はてなキーワード: 作動とは
昔の感想ですが、 H23.10.23、25に、警察署を爆破するという書き込みを2ちゃんねるにしたときに、 警察ではなく消防署の総務課が、このかたちをしているときは!
といって、消防長が何かを作動させた後に、 バクサイの特定のスレッドに待機している者がそこからがこんと出てきた感じだったが、なんで、警察署を爆破する、に対して警察署ではなく
消防署の総務課の男と、消防長が反応したのか理解できない。あれの結果として、春日部署が広域に捜査網を敷いていたような気がするが、記憶では警察ではなく消防署が
動いていたように思う。実際にときわ台メリーガーデンの右の方の4階に住んでいる、おぺちのアイコンみたいなジジイの顔が夢の中に出て来るし、あのジジイは警察ではなく消防長のような
感じがするので、あの書き込みのときに、119と110番通報で、間違って消防署が動いたのではないかと思う。寝ている間に変な夢を見るのも、運営本部があってバクサイか5ちゃんねる
か、Twitterに居る奴が夢の中に出て来るようなテクノロジーがあるのだと思うが、女子供や一般人にはその存在や機能を知らせていないし、一定のかたちをしているときは、一方的かつ無差別に
やっているからな。相手方が事情を知ってようが知らなかろうがおかまいなし。自分に不都合な事案だと思ったら運営本部が機械をつけて、対象者が知りえないところから待機している奴が出て来る
仕掛けになっている。
最近流行のカスハラというのは要するにカスハラですがあれはどうやってるかというと非番の警察官とかその家族とか同じマンションに住んでいる高齢者の消防長が人工知能のスイッチを
つけて、バクサイSNSのいずれかのスレッドの中に予め格納されている若い者が人工知能のプログラムと一体化して動画として再生するようになっている。その際の決まり文句が、このかたちを
しているときは!となるわけだが、より重要な条件は、職場で働いている女性のマンコにグチョンと突っ込んだかどうか、その次に、全体的に光る、最終的に消防長の顔が夢に出てきて、
消防長がAIのスイッチを作動させると、バクサイSNSのいずれかのスレッドの中に格納されている若者が自作自演のように飛び出てきて動画全体を構成する。
さて、上の文章を読んだ場合に、これは非常に犯罪的なやり方なので、このやり方を認識した場合に、もはや今時、刺される、はないだろう。 誰がやっているかというと、要するに、
でもまぁ、動作IQが低かろうが、フィジカルワークや古典的な事務作業(今はペーパーレスだから存在してるか知らんが)しなきゃいいだけでしょ
ネットだとその勘違いが支配的だけど、作動記憶って「予定を覚えておく」みたいな記憶力の指標ではないよ。
情報処理をするときに頭の中に一度に溜めておける情報の多さを測っているもの。
複雑な思考をする際には沢山の事柄やその関係性を頭に入れて考える必要があるわけで、それがどのくらいできるかって話。
ちなみに「ADHDは作動記憶が弱い」というのもネットでは揺るぎない事実みたいに語られてるけど、それは過去の説でいまは必ずしもそうではないという考えになってるらしいよ。
すまん、読み間違えた。高いと書いてあるのに下記を低いと読んだ
でもまぁ、動作IQが低かろうが、フィジカルワークや古典的な事務作業(今はペーパーレスだから存在してるか知らんが)しなきゃいいだけでしょ
フェルマーの最終定理は存在しないことの定理だから存在すると仮定して背理を導出する背理法の強力なものを編み出すことによって初等的に解ける可能性が高い。しかし、我が国の
理学部数学科ではそのようなアプローチを試みた論文は存在しない。これについて、行政の地区担当員から、そんなテクニックは存在しない、という囁きがあるだけで、東京都内の数学者、
地方の数学者からも、初等的な解法なるものは1つも聞かれない。Wikipediaには、無限降下法という不完全なもので極めて不完全に終わったという10年一日のような記載があるだけで、
具体的な論文はどこにもない。それどころか、10年前から、 FLT、FLT、と連呼されて、バクサイのSNSでも、到達不可能な定理とだけ言われるだけで何の具体性もなく、自分で考えた形跡
どころか、 n=4の場合の完全な証明は、実は赤チャートの一番最後に掲載されているが、それも理解できないといったような状況であるから、何が面白いのか理解できない。無限降下法は、
