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2021-05-08

どうしようもない

職場コロナ感染者が出て、濃厚接触者の疑いがあり、

検査結果待ちで数日自宅待機といわれてるのにも関わらず

症状もないし、大丈夫だろうと言って聞かない。

帰ってきたのは深夜、そのまま一睡もせず何をしてるのかと思ったら

ついさっき24時間対応してる職員可哀想だと作った朝食を届けに行った。

職場の人にとっては良いのかもしれないけど。いや…出んなや。

どれだけ止めても無駄、行くと言ったら聞かない。

自室にこもるわけでもなく、リビングキッチン使いたい放題。

危機感ないわ、全然家族感染する可能性も考えてないわ。

2021-05-07

アイドル配信を見ようとつべ開いたら、関連に同級生に似てる顔があった。

開いてみたら別人でただの主婦だったがなんとなく見てしまった。

年齢や夫の趣味に合わせて好きな系統の服を着ることを遠慮していた過去を涙ながらに語ってた。

広い立派なマンションリビングで、高そうな化粧品を塗りながら。

女子アナが私には私の地獄があるとかなんとか言ってたけど

そうか、これが勝ち組美女地獄か、と思ったところで泣けてきてしまった。

コロナ仕事がなくなり明日の飯に困ってる俺にはかなり堪えた。まさに飛んで火に入る夏の虫である

もうおすすめ動画不用意に閲覧しないと決めた

2021-05-02

同棲している人達、いつどこで自慰をしています

彼氏とのセックスは好きだし満たされるし気持ちいいが、イクことがない。これは多くの女性に当てはまると思う。私の友達でも、彼氏とのセックスでイケる人の方が少数派だ。

からセックス後も身体的には不完全燃焼感があって、セックスとは別に自慰必要です。ここについては意見が別れると思う。そもそも性欲を満たすためにセックスしているわけではなく、パートナーと触れ合えば満足する層が一定いるからだ。私も、そういう時期はある。

我が家リビングと寝室が扉一枚で隔たれていて、彼氏ゲームをしている間に寝室で声を押し殺して自慰をする。扉は閉めてる方が不自然から開けてる。逆にいえば彼氏ゲームをしないと、私が自慰をするチャンスがない。ついこの間まで彼氏がよくゲームをしていた後輩が就職した関係ゲームができる環境じゃなくなり、彼氏ゲームも頻度もグッと減った。彼氏が真面目に家事をしているとき自慰をするのは、流石に気が引けてしようと思わない。

今年のGW11連休で、出かける予定もこんなだからない。みんなどうしていますか?

2021-05-01

anond:20210501151633

元増田だが、夫がリビングいるから私は寝室にいるんだけど

さっき夫が寝室に来て話かけてきたけど

まらないし価値がないから返事しなかったのね

そしたら「無視することはないだろ」と怒ったか

あなたの世話はしないと言ったでしょ」と返したら

夫婦間の会話と世話は別じゃない?」だってさ。

いやそれも「世話」の中に入ってますけどね・・

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-27

子供予防接種の用紙紛失

A4の封筒に入ってるし、そうそう失くすもんじゃないんだけど、リビングにずっと置きっぱなしにしてたら旦那に捨てられたのか???

あんものをなぜなくすのかわからない……

でも第三者に捨てられたなら納得できる

用紙は市役所で再発行できるみたいなので憂さ晴らしにおいしいものたくさん食べたい

2021-04-26

妻がハウスダストを認めない

このところ子どもが朝から鼻を詰まらせている。

妻はそれを花粉症だと信じてやまない。

ぼくは花粉症だけど妻は花粉症ではない。

から症状がわからないのかもしれないのだけど、息子のそれは花粉とは違う。

なぜなら、子どもが鼻を詰まらせるのは決まって家にいる間だけだからだ。

もともと漢方信者(≒東洋医学信者)なところがあり、行きつけの漢方薬の先生相談しては苦い薬を子どもに飲ませている。

小学生の息子には病院の抗アレルギー薬を飲ませたくないという気持ちはわかる。

でも、苦しんでいる子どもをそのままにしておくのも胸が痛い。

夜寝ている間に鼻詰まり悪化するのだ。

休みの日、今日は妻と子ども用事で外出している。

ちょうどいい機会だからと、寝室になにかあるのではないかと探し始める。

妻は日光信者でもあるので、何でも風通しを良くして日干しすれば殺菌できると考えている。

最初は布団についた花粉を疑ったが、掃除機もこまめにかけているようだ。

布団の線は薄い。

そんなことを考えながら見回してみるとふと目についたエアコン

もしやとカバーを開けて思わず声がでた。

フィルターもふもふになるほどのホコリ

吹出口をスマホライトで照らして覗き込むと吹出口から送風ファンまでびっちりと黒カビで埋まっていた。

そういえば妻がエアコン掃除している姿を一度も見たことはない。

嫌な予感がしてリビングエアコンをチェックしてみると、こちらも同じ状況だった。

冬はエアコンをほぼ使わずガスヒーターを使っている。

もし急に気温が高くなってうっかりこのままエアコンを点けてしまうようなことになれば最悪肺炎もあり得る。

すぐに掃除に取り掛かった。

吹出口のカビを除菌シートで拭き取る。

エタノールと綿棒で送風ファンの隙間一つ一つを丁寧に掃除する。

綿棒はあっという間に黒ずみ、カビの多さを物語っている。

エアコン一つに2時間くらいかかっただろうか。

途中で何度も心が折れそうになるたびに、子どものつらそうなくしゃみを思い出しながら、自分に頑張れと言い聞かせる。

リビングにもう一台。終わる頃にはすっかり日が暮れていた。

ちょうどその頃、妻と子どもが帰ってきた。

「あのさ、子どもくしゃみの原因だけど、もしかしたらエアコンかも。カビがすごいか掃除しておいたよ。」

感謝言葉がほしくないといえば嘘だが、帰ってきた言葉は予想できないものだった。

「なにそれ。わたしだっていつも掃除してるじゃない。それにカビがどうしてくしゃみの原因になるのよ!」

怒っている。

けがからないが、どうやら妻は怒っている。

「いや、責めているとかじゃなくて、くしゃみがひどいか花粉以外の別の原因があるんじゃないかなって調べてたらエアコンがカビだらけだったってことだよ。それを掃除しただけ。」

