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2018-10-15

ノンセクな私の話

直球すぎて自分でも笑っちゃう。そう、これは自分語りだ。自分でも受け入れられない、けれど認めざるをえない私について、誰かに話したくて、けど理解されなくて、不可解な目で見られることが怖い私の、自己満足

私はノンセクだ。ノンセクシャル。平たく言えば「恋愛感情はあるけれど性欲はない」セクシャルマイノリティのこと。認知度は低く、カミングアウトしても大体の人からは首を傾げられる。私はこの、ノンセクシャルである自分のことが本当に嫌いだ。受け入れられない。大嫌いだ。何で私はこんな出来損ないに生まれしまったんだろう。どうして他人と同じように、当たり前に好きな人告白して、結婚したりとか、夢見ることができないんだろう。どうして、どうしてはいつも頭にこびりついていて、それを思い出すたび私は、ヘテロではない自分を殺したくなる。

何かがおかしいと思ったのは、高校生の時、初めてキスした時だった。それまでずっと、ぼんやりとした思いで、いつかはキスしたりとかしたくなるんだろうな。セックスとかもするんだろうと、思ってた。けど、付き合って一年以上経っても私はそれを全然したいと思わなくて。キスがしたい、と当時の彼氏に言われてキスをして初めて、それに対して「何とも思っていない」自分に気づいた。

好きならもっとキスがしたいだとか、したら幸せだと思うとか、あるんじゃないの? そう思うと、私は彼のことが好きじゃないのかもしれない、好きじゃないのに、こんなにまっすぐな愛情を受け取り続けるのか、と思ってしまった。そう思うと辛くなって、高校三年生の夏に、別れてしまった。問題はその後だった。

きじゃなくて別れたはずなのに、彼のことを考えてしまう。他の人に取られるのは嫌だ、私以外の女の人と幸せになるくらいならいっそ私が死ぬか、彼が死ぬかしてしまえばいいのに。恋人らしいことをしたいと思えなくて、でも彼のことは他の誰にも取られたくないほど大好きで。わけがからなかった。彼のことを受け入れられないのに好き? いいやこの好きは、情が移っただけの勘違いだ、もっと別に好きになれるような人がいるはずだ。でもこんなに好きなのに、恋愛じゃないのはおかしいんじゃないの? ぐるぐる頭の中で回って気持ち悪かった。

そんな気持ちにケリがついて、同時に自分を憎んで殺したくなったのは、大学二年生の時。ノンセクシャルという概念を知った時だった。納得して、同時に絶望した。私はもうこれから先二度と、普通の人が当たり前に手にできる幸せを手にできないのだ。

大学一年生の時に一度よりを戻した彼氏の、「別れていた間、ずっと忘れられなかったほど好きだよ」という言葉を思い出す。こんなにも彼は私を好いていてくれているのに、私と彼は絶対に一緒になれない。だって私がノンセクだから。好きでも、セックスしたいと思わない。彼は好きだからセックスしたいと思う。この差がどれだけ残酷か、誰もわかってくれない。

どんなに好きでも私は、肉体的に相手を受け入れることができない。性行為嫌悪があるわけではないからできるのだろうけど、何も感じないし高ぶらない、言ってしまえばマグロになる。相手から向けられた感情熱量に、同じだけの大きさで応えることができない。私が我慢して演技して受け入れることを、優しい彼はきっと望まない。けど、そんな優しい彼に我慢をさせることは私が望まない。一緒になっても誰も幸せになれない。好き合ってるのに、こんなに大好きなのに、好きだと言ってもらえたのに。

私に性欲があればよかったのに。あればこんなに苦しい思いもせずに、彼の隣で笑っていられるのに。彼に「好きだよ」と伝えて、手をつないで、キスをして、そんな幸せ未来だって描けるのに。私に性欲がないから。私が全部悪いから、幸せ未来だって望むこともできないんだ。どうしてこんな出来損ないに生まれてきたんだろう。私はどこで間違えて、こんな頭に、体に、心になってしまったんだろう。頭と心と体がチグハグで、それぞれが違う方向へ行くから自分が引きちぎれそう。彼のことが好きな私と、性行為に何も感じない頭と体。わけがからない。気持ち悪い。私は本当に、自分が憎くてしょうがない。

こんな話を他人にすると「それなら次は、受け入れてくれる人を探そう」と言われる。違う、違う。私が好きなのは彼なのに。そうじゃないのに、彼と一緒に居たくて、彼と幸せになりたくて、彼と同じように彼を愛したいのに。だからこんなに苦しくて辛くて痛いのに、受け入れてくれる人を探そうだなんて。私に性欲があったなら、絶対もっと別なアドバイスをするくせに。次じゃない、現在進行形で好きなのに。

仮に次があったとしても、私は告白もできない。向こうから好かれていたって、受け入れることはできない。だって私はノンセクだから。もし相手ヘテロだったら? ヘテロじゃなくても、性欲をちゃんと持ってる人だったら? はいだめ、もう私は一緒になれない。そんなこと考えないでしょ? 相手がどんなに私のことを好いていても、私がどんなに相手を好いていても、絶対に付き合ったりなんてできない。普通の人が悩むようなことよりも、もっと手前のことで私は諦めなきゃいけない。そんな苦しさ、誰もわかっちゃいない。

「本当は恋じゃないんじゃないの?」なんて言葉は失礼にもほどがある。じゃあなんで私は、こんなにも大きな感情に苦しんでるの。好きで好きで大好きで、誰にも取られたくなくて取られるくらいなら死んでほしいくらいに大きいのに。これは友情? 絶対ノーって答えるでしょう? じゃあ何になるの? そうだよ、浅ましい嫉妬独占欲も詰まった、立派な恋愛感情だよ。なのに、私は、一般的恋愛感情と一緒にあるはずのものがない。かけてる欠陥品なんだ。

たった一つ、他人にあるものがないだけで、こんなに生きづらい。苦しい。どうしようもならないから、引きずって生きるしかない。私は、性欲を持てない私が大嫌いだ。

2018-10-14

死神

恋愛脳では人を好きになる事はあっても両思いになる事は難しい。

高すぎる依存性は親しさの障害になってしまう。過大な要求は満たされる事はなく、不安や猜疑に姿を変え、敵意に変わる。

些細な事に一喜一憂し閉じられた世界で瞬間瞬間を生きることになる。

瞬間の安堵に振り回されれば

それ以外の時間苦痛に変わる。感情プラスマイナスは表裏一体。一瞬の、仮初めの愛と引き換えに長い時間苦痛に耐えねばならなくなる。苦痛時間依存を更に加速させ関係性を悪化させる。

何度も恋愛経験するうちにこのやり方では耐えられなくなるので慣れてくる。相手依存する事はなくなり、自立した大人恋愛に変わる。相手に興味を持たなくなる。

破滅型の恋愛卒業すれば自分が傷付く事は少なくなるが、人を愛するという事はできなくなる。

愛とは破滅の事である

慣れるというのはなんと残酷な事か。

30になって初めて恋をしてこの過程経験した。死ぬかと思った

anond:20181014113855

愛はな、強引に作らなあかんのや。

愛の告白して振られて3秒後にもう一回愛の告白して振られて、まだワイはココで終わるような男やないって立ち直るんや。

そして自分を磨くんや。磨いて磨いて磨いて磨いて磨いて磨いて、真っ白の歯になったらもう一回愛の告白や。

「わいと一緒にもう一回プレイボールしてくれいや!」

真っ白くなったワイの出っ歯をみて相手はこういうんや

「無理どす」

残酷やな。どれだけ一生懸命磨いてもだめだったとしてもや。これが現実や。

でもワイはあきらめんのや、これは所詮ワンアウト。まだチャレンジするんや。

次はトライアウトや。

わいは愛を貫くために毎朝ランニングしていくうちにそれまで愛した子がどうでもよくなって毎朝会う女の子とラブセレナーデや。これが愛や。

2018-10-13

はいじめられっ子だったし、あまりモテなかった。でも好意を持ってくれるような子もいないでもなかったが、中高生の頃は美少女以外は眼中になかったので受け入れられなかった。

