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2021-05-04

anond:20210504070355

一般的にはそうだと思う。でも絶版本で未使用で1万、書き込みありで5000円くらいで売れてる中で、いきなり未使用で1000円以下とかが現れるのがメルカリなんだよね。

昔の本とかだと生前整理で安く出品されてることがある印象。

2021-05-03

anond:20210503130008

ぜんぶ興味ないやつですね・・・

 

強いて言えば

完全自殺マニュアル自殺繋がりで

山田花子の『自殺直前日記』はよかったよ

タイトル過激だけど生前メモを集めた真面目な本だよ

 

あと社会学繋がりでパオロ・マッツァリーノの『反社会学』

子どもの頃読んでスゲー面白かった

なんかblogあるみたいよみてないけど

 

それっぽいもの見たいのなら、

21世紀の資本』、『ホモデウス』、あたりなんかはどう?

2021-04-29

古書価格1万くらいのものを1000円くらいでメルカリに出品する人が珍しくないのはなんでなんかね。本人が生前整理として出してるのか、所有者の子供が整理として出してるのか、どちらにせよ不思議である

ゴジラSPを6話まで見たけど、絶賛するような出来ではないでしょう

※完全にネガキャンなのでファンの方は見ない方がいいです。気分を害します。

6話まで見た。面白すぎる!!!!とかいツイートばっかでマジで信じられない。そんなに絶賛するものではないでしょう。1mm程度しか面白くない理由を書きなぐる。

1.全てが受け身

キャラ出来事も全てが受け身。何か起こりました、対応します、の繰り返し。これ自体は間違ってないけど、対応的を得ていないというかその場しのぎか対応過程永遠と描かれていて視聴者が何を楽しみにしたらいいのかイマイチ分かりにくい。全ては言い過ぎだったかも。とにかく話を動かしている感じが足りなさすぎる。キャラが話に動かされてる。動かされること自体は間違ってないけど、キャラが動かしたようにみせないとチープに見える。

2.軸がない

このアニメは一体どこに向かっているのか分からない。怪獣出ました。パニックです。新元素見つけたかも。解読してみよう。わかるよ、色んな要素がひとつにまとまるんだよね、そういうのが描きたいんだよね。でも着地のビジョンがあまりにも見えなさすぎる。着地してどうなんの?っていうネガティブな疑問しか出てこない。怪獣と戦うアニメなのか、SFとして未知を解明していくのか、まあ両方なんだろうけど、全く先が気にならない。ゴジラという題材だから見てるけどゴジラブランドじゃなかったら1000000%切ってる、よくこんなの通ったな。

3.ゴジラ存在感のなさ。題名どうした?

伝説だかなんかでゴジラ存在示唆されてたけど、ラドンやらなんやらの方が出ずっぱり、(たぶん)1話単語くらいしか出て来てない。6話でようやく全身が映って人間に視認されたけど、ゴジラって単語もなにもない。これなんのアニメシンゴジラも大概ゴジラ映ってなかったけど、ありえんゴジラ主役でゴジラ中心のストーリーだったのに、この作品6話もやってんのにゴジラ存在感まりにも薄すぎる。

4.一生前菜食わされてる気分

とは言え、視野を狭くして30分だけ切り取って見れば毎週見れるし、ミクロ面白さはある。ただ、先述した通りどこに向かってるのか分からいから見ていてストレスが溜まる。怪獣作品特有のメインが出てくる前の前座が一生続いてる。なまじちょっと面白くてゴジラブランドから見られてるだけ。作品としてここまでで面白いかと聞かれて面白いと言えるはずがない。

5.まとめ

これ面白いって言ってるのが本当に理解出来ない。人並みの感性は持っているつもりで、みんなが面白いというもの面白いと感じられてきたからこそ自分が一番戸惑ってる。いやこれ全然面白くないでしょ。って。これ褒めちゃダメでしょ。って。何でこんなに持ち上げられてるんだ!!!クソが!!!

蛇足

ミノメイちゃんダウンロードしたAI。作中キャラ設計製造したあれ。あれこそが「シンギュラリティ」だよね。いやだって人間と会話するだけじゃなくて視覚聴覚も触覚も人間と遜色ないレベルの知能じゃないですか。しか人間けが持つ虚構理解してるように見える。怪獣作品で見落とされてるけど、怪獣よりもよっぽどオーバーテクノロジーというか世紀の大発明というか、歴史上ぶっっちぎりの大発明ですよ。いやね考えてみてよ、睡眠不要24時間稼働可能機械媒体があれば無限に増殖が可能人間ですよ。やばいでしょ。とんでもない世界になるよ。AI支配されるとかそういうんじゃないけど、このAIが生まれる「前」と「後」で歴史分けられるもんね。紀元前みたいなもんだよ。まさにシンギュラリティじゃん。あ、そんなスーパー人工知能が生まれた年に怪獣が未知の新元素だかなんかをぶら下げてくるシンギュラリティゴジラSPは描こうとしていた……!?

