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2019-04-17

人間になった人魚姫の裸を数十年間オカズにしている話

世の中には誰でも知っている物語をこんな風に汚れた目で見ている奴もいる。

物心付いた頃から、世の中に存在する数多くの人魚姫絵本に対して、言いようのない困惑を抱いていた。

人魚姫、それは様々な子ども向けの読み物の中で唯一、女主人公が読者の目に全裸晒す場面のある物語だった。

幼少期の俺にとって、魚の尾鰭が人間の女の下半身にすげ替わった直後の人魚姫描写は、あまりにも衝撃的だった。

人魚達には人間のように、動きにくい服で生身の体を覆い隠す文化がない。

ほとんど生まれたままの体に装飾品をつけ、自由自在に海の世界を泳いでいる。

しかし、直前のページまで「人間ではない空想上の生き物」として許されていた人魚姫の姿は、人間下半身接続した途端、突然「子どもが見てはいけない生々しいもの」に変質する。

人魚姫人間になろうとして、何もわからないまま「なり損ねた」ぶざまで痛ましい姿が、あの裸身なのではないかと俺は考える。

実際、アンデルセンによる原作には、王子に姿を見られた人魚姫は、自分が何も身につけず裸であることに後から気づき、慌てて長い髪で体を覆い隠したという描写がある。

この恥じらいの描写は、人魚姫が目を覚ますまで、無言でその場に突っ立って彼女の姿を眺めていた王子の態度と併せて考えると、両者の間にいたたまれなくなるほど明確で圧倒的な力関係最初からあることを示しているように思える。

特に海外絵本挿絵にその傾向があるが、高貴な衣装で身を固めた王子が、恥ずかしそうな表情と共に髪や海藻乳房下腹部を隠している裸の人魚姫を見下ろしている構図は、見ていて心の奥がザワザワするほど暴力的だ。

かつて王子の命を救った尾鰭を自ら手放した今、高貴な人魚の姫はもはや空想上の美しい生き物などではなく、恥や罪や裏切り支配のある人間世界の一員、何も身を守るもののないか弱い全裸の小娘に堕ちてしまった。

人魚姫絵本で初めてオナニーを覚えてしまった幼少期から、こんなことを数十年間悶々と考え続けている。

正直恥じらいの描写だけではなく、人間の枠に収まるべきじゃなかった存在が、無理矢理人間に変身させられてしま理不尽自体性癖なんだと思う。

10代の頃からネット上で見つかる限り、世界中の人魚姫絵本画像を保存している。特に人魚姫人間に変身した直後の場面の挿絵執拗に集め続けた。

動画サイトに上げられている、この童話モチーフにした国内外アニメ作品(プロアマわず)のスクショもそこには含まれている。

気がつけばフォルダには2000枚以上の画像が集まっていた。

この物語時代地域を超え、世界中の人に愛されている証拠だ。

去年、最近人魚姫絵本萌え絵に寄ってきているとか、そもそも30年前から書店で売られている定番絵本画家は当時活躍していた有名なアニメーターだとか、そんな議論ネットの一部界隈を騒がせた。

俺にとっては今更な話だ。

子ども向け絵本に相応しい絵柄というもの時代によって変わるのだとか、特定の画風や表現に目くじらを立てる大人の方が歪んでいるのだとか、どちらも冷静で健全意見だと思うが、上記葛藤を長年抱えている俺個人にとっては疎外感しか湧かない。

