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はてなキーワード: 残酷とは

2018-02-20

風の谷のナウシカ』の漫画版を読んだ人に訊きたいんだが

※未読の方はネタバレ注意













私たちってナウシカに殺されたんですよね。

ネット記事で、ナウシカはアスベルのこと好きだったけど最終話で振られたってあったが、途中から本人もう気にしてないですよね。

しろ王蟲世界自然同化したい、って方に思考が飛んでから、アスベルどころか風の谷すらあまり重要視しなくなってますよね。

しろ人間のもの失望しているというか。

あい世界真実を知っちゃって、元の意識には戻れないなら、森の人と一緒になるのはナウシカにとって一番幸せな結末かもしれませんが。

でもそれも、伝説として残ってる話であって、本当の結末かどうかとか、あいまいですね。

最終話言い伝えは、それぞれ別の人が書き残した伝説と考えれば、時系列とかも納得できないこともないですが。

映画版だけしか知らないと、漫画版ナウシカヒロインでありながら過激で、行動力があるのが印象的でしたが。

自分は、ナウシカ残酷さも、旧人類のエゴも、どっこいどっこいかなあと思ったので、あのラストも受け入れられましたが。

やっぱり大多数の人にとって、ナウシカわがままという印象ですか?

感想を聞きたいです。

――――――――――

追記。

しばらく静観していました、日記の主です。

思ったより反応が多くて驚きました。

ブックマークコメントや返信などいろいろもらったので、一括してここに返事のようなものを書きます



旧人類=間違った方向に行っちゃった私たちの成れの果て だと思ってナウシカを読んでいたので、卵に戻った自分たちが殺された、と考えました。

そもそも卵の新人類と、巨神兵発明した旧人類とが別で、新人類旧人類ともナウシカたちとも違う第三の人類だとするなら、私が冒頭で言ったことは覆りますが。

どっちが正しいんでしょうね。

墓所がいろんな地方複数ある、という説もあるらしいので、謎が多いですね。

漫画を読んだあと、オンライン記事2chなども読んでから書いたので、ナウシカ批判が目立つ印象が強く残り、ナウシカのことわがままだと思ってる人が、意外と多いような気がしていました。

だいたいの人はそう思ってるのかと予想してましたが、そうじゃない考えも、色んな意見もあって、訊いて良かったです。

同じ作品を読んでいるのに、人によってここまで印象が変わるのも面白いです。

ナウシカナウシカ自身の「いのちは闇の中のまたたく光」という考えと選択の結果、ああしたという訳で、そのまま受け止めている人が結構多いですね。

ナウシカたちの未来がどうなるかはわからないですが、でも現実私たちだってどうなるかわからいから、人間未来ってはっきりしてないものなのかもしれない。

と思いました。

Wikipediaに載らない人生って何なんだろうな

凡人の俺は、お前生まれてこなくてもよかったんじゃね?と死ぬ瞬間に思いそうだ。

天才だったら幼少期から死ぬ瞬間までを記録されるんだろうな。自分が考えた名言も残るんだろうな。

そして数百年たっても誰かにまれて影響を与え続けるんだろうな。尊敬され続けるんだろうな。

凡人は、そんな天才を下で支えるだけ。いい思いをするのはいつも天才金も地位名誉も女も権力も全部天才が持っていく。

死んでも一行すら歴史の本に書かれない凡人。研究までされちゃう天才。この差ね。遺伝子格差残酷だ。

天才として生まれて後世に名を残したかった凡人でした。

2018-02-19

子どもの頃の残虐性はどうして消えたのか

子どもの頃、残虐…残酷行為をしていた。

ありに水かけたり、踏んだりしてた。

蝉に爆竹という話を聞いたこともある。

さすがにそんな事はしたことない。

でも、野良猫を追い掛け回したことはある。

友達の腕を捻って倒したこともある(柔道とかの抑え技みたいなやつ)

ふと、「どうしてそんな事をしていたのか?」と考えることがあるが

未だに理由は分からない。

「強いもの」だということを確認たかったのか

「生き物がどうなっているのか」を確認たかったのか。

悪くて印象に残っていること以外だと小学校6年生から記憶しかない。

それまで自我が定着しなかったのかな?と思う。

今は血を見るのも怖い。カッターで切ったとか、コピー用紙で切ったとかも痛々しい。

あの残酷さはどこから来ていたんだろう?

どうやって改心したのだろう?

