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はてなキーワード: 推しとは

2018-10-18

推しアイドル教えてくれ

通に受けそうなやつ

オタクさん「アメコミPTAに屈したからつまらなくなった!」→コミック市場は順調に推移

ドラマ映画多様性に媚びてる!」→ネットフリックスが全世界制覇

ゲーマーズゲートでゲーム業界は終わった!」→やっぱり欧米の独擅場

表現の自由が無い国は娯楽がつまらん!」→韓国インド映画が破竹の勢い

 

はいよいよ総本山アニメか(というか子供向けに限ってはディズニーがとっくに制覇してるが)

個人的には今度公開されるスパイダーマン推したい

名状しがたい感情!(韻を踏むな)

腐女子解釈一致に快感を覚える生き物。


解釈一致してこんなに苛ついたの初めて!私にこんな感情があることを教えてくれてどうもありがとう死ね

たぶんよくあること。人間は嫌いだけど作品は好き。

それでもこんなとこにこんな文を書かなきゃなんないほど苛ついてムカついて押し寄せる感情が追い付かない!

以下、経緯。


昔、あるジャンルアカウントを作った。垢分けね。

そこで神文字書きと仲良くなった!正確には仲良くなりかけた。

そこな君、クソDMは好き?私は嫌い。

多分神文字書きは10000%善意だったけど私に届いたときにはもうそれ悪意だったから。

文字書き、神なのにクソDMを寄こしやがった!私はそれを読んだ瞬間アカウントを消した。垢消しね。

内容としては、私が書いた文章に対する感想だった。私には要らぬ添削に見えた。

ああそうですよ。私が勝手善意DMを悪意のDMと受け取っただけですけど?

それでもムカついたもんはムカついたんだよ!だって私、書きたいとこしか書かない主義だし。

クソDMの内容はもういいよ。問題は今だよ今!


いまどうしてる?解釈一致の文章読んで苛ついてる。

上記の神文字書き、もちろんTwitterではブロックしてた。

でもやっぱ神文字書きだからさぁ、いろんな人がそいつ文章を絶賛するわけ。

だって昔はそのうちの一人だったかわからんでもない。でもそいつ人格破綻者やぞ。

ん?神だから神格破綻者?

ブロックしてから久しくそつの文読んでなかったからさぁ、はて今はどんなもんよと覗きに行った。

う~~わ長っ!文章なっっっっが!!クソ~~全部読んでやる。

読んだ。読了拝読いたしました。

メッッッッッッッッチャ解釈ド一致!!なんでだよ!!!神格破綻者のくせに!!!


ここで私と神文字書きの推しカプについて説明するね。

神はどう思ってっかわかんねーけど、私はいつも「周囲の人間解釈が合わねえ!」って思ってる。

マジで同じジャンル同じ推しカプの奴と解釈が合ったことない。

解釈が合わないのは私のせいじゃない。周囲の奴らが頭おかしいだけ(世の中、自身のことをそう思ってる人間ばっかだよ)。

から神に会ったとき運命感じたもん。私と同じこと考えてる存在だ!希少だ!!

一生ついてく。そう思ったのに。

私たち、こんな出会いじゃなかったら…友達になれたのかな…。


私、性懲りもなくまた神のいるジャンルアカウント作っちゃったの。垢分けね。

だって原作がどうしようもなく最高で、それを二次創作昇華したくなっちゃったんだもん。

もちろんアカウントを作った時に神はブロックした。もう二度と話したくない。

でもたぶんまた文章見に行っちゃうなぁやだなぁクソなげぇのに面白いから続き読みたくなっちゃうし。

神、嫌いなのにどうしようもなく解釈が好き。

二人はセックスしないと思ってるのに腐女子の"性"で自然セックスの流れを作れるとこも好き。

原作では性生活描写なんて無いのに(少年誌からね)、推しが週2、3で抜いてると思ってるとこも解釈一致で好き。

考えてること全部好き。原作距離感保ったまま二次創作できる神が好き。

私も同じ解釈だよ、神だけじゃなくて私もいるよ、そう伝えたい。

しかし私はクソDMがこの地球上の何より嫌いだ。誰だって自分創作活動スタンス横槍突っ込んでくる奴なんか嫌いに決まってる。

から私は今日も神の文章を見ては自然ブクマボタンに指が伸びるのを理性で止めている(腐女子から「最高!」って思うのとブクマボタン押すのを条件付けてしまってる)。

神にピクシヴのアカウント割れてんだよな~だから無理。ブクマしたくても無理。

捨て垢なんかもっと嫌!神格破綻者のブクマ数増加に加担する気はない。

神のことは死ぬほど嫌いだ。でも私が死ぬのは解せないので神の方に死んでほしい。神は死んだ

でも神の生み出す文章は私にとって希少も希少、滅多に無い解釈一致文章だ。


腐女子解釈一致に快感を覚える生き物。今日葛藤しながら快感と闘っている。

2018-10-17

Twitter推しユーザーとの距離感が難しくなってしまった

 顔も本当の名前も知らない。でも、話していることや文字から伝わる人柄に無意識に惹かれることがある。

 本の作家記事記者のような存在に対して感じる気持ちを、私はあるTwitterユーザーに抱いている。

 まず、私自身のことを述べておく。

 主に二次元作品を好んでいるオタクだ。現場もちょくちょくあり、日々好きなコンテンツのことについて見たり聞いたりして人生を充実させてる、よくいるタイプの奴だ。

 ただ、周りに同じ趣味を持つ人がいない。周りの友人の好きなコンテンツが(次元的に)真逆であることが多く、普段好きなコンテンツについて話すことがあまりないので、Twitterは「自分と好きなものが同じ人の呟きが眺めるもの」として利用していた。

 そんな時に上記のような方、いわゆる「推しユーザー」に出会ってしまった。

 きっかけは、その方が描いたイラストだった。

 自分の好きなキャラを描かれている絵を見かけて「素敵な絵だな」と思い、推しキャラが同じならまた見れるかも、という位の気持ちフォローボタンを押した気がする。

 それからその人のツイートを見てみたら、どえらい面白い!!

 めちゃくちゃ面白かったのだ。

 自分にはない言語センス自然文体だけど伝えたいことがバリバリ伝わってくるツイート。絵がお上手な方はツイートも達者なのか!?と思ってしまうくらい面白かったのだ。今までフォローしていた方のツイートも好きだったのだが、その方のは何と言えば良いのか…なんかすごくツボにきたのだ。

 それから、その方のツイートが流れてくる度にちょっと嬉しい気持ちになった。

 さらにその方は、親しみやす雰囲気からか、よくTwitter上で他ユーザーさんと会話をしていた。その様子がタイムラインに流れてきたときも、楽しそうな雰囲気を感じて無関係自分暖かい気持ちになっていた。

 漫画みたいな例えをすると、憧れの人の様子を物陰から覗いて見ている気分だった。

 だが、Twitterであるもの流行し始めたことがきっかけで、私の気持ちが揺らいでしまった。

 質問箱やマシュマロといった、匿名メッセージサービスだ。

 なんと、それにメッセージを送ると設置者に匿名メッセージが届くのだ。

 友好的なその方は、是非にと、その箱を設置してくださった。普段話したりしない人からコメントも歓迎している旨もツイートしてくださった。

 最初、私はそのサービスを知って凄く嬉しかった。

 その方がメッセージに回答しているのを見たり、自分から質問やその方のイラストが好きだといったメッセージを送ったりするのが楽しかったし、その方との距離が少し近づいたような気持ちになった。

