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はてなキーワード: 残酷とは

2018-06-22

駄目人間

 能力の低い人ほど自己評価が高い傾向にあること。この現象に「ダニング=クルーガー効果」という名前が付いていること。これらは最近知ったことだ。私の人間としての欠陥が、一般人誤差の範囲内では収まらないことを決定的に(薄々勘ぐってはいた)悟ったのはここ1.2年なので、実に20前後、私は自分の事を過大評価していたことになる。ダニング=クルーガー効果というやつを身をもって体験したわけだ。

自分の欠陥にどうして気が付かなかったのだ?」

 能力の高い人はこんな疑問を持つかもしれない。勿論、いわゆる「しでかした」ことは数多くあるし、その出来事自体言い訳をし続けてきたわけではない、とは思う。でも、それだけで自分を見限ることはできなかった。中学でも高校でも、それを「天然」だとか、「ボケ」だとか、そんな言葉に置き換えてどうにかやってきた。だけど、今はそうはいかない。

「人は、変えられるもの未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすものじゃないですか?」

 これは、平野啓一郎氏の「マチネの終わりに」の一説であり、またこ小説テーマでもある。その通りだと今は思っている。友人と笑い合った学生時代、私の一言・行動で笑ってくれたと思っていた私は、実は笑われていただけだったのではないだろうか。笑いながらなんとなく言われた一言が、今はずっと、頭の片隅でリフレインする。お前、頭おかしいんじゃねえの……。

 ダニング=クルーガー効果というやつは実に厄介だ。能力の低いもの自分をよく見がちであるというのは事実だし、研究というのはそういうものなので文句のつけようはない。だが、ただ残酷である自分能力を高く見積もっていたものが、その実ずっと低かったことを知った時、その人はどうしたらいいのだろう。自覚ができたのだったら改善のための努力をすればいいじゃない、と言うのは簡単だ。だって、その自覚が今までの過去全否定するのだから、直ぐに切り替えて良い方向に迎える人はそれほど多くないのではないか、と私は思う。どのくらいの時間がかかるのかはわからないけど、自分を受け止めてやるだけの時間必要だ。……と、こんなことを考えているんだからそりゃ能力も低いわけだ。

 自覚を持ってから自分の活力のない生活の中、私は高校の時のクラスメイトを思い出した。彼は人気者になりたがっていたが、会話の中で人を弄るのが下手くそだったし、(こんな自分が言っても説得力はないだろうが)空気が読めない人間だった。彼は多分、人付き合いと言う観点から自分の事を過大評価していたのだ。そのことに気が付いたのは何時だったのか今となってはわからない。知らぬうち、彼の口数は驚くほど減っていた。大声を張り上げることもなくなっていたし、休み時間に誰かにしかけるのも見かけなくなって、自習やら読書やら、独りで時間を過ごすのを見ることが多くなった。正直に言って、彼が苦手だった私はそれがありがたくもあり、また少し申し訳なかった。自分も多分、状況は多少違えど同じような状態になっている。そう思うと、私が彼に向けていた視線現在自分に突き刺さっているのである

 

 はぁ~どうすりゃいいんだろうねほんと。

 

 

 

2018-06-21

[][] 戦後の3S政策痴呆に改造された日本人

SNSを見ると、日本人の知性の低下が観察できる。

当人は楽しんでいるつもりだろうが、「アリとキリギリスよろしく無知貧困自殺or犯罪者コースを突き進んでいる。

「アリとキリギリス」は、イソップ寓話ひとつ

 

夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、キリギリスバイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。やがて冬が来て、キリギリス食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、アリは「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」と食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死んでしまう。

 

一方で、アリが慈悲心(哀れみの心)をもって食べ物を分けてあげるという改変が古くからある。食べ物を分けることを拒否し、キリギリスが飢え死ぬのでは残酷だというので、アリは食べ物を恵み、「私は、夏にせっせと働いていた時、あなたに笑われたアリです。あなたは遊び呆けて何のそなえもしなかったから、こうなったのですよ」とキリギリスに告げ、それを機にキリギリスは心を入れ替えて働くようになるなどという展開に改変される場合もある。

 

奴隷地位から脱却できない日本人は哀れだ。

「マジメか!」と馬鹿にされながらも、努力して自由を獲得できた日本人は、賢明→裕福→セミリタイア生活コースを選べる。

 

日本人は、なぜバカになってしまったのか?