わたしがどれだけ毎日大変かわかってない!汚れに気づいたら勝手掃除すればいいじゃない!いちいちわたし悪者にしないでよ!」

これはダメだ。

そんなつもりは微塵もなく、ただ、子どもがこれ以上辛い思いをしないようにしたいだけなのにそれが全く伝わらない。

まあそれでも、これでカビが原因だとわかって苦い漢方が止まればよいか

その時はそう思って黙って引き下がった。

翌朝、嘘のように止まった子供くしゃみ

それみたことかと思いつつ、下手に刺激してもしょうがないと黙っている。

すると妻は何を思ったか漢方を取り出して子どもに飲ませはじめた。

「よかったね。○○ちゃん子供名前)。漢方効いてきたからもう少し頑張って飲もうね」

ええエエェェえぇぇぇぇぇエェぇぇぇ工エエェェ(´д`)ェェエエ工





実はこれは3年前の話。

緊急事態宣言の中、今年も子どもくしゃみが始まったので妻は漢方を買いに出た。

その間にエアコンと格闘。

説得は諦めた。子どもくしゃみが止まるならもうそれでいい。

2021-04-24

5年間不登校だった息子

昨日、めでたく高校入学式に行った。

涙が止まらない。

 

不登校になったのは、小学生五年の時だった。

理由は、ゲームに熱中し過ぎたかである

しかし、他にも要因があって、息子が不登校になる前に、上の娘の方が不登校だったのである

娘は息子の三歳上だが、小学生六年の時、悪質な担任に当たり、とんでもない差別というか、エコ贔屓を超えたレベルほとんどいじめに近いことをされ、担任からなかなか原因が発覚せず(本人は自分が悪いと思い込んでいた)、相談相手最初担任なので、全然からなくて娘を叱ってばかりいた。担任が原因だと分かったのは不登校になって三ヶ月くらい経ってのことである

それは、なんとか解決したが、その時、下の息子は「学校へ行かなくてもいい」ということを覚えてしまったのである

最初は、親も全然からなかった。

今日はなんかしんどい

などとしばしば言っては、ほんとにずっと布団の中で寝込むので、親も仕方ないかなと思って休ませていた。

共働きから、昼間は息子しか家にいない。

実は、しばしば学校をそんなふうにして休んでは、親がいなくなると、ずっとゲームをしていたのだ。

それがエスカレートして、学校いじめられてるとか言い出し、問い詰めても誰がいじめてるとか内容とかをまるで言わず、娘の例があるもんだから、原因がわかるまで待つしかないとなった。

しかし、ある日、やはり息子はどこか嘘をついているという感じがしたので、「家にいてもいいけど、ゲームは親がいない間は禁止する」としてゲームを取り上げた時に、息子は半狂乱に近い状態になったのだ。

やっと、ゲームが原因だと分かったのは、多分5年生の夏休み前くらいだったと記憶する。

 

ところが、怒っても怒っても、息子は頑として学校に行こうとしない。

色々聞いてると、どうも不登校が続き過ぎて、クラスメートに恥ずかしくて学校に行けないという気持ちになったらしかった。

しょうがないので、保健室登校から始めようということになった。

ゲームは、この時、禁止したり、或いは時間制限したりはしていたが、たまに取り上げたりと、方針一定していなかった。

但し、不登校児童はできる限り自分意思学校に行かせようとしないといけない、と学校などから指導されるので、夫婦で話し合い、息子を叱るのはやめようとなった。

そして、一週間に1、2回だけど、保健室登校をするようになった矢先の出来事

妻のせいだとは思わないけど、妻が息子をこっぴどく叱りつけ、ゲーム機をバケツの水に沈めて使えなくしてしまったのである

その時息子に生じた不信感が、彼を五年間自宅に閉じ込めるきっかけになってしまったのだと思う。

 

正直、「どうして、あれほど息子を叱ってはいけないと二人で決めたのに……」とは思ったけど、反面で妻の方が、家にいる時間の少ない私よりは一生懸命対応しているので、責めはしなかった。

それから、散々、色々な関係機関への相談や、或いは、中学校を学区外にして、小学校友達に合わないようにしたり、色んなことをしたけれど、結局、この五年間、何も出来なかった。

そのうちに、引きこもりが酷くなって、息子は家族とも顔を合わさなくなった。

食事だけは、自室ではなく、ダイニングで取ってもらおうと、息子の食事は必ずテーブルに用意し、息子がリビングに出てきやすいように、夕飯時などは他の家族全員が顔を合わせないよう息子が食事の間は別の部屋に引きこもった。

 

そんな生活を続けて、とうとう、ほんとに顔を合わさな父親の私のことを、息子は大っ嫌いになったらしい。

何故なら、不登校になるそもそもの原因、任天堂Wii u とスプラトゥーンを、息子への褒美にと買い与えたのは私だったかである

一年間、自宅の風呂洗いを続けたら、買ってやると約束し、彼はきちっとそれを守り通したから、買い与える以外にはなかった。

どうして大嫌いになってるのを知ったのかは覚えていないが、私は息子と顔を合わせないどころか、自宅にいる間は咳すら我慢し、存在を消す以外になかった。そうしないと、あからさまに息子は自室のドアをバンバン蹴ったりして暴れ出すからだ。

 

そして今年かな、一月頃に、息子は私がブチ切れるざるを得ない行動に出た。

死ね

と、他もまぁ色々と書いてあったけど、そう書いた手紙を私のいる部屋の扉の下に滑り込ませたかである

怒り狂った私は、怒鳴り散らしながら、彼の部屋の鍵のしまっているドアを外から開け(外から簡単に開く)、送風機を持って待ち構えていた息子を布団の上に押し倒して二、三発軽く殴った。

その時、散々私は息子に色々なことを言った。確か、「「死ね」などと書いた手紙を書ける神経があるのは、お前が五年間も友達とかコミニュケーション取らなかったからだ!」みたいな話かな。

それまでの数年間、会話らしい会話どころか、息子の声すら聞いたことがなかった。

やっと話し始めた。

「本気で書いた訳じゃなく、パパのイビキとか咳とか聞こえてくるとめちゃくちゃムカついたから、冗談のつもりだった」

こちらが、あまり意識し過ぎたせいで、逆にちょっとしたことが息子には気に触るようになってしまたからだと思う。

 

それから少し経って、息子が「学校に行きたい」と、妻にLINEした。

息子が学校に行きたいと思っていること自体は、少し前から知っていた。

息子は息子なりに、このままではダメだと思っていた。

でも、親が何も言っていないのに自分から言い出したのは初めてだった。

から普通高校は無理なので、週少しだけ登校のある通信制だけど、いいか? と聞くと、行くという。

そして、その高校から提出書類をもらって、息子は所信表明のようなことをその提出用紙の一つに書いた。

そこには

友達が欲しい」

と書いてあった。

私が、「死ね」と書かれて息子に怒ったときに「友達コミュニケーション取らないからだ!」と言ったことに影響されたのかどうかは知らない。

でも、それを見た私は、ほんとに死ぬほど嬉しかった。

もちろん、それがぬか喜びになってはいけないから、現時点でもそうだけど、まだまだ様子見を続けなければならない。

 

だけど、きっともう大丈夫だと思う。

彼は、自分一人で、高校入学式に行った。

がんばれ、負けんな! 心の底からそう思う。

2021-04-20

anond:20210420181759

錘の重さは一定だが、錘によって筋肉に架かる負荷は蓄積されて増大していくので、競技時間が長いほど筋肉酷使され体力を消耗する、ということを感覚にわかっているからではないですか?