 今振り返ってみると、ここで少し「あれ?」と思った。

 匿名サービスあくまでもこちら側は匿名で送っている。だから、受け取り側からは、誰が送ってきたのかは基本的に分からない。

 でも、送り主からしたら「自分相手」が成り立っているような気分になってしまうのだ。実際の自分は、実態を持たない霧のようなものなのに。

 そりゃそうだ、だって自分が送った内容がどんなのかは知ってるから。だから自分メッセージとして認識している。

 何回かメッセージを送っていた当時の私は、いつからか眺めているだけで満足出来なくなってしまっていた。

 そして、思ってしまった。

「見ているだけじゃなくて、話をしてみたい」

 と。

 単に一人のユーザーとして関わってみたいだけならまだ良かったのかもしれないが、匿名サービスという段階を経てしまったせいで、勝手こちらは相手に対して親密な立場になっているのではないかという幻想を抱いてしまったのだ。相手からしたら、全然知らない人なのに。

 そのことに気づけていなかった私は、後悔をする出来事を起こしてしまった。

 先述の通り、私が好きなコンテンツ現場(イベント)が定期的に行われているジャンルだ。

 色んな媒体で盛り上がる系のコンテンツにハマったことがないので分からないのだが、ファン内でしばしば(どちらかというと主観的な)暗い話題がされていることもある。

 私は閉鎖的なオタクなので元のツイートが届くことは(運良く今までに)ないのだが、その方には届いてしまっているらしく、その話題について悲しんでいることがよくあった(そういう話に対して肯定的姿勢でないところも良い人だな…と思う)。

 それがたまたま続いてしまった際に、このようなツイートを見た。

「近頃悲しい話ばかりで寂しい。もっと楽しいことを言って欲しい」

 その時に、私は行動を起こしてしまった。本当なら、物陰から覗き見しているような私でなく、その方と親しい方がアプローチしてくださるのを待つべきだったのに。

 匿名サービスを使って、励ましとその方への感謝気持ち文字制限ぴったりになるくらいの分量で送ってしまったのだ。

 普段近くに話す知り合いがいないから、深い事情は分からない。

 でも、私はあなたイラストが好き。

 普段話しているツイートも好き。

 あなたイラストや呟きが私のエネルギーになることも沢山あった。

 こんな感じのことを送った。今思うと重すぎる。あまりに重すぎるラブレターだこれ。しかも我ながら、匿名なのめっちゃたちが悪い。

 これでスルーしてくれたらまだ良かったのだが、その方から返答が返ってきた。

 そこには、そのメッセージが嬉しかったということが書かれていており、まさかの返事に私は舞い上がってしまった。

 思わず追加で送ってしまった。そしてこれが、私の後悔である

「いつか現場でお会い出来たら、感謝気持ちを直接言わせてください」

 送った後に気がついた。

 これは、送ってはいけなかった。

 匿名であることで敷居が下がったから気軽に書いてしまったけれど、これはこのサービスを通して書くことではなかった。

 そんな私の気持ちとは逆に、その方は「こちらこそ是非」といった優しい言葉を返してくれた。誰かも分からない私に対して。

 それが、すごく申し訳なく感じてしまった。

 ここでの後悔は、匿名であるにも関わらずその方へ近づこうとしてしまたことだ。

 せめて、リプライをする勇気を持てていたら、こんな気持ちにならなかったと思う。

 でも、知らない人から急にリプライなんて来たら驚かせてしまうだろうし、やっぱり出来ないというのが心情だ。

 もし今後、本当に現場でお会いする機会があったら、私は「あの時のメッセージの者です」と言えるのだろうか。

 今の私は言えそうにない。

 きっと、話せても「Twitter見てます」くらいしか言えないのだろうな。

 せめて、「あなたイラストツイートが好きです」くらいは言えたら良いな。

 それか、あのメッセージのことだけは、忘れて欲しいと思ってしまっている。

 そんな私は、やっぱり見ているだけの方が良いのかもしれない。

 Twitter推しユーザーとの距離感が難しくなってしまった。

さよなら大好きだった人


今日は天気がよくて、お別れするのにぴったりだと思ったから。だから推しさよならしようと決めました。

わたし推し出会ったのは今から3年前のこと。ちっちゃな世界で息ができずにもがいていた私に、新しい世界をくれたのは推しでした。

推しのおかげで出来るようになったことはたくさんあります

例えば家から一歩踏み出して、外に出ること。

世界が嫌になって苦しくてそれでも死ぬのは嫌でどうしようもないくずみたいな生活をしていたわたしは、推しのおかげで外に出られるようになりました。

伊達眼鏡をせずに、帽子かぶらずに、そのままの顔で外を歩けるようになりました。

それに、今では電車だってバスだって、1人で乗れるようになりました。

例えば、旅行だって行けるようになりました。

推しわたし日本中、そして海外まで連れていってくれました。

習慣を乱されることが嫌いで、ずっと変わらないままが良くて、変化を恐れてしかいなかったわたしでも、色んなところに行けるようになりました。

推しがいたから、わたしはいろんなところに目を向けることができました。

わたしだけの、ちいさなちいさな世界から飛び出して、広い広い世界踏み込むことができました。

推しのおかげで、わたし人生は変わりました。

昔じゃ考えられないぐらい、人として生きられるようになりました。

ぜんぶぜんぶ、推しのおかげです。

じゃあなんで推しとお別れするのかって?

このままじゃ、また息ができなくなると思ったから。

推しが大好きで、推し笑顔が見たくて。そんなふうに暮らす毎日の中で、だんだん疲弊している自分に気付かされたのは事実です。

数ある現場をずっと通うこと。推しが好きだー!って気持ちよりも、周りからの声に負けることの方が多くなりました。

現場が近づくと胃が痛くなったり、頭が痛むことが増えてきたり。会場に入って、開演までの時間で手が悴んだり。挙げ句の果てに舞台中に血の気が引くことも数知れませんでした。

こんな風に、自分が苦しんでまで推しを追っかける理由ってなんだろう。

立ち止まった時にそう思ってしまいました。

出来ることならば、推しが広い舞台に立つところが見たかった。

もっと、いろんな人から愛される姿を見たかった。

もっともっと、高いところまで連れて行って欲しかった。

わたしはここで、遠くなる推し背中を眺めていようと思います

推しにもらったたくさんの思い出とともに、ここで死んでいこうと思います

さて 推しにとってわたしは、どんな存在だったのでしょうか。

全国津々浦々、どこに行ってもついてくる厄介なおたくだったのでしょうか。

わたしがいなくても世界は回るし、わたしがいなくても推しもっともっと上にいく。

ただ、ふと昔を思い出したときにこんなおたくいたなあって思い出してもらえたら わたしの3年間は無駄じゃなかったって思えるかな。

あなたを追いかけた3年間、すごくすごく幸せだったよ。

いままで、ありがとう

推しが書いた小説

読めない

推しはそんなこと考えない!って思っちゃう

考えてるんだよなあ……

2.5次元コンテンツ燃えさかっている話

引用抜粋お断りしますリンクタイトル貼付は可です

※ふわりと批判も書きましたが、新キャストに期待していますし新作公演も観に行く予定の人間が書いた記事です

燃えている燃えさかってるよねこれは燃えているよね燃えていますね。

2.5次元コンテンツ、つまりあんステあんさんぶるスターズ! オン・ステージ)」のことです。「あんステ」はアプリゲームあんさんぶるスターズ!」がメディアミックスして生まれ2.5次元舞台シリーズ総称。これまでに4作舞台公演があったほか、2018年9月に「あんステフェスティバル」として初のライブ公演がありました。

アプリゲーム略称は「あんスタ」、そのメディアミックス2.5次元舞台シリーズ略称が「あんステ」です。ちなみにキャラクターバーチャルモデルが踊り声優さんが声をつけたライブイベントは「スタライ」、声優さんが登壇してのライブイベントは「スタステ」です。

今回燃えているのは「あんステ」です。主に運営キャスト変更に関する部分への苦言が目立ちます

本題の前の基礎知識として、あんステ原作であるあんスタは夢ノ咲学院舞台としたアイドル育成ゲームであり、舞台に登場するのはアイドル達です。アイドルは数名でユニットを組み、主人公位置の「Trickstar」、学院王者fine」、次点に君臨する「紅月」などのユニットがあります

燃料その一として、9月あんステフェスをもって「fine」と「紅月」の初代キャスト卒業という発表がありました。あんステはそれまでに事務所都合や引退等、事情事情でのキャスト変更はあったものの、まだまだ演じ続けられるという意志のあるキャストを交代させるということはありませんでした。しかし、卒業という形を取るというのはそれがシリーズ方針になるのだろうということで、ひとまず納得がいきました。ただ卒業キャストの人たちの言葉の端々から運営から卒業の打診や説明について十分になされていないのではないかという印象を抱きました。

fineフェス前にキャス変があり、弓弦役が野嵜さんから渡邊さんに変わっています。彼は続投です

つづいて燃料その二として、あんステフェス公演後の応援上映会(東京京都で各複数回実施)のプログラムがあります。これは、大千秋楽映像での応援上映後、キャストトークがあるというプログラムでした。当初はその二本立てだった予定なのですが、ここにキャラクター扮装をした新キャストのお披露目の時間が追加されました。この辺りで運営の采配の悪さにいらいらしてきた人が多かったと思います卒業キャストトーク回もあるにもかかわらず、まだなじんでいないキャラクター扮装で客前に立たなければならないというのは、新キャストにとってもかなりのプレッシャーではなかったかと思います。実際観に行ったときはかなり皆さん緊張されていて差し出されたマイクにも気づかないくらいかちんこちんになっていましたし、客席も卒業公演の応援上映で大洪水になった顔と卒業キャストトークでめちゃくちゃつらくなった頭を抱えて、(そうか次はこの人たちか)と寂しさと不安を抱えて力なく舞台を見つめることしかできなかった人が多かったのではと察します。最高の状態キャラクターを演じてくださった卒業キャスト最後の最高のパフォーマンスを見た後で、どうしてキャラクター扮装の新キャストを見なくてはならないのか、ということに腹を立てた人もいたようです。

わたし東京の新キャスト披露初回と、京都の土曜昼の回に行きましたが、新キャストさんは緊張されながらもコメントされていて、悪い印象は抱きませんでした。どの方も緊張への対処コメントの仕方を考えられたと思いますし、内容が回毎で違っていたか、同じだったか、どんな様子で話したか、などは、緊張しているだろうけど、がんばってほしいなあと思うくらいで、批判対象として言及するまでもない程度に感じました。

個人的には新しい解釈キャラクターを見るのが楽しみな気持ちでいますし、卒業キャストの全員が原作キャラクター生き写しだったわけでもありません。卒業キャストそれぞれが自分の演じるキャラクターと向き合い、自分なりに最大限表現した結果が私たちに受け入れられているというだけの話です。だけの話といっても、そこが何より大切な部分であり、卒業キャストの素晴らしかった点であるのですが……。新キャストさんにはぜひ自分なりのキャラクター解釈を見つけていってほしいと思うのです。

さて、第三の燃料です。応援上映会がすべて終わり、翌日に新作のキャスト発表が行われました。新作の登場ユニットは「fine」、「紅月」、「Ra*bits」、「Valkyrie」の4ユニット総勢13名。fine、紅月からは弓弦(渡邊さん)が続投&6人代替わりで新キャスト(うち渡邊さん演じる弓弦はフェスからのキャス変)、Valkyrieは初登場のユニットなので2人が新キャスト、そしてRa*bitsは4人が続投(うち奥井さん演じる光はフェスからのキャス変)と思われていました。しかし、そこでもう1人キャス変がありました。Ra*bitsの創(櫻井さん)がそのとき初めてあんステ卒業と明かされたのです。正確にはあんステ運営ツイートだけでは新作のみの代役か、キャス変かが判断できませんでした。しかし同日投稿された櫻井さんのブログにて、あんステを実質卒業することが綴られていたのです。

あんステフェスという大きな舞台で、fineと紅月はユニット卒業という発表を受け、そうした脚本演出で演じ、新曲パフォーマンスをすることができました。私たちは会場で、彼らがこの曲を歌うのはこれで最後なんだ、と思って聴くことができましたし、彼らも最後という立場で歌ってくれていると想像することができました。しかし、Ra*bitsの創に関してはそうではありませんでした。櫻井さん演じる彼が、この次もRa*bitsの1人として舞台に立ってくれると信じて、これからもっと楽しみだなと幸せRa*bitsの演技やパフォーマンスを見ていました。

他の多くの2.5次元舞台キャスト変更は、そうしたサイレントものが大半なのかもしれません。しかし今回の場合卒業という制度があり、その対象となる役者キャラクタークローズアップされた演目となっていました。それだけに、櫻井さん演じる創のサイレントキャスト変更に対して、ファンは不意を突かれたものと感じたのです。運営はなぜもっと早く発表して、ユニット単位での卒業演出は難しかったとしても、せめて彼のフェス出演をわたしたちに「これが最後なんだ」という特別な目で見させてくれなかったのか、と。

そんな中、ある新キャストの方のツイートが悪い意味で注目されてしまったのは、不運かつ、ご本人の良くない手だったなと思います

この話題の前提として、わたし応援上映会での彼のあいさつを聞いて、新キャストさんのなかでもえんぴつみたいに(※)緊張せずにゆったりあいさつしてくれる方がいてこちらもほっとするな、と感じていました。

※(緊張した自分たちが)えんぴつみたい、というのは新キャストさんの1人がツイッターで呟かれていた内容。かわいいです。好きです

会の後、レポなどを検索していて毎回同じ内容だったというのを知っても、あ、緊張していなかったわけではなくて、もしかしたら緊張ゆえにああして話すことを決めて板の上で口ごもることのないように「演じて」いたのかなとも思いました。個人的には、そんなに悪い印象ではなかったのです。

しかしながら、ツイッターでは悪い印象がそこそこ広まっていました。実際に行って聞かれた方が不満などを呟くのは自由だと思いますしかし、ただでさえここまで書いてきたような内容で敏感になっていたあんステファンはその不満を拡散させ、ご本人の耳に届くようになってしまいました。ご本人がここでそういう意見もあると受け止め、無言をつらぬいて公演で示すか、あるいはツイッターでひとこと、意見を受け止め稽古に励む旨コメントすればよかったのではなかったか、と今では思いますが、実際には後者を選んだようでいて、その文末で荒っぽい表現を使うことを彼は選びました。彼に対して悪い印象のなかったわたしでも、あの表現を目にしたときは、なんでこんなことを言われなくてはならないんだろう、とぞっとして傷つきました。それだけ多方面暴力的に伝わってしま表現であると考えます。本当に良くない手を使われたと感じました。

