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2019-04-20

入院して感じた家庭環境の危うさ

少し面倒な病気入院治療をしたんだけど、その時にハッキリと感じた我が家の危ういところを記録がてら書きたいと思う。

まずは母の行動。

手術の関係で喉から大量に出血したのに、翌日お見舞いとしてフルーツの盛り合わせを持ってきた。病院食すら食べきるのが難しいのに、食べ物差し入れをした人は初めてだと看護師さんが半ば呆れながら笑っていた。退院前日に残したフルーツを持ち帰るよう頼んだ時の不機嫌な顔が頭から離れない。

次に父の行動。

退院の送り迎えをしてくれたことは感謝している。しかし、とにかく無関心。まだ傷口が塞がりきっていない中で終始速足で移動。付いていくだけで一苦労だった。周囲からはお忙しい人ですね、なんて言われたけど仕事引退しているし家では寝ている。当然、病状については一言の会話もない。

最後兄弟の行動。

たびたびお見舞いに顔を出してくれたが、必ず甥を連れてくる。騒がしくなると同室の人に悪いので、安静が必要だったがロビーまで移動して話をした。なぜかロビーで甥が脱いだ靴を履かせたり、こぼした水を拭いたりするのは自分役割だった。

小さい頃に多少ネグレクト虐待はあったが、親が離婚しているわけではないし、死ぬほど暴力を振るわれたわけでもないので気にはしていなかった。

だけど、なんだろう。この感じ。家族が皆、世間様に文句を言われないように役割だけを果たしている感じ。いや、そういう環境で育った自分にも、充分にそのような素養はあるのだろう。

親戚もお見舞いにきてくれたが、父母と距離を置いている人が多い。

病気の他にも、今後のことについて色々と考えていく必要があるかもしれない。

2019-04-19

anond:20190419182231

1層式の方が汚れも落ちるしベリーグッドマンなのは知ってるけどね、、見た目のスタイリッシュさに欠けるからね、、我が家にそぐわないね

子供に「家に本棚がある生活」を送ってもらうのが夢です


うちの両親はどちらかというと不良で暴走族とかやってグレていたので読書の習慣がなかったと言っていた。

アパート暮らしを変えて一軒家暮らしになっても我が家本棚はなかった。小さなカラーボックス絵本と、少しだけの少女漫画読書無駄からそんなことより漢字ドリルをやりなさいと言う母。嫌いではなかったけど本が読みたいと伝えても叶わない生活は不満だった。

大学では文学部所属した。その間図書館は私の憩いの場所だった。大学の蔵書数というのはすさまじい。ここで私は好きなだけ読書をすることを叶えようとしたわけだが、もともと読書の習慣がなかったせいか活字がとにかく頭に入ってこないのがつらかった。読書は楽しかった。だけど能力がついていなかったのだ。

とはいえ大学生活は4年もある。まずは2〜3週間に1冊読むようにした。最初はまとまった時間をとって集中しないと内容が入ってこなかったが、だんだんと合間の時間読書に充てられるようになっていくのは楽しかった。

社会人になり月の初めに読みたい本を2〜4冊ほど漁り読むのが楽しみになっている。最初は憧れからはじまった読書は私にとって、一人思考を巡らせながら著者とわずかな意思疎通を図るような、潤いを与えてくれるオアシスのような時間になっている。

読書の良さを感じられるようになってからは「子供には家に本棚があって、好きな本を好きなときに読める生活」を送ってほしいと思うようになった。漫画電子書籍に頼ることが多いけど、小説や専門書はできるだけ紙ベースのものを買って少しずつ本を増やしている。読書に関心がなくても多少習慣化してさえいれば必要ときに本を読んで好きなことを学び、感じ取ることができる。そんな小さな図書館を家庭の中に作ること。それが私の小さな夢だ。

2019-04-17

NHK

4月になったらやってくる者。それはNHK訪問である

正確には日本放送協会から受信料契約について委託を受けた下請け会社社員である

私は,NHKめっちゃ見ている。

好きな番組は,チコちゃんだし,

好きなアナウンサーは,おはよう日本和久田麻由子アナだし,

プロ野球クライマックスシリーズを中継してくれることには大変感謝している。

天気予報もいつもNHKのDボタンだ。

しかし,私はNHK受信料契約を締結していない。

それは・・・

NHK訪問員と議論するのが大好きだからである

そもそも我が家テレビは,二男が生まれた際,祖父母からプレゼントされたものである

二男が生まれたから二男に対して授けられたものであろう。

それならば,放送受信設備であるテレビを設置したのは二男(現在7歳)ではなかろうか。

私は,NHK訪問員が来ると,二男が契約者となるのなら私が親権者として契約すると答える。

すると,訪問はいつも「通常はお父様に契約者になっていただいています」と答える。

そして私は,「民法上,未成年者の法定代理人として契約したいとと申し出ているのになぜ契約させてくれないのか」と迫まる。

すると,訪問員は「契約したくないのですか?」いう。

私は,「契約したくないとは言っていない。むしろこちらは契約したくて溜まらないんだ。どうして契約させてくれないんだ」と迫まる。

いつもこの問答が繰り返される。

そして,このやり取りも7年である

近所中にも丸聞こえである

この他にも,4月になるといくつもの弾を準備してNHK訪問員をお待ちしているがまだ前記の弾1発しか撃っていない。

職業上,NHK受信契約締結に最高裁判決があったことも知っているし,仮に,受信契約を締結しないまま訴えが提起され,仮に同判決が確定でもすれば,消滅時効の援用もままならないというよろしくない状況が生まれることは十分承知している。

