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はてなキーワード: 画家とは

2017-07-03

美術展で痴漢したったwwwwwwwwww

最近ある美術展に行ったんですよ。

有名画家美術展っていうのは割と混むもので……ましてその画家の絵が小さかったりするとどうにか見ようという人が壁際にぎっしりなんですね。

順番などはありませんのでご自由に……とか案内してんですけど、壁際のノロノロ進む列に入ってないとろくに見えやしない。30秒くらいかけてゆっくり絵の前通り過ぎて、あとは壁を眺めて、一体何を見に来たのか……

みんなミュシャくらい馬鹿かい絵を描いてくれないもんですかね。

いやまあそれはいいんですが

そういう美術展で困ることが一つありまして、当たるんですよね、手が。手の甲が、おしりに。

どうにか混雑に割り込んで絵を見て、そのときはなるべく触らないよう気をつけてるんですが、よーし見終わったさあ次だ、と思って油断したときとかに手の甲がおしりに当たっちゃう

いや、誓ってわざとじゃないんですよ。たまたま私の手の甲のジャスト位置にお尻が来るってだけで。狭いかちょっと手を動かした拍子におしりに当たっちゃう。それで嬉しいかって言うと別にうれしくもなんともない。お尻触られた人がさぞ不快に思うだろうと思って、かといって謝るのもそれはそれで不快にさせそうなんで、気まずーい気持ちでその場をそそくさと離れてね、全然落ち着いて見れやしない。

最悪なのが、同じくらいのペースで見ている女性がいるときですね。また当たった、と思ってちらっと見ると同じ人。もうね、ほんとごめんなさいと。わざとじゃないけどほんとすいませんと。多分偶然に見せかけてつきまとって痴漢してると思われてんでしょうね。自然な推論です。ほんとすいません。だからさっさと先に行きます

腕組みしっぱなしで移動するわけにもいかないし、そういう不如意のお尻タッチほんとつらい。

からね、

みんなミュシャくらい馬鹿かい絵を描いてくれないもんですかね。

2017-06-30

https://anond.hatelabo.jp/20170630113519

存命作家なら人気がコレで大爆発したーとか

号単価がこれ以後鰻登りになったとか

そういう作品代表作になるイメージ

逆にある個展で人気が大爆発したり価格が鰻登りになると

そういう代表作がない作家なっちゃイメージある

あと作風が他の画家に影響ドカーンと与えてブーム巻き起こしたりとかすると

アレ以前アレ以後みたいな感じでやっぱ有名になって代表作とかなんかそんな感じになるかも

書き込み量というか作品に入ってる熱の量とかそういうのも

作品年代順にずっと追ってったら解るから、やっぱコレすげーわ油乗ってるわ魂が爆発してるわ

みたいなのやっぱみんな好きやからそういうのがわかりやす代表作になるよね

画家代表作ってどうやって決まるんだろうな

ゴッホならひまわりモネなら睡蓮というような、絵画に興味のない人でも知ってるような代表作って、いつどうやって代表作になったんだろうか

絵を見るのが好きなんだけど、ひまわり睡蓮も他のに比べて明らかに傑出しているとは思えないんだよな

もちろんそれは個人の好みの話であるんだけど、そうするとなおさらなぜ特定の絵が代表作というふうになったのだろう

最近ミュージシャンとか漫画家とかなら売り上げが一番いいのが代表作と呼ばれるのは分かるんだがなあ

クラシック音楽とかも同じかな、作曲家名前とセットで出てくる曲名が大体あると思う

だれか金持ちゴリ押しとかなのかな

2017-06-13

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-05-29

色んな職業に就きたかった

動物園飼育員になりたかった。

医者にになりたかった。

やくざになりたかった。

弁護士になりたかった。

音楽家になりたかった。

フーテンになりたかった。

画家になりたかった。

野球選手になりたかった。

宇宙飛行士になりたかった。

詐欺師になりたかった。

ギャンブラーになりたかった。

ホームレスになりたかった。

喫茶店マスターになりたかった。

バーのマスターになりたかった。

なりたいものはたくさんある。でも自分人生は有限だ。

そしてこれらを全て実現するより今の職でまあまあ安定して稼げるし、実際その道を選んだ。

でもなりたかった。

遠い未来人類老いず働かず、自分のやりたいことを探し生きがいとして幾つもの役割を見つけられる時代が来る。

あと500年後、あるいは100年後かもしれない。

そんな時代が羨ましい。

2017-05-24

[]

