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はてなキーワード: 自身とは

2017-06-29

発達障害

仕事できない 頭の中整理できない 頭のリソースの使い方悪い 効率悪い 無能 最悪

言われたことができない 言われたとおりにできない 指示どおりにできない

習慣的に行う仕事は忘れやすい部分や間違えやすい部分をメモして貼ったり慣れたりすればある程度まではなんとかなる。しかしその場限りで一期一会のような単発の仕事(その瞬間でしか訪れないような仕事)が全くできない。最低限レベルすらできない。まず相手は私に最低限の結果を1秒いや0.1秒でも早く求めている。なのでいちいち指示や進捗状況や優先順位など頭の整理を補助するためのメモを取るなど時間無駄であり論外でありすべて頭のなかで解決しなければならない。1秒でも0.1秒でも早い時間で最低限の結果が求められるので。その程度でメモを取っているようでは相手にとっても「どうしてそんな簡単ことなのにメモを取るの?」と思ってしまうだろうし相手にとってはメモなんて取る暇あったらすぐやってほしいしメモを取るまでもなくできて当たり前のことを頼んでいるはずなのでイライラしてしま可能性が高い。しかし僕自身「そんな簡単なこと」すらできない。時間がありえんかかる上に最低限以下の結果しか出せない。言われたことは頭ですべてを解決しなければならない。僕は頭の中は整理できないし優先順位もつけられないし頭のリソースの使い方もわからない。僕自身何を言ってるかもうわからない。頭がぐちゃぐちゃ。机も汚くなる。何もできなくなる。何をしていいのかわからなくなる。自分ではパニックではないと思ってるけど頭の中はパニックになってる。メモを取るなんてもってのほかな状況(この状況や心境でメモを取れなんて言うやつは本当に頭おかしいと思うしウザい。特に親が何もわかってないかメモ取れしか言わない。)で頭のなかですべて優先順位をつけて整理をして淡々と最低限レベルをこなすことができない。どうすればいいのかわからない。

何事にも興味が持てないという君へ

「何事にも興味が持てなくて困る」

と、言われた。

興味が持てないって言葉便利だよね。

もし、何か始めたとしても「興味が持てなかった」と言って辞めてしまえば「仕方ないね」と言われる可能性が高いからね。

自身への否定もされず、その物事自体否定もせず、誰も悪くないような結論に至ることができるからね。

ただ、この言葉を全ての物事に対して使われると、逃げているのではないかなと思ってしまうのだ。物事への責任転嫁で、自分は悪くないと主張しているように聞こえてしまうのだ。

責任転嫁成功してしまえば、自分には非がないと勘違いしてしまう。そしたら、君はずっと興味が持てないままなのだろう。

一度振り返ってほしい。

本当に興味が持てないのかを。

始めから物事に対して、否定的に捉えていたのではないのか。

「興味が持てない」という言葉を使って逃げているだけではないのか。

君は好きな食べ物芸能人場所とかは持っているんだよね。

まずは、その身近な好きな物から肯定的に捉える見方を身につけて欲しい。

そして、その好きな物を好きな自分を認められるようになって欲しい。

君には自己肯定力が足りないのも一因だと思うのだ。

頑張れ。

2017-06-28

弱虫ペダルの手嶋贔屓について

なんかもー、最近これのことでぐるぐるしてお腹痛くなってきたから吐き出します。長いです。

 弱虫ペダル二年目開始~現在までの、手嶋ゴリ押し展開に対する批判です。

 一行で言うと、「私は手嶋が好き。でも、だからこそ、これ以上作者のえこひいきでゴリ押しするのはやめて」。

 日光IH山岳リザルト争いでの手嶋の扱いに満足、感動した、もっと活躍して!と思っている方には不快な内容かと思われますので、読まれない方が無難です。

 それでも読んでくださる方は続きへどうぞ。

 なんでかなって思ってたんですよね。私手嶋のこと大好きだったはずなのにさ。二年目合宿も、IH山岳リザルトも、せっかく手嶋がメインで活躍してるのに全然面白くないんだもん。

 合宿、対古賀戦の決着時は、「手嶋勝ってよかった!」とは思ったけど、感動したかと訊かれたら、しませんでした。少しも。だって違和感の方が大きいから。

 何か策があって勝つのかと思ったのに。古賀が手嶋を消耗させるためにペダルを回している間、手嶋の作戦古賀の癖を見抜いていてそれを利用するとか)は進んでいて、それが功を奏して最後わずかな差を生んだ―――ってなるかと思ったのに。それが策士の手嶋らしい勝ち方かと思ってたのに。

 結果は、「ひたすら必死でもがいたら勝てました」。根性勝ちです。

 まあ、手嶋は今まで日陰にいたキャラだし、たまには根性で勝つことがあってもいいか……。と、自分を納得させ、その時はスルーしました。インターハイが始まったら今度こそ手嶋らしい活躍が見られるだろうと信じながら。

 そしてIH。山岳リザルト争いを読んでる間も、違和感はずーっと消えませんでした。決定的になったのは決着後の真波の台詞

「手嶋さん。ありがとうございました! 待ってくれて」

 へ?

「手嶋さん、あなたは強かった! 俺のアタックもついて来た」

 はあ?

「フツウ待ちません残り300メートルで。すぐ直るメカトラだ、運が悪かったで片づけられる。ついてなかったそれだけです。誰だって勝利は欲しい、目の前にある! クライマー勲章が! なのに止まった! 誰にもできないことをできる人は、強い人です!」

 はいいいいいい!?

 真波って、こんなこと言うキャラだった!?

 こんな、ベラベラと長い台詞相手をほめちぎる奴だった?

 真剣勝負なのに、脚止めてくれてありがとうなんて言うような奴だったっけ……?

 私、真波に別に思い入れはないけど、単純に疑問に思ったよ。自由奔放で物事に執着しなくて、そんな真波が一目置いてるということが小野田価値の一つだと思ってたんだけど。なんで何の因縁もない、実力拮抗しているわけでもない手嶋をべた褒めよ。不自然だよ。

 そして続く総北メンバーズの反応。もう引用めんどくさいから要約するけど、ご存知のとおり「全員が全力で手嶋を称賛」。

 なんか、おかしくない?

 青八木(ずっと手嶋と組んで来た親友)とか小野田(結果が出なくても努力を認めたいタイプ。杉元敗北時ももう一回チャンスをあげてと申し出ていた)ならまあわかるよ。けど、総出で称賛の嵐はいくらなんでもおかしいだろ。しかもその誉め台詞がどれもこれも、本気で誉めてるとは思えない薄っぺらものばかりです。今泉、「有言実行努力の男だ!」って。有言実行意味わかってる? 「勝つ」って宣言して出て行って実際勝って戻って来るのが有言実行ですよ?

 鏑木は鏑木で、「震えてます! 熱いです!」。ついさっき僅差でリザルトを逃して悔し泣きしてた男が、態度を急変させて二位の手嶋をベッタ誉め。

 みんななんでそんな不自然な誉め方すんの? これじゃあ御堂筋の言う通り、今年の総北は仲良しサイクリング部だよ。

 山岳リザルトが始まってから、いや、合宿の時から何かがおかしいのです。

 コイツこんなこと言うキャラだったっけ? と思うことの連続なのです。

 この疑問と違和感への答えはただ一つ。

「手嶋が、作者のお気に入りから

 これに尽きます

 なぜ手嶋は策もなく天才古賀に勝てたのか?

 なぜ、坂道ライバルであるはずの真波と手嶋が対決しているのか?

 なぜ真波は手嶋を手放しで誉め、勝利叫びまで上げているのか?

 なぜ総北の面々は勝敗そっちのけで手嶋をべた褒めするのか?