しかし彼らは面白い。彼らとお話しすることで,私の議論好きな性格がただただ満たされるのである

できれば毎月1回はおいでいただきたい。

今回も,NHK訪問員は,受信料契約のためのハガキを置いて帰った。

毎回,約款を詳しく見たいから持ってきてほしいと頼んでも,2度と同じ訪問員が訪ねてくることはない。

今回もきっとそうだろう。再訪をお待ちしている。

2019-04-11

ドラマに詳しいマン来てくれ

から20年前、2000年頃。おれはまだ小学6年生。

当時はカラーギャングブーム反社集団ブームだなんて今じゃ考えられないな!)で、東京舞台若者同士で殺し会う漫画ドラマ日常的に目にする時代だった。

そんな中、家族団らんで飯食い終わった夜の9時頃。ボーっとテレビを眺めていたら

カラーギャング拉致された女子高生が、エロ本が散乱する倉庫内でレイプされるシーンが映った。局はTBS

普通に女子高生役の女優上着がはだけており、乳首が丸見えである。おれは「お、オッパイ!」とテレビに釘付けになったのだが、

オカンが「何この、胸糞の悪い!」とチャンネルを入れ換えてしまった。

当時我が家には茶の間テレビ1台しかなく、ストーリーよりオッパイが気になってしょうがないのに続きを見ることができないまま悶々として寝たのを覚えている。

番組名もわからないままなのだが、おれの予想では当時大ブームだったドラマ池袋ウエストゲートパーク」ではないかと睨んでいるのだが、

当時「池袋~」を観ていたという奴に上記レイプシーンがなかったか、と聞いても

「当時観てたけど、普通に考えてジャニーズ主演のドラマでそんなシーンある訳ないだろ」派と、「当時観てたけど確かに池袋は胸糞シーン連発だった。そのシーンも観た」派に二分してしまう。

おれはストーリーが気になっているといううより、あのとき中断されてしまったオッパイを、最後まで観たいのだ。

この20年ぶんの悶々を、ドラマに詳しいマンに教えてほしい。

(1)池袋~に上記シーンはあったか

(2)無かったなら、なんというドラマのシーンか。

どうしても観たい、頼む

猫はクソ

ちょうど家の前に子猫が一匹捨てられていて放っておいたら死にそうな感じだったので拾ってきた。

そもそも私は猫が好きではない。犬のように従順でもないし芸も覚えない。猫の良さがわからなかった。

回復したら保健所に連れて行こうと思ったのだが、猫好きの妻が猛烈に反対しついには我が家の飼い猫になったのである

ミーコは妻にばかり懐いた。唯一私に興味を示すのはカメラを向けたときだけだった。

カメラを向けたとき、こいつはわざとらしく愛想を振りまくのである

飼い主の私を無視するなんて生意気じゃないか、と思いカメラを向け続けた。最初スマートフォン撮影していたが、成果物写真を眺めているうち、全くこの猫を正確に撮影できていないことが判明した。

ミーコは毛並みが異様にツヤツヤとしている上、触りたくなるような毛の一本一本が解像度問題で写せていないのだ。

私は一眼レフカメラを買った。そしてレンズも買った。証明も買った。

豊富な機材を用いてついには完璧にミーコを写せるようになり最近は満足している。

が、金が異様にかかるのでやはり猫はクソである

2019-04-09

友人が障害者手帳を取るらしくて困惑している

タイトル通り、困惑している。ウッソだろお前っていうビックリと、そこまでやるのかっていう唖然と、そんな事しなくてもお前ならやってけるだろっていうツッコミと、そこまで深刻に悩んでいたのかもしれなかったことに気がつけなかった悔しさ等々、色んな感情が渦巻いて、困惑している。

ハッキリと書いてしまおう。私は障がい者に対して差別感情を抱いてしまっている。好きとか嫌いとかい生理的ものでは無い、人生で数少ない経験の積み重ねから障がい者と接する事がとても怖くなってしまっている。心の中に、所謂健常者との垣根のようなものがしっかりと出来てしまっている事を差別と称するのならば、私は差別心を持ってしまっている。

本題からちょっと逸れるが、障がい者の事を恐怖に感じてしまっているか理由説明する為に、幾つかのエピソードを紹介したい。身バレ回避したいので、ある程度はフェイクやぼかしを交える。それでもバレるかも分からないけど、少なくとも生理的嫌悪だけでこの感情を持ってしまった経緯は説明しておきたい。

エピソード①・vs知的障害者

私が通っていた小学校には当時、特殊学級というものがなかった。当時カーストも低くぼっちになりがちだった私は、2人組で知的障害を持った生徒と組まされる事が多く、しまいにはその生徒にまでタゲられてしまった。

体育の授業の時に鳩尾を彼に思い切り蹴られたその日、遂に耐えきれなくなって、そのダウン症の彼に罵詈雑言の限りを浴びせてしまった。

その日のうちに我が家に連絡が言ってしまったらしく、夜にブチ切れた父親に「弱いものいじめとは何事だ」一方的罵倒され、「捨てるぞ」と最寄りのPAまで連れてかれ、最後は大泣きしながら電話母親謝罪して話は終わった。

そんな役回りにさせられた当時の自分にも問題大ありだが、己の心に明確に憎しみが生まれしまったのはこの頃である。この感情が恐怖に変わったのはもっと少し先である

エピソード②・vs精神疾患

とある趣味サークルで知り合った女性所謂OD常習者の薬ソムリエ。この女性クレジットカードスキミングされ、ネットで買い物をされた。丁度口座に金が入ってなかった時と引き落としのタイミングが一致し、買い物された金額が口座から落ちなかったこから発覚した。

商品の受け取り先から大体犯人が分かったが、本人はこれを強く否定。細かい過程は書けないが、結果的に一緒に戦ってくれた恩人が大打撃を被ることになってしまった。

後処理はカード会社に一任したので細かい事は追っていないが、証拠は固まっていたのに障害理由に不起訴となった。その証拠に用いられたのが障害者手帳である

この時から私は「障害者なら何やっても許されるのかよ」と叫ぶ人々の一人になった。

エピソード3 vs精神疾患

このエピソードちょっと毛色が違う。私の知人が遭遇した被害である

この知人、とある資格スクールをしている方である精神疾患者はこの知人の元友人である

精神疾患者が「社会復帰したい」と知人に打ち明け、知人も「そういうことなら」と指導を引き受けた。もちろん受講料も大幅に割引き、この資格を受けるには最低限の費用での指導となった。国内に多数存在する資格と呼ばれるものの例に漏れず、その資格受験に至るまでは規定量の授業を受け、規定量の熟練必要となる。

本人の体調や精神状態考慮しながら、ゆっくりと確実にやっていこうという段取りで話は決まり指導が始まった。実際に指導を休むことも多く、講習の進みはかなりスローペースであったらしい。

しかし、ある時突然「いつまでも試験を受けさせないとはどういうことだ、金だけ取って何もしないつもりか、差別だ!」と詰問されたとのこと。その人が受けた授業時間試験を受けるに足る規定量には倍近い差があるにも関わずである

知人がその旨を何度も伝えたが、伝わることは無く、最後はその資格を統括している団体クレームを入れられてしまった。当初は知人が差別を疑われたが、その団体に粘り強く当時の状況を説明した結果、指導する講師を知人からチェンジする事で事なきを得た。

