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はてなキーワード: 日の出とは

2021-05-09

S&P500に貯金全部ぶっこもうと思う

UFJに1000万入ってるんだけど手数料なしで楽天口座に移すの楽な方法ない?

1日の出金上限額を何日もしないとダメかな。

2021-04-30

連休中日

こういう日の出勤は

外部からの問い合わせが無くて

自分仕事捗る

もしくは

ダラダラできる。

どっち派ですか

2021-04-20

[] #93-5「栄光の懸け箸」

≪ 前

そして結局の所は、俺自身この件について心根ではどうでもいいと思っていたりする。

どうせ、このやり取りも今日だけで終わるんだ。

よくある仲間内での些細な諍い、日常茶飯事。

いや、この時はラーメンを食べていたから、日常茶麺時か?

などと内心クダラナイことを考えていたが、実際この時の雰囲気形容するなら大体そんな感じだったんだ。

しかし俺が迂闊だったのは、この日で終わるはずだった四方山の話を自宅でしていたことだった。

文化マナーの話を持ち出したことも、箸の持ち方について言及したこと安易ではあったが、この点には勝らない。

なぜなら、自宅であるということは“弟が近くで聞き耳を立てている可能性”について見積もる必要があったからだ。

己の油断を嘆くべきなのか、弟の口の滑らかさに怒るべきか。

思春期だというのに、兄弟部屋を分けてくれない両親の教育方針を恨むべきなのか。

どこに原因はあったにしろ“後の祭り”だ。

後の祭り”の語源は、最も盛り上がる時間である“前の祭り”との対比からきているらしい。

そう考えると、ここからの展開はあながち慣用句ではないかもしれない。

…………

「……なーんてことを兄貴たちが話してたんだ」

案の定、弟は昨日の出来事をクラスメート達に話していた。

当然、弟のフィルターを通して語られているから話に繊細さなんてものはない。

「正直、俺はどうでもいいと思うが、ちゃんと箸を持てるに越したことはないよな」

「私、ちゃんと持ててないけど、うるさく言われたくはないわ」

タオナケの言い分も分かるよ。でも、それを気にする人がいるってのも分かるだろ」

「私もそれは分かるけど、“気にする気にしない”と“善い悪い”は別でしょ。ちょっと箸の持ち方に癖があったとして、それでアンタに迷惑かかるわけ?」

ちゃんと持ててないのに開き直って、気にする側を心の狭い人みたいに言うのは違うんじゃないか?」

「“みたい”じゃなくて、実際その通りでしょ。別に悪いことじゃないんだったら、それは気にする側の問題よ」

「おいおい、さすがにその言い草はないよタオナケ。ちゃんと箸を持てていない立場で、気にする方が問題とまで言ったら傲慢だよ」

傲慢ですって!? 箸をちゃんと持てるのが、そんなに偉いの!?

「そうだ! オレこそが最強の“ゴーマン”だ!」

「シロクロ、お前は傲慢意味を誤解しているし、その持ち方はクセがどうとかい次元を超えてる」

モメるのは決まっていた。

しかも、俺たちより年下で知識も語彙も少なく、コミニケーションの妙も理解できない同士だ。

そのグダグダっぷりは俺たちの時の比じゃない。

次 ≫

2021-02-21

ミャンマーの思い出

最近メディアミャンマー情勢を聞くことが増えている。軍部クーデター情報統制が敷かれ自由が奪われ、国民弾圧されているというのだ。ニュースを聞いていると、少し昔にミャンマー旅行したことをふと思い出したので、備忘録的に増田に書き残しておく。

2014年、私はミャンマーを旅してた。この前年、ゴールデンウィークに旅していたウズベキスタンの乗り合いタクシーで偶然出会ったベテランバックパッカーから、『早めに訪れるべき国』と紹介されたのがきかっけで興味を持ったのだった。曰く、「数年前からテインセイン政権民主化をすすめていて、外国からヒト・モノ・カネが流入しだしている。そう遠くない時期にマクドナルドコカ・コーラ等の海外資本で町が埋め尽くされ、純朴な国民性が拝金主義に染まりメジャー東南アジア観光地のようにつまらない場所になってしまう。”素”のミャンマーが見れるのは今の時期しかない」とのことだった。その翌年だっただろうか、ANAヤンゴン新規就航した。クレジットカードポイントで『丘マイル』がたまってきていたので、今しかないと思ってミャンマーに飛んだのだった。

ところで、私が旅を決めた2014年当時、ミャンマー情報書籍上にもネット上にも乏しかった。(今でもかもしれないが。)非常にベタだが、自分なりにミャンマー知識を得るために、『ビルマの竪琴』を読み、高田馬場ミャンマー人街を訪れ、増上寺ミャンマーフェスに参加し旅の前に気分を盛り上げた。それら事前に集めた情報をもとに旅程を決めた。最大都市ヤンゴン古都マンダレーとパガンを3泊4日ですべて回る。そのためにルートづくりは難航したが、夜行バスや、エーヤワディ川の水上ボート等を組み合わせて何とかめどがついた。

初めに訪れたのはパガン。初日ヤンゴンから夜行バスで向かって、到着したその日の朝に到着。その足で宿に荷物を降ろし、仏教遺跡にむかう。パガンの仏教遺跡は当時、全く観光地化されていなかった(今はわからないが)。滅びた過去王朝の栄華を残す草原に埋もれた遺跡で、地元仏教徒が花やろうそくを備えて信仰のよりどころにしている。そんな感じのところだった。遺跡は非常に広大なため、効率よく回るために宿で中国製電動バイクを借りたのだが、これが曲者だった。バッテリーの残量メーターが適当で、まだ半分ほど充電が残っていると思っていたら、バッテリーふいにまり、南国の強い日差しのもと10km近い距離をただの重りと化した電動バイクを押して帰る羽目になったのだ。

ミャンマー古都マンダレーへは翌日の早朝に向かった。ミャンマー流れる大河エーヤワディー川観光ボートに乗って移動するのだ。朝日が昇る前に、宿の主人にお願いしてエーヤワディー川ほとりの船着き場に送ってもらい船に乗り込む。乗客ほとんどが欧米観光客で、日本人は私一人。東南アジアでよく見る中国系韓国系旅行者は一人もいなかった。船に乗り込んですぐに、日の出を見ることができた。大河から見る朝日は非常に美しく、カメラシャッターを切りまくった。だが航行時間10時間以上と非常に長く、暇を持て余す。近くの旅行者に話しかけるとドイツ人だった。大学時代に習った片言のドイツ語で、「Ich lerne Deutsch bitte.」と話すと猛スピードドイツ語会話が始まり、まったく聞き取れなかったので英語に切り替えてもらってコミュニケーションをとったりしていた。

10時間を超える船旅を経てマンダレーに到着した。マンダレー市街地は船着場から離れていたのでタクシーを借りて中心地に向かう。旅程に余裕がなかったので、そのままタクシーで主要施設を回ってもらい、観光をこなす。そのまま勢いで長距離バス乗り場へ向かいマンダレーからヤンゴンに向かう高速バスに乗り込む。ヤンゴンにはその日の夜10時ごろに到着。夜間の異動で治安不安だったが、特に問題もなく宿に到着。最終日に備えて睡眠をとる。

