

相手にとっては何でもない(であろう)言葉に私はひどく傷つく。

何でもないと思った私の発言相手不愉快にする。

喧嘩のたびに、仲の良い友達には「本気でもう別れなよ」と言われる。

なのに別れられずにいる。そして私は浮気をしている。

結婚たらこんな感じかなあ、なんていう彼氏セリフ

前みたいに楽しみだねと大きく首を縦に振れずにいる。最悪だ。

果たして新たに現れた彼が好きなのか、

何回かご飯でも行って、確かめて、何とかすべきだと思っている。

でも、こんな状態ご飯なんてしてしまったらいよいよ

本格的な浮気なんじゃないかと恐ろしい(すでに浮気なのだが)

なんでこの期に及んで私はいい子ちゃんになろうとしているんだろう。最悪だ。

男性セラピスト 調査結果(注*サービスを受けに行くのはこれから

男性セラピスト、及び、女性風俗

調べてみた結果を記したい。

あくまで【調べただけ】であって、サービスを受けたわけでは無い。

口コミを読むのであれば、他をあたってほしい。

■種類

男性セラピスト風俗ではない、らしい)

 ・アロママッサージパンツ一枚でオイルを使ったマッサージを受ける。

 ・添い寝サービス時間単位イケメン添い寝。話し相手など。

出張ホスト(種類によっては風俗

 ・レンタル彼氏デート相手になってくれる(性的サービスなし)

 ・レンタルホスト性的サービスあり(本番なし)

3性感マッサージ風俗

 ・男性セラピスト性的サービスがメイン*レンタルホストは顔、こちらは技術を売りにしてる?(詳細不明

          「ボランティア」という名目無料で行う人もいる

処女卒業サポート風俗:本番あり)

 ・ボランティア無償ホテル代のみなど)でやってるところも多い

 ・基本的に、どこも胡散臭い。。

 ・マッサージカウンセリングカフェでのお茶の後、リラックスしてから挑む、とかなんとか。

レズ風俗

 ・レズ女性のための風俗

 ・ビアンじゃなくてもいいらしい。(私はストレート

体験したサービス

・アロママッサージ

 これは、過去二回受けた。一人目は昔からの知り合いセラピストによる施術

 施術する場所以外はタオルで隠すのだが、逆に知人に自分の肌を見せる方が恥ずかしく、肩から背中のみにした。

 たぶん、上手だったんだと思うけど、恥ずかしくて覚えてない。

 二人目は、ネットで見つけたセラピスト

 ブログ口コミが多数紹介されてあり、評判が良かった。

 「さわやかなお兄さん」のはずが、待ち合わせに現れたのは、部屋着?のような服装セラピスト

 これでプロ?と思いつつ、施術室に案内されたら、フツーのアパートの一室。

 紙ショーツ要求されるまで出されなかったし、大画面のTVをつけっぱなしでの施術

 マッサージも下手くそだし、タオルのかけ方も雑。ブチ切れて途中で帰った。

■教訓

実際に受けたサービス上記のみになるので、信ぴょう性が薄いと思うけど、サイト口コミなどをつぶさに

調べた結果、興味のある女性のために注意すべき点を記したい。

1お店のHPはきちんと作られているか(すべてのサービス対象

ポイント

独自ドメインの有無

更新頻度

デザインセンス

施術に関する説明が詳細かどうか

口コミの有無(外部サイトでも必ず探すこと!)

セラピストプロフィール

写真(嫌いなタイプに触られたくないなら必須。)

動画(話し方などチェック)

プロフィール内容

3注意書きは特に熟読!

・体形、年齢制限の有無

  →普通マッサージなのに、標準体型で24歳以下限定などの表記があって愕然とした。

   下心、見えすぎ…。

・「紙パンツサイズ問題があるので、極端に太った方は事前にお知らせください」という表記も。

 一見、なるほど、と思うけど、紙パンツ、相当伸びるはず!!

 女性セラピストのお店ではまずそんな注釈はない。(客のふるい分けしてる?)

セラピストスケジュール

・公開されていたら、希望日以外の予約状況も確認

・【注】スケジュール非公開で、予約フォーム個人情報名前住所電話すべて必須)を記入して

問い合わせなければならない店があった。それで時間が合わず諦めたけど、私の個人情報は?となった。

捨てアド、偽名が必須!!)

店舗がきちんと存在するか

・店で受けるのはちょっと…という人もいるかもしれないが、店舗(=お金がかかってる)分

 信頼性が増す。ただし、ちゃんと「お店」であること。施術室=個人宅の場合は注意。

セラピスト複数の方がいい

・一人でやってるところは、予約が取りづらい。

偏見かも知れないけど、競争がある(=複数在籍)の方が、腕が磨かれてる?客を選ばない

7問い合わせ時の対応

電話メールの文面、声の印象、言葉遣いが丁寧か?

・予定が合わない場合代替日の提案があるかどうか?

メディア露出

・やっぱりある程度は信頼がおける

特にロママッサージ(NOT風俗)に関しては。

 ※ただし、すべてではない(下記参照)

■一番大事なのは、事前の問い合わせ

都内の有資格者心理学視覚も持つという、イケメンセラピスト氏が

行うプライベートサロン(アロママッサージ)の話をしたい。

注意すべき点をほぼクリアしているように見えたこのお店。

しかも、イケメンなだけでなく、資格もあるちゃんとした技術者ということで

信頼できると思って予約を入れようとしたのだが。

・予約フォーム個人情報名前住所電話すべて必須)を記入して

問い合わせなければならない店があった。スケジュールが非公開のため、予約時に確認するしかできない。

・「紙パンツサイズ問題があるので、極端に太った方は事前にお知らせください」という表記があった。

何となく、嫌な感じがした。

でも、メディアyoutuber動画)に露出してたし、雑誌にもちらっと出たらしい。

それにやっぱり資格者、と思ったのだが。

メールで日程希望入力して、予約を申し込んだところ、その日は無理。

仕方ないから、調整できそうな前後の日程ではどうかと聞いたところ、その日も一杯、とのこと。

代替の日程提案もなし。

二度目のメール返信には、その日も無理、という事実のみ。

接客業10年以上やっているが、はぁ?!と思った。

仮にも癒し商売にしてる店が、そんなつっけんどんな対応って何?