この頃から障害者に恐怖を感じ始めた。彼らはやり方によっては理不尽に健常者を蹴落とすことが出来るのだ、と。

エピソード4 vs難病患者

長々と書いたエピソードもこれが最後です。どうか辛抱していただければと思います

これは私と先述の知人が絡んだちとめんどくさい話なので、この話だけはフローチャートで。この難病患者の方は元々私の知り合いで、知人と面識はありません。

某SNSヘルプマーク話題が上がってきた

確か「悪用する人も多いから、それを減らす為にも啓蒙大事」みたいなことを私が書いた

それに対して難病患者の方がコメントを入れた(消されちまって覚えてない) ↓

それに対して知人が「(私)はヘルプマークの事をよく理解していますよ」的なコメントを打った

難病患者の方、唐突に「怖いコメントが来たから消した」と打ち込む

ここまでは良かったが、難病患者の方は何が気に入らなかったのか、仲間を募って知人にメッセージ暴言をひたすら投げまくった。知人が謝罪をすると無言でブロック、これを20人近くにやられたらしい。

先述のエピソードの話に対処してる最中出来事だけあって、知人のダメージも相当大きいものだった。というか難病患者の方も元々私の知り合いだから、ただひたすらに知人申し訳ない気持ちが強い、今でも。

同時に、気に入らなかったのならせめて私に一言入れてくれれば、とも難病患者の方に対して感じてしまった。

ここに来て本当に障害者の方々と関わるのが怖くなってしまった。それまでは知的障害だったり精神疾患だったりと、理不尽な目に遭ってもまだ己を納得させるだけの何かがあった。

しかし、この難病患者の方は、罹患に至るまでは無難社会人として企業に勤め、情熱を持って一心仕事に打ち込み続けた人である。むしろ病魔に負ける事をよしとせず、回復と復活を心に誓っていた方である、少なくとも知る範囲の中ではという話だが。私と「障害を持っている人」という概念関係に完全に亀裂が入った瞬間である

随分と長くなってしまったが、これらの出来事を経て、私は障害者に対して強い恐怖心を持ってしまった。関わったら最後、何をされるかわからない、健常者は健常者であると言うだけで被害を訴えることも許されない。運が悪かっただけかもしれないが、金銭被害スレスレの話に連発して遭遇してもなお平常で居られるほど勇敢であることは出来なかった。

街中で白杖をついている人を見ても手を差し伸べられなくなった、ヘルプマークを付けている人を電車で見かけたら車両を変えるようになった。ただ私が臆病で、恐怖を感じるからだ。

妄言一つで彼らは何の咎を背負うことなく我々を罪人に出来るからだ。弱者なんて嘘だ。彼らは強い、理不尽なまでに強い。私にはその理不尽を被る強さがない。だから近寄りたくないのだ。

そんなことを考えている人間の友人が、障害者手帳を取ることになった。本当に仲良くしている友人だ。同じ趣味を持ち、強気に見せて実は脆い、でも人に対しては誰よりも誠実な友人が障害者手帳を取る。

私が己を弱いと形容したのは、彼と積み上げてきたものを脅かしかねないほどに、障害者に対する恐怖心が強いからだ。障害者手帳であろうが何であろうが、友人であるからには心を許し、信用するのが友としての正しい在り方であるのに、それが揺らぎかける程に弱いからだ。この弱さに腹が立つ。何故友人は友人であると断言できないのだろうか、己よ。

誰にも吐き出せず、でも我慢しきれずに辿り着いたのがここだった。数々のエントリーを読み漁っているうちに、いつか自分も書くことになるのだろうかなんてうすぼんやりと考えていたが、その機会は思った以上に早かった。

願わくば、私がこの恐怖を乗り越えて彼と今まで通りの関係を続けていきたい。そして、彼が私や知人を襲ったモンスター障害者になってしまわないように心から強く願いたい。

モンスター障害者なんて言葉を使う時点で差別なのかもしれない。しかし、未だに弱い私はこの恐怖感を拭いきれない。

私に強さをください。

2019-04-08

おじさん編

私は中古が大嫌いなのにリサイクルショップで働いてる。

でも最近は思うところがあって、長くて恥ずかしいからここに吐き出す。

誰かが使い古した物を、家にいれるなんて信じられない。

私は物には思い出や気持ちがつまるもんだと、本気で信じている気持ち悪い人間なので、誰かの思い出がつまった中古気持ち悪い。

中古の品をみると、元の持ち主の顔を想像してしまう。どんな人生を送っていたのか考えてしまう。

そんな私がリサイクルショップで働いてしまった。家から近くて通うのが楽だから、とかいうダラけた理由で。

買うのも気持ち悪いが、売るのも気持ち悪いと思っていた。

自分の思い出や人生がつまったものを、いらないからと売りに来るのだ。そして誰かが私の過去がつまったものをまた使用する。それが私にはゾッとするのだった。

売りに来るもので一番理解できないのがDTM機材。

機材なんて、一番思い出のつまるものだろう。

売られた機材たちの寂しそうな顔が悲しくて、せめて誰かの目に留まりやすいようにと、私はDTM機材コーナーの整理整頓は丁寧にやっていた。

そんなある日、とあるおじさんがEA-1を持ってレジに来た。

お喋りなおじさんで、レジをしていた私に「家に色ちがいのER-1がいて、その子友達にする」と話してくれた。

そのレジに来たEA-1には、もう名前がつけられていた。

なんの変哲もないただのアナログモデリングシンセサイザー

このEA-1は元の持ち主にいらないと言われて売られたのに、この日、色ちがいのER-1と名前をつけてくれる素敵なおじさんに出会えた。なんて素晴らしいだろう。映画みたいだ。

EA-1に名前をつけるような優しく面白いおじさんに育ててくれた親にも、なぜか感謝してしまった。

あのEA-1は今も幸せにしているだろうと思う。

かにも、私が持っているCS1xと同じものが売られて店頭に出ていた時期があった。

私のは私の家で幸せ暮らしているのに、どうしてこの子はこんな目に……と思って悲しくて心のなかで泣いていた。

でもそのCS1xにも、新しい人生がやって来た。この間、おじさんに買われていったのだ。

レジをしながらCS1xに向かって「おまえ!!! 幸せになるんだぞ……!!!!!!!」と心のなかで祝福をした。

シンセだけじゃない。サンプラーのコーナーを整理していて、誰からも忘れられたように奥に追いやられていた小さなSU10が出てきた。

かわいそうに、と思って一番目立つところに置いておいた。

SU10はその日に売れた。

驚いた。しかも目立つところに置いてから30分くらいで売れたと思う。早すぎた。

SU10がこの世から忘れられていた時間からすれば、秒での出世だと思う。

私がその日、サンプラーのコーナーを整理しなければ、おじさんとも出会うこともなく、SU10は廃棄の運命だったかもしれない。なんだか恋のキューピットになった気分だった。

