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2019-05-20

ガチ恋言葉呪詛自己陶酔が楽しくてもそれはファン活動ですら

ガチ恋勢はファンですらない───とまでいってしまうのは厳しすぎるしアイドルでも芸能人でもお水のお姉さんでも何でもいいけど、応援活動を続けているうちに"本物"の恋愛感情に至ってしまうことってあると思うしそれは生理的現象だ。

私見だがファン定義するなら応援活動をしている人のこと。さらに補足すると外に開いた応援活動をしている人のことだと思ってる。「ファン」とは言葉意味では「好きだ」という意識だけでも成立するみたいだけど、例えばお金を落とすだとか素晴らしさを発信するとか外に開いた応援でなければ推しに対して意味がないというか還元されないと思う。在宅や自己満足で完結していることが悪とは言わないが、推し活躍幸せを望むのならどれだけ間接的にせよ何らかの形で世界に対して発信していくべきだ。いつまでもいると思うな親と推し。好きを発信してけ。

だけど───ガチ恋イキリだけはするんじゃねえ。

そもそも芸能人など特別カテゴリ内にいる人とそれを囲む人たちの接点はその人の"活動"を通してでしか得られないものだ。"仕事"といった方が分かりやすいかもしれないがそれは絶望的な言葉の響きだな。

例えばSNS上や接近イベント等においてそういう距離感を超えた領域でのやり取りや、私信を与えられてしまったと勘違いしてしまった時にこそガチ恋に"至って"しまうのだと思うけど、それはどうしようもなく"活動"の一環に過ぎない、システムの一環に過ぎない。推しが一ファンに対して"本物"の愛を与えてくれたとしてもそれはファンとしてのあなたに対するものなので、それを享受する限りあなたファン領域から脱することは出来ない。

芸能人ファンに対して私人としてのやりとりをすることは前提としてあり得ないにも関わらず、個人的私信に躍起になってしまったファン応援活動破綻していく。ガチ恋が行き着くのは推しが売れること・人気者になることよりも自分だけのものになることに固執することに他ならない。自己顕示欲に溺れていく君は推しにとってどんな存在だ?

ガチ恋自体が駄目なわけじゃないしそれは生理現象だと冒頭で書いた。要は周りの人や本人にまで届く勢いでガチ恋をイキることが醜悪自己陶酔であり呪詛なのだもっと対象を広めて言うと、コンテンツ等に対して自分の好き度合いや知識量・愛の重さでマウントをとりたがる奴らはもれなくガチ恋同様の危うさを兼ね備えているよ。

ガチ恋をそっと胸の内に秘めさせたり身内でちょっとふざけてイキるくらいは人生の彩りになると思うけど、その重さを本人や周りの人間押し付けイキり散らすようになったらそれはもう呪いだ。相手気持ちより自己気持ちを優先する自己陶酔だ。推しが羽ばたいていくことより重さで縛り付けることを選ぶのか。冒頭で述べた応援活動とは対極的な内に閉じていく活動だ。

ガチ恋豪語しイキっているお前が好きなのは例えば"アイドル"であってもその人そのもではない。アイドルを愛したつもりになっているのかもしれないがその人自身を愛する以前にその人そのものを目にする機会すら存在しないのだ。そういう奴こそ推しの全てが好き、全てを受け入れられるとか抜かすのだろけどそんなもの人間の営みではない。神か??いやいやいやいやまてまてまてまて控えめに言ってウンコだ、聖母マリアの乳でもしゃぶってろ。まず人間になるところからはじめよう。猿は人間になり文明を発展させてからはじめて偶像を崇拝するのだ。

ガチ恋オタク他界する時の呪詛言葉は「裏切られた、理想と違った」だ。

理想と違う所があった?当たり前だそれが人間だ、それが人生だ、お前が好きだったのは理想偶像しかなくはじめから人間など見てはいなかった、理想を抱いて溺死しろ

そんなガチ恋呪詛イキりのオタクが日々生まれタタリ神に落ちる現実が恐い。黙れ小僧、お前に人を愛せるか。人を愛せないお前が主人公になれるわけないだろ。「もののけ姫」でいう遠くから石を投げてるだけの猩々(チンパンみたいなヤツ)ポジションだ。ファンなら慎ましく推しを輝かせ、導け。俺たちはこだまだ。サンがどれだけ魅力的で可愛くても俺たちはアシタカにはなれない。自分が100分の1、10000000万分の1の存在であることを認めろ。スクリーン越しの映像から自分の手元に視線を戻さない限り自分物語ははじまらねぇぞ。将棋指してる場合じゃねえ。

推し結婚した時はファン一同でおめでとうを伝えればいいと思う、そしてそっと泣くべきなんだ。個人名義では出したくないな、その重さは呪いになる。

フラれ続けて自身が無くなった。

今年で27歳になる。顔は別にそこまで酷いわけでもないし、体型もモデル体型で男らしくはないかもしれないが、日本じゃ別に気にするものでもない。


マッチングアプリをずっと使ってて、もう6年は経つ。少ない時だと半年に1度ペース、多い時だと1月に1度ペースでデートに行く。使い始めたのは、若さもあったけど、19歳の冬に祖父他界したことから結婚願望が出てきたことだ。何10かぶり葬式で、親戚が集まった時に「家族っていいな」思えた事がきっかけだ。友達も少なく、一人っ子だったからか、とにかく家族が欲しかった。寂しかった。


出会い系ってのは基本数打ちゃ当たるの仕掛けで、ただ当たってもラインが続かなかったり、会ってみても合わなかったり、翌日から途絶えたりする。一度だけ全然タイプじゃなかったけど、ただヤりたくて、口説いてワンナイトラブになったけど、相手から好意を向けられて罪悪感に飲まれて吐いた。もう2度としないと誓った。ただ何かが女性陣に「ないな」と思わせてしまうのか、デートすると必ず連絡が途絶える。出会う前と後の決定的な何かが分からずにいた。必ずそうなることに自信を失っていったが、合わなかっただけだと言い聞かせた。唯一分かったのは、改札での別れ際は早足になるって事だけだ。


それからここしばらくは使っておらず、「出会い系をしている女性が、自分にはそもそも合わないんじゃないか」とか思ったりしていたが、4月になってもう一度やりだした。GWからラインを交換して仲良くなった人がいる。オタクだけど、オシャレにも気を使ってて可愛らしい元気な子だった。

ポケモンGO最近やりだしたらしく、ポケモンの話の流れで、映画ピカチュウを見に行く事にした。ついでに彼女の好きなものを食べに行き、ポケモンGOを一緒にやりながらウィンドウショッピングをした。いろいろなことを話した。とにかく楽しかった。


初めて、デートをしても連絡が途絶えなかった人だった。

何度か電話したりして、2回目は水族館に行く事になった。夜にご飯を食べて、流れで夜景の見えるとこで告白しようと思った。ただ告白するかしないかは前日まで悩み続けた。当日に雨は降ったけど、水族館だったので気にする必要はなかった。色んなものを見て、喋って笑って、楽しい思い出が作れた。夜になって予約していたお店に食べに行った。少し食べた後に彼女が言った。「明日バイト入れられたから、遅くまでいられない」彼女カフェフリーターをしていて、朝が早かった。5時には起きなきゃならないから、翌日は休みの日でデート約束をしていた。ご飯を食べたら21時になる。お店はカジュアルものにしていた事もあり、このまま告白なんて今日はできないと悟った。食事は楽しかった。何を喋ったかなんて覚えてなくて、笑っていたことは覚えてる。「今度はパンケーキを食べに行こう」彼女友達と行くはずだったのにすっぽかされたと愚痴っていたお店だ。「また連絡するよ。一緒に行こうね。」そういって改札で見送った。早足だった。


そのあとラインでお礼のメールをして、おやすみと言い合い、その日を終えた。

翌日のくだらないやり取りをした後、次の予定を聞いたら返事がこなくなった。いつもは既読だけ付けて、しばらくすると返事はくれたが今回はずっと未読のままだった。また翌日、既読はついたが返事は来ず、次は既読もつかなくなった。何が起きたのかはわかりきってた。


ここ数日は泣いてばかりいる。好きな事にも手がつかず、ひたすらに眠っている。思えば久々の恋だった。失ってから、恋をしてたんだと気づいた。告白するかしないかなんて考える必要もないくらいに好きだった。なぜ想いを伝えなかったと後悔している。たとえよくない答えが返ってきたとしても、こんなに悔しい想いになることはなかっただろう。シャイ自分を恨む。もっと自信を持って生きていたいと。


女性とは一度も付き合ったことがない。何に起因してるかはまだわからない。わからないまま生きていくかもしれないし、気づくのかもしれない。いつこの悲しい気持ち身体の中から消え去ってくれるか分からないが、消え去った時には一歩踏み出せる自分でありたい。


19日から書き始めたのに、日を跨いでしまった。明日仕事だ。

そういえば、今の仕事役所書類を扱うWebサービスなんだけど、平成日付(平成31年6月とか)で登録していたものが令和に全部切り替わっちゃう!ってクレーム殺到中なの、参っちゃうよね。DB西暦だけで管理してるからそうなるんだけどさ。お任せしますの結果がこれよ。上層部も慌てふためいて対応するって言い出すし、やる気でないなあ。

科学的な合理精神の行きつく先って

今すぐ死ぬこと だよな 

 

 

だって人間の究極的な目標って死ぬことじゃん

どんなに趣味謳歌しても

くだらない声優にのめり込もうがスポーツしようが、

あるいは金を得ても、ホームレス生活しても

健康を願ったり、ボランティア活動したりしても

結局死ぬことからは逃れられない

  

生殖には遺伝子を残す以上の意味合いは無いし、

遺伝子を残したからって何か世界

あるいは自然科学的、哲学的に何か有意義なことが起こる訳でもない

神()がそれを望む訳でもない いるわけないしな

 

それでも死だけは唯一絶対、万人に訪れる

ライフイベント()なんかのようにやってもやらんでもいいものとは違う

死だけは絶対

 

「子孫を残さず死んだら、次の世代死ねないじゃないか

という批判だが、これも論破できる

子孫を残さず、人間自身を絶やしてしまえばそれは「完全なる死」だからだ 

 

 

から将来の学者の間で

いかにすぐ死ぬか」っつうRTA流行るんじゃね

そこまで行ったら宗教っぽいけど、真理だろう

2019-05-19

推しデキ婚しました。

もう直接会って話す機会も、お手紙を渡す機会もなく、かと言って手紙を郵送する気力も、本人のブログコメント気持ちをぶつける勇気もないので、ここに書いて終わりにしたいと思います