しょうもな

2021-04-06

anond:20210406155045

諦めてるのは共通してるけど、もともと親戚も少なく兄妹従兄弟も全員負け組独身。まあ引きこもりがいないのが救いだけど、甥っ子なんかも一切いないか最後どうするかだけが気になる。

親連中を墓に入れるまでぐらいは頑張るけど、今の長生き状況を見るとこっちが先にくたばりそうだし、なんとか墓に入れたら、あとは永代供養して墓も家も全部処分して、どうやって最後を迎えるかが心配。家も再建不可とかそういう感じなんでうまく処分できるかが気がかり。うまく改築かなんかして貸せたら一番いいかな?

あとは資産ってほどのものはないけど、狭い住宅クルマとか、相続人がいないとき処分が難しいもの後見人とか遺書とかそのへんを整備したい。

生前自己処分制度必要だと思う。

望むのはこのへんの改善だね。なんか生前のうちに一筆書いてマイナンバー行政登録しておけば、孤独死後のあとは行政業者でパーッと処分できる感じの法律やあらかじめそのへんの費用一定額で預けておけるような生前遺産処分制度。これはほしい。あとは遺体の扱いなんかも含めて。いまはそういう想定があまりされていないので、やるとしたらかなり複雑だし民間だとこっちが死ぬ前に業者倒産とか夜逃げとかありそうだから行政でやってほしい。

生前自己処分制度が出来たら、あとは安楽死法とかもいけると思う。

それないと安楽死するのに家族必要とか本末転倒からね。

家族がいないからあとを濁さないように安楽死したいのに。

悪用するやつが出てきて騙されてバンバン死ぬ世界になるかもしれないけどそんなの勝ち組問題からね。

2021-03-29

シン・エヴァ感想 ※広義のネタバレ含む

この間シン・エヴァ観て来たので感想を書く。

公式ネタバレ解禁したらしいし。

ネタバレが嫌な人はここでブラウザバックするといいよ。

もう観た人やネタバレ別にいい人は読んでくれるとうれしいよ。
















まあ、ネタバレって言えるほどのネタバレも書く気はないけど。

観た人と感想を共有したくて書くだけ。

ま、断っとかないとうるさい奴がうるさそうなので。




















さて、書くか。

この作品エヴァンゲリオンは「完結」らしい。

実際に観てみるまでは、

またまた〜そんなこと言ってまたモヤっとしたエンドなんでしょ〜?」

と思っていたが、観終わってみると、確かにこれは「完結」であった。

シン・エヴァは俺に物語の「完結」という概念を教えてくれた。

すなわち、エヴァが「完結」するとは、観客が「もう続きは観なくていいか・・・」と思うことなのだった。

序を観た時は

エヴァなのに大人ちゃん大人してる!斬新!!!

って感想が巷に溢れていた。

そりゃもう本当、逆に斬新だったよな。

破を観た時は

「こういうエヴァがあってもよかった!!!続きが早く観てえ!!!

と思ったもんだったよ。

心がぽかぽかしたよな。

その期待を一身に背負って出てきたのがQだった時の絶望たるや。

まさに僕の気持ちを裏切ったな!状態

「完結」とは程遠い、「早く続きを観せろ!」という状態だった。

そして今回のシン・エヴァである

なんと言うか・・・シンプルダサい

キャラの心情の変化がおかしい。

「設定」を説明しきっただけで「物語」として成立していない。

おもしろくない・・・

なんとも言い難いのだけれども、全体的にダサい

綾波田植えをするのは斬新でよかったが、全体的になんとも言えないダサさが漂っている。

敵のデザインダサい

服のデザインダサい

セリフダサい

システムUIデザインダサい

画面がごちゃごちゃしていて、何と戦っているのか分からない戦闘シーンが多い。

だいたいエヴァセンスっていうのは、エヴァという制御できない力、現象への恐怖、畏怖、制御しきれない無力感

そしてエヴァという強大な力を恐れながら利用する人の賢さ、全能感、生へのしぶとさが絶妙バランスで混ざって生まれる、独特のものだった。

それがまるでない。

活動限界が来ないエヴァなんてエヴァじゃないだろう。

早く電池切れてさっきまでの超常の力を発揮できなくなって無力感に苛まれろよ。

そして思春期特有アイデンティティ・クライシスと相まって独自センスを醸し出せよ。

登場人物の心情変化がおかしい、公式解釈違い起こしている。

劇中でさんざんシンジに「メンタル弱すぎ」って怒鳴ってるアスカだけど、

トウジやケンスケが大人の余裕でうじうじしたシンジを受け入れ、心の傷が癒えるのを辛抱強く待っているのに

「先に大人になった」って自称してるアスカ子供のまますぎてイラつく。

14歳女の子がそういうキャラだと愛らしいのに、28歳でそれって、単純にキャラとして魅力がない・・・

シンジ立ち直るの急過ぎるだろ。

心的外傷を負って何もできなくなっても腹は減る。

泣きながらレーション食べなきゃならないのは情けないよな。

どうなるんだろって思ってたら、様子を見に来た綾波に、

「みんなどうして僕に優しいんだよ!」

って叫んでて、自分がいじけてるだけだって自覚あるんか〜い!

