「残酷」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 残酷とは

2019-03-18

KKOだが催眠アプリを手に入れた

催眠アプリってのは、いつの間にかスマホダウンロードされているアプリで、それを起動して相手に画面を見せるか、カメラでとると意のままに相手を操ることができるというエロ同人界隈で大活躍アプリである

 

土曜日の朝に起き、グラブルガチャピンモード10連で止まりムックモードも不発、せめて潤いのない人生水着ギャルに囲まれて暮らすにはゲームしかないっていうのに神はあまりにも残酷だ。

そのいらだちをいかにもモブって感じの絵から最近男に恋をしだしたからか美少女になったイオたんのエロ画像で抜こうとpixivを起動しようとホーム画面に戻ると、そのアプリはあった。

 

催眠アプリ

・このアプリの画面を見せるか、写真を取ればその人物あなた従順になる。

・解除をすると催眠中の記憶はなくなります

・解除はこのアプリしか行なえません。

・このアプリは日曜の朝が訪れると自動アンインストールされるが効果は一生続きます

 

実在したのか、という驚きと共に、素晴らしい力を得た感動で、早速誰に使おうか算段する。

期限は日曜日までだ。

 

まず、女友達のK子。

高校生の時、巨乳からと下心ありありで近づいたが結局友達まりで、趣味漫画で話があうものから高校生オタクグループ数人と共に交流している。

28歳で結婚し、今でも「勇気を出していれば」と考えてしまう。

しかしよく考えたらK子ももう2児の母。Twitterでは子育てを頑張っている様子と、旦那喧嘩をしながらも幸せな家庭を持っている事を実況している。

いい女にはい旦那がつく。結婚相手自分なんかが到底敵うはずもない完璧な人だ。一緒に何回か付き合いで飲んだこともあるが、その度「K子は良い人と付き合えてよかったな」と感動するほどだ。

俺にこれをぶち壊して、あまつさえそれ以上の幸せ提供できるのか、そう考えたらK子はなしだ。友人に毒牙をかけようなんて無理な話だ。

 

いや、散歩でもしながら手頃な相手を見つけるかと外に出た。

駅前に行くとファッションモデルさながらの若い女が目につく。この中の誰でもこのアプリにかかれば俺のものになる。

早速、アプリを起動してカメラを構える。

 

眼の前を征く女子高校生二人組が見える。やはり催眠アプリといえばJKと決まっている。見た所部活帰りだろうか。

カメラでとるため近づくと会話が聞こえる。

来年絶対コンクール優勝しよう」「うん、うちらが引っ張っていかなきゃ。」「去年いいところまでいったの、先輩達だけの力じゃなかった事を証明しよう」「1年の子も頑張ってくれているし絶対優勝できるよ。」

何かの文化部だろうか。来年3年生になって、部活に掛ける思いが伝わってくる。

シャッターを押す、

 

事を躊躇う。

 

彼女たちは自分のド直球だ。清楚な感じの青春ガール。言うならばラブライブ!の主要人物だ。それを生身にしたような人間が目の前にいる。

彼女たちの夢と、ラブライブ!の主要人物たちの夢が重なる。彼女達に無理やり催眠アプリを使い従わせることは彼女たちの夢を壊すようなものではないか

ラブライブ!エロ同人でたくさん抜いたが、それはエロ同人世界なら本編に影響を及ばさないからだ。では、この催眠アプリはどうだ。現実に「本編」と「同人」なんて境はない。

俺がボタンを押すことで彼女たちの夢は…。

押せなかった。遠くなるJK背中見送りながら、人が少ない方に逃げるように走るのであった。

 

気がつくと、住宅街公園にいた。

休日からか親子が多い。こういう公園の親子も催眠アプリでは定番ターゲットだ。

スマホを構える…が、頭の中に浮かぶのはK子であった。彼女たちも細部はわからないがきっとK子と同じように幸せなのだろう。

表情をみてみるとよく分かる。自分が得られない笑顔があった。

 

昼はだめだ。夢に溢れすぎている。

その夢を考えてしまうとシャッターを押すことができない。

 

夜だ。

夜の、男を相手にする商売の女ならいいだろう。

早速、安いファッションヘルスのいる以前から目をつけていた女に予約をいれる。

個室で話をするのだからちょっとスマホを見てもらうだけでいい。簡単だ。

腹ごしらえをし、シャワーを浴びて歯磨きをし、いざ出陣。

 

ありがとうございます、M美です、今日はお願いします。」

M美は元気にハキハキと話をする。

「M美ちゃんスマホゲームとかよくする?」

スマホを取り出す口実を作るとM美は

はいデレステとかよくしています!」

という、早速「マジで?俺のデータみる?」と催眠アプリを立ち上げた画面を見せる。

M美は静かになる。どうやら本当に効果があるようだ。

ここからどうすればいいんだ?

 

2分ぐらいの沈黙が続いただろうか、「じゃぁ早速はじめてもらおうか」というと、M美は服を脱ぎだす。

無言だ。

服を脱いでもらったもののどうすればいいかからない。

まずなめてもらうえばいいのか?いやキスからか?

いつもどうやってる?いや、よく考えたらこういう店を利用する時は嬢にいろいろやってもらっていたんだ。

てか、この後、連れ出せたとしてどうすればいい?

店の人に見つからず連れ出せるのか?

 

どうすればいい?

どうすればいい?

 

結局俺は、服を着せて催眠アプリで解除した。

「あ、すみませんちょっとウトウトしちゃったみたいで。早速はじめますね。」

と言ったところで、終わりのアラームがなる。催眠アプリを使い連れ出すからと一番短いコースにしていたのだ。

M美は「すみません、すぐしますね」といい早速はじめ、M美のペースに流されるまま5分もしないうちに果てるのだった。

 

から出て、夜の街を歩く女を見て、最後のチャンスだと思い品定めをする。

しかし、夜の街に一人で歩いている女はおらず、集団か男と一緒だ。

そうか、夜の街に俺の居場所は無いんだ。

行きつけの中華料理屋により、ビール餃子、そしてこってりラーメンを頼んで、ほろ酔い気分で帰宅

そのまま布団に潜り込み朝まで眠るのだった。

 

朝起きると催眠アプリは消えていた。

俺は最高のチャンスを棒に振って終わった。

でもそれでよかったのかもしれない。俺のエゴの埋め合わせはいつか必ずしないといけない。

そんな事を考えながら、ガチャピンのせっかくの30連も棒に振るのだった。

さて、いかにもモブって感じの絵から最近男に恋をしだしたからか美少女になったイオたんのエロ画像で抜こう。

そう思い、スマホホーム画面に戻ると、「二次元キャラを呼び出せるアプリ」がインストールされていたのであった。

2019-03-15

日記

どうするのがベストなのか。改めて妻のことを理解するのが難しい。結婚からわかってはいたことだが、子ども教育を考えるとルームメイトのような関係というのはどういう影響を及ぼすのだろう。

1 現状維持(最低限の会話のみとし、娘とは十分なコミュニケーションを取る)

2 離婚(親権自分が取ることが大前提)

3 嫌がられるのを気にせず娘の前だけでも話しかけ続ける。


1は遠からず父母の間で会話があまりないことに娘が気づく。自分の両親も特別仲睦まじいわけではなかったが自分との会話があるかどうかのほうが重要だったので、個人的には別にいいというかむしろ父が母に話してほしくなかったような覚えもあるくらいだ。父母に会話があるかは最重要ではない。

だが、ロールモデルとしては厳しいものがある。親のことを客観的に捉えられて自分で考えられるほど成熟する前に結婚でもした場合に困る可能性も。まぁ、相手によるか。


2は養育の実態自分が担えないなら婚姻継続することを前提に交渉することになる。親権という言葉より実態を死守する。妻と娘を二人きりにし続けるのは二人にとってマイナスしかないと確信している。気質が僕と似ているがゆえに娘は母親から拒絶されたように感じる可能性が高い。逆に妻は娘を持て余す。体罰というか暴力に発展する可能性もままある上に娘の能力は引き出されないままになる。義母とは衝突しつつも落とし所が見つかるだろう。義姉とはかなりうまくやれるはずだが向こうも子育てが忙しいから娘の身近な理解者にはなりえない。

自分が育てる場合時短勤務と養育費が鍵になる。娘にはちゃん対話できる相手必要だ。収入的にひとり親向けの手当は受け取れない。可能なら時短勤務より出勤退勤を1時間早めつつ、繁忙期にひとり親向けのヘルパーを依頼、スポットで両親及び姉を呼ぶ感じか。住宅ローン控除や保険所得の控除および還付は使い切ってるので控除額が増えても効果はない。

結婚後に築いた資産負債収入及び家事子育ての貢献度を勘案して分割し養育費相殺することになる。場合によっては家を売却するのもあり。相場を見れば手数料差し引いてもほぼプラマイゼロになるはず。

娘用の積立は引き続き問題ないが自分の老後資金および運用には影響が出る。年金についてはもともと扶養には入っていない。個人年金については割譲を求められる可能性はあるが、退職金を前もって運用しているので年齢的に分割の対象になるかは争えると思う。


3はコミュニケーションにならないこと前提に話を続けることになる。無視嫌悪感を帯びた表情に折れない精神力必要。まぁでも多分娘が割って入ってくる。また、話しかけているという事実が残るだけで共感できるようになる可能性は考えづらい。それに言葉を返すことが苦手な相手に話しかけ続けるというのも残酷な面がある。一方で違う意見を言えばまた不機嫌になる。無難話題といえば子供健康、今後の予定に関すること程度か。



よく見聞きする話として、子供のために仮面夫婦を続けるなんて子供のためになっていない、というものがあるが、まさか自分がその立場になるとは思っていなかった。心理的距離感物理的な距離が違いすぎて戸惑う。妻と娘の関係が良好と言えるなら仕事に逃げるなども可能だがこの関係こそが最大の問題で、今後さら悪化していく予感もある中ではそれも不可能だ。動くなら一気に決めたい。