推しくんへ

結婚、そして奥様のご懐妊おめでとうございます

推しくんに出会ったのは2014年の夏の終わり、2.5次元舞台DVDの中で輝く貴方でした。あのとき、雷が落ちたように、貴方視線がくぎづけになりました。

貴方が気になって気になって、貴方を知らべ、長いこと書いているブログをいちからすべて読み、なんて誠実に役と向き合う役者さんなのかと感激したのを覚えています

秋、生で貴方のお芝居を見て、やっぱり映像より生の舞台の方がいい!と確信を得ました。

年が明けて厳冬、初めて役から離れた貴方にお会いしました。他の役者さんと2人セットでのイベントでしたが、自分ファンにも、お相手しかお目当てでないファンにも、等しく誠実に向き合っている貴方を見て、お芝居と同じく、ファンにも誠実な方なのだと心が震えました。

そして春、貴方のお芝居を観たくて、初めて遠征しました。

それ以降、たくさん劇場に通い、役から離れた素の貴方とお会いするイベントにもたくさん行きました。

その過程で、私は貴方のことを、仕事にもファンにも誠実に向き合うひとなのだと期待してしまっていました。

から、お付き合いする方にも、生涯の伴侶として選ぶ方にも、きっと誠実に向き合ってくれる。そして、いつか来るその日には、私たちファンがもろ手を挙げてお祝いできる状況を揃えて発表してくれる。

そう、期待してしまっていたのです。

から、ごめんなさい。

「お付き合いして数ヶ月の20代前半のお相手妊娠させ、お付き合いか半年ほどでデキ婚した30代男性」の貴方のことを、とても誠実とは思うことができません。

ご本人同士の間では、考えや思いがあっての出来事なのだと思います。そう思いたいです。事故での妊娠ではないと思いたいです。

でも、世間一般には「付き合って半年の、年の離れた若い彼女を孕ませた30代男」と捉えられてしまうことをわかっていますか。

それが貴方という商品に及ぼす影響をわかっていますか。

デキ婚のどこが悪いの?そう思われる方も、世の中にはもちろんいらっしゃいます

でも、「お付き合いをして、結婚をして、その後に子どもがほしいと望んで、そして生まれる」という順番を、私の倫理観ではよしとしていました。

また、お相手20代前半です。これが貴方と同世代と同じか、それ以上だったら、デキ婚でも印象が違ったのだと思います

女性にはどうしたって、妊娠適齢期があります。30代半ばを過ぎると、適齢期は終わりを迎えていきます。だから、同世代のお相手であれば、強行手段しかなかったのだなと納得したと思うのです。

また、学生時代から長くお付き合いしてきた方とであれば、年齢関係なく、キッカケがなければ、貴方お仕事を考えると結婚できなかったのだなと思えたと思うのです。

しかし、実際のお相手は、貴方より8歳も年下の20代前半、その上、貴方より世間名前も顔も売れている方です。

妊娠彼女が望んだことなのかもしれません。そんなこと当事者同士しか分かりません。

でも、一般人の私が考えても、これだけ売れている彼女の、1年先、2年先のお仕事が決まっていないとは思えないのです。

彼女はそれらの仕事キャンセルするのでしょう。

ちょうどアイドルグループ卒業して、女優としての地位を確固たるものにしつつあるなと、ファンでない私でも感じていました。

その時期に、妊娠出産育児現場を離れることは、彼女にとってよかったことなのでしょうか。

そして、その地位を築くために手を尽くしてきた、気の遠くなる数の関係者がいるはずです。

そんなことより、貴方です。

貴方舞台から映像へ、お仕事の主軸を転換している真っ最中であるなと、ファンである私は感じていました。

ここ数年、舞台への出演が減り、生で貴方のお芝居を観られないことはとても苦しく、味気のない日々が増えていたところです。

映像世界は激戦区でしょう。貴方より若く、知名度も実力も高い俳優は山ほどいますし、さら若い方が雨後の筍のように毎日毎日出てきます

そんな世界貴方は望み、進んでいったのです。映像がやりたいとブログに書いていましたものね。

生で観れる機会が減るのに、舞台でついたファンを維持して新しいステージに行くのは、本当に難しいことなのではと感じていました。

そのタイミングで、この事態です。

から応援していたファンが離れてしまリスクは考えましたか

貴方にも絶対存在する、手を尽くしてくれた数え切れない数の関係者のことは?

今回の結婚妊娠で、たしか貴方名前は広く報道されました。

もも貴方は「彼女の夫」という肩書きがついてしか記事にはされないんですよ。

その肩書きが外れるのは、彼女よりも圧倒的に知名度が上回った日、彼女肩書きが「貴方の妻」になる日です。

そんな日は来るのでしょうか。

5年弱、貴方推してきました。

その間ずっと「売れてほしい」「もっと有名になってほしい」、ただその気持ちだけでした。

こんなことで有名になって欲しかったんじゃないんです。

貴方のお芝居で、お仕事で、世間名前を知って欲しかった。

ももう、そんな未来は来ないのだと、涙が出ます

彼女の方が圧倒的に有名だから公表タイミング貴方サイドはコントロールできなかったのでしょう。

から、いわゆる接触イベントの直前に発表となってしまったのでしょう。

なんて貴方可哀想なのかとさえ思います

そして、そのイベントチケットを持っているファンの中に少なからずいるだろう、私と同じ気持ちの方はどれほどか。

たまたまどうしても日程が合わずチケットを持っていない私は、その方々の気持ちを考えるだけで胸が張り裂けそうです。

もし私がチケットを持っていたら、いま、どれほどの気持ちだったのか…想像もしたくないです。

ただ、世間の方には強く言いたい。貴方がいわゆるガチ恋営業をしていたとは、私は思いません。

昔はガチ恋ファンもいたと思いますよ。接触イベントも多かったですしね。でも最近は激減していましたね。1年に数回、数秒の握手程度でした。

そんな中でガチ恋モチベーションを保てた人がいるなら、尊敬の念さえ覚えます

ガチ恋営業をしてたのにデキ婚って」とは、私は微塵も思っていません。

私が悲しいのは、仕事にもファンにも誠実に振る舞ってきた貴方が、誠実とは思えない結果をもたらしていること、それだけです。

結婚だけじゃダメだったのですか。お互いの仕事を考えて、時期を見て妊娠じゃダメだったのですか。

デキ婚だとしても、貴方映像仕事軌道に乗り、貴方名前もっと世間で知られてからではダメだったのですか。

ねえ、どうして、なんで、このタイミングなの。

結婚妊娠も、当人同士の意思のもと自由です。

でも、貴方たちは芸能人です。

貴方自身が、彼女自身商品である個人事業主です。

そういうお仕事世界にいらっしゃるんですよ。

会社員として働く一般人とは、同じ結婚妊娠出産でも訳が違います

その点、本当に考えていましたか

「もちろん考えていたけど、やっぱりこの方法しかなかったのだ」と言ってくれることを、これを書いている今も期待してしまっています

ダメですね。

他人に期待したっていいことはないと、私は実生活で思い知っていたのに。

なのに、貴方には期待してしまっていた。

そしてやっぱり「他人に期待するんじゃなかった」と同じ轍を踏んで、泣いています

5年弱、貴方応援する日々は本当に楽しかったです。

お芝居を観に行って、泣いたり笑ったり、今回は脚本イマイチだったけど推しくんは素敵だったなと思ったり、出演舞台や映画話題ネットニュースで取り上げられると嬉しかったり。

この5年弱という時間に、いっぺんの悔いもありません。

楽しい時間ありがとうございました。

貴方も、彼女も、どうぞお幸せに。

そして、どうかどうか、お子さんには幸せけが降り注ぎますように。

子どもは、親も、生まれタイミングも、選べないのですから

からありがとうございました。

さようなら

anond:20190519214002

考えてみればワシ自身アナルをこの邪気眼で視たことがなかった

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 3

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 の続き

指導教員の業績を調べる

端的に言って、業績のない研究室はいかない方がよい。テーマがどれだけ合っても、研究論文を発表していない人間研究者を辞めているのと変わらない。指導者としては絶対に選んではいけない。

研究業績は概ね研究室ウェブページに載っているが、ウェブページがなかったり、更新が止まっている場合は、以下のサイトが役に立つだろう

Google Scholar:author: “hogehoge” で検索すればhogehogeさんという著者名検索ができる

https://scholar.google.co.jp/

Researchmap (再掲):研究者のFacebook的なやつだ。

https://researchmap.jp/

ResearchGate:研究者のFacebook的なやつ (こちらは国際的) だ。

https://www.researchgate.net/

まず注目すべきなのはコンスタント論文が出ているかだ。例えば、最後論文が出たのが10年前であれば、それがその研究者の寿命だったわけだ。分野がどれだけドンピシャでも、そのような研究者の下で研究するのは勧めない。

・業績の質を吟味する

コンスタントにその研究室から論文が出ているなら、どのような論文が出ているのかを精査すべきだ。インパクトのある研究をしているのかというものもちろん大切なのだが、あくま過去研究過去研究だ。これまでの研究履歴を見て、その研究室あなた自身キャリア寄与してくれるような研究状況にあるのかを見定めることが大切だ。

例えば、「過去研究の焼き増しを続けているだけではないのか」という点に注目しよう。残念ながら、教員自身大学院生時代の頃のテーマを引きずって、代わり映えのしない研究20、30年と続けているケースは実在する。もちろん、長年の苦労の末、大発見をするというケースもあるのだろうが、大半は単に最新の研究インプットをしなくてなって久しいだけだ。つまり研究者として賞味期限が切れてしまっている。そういう人のところに行くと、あなたは間違いなく腐る。なぜなら、その手の教員は「新しいもの」が嫌いだからだ。なので、あなた面白いと思って見つけた新手法現象アイデアを持ってきても、気の無い返事をされるだけだ。

国際誌に論文を発表するのが当たり前な分野で、和文誌の論文でのみ書いている場合、完全に赤信号だ。論外なので、その研究室博士課程には絶対に上がってはならない。そこに進学しても大した業績もなく博士生活を終えるだろう。28無職爆誕の時である

科学研究の過度の業績偏重主義自体は、これはこれで問題であるのは私も思うところだ。しかし、博士院生が育つのはやはり、研究立案遂行、発表、そして論文化の一連のプロセスの中にあると思う。従って「院生に業績を出させる」能力があるのは、指導者として必須資質なのだ

まとめると、結局は主観的な言い方になるのだが、その研究室論文を読んで「革新的だ」「分野を前進させている」「意欲的な研究をしている」とあなた自身が感じるかどうか、再三自問した方がよいということだ。

指導教員の業績がそこの院生から出ているのかを調べる

研究論文が出ていても、それが学外の共同研究者との研究ばかりで、そこの院生研究でない場合もあるので注意した方がよい。この状況が生じるのはやや特殊だが、「教員本人は優秀だが学生がいない」あるいは酷い場合指導があまりできていない」といったことが考えられる。研究室ウェブページには、概ね「メンバー」の欄があり、そこには所属している学生ポスドク名前が書いてある。彼ら/彼女らの名前が「業績」欄に載っているのかはチェックした方がよいだろう。それを見たら、概ねどれくらいのペースで各学生論文を書いているのかも確認することができる。