捨てられた機材たちが第二の人生を歩める姿を見届けられるというのは、単純に嬉しいと思う。

きっとリサイクルショップというのは究極の一期一会

次に来たときに買おうと思っていても、残ってるとは限らない。

お客様に、昨日はあったのになぜ今日はないんだ! と言われたことがある。単純に売れた。誰かおじさんが買ったんだ。

それくらい早く、一瞬のタイミングがズレるともう二度と出会えない、そんな場所なんだ。

私は最近、機材と人が出会えた一瞬のタイミング素敵だな、と思うようにもなってきた。

嫌いだったリサイクルショップでこんなこと思うなんて自分でもビックリしてる。

そんな中古嫌いの私もついに、自分リサイクルショップで長い間忘れられていたQ-80EXを買ってしまった。

かに買ってもらいたくて、結構目立つところに置き続けていたけど、このQ-80EXは運命の人に出会えなかったらしい。

エアダスターを吹いてウエスで磨き、キレイになったQ-80EXは我が家の仲間になった。

さすがにシーケンスを組むことはないけど元気に暮らしてる。正直かわいい

2019-04-06

中古嫌いがリサイクルショップで働いた話

私は中古が大嫌いなのにリサイクルショップで働いてる。

でも最近は思うところがあって、長くて恥ずかしいからここに吐き出す。


誰かが使い古した物を、家にいれるなんて信じられない。

私は物には思い出や気持ちがつまるもんだと、本気で信じている気持ち悪い人間なので、誰かの思い出がつまった中古気持ち悪い。

中古の品をみると、元の持ち主の顔を想像してしまう。どんな人生を送っていたのか考えてしまう。

そんな私がリサイクルショップで働いてしまった。家から近くて通うのが楽だから、とかいうダラけた理由で。



買うのも気持ち悪いが、売るのも気持ち悪いと思っていた。

自分の思い出や人生がつまったものを、いらないからと売りに来るのだ。そして誰かが私の過去がつまったものをまた使用する。それが私にはゾッとするのだった。

売りに来るもので一番理解できないのがぬいぐるみ

ぬいぐるみなんて、一番思い出のつまるものだろう。

売られたぬいぐるみたちの寂しそうな顔が悲しくて、せめて誰かの目に留まりやすいようにと、私はぬいぐるみコーナーの整理整頓は丁寧にやっていた。



そんなある日、男の子ゴリラぬいぐるみを持ってレジに来た。

お喋りな子で、レジをしていた私に「家に色ちがいの同じゴリラがいて、その子友達にする」と話してくれた。

そのレジに来たゴリラには、もう名前がつけられていた。

なんの変哲もないただのゴリラぬいぐるみ

このゴリラは元の持ち主にいらないと言われて売られたのに、この日、色ちがいの友達ゴリラ名前をつけてくれる素敵な男の子出会えた。なんて素晴らしいだろう。映画みたいだ。

ぬいぐるみ名前をつけるような優しく面白い男の子に育ててくれた親にも、なぜか感謝してしまった。

あのゴリラは今も幸せにしているだろうと思う。



かにも、私が持っているアザラシぬいぐるみと同じものが売られて店頭に出ていた時期があった。

私のアザラシは私の家で幸せ暮らしているのに、どうしてこの子はこんな目に……と思って悲しくて心のなかで泣いていた。

でもそのアザラシにも、新しい人生がやって来た。この間、小さな女の子に買われていったのだ。

レジをしながらアザラシに向かって「おまえ!!! 幸せになるんだぞ……!!!!!!!」と心のなかで祝福をした。



ぬいぐるみだけじゃない。カバンのコーナーを整理していて、誰からも忘れられたように奥に追いやられていた小さなビーズポシェットが出てきた。

かわいそうに、と思って一番目立つところに置いておいた。

ポシェットはその日に売れた。

驚いた。しかも目立つところに置いてから30分くらいで売れたと思う。早すぎた。

ポシェットがこの世から忘れられていた時間からすれば、秒での出世だと思う。

私がその日、カバンのコーナーを整理しなければ、お客さんとも出会うこともなく、ビーズポシェットは廃棄の運命だったかもしれない。なんだか恋のキューピットになった気分だった。



捨てられた物たちが第二の人生を歩める姿を見届けられるというのは、単純に嬉しいと思う。

きっとリサイクルショップというのは究極の一期一会

次に来たときに買おうと思っていても、残ってるとは限らない。

お客様に、昨日はあったのになぜ今日はないんだ! と言われたことがある。単純に売れた。誰かが買ったんだ。

それくらい早く、一瞬のタイミングがズレるともう二度と出会えない、そんな場所なんだ。

私は最近、物と人が出会えた一瞬のタイミング素敵だな、と思うようにもなってきた。

嫌いだったリサイクルショップでこんなこと思うなんて自分でもビックリしてる。


そんな中古嫌いの私もついに、自分リサイクルショップで長い間忘れられていたリスのぬいぐるみを買ってしまった。

かに買ってもらいたくて、結構目立つところに置き続けていたけど、このリスは運命の人に出会えなかったらしい。

洗濯機でゴーゴーと洗ってストーブの前に1日干して、キレイになったリスは我が家の仲間になった。

元気に暮らしてる。正直かわいい

2019-04-04

妹へ

我が家は、今日仕事から帰ってきたら、妹のいない家に変わってる。

妹の居る家と妹の居ない家では、意味全然違う。

死に別れたわけじゃない、会えなくなるわけじゃない、って妹は言うけど、家に常に有った存在が無くなるのは、とても大きな事だ。

晩御飯何にするか考えたり、妹が好きなアイドルの歌を一緒に口ずさんだり、愚痴を言い合ったり、片付けの事で喧嘩したり。

当たり前にしていた事が、全部全部思い出になってしまう。

2年で帰ってくるからって、妹は言う。

でも18歳から20歳環境が大きく変わる、妹自身女性として大きく変わる。

変化は、前に進む事はいい事なのに、素直に喜べない自分がいて、吐き気がする。

お母さんが亡くなって、自ずと寄り添って、ずっと一緒で、ずっと守っていこうと決めた存在が傍から居なくなってしまう。

自分存在意義が無くなってしまうみたいで、怖くて、寂しくて、つらい。

でも、私は妹の足枷になってはいけない。

大袈裟だって、分かってる、分かってるけど。

寂しいものは寂しい。

君に「お姉ちゃん」って毎日呼んでもらえて幸せでした。

2019-04-02

課金したよ!