身近な話で例を挙げるなら、体力が同じ二人のお母さんを競走させるとき、一方だけが赤ちゃんをおぶってリビング内を一往復しても差はつかないけど、赤ちゃんをおぶったまま3つ隣町まで歩いて買い物に行かせたら、赤ちゃんをおぶっている人は疲れて大きく遅れをとるだろう、という感じに。

スポーツ詳しくないので思い付きだけど。

何もやる気にならない大学生の話

どっかの大学生自分の心を整理する為と承認欲求を満たしたいが為に投稿します。ただのチラ裏戯言です。



なんでやる気が出ないのか、という問いの答えが分からない。本当は働きたくないから、職に就きたくないから、とかなのかもしれない。それを認めたくない自分がいるのかもしれない。

毎年4月はやる気になる。よし今年はちゃんと頑張るぞ、1年間しっかりやり切るぞ、という風に自分に言い聞かせる。でも毎回ダメ。どうも自分はやる気が続かずに、休みがちになってしまう。1週間の5日間の講義のうち4日は休んでいるのが今の状況。どうやら大学行きたくないらしい。

よく親に問われる、本当に大学を出て働く気がある?なくはない。ちゃんと働いて親に恩返ししたいし、さっさと自立して誰にも迷惑をかけずに扶養から抜けて生活したい。働くのは嫌いじゃない、大学に入りたての頃は勉強がそこまで忙しくはなかったので飲食店バイトをしていた。その時の自分はわりとやる気に満ち溢れていたし、元気もあった。自分で働いて手にしたお金を通帳で確認するときは何とも言えない喜びを感じることが出来た。

では、今専攻している分野に興味がない?そんなことはない。大学在学中に色々実習をしたりしたが、どれもやりがいがあったし、何よりも楽しかった。あの頃は興味と探求心のおかげですんなりと勉強に身を入れることが出来てたかもしれない。自分の将来を見据えて行動が出来ていた気もする。今はどうか?正直なところ、自分の将来が見えない。自分が働いている姿、まるで想像がつかない。個人的にこれは少しマズい状況だな、と思う。


去年、自分精神的によろしくない状況なんじゃないか?と感じて精神科を受診しようと思った。予約しようと病院HPから予約カレンダーを見るとなんと2ヶ月先まで予約がいっぱいだった。話に聞いてはいたが、世の中には精神不安定な人がたくさんいることが分かって少しだけ安心した。朝一で行ったら診てくれるかと思ったが現実はそんなに甘くなく、「2ヶ月先まで予約がいっぱいで・・・」と門前払いされた。ああそうか、と思って帰ろうとしたら一瞬呼び止められ、「電話でも相談出来るので、いつでも相談して下さいね」と言われた。あの時自分はどんな顔をしていたんだろう、受付の人の憐みの顔が忘れられない。これは何の話?脱線たかもしれない。


もしかして自分うつ病の類じゃないのか?と思う反面、自分うつ病ではなくて単純にサボりたいが故に色々と理由を作って目の前の事から逃げ続けている臆病者だと思う。というか、大学に行っていない間は何も考えられずにぼーっとしていたり自分があまりにもゴミすぎる現状を嘆きながらベッドで悶々としていたりすることもあるけれど、大半は動画を見たりゲームをしたりして過ごしているからだ。自分視点で見ても、「甘えんなバカ野郎大学行け。」これに尽きる。本当にうつ病の人はもっと苦しんでいる訳で、こんな自分うつ病な訳ないでしょ。うつ病の人、ごめんなさい。

最近毎日自分という存在世界からまるっと消え失せて、自分存在証明するものが何一つとしてなくなって、家族からも友人からも忘れられたら良いのにな~とか考えながらぼーっとしている。本当に何してるんだ自分大学行けよ。

自殺を考えたときもあった。病気実家に帰っている時に、スマホメモ帳遺書を残して、その時治療していた病気の薬に睡眠薬的なものがあったのでそれを全部酒で流し込んで寝た。その後の事はよく覚えていないが、どうやら深夜に起き上がって真っ暗なリビングで立ち尽くしていたところを母親発見され、その場でぶっ倒れたらしい。目が覚めたら「自殺なんかするな」と涙ぐんだ顔と大きな声で怒られた。実家でやるあたり本当に死ぬ気がないし、もっと確実に死にたいなら首とか吊ればいいのに、母親迷惑かけてるし、今考えると本当にバカなことをしたんだなと思う。真に死にたい人はもっと確実な方法を選ぶだろうに。自殺成功する人は、こんな文章も書き連ねないし誰かに気付いて貰おうともしないだろうな。



自分の心の思うままに書いたつもりだったんだけど、結局のところ何が言いたいのか本当に分からなくなってきた。多分、自分はどうしてこんなにやる気にならないんだ?どうしてこんなに甘えた生き方をしてるんだ?こんな人生で恥ずかしくないのか?という問いの答えを誰かに出そうとしてもらっている。この時点で誰かに甘えているな、根本的に終わってた。格好つけた文章書いて、つらつらと長文垂れ流す自分に酔っている哀れな大学生自慰行為に付き合わせてすみません