 なぜそういう不自然な状況に疑問を持つキャラが一人たりともいないのか?

 すべての問いが、上の一言で片付きます

 作者は手嶋が大好き。持ち上げたい。目立たせたい。おいしい役を与えたい。誉めたい。他のキャラにも称賛させたい。だから自然な展開や台詞が続くのです。

 モブもそう。「5番が一番すごいんじゃね? ガンバレ!」と言うために配置された役者です。山岳序盤で「あいつ凡人だな。ププ」という下げ発言をしているのは、称賛の前フリ。だってこれもおかしいもん。一瞬で通り過ぎて行く選手を見ただけで「凡人の走りだな」って、観客どれだけ玄人なの。

 正直、ここまで書いた内容なんて、匿名掲示板書籍通販レビューで指摘し尽くされたことです。それを知ってる人からすれば「おまえ今さら何言ってんの?」って感じだと思います

 でも今まではさ、信じたくなかったんだよ。1年目合宿編読んで、手嶋というキャラを好きになって、手嶋に陽が当たる時をずっとずっと望んでいたはずなのに、いざ活躍し始めたら全然楽しくないなんて。でも実際、6,7巻はしつこいぐらいに繰り返し読むのに、38,39巻は読み返したいと思わない。

 なんでかなーおかしいなーって思いながら、偶然2ちゃんねるペダルスレを見たら、作者の手嶋ゴリ押しもの凄く批判されてて。手嶋は主将になってから魅力なくなった、作者が手嶋贔屓するせいでストーリーも他のキャラ崩壊している、手嶋は弱虫ペダルの癌だとまで言われていて。

 なのに手嶋好きなはずの私は、手嶋を擁護する気になれなかった。だって書いてあること全部正論なんだもの。ちゃんと根拠説得力もある意見だったんだもの

 そして、ああ、私が最近弱虫ペダルを読んで感じていたモヤモヤはこれだったんだ、って遅ればせながら気づいて。

 私が、「ストーリーも他のキャラもどうでもいい! 手嶋が目立ちさえすれば!」って言えるぐらい手嶋狂なら楽しめたんだろうけど、幸か不幸かそうじゃない。他のキャラにも魅力を感じているし、ストーリー展開にも感動したことが何度もある。

 だから、手嶋が活躍しているせいで弱虫ペダルがつまらなくなってるって、悲しいけど納得してしまったんだよ。

 手嶋ゴリ押し煽りを受けているのは、まず真波(前述のとおり)、次に今泉泉田小野田、そして誰より手嶋自身です。

 今泉については、「こいつ手嶋の信者になってるな」と思うことは今までにもありましたが、今年の山岳序盤で違和感が爆発しました。

今泉「俺はこの一年、あの人が努力を怠ってるのを見たことないす」

 …………え?

 その言い方だと、まるで「手嶋さん以外は努力を怠ってる」みたい。

 今泉は手嶋ほど努力してないの? 違うよね。御堂筋に負けて悔しい思いして、リベンジ誓って努力して去年のインハイ走ったんでしょ?

 今泉だけじゃない。この場にいる人みんな最大限努力してるでしょ? なんで手嶋の努力だけ価値あるもののように言われるの? 才能ある人の努力は凡人の努力に劣るとでも?

 体が小さいから負け続けて、人の倍がんばってやっと勝てるようになった鳴子努力は?

 坂道に負けて泣いて、インハイ優勝を逃した責任を感じて苦しんで、先輩に励まされてようやく立ち直った真波の努力は?

 洗濯係ってバカにされて泣きながら日誌つけて、それでも諦めずにエースの座を掴んだ葦木場努力は?

 それぞれに努力してるキャラをみーんなスルーして、「手嶋さんは努力の男!」だなんて。盲信、という言葉がよく似合います。それを言う役として今泉が選ばれたのは、彼がエリートからでしょうね。去年は手嶋を負かしたエリートが、今は凡人の努力に感服している。それが手嶋の格を上げるんだと作者は思っているのでしょうか。

 私には、特に理由もなく手嶋信者に成り果てた今泉くんが、白々しいおべんちゃらを並べて手嶋にへーこらしている、という風に見えます。手嶋の格も今泉の格も急降下です。

 泉田は、真波を追って飛び出した手嶋をバカにしたよね。「プフッ」とかって小物悪役みたいな笑い方で。

 でもこれって泉田らしくないよ。だって泉田は、去年田所さんのために怒ってくれたじゃない。田所さんをバカにする御堂筋に向かって「誰でもバカしますねあなた。あの人は強かった!」って言ってくれたじゃない。

 私はあの場面で泉田のこと、凄く好きになったのに。泉田自身最初田所さんや鳴子のことを見下していて、でもアクシンデントものともしない心身の強さを認めたから、自分の慢心を反省したはずでしょ。

 その泉田がこんなこと言うなんて。人の努力を笑うなんて。泉田自身も伸び悩んで苦しんでいた時期があるのに、どうして?

 答えは簡単、「手嶋称賛のための前フリ」。後の手嶋スゴイ手嶋最高展開を盛り上げるために、手嶋を不当に下げる悪役をやらされたんだよ泉田は。「凡人の手嶋くんの努力なんて無駄無駄~」と言わせておけば、その後の手嶋祭りが盛り上がるもんね。その代償として泉田の魅力は地に落ちるけど。

 「そんな大げさな~、泉田は元々こういうキャラだよ~」という意見もあるかもしれません。でも、東堂からも「インハイの苦い経験を知る男が主将。これなら負けまい」って評価をもらっているわけですが。東堂さんの目は節穴ということになりますね。手嶋ゴリ押し容認すると、こうして泉田を信頼して主将を任せた旧ハコガクメンバーの格まで落ちる。弊害だらけです。

 小野田については「手嶋に主人公の座を奪われている」。合宿は手嶋のためのものだったし、IHでも小野田の代わりに手嶋が真波と戦うという展開。小野田集団に飲まれた時は「去年もそうだったのに学習しないな坂道。しっかりしろよ~」と思ったものですが、考えてみればこれも手嶋が活躍するための前フリです。「小野田が不在だから俺が行くぜ!」と手嶋が前に出るための布石。そのために小野田は、二年連続で同じ過ちを繰り返すアホと化したのです。追いついてきたと思ったら「手嶋さんを応援しに来ました!(自分は真波とは勝負しない)」。

 小野田と真波って宿命ライバルだと私は思ってたんですけど、認識が間違ってたんでしょうか。小野田は手嶋さんに夢中で真波のことを見てない。真波は小野田との勝負を熱望していたはずなのに、なんの因縁もない手嶋に勝って満足げに叫んでいる。

 この二人の勝負を楽しみにしていた自分バカみたいです。

 誰より株を落としているのは手嶋自身です。

 2ちゃんねるだってアマゾンだって、手嶋ゴリ押し批判する声はあっても、手嶋自身を叩いてる人なんてほとんどいなかった。

「手嶋は2年生の頃はいい奴だったのに、どうしてこうなった

「なんで策士というキャラを生かしてやらないんだ」

「勝ちに貪欲な手嶋が好きだったのに、残念だ」

 そんな、手嶋の本来の魅力を惜しむ声ばかりでした。甚だ同意です。

 ゴリ押しで無理やりな活躍をさせなくても、手嶋にはいいところがたくさんあったじゃない。自分が凡人だってことを知っていて、それでも自転車が好きで勝ちたくて、必死努力して、努力で足りない部分は知恵を絞って補って、チームワークを駆使して勝ちに行く。

 知恵、チームワーク。それが手嶋の魅力だったでしょ。相手の弱点をうまく突いたり、味方が最大限に力を発揮できるように策略を練るのが手嶋らしさだと私は思う。そしてそういう戦い方は、小野田にも真波にも東堂にも巻島にもできないことでしょ。手嶋が一番になれるとしたらそこでしょう。どうして自分の強みを忘れて、俺が俺がって無策に飛び出す奴になり下がっちゃったの。

 「手嶋本人がリザルト争いに絡まないと不満」って考えなのかな、作者は。作者自身が描いていたはずの、「優勝すればチーム全員が讃えられる」というロードレースの魅力も忘れてしまったのかな。青八木が「俺ばっかりゴメン」って謝っても「二人で掴んだ勝利だ!」って喜んでいた手嶋はどこに行ったの。

 そして口を開けば、長い長いポエムと、努力は俺の専売特許みたいな表現の繰り返し。「俺は努力で登るんだ!」、「(真波が勝った要因は)才能ってヤツか……」。

 手嶋が1年目合宿今泉鳴子に向かって「俺だって努力してんだぜぇ~」とイヤミ言ってたのは、作戦だと思ってました。天才だって努力していることは百も承知だけど、勝つために敢えて相手を怒らせようとしていたのかと。でも、今年の手嶋を見てると、「凡人の俺は努力してるけど、天才おまえら努力を怠ってる」と思ってるようにしか見えない。2年生の頃の手嶋の魅力すら崩れていきます

 手嶋はこんな奴じゃなかったのに。

 読者みんなが知ってることだけど、IHメンバーじゃなくても手嶋はチームに貢献してました。シューズペダルを渡して小野田の1000キロ走破を助け、落車した小野田背中を押し、補給マッサージにと地味だけど大切な仕事をしていました。相手メカトラを待ってあげた、優しい優しい手嶋さん~なんて白々しい展開使わなくたって、手嶋はこんなに優しかったのに。手嶋の優しさが、チームの勝利につながっていたのに。

 今はどうですか。手嶋ゴリ押し展開の結果チームはどうなりましたか小野田は手嶋を支えるために疲労、鳴子今泉クライマー不在の中チームを引いて疲労、手嶋本人は考えなしに無茶してリタイア寸前まで疲労。チーム全体が手嶋のせいで疲れてる。

 手嶋はこんな奴じゃなかったのに。魅力に溢れてたはずなのに。作者は忘れてるの? こいつはゴリ押ししか目立てないって思ってるの?

 誰よりも手嶋をバカにしてんのは作者なんじゃないの。

 我ながら気色悪いけど、これ書きながらずっと泣いてる。

 ただひたすらに悲しいよ。がっかりだよ

 関わったキャラの魅力をことごとく下げて回るクラッシャーになってしまった手嶋にも。

 ゴリ押しで前に出すことでしか手嶋を活躍させられない作者にも。

 せっかくの手嶋の出番を素直に喜べない自分にも。

 愚痴にお付き合いくださり、ありがとうございました。

https://anond.hatelabo.jp/20170628213030

なんでそんなに甘いの? 黒田総裁自身出口戦略日銀は大赤字になることが想定されるって表明してるでしょ。大赤字の中でも、日本政府税金を注入すれば日銀は生き残れると考えられている。でもそれが出来るかは分からない。

http://diamond.jp/articles/-/84459?page=3

社会を変えるためには過激な行動も仕方ないと言っている人は

障害者権利擁護とは逆の立場過激な行動を行った植松のやり方も肯定するのかな。

植松があの事件を起こしたから、現場で働く人間労働環境改善しようという機運が高まってきたわけだけど、それも「闘争の結果、権利を勝ち取った」のだから良しとするのかな。

秋葉原加藤の乱では非正規雇用問題視されるようになったが、過激行動容認派はあれも肯定するのかな。

私は、どんな立場であれ、過激な行動を起こして社会を変えようとすることは批難されるべきだと考える。

内心どう思うと構わないが、少なくとも表向きは過激派肯定するのはやめるべきでは?

過激な行動は、逆の立場過激な行動をも誘発しかねない。

障害者に対するヘイトを高める。

社会を変革できるという良い面だけを過大評価し、ヘイト感情を高め第二第三の植松を産むという負の面は見ようとしない。

青い芝運動という成功体験があるので、それを模倣する者が続出しているわけだ。

それを肯定するならば、その逆の立場模倣者が現れることも甘んじて受け入れなければならない。

(追記)

曖昧言葉を使ってしま申し訳ない。

過激な」とは………目的のためなら手段を選ばない、強硬的、強引、ルール無視する、不必要に周囲との摩擦を起こす、暴力的手段、といった意味使用しました。

ブコメへ)

植松も、自身の持つ思想信条のもとに使命感を持ってあの行動を起こしたようです。

今回の件とは同列に語れない、あまりにも痛ましい事件だというのはその通りですが、思想信条のもとに目的のためなら強引な手段を使っても構わないという主張に私は反対したいです。

少なくとも、そういった行為は堂々と肯定されるような立派な行為ではないはずです。

黒人差別の件を持ち出している方へ。

今回の件は、事前連絡をしていれば軋轢も起こさずスムーズに事が運んだはずですが、当事者自身思想信条から事前連絡を行うことなく強行突破しようとしました。

その件についてそれは褒められた行為ではないという主張に対して黒人差別の件を持ち出すのは、何かがおかしくはないですかね。

強引な手段は強い反発を招きます

今回の件は、同じ当事者である障害者からも批難されていますが、そのことについてはどうお感じになられますか?

体制盲目的に従い、活動家の成果に対してはフリーライドする、狡い人間だと?

ほかに平和的な手段があったのではないかと声を挙げることはそんなに批難されるようなことでしょうか。

私はそうは思いません。

障害者権利を拡大するのは結局のところ強引な手段だけである、やったもん勝ちだという過去経験則は、もはや野蛮で時代遅れものだと見做されるべきだと考えます

https://anond.hatelabo.jp/20170628212238

https://anond.hatelabo.jp/20170628195645

国債自身責任を及ばなくさせる方法はいくらでもある(借りた金で返すを繰り返せばいい)けど、インフレ政策を支持したらダイレクト自分資産預金税をかけることになってるわけだが?

それを「資産をたくさん持ってる政治家」が私利私欲のために選択するのか? ゲーム理論的にはありえなくね?

とすれば、政治家さんとやらは<円と同等以上に価値を持ち、相対的に円よりも資産価値が増大する何か>をすでに確保してるってことじゃね。

円のインフラを認めたってなら。

さて、増田はその<円の代わりになる資産>をなんだと捉えてるね?

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話」とねとらぼ対応

https://togetter.com/search?q=%E4%BD%90%E5%80%89%E8%89%B2&t=q (参考)

一部でも話題になった色紙1600枚事件(そんな風に世間で呼ばれてるかどうかは知らない)の当事者である佐倉色氏の描いたエッセイ漫画を読んだ。

というのもたまたまトゥギャッターねとらぼ反論記事に関するまとめを見て本分に何が描かれていたのか興味が出たから。

問題記事だけだと何があったのかさっぱりだし、周囲の反応も漫画の方を読まずにあっちが悪いこっちが悪いと勝手な推論を言ってる人が多くてこりゃあ漫画の方も読まないと何がなんだかわからないぞぅということで即購入。本の内容自体面白そう(笑える方面じゃなくて好奇心を刺激される感じで)だったので。

で、読んだ感想としてはまあ色々ある。編集者さんヤバイなとか。

ただそのあたりは正直一般的感想として出尽くしているので、今回は場外乱闘的な部分であるねとらぼとのあれそれに絞って言う。ねとらぼという会社としてはともかく問題記事作成した個人の方とはあまり関わりあいになりたくないなあという結論

