「リビング」を含む日記 RSS

はてなキーワード: リビングとは

2018-02-22

クソ男はこうしてできる

「夫に心から言いたい」ってツイート

あれ私のフォロワー女性が多いから何度も目にしたけど、男性はあのツイート見てどう思うんだろう。

世の女性って本当どこ行っても同じような経験している人が多いんだなあと

あのツイートのリプ欄一番最初に「男に元々気遣うという機能はついてない」ってあるけど

機能なかったら動かなくていいんか??何その女には元々気遣う機能がついてるみたいな言い方!

女は元々気遣うって機能がついてるんじゃなくて、家庭で「このくらいはできて当たり前」って叩き込まれるんだよ!!

長女だから、女だからって家事やらないと親に小言言われてたらそりゃ気遣えるようになるよ…

あ、全ての家庭がこうだとは思ってないです。

世の中にはしっかり女性仕事を分担している男性もいるって分かってます

女性の中にも気が全然回らない人がいるのも知ってるよ。

全部周りがやってくれるだろうっていう、いつまでも赤ちゃん気分の大人もどきがクソって事を言いたいんですよ!!!

まじで1回1回言わないと何も行動しない大人ってそんなに世の中に多いの?

幼稚園児の方が言われたことちゃんとやるよね??20年以上生きてきて人にやってもらわないと何もしないの?

この時期にこういう話題があがるのってインフルエンザにかかったとき相手の本性が見えるからなんだろうな

我が家も今母親風邪引いてるけど、綺麗だったリビングは着てた洋服が投げっぱなし、食器シンクに入れっぱなし

という訳で私が全部やってるんですけど、その間父と弟はテレビオリンピックに夢中で動かない

私もこの人たちいつまでも動かない気なのかなと思って家事放置しておくと今度は風邪菌を撒き散らしながら母が家事をやり始める

母が動いても父弟は気にもせず

という状態が続いています

きっと母は死ぬまでこの人たちの奴隷をやり続けるんだろうなとも思うし、弟はきっと冒頭で触れた夫になるんだと

世の中から早くこんな人たちがいなくなってほしいなと思います

恐らくこういう人たちはこちらが行動しないと、何でやらないの?って思考の人だと思うので、一生一人でゴミ屋敷暮らしてほしいなって思います

そして私は早く一人暮らしをしたいと思います

2018-02-15

友人の家で食べたカレーが明らかにうんこだった。

大学時代の友人に子供が産まれたと連絡を受け、お祝いがてら友人宅にお邪魔した時のことである

友人の結婚式以来なので、奥方も交えつつお互いの近況報告や思い出話などに花を咲かせていたら晩御飯時間になり、そろそろお暇します、いやいや食べていってよ、というやり取りを繰り返した末、半ば強引に食卓につかされてしまった。

聞くと今日カレーだという。あくまで固辞の姿勢を崩すまいとしていた私の心はその一言で大きく揺らいでしまった。私はカレーが大の好物なのである

冷蔵庫から奥方が一晩寝かしたと思われる鍋を取り出し、レンジにかけるのを眺めながらそろそろ私も結婚しようかなと当てもない決意を固めていると、熱された鍋からカレー匂いが漂ってくる。

筈であった。

大便の匂いがする。大便以外に例えようのない匂いキッチンを満たす。カレーと聞いて刺激された食欲が急速に萎んでいく。リビングの向こうから赤子の泣き声が聞こえる。この状況に対する動揺を訴えようと友人を見ると、友人は幸せそうに奥方エプロン姿に目を細めつつ、泣き始めた赤子をあやしに席を立ってしまった。

恋は盲目というが視覚だけではなく嗅覚麻痺させるのかもしれない。

そんなことを考えていると逃げる間も無く、皿に盛られた白米および大便、否、カレーが目の前に出された。まさかと私は目を疑ったが、茶色いそれは匂いだけでなく外観も大便であった。挽肉と人参の微塵切りが入ったドライカレーと信じたいが見た目は体調の良い時の大便をペースト状にしたものと相違なく、匂いもその感覚を補強して余りある

「変わってるだろ、うちのカレーちょっとした隠し味を使ってるんだ」友人が赤子を抱き抱えながら自慢気に話す。

まさかそれは…」流石に奥方もいる前で大便などと口走ることは出来ず私は言葉に詰まる。ぐつぐつとカレーの煮える音がやけに大きく聞こえる。

「あら、あなたの分のルゥがなくなってしまったわ。ちょっと出してこないといけないかも。お客さんがくるならもっと用意しておいたのに〜」奥方の不穏な発言に私の動悸が激しくなる。出して…?

「いや、俺のが確か冷凍してあるからそれ使ったらいいよ」

「ぼくのをつかっていいよ」赤子が急に自らの足で立ち上がりオムツを外そうとする。

「いやいや、ご馳走されてばかりでは申し訳ない。一飯のお礼になるかは分からないが私のを使って欲しい。これも出産祝いということで」

私はすくっと立ち上がるとトイレに駆け込んだ。

という夢を見てうんこを漏らした。しばらくカレーは食べられそうにない。

2018-02-13

オリンピックが始まって気づいた

最近スポーツ観戦が好きじゃない

昔はオリンピックともなれば家族みんなでいろんな競技を見て応援したな

今年のオリンピック、何にも見る気がしない

そもそも個人的テレビはどうしても見たい番組以外見ないほう(テレビの音が苦手)というのもあるんだけど

何にも興味示さなくて

あれー?いつもこんなだったっけ?

なんかもう少しそれなりに試合が気になったりしてたような

歳をとったせいかもしれない

外的要因があるとすれば一つだけ思い当たるのは

父や母とテレビの前で観戦すると

彼らは必ず

あーなにやってんだよ

今のはそうじゃないだろ

あーもうだめだな

それ決められないでどうすんだよ

とか

文句ばっかり言う

私はこれが大嫌いで

だったらお前がオリンピック選手になってメダル取ってこいよ

ってずっと思ってる

幾分か大人になってから

なんでそう言うこと言うの?

うるさいんだけど

文句言うなら観るなよ

とか少しずつ

ちゃんと私はそういうの聞かされるのが嫌いだって主張してきたけど

私が一緒に観戦しているときでも気を使う素ぶりはない

から嫌になって途中でリビングを抜け出す

そういうことが、ずっと重なったせいかどうか、

テレビ番組欄でスポーツ系を見つけると

うげっ

って思うようになった

スポーツ観戦楽しめなくなったのは

そのへんも大きい気がする

好きに応援させろよって思ってるんだろうね

いいと思うよ

間違ってない

その権利はもちろんある

自分一人で見るときは私も自分の好きなように応援できるはずなんだけど

なんかもう全体的に嫌になっちゃった

あんた何様?

このスポーツやったことないでしょ?

ルールもよく知らないくせに?

一生懸命頑張って世界で戦ってる人を

まだ競技の途中で

簡単

もうだめだ

とか

言うな

お前があれ以上のパフォーマンスしてこいよ

私がしたい応援

頑張れって選手の勇姿を見つめること

神様お願いって神様信じてようと信じてまいと祈ること

結果が出るその瞬間に息を詰めて見守ること

私は親みたいな人間にならないようにしようって決意したケースのひとつ

以上

夢で得る学びってたまにすごい

めちゃくちゃうなされて目が覚めた。多分昨日のん花粉症の薬のせい。

新しい飲食店オープン前日。

自分本社人間で、店長パート主婦社長が同席するオープン最後ミーティングに参加中。

オープン前日だというのに目の前に山積みの課題に対して社長店長もノーテンキで、パート主婦適当に相槌打ってばかりの生産性のないミーティング限界

大丈夫だよ」「どうにかなるでしょ」「考えすぎですよ」

軽い嘲笑とともに届けられる心のない言葉で一気に感情が逆流した。

「そんなんでどうにかなるほど商売が甘いはずあるかー!」

この店の前に、同じような調子でお店を一つ潰している。(実話)

その再起をかけた新店オープンだと言うのに参加している誰一人から危機感が伝わってこない。(実話)

感情的でありながら、理路整然と相手を追い詰めるように問題点を一つ一つ投げかける。しかし、誰一人としてその問題点理解しようとしない。その何が問題なのかわかっていない様子だ。

ここでとてつもない無気力に襲われるも、その瞬間にそれならば質問として投げかけてみたらどうかと妙に冷静になる。

「○○が☓☓のときは、△△さんならどうしますか?いまその危険性は放置されたままですよね?」

まごついて何も答えられない相手

もしやこれは効いてるのではないか

そう思ったとき、妻が息子を叱る声で目が覚める。

心臓は走り終わった直後のように動悸が早い。

一呼吸置いてリビングに出ると、怒られても一向に態度を改めようとしない息子が目に入る。

そうか。相手に怒られて指摘されて、素直に聞ける人間はいない。

なぜなら、それは本能的に負けだと悟るからだ。

物事の善し悪しは忘れて、自分の考えを捨てて相手の言いなりになればいいとしか思わなくなってしまう。

相手の行動を変えたいなら、負けではなく勝ちの経験から変えさせなければ本質的な変化とは言えないのかもしれない。

夢ってたまにすごい。

2018-02-09

『父から息子へ贈るスマートフォン貸与契約書』が何故気持ち悪いのか

https://www.buzzfeed.com/jp/yuikashima/iphone-contract?utm_term=.kewKprB5#.tc0rxq4G

『父から息子へ贈る「スマートフォン貸与契約書」が本気すぎると話題』という記事を読んだが大変気持ち悪い内容だった。

なぜ気持ち悪いと思ったのか分析していこう。

契約の内容がまったく平等ではない

契約書の内容が酷すぎる。記事では「甲」と「乙」という関係なのでフラット立場だとかなんとか意味の分からないことが書いてあるが、フラットかどうかは内容によって判断すべきであって、呼称は甲と乙だろうがオレサマとボクチャンだろうが構わないに決まっている。

その内容だが、要約すると「朝6時から夜9時まで以外使用禁止」「使うときリビングで。ポケットに入れて持ち運んではいけない」「パスワードは親が設定したものを使う」「新しいアプリを入れるときは必ず親に許可を取る」「破損、修理の費用は息子持ち」「SNSLINEのみ許可する。Twitterもインスタも禁止」「親は必要に応じて端末のすべての情報確認することができる(プライバシー尊重する、とは書いてある)」「調べ物をしたいときは何を調べたいか親に相談すること」「親は一方的契約を破棄できる」

うーん、さすがに厳しすぎじゃないだろうか?今のうちはいいかもしれないが、中学生にもなって友人とのLINEのやり取りやエロサイト閲覧履歴を親に見られる可能性があるというのは、正直言ってかなりキツい。中学生なら夜3時くらいまで起きていることも珍しくないのに、夜9時までしか使えないというのもだいぶハードではないだろうか。それに、Twitterもインスタも出来ない上に調べ物をするときは一々親に相談するって、それは果たしてスマートフォンを買う意味があるのだろうか?ポケベルでよくないか同級生ミクシィやろうぜ!って言われた時、息子に「ごめんね、パパにLINE以外は禁止されてるんだ」なんて信じられないほどダサいセリフを吐かせるつもりなのだろうか?自然故障本体交換8万って言われたら全額息子に払わせるのだろうか?