絵柄がどうであろうと、この世で作品として表現された多くの人魚姫に対して、俺は欲情するし、ポルノのように見なしてしま事実がある。

絵本を生み出し子どもに届けることを職とする人々には、こんな読者がいることを心から申し訳なく思う。

しかし、原作の内容からして、やはり人魚姫は初めから人の心の後ろめたい部分を刺激する歪さを含んだ物語だったのではないだろうか。

人間への変身を遂げた直後の人魚姫の肢体を、露わに描くことの是非は正直わからない。

わざと扇情的に描くこともないんじゃないかと思う。そんなことをするせいで俺のような変な人間が出てしまう。

あくま自分体感だが、実は2010年前後から子ども向けの読み物における人魚姫挿絵表現に変化が現れつつある。

2010年代(ゼロ年代からそうだったかもしれない)の人魚姫達は、痛ましい裸体を王子や読者の目に晒すことが前よりも少なくなった。

浜辺に倒れて気を失っている人魚姫は、何も着ていないのではなく、鱗が変化したと思われる可憐ドレスを予め身に纏って描かれるパターンが増えている。

俺は正直、その傾向にものすごく安堵している。

もう欲情しなくて済むし、後ろめたさを感じなくてもいい。

作家達は最初からそう表現すればよかったのだ。

そうすれば人魚姫の清純さ、可憐さ、儚さ、気品は十全に表現される。

さっきまで被服の概念のない無垢世界で生きていたせいで、自分を愛さない男の目に一糸纏わぬ裸体を晒す、愚かで無知少女はいない。

俺は間違いなく、おそらく意図的にこんな理不尽無垢で蠱惑な物語歴史に残したアンデルセンを、良くも悪くも一生恨み続けることだろう。

追記

向こう見ずで愚かな少女の憧れが、最後宗教的に高尚な愛と犠牲の境地に昇華していく話だというのは理解しているんだけど、なんかそこに至るまでの過程に、清純になりきれないエグみやエロさが含まれているような気がする。

たぶんそれも原作者の計算の内なんだろうな。

個々の絵本アニメのような派生作品には、言いづらいけどオカズを探してたはずなのに純粋芸術性の高さに圧倒されてしまうような素晴らしいものも多い。特に東欧絵本とかすごい。

どちらかといえばアンデルセンだけじゃなくて、数年周期でよくネットで「人魚姫絵本エロい」と騒がれる絵(30年前からおそらく今に至るまで日本で1番手に入りやす人魚姫絵本が出典)を描いた高橋信也さんにも複雑な気持ちを抱いている。

エロ目的で描かれたものじゃなく、社会で広く受容されているし文化的にも高い評価を受けている作品を幼少期からずっとオカズにしていることは、とてもじゃないがこの先なかなか打ち明ける場がないだろうと思ったので、一度言葉にしてみたかった。

4/17追記

これを投稿して16時間後の今、「王様の耳はロバの耳」の床屋のような気分でいる。肩の荷が降りた感じだ。

訂正すると、画像が2000枚あると書いたのは多少不正確だった。

人魚姫関係以外の非三次元オカズ(MtFTSFとか)も合わせてまとめたフォルダ画像の総数が2500枚程度だった。

実際にあの場面の画像を今まで確認収集できている人魚姫派生作品の数は、300前後になる。1作品から複数画像を保存する場合が多いのでこうなるんだろうな。

基本的に俺は変身前の人魚姫の姿で抜くことができず、本当にピンポイント人間になった直後のあの場面だけに欲情してしまう。なので人魚の姿での画像は集めていない。

加えて、子ども向けとはいえ裸の少女が描かれている微妙な場面の画像が、人魚の姿での明るい表紙絵や、華やかなドレスを纏った終盤のシリアスな場面の挿絵に先んじてわざわざネットに上がる頻度は、やはり少ないと言っていいだろう。

こんな目的意識を持ってネットの海を長年徘徊していると、海外人魚姫好きが日本東映が昔作った長編アニメ映画とディズニー版を比較したレビューを書いていたり、ディズニー版はディズニー版で色々な(俺のようにおそらく性の目覚めを奪われてしまったのだろう人間を含めて)ファンがいたり、ニコ動ボカロ曲アンデルセン原作通りの筋書きを教えてくれる作品としてyoutube投稿者の間で何年も根強い人気を持っていたり、sim人魚姫物語再現する動画投稿者が定期的に現れたり、各国で様々な人魚姫が作られている様子がわかったりと、とにかく色々な受容のされ方を目にする。

そこで起きている現象自分しか知らないままでいるのは何となく惜しいような気がするので、具体的にこの派生作品のここがエロいと感じてしまうという懺悔を含めて、ろくなものにならないだろうが雑な考察をまたいずれ投稿するのもありかもなと考えている。

4/18 再々追記

ブコメの中に池田浩彰さんの名前が挙げられていたので回答します。

あの本は確か残念ながら絶版になっていたはずだけど、小学生の頃に図書館で見た時はかなり動揺した。

人魚デザイン(知らなければ画家名前でググってほしい)もそうなんだけど、画風の美麗さといい、しっとりと柔らかそうな人体描写といい、一度見たら忘れられないような印象の強さがある。唯一無二。普通に絵画として好きだけど、色々な気持ちになる。