指導教員の年齢

かいところだが、これも一応確認しておきたい。指導教員の年齢が定年間近の場合修士までは受けれ入れられても博士では指導できないこともある。また、そうでなくとも、学位をとって独り立ちをした後も、元指導教員は一研究者としてもっとあなた理解してくれる人間であるはずだ。そんなかけがえのない存在が、あとどれくらい研究世界に残るのかは知っておいた方がよいだろう。

私の例だと、新進気鋭の研究者を選んだが、大御所を選ぶのはそれはそれで正しい。どちらが自分の合っているのかは自分で考える部分だ。結局はケースバイケースであるため、個別にきちんと候補研究室吟味した方がよいのだが、一般論としては

比較的若手の場合

メリット

デメリット

大御所研究室場合上記メリットデメリットを反転させて考えればよい。

最後に、ここまで注意深く研究室を選んでも、失敗することは十分にありうる。

そういうときはどうすべきか。答えは一つ、すぐにでも脱出してほしい。

脱出先は、就職活動でもいいし、研究を諦めたくなければ他の大学院を受け直すのでも構わないと思う。

劣悪な研究室に長く滞在すると、人はゾンビ化する。学会に行けば、ゾンビ化した院生は必ずいるので、研究者諸氏には実感があると思う。

ゾンビ化した院生には

といった特徴がある。

あの手この手で止めてくる

劣悪な研究室では「ここで逃げても何も得られないよ」「ここでダメならどこにいってもダメ」「とにかく手を動かせばいつかは報われるよ」「未来のことは考えるな、目の前のことに集中しろ」と、さながらブラック企業上司のようなセリフを吐いてくるらしい。

当然、全力で無視した方がよい。

・他大学教員との繋がりを保とう

「あれ?私ゾンビ化している!?」と自分で気づくことができるのは稀だ。大抵、他の大学院人間と会話する中で「もしかして、今の状況はおかしいのかもしれない」と感じる。

従って、他大学人間と繋がりを持っておくのはとても重要だ。悪い教員は外との交流を持たせたがらない傾向がある。学会での懇親会や、研究会には積極的に出よう。それならば、教員としても止めようがない。とにかく、サードオピニオンを得る機会を作ろう。

随分長くなってしまったが、これで終わりだ。

この記事で読んで、良い指導者に巡り会える人が一人でも増えたら嬉しく思う。それと同時に、全ての研究室健全化が進み、このような記事不要になる未来を願う。

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 2

https://anond.hatelabo.jp/20190519190721 の続き

・その研究室院生と会話をする

首尾よくそこの院生を紹介してもらえたら、教員には聞きづらい研究室生活リアルを存分に聞こう。就活で「残業」について聞くと嫌われるらしいが、研究室見学でこの手のことを聞いても印象が悪くなることはまずないと思う。むしろ、心象を悪くしているようだったら、今すぐ、そこから逃げた方がよい・・・

具体的には次のようなことを聞けばどういう生活になるのか、見当がつくだろう。

(i) 教員とのやりとり

指導教員とはどれくらいの頻度でディスカッションをしていますか」

研究室によっては完全放置というであることがあるため、自分に合ったペースで面談をしているのかを確認しよう。個人的には、二週に一度個別面談、半期に一度くらいに研究室メンバー全員への進捗報告があるとペースがよく感じる。ただし、分野、研究内容、個人性格で変わる部分なので、どの程度がよいペースなのはその人次第だ。まだ研究のペースについてよくわからなければ、「それくらいでちょうどいいですか?まだその辺りよくわかっていないので」と先輩に聞いてしまえばいい。

(ii) 研究の決め方

研究テーマはどうやって決めていますか」

指導教員からかなりトップダウンで降りてくる場合もあるし、ある程度裁量がある場合もあるだろう。これに関しては何が正解というわけではない。私の経験したパターン後者で「まず自分が知りたいことを見つけてこい」と放り出されたところから始まった。あなたにとって納得できる方針であるかを確認しよう。これは教員本人にも聞いた方がよい。

(iii) 労働時間

「平均して何時頃に来て、何時頃に帰っていますか」

「土日はどれくらいの頻度で来ていますか」

ラボコアタイム (必ずいなくてはいけない時間) はありますか」

働きすぎは人生の毒だ。必ず確認しよう。コアタイムが長い (例えば8時間) 研究室であれば、警戒した方がよい。

ただし、8時間研究室にいること自体不思議であるとは思わないし、実験が佳境であったり学会前にはそれ以上いることだってざらだ。大学院生になる以上、それは覚悟しておく必要がある。あくま懸念事項は、「平常時から8時間強要している」という点にある。私が知っているケースだと、就職活動コアタイム中これなくなったことに苦言を呈されるという事態を見たことがある。これはいくら何でも無茶苦茶だ。

どれだけ長く滞在しているのかを誇っている様子だと、やや注意した方がよい。もちろんあなたが、大学院に入ったら研究以外全てを投げ打って働きたいというのなら、それはそれで構わない。しかし、多くの人間にとって研究人生の一部である人生ではない。「これは奴隷の鎖自慢なのでは?」と一歩引いた目で見るようにしておいてほしい。

(iv) 所属メンバー

博士学生ポスドクはいますか」

博士学生ポスドクがいたら、自分よりはるかノウハウがある先輩がいるわけなので、入学後大きな助けになる可能性がある。いる場合、「博士学生ポスドクとは議論したり、一緒に研究をしたりしていますか」と聞いてみるとよいだろう。

(v) 学会出張などへのサポート体制

学会などへの出張費はきちんとカバーしてくれていますか」

信じられないことに、自費で海外学会に行かせる研究室もあるのだ。博士学振研究員に採択されているのならともかく、多くの学生にとっては経済的にこれはかなりきつい。

人件費をどれだけ重視しているのかは教員によってかなり落差があるので、聞いておいた方がよい。

(vi) 学位取得の要件

学位の取得状況はどうですか (博士号は3年で概ね取れているのか)」

学位要件は、実際のところどの程度要求されていますか」

「隠れた要件はあるのか (要綱には書いてないが、実質的要求されること)」

これまた信じられないことに、博士号を頑なに出さな教員というのは実在する。理由は様々だが、中には目を覆うような酷い話もある。だが、理由など知らなくてよい。あなたがすべきなのは人生を棒に振らないためにも学位取得状況は早い段階で知っておくことだ。これは教員本人にも聞いておくとよい。「その人次第」としか返ってこなかったら、黄色信号だ。その人次第な部分が大きいのはその通りなのだが、これでは答えになっていないからだ。

上記にあげた質問に、先輩の博士院生教員が明快に回答できなかったら、要注意だ。

(vii) 学生生活

学生間の仲はどうですか」

「同じ研究科他の研究室との関係は良好ですか」

研究室でのduty (研究以外での義務、例えば掃除) はどれくらいありますか」

快適に研究室ライフを過ごせるかどうかはこの辺にかなり左右される。ただしdutyがあること自体普通なので「あるからダメ」と言いたいわけではない。あなたにとって適切な量と内容なのかが重要なのだ

(viii) 大学院試についての相談

見学して好感度が高い場合、具体的に院試を受ける際の助言も聞いておいた方がよい。どの教科書を使って勉強するのか、講義資料院試過去問はもらえるかといった点だ。

さて、首尾よく研究室見学ができたとする。「もうここしかない」と思うかもしれないし、決めかねて迷っているしれない。が、どちらの場合にせよ、即決するのは性急だ。最終決定するにはまだまだやることがある。

複数大学院見学する

一つだけ見て、そこに決めるのは危険だ。できれば複数研究室見学しよう。

複数研究室比較することで「実はあそこは環境が悪い/良い」ということに改めて気付けるかもしれない。

劣悪な環境研究している院生は、本人たちは「大学院はこういうもの」と思い込んでいることが多い。奴隷はいしか自身を縛る鎖に安心感を抱くものなのだ。そうならないためにも、早い段階で多様な研究者と話すことで、研究に対する価値観養生していった方がよい。

・話せる大学教員研究者にその研究室評価を聞く

「授業を受けていた」程度の間柄でも構わない。「大学院進学をしたくて、○○研究室を考えています」と言えば、よほど酷い人格の持ち主でない限りは何らかの返答はしてくれるだろう。「そこは素晴らしい」だとか、逆に「正直お勧めしない」だとか。もちろん、研究者も人間なので、その人一個人見解だ。なので、全て鵜呑みにする必要はない。例えば、私は知り合いの研究者に「君、そこに進むと厳しいよ?」と諌められたが、(今のところは) 生き延びている。あくまで、考える材料として聞いてみるとよい。

指導教員研究費を取れているかを調べる

研究には金がかかる。指導教員研究費を取れているのかは、自身の学び、研究の質、量、そこから生じる心理的幸福全てに絶大な影響を及ぼす。どのようなテーマ資金を獲得しているのかは、研究室ウェブページに書いてあることもあるし、そうでなくても調べようはある。

科研費データベース

https://kaken.nii.ac.jp/ja/

このウェブページには、 日本学術振興会提供する科学研究補助金 (科研費) の採択リストが載ってある。研究室教員名前を打ち込めば、その人がキャリアを通じて獲得した科研費を全て知ることができる。もちろん、科研費限定なので民間助成金は載っていないが、大きい額の研究資金は概ね科研費なので、これを見ておけば大体の資金獲得状況はわかるだろう。

Researchmap

https://researchmap.jp/

これは、雑に例えると「研究者のFacebook」だ。研究費の獲得歴を記載してある人が多い。自分の興味のある教員名前を打ち込んでみよう。

資金自分入学時も継続している場合は、どのようなテーマ教員資金を得ているのかが、自分研究テーマにも直結するため、必ずチェックしよう。

博士号取得者のその後

その研究室学位を取った人のその後のキャリアを追ってみよう。人によっては研究室ウェブページ掲載している。そうでなくとも、博士取得したであろう過去院生名前検索したり、その後の業績を追いかけるとよい。著者名での論文の調べ方がわからなければ、「Google Scholar 著者名」で検索してみよう。

学振DCPDの採択実績

学振DC、あるいは学振PDとは、日本学術振興会特別研究員という制度だ。簡単に言えば博士課程や、その後のポスドクでもらえる給料研究制度だ。博士課程を希望していてこれを知らないのはもったいないので、知らなければすぐに調べたらよい。

博士に進む場合は、学振採用されることはかなり重要だ。色々問題ある制度であることは否めないが、例えばDC1に採択されれば少なくとも3年間の生活保障されるので、狙わない手はない。

学振に通る研究室は、大体固定化される傾向にある。「結局は知名度」と言われる意見散見されるが、私はそうは思わない。学振に毎年のように通る研究室は、先輩が後輩の申請書を添削したり、後輩が採択された先輩の申請書を丹念に分析して執筆しているものだ。