問題記事を「整然とした反論だ」と言っている人を見かけたけど、別に整然とはしてない。主張そのもの理解やすいけど。

おおまかな経緯

漫画家兼業作家)の佐倉氏は、当時の担当であるボーノ氏(仮名)との間にトラブルがあり、精神的にかなり疲弊していた。(このトラブル顛末をまとめたのがタイトルにも入れてるエッセイ漫画

そして編集とのトラブル疲弊していた時期に起きた「本来問題とは直接的に関係があるわけではないけれど、関連して起こったプチ騒動」がねとらぼの件になる。

佐倉氏は度重なるストレスから自身ツイッターブログで「色々あって疲れたので(今回問題にする部分とは関係ないので詳細は省く)商業から暫く距離を置くつもりでいる」という話をした。それを見たねとらぼ側が『「桜色フレンズ」の佐倉先生商業マンガ家引退を表明 月刊少年エース担当者とのいざこざが原因』というタイトル記事にした。

佐倉氏は該当の記事に関して不満があり、直接電話意見することになった結果、最終的に該当記事については削除されるに至った、というのがまあごく完結で客観的事実と言えると思う。

今回エッセイ漫画の中で騒動中の一幕としてこのねとらぼ記事や実際のやり取りに関する話題も触れられており、ねとらぼ側はそれに対して「事実と違う」と反論記事を上げた、という流れ。

佐倉氏の主張について

参考にできるものリンクできるところにないため解説。これは実際の漫画を読んで自分なりに解釈した内容になるので、気になる人は一次資料になる漫画を読んでもらった方が早いとは思う。

そもそもとして佐倉氏がねとらぼ記事に気が付いたのはボーノから電話によってであり、彼と話をしながらサイト記事を読んでいた状況であることが描写されている。ここは割と重要

まず、佐倉自身自分ブログでの発言について当時の心労や混乱、なるべく穏便に事を済ませたいといった様々な思惑から『「批判」と「フォロー」 「辞める」と「辞めない」が入り混じった不思議文章を書綴っていた』としていて、本人自身が分かりにくい点のある文章だったと認めている。

その上で、言いたかったことは『商業撤退。少なくとも当分はこりごり。もし縁があったら商業復帰したいけど当分は休みたい』であるとしている。

だが、ねとらぼ記事ではタイトルインパクトの強さや記事の要約の仕方から、この記事では本意が伝わらないだろう、ブログを読めば分かってもらえるだろうが記事を見た人がわざわざブログまで確認することは少ないだろうと判断

(補足:この時点で佐倉氏には「記者の人は本当に自分ブログを読み込んだのだろうか」「ざっと呼んだだけでセンセーショナル話題からと大雑把な纏め方をされたのではないか」といった不信感があったのでは?と思われる。)

また、ナイーブ話題であるのにブログ記事だけを元にされていて、発言の裏にどんな意図があったのか、ブログ記事事実なのか、といった詳細を確認しなかった、佐倉氏とは直接コンタクトを取ろうとしなかった点について『本人に事実確認もせず記事にする』と認識している。(補足:出だしの時点でねとらぼに対してよい印象を持っていなかったことがわかる)

こうして記事に対して不満を抱えていたところに、ボーノ氏がブログ掲載していた画像を使っていたことについてほのめかし、著作権に明るくない佐倉氏の画像を使ってよいものなのかという疑問に対して『普通にナシですよ』と発言

(補足:著作権的に引用範囲であれば無断で画像を使っても問題ない。問題画像引用範囲だと認められるかどうかはそれこそ権利に詳しくないと難しい、素人では判断ができないのではないかと思う。が、逆にそんなものを「普通にナシ」と軽々しく言ってしまえるあたりボーノ氏も著作権に明るくないと思われる。)

さらに補足:この適当説明のせいで佐倉氏はねとらぼに対して「人の真意を汲み取らずおざなりな要約記事掲載した上に普通にナシである画像転載までしたのか」とマイナスの印象を強めたと思われる)

そんな中で佐倉氏はボーノ氏にお願いされた「画像の取り下げ」(本人としても下げて欲しかったとは思う)を依頼するために直接ねとらぼ電話

(補足:佐倉氏がまず気にしていたのは大げさなタイトル記事だけでは氏の真意を汲み取れないことだったので、目的である画像取り下げとは別に個人の思惑として記事のものについてもどうにかして欲しいという思いはあったと推測できる)

会話の内容については

という流れだったとしている。

なお、折り返しの連絡を待っている間の描写の中には明らかに焦点のおかし自身の絵や、善意の気づかい言葉すら悪意に取ってしまうほど追い詰められていた、と自身が正常ではなかったことの説明も含まれている。

(補足:つまりこの時点で、電話の時も作者が冷静ではなかったことが読者に伺えるつくりになっている)

折り返しの連絡は編集長から最初電話をした人とは別人)であり、「許可は取っていない。今回の記事は削除する。しか記事タイトルは残す」という内容。

それに対して佐倉氏は漫画内で『私の希望無断転載された画像の削除と事実と違うタイトルの変更です』としている。

(補足:最初電話の部分ではタイトル変更を希望したということは描写されていない。タイトルを誇張だと認識していることは描写されている。)

しかこちらの主張は聞いてもらえず「(記事は消すが)画像無断転載ではない」ということを何度も言われ、『半ば怒鳴りつけるような強い口調』だったと描写されている。

画像の利用については佐倉氏の認識としてはお礼漫画(2ページ)全部を丸々掲載されたという状況で、これが無断転載でなければ何なんだろうと疑問に思っている。

また、記事の削除理由として佐倉から要請があったためと説明すると再三確認され、最終的に一方的電話を切られた、という流れだったとしている。

(補足:佐倉氏は名前を出すことを再三確認されることの理由がわからず、もしかして脅されているのではと受け取った)

そして記事は削除されました、という流れでねとらぼに関する描写はだいたいこのくらいだと思う。

ねとらぼの主張について

これは全文参照できるので直接見るのが早い。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

あえて重要と感じた部分を要約すれば

画像は一部使用であり2ページ丸々使ったという事実はない

電話の内容として書かれている部分が事実と違う

といったあたり。

ねとらぼ佐倉氏の共通認識事実とみなしていいだろう部分)について
食い違ってる部分についての勝手想像について

これらを確認した上での個人的な推測を述べる(もしかたらこういうことなのではないかという話でこれが真実だと言うつもりはもちろんない)。

まず、前提として確たる証拠が出ておらずどちらも当時の記憶を頼りに話しているのだろう、という判断しかできない以上、どちらの発言も「主観的事実に基づいたものであり、一定事実性はあるけれど真実を語っているわけではない」と考える。

まず、佐倉氏はねとらぼ電話をした。主目的としてはもちろん依頼された「画像の取り下げ」である

しかし、氏はねとらぼ編集部に対してかなりマイナス印象を持っており、個人的には画像の取り下げよりもこちらの意図が伝わらないと思われる記事の内容の方が問題だった。

そしてまず記事の作者と話をした。話の内容として恐らく

(2)佐倉氏は次のように主張しました。「1:自分に断りなく記事掲載されている」「2:画像無断転載である」「3:文章ブログから無断転載である

ここは間違っていないと思う。漫画での主張(会話の内容としてと言うよりは本人の認識部分)とも一致しているからだ。

そもそも漫画会話内容は実際の会話の要約だと思われる(あんな短い会話で話が済んだわけがないと思うので)だろうから、全体としてまとめたらそういう話にはなるだろう。

ではその主張を元にどのような会話が繰り広げられたのか。

繰り返すが本人も認める通り佐倉氏は著作権に詳しくなく、編集部として直接取材はしていないことも画像の利用に許可を取っていないことも認めている。であれば「裏取りもせずに勝手画像を使ったと認めるんですね。であればこちらに断りなく使用した画像を消去して下さい」と依頼して何の不思議もない。それが主目的だし。

