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2019-05-22

anond:20190522122051

その通り。

シリコンバレー機械学習エンジニアとして桁外れの年収を得るにはコンピュータサイエンス博士必要だし、

勉強にあてた時間が「何十倍もの年収となって帰ってくる」の好例だろう。

音楽美術文学社会学などを一生懸命勉強するのは、ほとんどの場合年収となって帰ってこない。

学部で学んだ内容と無関係仕事をする人間のなんと多いことか。

2019-05-18

オタク向けアニメってどうして社会人主人公が少ないの

たとえば、こういうことを言うと作品名を次々に挙げていってそれで満足してくる連中が沢山いる。

それに対して「それで、それがそのクールにやっていたアニメ何本の中の1本で、それ以外に類似作品がいくつあったの?」って言われても何も答えられない。

調べようとしないとか思い出そうとすらしないとかですらもなくて、「全体のうちの何割だったか」という部分で反論しないことには「少ない」という疑問に対してなんの回答にもなってないことすら思いついてないのだ。

これ・・・ものすっごいレベルの低いことだと思うんですけど、インターネットってそういう人たちばかりなんですよ。

恐ろしいと思いませんか?

こんなことすら言われないとわからない(言われてもわからない)人たちが、「僕たちはネットで真実を知っているかパンピーよりも賢いで」などと抜かしながら、訳知り顔で「賢い俺様が知恵を授けてやる」とばかりに、見当違いなことを偉そうに言い続けているんです。

狂ってますよ。

こんな事も分かっていない人だらけというのは、日本義務教育が低レベルであるからです。

音楽道徳美術といったなにかを教えているようで実は何も教える気が誰にもない授業を削ってしまって、その分を論理的議論時間に当てるべきですね。

論理的議論ですよ。

感情的議論ではなくて、感情的議論なんてのは日本語が喋れれば教わらなくてもできます

その違いを果たして義務教育で教えているのでしょうか?

権力により押し付け、印象論による詐称バンドワゴン効果積極的活用、そういった事柄から離れた議論のやり方を学ぶ機会が、学校生活の中に存在していたと言える人がどれだけいるのでしょう。

この国は、教育義務果たしていません。

教育を受けさせらるのが国民義務ならば、それが可能状態にするのが国家の責務です。

ではもう一度聞いてみますか。

オタク向けアニメってどうして社会人主人公が少ないの

2019-05-17

芸人で生き抜く難しさ

フースーヤ全然見なくなったなあ、そう思った。

新しい波24」って誰が出てたんだっけ、とも思って検索してみた。

カミナリ竹内まなぶ石田たくみ

霜降り明星粗品せいや

ハナコ菊田竜大秋山寛貴岡部大

ゆりやんレトリィバァ

四千頭身都築拓紀後藤拓実石橋遼大

このあたりは順調にテレビで見る。

ロングコートダディ(堂前透・兎)

さや香新山士彦石井誠一

ここは関西圏だと、割と見かける。

大自然白井・里)

え?のぶひろとロジャー改名してる?そうなの?

バッドナイスバッドナイス常田・内田英輔

解散してた。ツッコミ内田のほうが引退だって

一月に水曜日のダウンタウン母親ネタで出演してた一週間後くらいに解散だって

嵐の解散報道と同じ日だったか話題にならなかったのか。

はなしょー杵渕はな山田しょうこ

吉住

バビロン太田圭介・ノリ・千葉恵)

ここらへんは関東圏では出てそう。

吉住は個人的おもしろいと思ってる。

アメリカンコミックス飯島翔平・鈴木祐介)

こゝろ荒木誠也・山出谷怜門)

さすらいラビー宇野慎太郎中田和伸)

フースーヤ田中ショータイム谷口

ブラゴーリ(塚田鈴木大介)

フレンチぶる(加瀬部駿介・大西翔)

ブリキカラス黒田和基・小林メロディ

ペコリーノ植木おでんクロコダイル ミユ)

マイペース田口秋光・相馬拓斗)

マジメニマフィン知念アマン・ちばけん)

電氣ブラン田井宏明・藤村泰平)

絶対アイシテルズ(らぶおじさん・楠見大輔)

アックスボンバー中村元気矢野レノン

ハリード(八木健太八木和也

やんちゃキャラ」がこころだっけか。

その他「坊っちゃんネタ」やってたコンビとか、

まったく受け入れられなくて全カットコンビかい記憶しか残ってない。

こんなに出ていたのね。

関西ローカル関東番組とでは毛色がまったく違うんだろうな。

今、関西でよく見るのはバツウケテイナー筆頭にこのあたり。

アキナ山名秋山

和牛水田川西

アインシュタイン稲田河合

藤崎マーケット(田崎・トキ

千原ジュニアの「座王」は関西メンバーに時々関東芸人も出演してる。

笑い飯西田が【鬼】と呼ばれるほどの強さを示してる。化けた。

ロングコートダディの堂前がんばってる。

ytv漫才新人賞出場コンビこちら。

からし蓮根たくろうネイビーズアフロセルライトスパ紅しょうが、こうてい

たくろうおもしろいね

セルライトスパ大須賀R-1決勝までいってる。

こうていのズイィーヤのギャグをやるほうが顎の手術してたのとか知らなかったわ。

プリマ旦那が、令和なんたらかんたらに改名したり、

学天即美術教師ぽいほうがいろいろ改名したりもどしたり。

漫才新人賞出演者一覧を見てたら、いろいろ思い出す。

2015年以降。

吉田たちマルセイユアイロンヘッド祇園タナからイケダ

コマンダンテヘンダーソン見取り図ニッポンの社長マユリカ

見取り図祇園はよく見かける。

関西でもあんまりネタ番組やってないから、舞台に行けばみんな頑張ってるんだろうなあ。

スマイル蛙亭ツートライブとかもいるな。

アキナの【吉本超合金A】に出てて東京進出したおいでやす小田

Wの決勝戦にも出演してた紅しょうがが先日夕方ニュース番組バラエティ?にロケ芸人に出てて、

いい感じに無毒化されてて、そういう役割で出演できるのも道よなあ、って思った。

古くは【10カラット】【ゲンセキ】で見かけた芸人検索してみたら解散したり引退してたり。

2005年ですって。14年前ですよ。

ハリセンボンとかプラスマイナス上木総合研究所U字工事イワイガワマチココンマニセンチ

オリエンタルラジオトップリードアームストロングが出てたなあ。

ジャルジャルも出てたんだっけか。

爆笑オンエアバトル】はあんまり見てなかった。

爆笑BOOING】見てた。

あと、あれあれ。

芸人たちがVTRを撮ってきて作って発表しておもしろかった上位五組とかだけ放映されるやつ。

すんげーベストテン?そんなタイトルだっけ?