そんなこんなで拗らせてしまって、浪人して大学に入り、ファッションには全く興味なく小汚い格好でバンド活動に没頭していた。今考えると服を新調することなく同じものをずっと使っていたので、ファッションどうこうの前にたぶん臭かったんじゃないかと思う。そりゃあモテない。

そんな俺だったが、帰省中実家電話が鳴り、全然絡んだ記憶のない高校同級生からだった。何の用だったか忘れたが、呼び出されたのでそこに行くと、違う子がいた。

中学生の時から知っている子で、昔話や近況の話をした。

お互いの現住所は近くはなかったが都内で会えそうだったので次は都内で会う約束をした。

あっという間に付き合うことになって、何度か会った。

親も知っている子だったので、初めての彼女に浮かれて報告すると、すぐに別れるように言われた。別れなければ学費も出さないと脅された。

俺は知らなかったが彼女父親前科者だったのだ。

しかったが、付き合ってすぐの彼女と、自分の将来と天秤にかければ重い方は決まっている。

彼女電話で別れを告げた。理由は言えないけれどもう会えないということで押し通した。「何で泣いてるの」と聞かれたが「泣いていない」と言って電話を切り、着信拒否した。めちゃくちゃ泣いたけれど、かわいそうなのは彼女の方だ。

短期しか付き合えなかった初めての彼女。初めてできた大事な人に最低な酷いことをした。

もうすっかりおっさんになり、妻も子供もいるが彼女のことは忘れられない。あのまましばらく付き合っていたとしても、いずれ別れた可能性が高いような気もするが、いろんなことがあまりに印象深いし、終わり方があまり残酷なことをしてしまったのでいつも心に引っかかっている。

男は引きずるけど女は引きずらないとよく言うから彼女にとっては数多くの付き合った男たちの中の一つにすぎないのだろうか。

しろそうあってほしいのだけれど、とにかく幸せになってくれていてほしいと思う。

しかし、後悔があるのかと言われれば、正直言って、ない。

の子供達が同じ状況になったら、俺も全力で別れさせるだろう。このシュリンクする日本で減り続ける中間層にしがみつくのがどれほど大変か。無用リスクは極力排除しなければ生きていけない。犯罪者と親類になるのは御免だ。最悪だな。最低だ。好きだったのに。

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしいようなチラ裏殴り書き。

2018-10-12

機械学習は、まるで理解されていない

anond:20181012093212

AIの仕組み自体人間能力を遥かに超えたものかもしれないし、それによって社会利便性を更に向上させるものであるかもしれないけれど、そのAIを設定するのは人間だということ。

その人間男性優位社会で育ってくれば当然男性優位AI爆誕するんだし、

AIを扱う人間競争を勝ち抜いた一握りのエリートばかりだったら、

当然AIは一握りのエリートに偏ったエリート優位AIになるのだから

リンクしたアマゾン採用AIの件を含めて、機械学習の仕組みを理解してるとは思えない。AIに対する現状の理解として、この表現はありえない。

id:fujii_yuji 機械学習の仕組みをご存知ないようですね。Amazonのは過去データからそうなったのであって、設計者の思想が反映されたのではないでしょ。 > "当然男性優位AI爆誕する(略)AIは一握りのエリートに偏ったエリート優位AI"

id:fujii_yuji さんは、概要理解しておられる様に思える。ブコメを見る限りで言えば、はてなー理解度は1割程度といった感じがするけど、本当はもうちょっといるかも。

機械はひらめきは獲得していない。

機械は未だに設計に従って自発的に成長し新たな発明を行う様な、いわゆる、ひらめきは獲得していない。今のAIと呼ばれているものは、学習したデータを参考にして、入力されたデータに対して最適な分類を行うことが出来るという程度の物。

モーリス・コンティ: 直感を持った人工知能が生み出すすごい発明 | TED Talk

例えば、この動画を見て欲しい。オブジェクト設計するコンピュータが行うのは、与えられたアルゴリズムに従って答えを出す事だけだ。どんな形にしたいのかという目的、どんな材料を使うのかという制約、それを与えられると、高い強度とより少ない重量で目的を達成しろという最適化問題を解く。結果として、その答えが人間が持つ常識を裏切る答えを出した事に対して「直感を持っている」と言っているにすぎない。アルゴリズム作成した研究者には、常識的な設計を裏切る答えも、理解できるものであり納得のいく答えでしかなかったはずだ。

将棋人工知能が行う計算とは何か?既存棋譜を大量に予め学習し、現在進行中の将棋の盤面上で起こり得る可能性のある駒の配置パターンを1手1手進めながら、棋譜と照らし合わせ、一手ごとに勝ちやすさがどの程度高まっていくか?を計算する。研究者は、盤面に表れる駒の並びを、どの様に評価するのか?駒を動かすごとに増えていく全てのパターンから、どこまでを用いて、何を捨てるか、評価選択を行うアルゴリズム機械に与える。その結果として現れた奇想天外な一手も、研究者にとっては蓋然性の高い答えでしかない。(あくま一般的人工知能の話だが)

ポリコレ科学を歪める

完全に想像しかないが、アマゾン採用AIは、10年分の採用者の履歴書の中から学歴や経歴、職務内容、スキルなどの性別依存しない情報採用後の実績を学んだのではないか研究者馬鹿ではないから、初めから性別情報など使っているとは思えない。これまで採用した人物男性が多かったことは間違いなく影響があったという事は言えるが、可能な限り男女ごとのサンプルサイズの差に引っ張られる事なく、性別には中立な結果を出すように、用いるべき学習データアルゴリズム設計していると予想する。それでも、性別を隠されたある個人履歴書から採否を判定した時に男性優位の答えを出したのは、活躍する社員男性が優位になる傾向があったということ。その現実ポリコレとの間で齟齬をきたした場合に、計算結果としては蓋然性の高い納得できるものでありながらも、不誠実な結果と言われてしまった研究者の悔しさはいかばかりだっただろうか?

女性が優位になる様にアルゴリズムを作り直すときに、自分科学者として真実に背を向けた事を理解したはずだ。にもかかわらず、どれほど女性優位のバイアスをかけてもAIが正しい答えを求める以上は男性優位の結果は覆らない、とマネージャー判断して、非難を避けるために開発を停止した時の、その悔しさは想像するに余りある

この件で、改めて、ジェンダー論は滅びろと心から思った。科学者には、政治的正しさではなく、真実を追求させてくれ。科学とは時に残酷なほど正しいものだ。

修正、補足事項

steel_eel 日本語ニュースで書いてたか知らんが、英語の方でみたが『××女子大学』『女子××部部長』とかを低評価してたみたいで、わりとダイレクト性別を他の手がかり(というほどでもないか?)から判断して下げてた模様。

情報ありがとうございます徹夜明けでして、ソース未確認で書いてますので、適当な事をいいますすみません

もしも学習データに、女子○○部長、というデータが入っていた場合マイナスにする様なアルゴリズムを入れていたとは考えにくいです。というのは、そうであれば性別のものを負のファクターにする方が早いです。ですので、他の素因でマイナスにせざるを得ない(不採用だった、あるいは解雇したなど)人物女子○○部長情報が結びついてしまったのでしょう。つまり現実採用では女性である事をマイナス評価せざるを得ない様な学習データになっている、それを修正しようと思うと、女性データのもの学習データから除外するしかないですが、そんな事をすれば、アマゾン女性の居ない世界仮定しなければ女性採用できないという、矛盾にぶつかってしまますね。

これではなく、入力情報女子という単語が入っている場合に直接マイナスした場合。前述の理由性別のものマイナスにしたのと同等でしかなくなります。これなら修正は容易ですので、そうではないでしょう。おやすみなさい。

uncorrelated サンプル数ではなくサンプルサイズでお願いしま

サンプル数警察!!