フラットとか平等とかなんとか言っているが、実のところかなり親に有利に、息子に不利に出来ている契約だ。恣意的運用をすれば息子にほとんどスマホを使わせないということも可能なほどだ。大人同士対等な契約しましょう、といったようなことを言っている一方で、息子に経済力がなく、スマホを使いたいなら親に頼るしかないということにつけ込んで、年頃の子供には極めて不利な「契約」を結ぶように迫っているのだ。フラットと言っておきながらその実、大砲を突きつけながら不平等条約に調印するように迫るのとやっていることは同じなのだ

いや、確かに、世の中にはスマホ厳禁という家庭もたくさんあって、買ってあげるだけマシというのはその通りだ。親にはスマホを買わないという強大な権力が認められている。でも、そういうことを言うのであれば、契約書だのフラットだのとイキらないで、自分が圧倒的強者であることを自覚した上で、ルール決めて守りなさいね守らなかったら没収よ、貸してあげてるだけ感謝しなさいね、と普通の家庭で言われていることと同じことを言えばいいのだ。なぜイキってしまったんだ。親がイキリオタクだというのは思春期の子供にとって最も辛いことだ。

世の中の大抵の契約平等には作られていないという事実を教えるための教育なのだとしたら狙い通りだろうが、そういうつもりでもなさそうだ。

そもそも小学生大人ではない

息子が大人だという前提の元に、ただスマートフォンを貸すのではなく、大人ならば対等の条件で契約を結ぶほうが良いだろうという発想でこの契約書を作ったのだと思うが、そもそも小学生大人ではない。

どのタイミング人間大人とみなすかについては議論が別れるところだろう。義務教育が終わり自分意思で賃労働が出来るようになる中学卒業時。選挙権が与えられる18歳になったとき高校卒業時。飲酒喫煙合法になる20歳になったとき就職したとき。様々あるわけだが、12歳でまだ小学校すら卒業していない段階の人間大人と見做す人はあまりいないだろう。少なくとも俺は聞いたことが無い。思春期経験していない人間に対して何を根拠に言ってるのだろうか。「受験勉強を頑張って、知識が猛烈に増えた息子よ。きみはもう大人だ。」と書いてあるが、受験勉強を頑張れば大人になれるのだろうか?受験勉強たか契約を結びましょうというのは論理10段階くらい飛躍していてよくわからない。法律でも未成年者がした契約基本的に取り消せることになっている。大人ならば対等な立場契約すべきだというのはその通りかもしれないが、そもそも小学生大人ではないのだ。

大人扱いと子供扱いを都合よく使い分けている。

思春期だと一番腹立つやつなんだよな。グレるぞ。大人なんだから対等な立場契約を結ぼうと言っている反面で、夜9時以降は禁止とか、親の気まぐれでスマホガサ入れできるとか、親のみ一方的契約を破棄できるとか、めちゃくちゃ子供扱いしてる。これはよくない。この人の家庭のことはよく知らないのでこんな心配をしても無駄かもしれないが、中学2年生くらいになって、周りは徹夜ツイッターしながらシャドバやっているのに自分の家だけ意味の分からない契約書のせいで9時までしかスマホ使えないしリビング以外で使っちゃダメだし新しいアプリ入れるのも親に相談しないといけないしTwitter禁止、なんていう状態になったら、あまり理不尽感に耐えかねて半端ない反抗期が訪れるだろう。そうして息子さんは理不尽条項を破りまくってルール形骸化、見兼ねた父親スマホ割って息子はさらにグレるというファミコン時代から続く黄金パターンだ。美しい。口約束で十分なのにわざわざ契約書とかなんとか言って都合のいいときだけ半端に大人扱いすると、そのことに子供が気づいたときの反発はヤバいぞ。半端に大人扱いというのは一番だめだ。

・いいところもある

はいえ良いところもたくさんある。例えば第6条。本契約が守られなかったときは、親は息子に一定期間の利用禁止を命じることができる、という条項だ。ルール守らなかったら使用禁止というのはよくある約束だが、「一定期間」となっているのがポイントだ。ルールを破ってしまった時のペナルティに期限が定められているというのは、子供にとってはとても安心感のあることだ。もしこの条項がなくて、親の気まぐれで、お前もう二度とスマホ禁止な、という措置になってしまったら、自分携帯を買える歳になるまで二度と友人とLINEできないのだからとても辛いことだ。思春期人間が同世代とのコミュニケーションツールを何年も絶たれるというのは想像以上の苦しみなのだ(現代学校は、LINEやってないだけでともだちの輪から弾き出される苛烈サバイバルなのだファミコン時代から変わらない)。だから禁止期間に終りがあるというのはとても息子目線の良い条項だと思う。

はいえ親が一方的契約を破棄できるという条項があるし、利用禁止期間は2京年ですとか言ってしまえば即無意味になる条項ではあるが、この親はそういう酷い運用はしないだろうという信頼関係があるのであれば良いだろう。契約とか言っておきながら結局信頼関係に頼るのもナンセンスだとは思うが。

第2条の(6)なども、ネットリテラシーについて正確で十分な教育をしている良い条項だ。とてもよく考えられていると思う。

どこぞの社長だか役員だかという人に上から目線申し訳ないがこれが率直な感想だ。今のうちはスマホ買ってくれてパパありがとう大人扱いしてくれてうれしい、みたいな反応をしているかもしれないが、その気になればスマホ解約すらできるという強大な権力を持っていながらそれを自覚せず、自分子供と対等なのだと思っているのだとしたら2年後くらいにはどうなっているかからない。とはい契約書を作った人の家庭環境を一切存じ上げないので、まったく的はずれなことを言っているのかもしれない。もしそうなら申し訳ない。これからも頑張って欲しいと思う。

反抗期だった頃の兄とその後について振り返る

私と兄は3歳違いの兄妹です。あれです、入学式とか卒業式被って困る年齢差のやつです。

題名の通りなんですけど、兄の反抗期だった時について今でも消化しきれてないことがたくさんあるのでつらつらと書いておこうと思います推敲もしてないので乱文長文です。

兄の反抗期は大体中1から高3くらいまででした。これが長いのか普通なのかはわかりませんが、この期間私は地獄でした。

もともと兄妹とても仲良し!という訳でもなかったので、まぁどこにでもいる仲が良くも悪くもない兄妹でした。

そんな兄が反抗期を迎えたころ私は小4。

色々なことがわかり始めた年齢ですね。

兄は壁や扉を蹴りはじめ、家は穴だらけ。窓ガラスを割るという行為をし始めました。

私はなんでそんなことをするのかわからなく「やめてよ!」と言ったところ殴られて首を絞められました。

兄が家を蹴るのに飽き始めた(?)ころは言葉での攻撃にハマりだしました。

リビングにいるだけで、「死ね」「消えろ」「クズ」「ゴミ」「ブス」と言われ続けました。

私の方が先にリビングにいて、兄が入ってきたときは舌打ちされるのが普通、たまに皿やリモコンなどそこそこ硬いものを投げつけられました。

私が後からリビングに行くと「出いてけゴミ」と暴言を吐かれました。

休日母親が早朝から仕事ときは大体兄がリビング占領していたので朝食を食べずに部活に行き、昼に帰ってきても兄が怖くて昼食もとることが出来ず体重ガンガン減っていってました。それで母親に「なんでご飯食べないの!」と怒られました。懐かしいなぁ。

そのころ私は、兄よりも頭の出来が良く兄が入れなかった高校に私が入れたのとかも反抗期ヒートアップした原因なんでしょうかね。知らんけど。

そんな感じが6年続いていたのでほとんどまともに会話したことはありません。

母に「なんで怒ってくれないの、」と泣きついても「お兄ちゃんは反抗期から仕方ない。ほっといたら収まるから。」の一点張りでした。

父親は私が6歳の頃から県外へ単身赴任に行っていて年に2、3回会うか会わないかだったので頼りになりません。もともと仕事人間で家庭にあまり関わらず一緒に遊んだ記憶はありません。なんていうか私の感覚では「父親」という肩書きの知らない人です。

ちなみに家族旅行は小3のときの一回きり。それ以前も以降も一度も、日帰りすらありません。

話が逸れましたね。

兄に暴言を吐かれるたびに「いつか絶対にやり返してやる」と思っていましたが、母親には「人にやられて嫌なことはするな」と何度も何度も繰り返し言われたので、結局一度もやり返したことはありませんでした。

「人にやられて嫌なことはするな」

いい言葉ですね。心無い言葉暴言、傷など私の受けてきたもの、傷付いた感情、それら全て私は一度もやり返したことが無いので、兄は一生それを感じることなく生きていくんでしょうね。羨ましいなぁ。

母親の教え「人にやられて嫌なことはするな」を遵守した結果、私の中の劣等感は未だ消えずに心の奥深くで、真っ黒で、ドロドロと粘着質に、そして確実に今も増殖しています

なんていうか、この兄の行動、言動を「反抗期」って言葉だけで片付けてもいいんだなって思うと虚しいですね。

私は6年もの精神的に傷つきへとへとになっていたのに、反抗期から仕方ないんですね。私は兄から受けたこれらをいじめだと認識してたけれど、世間がこれは反抗期というなら多分ただの反抗期なんでしょうね。

それなら、兄の反抗期に振り回された、私のこの状況にも名前が欲しいです。なんだろうなぁ。「とばっちり」かな?「しょうがない」かな?それとも「みんなが通る道」とかかなぁ?

全国の妹や弟、みんなが通る道だから傷つかないとでも思ってるんでしょうかね。私は19にもなっていまだあの頃のこと思い出しては怖くて不安で惨めでぼろぼろ涙がでてくるんですけれど。これがみんなの通る道ならそんな道はやくなって欲しいです。それか全国の反抗期の奴らの道に続いて欲しいです。

でもそんな兄も大学合格し、家を出て行きました。もうハッピーでした。兄が家にいない高校生活ほんとうにとっても楽しかったです。

まぁでも兄も全く帰ってこない訳じゃありません。長期休みになると帰ってきます

帰ってきてびっくりしました。反抗期終わってるんです。暴言も吐かないし殴らないし私の大事にしていたもの勝手に捨てたりとか、とにかくそういうの全くしなくなったんです。漫画などでみる優しい兄でした。

とても気持ち悪かったです。私に死ねと言っていた人間が数ヶ月で「高校生楽しい?」と笑顔で聞いてくるんです。どういう風の吹き回しなんでしょうか。あんなに暴言いってきたのに、今更普通の兄妹関係に戻れるとでも思ってるんでしょうか。

無理です。私は兄にやり返さないことだけに全力を尽くしたので、兄を許すだけの心の空きがありません。でもせっかく兄が笑顔で話しかけてくるので、機嫌を損ねないように私もなんとか笑顔で話を合わせています。殴られるのは痛いので。

しかしたら大学でよほどいい巡り会いがあったのか、もしくは心境の変化でもあったのか、反抗期のことを悪いと思ったのかもしれません。だからせめて今からでも妹と仲良くしようなどと思ったのかもしれません。

でもそれなら、一言だけでいいから、あの頃は悪かった、と謝って欲しかった。謝ってくれたら、許せたかもしれなかったのに。

謝るのが恥ずかしいのか、それとも謝るまでもないと思ってるのか、わたしにはわからないけれど、もし後者なら、やっぱり兄とは一生分かり合えないと思います

そんな兄も春に大学卒業し、社会人として働くようです。

私は母親と折り合いがつかずに望まない進学先で精神面を壊しそこから身体も崩し短大を辞めました。精神内科先生からは「うつ状態」と言われ薬を飲んでいましたが、精神的な薬に良い印象を持っていない母親に薬を捨てられました。ウケる。今はだいぶ回復しましたが、それでも外に出る気力もなく、こんな意味のない文章を書き連ねています

好き勝手に生きてきた兄は大学に進学し就職しているのに、兄の裏で沢山のことを我慢して自分気持ちを抑圧してきた私はうつ学校を辞め今や引きこもりですよ。笑っちゃいます

こんな人生になるんならあの時母親のいうことなんか聞かないで殴り返してやれば良かったなぁ。

2018-02-08

ブサイク兄妹の最悪な話

ブサイクな父がブサイクな母と結婚し、当然ブサイク子供が生まれた。兄だ。それで気が済めば良かったのに、なぜかもうひとり子供を作った。私だ。

両親は顔はアレだけど人柄がよく明るいので、親戚や同僚、友人たちとの関係は良好。ただ残念ながら、子供たちにはコミュ力は受け継がれなかった。

兄は大学中退している。理由は詳しく知らないが、人間関係…たぶん恋愛絡みで失敗して行きづらくなったのだと思う。それから基本的に家にいる。たまに派遣で働いている。

から兄妹仲は良い方ではなかったけど、兄の大学中退から、はっきりと兄妹仲は「悪い」に傾いた。四年制の女子大に通う私に「金食い虫」「女の大学寄生虫専業主婦のこと)予備校だろw」なんて絡むようになり、親に諌められても聞く耳を持たなかった。私の就活の時には細かい嫌がらせが始まり、父が激怒してもやめなかったので、私は一時近所の祖母の家に住まわせてもらった。

就職してからはひとり暮らしを始めたので、日常的に兄から受けるストレスがなくなり快適だった。ただ、帰省のたびに会う兄は、ここぞとばかりに攻撃してきた。兄いわく、私が何の苦労もなく生きていられるのは(自分では、しんどいことも多かったと思っているけど…)私が女だから。女だから就職できて、女であるだけで社会に許されているのだと。そして最後はこう締める。「でもお前みたいなブサイクじゃ結婚は無理w」。兄は女は全員、結婚目的にして生きていると本気で信じているので、これを言えば勝利の決め台詞だ。「お前みたいのがババアになったらマジで悲惨だよなw」「生きる価値なしw」。

自分が女なら、という話も何度も聞かされた。パパ活wして男に貢がせて、キャバクラで楽して稼いで適当な男を見つけて結婚、楽なパートでもして生きるんだそうだ。「女なら」と妄想をする時、兄は少なくとも普通以上の容姿の女になっている。そしてキャバクラで稼げるコミュ力を持つ設定だ。兄が女になったら、現実的に考えて私レベルだ。結婚できない、生きる価値なしのブサイク女だったら、という想像を多分あの人はしたことがない。

兄は実家にお客が来るとき、部屋に引きこもって姿を見せないか、ここぞとばかりにバイトを入れる。でも、私の帰省の時期にはリビングを陣取る。帰省の時期を親に確認し、帰らないとわかるとふてくされるらしい。

兄の大学中退以降、私は何を言われても、兄に反論しなかった。最初は気を使って。今は相手をするのも馬鹿らしくて。と、親なんかにはそういうことにしていたけど、実は違う。見下している妹の帰省を心待ちにしている兄があまりに哀れで可哀想からだ。可哀想は限りなく「可哀想www」に近く、兄が私を見下す以上に私も兄を見下している。

兄のツイッターアカウント監視している。女性芸能人に噛み付くのが趣味だ。マジで気持ち悪いし、お前は世界の誰から必要とされてないってことを言ってやりたくて仕方がないが、それを伝えるには兄は何も持ってなさすぎる。兄はくだらない人間だけど、失うもののない男の発狂は怖い。だって私は結婚するのだ。

婚約者と両親は外で会わせた。兄のことは説明してあって、これからも会わせるつもりはない。親も(母親はしぶしぶ)同意してくれた。次の帰省の時、兄には結婚の報告だけするつもりだ。嘘だと笑い、会ったこともない婚約者バカにし、女はこうやって〜が始まるのが目に見えているけど、そこは本当にどうでもいい。

ブサイクでも結婚できる。両親だってそうだし(婚約者ブサイクではない)。でも兄は無理だ。男をスペックで見ない女でも、中身にも良いところがほぼ0だから、裸足で逃げるだろうと思う。

あ〜〜〜〜ずっと誰にも言えなかったけど兄のことマジで嫌いだな!消えてくれるのが1番いい。私もクソだが兄もクソ。これからネットで女たたき頑張れよな。ライフワークだもんな。バーーーカ

2018-02-06

あたしおかあさんだから

朝だけどカーテンを開けたくない。散らかった部屋を見たくないから。あたしがしっかりしないからいけないの。こんなことをするために結婚したんじゃない。

今朝は起きたら息子が台所をめちゃくちゃにしてるの見て叩いてしまった。息子は泣いて癇癪を起こしてリビングをめちゃくちゃにしてる。やめて、そんな声を出さないで。あたしが言われるんだよ、虐待してるって。

パパはずっと帰ってこない。この前帰ってきたのは2日前の午前様。家に帰ってきてもシャワーを浴びて寝るだけ。もちろん夫婦生活もない。あたしが魅力的でないからいけないの。こんな女と結婚したパパはかわいそう。こんな女からまれた息子はもっとかわいそう。

あたしだって好きで結婚したんじゃない。会社のムカつく後輩が先に寿退社したのが悔しくて頑張って婚活した結果なだけ。結婚たらみんなにちやほやされて幸せ満点オーラ出てたかホントホントに悔しくて。

あたしだって幸せになりたいのに。だから見返してやりたくて年齢と年収セックスさえ合えば誰でもよかった。子供は向こうの希望結婚したら子供を生むなんて考えてなかった。ただ幸せになりたくて、そういえば子供を生んで幸せなんて話はよく聞くから、あたしも人並みの幸せが欲しかっただけ。

でも妊娠なんていいことなかった。つわりなんて気持ち悪いだけだし、お腹が大きくて邪魔だし。周囲の人は「おめでとう」って言うけど道行く人は誰もあたしを祝福しないし。妊婦なんてならなきゃよかった。子供を生むときも痛いだけで早く終わらないかなと思った。

あたし、多分息子を愛せない。よく考えたら、あたし誰からも愛されてないから。あたしの両親はあたしを可愛がったけど、あたしのことを愛してなかった。あの人達が愛していたのは、あたしの成績だけだった。パパもあたしが好きなのかどうかわからない。あたしがいなくてもあの人たちは勝手にどうにかなるに決まってる。

だけど、息子はあたしに愛されたがってる。気持ち悪い。あたしだってあんたに愛されるためにおかあさんやってるわけじゃない。好きでおかあさんになったわけじゃない。その目、その目があの人そっくりで嫌なんだよ。あたしに何を求めてるの?あたしがあんたに何をしたっていうの?

あたしおかあさんだから

もうネイルできない。

あたしおかあさんだから

もう会社で働けない。

あたしおかあさんだから

もう一人暮らし自由にできない。

あたしおかあさんだから

もうライブにもいけない。

あたしおかあさんだから

好きな服も着れない。

あたしおかあさんだから

みんなにちやほやされるためにおかあさんやってるの

あたしおかあさんだから

他のお母さんよりせめて幸せなふりしていたいの

あたしおかあさんだから

新幹線名前も覚えるし、お料理だってする

あたしおかあさんだから

息子の良き理解者でありたいの

あたしおかあさんだから

あたしのために息子を愛するの

あたしおかあさんだから

息子をどうしたらいいかからないの

anond:20180206154214

紙に[この話はしないリスト]を書いてリビングに置いておいて、話始めたら「もうこの話はしないと決めたよね?」って紙を見せながらストップするのはどうだろうか。(素人の浅知恵だけど)