従って、進学先の研究室の先輩が学振に採択されているのかはしっかりと見ておいた方がよい。学振に通っているのかは、研究室ウェブページ掲載されていることが多い。そうでなくても、学振ウェブページに採択者一覧が載っているので、教員名前で調べるとよいだろう。

https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyoichiran.html

学振に通らなくても研究者として成功している人が大勢いるので、学振に通ることと研究者として成功することはイコール関係ではない。だが、ある程度博士課程学生がいるのに、誰一人通ってない研究室というのは、やや危険かもしれない。個人的にはやめておいた方がよいと思う。学振が通っている研究室は、申請書を見せ合う文化がある。往々にしてそのような環境の方が、平時から学生同士が活発に議論したり、お互い批判的に語りあえる仲であることが多い。

少なくとも、学振が全く通っていない研究室では、質の良い申請書を書くノウハウ指導してもらえることはあまり期待できないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202206 に続く

anond:20190519194620

お疲れ様でした

そういう子はいるね、自身立場の弱さを他者転嫁しようとするような

増田気づきの部分はその通り、大事だと思う

新人教育について周囲・上司と連絡しあっておく、という

けどまあ、どちらが今会社利益を出していて、どちらが今後も利益を出し続けると見込めるか、という事は会社も分かってるし、

ハラスメント疑いの報告があった建前、組織としてきちんと事実確認したというくらいだと思う

一度他人のせいにした彼女に次の手はないよ

変に気にせず仕事をしたらいいと思います

復帰新卒の子産休届け出してきた

新人:3年前に新卒入社して12月産休、今年3月から復帰。新卒扱いで新人研修

私:社会人5年目。上記ともう一人新卒教育担当

3年前、研修を終えてうちの部署に来て、色々と頑張ってくれてたが、急に産休という事で居なくなるも、まあ部内は頑張ってな〜程度の軽い気持ちだったと記憶している。

まれた後も、度々子供見せに来たり、差し入れ?持ってきたりと復帰する感あったので、復帰後はブランク取り戻すのと、時短勤務と言う事で研修やってもらう事になり、私が担当となる。

が、どうも覚えが悪いというか、細かいミス検討が足りないのが目につく。穿った見方をするとやる気を感じない。(この時点で気が付くべきだった)

まあ子育てあるし大変なんやろな〜、出来る感じでええよーと、良く言えば放任、悪く言えば期待しない対応してきた。

(年下の新人の子との対応密度の違いがあったのは認める)

でも質問やら提出物チェックは自身作業を止めて、出来る限り注力してきた。とは言え自分仕事が減るわけでもなく、、この2ヶ月終電間際でヘロヘロ毎日GWなければリカバリー出来なかったと思う。

で、先週金曜日に突然産休届が私はもちろん部長すら通り越して総務へ提出される。

(まあ事務ルート上は正しいけどさ…)

んんん?妊娠3ヶ月て事は、この3,4月は何だったの??研修しなくて良かったんじゃない??

そして、何故か部長とセットで呼び出されて、新人研修コストの話やら、教育方法問題があったのではないか?と1時間も詰められる。(かなり怒ってる空気

どうやら、研修が嫌でつい妊娠してしまった、計画的ではない、仕事はしたいといった内容の報告があったとの事。

幸い、適当仕事が無くてブランク取り戻してもらう、そもそも前の産休ほとんど仕事していなかったので、現場ですぐに受け入れられないと総務含めてネゴってあった部長が庇ってくれたのと、もう一人の新人の子が優秀過ぎて問題無かったのと、指摘内容を全てOneNoteに残っていたから、復帰新人個人的な都合という結論で終わったが、、、

下手したら私のパワハラやらマタハラ辺りが疑われてたって事??

もし、何もなかくて、1体1だったら勝ち目無かったかもと思うと身震いが…

結論

新人担当の人は、指摘事項とかは極力残すように、指摘も会議室密室では無く、周りに人が居る自席でやろう。

そして、中の上の男以外の担当にはならない方がイイ。なった場合は最悪を想定しておく事。

理由

優秀過ぎるのは大抵3年で消えていく。色々と教えて戦力になった辺りで。

ポンコツなのは、苦労するだけで成長なんてしない、もう遅い。無理だ。あいつを新人教育したのはあの人だと、要らぬレッテルが貼られる。

普通の女は、産休で消えていく、下手したらマタハラとかの危険ある

私のGW返して…

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 1

タイトル通り、大学院進学希望者が、進学先を決める際にした方がよいこと、すべきことについて助言を書いた。

既に巷に溢れている記事ではあるが、様々なところで進学先の失敗談を聞いて、改めて書こうと思った。主に博士進学を考えているもの念頭に書いたが、修士就職する人にも参考になるかもしれない。

当方現在ポスドクで、大学院時代はそこそこ上手くやってきた方であるとは思っている。もちろん、相応の努力はしたが、それだけではない。上手くいった大部分は指導教員、ひいては研究室選びで良いスタートを切れたことによるのだが、修士課程に上がった当時は、右も左もわからず、たまたま見つけた研究室に進んだ。つまり、運が良かったのである

今だからこそわかることもある。また、諸所で指導教員とのトラブルの話を聞いていると「それは下調べさえしていれば避けられていた・・・」と感じることが多い。

そこで、大学院特に博士進学まで見据えて考えている人に、今自分学部4年、あるいは修士2年次であればこうするであろうというTipsを述べたい。

当然、部分的には当たり前であったり、逆に分野によって文化の異なるところもあるかもしれない。なので、納得のいく箇所があれば適宜参考にしてもらえれば幸いだ。

研究室を探す

まずは自身の関心のある分野の研究室を探さないと始まらない。研究室の探し方は人それぞれで、どうしてもその時々の巡り合わせに左右されてしまう。なので、ここでは私の経験を書く。

私の場合学部研究室テーマからは変える予定であった。具体的ではないにせよ、方向性を決めたのは学部3年生の頃で、大学にその分野の研究室がなかったのだった。仕方がないので、その分野で有名と思しき研究室を調べ、いくつか候補とした。

候補となる研究室は、学部時代指導教員に当該分野のある大学を聞いたり、学外の研究会に出席することで知った。また、見学に行った先の教員から教えてもらうこともあった。ようはとにかく、行動することだ。

ただ、私の場合は、結局最終的に行き着いたのは学部2年生の頃受講した講義で知った研究者だったので、この点は運がよかったとしか言いようがない。

学会などは、学部生が無料場合もある。絶好の機会なので参加するとよい。学会にいけば、シンポジウムで当該分野で目立っている研究者の顔ぶれを知ることもできるし、ポスター発表会場で直に会って、実働隊として研究をしている大学院生やポスドクと会話することもできる。「知識もないのに聞いても迷惑ではないのか」と不安かもしれないが、心配はいらない。大部分の研究者は、意欲的な学部生が聞いてくれることを喜んでくれる。邪険に扱ってくる者がいれば、その人の問題なので、気にしなくてよい。

研究室見学にいく

研究室見学には必ずいった方よい。大学院説明会というのもあるが、可能であれば個別アポを取って見学にいく方おすすめだ。そちらの方が平常運行状態研究室を見ることができるし、個人的質問相談ができるチャンスが多いからだ。

多くの研究者研究室大学ウェブページ自身メールアドレスを公開している。そこからコンタクトを取ればよい。大抵の場合は、返信をくれる。メールを書く際には、件名に「研究室見学のお願い」と、要件を必ず書くこと。

メール文章例を載せる。この例以外にも、「研究室見学 メール」などとググれば文例はいくらでも出てくるので、自身に合った書き方を真似つつ、丁寧かつ、要件が明快なメールを送ろう。

ポイントとしては

  • 簡潔に「進学先を探しているので見学をしたい」という要点を書く
  • 何に興味がありコンタクトを取っているのかをごくごく短く書く
  • 名前所属記載するのは忘れないように

といったところだ。

例1

————————————————————————————

○○先生

お忙しい中、突然のメール失礼します。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

私は大学院進学志望でhogehogeに興味があり,○○先生研究室見学したくメールをさせていただきました。

もしお時間があれば研究室訪問させていただきたいのですがいかがでしょうか。ご連絡お持ちしております

[ここに名前]

hogehoge大学hoge学部

[ここにメールアドレス]

————————————————————————————

例2

————————————————————————————

○○ 先生

突然のご連絡失礼いたします。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

○○先生研究室を~~~~~~~~~~をきっかけに知り、是非見学させていただきたく、メール差し上げました。

私は現在~~~[現在の状況]~~~~~で、進学先の進路を模索している最中にあります

それを考えるにあたり、○○先生現在のご関心や今後の展望について一度伺いたいと思うに至りました。

つきましては、入試などでお忙しい中大変恐縮ではありますが、2, 3月中に訪問時間をいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い申し上げます

[ここに名前]

————————————————————————————

修士学生ならともかく、学部生は教員メールを送って見学にいくのは、(他大学だと特に) ハードルが高いかもしれない。しかし、繰り返しになるが、研究室見学には絶対にいくべきだ。相手無駄時間を取らせてしまうかもしれないと恐縮する気持ちもわかるが、大学院に進めばあなたは少なくとも2年、場合によっては5年かそれ以上の時間をそこで費やすのだから

さて、首尾よく研究室見学に行けたとする。何を話し、聞くべきか。こちから聞かずとも、概ね先方が紹介してくれると思うが、必須な項目を述べておきたい。

・目下の研究について聞く

研究室は大きくなればテーマが多様であることも多いし、先端の分野であるほど研究流行り廃りは激しい。従って、未来指導教員が今、現在、何に関心があるのかは率直に聞くべきだ。

とはいえ、下調べは忘れずにしておくの忘れないように。具体的には、見学にいく研究室の直近の論文には目を通しておこう。目安としては、最低5年分はざっと読んでおくとよい。全部理解できなくてもよい。むしろ理解しきれなくても「面白い」と思えればそれを実際に会ったときにぶつければ会話が弾む。これを面倒に感じるなら、そもそもその研究室あなたに合った場所なのか考え直すべきだ。

実際に会って話すときは、回りくどい言い方はしなくて構わない。ストレートに聞きたいことを聞けばよい。

最近論文、例えば去年のhogehoge掲載された研究は○○についてでしたが、今後もそのテーマ継続されるのでしょうか?」

「今後5年間では、どのような題材を扱おうとお考えでしょうか?」

「まだ実現していなくとも、先生自身が今後着手したいテーマや注目している現象などがあればお聞かせください」

など。

この手の質問への回答が、あなた琴線に触れるかどうかが一番大事だ。指導教員自分明後日の方向を向いている状態博士課程を生きるのはかなりつらい。「乗るしかない、このビッグウェーブに!」と思えることがまず重要なのだ