ごめんなさい。ふざけました。修正させていただきます

anond:20181012013451

いや、チャリティー人権かに関しては立派な所があるのは認めるけどけど、基本的にはコッテコテ生存バイアス掛かったネオリベだと思うよ。

色々あって前を向けない人間にとってあれほど残酷存在もないと思う。

2018-10-10

骨髄移植の話(10/11追記あり)

増田でも時々骨髄バンク移植について話題になっているのを見かける。

私もそれに関わる立場になったので初めてエントリーしてみることにした。

この度私は骨髄を提供してもらう側になった。つまり骨髄移植必要病気になったということである。私は20代前半だ。

正式にはまだバンク登録をしていない、HLAハプロタイプを調べただけの段階だ。病状の経過が悪く、先に抗がん剤治療必要判断されたため、まだ骨髄移植の日程を決められる状態にないのだ。

しかし、すでに雲行き怪しく、日本人には非常に珍しい型だという結果が出ている。なんでも、0.0001%以下だとか。HLAの検査結果にも、「非常にまれ」と書かれてしまった。

現在バンクドナー登録していただいている方との適合率も調べたが、フルマッチはいない。ミスマッチも数人という結果だった。

私が小説漫画編集なら、設定過多でボツにするところだ。

日本骨髄バンクが公開している現在登録ドナー登録者数は74万人強、ドナー登録数は48万人強、適合報告ドナー数は30万人弱である

患者ドナーの適合率は約3割だそうだ。そこからさらにふるいにかけられて、最終的に骨髄提供および移植日が決まる。

患者は適合するドナーが見つかるまで、病気を抱えたまままずは体力を温存しつつ生きなければならない。

ドナーはいつ見つかるかわからない。なぜならドナー登録善意の行動で、適合するかどうかは運次第なのだ

2〜3ヶ月で見つかる人もいれば、半年かかる人や最期まで見つからない人もいるだろう。

HLAハプロタイプ は生まれながらに決まっている両親から受け継いだ白血球遺伝子である。変更はできない。

要は生死をかけたガチャなのだ

自分のHLA型が珍しかろうと頻出型であろうと、その時ドナーがいなければ移植はできない。

出る時は出るし出ない時は出ない、なんて過酷ガチャなのだろう。

残念ながら「出るまで回せば100%」なソシャゲ脳的思考通用しない。

それはドナーさんの善意に頼った骨髄バンク制度であり、何よりドナーさん自身にも少なからリスクのある治療からだ。

他人強要することはできない。

現状のドナー制度は、病気になるまで考えもしなかったが、限界に来ているのでは?と感じることがままある。

私のドナーさんは果たして本当に見つかるのだろうか。

善意だけで人の命は救えるのだろうか。

骨髄ドナーは、命のボランティア、いや命がけのボランティアである

それでも、バンク登録患者が一人でも多く生き残るためには、一人でも多くのドナー登録必要だ。

きょうだいなど、ハプロタイプの近しい親族がいる場合を除き、命がけのボランティアをお願いする以外に方法がないのである

ドナー登録自体は各献血ルーム等で比較簡単に、すぐに登録可能である

ただし登録後、適合患者が見つかりドナー候補となった場合、非常に面倒と言える書類審査家族医師同席での最終的な同意提供完了までの厳密な体調や薬の管理必要となる。

骨髄バンクドナー登録条件はドナー登録に関して十分理解した18歳以上54歳以下、男性45kg以上女性40kg以上の健康体の方である。詳細は是非日本骨髄バンクHPを参照していただきたい。

このような条件である以上、ほとんどの方は学校会社勤めであろう。

もし候補者となった場合、そちらにも報告し、数日間入院しての骨髄提供への理解・許諾を得なければならない。

また、自治体民間団体によってはドナー提供者へ助成金を出しているところもある。

それでも、患者の命のためとはいえ、そこまで善意でできる人間はそう多くはいないだろう。

だけれども、私は患者である

一人でも多く合致するドナーさんに巡り会いたい。

わがままな願いかもしれない。

返せるものは厳密に個人情報等を隠した手紙一通と、ドナーさんに直接知らせることは叶わないその後の病状の回復社会復帰だけなのだから

最初にも書いたが、私のフルマッチ現在0人である

ミスマッチとは1型欠けの許容範囲内の合致数で、それも数名である

私の命が助かるのかどうか、今は誰にもわからない。

数名の彼らがたまたま運良く都合がつき、体調も良好で、私自身も移植するだけの体力があるタイミングを引き当てなければいけない。

運命のいたずらというにはあまりにも残酷すぎる。

それでも、見つかるまでは生きなければならない。

何があっても生きなければ、移植後の人生存在し得ないのだから

言いたいことがまとまらないエントリー申し訳ないが、願うことはただ一つ、一人でも多くの方にドナー登録に協力してほしいということである

登録簡単であっても、適合候補になった場合手続きが面倒ということは重々承知している。

それでも一人でも多くの方にご協力願いたい。

その一心でこのエントリーを書いた。

時間がかかってもいい。いつか私のドナーさんが見つかるように。それだけを願って。

このエントリーが一人でも多くの方に届きますように。

そして一人でも多くの方がドナー登録にご協力くださいますように。

それだけを願ってやまない。

追記 18/10/11

反応くださった方々、ありがとうございました。

記事を書いた時点では存じ上げなかったのですが、10月は臓器移植骨髄バンク推進月間なんだそうです。

元増田にも書いた通り、命がけの善意ボランティアを"お願い"する以外、患者にできることはありません。

HLA型の適合率は、非血縁者の場合数百〜数万人に一人と言われています

一人でも多くの方がドナー協力してくだされば、骨髄移植必要患者はその後の人生を得られる可能性が上がります

私はまずは骨髄移植が受けられる状態になるまで、血液内のがん細胞を叩かなくてはなりません。

骨髄移植でも死ぬ可能性は大いにありますが、骨髄移植の前処置としての抗がん剤放射線治療にも死のリスクがあり、何より移植後が一番大変と聞いています

移植までも生きなければなりませんが、移植後も多くの問題を抱えながら生き延びなければなりません。

医療技術進歩した現在でも、骨髄移植はかなり高度な治療技術なのです。

以下、コメントや反応にお返ししたいと思います

フルマッチミスマッチ、なかなかこういう使い方をする場面はないでしょうが、骨髄移植世界ではよく使われる表現です。

HLAの適合度が高いほど、安全移植することができます

本当に全てが運次第なのです。

記事へのコメントで、売血問題にも触れられていましたが、現行の制度が色んな意味で滞りなく進むやり方であることは承知の上で、それでも負担考慮すると何も返せないのが心苦しい思いです。国や自治体もっと何か補助があればいいのですけどね。

移植後、様々な問題を乗り越えて社会復帰して、幸せ人生を少しでも長くまっとうすることがせめてもの返礼と考えるしかありません。

また、記事への反応で親兄弟肉親でも命がけのボランティアだと指摘を受けましたが、おっしゃる通りです。

しかし、その命がけのボランティア赤の他人に協力してもらうのと、肉親に協力してもらうのとでは、肉体的・心理的社会的負担が大きく異なることは確かだと思います言葉足らずですみません

それから現在ドナー登録をしてくださっているみなさん、過去登録していただいていたみなさん、骨髄ドナー経験のあるみなさん、登録を考えてくださっているみなさん、本当にありがとうございます

一人一人にお礼を言って回りたい気持ちでいっぱいです。

あなたたちの勇気ある善意ボランティアのおかげで、生きられる方がたくさんいらっしゃいます

自身負担も大きい骨髄ドナーですが、血縁ドナーがいない患者にとって非血縁ドナー(骨髄バンク登録ドナー)さんは、「生きる」ための選択肢を与えてくださる存在です。

「生きる」ために不可欠と言っても過言ではありません。

この増田が一人でも多くの方の目に触れ、骨髄移植骨髄バンクドナーに関する理解がより深まるきっかけになれば、これほど幸いなことはありません。

私もがんばって生き延びます

そして、なるべく適合率の高いドナーさんに巡り合い、これから人生を生きていきたいです。

2018-10-09

キズナアイ萌え絵より、自分と向き合うべきじゃないの?

キズナアイだの萌え絵言及して、バズったと喜んでいるのを見て「やっぱり承認欲求の塊なんだ」と思った。

この人は昔から何かとやらかしていて、ヲチスレでよく名前が出ていた。

彼女自分過去に受けてきた傷をいい年になっても昇華できていない。

結局は人や社会構造のせいにしているだけなのに、フェミニストという社会的な議題と戦っている。

現代ジャンヌダルクだ!」とか勘違いしているあたりがねぇ……。

そもそもワードプレスに移行した理由は、はてなでの垢BANじゃなかったっけ?

当時付き合っていたというか、少なくとも肉体関係はあったと思しき男性と揉めた。

逆恨みして、その人の本名会社名を書いたような電子書籍を出して、垢BANって流れだったような。

フェミニスト以前に社会的にどうなの、これって(ブログとか過去ログを読んだら出てくる話)

仮に彼女がきちんとした(?)フェミニストならば、反対意見に対して聞く耳を持ってもいいんじゃないかなと思う。

でも実際は少しでも批判や反対意見があれば攻撃してくる。

その癖に、一丁前に社会だのフェミニストについてだの語るわけよ。

それに彼女は難しそうなこと言っているけど、きちんとその意味を消化できている人って周囲にいるのかな。いないんじゃない?

場所を求めて過激発言をして、インターネットをさまよい続けている姿って虚しいわ。

もうさ、キズナアイ言及している場合じゃないよ。子供いるなら、きちんと向き合ったほうがいいんじゃないの。

カウンセリング自分と向き合うべきじゃないの。フェミニズムあなたを救わないと思う。

周囲の人って、あなたのことを本当に考えているの? 考えていたら、あなた危険言動に走らせるものなの?

まぁ、でもそんなことをここで言ってても届かないだろうな。

自分はこの人が嫌いだけど、はっきりいって周囲の人間の方がもっと残酷だよ。

1人のROMとして思う感想が欲しい神の話

最近回ってきた増田に「感想がこないがためにジャンル移動した神の話」があった。

内容としてはわかる。創作してたら感想が欲しいのは当たり前だと思う。神が「萌え製造機」ではないことなんて重々承知している。

その上で、あれはなかなか残酷な話だと思った。それは、あの話が「感想を送り続けた信者から発信されたものからだ。私は「数には勝てないんだなぁ」のところで泣きたくなってしまった。そう、足りないのだ。自分如きの愛では足りないのだ。所詮私は、1人だから

感想というのはラブレターに近い。作品が好きだから感想を送るのだ。好きな作品の作者を嫌いだと言いながら感想を送る読み手なんかなかなかいないと思う。基本的に送る相手は「すきなひと」だ。だからすごく考える。迷惑じゃないだろうか。おかし言い回しになっていないだろうか。私の解釈は作者を傷つけないだろうか。すごく考えて、考えて、送る瞬間の緊張感ったらない。Twitter空リプで「よかったわ~」って思う様呟くのとはわけが違う。人が読むのだ、好きな人が読むのだ、そりゃあ、すごく考える。何故感想を送るのか。これを伝える必要性はどこにあるのか。私が言いたいだけなら直接言わなくていいし、喜ぶから言いたいのもなんか違う。答えはまだちゃんと出ないけれど、どうしても「好きです」って言いたいんだと思う。

からね、足りないって言われたら悲しいんだ。

理解はする。たくさん来たら嬉しいは少なかったら悲しいの裏返しだ。どんな一言でもいいから、よかったの一言でいいから。それもわかる。

ただ、それを「感想を伝え続けてくれた人」に言うのはやめてあげて欲しい。先の増田を書いた人は強いな、偉いな、と思う。私なら後悔がすごいだろう、複垢でもなりすましでもなんでもやって、数を用意すればよかったと思うだろう。感想を投げなかった界隈を恨んだりするかもしれない。

返事を送ったら義務だと思ってしまいそう、もよく聞くけどね。返事がくることほどほっとすることはないと思うよ。本の内容は伝わったかな、って気にするのと、感想おかしくなかったかな、って気にするのはとても近いことだと思うから。「読みました、ありがとうございます」だけでもいいんだよ、それだけで送ってよかったって思えるから

増田的性淘汰説 anond:20181009002340

より優れた身体武器(たとえば、頭のいい人、運動得意な人、イケメン、など)をもつ方が戦いに勝って、

異性と交尾し子孫を残すことによってその武器進化するようなることを提唱する説

これって残酷だよな。

2018-10-08

忘れさせない権利だってあるはずだ

とうとう同窓会にも呼ばれなくなった。

そりゃそうかと思う一方、なんともモヤモヤする。

同窓会に出るたびに、中学時代いじめをしていたあいつに謝罪を求めてりゃ

空気も悪くなるし、和を保つために僕が排除されるのは当然だろう。

だけど、いじめあいつはそれを忘れて僕がそれをトラウマとして持ち続けることがどうしても許せない。

あいつに初めて過去いじめについて謝ってくれと言ったとき

あいつは「今考えれば、悪かったと思う。幼さ故にその残酷さ、悪さが理解できなかった。ごめんな。」

と、教科書的なフレーズをなぞって、その後は何もなかったように昔を面白おかしく話す。

おかしくないか

絶対に分かっていたはずだ、アレは「悪いこと」だって

それを過去のことにして、過去自分の未熟さに押し付けて、形だけ謝る。

そしてそこからはそんなことは忘れて談笑し、以後の自分人生に持ち帰らない。

僕は過去トラウマをずっと抱えて生きているのに。

土下座して、泣いて謝ってくれればいいのか?

からないけど、少なくとも悪かったって気持ちを見せて欲しい。

それでこの気持ちが解消するかどうかは分からないけど、

向こうから許してもらうまで謝罪の限りを尽くすってのが筋だろう。

常に考えろよ、反省しろよ、謝れよ、僕が過去に苦悩したのと同じくらいには。

忘れられる権利」ってのがある。

犯罪者がそれを唱えるのもどうかと思うが、一方で分からなくもない。

彼らは正式手続きを踏まえて、正式なみそぎを終えたんだから

だけど、過去あいつのやった犯罪まがいのそれを当人は忘れ

周囲も調和のため忘れたふりをする。

僕だけだ、覚えているのも、それを主張するのも、苦しむのも。

それは、あのいじめを受けていた時と何も変わっていないじゃないか

僕は結局、場を乱す人としてその同窓会から排除された。

別のやり方もあったんだろう、こんなやり方しかできないかいじめられたんだって

誰も言ってないけど、そういわれるが如く自己嫌悪にもなる。

あぁ、同窓会になんていかなければ良かった。

行かなければ、この過去の怒りを思い出し、

今はそこを汲んでくれず、ただ僕を排除した周囲にも悲しみと怒りを感じることもなかっただろうに。

忘れさせない権利だってあるはずだ。

僕は、法を犯さな範囲でそれを続ける。

不幸にも、あいつ顔を笑顔を見てしまたから。

許せないから。

夕方電車

電車実家のある街へ久しぶりに帰省した際に、ホームで母校の生徒を見て昔を思い出した。

僕の高校時代は、あまりに早く過ぎ去り、今となっては消えゆくおぼろげな記憶くらいしか残っていない。

それでも、高校時代毎日電車通学をしていた僕にとって、この駅にはあまりにも多くの記憶が残っている。

中学時代、口数の少ない僕の唯一の親友がある女の子を紹介してきた。当時、僕は気恥ずかしくそっけない態度を取りがちだったし、そもそも別なクラスだったから、その女の子と会うのは休み時間廊下や、掃除時間くらいしかなかった。

それでもお互い、そういった初々しいコミュニケーションを心地よく感じていたと思う。

駅の改札前に木でできた粗末なベンチがある。僕と彼女はそこで待ち合わせて数駅先の栄えている街へ初めて遊びに行った。中学2年の夏休みのことだったと思う。

それから何度か遊びに行ったけど、それがデートだったのかそれとも一人の「友人」と遊びに行っていたのかはわからない。ただ、その時撮ったプリクラは未だに捨てることができない。