2019-03-14

虐待ニュース

6歳の知的障害があった女の子を殺した母親。もちろん最低なことをしたと思う。

でも、この虐待ニュースは今までのニュースと一緒にしてほしくない。

母親について顔写真や、情報を集めて晒そうとしてる人がいる。ちょっと待ってよ…。

パニックになってる自閉症の子撮影して、迷惑な子がいたと晒す人がいる。

そしてその動画をみた人の中には、こいつはサイコパスだ今のうちに何とかしろと叩く人がいる。

障害のことを知らないのに何でも親の責任だ、静かにさせろ、どういう教育をしてるんだと責め立てる。

でも、どんなにたくさん愛しても、どれだけ育児を頑張っても、将来自立できるかも分からない。

だって障害から病気なら治療してどんどん良くなるかもしれない。でも障害は一生付き合っていくもの

そしてこの母親は46歳。年齢的にも確実に子供を残して死ぬことになる。障害がある子どもを残して。

子どもの将来を悲観して、残酷な世の中で生きていけるのか不安になってもおかしくない。

いっそ殺してしまえば楽になれるかもしれない。この子の将来をどうしてあげることもできない。

この母親不安孤独普通に生きてる人、普通の子の親にはきっと想像できないほど大きかったと思う。

他の虐待ニュースと同じように叩く前に、少し想像してみてほしい。

2019-03-10

anond:20190310221320

どうせこれからしばらく生き甲斐絶つなら、これまで抱えてきた感情とその感情を向けてきたあらゆる対象もろとも心中するくらいの心づもりでいようと思ったので巨大感情をぶつけてから一時撤退することにしました。

誰が見てくれなくてもいいけど見てくれた誰かが刺されてくれたら、それで好きだったその人から嫌われてももう良いやという気持ち文章します。

遺書かな。もうそれでもいいや

後を濁す気満々で申し訳ない。

私としては巡り巡ってファンレターだと思って書きます

(一部方々におかれましては重複してお伝えしている内容ではありますが良かったら今一度受け止めて下さい。)

(一度鍵垢でべらべら喋って怒られたことをまた喋ってるのでいよいよ距離を取られたら寂しいなあと思っていますが極力これきりにしたいので許して下さい、出来ればやっぱり嫌われたくないです)

私は根本的にSNSに向いてないと常々思っていました。

というのも数値や関係が一目で可視化されている文化圏の中で交流を兼ねながら創作活動をするということが自分には致命的に向いてないと思ったからです。

数値が見えるというのは時として嬉しいものなんですが時としてすごく残酷だと思います

とりわけ数値で自己他者とを比較できてしまうという点においては自身の実力を図る手段であり、時として自信になり得る要素でもありましたが、交流していくにあたっては自分にとってはデメリットしかありませんでした。

まず、自分創作物というのは贔屓目も謙遜も抜きに見ても、描けない人から見たら描けてはいもの、絵の上手い人から見たら稚拙だと思われる傾向のものだったと思っています

なまじ創作物解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたので、そのときジャンルCPによっては目に留めてくれる人が多く、その中にはとても絵の上手い方もいらっしゃった、くらいの。

その辺りの側面はひとまず抜きに、「好み」とかの話でなく、絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を私は持っていませんでした。

主観的ものなんだから一概にそんなことはない、なんて言い出せばそうなんですが創作活動を続けていく中で「絵を描く層」を限りなく客観視したとき自分が感じた自身立ち位置は少なくとも「どちらかといえば上手くない」というものでした。

(「上手くない」「どちらかといえば上手くない」「「どちらかといえば上手い」「上手い」の4段階として)

私が今から話すのはフォロワの中でも上記4段階において「上手い」に属する人=神絵師の方々に対しての感情です。

「神絵師」という判定こそその人の主観いくらでも変わる認識ですがpixivで1千ブクマを安定して得てるとかフォロワが何万居るとかそういう数値的なものでなく、此処で記す「神絵師」というのはあくまで『絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を持てていると私が判断している人』というものであることをまず始めにご理解下さい。

前述の通り、私は自己脳内ヒエラルキーにおける絵が上手い人種ではありませんでしたが、

前述の通り、なまじ創作物(主に漫画ことなんですが)に解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたのでそこを見てくださった方であったりあるいは横の繋がりであったりで神絵師の類にあたる方々との繋がりがそこそこにありました。

絵がどうとかどうでないとかありにしても無しにしても、とにかく自分と繋がって関係を築くことを良しとしてくださった方なわけですから、その時点で神絵師だとかそうじゃないだとか抜き交流していければ完結する話なんですが、自分に関してはそれができなかった為しちめんどくさいことになりました。

好きな作品についてや日常雑談について語るにあたっては「同じ路線感性」があれば絵の良し悪しとか関係なく楽しめます

でも、関係を持った人たちが「絵を描く人」である以上、日頃の会話の中にはどうしても「自分たちの作品について」の話題が時として出てきます

特に女性間で顕著なんですが作品を作る人という括りであればどっちにしろこういった話題が出てくる瞬間が私はとにかく苦手でした。

「Aさんは本当に絵が上手い」「そういうBさんの絵に私は憧れてるんだよな」

フォロワの間でそういう話になる度に私は心底しんどくてたまりませんでした。

そういう流れになるたびに身を潜めて出ていかないようにしました。

実際Aさん、Bさんは自分の中では神絵師で、私自身本当に大好きな作品を生み出す方々ではありましたがその流れで私が「わかる、AさんもBさんもどっちも最高なんだよな」とか話題に乗るなんて死んでもできませんでした。

万一にでも「そういうムツさんだって漫画上手いじゃん」とか言われたらそれがその人にとっての本心であろうと私は本当に死にたい気持ちでいっぱいになるからです。

それがその人にとっての本心であろうと。

何でしょう、流れの中とかでなくふと出てきた言葉だと真に受けられるんですけど。

万一にでも気を遣われたという可能性が拭えない流れの中で褒め言葉を貰うのは作品に限った話でなくて苦手なんですけど作品に関しては過剰になってしまいがちです。

というのも私は自分の中で完全に勝手に「神絵師」と「そうでない自分」とを区切ってしまっているからだと思います

はいくら親しい人であったとしてもその人が自分の中で神絵師という括りとして認識されているだけである一定話題に対してはその人達に対して勝手距離感を感じてしまっているように思います

そういう垣根抜きに自分作品を良いと思って下さってる方に対してその認識が失礼なことなんだと分かりながらも区切らずにはいられませんでした。

自分のことを目に留めてはくれない神絵師が多いのは自分が神絵師ではないから、という落とし所が必要だったからです。

…例えば、金銭的な問題を考えなくて良いものとするのであれば安くて味はそこそこのものより高くておいしいものばかり食べていたいと思うのは普通感覚だと思います

性格が同じような人であれば顔が普通の人より良い人を選びたいと思うのも普通感覚だと思います

自分の絵は誰が見ても上手いものではないから絵の上手い人が自分作品を見てくれているというのは基本的にすごいことだと思っていて、ありがたいことだと思っています

(絵を描く人描かない人関係無しに、自分作品を見て下さってる方々には感謝しかないのですが「顔の良い人達とばかり付き合いのある顔の良い人が普通自分と付き合ってくれている」ことが特にすごいという話です。)

普通、神絵師はそうでない自分作品をまず目に留めようとしないんだという当たり前の現実をそれでも私には受け入れて納得するための理由必要でした。

作品柄であったり人脈であったり、万人が見てくれる創作物なんてまずありません。

ただ、割合的な問題としてやはり「自分と繋がりのある神絵師達」と繋がりのある神絵師には私は見て貰えない傾向にあったなと思うので。

尚、ここまで誰がどうとかそういう話でなく自然の摂理の惨さを私が受け入れるのが下手くそという話です。

誰も悪くはなくて強いて言うなら勝手意識している自分ただ一人が悪いです。

作品を見てくれる人が一定数いる」という事実がまず本当にありがたいことでその点については本当に本当にありがたいと思っていて、

正直、神絵師でない括りの中で自分作品を見て何かを感じて下さった方は本当に多い方だと思えていて、自分はむしろ贅沢な類なのだと思っています

贅沢な類だと思えていたからこそ神絵師の括りには居なくても自分創作者としての現状にはとても満足していました。

それでも自分が神絵師の括りには居ないことで発生する「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」に対する現実は神絵師とそうでないもの区切りがあるという根拠を踏まえておかないと納得しきれませんでした。

から私は神絵師になりたいとかそういうわけでなく(いや朝起きて気付いたらなってたとかならなりたいですけどそもそもとして私は絵を描くのが好きなわけでなく自己解釈アウトプットする手段として絵を描いてるタイプなので絵を描く努力とかしたくないか結論として「なりたいわけではない」になるんですが)、それでも「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が自分より大きいという意味で「神絵師」という人達が羨ましいと思っています

(ある神絵師に先日とうとう「神絵師になる努力もしてないのに羨ましいって感情一方的にぶつけてくるのはずるいと思う」的なことを言われてしまいましたが神絵師になりたいわけでもない(=厳密にはなるための努力を諦めきっている)のに一方的理不尽感情をぶつけるのは確かにずるいなと思いました。本当にごめんなさい。)

そんな具合で、私は自分の中で持てているものを見て頂けてることを最大限ありがたいと思いながら、それでも自分では持てないものを持てる人達を私は心底羨んで憧れていて、大好きだと思いながらも一線を引いてしまっていてそんな一線が交流をすると、時々とてもめんどくさい感情自分の中で生み出していました。

完全に特定できる物言いでめちゃくちゃ申し訳ないんですけど、

最近だと神絵師分類のフォロワ2人と限界さぎょいぷで盛り上がっている最中「次のイベントどうする~~申し込もうぜ~~」みたいな流れでやいやいするまでは良かったんですけど

「隣接しよう~~~」ってなったとき正直私は心底死にたいと思っていました。

そこで嫌と言えば良かったのかもしれないですけどフォロワ2人的には「仲の良い人が隣に居て欲しい」以上も以下もない感情から出た提案しかなくて、そこに自分みたいな神絵師だとかそうでないだとかの汚い区切りとか全然加味されていないことが完全に分かっていたので自分の薄汚い感覚でNOとは言えなかったし言ったとしてその理由が「神絵師の隣は現実を思い知らされて嫌だから」だとか完全に「えっ…」て感じだと思うし自分自身、垣根抜きに親しい付き合いをしてくれる二人と気の合う関係を築けてることが何より嬉しかたからNOなんて言いようがなかったんですけど。