研究テーマ相談する

自分がその研究室に進んだとしたら、どういうことをやりたいのか、興味がどこにあるのかを伝えよう。相手あなたが何者で、何をしたくて来ているのかわからない以上、何を話せば楽しんでくれるのか探り探りなのだ博士課程に進むつもりなら、その旨も伝えた方がよい。

興味関心を伝えれば、何を話せばいいのかも明瞭になるし、場合によっては「それを扱うことができない」ときっぱり伝えてくれて時間無駄にしなくて済むかもしれない。

そうであっても、場合によっては当該分野の研究者を紹介してくれる可能性もある。相手業界人なのだ。頼りまくって構わない。私自身、それで別の研究室見学に行かせてもらったことがある。

特にまだやりたいことが明確でない場合、そう伝えればよい。ただ「○○を面白いと思った」といった、どの辺りに関心を持って見学に来ているのかは伝えよう。テーマを決めかねているのを恥ずかしく思う必要はない。多くの教員は「一緒に考えていけばいい」「今日見せたものなら何が面白かった?」「実は君が面白いと言ってくれた○○は今後こうしようかと思っていて・・・」と話を広げてくれるだろう。

余談だが、実を言うと、具体的なテーマが決まっていない方が受け入れ側からすると「楽」場合もある。なぜなら、学部修士学生が独力で思いつくテーマは大抵面白くないのが現実であるからだ。なので、「こういう方向に興味があるが、具体的にはまだわからない」くらいの方が楽しく議論しながら研究を具体化できるので、指導する側からすると気が楽であったりする。最悪なのは絶対にこれをやりたい」と熱意にあふれているが、そのアイデアがつまらない学生だ。下手に折ると熱意が萎えしまいかねないが、そのまま受け入れると研究リソース無駄になってしまう恐れがある。そのため、気を遣いながら方向修正していく必要があるからだ。

設備について質問する

研究には設備必要だ。自分のやりたいことがある程度決まっている場合必要設備も自ずと定まってくる。それが研究室にあるかどうかは、確認した方がよいに決まっている。マウス研究室ショウジョウバエ研究をしたいと言っても苦笑いされるのが関の山だろう。

また、使いたい設備がわかると、そこから指導教員と会話が広がる可能性もある。どういう方法論に興味があるかがそれで伝わるためだ。

自分が使うかもしれない設備については、研究室の人数に対して適正な規模になっているのかを見ておくとよいかもしれない。例えば解剖スペースが学生数に対して小さすぎると、なかなか自分が使えないといった事態もありうるかもしれない。これは数年の生活では結構ストレスになるので、快適に仕事ができるかどうかは十分に見ておくとよい。

また、実験設備以外にも、共用の院生室などの充実具合も確認しておいた方がよい。

作業机は個人ごとにあるのか、共用であれば十分な広さであるか。私の知っているところだと、二人で一つの机を共用で、曜日ごとに融通し合わなければいけないところがある。キャンパスに通うモチベーションがガクッと下がるのは言うまでもない。

さらに驚くべきことに、ゼミ資料印刷費が自費という研究室存在する。学費を払って大学院に来て、さらに雑費まで払わされるのだ。

余談だが、私はコーヒーが好きなので、研究室に上等なコーヒーマシンが置いてあったのはかなりQOLを高めてくれた。

とにかく、見学した際に、自分がそこで生活するイメージが湧くか考えてみよう。

収入事情

博士院生金銭に頓着しない人間が多いが、生きていくだけの金銭が確保できるのかはよくよく検討した方がよい。金銭というのは、あまり多くても心理学的な幸福を増加させてくれないが、ないと一瞬で人を鬱にしてしまうのだ。

学振が取れればそれでいいが、問題修士課程と、博士学振取れなかった場合だ。

具体的には奨学金RA (research assistant)、TA (teaching assistant)、学費免除制度について尋ねよう。研究室によってはRA学費実質的にタダであったり、そもそも博士課程に学費がかからないところもある。

一方で、無償TAやらせたり、年々あれこれ理由をつけて学費をジリジリと上げている研究科も、私は知っている。

博士課程であれば、学生非常勤講師をどうの程度しているのかを聞いてみるのもよいだろう。ツテがあれば、非常勤の枠を斡旋してもらえ、収入源となるだけでなく教育もつく。

また、日本学生支援機構奨学金は通常ただの学生ローンであるが、大学院生かつ、一種 (利子なし) の場合免除制度がある。その研究室ではどの程度通っているのか聞いてみるとよいだろう。

これらのことも、率直に聞けばよい。

学費について不安なのでお尋ねしたいです」

奨学金はどの程度取れるものですか」

RATA制度はありますか」

非常勤講師の枠などはありますか」

のように。

教員現在ポジション

興味がある教員肩書きが「准教授である場合博士号の主査になれないことが多い。

その場合、通常は名目上、その研究科の別の教授主査になってもらうことになる。その際に不利益が生じることがある。

例えば

真っ当な良心を持っている人には何を言っているのかわからねー部分もあると思うが、私にもわからない。とにかく、現実にあるのだ。

ただ、そのようなことがないか確認するのは、入学前だと極めて困難であるのが実情だ。

少なくとも、そこの准教授学生がきちんと学位取得まで学生を育てているのかはよくよく確認した方がよい。

大学事務システム

これは博士で、特に学振DCを取る人向け。大学によっては研究費の執行システムがかなり厳格なことがある。研究不正をなくすためという高邁な精神は清く、正しいのだが、その結果大部分の研究者にとってはただただ煩雑であることも少なくない。将来的にDCを狙う場合は、聞いておいて損はないだろう。

まぁ、「事務研究者にsupportiveですか?」とか。学生が聞いてきたらちょっと気味が悪いかもしれないが。

研究室雰囲気はどうか

研究室雰囲気というのは面白いもので、実際に脚を運べば必ず漂っている。アクティブ研究室は活気に溢れているし、停滞している研究室には淀んだ空気が流れている。学生が働いている様子を見れば、自分がそこに加わりたいか、実感を持って考えることができるだろう。

気の利く教員なら向こうから所属している大学院生を紹介してくれる。そうでなくとも見学に行った際には「所属している大学院生と話がしたい」という旨を伝えるとよい。よっぽど後ろめたいことがない限りは、快諾してくれるはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 に続く

植松はてなーの違いが分からない

植松は重複障害者を殺したけど

はてなーもっと軽い障害でも生まれる前に分かったら殺していいと思ってるんでしょ?

はてなーの方がより強力な植松だって認識何だけど

はてなー自身差別とは対局にあるような言動してるじゃん

一体植松とどう違うの?

一応、クルマ安全性についての相談

最近ブレーキアクセルの踏み間違え事故世間は大騒ぎである

そもそもクルマは無条件で運転させることは到底不可能な程度に危険ものであり、免許を設けることでなんとか社会で受容できるレベル事故率を下げてきたという、歴史的事実を痛感させられる。


そんなクルマ世界だが、公道を走るクルマとは別次元危険なのはレーシングカー世界である

特にフォーミュラカーあるいはオープンホイールと呼ばれる競技専用車は、割と最近まで文字通りドライバーの血で染まった歴史だった。

たとえば1970年代F1なんて、

という有様で、参戦ドライバー25人中、毎年平均して2人が亡くなるという、職業としてみた場合もはやブラックなんてレベルじゃない状態で、それこそ命よりも大事な何かがある人か、それくらいしか能力適性がない可哀想な人以外には、とてもオススメ出来なかった。


そんな時期から気がつけば半世紀近く経ち、現在ではかなり死亡リスクは軽減された。

特にF1については1981年に初めてカーボンモノコック製の車体が登場してからの進展はめざましく、死亡事故も数年~十数年に一度くらいに激減した。

しかし、依然として危険はある。しかフォーミュラカーアイデンティティというか、本質的危険性が未だに解決されていない。


ちなみにフォーミュラカー定義は大雑把に言うと

  1. コクピット露出している
  2. タイヤ露出している

以上の点を満たす、舗装されたコース専用の競技車両ということになる。

というか、これに当てはまらないものフォーミュラカーではないと言い切れるくらい、本質的な部分だ。

そして、この点が依然として重大事故のリスクとなっている現実がある。

すなわち、それぞれ

  1. ドライバーの頭部を守るものヘルメット以外存在しないので、衝突時の危険はもちろん、飛来物に当たるだけで重大な受傷事故に直結する
  2. 走行中、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけで、後続車が宙を舞う大事故に直結する

このうちコクピット危険性については、最近Haloと呼ばれる、コクピットを環状にバーで囲む防護装置(バーチタンもしくは鉄製)の装着が義務付けられる流れになっており、これでかなり解決しそうである

しろ過去には、自身クラッシュで飛んだ破片が頭に刺さって亡くなったアイルトン・セナや、更には宙を舞ったマシンが真っ逆さまのままガードレールの真上に落ち、ドライバーガードレールに切り裂かれて真っ二つになったとか、ガードレール真下マシンが潜り込み、ガードレールによって文字通り首を刎ねられたとか、インディカーでは宙を飛んだマシンコクピットから金網に突っ込みドライバーもみじおろしになった事例もあるのだ。

どれも頭部を防護する仕組みが車両側にあれば…と思わずにいられない。


というわけで、残るは「タイヤ露出しているため、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけでマシンが宙を舞う」問題だ。

というか上述の例だけでなくかなりの数の死亡事故が、オープンコクピット危険性にオープンホイール本質的特性が合わさったケースだったりする。

もちろんそこはプロドライバーレーシングカートの時代からタイヤ同士の接触危険性を叩き込まれて育ってきた事もあってか、ドライバーの工夫によって滅多に起きない事例である

しかしひとたび起きれば、入門カテゴリレーシングカートでさえ死亡事故の原因になるのだ。

これ、物理特性絶対回避できないのだろうか。

何か防ぐ手立てがあるのか、とても気になる。

anond:20190519154551

単語集合体投稿を繰り返すばかりで

まともな文章も書けないお前がまず終わっている

文章が書けるかどうかって最も基本的な事だから

子供で例えれば、間違っているかけ算九九を永遠に暗証しているようなもの

それを繰り返すばかりで成長が全くない

そして自分でも自身能力の低さにほんの少し自覚があるから匿名投稿で繰り返す

から社会から追い出され、恨みのこもった罵倒を繰り返す

君が社会と分離しているのは、構成員ゴミクズだったのではなく君がゴミクズだったからだろう


実際自分のことを本心では恥じているか

今日の夜にでもなったらこ投稿いつものように削除するでしょう?

anond:20190519141211

まりじゃないけど、一生にわたって自立の難しい子を介護する覚悟ができるの?

