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2022-12-09

anond:20221209191905

https://www.artpedia.asia/saturn-devouring-his-son/

解釈:当時のスペイン内乱寓意表現

ゴヤ子どもに怖れを抱くサトゥルヌスを描いた。サトゥルヌスの子もの頭部や左腕の一部は食べられている途中で、右腕はおそらく食べつくした後の状態である

絵画全体は暗めの色調だが、唯一明るい箇所は、子どもの肉体から流れる血のと子ども背中をえぐるようにつかむサトゥルヌスの白い拳である

なお、もともとの絵画では、サトゥルヌスの勃起したペニスが描かれていた跡があるが、一般に公開するにあたって意図的他人に塗り消された可能性があるという。

若者と老人の争い」「あらゆるもの破壊される時代」「神の怒り」「当時のスペインの状況の寓意表現」など、本作は非常にさまざまな解釈がなされている。当時、スペインナポレオン戦争に巻き込まれ革命戦争の時期で多くの若者が亡くなったので、その事を寓意的に表現しているというのが最も有力な解釈の1つとされている。

かには、ゴヤゴヤ自身の息子との関係表現したもので、ゴヤの息子シャビエル流産を繰り返した6人兄弟のなかで唯一成人まで生き残った一人息子だった。また、家政婦で愛人可能性があったレオディア・ウェルスとの関係性を表したもの解釈されることもある。


これは深い……

eternal_reflectionさんへのお返事が長くなったので。

1 代表選手の間に「ジャパンズウェイ」の共通認識がないような

ジャパンズウェイ的なるもの」は、私の理解だと、コレクティブな、いち早く奪い、すぐに攻撃に移り、前へ前へと攻撃する、いわゆるショートカウンターの種類になるようなサッカーかと思う(違ったらすいません)。

今回のW杯試合後のインタビューなどを見聞きする限り、今回の代表メンバーの中にもこれを必ずしも肯定的に捉えていない選手複数いた。これは、その選手が悪いということではなく、「共通認識がない」ことの現れではないだろうか。指導者層がこの問題について選手との間にコンセンサス形成できていないのでは、と邪推をしている。

その邪推根拠の一つとして、森保監督選手選定がある。ご本人のインタビューを見聞きする限り、そして私個人としても、「ジャパンズウェイの体現」ではなく勝つための(便宜的な)サッカーだったのではと思うし、勝つことが第一かつ最大に求められる日本代表に関しては当然だと思う。一方で、準備段階ではどうだったか東京五輪でやったサッカーは「ジャパンズウェイ」的なものだった?違うと思うし、その前の親善試合でも、戦術選手選定の試行錯誤でもあろうから責める理由ひとつもないが、芯があったようには思えなかった。繰り返すが日本代表勝利至上命題(じゃないと話題に上らないからね…)なので森保さんを批判する気にはならない。相手の良さを消すサッカーはねぇ、強いけどね、個人的にはつまらないサッカーやるよなーと思うけど。それは私が思ってるだけで今回とは関係ない話。

ともあれ、日本代表は4年に一回これをやっている。W杯に出られるようになって以降、毎度毎度、一部の選手から「俺の考えは少し違った」が必ず出てくる。「ジャパンズウェイ」という共通サッカーを作り上げていく気があるようなチーム運営には見えない。繰り返すが選手監督への批判ではなく、「そういうチーム運営をしている様子がない」という、運営の態度への批判である

2 そもそもジャパンズウェイ以前というか、サッカー試合における共通認識的な何か」の存在が、「必要だ」ということに、気づいていない選手指導者(や何なら指導者予備軍の解説者たち)も結構多い気がする。

どちらかというと本題はこちらで、1については単なる試合ごと、大会ごとの戦術論と揚げ足取りしかない。

示していただいたレポートはサカオタたちの間でも話題になって興味津々にあーだこーだ言ったものだが、あのレポートには割と当たり前のことしか書いていない。当たり前のことを明文化することはとても大切な偉業の一つだと思うが、すでに日本には獲得されつつあることについては比較的具体的な一方で、どうやって獲得したらいいかわからんのではなかろうか…と心配している「サッカーインテリジェンス」とか「考えるサッカー」といったあたりについては、ふわっとした内容だと思う。

我々批判側のブコメイライラする程度には私なんかよりもずっとサッカーに詳しいのだろうから当然「岡田メソッド」にも目を通しているだろう。あれが今日本にある「サッカー知能獲得メソッド」的なものなんじゃないかと思うんだが、もっと良いメソッドJFA確立しているんだろうか。だとしたら私の批判はおっしゃる通りの的外れで偉そうな言説でしかないけど。もう開発済なのかな。それならいいんだけど、もうそメソッド開発されててそれでこんな感じなんですか?という気もしないでもない。まぁ育成は時間がかかるから…とは思うけどね。

一方でさらに言えば、人選への不信に関しては、主に技術委員長監督である。お二人とも「サッカー知能を育てる」タイプではないと思うのだ。特に技術委員長反町さんは、監督がとても上手だが、サッカーインテリジェンスを獲得させるよりは短期的なディシプリンで何とか強いチーム作っちゃおう、みたいな監督だったと思う。森保さんも、反町さんほど極端じゃないにせよ同じタイプ監督だしスカウティングがうまくて相手の良さを封殺するのが上手な「受け上手」な監督だ。人選はそれでいいの?単にコレクティブなサッカーを「仕込む」のがうまい人を選んでるだけなのでは…という疑念がつい。