検索したら懐かしいコンビ名ぼろぼろおった。

ビリジアンとか小籔が生き残ってるんな。

高僧野々村とか美濃長岡とかな!

水玉れっぷう隊ケン吉本坂46に選出されてるよな。すごいな。

火花】じゃないけど、おもしろくても生き残れない人生とか考えたら恐ろしいな。

ハライチ岩井じゃないけどバラエティ風で生き残っていくという選択肢すら選ばされないまま

スタート地点にすら立てないのは大変だ。

そうか。バットナイス内田引退かー。

2019-05-14

クソみたいな劣等感の話

感情が暴れすぎててどうしたらいいかわからんしでも人に聞いてもらいたい思いもなくはないからここを活用します。長いしオチもなければ読みづらいと思う。

自分は絵を描くタイプオタク所謂絵描き二次創作者の部類なんだけど、数年前からずっと変わらず大好きな神絵師がいる。

その神絵師の描く絵は本当にすごくて…ものすごく感情に訴えかけてくるような絵を描く。そんでめちゃくちゃ技術的な地力も持ってるんだろうなあという絵を描く。

技術センスピカイチて感じの。

その神絵師出会った時はもう本当に…なんて的確な解釈で心に刺さる表現してくるんだ!てめちゃめちゃ歓喜した。

その日から今もずっとファン

ツイッターをすぐフォローしに行ったらなんとフォローが返ってきてその日は死ぬんじゃないかと思った。

絵師投稿してくれてる絵は全部見たし、繰り返し見まくった。毎日でも見た。

そのせいで自分でも絵を描くとき絵師の絵が頭に浮かんじゃうから、正直その神絵師自分作風絶対影響されてると思う。見る人が見たらわかっちゃう

そう最初はこの神絵師を追いつつ神絵師みたいな神絵描けるようになりたいなあて思いと自ジャンルへの熱で私はかなりの枚数の絵を描いてて、でもだんだん自分の絵の技術が向上してくるのと同時にうっすらと「どうして自分の絵は(神絵師と比べて)評価されないんだろう」て思うようになってしまった。

まあ神絵師うまいから評価されて当たり前だよね。て理解してたから平気だったんだけど、自分は確実に上手くなってるのにどうして思うような反応がもらえないんだろうとか思ってしまって。

その間も神絵師は神な絵を投稿してくる。その度にしんいくら感情を揺さぶられて、今揺さぶられてる感情は、神絵師の絵に感動してるからなのか、それとも自分と比べてしまった劣等感からなのか分からなくなってしまって。

絵師のことが完全に憎くなってしまう前に距離置こうと思って、その日から絵師ツイッターミュートした。

そしたら凄く精神健康が戻ってきて…めちゃくちゃ心が落ち着いてた。楽しく二次創作できてた。それと同時に逆に自分がすごく嫌な人間になった気がしたけど神絵師のこと嫌いにならないで済むしこれが一番いいんだと思った。

絵師ミュートしてから結構経ったある日、神絵師ジャンル移動してた。かなりの衝撃だった。

経緯は自分の絵のRT先を見に行ったらRT先のTLで神絵師の絵がRTされてたから。(しか自分の絵より数倍反応貰ってた)

あんな素晴らしい解釈で素晴らしい絵を描く人だからずっと同じジャンルにいてくれるんだと思ってたけどそら神絵師人間だもんね。お熱になっちゃったら仕方ないよね。

移動先でも相変わらずすごい絵を描いてた。神絵師ジャンル移動する前も4桁フォロワーだったのだけど、移動後間もないのに新ジャンルでもすぐに4桁フォロワーになっててそういうところでも実力の差とか見せつけられて辛い気持ちになった。流行ジャンルとかあるかもしれないけどこれは完全に実力なのも十分あるんだろうなって思った。

(自分で言うものなんだけど今自分も4桁フォロワーいる)

自分もやっと最近投稿した絵が毎回そこそこ反応貰えるようになって、少し自信がついてきてた頃だったからもうベッシャベシャに自尊心が折られた。マジでちょっと体調悪くなった。

これ書いててどうして自分が最終的に神絵師劣等感ばかり抱いてしまうようになったんだろうと考えたけど…

絵師は圧倒的な実力があるんだけど筆触がかなり強く残る絵を描くから、筆の運び方とかにどういう工程で描けばこれが描けるとかいうのが何となくわかる絵を描いてる。自分はなまじ美術学問を少し齧ってる人間なせいもあってそれが分かってしまって、画力を付ければこの神絵師のような絵が描ける!と思い込んでしまった。だから絵師に近づくために必死画力向上したけど自分が1つ上に行く間に神絵師は5つも10も上に行くような感じだった。

画力がそこそこ付いても神絵師のようなセンスに富んだ解釈の絵が描けなければ皆には評価されないていうのも痛感した。

それが辛くて自分の実力不足を神絵師のせいにしたかったのかもしれない。

あと神絵師ジャンル移動する前は神絵師相互フォロー関係だったから、自分は神絵師に認められるくらい実力があるって自惚れてたのかもしれない。(せっかく相互フォローしてたのに自衛のためにミュートしててごめんな神絵師…)

こんな自分にも感想とかくれる人が有り難いことに今はいてくれてて、そういう人たちに目を向けた方がいいのはわかってるのに自分はいつまでも神絵師劣等感持ってて。

今日もまたRT先でたっくさん評価されてる神絵師の絵に遭遇してしまって辛くなってしまった。

自分死ぬまでこの劣等感と付き合わなければいけないのか。でも神絵師のことブロックはしたくないし。この感情どうしたらいいんだろう無理すぎつら

2019-05-11

anond:20190510230425

学術論文の話じゃないけど最近でも「昔の論文資料集確認されていたが所在が分からなくなっていた歴史資料美術品が発見された」なんてのがよくニュースになるよね

2019-05-10

anond:20190509232819

お付き合いありがとう

おっしゃるとおり、かなり演出制限があるのだろうなとは感じます

興行に決定権のある向きが、役者に対する所作指導ががっつり入ってる風で殺陣脚本もそれなりに押さえておいて、舞台装置美術にだけは無頓着なのがまた不思議で。

なるほど抽象的な方が、というのは目から鱗でした。

2019-05-09

anond:20190509224611

本当に。あんなに売れてるのもあるのにねえ。

でもわからないけど、演出家の一存で美術装置大金をかけられるわけではないんだろう。演出家がなんでも好きにやれるのなら、きっとここまで2.5ばかりのラインナップにはならないし。