この投稿を読んで実際どんな派生作品があるのか調べてみたくなったというブコメもいくつか見かけるけど、個人的には「little mermaid andersen」とか「人魚姫 絵本」とかに色々な単語(legsとか裸とか)を加えながら、グーグルyoutube、あとピンタレストでもずっと黙々と検索していた。

英語もいいけど、youtubeだとフランス語スペイン語、あとイタリア語とかで「人魚姫」を意味する言葉検索しないと辿り着けない動画も色々ある。正直その辺の検索ワードウィキペディア人魚姫記事の各国語版を参照しながら、読めなくてもスペルがそれっぽい単語を勘で拾って打ち込んだりしていた。

誰得なんだろうなこの告白

つのまにか性癖の話は脇に置いてでも、一つの童話に対してあれほど多様で豊富派生作品存在する様子を誰かに知ってほしい気持ちが湧いてきた。

実際に集めた画像を見てみたいというコメントもあるけど、しかし、その多くはそもそもエロ目的なんかじゃなく純粋作品紹介のためにネットに上げられたものが大半なんだ。

なのでこういう目線の語りに直接並べてしまうと何というか、いよいよ申し訳なくなってくるからたぶん無理だ。面目ない。

2019-04-11

anond:20190410180012

無敵っていうか、これの何に問題が?

 

野球ファン嫌なら見るな

野球ファン「見るなら見るでマナーよく、野次とか選手批判とかするな」

 

絵画ファン「イヤなら美術館こなくていい」

絵画ファン「見るなら見るで絵を汚したり直接画家文句を送りつけるようなことはするな」

 

どこでも鑑賞者なりのお行儀は求められるよねとしか思えない

フーリガン言い訳あたえてもしょうがないし

フーリガンあいつらの無敵を破りたい」

普通の人「・・・え? なんて?」

 