絵師サンドされた日には死ぬと思っていましたが実際サンドされて死にたいと思っていました。

ジャンルでの活動が長く、自分の本を楽しみにしてくださってる方が一定数いてくださったことは知っていたので両隣は大盛況で自分のスペースだけ閑古鳥なんて事態にはならないことは分かっていたんですがそれでも胃は少し痛かったです。

実際、両隣のフォロワと繋がっているもの自分とは繋がっていない神絵師の方が自分のスペースを避けて両隣に挨拶しているとことか見えたりしたので。

よく見てるなって感じですけど私はたまに神絵師フォロワのフォロワを覗いてわあ、こんなに神絵師からフォローされてる…とか思いながら薄暗い感情になったりとかする性悪自滅くそ野郎なので

(いやでも必要なんですよ…とある絵師(私は一方的に好きなだけ)の作品についての話を神絵師フォロワ(神絵師とは相互)とするにあたって相手相互フォロワの気安さとして喋るけど私は一方的好きな人としての温度差がそこにあることを予め認識して精神を防護しておく必要があるから…)

この辺りをくまなく喋ると大体「見なくて良いとこまで見て、考えなくても良いとこまで考えすぎてるところが生き辛そう」って言われます

本当にその通りだと思います

いやそれでもそうやっていろんなところに目を向けるからこそ自分を見てくれる一人一人に対する有り難みを感じられているとも思っていて、だからこそ持てる力の範囲でも自信を持てているとも思っているので私は一長一短なんだと思っています

逆に自分なんかよりよっぽど「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が遥かに広い神絵師のはずなのに自己肯定感の低い人達見ると本当に嫌になります

大体そういう人達って軒並み「ネットの外のリアル自分人間的に問題がある」ところを引きずってるんですけど、そうでなくて、少なくともネットにおける「絵が描ける」ことそれだけで「描けない人」がどう逆立ちしても手に入らない沢山の自信の種と関係の間口がごろごろしてることに気づいて欲しいなあと常々思います

いやまずフォロワの多さといいねの多さとブクマの多さに目を向けて欲しい。

あいつら大体「カップリングの力だから」「旬のジャンルから」「女の子から」とか何とか言うんですけど、過大評価を真に受けない保険にしてるんだか知らないですけど、私からしたらその発言は軽はずみだとしても本当に好きな人も多くて付けてくれてるであろう何百何千の人達からいいね蔑ろにしてるようにも取れるから私はそうやって付けられる自信を一向に付けない人を見るのが腹立たしくて嫌いです。

(と思う感情すら自分劣等感正当化するためのエゴだと言ってしまえばその通りだとも思うので押し付けるのは良くないですよね、本当に各位には申し訳ない。でも言わなかったとしても内心そう思ってることには変わりなかったです。)

でも気の合う話ができて一緒に居て楽しいと思う人達だってその人達です。

私はその人達の人柄が好きで作品が好きで絵柄が好きで、何より一緒に居て楽しいと思えるからこそ、少しでも自信を持って欲しくてついついそういう感情吐露しがちなんですが先日いよいよ怒られました。

そういう感情ネット上では見せたくなくて、少しでも信頼してる自分からこそ打ち明けた部分だったのにSNSで鍵垢で、主語こそださなかったもの特定されかねない形で引用してしまったので。

本当に申し訳ないことをしてしまったなあと思うと同時、それでもやっぱり私は大好きなその人がいつまでも持てる自信を持てないままでいることが嫌で嫌で仕方なかったです。

という感情だけ主張しておけば何かまだ良い感じな風に見えなくもないんですけど私そこに対して「自分の持てないものを持ってる人が自信が無いと惨めな気持ちになる」ってろくでもない私情までぶつけてるから駄目なんですよね

すいません、ごめんなさい、結局私は自分感情エゴ込みで吐き出さずにはいられない性分のクソ野郎でした。

でも本当に、もうどうしたら伝わるのか私には分かりませんがそういう感情を吐き出した人達のことが、自己肯定感が低いところを除けば私は本当に大好きです。

前述したようにその神絵師当人にとっては「親しい人との関係」の中に自分の神絵師物差しみたいなくそ概念を突っ込まれ区別した上で会話をしてしまうから、私個人が抱く劣等感由来のあらゆる感情って本当に仲良くしていく上で心底不要ものなんだなと痛感しています

それでも私にとっては自信の糧になった部分もある切っても切り離せない要素です。

そこを踏まえない友達付き合いを私が徹底できれば何よりなんですけど、付き合いを続けていく中でどうしても一方的劣等感押し付けしまう場面というのは今後どうしたって出てきてしまうように思っています

冒頭で述べたように極力これきりにしたいとは思いますけど性根としてそういう感情根付いてることには変わりないです。

ああ、なんか、そういう見方をされていたんだなあと感じてしまったらどうしようもないのかもしれませんがこんなくそみたいな性根を抱えた自分とも、また喋ったり遊んだりして頂けたら嬉しいなあと思います

本当に一方的で身勝手感情だとは思いますが。

自分のことだと思ってる思ってないに関わらずとにかく私というろくでもない人間関係を築くことを良しとしてくださってるあらゆる方々、本当にいつもありがとうございます

本当にろくでもない性悪なので自分から遊びに誘うことも憚れる上、実際これからしばらくイベントを断つ身の上でお会いできる機会なんてフォロワが関西に遊びに来てくれるときくらいしかないと思いますが遊びに来た際には誘って頂けたら喜びます、と誘い受けをして締めたいと思います

あと良かったら前述の記事同様に拡散の上、思ったこと述べて貰えたら嬉しいです。

賛否や縁を切りたい等内容は問いませんのでご意見感想お待ちしております

最後最後までろくでもないな

ここまで吐き捨てきってしまって、またSNSというかツイッターフォロバする形で性懲りも無く再開するかは正直ちょっとからなくなってきましたが、ひとまず今まで本当にありがとうございました

またお会いできたら嬉しいです。

それでは。

交流してくださっていた神絵師の皆々様へ

どうせこれからしばらく生き甲斐絶つなら、これまで抱えてきた感情とその感情を向けてきたあらゆる対象もろとも心中するくらいの心づもりでいようと思ったので巨大感情をぶつけてから一時撤退することにしました。

誰が見てくれなくてもいいけど見てくれた誰かが刺されてくれたら、それで好きだったその人から嫌われてももう良いやという気持ち文章します。

遺書かな。もうそれでもいいや

後を濁す気満々で申し訳ない。

私としては巡り巡ってファンレターだと思って書きます

(一部方々におかれましては重複してお伝えしている内容ではありますが良かったら今一度受け止めて下さい。)

(一度鍵垢でべらべら喋って怒られたことをまた喋ってるのでいよいよ距離を取られたら寂しいなあと思っていますが極力これきりにしたいので許して下さい、出来ればやっぱり嫌われたくないです)


私は根本的にSNSに向いてないと常々思っていました。

というのも数値や関係が一目で可視化されている文化圏の中で交流を兼ねながら創作活動をするということが自分には致命的に向いてないと思ったからです。

数値が見えるというのは時として嬉しいものなんですが時としてすごく残酷だと思います

とりわけ数値で自己他者とを比較できてしまうという点においては自身の実力を図る手段であり、時として自信になり得る要素でもありましたが、交流していくにあたっては自分にとってはデメリットしかありませんでした。

まず、自分創作物というのは贔屓目も謙遜も抜きに見ても、描けない人から見たら描けてはいもの、絵の上手い人から見たら稚拙だと思われる傾向のものだったと思っています

なまじ創作物解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたので、そのときジャンルCPによっては目に留めてくれる人が多く、その中にはとても絵の上手い方もいらっしゃった、くらいの。

その辺りの側面はひとまず抜きに、「好み」とかの話でなく、絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を私は持っていませんでした。

主観的ものなんだから一概にそんなことはない、なんて言い出せばそうなんですが創作活動を続けていく中で「絵を描く層」を限りなく客観視したとき自分が感じた自身立ち位置は少なくとも「どちらかといえば上手くない」というものでした。

(「上手くない」「どちらかといえば上手くない」「「どちらかといえば上手い」「上手い」の4段階として)

私が今から話すのはフォロワの中でも上記4段階において「上手い」に属する人=神絵師の方々に対しての感情です。

「神絵師」という判定こそその人の主観いくらでも変わる認識ですがpixivで1千ブクマを安定して得てるとかフォロワが何万居るとかそういう数値的なものでなく、此処で記す「神絵師」というのはあくまで『絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を持てていると私が判断している人』というものであることをまず始めにご理解下さい。

前述の通り、私は自己脳内ヒエラルキーにおける絵が上手い人種ではありませんでしたが、

前述の通り、なまじ創作物(主に漫画ことなんですが)に解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたのでそこを見てくださった方であったりあるいは横の繋がりであったりで神絵師の類にあたる方々との繋がりがそこそこにありました。

絵がどうとかどうでないとかありにしても無しにしても、とにかく自分と繋がって関係を築くことを良しとしてくださった方なわけですから、その時点で神絵師だとかそうじゃないだとか抜き交流していければ完結する話なんですが、自分に関してはそれができなかった為しちめんどくさいことになりました。

好きな作品についてや日常雑談について語るにあたっては「同じ路線感性」があれば絵の良し悪しとか関係なく楽しめます

でも、関係を持った人たちが「絵を描く人」である以上、日頃の会話の中にはどうしても「自分たちの作品について」の話題が時として出てきます

特に女性間で顕著なんですが作品を作る人という括りであればどっちにしろこういった話題が出てくる瞬間が私はとにかく苦手でした。

「Aさんは本当に絵が上手い」「そういうBさんの絵に私は憧れてるんだよな」

フォロワの間でそういう話になる度に私は心底しんどくてたまりませんでした。

そういう流れになるたびに身を潜めて出ていかないようにしました。

実際Aさん、Bさんは自分の中では神絵師で、私自身本当に大好きな作品を生み出す方々ではありましたがその流れで私が「わかる、AさんもBさんもどっちも最高なんだよな」とか話題に乗るなんて死んでもできませんでした。