こうしたあたりが、燃えさかりの理由であったり、経緯であったり、心情であったりするかと思います燃えるのはわたしとしては理解できます。ただし、いまだにご本人に悪罵を投げつけているアカウントが多いのは、それはまた悪質であると感じます。傷ついたから、間違っているか相手を無闇に無制限に殴っていいというのは大きな間違いです。それに彼の発言に訂正や謝罪を得たいならば、彼自身ではなく、事務所姿勢推し量る方が優先されると思います悪罵ではなくあくまで冷静に問い合わせることで、あのツイートファンやお客さんに向けたものとして適切であったか、ご本人や事務所に考えていただけたらいいなと思います

この頃炎上をよく目にしますが、叩けると思った相手に群がる匿名アカウント疲弊させられることは本当に恐ろしいなと思います。少し話がずれますが、正直あんスタ公式スカウト予告やイベント予告にぶらさがるツイートもかなり程度が低いですよね。恐怖です。

散漫な文章になってしまいましたが、わたしMoM、観に行きます仙台千秋楽良席をつかみに行きます。初回公演も絶対とってやります。演じるうちにみるみるうちに変容していくキャストさんが観たいからです。わたしフェス横浜初公演で初めて渡邊さんの弓弦くんの歌を聴いて、がんばれ! なんとか歌いきってくれ! と思ったド緊張転校生だったのですが、応援上映神戸千秋楽の彼の歌を聴いて、本当にすばらしく声が伸びるようになっていて感動したのです。そういうキャストさんが観たいのです。それにマリオネットは私の推しの友也(宮崎さん)が大活躍なはずです。絶対観に行きます

まだまだサイレントキャス変の恐れのある舞台に震えていますが、ひとまず自分の考えをまとめられて落ち着きました。なんとかMoM、いい公演に成ってくれたらいいなと思います(誤字ではありません。今は不安要素が多すぎるので)。日程・キャパが予定されていた刀ステからの流用という噂は本当なのでしょうか…… たしかにそれっぽいけど……

本当に散漫になってきましたが、新キャストさんたちが演じるキャラクタースカウトで出しているのを見るのが本当に好きです。にこにこしてしまます。でも課金はほどほどにして、無理せずキャラクターを好きになってもらえたら嬉しいなと思います。色々な解釈で演じられるキャラクターが好きです。新作、とても楽しみにしていますチケット無事とれますように……!

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20181016182924

これのブコメ見ててここの人達クラシック聞かないんだなーとかジャズも聴かずに音楽好きとはとか

精神性とか必然性とかがないととか(言いたい事わかるけどでも結局それも主観では)

そういう意図のことを書いてる人はほんといったいなんのマウンティングなんだ…

ブコメに書いてないからってそういうジャンルを聴いてないとは限らないし

推してるのがそれ以外のジャンル音楽からって元の増田アイドル楽曲について書いてるんだから

自然商業音楽界隈の話になるのは当然なのになんでこういう話になるとマウント合戦になるのか本当に不思議

別に誰が何をどういう聴き方をしてても構わないんじゃないのかって思うけどなあ

セブンコーヒーマシンについて

anond:20160822214301

この記事コメントで相変わらず佐藤可士和馬鹿にされている。おれも以前はセブンコーヒーマシンを多少なりとも馬鹿にしていた。

しかし、コンビニコーヒーについて少し調べてみたら考えが一変した。実はこれも計算づくだったのではないかと思えてきたのだ。

いま、なんだ信者戯言かよ、と馬鹿にした人がいたでしょう。でも、いったん待っていただきたい。

よくよく考えるとあんな出来そこないみたいなデザインと、セブンカフェの大規模な成功が結びつかないのだ。

まず、俺は勘違いしていた。あれだけ叩かれたのだからセブンカフェのコーヒーシェアは言うほど高くないのだろうと。

そして、コンビニで出来たてコーヒーを出せばそりゃ売れるだろう、デザインもクソも関係ないアイデア勝ちだなと。

しかし違った。セブンカフェのシェアは6割超の独り勝ち。圧倒的な人気で売れ続けているのである

そしてアイデア勝ちなんてとんでもない。日本コンビニは、1980年代からコーヒーマシンを導入しようとして、2013年まで30年間ずっと失敗し続けてきたのだ。

2000年代にも売り上げが伸びずに、セブンだけでなくファミマローソンあきらめた事例もあるようだ。セブンの試みも5回目の挑戦らしい。2013年セブンカフェのために開発に2年もかけていたようだ。

こうなってくると事情は変わる。

今やスタバドトールなどの売り上げを抜くほどコンビニコーヒーが浸透したという記事も見た。こんな成功を納めるきっかけになった事業が偶然のわけがないし、一番肝心なマシンデザイン適当仕事で済ませるわけがない。


佐藤可士和というデザイナー簡単に触れると、シンプルデザインを手がける事の多い人だ。

Tポイントカード今治タオルデザインがわかりやすいだろう。

そしてシンプルインターフェースコーヒーマシンでボロクソに叩かれた。

シンプルというのは、要素が限られるということだ。右や左、上と下という感覚はその中でも大きな基準になる。

佐藤可士和どころか全デザイナーにとって当たり前のことだが、左右とLRという表記が逆になっていたら使い難いことくらい、気づかないわけがない(素人だって気づく)。文化大革命時の中国で「赤信号が進め」になりかけたみたいな話だ。

コーヒーマシンのようなプロダクトデザインが出来上がるまでには、長いプロセスがありテスト使用だってある。

身近な家電製品が出来上がるまでを想像してもらえれば早いが、市場調査企画デザイン機械の調整など、様々な検証がされた末に製品化される。

当然、あのコーヒーマシンが使いにくい事は、プロセスの途中で関係者全員がわかっていたはずだ。

それなのに、絶対成功させなければいけない30年越し5度目の挑戦でああいデザインにしたのは、わざととしか思えない。

普通ならば失敗を何としてでも避けるため、左右のわかりにくさなど、いの一番に潰すミスだ。

佐藤可士和が無理に推し進めたにしても、絶対セブンの偉い人からストップがかかる。だって悲願のコーヒー販売のために開発に2年もかけてるんですよ。意図がなければリスクは取らないはずだ。

ではその意図はなんだったのかというと、「使いにくいことそのもの」ではないかと思うのだ。

ここからは、乏しい想像力による推測というかほぼ妄想しかないために一気に話が飛躍するが、堪えていただきたい。


日本人には、行列に並びたがる性質がある(らしい)。飲食店での紹介には「行列」は欠かせない文句だ。

あの使いにくいマシンはそうした「行列効果バンドワゴン効果)」と、「炎上商法」そして「学習した事はやってみたくなる」という効果を狙ったのではないかと思う。

客が店内に入ると、レジ近くの目新しい機械の前でモタモタしてる人がいる。客はセブンコーヒーを売り始めたというニュースを思い出す。店内にはコーヒーのいい香りが漂い、コーヒーマシンの前に並ぶ人も増える。

しかし実際使ってみると、非常にわかりにくくて混乱する。行列も増える。なんじゃこりゃ、誰が作ったんだこんなマシンテプラが貼られてたぜ、酷いデザインだなとネット上では炎上気味に話題になる。

しかし、たかが左右の使い分けくらいは一度使えば覚える。いやむしろ、覚えるというアクション自体ユーザー体験になるし、セブンに行くたびにその事を意識する。なんなら汚く貼られたテプラ記憶に残る役割を果たす。

コーヒーは習慣性のある飲み物だし、人間はわざわざ覚えた事は実践してみたくなる生き物だ。それに実際飲んでみると、低価格とは思えない程度には美味しい。

そうやってリピートしてみて、スムーズ操作出来る自分と、コーヒーの味に満足感を覚える・・・

と、こういう画が描かれていたのではないかと思うのだ。もちろん、セブンカフェの成功トップシェアという結果があるので、いくらでも後付けで正当化できる。

しか佐藤可士和マシンデザインだけではなく、セブンイレブンのブランディング自体担当し、セブンカフェの細かいアイテムデザインも担っている。

そしてこのアイテムの内、カップデザインこそ、あまり話題にならずに見落としがちだが、他のコンビニとの差別化の要因になった強力な武器と言われているのだ。

コーヒーホットで注がれても熱くなりすぎることがなく、手のひらの中でちょうどいい温かさを得られる。

環境にも配慮し、低コストながら保温性も実現。

滑り止めがついていて扱いやすいし、手触りも抜群に良い。

RのカップでLを押し間違えても、ぎりぎり収まるサイズにも設計されている。(内容量についての詐欺説は悪質な嘘なので注意)

間違って蓋をつけたままマシンに入れてしまっても、ちゃんコーヒーが注がれるように注意を払ったデザインが蓋には施されている。

他のコンビニと比べ、これだけこだわったデザインカップに施した人が、マシンについてはただの無頓着だったとはやはり考えにくい。(マシン自体カップを斜めに設置しないようにスペースが工夫されていたりするらしい)

上記解釈が正しいかは別として、消費者の行動を踏まえた何らかの戦略があったことは違いなく、だからこそ30年も失敗し続けてきたコンビニコーヒーの導入に大成功したのだ。

繰り返すが、あの「使い難いコーヒーマシンからコンビニコーヒーの躍進が始まったのだ。そして2015年には、コンビニコーヒー総務省消費者物価指数に加えられるまでの巨大市場に至ったのである

以前の俺は違うデザインマシンならセブンコーヒーももっと売れただろうにと上から目線で思っていたが、こうした事実を知ると間違っていたのは俺のほうだった気がしてくる。

佐藤可士和の全仕事が素晴らしいとは言わないし、セブンコーヒーマシン意図も正確なところはわからない。だが、馬鹿にするだけでは見えないこともある。

コンビニ業界の悲願の達成、日常の消費をここまで変えた商品という結果はやはりすごいことだし、その一部は佐藤可士和の手によるものだ。

過剰に意味見出しすぎかもしれないが、彼を馬鹿にしている人も、そのことはほんの少しだけでも覚えていてもらいたい。

俺も馬鹿にしてたんだけど、これを調べてころっと評価が変わってしまった。


個人的妄想の類の文章だが、もし似たような事を先に書いてる人がいたら悪しからず。

二次創作ができない

絵描きだけど二次創作ができない。

理由はいろいろある、軽く何個かあげると

自分の絵が自分の中の推し理想とかけ離れている

・他にも素敵な絵を描く人がいるので私が描かなくてもいいなと思ってしま

そもそもあんまり描きたいと思えない

っていう感じ。

絵描きはみんな絵で愛情表現するみたいな風潮があるので私も好きなら描かなきゃって思ってたけど描けない。し、描きたいと本当に思うことがない。

創作絵を普段ツイッターかにあげてるけどやっぱ創作描いてる人もハマったら推しを描いたりするじゃん、ああいう感じで私も描こうって思うんだけど何も思いつかないしやる気が湧いてこない。

でも妄想とか考察とかは好き。だし長文の考察とかべらべらだらだらツイートしてしまう。

ちなみに創作かわいいふわふわした女の子たちって感じで ハマってるのはカッコイ男の子たちがワイワイやってる感じの。

からなのかもしれない、自分の中では自分妄想したりする分には公式が全てで言動全てから読み取ってってするから余計に自分の絵が解釈違いってやつになってしまうんだと思う。

そんなに描けないなら描かなくてもいいじゃんって思うかもしれないけど駄目。

偏見かもしれないけどツイッターフォロワーの多い絵描きがそのキャラファントップみたいな感じになっているのがすごく嫌。絵を描いてる人の方が愛情があるみたいに感じてすごく嫌。

から描けないのが死ぬほど嫌。絵は描けるのにキャラクターを描いて愛情表現することが出来ないんだって思うと本当に悔しい。

ちょっと長い。

ただの備忘録

最近毎日が怖くて楽しい

Twitterフォロワーが増えてきて、作品が沢山見て貰えるようになったり、感想が貰えるようになったりしてきたのが大きいと思う。

今まで小さなコミュニティしか生きてなかったけど、それが大きいコミュニティになり、なんとなく楽しくなってきた。

匿名攻撃的なメッセージをもらうこともある。勿論ある。毎日ではないけれど、普通に貰う。

それでも作品に対し、「面白かった」とかい感想をもらえることが多い。

見てるかーーーー!!!

おい、同人始めたばっかの私、見てるかーー!!

絵も全然上手くならなくて、推しカプもどマイナーだった私!!!

今、割と書いてくれる人増えてるぞ。私以外もいるぞ。

誹謗中傷かに負けないで欲しい、同人書いてる人。

嬉しいコメント書いてる人もたくさんいるから。

時々小さい誹謗中傷もらっても、負けないでほしい。

ネットの片隅から応援してる。

私ごとき応援で何か悲しさがなくなるわけじゃないのとわかってて応援してる。

最後までひとりでどうしようもないからって筆を折らないで、誰かに相談してほしい。それが簡単じゃないのもわかるんだけどさ。

絶対に味方はいてくれるから

絶対に見て応援してくれてる人はいから、だから、そんなに頑張らなくてもいいけど、元気でなかったら肉とか食って欲しい。

ネットの片隅でひっそり応援してる。

とあるジャンルを辞めた

自分所謂インターネットお絵描きマンである

小さい頃から絵を描くのは好きだったが、上達しなくて1度辞めている

それから、成人して数年たち、とあるジャンル(ソシャゲ)にハマったことがキッカケでまた絵を描き始めた

やっぱり最初は下手だった

でも、好きな推しキャラを上手く描きたい!可愛く!カッコよく描きたい!

ただのその一心だけで描いてた

それから2年ほど…絵を再開した頃よりも今は大分上手くなったと思う

最初はただ自分の納得する絵が描けて、Twitterに載せたら満足してた

でも、だんだん周りから評価を貰えたり、フォロワーから好意的コメントを貰えるようになったら、評価を気にし始めてしまった

そして、その頃にはもうそジャンルの熱は冷め始めて、「ただただフォロワー評価を貰いたくて描いてる」と言う、状態に陥ってしまった

もともと、狭いジャンルだった

公式リアルイベントをやるのに参加して、フォロワーオフ会したりして楽しかった

絵を描いてたのは、二次創作も少なかったこともある

どうして、こうも承認欲求の塊に陥ってしまったんだろう

ただ、好きなキャラを好きなように描きたかっただけなのに

そう思うようになってからは、Twitterに載せる絵はフォロワーが知らないジャンルばかりになったし、フォロワーが知らないか評価を貰えなくても当たり前と思うようになった

もう、評価をもらう為に絵を描くのも疲れたし、フォロワーとの人間関係維持のためにソシャゲをやるのも疲れた

どうしたら、この気持ちもやもやを消化出来るのだろうか

anond:20181016151022

腐女子業界もそうだけど、しっかり熟成すれば「いか自分基準で美しく推し二次創作を描けたか」に価値を置くようになる。

そうでない消費比べをするのは本当のファンではなく、なんというか、思春期独特の自己承認はしか」が前提の症状です。

メンヘラルートになると思春期で終わらないので、もっと面白いものを他に見つけさせるようにもっと親が金を与えるしかないのが辛い。

推しが人気になったときの進む道

推していたグループが人気なった。おかげでライブチケットが取れないことが増えた。転売も一気に増えた。シリアル商法露骨にやり始めた

こんな時に取れる方法って

  1. 投資金額を増やし、どうやってでも行きたいイベントには全て行く
  2. 投資金額そのままで、行けたら行くくらいにする
  3. 運営ファン文句を言いつつ、応援を続ける
  4. 運営ファン文句を言って引退する
  5. 何も言わず自然消滅

くらいかな。自分は5だが、他の人はどうなんだろう?

anond:20181017005931

そこそこ稼いでいる人は金目当てじゃなくて、自分のことが全部できて負担にならない人を基準にして選んでくるから、そこがクリアできていればいいんじゃないかな。むしろ家事全般できて、冷蔵庫のありもの料理できるなら、そこを一番推していればすぐできると思う。

大手ジャンルオタクが出来ないから決別する

私はオタクだ。マンガゲームアニメが好きで、アイドル化粧品も好きで、大手ジャンルが怖いオタクだ。

オタクになってからというものの「最近流行ってる人気作品」のファンマナー炎上する光景を沢山見てきた。(運営炎上することも多いけどこの話では割愛)

最初のころ私は「どのジャンルにもマナーの悪いオタク一定数いて、人気作品は母数が多いからどうしても目立ってしまうのだろう」と思っていた。何故ならその時の私は大手ジャンルオタクで、それしか知らなかったから。そして特にマナー違反をしていないオタク存在も知っていたから。だからその手の炎上を見るのがその作品が好きなオタクの一人として辛かったし、ちょっと嫌気がさしていた。

そんな私が約4年前にハマった漫画がある。それは私の人生を変えた。今でも一番好きだし多分これから死ぬほど好きで、人生を捧げてもいいと思ってて、本気で生き甲斐だと思ってる漫画。そしてその漫画は今までと違って「大手ジャンル」では無かった。だけどめちゃくちゃ楽しかった。その漫画を好きでいることが楽しかったし、公式から供給大手に比べると確かに少ないけど、そこに不満を感じることもなかった。なにより「快適」だった。二次創作考察ツイートをしている人の作品Twitterの呟き、そういうことしてるわけじゃないけどその作品オタクしてる人の呟きを見るのも楽しかった。作品キャラクター原作者に対する愛を節々から感じることが出来た。そしてこのジャンルは私の知る限り「ファンマナー炎上」することが一度もなかった。マナーが悪い人が一人もいない、ことはないと思うけれど目に付くことは特に無かった。これまでに感じていた「オタクをする上で必ず付き纏う疲弊」を感じることがなかった。私はそれがあまりにも幸せだった。(漫画としてめちゃくちゃ面白いというのは大前提として)

(※誤解しないで欲しいんですが決して人気ジャンルに愛のあるオタクがいないとかそんなことは1ミリも言ってないです)

だけど転換期は突然に訪れる。その漫画はなんと2年前に休載になった。(この時点でなんの漫画か気付いたひともいるかもしれないけど敢えて名前は伏せます)

びっくりしたけど、私は少しだけ余裕が出来た。だから少し経ってからフォロワーがハマってるジャンルとか、よく見かける最近流行ってるっぽいジャンルを履修しようと思った。

名前は出さないがいくつかの大手ジャンルをこの2年履修した。ゲームもあればアニメもある。そしてそのジャンルは全部一度は炎上した。ただの偶然かもしれないけど、私の知るここ2年ほどの大手ジャンルは大体一度は炎上している説あるからまじで。なんでだろう、と思った。私は考えた。そして考えた上で結論を出した。

大手ジャンル流行ものに食いつく層がいるから」

あんまり認めたくなかったし悲しいけど私の中の結論はどうしてもこれだった。流行もの二次創作をしてチヤホヤされたい人が、畑を荒らしているのだ。そうしてそういう人が炎上してまともな人は離れ、暫くしたらそういう層は次のジャンルに移行してジャンル自体は廃れていく。そう思うとめちゃくちゃ怖いし悲しい。作品のものは大好きだからこそ。

(※勿論ですが流行ってるからという理由で気軽に手を出したら本当にそのジャンルを好きになる人も沢山いると思うし、そういう人のことは言ってないよ)

だけど原因はこれだけじゃない。もう一つ大きなものがあると思っている。それは「勘違いをしてしまうこと」だ。大手ジャンルは圧倒的に母数が多い。例えばグッズの売上、イベントの箱の広さ。公式Twitterフォロワー数やDL数。二次創作につくRTいいねブクマ数。どこを切り取っても数が違う。きっとそれ故に人は勘違いをしてしまうのではないだろうか。「このジャンル二次創作CPは許されている。認められている」と。

勘違いしてしま気持ちも、そして流行もの二次創作をしてちやほやされたい気持ちも正直わかる。実は私も文字書きの端くれだからだ。全然人気サークルとかじゃないけど、やっぱり母数が多いジャンルの方がいっぱいブクマされるし反応がくれば嬉しい。好きって言われたら嬉しいし、もっと言ってほしいとも思ってしまう。

自分を好きって言ってくれる人が好きそうな二次創作をして、褒められて自分も満たされる。

わかる。まじでめちゃめちゃわかる。これ断ち切るのほんと難しいよね…。

そして勘違いをしてしまうのも、ちょっと分かる。勘違いというよりもきっと感覚麻痺なんだと思う。オープン妄想を発信してる人がいて、そういう人をみてそんなにオープンな感じでいいの?やったー!って人もいるだろう。(とくに最近人口が爆発的に増えたコ〇ンなんかは、映画きっかけで久しぶりにオタクに戻ったらみんなめちゃくちゃオープン二次創作してて、それを時代の違いと納得してしまった人も多いと思うし)

こうやって少しずつ「マナーが悪い」ことが「普通」になっていく。

そして自由二次創作をできる環境を一度知ってしまうと辞めるのは難しい。

からファンマナー炎上した頃にはもう手遅れ。それが普通だと思ってしまって楽しさも知ってしまった人が考えを改めるのは厳しい。人数が多ければ多いほど。

それから原作知識のない人が二次創作してるケースもある。気持ちはわかる。流行ってると自分から検索しなくても勝手二次創作マンガ公式情報が流れてきたりするし、履修してないのに主要キャラの顔と名前がなんとなく一致する人は結構いると思うし。正直その気になれば原作未読でも二次創作読めばなにかしら書けるとは思う。だけどこれは大手ジャンルじゃないと出来ない。だって大手ジャンルじゃないと二次創作出来るほど勝手漫画TLに流れてきたりしないし。実際二次創作知識しかない人が二次創作しててそれが人気だったりもする。

だけどふと思う。そこに愛はあるのだろうか。

二次創作知識だけで描いてるけどいいよね、とか。〇〇くんがすき!それ以外はどうでもいい!とか。

そこに作品キャラクターに対するリスペクトはあるのだろうか。

私は原作リスペクトの無い人間二次創作が嫌いだ。そしてリスペクトを感じられる作品がめちゃめちゃ好きだ。

大手ジャンルはよく炎上する。

流行ものに飛びつく自己顕示欲に囚われすぎた人。

母数の多さに勘違いして周りが見えなくなっていく人。

原作へのリスペクトが欠けている人。

どれだけ自分自身がそういう人を避けていても、自分の好きなジャンル炎上しているという事実だけで疲弊してしまう。推しジャンル自体が悪く言われるのも物凄くツラい。少なくとも私はそうだった。

私は大手ジャンルオタクが出来ない。少なくともこの先、大手ジャンルにハマっても二次創作をしたり同人誌を買うことはないだろう。作品への愛はあるから迷っていたけれど、2年休載していた大好きな漫画の連載再開が発表されたことで決意できた。それに、私は疲れるためにオタクをしているわけじゃないから。

大手ジャンル否定するわけじゃない。これから原作は好きだ。追っていくだろう。ただ私に大手ジャンルオタクをすることが性に合わなかっただけ。

私は推しを通して幸せになりたいし、幸せだと思えるやり方でオタクします。

さようなら大手ジャンル

2018-10-16

ソシャゲ推しキャラがだいたいハズレア

wikiのページでこいついらねえだのお前じゃないだのと罵られ、一部勢にはネタキャラ扱いされる

分かるかこの苦痛

誰の神にもなれなかった話

最近、神が自ジャンル撤退した話をちらほらと見かけた。感想をもらえなかった神を止められない後悔のようなものが綴られていた。ファンとしては悲しかったんだと思うし、去る神の方も辛い思いをしたんだと思う。

そんな記事を読んでいて、きっとその世界に私はいないんだろうなと漠然と感じていた。

私は元々一次創作で話を書く人間だった。

時おり好きになった作品二次創作を書いて、同じ作品好きな人Twitterで繋がってフォロワーを増やすということが多かった。増やすといっても一桁単位の話で、私の作品ブックマークも一番にしてくれたのはフォロワーのことが多かった。自分が書いたものを喜んでくれたり、楽しみにしてると言ってもらえたり、投稿ツイートいいねがつくだけでも嬉しかった。

それから私は今のジャンルにハマった。ジャンル自体が始まったばかりで、pixiv小説タグには作品ひとつかふたつぐらいしかなかった。私はジャンルに勢いよく沼ってしまっていて、その勢いのままほぼ週に一回ペースで小説を上げた。pixiv以外の投稿サイトでも多いときには1日に3本、2000字未満の短い話を書くこともあった。数打てば当たるというもので、同じジャンル活動を始めた人たちの目にも止まってTwitterで動かし始めていたジャンル用の別垢にもフォロワーが増えた。主は絵を描く人たちで、その人たちが絵を投稿すれば三桁のブクマいいねはあった。

私はと言えば好き勝手に書きつつもよいときは二桁の反応をもらうことがあった。Twitterでも作品に関する反応をもらえて、嬉しかった。

けれどふとpixiv小説タグを見返した時、自分作品しかないことが唐突に怖くなった。自分タグ荒らしているんじゃないかと恐ろしくなって、自分作品の多くを非公開にした。その直後にジャンルアニメ化されたこともあったのだろうけど、小説タグ自分以外の作品が多く投稿された。その事を嬉しく思って、たくさん小説を読み漁った。

どの作品も魅力的で、文章も濃厚で、自分ではできない表現を易々としていた。

それと同時に自分作品のつまらなさを見せつけられたような気がした。実際、自分が非公開にしたあとに投稿された作品のほうがブクマ数を稼いでいた。ジャンルに人が多くないからと2桁つけばいいと思っていたブクマを、あとから投稿された作品は三桁もらっているのを見た。なんなら自分pixivに上げたあとの作品のほうが反応があることなんてざらだった。

けれど自ジャンルで話を書くことは好きだったし、私が書いた拙いものでも好きだと言ってくれるフォロワーはいた。フォロワーTwitterで出した小ネタを話にして、その人に喜んでもらうというのが多かった。

しかしそんなことばかり続けていると、私が考えたものはつまらないんだろうなという考えに陥ったし、自分で話を考える力が失われてしまった。自分で考えた話はどれも似たような内容になっていて、読み直して頭を抱えた。

ジャンルではじめてオンリーが行われた時、私は人生ではじめて同人誌を作ってはじめてサークル参加をした。はじめてのオンリーということもあって開始直後にどのスペースも完売していて、少部数で持っていった私の本も全部売り切れた。すごく嬉しいと思ったし、そのあと感想をいただくこともあった。

しかし、再びあったオンリーでは新刊も既刊も、半分も売れなかった。具体的な数字を出せば、30部持っていってのその結果だ。

評価されないことも本が売れないことも、結果としては自分の実力不足問題だ。結局私の書くものは内容もワンパターンで、文体個性がないつまらないもの腐向けを書くにしても事を為してる描写が下手くそで、自カプの話は大体オチもつけず終わらせている。

そんなのをこじらせて、最終的にはジャンルのせいだと思い込むようになっていた。この頃はジャンル公式イベントに対する不信感やイベント現場でもオタク問題行動が目についていて、余計にジャンルに対して批判的な視線を向けてしまっていた。ジャンルを知らない友人やフォロワー運営への不満とオタク愚痴を語るのが日課になり、腐向けに作った垢も不満と愚痴自分文章への嫌悪に溢れていた。

本当は私は私が書いたものが好きだった。文章は単純でも展開がワンパターンでも致してるシーンがつまらなくても、自分が書いてて楽しいものを書けて幸せだった。でも私は誰かの神にもなれなかったし、他人の目を気にしすぎて、自分自身の神にもなれなかった。

私はジャンルが大好きだった。売り込み方は下手だったけれど、関係者の熱意は間違いなくあった。ストーリーキャラクターも魅力的で、今まで好きにならないタイプキャラ推しになった。はじめて現場に行くきっかけになったこコンテンツが好きだった。

今はせめて自分自身の神に戻るために、私は自分の好きだったものちゃんと向き合おうと思う。

私が好きな私の文章を、私が好きであれるように。

私が好きだと思ったものを、好きだと思い続けられるように。

anond:20181016110125

元増田サツマイモ派に加え、ジャガイモ派やサトイモ派などが確認されているが

俺はここでナガイモ豚汁に入れることを推したい

他の芋類に比べると軽めの食感が好きなのだ

日本経済ってひそかに危険状態になってるんじゃないか

ネットで見る、評論家やら識者はそろいもそろって消費税増税反対。

でも政府推し進めようとしている。

これは政府関係者けが知ってる秘密データがあって、それを見たら「絶対やばい。早急に増税しなければ日本死ぬ!」みたいな状態がわかるとか。

anond:20181016154933

別にストーリークリアするだけなら課金なんか1円もいらんやろ

イベント高速周回したい!とか推しの星5がどうしても欲しいとか欲張りだすとキリないだけで

オタクっていつも泥沼で足の引っ張り合いしてるよね

唐突だけどオタクってやばくない?