だれにも文句つけられずに発言したければ自分表現者とかそのジャンル内の全事例を研究しまくった評論家かになればいいんじゃないですかね

anond:20190410200402

学者を目指すってのはプロスポーツ選手画家ミュージシャンを目指すのと一緒

実績がある奴が20代で目指すのは別に良いと思うが、40超えてまだ夢を追ってたらアカンやろ

2019-04-05

anond:20190405222707

ゴッホなんかも生前は散々な人だったけど、今じゃ最高の画家扱いだから

生きてる時に必ず報われるというものでもないよね。

anond:20190405171340

自衛隊歌姫みたいに

自衛隊従軍画家なんてどうだ

パラシュート降下している隊員を強そうに描く

2019-03-30

銭湯絵師さん

一見して光るものを、今のところ、この人の絵に見出せないけれども

努めて一心に描き続ければ、個性はそのうちに開くのではなかろうか

あと、その本領あくま銭湯絵というさだまった枠に限るならば

実際の需要に堪えるだけの地力を身につけた時点でまあ食べて行けて

比較的、専業の画家としてやっていくことのハードルは低そうなので

ひとまず一人前の銭湯絵師と認められてから我流を得ればよかった

でも、今回の盗作はどうしたって過ちというほかに言い様が無いよね。

この人の容姿がすぐれて自分の好みを射ているので、軽蔑し切れず

ひいき目からおもいついた擁護を手短に述べると以下のようになる

たぶん、この人は芸術家真剣さをもって絵に向き合ったことがない

自分の絵が他人を喜ばせることに満足する域をいまだ脱しないようだ

これを自己顕示欲と見做すのは確かにまちがってないと思うけども、

銭湯絵師のような職人には、純粋創作衝動必要なわけではなく

お客さんの注文に応じられるだけの技量がそれに先んじて求められる

まり、その技術さえあれば、注文した人を満足させられる筈なので

他に類を見ない個性というものを伴わない自己顕示が、よく成立する

また、これは紛い物でも三流でもなくれっきとした生き様になりうる。

が、恐らくこの人はマジメに芸術家を志しているのではなかったか

他人作品の構図、意匠、いやそのもの剽窃に対する感覚が無い

どうだろう、落ちていた百円を拾う位の罪悪感があればいいほうかな

それはサイコパスっていうよりも、謂わばしろうとの能天気みえ

悪いことには違いないけれども、なんというか、邪悪では無さそうだ。

とはいえ、言い尽くされているように、これは明らかに悪いことだ

絵を仕事にするはずの人間の心がけとして、致命的と言うほかない

深刻に反省して、剽窃された絵師さんに謝罪をするのは勿論のこと、

その絵師さんが許してくれるかどうか、大事なのはそこだと思う。

2019-03-29

ハッカー画家 再読

やっぱりやることにした

田舎で育ったことの一番嫌なところ

文化から遠いところ。

これに尽きる。


大学に入るまでは東北地方のド田舎に住んでた。周りに田んぼか畑しかないし、列車ディーゼル汽車終電は夜の8時に終わる。

大きな街に出るには車で一時間近く走らなければイオンユニクロもない。

そんな街に18年間住んできたことによる弊害は「文化に触れる機会がなかったので、能動的に文化に触れることがない」ということ。

実家の街には映画館も、文化センター的な建物も、美術館書店レンタルビデオ店もない。

知識インプットするということに大事子供時代を虚無のような生活をしたせいかどうかもわからないけど、20を越しても映画を見たり、絵画を愛でることに全く興味がない。

結婚を考えている恋人がいるけど、どこか旅行に行ったり、お気に入り画家個展に行ったり、Amazonプライムで何回も何回もシンゴジを見ていたりする。

僕はそれを恋人と一緒に見たり行ったりするのが嫌というわけではないけれど、「前にもこれ見たじゃん」とか、「Amazonで買うので良くない?」みたいなことを言いかけてしまう。

これも文化の違いなのかなと思ったりもする。

恋人はそれなりに都会の街から同じ大学に来ている人だけど、文化の違いをまざまざと思い知らされた気がする。

たまたまそういう子と付き合っているだけかと思ったけれど、大学に入って付き合った3人の人の全てにそれが当てはまった。 (都会で育った&文化が合わない)

都内に住んでいるけど、外を歩くという行為だけでも目に入ってくる情報量全然違う、

昨日までなかったもの街角にいきなり出現してみたり、思いがけない細い道を見つけたり。

田舎じゃ一面クソ緑、歩いてもそこらへんにいるのは生きているか死んでるかわからないようなジジババ。

実家本家なので、実家にいる人間は外の世界を知らない。

父親長男で、高校卒業してからはずっと自分の町で働いているし、母親は隣町から嫁いできた。

祖父母は50年以上営農してるし、実家の町で出会って、実家の町で生きてきた。

文化から遠い18年間は、もしかしたら一生取り返しのつかないことを植え付けられた18年なのかもなぁと思っている。

2019-03-17

浮世絵に影響を受けて影を描かなくなったゴッホ美的センスについて

本当に凄いと思うか?

いや、芸術品だし最終判断は人それぞれでいいんだけど

良し悪し以前にCOOLジャパン()の流れで持ち上げるのが当然になってるように思える

 

西洋人にとって日本浮世絵異文化だったのはよく分かる

それに影響を受けた画家たちの絵も同じく刺激的だっただろう

でも、新しいもの価値基準が大抵曖昧で、とりあえずその目新しさだけで評価される、ということが多々あるわけよ

一方で、ゴッホの絵に日本的な良さがあるかと言えば、少なくとも自分は『ひまわり』や『寝室』からはそういったものは感じない

 

だとしたら、ああした絵に対する現在評価は不自然に思えてくる

自分業界で同じようなことをしている人がリアルタイムにいたら、と想像してみ?

新しく入ってきたものを表面的に真似したキャッチーなだけの作品、単なる「東」洋かぶれと見る方が自然じゃないか

当時の画家パトロンたちはそんな気持ちで見てたかもしれんよ(ゴッホ生前全然売れてなかったそうだし)

 

自分価値基準を持っている人でも古典は無条件に肯定してしまうことが結構あると思う

でも、古典所詮はかつての大衆(多数派)の評価の結果でしかないのよ

今、もの価値を分かってない大多数が持ち上げていて、でも自分は全く良いと思っていないもの、それが100年後の古典であっても何もおかしくない

同様に100年前の、うまくマーケティングして話題になっただけ、みたいな作品が今の古典である可能性も考えるべきなんじゃないか

 

色々書いたけど、結論としては「ちゃん自分判断しようね」ってことで

2019-03-12

anond:20190312173654

どう言葉を飾ってもお前は楽して儲けたいバカだろ。

子供に有利な人生送らせたいから親だの先生だのが20年間も塾までいかせて勉強させてる。

それで?

おまえは子供を育てるどころか自分を育てるのにも失敗したんだ?