不完全なものであって不完全なものでは数学上技術にならないことはもちろんであるが、いずれにせよ、具体的に研究した形跡はどこにもないのであるから、完全な噓である。バカは到達不可能な
ものを設定し、多くの技術によって到達できると喜ぶが、現在ではもはや状況が変容し、そのような技能は必要がないと解される。数学の技術はいわば光っているものとか概念でもよいが、
数学の多くの偉大な定理は出版されたときに驚愕されると書いているだけなので、しかし、文化的な構成物で技術的に光っているものはどこにあるかといっても、最も分かりやすいのは、
バクサイSNSにいる者が何らかの人工知能を用いていることは明らかである。仮に行政が完全なものによる技術を開発し、人工知能から電波をヒトの大脳に送信しヒトの大腸を操作して排便を
促す装置を発明し作動させたとしても、事理の当然に、その人工知能がある場所にヤクザが拳銃を撃ちこんで終わりになるだけである。特定の個人がその人工知能の中にいるから自分が人工知能
の中で活躍できない結果として、刺されたり燃やされたりするのではなく、そもそも、その人工知能があることによって、自然状態として生活ができないことから、人工知能の装置自体を破壊した
方がいいように思われる。しかし、金が清掃工場に運ばれて燃やされたことが一度流行し、ただの紙屑になったという事実と、平成25年から今更になって金が全てと言っているのは甚だしく矛盾
している。
6項目中5項目で厳しい条件での検査、とか言ってるけど
例えば衝突試験で台車重量(1100kg→1800kg)を増やして試験したのは一見すると厳しい条件に見えるけど
エアバッグなんかは衝突エネルギーが大きいほど発火しやすいので1100kgの方が厳しい条件になる
もちろん他の要素だと1800kgの方が厳しくはなるけど要素によってはそうと限らないから「1800kgの方が厳しい」とは言えない
それに対して自動車乗ってるだけの素人が外野からヤジを飛ばすのはもっとNG
そもそも、エアバッグをタイマー点火しておいて「試験の基準より厳しい衝突条件を作り出す」とか言ってるのは外野からしても意味不明
トヨタは相当エアバッグに自信がないんじゃない?ホントに作動するのかね
その点、スバルは2023年の自動車アセスメントで最高評価のファイブスター大賞を受賞してるし
みんな黙ってスバル買えば良いんだよ
金持ちの家に住んでいるババアを殺しても、別のババアがAIを作動させるだけで同じことの繰り返しになるから、国立科学技術研究所本部にある人工知能およびその人工知能を作動させ
無線で一般人の形態を強制している機械をぶち壊すのが一番効果があるが、
あの、戸田市の、86歳の鈴木常雄さえも、郵便局のババアと警察官と、マンションに撃ち込んでハチの巣にしただけらしいのでダメだろう。 俺がトカレフを手に入れたら、中枢になっている
AIを、それで撃ち抜きに行く。
86歳の鈴木常雄の場合は常識で考えると、AIによって何かがあったというしかないが、 岸田文雄は、令和2年9月16日に、安倍が持病で辞任したときから実は総理大臣を
していたが気づけれていないし、24歳の木村隆二が人工知能で寝ている間に銃撃されて令和5年4月15日に、岸田を襲撃するまで、岸田が首相になっていたことを誰も知らなかった。
少し今、前野町1丁目43-6付近を調べたが、メゾンときわ台202号室にアメリカ人が自動自転車でどこかに行っていた。その出て来方はいかにもうれしそうであったが、
この自転車は、このアメリカ人ではなく、令和5年10月頃に、別の老人が乗っていたため、なぜその老人からアメリカ人に変更されているのか理解できない。
ときわ台メリーガーデンの14階の女も、2月6日に安倍洋子死去後に、うれしそうに出てきたが、その時の顔と非常に似ていた。前野町交番はパトロール中だが、奥の部屋に
何が座っている。午前4時まで、ときわ台メリーガーデンと通信のある埼玉県戸田市川岸周辺で一発あったにもかかわらず、その2時間30分後の、ときわ台メリーガーデン付近が
この状況というのはいかにもおかしいような気がする。現在、公園に、いかつい顔の男がベンチに座っている。スーパーのライフは、入り口が半開きで閑散とした様子。いかつい顔の男が