ストレスになる話は避けたいよね

おつかれさま

2018-02-03

母「おい、おまいら!!夕食ができますたリビングに集合しる!」

父「詳細キボーヌ」

母「今日カレーですが、何か?」

兄「カレーキターーーーーーーーー」

妹「キターーーーーーーーーー」

姉「カレーときで騒ぐ奴は逝ってヨシ」

母「オマエモナー」

父 --------終了-------

兄 --------再開-------

妹「再開すなDQNが!それより肉うpキボンヌ

母「ジャガイモうp

姉「↑誤爆?」

兄「タマネギage

父「ほらよ肉>家族

妹「神降臨!!」

兄「タマネギage

母「糞タマネギageんな!sageろ」

兄「タマネギage

姉「タマネギage厨uzeeeeeeeeeeee!!」

母「ageって言ってればあがると思ってるヤシはDQN

セールスマンイタイ家族がいるのはこの家ですか?」

母「氏ね

父「むしろゐ㌔」

兄「タマネギage

妹「兄 、 必 死 だ な ( 藁 」

anond:20180201234311

土地が広いと、リビング用とか書斎用とか何台か買っちゃいそう

2018-02-02

高校の頃、隣の家の家族のところに女子大生が移り住んできた。正しくは大学院生なんだけど。その夫婦の姪にあたる人で、院生になったのをきっかけに、より学校に近いそこへやってきたとのことだった。当時うちの母とお隣の奥さんは一緒に今でいうホームパーティみたいなものをやるくらいすごく仲がよくて、当然のように俺にも紹介されて挨拶した。高3の春だった。

しばらくして、受験生なのに全く勉強しない俺を不安に思った母親が「塾へ行こう」とパンフレットもって切り出してきた。家では全く勉強しないでゲーム三昧だったけど、学校ではそれなりに真面目に授業を受けていたので成績はまあまあ良くて、だから大学学力に見合った難しすぎないところに行こうと思っていて、塾なんてまったくやる気がしない。ずっと拒否っていたら、またしばらくして母が隣の家の女子大生を連れてきた。「バイト探してるっていうから、この子家庭教師してもらうことにした」ふざけんなと思ったが、もう家に上がっている彼女を追い返すわけにもいかいかと思いしぶしぶ勉強を見てもらうことにした。自分の部屋は汚すぎて入れられなくて、その日はリビング数学課題を見てもらった覚えがある。結局そのまま家庭教師として勉強を見てもらうことになった。

その人はすごく頭がいい上、人をその気にさせるのがすごくうまい人で、調子に乗った俺は家でもきちんと受験勉強をするようになった。成績も少しずつ上がり始めて、当時の志望校では少し目標が低いんじゃない?と担任にも言われるようになった。話も面白くて、週2回の彼女の来訪を心待ちにするようになり、模試でいい評価を取ると即メールした。

そんなこんなで、彼女を好きだと思うようになるのに時間はかからなかった。よくある話だ、高校生が少し年上の大学生に恋をする。(院生だけど)あまり読んだことないけど少女漫画の設定そのまんまみたいな状況すぎて、いやちょっと勘違いしちゃってるだけだろ、と必死にその気持ちに抗ってみたりしたけれど、もう会ってしまうとそういうの全部どうでもよくなって、少しでも成績上げて喜ばせたいと思ってしまうから秋ぐらいにはもう諦めた。

そしてその人が通っていた難関大学志望校を変えた。両親も担任も、そして彼女も喜んで応援してくれた。一層勉強に身が入り、必死勉強した。


次の春、晴れて俺は彼女の後輩になることができた。学部は違ったが、ものすごく嬉しかったし、ようやく同じ土俵に立てた気がした。当然そんなわけはないんだけど。向こうはその大学内でも屈指の偏差値を誇る理系学部院生で(院生から学部おかしいか)俺は文系比較偏差値が低い方だ。

それでも毎日なんとなく嬉しくて、タイミングがあった時は一緒に登下校したり、学食で一緒に飯食ったりした。夏休みに入る少し手前、初めて二人で出かけた。向こうはどう思っていたかしらないけれど、デートのつもりで誘ったか約束をしてからその日までずっとそわそわし通しだった。親にバレるのが嫌でわざわざ駅で待ち合わせて、彼女が行きたいと言っていた水族館に行って食事をして、お互い家に帰ってからメール告白した。「ちょっと表出て」って喧嘩吹っ掛けられるみたいな返信が返ってきて、それからマンションエントランスで話して、付き合うことになった。


それから彼女卒業するまでは本当に楽しかったし、俺も彼女に見合う大人の男になろうと必死だった。プレゼント背伸びして、百貨店に売ってるようないいアクセサリーを用意したり、デートでもなるべくお金出させたくなくて、少ないバイト代を精一杯はたいて奢ったりした。結局最終的に割り勘くらいになるように向こうに調整されていたけど。喧嘩しても大人ぶって先に折れて謝った。嫌われたくなかったというのもある。

冬が過ぎ、また春がきて、彼女就職して隣の家を出ていった。移り住んだアパートはうちから1時間近くかかるところだった。

学生の頃に比べると、格段に会える日が少なくなってしまい、些細なことでの喧嘩が増えていった。それでも最初の1年くらいは、彼女の家に泊まりに行って手料理を振舞ったり振舞われたり、ちょっと遠くへ旅行へ行ったり、何とかその壁を乗り越えようとがんばった。どうしてもその人を手放したくなかったから。大人な振りをして、ずっと背伸びし続けていた。

それがダメになったのは付き合って1年と少し経った頃、俺が大学2年の冬だった。

箱根に泊まり旅行にいって、旅館で夕食を食べているときだった。もうほとんど覚えていないような些細なことで、ふっと怒りがこみあげて、その勢いのまま机を殴りつけて怒鳴ってしまった。言った瞬間にすぐ我に返った。しまったと思った時には彼女は萎縮しきった顔で「ずっとそうやって我慢させてた?」と問いかけてきた。何も返せなくて、その日はもう会話もなくなって、朝起きたら彼女はいなくなっていて、携帯には「別れよう」というメールがきていた。

本当に大好きで大切な人だったのに、ずっとずっと彼女に見合う「大人な男」になりたくてなりきれなかった。悔しいのと情けないのと喪失感とごちゃごちゃになりながら一人で帰って、それからしばらく大学にもいかず家に引きこもってずっとオンゲをしていた。無心でレベル上げしていてもすぐに彼女のことがちらついた。もうしんどくてたまらなかった。

それでも時間は過ぎて行って、大学の成績通知を見ていい加減家を出なければと思った。単位結構取り落としていた。それからまた大学バイトゲームの繰り返しを毎日毎日やって、気づけば就活生と言われる年になった。

就職フェアみたいなやつに同期と出向き、彼女就職した会社ブースを見つけた。彼女がいないことを確認して(そもそも研究職だからいるわけないんだけど)説明を聞いてそのままエントリーした。運よく選考が進み、そして内定を勝ち得た。

そこで流石に一度我に返った。こんなストーカーじみたことして、どう考えてもおかしいしやばいそもそも入社してもし社内ですれ違ったりしたらなんて声を掛けたらいいんだ。もう一度会いたいとは思うけれど、向こうはもう俺のこと忘れてほかに相手いるかもしれないし、年齢的に結婚している可能性もなくもない。内定はあともう1社あった。期限は迫ってくる。悩みに悩んで俺は彼女に連絡を取ることにした。我ながらどうしてそうなったと今にして思うのだが、その時は考えすぎて頭が完全に煮詰まっていた。

電話番号は幸い変わっていなかった。電話で全部話した。まだ忘れられないこと、まだ好きなこと、それから同じ会社を受けて内定が出たこと、今行こうかどうしようか悩んでいること。付き合っていた頃の俺とは全然違って、本当に情けなかった。いや、付き合っていた頃だって決してちゃんと決まっていなかったかもしれないけど、それでも精一杯ずっと物分かりが良くて包容力があって大人な俺を演じ続けていたから、それはもうキャラ違うレベルだったと思う。彼女は静かに全部聞いた後、「うちはまあまあ大手だし、労働環境も悪くないから来るなとは言わないけれど、もう一社とよく比較して考えて」と言ったあと、「私のことは気にしないで」と言った。

突き放された気がした。それが余計悔しくて、勢いで「わかった。じゃあそっちの会社に行く」と即答した。するといつかみたいに「ちょっと表出て」と言われた。もしかしているのかと思って慌てて家の外に出たが、だれもいない。「どういうこと?」と聞いたら「そのまま駅まで行って、〇〇駅まで来て。私も今家出た」と言って電話を切られた。マジかよ。時間はすでに22時過ぎだった。〇〇駅は彼女の最寄り駅じゃなくて、うちと彼女の家の中間あたりで、付き合っていた頃よく一緒に飯に行ったところだった。こんなに長い30分があっただろうか。走って駅までいって、電車に乗っている間も落ち着かなくて、ずっと立ったままだった。電車から飛び降りて改札を出て、きょろきょろしながら電話しようとしたら、同じく携帯を片手に小走りで改札を抜けようとする彼女と目があった。


そんな彼女明日結婚します。

兄弟不公平

子供の頃、何で兄だけ個室がもらえたのか。

実家暮らしてた時の俺は自室がないからろくにオナニーができなかった。

兄は好きな時にオナってたの羨ましかった。

自室がないオレは臭いトイレでやってんのに。

しかオナニーしてると大抵、「ウンコしたいから早く出ろ」とか言われるんだよな。トイレから

今は一人暮らしで好きなだけAVやらエロ音声やら抱き枕やらオナホやらで満足にオナニー出来てるけど、やっぱり納得できない。

人数分の部屋用意しとけよ。家買った時には俺生まれてたじゃん。

壁とドア作りゃいいだけだろ。異常な広さのリビング作るぐらいなら部屋作って欲しかった。

それに二人分の部屋を用意できないなら兄にだけ部屋を与えるなよ。

不公平だろ。物置にでもしておけばよかったのに。

2018-01-29

【追記しました】かぼちゃの馬車の思い出

Twitter見てたら「かぼちゃの馬車」という懐かしい単語を見た。あんまり記事はちゃんと読んでいないが、いろいろ問題が起きているらしい。

女性専用シェアハウス運営会社賃借料支払いを突然停止

http://www.sankei.com/affairs/news/180121/afr1801210005-n1.html

かぼちゃの馬車」とはスマートライフという会社が運営する女性向けシェアハウスのことだ。今からもう3年くらい前、上京するとき半年ほどお世話になった。懐かしいついでに当時の思い出をちょっと書き残したい。




契約するまで

その当時はまだ研究生として大学に残っており、ほとんどフリーターみたいな生活を送っていた。

就職するにしても実家から通えるところ、と考えていたがネサフしているときかぼちゃの馬車の広告を見つけ、「案外簡単上京できるかもしれない」と思い立った。それからは早くて東京の興味のあった企業第二新卒として応募し、面接のため上京した際に物件見学もしてきた。

まず「駅から近いところ」が条件だった。大学までは駅まで徒歩5分もないところに住んでいたので、その頃はそれより遠くまで毎朝歩ける自信がなかった。

駅で担当と待ち合わせて、電車で移動。(たまたま営業車がなかったらしい)物件を二つみた。

どちらも入社予定の会社までは1時間以内と言ったところ。どちらも新築。入居者が殺到しているので、なるべく早く決めて欲しい(契約してほしい)と言われたが、面接の結果が出るまでは待って欲しいと伝えたらこころよく応じてくれて、面接結果が出るであろう2週間までは仮押さえしておくと言われた。部屋の間取りはどれも4畳半ほど。狭い。

結局私はより駅に近く、かつ帰り道の途中に交番があって安心できるという理由で某所の物件を仮押さえしてもらった。部屋もまだその当時は結構空きがあって好きな壁紙の部屋にしてもらった覚えがある。

見学している間、担当ものすごく親切にあれこれ見せてくれた。共同生活雰囲気や、持ち込むとよい荷物なども教えてくれてイメージやすかった。

無事内定が出て本契約したいと連絡した。引越しの日に契約書を取り交わす、それまでに初月の家賃を入れてくれと言われ、入金した。この辺はもうあいまいだけど初期費用でかかったのはこの初月の家賃だけだった。礼金敷金保証金一切なし。10万以内で上京を決められた(何かキャンペーンしててそれでの金額かもしれない)


引越し

引越し家族に手伝ってもらった。車でいろいろ荷物を運びこんだが、建物の中は完全男子禁制で、せっかく手伝いに来てくれた父は一度も中を見ずじまいだった。母と私と、契約のためにきた担当荷物を運びこむのを手伝ってくれた。私はかなり荷物が多い方だったらしい。過去最高と言われた。少ない人だとスーツケース一つで入居してしまうとか。私は後から買い足すのが嫌で、カラーボックスやら衣装ケースやらとにかくいろいろ持ち込んだ。


入居してから

早速私のシェアハウス生活が始まった。

シェアハウスと言うと大体の人が「テラスハウスみたいなやつ?」と聞いてくるがそんなしゃれたものではない。

私が入居した物件は2階建て、それぞれの階に7部屋あって最大14人入居可能だった。私がいる間はほぼ常に満室だった。

物件全体の設備

シャワールームが2つ、トイレが各階1つ、洗濯機乾燥機が計3セット、洗面台は各階2つ。あとキッチンが各階にあった。ここまでが共用設備で、あとは各人個別の部屋が与えられている。イメージシェアハウスというか寮に近い。

物件によって部屋数は当然違うし、部屋数が同じでも設備の数が少なかったりということもある。

私は自炊派だったのもあってキッチンが2つある物件を選んだが、もう一つ検討していた方は1階にしかなかった。

設備面で特に面倒を感じたことはなかった。基本好きな時にシャワー洗濯機も使えるが、どうしても用事があってこの時間に入りたい!みたいなときホワイトボードを使って予約できたし、不思議と住人の生活リズム微妙にずれているので朝の準備で洗面台が占拠されているということもなかった。洗濯機も同様。キッチン自炊派が少なくてほぼ私の独占状態だった。

あと冷蔵庫各部屋に備え付けられているので「私のプリン勝手に食べた奴誰!?」みたいな事件は起きようがなかった。

それと週に2日くらい、お掃除の人が共用スペースをお掃除してくれるのでいつもきれいだった。

【部屋の設備

テレビロフトベッド(ハンガーラック付き)、ライト付きのデスク椅子冷蔵庫があった。

ものが多いので棚なしには生活できなかったが、ミニマリストたちはその備え付けの家具だけで充分生活していた。私はオタクなのでDVDレコーダーパソコンデスクトップ+ノート)なども持ち込んで、ロフト下のデスクはなんかもう大変なことになっていた。

ありがたかったのはネット使い放題、エアコン使い放題。電気代も水道代も家賃に込みなので、ここぞとばかりに空調は常に稼働させていた。wi-fi用のルーターも買って導入した。

それと個人用の設備というか備品として、折り畳み自転車があった。一度使ったが思った以上に使いにくくもう使わなかった。他の住人もみんな使っておらず、雨風にさらされてさび付いて無残な姿になってしまった。それでも一応そういった備品があるのは入居者のことを考えているなあと好感が持てた。折り畳みでなければ使ったのになあ。

人間関係

入居前の説明では結構仲良くやっていると聞いていたが、物件によりけりだなあ……という印象。

というか、基本みんな自分の部屋にこもっているのであまり交流がなかった。共用のダイニングは一応あって最初の1週間くらいは集まって食べたりもしてたけれど、共用の「リビング」はないので基本引きこもることになる。食事も私は自分の部屋で取ることがほとんどだった。

それでもやはり同じ階の入居者とはまあまあ仲良くなった。なので多少共用スペースのルール無視(洗い物を後で洗うつもりでちょっとシンクに置いておくとか、共用のドライヤー掃除機ちょっと拝借して自室で使うとか)は「お互い様精神で受け入れられたし、何ならついでに洗い物してくれたり、外出中に乾燥機に入れてた衣類を出して部屋の前に置いておいてくれるみたいなのはあった。私もした。

ただしもう一つの階の住人仲は最悪だった。何人かそういうルール無視を頻繁にする住人がいるらしく、潔癖気味の住人が蛇蝎のごとく彼女を嫌っていた。まあルール無視しているのだから悪いのは圧倒的にルールを守っていない住人なんだけど。

私の階の住人はみな朗らかで「お互い様だし~」「折角同じ家に住んでる縁だし~」ということで大目に見られていたことが、別の階ではそれが一切許されなかった。ルール無視住人は他にもいろいろ問題があったらしく、余計嫌われた。多分私の階にいても嫌われたかもしれない。

そんなこんなで別の階の住人は常にピリピリしていて、たまにその階の設備を使おうものならどんな細かいルール無視も厳しく指摘された。洗面台に髪が1本残ってる、シンクを使ったらゴミは欠片も残さず捨てろ、洗濯機使ったらゴミとりネットの中は捨てろ……いやまあ当然のことなんだけどすごい剣幕で指摘されるのでめちゃくちゃ怖かった。換気扇切り忘れて「換気扇切り忘れましたよね?」とわざわざ部屋まで凸られたこともある。怖かった。

【住人】

私は一応正社員だったが、周りの住人は派遣社員が多かった。就職した会社ビックリブラック企業病院で鬱診断をもらいかけ、入居中に強引に退社したのだが、彼女らのアドバイス経験談から派遣社員になった。

他にも仕事はないがとりあえず上京したくて来た、という人もいたし、地元バリバリ働いていたが趣味のために上京フリーターしているという人もいた。それから何か叶えたい夢(就きたい職業)があって、非正規で働きながら勉強しているという人も多かった。お金のない若い女子の受け入れ先としてはよくできたシステムだと思う。運営元の会社から定期的にお知らせのお手紙各部屋のドアに差しまれるのだが、仕事斡旋などもしていた。


退去するまで

退去しようと思うに至った事件が二つあるので言及しておく。

管理会社対応の悪さ】

ある週末、起きて部屋を出ると廊下水浸しで、どうやら洗濯機の不調で水漏れしたという事件があった。その時家にいた同じ階の住人総出で対応にあたった。一人はすぐさま管理会社スマートライフ)に電話、こっちでは対応しかねるのでサポートダイヤルの方に連絡してくれ、と言われた。そういえばそんなものがあった、とそれを受けてまたサポートダイヤルに連絡すると、「対応分かり次第折り返す」とのこと。待っているとまた管理会社から確認の連絡があり、「一体どっちが対応してくれるんですか?」と尋ねると「それも確認して折り返します」。住人一同意味が分から困惑

その内特に連絡なく、管理会社担当クラシアン的な人が来て現場確認していった。同じ階の他の住人はみんな不在になってしまったので私が立ち会う。この時点で連絡してからすでに6時間以上経過。結局クラシアン的な人たちでは対応できず、メーカーに問い合わせてくれという結論になった。その時3つある内の洗濯機の1つが既に故障中だったため、現状使用できる洗濯機が1つになってしまった。さすがにこれを14人で使いまわすのきついな、と考えているとクラシアン的な人と一緒に帰ろうとする担当者。待って待って今後の対応どうするか聞いてないし私明日以降は仕事で立ち会えない。

帰ろうとする担当を玄関で捕まえ、「今後どうなるんですか?メーカーへはこちらで連絡した方がいいんですか?」「明日こちからメーカーに連絡して、今後どうなるかはまた連絡します」「誰にですか?私?」「はい」「つまり私がしばらく窓口になって、住人みんなに周知すればいいってことですか?」「そうですね」

帰る前に、私が聞く前に教えてくれ。入居するとき担当対応が良かっただけにこの時はものすごくショックを受けた。水浸しになったおかげで洗濯機の近くにあったトイレもしばらく使えなくなったのだが、「トイレ使えません」「洗濯機使えません」の張り紙は私がした。

【変質者にターゲットにされる】

女性しかいないシェアハウスだということが周囲にバレたらしく変質者のターゲットになった。夜、家から少し離れた場所男性が立っていて、前を通り過ぎると突然卑猥言葉を投げかけられる。最初はその程度だったのがエスカレートして露出狂進化したり、家の周りというか敷地内を徘徊された。ごみをあさら生理用品を持ち去られたという事件もあった。警察が来た回数も私がいた半年で3回。交番近くにある意味パトロール強化しますと言われても変質者は減らない。複数人いるようだった。

夜窓を開けて換気しようとカーテン開けたらそこにいたとかもある。

もちろん管理会社に連絡したが、対応がびっくりするほど遅かった。窓の外に男いる事件から実に2,3週間経ってから突如玄関前に監視カメラが設置された。遅いうえに家の中に作業員が立ち入っての大掛かりな作業だったが事前の連絡はまたしてもなかった。

その他、敷地内にセンサーライトをつける、砂利を敷くなど一応対応はしてくれたが、そこに至るまでが遅く、住人への説明特になく不安は続いた。


退去しました

実に半年程度しかいなかったが、他の住人も大体半年くらいで引越し資金を貯めて普通ワンルームなどへ越していった。特に長くも短くもない入居期間だった。

もうこの頃には管理会社への不信感がMAXになっていて、退去のやり取りでもひと悶着あったがここでは割愛する。

引越しの時は業者を使った。管理会社には「男性は入れられないので荷物自分で玄関まで運んでください」と言われた。いやクラシアン的な人も監視カメラの設置の人も男性だったじゃん!引越し業者男性はだめなの!?