しかも晩婚なら、子供が大きくなって介護が本格化する頃に退職お金が無くなったり、親自身が要介護状態になったりするのに

孫の顔を見ることも不可能になる(これは自分高齢のせいでもあるけど)

「何がしたいの、どうしてほしいの」で追い詰められる

どうしようもなく追い詰められてる人間にこの言葉で迫るのはまじでやめろ。まあ俺は追い詰められてる人代表ではないから、他の人はどうかは知らんけれど。少なくとも俺はこの言葉を言われただけで、「ああ、こいつとは分かり合えない」と断絶を感じる。こいつに何を言っても無駄だと思ってしまう。

それは周りの人間からしたら、その人がどうしたいのかがわからいから出てくる言葉なのはわかるけどさ。追い詰められてる人間は何がしたいかなんてわからんわけよ。わかってたら追い詰められてたりしないからさ。

で、なんでそこまで追い詰められてるかを説明しなきゃ、どれだけ辛いかを周りの人間理解してもらえないんだが、この説明自体が難しい。単純でわかりやすきっかけがあれば説明もしやすいし理解もされやすいだろうさ。でも些細なことでも、長い間の積み重ねで心が折れることがある。それを「ちゃんと言ってくれないとわからない」なんて言われても、こっちだってどう説明しようかわからんし、そもそも心がくじけてしんどいところをどう説明すればいいのよって思う。

でさ、この間心療内科に行ったんだけど、行ったことを後悔したわけさ。ああ、結局理解されないんだなって。

そこでも結局何がしたいのって聞かれるわけだが、そんなの一言説明できるかよ。うまく説明できるほど口が達者でもないし、口が達者ならここまで追い込まれてねえし。

でもさ、心療内科行ってみて得たこともある。俺が欲しかったのは寄り添ってくれる人なんだと思う。現状分析してアドバイスしたり解決策を提示してくれるような人はいらないわけ。もうこれ以上何もやりたくないのに、さらにあれをやりなさい、これをやりなさい、今のままじゃだめだとか、そういう追加のタスクを投げられても、すでに抱えきれない状態なんだ。死ぬよ。

まあそんなだから自戒意味を込めてこれを書く。

自身は追い詰められてるけど、振り返ってみると逆の立場で「それはこうすればいいじゃん」とかアドバイスしてたことがあったし。そのアドバイス相手馬鹿だなぁ、そんなこともわからないのか、俺ってできる男、みたいな気持ちアドバイスしてなかっただろうか。今の自分が強く思ってる「そんなのいらない」ということを俺自身がやってるわけさ。

「こうすればいいじゃん」ていう解決策はさ、追い詰められてる人間だってわかるさ。わかってない場合もあるけど。でもそれを行動に移す気力がないわけよ。追い詰められてる状態人間さらにがんばれって言ってるもんだよ、それ。がんばれないからつらがってるわけじゃん。その状態理解されないから追い込まれるわけじゃん。

だいたい「そんなのこれやるだけじゃん」と簡単そうにアドバイスをするやつは、現状を知らないから言えるだけというのを理解して欲しい。同じ立場・状況に置かれてその現状を実感した上でのアドバイスなら聞いてやれなくもないけど、そんなこちらの状況をまるで知りもせずにする上から目線アドバイスなんて、さらなるストレスしかない。気分としては安全地帯から石投げられてる気分よね。

介護問題で悩んでる人に、それはもう施設に入れるしかないじゃんとかアドバイスするのは簡単だろうさ。でも、その施設に入るまでの間は何も変わらないわけよ。あんたが面倒見てくれるわけ? 違うよね。

老人が運転してた車で若い人が命を失う。免許を返納させろ、それをしなかった家族も同罪だなんて、無責任に言ってる奴ら。それだって現状を見てないわけよ。免許を返納したあと、その老人の世話を周りの家族が見なきゃいけなくなる。それどうすんのって視点が欠けてる。返納させればいいじゃんって言ったあなたあなたが面倒見てくれるんですか? タクシー使えばいいじゃんって? そのお金はどこから出てくるのよ。タクシーくるまでの間、どうすればいいのよ。口でいうだけなら簡単なんだよ、それちゃんと実行できるの? 正論のつもりで言ってるのかもしれんが、それめちゃくちゃ無責任発言だぞ。

・・・ああ、ちなみに。俺は介護で追い詰められてるから、老人に若者子供の命が奪われる現状が憎くて憎くて仕方がないよ。老人なんて等しくこの世から消滅してしまえと思ってるよ。老人の肩を持つ気はさらさらない。自分のばばあ憎しから拡大して、世の中の老人全部が憎悪対象だよ。

ただ、老人なんてみんな死滅してしまえと思うのと同じように、現状をよく知りもしないくせにアドバイスのような、その実相手を追い込めるだけでしかない呪詛をばらまく奴らも同じようにこの世から消滅してしまえと思ってる。

別にさ、俺の状況知ってるわけでもないやつに、なにかアドバイスしてほしいなんて欠片も思ってねぇよ。ただ話を聞いてくれよ。

とりあえず現時点で、同じ境遇に置かれてる家族と傷のなめあいして心を紛らわせてなんとか耐えてるよ。紛らわせたところで俺を追い詰めるものが消えてなくなるわけじゃない。本当にクソみたいな世の中だ。

ああ、気がついたら呪詛が出るな。すまんすまん。

まあこれで何が言いたいかって言うとさ、追い詰められてる人間、疲れてる人間にさ、「お前はどうしたいんだ、どうしてほしいんだ」って聞くときはさ、ちゃんと本人に寄り添ってからにしてやってほしいってこと。

本人がどうしたいのかってところはさ、すげえ大事な部分だし、それを聞かないと周りも何もできないんだけどさ。それを聞き出すのが第一なのは、少なくとも俺はめちゃくちゃ傷つく。ああ、こいつには時間がないんだなって思うもん。そんな単刀直入にすぐ説明できるようなもんじゃないし、そもそも自分でもわかってないのに、開口一番それってことは、お前の相手してる暇ねえんだよってことなんだなって思うもん。ああ、こいつには理解されないんだなってその時点で無力感感じるね。

追い詰められた人間が自ら助けを求めに行くのって、めちゃめちゃハードル高いの。そんなのが簡単にできるのであればそんなに追い詰められてないだろうしね。

それでも助けを求めに来たときは、まずアドバイスじゃなくて話を聞いてやってくれ。溜まりに溜まったものが渦巻いてて、本人はどこからどう話したらいいかよくわかんない状態からさ、急かさず、ただそばにいるだけでいいさ。お前の話はしなくていいよ。ただ本人のそばで、うんうんって聞いてやってくれ。それだけでだいぶ救われる。

絶対に、そのプロセス飛ばしアドバイスなんかしないでくれ。ああ、やっぱり何を言っても無駄なんだ、伝わらないんだって絶望しか残んねえから

何がしたいのか、どうしたいのか、ってのはとても大事なこと。追い詰められてる本人には見えてないもんだからね。だからどこかのタイミングでそれを切り出さざるを得ない。でもそれは、どっちかっていうと、追い詰められてる人と一緒に見つけるくらいのスタンスでやってほしいのよね。まあそれができりゃ誰も困らないんだけどね。

追い詰められてる人に対してもなんか書いとくかね。

とりあえず、貯め込むのだけは良くない。絶対に良くない。これだけは間違いない。だからどこかに吐き出すのだ。吐き出す際、王様の耳はロバの耳方式が良い。返信を期待しないところに吐き出すのが一番だ。何も解決しないけど、溜め込んだものを吐き出すのは大事だ。

増田に書くのもいいし、怪文書としてマスコミに送りつけるとかでもいいんじゃない、知らんけど。誰に見せるでもなく、紙に書き出すとかもありよ。吐き出せ吐き出せ。

そんなことしたって何も解決しないけどさ。少なくとも頭の中でぐるぐるぐるぐる悪い感情ループしてるのからは気が紛れると思う。

かに助けを求めようとする人は偉大だ。追い込まれてる状態なのに、拒絶されるかもしれない・理解されないかもしれないという恐怖を抱えながらも、助けを求めに行ける君はすごい。俺は尊敬するね。

君はどうかはしらんが、俺はようやくわかったよ。アドバイスがほしいんじゃなくて、現状を理解してもらいたいってのが俺のしてほしいことだってね。だから理解されないかもしれないけど、助けを求めに行動をすることにも意味はあるとは思うよ。そのせいでさらに傷つくことになるかもしれないけど、そこから見えてくることもあるかもしれない。

まあ悩みの大本がさっさと消えてなくなってくれるのが一番なんだがね。

anond:20190519000428

「やって当然、できて当然」の事ってのは物凄い数あってな。

それらを全部できる人なんて超人の類であって、少なくとも俺は出会った事ないんだわ。多分地上に一人もいないんじゃないかと思う。

でも身近な人の欠点を見ると、「この人はなぜやって当然の事をやらず、できて当然の事をできないんだろう」と思ってしまうんだわな。

それを自分にも適用するようになると、際限なく落ち込んでしまうんだわ。

人間、何かしらやって当然の事をやらず、できて当然の事ができないものだと思い、

自分相手も、欠点50個に対して美点51持ってるならOKと思えなければ、結婚なんてできない。

その欠点がどうしても見過ごせない欠点ならどうしようもないけどな。

あなたのお父さんは箸を運ばない人かもしれんが、それが許せないほど美点が無い人なのかはちょいと考えて見た方が良いのでは?

あなた自身も、ブスかもしれんが、それは欠点の一つでしかない。

それを補う美点がないのなら、そっちの方こそが問題だと考えるべきだろう。

わたしとの決別

幸せになってほしい人がいた。

その人は社会からはみ出てしまいがちな人で、わたしはその人と社会を繋ぐ何かになろうとしていた。それで彼は見事に人生を巻き返した。わたしが実際にそうであったかは分からない。彼自身努力したことが大きかったのだとは思う。それでも感謝された時、わたしは間違っていなかったのだと思ったし、彼が立派な社会の一員になった時、心の底からうれしかった。

最後に彼と直接話したのは半年上前のことだ。今、彼の周りには素敵な友人が溢れている。恋もしているようだった。わたしはそれをすごく離れたところから見ていた。昔は1週間も連絡を取り合わなければ、どうしたの、とメッセージが届いた。今開いてみても、やはり最後は「今日ありがとう」、というやりとりだった。直接どころか、話したこと自体半年前だったみたいだ。

所在を失った感情がなかったというわけではない。けれどこれはわたしが望んだ未来だったし、彼は幸せそうなので、やっぱりこれでよかったんだろう。思えばずっと一緒にいた。もう7年にはなる。長いようで短かった。その間ずっと、わたし幸せだったと思う。日常の小さな喜びを幸せだと捉えられるようになったのは、間違いなく彼のおかげだった。

昨夜、彼が繋がっているSNS更新していた。写真の中の彼は本当に楽しそうに笑っていた。かつてわたししか見せていなかった顔。たぶんあの頃よりもわたしはずっと幸せになった。あの頃、わたしは彼の全てに憧れていたし、彼はわたし理想に一番近い人だった。彼を支えることが自分を支えていた。だから今まで生きてこられた。有難いなと思った。こんな出会いは滅多にあるもんじゃない。

きっともうお互いに、お互いを必要としていないことは分かっていた。写真を見た時、それを確信した。だからわたしは行動に移すことにした。彼のSNSフォローを解除して、メッセージブロックして、電話帳を削除した。彼はきっと、そのことに気が付きもしないだろうと思う。わたしだって同じことで、わたしはもう、彼の携帯電話番号が090で始まるのか、080で始まるのかも定かではなかった。それを諳んじていた頃が、遠い昔のように思えてくる。いつの間にかわたしたちはそういう関係になっていた。

から貰った形に残るものはたった一つだけだ。本当はそれと、心に残る形でお別れしようと思っていた。海に流したり、土に埋めたり、その断片を取っておいたりしようと決めていた。けれどいざ目の前にして、それではいけないと思った。心に少しも残してはいけないものだった。だからわたしはそれをトイレに流すことにした。トイレの水の浮かんだそれは丸きりゴミで、わたしは心底安堵した。レバーを引くときに躊躇った理由は「トイレが詰まったらどうしよう」というものだった。けれどそれも杞憂に終わって、とても小さなゴミはどこに繋がっているのかも分からない穴の奥にすーっと吸い込まれていった。のだろう。すごい音を立てた水の中に紛れて、その最期は確かめることすらできなかった。この世のどこかにはまだ存在しているだろうが、もうすぐなくなって、わたしの心からはもうなくなったもの。穴はどこに通じているのだろう?