やっぱり良く分からない。

[] #50-4「猫の生殺与奪権」

俺はあの猫が先ほどいた場所にエサを置き、そこから一歩離れた場所で中腰になって構えた。

そうしてしばらくすると、目論見どおりあの猫が姿を現す。

しかし、エサにはすぐ食いつかない。

こちらを窺っているようだ。

手を出せば捕まえることができる距離まで近づいてきたが、それでも焦らず腰を据える。

俺はおそるおそる人指し指を突き出した。

猫もおそるおそる指の匂いを嗅ぐ。

よし、ここまでくればほぼ成功だ。

そこから流れるようにそっと猫の首や背中をなでるが、抵抗せずに身を委ねてくる。

最初に会ったとき何となく分かっていたことだが、やはりこの猫は人慣れしている。

猫が人間社会で生きていこうとすれば、人間をアテにしたほうが合理的から当然だろう。

ウサクみたいに強い敵意を向けたり、強引に迫ろうとしなければ逃げようとはしない。

から俺は、エサをあげたいだけの猫好き一般人を装えばいいと考えたのだ。

そうして猫が完全に警戒心を解いたのを見計らい、俺は用意していたカゴに導いた。

「よし、捕獲完了


…………

俺たちは捕まえた猫を引き渡すため、施設へと移動を始める。

「素晴らしい達成感だな。我々は社会に貢献したのだ!」

猫一匹捕まえただけで、ウサクは大義を成したとばかりに喜んでいる。

ある意味では子供らしい反応なのだが、愛嬌はまるで感じないな。

「それにしても、兄貴って意外と猫好きだったんだね」

「そう見えたから、この猫も近寄ってきたんだろうな」

「え? つまりきじゃないってこと?」

猫だけじゃなく、お前まで騙されてどうするんだ。

「好きじゃないっていうか、まあ厳密には好きでも嫌いでもないな」

「えー!? なのに、あんな……」

「とんだ猫たらしだ」

みんなの目が冷ややかだ。

俺はスマートに捕まえてみせたのに、なんでそんな態度をとられなければならないんだ。

そもそも俺が猫好きだったら、わざわざ業者に引き渡すようなマネはしねえっての」

「え? どういうこと?」

どうやら弟は要領を得ていないようだ。

そんな状態で猫を捕まえるのに精を出していたのだから、何とも残酷な話である

だって業者に渡したら、猫は最終的に殺されるだろ」

俺がそう答えると、弟は固まってしまった。

というか、それを聞いていた学童仲間みんなが固まってしまっていた。

「“殺す”んじゃない。“駆除”するんだ。」

ウサクが慌ててフォローするが、大して意味はない。

都合よく言い換えたところで、事実は何ら変わらないからだ。

「結局は殺されるんだろ」

「いや……“駆除”という言葉には、“殺す”という意味以外も含まれているのであって……。業者に渡したからといって、必ずしも殺すというわけでは……」

「じゃあ、この猫は殺されないの?」

「……少なくとも苦しむような手段はとらないだろう」

ウサクの歯切れが悪い。

イエスともノーとも答えていないが、その反応だけで察するのは簡単だった。

そして、その時にやっと弟たちは自分のやっていることが“どういうことか”自覚したらしい。

罪の意識に駆られた弟たちは、それを解消しようとウサクを非難するという行為に及んだ。

俺はウサクが少し気の毒にも思えたが、半ば強制的に手伝わされた恨みがあったので擁護する気になれなかった。

かといって猫に思い入れがあるわけでもないので、弟たちの側に入る気も起きない。

俺は猫が入ったカゴを抱えながら、その様子を静観しているだけだった。

「ウサク! 僕たちに何てことをさせたんだ!」

「俺たちを猫殺しに加担させるなんて……」

「殺すわけじゃない。我々は捕まえて、業者に渡すだけだ」

「でも、その業者に渡したら殺されるんだろ?」

さすがに目の前の命が危機さらされていると分かれば、ロクな主義主張を持たないガキでも必死になる。

弟たちは猫を業者に渡すことに猛烈に反対した。

「な、なんだ貴様ら。さっきまで猫を捕まえることに協力的だったくせに……」

「殺されることを知っていたら、こんなことはしなかったよ!」

「『無知は罪』という言葉を知らんのか!? 『知らなかった』、『いま知ったから』で簡単に手の平を返して許されるとでも?」

ウサクはみんなにそう返すが大した理屈じゃない。

俺たちがガキであることを抜きにしても、ヒト一人が知っていることなんて高が知れている。

なのに知らないことを罪だと責めるのは理不尽だ。

はいえ、今こうして言い争う皆を見ていると、分からなくもない主張ではあった。

(#50-5へ続く)