それからすぐに彼女から告白された。休み時間に、学校廊下でのことだった。

彼女は快活な性格で、告白された時も軽いノリで言ってきた。僕は嬉しかった反面、あまりに気恥ずかしくて同じく軽いノリで断ってしまった。

断りたかったわけではないけれど、咄嗟に口に出てしまった。

告白をしてきた女の子とは、告白の一件があったにも関わらず、それからも以前と変わらず心地よい距離で接していた。

しかし、中学校の卒業を間近にした冬のある日、僕は別の女の子 (ここでは仮にAとしたい) からメール告白された。

まり真剣な文面であったため、僕はその告白を受け入れてしまった。告白自体はとても嬉しかったけど、そこに「好き」という感情があったのかはわからない。

僕が女の子Aと付き合ったことはやがて彼女も知ることになった。その時の表情が未だに脳裏に焼き付いている。

付き合い始めてから告白を断った女の子の顔を思い出すようになった。どこかで傷つけてしまったという後悔があったのかもしれない。それに引きずられるように、付き合い始めた女の子Aとは恋人らしいことはなにもできなかった。そしてある日、あっさりとメールで別れを告げられた。部活帰りの夕方電車、その中での出来事だった。僕の街は山の麓の田舎だったから、夕方になるとすっかり光が少なくなる。辺りには虫の声と電車や車といった機械の音だけが響いていた。

夕方になると気温が下がり、風に寒さを感じ、あたりが薄暗い水色に変わる。その中で一人駅のホームに立っている。ホームライトから出る少ない光だけが僕を照らす。

夕方電車に乗るたびに、二人の女の子のことと、それに紐付いた夕暮れの情景を思い出して感傷的な気持ちになる。

高校時代彼女(ここから出てくる女の子はすべて、告白を断った一番最初女の子となる)とは何度か遊んだ。そしてそのたびに他愛もない会話をし、同じ電車に乗って帰り、「またね」と言って帰った。会話に潜むぎこちなさは会うたびに大きくなっていった。

高校卒業式の日は雨だった。その日の夕方彼女に誘われて遊ぶことになった。お互いの学校近くにあるカフェで談笑をし、それぞれ傘を差して帰路についた。どちらかが言うべき言葉はお互い言えなかった。

そして今は地方大学生をやっている。彼女関東就職した。

中学校、高校と比べて電車に乗ることも、彼女と連絡を取ることもずっと少なくなった。

それでもたまに会っている。

あの時の出来事はまるでタブーのように、お互い話を持ち出そうとしない。

僕の恋は燻っているのか、はたまた消えてしまったのか、自分でもよくわからない。

昔はあれほど通じ合っていた関係だったのに今は彼女気持ちが何もわからなくなってしまった。なにか明確な判断基準があったわけじゃない。それでも昔はお互いがお互いを想っていた。

そしてその恋を終わらせるために、告白をする決心をした。しかし、前日に彼女風邪を引いてしまい会うことができなかった。これが本当に風邪だったのかはわからないけど、それを疑っている自分に嫌気が差す。

次こそは、と思いつつ、その一歩がとてつもなく重い。

時間というものは常に残酷だけど、僕がそれに気づくのにはあまりにも遅すぎた。

あたし、 ウソつきだけど初めて人に好かれたいと思った

あたしも逃げ場失くしたのかもね

2018-10-07

魔法先生ネギま!およびUQ Holder!が好きだと言えない系女子

私は魔法先生ネギま!およびUQ Holder!が好きなのですが、それをTwitterで好きだと言えません。

理由簡単。これらの作品フェミ的にNG作品から。そして私の相互フォローの人たちは進歩的女性が多いからです。

別にその人たちが嫌いじゃありません。むしろ好きな人たちだからこそ繋がりを続けてるわけだし、オフでも知り合いだったりします。

みなさん素敵な人たちです。

からこそ!言えない!ネギまUQが好きということが!

先程もUQ新刊が発売になるというツイートが流れてきてファボりたかったのですが、付いている表紙絵が登場人物女の子たちの入浴絵。あかん!ファボすら他人タイムライン名前付きで流れる現状でこれはファボれない!と言った感じなのです。

個人的には魔法先生ネギま!UQ Holder!エロコメの皮を被ったとても優しい物語なのですが、ガワは間違いなくエロコメなのは認めざるを得ない。

女子ファンの目から見てもお約束として女の子たちが意味もなく脱がされる姿は正直擁護のしようがないです。そこだけは。

でも!でも!

ネギま主人公ネギ君、そしてUQ主人公刀太君をめぐる100年単位叙事詩はとても面白いのです!

それに出てくるヒロインちもとても魅力的です。個人的には夕映っちとのどっちのコンビがとても好きです。ネギまの頃の同じ人を好きになってしまった親友同士という関係も非常に良かったですが、UQに出てくる二人の友情すら超えた相棒である関係も好きです。それと最近イチオシは桜雨キリヱ!いわゆるツンデレなんだけど、その能力とか過去とか役割とか葛藤とか色々と味わい深いです。早く彼女能力必要なくなればいい。残酷すぎるから

しかしながら、ネギまUQを読んでいると作家の背負ってしま属性的なところって本人の意思だけではどうしようもないのかもなぁと思います

正直ネギまラカン戦の頃の熱気と人気がずっと続いていればと思うこともあります。そうすれば、女性ファンももう少し堂々と好きだと叫べる作品になっていたかもしれない。

でも、私は本当にネギまUQが好きです。どんな困難な状況にあっても必ずハッピーエンドが待っている。それが確信できる稀有物語からです。それは赤松健という作家に対する信頼でもあります

私がネギまにハマったのはもう10年以上も前のことで、最初はその必ずハッピーエンドが待っていることに気づいていませんでした。けれども、何年も読んでいるうちに気づきます。この物語は、誰も悲しい思いをして終わったことがないことに。どんなキャラクターにも救いが待っていることに(カトラスだけは今もまだ飲み込めていないけれど)。

それは、物語という架空世界に何かを求める私にとって、最上のもののように思えます

から、本当に不甲斐ないのです。自分が。

ここまで素晴らしい物語なのに、好きだと叫べないことが。もっとこうであったら、なんて酷いことを思ってしまうことが。

こういう性根もあってあまり堂々とファンです!と言えないのですが、それでも好きです。魔法先生ネギま!UQ Holder!が。本当に。

明後日新刊も楽しみにしています

残酷作品動画(暴行殺害解体等)を見てると勃起する

なんか凄い興奮してしまう。

別に加虐願望があるってわけじゃないと思う、というかそう思いたい。

今まで人を殴ったこととかないし。それどころか中学の時なんか部活内で虐められて逆に殴られてた。

でも人間が打ちのめされて破壊されていくの見ると鳩尾の辺りをギュッと掴まれるような違和感と共に性的に興奮する。

まるで性に目覚めた中学生みたいな速度で勃起してしまう。

原因?に思い当たることが1つある。

僕の父親(元父親になるけど)はDVマシーンみたいな男で僕は小学生の頃に両親が離婚するまでずっと母親居間やら台所やら寝室やら風呂やらとにかく家の色んな所で手を替え品を替えてボコボコにされるのを日常的に見てた。

一番鮮烈な記憶として残ってるのは、これは行為というよりエピソードだけど居間ソファに座ってる僕の目の前で父親母親を殴りつけながら「お前はこの女のケツの穴からうんこと一緒に産まれてきたんだぞ」って言われたこと。今考えるとケツの穴ではないだろ、と冷静にツッコミ入れてしまう。