豊田市美術館に行ってまいりましたわ。

平日なのにすごいお客様で驚きました。大半がお年寄りでしたわ。

敷地の端に建っている櫓をみて盛んに「城」とおっしゃっているのを耳にして、

天守どころか櫓でも城とイコールにされてしまうのだと世間感覚を思い知りました。

ここのものは七州城の復元櫓ですが、あのような認識の方が多いのでは

復興天守流行るわけですわ。

さて美術館の中では二十世紀画家東山魁夷による

唐招堤寺御影障壁画展が開催されていました。

歴史教科書でも有名な鑑真和上に捧げられた御堂の襖絵が、

そのままの配置で展示されています

恥じらいもなく大量の群青と緑青を使った波濤の絵は圧巻です。

岩に張り付いたど根性松には絵なのに思わず

声援を送ってしまいそうになりますわ。

和上の故郷である中国の襖絵は墨絵で描かれています

なぜか「黄山暁雲」だけは襖の金具が気になってしまいました。

全体的に薄暗くなっていたのは、顔料が繊細な日本画の保存のためだと

思われますの。

透明感のある青みがかった緑色の出し方を知りたいものです。

また抽象の力展も同時開催されており、

扇で口元をおおって賞玩されがちな戦間期以降の抽象芸術

頭の良い監修者がうまく説明されていました。

なにせミュージアムショップカタログが売り切れているというのですから

監修者も豊田市民もたいしたものですわ。

フレーベルモンテッソーリ知育玩具が素敵で、

これをおもちゃに育った子供お話してみたくなりました。

コンクリートの容器に、コンクリートの破片を詰めた高松次郎作品

コンクリートの単体」はわたくしには理解しかねました。

からないものでもヒルマ・アフ・クリントの初期抽象作品はなんとなく

好きになれました。

いちばん分かりやすかった抽象芸術コンスタンティンブランクーシ

若い男のトルソⅡ」ですの。

これはどうみても、こんじきのぉちんちんですわ!!!

こんな破廉恥な展示が許されるのかしらと作品の前でどぎまぎしてしまいましたわ。

対応しそうな作品としてルーチョ・フォンターナのピンクに塗りたくったキャンバス

赤い縦の貫通穴をほどこした作品もありましたけど、

コンスタンティンブランクーシのせいで、そういう目になっていただけかもしれません。

あと、追悼小嶋悠司展も開かれていて、仏教画に影響を受けた

恐ろしげな世界をあじわえました。

ファイナルファンタジーの初期イラストを描かれた天野先生作品

少し印象が似通っています

小嶋悠司作品抽象の力にあった、熊谷守一作品「轢死体」とならんで

SAN値を下げてくださいました。

再入場できない東山魁夷作品最後に見るべきでしたわ・・・・・・

豊田市美術館建築もたいへんおもしろもので、

抽象の力展で使われている展示室は入った瞬間に行き止まり

感覚を与えながらちゃんと次の展示室に繋がっています

唐招堤寺御影堂の間取り再現するスペースをもっていたりして、

実用性・採光性・空間演出力を兼ね備えた優れた建築であると感じましたわ。

2017-05-14

[]