引越しの準備は仕事の後帰ってきて夜に少しずつすすめて1週間でできた。最後の夜、共用キッチンにある自分の引き出しの荷物を片付けていたら、仲良くしていた同じ階の住人がみんな箱詰めを手伝ってくれた上、翌日の引っ越しでは部屋の掃除も手伝ってくれて本当に人に恵まれたと思った。荷物は部屋に置いておくと私が身動きできなくなる+自室が玄関から遠くて当日全て玄関まで持っていくのがしんどいため、「明日引越しますので今日だけ許してください」という張り紙を張って共用スペースに出し、引っ越し業者にはそこまで入って運んでもらった。別の階の過激派住人には会わなかったが、穏健派住人(ただしこの子も何か一歩間違えると過激派になってしまう)に会ったので「ごめん引越し業者の男の人入ってくるけど……」と一応謝っておいたら「私入居するとき男の人の作業員だったよ!業者くらいなら別に男性入ってもよくない?気にしないで~!」と言われた。過激派だったらキレまわされていたかもしれない……ほっとした。

ちなみに鍵の受け渡しのため担当者が来るはずだったが遅刻遅刻を重ねられ、最終的に「下駄箱に入れておいてください」と言われ、下駄箱にぶん投げてかぼちゃの馬車を後にした。

その後は1Kの自分の城で悠々自適な独り暮らしを満喫している。ただ職場が遠くなってしまった上、やはり家賃光熱費シェアハウスに比べるといくらか上がってしまったので、機を見て転職しようやくまた正規雇用になった。住宅手当と通勤手当のありがたさよ。

それと一応出てくるときにかつての住人達と連絡先を交換したが、ほとんどもう連絡は取っておらずみんな何してるのかも分からない。




というわけでシェアハウスって色々とお勧めできないんだけど、貧困層女性上京するにはいシステムだったなあ、とも思う。あれがなければ上京思いきれなかったし。確かに私を都内に勤めるOLというシンデレラにはしてくれた。

それに防犯対策も今はかつてより良くなっているのかもしれないし、担当者対応もよくなっているかもしれない。あくまでも3年前の話(多分かぼちゃの馬車自体まだスタートしたばかり位の頃)ということだけ書き添えておく。質問あったら答えられる範囲で答えます





たくさんの方に読んで頂けてとてもびっくりしています

ちょっと追記書きました。→https://anond.hatelabo.jp/20180130010653

2018-01-28

さむがりや

05:32 布団からでる。リビングでご飯が用意されるのを待つ。また同じご飯だ。

05:40 ホットカーペットが暖かくなってきたから座る。何も考えない。

07:05 うるさい家人がやってきたから、自分の部屋に逃げる。寒いから、また布団に潜り、目を閉じる。

13:54 お腹が空いたので、ご飯を食べる。ついでにトイレも行く。

14:08 うろうろしたが、特にやることがないので、布団に潜り、目を閉じる。

20:20 お腹が空いたので、ご飯を食べる。ついでにトイレも行く。

20:28 うろうろしたが、特にやることがないので、布団に潜り、目を閉じる。

2018-01-27

ネコハラをやめてほしい

私は比較的ひどいアレルギー持ちだ。

食べ物なら甲殻類がひどくて、一口食べたら発熱蕁麻疹胃腸炎が起きる。

花粉症もひどくて、シーズン初めにはアレルギー反応で高熱出るし、ずっと微熱状態、鼻水くしゃみ気管支炎発症する。

ネコアレルギーもある。

犬も同様でケモノ全般に反応が出るのだが、ネコが一番ひどい。

だが、ネコアレルギー理解されにくい。

ネコ飼いの人が「アレルギーだけど、がんばってたら大丈夫になった」的な発言をしているのを見かけるけど、そんなネコ愛じゃ耐えられないほど私は症状がひどく出ている。

ネコ飼いのコートに近づいただけで、くしゃみが止まらない程度にはひどい。

ネコアレルギーなんで、猫カフェはご遠慮します」と誘いを断ったら、人非人を見る目で非難された。

猫カフェの猫は綺麗にしているから」と無理やり連れていかれて、カフェくしゃみ連発してたら冷たい目で見られた。

翌日発熱して休んだら「その程度のことで」とかげ口叩かれた。

上司ホームパーティーに呼ばれて訪問したら多頭飼いだった。(事前にネコがいる告知なし)

リビングまで入って今更「ネコがいるんで、失礼します」とは言えず、出来るだけ隅っこで小さくなっていた。

にゃんこが出ちゃうから窓開けられないの、ごめんね我慢してね」と言われて、エアコンの下に避難した。

ネコは構おうとする人間を厭うらしく、全く近寄らない私の周辺に避難してくるので、私はまた逃げ場をなくした。

あらあらにゃんこ達は私さんのことすきなのね。少し我慢して相手してあげて。満足したら離れるから」と、笑っていわれた。

その間もくしゃみと鼻水と涙で目は真っ赤だった。

日曜日は、熱を出し、予定を取りやめざるを得なかった。

食べ物アレルギーの人にアレルゲンとなる食べ物を出すことは「人を殺す気か」とまで非難されるのに、ネコアレルギーについてはそこまで糾弾されることはない。

ネコが嫌いではないが、ネコに近寄るとアレルギー発症する。

ネコ動画を見ているからといって、実物のネコに近寄れるかというと別問題だ。

ネコとは和解できない。

食物アレルギーと同様にネコ(及びケモノ)アレルギー理解を示してほしい。

アレハラを論じるなら、ネコハラにも少しずつ留意いただきたい。

2018-01-24

女だけの街、探求、少年少女

停車中の荷物検査は最も危険時間だ。祐太はコンテナの隙間で白い息を殺し、屈強な女性職員が通り過ぎるのを待った。でも大丈夫、きっと会える。根拠はないけど、かじかんだ手の中にある少女写真を握りしめると勇気がわいてきた。やがて列車は再び駅を出発した。

 

※※※ ※※※

 

高校は女人町のとこに行くんだ」美術室で部活の後片付けをしながら、由紀さらりと言った。女人町のことは祐太も知っていた。夜に安心して出歩けるよう、女性けが生活することを許された町だ。由紀がこの町の女の子であることもクラス中のみんなが知っていた。義務教育卒業すると、女人町に戻るか外の町にとどまるか、母親選択することも。ただ、由紀が戻ることになったのを知ったのは、祐太が最初だった。

「そっか、由紀は行きたいのか?」

「わかんない。でも親が決めたことだし」

話はそれで終わった。由紀はそのまま学校卒業し、女人町の高校に進学していった。通常、女人町に戻った女性は、それ以降もうほぼ外に出ることはない。

 

※※※ ※※※

 

祐太は地元高校に進学し、由紀との思い出は忘れていった。学年たった二人の美術部員だったこと、部の存続をかけての新歓、絵の具の匂い、いつも頬を赤くしすぎる由紀人物画の癖。

そして大学に進学した1年目の冬休み、消えかけた思い出が蘇った。新しく出来た鉄道趣味の友人が、ポロッと言った一言きっかけだった。「この貨物列車、女人町に行くんだよな」

「へえ。あそこ、電車が通ってるんだ」

生活物資やなんかは流通必要だしな。ああいう町だから、警戒は厳重だけど、荷物は別だよな」

町につながる場所がある。そう思うと急に由紀に会いに行きたくなった。手がかりは卒業アルバムの切り抜きの写真と、中学の頃貰った家の付近スケッチだけ。町の写真盗撮につながるから規制されていたからだ。メールももちろんできない。

それでも祐太は諦めなかった。夕闇に紛れて女人町行きの貨物列車に忍び込むことに成功した。後は列車が連れて行ってくれることを待つだけだ。

 

※※※ ※※※

 

検問は数度あった。そのたびにコンテナ死角に滑り込んでやりすごした。屋根も壁もない。昼から小降りだった雨は、東京ではめずらしく雪になっていた。風が強く、寒さが身にしみる。

その日は関東一帯に4年ぶりの大雪が降った日だった。

夜、女人町に入った後、列車が緊急停止した。「人手が足りない!」「男性職員応援に呼んでください!」「承認はまだ?!」何かしら事故があったのだろう。辺り一面は漆黒雪景色で、職員たちは雪かきやヒトモノの整理で相当混乱していた。今なら脱出できる!祐太は暗い雪道に踊り出た。

周囲は真っ暗で、明るい場所は雪面をまばらに照らすオレンジや薄紫の街灯くらい。隠れる場所はいくらでもある。とにかくすぐ寒さをしのげるところに逃げ込み、明るくなってからスケッチ場所を探そう。祐太はそんなことを考えながら暗がりを歩いていた。

誰もいないと思っていた。そんな油断もあって、暗闇の中全身真っ黒な服から覗く2対の目に、祐太は気づかなかった。

 

※※※ ※※※

 

祐太は人らしきものにぶつかった。背筋が凍る。見つかった!そこにいたのは2人組で、頭の上からイスラム教徒女性が被るブルカのような真っ黒い布をかぶっていた。

あなたは…男の人?」

ブルカ女性に話しかけられた。動揺のあまり、祐太はしばらく動くこともできなかったが、やがてやっと声を振り絞り答えた。

「ごめんなさい、人を探して、ここまで来たんです。今回だけは見逃してください!」

安心して、あなた突き出したりはしないわ」

「でも、こんな格好をしてると捕まるぞ」

後ろの方のブルカから男性の声が聞こえた。この町にも男性がいたのか!祐太はほっとした。

「私の服を貸してあげる。まずは私達の家に来ましょう」

そして促されるまま、祐太は二人の家に案内された。

 

※※※ ※※※

 

家の中に入ればもうブルカ必要ない。助けてくれた二人を改めて見ると、祐太と同じ大学生くらいの男女だった。女性比奈男性は陸と名乗った。祐太は二人の家で事情を話した。スケッチ情報から比奈が通っている絵画教室をしている家だとわかった。この家の近所だ。陸からは余分なブルカも貸してもらった。男性同士助け合い精神もあっただろうが、何から何まで手助けしてもらい、本当に感謝するしかない。

しかし、ブルカなんて被って不審がられないだろうか。聞くと、若い女性はだいたいこんな格好だという。

「昔、目元やチークを真っ赤にするメイク流行ってね。うさぎメイクって言ったっけ。好きなは好きだけど嫌いな人は『幼女ポルノのようなメイクだ、ミラノ帰りの自分からは信じられない。VOGUEを見習え』って、大論争。喧嘩を避けるように、結局みんな姿を隠すようになっちゃった。」