自分の事は自分が一番よく分かってるから、最終的には自分で考えろやって話なんですけど、参考にくらいはさせて欲しい。


皆さんはどうやって人生にやる気を出していますか。

2021-04-16

■これから仕事引退して家にいる時間が長くなる夫へ

今まで日中にいなかった人が家にいるようになると、妻に多大なストレスを与えます

特に日中リビングテレビを見続けるのはやめましょう、妻と一緒にいたい気持ちは分りますが、妻はそう思っていませんので気をつけましょう

プライベートのことをする時は自室でやりましょう、リビング公共の場だと考えましょう、あなた場所ではありません

妻の行動を縛るのはやめましょう、あなたがいることがストレスなのに、さらストレスを与えてはいけません

何事でも時間通りにやろうとしないように、妻にはそれぞれの生活リズムがあるのです、邪魔してはいけません

一日のうち1時間以上は家から出て、不在の時間を作りましょう

生活音に気をつけましょう、本人には分りませんが、妻にとって大きなストレス源です

私のストレスを溜めない生活を心がけてください

これから仕事引退して家にいる時間が長くなる人へ

今まで日中にいなかった人が家にいるようになると、他の家族ペットに多大なストレスを与えます

特に日中リビングテレビを見続けるのはやめましょう、家族と一緒にいたい気持ちは分りますが、家族はそう思っていませんので気をつけましょう

プライベートのことをする時は自室でやりましょう、リビング公共の場だと考えましょう、あなた場所ではありません

家族の行動を縛るのはやめましょう、あなたがいることがストレスなのに、さらストレスを与えてはいけません

何事でも時間通りにやろうとしないように、家族にはそれぞれの生活リズムがあるのです、邪魔してはいけません

一日のうち1時間以上は家から出て、不在の時間を作りましょう

生活音に気をつけましょう、本人には分りませんが、他の家族にとって大きなストレス源です

家族ストレスを溜めない生活を心がけてください

2021-04-15

普通日記

目を覚ますと明かりがついていることでリビング寝落ちしてしまたことに焦る。しまった嫁が一緒のベッドで寝ようと言っていたのにリビングで寝てしまった。

僕の嫁は結婚生活に憧れを抱いている。

結婚生活というもの幸せに溢れているものだと信じているようだ。

僕は子供の頃から両親を見て結婚生活ってそんなに良いものじゃないなとずっと思って生きてきた。

から嫁と生活を共にしていると価値観の違いから疲れてしまうことが多い。

僕は基本的他人他人自分自分だと思っている。

から誰も他人のことを悪く言える権利はない。

例えその人がいくら金持ち高学歴だとしても、他人他人なので比べたり上からものを言えることにはならない。何故なら人生はその人だけものからである

そんな事を常に薄く頭の中に漂わせながら、昨日コンビニで買ったミートポテトパイを口に入れる。

案の定パサパサだ。僕はパイサクサク感が好きなのにこれパイじゃなくてパンだろ!と頭の中でツッコミを入れる。

嫁は、厚切りのフレンチトーストを食べながら携帯をいじっている。僕はそのフレンチトーストに焼かれてから

かなり時間が経って表面だけ焦げ目がついているパン

もはやそれトーストじゃなくね?と言いたくなるがやめておく。

ツッコミは加速していく、めざましテレビなんか見ているとツッコミ連続で気分が悪くなる。

今日トピックスは元人気アイドルグループメンバーが酒を飲んでバイク事故ったらしい。

僕はファンでもないから何も思わないが、レポーター

頭取材でテレビ的に欲しい意見だけを編集したVTR鵜呑みするほどピュアじゃない。いやいや自分みたいに

別にどうでもいいし興味ない人もいるだろ?なんでそういう人の意見無視するんだと言いたくなるが、分かってるよ。余計な考えは進行上、邪魔だもんな。

ふぅ、とひと息。

続いて防犯カメラ映像が映し出される。

ほぼ毎日犯罪を捕らえた映像事故った映像だ。

それを見てキャスター正論を言う。

はいやお前に関係なくね?と強く思う。がグッと堪える。

最後に決まって占いコーナーがある。

真剣に見てないからどうでもいいのだけれども

今日運勢を頼んでもないのに勝手に占って勝手最下位にさせられて、ごめんなさ〜い今日最下位は〇〇座の貴方です。じゃねーよ。余計なお世話だよ。

今日もなぜか納得いかないし、少し不快な気分で会社に向かう。

皆は疑問に思わないんだろうかとか、常識とか普通とか当たり前と言われる価値観なんてあるのだろうかとか、

他人の事でSNSで盛り上がれるのは何故なんだろうか

世の中の7割くらいは嘘っぽいなと思うし

何故、人はそれぞれ価値観が違うことを受け入れられないのか、他人と比べたがるのか

もういろいろめんどくさいです。

そんな時は虚無になり、早く自分が好きなことをしようと思うのである

2021-04-14

アラサーOLパラレルワールドメモ

在宅ワークの昼休みにうとうとしていたら、金縛りに遭った。若い人に多いとどこかで聞いたことはあったが、アラサーでもなるらしい。

ベッドでは動けず、目も開けられない中でシャワーの音が聞こえた。今は部屋に誰もいないのに、はっきりと誰かがシャワーを浴びる音が聞こえる。怖くなり辺りを見回すと、そこは自分の家のようで自分の家ではなかった。青を基調としているはずの寝室が黄色い。もしかしたら、パラレルワールドに来てしまったのかもしれないと思った。

いまの自分意識の他に、ここでの自分意識があるようで、数日後に同窓会が控えていることを憂鬱に感じていた。それでも会場は好きな店らしく、「私」はメニューを思い浮かべることに楽しみを見出していた。意識をもう少し探ると、この部屋はいまの部屋よりも少しだけ広く、リビングまでもが黄色統一されていることがわかった。好きな色は緑なのだけども。

シャワーの音が止まる。出てきたのは、いまの世界同居人だった。数年同棲してこの先の望みが薄い恋人と、この世界でも一緒にいるんだなあと落胆しながらも少し安心した。

私の姿を見ると、この世界の彼は言った。「四千(頭身)の都築くんと飲みに行ってくるわ」もちろんこちらの世界で彼は都築さんと面識があるわけでも芸人というわけでもない。有吉の壁で見るくらいの距離感だ。すぐに彼が出て行き、鍵がガチャリと閉まる音が確かに聞こえた。

本来誰もいないはずの空間に人がいなくなったことに安心し、金縛りにじっと耐えているうちに目が覚めた。単なる明晰夢かもしれないけれど、今とほんの少し違う世界存在を期待するのは悪くない。

休み時間を長く取りすぎた。左半身に痛みを残したまま、仕事に戻る。

2021-04-12

子供の夜中覚醒に付き合って最高に眠い

19時半:子供(7ヶ月)就寝

22時:私就寝

23時:子供起きて騒ぎだす、その声で私も起きる

23時半:授乳子供寝る、私も再度寝る

3時:子供起きて騒ぎだす、私も起きる

3時半:オムツ替えして授乳するも寝ず。

抱っこしてゆらゆらすると私にもたれて寝たような素振りをするが、降ろすと泣く

リビング仕事していた旦那(超夜型)が様子を見に来て小声でしゃべり相手をしてくれる

4時:私眠さ故にガチギレ寸前。

旦那に託して横になるも降ろした時の泣き声で目が覚めるので浅い眠りを繰り返す、その度夢のような物を見る

4時半:あまりにも寝ず私キレる(自分の布団を叩いて発散)

今更寝ても長くは眠れないと悟り、抱っこ紐でくくって寝室の壁にもたれてソシャゲSNSをやる

5時半:子供起床、でもまだ早いのでベビーベッドに戻す。

私も少しだけ横になる、また繰り返し夢のような物を見て起きて見て起きてを繰り返す

6時:諦めてベッドから起きる。頭が痛いしすごく眠い

旦那リビング寝落ちている

2021-04-11

何も出来ない早く死にたい

何も出来ない

社会人だけど実家に住んでる。家のことは何もしてない。強いて言うなら食材の買い出しだけしてる。親が車持ってないか仕事終わりに買い物に言っている。親の支持で欲しいって言ってたものを買うだけ。でも料理はしない。

他の家事もしてない。洗濯掃除も。洗濯掃除もろくにしたことが無い。というか実家ゴミ屋敷だ。でも私の部屋が1番汚い。親子共々物が捨てられない。

リビングはまだ道があるけど私の部屋はもう床が見えない。本当に見えない。物を踏んで歩いている。酷い汚部屋

でもキッチンが1番最悪。ゴミだらけでコンロの前には立てないし、いつ火事になってもおかしくない。でも私はキッチンに立たないか別に文句も言わない。料理出来ないしする気もないし。