岐阜現代陶芸美術館に行って参りましたわ。

コレクションクロニクル展と「国際陶磁器フェスティバル美濃」の歩み展が開催中でした。

現代アート陶芸作品を展示する常設展的なものでした。

口を塞いだ壷のような実用性をかなぐり捨てて奇をてらった作品が並ぶ中で、

実用性を意識した作品も平行して存在し続けているところが陶芸おもしろさだと思いますの。

現代アート的な作品の影響を受けながらも実用性を確保した作品もつ

緊張感がよいのですわ。

実際に使ったら、どんな気分かしらと想像しながらカップや皿を観賞しました。

ただし脳内作品に盛りつける食品野菜350gやデトックスウォーターしか

出てこなかったのですわ・・・・・・

モザイクタイルミュージアムに寄りましたわ。

企画展ではタイル画家作品が展示されていました。

焼いたタイルの色は変わってしまうので大変なのではと想像していたら、

わりと描いたそのままの色で焼けている様子でしたわ。

でもやっぱりプロの目からはその苦労があるとも説明されていましたわ。

タイトルに入っている大坪高明氏の作品は、他の作品比較することで、

解説にある透明感の高さがいっそう強く感じられました。

タイルで作った額縁越しにスマホ自撮りする企画があったらしく

館内はカッポーで溢れていましたわ。

ですけどわたくしはもちろんおひとり鯖でしたわ。おひとり鯖でしたわ。

2017-03-25

障害のある女性草原を這って行く姿を描いた絵

誰の何という絵だったか

アメリカ画家だったはずだけど…

と思って「アメリカ 画家」で検索したらすぐに見つかる

アメリカ画家の層の薄さよ

2017-03-13

それにしても井浦新変態を語らせてるNHKはずるいな。つまり女好きって事なんですよ、という結論を持った上で、画家にそのセリフを言わせてNHK製作陣としてはノーコメント、というのもずるい。NHKとしてメッセージを出さない、責任を持たないというのは嫌な感じだ。

2017-03-09

村上春樹騎士団長殺し』の南京虐殺記述について

 村上春樹騎士団長殺し』新潮社南京虐殺記述は、この作品登場人物免色渉の台詞として出てきます

(以下引用

「(前略)正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者あいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいますしかしし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」

 もちろん私にはそんなことはわからない。」

引用おわり)

(「私」とは、この作品主人公である画家の「私」のことです。)

「『しか四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?』」と免色渉が言っているにも関わらず、あえて数字について紹介すると、

四十万人」と言っている歴史学者はおそらく加藤陽子氏。(正確には「犠牲者数については、数万人~40万人に及ぶ説がある」)

「十万人」と言っている歴史学者はおそらく笠原十九司氏。(正確には「10万人以上もしくは20万人に近いかそれ以上」)

 他に、中国政府見解は30万人以上(南京軍事法廷判決数字が元)、東京裁判判決20万人以上、秦郁彦氏は4万人上限、板倉由明氏は1万5千人程度としている。

 日本政府見解外務省HP)は、

「1 日本政府としては、日本軍南京入城(1937年)後、非戦闘員殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えていますしかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています

 2 先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。

 3 こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日内閣総理大臣談話の中で明確にしました。」

2017-02-21

尊敬する人間ドルフ・ ヒトラー虐殺行為はNO)」の意味

某有名コピペに気になる箇所がある

尊敬する人間ドルフ・ ヒトラー虐殺行為はNO)」

虐殺行為はNOということは政治的立場じゃなくて人間としての行動力だったりエネルギー評価しているのかもしれない

異常な家系で育ちながらも画家を目指し

政権転覆のために一揆を起こすなんて普通人間の行動力では無理

2017-02-09

[]虚無象虫のふしぎ

 虚無象虫という生き物がいる。

その特徴は鼻(吻部)から星形珪藻を吸い込みブクマムシなどに

好んで吹き付ける生態にある。

 虚無象虫から吐き出された星形珪藻を偏光顕微鏡クロスニコル

観察すると、色とりどりにみえる。

 体内で星形珪藻を一定の厚さに溶かしてから放出しているためらしい。

 虚無象虫がそんなことをするメリットはまったくの謎である

ただ虚無象虫の研究者によれば何となく幸せそうであったという。

また、色付き珪藻をぶつけられるブクマムシの方も悦びに震える様子が

確認されるため、なんらかの共生関係にあるらしい。

 なお、色のついた星形珪藻は、珪藻画家に重宝されている。

2017-02-06

「人が死んでいるんだぞ」という言葉意味

「人が死んでいるんだぞ」という言葉意味がわかった気がしたけど、しばらく経ったらまた判らなくなった話。

私は「人が死んでいるんだぞ」という人が何を意図しているのか分からない。

同じような言葉で「会社学校じゃない」というのがある。

こちらの場合発言者が何を意図しているにせよ、結局は「仕事しろ」ということだろうから別に困らない。

人が「会社学校じゃない」と言う時、意味するところは次のどれかだろう。

カリキュラムが組まれていて先生がそのとおり教えてくれるわけじゃないぞ。

・お前はサービスを受ける側じゃない、提供する側だ。受け身で居るな。

学校では努力評価されたかもしれないけど、会社は違うよ。成果出して。

これらのどの意味であったとしても、「わかりました」と答えて、ちゃんと仕事をすれば問題ない。

しかし「人が死んでいるんだぞ」の場合はそう簡単じゃない。(私にとっては)

おそらくそ意図は時と場合によって違うのだろうけど、どう反応するべきかの着地点がわからない。

「人が死んでいるんだぞ」から感じるべきことは、こんな感じか?