ずっと幸せだった。たぶんこれから幸せだ。彼が幸せになってくれたことが、わたし人生の支えになる。わたしはもう一人のわたしと決別した。それは寂しいことではなくて、新しいわたし出会うために必要ステップだ。

わたしはもう一度トイレの水の中を覗き込んでみた。先日掃除したばかりなのに、もう黒い線ができ始めていた。掃除をしなくては。思い立ってわたしはブラシを手に取った。

anond:20190519001501

アイルランドニュースに珍しく13ブクマも集まっている

You don’t exist just ‘to be useful’, President tells young philosophers

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.irishtimes.com/culture/you-don-t-exist-just-to-be-useful-president-tells-young-philosophers-1.3893505

日本語で紹介しているブログニュースサイトはまだ無さそう。受賞した少女自身よりヒギンズアイルランド大統領言葉に感銘を受けている人が多いみたいだ。

2019-05-18

五輪では選手が飛んでくるかもしれないぞ気を付けろ!

https://www.bengo4.com/c_23/n_9633/

また、会場内での事故などについて、入場者は自ら、子どもの同伴者、そして所有物の安全を確保する責任がある(23条)。打球やもっと重いもの選手自身などをよける練習は、怠らないように。

こういうところ 福井弁護士らしいな。

まあドラゴンボール天下一武道会じゃあるまいしさすがに選手は飛んでこないだろう。

飯塚幸三可哀想

幸三君は、足が悪くて歩くのが億劫、車を運転していた。彼はもう歳だったが、免許を返納していなかった。それは良いことではなかったかもしれない、でも皆仕方なしにしていることだった。

運が悪かった。事故だったのだ。ブレーキアクセルの踏み間違え。車を運転する人なら誰にでもあるリスク

87歳まで彼は懸命に生きてきた。勉学に励み、東京工業大学に進学。身を粉にして働いて家族を養ってきた。努力が認められ勲章を授かった。きっと彼自身も、彼の周りの人も受勲を誇りに思ったことだろう。しかし、彼の輝かしい経歴は、たったひとつペダルの踏み間違えで大きく変わってしまった。

阿鼻叫喚交差点の真ん中で、フロントドンドン、とぶつかる小さな女の子母親に頭を真っ白にして、心配する妻に対して「…どうしたんだろう」と呟いた。わざとではなかった。しか自分運転する車は人を殺していたのだった。

気が動転したのかもしれない、救急車を呼ぶより先に息子に電話した。事故を起こした際に警察でなく身内にかけてしまうのは珍しい話ではない。

SNSアカウント削除が救急車を呼ぶ事よりも彼の中で優先されたのだらうか?トラブルおかし、気が動転してつい保身に走ってしまった彼の人としての弱さはわからなくもない話である

インターネットでは、そんな可哀想飯塚容疑者上級国民と叩く声が憤慨した。幼い娘と妻を失った遺族の事を思うと、誰もが胸が張り裂けるような気持ちになった事だろう。彼への忖度のせいかマスコミもおずおずとした報道で、警察も彼を逮捕しなかった。同時期に起きた似た事故と比べられ、飯塚幸三に制裁を!という声は高まった。

87歳までの人生はたったひとつ事故で塗り替えられようとしていた。飯塚幸三の名は、素晴らしい科学者の名では無く、大量殺人犯名前になってしまった。

可哀想な人である

しかし、彼への批判は当然だ。事故加害者になるリスクは誰しも負っているもので、それで人生が全く変わってしまうのも仕方のない事だ。事故を起こせば加害者として罪を受け入れ、刑に服すことは、全ての運転手が追っている当然の責任である故意であろうとなかろうと、人を殺したのだ。

マスコミは、運悪く事故を起こし、勲章を持っていたばかりに叩きの的にされてしまったので可哀想な人と捉えるが、それは間違いだ。

加害者になったのは確かに可哀想だ。

しかし、罪を償わないことへのバッシング可哀想でもなんでもない。87年も生きていながら、自らの非を認めて誠心誠意謝罪をするということをしなかったのだから

彼が許されるためには、刑務所に入り殺した人、傷つけた人、遺族に対して償いをしなくてはいけない。

もし彼がそれを甘んじて受け入れて、反省することができない人間だとしたら、やはり本当に可哀想な人と言えるかもしれない。

信仰不自由

私は祖父母の代からキリスト教信仰する家系に生まれた。

母親妄信というほどではなく程々に、母方祖母は毎週のように教会へ通っている。祖母は、「神様が見てるから悪いことはしちゃいけないのよ」という旨の説教を度々メール手紙に綴る。無害なので放置している。

問題父親である。これぞ「妄信」というレベル

「俺は選ばれた人間だ」    

「もし、神様がお前達を殺して捧げよと言ったら実行する」(この言葉を母は鼻で笑っていたが)           

「(くだらない漫画とか読んでないで)聖書を読め」              

教会へ行け」           

「(身内がシスター神父になれば俺が天国に行けるから)お前はシスターになれ」

結婚式教会で挙げろ」

大学入学祝いが分厚い聖書だった。死ぬほどいらなかった。           

帰省の度に「教会へ行け」「聖書を読め」「教会へ行って友達をつくれ。俺はそうした」

大学入ってから一度だけクリスマスの日に教会へいった。行ったことを報告したら「偉い!」と褒められた。ばかばかしい。

いい加減にしてくれ          私はキリスト教にも教会での人間関係にも興味ない               時間無駄

勝手幼児洗礼受けさせたくせに!信仰自由侵害じゃないの?…と、私は声を大にして言えない

父親が殴る蹴る当たり前のDVクソ野郎であるのも理由の一つだが、私は中学生の頃に「堅信」を受けることを薦められ、断ることなく受けた。            私は生まれから一度も聖書を読んだことがない、本当に本当に信仰心どころかキリスト教に興味すらない名前だけの信者である。だのに何故堅信なんて受けてしまったのかというと父親の機嫌をとるためである。                 あと、今も昔も私はバカなので、「けんしん」と聞いて献身的教会へ通うとかそういう意味だと思い、私のキリスト教への信仰心くらい軽い気持ちで受けた。これで父親になぐられる頻度が減るかもと思った。

堅く信じる誓いを立てたからにはもう逃げられない。             「行きたくない」「時間がない」    それらの言い訳は「堅信受けただろ」で一蹴される。

今、結婚約束している相手がいる。

彼家は寺の檀家である(彼自身空飛ぶスパゲッティ・モンスター教自称している)。結婚を機に仏教にでも改宗したとでも言って教会から逃げようと考えていた。

こないだ、父親と会う機会があった。

教会へ行けよ」(また始まった)

「△△(今住んでる地区)に永住するなら教会の籍移すぞ」(はいはい)       ここまでは私が煮えくり返る腸を抑えればいいだけの話だった。

「〇〇くん(彼氏)もクリスマスとかだけでいいから連れて行くんだぞ」     「彼は仏教徒だよ」         「檀家ってだけだろ。結婚したあとは改宗させろよ」

????????          なにいってんの??????      バカ???

無視していいよね?          この調子だと生まれてくる子供にも幼児洗礼強要しそう            あんたが教会だの聖書だの発する度に虫酸が走るって言いたい。

周囲の信者尊敬できるような人がいないって言ったら人間のクズと罵られるだろうな。

教会通ってるような人間友達になりたくないって言ったら今までお前に使った金返せって言うだろうな。

あんたに入学祝いにもらった分厚い聖書はとっくにゴミに出したって言ったらぶん殴られるだろうな。

つかれる。              聖書読めとか教会行けって親が子にいう言葉として異常じゃないの?       宗教って何がそんなに良いものなの?

幼児洗礼かい洗脳第一段階になり得るシステムを今すぐ廃止してほしい。クソ迷惑

読書という荒野 (NewsPicks Book) 単行本 – 2018/6/6 見城 徹(著)

https://www.amazon.co.jp/dp/B07D9D1QVM/

 

 

箕輪本」という不毛荒野

  

今をときめく幻冬舎編集者箕輪厚介氏による自社の社長アゲの一冊である

元々、箕輪氏は双葉社で勤務していたが、その頃に見城氏にアプローチをかけ、『たった一人の熱狂』という書籍編集した。

その際に見城氏に見初められて幻冬舎転職し、その後、数々のヒット作をつくる。

まり、元々この見城徹という男は箕輪氏にとって恩人のような存在であり、本書はいわばその「黄金タッグ」とでも言うべき二人による共同制作なのだが、悲しいかな、文章は読みにくく、何とも昭和臭の漂う精神論モーレツ主義垣間見られる何とも言えない言葉が羅列され、かつ見城氏の既刊とも内容の被りが多く新味に乏しい。

まり純粋編集能力書籍の質という観点から言えば、高く評価することが難しい一冊であり、手に取った多くの方が後悔することになるであろうと予想される。

それでは、なぜこれだけ話題になり、勢いよくベストセラーへの道を突き進もうとしているのか。

そして、どうして箕輪氏の手がけた本は次々と売れていくのか。

そこには、彼がホリエモンから学んだ一種戦略スキーム)が存在する。

箕輪氏は「箕輪編集室」(通称”みのへん”)という名前で、自身コミュニティを持っている。

そのコミュニティでは、箕輪氏を慕う約1000名の会員が月額でそれなりの会費を集い、イベント等に参加し、そして箕輪氏が手掛けた書籍いちはやく贈られている。

メンバーたちは、書籍が発売される前に予め本をもらい、読み込み(あるいは読まないでいる方もいるかもしれない)、そしてAmazonに一気に星5個のレビューを書きまくる。TwitterなどのSNSでも盛大に感想を発信し、あたかも「大波が来ている」かのような演出に貢献する。