何も出来ない。何も決められない。服は親が買ってきたものだ。靴もカバンも財布もポーチも何もかも。身につけているもの全て親が選んだ。

親が私に押し付けている訳じゃない。私が選べないから。

いつまでたっても買い替えないでボロボロのものを身につけているから「もうカバンボロボロだしコレとか安いし買えば?」って言ってくれるからそれを私が買うだけ。

基本的には全部そう。

何も分からない。何も出来ない。早く死にたい。真っ当に生きるための努力も出来ない。

でも親が悲しむ。

ゴミ屋敷住民でも親は私を愛してくれているし、私も親を愛している。

でも親は私より早く死ぬし、私の人生は私のものから、何も出来ない私の人生責任を、親は取ってなんてくれない。

自分人生責任は私にしかないのだから私が死ぬと決めたなら死んでも良いのだろう。

しにたい。

でも私が愛する親が悲しむ。

それは悲しい。

どうしたらいいのだろう。

早く死にたい

2021-04-07

anond:20210407232205

80あればリビングも広そうでいいね

から遠くなると資産価値の低下が怖いけど

かと言って23区内駅近80平米とか高いからなぁ。

金利も上がったし物件価格需要減って価格も下がってきそうだから

駅近で広い家が4000万円台で出るようになったら欲しい。

anond:20210406155045

いえーい

増田より年収も高くて学歴も多分上の俺様が来たよ

金の使い道なくて困ってない?

リモートワーク生活だと住居に投資するのは費用対効果が高いよ

いまの家はリビング・寝室・仕事部屋・趣味部屋の3LDK

増田も似た境遇だと思うので、広い家に引っ越すといいよ

2021-04-06

anond:20210406165817

小学生なら友達と外でプレイ出来ない

中学生以上の親との同居の若者は親がいるリビングテレビ使ってゲームしたくないし自室にテレビ買うほどでもない

一人暮らし若者そもそもテレビを持ってない

中年既婚層も家族の前でテレビ使ってゲームしたくない

から

2021-04-03

家族として過ごす意味

コロナ禍でストレスを溜めていた配偶者が、2月に旅行へ行く!と騒ぎ出した。緊急事態宣言中だからと、私は絶対反対。わりときつい言葉応酬の後、配偶者は、自分子供だけで泊りで旅行に行ってしまった。せめてお土産くらい買ってくるかと思ったら、帰りの車中で食べかけたお菓子のみ。さすがに頭にきて、数日はこちからも口をきかなかった。

 

それからかぞえて2か月近く、話しかけても返事のない状態が続いている。共働きの中、子供の世話や保育園関連の送迎等については互いに調整しないとどうしようもないこともあり、声をかけると最低限の返事は返ってくるが、こちらに目を合わせようとはしない。ましてや身の回り雑談だと、完全に聞こえないふりをされる。気に障ることがあると殻にこもる傾向は以前からあったが、ここまで長いのは今回が初めてだ。

 

先週末には、配偶者子供とで、相手方実家に泊りで帰省していた。出発の前日には、なんで行かないの?と子供から聞かれたが、配偶者からは誘われていないどころか無視されており、帰省することも配偶者本人からは知らされていないままで、自分から相手実家についていくのはさすがにきつい。「ごめんね、仕事もあって」などと笑ってごまかしたが、最近3人でお出かけがないことをさすがに勘づいているようで、子供に泣かれてしまった。そのまま子供を寝かしつけた後、配偶者文句を言おうとリビングへ向かったが、どうせ無視されると思うと、結局何も言うことができなかった。

 

私の実家では、どれだけ家族の間で諍いがあっても、次の日には皆でご飯を食べて仲直りをしていた。3日を超えて家族の誰かを無視するというのは、今の配偶者と一緒になるまで経験したことがない。かつては好き合って結婚した相手でもあるし、これまでに同じようなことがあったときには、こちから声をかければ最後は元に戻っていたので、今でも2~3日に1回はこちからなんでもない風に声をかけている。しかし、相手から無視される日が続く中で、相手の顔を見ても無力感ストレスを感じるばかりになってきてしまった。

 

子供配偶者のことも好きなので、別れるといったらたぶん泣くだろう。そんな顔はできれば見たくない。

けれど、子供を悲しませたくないという理由だけで、自分のことを無視し続ける人と家族の振りを続けていくことに、限界を感じ始めている。

2021-03-31

生きるのって辛い

私は20代女、公務員だが休職中。復職絶望的だろうと医師から見解。診断はADHD気分変調症。そして回避性パーソナリティ障害

休職とは関係ないが持病で脳血管疾患(難病)とハウスダストアレルギーと成人アトピーがある。

両親や親戚はおらず、精神障害を持つ年の離れた兄がいる。

まり詳しく書くと身バレが怖いが、時々辛くなって自分語りをしたくなる。

正直現状めちゃくちゃに生きずらい。薬がないとまともに生活を遅れないが、目に見える形の障害がないため健常者として生活を無理やり送ってきた。くそ長いけど私の人生を知ってください。

まず小学校中学年まではそれなりの生活を送ってきた。一軒家で両親健在。収入はそれなり。

問題子どもへの愛がなかったことくらい。衣食住に金をかけてもらえず、幼稚園のころから同じ下着をずっと着ていたり、朝食は8枚切りの食パン半分だったり(朝食が出るだけ良いかもしれない)したが、その年頃の子どもは家庭内世界の全てなのでそれが当たり前だった。

父親仕事ほとんど帰らず家は母親の天下だった。帰宅すると宿題をやった後、母親マッサージ。兄が帰ってきたら交代して、両親が買ってきた教材をやる。母親の機嫌を損ねるとヒステリックに怒られたあと無視され、ご飯を抜かれる。テストの結果が100点以外でも似たようなことになる。たまに甘えたくなり母親に近づくと「ウザいから近寄るな」と突き飛ばされる。触れ合った記憶は機嫌が良い時に耳掃除をしてくれたことくらいしかない。なので父親が帰ってきたとき必死父親に甘えていた。母親はそれを冷ややかな目で見ていた。

両親は外聞を気にするタイプだったので、私たち下着ボロボロでも服はそれなりに綺麗なものを着せられていた。外での母は優しかったが、そこではしゃぎすぎると帰ってから調子に乗るな」と怒鳴られ叩かれる。いつも母親の顔色を伺っていた。

ある日の夜、私は全身麻痺を起こして倒れた。前々から半身麻痺の症状が出ていたが、両親に話してもまともに取り合ってもらえなかった。私は救急車を呼んで欲しいとお願いしたが、「救急車を呼ぶと近所で噂になる」という理由拒否された。結局麻痺が収まら呂律も回らなくなり、父親の車で救急病院に連れていかれた。1週間ほど入院したが、病院生活がとても楽しかたことを覚えている。