でもDVを見てた時は母親可哀想だと思ってたし泣いてばっかで興奮なんて欠片も起こらなかった。

でもその経験が今の僕の状況に何か影響してるような気もする。というかそれ以外だと先天的ものってことになるのか。

これ病気なのか。

全国高校野球大会産経新聞主催してたら

はてサが嬉しそうに右翼と結びつけてただろうにな

高校野球残酷さは~とかいって

よりによって朝日毎日からスルーしてて笑えるよね

2018-10-06

1人としか結婚できないのつらすぎだろ

自分が選ばなかった女性漏れなく不幸じゃん

そんなの耐えられない

残酷すぎる

2018-10-05

キン肉マンウォーズマンに寄せて

息も絶え絶えにリングの上に転がりながら、ウォーズマンロビンマスクにこう尋ねた。

「だれかオレの顔を見て笑ってやしないか?」

ロビンマスクは彼を見つめ、力強く声をかける。

「だれも笑ってやしないよ」

から安堵すると同時にウォーズマンの全身から力が抜けていく。

それを抱きとめながらロビンマスクは涙をこぼす。



こんな感動的な場面から始めたい。

これは漫画キン肉マン」に登場する一人の超人ウォーズマンについての一つの考察である



ウォーズマンロビンマスク弟子として、漫画キン肉マン」の第8巻、

『第二十一超人オリンピック編』から登場する超人だ。

人間ロボットの間に生まれ、そのどちらにも属さない「ロボ超人である彼は登場時、

その残酷さによって読者に強烈なインパクトを与える。

針状の爪を発射する武器ベアクローを使って対戦相手を惨殺、

練習のためにグラウンドを走る死刑囚149人のうち148人を殺害

キン肉マンの仲間であるラーメンマンの側頭部を抉って脳漿に穴を開け、

植物状態にするなど、攻撃残酷さでいえば作中随一ともいえるだろう。



しかし、そのような残虐さに反して、転んだ子供に手を差し伸べて助けようとしたり、

前述した149人の死刑囚の中でも老人だけは見逃したりといった優しさが

時折垣間見えるのもウォーズマンの特徴である

性根は優しい彼を残虐な戦いに駆り立てたのは一体何だったのだろうか。


ロビンマスクは作中、「超人オリンピック」のリング上でキン肉マンへの攻撃の手を止めたウォーズマン

「また くうものもくえず きるものもろくにない すさんだ生活にもどりたいのか」と尋ね、

ウォーズマンはそれに応えるように激しい攻撃を再開した。

ここから想像されるのは、彼が故郷ソ連で置かれていた厳しい状況である

この後、キン肉マンとの闘いを通して彼は残虐さを捨てたクリーンな戦い方の大切さに気付く。

そして、対戦相手マスクを剥いだ方が勝ちというルールの中で、

みずからそれを脱ぎ捨てると共に自分過去を語るのだ。



ウォーズマン自身が単なる超人でもロボットでもない「ロボ超人であることを嘆き、

どこにいっても爪弾きにされ、いじめられ続けた日々を回想して「地獄生活」だったと称した。

そのような彼を唯一救ったものこそが格闘技であり、

いつしか自分超人ロボットを「血まつりにあげることがいきがいとなった」のだと彼は語る。


やがて雷鳴に照らされた彼の素顔は、人間でも均整のとれたロボットでもない、

極めて歪なもの、恐ろしいものとして描かれ、

それを見つめるキン肉マンとその婚約者ビビンバの顔も稲光の中で無言にこわばっている。

彼の素顔から受けた、誰も何も発せないような衝撃、

それが登場人物の表情のみを並べることで読者に鋭く突き付けられるのだ。

ウォーズマンの「素顔」は非常にドラマチックなやり方で我々に提示される。

醜い、恐ろしい、そう思ったとしても彼を気遣えば口に出すことができない、

いわば配慮リアリティとでも呼ぶべきものがこの場面には備わっており、読者ですら、

ウォーズマンの顔からどのような印象を受けたかをあえて言葉にしないように努めてしまうのである



彼の生い立ちや素顔についての問題はここで一度大胆に明かされたのち、しばらくはその影を潜めている。

残虐を捨て、キン肉マンら「アイドル超人」の一員となったウォーズマンは、

「七人の悪魔超人編」においては戦士として、

黄金マスク」編においては作品舞台として(「黄金マスク」を巡る戦いはウォーズマンの体内で行われる)活躍し、

仲間を支えながら友情を深めていく。

そして、もはや誰もが彼にまつわる悲劇を忘れ去った頃、冒頭の事件が起きるのである



コミックス17巻に始まる「夢の超人タッグ編」において、

彼は師であるロビンマスクとタッグを組み、共闘することとなった。

この時の対戦相手ネプチューンマンキング・ザ・武道の二人が結成した「ヘル・ミッショナルズ」であり、

ロビンマスク仮面をつけたネプチューンマンの正体がかつての好敵手、

喧嘩男(ケンカマン)」なのではないかと疑っている。

やがてそれは証明されるが、ネプチューンマンは正体を知られたことを理由ロビンマスクを殺そうとする。

ウォーズマンは師を助けるためにリングに上がるも技を決め損ね、ネプチューンマン仮面を外されてしまう。

彼の素顔を見た観客は衝撃を顔に浮かべ、ウォーズマンはなんとか仮面を奪い取って、再び顔に装着する。

彼が仮面を外され、再び装着するまでの間に挟まる以下のセリフは注目すべきだろう。



ネプチューンマン「(注:ウォーズマンに対し)醜い顔を隠すために覆面超人の道を選んだのであろう」

ロビンマスク「これ(注:仮面)をウォーズマンからとりあげることはあまり残酷だ!!」



ネプチューンマンウォーズマンの素顔を「醜い」と指摘したときロビンマスク特にそれを否定しない。

それどころか、仮面をつけずに戦い続けることはウォーズマンにとって残酷だと断定的に語る。

これはなぜか。ロビンマスクもやはりウォーズマンを醜いと感じ、

それでいて庇うこともせず受け入れているのだろうか。


当然そうではない。再び仮面をはぎ取られたウォーズマンロビンマスクに、

「だれかオレの顔を見て笑ってやしないか?」と問いかける。

そして、「だれも笑ってやしない」という言葉に安堵しながら命を落とすのである



この場面において我々が再確認しなければならないのは、

ウォーズマン自分のロボ超人としての素顔を見せること、

そしてそれを“笑われる”ことをいか忌避しているかということだ。


超人オリンピックのなかでロビンマスクウォーズマンに対し、

過去に過ごしてきた「くうものもくえず きるものもろくにない すさんだ生活」について指摘し、

ウォーズマンは当時の暮らしぶりを取り巻く貧困生活の困窮とを思い返し、それを恐れているかのように見える。

しかし、この時ウォーズマンが真に恐怖していたのは単なる生活苦ではなく、当時の自分が置かれていた立場

すなわち、周囲からいじめられ、疎まれ続ける「地獄生活」の中で精神的なダメージを与えられることだったのだ。



ロボ超人であることが理由で受けた誹りや嘲りは彼の心に未だ深く陰を落としていた。

アイドル超人として仲間たちと友情を深めようと、戦いを乗り越えようと、

その陰を完全には取り除けていなかったことが、この場面では悲しみと共に明らかになる。

彼の陰を知るロビンマスクウォーズマンから仮面を取り上げることを「残酷」だと指摘したのは、

仮面をつけずに生きていくことがウォーズマンにとって、自分がロボ超人であることを

突きつけられながら暮らすことと同義であると考えていたためではないだろうか。

彼はここで一度命を落とし、超人墓場で長く労働をすることになる。



それから少しの時が流れ、「キン肉マン24巻に始まる「王位争奪編」において

ウォーズマンキン肉マンとの再会を遂げる。

彼は超人墓場に追いやられたキン肉マン脱出させるために、

脱出必要な「生命の玉」と呼ばれる宝珠をキン肉マンに分け与えた後、

超人専門の医師であるドクターボンベに人工心臓をもらうことで生き返り、

自身墓場から生還成功する。

この時の手術のミスのせいで彼は一度ほぼ戦闘能力を失ってしまうが、

であるロビンマスク指導を受けることで戦闘技術回復

再び登場時のような残虐な戦い方へ、そこからクリーンな戦い方へ、と復活を遂げる。



この「王位争奪編」は、キン肉マンがキン肉星の王として戴冠する場面で幕を下ろした。

平和になった世界の中、ウォーズマンアイドル超人の一人として、

メディカルサスペンション」と呼ばれる特別治療を受けることになり、長らくの療養生活を送る。

そして順調に体力を回復した彼は、「完璧超人始祖編」で再びリングに立ち、

宇宙から襲来した「完璧超人」たちを迎え撃つことになるのである



しかし、ここで再び悲劇が起こる。ウォーズマンとその対戦相手

ポーラマンとの戦いの直前、ロビンマスクが命を落とすのだ。

対戦相手であった”完璧超人ネメシスロビンマスクを破った後、

塔状に組まれリングからその体を突き落とし、砂丘に埋めてしまう。

墓穴を掘る手間を省いてやったのだ」と語るネメシス言葉を聞き、