万一にでも「そういうムツさんだって漫画上手いじゃん」とか言われたらそれがその人にとっての本心であろうと私は本当に死にたい気持ちでいっぱいになるからです。

それがその人にとっての本心であろうと。

何でしょう、流れの中とかでなくふと出てきた言葉だと真に受けられるんですけど。

万一にでも気を遣われたという可能性が拭えない流れの中で褒め言葉を貰うのは作品に限った話でなくて苦手なんですけど作品に関しては過剰になってしまいがちです。

というのも私は自分の中で完全に勝手に「神絵師」と「そうでない自分」とを区切ってしまっているからだと思います

はいくら親しい人であったとしてもその人が自分の中で神絵師という括りとして認識されているだけである一定話題に対してはその人達に対して勝手距離感を感じてしまっているように思います

そういう垣根抜きに自分作品を良いと思って下さってる方に対してその認識が失礼なことなんだと分かりながらも区切らずにはいられませんでした。

自分のことを目に留めてはくれない神絵師が多いのは自分が神絵師ではないから、という落とし所が必要だったからです。

…例えば、金銭的な問題を考えなくて良いものとするのであれば安くて味はそこそこのものより高くておいしいものばかり食べていたいと思うのは普通感覚だと思います

性格が同じような人であれば顔が普通の人より良い人を選びたいと思うのも普通感覚だと思います

自分の絵は誰が見ても上手いものではないから絵の上手い人が自分作品を見てくれているというのは基本的にすごいことだと思っていて、ありがたいことだと思っています

(絵を描く人描かない人関係無しに、自分作品を見て下さってる方々には感謝しかないのですが「顔の良い人達とばかり付き合いのある顔の良い人が普通自分と付き合ってくれている」ことが特にすごいという話です。)

普通、神絵師はそうでない自分作品をまず目に留めようとしないんだという当たり前の現実をそれでも私には受け入れて納得するための理由必要でした。

作品柄であったり人脈であったり、万人が見てくれる創作物なんてまずありません。

ただ、割合的な問題としてやはり「自分と繋がりのある神絵師達」と繋がりのある神絵師には私は見て貰えない傾向にあったなと思うので。

尚、ここまで誰がどうとかそういう話でなく自然の摂理の惨さを私が受け入れるのが下手くそという話です。

誰も悪くはなくて強いて言うなら勝手意識している自分ただ一人が悪いです。

作品を見てくれる人が一定数いる」という事実がまず本当にありがたいことでその点については本当に本当にありがたいと思っていて、

正直、神絵師でない括りの中で自分作品を見て何かを感じて下さった方は本当に多い方だと思えていて、自分はむしろ贅沢な類なのだと思っています

贅沢な類だと思えていたからこそ神絵師の括りには居なくても自分創作者としての現状にはとても満足していました。

それでも自分が神絵師の括りには居ないことで発生する「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」に対する現実は神絵師とそうでないもの区切りがあるという根拠を踏まえておかないと納得しきれませんでした。

から私は神絵師になりたいとかそういうわけでなく(いや朝起きて気付いたらなってたとかならなりたいですけどそもそもとして私は絵を描くのが好きなわけでなく自己解釈アウトプットする手段として絵を描いてるタイプなので絵を描く努力とかしたくないか結論として「なりたいわけではない」になるんですが)、それでも「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が自分より大きいという意味で「神絵師」という人達が羨ましいと思っています

(ある神絵師に先日とうとう「神絵師になる努力もしてないのに羨ましいって感情一方的にぶつけてくるのはずるいと思う」的なことを言われてしまいましたが神絵師になりたいわけでもない(=厳密にはなるための努力を諦めきっている)のに一方的理不尽感情をぶつけるのは確かにずるいなと思いました。本当にごめんなさい。)

そんな具合で、私は自分の中で持てているものを見て頂けてることを最大限ありがたいと思いながら、それでも自分では持てないものを持てる人達を私は心底羨んで憧れていて、大好きだと思いながらも一線を引いてしまっていてそんな一線が交流をすると、時々とてもめんどくさい感情自分の中で生み出していました。

完全に特定できる物言いでめちゃくちゃ申し訳ないんですけど、

最近だと神絵師分類のフォロワ2人と限界さぎょいぷで盛り上がっている最中「次のイベントどうする~~申し込もうぜ~~」みたいな流れでやいやいするまでは良かったんですけど

「隣接しよう~~~」ってなったとき正直私は心底死にたいと思っていました。

そこで嫌と言えば良かったのかもしれないですけどフォロワ2人的には「仲の良い人が隣に居て欲しい」以上も以下もない感情から出た提案しかなくて、そこに自分みたいな神絵師だとかそうでないだとかの汚い区切りとか全然加味されていないことが完全に分かっていたので自分の薄汚い感覚でNOとは言えなかったし言ったとしてその理由が「神絵師の隣は現実を思い知らされて嫌だから」だとか完全に「えっ…」て感じだと思うし自分自身、垣根抜きに親しい付き合いをしてくれる二人と気の合う関係を築けてることが何より嬉しかたからNOなんて言いようがなかったんですけど。

絵師サンドされた日には死ぬと思っていましたが実際サンドされて死にたいと思っていました。

ジャンルでの活動が長く、自分の本を楽しみにしてくださってる方が一定数いてくださったことは知っていたので両隣は大盛況で自分のスペースだけ閑古鳥なんて事態にはならないことは分かっていたんですがそれでも胃は少し痛かったです。

実際、両隣のフォロワと繋がっているもの自分とは繋がっていない神絵師の方が自分のスペースを避けて両隣に挨拶しているとことか見えたりしたので。

よく見てるなって感じですけど私はたまに神絵師フォロワのフォロワを覗いてわあ、こんなに神絵師からフォローされてる…とか思いながら薄暗い感情になったりとかする性悪自滅くそ野郎なので

(いやでも必要なんですよ…とある絵師(私は一方的に好きなだけ)の作品についての話を神絵師フォロワ(神絵師とは相互)とするにあたって相手相互フォロワの気安さとして喋るけど私は一方的好きな人としての温度差がそこにあることを予め認識して精神を防護しておく必要があるから…)

この辺りをくまなく喋ると大体「見なくて良いとこまで見て、考えなくても良いとこまで考えすぎてるところが生き辛そう」って言われます

本当にその通りだと思います

いやそれでもそうやっていろんなところに目を向けるからこそ自分を見てくれる一人一人に対する有り難みを感じられているとも思っていて、だからこそ持てる力の範囲でも自信を持てているとも思っているので私は一長一短なんだと思っています

逆に自分なんかよりよっぽど「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が遥かに広い神絵師のはずなのに自己肯定感の低い人達見ると本当に嫌になります

大体そういう人達って軒並み「ネットの外のリアル自分人間的に問題がある」ところを引きずってるんですけど、そうでなくて、少なくともネットにおける「絵が描ける」ことそれだけで「描けない人」がどう逆立ちしても手に入らない沢山の自信の種と関係の間口がごろごろしてることに気づいて欲しいなあと常々思います

いやまずフォロワの多さといいねの多さとブクマの多さに目を向けて欲しい。

あいつら大体「カップリングの力だから」「旬のジャンルから」「女の子から」とか何とか言うんですけど、過大評価を真に受けない保険にしてるんだか知らないですけど、私からしたらその発言は軽はずみだとしても本当に好きな人も多くて付けてくれてるであろう何百何千の人達からいいね蔑ろにしてるようにも取れるから私はそうやって付けられる自信を一向に付けない人を見るのが腹立たしくて嫌いです。

(と思う感情すら自分劣等感正当化するためのエゴだと言ってしまえばその通りだとも思うので押し付けるのは良くないですよね、本当に各位には申し訳ない。でも言わなかったとしても内心そう思ってることには変わりなかったです。)

でも気の合う話ができて一緒に居て楽しいと思う人達だってその人達です。

私はその人達の人柄が好きで作品が好きで絵柄が好きで、何より一緒に居て楽しいと思えるからこそ、少しでも自信を持って欲しくてついついそういう感情吐露しがちなんですが先日いよいよ怒られました。

そういう感情ネット上では見せたくなくて、少しでも信頼してる自分からこそ打ち明けた部分だったのにSNSで鍵垢で、主語こそださなかったもの特定されかねない形で引用してしまったので。

本当に申し訳ないことをしてしまったなあと思うと同時、それでもやっぱり私は大好きなその人がいつまでも持てる自信を持てないままでいることが嫌で嫌で仕方なかったです。

という感情だけ主張しておけば何かまだ良い感じな風に見えなくもないんですけど私そこに対して「自分の持てないものを持ってる人が自信が無いと惨めな気持ちになる」ってろくでもない私情までぶつけてるから駄目なんですよね

すいません、ごめんなさい、結局私は自分感情エゴ込みで吐き出さずにはいられない性分のクソ野郎でした。

でも本当に、もうどうしたら伝わるのか私には分かりませんがそういう感情を吐き出した人達のことが、自己肯定感が低いところを除けば私は本当に大好きです。

前述したようにその神絵師当人にとっては「親しい人との関係」の中に自分の神絵師物差しみたいなくそ概念を突っ込まれ区別した上で会話をしてしまうから、私個人が抱く劣等感由来のあらゆる感情って本当に仲良くしていく上で心底不要ものなんだなと痛感しています

それでも私にとっては自信の糧になった部分もある切っても切り離せない要素です。

そこを踏まえない友達付き合いを私が徹底できれば何よりなんですけど、付き合いを続けていく中でどうしても一方的劣等感押し付けしまう場面というのは今後どうしたって出てきてしまうように思っています

