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はてなキーワード: 役割とは

2018-09-17

攻撃的なアニメ漫画、くだらない芸能人声優、心底どうでもいい

平均より寒いくらいの気温

 

朝に役割を終えた暖炉

 

常に小雨が降ってて

 

窓に広がる自然 といってもジャングル砂漠は勘弁だが

 

毒づきながら挽いたコーヒー

 

ラノベ読者じゃ一生理解できないような本

 

  

こういうもんに囲まれ

誰にも干渉されず、ひっそりと暮らしたい

 

過剰な情報、娯楽はウンザリ

漫画村って良いサイトだったと思う

家に金がない子供でも無料漫画が読めることで友達の輪に入りやすくなったり、

本を多読することで視野が広がって生きるモチベーションが湧いたり、知能指数が上がったりしてたと思う。

本がある家の子供と本がない家の子供では語彙力や思考力や集中力などに明確な差が出るという研究データがある。

漫画村はそれらの格差を埋める役割を担ってたんじゃないかと思う。

漫画村を嫌悪している人が多かったけど、文化資本格差経済格差を埋める良いサイトだったと思うよ。

2018-09-16

二次創作BLカップリングなんだけど

ABとBA、どちらもTLに流れてくる。

・AB

AがBに可愛い連呼していてBにすぐに関係を迫ったりキスをしようとする。

Bは引き気味の表情でそれを拒否


BA

BがAに可愛い連呼していてAにすぐに関係を迫ったりキスをしようとする。

Aは引き気味の表情でそれを拒否


やってることはまっっっっったく同じなんだ!!!

でもキャラが反転してる。

なんだこれ。

おかしくない?

でもいろんな人がそういう風に描いてる。

ちなみに原作のAとBはほとんど会ったことがない。設定上は因縁がある。くらいの関係


別にいいけどここまでキャラ役割が綺麗に反転していると、ただテンプレに好きな方のキャラを当てはめているだけなのでは・・・って思ってしまう。

自分妄想する分にはいいけど、人の創作物見るのしんどいカップリングだ。

anond:20180916041126

http://www.garbagenews.net/archives/1845122.html

1980年代まではお見合い結構大きかった。友人経由の紹介なんかも含めるとそれなりに。

1989年セクハラ流行語大賞になった。職場上司が紹介する、職場女性結婚相手を探すのがタブーになった。

1990年代からお見合いは急速に減った。当時の記憶だけど、お見合いダサい、みたいな意見が多かった。恋愛至上主義みたいな。

で、まぁ恋愛リードする役割男性に期待されるわけなんだけど、当時は結構、期待が高いというか、男性がこなさなければならないタスク( 美味しいお店のリサーチ金銭的な出費、衣類にかけるお金、車の維持費、楽しい会話のためのスキルなどなど )は結構大変だった。 それを乗り越えた人は、まぁ結婚してる( 離婚も増えたけど )

「男はモテなければならない」みたいなプレッシャーは強かった。ただ大変なんで、そういう結婚のためのレースに参加しない男性も徐々に増えていった。この辺が2000年代

「やっぱり女は紙かjpgに限る」なコピーが出たのが2008年? この頃には男性自由になってしまっていた。

婚活時代( 山田昌弘, 白河桃子 )が同じ年2008年出版。 この辺から婚活時代が始まり女性主体的結婚活動をしないといけない時代になった( それまでは男性主体的うごくべし、という時代でした )

あと、婚活してる人が増えるのはしょうがない。検索してみると面白いけど、結婚によって男女ともに、それぞれ幸福度があがる調査が多い( うまくいかなかったら、子供がいなければ離婚もしやすくなったし ) 例えば友達幸せそうにしてたら結婚したくなるよね。

ラノベエロ表紙ゾーニング問題

今日わりとデカめの本屋に行ったらエロい表紙のラノベばかりが置かれていることはなく、BLだのティーンズラブだの性的表現が強めの漫画ちゃんゾーニングされていた。

俺が小学生の頃は週刊少年ジャンプで連載されていた電影少女っていう結構エロい漫画があってそりゃもう毎週ジャンプを楽しみにしていたし、単行本も買ってた。

親に中身見られたらヤバイと思ったけど、親は漫画に興味がなかったから助かった。

電影少女単行本持っているというと同級生の中ではヒーロー扱いで、みんなに貸してボロボロになった。

俺は今でも夜に散歩している時、見たことのないビデオ屋さんが散歩コースに突然建っていたりしないだろうかと空想にひたることがある。

それで何が言いたいかというと、こういう小・中学生でも手の出せる範囲エロって本屋マンガコーナーみたいな購入しやす場所にあってもいいと思うんだ。

矢吹健太朗先生くらいのエロさだったら少年漫画でアリってことだから、小・中学生が買いやすいところにあっていいと思うんだよね。

じゃなかったら今時の小・中学生はどうやってエロ補給するんだよ?

インターネットがみんな与えられているわけじゃなかろうし、昔のようにエロ本が公園の片隅に落ちているなんてこともめっきりみなくなった。

いやあれは妖怪が落としたまだ心が純粋子供しか見えないエロ本だったんだろうか?

エロいことに興味が出てくるのは自然なことで、それを適度に年齢にあわせて与えることって必要じゃないのかなと思った。それがラノベとか矢吹先生役割じゃないの?