キャストも、演目も、美術も。全部を演出家が思い通りに決めてるわけじゃない。

まあ、作り込まれてなければ安いかっていうとそうでもないんだろうけど。

2.5って世界観遠いし場転多いから、ある作品みて作り込まれ世界より抽象世界の方が難しくないんだろなと予想したことあったなー

売れてる作品なんだったらいろんな美術もみたいよね。

2.5次元舞台階段の謎

この度、刀ミュを見てあらためて、見るたびに許せない、舞台奥に大きく階段を敷いただけの、ほぼ他に何も舞台装置を使わない演出上下に動きをつけたいのはわかる。でも、碌な大道具もない照明も最低限のだだっ広い空間役者上下右往左往するだけの絵面には面白みの欠片もない。どんな場面でも、なんの変化もつけられず、身体ひとつで動き回りながら台詞をこなさなきゃならないの、役者だって酷じゃないの。舞台上に景色を描こうという意識がまるで感じられない。舞台装置美術脚本役者の演技と、どれも欠かせない芝居の要素でしょう。なんなの。

例えば、歌舞伎の話をしますけど、役者を生かすのが大道具技術だという。役者が死んでしまったら何にもならない、役者が立った舞台面が美しくなければ、芝居にはならないと。このあたりがピリッとするというところが役者役者にあると。

框にこう腰掛けた時の形、これが大事、合わないと芝居が決まらない。足先でちょっと格子を開けておもてを見る、この寸法、なんでもないようだけれど役の形にかかわる。((参考:釘町久磨次著『歌舞伎大道具師』))

鬘の位置の1ミリにまで、気を配り創意工夫を凝らして最高に役者の姿が、芝居が映える、格好良い、美しい場面を作り出すことに切磋琢磨してる。

そういうふうな仕事をしようという気はないの?もちろん、伝芸とは資本が違う。けれども、新しい演目コンスタントにかけられ、毎回客入りも良く、全国規模で催すライブビューイングはどこもチケットを売り切ることの出来るコンテンツをして舞台装置お金をかけられない訳がない。

例え話を出すまでもなく、演出家なんて職業古今東西舞台手法を学び、同業者仕事を観に行く機会も多く、いろいろと新しい演出を考えているものなのだと思う。

それでいて、ここまで階段固執するということは、企画からそうしてくれ・こうするから指定があるのかと勘繰る程。それとも、私が知らないだけで、真逆いまやこの手法スタンダードだったりするのだろうか。

この疑問に答えをお持ちの方は、是非ご教授下さい。

土器だとか美術品の様式

あいうのひと目見て、「ああ、これは何々様式だ」とか「何々文化のものだね」ってわかるの凄いなー!

と思ってたが聞くと「ほら、アニメとか漫画で、70年代風とか80年代風、90年代風みたいなのあるじゃん?そういうのと一緒だよ」と言われたので、ああ、なるほどそうなんだー、と変に納得した

2019-05-06

日本人博物館美術館が嫌い

GWでわかったこと。

道の駅が車であふれ飲食店が人で込み合おうとも地方博物館美術館は人がいない。

詳しくいうと、博物館なら城、美術館ならシャレオツ企画展しか人がいない。

真面目な常設展がある美術館や地味な民俗資料館なんて一人もいないことがよくあった。

日本人は派手でキラキラした歴史美術以外は、飲み食いにしか興味がなくて、教養匂いが嫌いなんだよな。

2019-05-05

「妹の姉」の感想

今更書くけどすごく良かった。

姉や兄はしばし妹や弟に追い抜かされる宿命にある。

何かを勉強する場合自分より少しだけ先に進んでる人が近くにいるというのはとても有利だ。いつも次のステップを予習できるし、全力でぶつかれるちょうどいいライバルになる。手探りで進む者より何段階か先に行くことができる。幼少期こそ年齢差で封じられるが、成長に伴い常勝が五分になったあたりで上の子はそのことに気づいてしまう。しかし下の子はずっと負け続けてた記憶しかいから、幼少期の頃のまま、上の子へ憧れと期待をぶつけてくる。

姉・兄はその「追い抜かされる事実」と「下の子の期待」に向き合わなければならない。

そういう上の子の複雑な気分を描いているんだこれは。

悲しいかな仲の良い兄弟姉妹でこそよく起きる。

大きく表彰された絵は「下の子の成長による敗北」、現実より美しく描かれた自分の姿は「不相応な下の子から憧憬」、裸が展示され晒されることは「自分けが気付いている敗北感の露呈への焦り」。そういうもの象徴したのがあの画なんだと思う。

あの姉は良い姉だ。妹に対してキレたり外から潰したり無視したりせず、自分の精一杯を見せることで気持ちに決着を付ける。ありのまま自分の裸でそれをやんわりと妹に伝える。

そして姉は就職し妹は美術の道へ進む。ただその結末はあまり現実的な理想図で、私は少し心がいたい。

「妹の姉」がなんだかぞっとする

件の漫画を読んだのが例のバズってる批判ブログ(へのブクマコメント、への当人からの返答)がきっかけだったため、当初から批判よりのバイアスがかかっていることは否めない。

フーン、知らなかったけど読んでみよう。

漫画としてものすごく上手く出来ていて面白い。故に、軋轢を抱えた姉妹芸術へかける熱い思いと家族愛物語として爽やかな青春譚のようにさらりと読まされてしまう。

しかし確かに指摘されている通りだ。問題点ありすぎる。

幸いなことに、『尊い』などと絶賛する声や批判への批判タイムラインには現れないが、無言でながやまこはるちゃんツイートリツイートが流れてくるのを見てはぞっとしてしまう。

この違和感の正体を探るように批判よりのツイートを探してはうんうん、と頷いて安堵感を得ている自分は全くもって卑怯人間だと思う。卑怯が極まって、結局こうして初めて増田に書いていたりするくらいには。

以下、個人的なあれやこれやを書かせてもらう。

考えたままつらつら書いたのでまとまっていないし、ろくに推敲もしていないので読みづらいと思う。

あの物語アウトライン

当人の了承なく作成されたアイコラが校内に貼り出され、無遠慮な性的からかいへの苦痛を訴えるも「芸術から」「妹はあなたを愛しているから」をまるで免罪符か何かのように振りかざされ、訴えを取り下げられる。