そもそもこちらの個人情報をここまで聞き出しておいて、それだけ??

こちからメールちゃんメールマナーに基づいた丁寧な文面だったにも

関わらず、あちらからは数行のみ。

申し訳ありません」とかなし。

よくよく考えると、動画セラピスト、おもっきしため口

youtuber女性と話してたし(フレンドリーとも取れるけど)、

会話の合間、ずーっとスマホを持ってたのが気になった。

人としてのマナーも終わってない?何らかの必要があったのかもしれないけどさ。

結局その対応に幻滅して、有資格者マッサージは諦めた。

どんなに上手でも、そんな対応されたら癒されない。

で、結局、私が選んだのは、一番有名どころ(笑)

イケメンのアロママッサージ店。

電話メールで問い合わせたのだが、偽名OKで、個人情報

一切聞かれず。

なにより、電話男性(声が20代前半くらい?若い子)の対応

丁寧で、迷ったとき提案も的確で親切、メールも「お待ちしてます」なんて

書かれていて、すごく感じがいい。

ホームページ更新も頻繁だし、各セラピスト動画ブログ

ツイッター、インスタなども豊富

さすが大手?!

怪しげな掲示板口コミには、「過剰」サービスの話もあったりしたけど、

眉唾物として。

基本、そんなに嫌な口コミはなかった。

マッサージ普通~下手という声はチラホラあったけど。)

その掲示板のほかにも、プロ女性セラピストブログなどの口コミ

多数あって、総じて高評価

お店は決まった。

セラピストを決めるのにまたすごい時間がかかった。

けど、もう、あんたに賭ける!!と一人を選び出し、予約。

で、ここで、施術に関する口コミが書ければいいんだけど、まだ受けてない。

予約したのは月末。

仕事関係で、まとまった時間上京する必要があるため)が取れなかった。

他の日記では、この決断に至るまでの心の葛藤を描いたけど、せっかくこんなに調べたことを

取っておくのは勿体ないと思ってここに残す。

・・・というか、書いてて思ったが、こんなことを私は真剣に調べていたのかと思うと

なんか、もう泣けてくる。

笑わば笑え。

ただ、本気で悩む女性たちが、無駄な調べもの時間を費やさないように、そして、後悔なく

自分らしい選択ができるように願っている。

その一助になれば、私の労力も報われるかもしれない。

【8】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181014230426





Day 4-5



4日目・5日目 Cảm ơn bạn! I had a great days. LOVE, Ho chi ming City.


ホテル ニューワールド サイゴンで迎えるこの旅で最後の朝。

明日の早朝便でホーチミンを去るため、今夜は空港で明かす事となり、しっかり眠っておきたかったのだが、明け方に少し微睡んだだけで余り眠れなかった。

旅の緊張と自律神経の不調の前では、睡眠導入剤の一錠では頼りなかった様だ。

変な所で居眠りをして置き引きやひったくりにでもあったら事なので、少し動き方を組み立てる必要がある。

今日明日、一番でしなければならない事は、言うまでもなく「健康財産を損う事なく、無事に帰りの便に乗る事」だ。

既に損なってしまっている自律神経に関しては仕方がない、せめて悪化しない様に易しい日程を組もう。


おそらくこの旅の栄養面で一番お世話になった、ホテル ニューワールド サイゴンでの朝食を終え、サークルKお茶や水の買い出しに向かう。

そうだ、必ず通るエレベーター前の、あの暗紫色アオザイを着たエレベーターパーソン。

毎日入れ替わるのに、全員美しい。

ちょっとだけ笑顔が欲しいな。

1Fから Ground floor 行きに乗換えを案内してくれたのは、目がクリッとした愛嬌のある美人

「Oh..., What a thing, you were beautiful agein today !」

ちょっとウケた。

「Do you want to go the ground floor?」

「Yeah, have a nice day.」

自分の軽口と美女笑顔に満足して外に出た。


サークルKお茶と水を物色していると、お土産にうってつけのモノを発見した。

インスタントコーヒーコーヒーこそホーチミン象徴だ、この旅行でも何杯飲んだか分からない。

昨夜眠れなかったのもコーヒーの飲み過ぎかも知れない。

アイス用とホット用、それぞれをカゴに押し込んで、ついでにクーラーに並んでいた「恋しいミルクティダーリンすごく会いたくて」とハート満載のラベルに書かれたボトルも押し込んだ。

日本語ではあるが、あまりスイートストレート過ぎるワードセンスカラーリング日本法人ローカル商品香港製可能性もあるが、直感的に台湾製だと思った。あの人達は歌って踊って食って恋する人達だ。