半年後に手術をする予定ですすめていたところ、母親くも膜下出血で倒れる。私の病気母親から遺伝だった。この際、母親我が家貯金を全額実家横流ししていたことが発覚して両親が離婚する。私たちは両親のどちらにつくか選ばされたが、こんな状態父親以外選べるはずもなく兄妹ともに父親について行く。手術は無事に終わった。

父親と兄と3人で暮らすことになり、平和になるかと思えば、父親母親と似たような人間だった。特に父親プライドが高く、少しの意見も口答えも許さなかった。まだ小学生だった私には生きるためにも父親の顔色を伺いながら生活を送るしか無かった。やはりテストの点は満点しか許されなかったし、褒める時は「俺の娘は他のバカとは違う」貶す時は「こんなの俺の前に出して恥ずかしくないのか」と常に父親が中心の声掛けをされた。そのうちテスト学校で捨ててくるようになったが気が付かれなかった。週に1回父親と家の掃除をやり、週に2回父親に連れられて買い物に出かける。父親は「年頃の娘と仲の良い父親」像に固執しており、出かけることを拒否したり、外で不満を口に出すと家に帰ってから怒鳴り散らされた。少し抵抗するような態度をとれば「俺にそんな態度とっていいとおもっているのか」と怒鳴られ、物をぶちまけられて脅された。この頃には自己主張ができなくなっていた。おまけに父親は娘を育てる知識がなく、極少ないナプキンしか買って貰えずしょっちゅう服や寝具を血まみれにしたし、ブラも買って貰えず膨らんできた胸が目立つのが嫌だった。生理ショーツや胸パット付き下着存在もこの頃は知らなかった。

兄は父親に反抗し帰宅が遅く、部屋に閉じこもりがちだった。父親は兄に興味がないようで成績以外で構うことがなかった。だが、お金ほとんど渡していなかったようなので兄の生活は苦しかったと思う。(進学校バイト禁止だった)父親からは兄の愚痴を聞かされ、兄から父親愚痴を聞かされた。

父親地域の人との関わりを嫌い、学校行事にも一切顔を出さなかった。保護者ありきの授業参観運動会はとても惨めな気持ちになって辛かった。周りに頼ることは恥ずかしいことだと教えこまれ、誰にも何も言えなかった。自己主張ができない私は友だちも少なく、地域との繋がりも希薄で家が世界の全てのようなものだった。中学生の時は部員との交流はあったが、土日に友だちと遊ぶことに父親が良い顔をせず深い仲にはならなかった。小学校高学年のころいじめあい学校行きたくない父親に打ち明けたが、「ゲームを買ってやるから行け」と言われてちゃんと行った。ゲームは年に1回誕生日にだけ買って貰えるものだったので、いじめに耐えるだけで新しいゲームができるならそれでよかった。これ以降父親になにか相談することはなくなる。

中学生になった私はADHD特性が顕著に現れるようになった。遅刻したくないのに遅刻してしまう、授業に集中したいができない等のストレスから解離症状が出るようになり、色々な場面で意識を失うようになった。他にも色々と要因はあった(父親洗濯を正しく行えず体操服がいつも生臭かったり)(家庭内でも意識を失うようになり起きていられなかったり)で不登校気味になっていった。その頃には父親学校に行かないことに文句を言わなくなっていた。それだけはありがたかった。

そんな最中父親会社をクビになる。私が中学生の時のことだ。パワハラモラハラサボりが原因だ。父親会社営業本部長で実質No.2(本人談)だったが、母親離婚してからどんどん帰宅時間が早くなっていった。職場まで車で2時間かかるのに最終的には朝は9時に家を出て、17時半には帰宅していた。あまりにも出勤時間が短いので大丈夫なのか聞いたことがあるが、営業先に口裏を合わせてもらって出張扱いにしているらしかった。とんでもないことだがさらに、「俺は他のやつらより効率よく仕事をしているから早く帰っても問題ない」と言っていた。今思うと頭がおかしいとしか思えない。そして女性社員気持ち悪いメッセージを送り、新人愚痴を言いふらす……典型的なとんでもパワハラクソ上司だった。そんなだったので部下から告発を受け会社を即日クビになったのだ。本人は「不当な解雇だ。裁判を起こせば俺が勝つ」と何度も言っていたが、自分に非があることはわかっていたのだろう。裁判は1度も起こさなかった。

クビになったタイミングが悪く家を立替えた直後だったため、収入必要だった父親コンビニ店長をやると言い出した。しかし、コンビニ経営するには連帯責任者としてもう一人人員必要になる。父親には友人が一人もいなかったし、親戚も一人もいない。そのため、他社に内定が決まっていた成人したての兄を連帯責任者として引っ張りこんだのだ。今まで見たことがないくら必死拒否をする兄を力で脅して内定辞退させ、結局二人でコンビニ経営することになった。

その後研修のため2週間家を空けるとの事で、私は児童養護施設一時的に預けられた。そこで、我が家生活が異常だったことを知る。皆が好きなように時間を過ごし、ルールをこっそりやぶって笑いあったり、ご飯がまずいと文句を言ったりのんびり団欒を過ごしたりする。私はそこで初めて家庭の温かみを感じた(違うかもしれないが)、家庭の会話に温度を感じたのが初めてだったのだ。予定は2週間だったが、直前で兄が家出をしたため結局1ヶ月をそこで過ごした。兄は警察保護され、父親研修を受け、私は最終日に家に帰りたくないと大泣きした。そしてコンビニ経営スタートする。

そこから半年ほど私は廃棄のコンビニ弁当だけで生活をした。父親と兄はローテーションでひたすら無休で働いていた。生活リズムはめちゃくちゃだった。兄は父親への反抗で風呂に入らず出勤したりしていた。4日風呂に入っていない兄は汚くて臭くて嫌だった。これでコンビニ接客してるのは今考えてもやばい。私は父親に捨てられることが怖くて、反抗はできなかった。食器を並べる時、父親の箸を少し崩して置くのが小さな抵抗だった。父親メニエール病発症していたがそれでも休むことはなかった。「このままじゃ破綻すると思う」と声をかけても「私への誕生日プレゼントとして休みを取ってほしい」と声をかけても「俺の仕事に口出しするな」と怒鳴られ物を投げられて終わった。いつか父親死ぬだろうなと思った。死んだ。

中2の冬のある日。父親が死んでいた。

その頃の私は起きられている時に父親学校に送迎してもらっていた。その日もいつも通り学校へ乗せていって貰おうと思っていたが、寝室に父親がいない。トイレにもリビングにもいない。家中探してもいない。けど、外に車はある。そうして車を覗きに行くと、眠るように死んだ父がいた。最初普通に眠っているのかと思ったが、こんなに寒いのに白い息が出ていなかったため何かがおかしいと思った。大声で何度も父親に呼びかけるがピクリとも動かない。何度も何度も呼びかけても動かなくて混乱した私は中学校の先生電話をかけた。