「でも、そのおかげで俺たちみたいな男もこっそり生きられるんだけどな」

聞けば恋人を作りたい女性父親がほしい家庭は、こうやってこっそり男性を家に引き入れて暮らしているそうだ。よく考えるとそうしなければ町の人口は減る一方だ。この町はそうやって矛盾を抱えながら維持されてきたのだろう。

由紀ちゃんと連絡がつながったわ。今すぐ行きましょう。ゆっくりさせてあげたいところだけど、ママがこれ以上男性を住まわせるつもりなのか疑ってるの…ごめんね。」

どうも話から推測すると、男性を匿いながら暮らすのは専業主婦を抱えるのと同程度に負担のかかることで、できれば避けたいようだ。祐太もこれ以上迷惑をかける気もなかった。コートを着込み、ブルカを身にまとって比奈と共に家を離れた。

二階の窓では、母親と思しき女性が祐太に視線を貼りつかせていた。

 

※※※ ※※※

 

祐太は、ついに由紀の家にたどり着いた。玄関口で見た由紀は、中学とき面影を残していた。急ぎ足で比奈と一緒に部屋に入り、ブルカを脱いだ。

「祐太…」由紀は口を押さえて、もう半分涙声になっていた。「来てくれたのね…」

「じゃあ、私はお邪魔かな」そう言って比奈は部屋を出た。部屋は由紀と祐太、二人きりになった。まるで中学美術部と同じ風景だ。そう言えば改めて見渡すと、部屋の様子も美術部室のように幾つもの絵画や機材が並んでいる。ここは由紀の部屋ではないんだろうか?

「お母さんの美術教室アトリエよ。今時期は教室やってないか自由に使えるわ。布団持ってくるから、ここに今日はここに泊まってって」由紀はいたずらっぽく目を輝かせて言った。「お母さんには内緒ね」

「悪い奴だなぁー」軽口を叩くと本当にあの頃に返ったようだ。「今でも絵、続けてるのか?」

「そうね、つい最近も描いた絵がそこにあった気がするけど…」

「待って、当ててみるよ。…あ、わかった。右から3番目のだろ。なんでわかったと思う?」

「「頬が赤すぎる」」2人の声が被った。そして2人とも大笑いした。

その後は夜遅くまで話をした。昔の思い出、卒業してから生活、祐太のここに来るまでの冒険譚。話している内に日付が変わり、外の雪はますます降り積もった。

「これから、どうするの?」

明日には帰らなきゃいけないかな。長くはいられないだろ」

「もう少しここにいたら?こんな雪だもん。2~3日は色々マヒしてて気づかれないって」

それもそうかもしれない由紀学校はしばらく休講らしい。

ひょっとしたらここで暮らすのも悪くないかもしれない。ブルカがあれば外出もできるだろう。男性同士のコミュニティもあるようだし、由紀家族にも気に入ってもらえればよいな。そんなことを考えながら、祐太は眠ってしまった。

 

※※※ ※※※

 

「おい起きろ!さっさと出る準備をするんだ!」

突然の怒号とともに毛布を剥ぎ取られ、祐太は目覚めた。目の前には警官姿の屈強な女性が2人、立っている。

寝起きで意識がはっきりしないまま、祐太は両脇を抱えられて外に待機していたパトカーに詰め込まれた。「xx時xx分、xxxx確保…」警官の一人が無線で何か会話をしている。まるでまだ夢の中のようだ。いや、昨日までの記憶の方が夢なのか?

「僕は、…由紀は、これからどうなるんですか…」

祐太はやっとのことで声を出した。答えはしっかりとは聞き取れなかった。これから町の外の警察に引き渡され、そこでこってりと絞られるらしい。

隣に座った大柄な女性警官威圧的雰囲気だ。でもパトカーシャーベットの路面を頼りなく走っていて、そのギャップに祐太は少し笑ってしまった。

なんて結末だ。

 

※※※ ※※※

 

「密告があったみたいねあんたも大胆なことするわね…」由紀母親コーヒーを淹れながら由紀に話しかけた「報奨金高いんだよねぇ。誰だか知らないけどだいぶ儲かったんだろうな」母親は少し呆れていたが、それほど意に介していないようだ。対照的由紀は朝からずっと泣いていた。

「ごめんなさい。もうこんなことしない…」

「本当だよ!色々面倒なんだからね!」

母親一言だけ釘をさしたあと、あんたもコーヒー飲みなよ、と一杯テーブルに置き、洗濯物を干しにリビングを出ていった。

その日一日、しおらしく反省した様子を見せていた由紀だが、心の中では計画を立てていた。町を出る。祐太に会いに行く。

 

※※※ ※※※

 

大雪の混乱は女人町では5日間で収束した。もう雪は懲り懲り、そんな気分を察してか、その後はずっと晴れ続きだった。暦はもう立春になったが、まだ気温は冬。それは女人町でも同じだ。

「それじゃ友達の家に泊まりに行ってくる。3日くらいで帰ってくるよ」リュック荷物を詰めた由紀玄関母親に言った。母親は答えた。

「どうやって町を脱出するの?貨物列車にでも忍び込む?」

「え、え?…お母さん何言った?私友達の家に…」

「こないだ来た男の子のところに行くんでしょ。外の列車切符なんて買えなかったけど、駅の入場券くらいは買えたわ。あとはあんたで何とかしなさい」

ああ、お母さんには何でもバレバレだ。由紀は素直に切符を受け取った。でも、本当に外に出ていいんだろうか?お母さんに迷惑かかるんじゃないかな?

「やっぱり血筋なのかね。私もあんたのお父さんに会いに列車に乗って出かけていったんだよ。そのときにはもう社会人だったけどね。」

それは初耳だった。色々型破りな母親なのは知ってたけど、まさか列車に忍び込んで町を出るなんて!

「いやいや、その時はこの町もまだインフラが整備されてなくて、男性も沢山作業に出入りしてたんだけどね。ただ住む場所だけは別々で、でもどうしてもあの人に会いに行きたくてさ。臨月なのに常磐線に乗って出かけちゃったの。そしたら電車の中であんた生まれちゃって!大騒ぎだったわ」

何それ!電車で生まれたって聞いてたけど、そんなシチュエーションで生まれたの?何か私より祐太より、お母さんのがよっぽど大胆じゃん!

「だから言ったじゃん。血筋なんだなって」お母さんはいたずらっぽく目を輝かせて言った。「お婆ちゃんには内緒ね」

わかったお母さん。私も頑張る!

まだ寒い晴れた冬空の下、由紀は駅に向かって駆け出した。

 

※※※ ※※※

 

停車中の荷物検査は最も危険時間だ。由紀コンテナの隙間で白い息を殺し、屈強な女性職員が通り過ぎるのを待った。でも大丈夫、きっと会える。根拠はないけど、かじかんだ手の中にある少年写真を握りしめると勇気がわいてきた。やがて列車は再び駅を出発した。

2018-01-18

みなさんは現実土下座謝罪されたことがありますか?

わたしはありますドラマみたいだなと思いました。


みなさんはコップの水を目の前の人間にぶちまけたことがありますか?

わたしは一度だけあります土下座している人に向かって、そのとき持っていたコップの水を全部勢いよくぶちまけました。うわっ、ますますドラマみたいだなと思いました。

すなわち、わたしには「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた経験」があります稀有経験だと思いますが、リアルで話すと絶対に引かれるので、致し方なく匿名ダイアリーに書いています


どうしてそんなことをしたのか?

相手土下座という、およそ非現実的謝罪方法選択したときわたしは強い危機感を覚えました。彼の必死さが怖ろしく、一方で、ここで舐められたら終わりだと思いました。わたし相手絶対に赦さないことをはっきり示し、復縁を諦めさせる必要があると感じました。

伝統的には土下座をしている相手を踏みつける方法もありますが(ドラマとかで)、現実にそれをやると犯罪なので、とっさに手に持っていたコップの水をぶちまけました。水は弧を描いて、土下座をしている相手の後頭部と背中を濡らしました。

厳密に言えば、これも暴行罪に該当する可能性がありますが、場所が自宅のリビング相手パジャマ姿だったので、万が一、被害届を出されても警察は動かないだろうと考えました。

相手は、土下座して謝っている最中に水をかけられるという完全に異常な状況であるにもかかわらず、特に驚く様子もなく、か細い声で「ごめんなさい。本当に反省してる。許してほしい。」と言いました。

わたしはここが正念場だと思ったので、普段は出さない大きな声で「うるさい。早く出て行け。視界に入るだけで不愉快だ。」というようなことを言いました。その夜はさすがに眠れませんでした。


その日に至るまでの3カ月間、彼はほぼ一日おきに「とても反省している。愛しているのは君だけだ。君を失ったら生きていけない。なんでもするからやり直すチャンスをくれ。」といった内容のポエムメールを送ってきていたのですが、その夜を境にピタリと止み、2週間ほどで荷物をまとめて出て行きました。

彼が去ったあと、がらんとした部屋のテーブルの上に記入押印済の離婚届と一緒に四つ折りにされた便箋が置いてあり、確か「君と暮らし10年間、とてもしあわせだった。本当にありがとう。傷つけてごめんなさい。」というようなことが書いてありました。

わたしはそれを読んだあと、すぐに鋏で細く切って他のゴミと一緒にマンションゴミ捨て場に持って行きました。

部屋に戻って靴を脱いだ瞬間、ああ本当に一人になってしまったんだなという実感が湧いてきて、涙が溢れて止まらなくなり、床にうずくまって、文字通りわんわんと泣きました。

離婚たことについて後悔はなかったのに、それでも10年の歳月はあまりにも長く、喪失感は大きく、どうしようもなくてわんわん泣きました。


それから一年は、これまでの人生で最もつらい期間でした。一番つらかったのは、人を信用できなくなったことです。わたしはおろかだったので、10年も一緒にいた相手が病的な嘘つきであることを見抜けなかったのです。客観的証拠により相手が膨大な嘘をついていたことが分かった後は、誰も彼もが嘘つきに見えました。

周囲の人からは、なんであんなにいい人と離婚したのか、もったいないと責められたり、浮気は男の甲斐性だ、許せない女のほうが悪いと説教されたりしました。

離婚後も相手からは「元気にしてる?君のことをとても心配している。落ち着いたらまた会えないかな。」といった内容のメールときどき来ていたのですが、返信せずに削除していました。