戦後の宣撫工作=3S政策で、飼い慣らされているからだ。

 

3S政策(さんエスせいさく)とは、Screenスクリーン映画)、Sportスポーツプロスポーツ)、Sexセックス=性産業)を用いて大衆の関心を政治に向けさせないようにする愚民政策であり、そのような政策があったとの主張である

頭の悪い人は、3S政策メリットデメリットを把握することができない。

キリギリスのような連中なのだろう。(残念)

2018-06-20

ジャンプは、妖怪とかならわりと残酷に殺してもOKみたいな感じかな。

幽遊白書とかブリーチで、妖怪の敵は切り刻んで殺したりしてるけど、人間の敵は生かしておくとか。

2018-06-19

この世界無慈悲競争を強いられ、命のふるいをかける場所

ある意味蠱毒とか地獄一種

強い気持ちを持って、現実に風穴を開けるしかない。そうやってしか脱出できないクソゲー

成長しなければ、自分価値観での意味のある勝負に勝つことはできない

運だけでは勝負に勝ち続けられない

成功自分の属するコミュニティで上位になることだと思うけど、

他人比較せずに、自分価値観での意味のある勝負に勝つことが重要

まあ他人との勝負を避けられないけど

勝つには理屈必要だけど、何よりも必要なのは強いメンタルと強い行動だと思う

クソみたいな現実に風穴開けるには、心の力しかない

この世界残酷さと難しさ、

自分の弱さ・甘さとこの世界での位置

最近ようやくわかってきた

少し多めに寝るのはできるし、構わないけど

人生自体から逃げられないんだよなあ

まれてきてしまったのだから

このクソゲーの心の戦いに否応なく参加するしかない

2018-06-18

anond:20180618024944

好きで生まれたわけじゃないか死ぬことぐらい好きにしたいよな

死ぬ覚悟があれば何でもできるとか、いつでも死ねからとか

励まされて

もし死ぬ気が失せたとしても何年後かにまた死にたくなってしまうもんだ

生きてることのつらさより死にたくなることのつらさのほうが重いなら

何度もそれを味わわせる励ましは残酷

それに自分をこれ以上見下したくないって気持ちはわかる気がするから

安易にやめとけとは言えない

行くなら失敗せず行けたらいいし

行かないなら人生そんなもんだと思って頑張るか。

2018-06-17

制約の多い人とは付き合うべきではない

例えば免許持ってない取れないとか、学歴が低い収入低いとか。束縛グセがあるとか。

学歴あるけど収入低いは盛り返せないならやっぱ可能性は低いし。奨学金あるとなおのこと厳しい。前倒しで返済できてないというのは困る(こちらは完済してる)

将来結婚して子供ができて、さらにその先、を考えると、やはり付き合う段階で自由侵害されているというのは大きい。

互いの時間を共有する以上そこのウェイトが重すぎるのはNG.

多分コレは女性だけじゃなくて男性でも一緒だと思う。

今時女性からといって稼げないなんて論外でしょう。専業主婦思考してる人はそこわかってないよね。

専業主婦なるってなら育児全部負担するぐらいの気概は持たないとダメはてなに限った話じゃないけど、何でもかんでも育児を夫が公平に負担しろってのは共働きからこそ言える話。そこを無視してる人が思いの外多い。

結局見返りがあるかどうか、あなた自身価値があるかどうか。現実価値がない人間は選ばれていない。

三十路過ぎて仕事三昧で周りも独身ってのはありふれてるけど、適齢期逃し気味だし良い状況ではない。そこから婚活って、駆け込み乗車みたいなもの人生に余裕が感じられない。

付き合う段階から強烈なフィルターで間引かれていく男女。身の丈に合ったといえば聞こえはいいが、それって要は分相応の生活をし、分相応の相手と暮らせってことですごい残酷なこと言ってるよね。現実残酷ものだけど、流石に貧困層同士、余り物同士で付き合えなんて言えないわ。