2018-02-18

私はあらゆる判断を保留にする

こたつ暖房

お腹いっぱいの気だるい夜中。

私は旅行番組の途中で、ユニセフCMぼんやりと見る。

まれない子どもが映っている。

の子達にご支援をお願いします。

つの番組中で何度も、そういう場面に出くわす。

しかし、私は支援決断することはない。

ぬくぬくスマホを弄っている。

ふと思えばずいぶん残酷なことをしている。

の子どもと、私の境遇の違い。

同じ世界のこととは思えない。

なぜこんなことが起きうるのか。

職場でのいざこざ。

上がらない給料

逃した婚期。

私の悩みなど、生死に比べればやさしい。

けれども、暖かい空間において思考は緩慢だ。

ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。

ただ心中で謝るに任せ、私はあらゆる判断を保留にする。

モンハンについて

「1匹のモンスター集団ボコボコにするのは残酷すぎる」と言ったら、

「お前はシーシェパードか」とツッコまれた。

anond:20180218010829

24時間テレビが叩かれるのとは原因が違う気がするなあ

単純に障害者集めて踊らせて夢が叶ったね募金くれってのにはこいつら哀れでしょ?って思わせる何かを感じるけどこれは歴史ものエンタメだしなあ

たとえば怒りのデスロードにはガチもんの奇形が出ているし

おそいひとなんかは脳性麻痺患者脳性麻痺連続殺人犯役で起用したりしてる

彼らはちゃんと役者やってるしすげえなとは思うだけで残酷だとは思わない

感覚問題になってしまって俺も何が違うのかまだわからん

女性専用車両への批判を切り分ける

Twitterはてブも短文なせいで相手立場100%理解せず批判応酬が起こりがちだ。

よくよく話してみたら意外と「あれ、そこまでは同意見なんだ」ってことはよくある。

ここらで自分なりに女性専用車両批判論点を整理してみたい。

論点・切り分けの骨組み

一例として、個人的意見

個人的には女性専用車両の「やり方」には否定的だが、すぐさま撤廃すべきでもないと思っている立場

具体的には以下の通り。


私が女性専用車両を賛成する立場の人と議論する場合、e. や f. あたりの論点を中心に、より摩擦の小さい痴漢防止アプローチを探るのが建設的だ。逆に a.-d.あたりを蒸し返されても「え、そこは反対してないのに」と思う。

2018-02-17

anond:20180217092547

ちくわかまぼこも似たようなもんだけどね?

単純に飛び散る血の量の多い/少ないで残酷さが決まっているわけじゃないとは思う。

 

人間ソーセージ

人間人肉を加工・販売しないのは、材料となる人間が殺されるときに、ちゃんと言葉で拒絶するメッセージを伝えられるからだと思う。

もしも、動物言葉がしゃべれて、殺されるときに「イヤだ!殺さないで!」って言われたら、ちょっと食べづらいと思うw

2018-02-16

時間けが残酷に過ぎていく

俺は死を待つことしかできない

時間を止めることができないのにどうして死を止められようか?

俺の寿命はあと1時間しかない

神に祈っても聞き入れてもらえない

しかもその死には自分の足で向かっていかなきゃならないんだ

信じられるか?あと1時間だぜ?