2018-09-15

anond:20180911165115

今後のご活躍を祈念します。

研究所トップ

 研究員に対する「まだそんな研究していたのか」発言は、研究機関では多々見られます。これは、不器用な期待表現の一つと思われます一般企業研究場合研究テーマ事業部門から委託によるものが多く、将来の事業創出につながるブレークスルー研究は誰がやっているんだという指摘があります現場研究からすると事業部門から要請があるのだから何が悪いという意識もあり、事業から委託研究金科玉条免罪符となりがちです。研究所幹部には、会社経営トップから事業部門から要請のみを行う研究所不要という指摘もあり、苦悩は並大抵ではありません。もちろん研究投資は、現状の事業ニーズに基づく明日テーマと現状ニーズの延長上にない明後日テーマポートフォリオ上に位置づけられるべきです。現状の事業ニーズに応える研究者は必要であり、「まだそんな研究していたのか」発言は、人格テーマ重要性を否定するものではありません。現状事業ニーズに基づいた今今の研究投資事業部門が行うべきという考えによるものだと思われます事業部門は、自部門損益確保のため開発投資抑制して、研究所投資活用したいという想いがあります。その発言は、研究所責任者としては無理から意見と思います。そのテーマ継続したければ事業部門でやってほしい、大きな期待をかける研究者にはもっと大きな飛躍につながるテーマをやってほしいという意味理解すべきでしょう。

ビジョンとつながらない研究

 研究事業ビジョン関係は、具体的に経営者やCTOが示すべきかもしれませんが、専門性の高い研究テーマ事業ビジョンは、現場研究者がある程度示さざるを得ません。それができなければCTOではないという指摘もありうるかもしれませんが、CTOとしては、できるだけ将来のビジョンを示して、そこにつながる研究現場研究者に考えてほしいという想いがあります。その結果、最高給のブロガー揶揄される批判を甘んじて享受して発信を続けます。そんな批判に耐えて情報発信する経営幹部は、稀有ではないでしょうか。その内容は、もしかすると共感する読者からみて最高級といっても過言ではないかもしれません。もちろん、読み手によっては、薬にも毒にもならないビッグワードの垂れ流しの評論で、具体的な行動や指示ではないと感じる方もいるでしょう。それは読み手解釈であり、自身研究テーマファンドを得るために彼のブログの内容を活用してやろうと思う研究者にとっては宝の山に見えます。したたか研究者にとっては、彼のブログ予算獲得のための親切なヒントであり、金科玉条的指針となります。つまるところ、CTO自身立場キャピタリストとして位置づけたのではないでしょうか。そのCTOは、研究予算を獲得して何が何でもこの研究をやりたいという研究者をフィルタリングして、キャピタリストを納得させる研究提案提示させるというフレームワーク確立したようです。そのフレームワーク機能させるために、研究投資の指針やヒントをブログにを垂れ流し、そのブログを薬や毒にするのも研究者次第というスタンスだと思います

人事

 個人的には、CTOキャピタリストみたく受動的でいいのかなと感じます。あまり他人事過ぎて研究に対する熱さがない冷徹マネージメントとなりがちです。研究所長やCTOたる者には、スティーブジョブズ本田宗一郎のような熱いリーダーシップを期待したくなりますしかしながら、研究の中身がわかってリーダーシップを発揮できる分野は、一個人だと限界があります。したがって、分野ごとに任せる存在必要になります。そのあたりは、高度な信頼関係に基づく極めて難しいマネージメントになります。その役割は、理事とやらが担うのかもしれません。一般に、現場研究者のことを考え自ら具体的に行動して指示してきた方が、成功するかどうかは、その仕事を任せるCTO次第です。失敗を部下の責任とすること(成功と認めないこと)もよくある話です。CTOもの言う方であれば、なおさらありそうな事です。そのあたりは、幹部当事者でないとわからないので、表面的に論評するのは控えたほうが良いかもしれません。

最後

 個人努力が報われるかどうか、個人努力だけではどうしようもないことがあります。ただし、研究者として生きていくためには、研究ファンドの獲得(キャピタリストの信頼獲得)は、不可欠です。プロ研究者として、ご自身をどのように位置づけるか、つまりキャピタリスト自分適応させるのか自分投資するキャピタリストを見つけるのか、どちらかにチャレンジしければなりません。おそらく、CTO現場研究者に自分適応させるのか、自分方針に従う研究者を集めるのか、苦悩の上決断してチャレンジしているのでしょう。そんな苦労もなく好きな研究に没頭できるのは、恵まれた方だと思います。遅かれ早かれ、誰もが経験するチャレンジです。今までの経験を踏まえて、技術立国日本リードするプロ研究者としてご活躍されることを祈念しております

[]イカには心臓が3つある

 イカが持っている3つの心臓のうち、1つは人間同様、全身に血液を送るはたらきがあります

残りの2つは「鰓(エラ)心臓」と呼ばれており、その名の通り、エラに血液を送ることに特化しています


 この器官の役割については「イカは水中を素早く動く生物

その運動に使う酸素を得るために、『通常の心臓』に加えて『エラに効率よく血液を送る補助ポンプ』を持っている」という風に説明されることがあります

ちなみに、鰓心臓は頭足類に特有のもので、タコにも心臓が3つあるのだとか。


ということはイカちゃんの頭の中には心臓が入っていたのか

ん?というかイカちゃん心臓は3つとも頭の帽子の中にあるのか?

曲と歌詞は不可分

ネット上の歌詞論評など見てると、歌詞は曲とは独立した要素として論じられてるモノが散見される。

でも、歌詞と曲は不可分なモノだ。

めちゃめちゃ分かりやすい例で言えば、

こ「なーーー」ゆき(粉雪)

見つめ「あーーー」うと(TSUNAMI)

「だーーー」れも触れない(ロビンソン)

のように、音を伸ばす部分で“a”の音を当てたりする。

スピッツの「チェリー」という曲のサビは、「あ↑いしてる↓」という本来言葉アクセントメロディガッチリ合っている。

他にもミスチルの「名もなき詩」のサビ「あ↑るがまま↑」など、この言葉のチョイスが気持ちのいい響きを生み出していることに気づく。

他にも、コードメロディの流れと、歌詞中の物語が連動していたり…「曲」という制限がある中で言葉をチョイスしていき、曲の持つ力を何倍にも膨らませるのが歌詞役割だと私は思う。