12月から3月にかけて、我が家家電を大幅にリニューアルした。

買ったもの

ルンバ

ブラー

ドラム式の洗濯乾燥機

食洗機

買ってよかったもの

一位 食洗機

二位 ルンバ

三位 ドラム式の洗濯乾燥機

四位 ブラー

ブラーボを除いて、大満足の結果!

マジでオススメ

ものすごくQOLが上がった。

あとは、断捨離をした。

45Lのゴミ袋に換算して10袋以上。そのほか粗大ゴミを六個捨てた。

洋服食器、使ってない家電、あとは間接照明を捨ててもっと明るい照明に変えた。

もっと捨てたいもの

夫の着ていない服

玄関マット、足拭きマット類(洗面台の下、バスマット、キッチン)

リビングに敷いてある大きな敷物

その他、夫の反対があって捨てられていないもの

週に一度、お手伝いさん掃除、皿洗い、ご飯作りをしてもらっていたけど、もっと自分ちゃんとできるようになりたくて...

頑張る

anond:20190329190528

先日似たような状況で妻に切れた自分心理状況を参考までに書いておきます

ただ、残念ながら我が家は妻拒絶型のセックスレスなのであまり参考にならないかもしれません。

その日妻が帰ってきたのは朝の4時でした。

昔勤めていた会社でお世話になった上司退職するというのでその送別会に参加した日のことです。

送別会には10名前後の老若男女が参加するとのことでした。(その会社に在籍している人や在籍していた人。)

普段育児に追われていることを知っているので、快く送り出しました。本当に、嫌味の一つもなく、このときは心から楽しんできてほしいと思ってました。

18時に妻を送り出してから22時くらいにはママがいないと泣き始めた子どもたちは泣きつかれて眠ってしまいました。

寝ている子供の横でテレビを眺めながら日付が変わるくらいには帰ってくるかな、なんてうっすら考えていましたが妻は帰ってきませんでした。

終電時間を迎えても、やはり妻は帰ってきませんでした。メールも届きません。

テレビを付けたまま布団に潜り込みましたが、寝ては覚め全く寝た気がしないでいると、玄関にドタドタという足音が響いて目が覚めました。

携帯を取り出して時計を見ると朝の4時。

いきなり出ていっても問い詰めるみたいになると思い、しばらく布団の中で様子を見ます

足音とドアの音でトイレに何度も出ては入ったりを繰り返している様子から、ああ、吐いているのだと察することができました。

それだけ酔っていれば説教なんて届くはずもない。

寝室に来たときにやさしくおかえりの一言でもかけてやろう。そう思って布団に入っていました。

(もちろん、それだけ酔っているので様子がおかしければすぐに駆けつけるつもりですが、そうでもないのに出ていったら気を使わせるだけだろうと布団で待っていました。)

すると妻は、クローゼットパジャマに着替えると、シャワーも浴びずに寝室に入ってきて何も言わずに布団に倒れ込みました。

ただいまの一声もなく、おかえりの一声をかける時間もありませんでした。

この時、心の奥底から悔しさが沸き起こりました。

こんな時間まで妻が飲み歩いていることを心配しない夫はいません。

吐くまで飲んで帰ってきた妻を心配しない夫はいません。

なのにこの女はこちらの様子を伺うこともなく、何も悪びれる様子もなくそのまま布団に突っ伏したのです。

僕が飲んで帰った日の翌朝には、シャワーを浴びなかったことをこれでもかと非難するくせに、自分は(飲みすぎたとはいえ)同じことをしているのに全く悪びれる様子もないのです。

帰ってきたの?と妻に問いかけてみるも、ちらりとこちらをみてうーんと一言面倒臭そうに唸るだけでした。

怒りと悔しさですっかり目が冴えてしまった自分は、その日はもう一睡もできませんでした。

トイレに向かうと便座の裏が汚れたままでした。

掃除をしているうちに悔しくて涙が止まらなくなりました。

男性も参加する飲み会前後不覚になるまで飲むことの危険性を理解していない

・独り身ではなく、遅くなれば当たり前に心配する家族がいることへの自覚が足りていない

普段は人に厳しいくせに、自分には甘い(シャワーに入らなかったことだけではなく外でそこまで飲んでくるという時点ですでに)

・そんなことをしておいて一切悪びれる様子がない

何よりも一番に悔しかたことは、僕との二人の時間は作れないのに、他人とならこんなになるまで時間を作ることができるという事実を目の当たりにしてしまたことです。

これが浮気ならすぐにでも子供を引き取って離婚できるのに。

翌日妻は昼を過ぎても起きて来ませんでした。

一度くらい起きてきて一言くらいあれば別だけど、どこでに出かけられない子どもたちが可愛そうなのでひとまず公園につれて出るとしばらくして妻から謝罪メールが届きました。

しかし、一通り遊ばせて家に帰ってからというもの、夜になってもそのことについての謝罪が直接妻の口から伝えられることはありませんでした。

そこではじめて切れた。大喧嘩の始まりだ。

2019-03-30

空き巣に入られた……

我が家僻地かつ築年が古いので施錠をしていない。婆さまが他界して、家は不在の時間時間が多い。離れ、蔵、納屋だのがあって四方を塀で囲っているし、隣家が気がつく訳は無い。まー新聞のおくやみ欄とgoogle mapがあれば目星もつけられるわな……。