店を出て裏のラベルを見たら、やはり台北市に本社を構える食品会社のモノだった。


ホテルに戻りシャワーを浴びた後、恋するミルクティーをデスクの端に置いてタスクを整理する。

忘れ物のチェックやチップの様な、何時ものチェックアウト時タスクプラスして、荷物の預かりと、チェックアウト後のラウンジでの休憩を交渉できれば良いだろう。

チェックアウトまで1時間半足らずだが、結構やる事がある。

まずは恋するミルクティーを一口

味もやはりスイートだった。


残金の計算など幾つかのタスクをこなした後、この旅行記を書いていると、チェックアウト時刻が速足で近づいて来る。急がないと。

実は初日にこの地で発生したタスクも、今しかできない事。

ベトナムカップ麺名誉回復だ。

今度こそ調味料を正しく全て入れてお湯を注ぐ。

程なく出来上がったカップ麺は、当然初日の無味とはえらい違いで、あっさりしているが食欲のない時にも食べられそうな上品な味わいだった。

この辺がホーチミン市民の味覚レンジなのだろう。


やる事が多いので、食べながら荷物を整理し、休憩交渉メモを書く。

11:50

残りのスープをかっ込んで、ついでにメモパッドにも感謝を描き込んで、チップと共にベッドに置いて部屋を出た。

海外旅行はいつもこの手のメモを残す。

「Cảm ơn bạn! I had a great days. LOVE, Ho chi ming City.」

台湾人に当てられた訳ではないが、メモパッドにはハートが踊った。

日本人からね、そこは少しだけ控えめに。


ホテル ニューワールド サイゴンフロントパーソンは、荷物の預かりも、22:00までのラウンジでの休憩も快く応じてくれた。

さすが貨幣価値の概算で1泊6〜7万円ほどのクラスホテルだ。

日本人スタッフ電話繋ぎ意味の取り違えが無いか確認する程の丁寧さ。

このホテルに泊まれた日々は、嘘や大袈裟でなくGreat days だった。


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2018-10-14

【3】2018秋、ベトナムホーチミン

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Day 2



2日目 アリゾナ州立大


自律神経をやっていようと、そうでなかろうと、旅行で眠れないのはいもの事だが、処方された睡眠導入剤を飲んでも5時間足らずしか眠れないとなると、この体質は筋金入りだ。

自然に目が覚めたのは6:45。

予定ではあと2時間まり寝る筈だった。

二度寝を決め込もうとしても、ちょっとウトウトするだけで、眠気は「こんにちは」してくれそうもないので、あきらめて起きることにした。

眠気はどうあっても俺に「おはよう」と言いたいらしい。


睡眠不足ホテルパーソンへのコミニュケーションハードルを前に少し逡巡したが、おそらく一番ストレスが少ない形で美味いものが食える可能性が高い、ホテルの朝食をとることにした。

朝食会場に向かう途中、外を見ると、強い日差しの向こうで噴水が上がっていて、これぞ南国の午前という感じだ。

ホテルの朝食はビュッフェスタイル

シャンデリアの下がる大広間コーヒーサーブされて、料理を物色するというのは朝から優雅ものだ。

ホーチミンフランス植民地時代からアメリカ傀儡政権時代まで首都を置かれた地で、パン食の文化がある。

果たしてビュッフェにもバゲットチーズレバーパテがあり、これは行くしかない。

他にも当然アジアスタイル炊き込みご飯カレーライスヌードル、揚げ春巻きもあって、洋越折中といった雰囲気だ。

気になるものを片っ端から盛り付けて、テーブルに運ぶ。

どれも美味いが、カレー(多分)が出色だ。

さっぱりして、辛すぎないマイルドな味わいだが、スパイス香りが口の中に拡がって抜ける。

席の背後をチラッと見ると、「Sweet TOFU」の文字と壺。

TOFU?」とホテルパーソンに声をかけられて、首を横に振ったが、やはり気になる。

結局サーブしてもらうことにした。

甘い豆腐。予想通り豆花だった。

しかし、台湾のそれと違って暖かく、ココナッツフレーバー生姜蜜がかかっている。

美味い。

洋越のオードブル中華式の豆花、コーヒー2杯。

これだけ食って自律神経失調症も無いもんだと言われそう。

大変満足した。

あの日差しを浴びたい。ポーチに気休めの安定剤を詰め込んで、食後の散歩に出ることにした。


ホテルを出ると、ホーチミンの熱気は午前から強烈だ。

行く当てのない散歩だけど、とりあえずベンタイン市場を経由してサイゴン川を目指そう。


相変わらず交通事情は凄まじい。

よく見ると現地の人だけでなく、観光客と思しき欧米人対応力も凄い。

スクーターの波を見切ってスイスイ渡って行く。

バイクを見切って躱す」のはこの街で必須スキルなので、嫌でも身につくらしい。

昨日と違う事と言えば、バイクライダーのオッチャンに頻りに声をかけられる事。

迂闊に乗ったら多分ヤバイやつ。

「Ser , Go work.」笑顔で固辞して先を急ぐ。というフリでプラプラ歩く。


ホテルの目の前の公園で談笑していた少年たちに許可を貰って一枚。

リーダーか、英語ができるかする少年に何か話しかけられたが、意味はわからない。

でも敵意はないのは伝わったようだ。

ひょっとしてベトナム人じゃないのかな。まあいいか

「3、2、1、shoot!」少年少女は笑顔をくれた。


しばらく歩くとベンタイン市場に到着した。

体育館の様な大型のアーケードの下に、色取り取りの生地雑貨飲食店

夕食はここにしようかな?