苦痛を訴えた当人は自らに課せられた性的幻想を打ち崩すセルフヌード作品アイコラ作者に「勝利」する。

自らを打ち負かした当人ますます心酔するアイコラ作者は当人の断りなく、芸術家でありミューズである彼女のところに押しかける。

なぜなら彼女ミューズを「愛して」いるから。

めでたしめでたし

と、説明することが可能ではないだろうか。

行動だけを取れば狂気の押しかストーカーであるアイコラ作者の暴挙批判されない。

アイコラ作者は彼女の妹であり、妹は姉を愛しているから。

そして姉はセルフヌードで妹を打ち負かしたことにより、芸術と称したアイコラを生み出した「妹」から屈辱を跳ね返し、彼女もまた、妹を心から愛しているのだと証明した(という幻想を抱かれている)から

まれな才能を持ち、嫉妬と羨望で火花を散らし合うライバル同士でありながら、誰よりも身近な存在である姉妹」という関係性、妹から狂気を孕んだ一方的な執着と崇拝。

妹のじっとりとしたまなざしには、うがった目ではなく「性的まなざし」が見受けられる。

美化したなまめかしい体つきで腰をくねらせて悩ましげな表情を見せる幻想の「姉」は妹の性的願望の現れであり、だからこそ、絵を見たもの性的欲望をそこに向ける。

自身性的消費にショックを受けた姉は、身勝手幻想を打ち壊さんとばかりに貧相な胸で股を大きく広げ、好戦的な表情を見せつける自身セルフヌードで妹に勝利する、というクライマックスは冒頭の「自身性的消費」にショックを受けていた彼女が取った行動としては信じられないほど鮮やかで爽快感に溢れている。

からこそ、この作品は魅力的だ。

『消費されることを拒んだ自身の裸体を自ら晒し屈辱を跳ね返す』

並大抵の人間に出来ることではないだろう。

自分の裸を無断で見世物にされて本気で嫌がっていた、自分感覚と近しいものを持った思春期女の子』の物語を読んでいたと思っていたら、彼女超人だったことが明かされ、別々の道を歩むと思っていた芸術家二人は「姉妹から」というある種の血族の呪いにより、べったりと癒着した関係が続くのだと示唆されて物語は終わる。

『素敵なお話』としてうっとりしようにも、あまりに妹の行動、周囲の無邪気さが不快で、それらに対してとった姉の行動、その強靭さは信じがたく、『冷静に考えるとめちゃくちゃ嫌な話なのに物語として綺麗に落ちてるところがすごい』という薄ら寒さを感じた。

not for me.で済む話なのかもしれない。

要は『作者が萌えを貫くためにぶち壊した倫理観価値観キャラクター自分には受け入れがたいもの』なのである

お話からいいじゃない、被害者はどこにもいないんだからで済むと言われればそれまでである

とはいえ、作中の『性的被害を訴えても取り合ってもらえない』『家族愛から、の一言不快なことを受け入れることを強要される』『女体は軽々しく性的消費をしていいものとされている』といった事象はあまり現実世界での出来事と地続きで『理不尽性的消費が受け流されている作品世界気持ち悪い』のだと思う。

それが男性の手によって描かれていることを『社会における無自覚暴力再生産』として取る人がたくさん居たからこそ、『男性に置き換えると物語が成立しない、この世の中での男体と女体の扱われた方の不均衡』への嘆きも含めての批判が広がっているのだろう。

美術学校関係から指摘されていた『ヌードモデルを性的に見ることの非常識さは業界への偏見助長するもので許しがたい』という意見に関してはもっともだと思う。

性別を入れ替えては〜という意見を見て、少し前にモーニング新人賞話題になった漫画のことを思い出した。

この作品と同じく、芸術を志す兄弟ライバル心と羨望と執着が描かれ、結末はこの作品と同じように、兄弟間でのべったりとした癒着に落ち着いて終わっていた。

そういう話が好きな人が多いということに尽きるのだろう、結局のところは。

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その1

 連休使っての旅行計画に精を出すうち、気づけば既にリアタイから周回遅れを食らっている今日において今更1話感想なんて…とは思いつつ感想を書くことにした。1~2話までしか観ていないので、3話以降を既に見ている諸兄においては「何言ってんだこいつ」程度の温情を頂ければ幸いだ。なおニコニコ動画コメントツイッターの実況などは敢えて見ずに書いてみた(このあと見るつもり)。ニコ動で観てると、感想だんだんネットミーム紹介文」みたくなっちゃうの難しいよね。

 それっぽく並べてあるけど、作品の優劣は付けてない。容赦して。

 

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その2

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その3

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その4

配信情報について

~独占…対象サービスしか配信してない

~のみ見放題…対象サービスでのみ全話見放題。その他のサービスでは有料配信

~のみ最新話無料対象サービスでのみ最新話見放題。その他のサービスでは有料配信

言及なし…複数サービスで全話見放題/最新話無料

 私はTVアニメを観ない(BS見れないし、TOKYOMXもAT-Xも受信できないし)ので、配信情報はこれ以外の手段について書いている。

感想(上の作品ほどモチベ高め)

キャロル&チューズデイ

Netflix独占

 クリスマスまれ(多分)と火曜日まれ(多分)の二人が火星大都会で一緒に音楽する青春ドラマ。「カウボーイビバップ」等でおなじみナベシン監督の新作。制作ボンズ。 本作で特に目を引くSF描写。都会の中心部はいかにSFっぽい高層ビル群な街並みなんだけど、周辺に90年代アメリカみたいな町並みが広がってたり、往来する人も含め朝昼晩と色んな表情がある。「大都会だけど金持ち貧乏人、ホワイトカラーブルーカラーが入り交じる都会感」に強いリアリティがあるところが好き。細かい所だと、飲食店の注文が全部スシロー方式店員呼ばなくておk)なのに、作中の客がみんな店員呼びつけてクレーム入れてたのリアルすぎて笑った。設定こそSFだけど、現代舞台にしても成立するような話をあえてSF世界で展開するっていうのもリアリティを強める要因っぽい。そんなSF描写の中でも好きなのが「家出ってどうやるの?そんなこと、聞ける人もいなくて。色々とググってみたけど、やってみたら意外と簡単だった」という冒頭のモノローグ。ゆうて火星の話ってことは実質ファンタジーみたいなもんかな、という先入観があっただけにこの一言だけで「実はこの世界リアル世界と地続きで、しかも遠い未来というわけでもなく、とりわけ若者像はほとんど変わっていないんだよ」というSF世界であることがわかる。似たようなシーンだと、セッション後「私達のはじめての曲が完成しました!イエーイ!」つってインスタにセルフィをアップするシーン。作中何度も語られる「何も特別ではない、リアル世界にもたくさんいる、何者でもない誰か」て感じをよく表してる。本作の脚本はみんな大好き赤尾でこなんだけど、私はやっぱり彼女の関わる作品に登場する女性が一番好きなのかもしれない。先のクールで言えば「同居人は猫~」「3D彼女」が赤尾でこ脚本ハルって女の子だよね?特に同居人脚本赤尾でこx絵コンテ佐山聖子タッグによる挿話がたくさんあってめっちゃエモかった。