・死者を冒涜するな。まずは死を悼め。

・重大な事件事故だったことを忘れるな。

責任を明らかにしろ

・遺族に配慮しろ

これら全ての意味が含まれているとして、「関係者責任を明らかにしろ部外者不謹慎な反応をするな」ということだろうか。

しかし、この手の発言をする人の中には普段標準語なのに「人が死んでるねんで!」と茶化したり煽っているかのように言う人も居るので

不謹慎な反応をするな」という意図なら、矛盾していることになる。

から「人が死んでいるんだぞ」という言葉は、自分にとって長らく意図がハッキリしない言葉だったのだが、

自分に向けて言われる機会が有るわけでもなく、Twitterなどで観測しても反応しなければそれで済むので、そのままだった。

それでこの間、小説『Before The Fall』(Noah Hawley著) を読んで、「人が死んでいるんだぞ」という言葉意味がわかった気がした。

※以下、『Before The Fall』のネタバレ

『Before The Fall』のストーリー

実業家家族とそのボディーガード、招待された夫婦と売れない画家を乗せたプライベートジェットが海に墜落する。

画家実業家の幼い息子を抱えて海を泳いで浜にたどり着き、生還する。

子供を救助した画家ヒーローとして大きな注目を浴びる。

墜落の原因がわからないまま報道は加熱し続け、次第に画家にも疑いの目が向けられる。

とりわけ一人のニュースキャスター画家攻撃し続け、番組で彼の過去私生活を暴くなど叩きまくる。

ずっと人目を避けていた画家だったが、自らテレビ局に出向いて生番組に出演する。

そして事件の謎を明かして、最後司会者に言う。

「人が死んだんだ。彼らは殺された。なのに、あなた質問は僕の性生活についてだ。恥を知れ。」


これを読んで、「人が死んでいるんだぞ」=「恥を知れ」で腹に落ちた。

そういう意味なら煽りっぽく使うこともあるだろう。

「お前の品性下劣だな」を死者がいるという事実を使って反撃されにくい形に変換しているのではないか

そして煽り言葉なら正解の反応はスルーすることだ。

でも冒頭に書いたように、しばらくしたらまた解らなくなってきた。

言葉は難しい。

2017-01-23

「一週間以内に本屋で買ってくれないと~」がよくないと思う理由

「1週間以内に本屋で買ってくれないと重版されない」って脅されると買いたくなくなる | アオシマ書店 - 電子書籍の情報サイト -

上記を読んで。

自分もあまりこのての台詞は好きではない。

その理由は、「消費者パトロン役割を負わせるべきではない」と思うからだ。

消費者作品を買うとき、その動機は「自分が読みたいから」だ。

それに対し、ある創作者を支援するために金を払うならば、

それはパトロンだ。

基本的に、なにか作品を買うという行為は、その二つの動機がそれぞれの割合で混じりあっているものと思う。

パーセント消費者としての視点で買うこともあるし、

パトロン的な視点応援のために買うこともあるだろう。

それはかまわない。

なぜなら、それは買う人間意思に基づいているからだ。

だが、創作するがわが「支援のために買ってください」と促すのは、

いわばパトロン募集する行為だ。

ここでは、パトロン的な買い物に、買う人の意思だけでなく作り手の意志が介在する。

パトロンとは、そもそもなにがしかの見返りを得る権利を持つ。

買い手が一人で応援のために購入するならば何の見返りがなくとも構わないだろうが、

買い手に「お願いして」パトロンになってもらうならば、

そこには互いに貸し借りの概念

「買って応援してあげたんだからしかるべき見返りがあるはず」

という意識が生まれはしないだろうか。

作品面白ければオーケーか?

そうだろうか。

誰もが面白い作品なんて誰にも作れないのに?

あなた発言が誰かを傷つける可能だってあるのに?

そしてここが重要なのだが、

昔の画家たちはパトロンを選べた。

パトロンがどんな人間か知ることができた。

しかし、現代消費者パトロンをお願いするとき、作りてはパトロンを選べない。

また、彼らがどんな人間か、作りては知らない。

そんな状態作品をのびのびと作り続けられるだろうか。

あなたの無数のパトロンたちのそれぞれの期待に、あなたは答えきることができるのか。

または無視することができるのか?

個人的には、それができなくて、がんじがらめになっているのが

ジャニーズAKBはじめとしたアイドル芸能人ではないかと思っている。

イメージファン人気に縛られてひどく不自由な彼らの立場で、

なおも創作する覚悟がないのならば、

消費者パトロンたれと促すべきではないと思う。

2016-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20161228150020

いや、日本で一番棋譜研究しているのは棋士なので、ここは「鑑定士」でいいんだよ。

まあ、一流の画家も鑑定眼はあるとも思うんだけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20161228145440