でも、そんなところに大金入れておくなよ……。

2019-03-29

引越しに100万(手取り年収の半分程度)かかるので公務員辞めたい

はじめに

はてなー「じゃあ辞めろよ」

ぼく「辞める!と言ってその日に辞められると思っとるんか?」

はてなー「は?転勤の予定が入ったタイミングで辞めろよ」

ぼく「数日前に決まって出ていくのが今週なんだが?」

まとめ

国家公務員になる奴は情弱

高卒にも大卒にもオススメできない

家族がいる(作る予定)なら絶対辞めろ

我が家は既に離婚の秒読みに入った

経緯

ひょんなことからDラン大学卒業した俺は、就職のためにあちこち企業について調べるのが面倒だったから、とりあえず公務員なら安定やろと公務員になった。

大学にいる間になんか嫁が出来た。

配属と同時に地方に飛ばされた。

嫁は渋々内定先を蹴って俺の配属先近所でパートタイマーになった。

俺は1年間手取りの少なさと仕事効率の悪さと、9人の人格者と1人の人格破綻者という公務員黄金バランス驚愕しながら働いた。

全国転勤ゆーても3年とか5年とかそれぐらいおきやし人によっては同じ地区にずっと居たりもあるしまあ何とかなるでーと聞いてのだが……

ついこないだ突然「君、1年目で悪いんだけど早速転勤な。行き先は◯◯(めっちゃ遠くの地方)だから引越しの準備しておいて」

マジでーと思いながら慌てて引っ越し屋の見積もりとったら「トラック増やせば間に合うんでーまあ100万ぐらいっすかねー」って言われた。

イマココ

昔、今よりは裕福だった頃の話。

当時は気づかなかったけれど幼い頃は割と裕福な家庭でした。バイオリンスイミング書道英会話スクール、塾、そろばんアートバレエetcとほぼ毎日のように習い事に通っていました。どれも自分がやりたいと思った習い事です。習い事帰りには母がデパートに連れて行ってくれ、その度にブランドの服を買ってくれました。毎年家族海外旅行に行く決まりがありました。

私よりも周りの子我が家よりはるかお金持ちばかりで、

ある子は、習い事の帰りは道路に並んだ複数の高級車から好きな車に乗って帰り、

ある子は、まだ年齢が片手で数えられるくらいの年齢なのに近所(都会)のお店は子供1人で入っても全てツケで生活してたり、

ある子は、誕生日パーティーには結婚式場を貸し切りにし、パーティー後には招待客を皆ディズニーに連れて行く(チケット代のみでなく、ディズニーホテル代も全て主催者もち)

ある子は、お互い親子一緒に食事をしている際にその子母親にかかってきた電話都内一等地マンション丸々一棟売りに出た連絡で、その場で購入決定、

などまぁドラマに出てくる金持ちみたいな子が多かったです。今は普通生活(むしろキツキツな方)をしている私はたまにあれは現実だったのか不思議に思うほど…

近頃私の周りにいるお金持ちもなんだか凄い生活だけどこの話はまた別の機会に。

ただ今思うことはお金持ちの方がいつも心に余裕があったなと言うこと。世の中に一着しかない服を一回しか着ずに生活するような人ほど自分生活の事よりも社会の事を考えている。(環境とかは頭にあまりいかもしれないけど)

人間お金よりも大切なものがあるとか聞くけどその大切なもののために時間なりお金をかけるのだから結局お金か1番大切なのだと思う。

話が脱線してすみません

裕福っていいなって話💰

2019-03-25

母の親戚が嫌い

母方の伯父は釣り趣味にしている。母からいたことだが海釣りが好きらしく、時々船に乗っては魚を釣っているそうだ。

それだけなら別にどうでもいいのだが、問題は伯母の存在だ。

ネットっぽく言えば所謂クレクレの気があって、たとえば伯父が「カレイを釣った」とLINEなんかで話すとする。すると伯母はすぐ「うちに送って」と伯父にねだるのだ。

そして伯父は伯母に魚を送るのだが、なぜか同時に母のいる我が家にも魚を送ってくる。母は毎回断っているにもかかわらずだ。

伯父からしたら善意のつもりなのかもしれない。伯母に送るのだから母にも送らないと不公平とでも思ったのかもしれない。だが不要と伝えているものをあえて送りつけるのはありがた迷惑しかない。

今日もまた魚が届いた。発泡スチロールの箱に5,60cmはある何匹もの魚が袋詰めにされて氷と一緒に我が家に来てしまった。

晩御飯のために生臭い台所に立っていると、伯父と伯母の顔が思い浮かんで心底イライラする。

ここまで書いていて疑問に思ったのだが、そもそも漁師でもない伯父が人に何匹も配るほど魚を釣るのは色々と大丈夫なんだろうか。

2019-03-24

子供宗教勧誘させてる奥さん吐き気がするほど嫌い

奥さんは熱心な仏教徒学生時代奇跡的な体験をしたのがキッカケで、本当に心の底から信じている。

自分はまったくの無宗教。誰が何を信じようと構わないと思ってる。

我が家には子供が3人いる。結婚前に子供宗教については「本人たちに決めさせる」と口約束をしていたが、いざ生まれたら当然のように宗教行事に毎週参加させ、毎日朝と晩にお経をあげている。

子供たちが少しでも嫌がろうものなら、怒り狂う。「ご先祖様のためにお経をあげなさい!!」とヒステリーを起こす。こういうとき奥さんは、吐き気がするほど嫌い。正直、死んでほしい。

もちろん自分にもしつこく言ってくる。お経をあげろ。集会に参加しろもっと勧誘しろ

最初は付き合っていた。でも信仰心なんて、持とうと思って持てるものじゃない。ムリがたたって次第に精神安定剤がないと眠れなくなってしまった。

お経、集会ぐらいだったらまだ許せたんだけど、今日奥さん子供あてに書いた手紙を見つけた。

そこには「宿題が終わったら、いつもどおり一緒に勧誘に行こう」と書いてあった。まさかそんな日常的に宗教勧誘をさせているなんて、知らなかった。

離婚できるならしたい。でも子供たちのことは心の底から愛している。だから離れたくない。もっといえば両親がいる子供でいさせてあげたい。

今は自分我慢していればこの家は平和自分が壊れるのが先か、子供たちが成人して家から出ていくのが先か。

たぶん自分おかしくなるのが先だろうな…。

2019-03-23

anond:20190323134317

猫のうんこ最強

うち近所はひとり分別キチガイババアがいて個人情報保護も何のその分別を間違ってないか全戸のゴミ開けて点検するってイキってたけど

我が家に猫が来てからうんこゴミ袋の中にまんべんなくまいたところうちの出すゴミだけ点検除外となった

他の家の人もうちのゴミが開けられないことを知って猫飼ってもないのに近所の野良猫様のうんこを期待して庭に猫用トイレを置き始めた

一月以内に全戸ゴミ開けの話は立ち消えになった

猫と和解せよ

猫様のうんこゴミ由来の個人情報を守る

2019-03-22

奥さん子供宗教強制しているのが吐気がするほど嫌い

奥さんは熱心な仏教徒学生時代奇跡的な体験をしたのがキッカケで、本当に心の底から信じている。

自分はまったくの無宗教。誰が何を信じようと構わないと思ってる。

我が家には子供が3人いる。結婚前に子供宗教については「本人たちに決めさせる」と口約束をしていたが、いざ生まれたら当然のように宗教行事に毎週参加させ、毎日朝と晩にお経をあげている。

子供たちが少しでも嫌がろうものなら、怒り狂う。「ご先祖様のためにお経をあげなさい!!」とヒステリーを起こす。こういうとき奥さんは、吐き気がするほど嫌い。正直、死んでほしい。

もちろん自分にもしつこく言ってくる。お経をあげろ。集会に参加しろもっと勧誘しろ

最初は付き合っていた。でも信仰心なんて、持とうと思って持てるものじゃない。ムリがたたって次第に精神安定剤がないと眠れなくなってしまった。

お経、集会ぐらいだったらまだ許せたんだけど、今日奥さん子供あてに書いた手紙を見つけた。

そこには「宿題が終わったら、いつもどおり一緒に勧誘に行こう」と書いてあった。まさかそんな日常的に宗教勧誘をさせているなんて、知らなかった。

離婚できるならしたい。でも子供たちのことは心の底から愛している。だから離れたくない。もっといえば両親がいる子供でいさせてあげたい。

今は自分我慢していればこの家は平和自分が壊れるのが先か、子供たちが成人して家から出ていくのが先か。

たぶん自分おかしくなるのが先だろうな…。

2019-03-19

冷戦終結

昨夜18:58をもって第54次我が家冷戦終結しました。

今回の冷戦の背景には子供病気という火薬庫を抱えたことによる両国の長期的摩擦、相手国にイレギュラーが発生したことによる突発的なストレスが重なり、局所的衝突からの大規模衝突へと発展しました。

昨夜18:58、相手国による和解の申し入れにより、最終的にやや自国有利での和解へ至りました。

なお、根本的な原因解決には至っておらず、終戦ではなく実質休戦と捉える見方妥当です。

2019-03-18

バランスが取れていないセックスレスの家庭って

旦那普通に風俗行ってるからね?

これマジで

我が家レスだけど大丈夫とかほざいてる女たまにいるけど、それ旦那インポでなかったらたいていは風俗行ってるからな。

はてな界隈が行動圏内だと知らんかもしれんが、営業職の連中は飲み会感覚風俗行ってるの女だけがしらねーんだよ。これが。

特に地方営業

2019-03-13

出生前診断我が家場合

33歳で妊娠した。初めての妊娠だ。

夫と話し合って、とりあえず出生前診断は受けようという話になった。堕胎視野に入れるなら法的に堕胎ができる週数が決まっているので、そこから逆算して出生前診断を受けられる週数もまた決まってしまい、そしてそのタイムリミットが近かったからだ。

から、とりあえず受けておいてその後のことはその時また考えようという話になった。

出生前診断を受けるにあたって、遺伝子カウンセリングというものも受けた。

聞き取り調査遺伝的なリスクを探し出すのと共に、出生前診断でわかることというのも説明してもらった。

まずはクアトロテストを受けることにしたが、かなり意外だったのが、偽陽性の率が高いということだった。具体的な数値ははっきりと覚えていないので医療関係者確認して欲しいのだけれど、このテストは陰性であればこのテストでわかる一部の病気に関してはまず安心していい、という程度の意味合い検査で、陽性になったか病気が確定するという類のものではないし、陰性であってもこのテストではわからない先天的病気が現れる可能性がある。本当に病気を持っているのかどうかということは、羊水検査をしなければ確定はしないとのことなのだ。

それでもまずはクアトロテストを受けてみようという話になった。

クアトロテストは私の血液だけで受けられる、胎児にとっては安全テストだ。

その結果が出るまでの間、夫と話し合った。

まず私の気持ちとして、何かあっても堕胎絶対に嫌だ、ということを伝えた。私にとっては、子供病気があったとしても堕胎する罪悪感と比べたら育てていくほうがずっと良いという気持ちがあった。

幸い夫はその考えにすぐに理解を示してくれた。

それはそれとして陽性が出た場合、次の確定診断である羊水検査に進むかどうかも相談した。だが、羊水検査は非常に低い確率ではあるが胎児危険が伴う検査であることを考えると、何があっても産むという決心をした以上受ける意味を感じなかった。もしそれを受けることで胎児に何か起きたら、と考えると絶対に受けたくなかった。

これも夫と同意が取れ、では今回受けたクアトロテスト子供に何かあるかもしれないという心構えをするための検査だという位置付けにしよう、という話になった。

そしてクアトロテストの結果を受け取りに行った。

結果は、陽性だった。

だが、事前に取り決めた通りそれ以上の検査は望まなかった。

遺伝子カウンセリングをしてくれた医師の方に、子供病気を持って生まれても良いように調べものを始めます、と伝えると、「この検査本来そういう目的のための検査だった」という旨のことを言われたのが今でも印象に残っている。

それから妊娠継続していく間、不思議なほど楽天的だった。病気を持って生まれた人たちのための団体運営するウェブサイトなども見て回ったが、明るく過ごしているらしい様子を見て、多分大丈夫だろうと思ったりした。悲観的にも無闇に勇壮にもならなかったのは本当に不思議である

そして結果が出てから半年後、子供が生まれた。一目でわかる病気は持っていなかった。

この文章を書けているのは、結局子供病気がなかったからだと思う。もちろん、私の場合はこうだった、ということ以上を語るものではない。

でも、もしクアトロテストではなくNIPTを受けていたとしたら?年齢的にNIPTは受けられなかったが、もっと高精度で偽陽性の率が低いのに陽性だと出ていたら?その時私はどう思っただろうか。

それは、今となってはわからない。

2019-03-12

もっと父親育児を!イクメンイクメン

かいママ多く、旦那愚痴いうてるけど

正社員、私個人事業主我が家自分

保育園保護者集会に行ったりすると

「あらやだ男が来たわ。なにこいつ。女子の輪を乱さないで」

な態度とる人多い。クソが。

anond:20190311003622

自分語りになってごめんなさい。

昨年の今頃に6歳の文鳥を亡くして、ひどいペットロス経験しました。

4月12日に生後一ヶ月で迎えた文鳥だったので、一ヶ月引いて3月12日誕生日にして毎年祝ってました。

心境や文鳥との距離感増田と似てて、思わず書いてしまいました。

心の風穴が楽しかった思い出とこれから楽しいことで埋まることを祈ります

ゆっくり寝たり思い出したり心穏やかにすごせますように。

我が家文ちゃんは一度も夢枕には立たず、不思議現象も起こさずだったけど、天国があるなら楽しめてますようにっていまだにお供えの水は毎日変えてます

2019-03-11

一緒に暮らしていた文鳥が落鳥した

つい先日、一緒に暮らしていた文鳥が落鳥した。落鳥という言葉一般的なのかな?平たく言うと、死んだ。5歳なので、中年からおじいちゃん差し掛かったあたりのイメージだと思う。風邪からの炎症がひどくなっていて、冬の換羽を乗り切れなかった。