 1話では「二人がなぜ音楽をやっているのか」という部分が中心で、音楽への初期衝動を丁寧に描いてるのが好き。「ふとラジオから流れてきた曲を聞いて涙が出てきた」とか、路上演奏してるけど歌はなく(ハミングだけ)「ただの音の連なり」を演奏してるだけ、とか。本作に限らず「初めて新入生に軽音部が自己紹介がてら演奏を見せるシーン」とか「生まれて初めてライブハウスライブを見たシーン」とかめっちゃエモいよね。

 セッションも、最初はお互いにそれぞれの初期衝動を持ち寄って始めるんだけど、お互い探り探りから徐々にノッてきて、歩み寄っていく過程がすごく丁寧。途中でやり直してみたりとか、お互いに相手を見つめながらテンポや歌を合わせる感じとか。

 それにしても演奏シーンがやばい最近演奏シーンに3DCGを駆使してダイナミックな動きを表現する作品が増えてるけど(ピアノの森とか)、本作は演奏シーンに限らず多くが作画アニメーション。ボンズすげえ。ギターの弦を押さえる運指見てるだけで一日が終わりそう、別のカットも、手元だけを映すんじゃなくてチューズデイの上半身全部作画してるし(大抵の楽器は全身使って演奏するものなので、彼女ギター演奏中は体をかなり動かしている。本作はそれを作画で丁寧に表現している)。

 加えてギター作画が凄まじい。まずギターケースを開けるときアニメーションから既にヤバイ。あえて楽器の持つ神秘的な雰囲気とか、艶やかな反射とかを作画表現してるのは京アニだけだと思ってた。

 SF大都会ストリートの子と一緒にストリートミュージックを、お嬢様ファッションに身を包んだ子がアコギ演奏するっていうギャップは、案外「全力でアコギ演奏シーンをリアルに描きたい」という発想からスタートしてたり?

 そしてギターの音ワロタ。開放弦でベヨェーンしたときのボディが響く感じとか、ギターに指が触れたときのギュインッまでちゃんと入ってるし、セッション中なんかギターの音に限らず、服の擦れる音「彼女たちが演奏してる部屋の空気の音」が(おそらく)全部入ってる。演奏シーンは文字通り空気が変わった。

 「え、歌くっそうまいやん」と思った人も多いと思うけど、本作はCV別に担当アーティストがいる。英語圏オーディションをしたらしく、この人たちがまたとんでもなく歌がうまい。もうハミングの時点でめっちゃうまいってどういうことな・・・

 音楽で言えば劇伴はMocky。R&BやJAZZの人で、軽快なベース音がたまらない。ついビバップ菅野さんを思い出しちゃう。それにしても、音楽テーマ作品とはいえ劇伴が多彩すぎる。1話を通して音楽アルバム聴いてるみたい。

 歌で言えばED作詞作曲編曲Benny Sings劇伴から一変してPOPS。カートゥーンっぽい絵と相まってかわいい

 

さらざんまい

すんでのところでFOD独占を無事回避

 浅草日常アニメ。「さらざんまい」の意味は、ざっくりいえばユニバース感覚のこと。それにしても「さらざんまい」というネーミングセンスよ。幾原邦彦監督による新作。制作は「ユリ熊嵐」に引き続きラパントラックで、本作は共同でMAPPAが参加している。ピングドラムユリ熊嵐で印象的なピクトグラム担当した越坂部ワタルや、その2作で劇伴担当した橋本由香利が本作にも参加していて、「チーム幾原邦彦」が確立されていく感じがある。

 俺が本物のかっぱをみせてやるよ!(by幾原邦彦公式ラジオ番組が毎週配信されていて、MC諏訪部順一まさか監督制作大丈夫ですか?)とのこと。曰く「かっぱと尻子玉は切っても切れない関係。なのに尻子玉を描かないかっぱ作品が多すぎる」というわけで、本作では尻子玉が重要なモノとして描かれている。これが本物のかっぱだそうです。噂に聞いてはいたけれど、かっぱに尻子玉を抜かれるというのはかくも恐ろしいことだったのか。ちなみにエンタ中の人は「尻子玉が抜かれるときの気分は、痛み8割気持ちよさ2割くらい。あと恥ずかしい」という気持ちで演技したとのこと。ノイタミナプロデューサーからの「勘弁してください。ノイタミナですよ?」という柔らかい拒否を押し切って作られた尻子玉搾取シーンは割と必見。

 1話は「かっぱとは?尻子玉って?」を中心にまとまったお話ピングドラムユリ熊嵐と比べてとっつきやすい感じがある。公式あらすじも

中学2年生の矢逆一稀、久慈悠、陣内燕太の3人はある日、謎のカッパ生命体“ケッピ”に出会い、無理やり尻子玉を奪われカッパに変身させられてしまう。『元の姿に戻りたければ“ある方法”でつながり、ゾンビの尻子玉を持ってこい』ケッピにそう告げられる3人。少年たちはつながりあいゾンビの尻子玉を奪うことができるのか?!」

といった感じでかなり分かりやすい。とはいえ本質ピングドラムユリ熊嵐に続く群像劇、というか愛憎劇なので結構しんどい系ではある。非常に愛が重い。ピングドラムストーカーっ子にドン引きした視聴者は多いと思うけど、要はあんな感じ。作画部分でもキャラの表情、特に主人公のアップがすごく綺麗(中性的な顔っていう感じがよく出ていて好き)で、より群像劇みが強い。冒頭の主人公が走るお芝居すごい。

 ユリ熊嵐と比べると、あっちが「隔世」なのに対してこっちは「現実世界浅草)」という舞台設定の違いがある。描かれる浅草描写もすごくリアルで、いわゆる「世界的な観光地」ではなく「昔ながらの下町っぽさ」に焦点を当てている感じがすき(背景:スタジオパブロ)。ぐちゃぐちゃした看板まで再現してて、三ツ星カラーズ並みに生活感がある。そして登場する場所が、地元民ならではのチョイス。監督自身若いから浅草で遊んでたらしく、その頃のイメージを元にアニメ舞台浅草に決めたらしい。浅草寺などの観光地より雑踏(街を歩く人、通勤の車とか)によって街の雰囲気を描いているところとか、生活圏にあるテーマパークこと「花やしき」が出てくるとことか、地元民らしい描き方だよね。

 そして例の尻子玉(尻子玉と書いて「よくぼう」と読む)搾取から始まる一連のシーン。みんな何回くらい観たんだろう。MAPPAが関わってるだけあって凄まじいアニメーションに仕上がっている。劇中歌とともに欲望搾取~浄化までシームレスに続くシーンの中毒やばい過去作と比べ、初めから終わりまでキレイにまとまってて完成度が非常に高い。「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」のレヴューと似たような感動を覚えた。またアクションをするのが人間ではなくかっぱやモンスターなので、より一層爆発力というかファンタジー感が加速しているのも好き。

 挿入歌でいうと、ユリ熊嵐と一変して本作はほぼ登場人物男性なのが印象的で、挿入歌も今の所ボーカルが全員男性特に2話挿入歌カワウソイヤァ」がすごい好き。余談だけど、アフレコ時点であのシーンはアニメ化用の実写映像資料だったらしい。ちょっと観てみたい。

 EDは「青春ブタ野郎」OPでおなじみThe Peggies。青ブタもこれもしんどい群像劇なので、このバンドサウンドがすごく合っている。

 ところで、最後の「フィクションです」的なキャプションは一体どういう意味なんだろう。「まあ、かっぱなんて存在しないんですけどねwww」とか「実際のかっぱはこんなんじゃないんですけどね、へへへ」とか?かっぱが非実在みたいなメッセージに見えるから不適切じゃない?

 

鬼滅の刃

 ゴブリンスレイヤー英題は”DEMON SLAYER”。エミヤさん家に引き続き、ufotable肝いりの新作(ユーフォーテーブルって読むのね、初めて知った)。テーマは「動く浮世絵」とのこと。大正時代日本舞台に、鬼殺しをするお話制作体制的にはufotableアニメテイルズオブゼスティリアザクロス」の布陣。舞台こそ違えど、壮大なファンタジーっぽく仕上がっている感じは似てる。特に壮大なBGMの使い方とか、映画かな?これ絶対映像に合わせて作曲してるやつでしょ(やってるってラジオで言ってた気がする)。オケ雅楽までなんでもありな感じが聴いてて楽しい

 近代日本舞台にしたアニメの中でも特に地方(山の中)が舞台アニメといえば「ゴールデンカムイ」が似てるかも。背景美術でいうとあっちは「美しい自然を感じる」っていう印象なんだけど、本作は背景が全体的に黒っぽくて薄灰色支配された不吉な感じ。闇=鬼の領分、みたいな緊張感がある。そういう意味では「どろろ」に近いのかも。金カムは実質ゆるキャンなので、自然の描き方は趣向がかなり違う。金カムが「自然怖い」なのに対して本作は「鬼怖い」だし。野生の動物が登場しない感じからもそういう意図があるのかな。

 で、何その背景の書き込みユーフォーテーブルの背景(たぶん自前)って、エフェクト自然に盛り込んで多角的に映す演出をするけど絵っぽさを残してるというすごい技術を使ってるよね。2話の修行シーンとか特にやばかった。主人公が背景の中にちゃん存在して、立体的に生えてる木々の中を疾走しているようにしか見えない。でもキャラデザはテイルズオブゼスティリアザクロスと違い、輪郭線に特徴がある平面的なデザインになっている(浮世絵みたいな感じ)。そんなキャラ縦横無尽に画面を駆け巡るアクションシーンすごくない?最近だと「スパイダーバース」とか。あれは更にすごかったけど。

 1話ゴブリンスレイヤーで言うところの前日譚で、「鬼って何なん?」みたいな話が中心。いわゆる妖怪等と違い、鬼がゴブリンくらい生き物してる。金カムではヒグマ神様化身みたいな扱いで人間を襲ってたけど、あれくらい怖い。おまけに人並みに考える上に喋るしほぼ死なない。散発的に現れる感じはゴブスレで言うところの「落ち延びたはぐれゴブリン」なのかな。強烈なヌルヌル作画ゆえ、鬼がとても肉肉しくてキモい。「甲鉄城のカバネリ」のカバネくらいキモい

 そんな厳しい世界を生きる主人公CV.花江夏樹)の、鬼気迫るセリフ息遣いめっちゃ好き。ゴブスレさんは鎧に身を包んで常に平坦な口調だったのに対して本作の主人公はすごく感情表現豊か。「4月は君の嘘」を見てから彼の演技が大好きなので、またアレを見れるのが嬉しい。演技で言えば、鬼頭明里演じる禰豆子かわいい基本的山田たえ状態なんだけど、呼吸やうーうーだけで感情の起伏(非常にピーキー)や体型の変化を表現する感じとかめっちゃ好き。特に2話の見せ場では音楽アニメーションによる強烈な緩急も加わってすごいことになってた。ご飯我慢するシーンすごいよね。癒やされる。

anond:20190503163725

漫画家場合社会経験も少なくて社会面や対人関係で幼稚な人が多いので(これ自体別に問題ないのだが)、完全にファンタジー寄りならいいんだけど、

下手に身近な状況や人間関係を取り入れると途端にダメダメになるパターンがあるんだよね。

さら作家なので当然自己顕示欲も強いし、なんなら漫画業界美術業界だとやっぱり業界自体での絵の力量差があるわけで、

美術系を舞台にすると変に自意識暴走するっていうのは割とありそうな気がする。

妙に美大否定したがるくせに具体的な解決策は示さない、っていうイメージ

こういうの、社会経験のない作家には書かせないとか、編集者ちゃんコントロールするべきだと思う。

2019-05-04

anond:20190504162807

いくら美術系の学校からって自分の裸を許可もなしに掲載されてメンタルが傷つかない女というのは説得力に欠ける」とは思ったし、

いくら姉を慕っているからって姉の裸を許可もなしに想像で絵にして世に出し受賞する女というのは説得力に欠ける」とも思った。

居なさそうなキャラクターばかり出てくるし、魅力的な居なさそうぶりでもないから、質が高いとは思わなかった。

なぜ「妹の姉」がダメBLは許される?

「裸がさらされた屈辱を丁寧に描写していない」ってそのままBLによく出てくる「登場人物ナチュラルホモ同性愛であることに葛藤しない」という設定に通じる問題では?

もちろん葛藤する作品もあるけど、しない作品もあるだろう。

しない作品に「何故葛藤しないんだ!」「同性愛者は苦しんでいるのに!」って言われたらイミフだと思わないの?

「はあ、あなたは苦しいかもしれませんがこの作品キャラはそうではないんです」で終わりじゃないの?

これって「男の羞恥心は男が自分の中で片付けるべきもので外に出してはならないし、外に出す人物は軟弱で魅力が落ちる」というジェンダー規範があるから

BL登場人物同性愛に苦しむことは書き飛ばしても問題はないが、女の羞恥心は丁寧に描写すべきだ」という考えが生まれるんだとしか思えない。


もしこれが「いくら美術系の学校からって自分の裸を許可もなしに掲載されてメンタルが傷つかない女というのは説得力に欠ける」という指摘ならまだわかる。

それはストーリーテリング上の手落ちとして指摘してるんだろうから

「こうあるべき」という規範の押しつけで語るのはおかしいと思う。

2019-05-03

美術興味ないのに興味深く感じた絵を晒せ

レンブラント夜警

中学の時に美術教科書に載ってた。暗がりの中でスポットライトのように光を当てるという表現を絵の中で出来るんだなと印象深かった。

現代に入ると裸婦像が多くて男の裸の像が少ない理由

古代ギリシャローマには男の裸の像が沢山あるよな?

つ ま り ?

 

ほら、所詮そういうこと

美術なんて高尚ぶるもんじゃねえよ

美術漫画が嫌い

漫画創作って、作家性は出して良いんだけど作家個人を出すとNGだと思ってる

いや、ちょっと違うか

エッセイみたいにそのままを出すなら良いんだ、小説あたりだとそういう小説なんかもある、ノンフィクションとか

でも自分の状況を主人公にしてハッピーエンドっていうのはどうにも妄想臭さが消えない

メアリー・スーというんだろうか、どうしても描き手の内心を想像して共感性羞恥死ぬ

要は痛々しい

から、例えば「漫画主人公絵描き」とか「小説主人公が物書き」とか

テーマとしては身近にあるから書きやすいんだろうけど、これらは非常に難易度が高い部類だと思う

作家匂いを完全に消し去るか、作家匂いを全面に押し出すかの二択だ

実際には、名作の部類にこの消し方が上手く尊敬する作品が多々あるので、厳密にはタイトルの「嫌い」というのは半分ウソなんだけど(特にコメディ系)

中途半端に手を出した、例えばTwitterあたりでちょっとバズったりする創作はきつくてしょうがない

特に若い子がやりがちだと思うが

それは安易が故に非常に難しいテーマ

 

追記

繰り返すけど、体験を上手く昇華してる創作は多々ある

でもそれはすごい作家からできたイレギュラーだとも思う

タイトルは分かりやすくしただけで半分ウソ

以前、アホガールの作者が言ってたけど、テーマをサブにして、キャラクターをメインにしてるものは上手く言ってるイメージ

キャラ=作者=読者と置いて、事象をメインにしてるものは嫌い

会田誠さんの「犬」を模写して学校に提出したら低評価だった」

という趣旨ブクマホッテントリに入っている。
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1344247
それに対して教師側を非難するブクマ結構あるが、そのうちの大半がわかっていない。

たとえば、好きだからと言ってドイツハーケンクロイツの絵を描いて学校に提出したら厳しい指導を受けるだろう。
子供が気軽に絶対やってはいけないことだからだ。

同じように性的欲望を満たすために、若い女性の四肢を切断して自由を奪い、首輪をして裸で雪の中を連れまわす
ようなことは21世紀人間としては決して許されないタブーで、子供が気軽に絵に描いたりしてよいものではない。

もちろん、商業的な芸術家が、「人間というもの欲望を満たすために他者存在を平気で否定したりするよね」、
ということを芸術的文脈表現することは自由だ。ただし醜悪ものを描いているわけだから褒められるはずはない。

性奴隷の絵は、自身の性欲の肯定はあるが、それを満たすために他者否定・損傷している絵になっているため
とても醜悪になっている。批判的な文脈なしでそれを好きだということは、「私は自分の性欲、支配欲のためなら
他人を丸裸にして手足をちょん切って動物扱いしても、されても平気です、そういうの良いと思う」と言っているのと同じだ。

子供がそういうことを言い出したら周りの大人は当然それはいけないことだと注意するだろう。表現自由とかじゃない。
美術という以前に人間として軽々しく口にしたり描いてはいけない内容を学校で「好きなんです」と描いて出したりしたら
それは厳しく指導を受ける。

「エロならどうだったろう?」「難病で顔が変形した人のポートレイトならどうだっただろう?」
というコメントがある。
たとえば、ブコメで上がっているクールベとかバルテュスなどは時代的な性的規範からは逸脱しているとしても基本に女性礼賛、人間礼賛がある。
難病で顔が変形した人の絵は、ハンディキャップがあっても生きている、生きていけるという肯定がある。
ゲイレズビアン性愛テーマにした作品でも同様で、典型的性的規範からは逸脱しているとしても基本的に愛と生がテーマであり、
21世紀においては一部のキリスト教カトリックなどを除いて徹底的に非難されることはない。
ボンデージには肉体の美しさへの礼賛があり、束縛は一時的もの解放約束されている。一方四肢切断には解放がない。
 

2019-04-30

余命が見えた

どうやら大腸癌が肺に転移したっぽい。

GWが終わったら、入院・手術する予定。

たぶん、余命は3年から5年ぐらい。

子供中学生小学生成人式を見ることはできなそう。

僕が家族に残せるのは何だろうかと考えた。

理想毎日勉強をみてやりたい。学力をつけさせたい。

ローリスクハイリターンかつ、選択肢が多い人生を送るためには

やはり学力をつけるのが一番確率が高いと思うから

でも、拒否される。勉強重要性を理解してくれない。

僕も妻もFランクの大学院卒で、収入もそれほど良くないから?