自分で死にに行くなんてバカな話があるかよ

2018-02-15

anond:20180215212017

うそうそろ、こういう話しが通じない世代が増えつつあるのかも。

って、増田増田時間経過の残酷さに想いを馳せてみたり。

2018-02-14

母親に抑圧される女性」追記

anond:20180212233657への追記です。

長くなったので分けました。

作品名を挙げて下さった方、ありがとうございます

レインボーライブ、べる様いいですよね。

 彼女プリズムライブに至るまでの物語、何度観ても涙が溢れてきます

萩尾望都、大好きです。

 ただ「ポー」「バルバラ」「半神」「スター・レッド」あたりが好きで、

 「イグアナ」「残酷な~」は読んだことがありませんでした。勉強します。

トクサツガガガ、まだ未見でした。

 ちょっと絵柄があんまり好みじゃなさそうだったのでやめていたのですが、

 今度チャンスを作って読んでみます

作品のご提案全部に反応するとキリがないのでこれくらいにします。

自分の中でも拾いきれてない作品が色々あったなと思うので少しだけ書いとく。

そういえば、元祖アイマスだと一番好きなのは如月千早でした。

ガルパン吉田玲子脚本が「みほ vs 伝統母親」という

対立解放構造になっている感じが好きです。

カラッと軽快な萌え戦車モノを作りたい水島らオッサン連中と、

女性同士のねちっこい対立・成長構造を書きたい吉田ガッチリはまった怪作ですね。

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キモいってのは承知してるのでまぁわかるけど、

理解するつもり完全にないです」って奴結構多いのな。

さぞや多様性に富んだ人生を歩んでおられるのでしょう。

自分と実母との関係は良好です。心配してくれた人ありがとう

コメントを拝見してもう少し考えてみると、「母親に抑圧されている女性」が

解放されて自らの道を選べるようになる瞬間」だとか

「面と向かって母に離別を宣言する瞬間」とかにカタルシスを感じてるんじゃないか

挙げていただいたモノも含めて、上記作品群を再度眺めて思いました。

プリティーリズム・レインボーライブ 25話「さよなら、べる」を観てください。

決して虐げられている人間をみて興奮しているとかそういうことでは無い…と思うんですけどね。

不幸なロリ凌辱モノとかああいうのは苦手ですし、バッドエンドエロ漫画とかも嫌だし。

から妻のことも解放された今が一番素敵だと思っているし、

その生活を協力してずっと守っていきたいと思っています

また不幸になってくれなんて露の先ほども思っていません。

これからも支えあって生きていこうと思っています

増田話題になりそうだなーと暖めていたネタだったのだが、

予想通りの反応で正直笑った。

増田に付き合っていただいてありがとうございます

現実でも不幸な人間探しをしてるやべー奴」扱いをしている奴らはお疲れ様でした。

anond:20180213200858

わかってくれてありがとうございました。抑圧と努力と反抗と解放カタルシスです。

anond:20180214111518

ありがとうございます、多分近いと思います。困難に立ち向かう姿に惹かれているんだと思います

虐げられていることそのものを求めるのとは違うんだと思います

anond:20180212220528

元増田は本当にお疲れ様

前に飼っていた猫は乳癌で長く闘病していたのだけど、生まれた時から一緒に育った猫だったので大変辛かった。

その頃のことを思い出したのは、昨日、その後に飼った別の猫が死んだからだ。便乗するのを許して欲しい。誰かにまれたいわけじゃない。吐き出さないとつらい。


今回の猫は心臓悪化から機能が低下して内蔵まわりを水びたしにして呼吸困難で死んだ。

そんな疾患を意識したこともなく、ほんの三日前の午前中まで元気に普段通りに過ごしていたので寝耳に水としか言いようがない。

細かく書こうとしてみたが、すでに出来事の順番が曖昧になっていることに気づいたのでやめた。ともかくジェットコースターだった。レールが出発地点に戻らずちょん切られていて池の中に放り出された感じだけど。

前述の癌の猫について、飼い主の都合で痛みを長引かせてしまったという自覚があることと、呼吸困難の苦しさ(丸二日間ずっと苦しみ続けて睡眠もとれないのを目の当たりにみしている上、完治の見込みは一切無い)を考慮して安楽死を選んだ。

選択自体には後悔は一切していない。猫はもちろん一秒でも長く生きることを選ぶだろう、意識だってまだあるのだ。自分の顔を声を、撫でる手を認識している。酸素室で比較的楽な一瞬、しっかりとこちらを見て立ち上がった時、確かに意識はしっかりしていた。でも、苦しさが限界まできてから眠らせるんじゃ意味がないと思った。少しでも早く楽にさせてあげたいと思った。口から垂れた水滴がうっすらと紅色だったのを見て、呼吸困難の後、血を吐くというのは本当なんだと思ったし、そこまでさせるのは本当に可哀想だと思った。前日の夜、撫でさすりながら「この呼吸困難は落ち着くことはない」と悟った時の悲しさは深くて、その時にもう決断したのだ。落ち着かないんだから、早い方がいい。でもそれは今日その日のことだとはわかっていても、何時何分になるのか、どうやって決めればいいのか。その瞬間までずっと考えていた。今はまだ撫でれば寄り添ってくる。声をかければ反応がある。尻の付け根を撫でればしっぽも跳ねる。でも決めてしまったら最後もう二度と触れあえない。

バックヤードに入って声をかけてから就業時間ギリギリまでそばにいる許可を得て、酸素室のそば椅子に座って猫をずっと眺めていた。猫は午前中は水を飲んだりできるまでに安定していたが、午後から酸素室に入れる前のように口を開いて呼吸する状態に戻っていた。心臓を圧迫するから俯せになるより座る姿勢の方が本来は楽なのだが、疲れているので伏せっていた。どうにもできないのでアクリル板の前で声をかけていた。顔と顔を付き合わせてスリスリするのが好きな猫だったので、なるべく顔を近づけて、たまに話かけるようにしていた。

しばらくして猫が体を起こした。そのまま頭をアクリル板に擦り付けスリスリとした時、私は撫でてやることができなかった。すぐに猫は座りなおし、また伏せてしまった。この仕草が猫から最後要望だったこと、それにその瞬間に応えてやれなかったことだけが、後悔として未だに引っかかっている。最後の瞬間まで何もかもを飼い主が勝手に決めるんだから、その時の「撫でて欲しさ」くらい絶対的に満たされるべきだった。

その後、酸素室を明けてもらってチューブを口元に持って行きつつ撫でたりもしたし、それで尻尾はピンと張ったけど、そんなの飼い主が触りたくて触っただけだし、今こうやって失われた手触りを惜しんでボロッボロに泣いているのも飼い主の勝手なのだ

死も病も生きとし生けるもの代謝を続ける生物すべてに降りかかる災難であって、この出来事もことさら特別運命ではない。だけど、なんでついこの間までピンピンしてたのに撫でて温めても治らないのかわけわかんないし、その直前に何か特別なご褒美がないものか、よくわからんと感じてしまうのだ。ペットとして生きものを振り回している人間の罪悪感から来ているとか、そういうたいそうなもんじゃなく、あの時に応えてあげたかったと、叶わなかっただけに後悔というより残念感がドーッと心を浸したまま浮き上がることはたぶんない。

安楽死想像よりも一瞬の出来事で、ハッキリ言ってまだ生きてる状態なのではと思いつつ死体を抱えて帰宅したが、やはり運動としての反応がない以上、死んだものではあった。体温は一月の寒さ程度では全然去らず、猫を抱えているとき特有の暖かさがあった。その意味ではまだ肉体は生きていた。肉体が生きている、感触は変わらず生前のままなので、猫とはまだ別れていない、「魂はまだ離れていない」という感覚ストン理解できた。通夜をするのだと決めた。

猫を抱いた人は了解されていると思うが、猫を抱くというのは小さいものの魂を抱くということだ。あれの温かさはそういう種類のものだ。スピリチュアリズムとかではなく、あんなに小さくて柔らかくて温かい繊細な感触をするものが、電池もなしに瞬発力を持って動くことに感動する。あの感触を得るために(あと鳴き声や舐める舌を得るために)人間は猫を飼っている。

この撫で心地を一瞬でも多く体験したいと思って、コンパクト姿勢にまとめて、体から熱が去らないようにバスタオルで包みながらずっと撫でていた。

やがて家族が飯の支度が出来たと呼びに来たので、二回目の呼び立てで立ち上がって猫を置いた。いつまでも続けているわけにはいかないのは分かっている。ただ、失われるものを少しでも得たいという、やはり飼い主の勝手欲望であって、そんなものは不純な気もしたが別れの儀式なのだと思えば許されるのではという気もした。

寝る時はベッドのそばのローテーブルに安置した。なかなか寝入れないので無料ガチャを回そうとソシャゲを起動したのだが、そういえば一昨日もこれをプレイしつつ俯せになっていたら猫が胸の下に入り込もうと邪魔をするので追い払っていたなと思い出した、とその時は泣かなかったが今泣いている。そのことは特に後悔はしていない(猫は実際に邪魔な時は邪魔だ)のだが、失われた瞬間の尊さときたら途方もない。猫が生きている時は「寂しい」の気持ちは押し込められていて、ともかく理不尽な病に苦しめられている猫の「運命」が「可哀想」だという気持ちで頭がいっぱいだったのだが、死んでしまうと寂しいに浸ることが許される。寂しいは自分状態への反応なので、順番を間違えてはいけない。

翌朝、猫の体は冷えていたが、水が溜まった下腹部がぶにぶにとしているせいで毛並と相まって生前の手触りを保持していた。腹に顔を埋めると猫本来香りは一切しなかった。発症してから口臭や小便の匂いもせず、口鼻や肛門に詰め込まれている綿と、昨夜寝かせる前に口元を拭った時の消毒剤の匂いがした。

その後、猫を弔ったわけだが長くなりすぎたので割愛する。

私が猫を看取ったのはこれで六匹目になる。回数を重ねるにつれ慣れるものだと感じていたのだが、正確ではなかった。この最後の一匹になる前は多々飼いをしており、一匹が死ぬことで猫の気配がなくなるということはなかったのだ。

最後の一匹になってから四年。この一匹だけは老衰でヨボヨボになりボケてあちこちに放尿するのを世話しながら息を引き取ることになるのかなと、なんとなく考えていた。



ペットロスという単語検索してみたら気が滅入った。

例えばこの文章を書きつつ号泣するというのはよくわかる。自分体験を振り返り、気持ちを盛り上げて文章化するものからだ。

だが、なんの切っ掛けもなく涙がこぼれることがあって、その時の心境は確かに「悲しい」だから心体は一致しているものの、ささいな刺激で表出するので本当に困る。「悲しい」には悲しいし、寂しがっているのだが、そうしたいと思っていないのに気持ちが昂ぶってしまい困る。

その一方でその気持ちから断ち切られたくないと考えている自分もいる。猫の感触仕草を声を忘れたくない。何度も振り返って記憶に焼き付けたいと願っている。その中でその愛している相手がこの世のどこにも存在しないことを感じて自動的に涙が流れる

時間解決することはわかっている。涙がなくても気軽に思い出せる日はたぶん遠くない。でも今はいっぱい悲しい。悲しいので涙が流れるし鼻水は垂れるし、一昨日からずっと目蓋が腫れぼったいしおでこまわりが熱いし、今年はもう必要ないなと思っていた鼻セレブを買った。

猫のことが悲しすぎない心持ちになったら、また新しい猫を引き取ろうと思う。一匹目の生まれた時から一緒にいた猫と死別した後、猫はあの一匹だけだと思っていた自分を変えたのは昨日看取った猫だった。

猫は猫それぞれで全然違い、個性や猫格を持っている。上手く付き合える確証なんてない。でも捨てられたり放棄された猫と暮らすのはどんな相手だろうと悪くないものだし、そのことで幸せになれる猫がいるなら今までの飼い猫たちにも報いることにならないだろうかと、そうも思うのだ。それこそ飼い主の勝手解釈で猫にしてみたらどうでもいいだろうが、一匹でも多く飯で腹いっぱいな猫が増えるなら猫好きとしては嬉しい。




一匹目の猫は乳癌で死んだ。

腹が腐る匂いと一緒に眠っていた。腫瘍の膿を拭って消毒液をかけないといけないのだが、大きく身をよじって嫌がるので雑な対処しかできなかった。爪を切られるのさえ嫌がる猫だった。

最期が近くなるとトイレがうまくできなくなり、尻まわりに糞をつけていたので臭かったが、その頃になると体もうまく動かせなくなっていたので拭き取ること自体は楽だった。しかし、腰が抜けて糞尿の上でのたうつようなことが度々あり辟易した。

最後の日、私が居間インターネットをしている時に「ニャア」といつもの声で呼びかけてきたが、私は怒っていたので相手をしなかった。

学校から帰って死んだ猫を見つけた時、ついに来ものが来たということはわかっていたが、そのことが理解できなかった、というのが当時のノートを読み返してよくわかる。生きていた時なら絶対にしないことを猫にした。首を持って持ち上げた。そのまま持ち続けていたが、反応がなくて、手を離した。床に落ちた。現象として確認した。信じられないものを目の当たりにしたあの時の気持ちを私は今でも忘れていなかった。紙から取り出せる。いつでも。

風呂場に遺体を持ち込んで糞と膿を荒い流している間、全世界への呪詛を吐きながらずっと泣いていたことも覚えている。初めて触れた身近な死だった。なんて残酷なんだろうと思った。