慟哭しながら懸命に砂を掘り起こすキン肉マンの姿は非常に印象的なものである



この場面において、ロビンマスクを失った悲しみをこれまでの感謝に代え、

続く戦いに向けて決意を固めていくキン肉マンと、

戦闘が始まろうとする中にあって敵に背を向け、

もはや姿の見えない師を思って涙をこぼすウォーズマンの姿は対置され、

ライバルとして出会ったキン肉マンロビンマスク

対して師匠弟子関係にあったウォーズマンロビンマスクとの関係の違いを示している。



その違いは続くポーラマンとの戦いからも読み取ることができる。

ウォーズマンはこの戦いの中でロビンマスクを失った悲しみから暴走し、自身の戦法を見失ってしまう。

テリーマンは彼を見て、普段の「計算され尽くしたクレバーな戦いぶり」とは逆の、

ガムシャラに向かっていくだけの戦闘本能の塊」のようだと口にするが、それも当然のことである


キン肉マンにとって、ロビンマスクあくま自分と共に成長していく超人の一人であり、

彼を失ったとしても彼はそれをバネに立ち上がって自分なりの戦いを続けることができる。

しかし、ウォーズマンにとってのロビンマスクは戦い方の土台や軸作りに大きく貢献した人物なのだ

結果として彼はここで師と共に育ててきた「計算」や「クレバーさ」を失い、

積み上げてきたものを一度壊すことになるのである



ポーラマンに追い詰められ、ウォーズマンは「オレの命などどうでもいい」、

「刺し違えてでもこの戦いに勝利しなければ…ロビンに合わせる顔がない」とまで言う。

ポーラマンは彼の様子を見て、恐怖心を持たず、

ひたすらプログラムとして戦い続けるだけの「ファイティングコンピューター」だと笑った。


その時、ウォーズマンリングロビンマスクの姿を見る。

実体のない、いわば幻影のような彼はウォーズマンにこう語りかける。

「お前はいつも自分のことをロボ超人だと気にしているようだが」

「私はおまえをロボだと思ったことは一度もない」


回想の中で、ロビンマスクウォーズマン攻撃の仕方を教えている。

森の中で木を次々と攻撃、倒していくウォーズマンだが、

もう少しで目標を達成するという時になってぴたりと攻撃の手を止めてしまう。

ロビンマスクは彼を叱りつけるが、よく見るとウォーズマン攻撃しようとしていた木の陰には子鹿がいる。

ウォーズマン意図に気付き嘆息するロビンマスクの前で、子鹿は森の奥へと駆けて行く…



そのような思い出を証拠に、ロビンマスクは続ける。

「おまえは血肉の通ったわが弟子だ」

「そのことに誇りを持てる超人になってほしい」



「オレハキカイナンカジャナイ」

師の言葉を聞いたウォーズマンは、こう言って立ち上がる。

彼の言葉はこの場面で、機械人間が何を基準として分けられるのか、

この場面において“機械である”ということが何を示すか、

そのような大きなテーマをも巻き込みながら読者の方を向く。



倒されかけたところからウォーズマンは再び立ち上がり、

普段のような冷静な戦いぶりを発揮するが、

その背後にある考えを、彼はこのように説明した。



「今までオレはロビンの恩に報いようとするあまり自分の命を捨てるつもりで戦っていた」

しかロビンはこんなオレに生きろと言った!」

「だからオレはもう死ぬために闘わない!」

「生きるために…ロビンがオレに託してくれた大事な魂を守るために闘う!」



この場面で機械人間の間に置かれるのは、

戦いの中にあって「生きる」ために奮闘することはできるか、

また相手を「生かす」ことを考えられるか、ということである

ロビンマスクとの練習中、子鹿を逃がし、

「生かす」ことを考えていた時点でウォーズマン

作中における「機械」の定義を脱していたことになるが、

自身が「機械でない」との自覚もつにはまだ足りないものがあった。



それが、ロビンマスクウォーズマンに伝えた、「誇り」である

彼は自分という存在に誇りをもって初めて、

体は機械であっても心までは機械でないと宣言できるようになった。

「オレハキカイナンカジャナイ」、

そう宣言する彼の言葉があえて機械的にカタカナ表記されているのは、

あくまでも彼の体は機械でできているが、“それでも”」、という

“それでも”の先、逆説のその先を読者に想像させるためではなかったか



ここで物語は、生まれ持った肉体の性質を変えることはできないけれど、

心は変えることができるのだと我々に伝えるが、

これは奇しくも「超人オリンピック編」の中、

残虐超人として現れたウォーズマン正義に目覚め、

アイドル超人に加わったときと同様のメッセージである



そして、「友情」と「信じる心」をもって自身の体の欠点

すなわち活動限界存在を乗り越えてポーラマンを倒した後、

彼は自分がロボ超人であることを以下のように語る。



ロビンはオレのなかで永久に生き続ける このオレが死なない限り

それが寿命のない 半分機械でできた超人のいいところだ」



幼少のころ、自身を「地獄生活」に追い込んだロボットの体に対する複雑な思い

――憎しみ、悲しみ、怒り――、

それをロビンマスクが与えた誇りによって乗り越え、肯定することに、

ウォーズマンはこの場面でついに成功するのである



最終決戦としておかれたネメシス戦の直前、

ウォーズマンは自らの師を倒したネメシス報復することなく、

その立場キン肉マンに譲る。



弱気キン肉マンの自信のなさに対してウォーズマンは一度、

「半分機械からオレにはわからないのか」と口にするが、

すぐにその発言を打ち消し、「生身である半分」では理解できると語る。

自分人間的な面と機械的な面の双方を理解した彼はここで、

ロボ超人である自分理解するとともにしっかりと受け入れている。



ポーラマン戦で彼は、「超人オリンピック編」を彷彿とさせる雷雨の中、

ポーラマンマスクをはぎ取られ、

「醜いツラだ」、「みんなおまえのツラをみて笑っているぜ」と嘲笑されるが、

彼はその言葉を「それがどうした」と打ち消し、師のために戦いを続ける。



自分の顔を見られること、

そして笑われることを臨終の間際にすら恐れていたあの彼はもはや存在しない。

ロビンマスクを失った代わりに自分のロボの体に誇りを持ち、

敵を「生かし」、自分を「生かす」ことに注力する。

ウォーズマンは変わったのである



キン肉マン」という物語においては、「人は変わる」ということが繰り返し語られる。

正義の側から悪の側へ、反対に悪から正義へ、

そしてそれを超越する新たな勢力へと超人たちはその立場を次々と転じ、

その度に誰かが喜んだり悲しんだりする。

それがウォーズマンにおいて特に顕著に現れるのは彼自身が、

自分の”機械的”な外見を誰よりも気にしていたからだ。



から敬遠されるのは嫌だ、疎まれるのも怖がられるのも嫌だ。

しかし、生まれ持った体だけはどうしても変えることができない。

そんな葛藤劣等感、「変わる」ということに向けた諦観交じりの強い欲求

ウォーズマンは常に抱えているが、

そのような「変わらない」ロボットの体が他方、

物語を通した彼の精神的な成長を浮き彫りにしてもいるのだ。



今の彼は逃れようのないものに対して抗うことをせず、

かに受け入れるだけの強さを持っている。

そして、その強さが一朝一夕に獲得されたものでないと知っているからこそ、

我々はウォーズマンという超人に、より一層強く魅きつけられるのではないだろうか。

2018-10-03

ヴィーガンという属性

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1272519

主語を「ヴィーガン」にして叩いている連中さー。

事実誤認を含んだまま、無闇矢鱈とヘイトを撒き散らすのは止めないかい?

b:id:Dicer ヴィーガンって、フランス辺で肉食反対の暴力行為をしている集団だろ? ガン関係といい、ISと同列の扱いで良いのでは。

ヴィーガン集団ではなく、完全菜食というライフスタイル呼称です。

b:id:locust0138 トンデモさん全般に言えるけど、特にヴィーガンは自説に賛同しない人間を見下す傾向が強い。「肉食は残酷動物を殺さない私は偉い」みたいな優越感が根底にあるから

エビデンスはないと思いますが。

「肉食は残酷動物を殺さない私は偉い」みたいな優越感については、エシカルヴィーガン動物愛護の目的ヴィーガンになっている人)はともかく、純粋ダイエタリーヴィーガン健康目的ヴィーガンになっている人)や宗教上の理由ヴィーガンになっている人などには存在しないと思いますが。

b:id:MiYA-mar 自分は、ベジタリアン意識高い系ヴィーガンテロリストだと思っている。

思うのは自由ですが、無実の人間根拠もなく公然テロリスト呼ばわりするのはどうかと思いますよ。

b:id:idea_glue ヴィーガンの人、バカは死ななきゃ治らないを地でいっている

ヴィーガンの人ってヴィーガン全般のことですか?それは主語が大きいのでは?

もしも、この人個人を指しているなら、あえてヴィーガンの人と属性代名詞に使う必要なくないですか?

b:id:mouseion ヴィーガン馬鹿だなと思うのはベジタリアンもだけど、生きとし生ける生物野菜も水も例外ではなくそれは野菜や水を下に見てるからから、こういう差別主義者はさっさと十穀絶って即身仏にでもなって死ねば良い。

ヴィーガンにも色々なバックボーンの人がいるので、そうやって一律でくくるのはとても雑で乱暴な考え方だと思います。例えばダイエタリーヴィーガン志向している人たちにとっては流れ弾以外の何物でもないでしょう。

b:id:xevra ヴィーガン有害具合は最悪だな。ナチュラルに癌患者を殺しにくる様はまさに死神ヴィーガン駆逐は急務だ。

もう完全に主語が大きすぎるし、言っていることも言葉のアヤとはいえ乱暴すぎます

b:id:rameninngenn ヴィーガンのすることはいつも憐れな結果にしかならない.ヴィーガンベジソバ意識他界ラーメン店共々ヒューメンの敵だ.早くあっちの世界へ還ってほしい.

いつも哀れな結果にしかならない、は言葉のアヤですよね。でも、勢いでこういう雑なことは言わない方がいいと思いますよ。

2018-10-01

障害者に向いてる職業はどれだけあるのか

なかなかキレイに整理できてて良い内容だと思った。

見てて一番厄介なのが「受け入れ体制」ってやつだね。

ついこないだ、障害者雇用パーセンテージ役所が水増ししてたってニュースが大きな話題になったけれど、

やっぱり表の世界で「いやこの仕事障害者就くのはどう考えてもムリだろ」って意見を出すことはできなかった。

できるわけないノルマを「やれ、何とかしろ」と押し付けて未達なら猛烈に叩くってそれどこのブラック企業?って感じなんだが、

ノルマ社会正義を振りかざされるともう誰も表立って反論できなくなっちゃうわけで。

「『無理』というのはですね、嘘吐き言葉なんです。」ってリベラル側の人が言い出しちゃったのが件のニュースなわけで。

この増田が列挙したような論点すら猛烈な拒否反応(≠反論)が殺到して、

まともな議論なんかぜってームリだろうなー、と思わされる。

障害者応援する側こそが、冷徹残酷現実立脚しなくちゃいけないんだが、

平和を実現するためには戦争研究しなくちゃいけないという現実理解せずに理想論だけ振りかざす人が多い国では、

そんなことは絶対実現しないんだろうなーという気持ちになるわ。

anond:20181001161404

2018-09-30

秋葉原2010年2018年

シュタゲゼロで牧瀬紅莉栖の「はいはいワロスワロス」に死語臭いを感じた後、そういやこれ2010年舞台の話だったなと思い出した。時の流れは残酷だな。

ネットスラングだけじゃなくて、秋葉原風景2010年2018年では大きく変わってしまった部分があるんだろうか。部外者から見るとあまり雰囲気の違いは感じ取れないんだけど。

2018-09-28

anond:20180928165310

オタク人種民族とちがって自分選択したものから差別していいんだって人がいたけど、内向的人間に「こいつは明るくふるまわないか差別していい」って言うくらい残酷な話だよだ。

2018-09-26

男女の人生格差を考えると悲しくなる

若い女性に「味方だ」と言ってメールを送るおじさんがうざいとか、どう対処すればいいのかなどとかいうことについての記事はてブに上がっていた。

これに類する話題は時々はてブで見ることができる。

かに周りを見ても、女性はいろんなおじさんに声をかけられ、「助けてあげるよ」「味方だよ」と言った類のことを言われることが多いのは想像に難くない。そしてそういうことをするおじさんたちは、相手若い女性だからそういうことをするのだろうということも想像できる。

である自分と比べると、なんたる格差だろうと思う。自分はそういうことを言われて対処に困るどころか、一度だってそんな風に優しくされたことはない。

「助けてあげる」という人が複数いて対処に困るというのは、どんな状況なんだろう? 少なくとも、そういう人が人生で一度しか現れなかったら、迷惑に思うことなんてないだろう。迷惑に思うということは、助けを差し伸べてくれたり、優しく声をかけてきて親しくなろうとする人が、掃いて捨てるほどいるということだ。

モテすぎて困るとか、金がありすぎて困るとか、土地が余っていて困るとか、仕事ありすぎて忙しいとか、とにかくそういう、人が欲しがるものをたくさん持ちすぎているが故に困るという人たちの声は、残酷で、悲しくなる。

2018-09-25

anond:20180925141757

こういうことを言うのは残酷だと思うが、

原作には催眠要素が一切ないことを伝えておく。

他人を助けられると思うなよ。

相談したいことがある、と言われた時の感想

同棲相手が鬱を発症して1年ほど経過しているが、経済力がなく、すべての生活費相談者が面倒をみている。

親元に帰ることや、親から経済的支援を考えねばならないのだが、親との関係性が悪く、本人が親元に帰ることも、金銭的援助を求めることも拒絶しているらしい。

だが、相談者は自分以外の者を養えるほどの給料は得ていない。

その上、鬱発症後、警察沙汰になるような事柄も起こしていて、状況としては最悪だ。

…とそこまで相談されたが、正直アドバイスできるのは「できる限り国の制度を利用しろ」「自分の親に相談しろ」「相手の親にできるなら相談しろ」だけである

そもそも精神不安定な者同士で同棲をするのはやめたほうがいい。

付き合いをやめろということではない。

同棲は、どのような形であれ、それぞれが精神的・経済的独立していなくてはうまくいかない。

そのバランスが崩れると、自分一人で考える時間を持てなくなるせいか、お互いにとって良くない結末を迎えるパターンがあまりにも多い。

鬱は誰でもなる。自分だって明日発症するかもしれない。

病気になることは仕方がない。それは大きな問題ではない。

問題なのは一方的金銭的・精神的な負担を負わせること。そんな相手と、これから先、どのような未来が描けるというのか。

まり深く関わりたくないので表面上の話しか聞かなかったが、遠から共依存状態になるだろう(すでになってるかも)。

相談自身大人になりきれない幼稚な精神の持ち主なので、この状況を改善しようと思ったら、相手を捨てるしかない。

人間は本当の意味他人を救うことはできない。自己を救えるのは自分しかいない。

それでも、本当に相手を助けよう救おうと思うなら、自分人生を捨てる覚悟必要だ。

その覚悟もできない人間は、安易に手を差し伸べるべきではない。

大切な人だから、愛している人だから…そんなもの簡単に打ち砕いてしまうほど、他人を助けるのは難しい。

そして、一度差し出した手を引っ込めることほど、残酷なことはない。

からこそ、安易に手を差しのべてはいけないのだ。

若気の至りとは言え、なにやっているのだか…自分が親兄弟だったら、そんな不安定人間同士の同棲なんて認めたりしないよ。

まあ、親はこんな地獄絵図になっているとは知らないだろうし、30近い子供のことは親の責任じゃないしな…。

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