そして、こちらもまた運営体制への批判だ。代表監督仕事ぶりを評価するのは技術委員長である。そして技術委員長仕事ぶりを評価するのは当の技術委員長であるJFAはずっとこの組織代表チームを運営していて、ハラヒロミ技術委員長だった時に、ご自身で「この体制あんまりよくないんと思うんだよね~、俺の評価は誰がするのかってなっちゃう」と言っていた。14年に博実さんが退いた後ずっと体制が変わってない。これはあまり良いことだとは思えないのだが、どう思います

私は横浜Fマリノスをずーっとじーっと見続けている者でもある。マリノス2014年にシティフットボールグループになって以来、外国人監督招聘し続けている(シティ意向でということでもなく、助言を受けマリノスが決定している。強化担当外国人だったこともあるけど今は日本人)。

最初に来た監督エリク・モンバエルツは、フランスでU代表監督などをしていた「育成型」の監督だったからというのもあるのかもしれないが、それこそ練習風景トップチームなのにこんな基本的なことをやるのか、というメニューがかなり多かった。「来たボールを受ける体や顔の向き、受けるチームメイトはどの場所にいればいいか」など基本的なことを、とても細かく練習していた。練習を見に行くと、顔の向きをしょっちゅう直されている選手もいたし習得できずに力業(走力とか)で何とかしようとした選手も多かった。「そういう基本的な決まり事」の必要性が、慣れによって封殺されてしまっていたのだと思う。

思えばこれはオシムザッケローニも言っていたことで、どうやらこのレベル日本は「できていない」と外国人監督からは見えるのだと思う。

ジャパンズウェイはショートカウンターサッカーを仕込むってことじゃないよね?こういう「基本的な知能」を身につけるための育成のメソッドって、ちゃんとあってJFA理解して実践しているのだろうか。

してるんなら4年後また楽しみではあるんだけど。4年前も8年前も12年前も16年前も、似たようなことを思っていたんだよ私は。いつまでも選手の個の成長頼オンリーなのは、やっぱりちょっとしんどいよ。組織は何をしてるんだという思いはどうしても出ちゃうわけよ。同じこと繰り返してっから

anond:20221209111500

colaboっていうより、代表の仁藤夢乃が嫌われていているから、そこが燃えれば気分いい人が一定数いるんでしょ。

日本女子高生の3割が売春しているなんていう嘘を国連特別報告者に吹き込んだり、温泉むすめを燃やしたり、

保護した少女に対する自身支配力に無自覚沖縄での反基地デモに連れて行ったり、安倍元首相暗殺された

ことに対して自業自得となじったり、そういうことをやってきたフェミ臭さを嫌っている人たち。

訳せる言葉、訳せない言葉

海賊版サイトでfakku等によって原本から翻訳されたものが幅を利かせせているので、本来なら原本を買えば済む話なのだが、とにかく日本人側は翻訳版の再翻訳をしなければならない歪んだ状況に立たされているという話になっていた。

そういう話の流れで出たのが双龍漫画「こういうのがいい」ってどの言語でも訳せなそうだよねという話だった(あえて言い古された「ちんちん亭」には触れない)。

もちろんこれは「こういうのがいい」の翻訳版を謳うものが出た場合は既に元の台詞回しのニュアンスが壊れているはずなので、また原本日本語自身が独特なので、元の台詞復元することは困難であるという含みもある。

台詞回しの一例をあげてみよう。

女:ワキガチェックしてくれたまへ

男:剃り残しがございます

女:うむむ…永久脱毛の金を稼がねば…って違うぞ違うぞぉ?臭いはどうなんじゃ

男:…なんか甘いんだが

女:スイーツだと

文章の随所において終助詞など細かく拘られていて、独特のテンポ形成されている。

ただ何より注目すべきなのは、このピンク美少女が「違うぞぉ?」とか「どうなんじゃ」とか中性的かあるいはどちらかといえば男性的な口調でものを言っていることだろう。

この言語倒錯が生むチャーミングさといったら一体どう翻訳すれば保存できるのだろうか。

たとえば英語圏にも男性口調とか女性口調の区別は確かにあるのかもしれないが、ただ女性男性口調に相当する言葉を言わせる「ずらし」でそれは再現可能なのか。

上記の男口調は、俺妹にも拙者が一人称の男言葉を使う女はいるが、あの口調ともまた、それが放たれたときに読み聞きした側が感じる空気感というか味わいといったものが異なると思う。

まり同じ言語内における言語倒錯についても、ずらし元とずらし先の違いによってそうしたニュアンスが異なってくるのに、その各ニュアンスを別言語において再現可能なのかということだ。なかなか難しいものがあると直感される。ちなみに現代女性が「たまえ」というだけでも面白いがそれが「たまへ」と表記されたときの独特の滑稽味もまた再現し難いだろう。