例が偏ってしまったが、作曲者作詞者でなければならないと言いたいわけではない。

作詞専業でも凄い人はいる。たとえば「チャラヘッチャラ」とか専業の人じゃないと出てこない歌詞だと思う。

ただ、作詞というのは文学的感性技術に加えて音楽的な感性必要とされる仕事であることは間違いない。

ちなみに歌詞に対して曲をつけるという作業に関しては私は全く知識がないのでそこを突っ込まれると弱い。

昔は普通に行われていたらしいが。「木綿のハンカチーフ」などは代表例だが、その楽曲としての完成度の高さには驚嘆せざるをえない。

https://anond.hatelabo.jp/20180915133312

anond:20180915083038

作戦立てるどころか、はじめから結婚子供を作るのを諦めるのが今の定番だけどな。

で、日本人ってお人好しだったから「社会的にはこういう役割が適切だ!」と煽ればそのとおりにやってくれるところもあった。

うそれも通じなくなって、黙って表では少子化対策大事だといい、自分の子供は作らないか1人とかそうなるが。

のものも、リスクが高い、やりがいのある職種自分人生が最底辺になるから、とにかく大手に潜り込めば人生勝利みたいになる。

で、結局子供を大量に作る、やりがいのある職種につく、リスクの高い行為をするのはこういう後先考えてないやつだけになる。

2018-09-14

女が子供教育を「男の収入で決まる」とか言っちゃってるのが残念極まりない

じゃあおめぇいらねぇじゃん

お前が教育するんだろ

子供と長時間接する役割なんだよ 男は子供教育したくてもできねぇんだよ

そんな一番長時間接することができる存在が「私は子供を上に育て上げることができませーん、教える能力ありませーん」ってなってしまってんだよ

そんな女と結婚したくないよな 教育ママはなんかそれはそれでどっかズレてるのを感じるけど、子供自分教育するんだっていう意気込みないのかよ

女って趣味も無い、ただ事務になるために生まれ育ってきたみたいな人多いもんな そしてそういう何も考えて無さそうな人こそ結婚するんだもんな 教育したい内容なんか特に無いよな なんか辛いわー親の悪口書いちゃったみたいだわ

LGBT

俺は同性愛は反対しないし、そういう愛はあると思っている。

でも、お父さんお母さんの呼称を使うのは差別だという考えは、間違いなくおかしいと思う。

そもそもそのお父さんお母さんがいたからこその自分たちだろう。

それに親に対してパパ・ママ、お父さん・お母さんと呼んできたはず。

まさかLGBT対象になっている人たちは親を名前で呼んできたの?って疑問。

愛に関しては自身の持つ感情から、これは物心ついてから身につけたものだしね、問題はない。

でも、それ以前から親に対してお父さんお母さんと呼んできたはずなんだよね。

なのに、現在千葉ではわけのわからないことが起こってる。

お父さんお母さんは差別だっていうんだから不思議

そもそも同性愛者が、そのようなことで差別だと考えるほうがおかしいと思う。

嫌な言い方をすると生産性皆無の人たちなんだよ。あなた達は。

でも、世間に指さされながらでも同性愛を貫いてる部分は尊敬に価する。

そんな人たちが、そんなくだらない呼称差別と叫ぶのって変じゃない?

養子をもらったとしても、呼称なんかは役割でそれぞれ決めればいい。

LGBTはだいぶ認めてもらったから、今度は呼称での区別をなくそうというのは、ちょっと都合が良すぎるよ。

あくま人類男と女という性別での組み合わせが基本なんだから

そこに同性愛もありだろうという意見が入り込んできたから、アリだよねってだんだん認められて来ているだけということを認識してほしい。

認められたから、今までの呼称差別だ無くせというのはだめだよ。

それって自分たちに都合が悪いかルールをなくせって言ってるだけだもの

基本となるベースがあって、そこから派生したのが同性愛だよ。

それを忘れちゃいけない。

なぜかLGBTの人たちをみると、変な主張ばかりしてて自分勝手な人をみかける。

もちろん、ちゃん社会ルールに則って、同性愛をしている人もいるから全てに問題があるわけじゃないけど、一部のワガママな人たちの主張はあまりにもおかしい。

そう感じた。

両性愛者に関しては、どっちかって言うと、差別云々聞かないんだよなぁ…。

こっちのほうが人ができてる感じ。

みなさんの職場雰囲気ってどうですか

うちは基本的に和やかな職場

悪口は基本いわないし、新人かにも優しくて気長に見るタイプ

困ってる人がいたら何人か相談に乗ろうと教えようと自然と集まったり

なにがこういう雰囲気にさせてるのかって思うけど、高学歴や、営業経験ある人が多いのがいいのかもしれない

社内に無駄に敵を作らないし、感情的にならない、理性的社会情勢や自分役割認識している、ほぼ悪口は言わない

ほぼ言わないが、たまに言うときはその分ひどい気がする

標的は人に仕事押し付ける人や、無能?と判断されている人

悪口というか、正論がぐさぐさ行く。正論なので逃げ場が無い

日和見タイプ自分にとっては非常に怖いが、そういうのも自浄作用一種なのかもしれない

ラノベポルノ表紙問題容姿の悪い人の性欲を社会でどう受け入れるかという問題

結局これは容姿の悪いキモいオタク(40-50代の素人童貞独身おっさん)がオナニーしてるようで気持ちが悪いということなのだろう。

容姿の悪いキモいオタクの性欲がラノベポルノ表紙に凝縮して表れている。

はっきり言って、ラノベポルノ表紙を見たとき自分が汚いおっさんレイプされたような気持ちになった。

ラノベの表紙にはオタクの性欲が詰まっているというか溢れ出している。ラノベからは精液のにおいがする。それがキモいんだと思う。



たとえば雑誌エロい写真が表紙になっているとか言うけど、ああいうのがそこまで気持ち悪いと思わないのは、想定される読者層がそこまでキモくないからだと思う。そのエロい画像なり写真容姿の悪い人たちがオナニーしているという連想が働きにくい。

普通雑誌はそれぞれ読者層に偏りはあるのだろうけど、それでも平々凡々の普通の人たちが読者層なんだろうなというニュートラルな印象を受ける。つまり普通雑誌の読者層は顔面容姿偏差値にして45-60程度の人だとなんとなく思っている。

一方ラノベ場合は、表紙を見た瞬間にキモいおっさんオナニーしてるという想像が働いてしまう。ラノベの読者層はスクールカースト底辺にいたような人たちしかいないと想像してしまう。顔面容姿偏差値にして45未満。