シンジよ、綾波が溶けて悲しいか

それが「大人」になるきっかけになったらしいが、まともにからんでたの一週間くらいだろ。

多分一番悲しんでるの、一緒に仕事してたおばちゃん達だぞ。

それくらいでキャラ変わるくらい成長すんなよ!!!

だいたい、シンジ君はメンタルが弱いというほど弱いわけではない。

いきなり巨大ロボを操縦して巨大生物と戦えって、誰だって

「できるわけないよ!」

って言いたくなるだろう。

例えば、近所に熊が出たから、

「猟銃持って駆除してきて」

って言われて

「やってみる」

って言える人はどれくらいいるんだ?

10代でも30代でも60代でも、目の前に傷だらけの少女が出てきて、お前がやならきゃこの子が熊撃ちに行くぞって空気圧力かけられても、やるなんて言い出せないだろ普通

それをやるって言えるんだから男気のある奴だよシンジ君は。

ただちょっと陰キャなだけだよ。

やったことないだけの釣りを「できない」なんて断る奴じゃないだろ。

公式解釈間違ってるとしか言いようがない。

後半では何かと「やってみる」と言うようになるが、そんな安請け合いできるような簡単な話だったら誰も苦労しないんだよ。

つまんねぇな!!!

そして、自分はこれが一番の問題だと思うが、ゲンドウとユイのなれそめが映画の中で描写されてない。

観客の大部分はTV版も旧劇場版も観ているから、ゲンドウが人類補完計画を進めている理由は知っているはずだが、新劇の中ではほとんど触れられていない。

もしも新劇だけを観ている人がいたら、ゲンドウに向かって

「ああ見えて実はカワイイ所がある」

なんて言う女性がかつて居たという、衝撃の事実を知ることはない。

ここを書き忘れたなんてことはありえない。

後半でゲンドウが半生を振り返りながら内心を吐露するシーンがあるのだから

その前に生前ユイゲンドウの心温まる交流の回想でもなければ、このシーンの価値が無くなってしまう。

人類を皆殺しにしてても取り戻したかった物がなんなのか観客に示すことなく、

ゲンドウの内心に大きく尺を割く制作上の動機はない。

から制作陣は、TV版にはあったこれらのシーンをわざと省いたのだ。

なぜか?

おそらく、制作陣はシン・エヴァを、序から始まる新映画版を完結させる気で作ってないのだ。

もうこれ以上「続きを作れ」と言われない形でまとめることだけを優先したのだろう。

よっぽどもうエヴァを作りたくないんだな。

いろんな所から「もうエヴァ作りたくない」ってインタビューが聞こえてきてたけど、これほどとは。

もしゲンドウの行動を正当化できてしまうようなシーンを描いてしまったら、

前半で描かれたトウジやヒカリケンスケの、慎ましくも幸せ生活を全てぶち壊してでも取り戻したいと思えてしまえるような、

そんな幸福ゲンドウが得ていたと描いてしまったら、必ずファン

「続きが観たい」

と言うからだ。

今回のゲンドウの内心の吐露で、ゲンドウは子供の頃から陰キャで人嫌いだったのが大学ゼミ彼女できて全部どうでもよくなった、っていうしょうもない奴だと分かってしまったわけだ。

ユイとの生活では、さぞかしカワイイ所を見せていただろうよ。

でもそれはシン・エヴァでは描かれることはなかった。

だってそんな所を見せられたら、「続き」が観たくなるもんな。

エヴァの『続き』を作れ」

って言われてしまうよな。

いくらでも商業成功できるスピンオフ展開が思いつくぞ。

碇ゲンドウの子育て日誌なんてどうだろうか。

不器用だが一生懸命ゲンドウがユイと一緒に赤ちゃんだったころのシンジを育てる話とか。

絶対に当たるわ。

離乳食を食べさせようとして悪戦苦闘するゲンドウ。

手が滑って自分の頭から離乳食かぶってしまう。

なにやってんの!」

とあきれるユイ

そこで一言

問題ない」

絶対に当たるわ。

実際にこういうスピンオフをやるかどうかはともかくとして。

そういう話を考えたくなるほど、物語にのめりこめるってことが重要だった。

エヴァはそういう物語だった。

だが、それじゃ永遠にエヴァの続きを作れ」と言われてしまう。

から、のめりこめない話を作って「完結」にした。

そういう制作陣の意図が随所に感じられる作品だった。

つまんなかったな。

から俺達が言うべきことは一つなんだろうと思う。

エヴァはもう忘れた!

シン・ウルトラマン楽しみにしているぞ!!!