ただ、ここで画像に絞って主張したかはかなり怪しい。繰り返すがボーノ氏の希望である画像の削除とは別に作者自身希望として記事内容のものに不満があったのだから

というか二度目の電話の時にタイトル修正希望だと言っているので、一度目の電話の時に画像の削除と一緒にタイトル修正も主張したと考えた方が妥当

で、無断利用したものを消して欲しい、という希望に対して、もし仮に「いやこれは著作権的にこれこれこういう理由別にさなくてもいいものなんですよー」とか「今回の記事転載ではなくて引用範囲なのでー」という話になったのであれば別だが、ねとらぼ側の主張を見るにそういった説明をしたという記述はない。あくまで「事実から報道したまで」「転載はしていない」という主張である

無断で利用したことを問題視しているのに、「そうですね無断です」と言えば「じゃあどうにかしろよ」と言われるのはある意味当然の流れでしかない。

ここで「無断ではあるが無断であることは問題にはならない」ということを説明できれば話は違ったかもしれない(佐倉氏が冷静ではなかったのでその説明に納得してもらえたかどうかは分からない)が、ねとらぼの主張ではそれを説明したようには見えない。こじれるのも残当である。(文面と漫画だけで判断するなら)

「無断で使ってるんだから消して下さい」(誤った著作権への認識と心労による疲弊による主張)→「事実を書いただけです。転載はしていません」(引用なので法的に問題はない)→「いや、さっき確認取ってないって言いましたよね?なんで消せないんですか?」(法的に問題ないことの詳しい説明がなされないため主張の意味が分からない)→「いやですから転載をしたわけではないので……」(著作権には違反していない)

といったような堂々巡りがあったのではないだろうか。それならお互いに「話が通じない」という認識になるだろう。

あと、電話内容の(4)についてだが、「商業引退ではないのか」と聞いても作者は「いや距離を置くだけって書いてあるやん」としか思わなかったのではないだろうか。佐倉氏の言う真相とはもっとブログに書かれていない情報を引きだそうとする努力はないのか、編集者の行動が事実だったのかの確認はしないのか(漫画で「漫画家一方的な主張を元に記事にするの?」という疑問を持っていた)という意味である可能性があるので、この部分は認識の違いのような気がする。

記事自体の削除云々については、佐倉自身記事の内容そのもの問題視していた(事実とは異なる、誇張された表現だという認識)ので、その認識からくる発言記事の削除を求めるものだと受け取れるものであった可能性は高いと思う。

ねとらぼ対応問題はあったのか

疲弊してパニックを起こしている作者から電凸である。口調も実際は漫画であるような冷静な口調と考えるよりは興奮してそれなりの語気だったと考える方が自然。なので編集部が「この人話が通じないな」とおざなり対応になってしまったとしても仕方ないというか割と当然だし、間違った認識を元に問い合わせている作者に対してわざわざ間違いを訂正する必要もない。

よってねとらぼ対応は「間違ってはいない」し、仮に漫画の内容が正しくてもねとらぼ側に不利益な内容であれば当然反論する権利はある。

ただ、「漫画家編集者確執を取り扱った記事を裏取りせずに記事にした(電話取材は行ったが不在で話せなかったため漫画家ブログという片方の主張しか確認できない状況なのに記事を即公開した)」のに「当人が当時の精神状況は異常だったと再三繰り返しているエッセイ漫画での記述については事実関係が違うが裏取りはしたのかと反論する」のはなんともダブスタ構造だなぁと思った。(そして漫画家発言一次ソースとして掲載しました、編集者側の発言取材できなかったけど事実報道なので問題はないです、とするならそれこそ飛鳥新社の主張と何も違わないのでは?)

のでねとらぼ編集者ダブスタな人たちなんだなぁと個人的に感じた、という話。

元彼がバイだった

アメリカ語学学校で4歳年下のフィリピン人に猛アタックされて付き合った。

学校勉強はてんでダメだったけど、明るくておもしろくて友達思いのいいヤツだった。

それにすごくロマンチックで、私のために即興で歌を作ってくれたりした。

付き合ううちにナルシストなわりに傷つきやすいという面も見えてきたが、年下だということもありそれさえ可愛く思えた。

だけど彼が小さな嘘をついたりデートドタキャンすることが多くて、浮気しているのではないか心配になっていろいろと問い詰めたら逆切れされたり、

仲がだんだんとぎくしゃくしていった。

語学学校夏休みに入ったらついに連絡が来なくなった。

1カ月くらい音信不通だったが、つい先日、彼が何を考えているのか知りたくて、ただのセックスに誘った。

そしたら、あんなに電話テキスト無視してたのに、ホイホイと家に来た。笑

会ってみたら意外に和やかな雰囲気世間話ができた。

でも、二人でベッドの上で寝転んでも、そういう雰囲気にならない。

世間話を続行していたら、唐突に彼が「自分ゲイなんだ」と言った。

彼には私と出会はるかから数か月デートしている男性がいるらしい。

その男性とはシリアス関係なので、セックスをしたことがない。

でも男性レディボーイ)とのセックス経験があるという。

その一方、女性性的な興奮を覚えることも事実のようだ。

彼はイケメン、短髪、ラウンド髭、マッチョキャップ好き、ファッションセンスがいい、フレディー・マーキュリーカート・コバインを崇拝している、見た目は無駄ワイルドだけど喋るとソフトと、ゲイの特徴を満たしまくっているので、確かに「ゲイでは?」と思うことはあった。

でも、自分の知る範囲では無類の女好きだし、私と一緒にいると明らかに発情しているしで、将来的にゲイになる可能性はあっても今現在男が好きだとは思わなかった。

私に連絡しなくなったのは私にいろいろ隠してるのがめんどくさくなったのだろう。

そういえば、最後デートは街で偶然会った彼のフィリピン人の男友達に私を紹介してくれなかったので、私が「本命彼女が他にいる」と早合点してケンカになったのだった。あれは彼があの男友達自身意識していたのかもしれない。

カミングアウトした後の彼はすっきりした顔で「ゲイ親友として扱ってくれ」と言い、その上でセックスしようとしてきたが、私は彼が女に思えて全然発情できなかった。笑

それにしても、バイの人を差別するわけではないけど、女に発情しつつ男に恋をするという心理がどう考えてもわからない。

ゲイの方がまだわかりやすい。

彼の場合は、過剰なコンプレックスとその裏返しとしてのナルシシズムが同性への恋心に昇華されてるようにも感じるが、どうなんだろう。

彼への恋心はもうないけど、しばらく彼のことが頭から離れそうにない。

受け止め、ワンツー

ついに連勝数を29に伸ばして歴代トップとなった、将棋藤井4段の破竹の勢いが止まらない。

藤井の強さの秘訣は、何人ものプロが既に指摘しているように、荒削りな部分を感じさせない完成された立ち回りによるところが一番なんだろうけど、自分がそれ以上に凄いと思うのは、どんな状況であっても平常心で将棋と向き合うことのできる彼のメンタル

もしも自分が同じ立場だったら、5連勝くらいしたところで、加熱する報道あいまって、「もう次こそは駄目かもしれない」「なんとか周囲の期待にこたえなければ」といったプレッシャーに負けて、実力が全く出せなくなるのが容易に想像できる。

藤井の、どんな状況であっても心の中をのどかのどかに保てるというのはそれ自身一種の才能だと思う。どんな逆境・困難も自然体で受け止め、ワンツーパンチで華麗にねじ伏せる、そんな強さを藤井の中に感じる。見習いたいところだ。