もう育ちたくない自分を認めるところから始めれば。

そして育ちたくない人間なりの職業を選べよ。それがおまえにとって一番有利なんだから

世間には60からプロ画家になった人間もいるのに残念な。

2019-03-08

「過ぎたるものが二つあり」集

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八

「唐の頭」とは唐物中国製)の珍しい兜のこと。

追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。実は三河武士あいだでやたらと流行っていて十人いたら七・八人は唐の頭をつけていたと言われており、というのも唐の頭を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。

本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。

三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。

家康に過ぎたるものが」はその活躍を称賛した落首である

治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近佐和山の城

治部少は石田三成(1560生)のこと。

島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。

関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。

佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。

駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠

富士のお山」とはもちろん富士山のこと。

白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。

大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。

本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原

本所とは東京都墨田区地名

津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。

火災ときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所不思議」として知られている。

「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。

明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。

亀山に過ぎたるものが二つあり 伊勢屋蘇鉄に京口御門

亀山とは、現在三重県亀山市にあった、東海道亀山宿のこと。

伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。

現在亀山市の文化会館移植されている。

京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。

坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。

岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南珂と時の鐘

岩槻藩は埼玉県さいたま市にあった小藩。

児玉南珂」(1746生)は高名な儒学者

祖父江島生島事件江島の弟だったため甲斐流罪となり、南柯は甲斐で生まれ岩槻藩士養子となった。

儒学を学んだ南柯は、藩の要職歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。

「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。

改鋳されたもの現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。

青山に過ぎたるものが二つあり 鳶の薬缶に原宿山車

青山東京都港区の地名

「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。

本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。

原宿山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。

都座に過ぎたるものが二つあり 延寿太夫鶴屋南北

都座とは江戸にあった歌舞伎劇場の一つ。

「延寿太夫」とは、歌舞伎伴奏音楽として発展した浄瑠璃清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。

鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。

一ノ関に過ぎたるものが二つあり 時の太鼓建部清庵

一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在岩手県一関市にあたる。

「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。

建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。

八代に過ぎたるものが二つあり 天守屋根乞食の松

これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。

八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの地名から松江城」とも言う。

熊本藩本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である

その気兼ねもあったのか、城は未完成放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年落雷消失した。

乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明

保土ヶ谷に過ぎたるものが二つあり 苅部清兵衛に花見寿司

保土ヶ谷とは、現在神奈川県横浜市にあった、東海道程ヶ谷宿のこと。

「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。

花見寿司」は程ヶ谷宿名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。

挙母には過ぎたる物が二つあり 大手御門に海老名三平

挙母とは、現在愛知県豊田市にあった小藩のこと。

挙母城は、三河尾張美濃信濃遠江伊勢近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。

海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名当主名跡で、落語家のことではない。

岸和田に過ぎたるものが二つあり だんじり祭りに千亀利のお城

岸和田とは、現在大阪府岸和田市にあたる岸和田藩のこと。

だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。

「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣1827年に焼失している。

鴨方に過ぎたるものが三つあり 拙斎 索我 宮の石橋

鴨方藩は備中の小藩で、現在岡山県浅口市にあたる。

「拙斎」とは、儒学者西山拙斎(1735生)のこと。

松平定信に「昌平坂学問所朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。

「索我」とは、絵師田中索我(1742生)のこと。

京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。

「宮の石橋」とは、鴨神社参道にある石橋のこと。

川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。

京極に過ぎたるものが三つあり にっかり茶壺に多賀越中

京極とは、讃岐丸亀藩主の京極家のこと。

「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。

「茶壺」とは、二代目藩主京極高豊が好んで収集した、陶工野々村仁清の茶壺のこと。

多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀当主名跡

三原には過ぎたるものが三つあり

三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在広島県三原市のこと。

その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。

三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用許可された「葵の御紋」。

日光東照宮工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。

安中に過ぎたるものが三つあり

安中とは、現在群馬県安中市にあたる安中藩のこと。

「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。

現在も名所とされる「安中杉並木」。

第六代安中藩主板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。

桜田に過ぎたるものが二つあり 火ノ見半鐘に箕輪の重兵衛

桜田東京麻布のあたり。

「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。

箕輪の重兵衛」は桜田町の名主を代々務めたという家の名跡

永坂に過ぎたるものが二つあり 岡の桜と更科蕎麦

永坂は現在東京麻布永坂町のこと。

「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。

更科蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。

保科には過ぎたるものが二つあり 表御門に森要蔵

保科とは上総国飯野藩主の保科家のこと。

「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。

「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。

この飯野藩保科家の江戸屋敷麻布網代にあった。

森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、

更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、

蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、

同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。

高取に過ぎたるものが二つあり 山のお城に谷の昌平

奈良まれ儒学者森田節斎の言葉であり、高取とは現在奈良高取町にあたる高取藩のこと。

「山のお城」は高取城のこと。

日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。

「谷の昌平」とは、幕末儒学者・谷三山(1802生)のこと。

若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。

新城に過ぎたるものが二つあり 前の小川太田白雪

新城は、現在愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。

「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在存在しない。

太田白雪」(1661生)は、地元名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。

土浦に過ぎたるものが二つあり 刻の太鼓と関の鉄砲

土浦藩は、現在茨城県土浦市にあたる小藩。

「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。

「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。

下総に過ぎたるものが二つあり 成田不動に久保木蟠龍

下総下総国のことで、現在千葉県北部茨城県西部のあたりを指す。

成田不動」とは、言わずと知れた成田山新勝寺のこと。

久保木蟠龍」とは、儒学者久保木清淵(1762生)のこと。

伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。

金沢に過ぎたるものが二つあり 刀正次 兜興里

金沢はもちろん現在石川県金沢市、加賀藩金沢城下のこと。

「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。

そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。

しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。

悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎演目になっている。

「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。

番町に過ぎたるものが二つあり 佐野の桜と塙検校

番町とは、東京都千代田区地名

佐野の桜」とは、旗本佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。

「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。

秋元に過ぎたるものが二つあり 無の字の槍と岩田彦助

秋元とは、現在埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。

「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。

岩田彦助」(1658生)は、川越藩家老を務めた儒学者のこと。

松山に過ぎたるものが二つあり 河原布衣徒に千秋の寺

松山は、現在愛媛県松山市にあたる伊予松山藩のこと。

河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。

千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。

谷田部に過ぎたるものが三つあり 不動並木広瀬周度 飯塚伊賀

谷田部は現在茨城県つくば市にあった谷田部藩のこと。

「不動並木」とは、谷田部藩主細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。

広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物

飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学知識を得ていたとも。

徳山に過ぎたるものが三つあり 藩主墓所と桜の馬場奈古里人

徳山は、長州藩支藩で、現在山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。

藩主墓所」は、徳山毛利家の菩提寺である福山大成寺にある歴代当主墓所のこと。

「桜の馬場」とは、初代藩主毛利就隆によって作られた藩士の調馬場のことだが、数百本の桜が植えられて名所となった。

奈古里人」(1671生)は、万役山事件に伴う徳山藩改易の際に活躍し、徳山藩再興運動の中心となった人物

2019-02-23

好きな画家っている?

教養のあるますだーやはてなーの皆さんなら1人くらいいるはず。

私はロートレックが好き。

2019-02-19

anond:20190219150607

早期教育重要性は大いに認めます

言葉足らずでしたが個人的早期教育と同じくらい大切だと思うのが、親や周囲の人間から音楽画家活動などが茶化されない、肯定される場所必要だと思っています。その場所を確保してから研鑽するべきだと思います

2019-02-16

anond:20190215230349

シリーズ途中でやめられないのは仕方ないとして、そもそもけものフレンズ2を作らなければいけないって前提がおかしくないか

今のけもフレ2は作らないほうがよかったレベル、いっそ全話落としてくれたほうが喝采される思い出汚しなので、変な噂で叩いてるのはおかしいが「けものフレンズ2の仕事を受けたこと」自体批判されても仕方ないと思う。苦しいアニメ業界人間お金のためにするお仕事から同情できるとはいえ。悪く言えば独裁政権プロパガンダとかカルト宗教仕事受けちゃった画家音楽家みたいな扱いにはなると思うんだ。