他のレビューで、この本を「News Picksメンバーにだけ向けた内輪本」と表現されていた方がいるが、非常に的確な指摘であるそもそもとして、この書籍第一義的には自前のコミュニティメンバーに読ませることを意識してつくられているのだから

さらに、箕輪氏の周辺にいるファンなども早い段階でAmazonの予約を入れ、人気ランキングを一気に押し上げる。

かくして、箕輪氏の担当した本は世に出た瞬間に、恰も「超話題作」であるかのような堂々たる風評追い風に、勢い良く売れていく。

書店利益を最大化したいもの。初速が良く「売れている」本は目立つように置き、堂々と展開する。

そして幻冬舎お得意、特大新聞広告などの宣伝一気呵成の大増刷である。数万部を世に送り出して、「大ヒット!!」という流れをつくっていってしまう。このあたりの既成事実の作り方というか、本の勢いの出し方と売り伸ばす力は幻冬舎という版元が誇る最強の武器であり、出版不況の中で確実に結果を出しているのだから凄いとは思う。

かくして、クオリティとは無関係に、書籍イメージと評判は肥大化し続ける。

そして、「どうやらこの本、人気らしいぞ」という噂に釣られた方々までもが買い求め、そして多くは失望していくわけである

こうした「売り方」最優先のテクニックに走った商売をいつまで続けていくのだろうか。

根本的な編集能力を磨かず、ひたすらに勢いと話題性だけに頼った本づくりは、どこまで寿命が保つのだろうか。

その先には、不毛荒野が広がっていないだろうか。

これから箕輪氏のつくった本を手に取りたいという方は、冷静に立ち読みなどを通して内容と、そのクオリティを冷静に見極めた上で購入されることを勧めたい。さもなくば、期待した分だけ失望も大きいかもしれないから。

anond:20190518014017

いや、当たり前とは思わないよ。

ただ俺自身は耳にしたことが無かったからね。ちょっと信じがたかっただけだ。

何なんだろう、過剰な忖度の結果なのかねえ。

anond:20190517155705

被害者扱いされたくないと言っていましたが、書かれていたことがもし私にふりかかっていたら...とぞっとしました。 男だからというだけで憎しみや恐れを抱いてしまうことを緩和したいと仰ってましたが、対面した時の恐怖や不安相手男性性にももちろん起因しますが、父に反抗しても無駄だった、レイプされそうになったのを拒んでも覆せなかった過去からくるあなた自身の非力さに対する不安も一因だと思います女性としての護身術ネットでもなんでも調べて身につけ、またいざという時のための防災グッズ武器を常備しておくと少しストレスがうすれるかもな、という印象を受けました。根本的な解決にはなっていなくてすいません。

日本刑事訴訟では無罪推定原理が働く。その辺を歩いていて警察に突然連れてこられた全く事件関係ない人間でも、被害者確信的にこの人ですと連れてこられた人間でも、同じように裁判を受け、同じ権利を擁する。(尤も、逮捕要件は厳格なので前者である場合違法だが)

自分が突然お前は犯罪者裁判にかけるなどと言われたら理不尽が過ぎるだろう。言われもない罪でいきなり犯罪者扱いを受けるのだ。これは立派な人権侵害だ。

仮に、全くの関係ないところからではなく何かしらの事件現場の近くを通りかかっていて、それでいて何らかのの手違いで逮捕されたとする。そして裁判が行われた。裁判の時点ではこいつは罪を犯していない、それが前提となる。無罪ではなく、犯した罪を確定させるには証拠必要だ。しかしその証拠というのも明らかなものでなくてはならない。この場合にお前は犯行直後の現場にいた、という証拠が出される。およそそれは事実である。だが近くにいたというだけで犯人扱いされたらたまったものではない。だからたまたまそこにいただけではないか“,“呼び出しを受けたのではないか“,“本当に犯行の直後だったのか“など、その証拠に疑問があるのならその証拠根拠としては弱いものになる。「疑わしきは被告人利益に」、その証拠に疑問がないと言えなければ、被告人にとって有利に働かせなければならない。もちろんただ近くを歩いていただけで、犯行目撃者がいるだとか証拠から指紋採取されたなどの証拠もない。立証はできなかったので、そのまま無罪になる。何もしてないのだから当然といえば当然だ。

だが現場の近くにいた、その証拠だけで認められたらどうなるか。言われもない罪を与えられ不利益を受けることになる。何もしていない人間が罪を与えられる。それは刑事罰だけではない。ひとたび報道がなされれば私刑にも近い社会制裁だって加わる。世間はどうみるか。仕事は、生活は。これで後から無罪でしたなどと言われそう認められて、賠償等の形で補填がされたところで周囲の目や生活が元通りになるわけではないし失った時間は手に入らない。受けた評価は消せない。

そしてなにより、刑事訴訟刑罰というのは公権力個人に対して罰を与えるというものなのだ。何よりも慎重にならなければならないものである公権力が際限なく個人を罰せられるようになることの恐ろしさは戦中をみれば分かるだろう。罪刑法定主義というのはここからくる。刑法というのは、もちろん国民がこういうことをしたら罰せられますよという罰の品書きであり、それにより犯罪抑制する効果等もあるが、一方で国家公権力はここに書いてあること以外のことで国民個人を罰してはいけないという、公権力に対する抑止力としても働いている。

それは憲法規定されている。

ここまでは何もしていないのに疑惑を投げかけられた人間を例にとってきたのだから、当然の話をしているようにも思われる。

だが、こうした手続きや前提の話はある程度容疑が固まっている相手でも同様なのだ。仮に自白していてもそれだけが証拠になることは無い。

また証拠があったところで刑法に書かれた罪名と要件が揃っていなければ不当な権利侵害に当たる。

条文にあるから必ずしもそうなるとは限らない。例えば窃盗罪の条文は「他人財物を窃取した者は、窃盗の罪とし(10年以下の懲役又は50万以下の罰金に処する)」要は人のもの盗んだら罪になるよという話だ。では、他人財物とは何か、窃取とはか何か、というのが条文の解釈の話になり、要件にあたる。

ここの条文の文言がどう要件に当たるのか、それは長年法学者法律家が常に議論している問題である。おおよその基準最高裁判所判断した基準が用いられる。(最高裁じゃなくても下級審で決めた判断が使われることはままある)。

未遂罪なども行動のどこから未遂なのか、学術議論は尽きない。その中で裁判では基本は裁判例が基準になる。

そして基準となるその要件判断の中に該当しなければその罪には問えないのだ。窃盗でいえば物を盗んだからと言って必ずしも窃盗罪になるとは限らない。もちろん他の罪に該当することだって大いにある。

盗んだのなら窃盗でいいじゃないか、罪をやったと本人が認めているなら有罪でいいじゃないか

これは違う。司法がアバウトな基準判決を出したら、それは公権力による不当な権利侵害になってしまうのだ。世論がなんと言おうと、司法国家権力である以上決められた裁量以上のことはできない。法律ではこうなっていてそのためにはこういったことが必要で、満たしていないけども被害者可哀想からお前は有罪だ。

あるいは、どう頑張っても今の法律司法制度のもとでは無罪から無罪にしたけど、世間がうるさいからやっぱり有罪にするね。

これは一番やってはいけないことだ。

この間、秋田県警条例の条文上の“公共の場で“という文言に校内が当てはまらないとして立件を見送った。

立件とは裁判以前のことだ。裁判を起こしても無罪になってしまう恐れが高いのなら前述の通り裁判を起こすことにはデメリットが多い。

ここで批判すべきは県警ではなく、条例問題であろう。

ここでずっと例として罪がないのに裁判がされたらという仮定を書いてきたが実際は相当の証拠がない限りは起訴はされない。勿論、今回のように全くのシロって場合は少ないだろうし、不起訴理由証拠がないから以外にも有り得る。そういった件については課題でもある。

最近頻発する性犯罪被害とその裁判における無罪判定。これに怒りを覚える人々がいてもおかしくはない。犯罪が行われ被害者精神肉体的苦痛等の不利益を受けていながら刑事罰がなされない。納得いかないのも当然だ。

ただ、裁判の中身もみず、裁判に関する前提を無視してに性犯罪無罪=不当であるという短絡的な批判をしている人もいるのではないか。過度に感情的批判もあるような気もする。過度な批判を見ると、性犯罪は全て有罪しろ無罪判決は取り消せとでも言うような意見すら散見される。

様々な論点批判はあって当然であり、知識がない人間が口を出すなという問題でもないだろう。

ここまで知ったような口で色々書いてきたが私自法律を多少かじった程度に学んでいる人間だ。

だが、学者専門家も論じているようなものを、経緯や前提をも知りえないで批判するのは論点方向性が違ってきてしまうのではないか

小林弁護士ツイッター発言批判されているが、私は彼の発言内容を否定できない。

非難するとすれば、表現方法についてである

多分法的知識や前提を丸無視した感情論だけの批判を見ていれば嫌気もさすし、勉強もせず法について語られれば専門家からしたら悩ましいことだろう。

だが、過度な感情論から起こる一部の行動を目にして発したのが自身感情に任せた言葉を選ばない表現だったのはよくないと思う。

生物学化学理解してない一般人が、1歩間違えば命に関わる民間療法提示して、医師医学知識あるもの科学的根拠をもってそれを制しようとするのを、これを認めないのはやぶ医者だ、医者にとっては知られたら医者が儲からいから止めてくるんだ、あいつは知識が遅れている、等の批判をしてきたらもう知ったことじゃないとも思うだろう。

からと言ってじゃあせいぜい病気になってくださいねなんて嫌味を言うのは大人げのないことだろうし、死んでくださいなんて不謹慎なこと医者は言うべきではない。

弁護士だって法律知識があるからと言って、法を知らない人相手上から目線になっていいわけではないだろう。

全てが全て無罪になることはなければ、全てが全て有罪になることも無い。また特定犯罪にだけ忖度がかかっているということもないだろう。当然、処罰規定が甘いだとか、要件に疑問があるという声は上がるべきだ。しかし本気で考えていくならどうしてそういう規定になっているのか、どういう背景なのか等を調べるのは自然なことだと思う。

犯罪者人権は要らないとかって真面目に言うならちゃんともたらす結果についてとか、何故憲法保障してるのかとか調べるのも大切だと思う。

刑事罰が認められるのは他にも有責性と違法性が必要なんだけど今回は割愛

あと刑事はそういう証拠を認めさせるのが厳格なものから認められないことがあっても、民事では両者間のやりとりで事実が認められればいいだけなので勝てることはあること。

ここまで書いておいて色々間違ってたらごめんね

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