2021-03-28

「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち

韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか

太田昌国 評論家編集者

 韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督2020年作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である

歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

 描かれる時代は、アジア太平洋戦争日本帝国敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

 その標的はまず、戦前絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

 戦後日本象徴する言葉は、長いこと、「平和民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

 天皇戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年1945年アジア太平洋地域戦争を続けた近代日本実像を覆い隠し、この戦争全体像を、最後わずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島長崎の「悲劇」を前面に押し出し米軍占領下の沖縄辺境ゆえに無視して、日本全体があたか戦争の「被害国」であるかのようにふるまった。「反戦平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった。

 1960年安保闘争の時にも、1965年日韓条約反対闘争の時にも、戦前日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在分析する言動ほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

 1960年代後半、この社会思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。

 時代はあたか米国ベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島輸送される米軍物資調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジア民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

 加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人先住民族インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

 「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本近代史と現在が孕む問題群に、「民族植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。

「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

 「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日東京丸の内三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

 「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーション流れる

 多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

 その責任の一端が、「反日」そのもの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。

過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

 画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊大道将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

 映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

 「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画制作したのは、韓国映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたか支援連絡会議=編『支援ニュース』420号、2021年3月6日)。社会正義のために、加害国=日本搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

 だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場パンフレット所収)。

 74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本自分たち戦後の「平和民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

 そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現言論の自由を獲得した韓国新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。

脈打つフェミニズム視線

 最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性存在だと思われる。

 刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たち闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。

 キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

 死刑囚の獄中書簡集を読んで、あん事件引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつう青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑である義兄とは、媚びへつらいのない、上下関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

 そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督女性だ。弱い立場にある労働者現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこ作品に脈打っていたフェミニズム視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。

2021-03-25

anond:20210325170706

自分は知らなかったとしても、爺さんに生前世話になったんです、とか聞いたら、ああ、そうですか、それはありがとうございます、ってなると思う

2021-03-20

[]

濁る目で何を願う。を読んだ。感想サイトで評判が良かったので読んでみたのだがこの主人公が転生者の設定って居る?って思ってしまった。転生し農家として育ち傭兵として戦場を駆け抜けるといった過程で転生前倫理観戦場に順応してしまって現地人の発想に染まっているし転生者としての現代論理無双現代知識無双もないし戦記物として読むのであれば要らなかったと思った。

2021-03-15

自殺新規の厄介ファン

俳優が死んでから陰謀論の標的にされて可哀相

生前絶対興味なかっただろ

気持ち悪い世の中になったもの

2021-03-14

anond:20210314131627

むかしは人権社会インフラが怪しく自前のセーフティーネットを作ることが義務だった 

しかし、孤立=死 だった時代から人類は割と人間が好きじゃないぞ

身内にだって手厳しい。古代のたとえ話を持ってきたぞ

 

ある人に二人の息子がいた。弟の方が親が健在なうちに、財産の分け前を請求した。そして、父は要求通りに与えた。

 

そして、生前分与を受けた息子(弟)は遠い国に旅立ち、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。

飢饉が起きて、その放蕩息子は食うにも困った。

その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。

彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

 

父のところには食べ物のあり余っている雇人が大勢いるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。彼は我に帰った。

帰るべきところは父のところだと思い立ち帰途に着く。彼は父に向かって言おうと心に決めていた。

「お父さん、わたしはもう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」と。

 

ところが、父は帰ってきた息子を見ると、走りよって抱き寄せる。息子の悔い改めに先行して父の赦しがあった。

父親は、帰ってきた息子に一番良い服を着せ、足に履物を履かせ、盛大な祝宴を開いた。

それを見た兄は父親に不満をぶつけ、放蕩のかぎりを尽くして財産無駄にした弟を軽蔑する。

 

しかし、父親は兄をたしなめて言った。

 

「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。

いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」

 

2021-03-09

死んだ飼い猫との思い出

時々ふと思い出す、数年前に死んだ愛猫のこと。思い出すたびに胸の底が冷たくなる。

先に書いておくが、飼い主としてとかではない。私は猫は好きだけど飼い猫にイマイチ愛情を持てなくて、他の家族が可愛がっているのを遠目に見ているくらいだ。

数年前に死んだ猫は私が小学低学年の頃に母が知り合いからもらってきた猫で、大柄で毛が長くて臆病な子だった。

先住猫が既に1匹いたが、結局最後まで仲良くはなれなかった。

若いから晩年まであんまり活発的に動くこともなく"ネコ"の名に相応しいくらい寝てばっかりだったし、そのくせ食い意地だけは張っていて、人が何かを食べていると結構確率で起きてくる。あと人馴れもしなかったんだけど、亡くなる少し前には何故かとても人懐こい猫になっていた。

私は飼い猫が嫌いってわけではなったけど、他の家族が飼い猫のことをずっと可愛がっていたから、ほっといても誰かがやってくれるし世話もしなくて良いや〜っと思っていた。事実、母が頻繁に餌をやっていたし、父は凄く凄く溺愛していた(+トイレ掃除)し、妹は散歩に連れて行ってあげていたので、私の出番は殆ど無い。別にやりたいというわけでもないので、特に何も気にすることはなかった。

飼い猫が亡くなる数ヶ月前、家族で行った買い物先から帰ったところ、キッチンの床に血が付いていた。みんなビックリして何の血かと探したら、飼い猫の口周りに血が付いていた。痛そうにしてるとか怪我してるとかもなくて、本当にいつも通り座っていたものから「鳥とか生肉とかでも食べた?」と考えたりもした。

次の日に大事な親戚の集まりがあって、どうしても欠席は出来なかった。まー普通にしてるし、大丈夫でしょ。みたいな雰囲気になったけど、私は心配で仕方なかったので、飼い猫を壊れかけのキャリーケースに詰めて、検索して出てきた遠くの夜間病院まで行った。