結局自分の中ではこういう差があると思った。ラノベは表紙自体キモいけど、事実がどうかは別として、それを手に取る人間顔面容姿偏差値にして45未満の人間であり、40-50代で独身素人童貞という連想自動的に働いてしまう。そして性的アピールの激しい絵柄はそのキモい人たちの性欲が濃密に凝縮されているように見えてしまう。

キモい人のむき出しの性欲、つまり女性に対する征服欲みたいなものがそこに表れている。これがキモいというか、グロテスクというか、おぞましいというか、恐怖すら感じる。自分ケダモノレイプされたような気持ちになる。

しかしこれはすべて感情問題でもあって、キモい人に対する差別心が生んだものでもあると思った。イケメンにも性欲はあるだろうけど、イケメンの性欲はそこまでキモくない。一方、グロメンの性欲は、キモいどころか恐怖である。これはやはり容姿差別なんだろう。



ラノベポルノ表紙がいいものだとは思わないが、そのポルノキモいおっさんたちが救われているというのも事実としてある。そして同時にその表現によって傷つく女性たちもいる。これもまた事実だ。

自分はどちらかが死ねばいいとは思わない。お互い共存することが大事だ。そうなると、やはりゾーニングだとか売り方の問題になってくるわけだけど、それを言うと、表現規制だといってラノベオタク発狂してしまう。どうしたものか。「嫌なら見るな」のごとく「売り場に近づくな」論も出てきた。でもそれは大型店舗でもない限り無理というものだろう。ちょっと漫画コーナー付近を歩いていていつの間にかラノベコーナーに入り込んでいたなんてことはよくある。女性子供漫画コーナー付近をうろつくなと? それもまた不当な排除だろう。

ラノベポルノ表紙がなくなるとキモいおっさんの性欲のはけ口が減ってしまうので、それも避けたい。しかし、ポルノ絵で傷つく女性たちが出ないようにもしたい。お互い歩み寄りが必要で、女性側はラノベ規制しろと軽々しく言ってはいけないし、ラノベオタク側はポルノ絵を受け入れろと傲慢に言い放つべきではないと思う。




ラノベオタク自分たちこそ真の弱者だと思っている。自分たちはこんなにも差別され迫害されているのに、誰から弱者扱いされない真の弱者だと。

一般的世界では白人男性・健常者が強者で、弱者といえば非白人の弱い女性たちということになっている。日本男性海外に出れば弱者側に回ることもあるかもしれない。が、一般的に言って、日本において日本人・男性・健常者はやはり強者だ。キモいラノベオタクが「俺らは弱者だ」と言ったところで、世間は受け入れないだろう。日本はいまだに男性中心の社会だし、女性差別過去にもあったし、現在存在する。ネットではラノベオタク大勢力になってしまったため感覚麻痺しているかもしれないが、男性というあるだけで君らは強者である、まずはそれを理解するべきだ。君たちは差別され迫害されているのではなく、暴力を振るい、他者を抑圧する側の人間であるということ。女性たちが声を上げるのはそういった大前提がある。

そういう認識に立った上で、君らは自分たちを真の弱者定義するのではなく、男性社会で敗れた「強者の中の敗者」であるという理解をするべきだ。そして世間は「強者の中の敗者」つまりキモいラノベオタクを受け入れなければならない。飼い殺しにしなければならない。それがラノベポルノ表紙の役割なのかもしれない。たしかにその表現暴力的で、女性差別的だ。しかし、男性優位社会において、男性として敗れた人間の居場所も作っておいてやらなければならない。それは競争社会において重要なことだろう。人間尊厳最後生命線。




やはり売り方の問題になってくるのだろうか。しかしやはり「表現規制だー」の大炎上が待っている。ポルノ表現を維持したまま売り場を少し変えても彼らにとっては表現規制なのだろう。なぜ不当に隅へ追いやられなければならないのかと感じるのだろう。

おおっぴらにポルノ表現を、つまり彼らの煮えたぎった精液を社会にぶちまけて、社会から批判が返ってきたら彼らにとってはそれが差別なのだ。彼らの被害者意識はとてつもなく強いため、現状のままで問題解決へ向かうのは難しいと思う。

現時点でできる精一杯のことは、ラノベポルノ表現を見たとき、鳥の糞がかかってしまったとでもいうように、残念に思いながらも諦めるしかないのだろうか。しかしこれでは傷つく女性たちが救われないのだが……。

2018-09-13

最低賃金に関する議論を読んで

http://wofwof.blog60.fc2.com/?no=665

しかし、実証分析の分野においては賃金引き上げの雇用や景気への影響は必ずしも明らかでない。

かに悪影響の無かったという実証研究もあるものの、明らかでないとするほどマチマチなわけでもない。大多数の実証研究ではやはり雇用には負の影響があった。

http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/tsuru/20.html

生活水準改善には給付金その他の政策がある一方で、買い手独占による雇用量の減少に対応する価格規制という機能最低賃金しかないため、これを生活改善のために雇用を減らしてでも導入するというのは望ましいことではない。

所得の増加が景気をよくしたりすることもあるからだ。

雇用が減少すれば雇用者の平均所得は上がっても国民全体の総所得は下がることになり、これは雇用者の平均消費を増やすことはあっても国民全体の消費は減らすことになり景気には悪影響となる。景気循環を超えた長期的に見ても、雇用が少なければそれだけ生産所得も減る。

日本最低賃金は、所得中央値100人中50〜51番目の人の所得)の39%(2014年、OECD調べ)でOECD加盟国28カ国中25位である

これは所得分布に歪みが小さく所得中央値が平均的な所得よりも高く出がちな面もある。そしてチェコの事例のように最低賃金以外に社会格差を無くす方法はあり、価格規制による雇用量最大化という最低賃金しかない機能犠牲にして最低賃金にそれを期待することは望ましくない。

民主党は、7.25ドル最低賃金2020年までに12ドルに上げる法案を提出した。これは民主党提案選挙対策としての一面があるにしても、各州や各市でも生活費の高い都市部をかかえる州を中心に大幅引き上げが相次いでいる。

マサチューセッツ州では、2017年1月までに現在の9ドルを11ドルに、ハワイ州では現在の7.75ドル2018年1月までに10.1ドルに段階的に引き上げられる

海外比較する場合は、(貿易財での均衡をはかる)通常の為替レートではなく、PPPなどを用いる必要がある。現在東京最低賃金は900円を越えており3%ずつ上がれば程なく1000円を越えこれはPPPで換算すると10ドルである

それより大切なことは、海外の事例は今後やってみました失敗でしたとなる可能性があるのだから、外濠を埋められたからやらなければというのは短絡に過ぎる。思いもよらぬ大成功に終わるのを確認できれば数年後に追いかければ良い。

日本では、失業率が3.1%と20年ぶりの水準まで低下、有効求人倍率も1.24と23年ぶりの高水準を維持している。

現在がそうであっても最低賃金が実際引き上がる頃には次の景気循環に入っているだろう。最低賃金のようなもの短期的に上げ下げ不安定化することは望ましいとは言えず、短期的な景気動向理由とするのは適切とは言えない。

最低賃金労働者が自活したり、学費生活費を自分で稼いだり、という現在では当然、話は違ってくる。

ここは繰り返しになるがその生活補助という面において、最低賃金にそれを改善する機能があるとしてもそれが最低賃金の他の役割犠牲にしてでもやるべきかを考える必要がある。軽減税率が逆進性を改善するにしても逆進性対策として軽減税率をするべきとはならないのと同様である

日本の輸出依存度は15%(2014年)に過ぎず、最低賃金引き上げが経済プラスとなったと言われるドイツ(同39%)の4割程度に過ぎない。

輸出依存度は輸出が経済に与える影響の大きさをさほど適切に示すものではない。さすがにドイツほどとはならないにしてもサプライチェーンの長い輸出産業を多く抱える日本は、輸出の変化がGDPに与える影響は大きい。

日本競争力が低いのは専門性が低く年齢ばかり重ねた正社員賃金年功序列によって高過ぎることであるが、最低賃金の引き上げはこうした歪みを是正する効果がある。

かに最低賃金インフレを呼びそれが「専門性が低く年齢ばかり重ねた正社員」の実質賃金を下げて彼らの生産性との差が縮まれば歪みは是正される。ただそれは結局のところインフレによるものであるインフレの引き上げ方として最低賃金を上げる方法が望ましいかということになるがそれはコンセンサスある見方とも思えない。

加えて本来なら「専門性が低く年齢ばかり重ねた正社員」により適正のある場所に移るか人的資本を積みまして専門性を高めてもらうかの方が社会的に望ましいが、彼らの賃金相対的に安上がりにすることはそういう必要性を彼らや企業から取り除くことになる。

働かない人にお金をばらまくのと、働いても貧しい人の賃金を上げてあげることのどちらが好ましいは明らかだろう。

働かない人というのが怠け者というわけでも無い以上、これはまったく自明ではない。いや、仮に怠け者だったとしてさえ自明とは言い難い。

最低賃金を引上げると、ファストフード店など低賃金労働者を多く使う業態では値上げや利益圧迫が問題となるように思えるが、実際には逆だ。業態によって異なるが、低価格飲食店人件費比率は25%程度である。仮に全ての人件費最低賃金だったとしても、25%の賃上げによってコストは6%程度上昇するに過ぎない。同じ利益率を確保するための値上げ幅は8%弱に留まる。

3%の消費税引き上げの影響を鑑みれば8%がとても留まると言えるレベルではないだろう。また最低賃金労働者収入は25%増加しても雇用喪失して所得の減る者も出てくる。

いま使うか将来使うかは別として結局は生産しただけのも消費するのであるから雇用が減るような最低賃金の引き上げは生産を減らし消費も減らす。しかもその中で、従来「低価格産業」の主要なターゲットとしていた低所得層を、高くなった最低賃金を貰う層と失職層に二分するわけである。「低価格産業」の舵取りは困難化するだろう。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakamegumi/20150729-00047964/

2〜3年のうちに最低賃金を2割ほど引き上げて、他の先進国と同水準にするのが政治的のも経済的にも望ましい

この速度で最低賃金を引き上げれば社会の混乱は必至であろう。それはせっかくここまで上向いてきた景気を悪化させ、プラスになった実質賃金を再びマイナスに戻し、さらには最低賃金引き上げの失敗例として今後長期に渡って最低賃金政策を適正に行い難くしてしまものである

これまでもデフレの中でさえ最低賃金は上がってきた。そして安倍首相の出した目標も十分チャレンジングなものである。まずはこの達成を目指しながら海外の引き上げ例を検証できるのを待つの賢明と思われる。

30才は人生で言えば朝の9時直前

お前が今本来お前のいるべきレールに乗れていないのならお前の今の状態は、お前が本来向かうべきだった場所に対して「すみません……今日遅刻します……連絡が遅れて申し訳ありません」と電話を入れるべきなのか、いっそブッチしてしまうか、電話を入れるにしろどういった内容にするべきをか迷っている状態だ。

これからお前の罪悪感にまみれた一日(人生)が始まる。

お前がそうやって悩んでいる頃、とっくの昔にたどり着いた奴らは既にそれぞれの役割を演じ始めている。

お前は既に出遅れているのだ。

これからのお前に求められるのは、出遅れ人間としてどう振る舞うかだ。

辛いぞ……ここからいよいよ人生が辛くなる。

覚悟しておけ、俺。

anond:20180913204443

そういうショーでそういう役割が期待されている役者みたいなものから

役割強要しているって論理だといろんなところ殴らないといけなくね

例えば映画ドラマとかの恋愛至上主義だったり、

筋肉もりもりの男性役割マッチョイズムだったり

最近ハリウッドとかで話題になった白人ヒーローだったり(最近でもねえな。ちょっと前)


しまいにゃテレビで(美女美男以外は)お笑い芸人がいっぱい出てるのも、(てめえら平均以下の顔の奴らは)笑いを取る必要があるという強要になってませんか?

とか言う主張も出来ませんか?


この論理だけでラノベだけを殴るってのはかなり雑だし、

そもそも表紙だけでそう強要されてるってレベルで感じるの?って気もする(まぁエビフライさんたちにとってはその議論はいらないんだろうけど)

あとはラノベって所詮コーナーの一角しかなくて、そこまで影響力与えられますか?("ら"入れました)




どうでも良い話

おっぱいの話におっぱいの表紙付けるの何が悪いって気もする。

それよかあのA○Bとかを文学の表紙にしてるの意味分からんからやめてくれと思うんだが。


まぁ、おっぱいの話をレーティングなしに販売するのって正しいの?って別の議論になります

レーティング機関がなー有害図書とか言う悪意の塊みたいなネーミングしてなけりゃーなー

Sier役割は防食亜鉛デコイ)なのか

何か合った時に「アイツが!アイツが悪いんです!全部アイツが!」と言われることで元請け下請けの直接的な衝突を防ぐために用意された緩衝材しかないのかも知れない。

それならば、クソのヤクにも立たず何の知識もなくただサンドバッグにされているだけのSierでも役割果たしていると言えるだろう

2018-09-12

役割を求められる事と作ること

職場知識があるという理由だけで雑用みたいなもの係にされ、誰もやりたがらないからという理由雑用を受け続けていた。

私はその雑用がただ知識があるから、やり遂げようとするからという理由で任命されたことについて非常に憤っていたし、その雑用を誰もやりたがらない事についても憤りながらも仕方なく率先してやり続けていた。

誰もやらないから

でも、誰かがやらないとならないから。

先程、とあるYouTuber配信を観ていた時にそれは違うのではないか、と思い知らされた。

その配信では視聴者参加型ゲーム配信をやっていて、1ゲーム毎に参加者を募るタイプだった。

多くは配信者が自分の声で次のゲーム開始のアナウンスと入場手続きを案内するものだ。

そして、その配信でもそれは行われていたのだけど、特定リスナーが率先してその案内をテキストチャットで行なっていた。

私はそれを見て、「わざわざ、そんな事しなくてもいいのに。配信者がやってるし、配信者の仕事じゃん。」と思ってしまった。

恐らくそれは私の仕事に対しても同じ事が言える。

私が雑用みたいなものであるから雑用はしなくてはならない。でも、誰かに振ってもいい。振った後は、私はそれに関わらなくて良い。それをするなら、それはただのお節介

しかしたら、もしかしなくても、他の人にはただのお節介焼きにしか見えなかったのかもしれない。

私が配信者の取り巻きをそのように評価してしまったように。

雑用みたいなもの係は最後には誰もやってくれない、他の人に雑用振ってもやってくれない状態になったので今は雑用みたいなものから遠ざかっているが、無理にでも介入してしまいそうになるところを見ると、取り敢えず離れて正解だと思っている。

ただ、同時に、今の雑用みたいなもの係の人達仕事が満足いくものでないように見えて仕方がない。

右翼」による「汚いトリック」、"偽"反基地活動沖縄を蝕んでいる

ソース(星条旗新聞): https://www.stripes.com/news/protests-on-okinawa-aren-t-always-what-they-appear-to-be-1.222240

かいつまんで言うと

沖縄では反基地運動の人々のふりをした右翼活動家が「カーブボール活動」をしている。これは、過激な反基地活動を装うことで、反基地運動から人々を遠ざける戦術となっている。これは、中国に対してスキを見せる行動かもしれないし、そうでないかもしれない。分断はさけるべきであろう。

との内容。

荒い翻訳 (ソースを読むことを推奨)

キャンプフォスター(訳注:沖縄米軍基地の中枢である)より

中国軍服をまとった沖縄の2人の抗議者。彼らの小型車には北朝鮮創設者金日成(キム・イルソン)現職の金正日キム・ジョンウン夫人中国共産党の毛沢東が貼られている。

街宣車に乗っていたKiyotaka Itayaは、沖縄での最近過激派の中国過激派の北朝鮮デモを「カーブボール戦術と呼んでいる。

この65歳の退職者は、「新しい憲法をつくる国民会議」と呼ばれる右翼グループ所属している。

彼と他の20人のグループメンバーは、実際のデモンストレーションの中で偽の反左派抗議を繰り広げ、島の反米軍事運動を弱体化させ、野党中国北朝鮮と結び付けることによってより穏当な沖縄活動家撃退することを望んでいると、ItayaはStars and Stripesに語った。

ここでは両国(訳注: 中国北朝鮮)が広く嫌われている。 怒った沖縄人が、グループ乗り物に岩を投げ、中国北朝鮮の旗を屋根から壊そうとした、と彼は言った。

偽装抗議に出向き、マスクサングラスを身にまとったItayaは言う。「反米集会に参加している人々は、「私たちはここにいることで北朝鮮中国支援しているのか」と言う」。

FRIEND OR FOE

沖縄海兵隊員と米軍団は、沖縄地元の反軍事感情はそれほど広がっていないと主張し、抗議行動についてスターストライプスやその他のジャーナリストに警告した。

ロバート・エルドリッジ(G5計画・Liaison Office for Marine Corps Bases Japanアシスタントチーフは、大規模な抗議行動は、東京から飛び込んだ教員組合労働者団体などの外部団体専門家グループによって組織されていると言う。

彼は、普天間飛行場での反基地活動家偽装している右翼を知らなかったが、Itayaが偽の抗議活動を行っていることも聞いたとのことだ。

新しい憲法をつくる国民会議は、「カーブボール戦略によって反米抗議を脅やかしているのかもしれない。

しかし、右翼グループは実際に沖縄に対する米軍利益さらに進めることを望んでいると語った。長年にわたる国民の反発とデモで停滞してきたが、日米の長年の合意に沿って、 普天間移設するべきだとItayaは言った。

右翼グループ戦術沖縄組織者を悩ませ、懸念している。

沖縄平和運動センター事務局長のHiroji Yamashiro氏は、木曜日から始まる予定の米軍基地周辺の一連の抗議行進を主導している。毎年、1972年米国占領から沖縄日本統治に復帰したことを記念して、沖縄人達記念日の間に拠点を行進する。

Yamashiro氏は、中国の偽名の中国の抗議行動を「汚いトリック」と呼んだ。

沖縄反米反日を装う抗議集会イメージした写真画像が放映されたとき間違ったメッセージ本土に伝えられることが懸念されている」とYamashiro氏は述べた。

HOPING FOR A SPLIT

長期的な沖縄抗議運動の低下は、海外からの新たな脅威によるものと思われる。

Itayaのグループは、米国プレゼンスに対する揺るぎない支持を、中国領土的野心によって正当化していると考えている。

中国学者中国の最高級軍人は、無人尖閣諸島に対する何年もの緊張と暴動の後、今月、約140万人の住む沖縄所有権を問うことで紛争を激化させた。

Itayaなどの右翼は、米軍が島から撤退された場合には、中国土地奪取や侵攻の恐れがあると主張する。

「力のバランスが落ちれば、それは起こりうる」と彼は語った。

最近日本世論調査では、沖縄の90%近くが中国領土野望に懸念を示している。

しかし、中国センセーショナル公式声明は、煙と鏡の戦術かもしれない。

中国沖縄の反応を今や耳にしている」と軍の役員が訓練されている防衛大学校国際関係教授であるTomohide Muraiは語った。

胡錦濤国家主席は、このコメントが、東京に不満を持ち、米軍基地ホストとしての役割に長い間不満を抱いてきた沖縄国民の支持と誇りの高まりを引き起こすことを期待していると語った。

沖縄での中国活動は、さら本土から日本を分離し、尖閣支配などの領土紛争中国地位を強化する可能性がある、とMuraiは言った。

水曜日活動家の小グループが、沖縄日本から分離して独立国家になることができるかどうかを研究すると発表した。これは沖縄日本メディアによって報告された。

中国指導部が真に「沖縄を所有していると信じている」、あるいは「日本領土占領しようとしている」とは思わないとMurai氏は述べた。 「彼らは主張を信じているわけではなく、日本を分裂できるかどうかを見守っている」

Itayaの偽装デモがこのような中国目的を助けるか妨げるかどうかは不明である。 Itaya氏は、今週の那覇での反中国行進でも彼のグループが参加したと語った。

Muraiは、中国本土との関係に影響を与える国民の反発がなければ、中国沖縄に対する、日本主権への挑戦を放棄する可能性が高いと述べた。

日本が今やるべきことは、結束することで、国家を分裂させることは避けるべきだ」と述べた。

tritten.travis[ a t ]stripes.com

sumida.chiyomi[ a t ]stripes.com

ひとこと

誰が本当に沖縄、ないしは「日本」を愛しているのだろうか。日本人同士が仮面かぶって石を投げ合い、意見は分断され続けている。基地の是非は議題にあげる価値のある問題だが、議論をせずに石を投げ合っているだけの人々がおり、ちゃぶ台自体破壊されつつあるのもまた事実である

anond:20180911165115

誰にも言ってないプライベートな内容なのでひさしぶりに増田に。

今では考えられないがNECがまだ就職したい企業ナンバーワンだとかもてはやされた頃、母方の祖父や実父がNEC技術本部長以上をやってた。2人とも分野が違う理系職人タイプの人なので社内でも義親子関係にあるのを知っている人は皆無だとおもう。

自分まだ子供だった頃、緊急連絡用に渡された父の名刺には統括部長とか本部長とか事業部長とかいろいろな肩書が載っていた。「なんでこんなに部長だらけなの?」と聞いたところ「部っていうのは好きに作れるんだよ」と教えられたのだが、今考えるとそんなわけないよな?

当時「NEC線虫(うねうねした生き物)の研究とかもしてるんだぞ」と喜々として言ってたが、今の多くの日本大企業はこのようなまるで何の役にたつかもわからない分野に投資する力が亡くなってしまったようにおもう。今もやってる?

企業にとってR&Dは本分のひとつであるが、基礎系に近ければ近いほど当たりがでるまで数十年の長い時間と、利益に絡む少ない生存率が問題になる。誰の言葉であったか忘れたが「すぐ役にたつものはすぐに役にたたなくなる」との言葉どおり、経費削減という名目でR&Dから切り詰めた日本の多くの企業群はこの短い事業サイクルのなかで溺れそうになっているように見える。リストラクションをただの首切りにしてしまったやつらと同じ犯人がそこにいる。

祖父は寂しそうに「銀行経営に口出ししてくるようになって自由がなくなってきた」と言っていた。事業収益予測可能ものにしようとすると、短近線形で推測可能もののみへの経費割当しか行えなくなる。サイトが短すぎるのだ。そうすると必然、誰かが植えて偶然生えてきたにすぎない果実を毟る程度のことしかできなくなる。大企業役割はその安定性を活かしたよりよい事業の種の発見であるが、小作農の囲い込みしかできなくなっているのは寂しいことだ。

海外。ここらへんの立ち上げもやっていたな。むむむ。そろそろ喋りすぎている気がするぞ。終わりにしよう。

当時の人たちは少数で相当な苦労をしており日本バブル崩壊と相まって死にそうになっていたのを思い出す。

うちの父は最後は誰ぞのやらかし後始末をするために無理をし体を壊し、そのまま隠居あいなった。隠居当初は社長はやってみたかったなどと悔しそうにしていたが、今は回復し近所の小学生相手に竹とんぼとかを教え余生をすごしている。家族としてはそのほうが心配がない。小学生に竹とんぼを教えることは「すぐ役にたつもの」ではない。もしかしたらその中から次のNECのような企業を作ってくれる子が現れるかもしれないと考えたら、利益肩書に集られる有象無象相手にするよりも夢がある。