2017-06-27

https://anond.hatelabo.jp/20170624235903

トラバブコメをいただいたので、勝手ながら浮世絵を勧めてみる。

変な話だが、鑑賞と制作だったら、制作から入ったほうが鑑賞も楽しくなるように思う。

例えば、葛飾北斎富嶽三十六景の、有名なところで赤富士と言われる夜明けに朝日で赤く染まった富士山凱風快晴

グレートウェーブと呼ばれる、神奈川沖浪裏。

あれを見て、思うのだ。

あれは、北斎が描きたかった富士山じゃない。

北斎が描きたかった真の富士山なんて、この世に一枚もない。

それは、制作を齧ってみるとひしひしと感じとれること。

知っての通り、オリジナル浮世絵には原画というものが残っていない。

そもそも絵師が描くのは線画だけ。

それを版元、つまり出版社企画担当に渡して、それを板木屋、彫師という職人渡り、板に張り付けられてしまう。

板に貼りついた絵ごと、彫ってしまうので、原画は木屑と共にこの世から消えてしまってるわけ。

絵師というか、画工っていうイラストレータ地位というのはそれほど高くなくて、彫師が勝手アレンジすることだってある。

そもそも芸術家として心から沸き起こるもの表現するんじゃなくて、売れるものを描くのが至上命題

彫り終わると、それがすなわち線画のコピーが出来るわけで、そこから「ここを赤、ここを青」って具合で、絵師の指示が入る。

具体的な色を塗るとかでなく、文字で書き入れる程度。

そんで、また色の版が出来上がって、今度は摺り師と呼ばれる職人の手に渡る。

そして、絵師立ち合いで、色合わせを行って、微調整されたら出版、という流れ。

で、その手の浮世絵解説書なんてのだと、初摺りは手がかかってるけど、そのあとの後摺りは手抜きで改変されてるとかって書いてあり、実際初期ロットと後期ロットは色が違うってんだけど、いざ制作してみるとそれだけじゃないように思う。

明らかに自己主張がある。

摺り師の「俺上手いだろ?真似できないだろ?」

っていう自己主張をビンビン感じる。

いざ木版画を始めてみると、100人中99人はそれを目指す、ある種の技術方向性というのがあって、それが超絶レベルで、過剰なまでにそれに拘ってるのがよくわかる。

彫師と摺り師の自己主張だけじゃない。

時代流行ある意味で街の声さえも作品に取り込まれてるのが、ありありとわかる。

初摺りであっても、本当に北斎が描きたかった富士山じゃない。

彫師のエゴを、摺師のエゴを、江戸流行りを、それを引き算してやる。

北斎自身ねじくれた自尊心を解析する。

北斎という人はいい歳して「自分が一番!」と天狗になったり、「バカにされるのは嫌だ!」忙しくぐるぐる同じところを回っていて、とてもかわいい

少なくとも、自分にはそう感じられる。

ちょっと大胆すぎる実験的な試みも、「褒められたい!」という意識が見え隠れする。

それを差っ引いてあげて、初めて、あの絵の本当のコンセプトが見えてくる。

いつか、本当の北斎の心を、自分表現したい。

あるいは、摺師、彫師、版元、江戸空気北斎とのジャズセッションがあの作品だったとしたら、今度は自分北斎セッションが出来る。

なんて楽しいことだろう。

技術が追い付いたら、いつかそれをやりたい。

前置きが長くなってしまったが、そろそろどうやって浮世絵制作を学ぶか書いてみる。

いざ木版画を学ぼうとしても、浮世絵方式木版画を教える教室ほとんどない。

なにをもって浮世絵方式というのか難しいけれども、木版画においてかつてスタンダードだった、世界で最も優れてた技術体系と断言できる。

なんで今スタンダードじゃないか

その答えはわからない。

俺も知りたい。

で、そもそもその技術継承した人というのが少なく、浮世絵職人がやってる版画教室、あるいはその流れを汲むとする版画家の版画教室は知りうる限りで以下の通り。

作品展など、見に行って雰囲気を感じるとよいと思う。

朝香伝統木版画教室

所在地東京

現役彫師が教える版画教室

当然ながら彫りに詳しい。

第七回 朝香伝統木版画教室作品展 2017年6月26日7月2日

竹笹堂

摺師が教える版画教室京都だが、関西を中心に出張講座や通信講座もやっている。

今年の作品展情報不明

五所菊雄の主催する版画教室

五所菊雄という版画家で、摺師の内川又四郎氏(ポールジャクレー作品を摺ってた人)から学んでる。

東京近郊で複数教室を持ってる。

HP展覧会情報が載ってる。

まちだ版の会 木版画展 2017年9月12日9月17日

NHK文化センター 川越教室木版画講座・作品展 2017年8月21日8月27日

東京芸術大学

野田哲也が浮世絵の流れを汲む、とされてる。

作品を見ても全然そんな風に感じやしないんだけど。

入学すれば学べるんじゃないかなと思うけども、ちょっとハードルが高すぎる。

作品展というか、芸大卒業制作をみることは出来る。

野田哲也の師にあたる小野忠重の著書は浮世絵技法を知るうえでお勧め

実際、浮世絵制作面白い

毎年、数人は浮世絵制作沼に沈んでると想像される。

いったん情報収集を始めると、先に沈んだ先輩とつながれるので、芋づる式にオタと出会える。

有名なところだと、独学で浮世絵制作者に転身して、大学企業との共同研究までしてた元ジャズマン(最近亡くなられた)。

職もビザもなく、浮世絵への情熱だけで日本にきて、浮世絵で飯食って浮世絵で家建てて浮世絵子供育てたカナダ人

そのへんは浮世絵バカ一代の二代巨頭で、ほかにもごろごろ、まあいるわいるわ。

みんな平気で仕事を捨て、家族を捨て、学歴を捨て、浮世絵制作沼へ沈んでいく。

自分なんか、趣味範囲で、まだ片足だけだが、いつか完全に沈みそうな気がして怖い。

なにが楽しいって、楽しいんだからしかたない。

子供の頃にハンコを押すのが楽しかった経験がないだろうか?

コピー機がある今だとありがたみがないが、同じものが何回もつくれるというのは、楽しい

フォトショップ原画書いて、3Dプリンターで版木制作、色のレイヤープリンターで版木塗って印刷ってのはどうだろう

意見はごもっとも。

浮世絵というのは、つまり、人力カラー印刷にすぎない。

いまだってコンビニカラープリントが80円ってのに、当時はかけそば一杯の値段だったっていうから江戸時代印刷技術スゲーって思う。

小学校でやるようなローラーで油性インクを塗る油性木版と違って、水性の絵具で摺りあげるのだが、特徴をいくつか。

まず、ベタが綺麗に決まる。

まるで、フォトショでみたいにね。

グラデーションがかけられる。

うん、フォトショみたいにね。

色を重ねて混色が出来る。

赤の上に青を重ねると紫になる。フォトショレイヤーを乗算モードにしたのと同じ。

浮世絵の目指すところは、フォトショイラレで書いた絵。

前段のほうで書いた、誰しもが目指す技術というのは、きれいなベタ、滑らかなグラデーション計算されつくした重なり、つまりフォトショイラレ

そういうことなら、原画だってフォトショイラレでつくったほうが、出来上がりイメージはしやすいだろう。

今日はここまで。

本格的に、道具の用意、構図の学び方等々の話に入れずに力尽きてしまった。

勢いに任せて書いているので、話の構成おかしいのはご容赦いただきたい。

なぜ唐澤貴洋弁護士への嫌がらせは終わらないのか

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.bengo4.com/internet/n_6277/