通行している。本日は平日15日で学校もあるため、運営の方がこれから本気を出すのではないかと予見される割には何の動きもない。午前4時から4時44分までの間、荒川河川敷
堤防は警察運営のリモコンで昭和風情にしてあったが、代わりにババアが目を光らせていて、こっちはババアだから出来ねえんだよ、という全国協同組合の老齢版郁子が堤防に立ち何かを
訴えていたが、堤防の風景は昭和にしてあった。自演協同組合の仕事は酷過ぎる。4時44分、自宅着、様々な装置が動いている感じがあるが、それを認識していてこの付近に住んでいる者
はなぜ抵抗しないのかが客観的な状況から理解できない。少なくとも、荒川堤防では、警察の強制による郁子が堤防に立っていてババアだから出来ないと主張していた。帰りしなに、書記官の
よこたもぐらが、死にました、という電波を送信し、午前0時から午前4時までのものを削除するために、午前5時以降に全力で別の装置を作動させている。川岸の対岸には、巡査部長の
ざちゃんも立ち会っていた。直接言えばいいのに、要するに、生命に危険であるから止めろ、と言っているものと解されるが、そうであるとすれば、別の代替策をなにも用意していないのだから、
何をしてほしいのか理解できない。診断書には自閉症スペクトラムとか不眠症ということで健康管理の小島が記録をしているので、次に何をしているかは容易に想像できる。
ボイジャー1号の問題が1つのチップに起因することを突き止めたNASAのチームは、コマンドを送ってコンピューターシステムの再起動を試み、根本原因を探ろうとした。
3月1日にコマンドを送ったところ、同月3日になって、飛行データシステムの一部に、解読不能なデータとは違う挙動があることを発見。この信号は、飛行データシステムが正常に機能しているかどうかを判断するために使っていたそれまでの形式ではなかったものの、NASAのディープスペースネットワークで解読することに成功した。
この内容を調べた結果、問題の原因が判明。飛行データシステムのメモリの3%が破損していたことが分かった。システムのメモリの一部を保存していたチップが、同コンピューターのソフトウェアコードの一部も含めて正常に作動していなかった。チップの不具合の原因は不明だが、劣化した可能性や、宇宙空間からのエネルギー粒子が衝突した可能性が考えられるという。
科学データと工学データの解読ができなくなったのは、このチップに保存されていたコードの損失が原因だった。
このチップを修理する手段がなかったことから、同チームはこのチップに保存されていたコードを同システムのメモリの別の場所に移すことにした。全てのコードを保存できる区画は見つけることができなかったが、コードをセクションに分割して、それぞれ飛行データシステムの別々の場所に保存することに成功した。
計画を進行させるためには、こうしたコードのセクションが引き続き全体として機能することなどを確認する調整作業が必要だったとNASAは説明する。飛行データシステムのメモリの別の部分で問題のコードの場所を参照している箇所も更新する必要があった。
ボイジャー1号の工学データのパッケージ化に必要なコードを見極めた技術者は、同システムのメモリの新しい場所を指し示すコードを4月18日に送信。この信号がボイジャー1号に届くまでに約22.5時間、地球に反応が戻ってくるまでにさらに22.5時間を要した。
20日、ボイジャー1号から届いた反応は、コードの修正が成功し、再び解読可能なデータを受信できる状態になったことを表していた。
その瞬間、NASAのジェット推進研究所は拍手と歓声に包まれた。
今後も同システムのソフトウェアの問題が起きた部分を別の場所に移す作業を継続し、数週間後には科学データを受信できる見通し。
「ボイジャーにこれから何が起きるかは分からない。それでも飛行を続けて私たちを驚かせ続けている」「数多くの異常が発生して次第に困難になっている。それでもこれまでのところ、幸運にも復旧できた。ミッションは続く。若いエンジニアがボイジャーチームに加わってその知識を生かし、ミッションを継続させている」。ボイジャーのプロジェクトマネジャー、スザンヌ・ドッド氏はそうコメントしている。
このニュースに関して
『京急運転士、保安装置に細工 「非常ブレーキかからないように」』
https://digital.asahi.com/articles/ASS4N4H4NS4NULOB00KM.html