2018-09-11

なんかラノベの表紙がついったー炎上?していた

女体は極端に理想化された表現があふれすぎてるからそりゃ文句も出るだろう、というのが率直な感想かなあ。

男体もそりゃあるっちゃあるけど、やはり女性モチーフは多い。特にラノベにおいては圧倒的なのでは。

女性に関する(というのもなんか変だが)現実社会的問題が山のようにある現状で、というのも無視はできんでしょう。

全然、各性別にとってフラット社会じゃないのに、特定性別モチーフが都合よく理想化された上であふれかえってる。

しかもわかりやす性的な誇張だからなあ。エロに使う技法そのまんま全年齢向けに使っちゃうというのは昨今多いと感じる。

隠れるところ隠れてるんだからこれぐらいエロじゃないし、てのはだいたいエロ向け表現日頃から摂取してるからであって。

そうでなかったらやっぱりギョッとするだろうし。

ラノベとか全年齢向けのときコンプライアンス?とかどうなってんだろ。

まあ社会的な現状がどーだからとか全体のバランスがこーだからとか細かいこと言わず自由に楽しくやりたいという場合

ゾーニングした上で楽しくやるしかないんじゃないのと思いますね。

こういうごたごたしたことをすっ飛ばして、「うるさい連中がバカなことで騒いでる」「自分が嫌いだからってだけで駄々をこねてる」

という感じの反応がだいぶ多いというのは、まあ予想できてはいたけど、作り手も結構そんな感じなのはさすがにまずいんじゃない、と思うかな。

全年齢向けというからには細かいこと考えなきゃいかんでしょ。

自分にとって最高な表現を目指す、自分の好きなものを徹底的につめこむ!というのは作り手には大事なんだけど。

まあ創作する側はそれでいいのかもな。なんだろうな、そういうバランスとったり、ラインを決めたりという、そのあたりの役割を担う側の問題か。

あと健全健全でないかいかがわしいかいかがわしくないか、みたいな視点バランスとろうとしてしまうのはどうなのかなあというか。

そうじゃなくて、社会に今どういう問題があって、受け取る側にどういうメッセージとして働くのか、みたいなことをだな…

成人向けエロをきっちりゾーニングしたのに局部修正入ってるとか、それは一体なんのために????ってなるしな。

男性大黒柱プレッシャーって中流限定だよね

かに中流家庭では、父親が稼いで、母親子供が小さいうちは育児に専念して子供が育ったら学費負担増に備えてパートに出たりサブ的に稼ぐっていうモデルが多い。

中流が最も男女別の役割分担をしているように見える。自分が稼げなくなると家族が終わるというプレッシャーが最も強いのは中流男性のように思える。

上流家庭では良家同士結婚して、資産運用だけしていれば良いパターンがまずある。あのレイヤーの人たちは、男性だけ負担が重いなどということはなく、男女平等

もう一つの上流家庭として、父も母も高所得労働者パターンがあって、後者は高い保育園や病児保育に相当お金を使っているけど、

それ以上に母親が働いた方が稼げている、あるいは女医などでブランク作りたくないから無理してでもフルコミット共働き選択していることが多いね。そのパターンもまた男女平等

下流になるとそんな景色はない。なんていうか下流は、低賃金労働家事育児女性人権のない奴隷みたいに酷使されていて、男性高齢ニートだったり、驚くほど何もしていない。

そういう男性が「非モテ童貞」かっていうとそうでもない。無気力ヤンキーみたいな雰囲気の人が多い。下流男性下流女性で若年のうちに結婚して子供をもうけていて、

下流女性労働家事育児など生活必要なことがらを全部負担していて、下流男性家族のためのことを何もしてない。

離婚も多い。嫁が逃げて、息子と孫が高齢母親のもとに帰ってくるみたいなパターンもある。そういうケースでよくあるのが、息子が何もしない。

ショッピングモールオフィスなどで清掃やってる高齢女性をよく見かけるけど、彼女たちの生活ってそういうものだったりする。年金と清掃パートで息子と孫を養ってるみたいな。

とにかく、下流に行くほど男性が何もしない。勉強部活も頑張らないタイプの暇な中学生のような暮らしを、中年になっても、一生やっている感じというか。人のための役割を何も担ってない。

そしてそれが「下流妻や下流母に尽くされていて幸せ」かというと、そうは見えない。まず生活が貧しいし、そうした地域男性平均寿命は短い。

平均寿命の男女差は地域によって違っていて、男性がよく稼いでいる中流~上流エリアのほうが、色々担っているはずなのに男性長生きしている。

どういう形でも良いのだけど、家族の役にたっているほうが、自尊心が得られて健康になるのか、幸せ長生きできる傾向はある。

義務が重すぎて過労死などしてしまうのは良くない。でも、一切の義務から解放されて全部高齢母に押し付けているような男性幸福か、羨ましい身分かというと、全くそうは思わない。

なんか目が死んでいるし、短命だし。

大衆は失われたんだよ。

anond:20180910221209



メディアは、アメリカ日本も、大衆存在してると思ってるし、その記事の主張は、存在しない大衆に向けた内容だ。

ところが、その記事を受け取る人達は、同じ記事を読みながら、同じ考えや、同じ結論には至らない。

だが、メディアは、ひとつ結論にむけた記事を書き、大衆を自社の主張に同調させようとする。

しかし、大衆は、ひとつの正しさは存在しないと気付いてしまい、大衆自身ひとつの到達点を失い、大衆自身は失われることになった。

からひとつ事実が、それぞれの正しい見方によって解釈され直して、大衆ではなく支持者によって理解されるようになった。

支持者には、異なる背景が存在し、異なる背景に対する理解をどれだけもてるかが、事実理解する重要視点になっている。

しかし、現代メディア事実報道するのではなく、権力に立ち向かうことが彼らの使命だと勘違いして何十年もやってきてしまったため、

複数の背景を持つことができなくなり、どのような事実であれ、ひとつ視点での大衆に対してしか記事がかけない。

そして、そのメディア欠点理解しない残された人々だけが大衆役割を貰い、メディア信仰する最後の人々になってしまった。

anond:20180911104707

これは何度でも言っておくが、民主主義ってのは、王様任意にクビに出来て、自分たち代表者議会に送りこめる程度の意味であって。他の正しさとは関係ない。村の寄り合い代表者を決めるのと大した違いはない。増田が見たのが選挙だし、増田がやってるのが政治だよ。

増田がこうあるべしと思っている「すべての人民理性的政治判断し、最も正しく優れた者が政治代表者となる」みたいな状態のは、民主主義理念系……いわば、非現実的な、実現したことのない、不可能理想にすぎない。

結局のところ人気投票しかない。

でも安心してくれ。増田理想とするような優秀で正しく政治をする者たちは、試験によって選別され、官僚という役割を担っているから。

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