いつものように仕事から帰宅して枝の上にいるはずの文鳥に「ただいま」を言おうとしたら、いるはずの場所におらず、ケージの網の上に横たわっていた。見た瞬間「あ、これはもう生きてないな……」と分かったけど、現実をうまく受け止めることができず、ケージから亡骸を出して手の上で温めたりふわふわの羽で包まれた体を撫でたりしていた。しばらくして冷静に観察して嘴が少し黒くなってきていること、足の指に血が通っている気配がないことを確認して、全部終わったのだときちんと頭で理解することができた。「コンビニで買ってきた晩御飯、温めてもらったしな……食べないと冷めちゃうし……」と思って、亡骸を綺麗な白いタオルハンカチの上に乗せて、まずは落ち着こうと思ってご飯を食べた。当人はその時はいたって冷静なつもりだったけど、今考えると全く冷静じゃないな……。

ご飯を食べ終わって、恋人に報告しなきゃと思ってLINEを送った。すぐに折り返しの電話があって、状況を冷静に伝えようと喋り始めたところでボロボロと涙が出てきた。父親が亡くなった時は涙ひとつこぼさなかったのに、多分人生で一番泣いたんじゃないかな。電話を切ったあと、ネット文鳥火葬方法火葬するまでの保存の方法について調べた。冷蔵庫に入れておくとしばらく保つと書いてあったので、申し訳ないけど週末まで冷蔵庫に入っていてもらうことにした。

翌日は「家の事情で」と会社に連絡して午前半休をもらって、火葬の依頼の電話をした。なんでか、電話をするまでに随分時間がかかった。かけるまでの間にまたちょっと泣いたりしていた。仕事が忙しい時期だったのでなんとか気持ちを切り替えて平日を乗り切って、ようやく昨日、火葬して送り出すことができた。

思えば一緒に暮らした4年半くらいの間、ずっと文鳥に支えていてもらったように思う。人生において一番シンドい出来事が起こったときに、ペットショップで予約していた文鳥が「一人餌(自分で餌を食べられるようになること)になったから引き取りに来てください」と連絡があった。タイミングが良すぎて、運命かな?と思った。

初めて我が家にやってきた文鳥は慣れない場所に戸惑って、ずっとまんじりともせず動かずに無表情だった。餌も食べず水も飲まないから(文鳥は警戒心がとても強い)「大丈夫かな……」と、文鳥が神経質にならないよう布団の中に隠れてずっと観察をしていた。ようやく餌をついばみ始めたときに「やっと大丈夫だー!」と、ホッとしたのを覚えている。

家に来てしばらくして下手くそな歌の練習を始めて、ようやくちゃんとオスだと分かった(大まかなオスメスの見分け方はあるけど、ちゃんと分かるのはオスは求愛ダンスを踊ったとき、メスは卵を産んだときだと思う)。幼い時は手の中が大好きで、放っておくと手の中に無理やり入りこんできた。大きくなってからは相変わらず手が好きで、でも幼い頃ほどではなく、たまに「仕方ない、入っててやるか……」と握られてやってる感を出すこともあった。春も、夏も、秋も、冬も一緒で、仕事が終わって帰ってきたら放鳥して毎日必ず遊んだIT戦士の家庭なので、他所文鳥より生活が不規則ではあったけど(すまん、文鳥)、仕事から帰宅すると大体「出せー」と言わんばかりにチュンチュン鳴いた。

毎日一緒に遊ぶ時間とられて、自由になる時間が少なくなる」とか、

文鳥いるから長期の旅行できない」とか、

「飲んで帰った日も文鳥のお世話しないと」とか、

そう思ったことがなかったわけじゃないけど、でも、そういうんじゃないんだよ。いなくなったら意味ないじゃん。なんなんだよー、ちくしょうちょっと落ち着いたと思っていたけど、また涙目になってきた。

こうやってここに書いたのは、なんとなく今日気持ちをどこかに残しておきたかったのと、気持ちを整理して日常を取り戻したかたから。辛くて悲しくても、腹は減るし、時は進むし、働かなくちゃ食っていけないし。日常をどうにかして「やっていく」しかない。

飲酒をしながらこれを書いてる。こんなに長い文章あんま読んでもらえないだろうけど、もし読んでくれる人がいたならありがとうと言いたい。

今まで一緒にいてくれた文鳥には、ただただ感謝しかない。本当にありがとう。「10歳を超える長寿の子も!」と言われる中、長生きさせてあげられなくてごめんなさい。夢の中にも出てきてくれてもいいよ。お盆に帰ってきてくれてもいいよ。四十九日までの間はケージは片付けないでおくから、帰ってきたら揺らして知らせてほしい。(でも実際やられるとホラーだしビビりそう……)

自分が死んだら虹の橋でもう一度会えるはずなので。それまでの間、もうちょい待ってて。またね、文鳥

追記

初の増田投稿なのにこんなにたくさんの人に暖かい言葉をもらえてとてもありがたい。全部のコメント読ませてもらってます

四十九日待たずあの世に行ける、というのはホントに良い情報でした。1分1秒でも早く文鳥ハッピーになれるなら、それは何より素晴らしいことだし。

死に目にあいたかったなと思っていたけど、その瞬間を看取る辛さもあるんだね……。

これだけは言っておかねば。文鳥暮らした日々、「こうすれば良かった」「ああすれば良かった」という後悔はあれど、お迎えしたことを後悔したことは一度も無いです。また将来一緒に暮らしたいなという気持ちはあるけど、まあ当面はないかな……。

とりあえず文鳥へのご奉公が終わったらしようと思っていた、二泊以上の旅行に行こうかなと今は思ってる。ハワイ行きたいんだよな、野生の文鳥いるし。色んなところに行って、後々にウチの文鳥にその感想を伝えたい。

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