オタクって、特定人物やら乗り物やらサブカルコンテンツやらに持てる時間と金注ぎ込んで、無駄知識蓄えて無駄遠征して、本当にキモい人種だよね。

……いや、「無駄」ってのは間違いだったわ。

オタクにとっては「その他人から見れば無駄もの」がかけがえのない財産になるんだもんな。

人の財産ケチはつけられないな。

でもそんなことはどうでもいいんだよ。

今言いたいことはタイトル通り。

オタクっていつも泥沼で足の引っ張り合いしてるよね。

冒頭でディスりまくってはいるが、当の私もそのやばいキモいオタクだ。

ライブに行くためチケット代の5倍以上する遠征費は出すし、チケットを入手するために同じCD馬鹿みたいに積むし(それが外れても1週間ぐらい経ったら忘れる)、クソほど生活の役に立たないキャラグッズを衣食の費用を削ってまで購入する。

金銭感覚狂っててキモいし、聞いてもいないオタク知識ぶら下げて会話に参戦するからキモい。浮いてる。キモい

あ、タイトルとは関係ないので、ここでは私が誰を推しいるか、何のオタクをしているかは伏せる。

今回、何故こんな各方面喧嘩売ってそうなタイトルにしたのかというと、オタクとして生きていれば必ずと言っていいほど「他のオタクとぶつかることになる」からだ。

インターネッツ普及で情報化社会と言われるようになった昨今の日本では、今や誰もが当たり前にスマートフォンを持ち、LINETwitter等のSNSアカウントを最低1つは隠し持っていて、不特定多数人間同士で顔の見えないコミュニケーション日常的に行なっている。

……なんて、カッコつけて難しい言葉を使おうとして滑っているのは承知なので言いたいことをまとめると、現代じゃみんながスマホ持ってるし大体の人がネットやるよね、ってことだ。

で、何でオタクが足の引っ張り合い〜っていうのは、オタクそれぞれが不特定多数の顔も知らない相手にイキり倒して優位に立とうとするから

しかも泥沼。

比べられるもんじゃないのに、○○のオタクは〜、とか××のオタクは〜、とかわざわざクソデカ主語オタクを分類し区別をつけたがり、更に○○のオタクの方が優れている、とか××はゴミ、とか好き勝手偏見を暴れさせていると感じる。

え?

そのジャンルとこのジャンル、優劣つけられる要素無くない?

シナリオ書いてる人も、絵描いてる人も、コンテンツとしての強みも違うのに?

歌い方やビジュアル系統も違うのに?

そんなの個々の好みの問題じゃん。

あとオタク民度って何?

○○民っていうほどお前ら自治生活してる集団なの?

みたいな疑問がよく頭に浮かぶ

知らんがな。

オタクキモいのに更に醜く争っててもっとキモいよ。

本当に泥沼。

終わりのない戦争

○○くんは歌が上手いから〜、とか言いながら、その○○くんを推してる自分に酔ってるオタクが○○くんの実力努力権威として自身戦闘力高いと錯覚してるだけだから

△△ちゃんには仕事無いし私の推しの××ちゃんのほうが上だから!って言いつつ自分推し戦闘力の高さで驕るオタクキモすぎるから

お前の力じゃないから。

お前が一生懸命推しジャンルに金かけてきたか推しジャンルが成長したのかも知れないけど、その実力はお前のステータスではないからな。

オタクキモいな。

あ、何もステゴロで勝負しろって言ってるわけじゃないよ。

今までダラダラ書いたようにオタクキモいんだよ。

からキモい同士泥沼に浸かってる中で他人叩いてるのバカでしょってこと。

結局、オタクによるオタク叩きによって、外部から見てオタクは更にキモくなるんだよ。

どっちもどうせオタクキモいのに、どっちが優れてるとか無いから。

これは、同じ○○オタクとして優れている、とか造詣が深い、とかいう争いの話じゃない。

○○オタクと××オタクは何故争うのか。

自分推しを誇りに思うのは勝手だが、推しの実力や知名度自分戦闘力だと過信しているバカは考えを改めてくれ。

オタクが泥沼でビチャビチャ汚ねえ争いしてる間に、周りはその推しファンも全部キモくて近寄らんとこってなるよ。

あと私だけが○○を愛していればいいの!とかいキモいオタクは○○に愛される努力もしてみなって思う。

気になる人として認知されるかどうかじゃなくて、自分に自ジャンルファンちゃんといるんだって○○に認知されるよう努力しなよ。

どうしても恋愛したいとか言い出したらそれはオタクじゃなくてストーカーから別の話ね。

長々書いたけど、本当にオタクの争い不毛すぎる。

出来ればやめたほうがいい。

やめないと意外と行動力のあるキモいオタクから名誉毀損で訴えられちゃうかも知れないし。

わざわざキモいことしなくていいよ、オタクしてる時点で十分キモいんだからオタクできることに感謝して自分推しだけ見てようよ。

まとまらないまま無駄に語っちゃったよ。

キモい文章書いてごめんね。

キモいオタクから大目に見てよ。

暇だったら誰か分かりやすくまとめてくれると嬉しい。

もう終わり。

anond:20181016134851

でも正直、ドラゴンボールとかワンピースとかその辺を推してくる奴って

オタクの風上にも置けない浅~~い奴でどっちかというと粗野なヤンキー寄り、体育会系同調圧力マンブラック元凶みたいな印象ない?

他人の目が気になるから

私は絵を描くことをとても楽しいことだと思っており、幼い頃からずっと暇な時は絵を描いたりしていた

でも、SNSを始めた上で絵を描いているとたまに誰かから評価を気にしながら絵を描いてしまうことがある。

今は気分じゃないけどそろそろ新しい絵を載せないとフォロワー減るかも…とか、あの人はあんなに上手く推しをかける(自分推しと同じキャラ)し評価も貰ってて凄いなあ。神絵師羨ましいなあ…。

私は下手だから描いても誰かに喜ばれることもないし評価をもらうに値しないよなあ、描く必要あるのかな…と思ってしまう。

卑屈になりすぎと言われるかもしれないが、頑張った時誰かに褒められたいと思うことは人間から仕方の無いことだと思っている。そういう性格が直せない。許して欲しい。

でも、描くこと自体は全力で楽しんでるはずなんだ。

から、お試しで新しいジャンルにハマった時に1度アカウントを分けてみた。

タグなんかもせずにフォロワーだって0の完全壁打ち状態のまま、やることは本垢とほぼ変わらずツイートしたり絵を載せたり。

フォロワーが0でフォローアニメゲーム公式アカウントのみの世界

そこには評価なんてもの最初からなかった。

正直凄くやりやすい。絵を描くことを楽しいと思って、載せた後に誰かからの反応くるかな…スルーされたら、やっぱその程度だよね私は…とか、やめることが出来ない勝手に落ち込んだり勝手比較してモチベがなくなったり勝手嫉妬したり、そういうシステムが、自分以外が存在していない世界なので作動することがなくあー楽しく描けた!という気持ちだけで終われる。

これはいい発見をしたなと思った。

でも、やっぱり同じもの好きな人を見つけて好きなものを一緒に共有出来る仲間が誰一人もいないのは少しだけ寂しいとも思った。

それでも、自分のどうしようもない性格自覚しているから、これからも1人の世界も楽しんでいこうと思ってます

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