『地元民だが、京急のブレーキ細工のニュースなんかおかしくない? 』
https://anond.hatelabo.jp/20240421174815
この細工をしたという保安装置はデッドマンと呼ばれる装置で、普段乗車中の急ブレーキとはちょっと違う。
デッドマンというのは、鉄道みたいに操作をしなくても勝手に進んでしまうような機械、特に無操作時間が長い機械に付ける装置で、その名の通り、操作者が死んだ場合に止める為のものだ。
んで、このデッドマン装置、運転者が死んだり居眠りしてない事を検出するための仕組みに二通りがある。
ブザーが鳴って1~2秒以内に確認ボタンを押さないと非常ブレーキがかかる。採用してるのは国鉄、JRなど。
放してしまうと非常ブレーキが掛かる。気絶したり居眠りしても足や指は掛かったままだが、指や足の力が抜ける。その時にはね戻されるくらいの力のバネを仕込んでおく。その為に結構身体的に負担が大きい(デスクワーク中に15kg程の重いペダルをずっと踏んでいないとパソコンがシャットダウンされると考えてみてくれ)。
身体の負担が大きいので細工してズルする者が後を絶たない。海外ではズルした状態で居眠りして大事故に至った例も。
今回の京急の場合は、操作レバーの裏に自転車のブレーキレバーみたいなのがある。これを駅に止まってる時以外ずっと握っていなければならない。
これをヘアゴムで縛って手を楽にしたというのが今回の事例。実際に運転士が気絶や居眠りした時にはブレーキが掛からないので危険というか、事故に至る可能性が高い。
静電容量を計測してブレーキに触っている事を検出する、というのが人には優しい設計だ。だが気絶や居眠りでも手は離れないので事故を防ぐ力が弱い。
身体負荷が高すぎてズルが横行すると意味がないし、そのせいで事故になる事もあり、例えばカナダの事故では重いペダル式を止めて定期的ブザー式にした方が良いとの事故調査結果が出ている(ヒントン列車衝突事故 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E5%88%97%E8%BB%8A%E8%A1%9D%E7%AA%81%E4%BA%8B%E6%95%85)
次に元増田が訴えている京急でガックンブレーキが多い理由だが、2019年の神奈川新町での踏切事故が原因だ。あの脱線して火まで出た大事故だ。
事故の主原因はトラックの立往生だが、業務上責任というのは相手方の責任が大きいから当方の責任が相殺されるってもんじゃない。で、この事故では京急と運転士にも責任があった。
踏切の手前には踏切がちゃんと作動している事を示す信号と、異常があった場合にそれを知らせる信号というのが設置されている。この設置場所は次の通りに決まっている。
路線ごとに最高速というのが決まっていて国交省に届け出されている。また場所ごとに制限速度がある。
この速度で走っていて、異常信号が発光しているのを見てブレーキを掛けたら止まれる距離に信号を付けることとなっている。
つまり、踏切の異常信号を見て非常ブレーキ掛けたら絶対に止まれるワケ。
でもこの異常信号機は歩行者の踏切突破でも作動する。踏切に赤外線のフォトトランジスタ装置があって、踏切作動中に何かが横切ると例の信号が発光するってわけ。
踏切突破する不届き歩行者は結構いるから、発光しても様子見て歩行者がそのまま渡り切ったら警笛だけ鳴らしてそのまま通過というのが常態化していた。
で、あの日も同様に異常信号が発光したのに直ぐに非常ブレーキを掛けなかった。どうやら様子を見たのでは。
でも信号がなかなか消えないので4秒遅れでブレーキを掛けた。現場手前はカーブになっていてカーブを恐らく100km/h近くで通過したら踏切を全部塞ぐトラックが見えた。もうこの時点では衝突は避けられず、まともにぶつかって脱線、電車の下敷きのトラックが炎上する大事故になった。
そこで国交省の手入れが入り、社内規定と慣行を見直して異常信号を確認したら例外なく非常ブレーキを掛けろ、と厳命されたはずだ。
だから急いでいて降りている踏切を突破する不届き物が居た場合、非常ブレーキで停車という過剰にも思える反応になった。
というわけで、デッドマン装置のズルと元増田が毎日食らってる急ブレーキは関係が無いし、あの大事故が引き金で踏切突破などで非常ブレーキが必須となった為なので我慢するしか無いのではないか?