この場合いってるのは鑑定士じゃなくて画家からなあ

優れた画家からといって鑑定に優れるとは限らないしな

2016-11-30

北海道の美味しいお店

http://anond.hatelabo.jp/20161130113432

試される大地へようこそ! 1月にいらっしゃるとのことで、お勧めのお店を紹介します。

芦別市芦別「新宝来軒」

ここの「ガタタン」を食え。「ガタタンラーメン」がスタンダードだが、個人的には「ガタタン」をチャーハンにかけたものが好み。

「ガタタン」は塩味あんかけなのだが、ほとんどこの芦別しか食べられない。戦後満州から引き揚げてきた人が中国料理アレンジした料理を蘆別で始めた。これが「ガタタン」。

炭鉱で栄えた芦別炭鉱マンをあったかくする為に「ガタタン」は食べられてきた。そして近年ではご当地グルメに。

そんじょそこら粗製乱造されたご当地グルメには叶わない、引き揚げ~炭鉱労働という、戦後北海道歴史のド真ん中を歩いた食べ物といえる。

これを味わいながら、北海道近代史というものに思いを馳せてほしい。

足寄町本町「あさの食堂

今ではめっきり少なくなった、ただの食堂ラーメンがメインで、二人のばあさんが作っている。

化学調味料主体の、懐かしいラーメンを食べたかたらここ。醤油を頼め。チャーシューが激烈に、懐かしい。

昼時に行ってみてほしい。近くの道の駅に大型トラックを止めた運転手さんや、地元の昼間っから道楽してるおっさんを眼にすることができるだろう。

ここから北見に抜ける運ちゃん、阿寒に抜ける運ちゃん、帯広に抜ける運ちゃん。今も昔も、足寄は人間交差点なのだ

札幌市北24条元祖美唄焼き鳥 三船」(居酒屋

いか北24条の「三船」に行くんだぞ。「三船」を冠する店は何件かある。美唄焼き鳥元祖三船福太郎氏にあやかったものだ。

由緒論はえてして混迷を極める。ここは伝統だとかじゃなく、純粋うまいところを紹介する。それが24の三船だ。

ここ、メインメニュー美唄焼き鳥の鳥串で、サイドメニューも大変豊富。そしてどれもとっても美味しい……のだが、サイドメニューは頼みすぎないほうがいい。

鳥串が美味しすぎて、何本でも食べられてしまうのだ。6人で行って、一時間半でお通しと串120本と酒だけで帰ったことがある。それだけ串がめちゃくちゃ美味い。

札幌市駅前和風パブ 松」(居酒屋

札幌ザンギを食べたいならここ。ザンギって鳥の空揚げの親戚みたいな北海道グルメだが、その王道典型と言えば松のザンギ

ただしここはまっとうな居酒屋なので、酒もちゃんと頼むべきだし、注文しないでずっと居座るようなことをしてはならん。

食事メインなら正直いかないほうがいい。あと和風パブっていってるが普通居酒屋から気負うことはない。

士別市多寄「淳真」

道北道東のいなかには美味しい蕎麦屋が点在しているが、ここは士別市の郡部にあるお蕎麦屋さんだ。

田舎ロードサイドってのがどんなものが味わうに格別の場所。②のあさの食堂と似てるんだけど、こっちのほうが人の往来が多い気がする。

ここの主人は、道外からやってきた人。多寄の食材に惚れ込んで移り住んだ。この多寄、蕎麦生産するが、それはどこか遠くへ運ばれるだけだった。地元産の店を、超田舎提供する試みが始まった。新しい移住・挑戦の歴史を感じたいならばここだ。

岩内町本町「北緯43度」

焼き魚を食べたいならここだ。目の前で焼いてくれる感じだ。私は山育ちなので、豊富な魚メニューのどれが旬なのかさっぱりわからない。けれど、いつも頼んだもの絶対に激烈においしい。

近くに道の駅があるから、そこも見学しよう。そしてこの界隈には美術館がたくさんありますわ。いずれも郷土画家ですの。お嬢鯖も大満足間違いなしですわよ!


羽幌町本町渋谷水産直売所・北のニシン屋さん」

ニシン時代は遠くなった。最近はまた増えてるらしいが。では漁村では何が行われているのか。それは、ニシンが群来(くき:大量にやってくること)ていた時代から培われた「水産加工業」だ! そんな歴史はともかくだ。札幌から200キロ程。ここまで離れると海鮮丼が安い! 「羽幌丼」を食べよう。地元産にこだわりたいなら「甘エビ丼」だ。食べ終わって満足したら、付設の直売所を見に行こう。水産加工テクニックを直に感じて、お土産を買って帰ろう。



2000年代以降に生み出された軟派なご当地グルメに絆されるなよ。

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107202610

なぜかこれを読んでフランスの古い映画を思い出した。

ある画商が絵が売れずに貧困にあえぐ青年画家から絵を買うように懇願されるのだが、

画商は「君のような凡才は生きている間に大成できないだろう」とを酷評して買おうとしない。

そうは言うものの、画商は青年相談相手として、二人の間に緩い友情のような繋がりができる。

それでも画家は絵を買おうとしない。

まったく絵が売れない青年画家は、貧困のあまり絶望し、餓死するよりはマシだと自殺してしまう。

偶然その場に居合わせた画商は、青年の死を確認すると、すぐさま彼の絵をほとんど全て持ち去り、

それらの作品を「現代フランス新進気鋭の画家のものとして高値で売りさばき、

後に青年フランス代表する画伯として名声を獲得することになる。

(この青年画家は、実際に夭逝した画家モディリアーニモデルらしい)