あの頃のように大声を出して泣くことも、荒々しい気持ちになることも、もうないだろう。

供養もなにもかも、飼い主の勝手で、寄り添ってくれたあの瞬間だけが本物だった。

2018-02-13

「親しい人を亡くした絶望」が好きなのかもしれない

https://anond.hatelabo.jp/20180212233657

絶対人には言えない不謹慎性癖で思い出してしまった。


数年前、大学時代同じ部活だった友人が20代若さ事故で亡くなった。

ちょうど仲間内の1人と交際しており、婚約直後だったと聞いていた。

その婚約者の友人から知らせを受けた直後は、気が動転して意味のないことを口走りながら、友人として諸々の手続きを引き受けることにした。

母親にどうすればいいか聞いて葬儀社に電話をして、言われるがままに一番大きな供花を注文した。

葬式には大勢部活仲間と参列した。亡くなった友人は事故に遭ったのが嘘のような、まるで眠っているかのような顔で棺に収まっていたので、どうしようもないとは思いつつ「今までありがとう」と声をかけてみた。

親御さんからのお願いを受けて、みんなで棺に花と思い出の品を入れて、最後霊柩車が式場を出て行くのを見送った。

今でもこうしたひとつひとつ出来事を鮮明に思い出せるし、「悲しい」以前に「受け入れがたい」という気持ちが消えない。


ただ、その時自分が持っていた感情理解できない。その時の自分は、行き場のない悲しみ以外に一種ドラマ感を味わっていた。

葬儀の前日、悲しみを通り越して感情が表せなくなった婚約者の友人の顔を見ながら、亡くなった彼との思い出話を聞いていた時。

婚約者の友人の代わりに花を手配し、初めて会った故人の親御さんからありがとうございます」と言われた時。

故人と親友だった友人が棺の前で泣き崩れ、背中をさするために座り込んだ時。

私は心のどこかで「非日常のわくわく」や「非日常ちょっと活躍できる自分」に興奮していた。


しかしたら、単に緊急事態アドレナリンが分泌されて、混乱した心が「高揚している」と勘違いしただけかもしれない。

でも、あの時の自分がもし親しい人との死別という悲劇エンタメとして消費していたなら、八つ裂きにされてもおかしくない程の残酷性癖に当たるだろう。

誰にも言えずにしまっていたけど、この機にそっと投げておく。この気持ち合理的説明できるならありがたいし、同志がもしいるならそれもありがたい。罵倒されたとしても、ようやく自分の罪を断罪してもらえるならそれでもいい。

ただ、仮にこれが何かの性癖だとしても、現実ではもう二度と起こって欲しくない。とは、今の所思っている。

2018-02-11

ブスの壁

可愛いのにエロ漫画みたいな女の子リアルに増え過ぎだしエロ漫画に出てきそうな自分可愛いってなってるし、可愛い娘ほどエロくなってブスほど社会倫理説いて痛々しいの本当に見てられない。ブスが自分を守るために放つ言説可哀想すぎる。どんどん残酷さ増してる。

2018-02-08

anond:20180208172105

ボケて死ねいからな

個人的にはボケ精神的な死であり、

ハッキリ言って健在だったころの親は存在的には既に死んだ、って思わないとやってけないと思う

抜け殻の肉体をどう維持するかという割り切りしないとツラいだけ

その肉体に魂は宿っていない、というか、その魂は既に他界したんだ、って思うようになってようやく多少の割り切りが出来る

目の前にいる魂をなくした肉体はただの容れ物ということ

残酷だ、人でなしだと言われても仕方がないけど、元の人格として接したらこちらの精神がもたない

治る見込みがそれなりにあるんならまだしも、まず無理、容態悪化を食い止めるのが精々だし、

それでも人格は目に見えて消失していく

要は動物を飼ってるようなイメージになるかな

それくらいのレベルにまでいかないときつい、つらい

2018-02-06

anond:20180206131300

昭和元禄落語心中特に中〜後半は見事だと思っています

八代目有楽八雲が円熟し、老い、死に向かって行く有り様を

残酷なまでに描写しているにも関わらず、どこか美しさを感じる表現

マンガ版原作も一昨年に放映されたアニメ版も、

どちらも見事の一言だと感じました。

anond:20180204234648

まるマさがしててそんな文字が出せるんだってびっくりした。今日からマ王!シリーズですね。最初あとがき読んでたらがさつな野球少年ギャグストーリー設定?だったんですが、編集によって売れる耽美系におしこめられてとうとうシリアスなっちゃって続き書きづらいんだろうな~、作風と筆名変えてどこかで復帰しててくれないかなー、そしていつかぽろっと完結編書いてくれないかなーっておもってる。ほらコバルト星へ行く船が完結したの20年以上たってからですし。

 