もう終電間際だったから途中で電車が無くなったので、深夜の住宅街をひたすらに歩いてやっと着いた病院。結果は何にも無かったんだけど、何かあったらいけないからということで獣医さんが紹介状を書いてくれた。

それから紆余曲折あって、数ヶ月後に突然死してしまった。今回の話とは関係ないので端折るけど、良い死に方はしなかった。厳密に言えば母のせいではないんだけれど、母が発端となり亡くなってしまったので、母は一時期とても落ち込んだ。

で、初めて飼い猫が死んだので知らなかったんだけど、火葬用の車が家の近くまで来てくれて、一応葬儀らしきものをしてくれるらしい。私は暇だったから参加することにした。父と妹はどうするんだろ?と思っていたところ、二人は「欠席する」との事だった。

???父は元々冷血漢だから別にだけど、妹はイベントか何かがあって行かれないとかで???ん??あんなに可愛がってたのに????世の中にはペットが死んだ場合有給申請が認められてるらしいが、我が家では誰も取る人がいなかった。この記憶が、私の中の心がヒヤッとする思い出の一つである

葬式は、母が終始大号泣葬式を取り仕切ってた人(?)もつられて大号泣、安っぽい小サイズスピーカーから流れる安っぽい音のG線上のアリア。私はこういう"ほら、泣けよ"という演出(捻くれててすまない)が昔から苦手で、気持ちが冷めて二人の雰囲気にどんどん置いてかれて居心地が最高に悪かったことを覚えてる。あと当たり前なんだけど、死後硬直した猫って人形みたいな感じで、死体がすごい苦手なので触らなかった。生前は触れてたのに。

大体1時間くらい近所で骨を焼いて、戻ってきた。母はまた泣いてたけど、私は何も感じなかった。死んだと聞いた時も、葬式の間も、骨になって帰ってきた時も、今もずっと。

何も無いというか、10年以上居た飼い猫が死んだことよりも、その周りのことの方がよっぽど感情を揺さぶられるというのが近い。

あんなに可愛がってたと思っていたのに、飼い猫の死をきっかけに"みんな実は言うほど可愛がっているわけじゃ無いのでは?"と考えるようになった。いや、勿論、世話をたまにしかしない私より、世話をしてるみんなの方が愛情はずっと深いと思う。

でもたまに、あの葬式前夜のモヤモヤ感や、夜間病院の道のりを思い出しては、何とも言えない感情が湧き上がる。

葬式の当日、父は様子を尋ねることもなかった。妹は聞いてきたけど、上記の通り私は完全に気持ちが離れていたので、母のことを中心に伝えた。それ以上のことは聞かれなかった。

夜間病院の時、冬間近で小雨も降っていて、寒くて心細かったけど、今考えてみれば飼い猫との唯一の思い出だ。壊れかけのキャリーケースの中でたまに細く鳴く猫の声を頼りに歩いた暗い道を、今でも覚えている。ちょっとスタンドバイミーみたいだとも思う。

もし飼い猫に何かあった時、真っ先に立ち上がるのは自分じゃなくて誰かなんだろうなーと自覚してたし、他の家族にも「アンタは飼い猫に興味ないよね」言われた。きっとあの日までは事実だった。愛情って何だろうね。私が何かあった時、家族に同じ対応されたら、そして手遅れになってしまったらどうだろう?と時々考える。

因みにここまで書くと母が一番猫のことを思っているように見えるけど、多分母が中でも特にヤバい。私よりヤバい。詳しくは書けないけど、猫の対応見てると「あ、この人はやっぱり毒親なんだな」と再確認させられる。

2021-03-08

地方地主が失敗した話

 私は地方の中核都市に住んでいて、祖父の代から貸しビルといくつかのアパートを所有している、いわゆる地主というやつだ。

 祖父農家だったが、自分農地の近くに駅ができて固定資産税がはね上がったので、仕方なく農地の半分を売り、残りの農地の上に売ったお金ビルを建てたらしい。

 祖父最初こそテナント賃料の集金をやったりして、不動産管理みたいなことをしていたらしいが、途中から不動産管理会社に任せ、晩年自分がやる必要がある事務も父に任せていた。祖父は少しだけ残せた畑で野菜を作り、テナント中の人にあげたりしていた。悠々自適生活である

 その祖父が一昨年に亡くなった。事業用の土地に関しては全て父が相続することができ、円満相続ではあったが、祖父も父も相続税のことは深く考えていなかった。父は、税金の申告を任せている年配の税理士相続税について相談したが、アパートの数が多くて相続の方は面倒が見れないので他をあたってくれと言われ、大きな税理士事務所に相談に行った。その中で、試算しただけでも相続税だけで軽く数億円はいくと言われた。うちの持っている物件収入の十数年分の金額らしい。父はとても払える金額ではないと嘆いていた。

 仕方ないので物件を売って納付資金にすることにした。相続税は亡くなってから10ヶ月以内に申告と税金の納付をしなければならないらしい。そのため、最初アパートをいくつか売って、収益率の高いビルの方は残しておく予定だったが、不動産会社に相談したら「ビルの方ならすぐに売れますよ」と勧められ、ビルの方を売ることにした。

 しかし、買い手はなかなか現れなかった。世間コロナウイルス流行り出し、この頃にダイヤモンドプリンセス船内の集団感染ニュースになっていた。このままコロナ流行していったらずっと売れないのではないかと震えていたが、最終的には相談した不動産会社が事情を汲んでくれ、近くの地価公示価格くらいで買い取りたいと言ってくれたので、それで売ることになった。

 なんとか売ることができ、相続税の納付をすることができた。相続と売却の件が一息つき、父は生前祖父が仲良くしていたビルフロアを借りている人に挨拶に行ったらしい。そこで父は不動産会社が別の不動産会社にビル転売していたことを知った。売り手が見つからないと言っていたのに実際はすぐに転売していたのだ。

 父は最初こそ不動産会社を訴えてやると息巻いていたが、最近トーンが落ちてきて、今のところ何もしていない。

 何が悪かったのか。色々調べてみた上で、個人的には地価公示安易に信頼しすぎたことがよくなかったと思った。

 うちのビルやその近くの公示地は、駅前の目抜き通りに存在する。この地点の地価公示価格が上昇に転じたのは景気が良かったここ数年だけであり、それより以前はバブル崩壊からずっと下落していたと評価されていた。

 しかし、目抜き通りに面して立っている建物10棟くらいしか無く、かつ、その建物も売りに出ることは少ない。取引があまりない地域であるため、価格を決めることが難しい土地だったのではないだろうか。

 公示価格は「正常な価格」を表しているとされている。しかし、売買に参加するプレーヤーが少ない土地場合、正常な価格が成立することの方が珍しくなる。ビルの近くにある公示地の不動産鑑定評価書を読んでみたのだが、売買取実例補正を加えて公示価格を導き出している部分において、その取引実例に「環境要因」という項目で上下30%近い価格補正をしている事例があり、売買価格に大きく手を加えないと公表している公示価格を導き出すことができないのではないかと感じた。

 後悔があるが、これからは残ったアパートをうまく利用して暮らしいかないといけない。管理会社に任せっきりにせずに少しでも経費を減らすこと、そして、界隈との付き合いやリサーチを大切にして、必要であれば売り抜けるタイミングを見極めないといけない。

 ただし、父はやることの多さに絶望したのか、全く動き出そうともせず、最近は夜の酒量が増えている。

 私もヤケクソになってしまい、お酒の力を借りて、初めてソープランドに行ってきた。出てきた嬢はガリガリ体型のバンギャ風で、全く好みではなかったが、勢いに任せて最後までやった。家に帰ってきて口の中を見たら、舌のあたりから血が出ていた。嬢とベロチューした時に口の中に硬くひっかかるものがあった気がしたのだが、舌ピアスでもしていたのだろうか。ベロチュー中に出血して、衛生的に大丈夫なのだろうか。こんなことになるなら、ネットで店の評判くらい確認するべきだった。すっかり気分が萎えしまい、思わず独り言漏れしまう。

「何事も舌調べが大切だった」

2021-03-04

去年の夏の相続がまだ終わってないんだと。

死んだ婆さんが若い頃に離婚して捨ててきた子供(60代?)vs再婚の子供とその孫で揉めている。

ばあさんは生前に捨ててきた子供不動産をいくつか分け与え、遺留分放棄させるように手続きをし、公証役場に行き遺言書も揃えていた。

でも揉めるんだね。

金も不動産もありゃいいってもんじゃいね

準備してても揉めるときは揉めるんだね。

2021-02-15

他人通夜オンライン参加したい

このご時世葬式通夜オンラインでやったりしてるらしいし、参加してみたいが身内が死ぬのは困る

他人通夜に参加して、生前の話なんかをきいてみたい

オフライン参加はいくら誰でも参加可能通夜といえども気が引ける。せっかくのこの機会にオフライン参加したい。

anond:20210215132030

それでいう「優れた遺伝子」とは何か?という話になる。

偉大なスポーツ選手芸術家でも「幼い頃に病気で死にかけた」とか「生前はずっと貧乏だった」とかそういう話はいくらでもある。

ある国のなかで弾圧されていた者たちが、のちに反乱を起こしたり革命成功させたりすることも歴史上では多い。

そういう人材を拾おうとするなら結局は「現時点で弱者に見えても全員助ける」ということになる。

2021-02-12

生主人公の「俺は本当なら○○才なんだよな」っていうの

苦手になってきた

自分がそろそろ中年って言われる年代からかもしれないけど、転生した主人公10代だとして、前世(転生前)で成人してたりしててさ、精神年齢が30代~40代みたいにモノローグで語ってるけどさ。

実際の30代~40代ってさ、精神年齢も30代~40代になってるか?

自分は思わないぞ、身体老いてくけど心は20代くらいに考えてたこから全然成長してないぞ。

これが老いなのかな…って思う。

2021-02-11

anond:20200721013244

生前、後世の評価ほど評価されなかった数学者は、ガロアとかリーマンかいるけど、望月もそのタイプかもね。

まあ、ぶっちゃけIUT理論現在数学に与える貢献が無いと思われてるならそれでもいいんじゃないかな。

2021-02-07

anond:20210207213000

当初は粗暴な性格だったが、後に穏やかな性格に変化し、絵が上手で少女漫画家を夢見ているという設定になる。

ジャイ子」はあだ名で、本名不明

であるジャイアンを「武」と本名で呼ぶ母親からも「ジャイ子」とあだ名で呼ばれる。

原作者藤子・F・不二雄自身ジャイ子本名最後まで明かすことはなかった。

それは、ジャイ子本名公表すると同じ名前女の子学校いじめられるかもしれないと配慮したためである

藤子生前、「友達女の子ジャイ子と呼ぶのはやめましょう」と語っていた。

将来は漫画家となり、「ウェディングメロン」というマンガを500万部突破させ、記念の出版パーティーを開くことになる。

登場人物の中では「夢」を叶えた数少ない成功例となった。また、2015年2月の時点で既婚者となっている。

ジャイ子は連載初期に明らかに容姿性格も悪い最悪の女として嘲笑対象に描かれていたし、

その流れがドラえもん人気の上昇と共にエスカレートして現実いじめに使われたから、

作者はジャイ子の設定変更などでいじめを止めさせようとしたよ。

2021-01-28

2021冬アニメ3話くらいまで見たお気持ち長文

書いてないけど見てるのはある。たとえば花守ゆみり主演作は全部見てる。

世界ピクニック

メディアの違いを理解せよ!」案件かな。各編はほとんどが2話構成にするほどのボリュームは無いけど、設定語りやキャラによる考察語りが多いので1話に詰められない。でも話の筋だけなら1話でも追える、みたいな。

個人的には安全なはずの表への不意の侵蝕法則性の分からなさが怖いと思っているので、見た目や演出での瞬間的な怖さは求めてない。アニメでもおばさんのとこはちゃんとヒヤっとした。だからここまで軽く流せてるのかな。そういう意味ではギャグ扱いだけど単に酔っただけか邪視由来か別の裏案件分からん獅子舞が一番怖い。でも一般での映像化は無理だこれ。

あとアニメとは関係ないけど『そいねリーマー』は法則性不明世界から人間認知を利用した接触というモチーフが『裏世界』と似てて、導入の話と設定説明が長いせいかエピソードイベントが少なくて長編なのに話とキャラ描写に厚みが足りず、かつ終盤に割けるページの少なさから盛り上がりに欠ける急展開なのが『ウは宇宙ヤバイのウ!〜セカイが滅ぶ5秒前〜』『不本意ながらも魔法使いソーサラー)』と非常によく似てるなぁと思いました。

設定語りを各話ごとに細分化でき、かつ話数を重ねれば相応に厚みが出てくれる短編連作という形式は偉大だし、SF好き好きアピール(今考えても美少女になれるポン刀が《夜来たる(ナイトフォール)》は無理がある……)を入れなくてもいいハヤカワ文庫JAも偉大。両方合わさった『裏世界ピクニック』は強いぞ。

アズールレーン びそくぜんしんっ!

Q:おもしろかった?

A:かわいかった

どうせプレイヤーガチャでの排出確率と性能とかわいくてちょっとえっち(もしくはかっこよくてちょっとえっち)以外に興味がないし、価値を感じられないのだからガチャと性能が無いアニメはこれくらいかわいくてちょっとえっちでいい。

真面目なストーリーアクションなんかゲームPVCMだけでいい。テレビアニメは戦っちゃダメ。かわいさを阻害しないように内容無く。顔が良ければ全て良し。でしょ?

たかみな表記で納品時期分かったのが一番面白い。すみぺも収録終わってると言ってたし、かなり前に完パケできてたのかな。

ログ・ホライズン -円卓崩壊-

三期のタイトル見た瞬間やっぱり、と記憶が蘇った。

確か前期放送当時、円卓って中小ギルドソロプレイヤー、というか非ガチ勢に対しておそろしく冷淡な仕組みだなと思ったのよ。あと大手ギルド善意に期待しすぎ。でも作中ではトップ層(大災害後の立ち回りや情報収集能力など含めて)しか出てこないせいで上手いやり方っぽく描かれていたので、今回ちゃん崩壊して安心した。崩壊安心ってなんだよ。

ギルド同士の対立崩壊、もしくは円卓から利益享受できないアキバ冒険者との対立崩壊するかと予想してた気がするけど、大地人貴族政治的に介入ってのは、なるほどログホラっぽい。と同時にレイネシア(大地人・女・貴族かわいい)のためって大義を作ることで、しゅくんを悪役に見せない工夫もある。すげえ。

装甲娘戦機

設定のハードさや、その割にお気楽なノリが同居してる事に思う部分はある。でも「どうせ今回もアレな博士のせい」「子供玩具として永久機関搭載小型無線操縦兵器作る話を元にした企画だぞ?」と言われたら、じゃあしょうがねえな!と納得してしまった。

ところで戦うアニメCG美少女はいつになったら美少女になれるのだろうか。作画と並べてしまうとどうにも表情が固い。顔もメカならかわいくできるのに。

歌って踊るアイドルだと女の子に全リソース注げるけど、こっちはメカもやらなきゃいけないからかな……いやステージ衣装いくつも必要めっちゃダンスしなきゃいけないアイドルもたいがいしんどくね?下手なメカよりも細かいひらひらした装飾多いし。じゃあなんで?予算

戦闘演出はかっこいいだけに惜しい。日常?シーンでかわいさを出せてる部分はあるので、あとはCG……CGにかわいさを……。

バック・アロウ

谷口悟朗は毎回しっかり考えてるというか、『ファンタジスタドール』でさえあれこれ取り入れてた(でもそれを表に出した結果が『イヴ』かよ、ってのはある)し、何かしら現代的なテーマを仕込んでいるだろうとは思う。単なるノリと勢い任せの無法脳筋が大勝利する話ではないでしょたぶん。

ここから壁目指してロードムービーなんだろうか。でも壁の内側での戦争がメインになって終結後に「壁の外にはもっとすごいものがある!それは……」バックアロウ完!のパターンもあるか。村を離れて話が広がるのか、あるいは途中からガン×ソード』のように小さくまとまるかもまだ分からん

分からんなりに不安要素も多い。中島かずき脚本は『プロメア』のバーニッシュに対するガロ言動がアレすぎてアレだったので、そういう意識高めの話(高いか?)が入らないことを祈る。個人的には谷口監督作品に『コードギアス』以来ちゃんとハマれていないのも不安

WIXOSS DIVA (A) LIVE

LIVEを逆から読んでEVILって言われすぎてて笑う。ウィクロスTCGアニメ界のキングブダークネスなのでしょうがない。TCG話題でこれはややこしいな。これはタカトミの……あっちに元社長もいた!ややこしいな!

本編はプレイングの詳細を描かない方針っぽいのにドラマも薄くて全体が薄味なのと、バトル自体が話のメインに据えられてるのでメインでやってることがよく分からないのと、ゲームとして3人いる意味が画面からからないのと、セリフプレイングの説明した後その通りに本人による戦闘演出やるせいで間延びして見えるのとで、けっこうダルい。まあ恥ずかしがってた割に黄色巨乳ハイレグが超エグいから視聴継続するが……

IDOLY PRIDE

「あーはいはい。81&エイベとタカトミのプリティシリーズみたいなのを、ミューレとCAが深夜とスマホゲーでやりたいってことね。だいたいわかった(わかってない)」という雑な理解で見始めた。

神田沙也加レギュラーかつメインっぽい扱いなのは意外。というか連れて来られるんだ。『SAO:OS』『ヤマト2202』みたいな映画キーキャラ限定しか出ない人だと思ってた。毎回出るのは『貧乏神が!』以来?(毎回出てたか?)

アイドルもので男主人公が明確に名前のあるキャラとして存在するの珍しいように見えて、カップリング要員として悪霊を配置することで厳重に隔離してるようにも見える。コミカライズで第1話部分を念入りに盛っているし。生前悪霊強すぎる……

ひぐらしのなく頃に

これの怖さも、安全圏だと思っていた場所への侵蝕。あれでクリアじゃないなら条件何だよ!?あとお前が発症すんの!?クリア確率1%以下のクソゲーかよ!

ビジュアル面はある程度重要だけど、俺は重要視してない。猫騙し弍なんか画面の中では凄惨かつグロテスク事態が起きてるのに、天丼ギャグのようにも見えたし。参はさすがにこわかった。

当時はオチを見て「寄生虫(笑)」「山狗(笑)」「部活(笑)」だったけど、それはそれとして今の状況の分からなさが怖い。オチ見たらまた冷めるだろうけど、それまでは存分に怖がろうと思う。

猫にポチって名付けたら「ワンッ!」と鳴いた

それでよく見ると猫が犬になってた

驚いて今度タマって呼ぶと「ニャー」と鳴く猫に

これって呼んだ名前に変わるのかと思って試しに嫌いな上司名前呼んだら目の前にその上司が現れてさ、慌ててイチロウ!って叫んだ

目の前には一昨年に亡くなった愛犬がいた

生前の、元気なときみたいに尻尾ぶんぶん振ってさ、名前を呼ぶとすぐ寄ってきた

頭を撫でていると懐かしくて温かくて、そういえばよく嫁さんとも一緒にイチロウ散歩に行ったな、なんて思い出して

無意識に嫁さんの名前を呼んでてさ、「元気?」なんて言われて顔を上げると目の前に嫁さんがいた

「元気だよ」って答えて「そう、よかった」だって

おかしいよね、だって本当は色々、もっとたくさん、言いたいことも話したいこともたくさんあったはずなのに

言葉に出るのはこんな些細な言葉ばっかで、何やってんだよ俺って思いながらも、どうしようもなかった

「なんとか元気でやってるよ」ってことばっかり、アホみたいに繰り返してさ、そんなアホみたいな俺の言葉を聞くたび嫁さんはニコニコしてた



本当、変な夢だった

でも夢の最後に泣いてた俺は起きたときにも泣いてて、夢の中の続きを味わってるみたいな現実でなんだか変な気分で、たぶんそのせいだ

しばらく涙が止まらなかった。

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