自律神経が働いた悪さなのか、旅行の緊張なのか、食べ物匂いがまだ辛い。

ここでも頻りに声を掛けられるが「ハハハ」と笑いながら素通り。

少し市場を見物してアーケードを出た。


10:00。

しばらく歩き、気になる建物に近づくと、どうやら学校らしい。

門に近づくと、移動屋台が門から出る学生達を吸い寄せている。

日本以外のアジアは大体が外食文化で、例えば台湾などでは学生は校門前に陣取る屋台で朝食や昼食を買って教室で食うらしい。

多分ベトナムも同じなんだろう。

周りを見れば、学校の向かいに軒を並べる露店で固まって食を取っている学生も多い。

興味深い光景写真に収めようとしていると

○×○×!」

ドン

学生の徐行したスクーターに軽く追突された。

気をつけていたが、思わぬ形でプチ交通事故にあってしまった。

これで俺もベトナム旅行者として一人前だ。


飲料水を買おうとしてファミマに入ると、そこでも学生食事を摂っている。

ファミマにイートインスペースがあるのはアジア共通らしい。

それにしても男子ばっかりだ。

青い揃いの制服のせいか男子学生達は一様に小綺麗で、教育程度も高そうな印象を受ける。

一旦学校前を離れて、日本で言うところの伊勢丹、いやもっと格上の三越のような存在百貨店サイゴンセンターを物色した後、1時間程で戻ると、男子達はまだ周囲の露店で食ってる。

こいつら引っ切り無しに食ってるな、なんだったら今が本番かも知れない。

モリモリ食う姿は、アジアの元気を象徴してるように見えた。

暑さもキツくなってきた、先を急ごう。取り敢えず川が見たい。

学校前を離れる時に、校舎の壁に学校名のエンブレムを見つけた。

ARIZONA STATE UNIVERSITY

直訳すると「アリゾナ州立大学」

なぜアリゾナ州立大学がホーチミンにあるのかは分からなかった。


相変わらずの躱しゲーを繰り返しながら辿り着いたサイゴン川は、隅田川よりもっと広く、澱んでいた。

茹だるような暑さ・湿気と澱んだ川はある意味ベストマッチだ。

薄々勘付いていたのだが、自分はまあまあな晴れ男であり、観光やここぞと言うときに雨に当たられる事は少ない。

10月初頭のホーチミンはまだ雨期のはずだが、それでさえもこの有様だ。

自律神経の不調も憂鬱な気分も、事、天気に関しては影響しないらしい。

願わくばその運をもうちょっと別の事にも回して欲しいくらいだ。

雨のホーチミンで、お茶でも飲みながら茫然とするというビジョンはひとまず実現せず、現実には炎天下の橋の上でこの旅行記を書いている。

何はともあれ、この時間でやりたい事はやった。

ホテルに戻ろう。シャワーが浴びたい。


ホテルに戻ってシャワーを浴びてから、気になって例の学校について調べると、やはりというか、アリゾナ州立大学ではなく、カオタン テクニカルカレッジというらしく、機械電子に関する工業高校しかった。

そりゃ道理で男ばっかりな訳だ。

学校の程度はわからないものの、自作で車を作るイベントがあったり、インテル提携して人材開発を行なっているらしかったり、そこそこ優秀な雰囲気を感じる。

ここは工業化近代化真っ最中ベトナムだ、生徒といえば荒っぽい男の子達ばかりと相場が決まっている日本工業高校と同じ感覚では考えられないのかも知れない。

多分、アリゾナ州立大学ともなんらかの提携を結んでいるのだろう。


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2018-10-13

【1】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013111225





Day 1



1日目 成田ベトナムの翼、タンソンニャット


羽田深夜便だった前2回の旅行と違い、今回は成田発で、昼出発。

しかもややメンタルに不調を抱えているとあって、余裕を持った出発を心掛けたかったが、時間勘違いして、ギリギリ成田エクスプレスに駆け込み、その上方向を間違えて折り返すという失態を演じてしまった。

南国ホーチミンに行く前に国内でもう汗ダクだ。

肝心な時には何かバタバタする傾向がある自分なので、「またやってしまったー」と思ったが、どうやらチェックインには間に合いそうで、成田エクスプレスの車窓から畑を眺めながら、「この旅行に行って何になるんだろう」と愚にもつかない事を考えた。

別に何が起こるわけではない。

ただ若いからずっとボンヤリあった心象風景、雨のベトナムで川を眺めながらお茶料理を食べる、その画をこの目で見て来るのだ。

メンタル不調なんて、ボンヤリするのに格好の舞台装置じゃないか


前回の香港旅行では、事前に広東語フレーズをいくつか覚えて行ったが、「話せるものの聞き取れない」という致命的な見落としがあり、結局中学校時台成績2の片言にもほどがある英語と、メモによる筆談で乗り切ることになった。

ベトナム語も広東語と同じ声調言語(音の高低と発音意味が決定する言語)であり、しかもその声調というのが「コブシを効かせるようにいちど下げて上げる」「波のようにうねって上げ下げして上げる」という難解極まるモノで、もう「ありがとう」「これください」「トイレはどこですか」以外のコミニュケーションは投げている。

今回も筆談翻訳機とGoogle mapが頼りだ。


今回搭乗したベトナム航空は、ベトナムフラッグシップのようで、エコノミークラスといえど、タイガーエア台湾香港エクスプレスとはモノが違う。もちろんTGATやHKEXが悪いって訳じゃないけど、地上職員日本語ができるし、機材も大型で安定していて、シートには枕やブランケットが用意され、機内食も出る。

さらに、シートにはモニターが設置されていて、映画その他も見られる。

海外に行くときはその地のポップカルチャーを予習して行きたいのだが(香港前に発見したアガサ・コンは最高だった)、ベトナムはまだYoutubeでの情報が少なく、これと言った映画アーティスト発見できずにいた。