・ワートリもそんな気がしてたんだけど(消費が早すぎると当時でさえ感じたし、ナレーションとか豆知識で尺をがんばって引き延ばしていたけどアニメってどうしてもモノローグがつづかずテンポが早くなるじゃないですか、人気も眼鏡くんから迅さんよりになってきちゃってたぶん苦しんでるなって)、実際聞くとただただもったいないと思う。

マギはここにのらなかった、がんばってたなあ

 

個人的には自分雑食ですが未完だけは地雷っぽいのでこのリストは助かるが、書く人にとってはこれほど残酷ものはないと思うし、編集者の人は100回読んでよく考えてほしいと思う。

2018-02-05

心が動かされた時点で負け。喜べ。少なくとも1人は実話か創作かで悩んでる。創作であってほしい胸糞さ。

実話なら逃げ癖に問題がある。残酷でもどこかでトドメをさすべきだったんだ。はっきりと。中途半端ななぁなぁは人を傷つける。それを心の頼りにしてた人もいるかもしれないか

2018-02-04

キモくて金のないおっさんをわざわざ晒しいかに魅力がないかなんて残酷なことを話題にする女は見たことがないけど、年増の女やブスがいかに魅力がないかを語りたがる男は多い

女が陰湿だとしたら男は残酷

強者をひきずりおろしたいのは女、弱者サンドバッグにしたいのが男

2018-02-01

anond:20180131202029

んー、でもその星に地球で言うところのイルカクジラ相当の動物(仮にイルラと呼ぶ)がいて、

「イルラは私達の仲間だから殺すのは残酷」って思想ができていたら

「この星の生物はイルラと同等以上の知性はありそうだから殺すのはかわいそうだ」

と思ってくれるかもしれない。

そう考えると、シーシェパードを一概にバカにできるものでもなくなってくる不思議

2018-01-31

デレマスをやめた

アイドルマスター シンデレラガールズ

100人以上の女の子たちがいるわけで。

キャラかぶらないためにそれぞれに、

強烈な「個性」を持たされてこの世に生まれ女の子たち。

その「個性」は要するに女の子たちの「コンプレックス」だった。

胸に密かに抱えた「コンプレックス」にこそ、

プロデューサー光明を見いだしてくれて。

その個性は悪いことじゃない。むしろ武器になる。輝きになる。

そういう言葉コンプレックスを救ってくれる物語

ましてプレイヤーオタクだ。

多かれ少なかれ、コンプレックスを抱いている。

心に傷を持っている。

からコンプレックスを抱える女の子を導き、

その個性を認め、伸ばし、愛することは、

自分自身を救うことに他ならなかった。

でも。

気づけば女の子たちは、瞬く間に成長していく。

アイドルとして輝き出す。

それはもちろん、プロデューサーの、アイドルの望んだこと。

でも、成長するにつれて、

彼女たちは最初に持っていた個性を少しずつ失い、

普通女の子」になっていく。

コンプレックスを克服することが成長として描かれ、

できなかったことができるようになることを幸せとして描かれ、

どんどんと普通かわいい女の子になっていく。

プレイヤーを置いて。

おかしい。

この世界は、個性を認めてくれる世界ではなかったのか。

個性を克服するのではなく、個性武器にすることで、

苦しみから救ってくれる物語ではなかったのか。

彼女たちに重ねた自分の心の傷は、癒えることはない。

コンプレックスは克服しないと、

シンデレラにはなれないのだという残酷事実けが

現実世界自分自身に降りかかってくる。

これは地獄だ。

なにより、自分に降りかかる火の粉より、

女の子たちに申し訳が立たなかった。

プロデューサー仕事は、個性を殺すことだったのだろうか。

成長し夢に向かうことは、個性を殺すことだったのだろうか。

個性を認められて、救われた、あの頃の女の子申し訳が立たない。

ごめんね。ごめんねと言いながら、私はデレステをやめた。

きっと、私がいない方が、彼女たちは幸せになれるから

anond:20180128231628

該当するのはフリゲ1本と女性上位音声作品2本くらい

まりに無さ過ぎて男性向け見たけど全然望んでるものと違った(分かってたけど)

同じ文脈で男女逆が欲しいだけだよ。

都合がいいか実質的奴隷とか興味なくて、自由を奪って針刺して痛みで失神させたりしたいわけだ。

それはリョナから特殊だと思うかもしれないけど男の尻には興味ないし

男性向けの破瓜云々も同じくらい残酷ことなのに普通に描写してるからね。

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