2018-06-15

生命創造、そして殲滅

生ゴミ

いのちやどりし

コバエかな

これは2018年6月初旬に俳人(廃人)の橋本一茶が詠んだとされる俳句である普段はあまり料理をしないため、珍しく料理をすると生ゴミの処理が疎かになり瞬く間にコバエが湧いてしまう様を描いている。また、冬の間はどんなに雑に処理をしてもコバエなど湧かなかったものの、今では驚くほど簡単にコバエという生命創造することができ、季節の変わり目を感じている、という風に捉えることもできる。この俳句の注目すべき点はコバエが発生したにもかかわらず、おおらかな心持ちでそれを良くも悪くも大観している様子がうかがえることである本来であればコバエというのは非常に醜い存在であり、一刻も早く殲滅していまいたいものしかし、橋本一茶はその広い心とあまりに雑な生活感でもってしてそれすら"生命創造"という非常に高い次元で捉えているのである。彼は人々にコバエを通して広い心を持つよう訴えかけているのではなかろうか。

めんつゆ

一匹残らず

駆逐せよ

こちらも同年の6月橋本一茶が詠んだ俳句である。この俳句一見すると先ほどの主張とは異なり、めんつゆトラップで自ら創造したコバエを殲滅すべき、という風に捉えることができるが、彼が生前記していた日記(古金玉集)には趣き深い記述が残されていた。

"創ったものは終わらさなければならない"

彼の生きていた時代から察するに未来の見えない年金制度やとどまることをしらない増税、そして人民社畜化など様々な問題が彼を、当時の人々を悩ませていたに違いない。その中で彼はどれも全て過去人間が創ったもの、であればそれを殲滅させる必要もまた人間にあるのではないかと考えたようだ。その手始めとして自ら創造したコバエを自らとめんつゆの手によって殲滅すべしと捉えたのである。また、コバエに対してもこの閉ざされた閉鎖空間で生きることの一体何が幸せであるのか、自問自答を繰り返し、最終的には死を与えたようだ。残酷なようで慈悲深い決断である。その後の彼はテクノブレイクによってその一生を終えたと伝えられている。死の発見が遅れたため、彼の死体にはコバエが集まっていたようだ。死してなお創造する、彼のアイデンティティーがそこには満ちていた。

2018-06-12

anond:20180612032633

勝つ事が少ないのもこの漫画の特徴で、主人公たちが負けることばかりなのである。だから誰かが死ぬこともあるし、裏切ることもある。天に任せているような展開は巷の御都合主義ストーリーにはない魅力である進撃の巨人が与える若者への影響。それは負けることもあるという戦わなければ勝てない残酷現実世界を教えてくれる所にある。

勝てないことを前提として「戦いながら逃げる」という発想は、陳腐だが、3.11以前に登場できるはずはなかったし世に出たとしてもここまで支持されることはなかったと思う。

白人ゲームという概念を作る

日本人モンスターと戦うけど残酷性ないゲームを作る

外人が人を殺すゲームを作る

日本人人形がいいならゾンビ妥協するよさすがに人は?」

外人ゾンビと人を殺すゲームを作る

日本人が育てたゲームというもの暴力性一色にした外国人を許すな

anond:20180612102043

男女規範がなくなったら後はむき出しのルッキズムが残るだけだから余計に残酷ではあるよ

進撃の巨人面白

参照しながら話したいところだがそれは時間的に許されないので思い出しながらの記述とする。構図、計画性、伏線。まず特徴的なのが斜め上からカットなど映画手法を用いた独特の構図である。次に話をどう進めるかという計画性が非常にしっかりしていて、何を見せて何を隠すかという作品を作る上で重要な項目をクリアしている。最後伏線。これはどんな小さな要素でも伏線になりうるということを証明する。この巨人どこかで見た顔だなと思ったら昔は人間だったとか。アンチの少なさも人気を物語っている。どうなるか分からないという、勝つか負けるかも神に任せている。勝つ事が少ないのもこの漫画の特徴で、主人公たちが負けることばかりなのである。だから誰かが死ぬこともあるし、裏切ることもある。天に任せているような展開は巷の御都合主義ストーリーにはない魅力である進撃の巨人が与える若者への影響。それは負けることもあるという戦わなければ勝てない残酷現実世界を教えてくれる所にある。王道ストーリーへのアンチテーゼであるコミックの売れ行きはアニメ化映画化の予算となる。特にアニメ作画には気合が入っており、もちろん声優にも、映画版はアニメ繋ぎ合わせてよりシンプルにしたものであった。つまりアニメクオリティ映画並みであったと言える。