そこでモニターポチポチやっていると、果たして良さげなベトナムアーティスト(多分)を発見したのだった。

ホアン・ティエン・ミン・トリ

英語詞の曲とベトナム語詞の曲が半々。音楽性はR&BEDMダブステップの様な強めじゃないムーディーなやつ)とジャズを掛け合わせた様な感じで、ジャスティン・ティンバーレイクを思わせる。

これでラップが入ってきたら完璧だ。

機内では検索できないので、あとで調べよう。

朝飲んだ安定剤が効いているのかな、憂鬱な気分が後退してきていい感じだ。


ややあって、海外旅行なら一度は聴いてみたい、「pork or fish rice ?」というフレーズと共に機内食サーブされた。

ベトナム航空会社なのに機内食和食が出るという不思議仕様でもっぱら噂のベトナム航空だ。

ここで「fish」と答えれば和食が出て来る事は間違いなく、折角の海外旅行しかも出発便の機内食和食というのもどうかという事で、「pork」と答えると、豚の唐揚げ煮物チャーハンぶっかけたようなご飯と、海鮮春雨サラダパンデザートが出てきた。

春雨の方はヤムウンセンとかそれに類するもので明確にアジア料理だが、ぶっかけご飯の方はなんだか分からない。

付け合わせが椎茸煮しめだったり、桜の形に型抜きされたニンジンである事も地味に混乱する。

味はというと、エコノミーでこれだけの物が食べられれば充分満足で、その後、暖かいコーヒーサービスがあったり至れり尽くせりだったのだが、あれはベトナム料理だったのだろうか。

カラトリーがまとめられた袋の底に、スパイスの小袋が入っており、「甘利香辛食品株式会社」と書いてあった。京都伏見会社であるという事だった。


機内食で腹を満たし、少し微睡む。

眼が覚めると機内は消灯されていた。

英語スポーツチャンネルを見ながら、「早くホテルで横になりたいな。でも何を楽しめるんだろう?テレビをつけても何言ってるか分かんないだろうし」という思いが浮かんで来る。

チャンネルでは、MTBアーティスト大木バランスボール建築物ワインディングロードなど様々な障害をキッカーにしてトリックをキメていた。インスピレーションを色々なものから受けて、驚くべきビデオやショーを生み出すらしい。

他の人から無意味に見えるもの価値見出して楽しみ、アートを生み出している。

意味不明に見えるけど羨ましい。

普段自分もそういうキャラなんだけど、ダメかもなぁと感じてしまう。

多分、朝飲んだ安定剤が切れる頃合いだ。

自律神経失調症で襲って来る不安無力感安定剤を飲んで感じる旅行への期待。

正常と狂気の境は曖昧だと思っていたが、こうして自分のものだと思っていたものが揺れ動くと、もっと根本的な、「自分」や「個性」というものが虚ろなものに思える。

深追いはしないでおこう。

しばらくして血糖値が安定すれば、少し収まって来るに違いないから。

今日はまだ頭痛は襲ってきてない。


「間も無く、当機はホーチミンに到着いたします。到着は19:30、ホーチミンの気温は38℃です。」

機内アナウンスに耳を疑った。

今年の異常熱波関東平野都市化が高気圧をブーストしており、バンコクより気温が高い、なんだったらユーラシア大陸で一番高いとさえ思っていたが、勝手思い込みだったようだ。飛行機を降りると湿った空気を感じる。日本人の歪んだプライドは常夏のホーチミンの湿った熱波が吹き飛ばししまった。


19:50、国際空港入国審査というのはどこか陰鬱雰囲気ものだが、イミグレーションを抜けてもタンソンニャット国際空港は静かだった。

思った以上に質素空港

香港国際空港羽田と比べると、まるで石垣空港みたいだ。

改めて旅程について説明しておくと、3泊5日というのは、帰国便がこのタンソンニャット国際空港 6:25発であり、ホテルのチェックアウトが当日では到底間に合わないので、前日にチェックアウトして空港で出発便をまつ、という事だ。