せめてもっと緩いブレーキにしろ、と言いたいかも知れないが、「踏切異常信号視認でも通常ブレーキを使うのが慣例化していた」というのも指摘されてるので無理な話なのだ。
京急運転士、保安装置に細工 「非常ブレーキかからないように」
https://digital.asahi.com/articles/ASS4N4H4NS4NULOB00KM.html
【神奈川】京急電鉄(横浜市西区)は19日、運転士(48)が列車を運転中、急病などでハンドルから手が離れた際に非常ブレーキがかかる保安装置に細工をし、作動しないようにしていたと発表した。
同社の聞き取りに運転士は「運転中に眠気をもよおし手が離れて非常ブレーキがかからないようにしたかった。1年ほど前から繰り返していた」と話しているという。koren
同社によると、運転士は今月5日午後、両手で握るT字形のハンドルにヘアゴムを巻き付け、保安装置が作動しないようにして運転していた。乗務経験17年で、体調不良や病気などはないという
これのブコメが興味深かった。
hatebu_admin
深掘りが足りない。切っ掛けは非常ブレーキが掛かったことで乗客からクレームが来て、会社から非常ブレーキ使うなとか何か言われたとかじゃねーの。普通はそんな発想に至らないぞ
2024/04/21
なるほどなっていう推理。
毎朝毎晩同じところで急ブレーキ掛かる。
(先頭車両の奴運転席の壁蹴ってくれぐらい俺は思っちゃうけどね!
俺が先頭車両居たら?まあ蹴りまではしないけどブレーキの勢いで壁にダーンてぶつかってやる)
アナウンスも毎度同じ。
その踏切で何が起きてるんだよ?
線路内に住んでる異常者でもいるか、異常を知らせる信号が壊れてるか、どっちかだろ?
どういう体制なの?
てか俺個人の通勤で朝も晩も急ブレーキ食らうって話(晩は時間が毎日違う)だから、
たぶんほとんど全部の電車で同じ場所で急ブレーキ踏んでるぜ???
京急社内で「あそこなんなんですか」「あの踏切おかしくないっすか?」「対応してくださいよ」って話にならんのか???
最近は朝晩必ずって頻度ではなくなったが
こないだの金曜の夜もやっぱり同じとこで急ブレーキ食らったよ。
急ブレーキなんて日常茶飯事過ぎて京急は既にそんな問題じゃないんだよな。
細工して急ブレーキ掛からないようにしてたって言うのは本当に「居眠り対策用急ブレーキ機構」だったのかね?
たとえばいつまでも対応されず放置されてる踏切異常信号と連動した急ブレーキ機構とか……。
金曜にもいつもの踏切前で急ブレーキ食らったってことは、問題自体は続いてる。
なのに朝晩必ずだった一時期よりは頻度が減ってる。
それからの一年間、俺はそれを溜飲に入れたままで手をつけず、でも腸は煮えたぎっていた。アンドロイドが自分の上司になったのは十八ヵ月ほど前だから、他が同じことをしても安全なのはほとんど間違いないはずだけど、俺が自分の上司のことをSNSで罵倒していたのが重役にバレたらどうなるかは、想像する気にもなれなかった。
俺は翌週の午後まで待った。その時間、重役は会議に没頭する。俺は自分の部屋のドアを閉めて、カーテンを引いた。ドアには鍵がなかったから、アカウントに偽装してアイコンを隅まで塗り潰したものの、モニターをじっと見つめたままでいるうちに画面が暗くなってしまった。VRの中で、元上司のことを考えた。元上司は俺も持っているのと同じ業務が原因で職を失ったが、目の見えなかった期間が長すぎたのでESC(Employment Support Center)の力では光を取り戻すには至らなかった。元上司が見せた将来への信頼が揺らぎはじめる。元上司の業務内容と俺の業務とは同じ系だが、取り掛かり方は個々人それぞれだ。俺は職を失うハメになりたくない――それに、俺がもたらそうとしている変化は、社長のところへ行ってアンドロイドの設定をもとに戻せば取り消せるものだとはいっても、それは重役に気づかれずにできることではなかった。