2016-10-28

ゴッホ挫折人生

0歳 : 6人兄弟長男として誕生

15歳 : 成績あるいは経済上理由から中学中退

16歳 : グーピル商会ハーグ支店就職

19歳 : ロンドン支店に転勤、下宿先の娘に恋するが失恋

21歳 : 失恋のショックで仕事に支障が出てパリに転勤させられる

22歳 : 店の仕事に身が入らず支配人や他の店員との関係悪化

友人もなく自分世界にこもり、クリスマス無断欠勤して解雇される

24歳 : 大学宗教を学びたくなり受験勉強を始めるが科目の多さに挫折

25歳 : 宗教の道を諦めきれず伝道師学校に入るが伝道師免許を得る事に失敗

ベルギー炭鉱地帯勝手伝道師活動を行う

その活動伝道師委員会に認められ一時的に俸給を得るが半年で解任

26歳 : 伝道師をクビになり26歳で画家になる事を決意。絵の勉強スタート

※ここから先は生涯弟のテオの仕送り生活

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020153246

なんか印象派画家の絵を「ただ印象を描いているだけだ」と批判していた人がいましたって話を思い浮かべる。

ピカソの絵とかも写実性のなさを以て下手だと主張する人今でもいるけど。

写実的じゃない絵全般嫌悪感を持つ人がいるってことなんだろうか。

別にデフォルメキャラ印象派キュビスム抽象画もありだとおもうけど。

2016-10-16

郷愁』という映画が神だった。

 何となしに選んだ、『郷愁』という1988年の映画。とんでもない神映画だった。

  

 京都から土佐の四万十という町に引っ越してきた一家の話。

 父親は働かない画家だが、女のパトロンおばさんがついたために楽な生活をする。家にはお金を入れない。

 母親父親の職として学校先生を言い出すも、「画家他人に雇われるなんてできるかよ!」と突っぱねる。

 一家収入は長女の稼ぎしだいである。長女は大学中退しているが、賢く美しい。最初電話交換手として働いているが、全然お金は稼げない。エリートなのに田舎に来ている理解者の英語教師の男と付き合いだすも、金がないため嫁には行かせられないと断る。

 さらに、その理解者のエリート教師も教え子を不注意から殺してしまい、罪の意識からダメ人間となり地元の人たちと同じ知的レベルまで落ちてしまう。

 長女は父が定職に就かないために、夜の仕事を始める。

 夜の仕事場に父が来る。パトロンも順調についていて楽しく過ごしているらしい、そんな父が見とがめて「こんな仕事やめろ!」

 しかし、長女は、どこまでも落ちてやるんだと、水商売先の客と寝て借金を肩代わりさせたり、どうしようもないバス運転手と付き合ったり。

  

 で、主人公は、こんな家の次男坊。口下手で、地元の人たちに流されるまま過ごしている。

 どうしようもなく崩れていく家族地元の土着的な性に対する汚い行い。

 どうしようもなさに流されて、自分意志でやることと言えば、金を得たら売春なり。誰もいない滝で叫んだり。

 どうしようもなさを理解するブス女とセックスしたり。

  

 まあだいたいそんな感じのストーリーものすごくいい映像でやる映画なんだけど。

 もう本当に、こうやって人間ってどうしようもなく落ちていくんだなあってのがわかる。

 人間存在の程度の低さとか、この世の嫌なところを書いている。しかも、それが『普通なんだよ』という説得力がある。

 こういう映画を見たかった。

 他人人生がムチャクチャになることへの憤りを感じさせてくれる、神映画だった。

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