冒頭で述べたように極力これきりにしたいとは思いますけど性根としてそういう感情根付いてることには変わりないです。

ああ、なんか、そういう見方をされていたんだなあと感じてしまったらどうしようもないのかもしれませんがこんなくそみたいな性根を抱えた自分とも、また喋ったり遊んだりして頂けたら嬉しいなあと思います

本当に一方的で身勝手感情だとは思いますが。

自分のことだと思ってる思ってないに関わらずとにかく私というろくでもない人間関係を築くことを良しとしてくださってるあらゆる方々、本当にいつもありがとうございます

本当にろくでもない性悪なので自分から遊びに誘うことも憚れる上、実際これからしばらくイベントを断つ身の上でお会いできる機会なんてフォロワが関西に遊びに来てくれるときくらいしかないと思いますが遊びに来た際には誘って頂けたら喜びます、と誘い受けをして締めたいと思います

あと良かったら前述の記事同様に拡散の上、思ったこと述べて貰えたら嬉しいです。

賛否や縁を切りたい等内容は問いませんのでご意見感想お待ちしております

最後最後までろくでもないな

ここまで吐き捨てきってしまって、またSNSというかツイッターフォロバする形で性懲りも無く再開するかは正直ちょっとからなくなってきましたが、ひとまず今まで本当にありがとうございました

またお会いできたら嬉しいです。

それでは。

五等分の花嫁という残酷物語

・五つ子は、ほぼ同じ顔である。(慣れれば見分けはつくらしいが、慣れないと分からない程度にはみんな似ている)

・体型もほぼ変わらない。バスト合計が441cmだそうで、1人だけ89で残り4人が88なのか、もう少し幅があるのかは不明だが、とりあえず明確に貧乳キャラはいない。

この状態で、5人全員が主人公好意を抱いている。そして、その中から1人と結婚することがプロローグで明記されている。

逆に言えば、4人は振られるわけである。そしてその理由は、冒頭に書いたように顔や体の問題ではない以上、純粋人間性理由である

まり『五等分の花嫁』という作品は、「お前の人間性は○○と比べて魅力的ではない」ということを4人に突きつけるという残酷物語なのである

という考察を書こうと思って昨日調べていたら、『5つ子に貧乳キャラがいないのは、僕は大きい方が好きだからです』という作者のツイートが出てきて悔しかった。

2019-03-08

現実残酷

友達職場人間関係適応障害になった。

頑張って同業他社転職した。待遇自体は大して変わらなかったが、やりたい分野らしく喜んでいた。これで適応障害も治ると

でも、結局そこでもなんだかんだで病んで、むしろ前より酷くなった

鬱もだけど、原因って単純じゃないんだよね。転職で治る例とか稀

ホワイトで同僚が全員優しくて給料倍増でも無い限り、大概新たなストレス転職後の焦りで大体潰れちゃう

正直、休んでダメージをほぼ0にしてから転職した方が良いとは思うけど、みんなスライド転職するよね。死ぬ気なのかな?

呪いが具現化する

から家までの帰り道が、人1人がやっと通れるような細い道なんだけど

先日いつものようにその道を歩いてたら、前に人が歩いてる歩きスマホしながら耳にはイヤホン。超スローペースでトロトロと。

前述したようにそこは細い道。そいつを追い越そうにも追い越せないほどの道幅。

イヤホンしてるし私の足音も聞こえないだろうから自然に追い越す術はほぼない。

あーイライラする。ちょっとは隅の方を歩くという配慮はないのか。イヤホン引っこ抜いて「邪魔ですよ!」と怒鳴ってやろうか。こんなやついなくなればいいのに。

などと心の中で散々な悪態をついてたら、右手にある横断歩道の前でその人が止まった。右に曲がるようだ。

私はこのまま真っ直ぐ進むから、ここでやっとウザいこいつから逃れられる。やっと普通に歩ける。と小さく喜びそのまま真っ直ぐ歩いてたら

後ろからキー!」という大きな音が。何かと思って見てみたら

さっき前をトロトロ歩いてた人が横断歩道の真ん中で座り込むような形になってる。その前には車。車の運転手が慌てて駆け寄る。

え。嘘でしょ。さっき前を歩いてたあの人、車に轢かれたの……?

その瞬間を目撃したであろう人、数人がその場に駆け寄って周りを囲み始めたから状況がよく掴めない。轢かれたの?轢かれそうになったの?どっち?

そこに私も駆け寄るべきか、いやあれだけ人がいるんだから私は必要ないはず。何より轢かれたかどうかもよく分からないし……。

様々な「その場に行かなくていい」言い訳を並べて私は帰路を急いだ。いや、逃げた。

家までの道中、あの光景を私は反芻する。私があの人に散々な呪詛を吐いたのが具現化してあの人の身に降りかかったのではないか



私は8年ほど前の2月中旬、狂おしいほど好きだった彼氏(と思っていた人)に今まで生きてきた中で一番酷いふられ方をされた。

「お前となんか付き合ってねーよ。ブスが調子に乗るな。ちゃん本命がいるわ」と最後に言われた。半同棲までしていた。親にも紹介するつもりだった。

あんな奴本当に本当にしねばいいとその後何度も何度も思って泣いた。

元彼誕生日3月11日で、その日は某所を貸し切って誕生日パーティーをすると以前から言っていた。

当然その場に参加できない私は、ただひたすらそんなパーティー中止になれ。きっと本命彼女とやらも来るんだろう。その店潰れないかななどと本気で思っていた。

そしたら当日あの震災東京あの日は大変だった。誕生日パーティーは中止になったと元彼のツイで知った。

私はこわくなった。私の思いが、あの醜い元彼への呪詛が、執念が、具現化してこんな事になったのではないか

でも私個人私的事情あんな事が起こったと考えるのは余りにも尊大傲慢下劣だ。何よりそう思う事は被害に遭った人に余りにも失礼だ。失礼なんてもんじゃない。冒涜だ。

世界が私を中心に回ってるようなそんな考えはやめよう。単なる偶然だ。その時はそう思った。思おうとした。



私は心の中だけは絶対自由であるべきだと考えている。どれだけ酷い事を思ってもどれだけ酷い事を考えても心の中だけは完全に自由だ。誰にも邪魔なんてさせない。

でもその自由謳歌する担保として、その酷い事は絶対に誰にも口外してはならない。そう誓っていた。

でも心の中に納めていた残酷な思いは、元彼の時のように、今回の前を歩いていたあの人のように、このような形で具現化する気がしてしまう。

単なる偶然だよ。呪詛なんてこれ以外にも何度も何度も吐いてきたじゃないか。でもそれは何も起こさない単なる呪詛で終わっていったじゃないか

バカバカしい。それより被害に遭った人の心配でもしろよ。と自分に言い聞かせるも、

それでも私の心の中で唱え続ける呪いは時に具現化してしまうかもしれないという怖さを薄っすら自覚してしまった気がして妙にザワザワする。

もう心の中でさえも自由ではなくなった気がする。誰も呪わず、心の中までも清くなければ私は人を不幸にしてしまうかもしれない。



私が呪ってしまったあの人がどうか無事でありますように。あの場から逃げた私に、あの人に呪詛を投げた私にこんな事言う資格はないのだけど。

2019-03-04

[] #70-4「パンジャム事変」

そんなことを考えながら待ち続けること数分―――

「遅いな……」

いや、実際は1分と経っていなかったかもしれない。

なにせ、その時の俺は期末レポートを抱え、空腹とコッペパン欲も併発していた。

焦燥感によって地球の自転速度は狂いまくりうるう秒による調整は困難を極める。

そんな無限にも思えた時間の中、ようやくオバチャンが戻ってきた。

だけど、何も携えていない。

「ねえ、ちょっと……」

しかも帰ってくるやいなや従業員と話し始めた。

会話の内容は聞き取れないが、表情の険しさからタダ事ではないのが伝わってくる。

「はーい! 今、ここにいる皆! この食堂から出ないで!」

そして突然、オバチャンは食堂全体にダミ声を響き渡らせた。

「どういうことだ、オバチャン」

「持っていかれてる」

その言葉を聞いたとき、俺は瞬時に意味理解した。

だが事態を飲み込むことを脳が拒否している。

「え、まさか……盗み?」

「そう」

「何が盗まれたんだ?」

状況から考えて、返ってくる答えは明白だったろうに。

俺は分かりきったことを、わざわざ尋ねずにはいられなかった。

コッペパンだよ。残りが全部なくなってる」

そして告げられる、残酷事実

言葉として理解できても、あまりにも予想外な展開に心が追いつかなかった。


…………

こうして俺はレポートも空腹も宙ぶらりんのまま、事件に巻き込まれることになった。

まったく、何でこんな目に合わなくちゃいけないんだ。

「盗みが起きたのは分かったけど、何でオイラたちは食堂から出ちゃいけないんすか?」

その中にはクラスメートのカジマもおり、ぶつくさと文句をたれている。

「この中に犯人いるからだよ」

「ええ!? どういうこと?」

オバチャンによると、コッペパンの残りは数分前まであったらしく、盗みはその時間内に起きたことになる。

そして、食堂は人が少ない時間帯で、20分ほどの間に出入りをしたのは俺だけ。

まり犯人はこの中にいるって推理のようだ。

「本当にこの中に犯人が? そこまで言い切れる?」

「出入り口カウンターから一望できるし、今の時間帯は出入りが少ないから、数え間違いは絶対ないよ」

実際、この時に食堂にいたのは俺含めて5人しかいなかった。

人の出入りがあれば記憶に残るだろう。

「この中にいるのは分かったけど、どうやって犯人を見つけるつもりっすか?」

「ふふん、実は既に見当がついているんだよ」

オバチャンの自信満々な物言いに、皆がザワつく。

俺も多少は絞れているが確信には至っていないので、これには驚いた。

「まず消去法で候補を外していくよ。アタシはもちろん違う。基本的にみんなの目に見える場所で働いているから、パンを盗んだり処理したりするのは無理だからね」

「え~? でもオバチャンは従業員で、しか第一発見者じゃん。パンがなくなった時間を誤魔化せば、いくらでもアリバイは作れるっすよ」

「やだねえ。もしアタシが盗んだのなら、ここまで大ごとにせず黙ってればいいだけじゃないか

そんな感じでオバチャンは雄弁に語りながら、推理披露し始めた。

その様子は少し楽しげにすら見える。

場を仕切りたがるのといい、刑事ドラマでも観て感化されたのだろうか。

コッペパンを注文した兄ちゃんは、食堂に入ってきた時刻と事件発覚にほとんど間がない。犯行物理的に不可能だ」

とはいえ、オバチャンの推理はそこまでデタラメというわけではない。

一応の筋は通っているし、憶測動機から犯人を決め付けたりもしない。

無意味深読みをして俺を犯人だとか言い出さないだけマトモな方である

「そして、残りの候補3人の中で、犯行可能なのは一人……」

そうしてオバチャンは回りくどい説明を挟みながら、満を持して犯人を指差した。

「アタシと同じ従業員犯人はアンタだよ!」

(#70-5へ続く)