帰りはここで夜を明かすんだろうか。

そう思って建物を出て驚いた。

なんと半解放の広大なスペースに待合ベンチが設置されている。

軒を並べる飲食店、溢れる活気、びっくりするほどの騒がしさ。

タンソンニャット国際空港はこの半野外のスペースも含めての空港だった。

こんな空港日本ではまずない。

「ははは、スゲーな!」薬が抜けてるに決まってる時間帯だが自然に笑ってしまった。

たことがない光景だ。やっぱり先生の言う通り、この街に来て正解だった。


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「お」を付けた時の違和感

お茶、お味噌汁には違和感を感じないが、お抹茶、お出汁には違和感を感じる。

anond:20181013124330

2018年現在、一番平均給与の高い世代は、男が働き女が家にいるモデルだった。まずその時点で平均は押し下げられる。

専業主婦はいまだに男女のロールモデルとして成立しており、専業主婦になれるならなりたいと思う女性は多い。

そしてそれは結婚相手を選べば実現可能

この時点で、女にとっては「働かない」と「働く」が自由意志による選択肢として成り立つ。

女が専業主婦を選べば選ぶほど平均値は下がる。ゼロなので当然。

一方、男には専業主婦選択肢が全く無いため、「働かない」がそもそもあり得ない。

そのため、平均給与ゼロに引っ張られない分相対的に上がる。

こういう構造の中、女性の平均を引き上げようと思ったら、大雑把に3つの施策が考えられる。

①今働いて稼いでいる女性給与特に理由もなく上げまくる。

※働いて稼いでいる女性のかなりの割合は50代の元お茶くみだが、関係なく上げまくる。

男性給与特に理由もなく下げまくる。

女性専業主婦をなくし、女性でも働かないと食っていけないようにルールを作る。

①②③全部実施したら、立派なディストピアのできあがり。

たぶん男女の平均寿命の差はすごいことになり、少子化もすごいことになり、国外逃亡も増える。

なお現状、日本は①②③すべて実施している。笑

anond:20181013112650

すけべえなことするよりは

気軽にお茶飲んだり、ご飯食べたり、図書館博物館いったり、したいね今のとこ。

anond:20181013090042

心配せんでも、女ばっかに声かけてる奴は見たらわかるから

ただ、それ以前に将棋見たく、女がきてくれたらお茶くみと雑用を求められる方が問題だとは思う。

正直勉強は他の人も指摘しているが、自分でやったほうがいい。だっていま必要なことは人によって違うし、専門度が高いとますますやってる人は少なくなる。

どうしても勉強会は集まれる人がいるという程度にマスが多いものから。超専門的というよりは少しランクが落ちる。

anond:20181012144953

痴漢と全く一緒で、「イケそうな女」に群がるだけなんだよな。

ちなみに「イケそうな女」の基準は、女側には特に関係ない。「たまたま目があった」「笑顔挨拶された」「自分好みのアイテム使用してた」「お茶を回してくれた」くらいで「イケそう」と判断する。

2018-10-12

先週日曜から、夜11時ごろになると猛烈な吐き気と腹痛が襲ってきて必死に耐えたりシャワー浴びたり吐いたり下腹部を温めたりしてるんだけど

これなんの病気?男だから生理ではない

今日シャワー浴びてコンビニで温かいお茶買ってきた

[][] (仮題)第2話

執筆途中の作品であり、今後内容を変更する可能性があります。)

メイリン

熱したフライパンに、ネギ油。鮭のマリネ、鳥のもも肉。菜箸で砕いて、転がす。色と香りが美味しそうになるのを待ってから生姜生卵、一晩置いたご飯。杓文字で崩して、よく混ぜながら炒める。仕上げに、塩、レタスニラ。全体がパラパラになったら、完成。

Me: Hey, dinner's ready. Are you coming soon? (ねえ、夕飯できたよ。もうすぐ来れる?)

Satoshi is typing... (サトシ入力中……)

やった。即レス

Satoshi: I’m on the bus and will be there in a few minutes (いまバス。もうすぐそっち行くよ)

画面にそう表示されたのを見て、私は炒飯フライパンから二枚のお皿に盛り付けて、テーブルに並べた。

食器棚からティーカップを二つ取り出して、炒飯の隣に並べる。

調理台の引き出しから、日本で買ったステンレス製レンゲと箸のセット二組を、炒飯皿の手前にセット。

Satoshi: I’m here (着いたよ)

完璧タイミング

「いま開けるね!」

私は急いで玄関に行くと、ドアの覗き穴からサトシの姿を確認して、ロックを解除、ドアを開けて彼を迎え入れた。

「やあ、いつもありがとう

変わらぬ笑顔でそう言う彼の息が白くなった。

「寒かったでしょう。いまお茶入れるね」

「助かるよ」

そう言う彼の背中から上着剥がし、ドアの脇の壁のフックに掛け、私はそそくさとダイニング・キッチンに戻った。

「美味しそうだな」

私の後ろから入って来たサトシが言った。

「美味しいよ。早く食べよ」

私はそう言いながら、ポーレイ茶のティーバッグをカップに落とし、電気ポットのお湯を注いだ。サトシプーアル茶と呼んで憚らないこれは、彼のお気に入り。そして、私のお気に入りでもある。

いただきます

いただきます

食事の前に『いただきます』と唱える日本の習慣が私は好きで、サトシと一緒に食べるときはいつもこうして唱えることにしている。この素敵な言葉は、『I will eat (私は食べます)』と『I will receive (私は受け取ります)』のダブルミーニングになってるのだと、いつかサトシが教えてくれた。『Receive what?』(なにを受け取るの?)といえば、『The blessings of Nature』(大自然の恵み)だと言うから、いっそう素敵。彼は普段は唱えないで黙って食べるそうだけど、私といっしょのときは合わせて唱えてくれる。

私が律儀に「いただきます」と唱えるのが、女性らしくて可愛いと、いつか彼は言ってくれた。

「どう? 美味しい?」

一口食べて、我ながら上出来だ、と私は思った。サトシの口にもきっと合う。

「すごく美味しいよ。いつも美味しいけど、いつも以上に」

良かった。サトシはいつも、美味しい、美味しい、と、私の作るものならなんでも食べてくれる。それも、本当に美味しそうに食べるのだから、こんなに嬉しいことはない。

「ねえ、研究はどう? うまく行ってる?」

「順調だよ」

サトシは私が原子力のことはわからないって知ってるから、詳しい話はしてくれない。でも、ちょっとくらいは聞いてみたいと、その時思った。

サトシ研究って、新型原発だったよね?」

「そうだね。今の原発よりも、高効率で、安全で、扱いやす原発を作ってる」

「今の原発は、効率が悪くて、危険で、扱いが難しいの?」

「そう言うわけじゃないけどさ……」

まるで揚げ足取りみたいな返事をしてしまたことを、少し後悔したけど、私が言いなおす間も無く、サトシは続けた。

原子力発電がどういう原理で出来ているか知ってる?」

原子核が分裂するときの熱エネルギーで水を沸騰させて、水蒸気でタービンを回転させて発電する」

このくらいは私だって知ってる。原子力発電というと何かものすごい、サイエンス・フィクションみたいな技術で電力を生成しているように聞こえるけど、結局は水蒸気でタービンを回して発電してる。火力発電といっしょ。

「そのとおり。現在原子力発電では、ウラン235連鎖的な核分裂で熱エネルギーを取り出し、タービンを回転させて電力を取り出している。この方法は、火力発電に比べても、格段に効率がいい」

まるで、『火力といっしょ』と思った私の心を見透かされたようで、ムカつくような、恥ずかしいような気持ちになった。

効率が良いって、どのくらい?」

「約200万倍」

「そんなに!?

200万……? 想像していたのと桁が違った。200倍じゃなくて、200『万』倍。

アメリカ一般家庭で一年間に消費される電力は、約10,000キロワット・アワー。これだけの電力を作り出すのに必要化石燃料は、約800キログラム。これがウラン235だと、たったの0.4グラムで済む」

炒飯ひとつまみの塩を振りかけるところを想像した。ウランだったら、たったあれだけの量で、一年分の電力はゆうに確保できるということ……?

「じゃあ、サトシのやってる新型原発は、それよりももっとすごいの?」

そう私が聞くと、サトシはどことなく得意げだった。

「いまの原子力発電ではウラン235が使われるけど、自然界に存在するウランの大部分はウラン238。これはいままで、なんの役にも立たない、処分にも困る廃棄物だった。うちのラボでやってる原発は、これを燃料にするんだ」

「つまり、今までよりもウラン効率よく使うことができるということ?」

「そう。天然のウランに含まれウラン235割合は、たったの0.7パーセント。99パーセント以上は、ゴミなんだ。そのゴミが、エネルギー源になる」

「逆に言うと、いままでは1パーセント活用できてなかったんだ?」

「うん。だからウラン238は世界各国にゴミとして貯蔵されている。ゴミなんだから、埋めてしまえばいいんだけど、『Not In My Backyard (私の裏庭には捨てないで)』、誰も放射性廃棄物自分の近くに捨てることを許可しない。実際には、地中深くに埋めるから危険性なんてないも同然なのにね」

「じゃあ、新たにウラン採掘する必要もないのね」

「そう言うこと。いまの電力消費量なら、あと1,000年は全世界需要を賄える量のウラン238が、すでに各国に貯蔵されている」

「1,000年も?」

「まあ、電力消費も増えるだろうから、実際は何百年かわからないけどね」

彼は満足そうにそう言うと、お皿に残っている炒飯を頬張り始めた。

200年でも300年でもじゅうぶんすごい。思えば、彼はいまのポストに就いて以来、ラボアパートの往復、空き時間は私といっしょのときを除けばずっと勉強。そんな単調な生活の中で、彼は人類の夢を追っていたんだと、やっとわかった。もっと早く訊いてあげていればよかったな。

「ねえ」

「なに?」

明日夕方、もし空いてたら……」

アイフォーンサトシに手渡した。

『The Big Chill - Ice & Snow Festival』(ザ・ビッグ・チル:雪と氷のフェスティバル

「ああ、残念だけど……」

そっか、ダメか。

明日は人と会う約束があるんだ」

サトシが人と会う約束……? 誰と?

大月地獄谷遡行

2018年10月7日六甲山で最難関ルートだとされる大月地獄谷ルート(渦森橋~みよし観音)を登った。2018年台風ののちに、みよし観音を目指して登った人が他にいるかが、検索しても見つからなかったので、私のような登山素人に向けて書き残したい(これが検索でヒットするかはまた別の話)。画像はない。ちなみに天狗岩へ抜けるルートで登っている人は確認されているが、こちらの方が容易だとされているようだ。なお登っても、達成感を感じる前に、泥だらけのボロボロ服装で、おしゃれキラキラカップルと遭遇することになるので、極度のマゾヒストしかおめしない。


登った時の状態

天気 : 快晴 (気温27度)、前日早朝は雨

服装 : 破れてもいい服(長袖)、軍手トレッキングシューズ

持ち物 : 昼食(おにぎり)、補給食(ゼリー系のやつ)、ポカリお茶、参考にしたサイトコピー遭難しても少し生き延びれるようにカロリーメイトいくつか

虫除けスプレー山と高原地図等は同行者が持っていた。感謝。(逆に持ってない私がやばい)

ヘッドライトなども持っている方が良いでしょう。

主に下記のサイトを参考にさせて頂いた。呼び名などもこちから拝借している。

https://tokiwatrekking.web.fc2.com/pages/y20160813.htm

http://shousam.fc2web.com/081018ootukijigoku.html


入渓から荒神山堰堤

霊園の手前から谷に入り、沢沿いを歩いていく。

本格的な山登り荒神山第二堰堤から始まる。ここを右から高巻く。当然ながら整備されている道ではないので、一発目にしては重め。頂点付近で少し無理やり登る必要がある。腕力である

次は荒神山第三堰堤。左から高巻く。途中まではロープがあるが、道自体もそこまで険しくはないので、あくまで補助的に使う。ロープのかかっている木のうちで、少し弱くなっているところがあったので、油断は禁物。

ちなみに、ここを右から高巻くと、死にかける(体験談)。右側は急峻な上、堰堤の上端と同じ高さまで登ったのちに、ほぼ支えになるものが何もない状態トラバースしなければならない。高さ18mなので落ちるときっと楽しい

続く荒神山第四堰堤は、手前にある石積み堰堤を右から高巻くとそのまま巻道が見つかる。

紅葉谷~F2滝まで

次は紅葉谷堰堤。とうとう荒神山堰堤ゾーンを抜けて紅葉谷ゾーン左手にあるロープからかなり上に登りそして降ってくる。一部、ほぼロープに頼らなければ進めない箇所があるので注意。確かに周りを見渡せば紅葉の葉っぱが見つかる。