次点としては、価値ある本をいっぱい買っておく。

今は必要なくても、家にいっぱい本をあればそのうち読むだろう。

幸い、僕は自営業なので書籍はほぼ経費になる。

デザイン美術マーケティング自己啓発などの

書籍は300冊ぐらい、その他の書籍は100冊ぐらいはあるけど、

これからは、自分が読まなくても一般的に名著と呼ばれる本は積極的に買っておこう。

2019-04-29

ギャグ漫画を描きたい

 努力継続するのには、才能が要ると思う。

 と、いうのは何年か人間をやってみてつくづく実感した事だ。

 小学生の頃は漠然と、「まあ、大人になればなりたいものになれているだろう」と考えていた。

 そんな私が、思い描いていた己の夢に対して、何かしらの努力を積み重ねたかというと、そりゃあ多少は頑張った事もあるが、現実はほぼゼロに近い。

 ギャグ漫画家になりたいと考えていた。

 でも、私は「ギャグ」がどういうものかなんて一度も研究した事が無い。落語お笑いも今一つ興味を持てないで大人になった。

 そもそも漫画の描き方を勉強した経験もないし、絵の練習をまともにやった事すら無い。

 子供の頃はよくアホ面で絵を描いていた。算数社会の授業が嫌いだったから、ノート教科書の隙間によく下手糞な落書きをして、先生に見つかっては呆れ顔で注意されていたっけな。

 中学校に入っても絵を描く意欲は持っていた。とても上手な先輩が居て、彼女の絵を見るのが好きだった。自分もこういう絵を描けるようになりたいと思った。

 美術部に入って、真面目に勉強しようとは考えていた。でも、身体の弱い私を心配した家族担任相談して決めた結果、強制的サッカー部に入部させられる事になった。怒られるのが嫌いだったから、部活動には真面目に励んだ。いくら頑張っても運動音痴なままだったけど、卒業式の帰りに、顧問先生に引き留められて、抱き締められながら「よく頑張ったな」と言われた時は、なんだか報われた気がして、泣きそうになった。

 いつの間にか絵を描かなくなった。自然に。多分、部活動に夢中で、余裕が無かったから。

 高校生になって、独創的で可愛くポップな絵を描く少女出会った。彼女は私のことが嫌いみたいで、近寄ると冷たい対応をされたけど、私は彼女の事が嫌いじゃなかった――というより、私は彼女の絵が好きだった。

 影響されて、久し振りに絵を描いた。でも、描いても描いても納得が行かなかった。絵を描こうとするたびに、絵を描くのがつまらなくなって行った。

 彼女みたいな絵を描きたい。それだけだったのに。

 私は絵を描くのをやめた。

 物語世界に浸るのはとても好きだ。だからアニメも見るし、漫画もよく読む。ゲームも頻繁にやる。

 私は眼があまり良くないし、集中力も人より低いと自認している。だから映画だけは、本当に琴線に触れたときしか見ない。

 閑話休題

 中学校で一度だけ、鬱病になって引き籠っていた時期がある。復学したときに、クラス担任が新任の若い先生になっていた。

 彼は私と仲良くしたかったみたいで、よく趣味や好きなものを聞かれていた。でも、特に思いつかなかった。その時期は本当に、何にも没頭できず、打ち込むことすらできず、死んだ魚の目でぼうっと生きていた。好奇心すら砂塵ほども存在しなかった。

 さて、新任の先生は本と映画がとても大好きな人で、私にもそういう自分趣味を勧めて来た。はじめて渡された本は、有川浩の「海の底」、「フリーター、家を買う」、「シアター!」の三冊。

 「気が向いたときに呼んで欲しい」――そう言われた私は、放課後の自室で、ベッドの上に横たわりながらぱらっと本をゆっくり捲りながら、「海の底」を読み進めて行った。

 とても、面白かった。ただの文字列が鮮明な映像に変わって行く感覚は、台詞ひとつひとつが声をとして再生されて行く感覚は、とても奇妙奇天烈だけど楽しくて、己の感性に訴えかけてくる何かが、確かに私の胸を惹き付けて堪らなかった。だから、私は次々と本を読み進めて行った。

 それから、私と先生の奇妙な関係卒業まで続いた。おすすめの本を貸して貰って、私も自分で買った本を先生に貸して、読み終わったあとにお互いの感想を交換する。

 自然と、私の読書量は増えて行った。教科書を読むのは嫌いだったけど、小説を読むのは難の苦も無く出来ていた。

 高校に入ってから幾何か落ち着いたけど、それでも本を買って読む習慣は、いつまでも続いて行った。

 本を読み耽る趣味が出来て、私も何かしらの物語を書きたいという欲が出て来た。

 見様見真似で文章を書いて、それをインターネットにいくつか上げた。

 はじめは、酷評アドバイスも素直に受け止められていた。だけど、自分文章自分なりの拘りが出来て行くたび、評価が怖くて誰にも見せられなくなって行った。

 ランキング上位に来ている小説を読んで、なんでこんなものが? と考えるたび、自分の才能や資質を疑うようになる。

 そして、何の努力もせず、単に良い評価だけを得たかった己を自覚して、恥じ入って、とても死にたくなった。

 もしかしたら、あの駄文は、とても拘ったシナリオ構築のうえで成り立つ、とても凄い小説なのかもしれない。

 あるいは、このサイトの客層やニーズを考え、需要のある設定とキャラクターを考えて作られた、評価されるべくして評価される小説なのかもしれない。

 私には、とてもそんな事はできない。私は自分の好きなものしか書けない。書きたくも無い文章を書くのは、苦痛しかないし、文章を書くという行為は多大な体力を消費する重労働だ。

 案ならいくつでも浮かぶ――だけど、推敲する度に、これで良いのかという疑念が湧いて来る。読み返す度、自分文章がつまらなく感じて行く。ジレンマの中で、私は筆を折った。

 今でもたまに、何かしらの物語を書きたくなる時がある。

 そのたびに、得るものが欲しくて小説を読み始める。義務的にはじめた読書は、とても苦痛に感じてつまらない。読みたくて買った本を棚にしまって、現実逃避をはじめてしまう。心の中に生まれたどろっとした何かが、気分を悪くする。

 一種の習慣と化していた創作行為が、私の心を蝕んでいる。

 ギャグ漫画家になりたいと、今でも考えている。

 絵が下手でもいいから、ギャグセンス大衆受けしなくてもいいから、何かしらの何かを遺したいと思っている。

 努力継続するのには、才能が要ると思う――そんなのはただの言い訳だ。そんなことは、分かってる。

 ただの怠惰人間言い訳だ。無産の人間が尤もらしくほざいたところで、現実は何も変わらない。

 でも、言い訳をしていないと、自己正当化をしないと苦しくて何もできない自分も居る。

 どうすればいいのだろうか。もう、何も分からない。

 取り敢えず、気が向いたら絵を描こう。そう思った。

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