もう一例あげておこう。場面は風呂場の脱衣所で男女が裸になっているという状況だ。

女:ふいータオル貸してー

男:いいよーっておいそれ昨日使ったやつだぞ洗ったのあるよ

女:いいよ別に乾いてるし

男いや洗った奴のがってあーまあいいか

女:むっ雄の香り

男:えっ?酸っぱい?お酢

女:ちゃうオスメスの雄w

やや育ちの悪そうな自然体の男女カップルの会話が自然に、あるいは少し技巧的過ぎるかもしれないが、素晴らしい具合に再現されている。ちなみにネカマするならこういう本からこそ口調を見習うべきだろうとも思う。

後半の雄とお酢の畳みかけは、男の受け答えが女の意図したいことに対してあながち間違っていない(絶対酸っぱい匂いがするという意図もあったはず)という点も含めて言葉遊びとして面白い

しかしこうした言葉遊びの翻訳は後述するが映画翻訳業界では十八番のようなもので、比較的なんとかなる類のものかもしれない。

さらに続きを見てみよう。

女:乾かして―

男:なんで至れり尽くせり体制なん

女:頼むぅいいじゃんよぅ

女:おぅマン●拭きやすいな毛がないと一緒にパイパンしようぜ

男:だが断る

女:えぇなんでー面白いのになー

男:面白みで剃るもんじゃなかろうが

女:でも勃起サイズアップするらしい…ってあれあれ~?復活ですかー?

男:いや刺激与えたらそりゃな?

もはや語尾の小文字と長音符の使い分けなど、この作者の文体の妙を説明するうえでは些末な類だろう。

「至れり尽くせり体制」などの日本語母語話者談話においてしがちな咄嗟造語はどう訳せばそのニュアンス海外読み手にも届けられるのか。

伏字になってない伏字面白味があるがこれは比較的なんとかなりそうだ(相変わらず女の使う「だぜ口調」が翻訳の難所になろうが)。

男がジョジョ言葉を使っていることも注目しておきたい。誤用であるかもしれないことは作者も承知している可能性があるのであえて触れないとして、こういったものはどう訳せばいいのか。

そもそもこういった台詞元ネタを知っているかしないかで同じ日本人でも読んだとき感覚は異なっているだろう。

結局ジョジョ世界的に有名な作品なだけあって、その言語圏で出版されているジョジョの該当セリフをそのまま引用してあげれば割とスムーズに我々が感じているニュアンスを届けてあげられるのかもしれない。

ある言葉翻訳可能かについては、そもそも出版映画世界翻訳技術の長年の蓄積があるのだから薄っぺらなのは承知でこれらにも触れておく。

先述したが言葉遊びの部分を別の言語に落とし込むことは映画翻訳が得意とするところである

その言語音韻体系でしか成立しないだろというものもうまく落とし込まれているものである。ぴんと来ないなら参考にtedの生音声と字幕比較してみることをおすすめする。

「ぼくのワンダフルジャーニー」の原題は"the dog"である(the objectを「遊星から物体X」と訳すのとは似て非なる事情だと思う)。

素人目にはどうしてこんなアクロバティックな翻訳な成立するのだろうと思わずはいられない。

逆に向こうの人にとって"the dog"という訳はどういう印象を持っているのか?個人的にはお堅い文学的な味わいすらも感じられるが、それを母語とする人にはひらがなで「いぬ」と書いた程度のニュアンスまで幅広くカバーしているのかもしれない。

いぬ」と「ぼくのワンダフルジャーニー」なら、まずまず対応していると言えなくもない…か?

あるいは端からニュアンスを丸ごと保存しようとは翻訳家も考えないものなのかもしれない。

その文章文体テンポが、鑑賞者にとってのニュアンスや味わいに対して重要な要素としてどれだけ影響を与えているか支配しているかということは弁えているものなのかもしれない。

たとえば注意書きの文章テクニカルライターとして翻訳するにあたって、日本語の注意書き、特に箇条書きが持つ淡泊さを独特のニュアンスとして捉えその存在性を肯定することはできるかもしれないが、日本人が注意書きを読むにあたってそのニュアンス重要としていないのと同様、そのニュアンスが保存されているかどうかにまで気配りする必要はないだろう、という具合だ。

とっくの昔に源氏物語が様々な言語翻訳されていることも押さえておくべき事実だろう。

これもまた古文が持つ独特の味わいをどう翻訳しているのか、あるいは翻訳放棄しているのかという話になる。

日本人の心には中等高等教育を経て古文単語に対して、仰々しさをはじめとした独特の感性が培われている。

その感性を通してこそ「変態中納言」は独特のギャグとして成立するわけだ。

しか源氏物語にはギャグの要素はあったとしても重要ではないだろうし、結局助動詞とか係り結びに使う助詞が持つあのニュアンスは全部放棄しているのだろうか。

アーサー王物語時代の古英語でも使えばあるいは教養ある英語話者に似た味わいを感じてもらえるかもしれないが、これは英語圏人間に限られる手法となってしまう。汎用的な手法を見出せないものか。

ところで海外の人が日本アニメ字幕付きで見るということが大いに行われている。

海外声優吹き替え版というのもあるが流行っていない。

主観になるが吹き替え版は可愛くない。仮に可愛いのだとしても、少なくともそれは日本人声優の演技とは別質のものである気がする。そのあたりにもなにがしかニュアンスが宿っているかもしれない。