2019-02-09

anond:20190209105527

10年前のはてなパヨクナイフ携帯合法で害がないという理論必死で組み立てようとしていた

マナ画家ダッシュボードカッターナイフを持ってただけで逮捕されたのを警察が横暴だと言い張っていた

anond:20190209113039

からさまに自民党親衛サイトから

自由のはずの芸術がお抱え画家みたいに主従関係で使われてるようで気分が悪かった

Youtubeも中身はいろいろ結託してそうだが表面上は公平な建前を装ってる

2019-02-04

anond:20190204183535

有名な画家ホックニーだってやってるね。トレス自伝映画もある。

大きな作品描く人はあんがいそれだったりもする。

からといって、トレスなしで描けないわけじゃないとおもうけど。

2019-01-30

anond:20190130150059

写真展に行ったけどただの風景写真だとしか思えなかった

かこの画家写実的な絵を見ていたほうが楽しい

美術館に行くと自分センス感性の低さを自覚する

2019-01-24

anond:20190124171816

ガールフレンドの親は小金持ちで貧乏人嫌い

主人公たちの仕事は新興の業者にとられる

爺さんは病死

絵のコンテストはなぜか落選

家賃滞納で強制退去

人生絶望した主人公は、拾った財布を届けるついでに犬をガールフレンドに預けて吹雪の中出ていく

イッヌ追いかける

教会で金なかったから見れなかった絵を偶然(神の慈悲で)見られる

若干満足して死去

正直に財布を届けてくれたことに感激したガールフレンド親が再評価

有名な画家コンテストの絵を見てほれ込み養育したいと思う

翌日、ベンチで冷たくなっている主人公とイッヌが発見され、吉村村田病院内で静かに息を引き取った

別に皆に嫌われてたってわけじゃないお

フェミキモ感情だけで前後の結果を考えることができない

フェミが17世紀の画家ルーベンスキモいっていってる話

https://togetter.com/li/1311486

獄中の父親母乳を与えてる絵がキモいからサンドイッチしろって喚いてるんだが

サンドイッチ食わしてる絵をかいて、それ世界的な名画になるか?

そんなの誰でも思うし誰でもできることで、何の感動も葛藤もないだろ

今よりも家族のつながりが果てしなく強い時代に、何も食えず困憊してる父親をみて

どうにもできない何もできない子供が、何かしてやりたいこんなことをしてはいけないと激しく悩みながら

父親もこんなことをしてはいけないと葛藤して、そのなかで、

お互いがどうにもできない運命の辛さの中で、禁断と境遇狭間で、ありえないことをそれをやってしま

そういう激しい葛藤画家本人もそれを描くことの葛藤を超えて絵になるから、何百年も感動を与えてるわけだろ

サンドイッチもっていった絵なんか、そんなの少しも見続けたいなんて思わないし

ただ、きれいで美しいなら、どんなのも芸術と思ってる薄っぺらい事しかフェミ思考できてないんだわ

2019-01-20

anond:20190120031213

サイコダイブ好きだけどやっぱりキャラの見た目大事だし、だから村田蓮爾が一番好きな画家だし、村田蓮爾が好きなのはやっぱりスチームパンクアニメであるラストエグザイルのすごいノスタルジック主題歌である沖野俊太郎主題歌が大好きっていうのにも繋がってるしやっぱりノスタルジックなのが好きな割合個人的にすごい高いし、情緒的なのが好きだしかわいいのが好きだし、円城塔は興味あるけど小説苦手で追いつかないし、

やっぱり少しグロも好きだし、丘蒸気のあの光と虹だけみたいなグロい曲とか、ラルクの虹も好きだし、でもそう言ったら「ラルクw」って思われるだろうけどこの曲は竹宮恵子と同じようにキリスト教神秘性と堕ちる感じの儚さがマイナス思考自分に合ってるから好きだし、今の時代VIIとかIIIとかの情緒的な和音使う人いないけどラルクは使ってくれるし、アレンジますぎるし、樋口康雄みたいなノスタルジックな曲好きだし小林武史ソロ好きだし、マイラバも好きだし、ガーリーなのに中身はすごいノスタルジッククオリティ高いやつは好きだし、グロじゃなくてもクオリティ高い文化は好きだし、丸尾末広ならそれに影響受けた伊藤潤二の絵柄の方が好きだし、富江すごいかわいいし、書き表せないほど自分が求める趣味が合うかどうかの方向性の合体があるし、それに全然誰も合わないし、

2019-01-18

anond:20190117174807

ウィンドウズのロゴはこういうコンセプトらしい。

https://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/windows_logo/

加法混色(色を加えるほど明るくなる)の三原色RGBレッドグリーンブルー

・減法混色(色を加えると暗くなる)の三原色がCMYシアンマゼンタイエロー(これにKブラックを足すと印刷の四原色)