ゴーグルを揺すってふたたび明るくし、アプリの起動画面を表示した。この幻想的なアイコンのような鮮明で新緑の葉が木に宿っているのを、俺は見たことがない。けれど旧世代的な家庭環境を持つ友人たちが、寓話とも呼べる”新緑の葉”を見つけることは自分たちにも全然できないと確証してくれたことがあり、その言葉を疑う理由はなかった。俺の職場環境は、人間の三種類の性格類型論の典型的な反応と同じように分類することで、人の力量を最大限発揮できるよう最善を尽くす。だが、単なる分類しかしていないわけではなく、ほかの選択をすることもできる――その選択した場合、俺は職場の中に新しいハードウェアを入れることなく、社会心理学的なこれまで以上の就労を得ることが出来るのだ。
その仕組みはこうだ。俺の人工学習データじゅうに散らばっている量子シナプスには数百万個のスペアが含まれていて、機能中のセクターのどれかが故障したときに代わりができるように待機している。そのスペアは、前もって特定の言語や思想に割り当てられてはいない。なぜなら、たとえば代替の需要が右翼的や左翼的に偏った場合に、左翼派に割り当てられたスペアが、うまい棒のチーズみたいな人気味によって場所ふさぎに終わることがないようにするためだ。そして選択後に俺の思想を真似る手段は、形式分子や言語フィルターではなく、量子井戸全体に一連の電圧を設定するというものなので、スペアが表現できるのは民主主義・共産主義のような二元論に限定されない。社長が送ってきたアンドロイドは、各員に指示して俺たちの持つスペアのすべてを覚醒させ、さらに、覚醒したスペアをもともとの思想の領域のあいだとその両側、計四つの新しい帯域に同調させることができた。
俺はマウスホイールを指先でなでながら、結論を出そうとしていた。アンドロイドの上司が俺を他の社員と同じにしている。アンドロイド上司のおかげで俺は人々の中に紛れ込んでいる。それ以上のものを望む理由は? 統計学的な運命まかせにされていても、俺はあと二十年、完全に職を失うことはなかっただろが、友人は実行できるもっとも早い時期に代替手段を選択し、俺はこの環境に適応する機会を最大限にあたえられた。
だが、それは十八ヵ月前のことだ。俺の頭にまだ新しい環境を意義あるものに出来る柔軟性がある今、この試みがなかったら、自分がなにを逃したかは死ぬまで分からないままだろう。
決断を引きのばさせていたマウスから指をいったん離して、そのあとすぐ画面のボタンをクリックする。
会社はアンドロイドの優位性と実務証明を必要としたが、どちらもアンドロイドの取扱説明書にはっきりと記載されていた。メーカーの保証書は既に期限切れだが、なにも無効にはなっていなくて、HPの長たらしい前書きが謳うところによれば、このアンドロイドは定期検査をする技術従事者からその作動を完全に隠すことができる。休止状態に戻しても修正不能な誤りが生じないかぎりは、企業がアンドロイドの思想ブールに干渉したことは一生発覚しない可能性もあった。
次の局面では優位な反応を示していた。標準の思考(はい・いいえ)の曲線はすでにかなりの部分が重なりあっていたが、青の曲線はそこからほぼ完全に離れたところにあった。デフォルトで選択されているのは、青と赤のあいだにふたつの新しい曲線を押しこんでから、さらに折衷案の端にひとつ、否定案の端にひとつの曲線を付け加える方法だ。 ”逆方式”のデフォルトもひと組用意されていて、それは新しい思考のさまざまな組みあわせからどのようなかたちで情報を引きだすかを指定するものだった――あらゆる人間の頭の中で赤と青の反応の違いが計算され、脳へ送られるのとまったく同じようだ。