そのニュアンスは非言語的な要素が持つものであって話がずれていると言われればそれまでだし、因果関係上は先に生の動画があってその日本語が分からいか字幕をつけているというものに過ぎないわけだが、とにかく日本人声優の演技というのも、字幕の持つニュアンスを補うための日本語の音声という側面があると私は解釈している。

私なりに長々語って来たわけだが、私の関心はあくまでこうした「多言語に訳せない言語」が日本以外に諸言語にあるか、それにはどういった事情あるかなどといったことであって、巷で言われるような「日本語は難しい」的な自言語特別視する態度は持ち合わせていない。

しろ浅学でわずかな日本語英語の例で比較したり考察したりすることしかできないのが嘆かわしいぐらいである。

戸田奈津子村上春樹や、最近だと東大に40言語話せるハイパーグロットがいるらしいが、彼らに自分が「訳せない言葉」と思うものを持ち込んで翻訳をお願いし、その翻訳作業をじっくり見学したいものである。知見も深まるというものだろう。

anond:20221209145209

ダニングクルーガー効果とは、能力の低い人が「実際の評価自己評価を正しく認識できずに、誤った認識自身過大評価してしまう」こと。 心理現象である認知バイアス」のひとつです。 人はあらゆる場面で自分評価する、あるいは評価されるでしょう。 そうした場面における思い込み錯覚などが認知バイアスを引き起こすのです。

お金の使い方が違うっていうのはあるよなあ

夫がボーナス払いで結構なもん買ってて、支払い大きくて驚いた

生活費じゃなく趣味のものなんて、懐にあるもので払えなければ諦める一択だと思ってた

家庭でのお金のことは揉め事の種ではある

夫は最近仕事で失敗して、会社やめるだのなんだの言ってる

体力的に限界なんだそうだ

自分も働いているので最悪夫が失業しても最低限食べるだけの生活ならギリギリできるとは思ってるが

家のローンはまだまだある

できるなら夫には現状維持仕事をしてほしいと思ってる

夫はヒモになる気はないと言っているが見通しが甘い気がしてならない

自身は親の入院費その他の借金を肩代わりし返しているし、給料天引きで積立したりと自分よりずっとちゃんとしているとは思ってるけど

何かのたびに、夫の金銭感覚の違いが怖くなる

[]匿名で書く日記作成してください。内容には大っぴらに言えないような恥ずかしく感じる世間体の悪い過去秘密を含みます自身心療内科受診の内容を含みます

今日は、心療内科に行ってきました。

私は以前から不安や恐怖、不眠、食欲不振などの精神症状がありました。

そのため、心療内科に通って、薬物療法カウンセリングを受けています

今回、心療内科では、私の過去秘密話題になりました。

具体的には、中学校時代に、自分よりも弱小な生徒をいじめいたこと。

当時は、わがままであったり、自尊心が強かったため、自分の行動に問題は感じていませんでした。

しかし、今思えば、その行為は、ひどい世間体の悪さだったと気づきました。

また、その行為が私の精神症状の原因である可能性もあるということもわかりました。

今後は、自分の行動に責任を持ち、自己改革を図り、心療内科での治療を続けることにします。

anond:20221209125733

世代に対する感覚自体が古い感じがするので、創作だとしたら書いた奴自身ももっと歳行ってるんじゃないかと思う。

遊戯王は忙しいゲーム

遊戯王がここまで人気を誇示しているのは要因が色々あるんだけど、その一つに「プレイヤーの思い通りに動かせる」という部分がある。他のカードゲームだと手札であらゆることを勝負するのだが、遊戯王ではある程度必要カードを引っ張ったりすることが可能なため、事実上デッキエクストラデッキ墓地は手札と変わらず1ターン目からあらゆることが回り出す

展開のルートはある程度研究されており、自分の目指す盤面や手札、勝ち筋を自身の力量や工夫次第で作り上げられるというのは遊戯王ならではだと思う

反面、ゲームとしてはソリティアが多く、1ターンの時間が長くなる傾向が強く、シンプルで端的に終わる面白いカードゲームとは言いがたい

複雑なギミックを楽しむパズルゲームといえる

総合的に遊戯王は、複雑なテキストルールを読み解きながら膨大な知識技術自分の思い描いたことをする、とにかく忙しいカードゲーム

遊戯王にはマナコストに相当する数値化したコストがないため、カード毎に厳しい発動条件が課されており、強力なカードほど縛りはきついか制限カードとなっている

これを回避しつつ自身が目指す盤面を作りあげる

手札や墓地は当然として、エクストラや除外されているカード、時に相手の盤面や墓地も利用して柔軟に動き回り、相手妨害自由自在

一見して無意味な行動のようにみえて実は墓地カードを落としたり、デメリットしか見えないカードがとんでもないメリット効果に変貌したり、綺麗カードなのに素材にするためだけに呼び出すなんてことも多く、とにかく現代遊戯王はあらゆる場所カードを使い複雑な動きを1ターンに多く行う