から絵の具は「赤黄緑青」を四原色にして色を作り出していた。

から強いて言うなら元祖西洋美術なのかな。

ウィンドウズ以外も「新しい物を作り出す」(画家が絵の具から芸術を作るように)という意図を込めたいからこの色をみんな使いたがるんじゃないかと思う(多分)。

ポップな印象を与えつつ、納まりもいいし。

また、うろ覚えから間違ってたら申し訳ないけど、少し歴史的な話をすると、

原色を使った有名な作品としては、ピエト・モンドリアン抽象画がある(ピンこなくても見ればわかるはず)。

https://99designs.jp/blog/design-history-movements-ja/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2%E3%82%92%E7%9B%AE%E6%8C%87%E3%81%97%E3%81%9F%E3%83%87%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%AB%E9%80%A0%E5%BD%A2%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%AE%E3%83%93/

モンドリアンが主導した前衛運動デ・ステイルでも原色アイコン化されているので、直接の影響はモンドリアンデ・ステイルにあるのかも知れない。(緑はあまり使われていない気がするが)

また、同時代にはバウハウスロシア構成主義といった「近代的な、機能的で合理的な」表現を目指すモダニズム運動があり、これらも原色を使った表現が特徴。

表現におけるモダニズム」は合理性を重んじているため、ITゲーム界隈と相性がいいのかもしれない。

他に原色といえばデンマーク発祥の「レゴブロック」があるが、デンマークデザインの特徴もシンプルさと機能性。

他にはポップアートなども関連性がありそう。

専門ではないので、話半分に読んで

2019-01-17

ハッカー画家に影響され2週間ほどLisp語族にいろいろ触れてみた。

「なんかいまいちだな…他のLisp言語はどうだろう」「こっちもなんかアレだな…」と

調べてるうちに4つくらい試すことになってしまった。

結局、これ、というものがなく、どれもツラいという感想をもった。

・「〇〇 入門」で検索してQiitaしかない

・「〇〇 入門」で検索すると講座サイトが見つかるが、一つしかない。それも20年前に作られたサイト

日本語の本がない。あっても一冊しかなくて評判が悪い。

IDEがない。Emacsコマンドラインでやるしかない。

・5chのスレシリーズ番号が一桁。1スレ消化に何年もかかっている。

ライブラリがない。あっても手作り感あるの個人制作のしかない。何年も前に更新が止まっている。

それでもLispが素晴らしい力を私に授けてくれるなら我慢してやってみようとおもったが、

そもそも、今となっては大してすごくないんじゃないか?と不安になった。

すごいすごい言われてたの何十年も前だし。

2019-01-10

美術館でしゃべっちゃいけません

別にそこまで絵画に対する知識とか教養深いわけじゃないけど美術鑑賞好きでよく美術館に行く

その日もよく美術館に行く友人ととある美術展に行っていた。

結構日本人に人気ある画家だったからか美術展はとても混んでいた。

その日は建物の外まで並んでいた。

で、中にやっと入れていつもどおり

友人と「この絵のここの質感の描き方がいいね」とか「構図がいいね」とか

まあ一般人の絵を見て思ったなんてことな感想を話してたんだ。そしたら、前に立ってたオバサンが急に振り返って

美術館でしゃべっちゃいけません!!」

って言ってきたんだ。

私たちはそれ以降口をつぐんだが、しか

本当に美術館ではしゃべっちゃいけないのか?

うーん、もしかしたら美術館は図書館映画館と同じくくりの公共施設で、

ひとりひとりが絵に集中するためにしゃべっちゃいけない、と考える人いるかもしれない。

もちろん、美術館でも大騒ぎはいけないと思うし、下品な話、「このあと昼ごはん何にする?」みたいな話をしていたら邪魔だと思う。

でも、我々は普通に絵の感想を話していただけなんだ。声の音量もそこまで大きくなかったと思う。

騒いだり、変な話をしているわけじゃなかった

それに、図書館映画館(特に映画館)は施設から私語を禁止しているけど、

美術館で「私語するな」って言ったり書いたりしてるところ、見たこと無い。

そのとき一緒に来てた友人も大学の授業で「美術はやんや言いながら見ものだ」と教わったらしい。

自分視点のほかに他人視点があって、それを共有して広がる鑑賞の世界なんやもあるんじゃないの?


やはりもう一度問いたい。

本当に美術館ではしゃべっちゃいけないのか?

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