姪を嗜めてくれと言われたので説教した

この春から大学入学する姪が、「大学に入ったらお化粧しておしゃれする」「友達とたくさん遊びたい」などと浮足立っており、祖母である俺の母から嗜めてくれと言われたので、以下のメールを送った。

「この4月から大学入学だね。おめでとう。わくわくしているところに悪いけど、現実を伝えるよう、君のおばあちゃんからお願いされたのでメールを送ります

僕には君の未来が見えます風俗に堕ち、シングルマザーになり子殺し懲役をくらい、出所後は中年とは思えないほど老け込み、体も売れずラブホ住み込み掃除婦としてなんとか食いつなぐも、過去犯罪がバレるたびに追い出され、北へ北へと点々と居場所を変え、やがて冷たい雪の降る夜、公園トイレの隣のベンチで汚物にまみれて凍死する。新聞の片隅にも載らないその死骸の老婆が、あなたです。

なぜこんな未来なのか。あなた実家は太いですか?遊んで暮らせますか?違いますよね。そうです。4年後には、あなた徒手空拳残酷極まる世の中に出なければならない。

その点では、この未来あなた責任ではない。生まれの不幸が大きいでしょう。しかし誰も救いはしない。あなたあなたが救わなければならない。

4年後、社会に出てどう生きるのか、その戦略はありますか?それがなければ、卒業後ほどなく、その後の人生を不幸のどん底で常に死を願いながら生きることになる。

それが嫌ならば戦略を練ろう。すでに「内外の一流大学か、一流学部医学理工学部)」は失敗しています。なので私から提案できるのは以下の4つ。

1)大きな会社に入って40代までに独立できるよう資産と人脈を作る

2)太い家柄の相手結婚する

3)太い学歴を作れる大学編入できるよう受験勉強を始める(仮面浪人

4)40代独立を目指し、就職できるよう学生のうちに士業の資格を取るため勉強する

僕はバカからこんな提案しかできない。もっと良い戦略を立てられればそちらを実行するのが良い。

あなた資産があれば、実家が太ければ、太い相手と繋がっていれば、時間をカネで買えます。買えないあなたは、就職したら詰みです。勉強時間はなくなり、社畜に堕ち、風俗堕ちしなかったとしても、いいところDV男に人生収奪されて終わりでしょう。

から戦略をもった勉強です。結果を出すための努力です。遊んでいる暇など無い。あなた青春はない。青春とは、太い親のカネで買うものです。

化粧は武装です。華やかさは男に貢がせるための飾りです。あなたが楽しくなってどうするんですか?

この社会は、どんどん残酷になっている。収奪できる人間のみが、人間らしく生き残れるようになっている。あなたはそれに適用し、収奪する側、勝ち組に入って初めて、人間らしいワクワクとした人生を送れるのです。

頑張ってください。あなた未来に幸がありますように」

女は人間だとわかったら一人で死ぬ決意をすることになった

長いんですけどお付き合い下さい。

〇前提:生物学的な性も社会的な性も無視していいという話

生物学的な性別、オスであるかメスであるかは先天的もので、個人選択によるものではないじゃないですか。その人自身ではどうしようもない、偶然与えられてしまっただけのものですよね。

でも個人社会における性役割、男であるか女であるかはほとんどの場合その人の生物学的な性別によって周囲から規定されます。オスであれば男をやることに、メスであれば女をやることになる。そこに選択余地はなくて、自分がどう思うかに関わらず(ほとんどの人は「自分がどう思うかについて考えるタイミング」さえ飛ばすことになる)、気づいたら人は男/女になっている。

生物の中で人間けが、オス/メスと別に男/女という概念を持っていますよね。これは単なる性別ではなく、人間社会形成するために作り出した役割だと言えるのではないかと、僕は考えます

個人(というか人間の力では)どうしようもない生物学的な性差に基づいて、人をオス/メスではなく男/女という役割に仕立てあげ、男女それぞれに仕事を設定することで回してきたのがこれまでの社会

偉いものでこれまでの社会合理的な形になるようにやってきているなあと思います

こんなことを言うと怒る人がいるので怖いのですが、どう考えても男は働いて女子供を養った方がいいし、女は子供をうみ、育て、男を支えた方がいい。

従来の人類の発展を続けるのであれば。

人が増え、発展していかなきゃいけないという昔から信じられている人類の発展を今後も続けていこうという前提があれば、この考え方は正しくて、超合理的だと思います

元来人の社会システムが拡大、発展するためには、男が働き、女が支え、耐え、食い物にされなければなりません。

人間行為にはしばしば男女どちらが適しているかが明確なものがあります

かに赤ちゃんを育てるのは男でもできるかもしれませんが、一般的には女が育てる方が合理的です。

戦争をするのであれば、女も戦うことはできるでしょうが兵士は男である方が合理的です。

そして総体的に、これまでの人類の発展に際しては、女が割を食うことが合理的でした。誰かがそのように社会を作られたのか、わかりませんが。

でも今、それはおかしいという流れがあります

女が割を食う筋合いはないし、男が体を張らなければいけない理由もない。

それもそうです。そもそも男/女なんて、自分たまたま人間のオス/メスだったがために周囲から規定され、男/女としての役目を果たすことを求められているのだから

実は男も女もいない。

人間が成長するにつれ男や女という役割を課せられてしまうだけだし、その区別の元になっているオス/メスの区別先天的もの、偶然のものであって、その人自身がどうあるかとは何ら関わりがない。

ここまでが前提です。

僕は今、生物学的な性と、それに基づいて個々人に与えられている社会的性役割を、あんまり意味がないものなんじゃないかと思い始めています

子供を産むことについて

今の社会では女をやっている皆さんが割を食っていることは周知の事実であり、それをどうにかしようという流れはありつつも、まだ割を食っていただいているとで緩やかに従来の人類の発展を続けているような状態です。

従来の人類の発展は女をやっている皆さんが割を食うことで成されるものでした。

ではここで聞きたいのですが、

みなさんは人類を発展させていきたいですか?

みなさんは自分が死んだあとも人類が発展していくことを望んでいますか?

あなた人類の拡大、発展に最も簡単かつ効果的に貢献できる方法として、「子供を作り、育てること」があげられるでしょう。

子供を育てることは人類全体から見て非常に生産的な行為だと言えますそもそも生物繁殖してなんぼてすから、子作りは生き物として正解です。

でもあらためて考えてみると、子供を作ることははたして本当に良いことなんでしょうか。

あ、特に深いことや説得力があるデータを言うわけではないのですが。

単純に、僕はたまたま男だったので思ったのです。

例えば僕が女と所帯を持ち、子供を作らせたとします。

その女が抱えるリスク妊娠出産リスク)と仕事(僕が手伝うにしても、主として子供を育てていくこと)は、その人がたまたま女であった(たまたまメスとして生まれた)がために抱えざるを得なくなったリスク仕事なのです。

僕には女を孕ませ、リスク仕事を負わせた罪が生じます。女と子供を作るという合意があったとしても関係ありません。女は僕と同じ一人の人間なのに、たまたま妊娠出産ができる人間のメスであり、かつ人間のオスである僕がいたために子供を作るという選択肢をとることができてしまい、それにまつわるリスク仕事を背負ってしまった。

これは、幸せだとされてきたのです。

男は女と結婚して子供を作ることが幸せ。女は男と結婚して子供を産むことが幸せ

僕もそう思っていたことがあります

しかしこれは、たまたま女に分岐していっただけの人間に、たまたま男に分岐しただけの人間がとてつもない重荷を背負わせているだけです。

人間人間として見れば、とてつもなく残酷行為に見えてしまます

しかしそれを男/女のレベルにとどめることで、「そういうもの」とすることができます。女は子供を産むものだし、男は孕ませるものなのだ、と決まっているなら飲み込めるというものです。

実は子供を作ることは、人間人間ひどい仕打ちをしているだけなのではないかと、僕は思うようになったのです。

男女平等について

女は子供を産むものだと言うと、怒る人がいます

男も子供を産む苦しみを知れと(あるいは男もそれを知ろうと)、同じ重さの重りを背負ってみたり、鼻からスイカ出したりしようとします。

あれ本当にしょうもなくないですか。

今の男女平等の目指し方を考えた時に、僕は天秤を思い浮かべました。

天秤の片方の皿を男の苦労、もう片方の皿を女の苦労だとしましょう。今までは女の側に大きく天秤が傾いていました。

何度も言うように、社会合理的なので、女の皿も男の皿と同じ高さにしてあげようと合理的に考えます

そして、女の皿の下にどんどん台を噛ませ、不器用にも高くしていくのです。

女性専用車両レディースデー女性料金などといった「女自身でも正直ちょっと優遇されちゃってるなと思うこと」の数々は、あとから男の皿と高さを合わせようとテコ入れした結果のものです。