それからはあっという間で先生が来て、警察が来て、救急車も一応来て、警察の人に「恐らく煉炭を使用した一酸化炭素中毒による自殺事件性はない」と説明を受けた。兄はコンビニに出勤していたので、事情聴取は私が受けた。警察の人に色々教えて貰って、家族葬の予約をとって父親を骨にした。

父親のために生きていたようなものなのに捨てられたんだなぁと思った。私と兄はみっともなくあがいて生きてまでどうにかしてあげたい存在ではなかったんだなって。

この時から私の内側の時間は止まっている気がする。

ちなみに母親は、父親の死を知り家に押し入って来て、殊勝な態度で「また一緒に暮らしたい」と言ってきた。どの口がと断るのだが断った途端に豹変し、ズカズカと家の奥へ踏み込んで家探しをして貴金属を持ち去っていった。

兄は対人恐怖症で私以外とまともに会話ができないので、来客や自治体等の対応は今も昔も私がしている状態だ。

なんか思い出してつらくなってきた。

この後のことは簡単説明する

・しばらく兄妹で生活する

精神科入院する(半年ほど)

退院と同時に児童養護施設入り(中3)

・入れ違いで兄が入院

高校進学。兄、就職

・兄が家事できず家がゴミ屋敷になる

・またも解離症状が出るも施設から理解がない

施設に馴染めず入院から退院

・安定して通学できず単位が危うくなるも担任先生サポートでなんとか進学

ADHDの診断を受けるがやはり施設から理解がない

・薬でなんとか通学できるようになる

公務員を目指す

・なんとか内定をもらい高校卒業する

施設を出て家に戻る(ゴミ屋敷)

公務員就職

パワハラやら元々の特性やらでぐちゃぐちゃになり休職

半年くらいの入院生活人生で1番楽しかった。

ゴミ屋敷支援員の方々の協力で脱却した。別に綺麗ではないけれど。

休職して半年ほど経つけれどいまだに無気力で何も出来ない。人とのコミュニケーションが怖いし、他人を信用できない。体調が良くなっても性格が、性格が良くなっても、特性人生邪魔をする。

目の前のことに必死すぎて友達ほとんどいないままここまで来てしまった。というか人の頼り方がわからなくて信頼関係が誰とも築けない。誰と話しても気を張ってしまう。相手不快にさせないようにと顔色を伺ってしまうし、自分自分を大切にできない。

兄は給料が少ないことと友達がいないことを度々気にしながらも、趣味ゲーム息抜きしながらなんだかんだ楽しそうに生きている。今はウマ娘にハマっているようだ。よく私に育成の楽しさを語ってくれる。

現状生きてれば良し、面倒なことは後回しで良くも悪くも細かいことは気にしない性格なのだ。私もそうなれたら良いのだが。

なんか今まで色々、色々あったけど社会に出たら一人の人間しかない。親ガチャの失敗のせいにしたいけど、毒親持ちでも立派にやってる人はたくさんいて、自分を褒めてなんてあげられない。

これからどうしたらいいのかビジョンも何も浮かばないよ。死ぬのは怖いから生きたいけど、生きるのは辛いよ。

2021-03-30

そんなに敵意って伝えたいもの

ふるさと納税フルーツが届いたので、ケーキを作った。

彼氏は私の家でご飯を食べるのが習慣化しており、その日も割としっかりとした献立ご飯デザートケーキを用意していた。


夜、彼氏が来て上げ膳据え膳でご飯を食べて、ベッドの上で漫画を読んでダラダラしていた彼氏ちょっとした悶着を起こした。

まぁ悶着とも言えないレベルのささいな出来事で、私も最初は嫌だなあと思っていたが、割と直ぐに割り切ってもう気にせず過ごしていた。


向こうはゲームやったりスマホ漫画読んでいたので、家にいるのにいつまでひとり遊びしてるんだろう、とじーっと見つめていた。

それが彼氏にはさっきの悶着が原因で私が不満そうな態度をとっていたように見えたらしい。

その内段々と眠くなり、うたた寝をしていたら、突然「帰る」と言って支度を始めた。

いつも泊まっていくのにどうしたのかと思ったが、そそくさと支度を済ませると「ご飯食べたしゲームもやったし帰るわ」とろくに顔も見ずに、玄関まで見送ろうと追いかけている私の目の前でリビングのドアを閉めた。

玄関でも挨拶もせず、手を振る私を無視して帰ってしまった。

明らかに「怒っている」アピール

帰り際の言い草といい、目の前で閉められたドアと言い、何に怒ってるのかよく分からなかったので、どうしたのかとLINEを送ったら、

「変な雰囲気出てたじゃん」と。

弁解してすぐに謝罪はしたが、明らかに納得していなかった。

かにハッピー雰囲気は出ていなかったと思うが、それは放置されていたことに対してであり、話しかけたりもしたし、悶着の件を掘り返したりもしていなかった。大体漫画ゲームしてる時に話しかけても、そっちに集中して返事がない時すらあるので、かまって欲しいのを我慢していたぐらいなのに。

その旨も伝えたが、揚げ足をとってそれに対する反論をしてきたり、あそこまで明確な怒りや敵意を向けられたことに、時間差で苛立ちが湧いてきた。

いい歳した大人が、なんつー意思の伝え方するんだと。理由はなんであれ不快な思いをさせたことに即時に謝罪した。

が、わざわざ帰り際に余計なこと言ったりしたりするその子供じみた選択にいよいよ愛想がついた。

2021-03-27

無印ビーズクッションを犬が占領している

無印良品ビーズクッション(通称:人をダメにするソファ)を実家リビングに置いた。

一人暮らしで長く愛用していたためにくたびれているが、常に家族の誰かしらが使っている。

母はお菓子を食べながら、

はいびきをかきながら、

妹はスマホをいじりながら。

そして、人間が誰も座っていない間は犬が寝そべっている。

遠慮がちな性格をしているので、人間が使っている間は近寄ってこない。

しか確認を怠ることはなく、空席になるとそそくさと乗りに行く。

「間違ってもここでトイレをするな。穴掘りも禁止。」と初日に言い聞かせたおかげか、粗相も穴掘りもせず、

人間がつけた凹みに沿ってゴロンと寝転んでいる。

粗相はともかく、犬の習性でありしつけには難しい穴掘り(寝床を整えたいらしい)がひどいようなら、

設置場所を変えようと思っていた。賢い犬で助かった。

体重3kgのトイプードルにとっては、この無印ビーズクッションはかなり大きい。

わさび入り握り寿司の、シャリに対するわさび、ぐらいのサイズ感だ。

わさびちゃん(仮)は贅沢な使い方をしている」と人間達は文句を言っているが、

皆、このクッションの上でダメになる感覚を知っているので、無理にどかしたりはしない。

これまで"人ダメソファ"と呼んでいたが、"わさびちゃんソファ"に名を変える日も近いのかもしれない。

もう一個買い足そうか迷っている。

2021-03-21

怪文書】『機動戦士ガンダム端末』日本国オールジャパンで開発する

「”オリンピック”」のあとなにが日本にのこるのか。

「”コロナ”」のあとの日本に、よくわからない海外への巨額サブスクリプション支払いが延々と続くのか。

「むかし力のあった日本企業はすべて外国に買われ、目先のきくひとは自分たち家族だけ海外脱出あとは知らんで悠々自適なのか」

不安になる若者に、未来の夢と希望、誇りを!!