ミャンマー滞在最終日。最大都市ヤンゴンで街歩きをし、国民食のモヒンガーを食べたり、過去イギリス統治時代建築物を見たりして過ごす。町中の家には見たことのないような巨大なパラボラアンテナがつけられており、台風対策で軽量化する必要があったからだろうか、日本で見かけるものとは違い皿の部分がメッシュになっているのが印象的だった。街歩きついでにミャンマー国鉄で市内を移動したりもした。東京でいうところの山手線に相当する環状線ヤンゴンにもあり、Circular Lineと呼ばれているものだ。料金は非常に安く、日本円で10円くらいだっただろうか?車内に外国人は一人もいなかった。パガン~マンダレーで見たような欧米系の旅行客はタクシーチャーターして市内観光をしているのだろうか?しばらく客車に乗っていると、私が日本人とわかったのか日本滞在経験があるというミャンマー人に話しかけられたのだ。観光地で話しかけてくる現地の人は、たいていお金目当てなので警戒してたのだが、悪い人ではなさそうだったので聞くだけ話を聞いてみたら、バブル期名古屋期間工をしていたらしかった。

駆け足でいろいろな経験をしながらミャンマー観光を終えた私は日本に戻った。実際に現地を見てきたことで知的好奇心を満たされた私は、しばらくミャンマー情勢から興味を失っていた。が、最近またニュースで日々ミャンマー情報を見聞きするようになり、ふいに旅行した時のことを思い出したのだった。当時であった人たちは今も元気にしているだろうか?数年後にコロナ収束しても、軍部主導の政治体制外国人が自由ミャンマー旅行できる時代が再びやってくるのだろうか?今はただ、遠く離れた国を思い出しつつミャンマー国民の無事を祈るばかりである

2021-02-07

娘との別れ

自分には結婚して3年になる妻がいる。

妻は発達障害だし、結婚した当時は割と重めにうつ病だったし、そこにパニック障害もあった。

まり自分は「理解のある彼氏くん」というやつだった。

そもそも結婚したのはもちろん「この人となら~」とか「愛しているから~」とか、そういったことはあるけど、それ以上に、それ以上に医療福祉面で家族でないと介入できないことが多すぎたから...という事情が大きい。

当時の妻の家族、両親にはそれを求めるのが難しかった。

そういう事情での結婚生活大袈裟ではなく子育てだった。

まず、彼女は分離不安が強い特性があった。だから、私が1人で仕事に行っている間、不安からパニックになることもあった。

それを薬と、それから認知療法的に...居なくなっても必ず帰ってくるという実績を積み上げて自信につなげていく...1年くらいかかったかもしれない。

次に、些細な失敗でもパニックや過度な不安、落ち込み、希死念慮につながる。

家に帰る前に「洗濯物をしておいて欲しい」と電話した。妻は洗濯した。けれど、洗剤を入れ忘れたことに気がついた。

家に帰ると泣きながら寝込んでいた。次の日にも泣いていた。

それを自分でやり直しながら「そんな落ち込むことじゃない」と教える。。。これも1年くらいかかっただろう。

そして、パニックODにつながる。

不安から、落ち込みから、色々なことから発作につながる。

とてもとても不快な発作から彼女は逃れようと、手元にある薬を何錠も何錠も飲む。

それを防ぐために、朝・昼の薬は分けて渡す。他は自分が持って会社へ行く。。彼女の心の支えを奪うのはいささか気が引けた。

けれども、パニック改善しないし別の問題を引き起こす以上耐えるしか無い。パニックはいつも耐えるしか無いのだ。

...と雑に書けばそんな結婚前~だいたい結婚1年目。

僕と医療と妻で頑張ったことが多少報われた。

パニックの頻度は減り、パニックとの多少マシな付き合いを覚えた妻はODしなくなり薬を任せられるようになった。

分離不安は、不安ときは自ら「ちょっと話せないか?」とこちらの都合も考えながらも、必要最低限の支援でやり過ごせるようになった。

失敗も...失敗はいっぱいだけど笑って「ごめんなさい」と言うまでになった。

そんな成長は次の段階になる。

「家にいるのはもう嫌だ」

「家にいてももうすることない」

「独りぼっちで家にいるのはもう嫌だ寂しい」

僕はひどく混乱し落胆した。

家にはきちんと帰っているから寂しい思いはさせていないつもりだったし、なにより「家にいるのはもう嫌だ」と、それが何よりも傷ついた。

妻はどうして家を拒絶するようになったのだろうか。

場所がなかった妻に居場所を精一杯作ろうと努力したし、独りぼっちも極力回避してきたつもりだった。それなのに...と。

僕と妻は何度も何度も話し合った。

そして、1つの結論に辿り着いた。

「親離れの時期だ」と。

赤子はいつか歩き始めて幼児になる。

幼児はいつかまだ見ぬ世界を求めて、親の腕から離れて歩き始める。

最初は1歩だけ。怖くなって帰ってくる。けれども次の日には2歩。。。と。それが結果的保育園でも良いし幼稚園でも良い。

いつしか、親の居ない時間自分だけで過ごして新しい世界謳歌していく。

妻にもそんな時期が来たのだ、と。

とはいえ理解必要だし...。と、物は試しに就労継続支援を利用することにした。

これが効果覿面だった。

最初数ヶ月、妻は自分から「行きたい」と行った割に拒んだ。

不安パニックも再発した。それでも理解のある職員さんに支えられながら着実に通える日を増やした。

いつしか、朝の送り迎えは不要になった。妻は自分バスに乗って通うようになった。

そこまで来ると妻にも私にも分離不安なんていうことは過ぎらなかった。

パニックになりそうなとき自分から休憩するようになった。

落ち込む日には落ち込む理由を探せるようになった。天気、昨日の出来事、体調...etc

着実に妻は成功と成長を重ねた。

それが結婚2年目の話。

そして3年目。

今までのこと以外にもなんやかんや色々とあった。

妻の家庭(実家)に、余計なことと思いつつ介入しある程度正常化したり、

時には眠れない妻に付き合い一晩起きたり。

何より妻以上に不安だったのは私だった。

「良くなるのか」

自分のしていることは正しいのか」

そんな葛藤の日々だった。

頼れる人も少なかった。

今では当たり前のように幸せな人並みの夫婦生活がそこにある。

それでも、ここまでの私の苦労は人並み以上だったようだったらしい。

私の身体悲鳴を上げていた。

時には、、、あるいは1年目なんてほぼ毎日、、、お酒で寝てしまっていた。

ストレスから不眠だったし髪も抜けた。

その悲鳴に気がつく余裕ができてしまった。

妻の成長は自分身体悲鳴をより強調した。

「なんでこんなことになってしまったんだ」

「なんでもっと早く自分悲鳴に気がつけなかったんだ」

自分のことを後回しにした自分が悪い」

気がつくと、私は妻にたくさんたくさん泣きついていた。

そんな日々で今までの自分と妻を振り返った。

「本当に大変な子育てだったね。ごめんなさい。お疲れ様でした。

今日から夫婦になろう。一緒に頑張ろう」と、妻が言う。

今この瞬間、僕は娘と別れた。

そして改めて妻と2人で歩もうと決めた。

ひとまず一緒に自分の体をしっかり癒やそう。

かなり早い第二の人生スタートはそんな感じ。


いっぱい端折りました。推敲もしていなくてごめんなさい。

ひとまず今日書きたかたことをしたためておきました。

2021-01-23

……日給7500円でどうやって貯金すればいいのか

……日の出てる間の出先で700円は使うとして

……簡単なのは日給8200円になることなんだよな

……頼むぞボス試用期間3ヶ月は一応クリアしてるんだから

2021-01-20

anond:20210120220031

大寒過ぎると、

気温上昇と日の出日の入り時間春分の日まで加速する。

冬が一気に終わる。

2021-01-19

anond:20210119203732

会社で、マスクしてない人の方が圧倒的に多いってこと?

リモートワークとかしてて人数調整ができてるなら、まぁリスクは小さいのかもしれないけどね…

そこそこの規模の会社なら、コロナ対応に関する通達とか出てるものだと思ってた。私の勤めている会社は、今回は、原則リモートで週1~2日の出勤当番、マスクは執務室では必須、昼食出来るだけ一人で、夜の飲み会原則禁止(秋までは4人まで1.5時間までならOK)などと通達されてる。出勤日でマスクしてない人は見かけないよ。色んな会社があるんだねぇ。

anond:20210118154914

半分あってるけど半分外れてる。

それは7月ごろの話で、朝4時には日の出となり、夜10時半過ぎに日が沈む。

要するに太陽出っ放し。

スウェーデン仕事してたが、夜12時頃に暗くなった記憶がある。

そして3時過ぎには明るくなり始める。

逆に、1月は9時過ぎに日の出が起こる。そして午後3時半ごろには日没する。

要するにほとんど太陽は見られない。

こっちは経験がないが、現地のやつらはこのせいでうつ病が多いって言ってた。

2021-01-16

恐らく日本で俺しか知らん歌

ある歌の歌詞ホントバカっぽくてメチャ好き

(拙訳)

僕の君への愛は超デカ

 超デカすぎて銀河みたいに見える

僕の君への愛は超デカ

 超デカすぎて銀河2個みたいに見える

僕の君への愛は超デカ

 超デカすぎて日の出みたいに見える

 超デカすぎて日の出2個みたいに見える

 超デカすぎて太陽2個みたいに見える

僕の君への愛は超デカ

 デカすぎて銀河みたいに見える

 デカすぎて銀河2個みたいに見える

 デカすぎて2個に見えるんだよ

 ルークが空を見てたときみたいに

僕の君への愛は超デカ

 デカすぎて銀河みたいに見える

 デカすぎて2個に見えるんだよ

ーーー

これぜってえ誰にも伝わらないけど、俺はこの歌詞読んでると泣きそうになるんですよね

まず一番デカものとして銀河に例えるっていうのがいい グッとくる

そんで、それ以上デカものがないから2個って言う これもいい 愛おしい

そのあと日の出スケールダウンするのもいい

でもこれ、俺的にはたぶん2人で日の出を見たことがあるって話なんだと思う

なんか知らんけど、朝の海とかに行って日の出を見たことがあるに違いない 海って言ってもショボいやつ 浜というより波止場みたいなやつ

そんで日の出を見た デカかった 2人の間にいい思い出としてあるんだ日の出

それを引き合いに出している 引き合いに出したあと2個に増やしている

おそらくスターウォーズへの言及と思われるルークが…ってフレーズもいい 俺は見たことないから知らんけど、多分太陽が2個ある空を見上げるシーンがあるんだろう

これもこう、愛を語るときスターウォーズの話なんかしちゃう性格を描きつつ、たぶん2人でスターウォーズを見たことがあるって含意も見せてくる

ホンマにええねん

日の出をみちゃったりする感じでありながら、スターウォーズとかも普通に観ている いい

マジでいいんすよね

こんないい歌を独り占めできているのが本当にうれしい 

2021-01-12

ぼっち自粛しなくてもよくない?

こちらを読んでhttps://anond.hatelabo.jp/20210111000145

この1年近くモヤモヤした気持ちがようやく落ち着きました。自分だけじゃなかった安心感と罪悪感がもうストンと定まって憑き物が落ちた心地です。

そう、そうなんですよね。医療に協力しても何も返ってこないし、外食すらままならないのはおかしいのでとりあえず気になっていたモス獺祭シェイク買いました。テイクアウトだけど。

3%の公立病院医療崩壊しそうで、民間病院設備人員利益さまざまな理由なら97%が協力できないのと同様に、なぜかインフラ企業はいつも通りの通常営業を求められているのが不思議だった。

なぜ15時まで開けていなくてはいけないのか、別にお金ATM でおろせばいいし、口座開設や他のネットでできる。融資は郵送でもいいが、実際に見たり対面でしかからないこともあるし、急ぎたいからこの人たちを優先してあげたいのに。キャッシュカードを持たずネットを使えないじじばばのために、同僚は出勤している。

なぜ飲食店観光業けが悪者になるのか。黙って食べればいい、話す時はマスクすればいい、換気された部屋で距離をとる。全部会社でやっていることだ。

そうすれば通常出勤してもいいのだから

たびたび言われているがコロナ夜行性か。

待合室で知り合い同士おしゃべりし、聞こえにくいと思っているのか窓口に来るとマスクをずらして話す人、喫茶店習い事を楽しむ昼間のことは問題じゃないのか。

20代30代は働いているんだ。感染率も高いだろう。なぜか土日の外出は駄目で平日の出勤は許されているのだから

協力しない飲食店晒すなら、テレワークに協力しない企業も晒せよ。まずは保健所以外の役所がやれよ。何軒飲食店が店を畳んだと思っているんだ。

仕事終わりにラーメンが食べたい。コンビニイオン弁当だけでは飽きる。どうせぼっちは喋らない。大人数の飲食イベント以外は何をやったっていい。

「大切な人の為に自粛」というが、大切な人がいない人は無敵の人になってしまうし、頑張って税金年金納めても老い先短い老人たちは会食してるのに若者はディスられ、働きに外に出ると人出が減ってないとニュースになる。

ぼっちめしぼっちショッピングなら全く自粛必要なくない?

陰キャから別に自粛続いてても楽しめるんだけど、お店が19時20時で閉まる世界になってしまって働いてる身では買い物と食事に苦労しかない。

友達のいないぼっちなんだから、何も自粛する必要無かったんだよ、くそ

そんなことに気づくのに1年かかってしまって悲しい。

新成人の皆さん、一生に一度しかないイベント我慢してて凄いです。自分バイトで行かなかったけど選択肢すら奪われて申し訳ないです。

ぐだぐだ言ってる弱い大人でごめんなさい。

もうレイトショーも駄目なの?なんで?日本大人区別がつけられないから一律に禁止するのかな。馬鹿らしいね、本当。

2021-01-06

本当の日の出を見る増田須丸身を出の日の鵜とン補(回文

おはようございます

今回の年末年始テレビ見なかったなー自慢の人がいたら注意よ!

って私私私!

ほとんど見てなかったわ、というか

あいうのって見たら終わり!

終わりなところあるじゃない。

でも石川さゆりさんが

紅白天城越え津軽海冬景色かのどちらかを歌うのだけは知ってるわ!

これはテレビ見てる見てないのの話しではなかったわね。

あと、

もう普通に毎日23時ぐらいに寝てたわ。

他の時間はずっと本を読んでいたの。

1日中本を読んでたし。

って言うとまた知的さを振り撒く感パないけど、

そう言う言い方もありだわね。

本当は深夜一気に再放送していた番組とか観たかったけど

そこまで体力が持たなくて睡魔に負けてすいませんだわ。

もうHDDの空き容量もないし、

そこも遺憾千万いかんせんなんとかしなくちゃいけないところだし、

今年も今年とて

録画コンテンツを消化していく日々も忘れていたわ。

コツコツと日々観ていかないと。

消化に辛みを感じたら駄目よね。

でも空を見上げれば宇宙ステーションISSがおおよそ90分に1回地球を回ってるってことらしくって、

日の出日の入りが1日に16回もあるから

どれがいつの初日の出かいったいグリニッジ天文台基準か分からないけど、

どれが本当の日の出あんまり宇宙ステーションの人たちは意識していないのかも知れないわね。

そうなると、

将来宇宙ステーションかに住む人の暮らしを描いた小説なぞを書くとしたら、

その宇宙ステーションに暮らす人たちの宇宙での体調や精神状態など細かく描写しなくてはいけないじゃない?

そりゃISS地球をぐるぐる回りすぎだけど、

静止衛星級の高度3万5千メートルかになると、

まさに1日1回の日の出日の入りになるはずなの。

でもでもよ!

その宇宙静止軌道上のスペースコロニー

地球に対して水平か垂直かで

そこに暮らしている人々の心理作用の文献が一切無いのよ。

簡単SFなんて言うけど、

仮にスペースコロニーが細長い円柱型の直径1キロメートルほどの筒だとして

それが地球に対して水平か垂直か、

どんな状態地球の周りをぐるぐる回っているかによって

心理描写だって変わってくるだろうし、

しかしたら、

あいSF作家って

一旦は本に書ききれない分の設定も頭の中で構築しているんじゃないのかしら?

って壮絶な想像力よね。

また細かく考えると、

スペースコロニーで食べるご飯とかって

完全そこでタンパク質が循環している環境から

あんまり野菜かいわゆる家畜とかの食料なんか作れないのかも知れないし、

そうなると、

結構昆虫食ってのが

スペースコロニーでは現実味あるのよ。

味はどうか分からないけど、

きっとスペースコロニー中の人

まれ最初からそういう昆虫食しかなかったか

食べ慣れてるけど、

地球から来たお客さんなんかは

スペースコロニー食事に度肝を抜かれるシーンも考えなくちゃいけないし、

逆もしか

スペースコロニーの人が地球に行って

色々な食べ物を食べるけど、

日頃食べ慣れてないか

身体が受け付けないかも知れないし、

そう言った文献が本当にないナリよ。

もういきなりコロ助にもなりたい気分ナリよ。

そう言った環境が及ぼす心理の影響は

本当にいったいどうなるのかしら?って

スペースコロニーの人々の生活を考えると

そんなテレビなんか観ている暇はないし、

考えているといつまででも時間があっても足りないぐらいよね。

まだ冒頭だって書けやしないじゃない。

そうなると少しツッコミどころがあっても

ある程度はご都合主義的なのかしらね

本格SFなんて読んだことないハヤカワだけど、

きっと面白い本もあるんだなぁーって

書店SFコーナーを見てそう思って絶句したわ。

意外ともうなんでもあり考えてもん勝ちなのかも知れないわねガチで。

うふふ。


今日朝ご飯

チキンサンドイッチよ。

卵も挟んであるからダブルで美味しいからこれも好きなんだな。

デトックスウォーター

レモン炭酸ウォーラーしました。

果物レモン切らしちゃってるので、

また買ってきて三日月型にカッツして

レモンストック作っておきましょう。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-01-04

年の明けから物語増田重いもおだ須麻紀孝のもら書け阿野氏と(回文

おはようございます

今年の目標

ドラゴンクエストVを年内にクリアさせることです。

あとお正月三が日はあっと言う間に終わってしまったので、

3営業日ハッピーニューイヤーパーティー眼鏡をかけることにしています

これは実行中よ!

でね、

年末年始のお休みクリアできそうかと思ったけど、

なかなかそうはいかないようね。

結構これ長丁場になりそうよ。

やっとこさ1つゲームクリアして次ドラゴンクエストVをと思ったんだけど、

なかなか歯ごたえやり応えがありそうね。

ベビーパンサーモモちゃんと離ればなれになってしまったし、

この伏線って回収されるのかしら?

モモちゃんとの再会はあるのかしら?

イカに襲われてるとき

はぐれてもう二度と会えなくなったと思ってたリディアがファイガで助けてくれたように

いざベビーパンサーモモちゃんも助けてくれるのかしら?

別れが切なかったモモちゃん可愛そうだったわ。

あと!そう!

ドラゴンクエストVってビアンカフローラかってずっと言ってるゲームだとばかり思っていたけど、

ストーリー途中というか序盤も序盤、

10年間奴隷として働かせられていたって事実

サクッとポップにストーリーに盛り込んで言っちゃってるけど、

この10年間の奴隷生活って壮絶なものじゃない?

想像に絶し値するわ。

サクッと言ってる割りにはストーリーが重いのよ。

これ子どもだとどう捉えるのかしら?

私は勇者王子と一緒に10年間も奴隷として働いていたと言うことを知ったのに驚きよ。

ドラクエだ!ドラクエだ!わーい!

って暢気なこと言ってられないわ。

5時間ぐらい遊んだ序盤でこの重さ、

これからどう重くなるのか気持ちしんどいわ。

堀井雄二さんもぺぺぺぺぺってポップにそう言うストーリー作っちゃってるけど、

10奴隷として働いていたて壮絶よ!

はらたいらさんがはらたたいて働いていたのとは訳が違うのよ訳が。

そんな涙がちょちょびれるような、

お涙頂戴のストーリーばかりとは限らないだろうから

必死モンスターを倒してレヴェルアップして進めているところよ。

もうこの年末年始のお休み冒険しきるのは諦めたから、

1日30分ずつでも進めていって今年中にクリアできたらいいかしら?って目標にするわ。

元旦の計は日の出みりんにありって。

言うしね。

今日今日

私の事務所ブラインド閉めているのに、

隣の部署の人たちが挨拶に来るもんだからどんなもんだ!って必殺の挨拶返しをしていたんだけど、

たこんな時間になってしまって、

あーあまた今年もこんな感じの毎日時間午後ティーになってしまうのかしら?って今から不安よ。

私の目標はとりあえず、

年内にドラゴンクエストVクリアすることって

元旦の計にガンガン元日目標をここぞとばかりに計画したので、

ぜひこの目標は達成したいものね。

そう攻略法を見ずに頑張るから

うふふ。


今日朝ご飯

ハムタマサンドよ。

新年うそうまあそうも言ってられない感じだけど、

今日も朝からお腹が空くのよ。

デトックスウォーター

ホッツ緑茶ウォーラーしました。

からあたたたたかものおのののかのノリで飲みます

ちょっとだけ今朝は時間があったか

急須ホッツよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-01-01

水平線から初日の出で思い出す記憶

初日の出画像を見ると、学生時代の友人が「二十歳の誕生日特別な日にしたい」って

自分の二十歳の誕生日日の出を見るために日本海側の海岸で暗い日の出からタンバってたって話してくれたことを思い出してほんのり愉快な気持ちになる

 

日の出が思ってた真逆から出てきてしまったが気を取り直して日没前にもスタンバって綺麗な夕焼けがみれたのでオッケーとのことだった

ずいぶん会ってないが元気でやってるといいな

2020-12-30

さすがに来年は今年よりいい年になるよな

ってCMで言っていた

そうだといいいいなぁ

女1人で入る勇気がなくて、いつか行こう、いつか行こうと考えていたラーメン屋の前を通りかかったらその店は3日前に閉店していた。

年が明けたら訪れる予定だったカフェは店主の体調が芳しくないらしく無期限で店を閉めていた。

こんなことはもう珍しい話ではなくて

今年私はこんな出来事を何度も経験している。

なぜ「いつまでもある」と思っていたのだろう

その度自分の愚かさを嘆くのだ。

人間だって同じだ、人はいつまでもいない。

そんな至極当然なことを私は今年一年で嫌と言うほど知った。

ガランとした店の前で足を止める

かつて沢山の人間が出入りしていた扉は閉じられていて、代わりに閉店の知らせが掲示されていた。多くの客がいつも列を作っていた店先の様子が思い出される。

そこには年内で店を閉める旨とこれまでの感謝が丁寧な文字で綴られていた。この感謝の中に自分がいないことが悔やまれた。

この一枚の紙を貼るに至るまでの経緯を考えずにはいられない。どうも悪く考える癖がついてしまっている。そんなもの杞憂だといい。


来年は今年よりいい年になる」


その言葉が私の心に虚しく響いた

年が明けても何かが変わるわけではない、私は年が明けても変わらない毎日を過ごすのだろう。

別に絶望をしている訳ではなくて、現状何の役にも立てない私はそうすることが最善だと考えているからだ。

 

しろ過度な期待は時に同じだけの絶望に変わってしまう。だから自分を守るために私は粛々と年末を過ごす。今年は帰省もしなかったので、明日は年越しを待たずに眠ろうと思う。せめて日の出くらいは見たい。



来年は今年よりいい年になる」

 

なるといい

いっそ年が明けたら全て元通りになるといい

以前の世界が良いとは決して思わないけれど


来年は今年よりいい年になる」

なるといいなぁ

なりますようにとそれでも祈らずにはいられない

2020/12/30

2020-12-12

セックスしんどい

結婚して5年を過ぎた。

夫婦仲は予想をはるかに超える良さ。

私も夫も子どもがほしい。

子どもができたら…という夢物語をよく話す。

夫婦共にバリキャリなので、金はどんどん貯まってる。一人二人余裕で養える。

溜まる仕事を横目に、半日潰して病院行って、股開いてなんか突っ込まれて、今週タイミングとってくださいと指示をされる。

曜日にやらなきゃいけないんだって〜って報告すると、時間作って病院行ってくれてありがとうって必ずお礼言ってもらえる。

本当に優しい。

二人ともその日は早く帰ってきて、楽しく一日の出来事を報告しあって、どちらかのベッドにいく。

布団をかぶると二人とも眠くなって、でもやらなきゃいけないねって、服を脱ぐんだけど、まあ濡れない。まあ勃たない。

こんなにお互い大好きなのに。

ま、しゃあないね!って手を握りあってすやすおやすみなさい。

セックスすらできないような人間たちは子どもを持つ資格はないってことなのかね。

性欲が有り余ってる方々、私たちに分けてください。

2020-11-23

必要ものを全部増田交換買う故だ須磨奉膳をのもナウ四つ日(回文

おはようございます

今日は午前中テスタロッサ点検に出していたので、

この際だからって全部取り替えちゃったわ。

タイヤバッテリー

タイヤはともかくとして減り具合が分かるから

そろそろ替えちゃおうかなって分かるけど、

バッテリーって交換時期ホルモンをどのぐらいで飲み込んだら良いのか分からないぐらいいつかえたらいいのか分からないわよね。

この際だからって全部気になるところ替えちゃったから良かったけど、

タイヤの交換って車検ぐらいグッとドーンと金額くるから心しておかないと、

心の準備が必要よね。

あーあ散財だわと思いつつ安全のためにもと言い聞かせて思い切ってえいや!と替えちゃったわ。

それでそのまま

勤労感謝の日よろしく

私も今日の勤労に感謝しつつ

事務所の伝票だとか日頃平日の出来ない整理整頓とんとんとやっていく次第なのよね。

今日はもう早々に片付けて帰るから

あとは増田書いて今日お仕事おしまいよ。

今日ぐらいはうんとゆっくり銭湯に浸かりに行きたいものだわ。

最近時間がなくって、

営業終わり時館1時間前で滑り込んで湯船に頭からツッコむスタイルを2週間ぐらいやってたから、

すっかり1時間で整えるスタイルになれてきたし、

それこそ昔は

3時間ぐらいゆうに入り浸って浸かりまくっていたんだけど、

今日という日をもっと大事にしたいし、

そう思うと3時間から1時間に変更となると

2時間浮くのよね。

なので

今日オープンと同時に銭湯の湯船に頭からスライディングもしくはヘッドスライディングをかまして行く意気込みで

後の時間まったりしたいところね。

伝票片付けは一通り終わったから、

今年の確定申告ちゃんは間違えなく秒で終わらせることができるだろうし、

私按分と言う必殺技も覚えちゃったから、

ちゃんと按分してみるって今回は誓ったの。

まあそんなよたよたな与太話はどうでもいいので、

今日という日をさようならと言わないようにしっかり噛みしめて生きようと思ったけど、

聞いてよ!

朝ドラエールが知らない間に、

今週で最終回なのよ!

もう最終回NHKホールでの登場者全員の歌唱のシーンを思い浮かべると

もう今から涙してしまいそうだし、

最後の回のNHKホールでの歌唱シーンでは何故か生き返っている岩城さんも見所よね!

でもあんまり詳しく岩城さんが亡くなっちゃうエピーソドは描かれる時間短かったけど、

あれってなんだかんだで戦火に巻き込まれて亡くなっちゃったってこと?

よく分かんないんだけど、

物語に起伏というかそういうのを作るために登場人物が死んじゃうのは、

というか作家さんが殺しちゃうのはどうなのか問題はあるけど、

私が作家さんだったら安易登場人物は殺せないと思うの。

でも私はそれが甘いのかも知れないわね。

容赦ない感じがそれはそれで残酷だし

でも最終回岩城さんは生き返ってくるみたいだから本当に楽しみよ。

もう何の話をしていたのか分からないぐらい、

楽しみなんだかんね!

うふふ。


今日朝ご飯

ディーラー開店するまでに時間あったので寄ったちょいマッーク!

エッグマックマフィンよ。

ホットケーキなんか食べてる場合じゃないんだから

いそいそと食べて朝食は終了。

デトックスウォーター

レモン炭酸ウォーラー今度はケース買いしなくちゃかしら?

って思うほど最近消費が激しいレモン炭酸ウォーラーです。

これで済ませがち多いわね最近


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-11-03

心象風景

今日の帰り道、長い塀とその中にある高い木々に囲まれ屋敷を見かけました。随分昔からあるような雰囲気でした。大きな門のところにはぴかぴかの監視カメラがあって、そこだけちぐはぐな感じがしました。

私は散歩が好きで、気がつくと三時間くらい歩いていたりします。この街はくまなく歩き回ったと思っていたのですが、まだ知らない場所があったみたいです。こういうことがあると、物語の中に入ったようで少し楽しい気分になります。ここはそんなに大きな街ではないので、もう何ヶ月かしたらきっと、本当に行ったことがない場所などなくなってしまうでしょう。そう思うと少し残念でした。その時が訪れたら、人に迷惑にならない程度に少しばかり酒に酔って散歩するのも良いなと思いました。そうして、意識がはっきりしていない状態で歩き回ると、「猫町」に出てくるような遊びができるかもしれないと考えました。

小説といえば、昔に村上春樹小説を夢中になって読んでいたことがありました。近頃はあまり読まなくなってしまったのだけど、日常から日常へとシームレスに暗転していく感じが好きで、今でも地下鉄に乗っている時や、古いホテルの長い廊下を歩いている時などに小説の情景を思い出します。

どうして村上春樹のことが頭に浮かんだかというと、今横を歩いているこの立派な屋敷は「1Q84」に出てくる篤志家の老婦人が住む家の描写に似ていたからだと思います塀の中にはほうれん草が好きなドーベルマンや、隙なく鍛え上げられた肉体を持つガードマンタマル氏がいそうでした。思わず空を見上げましたが、月は一つしかありませんでした。

小説の内容は断片的にしか思い出せませんでした。ただ、タマル氏が語った木彫りのネズミを作る少年の話ははっきりと記憶しています。その少年タマル氏が育った児童養護施設にいて、ネズミを彫ることの他に何もしませんでした。少年ネズミを彫る情景は、何故かわからないが心に残っていて、それは自分にとって大切なもののように思える、というようなことをタマル氏は言っていました。それが彼の心象風景なのだと。

1Q84を初めて読んだときのことはよく覚えていますお金がなかったので本は買えず、図書館はずっと予約待ちでいつ読めるかわからず、でもどうしても読みたかったので、きっと責められるのでしょうが、隣町の図書館に行った帰りに本屋立ち読みをして少しずつ読み進めたものでした。

その当時の私は、失意のどん底にいました。大学受験に2回も失敗したのです。高校卒業して就職し、少し経って色々なことが見えてきて、大学に行きたくなって、仕事をしながら受験勉強しました。そして失敗しました。頑張って溜めたお金もどんどんなくなって、やっぱり自分馬鹿なんだ、甘かった、叶わない夢を見ていたのだと思い知らされて、本当に惨めでした。それでも諦められなくて、図書館自習室に通って勉強を続けていました。

そんな折にウッカリ病気になり、入院して手術を受けなくてはならなくなりました。高額医療なんとかという制度でかなりの額が戻ってきたのですが、それでもやはりお金は減るし、大部屋だったので周りの病人なんやかんや干渉されるし、古い病院なので暑くて臭いし、とにかく最悪でした。

私の心象風景は、そんな時期に起こったある一日の出来事です。

その日も最悪な気分でした。手術で受けた傷が痛みました。術後から数日間しか経っておらず、しばらくは風呂に入れないでいたので、自分臭いのがわかって辛かったものです。

気分転換でもと思って院内散歩しているうちに、見知らぬ病棟に入り込んでしまったようでした。エレベーターで一番上まで上がると、屋上に続くドアを見つけました。

屋上には誰もいませんでした。洗濯されたシーツがはためく耳障りな音と、やかましい蝉の声だけが聴こえました。季節は夏で、真っ青な空と真っ白な雲のコントラストが憎たらしいと思いました。しかしながら病院屋上というのはなかなか絵になるもので、まるで自分小説の中に入り込んだような心持ちがして少し気が晴れました。ですが、そんな雰囲気で柵に凭れたら、熱された金属が肌を焼いて飛び上がり、格好が付きませんでした。ため息をついてふと見下ろすと、ある病棟の窓から内部が見えて、目をこらすと病室から廊下に棺が運び出されているのが目に飛び込んできました。

私はますます憂鬱になりました。それで、とぼとぼと病室に戻ると、点滴を引きずりながら歩いたせいで血が逆流してしまったらしく、看護師さんに怒られました。

落ち込みながら、歩き回って汗をかいたので着替えて、脱いだTシャツを流しで洗濯していると、明らかに大掛かりな手術をしたと思われる包帯ぐるぐる巻きの人がやって来ました。その人は壺のようなものを重たそうに持ってよろよろと歩いていて、とても怪しい人物のように見えました。それを流し台に置いて居なくなったかと思うと、しばらくして綺麗な花束を持って戻ってきました。壺ではなく花瓶だったのかと私は思いました。

その人にとって、かがみこんで花を花瓶に入れることも、蛇口をひねることも、そしてその後に運ぶことも難しい状態に思えました。普段は、困っている人に親切な行為をするのに随分勇気が要るのですが、その時は反射的に声をかけることができました。

病室のテーブルに花瓶を置くと、その人は小さな板(何回でも書いて消すことができる子供用のお絵かきボードがありますが、それに似ているものです)のようなものを取り出し「ありがとう、とても助かりました」と書きました。そして、手術をしてもう喋ることができないのだと続けました。私はその時初めて、その人が今まで一言も発していなかったことに気が付きました。

私は何故かその瞬間、自分を恥じました。しかし、そう思ったこ自体もその人に失礼で、恥ずかしく思いました。

視線を落とすと美しい紫色の花が目に飛び込んできて、見たことがない花でした。とても綺麗な花ですねと私は言いました。

その人は花の名前を教えてくれました。名前は聞いたことがありましたが、こういう見た目の花ということは知りませんでした。

そう言うと、好きな花なんです。母が持ってきてくれた。と答えました。

それからもう10年が経ちました。あの夏を過ごした翌年に、私は何とか滑り止めの大学合格しました。その後、機会にめぐまれて、大学院にまで進学することもできました。いわゆるロンダリングです。恥を忍んで正直に言うと、大学に入るまで大学院を存在することを知らなかったので、それを初めて知った時はなんだか謎めいた機関のように思えました。周りに院を出ている人などいなかったし、そもそも大学を出ている人も多くはありませんでした。今では、本の奥付に書かれた著者のプロフィールにX大学大学院X課程修了などと書いているのが目に入るようになりました。昔から色々な本をたくさん読んでいたはずなのに、きっと見えていなかったのでしょう。

20代前半で初めて東京に出てきて、育った環境の違いに打ちのめされたものでした。中高一貫学校出身の人々に囲まれて、私が初めからこういう場所で育ったならどうなっていたかなと考えましたし、今でも考えます奨学金の残りの返済額に憂鬱になることもしょっちゅうで、そういう心配がない人はいいなと思います。進学してから変な経歴を笑われたこともありましたし、ロンダだと陰口を言われたこともあって、そうした時は悲しくなりました。

でも、いつからか、自分自分人生をある程度コントロールできているのだという充足感があって、これは昔にはなかったものでした。ただ、これは、大学受験を乗り越えて「分断」を渡った(かもしれない)ことだけが原因ではないように思えます

何かがあって落ち込んだり、何かなくてもふと悲しくなったとき、あるいはただ呆けているだけのときに、あの夏の病院出会った包帯の人との出来事が、鮮やかな紫色の美しい花のイメージとともに浮かび上がることがあります普段は忘れていて、そのとき見たもの匂いや状況などがトリガーになって出てくるのでしょう。この情景はとても印象的ではあるのですが、別に感動的ではないし、大きく感情を動かされることもなく、さして貴重な体験だったという訳でもないように思えます

ただ、思い出したとき何となく心が凪いで、これは私だけが持っているものだと言う気持ちになります。多分ですが、自分にとって大事ものであるような気がするのです。そう思うと、タマル氏が言っていたことが理解できるような気がしました。

「俺が言いたいことのひとつは、今でもよくそつのことを思い出すってことだよ」とタマルは言った。「もう一度会いたいとかそういうんじゃない。べつに会いたくなんかないさ。今さら会っても話すことなんてないしな。ただね、そいつが脇目わきめもふらずネズミを木の塊の中から『取り出している』光景は、俺の頭の中にまだとても鮮やかに残っていて、それは俺にとっての大事風景ひとつになっている。それは俺に何かを教えてくれる。あるいは何かを教えようとしてくれる。人が生きていくためにはそういうもの必要なんだ。言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。俺はそう考える」