そして重要なのは、男女それぞれの皿にはもう片方の皿には決して載せることが出来ない重りがあるということです。

たとえば先程の妊娠出産は、女だけが持っている重りだと言えるでしょう。男側にはどうやったって妊娠出産の苦労の重りを載せることはできません。

この天秤は、男女が男女として関わりを持つ限り、その間に必ず現れます。そしてどれだけ双方の重りを調整しようとしても、必ずどちらかに傾きます絶対にです。

今の社会は天秤の重りをいじり、皿の下に台を噛ませて見た目上の皿の高さを同じにしようとしていますが、それで男女平等が達成されることは永遠にありません。

ではどうすればよいのか、僕は「天秤そのものをなくすこと」がその答えなのではないかと考えました。

次で最後です。

〇本当の男女平等について

人間たまたま男や女に仕立てあげられているだけで本当は男も女もいないという話、子供を産ませることは、人間人間ひどい仕打ちをしているだけだという話、今の男女平等の目指し方では永遠に平等になることはないという話をしてきました。

では本当の男女平等とは何なのか。それは、異性との性的な関わりを持たず、異性を異性と思わず接することです。

ここからは僕だけの結論なので、主語を僕にします。

僕が異性だと思っていたものは、たまたま異性になっただけの同じ人間です。よって、僕と同じだけの自由があります

僕はかつて、女と付き合い、結婚し、子供を作りたいと思っていました。しかし、そうしようと思っていた女も僕のような男になるかもしれなかった人間で、たまたまメスに生まれたがために女として育てられ、男とつがいになることが幸せとされる存在の一員とされてしまいました。

女には付き合うことも付き合わないことも、結婚することもしないことも、子供を作ることも作らないことも自分選択する自由がありますが、僕と関わることで選択肢が狭まる可能性があります。そして僕がアプローチをかけでもすれば選択の機会は奪われてしまます

同じ人間選択や機会を同じ人間が奪うことは恐ろしいことだと思いました。やってはいけないとも思いました。

よって僕は、女と関わりを持つことをやめようと思いました。

女と関わりを持つ限り、先程の男女の天秤が現れます。この天秤はどういじってもどちらかに傾くので、関わり続ける限りどちらかが負担を強いられます

そこで僕は女を女と思わないことにします。そもそも同じ人間なので、やろうと思えばできないことでもありません。

努めて同性と接する時のように、目の前の存在女性であることに目を向けないように接します。

目の前の人が不当に低い扱いを受けていれば(周りはその人が女だから低く扱っています)、同じ人間なのにどうしてそんなことをするんだと怒りますし、不当に良い扱いを受けていれば(周りはその人が女だから良く扱っています)、同じ人間なのにどうしてそんなことをするんだと怒ります

そして僕は、女と性的な関わりを持たなかったので、一人で死ぬことになります

僕は本当は一人で死ぬことだけは嫌で、女を手に入れ子供も作ったことを幸せだと感じて死んでいきたかったのですが、そうするためには同じ人間を害する必要があることに気づきました。そこまでして幸せになるほどの者でもないので、あと他人を害することを躊躇う倫理観がある自分でいたかったので、一人で生きて死のうかなと思いました。

男女という概念自分の中から徹底的に排除すると、男女という概念を基本として成り立っているこの社会からははみ出すことになります自分もこの社会で育ったので、ここの幸せ理解しているし、本当は欲している自分もいますが、女が同じ人間であることに気づいてしまたからにはもう女を手に入れるという男の幸せは得ることがどうしてもできません。

最後に一つだけ。

この社会幸せだと信じ込まれているものは、実は人類の発展に寄与するもの(そして結果的に同じ人間を害したり、同じ人間から害されるものだと僕は思います)です。

みなさんはそれでも人類を発展させていきたいですか?

みなさんはそれでも自分が死んだあと人類が発展していくことを望んでいますか?

僕はここまでずーっと考えていて、もうちょっと疲れてしまって、別に長くも短くもなく、今課されている責任を果たしたら、一人すっと死んでしまってその後になにも残らなくてもいいのかなと思いました。

ここまでの話には自信がありますが、全てバッチリ否定されて再び従来の幸せを求めることを正当化させたい気持ちもあります

どなたかこてんぱんにしてくれることをお待ちしています

2019-03-03

anond:20190228154954

しろ美少年残酷な目にあう」タイプ作品女性専売特許、というイメージがあった。偏見だけど。

私は男性リョナラーだけど、実際好みの作家さんは女性が多いんだよね。

美少年美少女も大好き! 壊れゆく儚さって独特の美しさがある。

一応、会田誠さんの件にも言及しておいた方がいいかな?

個人的会田誠さんの作品には興味ない。講義中に「抜いた」とか何とか言うのはどう考えてもセクハラだよね。

だけど、会田誠さんじゃない人(名前覚えてない)は強制にならないように配慮してたらしいし、それも一緒くたに批判ちゃう人の話をまともに聴く気にはならないかな…

講義内容が事前にわからないシラバス問題」という主張らしいけど、シラバス公開の後から内容変更なんて当たり前にあることだし、詳細に書くことって実際難しいよね。事務職員の人をそこまで責めることはできないし、それが認められちゃったら結局講師だって皺寄せは行くよ。

「訴えられたのは講師じゃなくて大学から問題ない」って言ってる人多いけど、私はむしろ逆に、会田誠さん個人を訴えるべきだったと思う。それなら応援できた。

以上は個人意見だけど、立場は表明しておかないとね。

本音で人と話せないのは

それが相手にとって残酷からと知っているか

2019-03-02

デレの新アイドルで最も割を食うのは「声有りの下位」

デレマス決断

https://anond.hatelabo.jp/20190228111106

 

 

この増田の言っていることは概ね正しい

 

ただ俺は、一連の運営の動きで最も悪影響を受けるのは現状の声無しではなく、声はあるけど声有りの中で人気下位に位置しているアイドルではないかと思っている。

 

先月のPalletスパイスパラダイスイベントの頃から想像もつかないほど、直前に開催されたNeedle Lightアクティブボーダーは低迷した。デレステは一昨年の後半頃から、日に日に声有り間の人気格差の開きが著しくなっている。

 

何をやっても新鮮だった2年以上前であれば状況は違ったが、今のデレは人気薄の声有りアイドルを出すと閑古鳥が鳴く有様になってしまい、人気アイドルを出したり無料10連でも開催すればそれが嘘であったかのようにまた賑わう。

そんな状況がイベントの参加人数やボーダーセールスランキングと言ったあらゆる数字如実に現れているのだから運営がその有様を把握していないわけがない。

 

単純に考えれば素直にほとんど人気アイドルだけでローテすれば良いじゃんという話であるが、その昔モバマスの月末ガチャでそれに近いことをやった結果、マンネリからジリジリとアクティブを減らしていった記憶がその決断をできなくした。

から今回の件は、デレステで使えるように最初から声を持っている新アイドルを出して今よりも強固なローテを生み出しつつマンネリ感も無くそうという、運営からすれば正しく一石二鳥アイデアだったのだろう。

 

最初から声を持っているということは、最上位でも狙わない限り選挙で頑張る理由が無いことを意味する。

声無しアイドルたちのデレステでの出番は現状無に等しく、そんな彼女たちにとって最初から声を持っている新アイドルは、羨望の対象ではあれど、争う相手ではない。

から、新アイドルたちが現時点で声無しアイドルたちの障壁になるケースは少ないと感じる。

 

そして7人の新アイドルデレステでの活躍の席は、もう数字を残せなくなって久しい声持ちアイドルから切り分けられることになるだろう。

まり、現状出番が無に等しい声無しアイドルにとってみれば新アイドル鳴り物入りで登場したところで風は吹かず、声持ちで数字がなかなかついてこないアイドルこそが新アイドルの影響で干されることになる。

俺には、Needle Lightの史上最低レベルボーダーの低さが、新アイドル実装前の「納得して干す」ための見せしめにすら感じる。

 

そういえばどこかで、「デレマス数字上だけ見れば人気上位2割(38人程度)のアイドル以外は削り落としても問題無い」という推計を見かけた記憶がある。

非常に残酷判断だと感じるが、ソシャゲ市場全体が縮小傾向に向かっている今、運営がしたいことは、結局そういうことなのだろう…

2019-02-28

任期付きバイオ助教最後

題名にある通り私は某旧帝大で特任助教バイオ系)をしており、今年の3月末で任期が切れますアラフォーです。

4月からの勤務先はまだ決まっておりません。

ここ二年の間アカデミア、民間企業等多岐にわたって職探しをずいぶんやりましたが、結局就職先は一つも見つかりませんでした。

アカデミアに関しては南は沖縄から北は北海道まで日本全国で様々な大学バイオ研究職に手当たり次第に応募しましたが、全て落ちました。面接では練に練った研究計画を余すことなく熱意を持って伝え、面接からもお褒めの言葉を頂いた事も何度がありましたが、結局全滅しました。

民間企業に関しても軽く30社は応募しましたが、面接に辿り着けたのが数社で、全て不採用でした。

もうここまで来ると職探しをする気力は消え失せてしまいました。

もうアカデミアも民間企業も持ち駒は一つもなく、今はただ来月末の任期満了日を怯えながら待つのみです。

4月からどうすればいいんだろう。。。どうしよう。。。私は独身で、頼れる身内も一人もいません。人生つみました。

世間では研究者はすごく大変だけどやりがいのあるかっこいい仕事だと思われてるようです。昨今の日本ノーベル賞受賞者の影響もあるでしょう。しかし、研究者は能力がなければ目も当てられないくらいに悲惨です。(私です。。)素質に恵まれた極少数の研究者は非常に良いですが、大半の研究者はそうではなく、早晩窮地に追い込まれることになります。(私です。。)

思い返せば、私は小さい時から研究者に憧れていました。高校では必死勉強して、現役で東大理一に合格し、その後も理学部を経て理学研究科で博士号を取得し、自分は将来東大教授になるんだと信じて疑いませんでした。しかし、今思うと、理学研究科で大学院生をやってた時既に自分研究者に向いてないという事に気付くべきタイミングが少なからずあったように思えてなりません。詳細は省きますが、当時の指導教諭や先輩(今は某旧帝大准教授です。。)から私が研究者を目指すことをやんわりと否定するようなことがあったことを思い出します。結局研究者としてやっていけなくなっていまこのようなにっちもさっちもいかない状況になってしまったので、やはり彼ら(研究者としての素質を持ってる人たち)の指摘は正しかったし、素直に彼らの指摘を受け入れて、大学院生時代キャリアチェンジを図るべきだった(就職医学部編入とか)と意味のない反省をしてます博士時代の同期は何人かいましたが、途中で中退して、医学部編入したり、民間企業官公庁にでていった人が結構いました。今思えば彼らの選択が正しかった思います。素直さのなさと視野の狭さが私の欠点であり、その欠点のせいで人生がこうなるとは予想してませんでした。