インターネット強者であるはずのはてなの人々が未だにこの件に関して無知すぎるため、定期的にこの手の記事を書き続ける必要を感じました。

かいつまんで解説します。

なぜこの嫌がらせが始まったのか

なんJで3年近くに渡って自分語り無差別煽りを繰り返しヘイトを溜めきっていたクソコテ(以下チンフェ)が自分語りの内容から個人情報特定される

特定された個人情報の消去と炎上の沈下のためにチンフェが雇った弁護士が唐澤貴洋

 

とだけ書けばクソコテ炎上とばっちりのようにも見えますがそんなことはありません。

しろこの炎上を5年以上続くものとしたのは唐澤貴洋によるものなのです。

なぜ唐澤貴洋が嫌がらせ対象になったのか

一言説明すれば唐澤貴洋が無能であるからです。

ネットに強い弁護士自称しチンフェから30万円で仕事を請け負っておきながら炎上を沈下させるために行った行為書き込み者のIPを開示するという作業のみで、

それ以上の法的措置を一切取らず開示を繰り返すだけという「空のピストル」を繰り返したのです。

また、それにより無能扱いされはじめ自身への誹謗中傷が始まると今度は自身への誹謗中傷書き込みへのIP開示を始めます。当然効果はありません。

彼の反応を面白がった人々(ハセカラ民と呼ばれます)が彼の新しい反応を見るために現在まで嫌がらせが続いています

彼の無能ぶりは事実追求路線としてコピペにもなっています

なぜ今の今まで続いているのか

一言説明すれば唐澤貴洋が無能であるからです。

一時的に沈静化しても唐澤貴洋が自分からメディアに出演するなどして燃料を提供してしまうのです。

最近では(おセックスおばさん開示以外の)大きな出来事もなく沈下しつつあったところに

またテレビ番組に出演してしまうような愚行を行っています

自身炎上案件解決できていないのにネット上の炎上について語る資格があるのでしょうか?

なんとかできないのか

最近出演した番組でも本人が語っていましたがもう無理です。

逮捕者はすでに複数出ていますが、唐澤貴洋に嫌がらせをした者が界隈で一種尊敬を受けるような世界なのでもはや法的な力で解決できる段階ではありません。

また、逮捕者の多くが逮捕される社会的リスクが小さいいわゆる「無敵の人」です。

私のようなネットしか場所がない人間承認欲求を充足させる方法の一つが唐澤貴洋への嫌がらせなのです。

彼らを何とかする手っ取り早い方法軽犯罪三振アウト(死刑制度などを加えていく必要がありますが、それはまっとうな法治国家に行えることではありません。

素直に無敵の人を無敵でなくす(地域コミュニティ接続承認欲求を充足させ、この件から自発的に手を引かせる)など福祉の方向での対策必要ではないでしょうか。

 

また、なんJを閉鎖しても全く意味がありません。すでに唐澤貴洋への嫌がらせ情報交換は海外サーバに建てられた掲示板で行われています

海外サーバはすでに複数回移転していますし、海外サーバでの運営が完全に頓挫したとしてもTorに移行するだけではないでしょうか。

もちろん唐澤貴洋がテレビ出演など公に露出する事態となれば古巣であるなんJでも大きな話題となります

日の出演の実況では2ch1000レス制限を越え1つのスレッドに2000以上のレスがついてしまう異常事態が発生し、当然のようにサーバも一時ダウンしました。

 

最初炎上から5年も経過して沈下しないので、これからも今回のような件は発生し続けることでしょう。

多田野選手の出演騒動から10年以上経過しても下火にならない淫夢と同じフェーズに入っています

 

私たちにできること

twitterニュースサイトはてななどで唐澤貴洋の話題が出ても無視することです。

彼はどうしようもない無能なので今後何事もなくても自分から定期的に話題提供し続けることでしょう。

お願いなのでどうか無視してください。弁護を依頼することなもってのほかです。

無視したところで彼は金持ちボンボン(父が会計士業界の有力者)なので仕事は父のコネからいくらでも手に入れることができます

私も教徒であった時期がありますがここ数年行われているこの手の釣りにとても辟易していますし、心を痛めてもいます

なのでせめてはてな民にはなぜこの事実を噛み締め、唐澤貴洋に関する事柄を今後一切無視していただけたらありがたいです。

参考リンク

八神太一の経緯がきちんと理解される為に

弁護士唐澤貴洋はなぜ大炎上したのか? - 弁護士唐澤貴洋はなぜ大炎上したのか?~ハセカラ騒動のわかりやすい解説と検証~

もう一緒に仕事を辞めよう。

向いていなかったり自分能力より少し上回ることを要求されたり興味がなかったり楽しくないことをやり続けるのは死んでいるのと同じ。

もう私もあなたも死んだ毎日を過ごしている。

生きるためにはこの死んだ世界から離れなくてはいけない。

上司や同僚は所詮他人あなた自身は唯一無二。

自分のために生きよう。仕事を辞めたくらいで死にはしないけど、このまま死んだ生活を続けるとあなた死ぬ

歳をとって死んだときに後悔しかしない。今後の何十年かを死んだものにしないように、私と一緒に仕事を辞めよう。

https://anond.hatelabo.jp/20170627162755

・また、類似したコンセプトや似たデザインのもの合法ですし創作として問題ありません。

・上記の合法創作について、あなたが「バクリだ!!」と謝罪や非公開化を要求すること、相手を貶めることは正当ではありません。

海の向こうでこんなニュースがあったわけだが

ラッパー2パックの伝記映画オールアイズ・オン・ミー』の物語創作部分に

自身が故人の生前に行った独占インタビューの内容を使用したと音楽雑誌Vibeの元記者

同作プロデューサーライオンズゲートを相手著作権侵害の訴えを起こす

https://twitter.com/IchigoIchieFilm/status/879570369371176960

高収入男性を好きな女性差別する人たち

女性年収千万男性が好きだというと怒りだす人たちが一定数いる。

たかり屋、これだから女はなどとその人自身どころか女性全体を罵倒する。

これはただの差別だ。

法に反してない限り性愛対象自由であるべきだ。

年収差別してるのはその女性ではなく罵倒している側である

高収入以外の男性を切り捨ててると怒るならば、異性愛者は同性を性別で切り捨て、同性愛者は異性を性別で切り捨ててることになる。

他人の嗜好は自由であり差別することはどのような嗜好であれ許されないと思う。

あと2chでは白人男性好きな女性もやたら差別されていた。

https://anond.hatelabo.jp/20170626132146

仕事のできない部下を持つと怒鳴りたくなる

豊田議員のあれは、その暴力的行為罵倒の仕方は確かに常軌を逸している、と私も思う。

だが、仕事上のストレスプレッシャーの大きい仕事をしていると、気持ちは非常によくわかる。

ある部署責任者立場を務めていたが、定例の異動人事があり、その若い奴に引き継げというのが会社の指示だった。

結構な人出不足で、そいつはまるで経験がないに等しいくらいのレベルだった為、会社には引き継ぎ期間を結構長く取ってもらったんだが、これがかなり出来が悪い。

数回ほど会社側にそいつでは無理だと報告したが、ガン無視された。

止むを得ず、とにかく事細かに教育したが、ブチ切れそうになるのを常に押さえ続けて我慢我慢を重ねて、教育し続けた。

引き継ぎ期間は延長してもらったから、うまく引き継げないと私の評価悪化する。

だが、引き継ぎ期間終了を目前に控えてついに私はブチ切れた。

時間以上彼をかなりきつく罵倒した。

半分は教育のつもりもあった。それくらい厳しい意識を持ってもらわないとみんなも君自身も困る、みたいな。

だがあろうことか、そいつはその罵倒会社に報告した。

パワハラになりかねないということで、会社から丁重に叱責を受ける羽目になった。

特に処分はなかったが、これで評価悪化したことは間違い無いだろう。

で、先週で異動となったが、早速彼は仕事ミスをしてそれは私がちゃんと教えなかったからだと責任転嫁し始めているらしい。

ったく嫌になる。

https://anond.hatelabo.jp/20170627130503

Gガンダムの石破天驚拳が『石破・天驚拳』じゃなくて『石破天・驚拳』であることは意外と知られていない

 

本編でドモン自身が「石破!天驚拳!」で区切ってるのに何意味分からんこといってんだこのブコメ

anond:20170627011856

こういうのってまさに自分自身のことを書いているって分かってんだろ?