オールジャパンで『ガンダムプロジェクト。よみがえれガンダム、翔べガンダム

ここでいう『ガンダム』は、いまから実際の現実社会、この日本新規に開発する『純国産ガンダム端末』およびプロジェクト総称のことです。

大きさは3タイプ

・常に携帯するスマートフォンサイズガンダム) 国民一人に一台配布

学校のなか、会社のなか、部屋のなかで使用するタブレットサイズガンキャノン) 国民一人に一台配布

・家庭のリビング会議室使用する大型サイズガンタンク) 一世帯に一台配布

【大きな特徴】

・すべて国産で作る。開発者国籍も、部品パーツも。

OS、開発言語、通信規格、サーバインフラ回線も純国産。(落ち込んだ内需、増えた失業者も総動員)

・この端末は日本しか持てません。日本人ひとりに一台。これまでどれほどスマホ選び、習得契約説明勉強したり、買い替えのための時間費用資源エネルギーを費やしてきたか。選ぶ必要はなくみんなが一台おなじものを持ってます

海外情報流出しません。日本国内のみのネットワーク

日本国内合意民主主義)ですべて決定できる。問題が起きてもすべて国内法で対処解決できる。

メリット

国内小学校中学校はすべてこの端末を導入、使用

行政との金銭やりとりが一元化。処理が即時。個人が常に履歴チェックできる。事務通信不要

・直接パスポートになる(ESTAなど自動ビザ更新自動

運転免許証になる(更新不要違反記録、罰金納付、安全運転度記録と保険自動連携。外部の車と道路信号ETC連動、事故自動通報

年金手帳自動化。事務不正やまちがい調査修正コストなし。

生活会社経営、さまざまな手続き申請免許取得更新婚姻不動産届け出、相続、死亡届、給付金申請、連絡事務が一元化。

・診断カルテおくすり手帳母子手帳障がい者手帳医療情報の正確な把握、追跡調査可能違法医療報酬請求監視

・あらゆる不正監査監督システマチック可能タックスヘイブンなども回避

マイナンバー納税、追徴課税、還付金、生活保護社会保障、手続き不要自動連動。

警察救急消防、近所の人にたすけをもとめる自動通報公共空間防犯カメラシェア機能。在野医師Uberボランティア派遣

防災緊急連絡。災害ボランティア召集安全誘導、安否確認国防連絡。

寄付行為の窓口一元化。財団社団NPO個人自動につなげる。および不正行為監査機能

地方自治体独自サイトフォーマット一元化。コストゼロへ。

図書館サービスフォーマット一元化と電子書籍化と、学校教科書および、公費による全研究者の研究成果・論文公開。

銀行造幣局偽札問題家計簿やお店や企業現金管理輸送コスト不要銀行強盗もなくなります

政治家をはじめ公費うごくひとの24時間動静可視化公費すべての個別キャッシュトレース(いまそのお金がどこにあるのか、なにになったか)。

選挙が端末で可能。一切の各個別事務ネット構築が不要政治献金透明化。世論調査国勢調査可能住民投票リコールなど不正もできなく。

公共放送、国政、地方行政広報連絡の一元化。公共放送料金も不要。料金徴集裁判なども不要

・財布内のカードや定期不要。財布自体不要

・通常使用モードでは、言語セットを日本語だけにしてもよいかも。

・すべて「個別」にかかっていた開発費予算支出、「仲介手数料事務費用通信費、振込み手数料クレジット手数料交通費電気代、受信料、印紙代、エネルギーセキュリティコスト、防犯、広告PR不要

個人が常に履歴チェックできる。つねに証拠がのこる。本人が記憶をなくしたり、認知症、死亡しても、「ガンダム端末」が後見人になる。公証遺言にも。

リアルな実現可能性】

・十年計画実施。いきなり最高レベルのものを目指さず、一年ごとに極端にシンプルものを完成させて積み上げる方式日本国民が二、三十年さきを見据えた一丸となった計画

外国製品からよいところを学びなおす。外国製品やそれを所有する自由排斥しない。「ガンダム端末」はひとり一台配布されるだけであとの選択国民自由。(近年、大きな費用をかけて「国民ひとりに十万円」配布の実績があるので配布は現実に難しくありません。)

サービス内容によっては、データの入出力に関して外国仕様基準とも互換性を内包したり準拠したりして、完全な安全性を確立した上での、プレーンデータは出し入れ可能。(そのためのいくつかの標準フォーマット策定。例・新規国内オフィススイート.japanファイル

・「温暖化ガス排出削減というもの流行っているのか流行らせようとしているのか(?)ともかくそういう理屈とも整合性がとれる」

・はじめから日本すべての学校へ納入する前提で大型設備投資できる。国内産業復興雇用創出。(国内日本人の「得」を増やして、外資の「得」を減らす)

既存の「既得権益者」は一代限り保護して、罪は問わない。

与党野党、右、左 勢力思想宗教広告代理店、派遣業者マスコミ既得権益層、一般庶民関係なく、挙国一致体制でことにあたる。

【将来展開】

大国でない外国へのインフラシステム一式セットでの輸出。(端末はひとめでわかるように色とテーマかえる

プログラミング教育も、コンピュータ製造勉強も、この端末でやっていく。開発のアップデートアップグレードアプリ開発、修理も子供達が自分で担っていく。それが自分自身と未来に誇りと「やりがい」、自信を培い、自分を鍛え、「ガンダム端末」とともに成長していく人生を歩むことになる。

・今後、日本国内の主要自動産業とともに、「ガンダム端末」産業を中心としたさまざまな仕事が創出されて豊かで笑顔で自信としあわせがあふれる社会が実現されることを目指す。

結論

体制にとってのインサイダーでなければ物事を決定・実行できる立場にないし、アウトサイダーでなければ、第三者として「しがらみのない」理想的発明提案ができない。

現実社会現実担当企業担当者としては「本当に良い物はつくらない、完成させないほうが”私たちは”儲かる」という現実がある。(では、そのツケで損する人とは誰?)

人間が「自分個人」の手が届く範囲の「利害」や「寿命」にしばられない、純粋に「日本国」のために「夢のある」「未来のある提案」をしたいと思いました。

未来のために『大きな絵をかくことがだいじ』

もし、この企画がオーベルシュタインなどの協力を得て、実際に日本国内で着手・始動・達成したあかつきには、この私は、そのとき、父ジオンの元へ召されるであろう。

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