博士号取得後は別の研究室に移りポスドク(激務薄給労働者)として一日も休むくことなく馬車馬のように働きました。ポスドクをしてた時にも今思うとやはり研究者としての限界を思い知らされる様な出来事がありました。(ご想像のとおりです。)この時も現実を受け入れる事なく、そのままポスドクとして残ってしまいました。ひょっとしたらくだらない自尊心のせいで、自分研究者としてやっていくのは無理だという残酷事実から無意識的に逃避していたのかも知れません。

数年に渡るポスドク生活の後、運良く(今思うとここで自分人生の運を全て使い果たしのかも知れません。)今の特任助教の職にありつく事ができました。しかし、研究世界非情もので、才能のない人がいくら努力しても上手く行くことは決して無く在任中にたいした成果も出せずに気が付けば任期満了まで一ヶ月というところまで来てしまいました。

昨今大学研究者を取り巻く環境悪化の一途を辿っており、任期無しの研究職がどんどん少なくなり、その一方で任期付きの研究職の割合が日に日に高まっています。このような状況のせいで自分研究者になれなかったのだと不平不満を述べる人が多数いますが、私はそうだとは思いません。やはり研究者になれない人(私も含めて)には素質がないのです。素質が何なのかは難しいところですが、結局任期無し大学教員という職を巡る椅子取りゲームで勝つのはやはりふさわしい人なのです。終わりのない椅子取りゲームに見えますが、研究者として生き残る人はなんとなく決まっているように思います。(ここらへんは私自身の勝手想像です。自分研究者になれなかった脱落組なので。。)

繰り返しますが、研究者は素質がないともうほんとに悲惨です。自分に素質があるかどうかは割と早い段階で分かるはずなので、いま大学院等で研究者を目指して奮闘している方達(特にバイオ系)には時期を逃すことのないよう気をつけてほしいと思います

また、アカデミアのよろしくないところは、成功者経験ばかり語られて、落伍者の声は闇に葬り去られてしまうところだと思います成功談も大事ですが、それ以上に失敗談にこそ学ぶべきところがあるのだと悟っています

ああ、4月からどうすればいいのやら。今後の人生はどうなることやら。任期満了日が過ぎたら、その後は社会底辺彷徨いつついつか年老い死ぬ日をひっそりと待ち続けるのみです。

芸術という枠組みの中においては、どれだけ酷く残酷表現があったとしても穏やかな顔でこっそりと許してしまう気がする

ただ、それは自分の中にあるぐじゃぐじゃと黒く汚く後ろめたいものをはっきりと自覚しているからであって、例え芸術だと理解はしていても許すことのできない表現がある、と断言する人々はあらゆるものに疚しい気持ちがないのだろうなと思う

嫌味でもなんでもなく、羨ましい

美しい人間を汚したいとか、傷つけたいとか、そうでなくとも単純に趣向を凝らしたセックスをしてみたいと思うようなことはないのだろうか

ないのだろう

デレマス決断

デレマスに新アイドル二人が最初から声と曲を持ってやってきた、さらカップリング前提とのこと。やはりと言うべきか界隈はまた炎上した。アイマスはとうに離れた身ではあるが熱が抜けた今だからこそわかることを書きたい。いつもの馬鹿馬鹿しいアイマス増田だ。

アイマスの中でもデレマスは欠陥品だ。売上・人口トップクラスなので失敗とは言わないが現在あるアイドル物で声優がいないというのは同じ出所sideMを除けばまずない。もっと言えば今あるソシャゲではフルボイスは珍しくもない。声優が一部にしかない場合でも最高レアのみであるとか初っぱなから区切りを付けるのが基本である

対してデレマスは人気のあるキャラ運営が使いたいキャラに声を与える。平等感を醸し出しながらやってきた結果、ちょうど声あり半分声なし半分になった現状で不信感が漏れだしているのが今のデレマス界隈だ。

長くしたくはないので結論を書くと「残りの声なしアイドルでは売れないから切り捨てたい」という運営決断したってことだ。本当はやろうと思えば全員に声は付けられる。声優兼任させれば良い、一人二役ならちょうど全員分になる。これがアイマスでなければできただろう。残念ながら声優キャラが根強く結びついたアイマスにおいてそれは絶対あり得てはならないから。

度々見るデレマス改善方法に「不人気を最初から切り捨てればよかった」とある。かなり残酷意見だが正直運営はそれをしたかったができなかったと思う。

運営からすれば不人気キャラのPなんてぶっちゃけ数も少なければ人気のある、売上に貢献する時ではなく売上が見込めないタイミングしか金を落とさない癖に文句はいうと言ったクレーマーに等しいものだ。切り捨てたいものではあるがそれを実行すると人気キャラのPに切り捨てを行うジャンルとして受け止められてしまい売上に影響が出る。だからできないのだ。

そんな運営が考えた答えが「新キャラ投入で口に出さずとも不人気に未来はないことを表す」だった。これなら確かにわずとも実質切り捨てとして受け止めて貰えるし新規Pも狙える。完璧な動きと言えよう。

炎上はした。しかしこれはかつてのアイマス2の時とは違い確実に運営は予想していただろう。もう運営はわかっている。炎上しても必ず新キャラは受け入れられることを。そして今声ありキャラのPは安心して楽しんで欲しい(上田とか声あってもあまり出番ないキャラもいるけど)。今声なしキャラのPは考えて欲しい。

辛いぞ

anond:20190228013718

会田誠年齢制限やらないで公開講座やったの笑う

普通に美術館での展示でも作品によっては隔離して展示してんのに

いや別に制限なしで公開講座もいいけど内容のすり合わせはしとかなアカンやん

会田誠知っとけよって言うけど正直大学側こそ知らんで企画したんちゃうんて思うレベル

芸術性の問題と公に相応しいかは別の話やん

知ってて行った中でも公開やしある程度抑えてやるのかなって思った人おる思うわ

浮世絵現代への影響って枠でやって残酷絵とそれに伴うそっち系のエログロナンセンス重点的にやるみたいな話やしそら怒られるわ

2019-02-27

[] みんな自分のことで精一杯。他人がどうなろうが知ったこっちゃない。自分さえ良ければ他人はどうでもいい。いつから日本悲惨社会になってしまったのか?敗戦から

子どもが「助けて」といえる社会

 

「親がそんなことするはずない」という残酷言葉

 

子どもたちに一人でも味方が多くなり、たとえ困っても「助けて」といえる、そんな社会にしていけたらうれしいです。

anond:20190227102023

そんなのやまとあるけどさ


・(理由はどうであれ)誰かに暴力的雰囲気を見せる、怒鳴ったり物に当たったりする

・大した展望のない転職を繰り返している

・メシの食い方が汚い

金銭をきちんと精算出来ない

・人に奢るのが嫌いなケチンボ

・逆に異常に気前がよくておごりまくる

・生き物をいじめる、わざわざ残酷仕打ちをする

ネット中毒

ギャンブル中毒

アル中

・(ところで飲む打つ買うで一番ましなのは買うである中毒性や限界値が低いから。)


なんかつまんないことしか思いつかなかったな

もっとあるだろうか

2019-02-25

50近くになっても結婚彼女もできず両親にいい報告することなく看取り

後悔しかない人生を歩んできた俺は時の流れは残酷だとしか言えないけど

みんなは時の流れは残酷ではないと言える人生を歩んで欲しい

老人増田からの願いだ

2019-02-24

anond:20190224221906

周囲から色々教えてもらうどころか、周囲から袋叩きにあってきたしあってるのがKKO

嘘八百や心無い中傷だけを浴びせといて何を教えてるつもりなのか

そんな奴に人並みの成績を求めるのが残酷だと言うのも分からない?

2019-02-23

パンツマンときまぐれクック

君たちは信じないだろうけど、

動画アップロード先がパンツマンときまぐれクックで逆だったら、

パンツマンテレビまくり資産ウン億円、妻帯者、

きまぐれクックは有象無象ニコ生主の一人だったんだよ。

Youtubeアップロードするかニコニコ動画アップロードするか、

たったそれだけの違いで全く違う人生になってしまって、すごく残酷だなって悲しくなったよ。

2019-02-22

実は不謹慎だと思っているがそんなこと言っても理解されないので黙っている事一覧

まりもっこり普通にシモネタなので)

ちんこ型のちんすこう普通にシモネタなので)

ひよこ鶏卵使ってそうなお菓子ひよこ型っておまえ…)

うなぎパイ夜のお菓子うなぎというのがエロスちっく)

 

補足

かにうなぎパイ何が悪いか書いてなかった。

例えば、取引先で茶菓子まで出されるぐらい手厚くもてなされた時の茶菓子うなぎパイだと「え?」ってなる。

安い高いとかもてなしのレベルとかそういうのじゃなくて、「夜のお菓子だすの!?」って感じ。(源氏パイだとセーフ)

うーん、理解されないな。自分で書いててもちょっと過剰かなっておもっちゃった。

 

ひよこは単純に原材料の卵(何の卵かはしらないけどまぁおそらく鶏卵だろう)という字をみて、なんか残酷だなって思った。

親子丼や、とんかつ作ってる豚のイラストも近いけど、親子丼とんかつは姿がもう動物とかけ離れて食材判定だから受け入れられるんだけど、ひよこは完全にあのかわいいひよこをもしてるからできれば食べたくない。貰えば食べるか、見てないところで捨てるか、家族にあげるけど。

鳩サブレーもセーフ。

 

まりもっこりちんこ型のちんすこうは確かに不謹慎というよりかは下品かな。これももらったら、家族にあげるか、見えない所で捨てるな。自分で使うことはない。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん