「まぐろ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: まぐろとは

2021-04-30

海鮮丼

まぐろ かんぱち 赤えび いか いくら うに

みょうがの美味しさを知り、さらにうまうま…

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-11

揚げ物揚げまくりたい

業務スーパーが近くにあった頃は毎週ポテト1㎏とまぐろカツとチキンナゲット唐揚げを揚げまくって食べてた

そのかわりクソデカゴキちゃんがわきまくるようになってしまって引っ越しからは揚げてない…

トンカツDJ揚げ太郎もいっぱいゴキわく描写あるのかな

2021-03-04

まぐろが一番好きって訳でも無いのに高いから、他のを二つ入れてくれないかなって思っていた。でもおいしいやつはおいしいなあ。しあわせ

2021-02-25

anond:20210225061457

天然のヨードはそこそことったほうがいいと思うよ 天然でないヨードの吸収を防止するから

とはいえひじきには別の問題も指摘されているか結論としてはたしか

鮭の皮やまぐろなどもたべないほうがいいといわれているね

2021-02-17

昨日の昼にはま寿司へ行った

一人で行って手早く食ってこようと思ってたけど、手違いでテーブル席使うことに

別に一人でテーブル席を使うことに何のためらいなんてないから、気にせずに中まぐろを食べていた

しばらくすると、隣の席に若者四人組が座った

男二人に女二人、男は今風の金髪にひょろひょろで、女はなぜか荒い言葉を使っていた

それはそれでどうでもいいのだが、俺の後ろに座った男どもがはしゃぐものから、イスが振動して落ち着かなかった

これが高級店なら店員にひと言いって注意してもらうところだが、安い回転寿司屋諦めて食い続けた中まぐろ

なんつうかさ普段来ない回転寿司女の子連れてこれて興奮するのは分るけどさ、昼間にいるってことは高校生じゃないはず

それで子どもみたく興奮して落ち着きなく暴れくるう若者達、まったくせめて寿司ネタについてでも語りあってほしいもである

2020-11-20

回転寿司行きたくない

小さい頃から誕生日には家族回転寿司屋に行ってる。

寿司って特別感もあって、ファミリー向けで注文も楽で各々好きなものが食べれる。私の弟は特に偏食で好き嫌いも多く、寿司屋でもサーモンまぐろしか食べないか普通寿司屋より回転寿司屋の方が良い。

でも23歳にもなって誕生日っていう記念日家族回転寿司屋行くのは嫌だな。しか回転寿司屋の中でもくらとかスシロー系の超安価なところ。

特別な日に行く店じゃないよ、友達とも行くし何なら一人でも入れちゃう

デニーズとか行くより安く済むし、何でもない日に友達とお出かけして食べるランチのが高くつく。

それに小さな子供がギャイギャイうるさくて憂鬱になる。全員成人している家族が行くような場所じゃない。

さな子供連れた家族がごった返した待ち合いスペースにいるたび、周りからどんな目で見られているんだろう……と落ち込んでくる。周りはどうも思っていないだろうけど明らかに浮いている。

私の家は別に貧困層では無いし、公立高校学費免除にならないくらいには親稼いでるのに何で……回転寿司屋を特別な店扱いするの………行くなら私抜きで行ってください……

2020-11-05

anond:20201105001254

昨日の夕飯はまぐろ

ちな今日は豚のしょうが焼きの予定や。

2020-09-30

anond:20200929234704

隠居「やけにぐじゃぐじゃじゃないか。これがトロだって?」

八五郎「へえ。まあ騙されたと思ってどうぞ一口

隠居「ほう、見た目は悪いがこいつは旨いもんだねえ」

八五郎「やっぱしご隠居もそう思いやすか」

隠居しかし魚をここまでぐじゃぐじゃにしちゃいけないよ」

八五郎「どうしてもこうなっちまうんで。すいやせん」

隠居理由がありそうだね。聞かせてもらおうか」

八五郎「身がたっぷり残ってたまぐろの皮から貝殻で根こそぎ取ったんで。へえ」

隠居「これは面白いねえ。捨てる皮から身がねえ。八っつぁん、あん名前をつけなよ」

八五郎「根こそぎトロじゃ長えからねこトロで」

隠居「人さまの口に入るものに猫はいけないよ」

八五郎「じゃあこそトロだ」

隠居こそ泥みたいでいやだねえ。あたしが決めさせてもらっていいかい」

八五郎「へえ」

隠居「根こそぎの頭と尻を取ってねぎねぎトロでどうだい」

八五郎ねぎは入ってませんで」

隠居「いいんだよ洒落なんだから。同じ口に入るもんだろ」

八五郎ねぎトロねえ……」

2020-09-29

ネギトロ」は「ねぎ取る」に由来するのか?

anond:20200929031443

RRD 皮や骨についた身は物理的に刺身に出来ず、貝殻や匙で剥ぎ取ったものがすきみ。剥ぎ取ることを古語で「ねぎ取る」と言ったところからネギトロという。

これは巷間まことしやかに囁かれる雑学だが本当なのだろうか。

ネギトロ - Wikipedia

ネギトロ発祥東京浅草の金太楼鮨とされる。

ところが、その肝心の金太楼鮨では「ねぎ取る」説が採用されていない。

偶然にできた寿司ネタ「ネギトロ」その由来の秘密(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社

ねぎとろ発祥の店と言われているのが、東京浅草に店を構える大正13年創業の金太楼鮨。昭和39年、当時の会長だった間根山貞雄氏が考案したという。その開発の経緯はこうだ。

同店ではまぐろ毎日大量に仕入れていたが、筋の部分は食感が悪く、刺身寿司に使えず、余っていた。叩いてペースト状にして食べれば、脂がのってトロトロで美味いが、今度は歯応えが皆無。

そこで仕方なく、巻きに使おうとしたところ、昼食用に茹でていたそばうどんに使うネギワサビなどの薬味を筋の部分にぶちまけてしまう。やむを得ず、ご飯にのせて醤油をかけて食したところ、これが美味い。そこで、大当たり間違いなしと、店で出すことに決めたという。

思いがけず生まれた新しい寿司ネタ。その命名について、間根山氏はこう語っている。

浅草には『麦とろ』という名前とろろ飯を売る店が戦前からあり、専門店としては珍しいので土地では一応知られていた。よし、これだと、麦とろ→ねぎとろと語呂を合わせて決定した」

というわけで、この説明によれば「葱」+「(麦)とろ」である

例の「チコちゃんに叱られる!」でもこの説が採用されたらしい。

ただし、この説明が本当に正しいかは分からない。

牽強付会な印象も無いではないし、「銀ブラ銀座ブラジルコーヒー」のように店が積極的デマを流している可能性もある。

この場合は、昭和39年1964年)以前に「ねぎとろ」という用例があれば、金太楼鮨の説明は疑わしいということになるはずだ。

が、そう都合よく見つかるはずもない。誰か探してくれ。

別の方向から考えてみよう。

RRD氏は「剥ぎ取ることを古語で『ねぎ取る』と言った」と書いている。

しか古語辞典にはその用法は載っていない。

https://kobun.weblio.jp/content/%E3%81%AD%E3%81%90

ね・ぐ 【労ぐ】

ねぎらう。いたわる。

ね・ぐ 【祈ぐ】

祈る。祈願する。

「ねぐ」は、神社の「禰宜ねぎ)」や、「労う(ねぎらう)」「願う(ねがう)」といった言葉語源である

ヤマトタケル伝説で、

景行天皇が、息子の大碓命が会食に出てこないことを懸念し、

その弟の小碓命(=ヤマトタケル)に「ねぎ教へ覚せ」と命じた、

という話がある。

この「ねぎ教へ覚せ」の「ねぎ」は、まさに「ねぎらう・いたわる」で、

「(会食に出るよう)優しく教え諭せ」といった意味になる。

ところがヤマトタケルはこの命令を取り違え、兄の手足を引きちぎって殺してしまった。

このときヤマトタケルがどう取り違えたかからない。

「根切る」や「ねじ切る」といった説があるようだが、

さすがに「剥ぎ取る」は拡大解釈ではないかという気がする。

というわけで「剥ぎ取ることを古語で『ねぎ取る』と言った」という説はかなり怪しい。

しか古語ではなくとも「ねぎ取る」という言葉があった可能性はある。

別の記事では「ねぎ取るは建築用語だ」とする説が紹介されている。

元の語源建築用語で、地下構造物を作る時、地面より下の土を掘ることを「根切り」と呼んでおり、それが寿司業界にも広まりネギトロ」が誕生

建築用語としての「根切り」は確かにある。

根切り - Wikipedia

そもそも「根切り葉切り」という言葉もあるように、

「根切り」には「根こそぎ」という意味があり、

から肉をこそぎ落とすようなイメージは分からないでもない。

しかし、それが「ねぎ取る」に変化するだろうか?

「根切り取る」ならまだありそうだが。

ねぎ取る」で検索しても「ネギトロ」以外の文脈ではほとんど引っかからない。

寿司屋の隠語なので表には出なかったのだろうか?

こちらは「俺は寿司屋をやって数十年の者だが『ねぎ取る』という言葉は確かにあるぜ」という人が出てきてくれれば確かめられるはずだ。

というわけで、1964年以前の「ねぎとろ」用例や、

古くから寿司屋で「ねぎ取る」を使っていたという人が出てこないかぎり、

暫定的に「葱」+「(麦)とろ」説を採用したい。

ねぎまぐろ美味しくない?

回転寿司ねぎまぐろ軍艦好きなんだけど分かる人いる?

よくさ、スーパーネギトロ油脂注入されてまぐろじゃない魚使ってることもあるやべーやつだと知られてるじゃん。

それと同じと見なして馬鹿にされがちなんだけど、普通に美味しいんだよ。

一切ケチな加工がされてないとまでは思わんけども、回転寿司だとねぎ"まぐろ"と書いてるからスーパーのよりはまともな気がするんだよね。

まあ俺はスーパーのも美味しくいただけるけど。

とにかく身がほぐしてあって軍艦にのぺっと敷いてあるから、うま味が強く感じるし、海苔ネギの相乗効果もあって美味しい。

普通まぐろ寿司よりも美味しいと感じるくらいなんだよね。

でもやっぱ寿司職人は認めないもんなのかな。しらんけど。

2020-09-03

はま寿司期間限定寿司だけ食べても1000円ぐらい掛かる

一皿あたりの値段がだんたん庶民的じゃなくなってる気がするはま寿司

期間限定だけ食べたらいくらになるのか計算した

本鮪たたきつつみ\100

本鮪大とろ贅沢一貫\150

本鮪赤身贅沢二貫\150

南鮪中とろレアステーキ贅沢一貫\150

まぐろレアステーキ\100

釜揚げ白魚軍艦\100

漬けほたるいか\100

合計\935(税込み

こう見ると名前だけはやたら豪華に見えてしま

シャリの大きさ具の厚さ考えると妥当とはいえない値段

この値段ならちゃんとした寿司屋ランチ一人前食べられるのではないだろうか

2020-08-21

回転寿司10皿を厳選しろ

知らねーよって言われるようなチェーン限定ネタがあってもいい。

順番も旬も気にすんな。

 

まぐろ赤身

まぐろ漬け

たまご

いくら

あじ

シメサバ

たこ

・中トロとか高級なマグロ

えび

生しらす軍艦

 

これに汁物加えたら最強。

2020-07-22

うなぎまぐろの言い間違いが毎年この時期におきる。うなぎを食べながら「このまぐろさー」とか言って、まぐろ?って反応をされて、自分発言に気づく。これ少し間違えるとかじゃなくてすべてうなぎと言うべきところをまぐろって言っちゃてるみたい。まぐろうなぎと言い間違えないのに不思議うなぎまぐろ、似てるようで似てないような響き。鰻の字にまぐろ感があるような気がしないでもない。

2020-07-14

そうめん飽きた【食べたら適宜追記

そうめん大好きで袋でちまちま買うのも面倒になり、3月末に化粧箱で9kg買った。

家族糖質オフなどで手を出さす、ほぼほぼ一人で食ってる。さすがに飽きてきた。

まだ1kg程度あるので鼓舞のため自分が好きだった食べ方を書き出す。

・つけタイプ

めんつゆ薬味

しいたけだしの効いためんつゆしいたけ佃煮

豆乳明太子

めんつゆごま油ラー油ラー油は飽きてから味変のほうがいいか

ごまだれ/市販のものめんつゆごまドレッシング どちらも好き 

サバ缶+納豆醤油/ひっぱりうどん元ネタ

白だしスイートチリソース

いなばのタイカレー

ぶっかけタイプ

釜玉

冷麺

ジャージャー麺

サラダうどん風 めんつゆマヨ

れいしゃぶ/ポン酢ゴマどちらも

ドレッシング使用サラダ

にゅうめん

油そば

明太子ごま油小ねぎ(粗挽き胡椒かめんつゆ)

たいそうめん(金目鯛の煮付けを煮汁ごとかけた/甘め)/金目鯛の煮付けは缶詰を使った。

焼き肉の塩だれ/惣菜の塩油鶏というのをかけて食べたらおいしかったので。

冷やし中華のつゆ/何かしら具材はいるけど、めんつゆに飽きたとき代打になる。

漬けまぐろ和風醤油ドレッシングわさびサニーレタス

・その他

ペペロンチーノ

冷製パスタカッペリーニ代わりにする。トマトベースバジルベース

和風パスタ風/納豆ネギ大葉きのこなど

味噌汁に入れる

マヨネーズであえる(春雨サラダ風)

ソーメンチャンプルー/肉野菜を炒めて、ゆでた後ごま油をよく和えたそうめんを合わせる。味付けはだし・塩昆布醤油・塩・こしょう適当。身も蓋もないが沖縄そば版が好き。

ナポリタン

とんこつラーメンにする/ばりかた!

ビビン麺クックパッドの有名レシピから

サーモンいくらオリーブオイルバジルソルト めんつゆレシピも有

麺を油多めで焼いてあんかけ焼きそばにする

こう書き出してみると思ってたよりバリエーション少ないな。今度はポン酢豚肉和風パスタ風で食べよう。

==========

追記

今日は残ってた惣菜で、五目あんかけ焼きそば風にしました。うまい

面倒くさがりなので焼き系統レシピがまだ薄い気がする。マーボーそうめんやってみたい。

追記2 2020/07/20

ブコメで教えてもらった鯛そうめん、食べたいが自炊するには敷居高いなと思ってたけど

近所のスーパー金目鯛ごぼうの煮付け缶詰を半額でゲット

味違うかもしれないが誕生日に食べますありがとう

トムヤムクンペーストはまだ買えていない…。カルディいったら絶対買う。

追記3 2020/07/26】

残りものつゆだく野菜炒めにめんつゆ足して、あったかそうめんにかけたらうまかった。

にゅうめんだとこの時期熱すぎるけど、つけめんあつもりみたいなほどよいあったかさ。

追記4 2020/08/17

木箱に入れたまま使ってたけど1番底のほう、虫に食われてしまった…。

まめに小分けにしたほうがいいな。夏が終わる…

あと、底が見えて気づいたけど、この増田書いた時点でたぶん3kgは余ってたわ。ごめんね。8kgは完食予定だから許して。

ブコメとか

バリエーション少ないか

今まで「そうめんに飽きるのは食べる側のバリエーションが少ないせい」だと信じていたので、バグったんだと思う。

そうめんは飽きない。食べる側のバリエーションが少ないだけだ。

カレー

おいしい。おいしいけど、「ご飯うどんで食べたかった」感も正直感じる。

冷やしでめんつゆで割るといいかもしれない。

カレーライスの翌日、そうめんにかけて食べる。うまい

タイカレー

書き忘れてたので足した。いなばのやつおいしいよね。つけダレにすると合う!うまい

冷やし中華

盲点だった。うまそう。

2020-06-29

どうていだ って伝えれば きっと じゃぁ あたしのからだつかう? みたいな感じで まぐろなんだって 理解 ありがとう

2020-04-27

妄想旅行記 札幌

4月から自宅勤務、休日も自宅待機が続いてて、普段からまりアクティブではない自分もそろそろ外でパーっと活動したい欲求に駆られたので、ど平日に札幌に旅することにした(妄想)。


1日目

リュックの中身

パンツ靴下スマホ、財布、日焼け止めリップクリーム

洋服

ジーパン、長袖Tシャツ、フルジップパーカー、フード付きアウターコンバース

・午前中

自宅から羽田空港に向けて出発。

・お昼

新千歳空港に到着。

コンビニドリンクを買って、レンタカー屋で車を借りる。

とりあえずローカルラジオをかけて出発。

FM North WaveとかAIR-G'とかSTVラジオとかを適当に回して、北海道弁ナチュラルに使いながらメールを読んだり、つっこみをいれたりしているガヤガヤ系の番組セレクトする。

札幌に向けて36号線を走る。

・お昼ご飯

清田付近回転寿司でお昼ご飯

トリトン清田店か根室花まる南郷店がいいかな。

http://toriton-kita1.jp/

https://www.sushi-hanamaru.com/store/details/s04.html?p=b

まぐろ、ほたて、中トロ山わさび巻きあたり食べたい。

定山渓方面に向けて出発

ラジオに飽きてたらスマホに入ってる曲をランダムで流して歌いながら230をドライブ

途中コープとかマックスバリュとかあれば寄って、ちょっといいビール(インド青鬼とか)を2本くらい買う。

もしあればマルセイバタサンド5個入りも買う。

ホテルチェックイン

16時前。

いつか泊まりたいと思ってた所に奮発して泊まっちゃおう。

定山渓鶴雅リゾートスパ森の謌

https://www.morino-uta.com/

もしくは

女性のための宿 翠蝶館

http://www.suichokan.com/

・とりあえず部屋でゴロゴロする

ビールバタサンド冷蔵庫しまったら、キツキツな靴を脱いでしばしゴロゴロタイム温泉に行ってみるのもよし、スマホポチーするもよし。

定山渓お土産屋さんで卵を買って、温泉流れる川で温玉を作るなどしてもよい。

・夕飯

キンキンに冷えたサッポロクラシック自分を労い、ご飯が終わったら本格的に温泉に浸かりにいく。

・お風呂上がり

パブリックゴロゴロスペースで明日計画をたてる。

飽きたら部屋に戻って冷やしておいたビールを飲みつつバタサンド大人食べする。

眠くなったら寝る。

2日目

朝風呂

ちょっと早起きして朝風呂する。

朝ごはん

ホテルの朝食をいただく。

食べたい物いっぱいあるから控えめに…とか言いつつお腹いっぱい食べちゃう

・チェックアウト

チェックアウト時間までゆっくりして、ホテルを出る。

プランその1

仁木余市方面へ。

フルーツ狩りorニッカウイスキー工場見学

帰りに果樹園アップルパイチェリーパイを買う。お昼ご飯銭函餃子屋さん。

プランその2

札幌方面へ。

西区琴似手打ちうどん寺屋

https://www.udonteraya.com/i/

または円山カレー屋さんクロック

もしくはRojiura Curry SAMURAI.西野

https://samurai-curry.com/shop_nishino/

あたりでランチ

新千歳空港

ランチまで終わったら、ゆっくりドライブしつつ新千歳空港へ向かう。

途中で宮越屋珈琲コーヒー飲んだり

http://miyakoshiya-coffee.co.jp/

ロードえにわで採れたて野菜を買ったり

http://www.hokkaido-michinoeki.jp/michinoeki/2684/

GIGIジェラートを食べたりしながら。

https://estisola.com/gigi/menu/

レンタカーを返却し、空港でぶらぶら

レンタカーを返却したら空港まで送迎してもらい、お土産屋さんが無限にあるので見て回る。

疲れてて脳みそ働かなかったら、

あたりを適当に買う。

最後の〆(の準備)

保安検査場締切時刻の30分くらい前になったら最後シメおにぎりを握ってもらう。

いくら醤油漬けもいいし、山わさびもオツだよねー

保安検査場通過後の売店サッポロクラシックとうきび茶を買って案内開始までぼけーっとする。

最後の〆(本番)

飛行機に乗り込んで離陸したら買い込んだおにぎりを食べたり自分用のお土産つまみ食いしたりする。

お家に着いたらぬるいクラシック冷凍庫に入れてお風呂に入る。

風呂上がりにやや冷えのクラシックを飲みながら余韻に浸る。

妄想の旅、終了

あー疲れた。でも楽しかった!

次はどこにしようかな。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん