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2022-06-26

枕草子:ver俺

春のポカポカ陽気!って感じのあったかい日よりは、三寒四温において三寒のほうに分類されるような、冬寄りの日の方が好きだ

気温で言うと15度前後くらいの日

日付で言うと、3月20日とかのあたりだ(これ冬か?)

桜が咲き始めているが、寒くて、しかしクソ寒いって感じではなく、分厚い上着はいらない

空はよく晴れている

あの辺の時期に、なんかよくわからんけどどっかで咲いている花の匂いなんかがふと漂ってくると、なんというか、胸が締め付けられるような、謎の感覚に襲われるんだよな

アレがいい

ムチャクチャ暑い日に、くたばれ!と思いながら外を歩いて、コンビニスーパー銀行なんかの、よく空調の効いた建物に立ち入った瞬間の感覚 あれですね

日常ちょっと外れたところでいくと、美術館なんかもいい

大理石なのかなんなのか知らんけど、石造りの、ツルッとした内装と、高い天井と、展示品のためにガンガン効かされた空調と、静けさですよ

美術館行くためにあまり慣れてない土地にやってきて、マジクソ暑い中をちょっと歩いたあとに、涼しさと静かさの権化みたいな空間出会うわけなので、感動もひとしおだ

でも実際、コンビニとかでも全然いい

コンビニも大概涼しいしな

いよいよ涼しくなってきた10月11月あたりの、よく晴れた日に、植物園に行くのがいい

あえて具体的に言ってしまうと、豊中都市緑化植物園に行くのがいい

ホントにいいんだよ 

豊中都市緑化植物園の温室の横にある、池のほとりに、ガーデンテーブルとガーデンチェアがある

俺が思うに、あそこは日本でも有数の最高の秋スポット

でけえ広葉樹が色づいていて、鳥が鳴いていて、ガキが広場ではしゃいでいて、池の水面は静かで、後ろには温室

なんなんだよあの空間

実は1回しか行ったことないんだけど、俺はあの空間が本当に好きだった

あれこそが秋だと思う

あと、同じく都市緑化植物園内のハーブ園もよかった

オフシーズンから、多くの花壇はからっぽで、植え込みも全然元気がない

そんなんだから人も全然いない

イタリアンパセリかなんかだけがやや元気そうにしていて、他の植物茶色くなって萎れている

でもハーブ園なんで、花壇の構造デザインなんかは全体的に洒脱な感じ

ギャップがよかった かなりよかった

とにかく、秋の晴れた日に豊中都市緑化植物園に行って、温室を見てるうちに3時くらいになっていて、なんとなく日が翳り始めたことを感じつつ、背の高い木に囲まれ遊歩道を歩く 鳥が鳴いている そういう体験をするべきなんだ

問題があるとするなら、11月って秋扱いでいいのか?というところだ

冬になったらシティーに繰り出したい

ティーに繰り出すっつっても大した目的はなくて、見たいのは、落ち葉

街路樹から落ちた葉っぱが木枯らしに吹かれて、ウェーブ状になってカラカラいいながら灰色街路の上を渡っているのを見ると、言いようのない満足感があるんだよな

道っていうか、空間が広ければ広いほどいい

公園とか広場とか、そういう場所がいい

地面は石畳がいい

アレがいいですよ

あと、冬特有の、陰鬱な、真っ白い曇り空な

絶対雨降んないけど、絶対晴れもしないなって感じの、無害な分厚い雲の日

嫌いじゃないんだよなあ!

あいう空模様の日に、隣町くらいの遠さのところにある、どうでもいい公園に行って、あまり快適ではないベンチに座って、初めて寄ったよくわからんスーパーで買った、うまくもまずくもないおにぎりなんかを食うと、マジでまらない

何がたまらないのかは不明

2022-06-15

遊という単語の使い方が気に入らん

遊牧民の遊とか

三遊間の遊とか

遊歩道の遊とか

2022-06-03

ホタル見てきた

Googleマップホタル検索したところ、割と近所の公園が出てきたんで、夕食後に見に行った。

雨の後のじっとりした曇りの夜は、ホタルを見る絶好のチャンスなんだそうだ。

ホタルは光を嫌うという情報があったんで、ライトつけずに行ったんだけど、誰もいなくて暗くて怖かった。公園と言っても、半ば山だし。

鬱蒼とした木々の迫る遊歩道を歩いてたら、不審者とかクマとかヘビとか想像してしまって怖くなった。蜘蛛の巣に顔突っ込むかもしれんし。

見つからいから更に奥へ行ったら、ライブ配信してる初老YouTuberを驚かせてしまった。そりゃ、あんなひとけのない公園で、夜中にライト付けない男が来たら怖いよな。不審者は俺だわ。

その人もホタルを撮ってたらしく、出る場所を教えてもらって見に行った。YouTube視聴者の人たちに軽く挨拶した。

んで、無事ホタルが見れた。あまり近くには来なかったけど、チラホラと光ったり消えたりしながらフンワリ飛んでた。

YouTuberのおじさんに感謝。おじさんによれば、18時半くらいか20時とか、そんくらいの時間によく飛ぶらしいんで、今度はそれくらいの時間に行ってみるかな。

2022-05-06

anond:20220506041746

自分主体的になって動くつもりはないんか?

きみのよくないところは主体性が感じられないところだぞ

家の周りのゴミいからはじめてみろ

近所が嫌なら一駅離れた駅の駅前とか公園遊歩道とか河川敷とかどこでもいい

活動軌道にのってきはじめたら小さなNPO社団法人もつくって代表になれ

そのころには人間関係が間違いなく今より増えてるから今の悩みは消えてるだろう

別の悩みはでてきてるだろうがな

自分人生自分で切り開くんだぞ

2022-04-05

毎日お花見

寺でお花見

 お寺の境内花見子供達と私の両親と弟と私で行った。七分咲きくらいだった。早咲きの品種の桜ばかりある山桜は葉が出始めで、花はまだたった。

 去年までは無かった立札があった。桜の枝を折らないでとか根を踏まないでとか、書いてあった。花見に沢山の人達が来るのは今に始まったことではないのだが、去年に何か悪質な悪戯でもあったのか、それともつもり積もった我慢がついに爆発したのか。

 お花見ついでにお賽銭箱に賽銭を入れて行く人が幾人か。アラサーくらいのカップルで、女性の方がお賽銭を放り込んだら、男性の方が女性の袖を引いて、なんか文句を言い、それで二人は揃って姿勢を正し、一礼二拍手をしてからまた賽銭を入れた。

 境内には桜の他にも花をつけた木が植わっている。細い花弁4枚の、黄色い花をたわわに着けた、枝の細い木があった。それを父が見て、「これはミツマタ」だと孫達に教えていたが完全に間違っている。ミツマタはその花とは似ても似つかない。沈丁花にならちょっと似ている。名前の通り、三つ又に別れた枝の先に花を咲かせる。何でそれを私が知っているのかといえば、うちの庭に生えているからだ。

 ミツマタでなければなんなんだ? と問われたが、知らないので答えられないでいると、父は「じゃあやっぱりミツマタじゃないか!」と怒り出し、勝手にそういうことにしてしまった。昔から癖の強い人だったが、歳を取るにつれて、いよいよ悪化していっている。今はなき母方の祖母が庭に植えた芙蓉のことも葵だと言ってきかない。父は祖母のことが嫌いなのでなおさらだ。母は父の言う事を何でも肯定するので、芙蓉と葵どっちだ問題でも父の方を持った。そもそも芙蓉と葵は紛らわしい見た目の花だが、苗木を買った人(祖母)が芙蓉って言ったんだからそうなんじゃねえのかな、知らんけど。

 両親と弟が一緒じゃない日にも何度か寺に花見に行った。

桜並木お花見

 ドライブスルーなだけのお花見。二十年以上前、私がこの街引っ越して来た翌日か翌々日に、この桜並木の桜が満開で、しかも桜祭りが開催されていた。それは絢爛豪華な感じだった。

 あれから二十年。当たり前だが桜はとても大きくなり、枝が電線に触れるほどの丈となった。すると近隣住民からの苦情が入るようになったらしく、桜の花や落ち葉路上に落ちないよう枝を剪定することになった。ところが、それを自治体から依頼された業者下請けに丸投げし、更に孫請の建設会社押し付けられたため、単なる素人作業となった。今の桜並木は目も当てられない有様で、何本か枯死した。でも一応はソメイヨシノらしく、沢山の花を咲かせる。あまり見映えはよくないにしろ。桜祭りは、私が見た華やかな歳が開催日に桜が咲いていた、最初最後の年だったらしい。毎年桜の開花と祭りの日程が合わずしかも決まって当日に雨の降る冬日となるので、十数年前に祭り廃止になった。

運動公園お花見

 運動公園の外周には立派な桜の木が何本も植わっている。いつか見に行こうと思っていたのだが、子供達が運動公園を怖がるので、いけないでいた。何故怖がるのかというと、運動公園には地元少年野球チームやサッカーチーム練習試合をしにやって来るからだ。

 広い公園の半分ほどは小さな子供達のためのスペースと散歩者のための遊歩道や憩いの場で、半分がサッカー場野球場なのだが、練習試合のある時は選手達が広場まで侵出してきてウォームアップをしたり、暇と体力をもて余して走り回っている。彼らは余所見をしながら全力疾走で、幼児たちがよちよち遊ぶ広場を突っ切り、順番待ちをする親子を押し退けて滑り台を駆け上がり、お年寄りの歩く遊歩道をジグザグに走ってゆく。

 ある時、子供達を連れて遊んでいたらそこへ野球チームが練習にやって来て広場しっちゃかめっちゃかになったことがあった。その時子供達は小さかったのだが、よほど恐ろしかったのだろう。いまだにその時の事を覚えているのだ。

 コロナのご時世のため、スポーツをしている人達は誰もいなかった。もしかするとグラウンド団体に貸していないのかもしれない。公園の中をぐるりと一周し、子供達を遊具で遊ばせた。広場の端に、「ここは子どものための広場です。危険ですので野球サッカーチーム侵入禁止します。練習ウォームアップ等に使用しないでください」という立札があるのを発見。見たところ、比較的新しい立札だった。

 桜の木の下を通ると、ヒヨドリ金切声を上げて飛び立つ。すると、ヒヨドリのいた枝から私達の頭上に、桜の花が花柄ごと降ってきた。地面は鳥に啄まれて落ちた花がびっしり敷き詰められていた。

 公園事務所ラウンジから死角となる場所桜の木の下で、お爺さん達のグループ酒盛りをしていた。

市民体育館お花見

 毎年花見に来るスポット子供達は、桜の花よりも、芝生を侵食しているクローバーに夢中。四つ葉が欲しいらしい。

 昼時から少し外れた時間に来ると、近隣の老人ホームデイサービスの車が何台も、車椅子に乗ったお年寄りを運んで来る。毎年の光景だ。うちの子供達が赤ん坊の頃から既に恒例行事で、お年寄りを乗せて来る車も毎年同じ施設の名が入っている。しかし毎年ここに花見に来ているお年寄りいるかどうかは知らない。

公民館お花見

 家から徒歩で行けるが、住宅街の真ん中でうちから見えるところではないため、何となく行かないまま終わる年もよくある。

 満開の花が風に煽られてはらはらと散っているところだった。子供達が花びらを追いかけて、犬みたいに走り回る。風が吹くたびに強い芳香がたつ。どこか近所の家で桜餅手作りしているのかと思って周囲を見回したら、匂いは桜の樹の下から漂って来るようだった。木根の辺りからひこばえがぼうぼうに生えていて、葉っぱと花を同時に着けている。それが匂うのだ。桜の木の上の部分はソメイヨシノで、枝に着いているのは花だけなのだが、根の部分は大島なのだ。つまり挿し木の土台だった部分がまだ大島桜の性質を遺している。

 たぶん、今は公民館の桜を管理している人は誰もいない。数年前までは公民館のすぐそばにある小さな一軒家に住んでいたお爺さんが公民館とその近くの 小さな公園植物の面倒を見ていた。だが、今はお爺さんの家は空家で、お爺さんの姿はもう長いこと見かけていない。昔はうちの前の通りを散歩して、うちの庭の桜を綺麗だとほめてくれたりした。

2022-03-10

林の奥にある墓

健康のために地元標高300メートルの山を徒歩で登っているのだが、

スタート地点から人気の無い林の中の坂道10分以上歩いたところに十字路があって。

十字路のうち三本は一般に使われている遊歩道なのだが、一本だけ、なんだか気味の悪い道がある。

地図を見ると民家の集落につながっている道のようだが、他の道は広葉樹雑木林なのに、

その道だけ竹林に囲まれていて薄暗く、やや急な下り坂な上に笹が積もって道が荒れている。

この道が本当に集落につながっているのかどうかを確かめたくて、私は勇気を出してその道に入ってみた。

30メートルぐらい進んだところで、道の脇にコンクリート階段があるのを見つけた。

階段の先に目をやると、竹に囲まれて部屋のようになった場所に、二つの墓が立っていた。

暗い林の奥でいきなり墓に出くわしてしまい、私はびびった。

ちゃん管理されている墓なのかどうかを確かめる余裕も無く、私は急いで十字路に戻った。

 

どのコースを通るにせよ、あの二つの墓にお参りするには、人気の無い林の上り坂を

10分以上歩かないといけないはずだ。一体どういう成り行きで立てられた墓なのだろうか。

2022-03-03

美術展】ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るときあなたの中に水を感じる?

・よくわかんなかった

・あの中年女性の顔が一列連続で並んでる部屋、シュール面白さがあった

基本美術ありがちなアンニュイ表情だけどあんなにあると「ちょっと嬉しそうなのが滲み出てる日」とか「ちょっと嫌なことあった?」って日とか日によって微妙に滲み出てる気持ちが違う気がして面白かった

わず3周くらいグルグルした

大学生女子2人組が多くて、

3次元百合が見たい時は平日の美術館に行けばいいのかと新たな学びを得た

モネ展だけど展覧会公式イメソンSpotifyプレイリストあるの新鮮だった

最近美術展はそんなんも…あるのか…

・部屋が迷路チックですごかった

遊歩道のファ…ファ…(木管)ゾーンおもろ

社会人になって美術展楽しめなくなったかと思ったけど昔より傲り高ぶりが減ったか見方は変わったけどそこまで「無」ではなかったか

2022-02-27

久しぶりの街

街といっても地方ちょっと大きい駅だが。

俺以外の人はみんなお洒落だなぁ。

こんなに人がいるの、久しぶりに見たなぁ。

俺だけがなんだか小汚くてダサいんだが、みんなが無視してくれるので自然と恥ずかしくない。

みんな幸せそうだな。

遊歩道で走るちびっこカフェでおしゃべりする娘とお母さん、お互い新卒っぽい会話をするカップル

中学生男子集団が、「じゃあね」「またね」「気をつけてね」としきりに言い合っていた。

今日暖かいな。

人々の装いはまだまだ冬だが、洋服屋には春らしい色が並んでいる。

たまにはこういう空気を吸うのもいいな。

2022-02-11

サイゼリヤデートの思い出

実際、鶴見緑地サイゼリヤ咲くやこの花館、っていうコースはかなり黄金だと思っていて、本当に輝く思い出のひとつなんだけど、サイゼリヤ花博通り店は閉店してしまったらしくて、そうやってひとつまた世界から輝きが失われるんですよね

その分あたらしい輝きも生まれるんだろうからべつに良いのだが、それはそれとして、やはり寂しいもの

 

まず、梅田からよく分かんねえバスに乗って鶴見緑地に向かうんだ

電車でも行けないことはないんだけど、乗り換えがある上に降りてから結構歩かないといけないんで、さすがにバスの方がいいよねって話になる なった

朝、梅田の謎の場所から謎のバスに乗るわけですよ

俺たちにとってはまったく謎の場所なんだけど、当然そこを日常の場としている人はメチャクチャいるわけで、当たり前のような顔をして、慣れた感じで歩いている まあそりゃそうなんだけど、世界って広すぎるし、人間って多すぎるよな〜といつも思う

謎の場所を出たバスは謎の場所2に着く

謎の場所2から鶴見緑地への道は、なんか知らねえけど結構イイ感じに整備されている

片側3車線くらいあるでけえ道路の真ん中に、2車線分くらいの広さがある遊歩道公園みたいなのが設置されていて、文化的な感じがする

意味もなくそこを歩いてみたりする

楽しい 何が楽しいのかはわからないが、楽しい

やがて鶴見緑地が近づいてくる

ヘンな塔みたいなモニュメントがある

アレ何なんだ、みたいな話をしているところで、公園入り口あたりの看板なんかに花博」ってワードが頻出しているのに気がついて、そうか、ここは"祭りの後"なわけですね、と納得がいく

そう思って見ると、鶴見緑地に聳える聞いたことねえ割にデカいタワーは、ちょっとくたびれた感じに見える

冬の鶴見緑地、随所に廃墟っぽさが漂う

実際荒れ果ててるって感じでは全然ないし、むしろ花なんかも植えられたりして、人もそれなりにいるんだけど、それでも隠しきれない何かがある

緑と花の博覧会?みたいな名前の、かなり立派な会がかつてあったらしく、その時の世界各国の庭園コレクション!みたいなものの残骸が、憐れを誘う

絶妙に往時を思わせてくるんですよね

無にはなってないけど、現存してるって感じでもない 頑丈な骨組みだけが残っているような印象

それが冬枯れの雰囲気と合わさって結構よかった

鶴見緑地の園内マップを見て、コースを定める

いくつか庭園を見て、風車を見て、サイゼリヤに行く そういう感じ

緑地を突っ切っていく

アップダウンがわりとあって、疲れてきたところで風車につく

風車デカい けっこう立派だ

足元には花畑があって、冬なのに色鮮やか

立派なカメラを構えた人もそれなりにいて、フォトスポットだ

彼女写真を撮ろうというので、撮る

彼女はかわいくて俺はキモい そういう写真が何枚か撮れる

ちょっと早いけどサイゼリヤに行こうぜ、腹減った!という話をする

サイゼリヤに向かう

緑地を抜けて、でけえマンションの横を通っていく そのへんに猫がいて、若いニイちゃんが座り込んでじゃらしている

俺たちの足音を聞いて、猫が目を丸くしてこっちを見る ニイちゃんは振り向かない そうだよな

花博通りは広い道で、交通量もそれなり 都会らしい場所だ サイゼリヤは案外遠いが、全然いける距離

サイゼリヤに入る アラカルトと称して、気になったメニューをいろいろ頼む 

アンチョビキャベツサラダサラミパスタエスカルゴ、羊の串焼き そんな感じ

味はあんまり覚えていないけど、うまかった気がする 何より楽しかった

鶴見緑地の魅力と、咲くやこの花館への期待について話しつつ、サイゼリヤのメシを食う

そういうデートっていいよね というか、よかった よかったです

2022-02-02

近所の小川遊歩道散歩しているのだが

散歩すると毎回、知らないおばあさんおじいさんに挨拶される

挨拶はいいんだけど、なんか相手は俺のこと知ってる感じで挨拶してくる

さっきなんておじいさんがこんにちは、ごちそうさまでしたって挨拶してきたし

俺は貴様なんかにごちそうした覚えなんてないぞ、そもそも貴様は誰だなんだ

2021-12-14

anond:20211214095448

繁華街などではなくて、

閑散としている公園とか遊歩道とか、

ノーマスクでもいいと思ってる。

ジョギングウォーキングサイクリング

軽い運動であってもマスクしてるときついし、

3蜜は避けてるわけだからね。

でも、これ以外の場所だったらマスクはするべきだよね。

2021-12-10

野良猫がいなくなった

夏ごろからウォーキングを始めて、そのコースの途中にいつも同じ場所にいる猫がいたんだけど、この何日か見かけない。

遊歩道の途中に屋根付きのベンチの休憩所があって、そのベンチの下に小さい木箱があって、その中にクッションが引いてあるの。

寒くなってから、いつもその木箱の中で丸まってた。

いつもそこにいて、寝場所まで作ってあるってことは、誰かがそこで餌とか与えてたんだろうな。

毛並みが汚い年寄り猫だったけど、もう生きてないのかな。

野良猫寿命は3, 4年とか聞いてから野良猫見ると悲しくなるようになった。

2021-08-03

ひきこもループ

僕の部屋は春夏秋冬いつでも22度だった。ワインセラーの様に一定に保たれた室温は、外の世界へ羽ばたこうとする僕のやる気を削ぎ、やがて窒息させた。

梅雨明け太陽に照らされたアスファルトを窓から眺めていると、3人の家族が歩いていた。この眩しさはあの3人の為の物なのだと思い、壊れかけのカーテンを強めに締め、定位置に戻る。こうして外の世界を見てしまったあとは、僕を母親の胎内のように優しく包み込む羽毛布団を愛して離せなくなった。

ぬるい室温で育ってきた僕は、働かなければ死ぬという当たり前にすら直視出来ずに死んでる様に生きていた。多分そう、これからもそうなんだ。

ある日の早朝、僕は一匹の野良猫出会った。出会ったというには少しだけ遠く、分厚い壁を隔てていたが僕の認識では確かに会っていた。

窓の外から見た黒猫はニャーニャーとおばあちゃんの手に頭をこすっていた。昔テレビで見た知識だが、猫が人間の足や手を孫の手のように使っているという事を僕は知った。

なんとも落ち込む話ではあるが、眼前に映るおばあちゃんと猫は確かに愛し合っているように僕は感じた。

猫を撫でる柔らかさと温かさを想像You Tube補填してみたが、予想通りに可愛いし愛くるしい。

想像できてしまうから、僕は外に出ないんだ。どうせ面白くないと飲み会を断り、どうせ俺なんかと女の子の誘いを断り、どうせ続かないと何一つ始めない。

被災者でもないのにシェルターに逃げ込む自分今日は不健康に思えて仕方なかった。

そんなことを考えていると、内から鍵をかけたはずの扉が勝手に開いた。僕はいつの間にか扉の向こうにいた。

手探りで人間模倣をする怪物のように、歯を磨き、顔を洗い、髭をそった。想定を超えて伸びた頭髪は、ツヤもなく、パサパサとしていて普通にキモいなと思った。

洗面所を出て、久々に見たリビングには僕の分の椅子もある。僕はパンを焼いた。母親が買ってきていたのであろう6枚切りの食パンブルーベリージャムを塗りたくった。何となくコーヒーも入れようと思い、ポットでお湯を沸かし、クルクルと注ぐ。

サクサクパンブルーベリーの甘さがたまらなく美味しかった。多分ブルーベリーの青さがそうさせている。僕の視界はずっと白黒だったから。

コーヒーは黒くて苦い、でもパンには合った。コーヒーの優しさに気づいた僕は、勢いのまま友人にラインを送ってみた。

「お疲れ。今日飲まない?」

となると、このままでは怪異だ。僕は髪を切らなければならない。僕は、父親から貰ったポーチに財布と2年間読みかけ文庫本いれた。

さて、準備完了だ。多分このときの僕は一般人間と比べると不快で、不清潔でだったと思うけど僕なりに身なりは整えていた。

靴箱から自分の靴を取り出すと、数年越しに仕事を貰えた靴が生き返るようにホコリを散らした。パンパンホコリを払うとシャープロゴがカッコいい。

玄関の扉に手をかけるが扉が開かない。押しても引いてもビクともしない。怖いから?違う、鍵がかかっていただけだった。

僕は扉を開けた。

「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」

太陽セミマラソンじいちゃんが夏に燃えていた。

外のエネルギーはとてつもなく、ずっと家にいた僕は打ちのめされた。しかし、このエネルギーと僕は戦うんじゃない、夏と一つになるんだ。

僕も夏になる為に、少し激しめに靴をトントンした。

近所の遊歩道を目指して歩いていると、犬のウンチを片付ける老人と、ウンチなんかしてませんよ?みたいな顔でリードを引っ張る柴犬が格闘していた。

俺も負けてらんねえな。と思い負けじと僕も住居の庭から伸びている葉っぱを千切り対抗する。

しばらく歩いていても猫ちゃんの姿はなかった。自販機コーラを買い、公園のベンチで飲みながら上を見上げた。久々の木漏れ日は、白熱電球の明かりしか浴びていなかった僕にとっては気持ちの良いものだったけど、「木陰ってこんなに暑かったっけ。」と呟くほどには暑かった

公園時計を見てみると7時半をさしていた。30分ぐらいしか外には出ていなかったし、猫を見つけることもできなければ、美容室に行くことも、文庫本を読むことすら出来なかったけど、下手くそ時間割りでも外に出られただけで僕の一日は輝いた。

空き缶をゴミ箱に捨てるとカランと良い音が鳴った事に、いや、この散歩の間に起きた事象全てに感慨深くなる。最早そこにこそ生きる意味見出していた。

Tシャツがベトベトになる事を、不快と思わずシャワーを浴びる理由と考えるだけで人生が楽しかった。

そんなことを考えながら、僕は帰宅した。

早速Tシャツジーンズ洗濯槽にいれる。夏にジーンズは無かったなと今になって思いながら、ほぼ冷水シャワーを浴びる。ガシャガシャと頭を洗っていると、耳の裏からでっかい皮脂みたいなのが取れて自身の不清潔さにゾッとした。 

体を泡で洗っていくと、風呂場の温度で体が温まっていくのを感じ、再び冷水シャワーで体を流した。

ほぼ震えながら体を拭く。下着の棚には僕の物もあり、僕の部屋着も入っていた。当たり前なんだけど、僕は家族と4人で暮らしていたんだ。

コップに氷を3粒落とし、麦茶を入れて飲む。TVをつけるとニュースがやっていて、今は新型ウイルスによる未曾有の事態の只中にいるという事を思い出した。そういえば、外出している人はみんなマスクをしていた。自分が引きこもっている間に時代が変わってしまったんだな。と思った。

タイムスリップ開けのテレビは新鮮で、食い入る様に見ていると、母親の寝室の扉が開く音がした。コツコツと階段を下ってくる。いつもなら刑務所の看守に怯えるように息を潜めるが、驚く事にリビングのドアが開いたとき僕は、「うぃー!おはよ!」と気持ちの良い挨拶かましていた。

「はあぁ!」と腰を抜かす母親自分温度差に、自分ニートだった事を思い出す。そりゃそうだよな。

「良かったね。」母親が泣いていた。僕も「うん、猫が・・・」と言いそのまま泣いてしまった。

2021-05-04

マスクをしない市民ランナー

歩道公園遊歩道マスクをせずに息をハァハァさせながら走ってくるランナーが多くてめちゃくちゃ気持ち悪い。エアロゾル感染とか聞くじゃん。

ていうか、外歩いてる人がみんなマスクしてる中で、息苦しいだから何だか知らないが、なぜ自分だけはしなくていいと思えるのだろう。元々ちょっと迷惑な感じのランナーが多くてイメージ悪かったけど、コロナ禍でますます酷いイメージになった。やめてほしい。

2021-01-19

夫婦カップルマスク問題

事情があって、毎朝、早朝に少し公園遊歩道散歩している。

冬の早朝の公園は人が少ないがそれなりには居て、時折、同じように散歩ジョギングをしている人とすれ違う。公園遊歩道はあまり広くないので譲りあってすれ違ったり追い抜かれたりする。

屋外だからくじらを立てることもないのだが当方事情もあり(病後で免疫力低下中)、ノーマスクの人と狭い遊歩道ですれ違うのは通常よりかなり過敏に反応してしまう。屋外だし飲食してるわけでもないので過敏すぎる自覚はある。なので基本的には早めにノーマスクの人を察知しひっそりと別ルートを選んだり、植え込みにそっと入ったりで距離を取る。ノーマスクの人々は、譲り合ったり、あちらから避けてくれることが皆無なので。

ノーマスク・パーソンの比率緊急事態宣言前後で大きく改善したと感じる。その1日でどれほどのリスク差があるんだ…と思うが、「屋外なんだからマスクに大した意味はないが線引きされたなら面倒だが従う」という人が多いんだろう。まぁ分かる。緊急事態宣言の前は、公園散歩ジョギングをしている大人の半分ぐらいがノーマスクだったが、今週に入ってからはかなりの人がイエスマスクになった。免疫力が低下してるのに寒い中で散歩をする必要がある身にはとてもありがたい。

この2か月ぐらいの散歩で、公園ノーマスクの人々は、その9割以上を男性が占めているという傾向が見えてきた。朝の公園は、散歩する人とジョギングする人に大別されるが、女性(散歩)はほぼ100%(ホームレスらしき女性ノーマスクだった)マスクを装着していて、ノーマスク女性ジョギングしている人だけである。それもいつも同じ顔ぶれの少数名。そして、緊急事態宣言前後特にその比率に変化がないように感じる。

一方で、男性は、緊急事態前では恐らく半数以上がノーマスク、今は2割ぐらいがノーマスクである特にジョギングをしている男性は、緊急事態前はほとんどの人がノーマスク、今でも半数程度はノーマスクである

  マスク なし
女性散歩10 0
女性ジョギング 9 1
男性散歩緊急事態 4 6
男性ジョギング緊急事態 2 8
男性散歩緊急事態 7 3
男性ジョギング緊急事態 4 6

こんな表は、私の個人的主観しかないのでどうでもいいようなものだが、とにかく男性ノーマスク率が高い。あと昨日から話題になってる「鼻出しマスク」になると女性も増えてくるが、これも男性の方がかなり多い。

ノーマスクジョギングは正直相当エアロゾルを吐きだしていると思うので、できればやめてほしいとは思うが、私にどうにかできることではないので、こちらが大きく距離を取るようにしている。失礼な態度かもしれないが、仕方がない。

まぁこんなどうでもいい表は置いておいて、気になっているのが、ご夫婦らしき男女のカップルで、「男性ノーマスク女性マスク」という組み合わせが、結構確率でいることだ。

実は去年の秋、所用の出先で昼食時に入ったあるレストランで、私の後に案内された男女カップルで、男性ノーマスク女性マスクという組み合わせを見た。私の数席先に座った二人組はそのまま男性だけノーマスクで、更にノーマスク男性の方が良くおしゃべりになっている。少し困ったが、入店OKされたのならしょうがないよな、席も遠いし食べたらすぐ出ようと諦めた。だがそれ以来、道ですれ違う集団マスクへの意識のずれがあることに興味が沸き、観察するようになっていた。

早朝の公園散歩ですれ違う男女二人組の構成比率は、だいたい、二人ともマスク3:男だけマスク5:二人ともノーマスク2、ぐらいの体感で、「男だけマスク」が多い。冬の早朝(7時ごろ)に公園散歩をしているカップルは、恐らくほとんどの場合が同居(夫婦)だろうと思うのだが、女性は、マスクをしない男性に何も言わないのか、さんざん言ってもマスクを付けないので諦めてるのか、まったく気にしてないのか…。いったいどうなってるんだろうと下世話な他人の家庭事情まで邪推しながら歩いている。

ちなみに、女だけノーマスク、というカップルも見たことがない。レアアイテム

これはあくまでも増田私的な観察による狭い範囲事象しかなく、しっかり数えているわけでもありません。

ただ、前述のように、増田現在免疫低下中で、かつ事情があり散歩が欠かせません。感染対策には最善を尽くしたいので、失礼かもしれないのですが、ノーマスクの方と距離を取るようにしているため、すれ違う人のマスク状況を確認する必要があり、その結果、傾向が見えてきたことの個人的感想の報告です。

2020-10-16

子どもいるか死にたいって思う

追記です。

コメントなんてつかないと思っていたし、ついても期待はしていなかったけど、いただいたコメントがみんな優しくて泣きそうになっている。

記事を書いてから数日後、倒れて病院へ行って抗不安薬とか処方してもらった。

状況は全然改善していないし、毎晩のように目が覚めてひどい動悸と吐き気とたたかっている。

このまま死にたい気持ちに抗って生きていくしかないけど、なるべく死なないように頑張ってみる。

コメントくださった方々、本当にありがとうございます

追記終わり。



竹内結子さんの自死について、産後うつではという憶測が飛び交っていた。本当の理由私たちがわかるはずがないのに、みんな好き勝手言っていた。産後うつについて声高々にこんなにつらいんですってSNSで発信される人もたくさんいて、これを機に産後うつについて認知が広まるのはいことなのでは、とも思っている。彼女の死の真相とは別として。その中に、「子どもを残して死ぬなんて信じられない」という声に対して、ちょっとだけ私の考えを書いてみる。

私には3歳の子どもがいる。夫婦ふたり生活もいいけど、子どももいたらいいな、私たち二人の子どもを育てたいと思って、産んだ子だ。自分で決めた。子ども好きの夫は結婚当初から子どもが欲しいと言っていた。だけど、正直、自分の生きてきた人生もそこそこしんどかったので、こんな世界自分エゴ人間人生み出していいのか、とも悩んだ。でも、子ども人生について、こちらで辛いかどうかなんて決めつけることもできない。シンプルに、自分の子どもに会いたいという気持ちが勝った。

そうやってきちんと計画して、順調に生まれ子どもは、どこも悪いところなんてなくて、発達も問題ない、人懐こくて賢くて快活明朗元気なかわいい子だ。私のことをとても好きでいてくれて、「お母さん子」なんて言葉はないけど(おばあちゃんっ子、とかあるのに)、とにかくいつでも「おかあさん」と言ってずっと私にくっついていたがる。こんな素晴らしい子が私の子なんて、私にはもったいないとすら思う。

私は希死念慮が高い。でもそれを必死に隠して生きている。学生時代ものすごく嫌なことがあって、それから日々死にたいと思っていた。死にたい、というか、明日目が覚めずに死んでいたらいいのに、という風に思っていた。なんやかんやあって、毎日そう思う日々から解放されたのだが、時折無性にこの世から消えてしまいたい気持ちはなくならない。実際に行動は起こしたことがないので、親しい人にも誰にも、夫にすら、実はたまに死にたがっている、ということはばれていないと思う。今までは主に孤独感が引き金でよく死にたいと思っていたが、夫と結婚して気持ちは安定していた。子どもがいたら、そういう気持ちもっと収まるかと思っていたが、甘かった。

子育ては本当に大変だ。出産前の想定なんて甘すぎた。想像の何倍も何十倍も大変だ。そして、苦労はすべて子ども笑顔に報われるかと言うとそういうわけではない。

何が大変か。まず、子育て自体が大変。慣れない授乳睡眠不足子ども自分の急な体調不良。すぐ泣くし、すぐ怒る。コロナ禍では衛生面にもより神経質になる。でも、こういうのは、それこそ子ども笑顔ひとつで報われた気がするんだよね。

大変なのはそれだけでなく、社会も厳しい。育休をとったら、もうお前はしばらく会社に貢献できないから辞めてほしいと言われた。大学就活リーマンショック後だったこともありうまくいかなくて、それでもなんとか辿り着いた正社員職だった。結局自己都合退職、ということになった。労基署相談しても無駄だった。結構冷たい対応をされたので、傷口に塩を塗られたようだった。こんなことがあるのか、と絶望した。そりゃ少子化になる。出産育児金や子育て支援等、行政サポートはあっても、実際こんなもんだ。正社員じゃなくて、契約社員派遣アルバイト、そういう人は産休育休もなく自分から辞めるしかない。そうなると育児休暇の手当ももらえない。

結局、今は子を保育園に預けて別のところでパートとして働いている。給料は二分の一以下になった。その分業務レベル簡単だし、責任もない。有給はとりやすいので、育児と両立しやすい。職場の方も優しい。それでも、今の収入だと毎日不安だ。第二子なんてとても考えられない。(夫とは結婚当初から生活費を折半している)

それに、子ども遊歩道散歩していたら突然知らないじじいから「うるさい!早く子供を連れてどっか行け!」と怒られたこともある。

地域イベントに出た時、小さい子どもの隣は嫌だと言って不機嫌そうに席を離れたおっさんもいた。

どちらのパターンも、うちの子は騒いでなかった。子連れってだけで突然怒る人もいるから怖い。

基本的に見知らぬ人でも子どもに優しいコミュニティにいる。特に役所の人はとても親切だ。エレベーター優先させて乗せてくれたり、手続きを丁寧に教えてくれたりして、泣きそうなくらい嬉しかった。あと、その辺で出会学生の子、おばちゃんやおばあちゃんも優しい。

突然怒ったり、挨拶しても無視するのは大抵いい年の男の人、特にじじい。挨拶もできないなんて、この人たち、職場でどういう風に生きてきたんだ?

一度、子どもが、セカンドバッグをもった強面のおっさん挨拶したことがあって、よく声かけたなと思ったのだけど、その人はとても優しい声で挨拶を返してくれた。大抵の人はいい人なのに、たった1割の嫌な思い出がトラウマになる。臆病な私は、なるべく周囲に迷惑かけないようにびくびくしながら踏ん張っている。

あと、これからのことを想像すると苦しい。子どもいじめられたら、逆にいじめ立場になったら、とか

今後事故にあったら、とか、病気になったら、犯罪にあったら、とか

大学卒業まで経済面大丈夫か、留学費用や塾の費用は賄えるか、とか

そういう不安が波のように襲ってくる。

子どもかわいいかわいいけど、たまに自己犠牲や理不尽なこと、不安なことが多すぎてしんどい

子育てを辛いと思う自分は、母親失格じゃないかといつも頭のどこかで思っている。みんな普通にやっていることなのに、自分にはできない。自分には我慢できない。

子供に手をあげたことはないし、感情的に怒らないよう、何かあったときはきちんと叱るように心がけている。育児本や発達心理学の本も読んで勉強している。

それでも、遊んだおもちゃを片付けない、夜ご飯を食べない、お風呂に入らない、朝起きない、いつまでも泣き喚く、そういう、子ども自分の言うことをきかないとき、思わずを手をあげたくなる。子ども自分とは別の人間で、自分の思い通りになるはずがない、ということは百も承知なのだけど、それでもしてはいけないこと、しなくてはいけないことは、何度も何度も伝えているのだから少しはわかってほしい。必死我慢している。虐待絶対だめだってわかっているけど、いつも隣り合わせな気がする。

ネットで、「そもそも子どもが泣くのは悪いことではない」という言葉を見たけど、やっぱり泣き声というのは聞いていてとても不快だ。泣いている本人だって、嫌な気持ちがあって泣いているんだから、早くそ気持ちを取り除いてあげたいというのはいつも思う。

たまに怒るが、基本は褒めるように心がけている。もともとのんびりした性格で、子どもが生まれる前は声を荒げて怒る、なんてことしたことなかった。なるべく、小さなことは気にしないようにしている。いつだって子ども幸せを願っている。毎日かわいいね、大好きだよって寝る前に伝えるようにしている。だからはいないほうがいいんじゃないかと思う。

ママ友もいない。保育園ママたちと全くうまくしゃべることができない。保育園の送迎の時だったり、公園子どもたちが遊んでいる間だったり、軽く言葉を交わしているママ達を見て憧れる。

自分母親に向いていないと思う。たまにうまくいかなくて泣いていたり落ち込んでいたりすると、夫に、みんな普通にやっているんだから、と言われる。そういう時、あ、じゃあ私は向いていないかリタイアしようかな、という気持ちがよぎる。私の両親も夫の両親も健在で、関係は良好で、家も近くていつでも頼ることができる。それでもやっぱり苦しい。誰にも頼れない状況で子育てしている人もいるのに、こんなにサポートしてくれる人がいる環境で躓いている自分はなんてダメなんだろう。

自分はこの子母親じゃないほうがいい、いなくなっちゃったほうがいい、そう思う。自分はこの子人生に悪影響を与える存在になりそうだから、早いうちにいなくなろうと思う。

子どもが死へのストッパーになるのでない。死んだほうが子どものためなのだ

夫はしっかりしているから、親や義両親と協力して夫が育てたほうがいいと思う。夫はかなり子育てをしているほうだとは思うけど、趣味や友人づきあいで土日、平日の夜いないことも多く 、やっぱり育児母親がメインでするもの、という考えが根付いていて、言葉の端々にその考えが窺える。  

私がいなくなることで、メインで子育てをする苦しさを夫にわかってほしい、という気持ちも少しある。夫には感謝しているし、嫌いではない。実は夫に復讐したい気持ちもほんの少しあるのも本当だ。

結局自分不安や嫌なことから逃れたいだけの自分勝手人間なんだと思う。こんな勝手人間、やっぱり母親じゃないほうがいい。  

それでも、私がこの状況からひとり逃げて、子どもに「お母さんがいない」と言わせること、それで寂しい思いを押し付けしまうことがどんなに酷か、ということは容易に想像できるので、なんとか踏ん張っている。でもそれにいつまで耐えられるのかはわからない。

2020-09-06

臭い

汗の匂いと制汗剤の混ざったサラリーマン

明らかに香水の強すぎる女

生乾きの匂いのする雨の日の電車

遊歩道銀杏

この季節はくたびれたサラリーマンとの遭遇率がすごい、そりゃあんスーツ着てれば汗臭くもなる。私服勤務の自分としてはもっとクールビズにさせてやれよと思ってしまう。

2020-08-10

筑波大学ヤバイ

anond:20200803234911

ヤバイ筑波大学ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ

 

筑波大学ヤバイ

まずキャンパス広い。もう広いなんてもんじゃない。超広い。

東京ドーム 55個分。

 

逆方向の巡回バスに乗ると大変なことになる。

休み時間教室移動が自転車ギリギリ。体育はヤバイ。実習への移動で迷子になる奴が出る。 

 

虫が巨大。

人間の知り合いがなかなかできない。

貧困率が高い地域ランキング1位が筑波大学学生寮(2位が横浜市中区石川町

優先度は車>バイク自転車>>>人

遊歩道に「ロボットが通ることがあります」という注意書きを見たことがあるが、ロボットが通るのを見たという人はいない。

 

キャンパス内の自転車が、突風筑波おろしでなぎたおされる

 

プールからガンダム

2020-08-07

筑波大学天久保池で、白いワニに襲われた話

筑波大学には「天久保池」という池がある。宿舎と大学を繋ぐ道の途中にある。

https://www.stb.tsukuba.ac.jp/~yadoken/report/2247

 

5日前に俺が天久保池で経験した「非常につらい経験」をここに記録する。

きっと信じてもらえないだろう。それでもいい。

 

8月2日の日曜日、俺は天久保池で気持ちよく泳いでいた。

もちろん普段はこんなところで泳がない。

しかし、今年は新型コロナ大学構内はほとんど人がいない。しか日曜日しか暑かった

俺は気兼ねなく気持ちよく泳いでいた。

 

「そろそろ宿舎に戻ろう」と考えていた時、池の中で何かがゆっくりと俺に迫って来るのが見えた。

巨大な白い影だ。

俺は非常に焦った!

 

高学年の筑波大の学生なら聞いたことがある人も多いと思う。

「白いワニが天久保池に住んでいるらしい」

という目撃談は俺も2、3回は聞いていた。

天久保池の魚がここ数年で急減している原因」ではないかというまことしやかに話も聞いていた。

 

まさか!」

 

俺は急いで泳いで逃げた。

 

しかし、白い物体は明らかにこちらに向かってきている。

間違いなかった。白いワニだった。

 

俺は何とか陸に這い上がった。

しかし、何と、白いワニも陸に上がって俺を追いかけている。しかも陸に上がってからスピードが速い。

さすがに俺も恐怖を感じた。

遊歩道を走って逃げた。

 

宿舎方面から初老男性が歩いてくるのが見えた。

おれは、その男性に走って近づいて言った。

「助けてください!110番をして!」

 

その初老男性は110番に電話をしながら「まずこれを食べて落ち着きなさい」と俺にキャンディを一つくれた。

から貰ったのはヴェルタース・オリジナル

その味は甘くてクリーミィで、こんな素晴らしいキャンディーをもらえる私は、

きっと特別存在なのだと感じました。

今では、私がおじいいちゃん。孫にあげるのはもちろんヴェルタースオリジナル

なぜなら、彼もまた、特別存在からです。

anond:20200807013237

 

参考:

2020-07-24

ハラハア桜島

 去年の話。

 ひさしぶりに帰省して、せっかくだし故郷鹿児島を堪能してみるか!と思ったので桜島に出かけた。桜島はそれなりの頻度で噴火する活火山で、浪人時代にはよく予備校最上階まで登って噴煙を見ようとしていた(さすがに噴火してないときの方が多いので、時々噴煙を見られると嬉しかった)。おい桜島よお…なんて語りかけるくらいに親しみを持っていたのだが、じつは行ったことがない。このままではいけないなと思ったのだった。

 数年ぶりに乗った鹿児島本線は阪急と比べて揺れが激しい気がした。いっぽうで線路周りに建物が少ないからかどことなく車内が明るい感じもして、案外普通列車にもカラーが出るもんだと感心した記憶がある。

 道中にある上伊集院駅から見えるホーム周辺の景色がけっこう好きだ。松陽台という新興住宅街があって、それの乗っかる丘がよく見える。なかなか爽やかな丘で、学生たちが坂道を登っていく様子がなんだか素敵だ。坂の上には松陽高校というのがあるが、ここは制服が全身緑色なことで悪名高い。松陽高校に行った友達と駅で出くわして、「マジでズボンまで緑色で最悪、なんなのこの制服、頭おかしい」と愚痴られたのをよく覚えている。松陽の話終わり!

 鹿児島中央駅もけっこう好きだ。正直あんまり全貌を把握してないんだけど、とつぜん屋久杉のオブジェみたいなのがあったりするのが愛らしい。メインの出口から出たところでバァーンと桜島が見えそうな位置なのに、ホテルか何かのでけえビルに阻まれイマイチ見えないのもいい。故郷ダメさは愛嬌みえる。

 鹿児島中央駅からフェリー乗り場まで徒歩で行くには暑かったので、市電に乗った。路面電車というものに憧れがあって、地元で進学してたら毎日路面電車に親しんでいたのかなと思うとちょっと惜しい気もする。まあ阪急トレードオフなのかもしれない。阪急も悪くない。赤いし…

 フェリー乗り場は水族館の近くにあって、その辺りは道も広いしヤシの木(?)も植わってるしでかなり雰囲気がいいんだよな。車通りに比べて歩行者が少ないのもなんだか孤独感があって良かった。かつて家族水族館に来るたびすげえワクワクしてたのは周辺環境のよさも手伝ってたのかもしれない。

 広い道のデカ横断歩道歩行者ひとりの状態で渡ろうとすると、小心者なのでどうしても走ってしまう。暑いからちょっと走っただけで汗まみれになる。そうして汗まみれになりつつも歩いていくと、フェリー乗り場につながる赤い連絡通路が見えてくる。この通路水族館もつながっているらしい。一瞬やっぱり冷房の効いた水族館に行こうかとも思ったが、初心一徹!と思い直して桜島フェリー乗り場に向かった。潮の匂いがしてテンションが上がってくる。

 フェリーは安かった。500円くらい取られるかと思っていたがなんと片道160円だった。コンビニサンドイッチより安い。阪急一駅分くらいだ。もっと乗っておけばよかった…と後悔しつつ船に向かう途中に水族館がよく見えるのも心憎い。鹿児島水族館オーストラリアオペラハウスをショボくしたような外観をしていて、なかなか心に残るのだ。

 フェリーはかなり大きくて、わりと見応えがあった。甲板に観光地特有コイン双眼鏡があったんでなんとなく近づいてみる。と、どうも様子がおかしい。コインを入れるところがない。よくみるとなんとタダで見放題らしい!全体的に太っ腹だ。つっても見るもんなんて大してないのだが…しかし港にいる見られているなんて全く思ってなさそうなオッサン一方的に見るのには奇妙な快感があった。港にいるオッサン1を船の上からオッサン2が双眼鏡で覗く。いいね。いいか?よくないかも…

 桜島中心市から20分くらいで行けるわりに離島らしい趣があって大変よかった。道は水族館あたりよりさらに広く、なぜか三車線あるところすらあるのに車通りは少なくて、歩く人の姿もまばら。特に目的地なしに来たのでちょっと途方に暮れたが、グーグルマップを見ると少し歩いたところに足湯があるらしい。とりあえずそっちに向かって歩き出す。道路の隅のあちこち火山灰が溜まって黒いまだら模様ができていて、火山島に来たぞ!と思った。まあ地元の街にも灰は降るが…

 途中に巨大な駐車場ローソンがあって、なんだか逆に寄る辺ない感じがした。知らない土地に見慣れたものひとつだけあるとかえって寂しい。たしか入ってみたけど、中のことはあまり覚えていない…ってことは、まあ普通だったんだろう。水を買ったような気がする。

 国民宿舎なんてカッコいい名前建物の横を抜ける。ネコがたくさんいて、日差しを避けて木陰に集まっているのがいかものどかだった。

 足湯近郊は遊歩道になっているようだった。ザ・火山性って感じの黒くてゴツゴツした岩場、なんとなく見慣れない感じの植生、灰まみれの道。特に何があるというわけでもないが、目に入るものすべてがなんとなく普段目にするものと違う感じで楽しかった。

 歩いてる人はあまり多くなくて、足湯までに数組とすれ違っただけだった。人の少ない遊歩道は最高

 暑かった足湯には入った。火山らしさのある(?)濁った湯で、悪くなかった。対岸が見える鹿児島とはいえ海が見えるのもよかった。タオルを持ってなかったんでどうしようかと思ったが、サンダル履きだしよく晴れた夏の日の昼だったからすぐ乾いた。

 遊歩道を抜けようと思ってたんだけど、足湯を過ぎてちょっと歩いたところで通行止めになってたから泣く泣く帰った。

 遊歩道入り口あたりに戻る頃には昼時で、何か食おうと思って見回したり地図を見たりしながら帰ったんだけど、どうも気軽に入れそうな飯屋が見つからなかった。

 しかたないし本土に戻ってから食おうかなと思ってフェリー乗り場に戻ったところでいい感じのカフェーを見つけて、そこで「桜島マグマバーガー」なるものを食った。辛めの味付けの鶏肉がメインのバーガーで、まあまあうまかったが異常に熱くて口をやけどした覚えがある。外国人向けに英語で「噴火ににビビるな!」みたいな内容の張り紙がしてあって、食いながら興味深く読んだ覚えがある。

 それからフェリー本土に戻って、結局水族館にも寄って帰った。水族館もなかなか楽しかったが、子供の頃のほうが楽しめた気がした。

 桜島、最高!なんせ安い。ほとんど何もやってないのに妙に楽しめた。あんまり人がいない。非日常感がある。行きやすい。100点!

2020-05-06

補助輪の功罪

3才の娘に自転車教えたんだけど、補助輪を一切使わず自転車を教えることに成功した。

事前にストライダーを1年ほど仕込み、それから小さめの自転車を買って、肩を支えながらちょっと傾斜がある遊歩道バランスペダルの両立を仕込んだら、10分ぐらいで乗れるようになった。

補助輪つき自転車に乗せていた友人の息子さんは、小学生になってようやく補助輪なしで乗れるようになったらしい。

やはり補助輪は害悪なのだろうと思う。あれがあるせいで、「曲がるほうにハンドルを切る」というふうに学習してしまい、その学習呪縛を解くのに時間がかかる。実際には「バランスを崩しても転ばないようにハンドルを切った結果曲がる」のが物理的な現象ハンドル→曲がるじゃなくて、倒れる(曲がりはじめる)→ハンドル→倒れずに曲がる、の順番。

何かを「学ぶ」という時に、間違ったモデル化のもとに間違ったやり方を身に付けてしまうと、結局学習にとって遠まわりになってしまうということでもある。「みはじ」とかもそうだけど、本質にまっすぐ行くのが最短だよなということを親として学ばせてもらった。

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