そうした構造をなにかしら編集する――そのプロセスに企業独自のひねりを加える――ことを考えると、緊張で手が汗ばんだ。理想的な思想範囲がどんなものか、俺自身の個人的な考えを作り上げようとしても、どこから手をつければいいのかさえわからない。それは同時に、俺がデフォルト設定を許可するとしても、それが悪意に基づいた選択ではないことの証明だともいえるだろう。けれど、表示されているいくつかの曲線の整然とした見た目には、心落ち着かせるものがあった。密着して並ぶ曲線の小さな山の各々は、隣の山から約八十ナノメートル離れた波長で頂点に達していて、行政上の認可領域を均等かつ効率的にカバーしている。そのどこかにもおかしな感じはなかったし、生物学的深層レベルの複雑な正当化なしには納得できないところもなかった。なにも変更は必要ない。
俺は『続行する』を押して、次のページに進んだ。
警告
あなたのアンドロイドの思考セクターを起動・再同調させると、アンドロイドの脳の思考経路に永久的な変化を生じさせる可能性があります。このアプリは思考をオリジナルの状態に戻すことができますが、あなたのアンドロイドの挙動に関しては、われわれはそのような保証をいっさいいたしません。
この警告に俺はまったく動じなかった。アンドロイドが受けとったり受けとらなかったりする情報によって改変されるというのは、俺にとって目新しい話ではなく、取扱説明書にでかでかと書いてあることだった。アンドロイドの登場は日本を救うのにはちょうど間に合ったが、俺を救ってくれたほどの効果があるものではまだなかった。さまざまな規模の企業や自治体たちもアンドロイドを導入している。考えれば考えるほど確かだと思えてくるのは、俺がこのチャンスをふいにしている間に、同僚や俺の友人たちが俺のはるか先を全力疾走して谷の反対側に姿を消してしまうのがいちばん恐ろしい、ということだった。
警告文はプログレスバーに取って変わった。アプリとアンドロイドの共同作業の進行状況を、バーの上の文章が警告するのを俺はまじまじと見ていた。スペア・センターの工程作成、センサーの内部テスト、再同調、再テスト。
プログレスバーが八十五パーセントのところで一時停止し、アプリが俺に、AIは制御されているか、適切な業務は可能か、と尋ねた。思考はクリアで、業務環境は整備済みだった。俺は社内からアカウントを追い出し、スマホをひらいて自分のアカウントを部屋に導き入れてから、社長にもらったアクセスキーをテーブルに置き、それからアンドロイドに投じる思弁ベースが連続した帯になるまで前後に調整した。
アプリに指示されるまま、俺はゆっくりと帯を動かして、スペクトルの左から右へ、赤の端から順に少しずつ青を動かしていった。スピーカーからナノメートルの数字がカウントされるのは、アプリが量子ブールにおこなった微調整をあらゆる波で検証しているためだ。それはとても劇的で俺に高揚感をもたらした。
アプリが終了を告げる。
「完了」
スマホを見ると、プログレスバーは百パーセントに達していた。画像がズームアップして、環状の帯がふたたび表示された。それが広がり点になるとアプリは終了し、俺をスマホのホーム画面をじっと眺めた。
扉を全面に閉じて、部屋を空白で満たす。なにひとつ前と違って見えるものはなかった。周りを知覚するのに何かの変化が生じるまでには数日から数週間かかることもある、と注意を読んでいた。しかし、苛立ちは安堵に相殺された。俺が今ほかに何をしたにしろ、少なくともアンドロイドに害を与えても職は失ってはいなかった。
次の数日間、俺は職場を実験場にして、同僚の意見に対して独自の判断をしたようなアンドロイドの言論に悩まないことを学習した――いうまでもなく、人権無視や、パワハラや、答えようのない曖昧な質問につながるような、それよりはっきりした反応を見せないことも。明らかに動揺する新入社員や、競合他社びいきの上司を見て、ニヤニヤ笑いをこらえるのが無理そうになったときには、自分だってどこを取っても同じくらい馬鹿みたいに見えていることを思いだすようにした。そのためには鏡は必要なかった。ちらっとシャツの汗の染みに視線を下げれば、それはまるで洪水の水が引くときに残していった灰色の沈泥のように見えて、こみあげる恥ずかしさがきっちりと唇から笑みは拭い去った。