2020-10-27

数年振りに会う既セクが選んだ店

既セクと数年振りに会うことになったが、店が好みではないという理由だけで断ってしまった。

無関係の男友達に、既セクと食事に行くとしたらどんな店を選ぶか意見を訊いたら「その時に食べたいものを食べに行くよ」とスカされて何の参考にもならずに消化不良のまま胃に残ってるので順を追って自分で噛み砕く。

  

まず自分20代前半の女、3つ上の既セクとは大学時代に知り合って、二度ほど関係を持ったがその後の数年間は会っていなかった。

数年の間に誘いの連絡が何度か来ていたが、既セクに対してはもう何の感情もなかったので、来た連絡には無難な返信をするだけに留まり、会うことはなかった。

  

しかし数ヵ月前、既セクとの共通の友人と2人で食事に行ったときに、既セクが自分との関係を周囲に相談していることを耳にした。

「二度ほど関係を持った後から会えないので会いたい」という内容だった。

コミュニティ内で関係を持ったことが周知の事実になった場合、得てして女側は居辛くなるというリスクがあったが、もちろん承知の上だった。そして現実になった。

でも、さも自分が冷酷かのような切り口で知れ渡るくらいなら「あの女とヤった自慢」で話されたほうが断然マシだった。

  

ということを既セクに伝えると、

「本当にごめん、そんなつもりで皆に話した訳ではなかった、改めて今度ご飯に行こう」と言った。

例のごとく軽く流していたが、そのことを指摘して以降、連絡の間隔は短くなり、夜中に着信が付いたり、スケジュール調整の催促が途絶えなくなった。

挙句の果てに、共通の友人を巻き込んで「関係修復の会」なるものを開こうともしていたらしい。

  

そして今日、今まで着信や短文だけであった連絡タイプとは打って変わって「明後日目黒ご飯行かない?」と初めて具体的な連絡が来た。

寿司が食べれると思った。自分寿司が好きだ。以前から既セクには「寿司ならね」と冗談っぽく言いながらも軽い伏線を張っていたつもりだった。

  

二度ほど関係も持ち、こちらの都合だがコミュニティにも居辛くさせられたのだからそれなりの寿司が食べれると思った。

普段自分が行かないような店に連れて行ってくれるなら寿司でなくてもいいとさえ思っていた。

しかし「寿司じゃなくていいよね?」という言葉とともに提示してきた店は、GoToイート対象で全プランが35%割引になっている高コスパステーキバルだった。

決して悪い店ではないし、店が悪い訳ではない。明日女子会で使いたい。

でも、最後に会った日の出来事やこの数年に起こった出来事を思い起こせ、数年ぶりに会う「既セク」に提示する店はここで合っているのか。

  

「そんなこと言われても、女心なんてわからないよ」と間違いなく言うだろうな。「その時に食べたいものを食べに行くよ」という声はさっき聞こえた。

自分なら、食事帰りの三度目を目論み、せめて店の選定がミス逃げられないよう、予めそこそこの店で手を打つ。

しかしまるで、食事帰りの三度目なんて一切目論んでないかのような店だ。いや本当に目論まれてなかったのかもしれない。

経験人数は多い方ではない自分関係を持った相手なので、センスに期待はしていたがこの様だった。

風俗代浮かすつもりならもっとあるよね?」と品のない連絡をしてしまいそうだからここで成仏させて欲しい。

  

なんか、いっそのこと当日とかに鳥貴族に呼ばれて、ただの夕食かと思って油断してたのに気づいたら連れ込まれていた、くらいが男女って感じでいいよね。

まあでも、そんなスキルのある男はこんな喪女には手を出さないとさえ思えてきたわ。

  

  

  

何が言いたいかというと、既セクの女は寿司に連れて行けば大体もうワンチャンスくらいはあるし、寿司が食べたいと言ってきた女は本命にはならない。

2020-10-05

anond:20201005083500

この時期、東京の日の入りは夕方6時前くらいなんだって

朝も日の出は6時くらいでどちらにしてもまだほの暗いっぽい

2020-09-26

[] #88-9「マスダの法則

≪ 前

というか、そもそも俺が質問したのはシマウマ先生教育スタイルについてではない。

生徒が自分意図理解していないと嘆く割に、あっちも生徒を理解できていないじゃないか

先生代数学の意義についても結構ですが、それで丸印をつけてくれるテストを俺はやっていません」

俺は彼のコンテクストを真似つつ、改めて本題に対する答えを要求した。

計算式だけ書いてテストで100点取れるならば、解答用紙なんて資源無駄でしょう。先生環境主義者だと思ったことはありませんが、少なくとも浪費家ではない。そう思いたいです」

この意趣返しは予想以上に効いたようで、シマウマ先生は得意の言い回しを介さず答えた。

「あの時のマスダには覇気があった。明らかに答えられる自信に満ちて、教師を出し抜こうという強かさも垣間見えた。私の授業はやる気がない生徒に釘を刺し、学ぼうとする姿勢考える力を研ぎ澄まさせる。その必要がない生徒に、わざわざ労力を課さない」

彼の挙げた理由は実際のところ誤解で、俺にはそんな気概意図もなかったのだが、重要なのは“彼にはそう見えた”という点だ。

行動の模倣意識が向きすぎて、俺はあの時あったような無気力さ、倦怠感まで再現できていなかった。

それが周りにも何となく伝わっていたんだ。

「あと……」

続けて、シマウマ先生は言いにくそうに答えた。

「マスダは昨日も当てたから、今日も当てるのはな……」

彼の反応からして、むしろ本音こちらにあったのだと思う。

とどのつまり、後付けでそれっぽいことを言ってはきたが、実際は大した理由がないってことらしい。

尋ねた際の過敏な反応にも納得がいく。

回りくどさを好む彼からすれば、大した理由もない選択に答えを求められるのは煩わしかったのだろう。

しかし、そんな単純な理由にこそ、根源的な手がかりは隠されている。

「昨日、昨日か……なるほど!」

この検証で見落としていた要素も、気づいてみれば単純だ。

俺は昨日の出来事を再現することにばかり固執していたが、一昨日のことを、ひいては過去出来事過小評価していた。

事象をより広い視野で見る、当たり前といえば当たり前の話だ。

こうなってくると、より徹底して遡る必要がでてくる。

俺は少し高揚した。

考えなければいけないことは増えたが、分からないままじゃなかったからだ。

次 ≫

2020-09-25

GoTo地域発見旅行プラン最高だった

GoToキャンペーン地元バス屋が「地域発見プラン」なるものをやっており

で、参加してみたら最高だった。

初日朝は7時に集合すると、バスに乗って移動5分もしない内にまず地元梨園に連れて行かれる。

ここ俺の通勤経路の途中なんだけど……とか思っても、実際に入ったのは初めてだった。

観光なし園の広々とした芝生の上で地元料理店が作った弁当と梨で朝食。

弁当炊き込みご飯天ぷらとかシンプルだったけどうまい。好きなとこで座ってくって良いということで、控えめに言ってこれだけでもう最高。

そして梨狩り。その場で喰うなら食い放題、持ち帰りは5個まで料金内という贅沢。綺麗に観光用に整備された果樹園で好きに散策できると言うだけで最高。

地元民みんな直売価格知ってるから追加価格ちょっと高めだとわかっていてもテンション上がってその場で買って親戚に発送する奴多発(俺とか)

その後、地元史跡公園になっている場所に案内。たぶんそれより前に行ったのは小学生遠足とかそれぐらいぶり。

顔見知りのオッちゃんが案内役で出てきて、お、おう、ってなったけどおっちゃん観光ガイドボランティアだったらしく、楽しく歴史勉強しつつ、リフレッシュしてしまう。

昼飯は併設のバーベキューサイトに移動して、コンロを1グループ1つ占有という贅沢な条件でバーベキュー

飲み物アルコールはこの後の工程上でなかったけど、生搾りジュースとか出てきてもう最高。別料金で酒より高いのに追加してパカパカ飲む奴多発(俺とか)

午後はこの日のメインイベントであるボートによる川下り体験 or 美術館博物館巡り 俺は美術館は行けるので川下りにした。

下りソーシャルディスタンス対応で定員が半分で運行。ほどよく水量もあって、バスから川辺に降りたらもうそれだけで最高。

簡単な訓練をやって、装備をかためて、結構距離を川下りで下って、ざっぱーん、きゃー、つめたーい☆とか野太い声を上げる奴多発(俺とか)

ドローン撮影された写真に死にかけた野武士みたいなツラで写っても最高だったので、1000円出して追加で写真買ってしまう奴多発(俺とか)

美術館博物館巡りのほうも後で聞いたら、学芸員の方の案内はもちろん、なんと芸術家の方のLIVEパフォーマンスなどもあったそうで、なんで選択式なのか?後で恨む。

宿は地元でもちょっといい旅館。部屋で夕食。

田舎から知れてると思ったら、もうね、季節の野菜を使った料理に、川魚フルーツ、最高以外有り得ない。

温泉もあるし。別料金なのに高い酒を追加で頼む奴おそらく多数(俺とか)

そして翌朝、希望者向けに日の出ツアー眠い目をこすって参加した。地元ちょっと高い山に連れて行かれて、ご来光を拝む。

なんかすげえ神秘的で、無駄に涙が(たぶんあくび)知らなかったが、この場所でのご来光は、昔から修行僧などが大切にしてきた者らしい。へー。

その後旅館に戻って朝食。

ビッフェスタイルだったけど、食べ物は全部小鉢にとられていて、旅館の人が手渡ししてくれる方式

正統派旅館の朝食で、卵かけご飯用の醤油が4種類くらい出てきて最高。

二日目朝は日曜日地元農家がやってる朝市へ。

噂は聞いたことあったけど実際に来たのは初めてで、このコロナ下でも活気があって驚く。

無駄野菜とか買っちゃう奴多発(俺とか)

農家の朝市のはずなのに何故かソフトクリーム屋とか。北海道ソフトかいやここ北海道じゃねえし、って感じだけどテンション上がって喰いながら散策とかしちゃったりして。

その後、朝市をやっている近くの地元で一番大きな神社にお参り。ここは毎年初詣お祭りに来てるけど、それ以外で来たのはたぶん遠足とかそれぐらいぶりというパターン

神主さん?だかが出てきて中まで入れてくれる。

その後、落ち着いて見て回ると大量の痛絵馬発見

何事かと恐れ慄いていると、なんと知っているアニメ聖地だったことが判明。

マジで? もう最高という他ない。

声優さんプライベートで訪れた時のサイン色紙写真の前で自撮りちゃうやつ奴多発……はしてない。たぶん俺だけ。たぶん神様相手より拝んだ。

昼飯は地元農協がやっているレストラン食事

実はここは俺のお気に入りのお店で、エネルギーをためなきゃ行けないときによく来る。

顔見知りの店員さんに、馴染みの味、そして美味しいお酒(別料金)。最高という他にない。

午後は施設に併設している観光農場で、かご一杯取り放題で自由時間

トウモロコシとか美味しそうでもいでしまうが、よく考えるとトマトとかもっと単価の高い物を取った方がよかったのか?

と思いつつ、太陽に輝くトウモロコシの魅力には勝てない奴多発(俺とか)

施設には温泉も併設されていて、誘惑に勝てず温泉に。

本当は子どもらに混ざってアスレチック冒険してやろうかと思っていたがもう歳ですね。

そして夕方は、たぶんツアー全体のメインイベントであるナイトツアーへ。

この季節は花畑営業をやっている山奥のスキー場へ。実はコロナが来る直前の地元観光の呼び物はこの星見ツアーだったりした。

スキー場ロッジで夕食。これはまぁ普通。 そして、外へ!

スターガイドさんがは解説をやっていて混ざりたかったけど、なんかちっちゃい子ばかりみたいだったのでちょっと自重

広い広い園内で、草を押しつぶしてごろんと寝っ転がる。

次第に、自分の手が見えないくらい真っ暗になっていく。

寝っ転がって星を眺める。もうそれだけで、虫も、近くでカップルがいちゃいちゃし始めても気にならないくらい最高。

と言うかこんなに星があったんだね。星の光にあまり浄化されすぎて消えかかった。

誰かが花火を持ち込んで花火大会を始めていたのも、いいBGMだった。

そして、家の近くまで送り届けてくれて、もう最高だった。

その他にも

地元では評判が評判を呼んで、もう現在実施する分は予約一杯になっている模様。

検索してみるといろんな地方地元対象ツアーをやっているようだ。

たぶん今だけだと思うので、お前らもよかったら参加して欲しい。

2020-09-22

[] #88-5「マスダの法則

≪ 前

今朝から俺の身に降りかかっている謎の不調、不幸。

それらに対する漠然とした気がかりは、放課後になっても俺の中で燻り続けている。

原因がハッキリしていないからだ。

なので何が問題かも、何をどうすればいいのかも分からなかった。

逆に言えば、原因さえ判明すれば、解消方法も自ずと見えてくるってわけだ。

そして、その解法は「法則」にある。

から俺は、この出来事に何らかの法則を見つけなければならない。

決して簡単なことではないし、そもそも可能なことかすら怪しいだろう。

それでも、この得も言われぬ“何か”を、得も言える“何か”にするんだ。

俺は決心を鈍らせないよう、そそくさと家路についた。

…………

当たり前のことだけど、法則というものには法則性がある。

特定の要素で構成されていて、それを一定の条件で行ったのなら同じ現象にならないといけない。

から法則を見つけ出すには、その「特定の要素」と「一定の条件」を探し出す必要があるんだ。

翌日、俺は起床すると、すぐさま昨日の出来事をシミュレーションしてみた。

「思い立ったが吉日」ってやつだ。

まあ、俺のやってることは吉日というよりは凶日の再現といえるが、大事なのはそこじゃない。

これは、その吉凶にどれだけの意味を持たせられるかという検証なんだ。

「ごー、ろく、しち、はち……っと、次は弓引きサイドランジだ」

俺は今朝の行動を同じように再現する。

ストレッチ洗顔歯磨き

意外なところに要因があるかもしれないので、関係いであろう行動も出来る限り模倣した。

「母さん、この歯磨き粉もうすぐ無くなりそうだ」

「ええっ? 昨日、変えたばかりなのに」

「うん、キトゥンの餌はもうやったよ」

「今の流れで、なぜその話にシフトするの」

家族に奇異の目で見られつつも、セリフも出来る限り同じにした。

噛み合わないところが出てくるかもしれないが、それで結果に違いがあるならば要素や条件を絞ることに繋がる。

こうして、俺は自宅での行動をほぼほぼ再現した。

残りはあの、十二星座占いだけだ。

俺はゆっくりと立ち上がると、テレビリモコンを手に取る。

昨日と同じく、自分運勢確認するまでもなく画面を消した。

もちろんチャンネル10に、音量を10にはしていない。

さて、これが吉と出るか、凶と出るか。

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