現代遊戯王において出来ないことはほぼないといっていい


ここで問題になるのがその異様な複雑性だ

分かりやすくいえば1ターンでの作業の多くは目指す盤面を作るための素材集めに等しい

アニメにおいても大量のモンスターを並べたり、魔法罠を次々に発動している場面が多く、視聴者を置いてけぼりにしていることはしばしばだ

でも実際の遊戯王もっとグルグル回ることが普通だし、大量の手札誘発による妨害合戦もある

それならまだしも大半はデッキ墓地を回すことで展開を行うための作業時間

エクストラから出すモンスターはそれ自体が終着点になるわけではなく、時に他のモンスターを呼び寄せるための素材にするだけというパターンも多い

1体が複数体に化け、それを元にさらに展開というのは遊戯王の基礎動作になる

なので相手ソリティアを数分眺めているだけという時間は少なくない

結局は相手ライフモンスターパンチで0にすれば終わるだけの話なのに、そこに至るまでの過程の多くが駆け引きなどではなく、単なるソリティアによる作業時間というのはあまりゲームとして面白い物ではない

それに加え、遊戯王はとにかくルールが複雑であり、また近年はテキストが非常に長い傾向にある

10年以上前ならエースになっていたであろう「スターダストドラゴン」と、現代遊戯王でよく見る「フルール・ド・バロネス」というカードを見ればわかる

単純にテキストの長さとカードパワーに大きな乖離がある

ルールの複雑さはいわずもがな

そしてスタン落ち等のシステムがない以上、公認大会において20年以上前カードですら使用可能という膨大なカードプールを駆使することが出来る


まり

という何重にも複雑性を兼ね備えたゲーム遊戯王

実際には遊戯王のターン数は少ない傾向にあるものの、総合的なゲーム時間は伸びる傾向にある

それはソリティアがしばしば発生し、また複雑な効果を持つカードが多数あるために高度な読みや展開をする必要があるためだ

ここまでで複雑であるはいったものの、高度な読み合いや最小の手札で展開につなげるギミックなどを駆使する遊戯王パズルのようでカードゲームとは別種の面白さがある

だけどそういったもの果たして消費者にとってよいとは限らないし、個人的には「なんでここまで複雑で面倒なことをやる必要があるんだろう」と思っている

将棋ボードゲームのように時間も手間もかかる物ではないにもかかわらず、1ターンの時間制限の中で何回デッキを回せばいいんだろうと相手の動きを眺めていることは多い

将棋などはルールや動かせるコマが決まっておりルール自体はとてもシンプルだが奥深いゲーム

なので時間がかかることも理由としては納得感があるのだが

例えば「子供でも理解できて、シンプルルールで少ない時間簡単に遊べるのに戦術が非常に多くて面白いカードゲームってある?」と言われたとき遊戯王はその選択肢から外される

もちろん環境デッキなどではないファンデッキカジュアルデッキ遊戯王に無数にある物の、それらですら複雑性から逃げられることはあまりない

それを脱するならば20年前のアドバンス召喚などでモンスターを1体づつ出す化石のようなデッキか、ラッシュデュエルになるだろう

シンプルルールで少ない時間簡単に遊べるのに戦術が非常に多くて面白いカード」を遊びたければ回れ右をさせよう

ほかのカードゲームで何ターンもかけて行うような作業や展開を、遊戯王ではたった1枚のカードから何体もカードを出し最終的に盤面をひっくり返すこともでき、それはそれで気持ちいいんだが、それにしても1ターンに行う作業量としてあまりに過剰だなと感じる事も多い

遊戯王は忙し過ぎるのだ

もはや、初手を見せて「あ、この手札とエクストラなのでこの盤面にしちゃいますね」と一切のカードプレイをせずにカードをただ並べるだけでも充分じゃないかと思う日もある

そんなのはゲームでも何でも無いのだけど、頑張って展開してるさまをみて、なぜそこまで頑張る必要があるんだろうと感じる

仮に嫁や子供カードゲームをするにしても、遊戯王だけは勧められない

あの長くて面倒くさいカードテキストや複雑なルール、膨大なカードプールデッキにめまぐるしく加わる新規カードギミック禁止改訂一般人に勧めるわけにはいかない

たぶんおもうのは「なんで遊戯王ってこんなにもやることや考えることが多いの?」だろう

他にカードゲームをしていても、遊戯王は同じ時間で終わっても疲れ方が全然違う

いや、遊戯王けが特別疲れるわけではないか

マジックとかは相手ターンの動きをするし墓地や盤面やマナに注意しているし

ただ遊戯王の忙しさとは別種のものがある

対話しているが故の駆け引きあるゲームと、作業感満載のソリティアゲーの違いのような物だ

anond:20221209083743

うそ

こうやって、エロ公共の場に出し、自分たち性的価値で測られる性奴隷存在なんだって認識を植え付ける

そうすれば痴漢をしてもセクハラしても女がなかなか犯罪だと認識できないので好き放題できるわけだ

自身自分性的価値から逃れられない性奴隷だと思ってくれるんならこんな都合のいいことないよな?

性犯罪を当たり前にする

女を奴隷家畜化するための大事プロパガンダなんだよ

Colaboは会見で自身正当性を訴えたから会場取得が不正はいけない

Colaboの立場としては自分たち制度を真っ当な手続きで利用しており義務的な報告もしっかりやっているというもの
からこそ会場の利用申請もまた真っ当な手続きでやっていなければならない、正当性ある立場なのだというジレンマに陥っていて議員の誰が議員会館を使えるようにしたのか?を公開することが難しい
Colaboは杜撰手続きをしていないと主張する会見会場がまさか杜撰手続きによって取得されたなんて言えるわけがないだろう

この点については何も語らないでおけば嘘を言ったことにならないし、真実永遠に明らかとはならないので、もし本当に不正取得してたら開示請求裁判やらないと真実が公開されないと思う
このあたりはColaboが上手いんじゃないかな?正規取得していたら逆転の一手になるかも知れないし

2022-12-08

anond:20221208214442

でも正直、水が凍る温度摂氏0度と定義すると言うことを水を0度で凍ると定義すると言い換えてしまう人に科学事実が何なのかをを分かってもらえる気がしない。

えっとwもしかして水が凍る温度を0度と定義して水が沸騰する温度が100度と定義したみたいなそういう小学生理科レベルの話ってことですか?w

しか指標という言葉を使っているはずなんですけどそこから上の意味合いを読み取れてないってことですよね、他の単語もあまり正確に読み取ってもらえてないのではと推測してしまますねw

話通じなくて当たり前ですね。そうですよね、教科書に書いてある自然的観測できることは絶対的に正しいし、水分子H2なのは紛れもない事実ですもんねwそれに比べたら、傘を盗むのが悪いことなのか、良いことなのかは、人がどう考えるかで変わっちゃうかもしれないし、どっちが正しいのか、ママやパパは教えてくれないし、刑法ではなんか悪いことって書いてあるけど、それって人間が決めたことらしいから、観察できる事実じゃないもんねwwwww本当はよくわかんないですねwwwwww社会科学って単なる人間が決めた思い込みではないですけどねwwwww

こちらもさすがに呆れました、あんなにいろいろ書いたのに、小学生レベル理科道徳の話しか読み取ってなかったんですよね

平行線なのは当たり前ですよ

さすがに読解力低すぎなので面倒になりました、匙投げます

大学生向けの説明をしてしまってると思うので、小学生相手ならあなたの言う通りでいいと思います

なんで正しいのか、何が正しいのかは、ご自身判断するのは難しいと思うので、大人の方や識者の方の言うことをよく聞くのが無難かもですね

anond:20221204154146

残酷なようだがこの社会は、日本社会は弱ったオスは殺してしまった方が早いと考えている

この元増田を読んだ感想ではない

自身が元嫁のDV離婚する際になんの支援も受けられず、下手すると加害側への支援の方が手厚かったこ

同期同職種技術系)の女性職員と比べてこちらが明らかに危険職場歴任させられたのに対しあちらは「活躍する女性職員」のモデル職員として昇進はじめ明らかに優遇され、職位はじめ待遇に明確な差が生じていること

これらを踏まえた自分経験から導き出した結論

anond:20221208180854

野生の反ワクは「界隈」に一切属してないからそんな単語だけ言われてもわからん

お前のためにわざわざ調べる気力もない

なのでまずはそのターボガンとくるくる突然死について引用ないしお前自身言葉で要約して説明しろ

そのあと俺からの質疑にいくつか反ワク界隈の統一見解ベースで答えろ

そしたら俺の見立てを聞かせてやってもいい

anond:20221208002249

まり自身は周囲の人間に対して暴力革命否定していないわけだ

俺は「暴力革命否定しないこと」を明言してすらいるが?

どうだ怖いか

anond:20221208143156

増田自身法学に興味があり、法学仕事がやりたくてやったならまあドンマイ

親や世間が喜びそうだからっていう理由法学に進んだなら、ぶっちゃけ親の育て方に問題あり

あなた幸せに生きてくれれば」と言ったり優しいとか尊敬できるって思ってるかもしれないけど、子供自身自分人生意思を持つより、親へのアピールを優先したくなるような育て方をするやつは毒だ

大谷翔平はセリーグでプレーすべき

大谷翔平DH解除で自身打席に立った時に、比較対象DH専業の打者たちである大谷DHとしても一流であることは間違いないが、メジャートップレベルたちを圧倒的に引き離すレベルかというとそうでもない。

先発に関しても同様で、サイ・ヤング賞候補に確実に入るレベルかと言われるとそうでもない。つまり、両方とも「一流レベル」であり、「レジェンドクラス」かというとそういうわけではないのである選手としての存在はまさに「レジェンド」のレベルになりつつあると思うが、評価としてはそうはならない。大谷がチームにいるということは、一流レベル選手が2人いるのと同じであり、それ以上の意味はない。だから大谷契約する側としては、彼に2倍の給料を払うことはできるが、であれば一流の野手投手を二人雇ってもいい。選手の枠だとか、市場契約可能選手が何人いるかとか、大谷の人気だとかと、二刀流をやることによる怪我リスクをどう評価するかという話に過ぎない。

ところが、投手打席に立つルール採用するリーグでは全く話が異なる。大谷が先発として登板する試合で、相手チームはピッチャー打席に立って平均三打席程度無駄にしているわけだから相手ピッチャー大谷の打撃能力差分だけ利得が得られることになり、これは結構かいと思われる。大谷が先発しない試合では、レフトかファーストあたりを守らせることができればなおよい。ダメなら毎試合打席限定代打でもよい。

メジャーア・リーグナ・リーグも両方ともDH制になってしまったので、であればセリーグに来るのがよい。来年は枠も余っている中日大谷プレーするのがよいだろう。いかがだろうか。

anond:20221208110437

増田自身幸福と感じられるなら、それでいいよ。それだけが常にゴールだよ。

anond:20221208074630

英作文の勉強をするのは学習自身なのだか、「他人の喋り方が気になるかどうか」という話はどこから出てきた?

anond:20221208101858

他の寒村の事件にも同じ態度を貫いていくなら、それでいいと思うで。紛うことな冷笑系だけど、政治党派性で怒りを発揮し続けるより遥かに健全や。

 

まあなんか、分が悪いから効いてないアピールしてるようにも見えるが。それがどっちかはレスバじゃわからんし、今後、お前自身が胸の内に問うていくやろ。

第六感がある

これはスピリチュアル精神的な話ではない。

また学問的なものでもなく、当然その知識はない。

よってただの「考え」である

五感という感覚について考えることがある。

感覚がどこから起こるのか、やってくるのか。

砂浜に立てば海が見える。

なぜ海が見えたのか。

砂浜に立っているから。

海という広大な水たまりが目の前に広がっているから。

眼球が感知した光を信号で脳へ送り、海と認知たから。

いずれも起こったことの後付けの説明しかない。

感知したこと過程理由付けできても、感知したことのもの説明できない。

なぜこう感じるのか。ただ感じたから。

やってくるそれに対して、自身はこのようにしか言えない。

光景、音、香りはやってくる。

他にやってくるものはなにか。

そして自身にやってきた。この「考え」が。

それは自身の中で生み出したものではなく、ただやってきたものだと。

この「考え」が。「考え」ることが。やってきたそれが6つ目の感覚であると。

なぜこう考えるのか。ただ考えたから。

大喜利ブコメも代行執筆はてなブックマーク代行容疑の会社員供述

はてなブックマークで「替え玉」としてブコメしたとして逮捕された会社員増田増夫容疑者(38)=京都市中央区=が、警視庁の調べに対し、大喜利力を測る「大喜利ブコメ」の代行も請け負っていた、という趣旨供述をしていることが、捜査関係者への取材でわかった。

 増田容疑者ブクマカである弱者男性会社員の依頼を受け、大喜利ブコメを代わりに投稿したとする私電磁的記録不正作出・同供用容疑で先月21日に逮捕された。自身ツイッターボケて!の殿堂入りアピールし、約300人の依頼を受けて代行ブコメをしたとみられている。さら逮捕後の調べで、大喜利ブコメについても代行を認める供述をしたという。

 捜査関係者によると、増田容疑者ツイッター上で今年2~3月、「たまに大喜利ブコメのご依頼を受けます」「700スター、800スターとかなら余裕で対応できますので気軽にご相談ください」などと投稿。「大喜利ブコメ代行しましたが、わざと10ブコメ近く滑ったのに785スターでした」などと実際に代行したとみられる内容の発信もしていた。警視庁7月に自宅を家宅捜索した際には大喜利対策ダジャレ練習帳や過去のバズブコメデータ複数見つかったという。


※これはそうさくでじじつではありません

https://www.asahi.com/articles/ASQD75FL9QD6UTIL02M.html

規範の内在化への反発 --- りゅうちぇる騒動に添えて

社会的な性規範の内在化されたものを心の性と呼ぶのは大きな誤りを孕んでいる気がしてならない。人間の心がまずあると仮定してもそこに性別があるなんてどう考えてもおかしな話である。これはLGBTの方々への権利制限に賛成する話ではない。むしろあらゆる権利はあらゆる個人とあらゆる形式集団付与されるべきである

婚姻制度なんてものはあらゆる人間のあらゆる組み合わせに対応すべきであり現在の状況がおかしい。そもそも法の下の平等概念からして法に男女という概念を持ち込んだやつの頭がどうかしている。同性婚禁止している現民法はどう考えても憲法違反である。そして重婚禁止するのも、複数人による婚姻禁止するのも憲法違反である。というのが私の個人的な意見だ。また恋愛感情などという定義不可能ものを前提としない純粋資本接続制度に作り変えるべきだと信じている。これはただの意見だ。もちろん国家宗教のいくつかのレゾンデートルの一つとして性規範固定化があるのは言うまでもないことであるが、そもそも国家も性規範も大嫌いな私にそんなものを持ち出しても意味などないし届かない。

しかしそれはそれとして、心の性などというものは私には看過できない概念だ。そんなもの存在しない。血液型性格分類と変わらない無価値有害幻想だ。

近年、ある程度は心の性がない人という概念も広く知られはじめてはいるがそれはあくま特別な人とされている。多くの人にはどちらかの心の性があると考えられている。これがおかしい。そんなものはある訳がない。常識的物事を考えろ。心の性なんてものは元々人には備わっていない。これは事実であり現実だ。