2018-06-11

anond:20180611212751

Twitter残酷でまぎれもない現実世界。信用が可視化されているか現実よりもきつい世界かな。

絵描きはそのVtuberにとって見合う存在だった。そしてあなたは何でもない一ファン

あなたはあっち側の人間になれずあっちでVtuber絵描きは楽しそうに話してるのがうらやましいと。

こうなったらもうVtuberになってちやほやされる側に行くか絵描きになってヨイショする人になるしかない。

2018-06-10

anond:20180610112321

中国抗日ドラマ問題になって中止になったというのは

残酷表現が過ぎるとか荒唐無稽過ぎて抗日英雄に不敬だとか言う理由ばかりで

中国人が日本軍をやっつけるというストーリー自体文句をつけられたことはないんだよなあ

2018-06-09

今日初めてディープキスした

舌の長い子で喉に届くくらいでびっくりしたけど、予想以上に気持ちよくて1時間以上ずっと吸ったり吸われたりしてた。時間を忘れるとはこのことだな。

人の唾なんて汚いものだと思ってたが、かわいい女の子の唾っていくらでも飲める。舌の裏に溜まった唾いっぱい飲んだり、他を攻めてるときも口の中に唾貯めてもらって、溜まったら飲みにいってた。

気持ち良さで呼吸止めてるのに気づかないくら気持ちいい。

もし、これを知らずに生きてたり、結婚して夫婦セックスパートナーじゃなくなってるやつがいたらかわいそ過ぎる。

アフリカ飢餓に苦しんでる人たちの百倍かわいそうだ。

日本でもルッキズムや金、障害などでこういう体験ができないやつたくさんいるだろ。

絶対、この経験格差があるのは良くない。

どんな格差よりも残酷だと思う。

俺は一生貧乏でもいいが、この経験だけは奪われたくないしこれからもしたい。

かりに一生生活保護でもこの経験だけは継続させたい。

そのくらい優先順位の高い行為

飯なんて質素でいいし、一生刑務所飯でも耐えられるが

この経験がないとなれば生きていく気力がなくなって死を選ぶ可能性すらある

そのくらいの経験

お前ら福祉とか大学無償化とかどうでもいいよ

ディープキスの機会均等を法制化させてくれ

anond:20180609114041

圧倒的大多数の人間は、生まれてこの方十数年だか数十年だか日本に生きていれば、とりあえず何となく日本愛着はあると思うんですよ

ただ、当然ながらそれは自国の現政権を熱烈に支持するとか、古来の日本人は聖人君子しかいないと信じるとかい意味でなく、単に食べ慣れてるから米と味噌汁大好き、とか、そういうレベル

いわば「空気のような愛国心

自分日本一定愛着はありますが、それはあくま自分が生まれ育って以降の平和で豊かな日本であって、戦前理想ユートピアだったかなんて知らない

(少なくとも今よりずっと筋肉労働中心の体育会系価値観だったのは間違いないから、それはイヤだ)

ところが

昨今の自称普通の日本人」の皆さんは、自国の現政権にいっさい疑問を持たず服従しないと愛国心がないと見なしたり、過去日本人は一切残酷なことをしなかったと考えないと「愛国心がない」ことになってる

長屋王の末路やら織田信長の焼き討ちやら、欧米中国と同じように、日本にも歴史いくらでも残酷な話はあるんだけどなあ)

はいえ、この手の主張ばかり言い立ててる連中は、先に触れたような「空気のような愛国心」なら持ってる大多数の人にとっても、ウザいんじゃないんですか

2018-06-08

anond:20180607235736

白鳥騎士連携:貫通が悪手だと告げる上手い方法享受してみてはいかがかな?

フ=デュウォロスシェしたらその……その戦争の後の精神支配責任も負わないと許されないの。

数億年我と共に歩みてる召喚獣の大いなる福音が、新生未来へと希望を託すために導きの示すままに上達しない。

最初の頃こそモーグリだったんだから破滅螺旋を止めるためには仕方ない、一歩ずつ大地を踏み締めるが如く入神の域になってくれるだろうと、その先に明日があると信じ戦ってたなれど

それも鋼鉄化《アーマード》のオーバードライブになって、禁忌冒涜を忍んでその口より零れ咲く千の刃で、壁に血文字でこうして欲しいああして殺してでも奪いたいは預言書に従い啓示した。

いや、もうあいつは俺が殺した何も変わらない。痛みなんてもう感じないし指先がチリチリするのみだっつってるのにバカの一つ覚え、まるで魔物でも相手にしているかのように希望溢れし聖なる塔ばっかりいじり戦い続ける。

エクストリーム帯は神域(そこ)じゃなくて、これも全ては宝条のせいだって言ってるのに異界より君臨せし者の一つ覚えみてェ……に初め、つまり光と闇の両側の世界から神の安らぎ、闇の扉が開く時まで堕天使ばっかりひたすらいじり戦い続ける。

己の好きなだけ魂の寄る辺いじってちょっと下界いじくって、少し乾いた大地を潤した程度で世界を切り開けてくるから本当に……ッ!!………ぐぁっ!!!

……この肉体も限界が近いようだって言ってる、そして共にセフィロスを倒そうとした筈なのに悠久の時を刻む程やるからねってファイナルファンタジーはそこからじゃねーよ。

もう血の盟約を結べてあげるだけの天地創造が預言書の導くまま、悲しくて(精神的にも肉体的にも)物理ダメージから

蒼き月の日はフルマリアージュいじり始めても「ふむ……」とか言って適当に受け流してる。

したらば詠唱破棄に解き放たれるゆえに「(野村を含むスタッフ全員の強い意向で)しよう?」と言っても「星々の導きが乗ったらで構わぬよ」って、

封印されし魔道人形アギトの奥底では定められしオーヴァーのセックスレス(人類にとっては敵に等しい)ステータスは完全に私…結局は金だけの問題になっている。

因むところに聖域(ここ)10カ月ほどで2廻しかしていない。抜き、そして世界に光を取り戻したいと言われたら積層型詠唱魔法陣なり外部から干渉なり……と、されてきておる。

もう防御魔法堪らなくなり「天上天下唯我独尊悪魔所業でキマリは通さないって言ってるン程度のものじゃないよ」と残酷真実を告げたら

返ってきたのは「俺も疲れてる、最後聖騎士が<漆黒の魔弾>に斃れるときとかあるから――光と共に歩む者は、内なる闇との闘いを避けることはできない――お互い様だよ!」

違う、許してくれ! あの時はそうせざるを得なかったんだーーーーよ

――神は如何様にして原因の一端が我が魂の宿りし器にあると露ほども考えて存在しないようなセフィロスにも似た返事なんだ……

無慈悲なる不完全知能生命体は己にフレンドリーファイアがあるかもとは……だが、そのうちの一つは“今”消える可能性がまだ残されているかもとは、魔障星が消えるとも考えず………そして不可視世界混沌カオス〉へと還元されるのか。

聖剣の所有者の正確無比さに光(きぼう)して血の盟約を結べてあげてたのが悪かったとは懺悔している、と誰もが信じていた。

己を主観的しか認識できない愚者は獲得EXPこそあったものの、されるだけのセクシュアリス魔法儀式だったから、神羅万象に至りし魔神だった聖剣の持ち主を導いてみせられるだけの力量はなくて

なんだったらコルネオの館行ったり他のヴァルキリードールと遊んで何かを得て、ギルガメ電子遊戯に5万ギル課金してしまった私に異界送りして所望すりゃあ、それでも赦すなと幻想(おも)い命がけのゲームに行ってもいいよとは言っている…しか

私以外とはしたくないのは自由だ。だが、お前に選択肢などない…とかく語りき。戯言をほざいてくれる事は我が心に祝福の鐘が響き渡るけど、数多光年我と共に歩みて貴殿とのカサノヴァの夜で中円環の理に導かれした真実(ウェリタス)ないヨ。

へたくそな以外は本当に我には帝国の名を穢すくらい素敵なアニムスで、

極論魂に囁けば古の鍛錬法しなくたって(少なくとも話の通じない愚か者は)耐え難きだ…だが“光”の意思上位次元アグレッシブラビングできる……否、我にしかきぬ単独の「かの者」なのでどーにかし、そして世界に光を取り戻したい。

でも聖域(ここ)、闇の扉が開く時まで自分に何もゲインがないと思っていそうな騎士に直球で「技はまだ荒削りだよ」とか「入神の域に決意を胸に宿して求められている」とか言って封印を施すと

因果収束トゥリアムス)に“生かしておくのも哀れな男の安っぽいプライド”全てをへし折って終焉……さような不確定量観測は“絶望”を与えるので落雷避け、世界を闇へと誘いたい。どうやって伝えたら……クク、素晴らしいか教えてもらえるか? 援軍を要請してくれたまえ、愚かなる観衆諸君

2018-06-07

はあちゅうさんを応援していた

はてなではあまり言えないけどはあちゅうさんを嫌いではなく、むしろ好きだった。

賛同して寄付したこともあるし、自分も若く同世代だったということもあり共感していた。

ただ、それもだんだん歳を経てくるうちに冷めてきて、最近ではあまり見たくないくらいの感じになって。

結婚子育てもしたし、色々と経験して自分が変わってしまったというのはあると思う。

それにしてもはあちゅうさんは変わらないどころか劣化しているように思えて最近は見るに堪えない。

昔のはあちゅうさんは何はともあれ行動力があったと思うし、そこに惹かれていたのだと思う。

色々と企画して動いて、そういう人だからこそ応援たかった。

でも最近は内向きで実績もなく何しているのかわからなくて、私たちが嫌っていた口だけ達者なおっさんと同じにしか見えない。

時の流れはとても残酷、でもまだアラサーだしやり直せるはず。

初心にかえってもっと活動的になってほしい。

まずは自分のためにも若い男の子集めて婚活バスツアーでも企画したらどうかな?

anond:20180607132107

噂によれば、中国の善良な一般市民が3000人も残酷方法無慈悲に殺されたって話だぜ。

2018-06-06

自由校風落ちこぼれ

高校の話だが、非常に自由校風だった。

授業が休講になればその時間は何してもいいし(コンビニとかカラオケとか行く人もいた)、下校時間とかはなく何時までも居残れた。

しか自由校風の裏にはやはり短所もあって授業中に寝る人は多いし、スポーツ大会部活ばかりで全勉強してない人も多かった。

その自由校風に引きづられて勉強しなくなった人はあの高校落ちこぼれていった。

自分もそのうちの一人で受験ときにはかなり苦労した。

最近高校の進学実績が落ちているという話を聞いた。

あれだけ勉強しない人が多いのなら当然のことだし、厳しくすればもっと実績は良くなるはずなのにと思った。

それだけのポテンシャルを持った人が多かったとあの当時を振り返って感じる。

しか就職活動をしている内に考えが変わってきた。

あのとき学校がやっていたのは精神エリートの選別だと思うようになったのだ。

きっと他の進学校みたいに勉強漬けの生活だったらきっと高学歴と呼んでもらえる大学に受かっている人も多かっただろう。

しかし人に強制された勉強絶対に身につかない。大学に入った後には積極性を持った自主的勉強が求められる。

あの高校で育てられたのは大学に受かった後、さらにその先で必要精神的な自立性であったと今になって実感できる。

あの場所で結果を出す人間はその先でも第一線で活躍するのだろう。

一方でその精神的な自立性を持てなかった人は高学歴というステージに立つこともなく、その先も似たような人生を送ることになるのだと思う。

彼らのポテンシャルを考えると、校風に引きづられて落ちこぼれるあのシステム残酷だったと感じる。

面倒くせえなぁ…

抗日ドラマはもはや「フィクション」で「パロディー」だ=中国報道

https://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20171112/Searchina_20171112021.html

 中国では過去歴史を扱ったドラマが非常に多く放送されており、こうしたドラマの人気は高い。特に多く放送されているのは、中国共産党の存在意義正当化し、強調する意味もあると言われる「抗日ドラマ」だ。だが、近年は抗日ドラマはあまり現実離れした描写が多いため、中国国内でも「抗日神撃」と揶揄(やゆ)する声も少なくない。

 中国メディアの今日頭条は8日、「誇張された抗日ドラマはい終焉を迎えるのか」と疑問を投げかける記事掲載し、中国放送されている抗日ドラマの多くが「脚色され、事実と大きく異なっている」と指摘している。

 記事はまず、中国では抗日を題材にしたテレビドラマが非常に多く放送されているが、その質は「玉石混交」と言わざるを得ないと指摘。しかも内容は誇張されているケースが多く、歴史を忠実に描いていないことを伝え、歴史尊重せず、エンタメと化した抗日ドラマを通じて、多くの中国人は正確ではない歴史を植えつけられていることを指摘した。

 続けて、中国放送されている抗日ドラマはもともと抗日戦争が基になっているが、現在は内容が脚色されて時代錯誤武器が登場したり、侠客化されたりして、もはやフィクションドラマになっていると指摘し、破天荒描写が含まれ抗日ドラマは「抗日神劇」と揶揄されていることを嘆いた。

 中国には毎日のように抗日ドラマ放送されており、当然、中国の子どもたちの目にも触れることだろう。では、子どもたちはこのドラマを見た時に、戦争に対する嫌悪感を抱くだろうか。むしろパロディーとして楽しさすら感じてしまい、戦争残酷さや悲惨さに対する理解のない大人になってしまうのではないだろうか。(編集担当村山健二)

どんな荒唐無稽な設定にされていても日本人の多くは抗議してないのにね。

別に中国投資家投資を控えても、中国販売を止めてくれても何でもいいし、原作者アニメ製作者が損してもどうでもいいんだけど。この話題でドヤっている人たちは好きじゃない。

2018-06-05

子供に読ませたくない絵本3選

anond:20180604182658

この増田が挙げている絵本は名作揃いで外れなしの鉄板だと思う。

我が家も妻も含めて本が好きで、子供にも購入したり図書館から借りたりして絵本をふんだんに読ませているが、

中には「この本はどうだろう・・・」と思うものがあるので列記しておきたい。

あくまで私の主観である。これから挙げる本が好きな人がいたら申し訳ない。

永岡書店の昔話アニメ絵シリーズ

この本は図書館にはおかれていないが、小児科歯科などの待合室でよくみられる、正方形アニメタッチの昔話本である

これがひどい。登場人物が死んだりする場面は、すべて中身が改ざんされている。

「かちかちやま」のおばあさんは死なないし、「さるかにがっせん」のかにも死なない。

こぶとりじいさん」に至っては、こぶが二つ付いてしまったおじいさんが踊りまくるとこぶが取れてめでたしめでたし、になっている。

最後大団円で「しあわせにくらしましたとさ」ですべての話が終わっていて、面白味も教訓も何も残らない。

残酷なシーンはこどもに影響があるから変えてしまえ」という、いらない忖度が満載である

絵もひどいクオリティアニメ絵であるが、子供アニメ絵につられて「読んで」と持ってくるのでいつも困ってしまう。

おまえうまそうだなシリーズ

絵本ナビでは「感動した」「涙が止まらない」などの絶賛コメがあるが、個人的には子供に泣かせる話を読む必要はないのではと思っている。

泣きたいおとなは読んで泣けばいい。でも子供はまだわからないし、そうでなくても違う感情毎日泣いている生き物である

しかに感動的なお話かもしれないが、私には「こんなストーリーだと泣くだろう、そら泣け」という、作者のゲス心を感じ取ってしまって読むのが苦痛である

「あ、あのさ」とか「お、おれは・・・」などの吃音口調の文体も読みづらい。(この作家の本は全て会話文が吃音調である

絵もお世辞にもきれいとは言えない色調とタッチで、目がチカチカしてくる。

恐竜が好きな子供が「読んで」と持ってくるのでいつも困ってしまう。

「お父さんはウルトラマンシリーズ

「うまそうだな」と同じ作家子供に「お父さんもがんばっているんだぞ!」と言いたいだけの本。

こんな本に擁護されなくても、子供は親父ががんばっていることぐらい認識しているし

「お父さんはこどものことをいつもだいじにおもっている」とか当たり前だろ。親が子供にそれいうと押し付けがましいだろ。余計なお世話だ。

ウルトラマン」というだけで、子供が「読んで」と持ってくるのでいつも困ってしまう。

図書館などで子供が持ってくる本が、内容的にあまり好きでない場合、どうすればいいのだろう。

「うまそうだな」「ウルトラマン」はキャラが好きだから「読んで」と持ってくるようで、中身が面白い訳ではないらしい。だから余計もやもやする。

なお、巷で評判が二分される「ママがおばけになっちゃった」は、多分苦手なタイプなので最初から近づかないようにしている。幸い図書館ではみたことがない。

2018-06-04

久しぶりにちきりんブログを見た

朝読んだ日経新聞感想を書いていた。

ネタがなくなるって残酷だな。もてはやされたのが20102011年からこの7年でネタを出し尽くしたんだな。頑張って勉強していい大学入って就活頑張ってGSはいっても組織から離れると10年持たないんだな。

まだ40代くらいだろうにこれからどうするんだろ。

2018-06-01

脅迫されている感覚

僕は時々、頭のなかで何かから脅迫されている感覚にあう。

僕はプログラマーをしているのだが、体調を崩しがちで、月に何度か高熱が出て会社を休んでしまうことがあった。朝も弱くて寝坊だってする。傍から見ればただのクズだ。体調管理が出来ないなんて社会人失格、というのは前の会社で頻りに言われていたことだ。結局大きな病気になってしまい、その会社は辞めることになった。就職して一年も経っていなかった。

仕事を辞めてからは約三ヶ月ほどニートをしていた。

ニート期間というのは、実家ぐらしだからこそ続くのだなと思った。20歳実家を飛び出して一人暮らしを始めた僕は、今更実家に戻ろうなんて考えはなかった。母からご飯ちゃんと食べているか仕事は決まりそうか、なんなら戻ってこないか、などと定期的に連絡は来ていたが、無駄プライドの高い僕は一度巣立った場所からの援助なんて受ける気はない、受けちゃいけないと思っていた。

ニート生活を始めて数日は、気ままに生活が出来て楽しかった。貯金にもある程度余裕はあったし、ゲームも好きなだけ出来る。だが、一週間経つと、急に不安に苛まれるようになった。僕は変なところが真面目だったのだ。自由謳歌できなくなった。周りが働いているのに働いていない自分への危機感、減っていく貯金、過ぎゆく時間。大好きなゲームも、今はやっている場合じゃないと思い始めた。結局遊べたのは二、三週間であとの二ヶ月は勉強をしたり、プログラムを書いたり、転職に向けての活動をしていた。

仕事を辞めた当初、転職なんて簡単にできると思っていた。就職も周りがバタバタしている時にすんなり決まったし、今回もすぐ決まるだろう、と。現実残酷で、僕はなんて甘い考えをしていたんだと痛感した。今の自分新卒ではないのだ。プログラマ求人は、どこも実務経験を重視していた。まだ若いはいえ、実務経験一年に満たないような、自己都合で退職したニートを雇ってくれるところなどなかった。

ただひたすら焦っていた。自己都合退職なので失業保険も貰えず、時間けが過ぎていく。その頃から、頭の中で追い込まれていく感覚を感じ始めた。いろいろな方向から罵倒されているような、怒鳴られているような、何かから追われていて、逃げなきゃいけないという感覚。息が詰まる。一人きりの部屋で、何も音のしない部屋で、過呼吸で倒れそうになる。

近所のおばさんは、僕が在宅業務をやっていると思っているらしく、昼間でもおかずを持ってきてくれたりするのだが、優しい声で話しかけてきているはずなのに、頭のなかでは何かに脅迫されているような錯覚に陥る。目を覚ますたびに、テレビをつけるたびに、PCをつけるたびに、出かけるたびに、人と話すたびに、それは起きた。気が狂いそうだった。今思えば、あの時実家に帰っていればこうはならなかったのかも知れない。

ニート生活三ヶ月が経とうかと言う時に、僕が入社する会社面接日が決まった。不安でいっぱいだった。面接官が話すたびに頭のなかであの感覚がやってくる。まともに話せていたかどうかも覚えていないが、とにかく何も考えないようにした。

その会社から採用をもらった。採用通知を見た時。憑き物が落ちるのを感じた。ただ、就職してから脅迫されているようなあの感覚に陥ることがある。前と何も変わっていなかった。あの感覚は何だったんだ。そう思っていた。

変わっていたのは心の持ちようだった。あの瞬間に、心が成長したんだと思う。前の仕事を辞める前より体調不良になりにくくなった。寝坊もしなくなった。仕事でも、大きな評価をもらえるようになっていた。

あの感覚も、いつの日か克服出来るのだろうか。

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