紅葉谷第四砂防ダムは上目からロープを頼りに越えていく。この辺りになると結構感覚をつかみ出してきていて、どうやらいけそうだと感じ始めたが、それは幻想だった。

このエリアが終わると、滝が続きハードになってくる。複数意味ハードになる。滝を登るため体力と、意味のわからないロープを信じなくてはならないため精神と。

紅葉滝は、右手手前に巻道、滝のすぐそばロープがあった。右手手前の巻道はかなり斜度が高く、その上足元が滑りやすいという有様だった。同行者のうちの一人がロープ、もう一人が巻道から登り始めたが、私はどうにももっと手前に巻道があるような気がしたため、少しためらった。しかし、結局心もとないがロープを信じて登るルートの方が簡単なようで、信じて直登することに。案外いける...だが誰がいつ設置したのかわからないロープに命を預けたという事実が残る。

タラップ付きの堰堤が現れる。ダムから出ている水量が多く、タラップの場所まで行くのに身体中がずぶ濡れになる。体温がかなり上がっていたのでそこまで気にしなかったが、普通に考えて危険であるダム自体特に問題なくタラップから登りきれば、鋼製堰堤。下をくぐるが、足元が濡れる。

大月地獄大滝に到着。実際に滝を見ようとすると、生い茂る藪を超えて行く必要があった。また、この薮の手前から巻道が......滝を見ずに巻道へ。こんな薮、進めやしない、とその時の私は思っていた。

すぐそばF2滝。巻道は見つからず、ロープを信じて直登する。できる限りロープに頼らないでいたかったが、頼らざるをえない部分がいくつか。しかロープの根元を見てみると、理解しがたいほど不安定そう......。よくもまあこれを信じれたものである。ふと自分の体が震えているのに気づく。膝が笑っている。潜在意識生命危機を感じていたのだろうか。同行者の様子を伺うと、全員足が震えていた。愚かにも山を登ろうなどとするからこうなるのだ。

最後の難所とラストスパート

次のダム二つはタラップがついており、越えるのは簡単しかし、越えた先がかなり深い池になっており素直には降りられない。滝を越えてしまった今、もう後にも引けず、無理やり脇道から池を越える。

A-7標識を越えるとF5滝。右の巻道を進むが、斜度がかなりある上に少ない木の根などを頼りに登って行く、本格的なクライミング永遠にきつい時間が続くのかと思うほど、滝のかなり上まで進むが、くだるポイントが見当たらない。途中、堰堤が下に見えたがこれもスルーしてそのまま上から抜けた。ここの滝では、左に巻道があるとされていたのだが、明らかに崩壊しており、右から行くしかなかった。

ここから少し進み、小さい滝を越えて行くと、本格的に薮ゾーン。正しい進路がどこなのか、一見しただけではわからない。無理矢理川のありそうなところを目指して進む。さらに進むと土砂崩れの影響か、川はなくなる。本当に道が分からないのだが、とにかく信じて直進し続ける。テープも見当たらず、この道は正しいのか、という自問自答を繰り返して行くと、大きなダムが見える。

このダム2016年に完成したもののようで、いくつかのサイトによると、2015年時点でみよし観音直下建設中のダムがあるという情報があったので、ここはほぼゴールに間違いない!

ということでダムを目指す。足元は雑草のみで歩きやすく、木もないので視界が晴れてくる。左手タラップがある、という案内板が見え、大きいが楽に越えられそう、と思ったのが甘かった。先の災害の影響か、左手側が完全に崩壊している。仕方なく、右手にあるステップを無理矢理腕力で登る。

この次にも似たようなダムがあるが、高さがさほどなく、そのまま越える。すると、眼前には森のみで、この先には道がないように見える。しかし、GPS確認するとどう考えても正しい場所にいる。このまま突っ込んで行くしかない、と思ったところ右手に木製の階段が!久々に見たダム以外の人工物に喜び、何を口にしているかも分からないままわめきながら階段を上っていった。

人間のいる地へ

抜けた先にあったのはJFE健康保険組合みよし観音ではなかった。もう少し右手側を進んでいればみよし観音だったようだが、未確認。とにかく人のいる地に帰ってきたのだ。泥まみれの状態で、おそらく六甲山キラキラしたイベントに行っていたであろうカップル達と出会う。そのまま下っていき、帰りはロープウェイで帰った。ロープウェイから見える木々に時々ピンクテープが括り付けられており、新たな旅の可能性を見た。

2018-10-11

脳みそ溶けたまま生きる幸せ

いいよ、AI仕事取られても。

多分ファミレスの各テーブルの後片付けに行くのとか、ヤマザキの新製品イチゴを乗せ続けるのとか、単価が低すぎて機械化する方が馬鹿らしい仕事を請け負って生きていく。

私の世代はそんなに極端になるまでいかいかな。いまの仕事のように、脳みそ溶けたままできることを続けてギリギリ逃げ切れるかも。

頭使えよって言われても、頭悪いんだから仕方ないじゃない。最低限の仕事も遅くてごめんなさい。

差別偏見も、脳みそ溶けてるから抵抗するなんて面倒はいいや。

お茶いれるくらいするさ。お客さん向けにスカート短くしろも、受け流すよ。

同期が勉強していて、本当に偉いなあと思う。きっと昨日のガッキー共感しまくっていることだろう。

私の脳みそは溶けてるからドラマ見てヘラヘラ生きる。昨日の上野くんの方に感情移入して、ごめんなさいってなったことも、忘れて生きていく。

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