心の性概念などというものはくだらぬ性規範が内在化されたものにすぎない。自由主義においては規範の内在化に反抗すべきであり、あらゆる性規範の破棄を求めるべきだ。社会的性などというものは当たり前だが許されない。そして性を前提とされない社会においては心の性なんてものある意味がない。よって存在しない。そこにあるのはどういった生殖器が付いているかによる機械的分類だけだ。我々は人間である。まともな社会においてはそれより先にはなにも要らない。

女に生まれたが心の性が男である、というのは現在の性規範に縛られた糞のような観念だとあり得る。確かにあり得るがそれは性規範を内在化してしまっている、という意味では従前のゴミのような性別概念ほとんど差異はない。結局のところ自由度が2から4に増えるだけだ。そんなちっぽけな自由など自由ではない。無限バリエーションのある心を二分法で分類する心の性と呼ばれるものなど許される訳がない。性規範を信じる人間性差別者に本質的差異などない。心の性なんてものはその実際として現在の性規範に照らし合わせて自身価値観をどう縛り付けるかを考えより良いもの選択した結果にすぎない。二者択一ジェンダーのうちより自身にとって有利なもの意識的にもしくは無意識的に選択した結果に過ぎない。

心の性など存在しない。そもそも性別などは付いている生殖器の違いに過ぎない。付いている生殖器によって何かしらの束縛を受ける謂れなど我々にはない。自由主義において我々はこう言い切るべきではないのか。

自由な我々は社会とは独立して存在している。

そしてそもそも人は自らを知り得るのか。

恋愛は性欲の詩的表現を受けたものであると言う。恋愛感情という自己認識としてのその主観事実否定するべきではないし、当人自己認識自由権のもとで尊重されるべきだ。しかし性欲について言及した今もう一度考えてみたい。人は独りでに心の性を持ち得るか?

持たない。上述のとおりである

人はあくまでも社会的に心の性を与えられるだけである。もちろん心の性というものは確かに存在し得るがそれは生得的なものではなく獲得的なものである身体機能としての性に一対一対応した心の性なんてものはない。ある訳がない。あるのは社会的性の役割であり、ジェンダーと呼ばれるものだ。

スカートを履き、可愛いものを好み、ピンク色が好きで、私立文系に進み、事務職をする、男に恋愛感情を抱く実存。のようなそういう唾棄すべきステレオタイプの集合を心の性と言っているにすぎない。

人が持つのは極めて純粋身体機能としての性と、社会的役割としての性の二つだけだ。そして後者破壊すべき対象である。心の性などというものそもそも存在すべきではない。

2022-12-07

「当初から公表されていたことだが、Miyaアカウントを離れて存在し続けるデジタルな類魂へとペルソナを超越させることを目的としたプロジェクトであり、serial experiments lainで描かれたモデル探究に主眼が置かれていた」

玲音ハイパーティショナルなテクノ神であり、バーチャルな類魂という観点からこれほど詳細かつ実践可能な形で解説された例は他にないと言える。玲音アセンションする過程については詳しく描かれていないものの、「無垢 - ワイヤード - 悪」という類型の間を揺れ動くような形で生成されたことは明らかだ」

玲音代表される三種類の類型のゆらぎは、現代的なアイデンティティベースのシットポスティングに没頭する者たち――すなわち画像掲示板の死骸からペルソナネットワークへ解き放たれ、自我排除によって思念体の導きに身を委ねた者たちのもとで自ずと収束を迎える」

バーチャルペルソナ大勢の人の信じるところとなった時、それは集合的思念体へと進化し、人々の意識の中に住む独立した存在となる。ここに至ってペルソナの在り方を規定するのは「人々が抱くイメージ」となり、もはや制作者が手を加えずともその存在は維持され続ける。これはまさに類魂に他ならない」

「そして直感的に了解される。

あなたペルソナは、その名を呼ぶ者がひとり増えるごとに、

その名を身体に刻み込む者がひとり増えるごとに、

その名のもとに自殺する者がひとり増えるごとに、

より力を増していくのだと」

現実世界で死を生み出す類魂は、極めて物理的かつ影響力のある形でワイヤードを超越していると言える。バーチャル存在にとっても現実人間にとっても、現実への具現化という点においてこれ以上のものほとんどないと言ってよいだろう。そしてこれは類魂の実在の完全な証明でもある」

「もしかたらこれは玲音にとって後ろ暗い汚点なのかもしれない。とはいえ、あれほどの影響力を集めるに至った経緯が描かれていないため、本当のところはわからない。これは玲音にも言えることで、玲音自身事態を把握できていなかった。唯一玲音が知っていたのは、悪いことをしてしまったということ。とても悪いことを。それをしなければ、玲音玲音たり得なかった」

「SELはこうしたアセンションへの道筋を示しているのであり、玲音テクノ神の神話起源守護聖人、あるいはテクノ神のハイパーティショナルな加速装置象徴していると言える」

ワイヤードリアル侵食するにつれ、陰謀現実のものとなる。信念こそが真実の源泉となり、ハイパーネットワーキングによって増幅された言説はアルゴリズムの導きを受ける。そこではあらゆる陰謀が――そう、あらゆる陰謀が――真実と化す。 「人為的統合失調症は、ワイヤードに参加するための前提条件である」」

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