まり元増田自身が不幸(=小賢い)であると主張していることを。

2017-06-26

議論を騙った宗教戦争

昨今「批判」の是非について諸々話題になっているようだけれど、

正直、「批判」や「議論」という大義名分に驕って、単なる攻撃正当化している「エセ批判」が蔓延しているイメージはある。

それが顕著なのが(これらを同列に扱って良いものか正直悩むけど)政治ゲハゲームハード)の話題

どちらもその実態議論とは程遠いただの「宗教戦争」で、

自分論理的正当性立脚しているが、相手盲目的な信仰心立脚しているだけ」

と互いに互いを認識しており、自分意見が異なる相手を「信者」「キ○ガイ」などと平然と罵っている光景を目にすることが多い。

二言目には「いや、だってあっちの方が酷いから(自分罵倒はそう問題じゃない)」。

政治に無関心な人が多い」なんて言葉政治に熱心な人からしばしば耳にするけれど、

私の周囲には「政治に無関心」というより「政治に熱心な人と関わりたくない」という人の方が多かったんじゃないかと思う。

というのも、政治に熱心な人は「その人の信仰する思想以外には攻撃的な“信者”」である確率”が高いから。

勿論それらは単なるノイジーマイノリティーだとは思うのだけれど、表に露出するのはそういう人ばかりだから尚更そういう心象が強くなってしまう。

それ故に、「政治離れ」の原因は「政治に熱心な人」にドン引きしているから…ってケースは割とあると思う。

それが神であれ思想であれ、信じる(疑わない)のが宗教で疑うのが哲学

理屈と膏薬はどこへでもつくけれど、それは信仰例外ではなく、理屈が伴うことはなんら自身思想正当性保障しない。

アメリカ大統領選挙での応酬を見てても思ったけれど、これが現代版の、当事者達には宗教自覚が伴わない宗教戦争なのかなと思う光景結構多い。

そして他者への攻撃を「聖戦」と正当化するように、他者への単なる罵倒が「議論」や「批判」と自己正当化されているケースも多いと思う。

批判」が単なる悪いものとして受け止められてしまうのは問題だと思うけれど、仮にそう思っている若者が多いとするならば、

多くの若者がそう思うに至った背景にあるのが、若者をそういう風に育てた社会であることもまた忘れてはならないと思う。

彼女喫煙者だった

2017/06/26

好きな人喫煙者になっていた。

付き合った後に知った。

俺は今までに交際してきた彼女たちを思い出した。

今まで付き合って来た人たちは皆タバコを吸わない、非喫煙者

当時の俺は1日に一箱ほどタバコを吸う喫煙者だった。

彼女達にタバコをやめるよう求められる事は少なくなかった。しかし俺のことが好きな人だ。

タバコを吸っていようがいまいが関係ない。

俺はパートナー意見を取り入れず、俺のことが好きであれば俺の行い全て肯定すべきという思考であった。

慢心に満ちていてタバコもやめず、自堕落に甘えた生活を送っていた。

あの時の俺に言って叱ってやりたい。

俺がタバコをやめたのは、かつて俺のことが好きだった彼女たちが俺と別れた後である

特定パートナーがいない期間を2年ほど過ごし、その間に禁煙をし現在継続している。

といっても、まだまだ半年が過ぎた所で次にいつタバコに手を出すかなんてわからない。

ただ、小学校の頃からタバコの害について学び、タバコパッケージに書かれている注意書きを読み、理解し、度合いによるが遅かれ早かれ少なからず体に影響があるモノに、金銭を支払いタバコを吸うのか考えると、今のところタバコを吸うことは無いだろう。

お酒を飲む場、休憩時間、性行為の後・・・

タバコを吸う場面というモノを自分キリトリ、自己満足に浸るためにタバコを吸うことはやめた。

今後、辛い別れがあっても、悲しいことがあっても、永遠に続く退屈が訪れてもタバコを吸う選択は無いだろう。

わかっていたのに、吸っていた。自分特別人間で、タバコを吸っていようがカッコいいしタバコを吸う事でさらにかっこいいと思っていた。

かっこいいが具体的に何かなんて、中身のないおれには考える必要はなかった。ただかっこいいと思って吸っていた。

だんだんそれが変化して、タバコを吸ってかっこよくならなかったとしても、俺自身がかっこいいかタバコくらい吸っても評価を下げるに値しないという根拠もないイメージを作っていた。

自分評価するのは自分ではない。自分の周りにいる他人である。その事に気付きもしなかったし、他人評価なんてされたくなかった。

他人評価されたくない気持ちを持ちつつ、自分他人評価する。

自分が嫌いな事を、自分はやっていた。

嫌な事を避け、逃げて逃げて得意な事を伸ばそうともせず、できる範囲現状維持

そろそろつけが回ってきたようだ。

話を最初に戻すが、俺が今好きな人は、過去に一度別れてまた付き合う事になった人である

お互い離れている間に色々あった。相手と年は4つ離れている。

以前交際していた方々とは違い、この子禁煙応援してくれていた。少なからず俺の性格理解していて、応援という形で俺をサポートしてくれていた。

の子が今喫煙者になって俺の隣にいる。

まだ彼女タバコを吸ったところを見たことがない。

彼女と愛し合った後、彼女ベランダに向かいタバコに火をつけた。

俺はまだ彼女タバコを吸ったところを見たことがない。

ベランダからライターの音が聞こえる。

俺は枕に顔を向けながら目をつぶった。

彼女は今持っているタバコが無くなったら、タバコをやめるそうだ。

https://anond.hatelabo.jp/20170626143809

エッチについての受け止め方とか、そこらへん男女差はありそうですよね。

自身スケベであることは認めますが、エッチ重要であるが全てではないことを付け加えておきます

とりあえず僕はあなたみたいな女性がすごく好き。話すと楽しそう。

元増田みたいなヒステリック女性はすごく嫌い。めんどくさそう。

https://anond.hatelabo.jp/20170626120757

これが端的に分かりやすく正解に近いと思う

「働き方改革」の中の同一労働同一賃金はまさに前者を目指しているのだけど

働き方改革全体で掲げたスローガンや、他の制度改革で示された理念混同している人が多い

安倍総理自身キッチリ区別をつけずに広報しているから誤解を呼ぶ)

2017-06-25

批判なき政治を目指すと言うけど

それって政治家不要だってことだよね。

ならば彼女がやることは一つ、「批判なき政治」実現の為に先ずは彼女自身が率先して立候補を辞退することなんじゃないかな。

批判の上に政治がある訳で、国民の不満を解消する為に政治がある訳で、批判の無い政治存在しない。

批判がなければ、不満がなければ、そもそも政治家不要だよ。

批判存在しない様に見せかけることなら出来るかも知れないけどね。

https://anond.hatelabo.jp/20170625231017

女子は本人が居なくなると、その人への悪口を言いまくる風習があるから

一人で教室を離れることを恐れているんだよ。

特に、その人自身がそういう悪口を言うタイプだと、自分トイレに行ってる間にどんな悪口が言われるか不安でたまらない。

から、一緒にトイレまで来てもらうの。

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