最近連絡がないなと思った矢先に、「ご報告」という妙にかしこまった表題メールが届いて、開けてみると「結婚再婚)することになりました。相手妊娠しています。」といったことが神妙なトーンで書いてありました。彼が出て行ってから半年も経っていませんでした。


彼の再婚相手は、複数人いた浮気相手の誰でもなくて、わたしもよく知っている、ほんの数日前に一緒に食事をした女性でした。わたし彼女を友人だと思っていました。お酒がとても好きなはずなのに、その日はガス入りの水しか飲まなかったので、体調が悪いのかなと少し心配していたのです。ああ、なるほど、妊娠していたかアルコールを飲まなかったのかと妙にスッキリ腑に落ちました。

わたしは、「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた」瞬間が一連の出来事クライマックスだと思い込んでいたので、まだ続きがあるなんて想定外でした。事実小説より奇なりとはこのことかと思いました。

そして、ようやく治り始めた傷口に乱暴に塩をすり込むようなことをした彼らを強く憎みました。彼らを憎んでも自分を損なうだけだと頭では分かっているのに、感情コントロールできなくて、四六時中、彼らがしたことについて考え、彼らが不幸になるように願いました。そのときには、もうわんわん泣く余裕もありませんでした。


その後どうなったかというと、特に何もありません。

彼が出て行ってから一年くらい経ったある日、気が付くとすべては過去になっていました。時折、激しい憎しみの名残が発作のようにやってくるのですが、それも長くは続かなくなりました。ただ、不倫浮気を美化する内容のドラマ小説に強い嫌悪を感じるようになりました。

彼らが不幸になったかも知りません。子どもは無事に生まれたらしいと風のうわさに聞きました。それでよかったと思いますわたしの見ている前で、彼らが不幸にならなくて本当によかった。

さっき「離婚して、わんわん泣ける女になりたかった。」というタイトル記事を読んだら、一連の記憶フラッシュバックしてつらくなったので、気持ちを静めるためにこれを書きました。

自分経験に照らすと、記事中できれいごとを言っている元夫は嘘つきで、本当は慰謝料を払わず離婚して他の女性再婚したいだけなのではないかと感じましたが、そんな風にうがった考えを持つことは人を幸せしません。



なので、ここに書くことで忘れてしまうつもりです。

2018-01-17

父の態度

うちの父親自分の子ども(私と兄弟)が嫌い。

物心ついた頃から態度が悪くて、あいさつを無視とか私たちリビングから追っ払ったりしていた。

幼い頃はなんでだろう?って悲しかったけど、最近ソシャゲを始めて理由がわかったよ。

一世一代をかけた子作りガチャが全部ゴミリザルトだったからムカついてたんだよね。

維持費がクソかかるし、ここまで育成してもみんなゴミしかならなかったね。かわいそう。運がなかった。

この家のクソガキどもはこれから進化しても失踪殺人自殺かぐらしかないんだ。世間様に恥ずかしかったんだね。

2018-01-09

掃除機が壊れて丸3年経った。

買い換えようと家電店に行ったが掃除機どれも高い。ネット民が好きなマキタ充電池とかゴミ袋とか考えるとなんか面倒…と手ぶらで帰ってきたのが3年前。

家の床は全部フローリングだし、仕事やらで日中は家にいない大人しかいてないし、ペットも飼っていないし鉢植えがいくつかあるぐらい

そもそも大して広くもない家、それほど掃除が大変なわけじゃないか…、とマイクロファイバーのモップを買い、もともとあった使い捨てモップと併用することにした。

平日は目についた埃や髪の毛をささっと取る程度の雑なそうじ、休日マイクロファイバーのモップで水拭き、というサイクルを3年やってみて

年末大掃除がどんどん楽になっていることに気付いた。

水拭きすごい気持ちが良い。週に1度(2週に1度のこともたびたびある)水拭きするから大掃除力点をおく必要がなくなっている。

水拭きするついででサッシの桟の拭き掃除もできるし隅っこのほこりもきれいになる。

使い捨てモップの水拭き?用のシートは香料がいまいち苦手で馴染めなかった。水拭きで全然いい。

うちはリビングが南東向きで風通しも良いので、水拭きが乾きやすいというのも大きいかもしれない。あとフローリングの素材にもよるか。

問題梅雨時~夏。雨の続く時期には水拭きはあまり気持ちよくない。6月あたりは「やっぱ掃除機のが楽~~」と思う。

あとクローゼットの下のところとか掃除している時は掃除機の方が圧倒的に楽。あれは吸い取るのが一番楽だなぁやっぱり。

その対価を払う価値があるほど素晴らしい掃除機があれば買いたいと思うが、今のところはそれが出てこない。うーん。掃除機、高すぎないかなほんと。

2018-01-04

anond:20180104155816

うちの妻はまだ母ちゃんって感じではないな、ママって感じ。自慢ぽくてスマンが、わりと可愛い巨乳

理由としては、両方とも元々奥手っぽい感じだったのと、子どもできてから生活がカツカツになって余裕なくなったのと、寝室で子どもが一緒に寝てるから場所がないというのがあると思う。

まったく話題にもあがらないし、いまさら打破するのはかなり難しそう。

2人目作ろうということなら言えるかも。ただ個人的には1人で手一杯。あと場所どうするんだろって感じはある。なんかリビングとか気持ち悪いし。

2018-01-03

嫌父

久々に実家帰省したら、父親の部屋の棚にでかくて分厚い嫌韓本が飾られてた。

本棚じゃなくて、家族写真や絵皿のある飾り棚に堂々と。

さらには家族普段使ってるダイニングテーブル図書館で貸し出した嫌韓本父親スマホと共に置いてあった。

正直、普通に引いた。

今思うとたしか兆候はあった。

父は昔からキムチが大っ嫌いで冷蔵庫に入ってるとくせーくせーと露骨嫌悪感を示してた。

帰省して久々に家族揃って外食ってときも、たまたま近場にあった韓国料理屋にはいろうとしたら回れ右して逃げ出したし。(大人気なさ過ぎて母親も弟も呆れかえってた。結局ラーメン屋に変更した。中国はいいんだ)

料理が嫌いなだけだと思ってたから、まさか嫌韓本にまで手を出してるとは思わなかった。

亡くなった父方の祖母生前はがっつり新興宗教にはまって高額な壷やネックレス買わされてたかまさか遺伝、、、?ってちょっと違うか。

いや、人それぞれ色んな思想をお持ちだと思うのでなるべく否定したくはないです。

正直8、9年前の嫌韓ブーム?の時はまとめ記事とか少し鵜呑みにしてたことはあったし。学生の頃ね。

まぁ、いいんだけど、、、、、、

せめて人の目に触れる場所にそういう本を置いてほしくない。

父親の部屋っていっても元々祖父母のリビング二世帯で住んでた)だったから、今でも親戚が家に集うときはその部屋を利用することになってる。

え、私が東京にいる間も何度か集ってたよね。その時も嫌韓本でかでかと飾ってたの、、つかそれ以前に家族普段利用するダイニングテーブルに平気で置いとくとかありえないんですけど。

私が神経質すぎるのか、一度通ったことある身だから過剰反応しちゃってるのか、、延々もやもやしてしまう。

解決策としては父親に「こういう本は片付けておいて」ってそれとなく諭せばいいんだけど、この話題に触れるのって同時に父の闇にも触れるようで、めちゃくちゃ怖い。というか、もう父とはなるべく関わりたくない。これ以上嫌いになりたくない。

父親とは小学校の高学年から社会人になるまでの長い間、反抗的な態度を取っていた。嫌いだったとこ挙げてくと、

ひどく無神経でありがた迷惑

私や弟の育児も都合が悪いと母に投げ出して逃げる

口が悪くいつもへらへらしながら人の悪口ばかり(運転中は荒くなって周りの車の愚痴吐きまくる。)

いつもその場しのぎの会話で内容もすぐ忘れる、興味が無いのか子ども誕生日すら覚えられない

子どもも呆れる程大人げない行動をとる

一応定年までサラリーマン万年係長)してたし、露骨暴力浮気癖とかギャンブルとかそういうのはないけど、どこかうだつがあがらなくてクズ思考回路尊敬できなくて同じ空間にいるのが苦痛で仕方なかった。(芸能人でいうと愛嬌も才能もない突き抜けてない蛭子さんって感じ。蛭子さんは好きだよ。)

そして何よりも、その人の血筋をがっつり受け継いでいることに対して嫌悪感がはんぱなかった。

自分にも当てはまってるんだろうなーと。父親も、そして自分も大嫌いだった。

、、これがただの反抗期と呼べるものなのはからないんだけど、多感な時期で反抗期を迎えた子どもはこんな感情抱くものなのかな。ちょっと異常な気はしてるんだけど。

そんな反抗期らしき時期も、上京して離れて暮らして、ようやく落ち着いてきた。

もういい加減大人になった。多面的な部分も受け入れて嫌な部分はそっと見なかった事にする許容も生まれてきた。

最近はなるべく避けたりせず、最低限の会話は心掛けてる。

そんなフェーズで見つけてしまった嫌韓本

ちょっとさすがにきついか増田で吐き出して記憶にふたをすることにしました。

とりとめのない駄文でごめんなさい。文章におこすと気持ちが冷静になれていいですね。

いつか父も、自分のことも好きになれたら良いな。

2017-12-28

anond:20171228112808

先週のしまじろうで「大人にはサンタが来ないから僕たちがサンタになってプレゼントを配ろう」って話をやってて、最後は寝たフリをしてたしまじろうが起きてサンタ服を来て両親の枕元にプレゼントを置こうとするも両親リビングテレビ見てる

リビング入口の廊下で待ちくたびれて寝てるしまじろうを両親が発見

しまじろう、夢の中でサンタさんに会って会話(内容忘れた)

しまじろう、ベッドで目覚めると枕元にサンタさんからプレゼント発見

朝食準備をする両親が私達にもサンタさんが来てくれたと言ってしまじろうが渡そうと準備していたプレゼントを見せる

で、大人子供スムーズに受け入れられる話になってて感心した

anond:20171228050136

言いにくかったら印刷してリビングにおいて、連絡来るまでネカフェゆっくり漫画呼んでればいいと思う

一度学生時代に親と真っ向勝負ケンカしたけどそれ以来、理解してくれようと努力してくれて嬉しかった思い出がある

今でも親とは良好な関係を築けているので、よい両親ならば一度ぶつけてみてはいかがでしょうか

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん